第12話_発進ニャンダバーZ2号
 きのうの生徒大量失踪事件の影響で学校は休校した。
 臨時の休みに喜ぶ生徒は少なく、生徒と保護者からは心配の声が上がっている。
 未だ戻らない生徒たち――その中には華那汰も含まれていた。
「たのもー!」
 まるで道場破りのかけ声を上げたのはヒイロだった。
 ヒイロの前に立ちはだかるのは2人の門番と、その後ろに控える巨大な和風の門。
 門番がヒイロを一瞥した。
「貧乏人が来るような場所ではない。早々に立ち去れ!」
「なんだよ貧乏人だからってバカにしやがって!」
「言葉で言ってもわからぬようなら、力で排除することになるぞ?」
 噛み付いたヒイロに門番が向けたのはリボルバーだった。
 思いっきり銃刀法違反だが、きっとここだけ治外法権なのだろう。
 なぜなら、この屋敷はミサとカーシャが住んでいる月詠邸だからだ。
「俺様はミサ先輩の知り合いなんだぞ、銃なんか向けたらお前ら後悔することになるぞ!」
 バキュンバキュンバキュン!
 銃弾が足下に撃ち込まれヒイロは躍らされた。
「姫様が貴様のような貧乏人と知り合いの筈がなかろう!」
「同じ学校にも通ってるんだからな!」
「休校だというのにそんな制服まで着て偽装工作か? だか、姫様が通う高校の制服はそんな制服ではないことくらい知っているわっ!!」
「転校生なんだから仕方ないだろ!」
「転校生だから制服も買えないというのなら、やはり貧乏人ではないか!」
「貧乏のどこが悪いんだよ!」
「貧乏は病気だ。病人を姫様に近づけるわけにはいかん!」
 とか二人が言い争ってる横を一匹の黒猫が通り過ぎた。
 残っていた門番が黒猫に深々と頭をさげる。
「これはこれは黒猫殿、どうぞお通りください」
 正門のわきにある小さな扉を開けてもらって黒猫が中に入っていく。
 それを見ていたヒイロが叫ぶ。
「猫はよくて俺様はダメなのかーっクソったれ!」
 バキュンバキュンバキュン!
 今度はヒイロの頭頂部すれすれを銃弾が抜けていった。
「黒猫殿はカーシャ様のご友人だ、貴様のような貧乏人とは格が違うのだ!」
「なんだよ、あの猫も俺様の知り合いの姉貴だから俺様とも顔見知りなんだぞ!」
「今思い付いた口から出任せに騙される我らではないわっ!」
「ウソだと思うならその猫に聞いてみろよ!!」
 扉のところで立ち止まっていたハルカが『うん』とうなずいた。
「その変なひとハルカの妹のともだちだよ」
 門番たちに衝撃が走った。
「まさかこんな貧乏そうなガキが……なにかの間違えでは黒猫どの?」
「ううん、こんなマヌケな顔ハルカ忘れないよ」
「そう言われてみれば一度見たら忘れられない汚らしくて貧乏でマヌケな顔だ」
 散々な言われ方だ。
 今にもヒイロは門番に殴りかかりそうなほど顔を赤くした。
「だれが汚くて貧乏でマヌケで弱そうな顔だ!」
 弱そうだとはだれも言ってない。
 ハルカはヒイロを見つけた。
「中に入りたいの?」
「おう、ミサ先輩かカーシャさんに用がある!」
「――だって。入れてあげて?」
 と、ハルカは門番たちに目を向けた。
「しかし……貧乏人を入れてもしも貧乏病が移りでもでもしたら……」
 そもそも貧乏は病気ではない。
 門番たちが困っていると、後ろの正門が音を立てて開きはじめた。まさか自分たちにも知らされず門が開くとは門番たちは驚きを隠せない。
 門扉が全開まで口を開け、その中心に静かに佇むミサが姿を現した。
「私は鍛えているから貧乏なんて移らないわ。だから入れてあげて」
 姫様に出てこられたら門番たちは一言も口を挟まない。
 無言のまま門番は道を空けた。
 ヒイロは『ほら見ろ!』と得意げに門番を舐めるように下から見るが、門番たちは顔色一つ変えない。のをいいことに、さらにヒイロはベロベロバーをした。
 ミサが一瞬だけ目を離した瞬間、すばやく門番が動いた。
 ボディーブロー!
 ゴフッ!
 拳で腹をえぐられたヒイロが地面に沈んだ。
 振り返ったミサ。
「なにをしているのかしら覇道君? 来ないのなら置いていくわよ」
「ううっ……腹が……」
「倒れるほどにお腹が空いたのね。なにかご馳走するわしらっしゃい」
「すぐ行きます!!」
 ウソのようにビシッと立ち上がったヒイロは、兵隊の行進のようにミサに付いて行った。

 テーブルに積まれた食べ終わった皿の山。
 次から次へと運ばれてくる料理はヒイロのブラックホールに吸い込まれていく。
 料理を運んでくるメイドはあからさまにイヤそう顔をしていた。
 変わってミサは微笑ましい表情でヒイロを見守っていた。
「まるでペットみたい。食べている姿を見ていると可愛らしくなってくるわ、うふふ」
 ペットと言えば、この部屋にはこっそり美獣もいた。ボールを転がして遊んでいるように見せかけて、ミサたちを監視している……つもりが本気でボールとじゃれていた。
 ほかにも動物繋がりでハルカも食卓にちょこんと着いている。
 ミサはハルカに顔を向けた。
「そろそろ本題に入りましょう。なにかご用でいらっしゃったのでしょうハルカさん?」
「うん、華那汰が帰ってこなくて心配なの」
「その件については私も調べさせているわ。でも包帯男の行方はわかっていないの(やはりブラック・ファラオのことなのかしら)。ごめんなさい力になれなくて」
 二人が重い表情をする傍らでヒイロはまた皿を空にした。
「おかわり!」
 さすがに食べ過ぎのヒイロに、メイドがミサにコソコソ話をしてクレームを入れた。
 それをミサは聞き入れたようだ。
「覇道君、いつまで食べているつもり?」
「冬の蓄えが終わるまでだ!」
「まだ梅雨も空けていないわよ。それに一度に多く摂取してもほとんど出てしまうわよ?」
「マジか?」
「ええ」
「死ぬほど食って試したことがなかったから知らなかったぜ」
 身をもって実験しなければわからないのか……。
「ところで覇道君はなんの用で来たのかしら?」
 ミサが尋ねるとヒイロはやっと食事の手を止めた。
「忘れてたぜ、俺様はもっと強くなりたいんだ!」
「……そう(はじめて会ったときもそんなことを言っていたわね)。まずは華ちゃんを先に探しましょう」
「そんなことより俺様はもっと強くなりたいんだ!」
「そんなことよりも、まずは華ちゃんを探すためにどうしたら良いのか、カーシャお婆様にも相談してみましょう」
「そんなことじゃねーだろ、俺様が強くなればあの変態包帯野郎をぶっ倒して華も救ってやるぜ!」
 ヒイロの言葉を聞いてミサが微笑んだ。
「あの……ということは、覇道君は包帯男のことを知っているのね?」
「はぁ? ミサ先輩だって知ってるだろ?」
「やはり包帯男はブラック・ファラオのことなのね。覇道君、詳しく聞かせてちょうだい。ブラック・ファラオがなにをして、これからなにをしようとしているのか?」
 ここで情報の共有がされることになった。
 ヒイロはこれまであったことをミサたちに聞かせた。
 ナメクジ事件の首謀者がBファラオだということ。
 そのBファラオが転校生として学校に乗り込んで来たこと。
 謎の〈壺〉を手に入れた経由と、その〈壺〉がBファラオによって奪われたこと。
 そして、〈壺〉に吸い込まれた生徒たちを目の前で見ていたこと。
 もちろんこの話は美獣も耳を澄ませて聞いて――いなかった。ボールで遊ぶのに夢中で周りが見えていない。しかも、その輪にハルカも加わっていた。
 さらに美獣はハルカが大魔王ハルカだとまったく気づいていない凡ミス。マヌケ度がヒイロと同じレベルだ。
 話を統合したミサはある結論を導き出した。
「やはりカーシャお婆様に相談しましょう。〈壺〉に吸い込まれた覇道君がカーシャお婆様の胸の谷間から生還できたなら、華ちゃんたちも同じ事が可能な筈だわ」
 だが、ヒイロには1つ疑問があった。
「けどよ、〈壺〉の中に吸い込まれた俺様が、なんで〈壺〉を持って帰ってきたんだ?」
 ミサが答える。
「空間のねじれ現象よ。〈壺〉が〈壺〉の中へ吸い込まれたのではなく、〈壺〉の中に吸い込まれた時点で覇道君は別の空間にいる。その場所に〈壺〉がおそらく覇道君によって持ち込まれたのよ」
「は?」
「とにかく何ら不思議な現象でもないわ」
「なんかよくわかんねーけど、じゃあさ、華たちはどうやって〈壺〉なしでカーシャさんの谷間から出るんだよ?」
「そこが問題なのよ」
 始点と終点の2つの点と1本の線。これらがそろって空間が移動可能になる。
 二人が話し合ってる間もハルカと美獣はボール遊び。もうすっかり仲良しさんだ。
 が、ここで美獣に思わぬ変化が訪れようとしていた。
「(さっきから凄まじい魔力が躰に流れ込んでくるような気がするのだけれど?)」
 それは気がするだけではなかった。
 ハルカがエネルギーソースとなって、知らず知らずの間に美獣へ魔力を流し込んできたのだ。
 魔力の奔流。
 美獣の首輪にヒビが入る。
 まさかと美獣が目を丸くした次の瞬間、見る見るうちに躰が膨らみ獣人化がはじまった。
 ヒイロが叫ぶ。
「おっぱい!」
 驚いたヒイロの視線の先にいたのは、肉欲な躰を白銀の毛で包み込んだ獣人アルドラの姿。
「奇跡だわ! なんだか知らないけれど、ついに元の姿に戻れたわ!(しかも前よりも魔力に満ちあふれているような気がするのはなぜ?)」
 美獣復活を見たミサがいち早く席を立って身構えた。
「(戦力は向こうの方が上。覇道君と私では勝ち目がない……奇跡でも起こらない限り)」
 ミサはあることに気づいて、それに目を向けた。
 こんな状況になっても無邪気にボール遊びをしているハルカ。
「(ハルカさんを使えば私も高等魔法が使えるかもしれないわ!)」
 エネルギーソースであるハルカ。美獣が力を取り戻し、さらに前よりもパワーアップしたことから、それをミサが使えば美獣と戦えるかもしれない。
 そんな中、ヒイロはなぜか不敵な笑みを浮かべていた。
「あーはははははっ、俺様はこんなこともあろうかと、常に強い味方を持っているのだ!」
 ジャーン!
 ヒイロが取り出したのは空き缶だった。
 一気に周りがびみょ~な空気になってしまった。
 だが、ヒイロだけは違った。
「新たな俺様のパートナー、ニャンダバーZ2号だ!」
 いや、何の変哲もない空き缶だ。あえて言うならスチール缶だ。
 しかしヒイロは自信満々だった。
「1号機は強度に問題があった。そこで俺様は考えたんだ、最強の防御を実現する素材とフォルムをな。そして完成したのがコレだ!」
 空き缶がヒイロによってクルッと底を軸に180度回され、その真の姿が美獣に向けられた。そこにはヘッタクソなロボの顔と『Z』の文字が油性ペンで描かれていたのだ。
 だからどうした?
 ヒイロのクラスは〈人形遊び〉だ。つまりこの空き缶――もとい、ニャンダバーZ2号で戦おうと言うのだ。
「ゆけーッ、ニャンダバーアタック!」
 空き缶がヒイロの操縦によって宙を浮き、そのまま美獣に向かってぶっ飛んだ。
 バシ!
 だが美獣によってハエのように叩かれた。
「アンタの攻撃ウザイのよ!」
 ニャンダバーZ撃沈。
 しかし、ヒイロは余裕の笑みだ。
「スチール缶は何度でも立ち上がる……ニャンダバーZの魂を宿してな!」
 さすがスチール缶。ちょっとやそっとじゃ潰れない。
 再びニャンダバーZが宙に浮こうとした――ところを美獣が足で踏んづけた。床と足の間で身動きができなくなった、もはや役立たずの空き缶。
 ニャンダバーZ敗北。
 が~ん。
 自信作がやられショックを受けたヒイロが膝を付いてうなだれた。
 と、ヒイロが時間稼ぎをしてくれた間にミサはハルカを手に入れていた。
「ハルカさん少しお力を借りますわね」
「うん、いいよぉ」
 ハルカを抱きかかえたミサは魔法を放つ体勢を取る。
「(薄くても私にはカーシャお婆様の血が流れているなら……)ブリザード!」
 ミサの手から放たれた猛烈な吹雪。
 だが、ハルカの魔力はミサには持て余る物だった。
 コントロールの聞かない魔法は美獣を外れるどころか、部屋中を凍り付かせ手を離したホースのように踊り狂う。
 思わずミサはハルカから手を離した。
「……そんな、失敗だなんて」
 氷に覆われた部屋。
 出口付近で逃げるポーズのまま凍り付いたヒイロの姿。
 美獣はテーブルの上で無傷のまま立っていた。
「ちょっとヒヤッとしたけれど、力を使いこなせないお嬢ちゃんに負けるアタクシではないわ。そして、そこにいる猫がエナジーソースだということもわかったわ!」
「ほほう、わかったからどうだと言うの?」
 この部屋に響き渡った冷たい女の声。
 美獣は声がした方向にすぐさま顔を向けた。
 そこにいたのはハルカを抱きかかえ不適な笑みを浮かべるカーシャ。
 このとき、美獣ははじめて驚愕の事実に気づいた。
「カーシャと黒猫……まさか、そんなまさか……それが大魔王ハルカなの!!」
 今さらだった。
「だったらどうする?」
 挑発したカーシャ。
 美獣が鋭い牙を剥いた。
「だったらその猫の首もらうわ!(これで今までの失態帳消し、出世間違いなしだわ!)」
 心躍る美獣だったが、その心は次の瞬間には打ち砕かれていた。
 恐ろしいスピードでカーシャが消えた。
 そして、美獣の耳に吹きかけられる冷たい息。
 驚いた美獣が振り向くと、眼前にカーシャが立っていた。
「いつ!?」
 身体能力に優れた獣人でも捉えられなかったスピード。
「ハルカがいれば妾に敵う者がこの世にいる筈がなかろう、狗っころめ。ふふふ」
「殺してやる!」
 カーシャが間合いに入ってくれたのは絶好のチャンス!
 しかし、それはカーシャとて同じだった。
「マギ・マナドレイン!」
 カーシャが美獣の躰に触れ、そこから凄まじい勢いで魔力を吸いはじめた。
 魔力を急激に吸われた美獣は全身から力が失われ、反撃すらもできないまま躰が狗へと変化していく。
 やがて美獣は干からびた狗になって動かなくなってしまった。それを見下すカーシャの冷たい視線。
「ふふっ、命だけは助けてやる。今度は前よりも強い首輪をはめてやるから覚悟しろよ」
 カーシャによって吸われた魔力はハルカに戻され、さらに部屋を覆っていた氷もいつの間にか消えていた。
「ぶはーっ、死ぬかと思ったー!」
 解凍したヒイロも復活した。
 ミサは口元を縛り、床にへたり込みうつむいたままだった。サングラスで表情は読みづいが、おそらく力を使いこなせなかったことが相当なショックだったのだろう。お姫様の挫折だった。
 そんなミサにカーシャは目を向けた。
「これに懲りたら魔導など安易に使わぬことなだな」
「カーシャお婆様、言葉ですが……」
「なんだ?」
「カーシャお婆様の血を引いている私が懲りるとお思いですか?」
「ふふっ、なら好きにしろ(かわいくない、もう立ち直りおった)」
「ええ、自由奔放なカーシャお婆様のようにさせていただきますわ。うふふふ」
 さすがカーシャの子孫だった。

 つづく


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