第14話_超巨大ナメクジ大戦
 昼食のあと、まったりテレビを観ながら休憩するミサ。
「カーシャお婆様やられてしまったわ」
 淡々と口にした。
「おいミサ先輩、もっとあせったりしろよ!」
 ケーキを食べる手を止めずにヒイロが訴えた。
 二人が見ていたのはカーシャ進撃のライブ映像だった。
 超巨大化したナメクジに潰されてしまったカーシャの映像が、ヘリからの撮影で映し出されていた。
 そんな映像を見ている二人にまったく緊迫感がない!
 ミサは落ち着いているし、ヒイロなんてケーキをモリモリ食べている。
「カーシャお婆様のことですから、大した怪我もなく無事だと思うわ」
「あんなのに潰されて無事なわけないだろ!」
「その時はその時でしょう、うふふ」
 ミサは微笑んだ。このタイミングで微笑むと怖い。
 たしかにカーシャのことも気がかりだが、問題は巨大ナメクジが住宅街を押し潰しながら突き進んでいることだった。
 テレビ映像を見ながらヒイロが首を傾げた。
「いったいどこに行こうとしてやがるんだ?」
 復讐を終えたと思っているBファラオの次の目的は?
 巨大ナメクジはさきほどから進路を変えずに突き進んでいる。
「どちらの方向に進んでいるのか情報くださる?」
 ミサがメイドに尋ねると、メイドがすぐにヘッドセットでどこかに連絡を取って、うなずいてから返事をする。
「はい、南の方角に向かっているとのことです」
「学校から南の方にある物と言えばあれかしらね?」
「おそらく姫様のお思いになった物かと存じます」
 二人はある場所を共通認識していた。
 だが、ヒイロがまったくついていけてない。
「あれってなんなんだよ?」
 ミサが妖しく微笑んだ。
「うふふふふっ、大魔王の居城に決まっているでしょう?」
「そんなのあるのかよーッ!!」
 ヒイロは眼を剥いて驚いた。
 それにたいしてミサも口元を驚かせた。
「えっ……嘘でしょう覇道君?」
「なにがだよ?」
「大魔王の居城があるなんて日本国民の常識よね?」
「知るかよそんなの。いつからあったんだよ、俺様の許可もなく!」
 昔からあった建物とは言えないが、大魔王ハルカが関東を制圧した際、日本と米軍の基地が場所を奪って、そこに自分の城を建てたと一般には知れ渡っていた。
 ミサがボソッと。
「覇道君って貧乏なだけでなく常識もないのね」
「貧乏って言うなー!」
「ごめんさい、超貧乏だったわ」
「だから貧乏じゃねーっつの。今でも借金がだいぶあるのは認めるけど、バイトで金貯めてそれなるの生活してるんだからな!」
「ごめんなさい、改めて言い直させてもらうわ。貧乏根性の覇道君」
「だからなんなんだよ!」
「貧乏なところが覇道君の可愛いところだから、もっと自信を持ってアピールしてもいいわ」
 いや、絶対にアピールしないほうがいい。
 なぜかヒイロはドキドキしていた。
「(俺様がカワイイだと? まさかミサ先輩……俺様に気があるんじゃ!?)」
 おっと、ここで恋愛フラグが立ったのかーっ!?
 ミサが微笑んだ。
「ご飯を必死になって食べている覇道君の姿、リスが頬を膨らませているみたいで本当に可愛くて、愉快だわ」
 愉快って!
 その言い回しはどうなんだ?
 どっちなんだ?
 褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだーっ!
 でもヒイロはまんざらでもなかった。
「そう言われると照れるなぁ~」
 顔を赤ら待て頭をポリポリ。
 ミサはさらに言う。
「そうやってすぐに図に乗るところも覇道君の魅力よ。あなたならできる、なんでもできる」
「そうだ俺様はなんでもできるカッコイイ男なんだぜ!」
「そうよ、だから……さあ、ナメクジ退治に行きましょう」
「へ?」
 呆気にとられるヒイロの腕をメイドたちが拘束した。
 先に部屋を出て行ってしまったミサ。
 ヒイロもその後を追って無理矢理メイドたちに引きずられていく。
「あんなデカイ奴と戦えるわけねーだろ! おい、離せよ、無理だって!!」
 メイドたちは聞く耳を持たない。
 この引きずられていく感覚、ヒイロには覚えがあった。
 脳裏にフラッシュバックする白い集団。
「まさか……お前たち?」
 防護服のマスクの先にあった顔を思い出す。
 それはまさしく今まさにヒイロを引きずるメイドたちであった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~」
 部屋の外に引きずり出されたヒイロの叫びが虚しく木霊した。

 ヒイロたちはヘリに乗って現場に急行した。
 ヘリで近付いて見る超巨大ナメクジのスケールは、大画面テレビで見るよりもはるかに迫力がある。
 超巨大ナメクジの周りをヘリが旋回した。
 双眼鏡から目を離したミサ。
「ブラック・ファラオの姿は見当たらないけれど、どこかでこの様子を見ている筈だわ」
 そんなミサの横で簀巻[スマ]きにされているヒイロ。
「オイッ、これどうにかしろよ!」
 メイドたちによって簀巻き状態されているヒイロから、なが~いヒモが延びている。明らかに怪しいヒモだ。
「姫様、準備が整いました!」
 メイドの合図を受けて、ミサは無言でただ1回うなずいた。
 次の瞬間、メイドの蹴りをケツに喰らったヒイロがヘリから真っ逆さまに落ちた。
 びっろ~ん。っと伸びたヒイロに繋がれていたあのヒモ。まるでバンジージャンプだ。
 ヘリから吊されたヒイロは上空でブランブランした。
「ぎゃーーーっ! うぇぇぇっ、吐く……ううっ」
 恐怖と吐き気のダブルパンチ。
 ヘリが超巨大ナメクジを避けて急旋回するたびに、ヒイロは大きく外へ投げ出されるように振られた。
 そんなようすをミサは楽しそうに見ていた。
「このエサで獲物が釣れるといいわね、うふふ」
 獲物はたしかに釣れそうだった。
 超巨大ナメクジがヒイロを喰おうと釣られたのだ。
 目の前に吊り下げられたエサに向かって超巨大ナメクジが口を開ける。
「ぎゃーっ! 俺様が喰われるぅーっ!」
 ヒイロは必死になって体重移動をして振り子のように体を移動させようとするが、ヘリに振られる遠心力のほうが強くてまったく無意味。
 ヘリは旋回しながら超巨大ナメクジからエサを取られないように、それでいて離れすぎないように飛んだ。
 ヒイロも激しく揺られているが、ヘリの中も大きく揺れている。
「外に身を乗り出さずに姫様お捕まりください!」
 メイドの注目も無視して、ミサはエサと超巨大ナメクジを観察し続けた。
「ほかの作戦も遂行しましょう。このまま住宅街を抜けて、どこか被害が最小限に食い止められる場所までナメクジを誘導するか、それともこの辺りは犠牲になってもらってナメクジに更地にさせて戦いやすくしましょう」
「もっとも近くにある開かれた土地は中学校です。ですが、そこまで移動するリスクよりも、この辺りの住宅を壊した方が被害は小さいと思われます」
「なら旋回を続けてエサで釣って、ナメクジを一定範囲から出ないようにしましょう」
「御意」
 エサに釣られた超巨大ナメクジが近隣の住宅を次々と破壊する。無残な光景だが、ここから超巨大ナメクジが移動しても同じこと。壊される建物が違うだけで、被害の規模が違うだけだ。とは言っても家の持ち主たちはたまったもんじゃないだろう。
 避難勧告が出ているにも関わらず家に戻ってくるオヤジもいたりした。
「この野郎、俺の家を潰しやがって! まだローンが30年以上も残ってるだぞ!!」
 そして、オヤジの近くの家も崩れ下敷きに……。
 一部始終を見ていたミサはメイドに尋ねる。
「まだ避難が済んでいなかったのかしら?」
「いえ、すでに避難済みとの報告を受けております」
「……そう、無能な警察なせいね。あのおじさんは見なかったことにしましょう(壊れた家くらい私たちが保証するというのに)」
 そんなこともありつつ、超巨大ナメクジの誘導は順調に進み、一帯の住宅街は更地にされてバトルフィールドが完成していた。
 援軍の武装ヘリや戦闘機も続々と到着した。このヘリは月詠グループの物ではない。その機体にはキャットマークがプリントされていた。
 超巨大ナメクジは大魔王城に向かって侵略していることがわかり、魔王軍からも部隊が派遣されたのだ。
「やはりカーシャお婆様、魔王軍を動かしてきたわね(同時に生きていたということにもなるかしら)。ハルカさんも軍を動かす権力を持っているけれど、あの人はただの一度も軍に関わったことないものね」
 ミサは魔王軍が動くことを計算済みだった。
「私たちはこのまま覇道君を使ってナメクジを誘導しましょう。攻撃に巻き込まれないように気をつけて頂戴」
 さらにミサたちを乗せたヘリは激しい旋回を続けながら飛んだ。
 ぶら下げられたヒイロがさらに大きく振られる。
「シヌーーーーーーッッ!!」
 大丈夫、まだ死んでないんだから平気!
 魔王軍の攻撃がはじまった。
 戦闘機からミサイルが撃ち込まれる。
 爆発と共に硝煙を上げて体に穴を空ける超巨大ナメクジだが、結果は戦車の大砲と同じだった。
 ミサイルくらいじゃ埒が明かない。
 爆撃機から爆弾が次々と土砂降りの雨のように投下された。
 その爆風に巻き込まれてミサたちを乗せたヘリが大きく傾いた。
 メイドたちが悲鳴をあげる中、ミサは平然と戦いを見守っていた。
「どうかしら、あれが効いていないようなら苦戦しそうね」
 爆煙が晴れてくるとボロボロに崩れた超巨大ナメクジが見えてきた。まだ息はあるようだが、ぐったりとしてその場から動けないようだ。
 揺れが治まり気を取り直したメイドがつぶやく。
「勝ったのでしょうか?」
 ミサは首を横に振った。
「まだ……かしらね。よく見なさい、再生していくのが見えるわ」
 その言葉の通り、超巨大ナメクジは見る見るうちに再生をはじめていた。
 あれだけの爆撃でも倒せないとは、超巨大ナメクジは不死身なのか?
 不死身って言うか、Bファラオいわくゾンビーなんで死んでるんですけど。
 ミサはつぶやくように話しはじめる。
「このまま消耗戦になるか、それとも一気に消滅させるか。もしも肉片からでも再生するとしたら、どうやって倒したらいいのかしらね。あんな大きくて水分量の多い動物、焼き殺すこともできないでしょう?」
 通常の爆撃では倒せない。跡形も残さず標的を消滅させられる現代兵器は……おそらく。
 そんな兵器を使ったら被害は尋常ではなくなる。一帯を更地にしたとはいえ、周りは住宅街が残っている。超巨大ナメクジを倒すために死の街をつくることはできない。
「前にカーシャお婆様が開発していると言った魔導兵器が完成していたら話も変わってくるでしょうけれど。いくら資金があってもこの世界では難しいみたいで、試作品ですらあと数年はかかると言っていたかしら」
 さらにミサは思考をめぐらせる。
「凍らせる。宇宙に捨てる。とにかく動きを封じることが先決ね、覇道君の誘導も長くは保たないでしょう」
 ええ、とっくに限界を超えてます、ヒイロが。
 失神しているヒイロの股間がちょっと濡れていた。
 どこからか聞こえてくる大音響。
《ヒイロ、聞こえるかヒイロ!》
 その声はBファラオ!?
 超巨大ナメクジの口かが開かれ、その中からファラオの柩が這い上がってきた。
《まさかきみが無事だったとはね!》
 いや、現状ぜんぜん無事じゃありません。きっと半分以上魂が離脱しているかと。
《けれど、いくらきみが復活しようが、何度でもぼくが勝つ!》
 いや、正確にはまだ一回も勝ってない。
《さあ、掛かってこいヒイロ!》
 いや、だから失神してるんで無理です。
 望遠鏡で柩を確認したミサ。
「あれが最強の防具だと本人が言っていたらしい柩ね。ナメクジの中にいたとはいえ、爆撃を耐えたところ見るとあながち嘘ではないのかもしれないわね」
 近くにBファラオがいることはわかった。だが、超巨大ナメクジをどうにかしなければならず、さらには柩から出さないと〈壺〉を手に入れることもできない。
 新たな爆撃機が空の向こうからやって来る。
 それを見たBファラオをは柩と共に再び超巨大ナメクジの中へ。
 あくまでミサの目的は超巨大ナメクジを倒すことではない。行方不明になった華那汰を救い出すことだ。Bファラオに隠れられては手が出せない。
 気を失ってしゃべれる状態じゃないヒイロの代わりに、ミサはBファラオと交渉することにした。
《覇道ヒイロは拡声器などを持っておらず声があなたに届かないと予想されることから、私があなたと話をします》
 ヒイロが失神していることは伏せた。おそらくBファラオがヒイロに投げかけた言葉から察するに、彼はまだヒイロが気を失っていることに気づいていないハズだ。
 魔王軍の爆撃がはじまった。
 ミサたちを乗せたヘリが救急回避するが、爆風によって大きく傾いてしまった。
 明らかにイヤそうな表情をミサは口元に浮かべた。
「邪魔だわ(でも、もうすぐ来るかしらね)」
 いったいなにが?
 北西から物資を積んだヘリが飛んでくる。その機体には月詠グループのロゴが入っている。
 メイドがミサに伝える。
「吸水材の用意ができました!」
「すぐに投下して頂戴」
「御意」
 魔王軍が1度目の爆撃が失敗したあと、ミサは月詠グループの子会社から吸水材を取り寄せていたのだ。
 吸水材の粒が超巨大ナメクジに投下された。
 次々と降り注ぐ吸水材が超巨大ナメクジの体に付着して、その水分を奪っていく。
 殺すことはできなくても、これで動きを封じることはできる。
 水分を吸われた超巨大ナメクジが干からびていく。もう動く気配はまったくない。
 あれだけ苦戦したというのにあっけない幕引きだった。
 ミサはすぐにヘリを着陸させ、ファラオの柩捜索を命じた。
 何倍も膨れ上がった吸水材を掻き分けて、新たにやって来た私設特殊部隊を中心に探すが、いっこうに見つからない。
 時間だけが流れていく。
 皮になった超巨大ナメクジに穴を空けて突き進んだとき、隊員からミサに連絡が入った。
「姫様、どうやら敵は地中から逃げた様子です。現在その穴を捜索中です」
「私は別の場所に移りますわ。この場所はよろしく」
「御意」
 まんまとBファラオに逃げられてしまった。
 残ったのは壊された住宅街と膨れ上がった吸水材、そして干からびた超巨大ナメクジだ。
「最悪だわ」
 ミサは次の作戦を遂行するため、ヘリに乗ってこの場をあとにした。

 つづく


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