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第8話_くびちょんぱ |
誰が裏で糸を引いているのか、傍聴人席には誰もおらず、より静寂が増していた。この時点で怪しいと気づくべきであった。 裁判官がハンマーを叩き証人を呼んだ。 法廷に入ってきたのはルーファスだった。ゆっくりと証言台に上るルーファスを、ハルカは被告人席から心配そうな顔をして見つめていた。 ハルカの顔を見てしまったルーファスは、すぐにつらそうな顔をして視線を逸らす。 「(……ごめんハルカ)」 証言台に立ったルーファスに廷吏から宣言書が渡された。 「宣言書を朗読し、最後にここにサインをしてください」 「本法廷において、わたくしは母なる神ガイア、数多の神々、そして審判の神ラーブラに誓い、ここに真実のみを語ることを誓います(き、緊張するなぁ)」 宣言書に羽ペンでサインをすると、すぐに検事がルーファスのもとにやってきた。 「被告人はクラウス魔導学院において、器物破損、窃盗の罪で起訴されている。そして、こともあろうに我が国の国宝である〈ライラの写本〉を盗み出したのです。証人であるルーファスは、被告人に脅迫されていたと我々の調べでわかりました」 「ちょっと待って、私は――」 「待ちたまえルーファス君、わたくしは質問の途中だ。口を慎みなさい」 ハンマーを軽く叩いた裁判官がルーファスに注意する。 「証人は質問された内容だけを簡潔に答えるように」 ルーファスが無言で頷くと、引き続き検事が質問を続けた。 「不運な事故によりルーファスは被告人を誤って召喚されたそうですが、被告人はどこから来たと言っていましたか?」 「異議あり(ふあふあ)」 ハルカの横で座っていたローゼンクロイツが手を挙げて立ち上がった。 すぐさま検事が反論する。 「異界からきた者にたいしては、どこからきたのかと尋ねるのは常識であります。それに今回のケースでは被告人がどこからきたのかが本件において、いえ、国家において重要なできごとなのです」 「検察官の主張を認め、弁護人の異議を却下します」 鋼の表情を崩さないままローゼンクロイツは着席した。 再び検事が同じ質問を繰り返す。 「被告人はどこからきたと言っていましたか?」 「あ、アースからだと自分で語っていました。けれどアースからきたといって、罪に問われるのはおかしいよ。アースのことは伝承に過ぎない。魔導学院の件だって嘘がある」 早口でしゃべるルーファスを止めるべく、裁判官がハンマーを強く鳴らした。 「証人は聞かれたことだけに答えるように」 下唇を噛み締めながらルーファスは着席した。 検事は大きく手を広げパフォーマンスで証人ルーファスの証言を誇大する。 「魔導学院での騒ぎを見れば一目瞭然でしょう。伝承は正しかったのです。アースからきた者はこの世界に災いをもたらす」 ローゼンクロイツは手を挙げる。 「意義あり、伝承などという曖昧なものを信じるのはどうかと思うね(ふにふに)」 「意義を却下します」 裁判官の言葉に、ローゼンクロイツは静かな視線を送った。 「理由はなんだい?(ふにふに)」 「ガイア聖教の伝承は信じるに値する」 「さっきも言ったけど伝承は伝承さ、御伽噺の類は証明にはならないよ(ふにふに)」 「弁護人の異議は却下する」 「わかったよ、では証人としてアレイスター・クロウリーの出廷を求めたいんだけど?」 「却下します」 「ここまで来ると、最初から仕組まれてるとしか考えられないよ、まったく(ふぅ)」 まるでハルカを絶対に有罪にしようとしている糸が感じられる。 被告人席から不安そうにハルカがローゼンクロイツを見つめていた。 「(アタシどうなっちゃうの? 死刑になんてならないよね)」 今にも大泣きしそうなハルカを見て、ローゼンクロイツはここいる人々を次々に一瞥した。 「もしかしたらここにいる陪審員や検事、裁判官だって本物かどうか疑わしくなるね」 雷でも落ちたみたいにハンマーが激しく木霊した。 「弁護人は口を慎みなさい。君のような者がなぜ弁護人の資格を持っているのか疑問だ」 「ボクも疑問だよ(ふあふあ)」 挑戦的な態度に裁判官が怒号する。 「これより陪審員による審議に入る!」 「嘘だろ!?(にゃ!?)」 これにはローゼンクロイツも本当に驚いた顔をした。こんなこと滅多にない、写真に収めたらスクープだ。アインに売りつけたら高く買ってくれる。 「異議あり!(ふーっ)。反対尋問すらしてないよ、この裁判は不当だ(ふーっ)」 「異議を却下する」 辺りを見回すと、検事たちが嘲笑っている。完全に仕組まれた裁判だ。審判の場である法廷が、仕組まれていたのでは意味がない。公平なんて言葉はここにはなかった。 このままでは確実にハルカに有罪の判決が下る。 まだ証言台にいたままのルーファスが腹から叫ぶ。 「国王が外交で国を開けているとはいえ、こんな横暴が許されると思ってるか!」 「ボクたち、クラウス国王のご学友だしね(ふあふあ)」 検事も叫んだ。 「国王不在の場合、この都市を動かす力を持っているのは政府ではない。大司教様だ!」 全ての都市に大司教がいるわけではない。この王都アステアはガイア聖教にとっても重要であるから、大聖堂が建てられ大司教がこの都市にいる。ガイア聖教が多く割合を占めるこの都市では、それに比例して大司教の権限が強くなるのだ。 ローゼンクロイツがボソッと呟く。 「宗教と政治……まったくやりにくくて仕方がないね(ふにふに)」 そして、防波堤が崩れたように一気に話しはじめる。 「クラウスと大司教の仲が悪いのは有名だよね(ふにふに)。大司教は生きた化石で脳ミソは古くて固まってるよ(ふっ)。大司教だけじゃないよ、保守派はみんな伝承や迷信ばかり気にしてる(ふにふに)。国王を中心とした進歩派と大司教を中心とした保守派の争いは絶えないよね(ふぅ)」 「弁護人は口を慎みなさい」 と裁判官に言われてもローゼンクロイツは話し続ける。 「そういえば、この国の大司教は悪名高き魔導結社〈銀の星〉から献金をもらってるとか?」 ハンマーが何度も何度も鳴らされ、耳が痛くなるほどだった。 「弁護人は口を慎みなさい。君も敬虔なガイア聖教の信者。しかも教会のひとつを任されている司祭の身だろう」 「関係ないね(ふっ)。腐ってるモノを食べるとお腹を壊すよ、だから排除しなきゃね(ふにふに)」 ローゼンクロイツに負けじと、お腹をぎゅるぎゅる鳴らしながらルーファスが叫ぶ。 「ハルカが有罪なら、召喚した私にも罪があるはずだ!」 「故意で召喚したわけではない。不慮の事故であり、ルーファスも被害者である。と当法廷は判断する」 「そんなばかな。私の父が元老院だから、僕には音沙汰なしか!」 裁判官はなにも言わなかった。 「父は父、僕は僕だ!」 ついにルーファスが証言台から飛び出した。お腹をぎゅるぎゅる鳴らして壊しながら。 「証人を取り押さえなさい!」 裁判官の声に数人の男たちがルーファスに飛び掛る。だが、その動きは途中で止められた。 男たちの身体の四肢に巻きつく輝く魔導チェーン。その先をローゼンクロイツが握っていた。 「ルーファス、やるならボクにも合図してくれよ(ふあふあ)」 一気にローゼンクロイツがチェーンを引っ張った。すると引きずられ崩れる男たち。 すぐさまローゼンクロイツにも男が襲い掛かるが、エメラルドグリーンの瞳に魅つめられ、男は石のように動けなくなってしまった。 「証人と弁護人を早く取り押さえろ!」 法廷は一気に闘技場になろうとしていた。 だが、それを止めたのはローゼンクロイツだった。 「ここで暴力沙汰を起こす気はボクにはないよ(ふあふあ)。ルーファス、外に出よう(ふにふに)」 「なんでだよ、ハルカを置いて出れるもんか!(あんな顔したハルカを置いていけない)」 ルーファスの視線の先で震えるハルカ。混沌とした恐ろしさで、精神は極限状態に達しようとしていた。 自分の知らない世界に突然迷い込み、無実の罪で犯罪者にまでされそうになっている。自分の力ではどうにもならない、激しい渦の中に飲み込まれてしまった。ハルカは自分がなぜここにいるのかすらわからずに、被告人席でただただ震えていた。 ハルカに駆け寄ろうとするルーファスの腕をローゼンクロイツが掴む。 「行くよルーファス(ふにふに)」 「なんでだよ!」 「ここで牢屋に入れられたいのかい? それこそなにもできなくなる(ふにふに)」 「だからって!」 「ボクを信じろルーファス」 もっとも長い付き合いの友人をルーファスは信じて深く頷いた。 ルーファスはハルカの手を握り締め、深く澄んだ瞳でハルカの瞳を覗き込んだ。 「ハルカは僕が守るから、信じてて」 「……ルーファス(信じてるから)」 涙を流すハルカに背を向けて、ルーファスはローゼンクロイツに連れられ法廷をあとにした。 そして、二人が法廷をあとにしてからも裁判は続き、最終的な判決が下った。 「被告人ハルカを死刑に処す」 涙を止めようとしたがやっぱり泣いてしまった。それでもハルカはルーファスを信じていた。 ――ルーファスは必ず助けにきてくれる。 大聖堂の見下ろす中央広場は、普段は市場などで賑わいを見えている。けれど、今は違った。 市庁舎の真横にある処刑台の近くに人々が群がっている。 黒頭巾で頭をすっぽりと覆い隠した刑吏が、死刑囚であるハルカを囲み処刑台に上げる。 群衆にざわめきとどよめきが巻き起こった。 古い時代には罪人の死刑が決まると、華やかなパレードを催し、罪人は死を前にもてはやされるものだったが、今は時代も変わり速やかに刑が執行される。 処刑台の上からハルカは群衆を見回し、人だかりの中にルーファスの姿を捜した。けれど、見つからない。姿は見えないけれど、どこかにいるような、そんな気がハルカにはした。 処刑台の近くに群がる人々の中でひときわ背の高い影あった。 大きな頭に作り物を獣耳が乗っている。それは猫のきぐるみだった。中に入っているのは、もちろんルーファスだ。 死刑執行の日に華やかなパレードは行なわれなくなったものの、その風習は今も残り、民衆たちは宴会などを催し、それを楽しみにする者もいる。 お祭り気分で浮かれる者が多い今日は、見世物で金を稼ぐ者たちも稼ぎ時で、道化師の格好をする者も中にはいる。と、フォローしても猫のきぐるみはやっぱり浮いている。 行き交う人々の目を一心に集めるルーファス。 すれ違う人、路地の向こうにいる人、変な眼差しでルーファスを見ている。軽く笑って流してくれるのは酔っ払いのおっさんだけだ。 猫のきぐるみを着て歩き回るルーファスの背後に忍び寄る影。こっそりなのでルーファスは気づく余地もない。 ルーファスの背後に立ったガキンチョが〝ニカッ〟と子悪魔の笑みを浮かべた。 ガキンチョのドロップキックがルーファスの背中に炸裂! ルーファス海老反る! そして、コケた。 地面にYの字になって倒れているルーファスをガキンチョが指さして笑う。 「ぎゃははは、マヌケ!」 ガキンチョはそう言って走り去って行った。テーマパークやイベントに行くとよくいる。きぐるみを見るとキックとかパンチをしてくるガキンチョ。 ルーファスは何事もなかったようにビシっと立ち上がり、何事もなかったように歩き出してこう思った。 「(こんなコケた姿、知り合いに見らたれたら、恥ずかしいよねぇ。よかったきぐるみ着てて)」 ルーファスよく考えろ! きぐるみを着てなかったら蹴られなかっただろ? 群衆の中で頭一個分突き出して、ルーファスはきぐるみの中から処刑台の上のハルカを見守った。 「(……ハルカ)」 ルーファスはローゼンクロイツに言われていた。 ――なにが起きても、ルーファス、キミはなにもするな。 そんな忠告を受けても、なにかしないではいられない。ハルカは自分が守るからと約束したのだ。 ローゼンクロイツにはなにか考えがあるに違いない。そのローゼンクロイツのことをルーファスは信じている。けれど、ローゼンクロイツはルーファスになにも告げなかった。 自分もなにかをしなくてはという気持ちがルーファスの中で募る。 ハルカを見つめるルーファスの視界が滲む。 死刑確定後、保守派はハルカの処刑方法を火あぶりにしろと主張した。 火あぶりは異端者を処罰するのに多く用いられた方法だ。けれど、王都アステアで火あぶりが行なわれた公式な記録は、ここ三〇〇年以上ない。それでも火あぶりを保守派が望んだのは、それほどまでにアースからきた者を恐れたためだろう。伝説や伝承であっても、信じていればそれが事実なのだ。 しかし、国王不在の際の強行的な裁判。このことだけでも知れれば、国王と大司教の溝は深まる。そこに火あぶりを民衆の前で大々的に行なったとあれば、大きな争いになるのは目に見えている。そこでハルカの処刑方法は斬首刑と決まった。 斬首刑は身分の高い罪人に対する刑である。そこに国王に対する保守派の思惑があるのかもしれない。 刑吏の手によってハルカに目隠しの布が巻かれようとしていた。 それを見て、ついに堪えられなくなってルーファスが飛び出そうとしたとき、その身体を押さえて前に飛び出した者がいた。 処刑台に飛び出した影は三つ。 猫耳にカシュネと呼ばれる額から鼻先を覆う仮面を装着している。 警備に当たっていた治安官が叫ぶ。 「〈薔薇十字〉だ!」 飛び出してきた謎の三人組を見て、ハルカは自分を助けにきてくれたのだとすぐに悟った。そして、大声で叫ぶ。 「死にたくない!」 叫んだハルカの口を真後ろにいた刑吏が押さえた。 ハルカは腹に衝撃を覚えた。もしかしたら、殴られたのかもしれない。 しかし、次の瞬間にはすでに全身から力が抜け、意識は闇の中に落ちてしまった。 〈薔薇十字〉の団員が治安官と攻防を騒ぎの中、ルーファスが台上に登ろうとしていた。 ハルカの傍にいるのは刑吏ひとりだけだ、他の者は〈薔薇十字〉に気が回っている。今なら助けられるかもしれない。 群衆の中を掻き分けて、あと少しでハルカに手が届きそうだ。 だが、気を失ったハルカを抱きかかえていた刑吏が、群衆を抜け出したルーファスの前に立ちはだかる。 黒頭巾に開けられた二つの穴の奥で、刑吏の眼がルーファスを魅つめた。 足が動かないことをルーファスは悟った。 手も動かない。 全身が石になってしまったように感覚が全て失われた。 治安官と攻防を続けていた〈薔薇十字〉は苦戦を強いられ、次々と現場に駆けつけてくる治安官に勝ち目がないように見えた。 攻防が続く最中、ハルカの身体は引きずられ、ギロチン台に首を固定されていた。 ルーファスは身体を動かすことも、声を出すこともできず、刻々と近づいてくるハルカの死の瞬間を見ていることしかできなかった。 〈薔薇十字〉の団員が治安官を振り切ってハルカのもとへ翔る。 ギロチンの刃が悲鳴をあげた。 時間が止まる。 刹那、群衆が波打った。 ルーファスの時間が時を刻む。 「ハルカーっ!」 胴体から切り離された首が無残にも転がった。 悲しみに打ちひしがれながら、憎しみが腹から沸き立ちルーファスの手に魔導力が集まる。 だが、ルーファスは腹に強烈な拳を喰らい気を失い、〈薔薇十字〉の手によって逃げ運ばれる。 ――ハルカを助けることができなかった。 首は胴から切り離され、確実に肉体は生を失った。 《アタシ死んでる!?》 その光景を目の当たりにしてハルカは叫んだ。 その場にいたたったひとりだけが〝ハルカ〟を視て、ボソッと黒頭巾の中で呟いた。 「クビチョンパだね(ふあふあ)」 そして、ハルカはショックのあまり気を失ったのだった。 つづく 大魔王ハルカ総合掲示板【別窓】 |
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