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第9話_魔女の館へようこそ、ふふ |
自分の死よりも苦しい。 天井を見つめるルーファスの眼は空ろだった。 ハルカの首が切り落とされる瞬間はあまりにも残酷で、眼をつぶるたびにその光景が思い出されてしまう。ルーファスはついに精神を蝕まれ廃人と化してしまっていた。 なぜかルーファス宅にいるカーシャも、ルーファスの抜け殻に困り果ててしまっていた。 「ルーファスしっかりしろ!」 「…………」 返事はなにも返ってこなかった。 インターフォンが家の中に響く、家の主はこんな状態だ。いつもなら絶対に動かないカーシャが仕方なく玄関のドアを開けた。 そこに立っていたのは空色ドレスのローゼンクロイツだった。けれど、このときカーシャは他の者の気配も感じていた。なにかがいるような気がするが、そこに立っているのはローゼンクロイツだけだ。 不思議に思いながらカーシャはローゼンクロイツを家の中に入れた。 カーシャの横を擦り抜ける風が二つ吹いた。 ソファに座って天井を見つめるルーファスは、ローゼンクロイツの存在に気づいてもいない。 「ルーファス、ボクの声が聞こえてるかい?(ふにふに)」 「…………」 「大事な話があるからよく聴くんだよ(ふにふに)」 「…………」 「ハルカは死んでない(ふにふに)」 「…………っ!?」 急にルーファスの瞳に色が差した。 「なんだって!?(ハルカが死んでない!)」 ソファから飛び上がったルーファスがローゼンクロイツにつかみかかった。 「慌てちゃいけないよルーファス(ふあふあ)。死んでないけど、生きてもいない、とても不安定な状態だ(ふあふあ)」 「よくわかんないけど、ハルカは今どこに?」 「ここに(ふあふあ)」 「どこに?」 「ここだよ(ふあふあ)」 指が差された場所にはなにもなかった。しいて言うなら空気があるくらいだ。 ローゼンクロイツ指差す場所をカーシャが目を細めて視た。 「まさか!?」 カーシャが声をあげた。 映りの悪いテレビより酷く乱れているが、目を細めると微かに視える――ハルカの姿が。 まさかハルカ幽霊になっちゃった!? この中でハルカをハッキリと視えているのはローゼンクロイツだけらしく、カーシャは目を細めて悪人面になってかろうじて見える程度。そんな中で、ルーファスだけが綺麗さっぱり視ることも気配を感じることができなかった。 「どこどこにいるのさ?」 《ルーファス聴こえる?》 ハルカはルーファスの耳元でしゃべるが、ルーファスは微かな反応すらしない。 《ルーファスのバーカバーカバカ!》 大声を出しても変わらなかった。 仕方なくローゼンクロイツが通訳を買って出る。 「ハルカは今ルーファスに話しかけているよ(ふあふあ)。ボクが代弁してあげるよ『死んで償いやがれルーファス!』だってさ(ふあふあ)」 そんなことはひと言もいってない。 《アタシそんなこと言ってない!(なんで勝手なこと言うの!)》 「『へっぽこ魔導士なんてくたばっちまえ!』って言ってるよ(ふにふに)」 ローゼンクロイツの言葉を真に受けてルーファスが沈む。 「そうだよ、僕が全部悪いのさ……僕が死ねば気が済むんだろ……へへへ」 ハルカは死んでいないらしいと知りルーファスは歓喜したが、自分が原因の根底にいることでマジネガティブモードだった。 たしかにルーファスが自分を召喚したのが事件の発端だが、ハルカはルーファスをうらむにうらみきれなかった。 《ルーファス元気出してっ。なんだかいろいろありすぎて吹っ切れちゃった。だからアタシ平気だしさー》 落ち込むルーファスを逆に励ますハルカだが、その言葉も聞こえていない。 今から自殺の準備もしかねないルーファスなんて完全放置で、ローゼンクロイツとカーシャは勝手に会話を進めていた。 「実はね、処刑台の上でボクは刑吏に扮して、ハルカに秘薬を飲ませたのさ(ふあふあ)」 「ところでローゼンクロイツ、これはまさしくアニマの状態だな。人工的にどうやってハルカをアニマにした?(こんな芸当ができる者は、妾が知る限りいない。さすがは奇才と呼ばれるだけのことはある……あなどれん、ふふっ)」 「魔女にやり方、教えたくないな(ふにふに)。絶対悪用する気だろ?(ふあふあ)」 「……チッ(ケチめが)」 二人の中では会話が成立しているが、ルーファスにはなんのことだかさっぱりだった。切り替えが早いときは何気に早い。 「あのさー、アニマとかってなに? ハルカは本当にここにいるの?」 《だからここにいるのに》 少しハルカはさびしそうな顔をした。だが、それもルーファスには見えてない。 コホンとカーシャが咳払いをした。その手にはいつの間にはフリップボードが数枚。きっと四次元胸元から出したに違いない! 「アニマくらい授業でやっただろう。まあよい、適当に座れ。今から妾がわかりやすく説明してやる」 この後、現在のハルカの状況について、紙芝居や人形劇を交えたり交えなかったりしながら、二時間ほどでカーシャが説明してくれた。 説明の途中、なぜかサスペンスあり、ラブロマンスありの話だったが、それを全部要約するとこういうことだ。 肉体を失ったハルカは死ぬのではなく、アニマという魂だけの存在になってしまったらしい。幽霊の遠い親戚のようなものだ。という説明に二時間をかけた。 ハルカは家に帰れないどころか、身体まで失ってしまったのだ。まさに不幸のどん底と言ってもいい。だが、そこにカーシャが留めを刺す。 「一つ、さっきの説明でしていなかった重大なことがある。このままだとハルカは消えてしまう(これはマナの還元理論の応用なのだが、ルーファスに説明してもわからんだろうな)」 「えーっ!」 《えーっ!》 ルーファスが声をあげ、ハルカも声をあげた。事前にローゼンクロイツに説明を受けていたハルカだったが、その部分は聞かされていなかったらしい。 平然とハルカ消滅を口にしたカーシャは、ローゼンクロイツにバトンタッチした。 「魔女の言ったとおりだよ(ふあふあ)。このままだとハルカは世界に還元されてしまうんだ(ふあふあ)。だからさ、ハルカのアニマを器に移す必要があるんだけど、器の手配が思うように進まなくてね、困ってるんだ(ふぅ)」 器とはつまり代わりの肉体のことである。 アニマの状態はとても不安定であり、少しでもバランスが崩れると、アニマを構成するエネルギー同士を繋いでいた楔が解け、世界に還元されてしまう。生き物が土に還るのと同じことだ。 ニヤリと笑ったカーシャがボソッと呟く。 「墓でも掘り返すか……なんてな、ふふっ」 「この国の九割が火葬だよ(ふあふあ)」 「わかっておるわ、冗談だ。鮮度で言えば病院の屍体安置所も不可だな、保存状態が完璧ではない」 「ショック死で死んだばかりが好ましいね(ふにふに)」 「この際、多少の外的損傷は仕方あるまい。最終的にはパーツを縫い合わせて一体こしらえるか?」 平然と屍体回収について話をする二人。ハルカはドン引きだった。 《アタシは屍体に入れられるのはイヤかなぁ。入れられるとしても、傷のない女の人の身体にできればぁ》 ローゼンクロイツがため息をつく。 「贅沢は言っちゃいけないよ(ふにふに)。ボクの計算ではあと六時間ほどでアニマの崩壊がはじまるんだから(ふあふあ)」 マジかっ!? タイムリミット六時間。 《贅沢言いません、間に合わせでいいから早くしてっ!》 偶然にハルカを後押ししてルーファスも叫ぶ。 「ハルカのこと助けてあげてよ、お願いだよ!(僕のせいだ、全部僕のせいだー)」 焦るハルカ。取り乱すルーファス。無表情のローゼンクロイツ。 そして、妖しく笑うカーシャ。 「妾の取って置きを使うとするか。だが、あくまで一時的な応急手段だかな」 妖しすぎる笑みを浮かべるカーシャ。この女はいったいなにを企んでいるのか? そんなこんなで、一時的な応急手段を取るため、ハルカはカーシャに連れて行かれた。 アニマ状態のままハルカが連れて来られたのは、ルーファス宅から程近い場所にある商店の立ち並ぶ地区だった。 こじんまりした二階建ての石造りの店。看板にはこうある『美人魔導士がいる店』と。ネーミングセンスがイタイ。 店の裏口に向かうカーシャを追いかけながらハルカは思った。 《はっ、まさかカーシャの店っ!》 ほとんど毎日休業だと近所でも有名な店だ。カーシャのヤル気なさが感じられる。 ここでハルカはなにかが脳裏を駆け抜けた。 デジャブ! なんか同じようなことが先日あったような気がする。 外付けの階段を上り、二階の住居に上がった。 家の中は――暗い。 とにかく暗い。 電気もつけずにカーシャはスタスタと歩いている。 《カーシャ電気つけてよ、見えないってば》 「なにか言ったか?(まるで調子の悪いラジオだな)」 アニマ状態のハルカの声はカーシャには聞き取りづらいらしい。 《電気つけて!》 大声を出すと、カーシャは仕方なさそうに頷いた。 暗闇が一気に明るくなり、部屋中が見渡せるようになった。が、目が痛い。 ピンクのテーブル、ピンクの椅子、ピンクの家具と小物が部屋中に配置され、おまけにピンクのぬいぐるみたちが床や戸棚の上を占拠している。 目が痛いだけでなく、心もなぜか痛い。 壁などがピンクじゃなかったのが、せめてもの救いだ。 やっぱりデジャブ! その部屋から階段を下り、店舗である一階を通り越して地下室まで下りた。 この部屋は電気をつけなくても明るい。部屋全体がぽわぁ~んと淡い光を放っている。 部屋を見回すと、実験装置のような物があった。 大きくて透明な円筒形の入れ物が二本あり、管の中は液体で満たされ、小さな気泡が下から上がっている。 その中に浮いていた生物を見てハルカは眼を丸くした。 《にゃ!?》 片方の筒には金魚の出目金、もう片方には黒猫が浮いていた。 《なにあれ?》 ごもっとも質問に対して、カーシャも質問で返す。 「どっちがいい?」 カーシャは出目金と黒猫を指差している。つまり、どっちが好きかということなのか? 《なにが?》 「あれは妾のペットの出目金と黒猫だ(ちなみに、ジェーソンとフレディという名前だった)。屍体となったあの者たちを大事に保存しておいたのだ(蘇りの秘薬のためにな)」 焦りがハルカの脳内を駆け巡る。ヤバイ、ヤバすぎる予感がする。どう考えても、そうとしか考えられない。 《にゃははは、だーかーらぁ、どういうことですかぁ?》 にこやかに焦るハルカにカーシャは淡々と返す。 「どっちが好きかと聞いているのだ(妾のおすすめは出目金だ。持ち運びに便利だからな……水がないと死ぬがな……ふふふっ)」 《……黒猫がいいかもぉ(てゆーか、どっちもイヤみたいな)》 「では、黒猫の屍体を使用するぞ(出目金がおすすめだったのだがな、しかたない)」 《使うってどういうことですかぁ?》 徹底的にとぼける構えだ。このままとぼけとおすことができるのか! 「物分りの悪い娘だ」 《まさかネコさんの中に入れってことじゃないよね?》 「そうだが、なにか不満か?」 ハルカしばしの沈黙。 《…………(人間じゃなくて、ネコ)》 「では、はじめるぞ……ふふふ、ふふふふふふ」 カーシャの口の端が少し上がった。カーシャがこの妖しい笑みをやると本当に恐い。だってなにが起こるかわかないもん。 「カ、カーシャ、はじめるって、な、なにを?(な、なにで笑ってるのこのひとは!?)」 ハルカ大ピンチ! そしてデジャブ! ハルカは全てを思い出した。そうだ、この場所でなんちゃって改造手術を受けて、頭にアンテナ生やして学院に送り込まれたのだ。 恐怖に苛まれてハルカは猛ダッシュで逃げようとした。が、カーシャは床を滑るように移動して、ハルカの前に立ちはだかる。 「逃げるのか?(ふふ、逃げても無駄だぞ)」 《逃げるなんて……ちょっとトイレ(カーシャ、恐い)》 「アニマ状態でトイレに行きたくなるわけないだろう?」 《あ、あの、カーシャ、ちょ、ちょっと心の準備が……(殺される!)》 殺されはしないと思うが、いい実験台にはされるだろう。ハルカ危うし! アニマ状態のハルカの首に魔導チェーンが巻きつき、グッと引っ張られる。 「やるぞ」 《やっぱり、黒猫っていうのはちょっと》 「では、出目金にするか?」 《……黒猫でお願いします(こんな選択肢反則よ!)》 魔導チェーンに引っ張られながら、ハルカは研究室の奥へと消えていった。 ハルカの運命はいかに!? 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