第5話_人間になりたぁ~い!
 戦場(カーシャVSファウストの現場)から、そーっと逃げ出したルーファスはある先生の研究室のドアの前に立っていた。その横には携帯用ペットハウスから出たハルカがいる。
 ルーファスが魔導学院に着た理由はハルカを元の姿に戻すことと、元の世界に戻すための手がかりを見つけるためである。カーシャは暴れに来るのがメインだったみたいだが……。
 今ルーファスの前にあるドアに思いを馳せるルーファス。ドアフェチなのではなく、思い出があるからだ。
「学生時代ここのドアを壊して、パラケルスス先生のホムンクルス盗みに来たんだよ(あの時は大変だった)」
「器物破損に窃盗、ルーファス昔はワルだったの?(意外だなぁ)」
「ち、違うよ! ドア壊した(蹴破った)のはローゼンクロイツっていう私の友達だし、ホムンクルスを盗んだのも理由があって……カーシャに盗むように言われたから……」
 昔からルーファスはカーシャにいいように使われていたらしい。つまり学生時代から、ルーファス<カーシャの構図ができていたということだ。ルーファスかんばれ!
「ところで、そのホムンクルスって何?」
「ハルカを元の身体に戻すことができるかもしれない魔導具、詳しくは中で話すよ」
 コンコンとノックをしてルーファスは部屋の中に入った。
「失礼します」
 とお辞儀をして、ルーファスが顔を上げるとそこには初老の男が立っていた。
「おお、ルーファスか、久しぶりじゃな」
 笑みを浮かべる老人にルーファスは近づき握手をした。
「お久しぶりです、パラケルスス先生」
「魔導の勉強は今もちゃんとしているのかね?(実力ならば、学院でもローゼンクロイツの次じゃったからな)」
「もちろんです、でもまだまだ力不足で苦労してますけど……」
 そう言ってルーファスはドアのところにちょこんと座っているハルカを見た。
「あの猫がどうかしたのかね?」
「それがですね……。ハルカちょっと来てくれるかな?」
 しなやかな足の運びでパラケルススの前まで来たハルカは頭をちょこんと下げて挨拶をした。
「こんにちわ、ハルカっていいます」
 パラケルススはハルカをじーっと”視て”それがなんであるのかを言い当てた。
「ふむ、今は猫の姿をしているようじゃが、マナは人間のものじゃな? どういうことか説明してくれないかね?」
 ――ということでルーファスは、ハルカを異世界から召喚してしまったことから、大魔王になって大暴れ、終いにネコになってしまった経緯を全部一通り話して説明した。
 初老のパラケルススは深くうなずくと、
「それでわしはなにをすればよいのじゃ?(察しはついておるがの)」
「先生にはハルカのホムンクルスを作って貰えないかなと……?」
 ハルカも熱い眼差しでパラケルルススを見ている。だが、ハルカはホムンクルスがなんだかわかっていない。
 期待は裏切られるとショックを受ける。
「この子のホムンクルスを作る材料が1つだけ手に入らなでな。ホムンクルスは作れんのじゃ」
「ああ、やっぱり(肉体が滅びてるもんね)」
「ええ~っ!!」
 ハルカだけショック!!
 ショックは受けたが、まだハルカはホムンクルスがなんだかわかっていない。
「ところでホムンクルスって何?(なんとなく話合わせてたけど)」
「え~と、ホムンクルスっていうのは……先生、説明お願いします」
 ルーファスは困るとすぐに近くにいた人を見つめて助けを請う習性がある。助けを求められたパラケルススは大きなガラスの筒を指差した。
 部屋に幾本もあるガラス管の中は液体のような物で満たされ、下から小さな気泡が上へ上がっている。そして、時折大きな泡が人の形をした物の口から吐き出される。
 ホムンクルスを見たハルカは至極もっともな見たまんまの質問をした。
「人間?(人体実験!?)」
「あれがホムンクルスじゃ。簡単に説明すると人間の形をした入れ物じゃな」
 人間の入れ物と説明されて、ハルカようやく納得。
「ああ、なるほど。そのホムンクルスで私の身体を作って入るのか……でも、私のホムンクルスを作れないってどういうこと?」
 ルーファスは最初からわかっていたらしく、簡単な説明を始めた。
「ハルカのホムンクルスを作るには、ハルカの肉体の一部が必要なんだよ、でも、肉体もうないからね(パラケルスス先生ならどうにかなると、思ったけど無理か、やっぱり)」
ハルカショック!!
「やっぱり、人間に戻れないの? あのさぁ、今思ったんだけど、ネコじゃなくってそっちのホムンクルスに移してくれるかな?(人間のほうが動きやすいし)」
「それは止めておいたほうがよいな」
 ハルカの意見はパラケルススに即答で弾かれた。ちょっと納得のいかないハルカはパラケルススに詰め寄った。
「どうしてなの?」
「マナ移しの儀は大変難しい魔術でな、移された本人のマナに過度の負担を与え、それに加え君を猫の身体に移せたのは奇跡に近い。つまり、何度もマナ移しの儀をすることはお勧めできないのじゃ」
「そうなの?(ってカーシャさんは簡単にやってのけたけど、もしかしたら失敗してかかもしれないってこと……ってことよりも、だったら最初から人間の身体に入れてくれればよかったのに!)」
 人間の身体ではなくネコの身体に入れたのはカーシャの趣味と言えばそれで終わってしまうが、本当の理由は急を要していて、完全な状態で保存してある肉体がネコと出目金しか手元になかったからだ。完璧な保存状態でない肉体を使うと儀式に失敗する可能性が高くなる。
 もうハルカは大ショックだった。人間には戻れないし、元の世界にも帰れないし……。
「もう、一生この世界でネコとして暮らすのか……(お母さんとお父さん、友達……みんな心配してるよね)」
 目に涙をにじませるハルカを見てルーファスは何も言えず、パラケルススは何か言い方法がないかと一生懸命頭を悩ましている。
「髪の毛一本でもあればよいのじゃが……」
 パラケルススの言葉を受けてルーファスが意識せずにハルカに止めを刺した。
「私の家の周辺は全部一度倒壊してしまったから、髪の毛すら残ってないな……」
 ハルカ的大ショック!! ルーファスの発言、それは絶対人間に戻れません宣言をハルカに突きつけたのと同じだった。
「(どうせ、私は一生ネコのまま……)でも、せめて元の世界に戻りたいな……元の世界に……元の世界の私の部屋だったら私の髪の毛一本くらい落ちてるかも?(望みは薄いけど)」
 ワラをも掴むような発言だった。たしかに髪の毛一本くらいなら落ちてるかもしれない。
 元の身体に戻る手立てが絶たれてしまった以上、今は元の世界に帰ることだけでも……ネコのままで?
 ルーファス&ハルカはいいアイデアをもらうべく、パラケルススのほうを同時に振り向いた。
「ハルカを元の世界に戻す方法ありませんか?」
「お願いします!」
 お願いされてもとパラケルススは困ってしまった。パラケルススは今学院の教頭をやっているほどの魔導の使い手だ。しかし、それでもできないことは山とある。魔法は万能ではない。
「わしにもこの子を元の世界に送り返す手立てはわからんな。普通の召喚だったらできるだろうが、どこの世界との知れない住人となれば話は別じゃ」
「ルーファス帰ろ。パラケルススさんありがとうございました」
 ガックリと肩を落としたハルカは重い足取りで部屋を出て行ってしまった。
「待ってよハルカ!」
「力になれんで悪いな」
「いえ、ありがとうございました」
 ルーファスはパラケルススに頭を下げて急いでハルカを追った。

 騒がしい廊下を一匹とぼとぼと暗い影を背負いながら歩いているハルカ。その後ろからペットハウスを持ったルーファスが追いかけてきた。
「ハルカ待ってよ!」
「お腹空いちゃったよねぇ~(はぁ、私にはどうしょーもないもんね、考えるだけ無駄、無駄)」
「お腹空いた? まだ夕飯には時間あるけど?」
「わかってないな、まあルーファスは鈍感だから」
「私が鈍感?」
「いいの、気にしない気にしない。人生もっと明るくいかなきゃね!(周りに励ましてもらおうなんて駄目だよね。自分が明るくならなきゃ)」
 とそのとき突然、ドカ~ンという轟音が響き天井が崩れ落ちて、青空とそこを飛ぶなにかが見えた。
「「あっ」」
 二人の声が重なり、二人の目線は同じ方向に向けられていた。
 青空を飛び交う二つの物体。よ~く目を凝らして見るとそれがなんだかわかってくる。カーシャとファスト。
 口をポカンと開けながらルーファスは他人事のように呟いた。
「まだ、戦ってたんだ(そうだ、ハーピーの羽取りに行かなきゃ)」
「ペットハウスの中にいてイマイチ状況がわからなかったけど……あんなことになってたんだ」
 息をひと吐きしてルーファスは上空で起きていることを見なかったことにした。
「さてと帰ろうか(他人のフリ)」
「そうだね(他人のフリ)」
 ここでまたカーシャに関わるとロクなことがないと判断した二人は足早に学院をあとにすることにした。
 学院を出る前に事務室に行って腕にした腕章を取ってもらわなくてはいけない。
「あの~、腕章取ってもらえませんか?」
 ルーファスの呼びかけで出てきた事務のお姉さんは最初に会った人とは違った。最初の事務員はまだ意識を失って倒れている。
「騒ぎが治まるまで、誰も学院から出さないようにと言われていまして……」 
「でも私は無関係だし、早く家に帰りたいなぁ~なんて……(無関係……じゃないけど)」
 無関係とは言いがたい、ルーファスは先ほどまで事件の中心にいたのだから。
 できる限り早くここから逃げたいルーファスは事務員になんども詰め寄るが、事務員は決して首を縦には振ってくれなかった。そこにある人物が姿を現した。
 空色の生地に白いレースをあしらったドレスを着た美しい女性がルーファスを無表情で見つめた。お嬢様オーラが全身からでていた。
「へっぽこルーファス久しぶり(ふにふに)」
 ゆったりとした口調で、透き通るような、そこに無いような声色だった。
 この空色のドレスを着ている人物はルーファスの昔からの知り合いのクリスチャン・ローゼンクロツ(♂)。そう、見た目と声質はお嬢様だが男である。
 ローゼンクロイツは事務員に近づくと身分証明書を提示した。そこには国務執行官、それも執行官長と書かれていた。
 国務執行官とはこの国のエリート中のエリートがなれるという職業で、犯罪の取締りから他国との外交などなど、国務の中でも現場に赴く仕事を中心にするエリート集団である。
 事務員は慌てた様子で背筋をピンと伸ばした。
「存じております。最年少で国務執行官長になられたローゼンクロイツ様ですね(本学在校中は手におえない問題児の天才魔導士だったって聞いたけど……)」
「そこにいるルーファスは、ボクの方で身柄を拘束することになったから、連れていくよ?(ふに?)」
「あ、はい、どうぞ」
 機会のような正確な歩調でローゼンクロイツはルーファスの前まで来ると、ルーファスの腕に付いていた腕章を手でなぞるようにして簡単に取ってしまい、
「行くよ(ふあふあ)」
 と言ってルーファスの腕を掴んだ。
「え、なに? 捕まったの?(犯罪者なの?)」
「……拘束(ふっ)」
 この言葉を発した一瞬だけ、冷めたような目をしての口元だけが少し歪んだ。ルーファスを少しバカにしているような態度だった。そして、すぐに無表情に戻る。
 ペットハウスの中にいるハルカはやはり外の状況はイマイチわからない。
「(ルーファスが身柄拘束!? えっ、もしかして私も連れて行かれるの!?)」
 ローゼンクロイツに腕を捕まれてルーファスは唖然とした表情を受けべてしまっている。たしかに連れて行かれる心当たりは沢山ある。が、どれが理由で連れて行かれるのかわからない。
「あ、あのさ、何で私がローゼンクロイツに連れて行かれなきゃいけないの? いや、心当たりは山とあるけど……(これとか、これとか……ホントに数え切れない)」
「学院を出てからゆっくり話そう(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。これは彼のクセのようだ。
「拘束って? 私は犯罪者扱いなの?(たしかに……否定はできないけど)」
「……それはどうかな?(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「な、なんなのその意味あり気な表情は!?(いつに捕まるのか……ライラの写本盗んだこと、大魔王のこと、住宅街吹っ飛ばしたこともあったな……)」
「行くよ、ある意味力ずくでね(ふにふに)」
 ローゼンクロイツの腕が何かを振り払うような動き――正確には何かを飛ばすような動きをした。その手から光のチェーンが放たれルーファスの首に巻きついた。
「……捕獲完了(ふにふに)」
 ぐぐっと首輪のひもを引っ張られてルーファスは強引にローゼンクロイツに連れて行かれる。
「あ、待って、なんで、なんで連れて行かれるの?」
「……どうしだろうね?(ふに?)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
 ズルズルと引きずられていくルーファスとローゼンクロイツに事務員は深くお辞儀をして見送った。

 つづく


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