第11話_氷の城へようこそ
 寒い、寒い、じつに寒すぎる山脈。
 だが、魔法で透明な服のようなものを着ているのでだいじょうぶだった。
「はぁ~、なんかぽかぽかしますねこれ(こたつの中に入ってるみたい)」
 夢心地にハルカ。こたつを愛するハルカはこれでまた猫に一歩近づいた。
 ハルカが眠りそうになってすぐに、その城は見えてきた。氷でできたような城――昔のカーシャのご自宅だ。
 城の壁は石でできているが、その周りは全て氷に包まれ、城から突き出る塔はまるでつららを逆さまにしたような形をしている。
 城門は開けられていた。もしや、これは『かかって来れるもんなら来てみろ』というカーシャの意思表示なのかもしれない。
 城の床にも氷が張っていてスパイク靴を履いていないと滑ってしまう。ちなみに今は魔法でどうにかしているので普通に歩ける。
「(なんだか、スケートとかできそうなところだなぁ~)」
 そう思いながらハルカはルーファスに抱きかかえられながら、辺りを見回す。
 廊下には窓から差し込む輝く光と、炎が灯され、とても明るい。この炎は普通の炎の色とは違い青色をしていて、触るととても冷たい。
 長い廊下を進み玉座の間まで来た。そこで一行を出迎えたのは、
「誰のあの金髪の人?(カーシャさんがいると思ったのに)」
 金髪の白い薄手のドレスを着た優美な女性。それを見たハルカは不思議な顔をしたが、ルーファスは身も凍る思いで、一歩後ろに足を引いた。
「また金髪に戻したんだねカーシャ(カーシャが私のこと恐い目して見てるよぉ)」
 金髪の女性はカーシャだった。ハルカの知っている――この場にいるルーファスの除く全員が知っているカーシャの髪の毛の色は黒だ。
「ふふ、ようこそ我が城、シルバーキャッスルへ(ここに来たからには、身も凍るような、あ~んな目やこ~んな目に遭わせてやる)」
 金髪のカーシャ――それは彼女が氷の魔女王と呼ばれていた時代の髪の色。
「カーシャ先生、お久しぶりです(金髪?)」
 クラウスが一歩前に出た。
「我々アステア王国はあなたの討伐に乗り出しました。ですが、僕としては穏便にことを済ませたいのです。どうか、僕に捕まって頂けませんか?」
「ヤダ(ぴょ~ん……ふふ)」
 即答だった。カーシャは人の言うことを聞くのが嫌いな女だ。
「なんだとカーシャ! 国王が穏便に済ませようと言っていらっしゃるのだぞ!(相変わらず嫌な女だ)」
 エルザは剣を抜いていた。もう、戦う気満々なのだ。だが、ルーファスは絶対カーシャと戦いたくない。カーシャと友達だからとかではなく、どんな目に遭わされてしまうかが恐いからだ。
「まあまあ、ここは話し合いでもしようよ(どうにか丸く治めないと)」
「ヤダ(ぴょ~ん)」
 また即答だった。もう一度確認のために言うが、カーシャは人の言うことを聞くのが大嫌いな女だ。
「カーシャさん、世界征服なんてよくないですよ、ね?(この人に世界征服なんてされたら……恐い)」
「ヤダ(ぴょ~ん)」
 またまた即答だった。改めて言うが、カーシャは人の言うことを聞くのがちょー大嫌いな女だ。
「くそぉ~、この女狐が! こっちが下手に出れやればいい気になるとは、許せん!」
 怒り頂点で大爆発。エルザは本気で殺るべく、カーシャの切りかかって行った。
「たがが人間の分際でうるさい女だ、ピンクのうさしゃさん人形に変えてやる(うしゃさん……LOVE!)」
 剣がカーシャの頭上に下ろされそうになったその瞬間、カーシャは鋭い目つきでエルザを〈視た〉。
 振り下ろされた剣。しかし、それはぬいぐるみの剣だった。その剣を振っているのは小さなピンクウサギだった。
「えいっ、ていっ、カーシャ覚悟しゅろ!(……なにか、様子が変だ)」
 舌っ足らずの可愛らしい声でしゃべっていたエルザは気がついた。
「まさか、この私がカーシャの魔法で!!(あり得ない、私はエリートだぞ!)」
 エルザ的ショック! 今までの人生をエリート街道まっしぐらで元帥まで上り詰めたエルザには信じがたい屈辱だった。
 自信喪失で燃え尽きて灰になってしまったエルザはその場で固まってしまった。それを見たカーシャは満足そうに不敵な笑みを浮かべる。
「次は誰だ?(ふふ、世界中の人間をうさしゃんに変えてやる」
 カーシャの冷たい声が静かな城の中に響き渡った。

 そのころ全世界では、魔女カーシャVSハルカの戦いが巨大ホログラムスクリーンによって映し出されていた。もちろんローゼンクロイツの仕業だ。
 カーシャVSハルカの映像を流して、見事ハルカがカーシャをやっつける映像を全世界に広めようとしているのだ。
 ローゼンクロイツの思わく通り、世界中の人々は戦いを見守り、ハルカを応援した。ちなみにクラウスが城を抜け出したことは全世界にバレた。
 もうひとつちなみに、クラウスを含めてルーファスとエルザはハルカの下僕ということになっている。そういうことにしてこの戦いは〝実況中継〟されていた。
 この実況をしているのはローゼンクロイツの雇った実況のプロと、特別解説員としてこの場にいる牢屋を抜け出したヨハン・ファウストだった。
「なかなか、面白い戦いだ。クク……私は誰が勝とうが構わないがな」
「おおっと、クラウス国王がカーシャに向かって走り出しました!」
 実況の言葉の通りクラウスはカーシャに向かって走っていた。言うことを聞かないカーシャに対して、彼は実力行使に出たのだ。
「カーシャ先生、少し悪戯が過ぎますよ(ウサギってギャグだろう)」
 クラウスの手から放たれる輝く鎖。これで彼はカーシャの身体を拘束しようとした。だが、カーシャには通用しない。
 妖しく輝く瞳で見つめられたクラウスはピンクのうさしゃんになってしまった。そして、すぐさまカーシャは牢獄を作り出し、クラウスとエルザをその中に封じ込めた。
「ふふ、ルーファス、私と戦うか?(喧嘩上等……ふふ)」
「遠慮しとくよ(私がカーシャに刃向かったらうさぎどころじゃないよ、きっと)」
「何言ってるのルーファス!? もう、頼りになるのルーファスしかいないんだよ(本当に頼りになるかは微妙だけど)」
 だが、ルーファスは何も言わなかった。その反応を見てハルカは頬を膨らませて怒りをあらわにした。
「ルーファスのばか!(役立たず、腰抜け、へっぽこ! ルーファなんて嫌い)
「だったら、ハルカがこの私と戦うか?(かかって来いや……なんてな)」
 冷たいカーシャの声でハルカの胸が突かれた。
「まさか、私がカーシャさんと戦えるわけないじゃないですか。だって私、猫だし」
「この戦いは世界の覇権をかけたハルカと私の戦いなのだぞ」
「いつから、そんなことになったんですか!?」
「私に勝って世界を手に入れたら、家に帰れるかもしれないぞ(本当のところはどうだか知らんがな)」
「……(世界に帰る)。そうよ、私もとの世界に帰りたいよ。ねえルーファス、私のためにがんばってよ」
 少し潤んだ目でハルカに見つめられたルーファスはため息をついた。
「はぁ、たしかに私がどうにかしないといけないことだよね(ハルカをこっちの世界に呼んじゃったのは私のせいだからね)」
「よし、それでこそルーファスだよね。じゃあ、カーシャに向かってレッツゴー!」
 レッツゴーと言われても少し困る。ルーファスはカーシャに刃向かいたくないが、ハルカをもとの世界に帰さなければならない。板ばさみにされて窒息しそうだ。
 その時だった。この場に新たな新キャラが登場したのは!
 白髪白髭の杖を突いた見るからにヨボボヨの爺さんがこの場に乱入して来た。
「やっとこさ見つけたぞ、魔女王カーシャよ(こやつを探すのに、はて、何年くらいの月日を費やしたかのぉ?)」
「誰だおまえは?(この爺さんは誰だ?)」
 全く記憶に御座いません状態のカーシャ。この老人の正体とは?
「わしのことを忘れたのか、この魔女が。わしは……わしは……誰じゃったかの?(ロバート、ポール、エリザベスじゃったかの?)」
 この老人はだいぶボケていた。
「ああ、思い出したぞ、わしの名前はハインリヒ・ネッテスハイムじゃった(少しボケたかのぉ?)」
 だいぶボケている。
 名前を聞いてもカーシャはこの人物について思い出せなかった。もしかして、老人は自分の名前を勘違いして、別の名前を言ったのか。いや、違うこれが彼の本名で、人々に知れ渡っている名前は別にある。
 驚いたルーファスは裏返った声をあげた。
「もしやあなたが、かの有名なアグリッパ様ですか?(……そんなわけないか、このボケ老人がね)」
「おお、そうじゃ、その名前じゃ。その方が世間様に知れ渡っておる」
「ああ、思い出した(だいぶ歳をとっていたので見た目ではわからなかった)」
 ぼそりと呟いたカーシャはやっと思い出した。この男は〝過去〟にカーシャを討伐するために編成された魔導士の一団のひとりだった。
 だが、今ごろカーシャの城を見つけるなど、たまたまカーシャがここに帰っていなかったらどうする気だったのか? もしろ今まで探し続けていた彼の根性はスゴイと褒めてあげたい。なんせ、1000年以上もの月日を費やしているのだから。
「よく、人間が永い時を生き長らえたものだな。で、今更アグリッパが私に何のようがあるというのだ……まさか私を倒すなんて言うわけがないな。(こんなご老体のヨボヨボ爺さんがな)」
「わしの仲間は長い時の流れの間にみんな死んでしまったわい。残っているのはわしだけだ。仲間のためににもお主の首を貰わねばならん。じゃが、なぜわしをお主の首を狙っておるんじゃったかの?(こそ泥だったか、わしの逃げた女房だったか?)」
 ボケてまで追い手を追い続けるとは大した執念だ。
 このアグリッパがカーシャ討伐の旅に出たのは、もちろん過去に魔女王としてカーシャが人々に恐れられていたからだ。
 キラリ~ンとカーシャの目が妖しく輝いた。またまたとんでもないことをいいそうな空気がこの場を包み込む。
「では、こうしよう。ハルカ&ルーファスチームとアグリッパと私で3チームに分かれて戦い、勝った者が世界を自分のものしていい権利を持つことにしよう。魔導砲の制御装置はこのイヤリングだ。これを勝者にはくれてやる(勝つのは私だがな、どんな手を使っても私は勝つ……ふふ、卑怯者)」
 蒼い宝石の付けられたイヤリングが妖しく輝く。
 アグリッパの杖を高く上げて笑い出した。
「ふぉふぉふぉ、そうじゃった。わしは世界の覇権を賭けて戦っているんじゃった(いや、違ったかもしれんな)」
 別に世界の覇権を賭けてカーシャを探していたわけではない。彼の発言はだいぶ外れたことばかりだ。
 なんだかわからないうちに世界の覇権をめぐる戦いが勃発。しかもアグリッパまでもがその戦いに強制参加。
 マナと呼ばれる魔法エネルギーが風を巻き起こし、この場に戦慄を呼ぶ。
 杖を構える老人はただのボケ老人ではなかった。魔法を使うの能力は歳とは関係ない。老人の魔力は凄まじいものだった。
 相手の発するマナの力に負けじとカーシャも出力をあげる。
 ――この場でついていけてないのはルーファスとハルカだった。2人は隅っこで小さくなっている。できれば戦いに巻き込まれたくないのだ。
「あのさぁ、ルーファス、ちょっと耳貸してくれないかな?」
「何ハルカ?」
 小さなハルカの身体をルーファスは持ち上げて、耳元に近づけた。
「カーシャさんのイヤリングを奪うことできないかな? そうすれば全部丸く治まると思うんだけど?」
「そうだね、どうにか隙を見てイヤリングを奪おう(でも、どうやって?)」
 ポケットに入った財布ならまだしも、耳についたイヤリングを盗むのは大変困難だ。むしろ、普通は無理。
 アグリッパは呪文を唱えるべく杖を高く掲げた。この杖はマナの増幅装置の役目を果たしている。
「セ……セイ……呪文が思いだせん(はて、何の呪文を唱えようと思ったんじゃったかのぉ?)」
「ホワイトブレス!」
 カーシャは老人を殺るつもりだ。老人愛護の精神なんて微塵もない。てゆーか人殺しなんて悪いことを本気でするつもりだ。
 白い煙のようなブレスが老人に襲い掛かる。
「そうじゃった、ファイアーブレス!」
 小柄な老人の杖から巨大な炎が吐き出された。
 白と紅がごぉーっという音を立てて混ざり合い、相殺した。そのエネルギーが凄まじく、巻き起こった爆風によってルーファス&ハルカは大きく吹き飛ばされてしまった。
 完全にルーファス&ハルカは置いていかれている。彼らの出る幕はない。

 おわり


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