第1話_仔悪魔ちゃん勝手に召喚!

《1》

 ご近所でも有名なへっぽこ魔導士ルーファスのご帰宅。
 今日もいつものように魔導学院に行き、いつものように一戸建ての借家にご帰宅。
 ちょっぴり肩を落とした後ろ姿から察するに、いつものように先生に叱られたか何かトラブルを起こしたらしい。
 しかし、そんなルーファスにさらなるトラブル……そう、悪魔の罠が待ち受けているなんて、目の前のことで人生いっぱいいっぱいのルーファスは知る由ものなかった。
 むしろ、知っていたら魔導士を目指すより、エスパーを目指しなさい!
 いつものようにポストを確認するルーファス。
 なんと!!
 そこに運命的な出会いが待ち受けていた。
「……カップラーメン?(んなアフォな)」
 心の中でセルフツッコミをするルーファス。
 ルーファスはグルグル眼鏡を少し上げ、目をゴシゴシこすって自分の目を疑った。
 だって、ポストの中にカップラーメンが入っていたんですよ!
 そりゃ誰でも自分の目を疑うってもんです。
 こんな衝撃的な出会いに、ルーファスはカップラーメンを手にとって、頭の上にクエスチョンマーク。
「海鮮ドクドクモンスター風味、12パーセント増殖中……?」
 絶対食べたくない。
 中途半端なパーセンテージだし、増量じゃなくて増殖?
 いったいカップの中でどんな生命の営みが行われているのだろうか?
 常人であれば、こんなカップラーメンは見なかったことにするか、もしくはごみ箱行きだ。
 だって毒が入っているかも知れないし、最悪謎の生命体が増殖しているかもしれない。
 しかし!!
「食べてみようかな」
 ちょうど小腹も空いていたし……ってそういう問題かっ!
 というノリツッコミ。
 カップラーメンを持って、ちょっぴりルンルンで家に入り、そのままキッチンにレッツ&ゴー!
 フタを几帳面にめくって、中に入っていた謎のかやくAとBを混ぜて、謎の液体AとBを調合して、なんだか魔法薬を作る工程のようだ。
 そして、ポットからお湯を注いで3分くらい待つ。
 ワン、ツー、3分待たずにフタ開ける。
 カップラーメンの中からありえない量の煙がモックモック。
 濃霧警報発令!
 立ち昇った煙で視界が奪われてしまった。
 しかも煙を吸ってせき込んでしまうルーファス。
 ま、まさかこの煙は毒なのかっ!
 そんなこんなで湯煙り殺人事件が起こるのかと思いきや、晴れた煙の中から現れたのは生着替え中の美少女。
 ピンクのツインテールが特徴的な、小柄で厚底ブーツの美少女。ちなみに今日のパンティーの色は白だ。
 しかもお尻にはクマさんプリント。
 目と目が合って、美少女は顔をピンク色に染めた。
「あっ……(見られてる)」
「どういう仕様だよっ!」
「3分って書いてあったの読んでないのバカーッ!」
 怒鳴り声をあげた美少女の回し蹴りがルーファスの顔面にヒット!
 いろんな意味で鼻血ブー!
 ルーファスはエビ反りのまま後方にぶっ飛んだ。きっと演出的にはスローモーション。
 ほっぺたを膨らませて、美少女はプンプンしながらカップラーメンの中へ帰って……帰って……帰った?
「カップラーメンに住んでるのっ!?」
 鼻血をボトボトしたままルーファスはツッコミを入れたが、その声はキッチンに響いただけで返答はなかった。
 誰もいないところでツッコミを入れても、友達のいないただの寂しい人だ。
 腰が引けたままルーファスは恐る恐る、手なんかブルブルさせながら、カップラーメンのフタに手を伸ばした。
 ここでフタを開けるか、それとも開けないのか?
 人生の岐路に立たされてしまったルーファス。
 果たして彼の下した決断とはっ!!
 ルーファスがフタを開けようと手を伸ばした、そのとき!
 フタが勝手に開いて煙がまた勢いよく噴き出した。
 腰を抜かしたルーファスの視線の先には、白い煙に映るツインテールの少女のシルエット。
「呼ばれて飛び出てチャチャチャチャ~ン!」
 カップラーメンの中から現れた謎の美少女。着替えも終わり完璧だ。
 ゴス+パンクでゴスパンクの格好をしたピンクの髪の美少女。
 ニッコリ笑う口から覗く八重歯がチャームポイントだ。
 テーブルの上に仁王立ちするミニスカの少女。ルーファスの目はおのずとソッチ方面に行ってしまった。
「あのぉ……パンツ見えてるよ」
「えっち!」
 謎の美少女はテーブルの上からジャンプして、そのままルーファスの顔面に膝蹴り!
「ぐはっ!(教えてあげただけなのに)」
 鼻血をブーしながらルーファスは床に後頭部ゴン。
 天井を見つめるルーファスの眼前に突き付けられる謎の紙。
 謎の美少女の唐突発言。
「早く契約書にサインしてよ」
「……は?(悪徳商法?)」
「アタシを呼び出しておいて契約しないっていうのは、そりゃお客さん困りますぜ」
「……いや、だからさ、まず君だれなの?」
 尋ねながらルーファスはどっこらせと立ち上がった。
 美少女は八重歯を覗かせニカっと笑った。
「アタシの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル。愛称はビビ、よろしくね♪」
「で、何者なの?(カップラーメンの守護神?)」
「職業は仔悪魔見習い。これでも魔界ではちょ~カワイイ仔悪魔でちょっとは有名なんだからね!」
「で、なんでカップラーメンから出てくるわけ?(そんな召喚聞いたことないぞ)」
「まっ、それは話せば長いんだけど……そんなことより契約してよ!」
 再びルーファスの眼前に突き付けられる契約書。
「契約って言われてもまだ私は学生の身だし」
 ルーファスは断る口実を考えながら鼻血を拭く物を探していた。
 そんなルーファスに差し出される紙。
「ああ、ありがとう……って契約書じゃん!」
 親切でティッシュでも渡してくれたのかと思いきや、思いっきり契約書だった。
 契約書は羊皮紙の本格派で、文字も古代文字で書かれていた。
 仔悪魔+契約書=悪魔の契約。
 そんな契約を結ばされて、命なんて代償にされたら堪ったもんじゃない。ルーファスは羊皮紙を叩き返した。
「契約なんて絶対しないから、早く帰ってよ」
 その言葉にビビは唇を尖らせた。
「冷やかしですかお客さん? 人の生着替えやパンツを見といて、ただで済ませようとしてるんですかい?」
 ビビは近くにあったイスを蹴っ飛ばして破壊した。悪徳業者だ。
 壊れたイスを見て凍りつくルーファス。
 美少女の仮面を被った怪力女。
 そもそも悪魔って種族は人間より身体能力が優れ、少女の見た目をしていても人間の何倍も生きていたりする。
 契約しないと痛い目に遭いそうだ。でも、契約したら……?
 こうなったら奥の手を使うしかない!
 ルーファス逃亡!
 敵に背を向けてルーファスは全力疾走しようとした。
 が、その足が地面に張り付いたように止まった。
 全身から冷汗を噴き出して、顔面を真っ青にするルーファス。その首に突き付けられているは大鎌の刃だった。
 ニッコリ笑顔で大鎌を持っているビビちゃん。そのまま鎌を引っ張ったら首が飛んじゃいますよ状態。
「もしかして逃げる気じゃないでしょうねぇ?(美少女仔悪魔ビビちゃんから逃げようなんて1000年早いよ)」
「逃げるなんてとんでもない。ちょっとトイレに行こうと思っただけだよ」
「トイレなんていいから契約書にサインしてよ」
 ここでサインしなかったら、首が宙を飛んじゃうことになりそうだ。
「わかったから、まずはこの鎌を退かしてくれないかな?」
「逃げたら地獄の果てまで追いかけるよ?」
「逃げないから、大丈夫だから(スキがあったら逃げるけど)」
「仕方ないぁ」
 大鎌が退かされ、やっとルーファスは死の恐怖から解放された。
 ほっと溜息を洩らすルーファス。
「ふぅ、とりあえずお茶でも飲んでゆっくり話し合おうよ(その間になにか打開策を考えなきゃ)」
「お茶菓子はないの、お茶菓子?(ショートケーキがいいなぁ)」
「(……物言いがどっかの誰かさん似てる)」
 知り合いの魔女の顔を思い浮かべながら、ルーファスは黙々と紅茶をいれて茶菓子も用意した。
 テーブルに座るビビの前に出されたのは、某ネコ型ロボットも大好きだというドラ焼きだった。
 それを見たビビは目を丸くする。
「なにこの未確認飛行物体みたいな固形物は?(こんな食べ物はじめてみたかもぉ)」
「うちの学校の先生が東方のおみやげだってくれたんだ。名前はたしか……ドラ焼き?」
「美味しいの?」
「美味しいよ(僕はまだ食べたことないけど)」
 こんなドラ焼きがあることすら忘れていて、賞味期限がちょっぴり切れていたりした。
 ちなみに、ビビに毒味をさせようとしているわけでなく、もともとルーファスは賞味期限が切れても平気で食べちゃう人だったりする。
 しばらくドラ焼きを観察していたビビだったが、ついに手にとって口を大きく開けてパクッ。
 その瞬間、口に広がる香ばしく甘い小豆の食感。
「美味しい!」
「(美味しいんだ。早く食べちゃえばよかったなぁ)」
「ねぇ、もっとないの?」
「ないよ。1個しかくれなかったんだ(まあ偶然職員室に用があって、たまたま貰えただけだし)」
「えぇ~っ、これはラアマレ・ア・カピスに勝るとも劣らない美味しさだよ。こんな小さいの1個で満足しろって言われても無理だよぉ!」
 ラアマレ・ア・カピスとは通称ピンクボムと呼ばれ、かなりの高級品で食べると脳みそが爆発するほどの美味しさの果物だ。
 ここでビビの頭の上で豆電球がピカーンと光った。
「そうだ、契約の代償はドラ焼き100個にしてあげる!」
 ナイスなアイディアにビビちゃん自信満々。再び契約書を出してテーブルにバーンと叩きつけた。
 魂を代償にされるよりはよっぽどマシだが……。
 ルーファスには疑問があった。
「ところで契約したら何してくれるの?」
「それは契約してからのお楽しみ♪」
「…………(あからさまに怪しい契約だ)」
 怪しい契約書にサインして、借金の連帯保証人にされるかもしれない。
 でも、ここでサインしなかったら……。
 ルーファスはビビが手に持ってる物を見て怯えた。
「なんで包丁なんか持ってるの!?(やっぱり殺される?!)」
「ほら、契約書にサインするとき血が必要でしょ。だからこれで指を詰めて、ねっ?」
 笑顔で怖いことを言うビビ。しかも指を詰めるって言葉の使い方が間違っている。
 無邪気に笑いながらビビは包丁をブンブン振り回している。ルーファスはすぐそこに迫る命の危機を感じた。
「契約書にサインします。けどさ、血じゃなくてボールペンじゃダメかな、赤インクにするから?」
「別にいいよん、血は雰囲気の問題だし」
 雰囲気かよっ!
 ルーファスの目の前にある契約書。古代語で書かれていて、あんまりよく意味が理解できない。言語関係の授業があんまり得意じゃなかったりするルーファス。
 ボールペンを握ったまま固まるルーファス。
「ええっと、どこにサインすればいいのかな?」
 サインする場所がわからなかったりした。
「ココ、ココ、この下のとこに名前書いて」
 なんて教えてもらいながら、ついにルーファスは契約書にサインをしたのだった。
「よし、書けた」
「じゃあ、名前教えて」
「ルーファスだけど?」
「ふ~ん、ルーちゃんか。じゃあ、こっち顔向けて」
 言われるままにルーファスが顔を向けた瞬間、チュッ♪
 唇と唇が重なり、蕩けるようなドラ焼き味のキッス。
 目をパチクリさせてルーファスの瞳孔は限界まで開かれた。
 ビビの顔が離れても、ルーファスの脳ミソはどこかに飛んだままだった。
 一方ビビは紅茶を飲んで何事もなかったような振る舞い。
 だんだんと現実に還って来たルーファスは、自分の身に起きたことを理解しはじめた。
「ちょっと整理しよう。僕はドラ焼きを食べたのか? いや、違う。……接吻……接吻したでしょ、接吻したよね!」
「接吻って、なにそのカビの生えたような言い方。別に減るもんじゃないし、こんな美少女とチューできるなんてラッキーじゃん?」
「物理的に減らなくても精神的に減るでしょ!」
 異常なまでにショックを受けるルーファス。
 しかも、興奮したせいか、ルーファスの鼻からツーっと赤い液体が……。
 冷めきった目でビビは紅茶を飲み続けている。
「(また鼻血出してるし……ダサッ)ファーストキスってわけじゃないんでしょ。なにそんなに取り乱してるのぉ?」
「ファ、ファーストじゃないよ!」
「その慌て方……もしかしてファーストだったの!?」
「ち、違うよ! 3回……いや2回……」
 サバ読もうとした?
 熱くなった頭を冷やすため、ルーファスは何を思ったのか水道の蛇口から冷水を出して、なんと頭からそれを被った。あふぉだ。
 ルーファスは長髪だからそりゃもうビショビショ。結わいてる髪をほどいたら、落ち武者ヘアーになりそうだ。
 冷水を浴び続けているルーファスの背中に、ビビはポンと手のひらを乗せた。
「落ち込まないでダーリン♪」
「はぁ?」
 ダーリンという言葉の意味をルーファスは一生懸命考えた。
 でも、正しい答えが出ても否定。
 ルーファスは濡れた髪をかき上げながら、急に真顔になってビビを見つめた。
「今さ、ダーリンって言ったよね?」
「ルーちゃんはウチのダーリンだっちゃ♪」
「なにその某鬼娘のパクりみたいな……」
「だってコレにサインしたじゃん?」
 コレが再びルーファスの眼前に突き付けられた。そこにはしっかり直筆でルーファスの名前が書かれている。
 CPUの処理能力を超えた出来事に、ルーファスは強制終了した。
 そして、再起動で立ち直り。
「はぁ!?」
 っと、びっくりこいた。
 ルーファスの目の前を泳ぐ古代文字の羅列。
「読めないし、なんて書いてるんデスカ?」
「ああ、これね。婚約書だけど?」
「はぁ!?」
 っと、またびっくりこいた。
 結婚は地獄なんて例えはあるけど、ルーファスがサインしたのは、なんと婚約書だったのだ。
 サギだ!
「そうだよ、サギじゃないかっ!」
「サギだなんてひっど~い、アタシたちあんなに愛しあったのにぃ」
「いつどこで!?」
「あんな蕩けるような甘いキッスをした仲じゃん?」
 ドラ焼き味の。
「私は認めないからね。クーリングオフだクーリングオフ!」
「返品は認められません。だってもう使用済みだも~ん」
「使用済みってなに使用済みって!」
「アタシの唇を奪っておいて……ぐすん」
「奪ったのはそっちだろ!」
 強気に出るルーファスだったが、その顔が急に自信なさ気に変わって行く。
 無邪気ね笑みを浮かべるビビ。その眼の奥にある何かをルーファスは本能的に感じ取ったのだ。
 悪魔の契約書がルーファスの顔面にグリグリされた。
「控え居ろう、この契約書が目に入らぬか!」
 ジトジトした空気が部屋を駆け巡り、背中に蟲が這うような悪寒。
 ビビの持つ契約書が風もないのに激しく揺れる。
 怯えたルーファスは逃げ場を探して壁に背中をぶつけた。
「逃げてもムダだよぉ、地獄の果てまで追いかけるって言ったじゃん……あはは♪」
 まさにビビが悪魔の笑みを浮かべた瞬間、ルーファスは契約書から這い出た黒い影を見た。
 そして、そこで記憶がプッツリ。
「ウギャァァァーッ!!」
 ここでは描写できない、あ~んなことやそ~んなことが行われたのでした。

《2》

「ウギャァァァーッ!!」
 叫び声をあげながらルーファスは目を覚ました。
 放心状態になりながら、自分の身になにが起こったのか思い出そうとするも、あまりの恐怖体験に記憶にカギがかかってしまっていた。
「(夢だったのかな……)って現実にいるし!」
「オイッス!」
 仔悪魔ビビはテーブルに肘をつきながら、寛ぎモード全開で紅茶をすすっていた。新居に落ち着いちゃった感じ?
 カップラーメンから仔悪魔が出てきたのも、不意に唇を奪われてしまったのも、ぜ~んぶ現実だったのだ。
「なんで……まだいるの?(完全に居座ってるし)」
「新婚旅行はどこ行こうか?(景色の綺麗なところがいいなぁ)」
 しかもビビが見ている本は式場のカタログだったりする。
「ちょっと待って、結婚とかしないから」
「えぇ~っ、誓いのキスだってしたじゃ~ん?」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
「引き出物はなにしようか?」
 話はルーファスを置いてどんどん進んでいた。
「ちょっと、ちょっとちょっと。婚約破棄したいんだけど?」
「……それ、マジで言ってるの?」
 ギロっとした目つきで睨まれた。
 でもここで臆したら負けだ。きっと地獄の結婚生活が待っている。
 ルーファスはがんばった。
「まだ結婚したわけじゃないんだから、婚約は破棄だよ破棄!」
「悪魔の契約書は一度契約したが最後だもん。取り消しはできませ~ん」
 ルーファスの通う魔導学院にも契約マニアの黒魔導教師がいるが、契約を破ったらそりゃもう酷い目に遭わされる。
 急にビビが目尻に手を当てて涙ぐんだ。
「アタシとの恋は遊びだったのねぇ~!(なんちゃって)」
 思いっきりウソ泣きだった。
 鼻をすすりながら肩を揺らすビビを見て、ちょっと焦るルーファス。ウソ泣きだってことに気づいてなかった。
「だ、大丈夫?(これって僕のせい?)」
「どーせアタシは都合のいい女。どーせ使い捨ての女だったんでしょう!」
 今度は逆ギレ。
 ビビの態度の急変でたじろぐルーファス。
「え、あの、その、僕が悪かったです(ってなんで謝ってるんだ?)」
 完全に相手のペースに乗せられていた。
 そして、またビビの態度は急変した。
「でもまだやり直せるわアタシたち。これから一緒に頑張りましょう!」
 ビビはずぶ濡れのままのルーファスを優しく抱きしめた。
 貧乳がルーファスの腕にじゃっかん当たる。
 このまま騙されそうになったルーファスだが、この状況をよーく考えるとやっぱり可笑しい。
「違うよ、結婚とかしないから離れてよ!」
 ルーファスはへばりつくビビを引き剥がすように突き飛ばした。
 バランスを崩したビビが四つん這いで床に倒れる。その瞬間、スカートが捲れあがってパンティーのバックプリントがチラリン♪
「あ……クマだ」
 ボソッとルーファスは呟いた。
 またルーファスの鼻からは鼻血が垂れていた。そのうち絶対貧血で倒れる。
 四つん這いから起き上がろうとしているビビは、肩を震わせ小さな笑い声を発していた。
「ふふ~ん、アタシを怒らせたらどーなるかわかってるでしょうねぇ?」
 振り返ったビビはババーンと契約書を突き出した。
 魑魅魍魎が踊りだすみたいな、そんな禍々しい妖気を放つ契約書。
 もはやトラウマとなったルーファスの記憶が呼び起こされようとしていた。
 長くて生温かいヌメヌメしたアレで、あ~んなことや、こ~んなことや、そ~んなことまでされてしまう。
 蒼い顔をしたルーファスは少しずつ後退しながら、後ろに手を回してなにかを探しているようだった。
 その間もビビは契約書を持って迫りくる。
「あはは、逃がさないんだから」
 感情のない笑いがとても怖い。
「……逃げません(やっと開いた!)」
 ルーファスはキッチンの勝手口を開けて逃亡を計った。
「やっぱり逃げます!」
 一気にルーファスは逃走した。
 残されたビビは『しまった』という顔で呆然とした。
「……あーっ、逃げられたぁ!」
 急いでビビはルーファスを追った。
 裏庭の塀を乗り越えようとしているルーファスの姿が目に入る。2メートルくらいある塀だが、必死なルーファスは登りきろうとしていた。
 そんなルーファスが必死で登った塀を、ビビは簡単にぴょーんと飛び越えた。
「ダーリン待って!」
「待つもんか!」
 一度ルーファスは振り返って、再び全力で走ったそのとき!
 あっちの方から走ってきた白馬にルーファスが撥ねられた!!
 サイボーグ馬の馬力はそりゃもうスゴイ。撥ねられたルーファスは宙を3回転して地面に激突。
 それを見たビビはボソッと。
「……死んだ?」
 ルーファスの指先がピクピク動く。
「……生きてるから」
 虫の息状態のルーファスの声が返ってきた。
 白馬から降りた貴族風の青年がルーファスに駆け寄った。
「大丈夫かルーファス!」
 ルーファスの名前を知っている謎の青年。その正体はルーファスの同級生のクラウスだった。しかも、学生は仮の姿でアステア王国の国王だったりする。
 鼻血をダラダラ流しながらルーファスは立ち上がった。
「私を撥ねたのクラウスだったのか……(死ぬかと思った)」
 奇跡的にルーファスは鼻血を流しただけで済んだのだった。
「すまない、急におまえが飛び出してくるから」
 謝りながらクラウスはルーファスの腕にしがみつくナマモノを見て、不思議そうな顔をして言葉を続ける。
「ところで、そのレディは誰だい?(こんな可愛い子とまだ出会っていなかったなんて)」
 ルーファスが答える前に、ビビが素早く口を開いた。
「ルーちゃんの婚約者のビビちゃんで~す♪」
「こ、婚約者だって!」
 ズカーンと衝撃を受けるクラウス。
 恋人がいるってだけでも驚きなのに、まさかルーファスに婚約者がいたなんて、世界は明日にも破滅する。ルーファスはあくまで認めていないが。
 クラウスはビビの手をぎゅっと握った。
「こんなカワイイ子がいたなんて、なんで今まで僕に黙ってたんだ。水臭いじゃないか、僕がビビちゃんを奪うとでも思ったのか!」
 もうすでにクラウスはビビの手を握って離さない。奪いそうな雰囲気だ。
 でも、ビビはクラウスの手を振り解いて、ルーファスの腕にぎゅっと掴まった。
「アタシを誘惑しようとしてもムダだよ。アタシのダーリンはルーちゃんだけだもん!」
 なんて深い愛の絆。一方的な。
 ルーファスは必死になってビビを引き離そうとしていた。
「だからちょっと意見の相違があるだけで、この子とだってさっきはじめて会ったわけだし」
「電撃結婚かっ!」
 クラウスが声をあげた。完全に話はそっち方向で進んでいる。
 否定しようとルーファスが口を開こうとしたとき、掴まれていた腕が折れそうになる圧力が加わった。横ではビビが笑顔でルーファスを見つめている。
 ここは無理やり笑っとくしかなかった。
「あはは、ビビったら人前でそんなにくっつくなよ、あはは~(う、腕が粉砕する)」
「あはは、だっていつもダーリンの傍にいつもいたいんだもん(逃げたら地獄の果てまで追いかけるからね)」
 結婚する前からすでに仮面夫婦。
 一見してラブラブな二人を見て、クラウスは身を引くことにした。
「二人の邪魔をして悪かった。僕はもう行くことにするよ。ルーファスまた明日学校でな」
 背中を向けて歩き出したクラウスが、不意にグッと後ろから引っ張られた。
 クラウスの服を掴んでいたのはルーファスだった。
「積もる話もあるしウチ寄ってお茶でも飲んで行ってよ(頼みの綱はクラウスだけだ、ここでビビと二人になったら……確実に殺される)」
 ルーファスの思惑とは反対に、ビビはさっさとクラウスに消えてほしかった。
「今日は二人で夜空を見ようねって約束したじゃ~ん」
 そんな約束した覚えなどないが、ここはうまく切り返さなければいけない。
「まだ星ひとつ見えないよ。それまでの間、クラウスといてもいいじゃないか?(お願いだからクラウス帰らないで)」
「えぇ~っ、アタシはダーリンと二人でいたいのぉ(アタシと徹底的にやりあう気?)」
「クラウスは幼いころからの知り合いだから、ビビのことを知って欲しいんだよ(クラウス察して!)」
「やだやだ、アタシはダーリンと二人っきりがいいのぉ(早く帰ってくれないかなぁ)」
 どっちも譲る気がないらしいので、判断はクラウスに任された。
 ルーファスとビビの視線がクラウスに注がれる。
「やっぱり僕は行くことにするよ」
 ビビ(女の子)の意見が優先された。
 行ってしまおうとするクラウスを泣きそうな顔を見つめるルーファス。アイコンタクトで助けを求めるがうまくいかない。
 こうなったら腕を1本粉砕される覚悟で叫ぶしかない。
「助けてクラウス!」
 ついにルーファスが叫んだ。次の瞬間、ボキボキという音が木霊した。
 声も出せずに口を開けて死相を浮かべるルーファスを見て、なんだか雰囲気が変だということにクラウスが気づいた。
「どうしたルーファス!」
「た……助けて……この悪魔に……殺される……」
 痛がるルーファスの横ではビビが笑顔ですっ呆けている。
 だが、もう可愛い仔悪魔の仮面にクラウスが騙されることはなかった。
「今すぐルーファスを離せ!(やっぱりルーファスに婚約者だなんて話が変だと思ったんだ)」
 クラウスは封印されていた鞘から聖剣ウィルオウィプスを抜いた。
 切っ先を向けられたビビは涙ぐんでクラウスを見つめる。
「こんな可愛い女の子に剣を向けるなんてヒドイ……本当にアタシを斬れるの?」
「いや、斬れない」
 あっさりクラウスは聖剣を鞘に戻してしまった。
 どんな事情があろうとクラウスは女性に攻撃ができない。それはルーファスにもわかっていたことだった。
 激しくルーファス形勢不利!
 頼みの綱のクラウスは女性に手をあげられないし、ルーファス本人は人質のままだ。
 交渉の基本は話し合いから。クラウスは状況を整理することにした。
「いったいビビちゃんは何者で、どうしてこんな状況になったんだ?」
「……カップラーメン……」
 その言葉を残してルーファスは力尽きた。何も知らない人にしてみれば、暗号以外の何物でもない言葉だ。
 力尽きたというか、防御本能が働いて現実逃避したルーファスをビビが抱きかかえた。
「ダーリンしっかりして!」
 その慌て方はさっきまで腕を粉砕させようとしていたとは思えない。マジでルーファスのことを心配しているようだった。
 ビビの姿を見てクラウスはさらに困惑した。
 数分前、ルーファスはクラウスに助けの言葉を発して、さらに『悪魔に殺される』とまで言った。
 それがどーしたことか、意識を離脱させたルーファスの心配をするビビの姿。
「ダーリン死なないで!」
 悲痛な絶叫が木霊した。
 そして、奇跡が起こった。
 なんとルーファスが目を覚ましたのだ。
「(……なんか怖い夢を見た)……あっ」
 ルーファスは自分の顔を覗き込んでいる仔悪魔と目が合ってしまった。
 そして――。
「(もう一度、気を失おう)」
 ガクっとルーファスは気を失ったフリをした。
 そこでビビちゃんの平手打ちが炸裂!
「気を失ってるフリしてんじゃないのっ!」
 ちょっぴり怪力の仔悪魔にぶん殴られて、ルーファスはぶっ飛んだ。
 弾丸のようにぶっ飛んだ先に立っていたのはクラウス。
 クラウスは全身でルーファスを受け止めナイスキャッチ!
 結果的にルーファスはビビの拘束から逃げられたりしていた。
 もしかして形勢逆転!?
 すぐにルーファスはクラウスの背後に隠れた。
「クラウス助けて、この悪魔に無理やり契約書にサインさせられたんだ!」
「悪魔の契約書の効力は絶対だ……ルーファス諦めろ」
 と、軽い感じてクラウスはルーファスの肩を叩いた。
「ヤダよ、だってこのままじゃ結婚させられるんだから!(結婚は墓場とかいうけど、本当に墓場入りしかねない)」
「別にいいじゃないかルーファス、こんな可愛い子と結婚できるなんて幸せ者だぞ」
「じゃあクラウスがビビと結婚すればいいじゃないか!」
「僕はこう見えても一国の王だからね、結婚する人は慎重に選ばなきゃいけないんだ」
 ビビを押し付け合う二人。そんな扱いを受けてビビはちょっとプンプンだった。
「ちょっとぉ、ちょー可愛いアタシを取り合うならわかるけど、なにその譲り合うみたいな感じ」
 そして、ビビは悪魔の契約書を取り出して言葉を続ける。
「でもこの契約書がある限り、ダーリンはアタシのものだもんね!」
 蘇る恐怖の記憶。ルーファスはクラウスの背中に隠れて震えた。
 結婚するのも嫌だ。でも契約を破れば酷い目に遭う。
 契約書から発せられる禍々しい気をクラウスも感じていた。
「あの契約書……(並みの力じゃない)。見た目は可愛い仔悪魔だが、上級悪魔だな?」
「わっかるぅ? うんうん、きっとあなた出世するよ!」
 ちょっと嬉しそうにモジモジするビビ。褒められるのに弱いらしい。
 ルーファスはクラウスの背中越しに、疑いの眼差しでビビを見ていた。
「本当に上級悪魔なの? だってカップラーメンから出てきたよ」
 そうそう、なんでカップラーメンの中に入っていたのだろうか?
「アタシの可愛さを見てよ、どうみたって上級じゃん? カップラーメンに入ってたのは、閉じ込められてたっていうか、まぁ……(やっぱりヒミツにしておこ)」
 魔法のランプに閉じ込められたという話はあるが、いったいビビはなぜカップアラーメンなんかに?
 ここでルーファスはひらめいた!
「閉じ込められたってことは……極悪人!!」
 ビビちゃんショック!
「こんな可愛いアタシに向かって極悪人だなんてヒドイ……ぐすん」
 涙ぐむビビを見てクラウスはルーファスを肘で突く。
「女の子を泣かせるなんてヒドイじゃないか、責任を取って結婚してあげろよ」
「きっとウソ泣きだよ。私だってあんなのウソ泣きだってわかるよ!」
 ルーファスはそう言いながらビビを見た。
 するとビビは涙をボロボロ流して泣いていた。
 ちょっと焦るルーファス。
 もしかしてマジ泣きだった?
 そして、誰かがボソッとつぶやいた。
「女の子を泣かせるなんて、ルーファスもなかなか隅に置けないね(ふにふに)」
 驚いてルーファスが振り返る。
「なんでここにいるの!?」
 ルーファスの眼に映る空色ドレス。
 果たしてこの人物はいったい?

《3》

 空色ドレスの麗人。顔は美少女だが、中身は腹黒いと噂のローゼンクロイツ。ルーファスの同級生の電波系魔導士だった。
 しかも、ローゼンクロイツの手にはなぜかワラ人形?
「恋ノ三角関係カヨ!」
 ワラ人形がしゃべった。いや、おそらくローゼンクロイツの腹話術。
 男が2人と泣いてる女が1人の状況は、勘違いされてもしょーがない感じだった。
 だが、クラウスは真っ向から否定。
「僕は無関係だからな。そこにいるビビちゃんはルーファスの婚約者だ!」
 ルーファスも否定。
「違うから、無理やり契約書にサインさせられた被害者だよ!」
 そして、ビビは公定。
「違うもん、ダーリンとアタシはラブラブなんだから!」
 ものすごく話がこじれてる。
 しかもそこにローゼンクロイツまで加わってしまった。
 ワラ人形を持った手がルーファスの鼻先に突き付けられる。
「コンナ可愛イ子を嫁サンニモラウナンテ、憎イネェ旦那ァ!」
 キーが高くてふざけた声。ローゼンクロイツは口を動かしていない。かなりの卓越した腹話術だ。ちなみにローゼンクロイツいわく、意思を持ってしゃべっているのはあくまでワラ人形だと言い張る。
 ルーファスはもううんざりだった。
「だからさ、はじめから説明するからちゃんと聞いてよ。突然、私の目の前に現れた自称仔悪魔のビビ、そこのピンクの髪の毛の子ね」
 と、ルーファスはビビを指さして話を続ける。
「それで、鎌を突き付けられたり、包丁を突き付けられたりして、無理やり悪魔の契約書にサインさせられたんだよ。その契約っていうのがどうやら婚約書だったらしいんだ」
「結婚式ハ何時ダ馬鹿ヤロウ!」
 説明の甲斐なし。
 ワラ人形に結婚の日取りまで聞かれ、まったくルーファスの状況が伝わっていない。
 こうなったらルーファスは己の力で困難を乗り切るしかない。
 そして、ルーファスが取った方法とは!?
 ルーファスはローゼンクロイツの腕に抱きついた。
「ごめんビビ、実は私たち結婚してるんだ!!」
 ルーファスとローゼンクロイツのカップリング!!
 しかもローゼンクロイツは男だ。見た目は女の子だけど。
 でも、そんなことなど知らないビビ。
「そ、そんなぁ……アタシとの関係は遊びだったのねぇ!」
 そして、クラウスもショックを受けていた。
「し、知らなかったのは僕だけなのか……(ローゼンクロイツはともかく、ルーファスもだったなんて)」
 ショックでクラウスは地面に両手をついてしまった。
 しかもローゼンクロイツはローゼンクロイツで否定しない。
「そういうことらしいよ?(ふにふに)」
 なんかいろんな意味に取れるビミョーな言動。
 本妻現るみたいな展開にショックを受けていたかと思われたビビだが、もうすでに立ち直ってビシっとバシっとローゼンクロイツを指さした。
「決闘よ!」
 宣戦布告をしたビビに対して、ワラ人形が勝負を買った。
「望ムトコロダ、コンチキショー!」
 こうしてルーファスを巡る戦いが勃発してしまった。
 そして、地面と向き合っていたハズのクラウスまでもが立ち上がった!
「不純な行為を見過ごすわけにはいかない、僕も戦うぞ!」
 ローゼンクロイツがボソッと。
「クラウスもルーファスに気があるのかい?(ふにふに)」
 無表情だったローゼンクロイツの口元が、一瞬だけ邪悪な笑みを浮かべた。口の悪いワラ人形より、よっぽど本人の方が邪悪だ。
「違うわっ! 僕はただルーファスの友人として正しい道に進んでほしいだけだ!」
 クラウスの瞳は熱い炎を宿していた。
 そして、当事者であるルーファスは置いてけぼり。
「(……どうしてこんな展開になるの)」
 そのままルーファスを置いて、ビビが仕切っていた。
「じゃあ、勝負で勝った人がルーファスを自由にしていいってことでオッケーね?」
「私の意思とかはないわけ?」
 口を挟んだルーファスの鼻先にワラ人形が近づいた。
「アルワケネェーダロ、馬鹿ヤロウ!」
 だそうだ。
 勝負の方法をビビが独断と偏見で決定する。
「ダーリンへの愛の大きさを証明した人が勝ちでいいでしょ?」
 これにクラウスとローゼンクロイツは頷いた。
 てゆーか、本当に頷いてしまってよかったのだろうか?
 これってまさか不純同性行為に発展するんじゃ……?
 ローゼンクロイツが一歩前に出た。
「じゃあボクから証明するよ(ふあふあ)」
 いったいどんな方法で証明するというのか!?
 固唾を呑んで周りはローゼンクロイツの次の行動を見守った。
「ルーファスのファーストキスの相手はボクだよ(ふあふあ)」
「マジかーッ!!」
 絶叫にも似た雄叫びをクラウスはあげた。
 てゆーか、この話って愛の証明っていうか、触れられたくない過去の話では?
 秘密を暴露されたルーファスはすでにKOされて地面に両手両膝をついていた。
「あはは、あれは偶発的な事故だったんだ……あはははは~」
 ちょっと壊れ気味のルーファス。彼にとってファーストキスの思い出はトラウマだったらしい。
 そして、数分前のこんな会話を思い出してほしい。
 ――その慌て方……もしかしてファーストだったの!?
 ――ち、違うよ! 3回……いや2回……。
 実はローゼンクロイツを含めて3回だったりする。
 ショックを受けているはルーファスだけじゃなかった。
 クラウスもルーファスと同じ格好で落ち込んでいる。
「本物だったのか……本物のそっち系だったのか……二人ともそっちだったのかーっ!」
 友人との今後の付き合い方について、ちょっと本気で悩むクラウスだったりした。
 ローゼンクロイツの先制攻撃は二人の負傷者を出した。
 しかし、戦いはまだまだはじまったばかりだ。
 真の敵であるビビはノーダメージだった。
「ふふん、ダーリンのファーストキスを奪ったくらいどうしたっていうの?(別に減るもんじゃないし)」
 ここでローゼンクロイツはさらに攻撃を繰り出した。
「ルーファスの身体なら隅々まで知ってるよ(ふにふに)。もちろんルーファスもボクの体の隅々を知ってるよ(ふにふに)」
 この発言を聞いたクラウスはさらにダメージを受けた。
「肉体関係まで結んでいたなんて……(ルーファスとローゼンクロイツがあ~んなことや、そ~んなことをしてたなんて)」
 クラウスの脳ミソは完全にピンク色に染まっていた。
 落ち込んでいたハズのルーファスがムクッと立ち上がった。
「ちょっと待ってローゼンクロイツ、勘違いされるような言い方しないでよ。幼馴染だから、小さいころよく一緒にお風呂に入ってただけじゃないか!」
 そーゆーことらしい。
 ルーファスの言葉は思わぬところで波紋を呼んだ。
「幼馴染!?」
 驚いた声をあげたのはビビだった。
 なぜか落ち込むビビ。
「幼馴染……(二人が幼馴染だなんて、アタシが入れる余地ないじゃん)。わかった」
 なにがわかったの?
「今回の勝負は負けを認めて本妻の座は譲ってあげる。でも愛人の座は誰にも渡さないからね!」
 そんな捨て台詞を吐いてビビは背中を向けて走りだしてしまった。
 遠くに消えて見えなくなるビビの後ろ姿。
 取り残された3人はなにがなんだかわからない。
 ルーファスは不思議な顔をして呆然としてしまっている。
「なんだったんだろう、あの子……?」
 ルーファスの横には立ち直って真顔になっているクラウスが立っていた。
「ビビちゃん泣きながら走っていったぞ。本当にルーファスのことが好きなんじゃないか?」
「まっさかー、だって今日はじめて会ったばかりだよ?」
 ルーファスはそう言って頭を抱えるばかりだった。
 カップラーメンの中から現れた自称仔悪魔の美少女。そんな仔悪魔に惚れられる理由なんて、なにひとつルーファスは思いつかなかった。
 今の今までじっとしてた白馬にクラウスが跨った。
「そろそろ城に戻らないと爺がうるさいからな。僕はこれで失礼するよ、二人ともまた明日学校で会おうな!」
 白馬に乗って颯爽とクラウスは消えてしまった。
 ローゼンクロイツもルーファスに背を向け、この場から立ち去ろうとしていた。
「じゃ、ボクも帰るよ(ふあふあ)。ピエール呪縛クンがおなか空いたらしいからね(ふにふに)」
 ピエール呪縛クンとはワラ人形の名前だ。
「待ってローゼンクロイツ」
 呼び止めるルーファス。
「なに?(ふにゃ?)」
「なにしに来たの?(こっち方面ってことは僕に用があったんじゃないかな)」
「……忘れた(ふにゃ)」
 ローゼンクロイツのド忘れは知人の間では有名だ。ド忘れの達人と言ってもいい。そのクセ、人を苛めるような材料は絶対に忘れない。
 ローゼンクロイツの眉がかすかに動いた。
「そうだ(ふにょ)。あの悪魔、かなりクラスが上の悪魔だよ(ふにふに)。あと、もうひとつ、あの悪魔……忘れた(ふにゃ)」
 絶対なんか重要なこと言おうとしてた。
 結局、忘れたままローゼンクロイツは、肩越しに手を振って去ってしまった。
 残されたルーファスはう~んと唸る。
「(結局、なんか全体的になんだったんだろう?)」
 嵐の前の静けさではなく、嵐の後の静けさ。
 とりあえず一軒落着したみたいなので、ルーファスは自宅に帰ることにした。
 玄関ではなく、勝手口のドアを開けて中に入った……瞬間、ルーファスはドアを閉じた。
 いわゆる、見なかったことにした。
 そして、もう一度、ゆっく~りとドアを開けた。
「おかえりダーリン♪」
 ビビがいた。
 しかも、カップを片手にテーブルでくつろいでいる。
「なんでいるわけ?(てっきり自分ちに帰ったのかと)」
「だってここはアタシたちの愛の巣じゃん?」
「意味がわからない(いや、言葉の意味はわかるけど、この状況が理解できない)」
「夕食にする? 先にお風呂にする? それともアタシにする?(いやん♪)」
「…………」
 無言というか、離脱したルーファス。現実に意識が戻って来た時には、彼の中でなんかのスイッチがオンになっていた。
「さてと、そうだテレビでも見ようかな、うんそれがいい」
 ルーファスの視界にビビは入っているが、意識には入っていない。除去フィルターがかけられたのだ。
 いつもと変わらぬ平日の夕暮れ。
 ルーファスはリビングのソファに座ってテレビのリモコンでオン。
「あーあ、ドラマの再放送終わっちゃてるよぉ」
 なんて言ってるが、ぶっちゃけルーファスはテレビの画面が見えてなかったする。
 なぜならば!!
 テレビの前にビビが座り込んでるから!
 しかし、ここで決して邪魔だなんて口走らない。それを言ってしまってはビビの存在を認めてしまうことになる。
 ここは断固としてシカト。
「今日の夕食なににしようかぁ、今のピザ美味しそうだったなぁ(今日はデリバリーにしようかな)」
「アタシもピザ食べたぁ~い。さっきのCMのやつ頼もうよ!」
「……やっぱりピザはやめよう。めんどくさいからレンジでなんかチンしよ」
「だったらアタシの手料理食べてよぉ!」
 聞こえない聞こえない。
 ルーファスはテレビを消してソファで寝たフリ。
 目が覚めたらビビがいなくなってるように、なんて淡い期待を抱きながら寝たフリ。
 ソファにうつ伏せになって現実逃避という名の寝たフリ。
 が、現実はそんなに甘くなかった。
 謎の圧力がルーファスの背中に落ちた。
「う゛っ!」
 カエルが潰れたようなうめき声をあげたルーファス。その背中に乗ってる物体B。
 しかも、その物体Bが跳ねる跳ねるジャンプする。
「ぐっ、ぎゃ、ぐわっ!」
 短い奇声が連続してルーファス口から洩れる。
 このままでは圧迫死してしまう。てゆーか、すでに肋骨の1本や2本は逝ってしまってるかもしれない。
 そして、ついにルーファスは負けを認めた。
「ごめん、私が悪かった……悪かったら降りてください」
「あれぇ? なんか今人の声が聞こえたような気がするなぁ」
 秘儀シカト返し!
「僕が悪かったから許してぇ……」
 ルーファスが〝私〟ではなく〝僕〟というときは、かなり素のときだ。
「しょーがないなぁ」
 主導権は完全にビビだ。
 ぴょんとビビはルーファスの上から跳ね降りた。
 やっと重荷から解放されたルーファスは――逃げた!
 逃げる気満々で逃げた。
 のだが……いきなりルーファス急停止。首をかっ切ろうと突き付けられた鋭い鎌。もちろん鎌の柄を握っているのはビビだった。
「きゃは、どこ行くのダーリン?(いきなり逃げるなんてヒドイ)」
「ちょっとトイレ」
「へぇ、わざわざトイレに行くのに外に出るんだぁ?(もぉ、ウソが見え見えなんだからぁ)」
「い、家のトイレが壊れちゃってるんだ、あはは~」
 ルーファスの手は窓枠にかかり、今にも跨いで外に出ようとする格好で固まっていた。
「(このまま僕は拉致監禁されるのか……自分ちで)」
 そんな危機は回避しなくてはいけない。
 ルーファスは土下座した。
「お願いだから帰ってください、お願いします」
「帰れって言われても……帰る方法わかんないんだもん♪」
 満面の笑みで言われた。
 帰るってカップラーメンの中に戻る方法?
 ルーファスは尋ねる。
「もしかして……迷子なの?(いや、家出少女って可能性もあるな、それで迷子になったとか)」
「まあ、似たようなもん。だから帰るとこないから、ここに泊めて?」
「…………(どうしようかな)」
 ちょっと迷ってしまうルーファス。
 さっきまで強硬な態度だったビビが軟化。
 ここが新居なんだから、一緒に住むの当然でしょ?
 から、帰るとこがないから、泊めて欲しいに変化した。
 ルーファスは自分も普段から困りっぱなしだし、周りによく助けてもらってる。だから人からお願いされたり、困ってる人を見たりすると、見過ごせないのがルーファスの性格だった。
「……わかった一晩だけだよ?」
「やったー!」
 ついにルーファスは〝同居〟を認めてしまった。
 一晩だけだなんて言ったって、一回折れちゃえばルーファスの性格からして、もう1日、もう1日と粘れば、何日でも泊まれる可能性大だ。
 ルーファスは言った後から後悔していた。
「……はぁ(その場の空気に流されて言っちゃったけど、本当によかったのかな)」
 ビビを見ると、嬉しそうに飛び跳ねている。
「まずは新居の模様替えしなきゃね!」
「しないから!(新居じゃないから!)」
 こんな感じで魔導士ルーファスと仔悪魔ビビの生活がはじまってしまった。
 一つ屋根の下、男女が二人。
 果たしてこの先、ウヒヒな展開が待ち受けているのか!!

 
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