第4話_学校のきゃあ

《1》

 いわゆる丑三つ時――スヤスヤと安らかに寝息を立てながら眠るルーファスに忍び寄る影。忍者か暗殺者か曲者か!?
 大きく振りかぶって、ズゴッ!
「うぐっ……!?」
 腹を押さえながら飛び起きたルーファスの絶叫。
「うぎゃーっ!」
 闇の中に浮かぶ女性の顔。懐中電灯を顔に当てたビビだった。
「うらめしや~」
「脅かさないでよ!(チビるとこだったじゃないか)」
 スパーン!
 と、ビビの頭にスナップを効かせた平手打ちが決まった。
「いた~い!」
「脅かすからだよ」
「だって、夜中に人を起こす時はああやって起こすって教わったんだもん」
「誰に?」
「ベルに決まってるじゃん」
「……信じないでよ(ベルもロクなこと教えないんだからぁ)」
 すっかり目が覚めてしまったルーファスは目覚まし時計に目をやった。
 時計の針は2時過ぎを指している。
「まだ朝にもなってないじゃん。なんで私をこんな時間に起こしたのか正当な理由を聞かせてみてよ」
「だって今日は満月だよ、満月と言ったらエスバットに決まってるよぉ」
「〝えすばっと〟ってなに?」
「え、エスバットも知らないなんて……ダーリンがそこまでアホだったなんて、ビビ悲しい」
「アホっていわないで、アホって」
「だって悪魔や魔女の間じゃ知らない人いないよぉ。それでも魔導学校の生徒さんなの?」
「あー、思い出した」
 エスバットとは小集会のことだ。満月の晩は魔法使いと悪魔で集会を言う。大きな集会になるとサバトになり、年に8回やることになっている。
 付き合いきれないといった感じで再びベッドの中に潜ろうとするルーファスに対して、ビビは強引に掛け布団を引き剥がそうとした。だが、ルーファスも負けじと掛け布団にしがみ付く。ここでルーファスは重大なことを忘れていた。ビビは見た目に比べて力が強い。
「うわっ!?」
 掛け布団ごと投げられたルーファスは勢いよく壁に激突。
 鼻血を出しているルーファスにビビは優しい笑みを浮かべた。
「ダーリン……早く着替えてエスバット行こーっ!」
「あのねぇ……もっと僕を労わるってことを知らないの?」
「なんでぇ~、いつもダーリンに尽くしてるつもりだよ」
「〝つもり〟でしょ」
「ひっど~い、そうやってダーリンは可愛い女の子を苛めてウハウハ気分に浸るんでしょ? でも、わかってるの……それがダーリンのアタシに対する愛表現だって」
「違うし!」
「そんな照らなくてもいいんだよ。なんだったら今からアタシのこと……イヤン」
 ビビと言い合いをするといつも果てしなくバカらしくなってくるので、ルーファスは早々に掛け布団を引きずりながらベッドに退散。速やかな眠りにつくことにした。
 目を閉じて眠りにつこうとするルーファスの耳元で悪魔が囁く。
「ねえ、ダーリン、ダーリン、ダーリン!」
 もとい、悪魔が喚く。
 耳に手を当ててルーファスは完全無視。
「ダーリン出かけるよ」
「聞こえない、聞こえない」
 こう言ってる時は大抵聞こえている。
 顔を膨らませたビビがルーファスの服を強引に脱がせようとする。
「ほら、早く着替えて!」
「うわっ、やめろ!」
「ベルにルーファスも連れて来いって言われてるんだから」
「……行く(行かないと命の保証が無い)」
 今までのことがウソのようにルーファスはすっと立ち上がって着替えをはじめた。ベルに逆らうと後が怖い。
 着替えを済ませたルーファスはビビに手を繋がれながら家の外に出た。
 夜空には星が煌き瞬いている。そして、月明かりが世界を淡く優しく照らす。今日は満月であった。
 人通りのない静かな住宅街を歩く二人。
 ビビはルーファスの腕にしがみ付いて身体を寄せた。程よい体温がルーファスの身体に伝わり、このシチエーションがルーファスの心臓をドキドキさせる。いつも何も感じないのに、たまに相手を意識してしまう。だから、ルーファスはできるだけビビのことを見ないように星空を見ていた。
「ねえ、ダーリン」
「なに?」
 ルーファスはそっぽを向きながら答えた。その口調はどこか強がっているようだった。
「アタシのこと好き?」
「な、な、なんだよいきなり!?」
 取り乱しすぎ。そんなルーファスを見てビビは『う~ん』と唸る。このルーファスの反応をどう取るべきかで悩む。
「ダーリン質問の答えは?」
「言えないよ、そんなこと!」
「ま、まさか、アタシ以外に女ができたのね!?」
「違うじゃなくて、違うが違う、ノーコメントです」
「わざわざノーコメントっていうことはいるってことだよね?」
「どうしてそういう解釈になるんだよ」
「もういい、聴きたくない」
 急にそっぽを向いて口を尖らすビビ。ルーファスとしてみればなんでこんな反応をされるのかわからない。逆ギレもいいとこだ。
「私が好きな人がいるって言えばいいの?(いないけどさ)」
「それはヤダ」
「(……意味わからない)」
「(もぉ、ルーちゃんのバカ!)」
 ビビは今までしがみ付いていたルーファスの腕から離れて早足で前を歩きはじめた。
 二人は少し離れた距離を無言のまま歩いた。
 その間、ビビは時折後ろを振り向いたのだが、ルーファスと視線が合うと怒った表情をして前を向く。ビビにそんな態度をされるもんだからルーファスはルーファスで腹を立てていた。二人の歩く距離はそうやって開いていった。
 だいぶ長い時間をかけて辿り着いたのは、ルーファスの通うクラウス魔導学院であった。
「あれ、ここなの?」
 いつもは乗り合い馬車で来る距離にある場所だ。
「徒歩で来たから疲れた。なにか乗り物に乗ってくればよかったのに」
「だってダーリンと一緒に夜空の下歩きたかったんだもん」
 ビビは固く閉ざされた正門をぴょんと乗り越えた。
 運動神経の鈍いルーファスは門を登ることができない。
「ちょっと手伝ってよ」
「しかたないなぁ」
 ガシッと掴み合う手と手。ビビが力いっぱい引き上げると、少し力が入りすぎてしまって後ろにバランスを崩してしまい、ルーファスも一緒に地面に落下してしまった。
 重なり合う視線。
 思わずルーファスはとっさの反応でビビの身体を抱きしめてしまっていた。
 いつもは攻めのビビがこの時ばかりは動揺した赤い顔をして、それを見つめるルーファスも真っ赤な顔をした。けれど、ルーファスはビビの身体をはなそうとしなかった。
「……ビビ」
「ダーリン……」
 地面に寝転がって抱きしめ合うふたりに忍者のように忍び寄る影。
「テメェラ不純異性行為シテンジャネエ!」
 謎の声を聞いて慌ててルーファスとビビが分離すると、それを見ていたローゼンクロイツが失笑した。
「……不潔(ふっ)」
 ローゼンクロイツの顔を確認したルーファスは状況理解に苦しみながら声をあげた。
「な、なんでローゼンクロイツがいるんだよ!」
「楽しいことがあるからって、魔女に呼ばれたんだよ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツはベルのことを魔女と呼んでいる。
 動揺しながらも気を取り直したフリをする二人と、それを心の中で笑う一人は校舎内に入ることにした。
 職員玄関の鍵は開いていて、そこから校舎内に進入した。
 廊下は静まり返り、微かに水の音が聞こえてくるとこがかなりビビる。夜の学校と夜の墓場と夜のトンネルはマジで怖い。
 ビビとローゼンクロイツはどこからか懐中電灯を出して辺りを照らしながら歩くが、ルーファスはそんなもの用意してきてない。
 ルーファスはビクビクしながらも平常心を保つ努力をする。けど、手はビビの服を掴んでいた。
 コツコツ、コツコツと薄暗い廊下に響く足音。それが自分たちの足音だとわかっていても怖い。なのに、足跡の数が多いことに気づくともっと怖い。
 蒼ざめた顔をしたルーファスが急に足を止めた。
「あのさ、みんな止まってくれない?(ものすご~く、嫌なことに気づいちゃったんだけどぉ)」
 ルーファスの指示通りビビが足を止め、ローゼンクロイツが足を止め、もうひとり足を止めた。
 ゾクゾクとした悪寒がルーファスの背筋を駆け抜け、ルーファスは恐る恐る後ろを振り向いた。
 闇の中に浮かび上がる蒼白い顔。
「ぎゃーっ!?」
 女性顔負けの叫び声をあげたルーファスは腰を抜かしてしまった。
 そんなルーファスを見てビビちゃんちょっと萌え。
 ローゼンクロイツは無表情。
 そして、蒼白い影が微かに笑った。
「おほほ、驚かせてしまってごめんなさいねぇん(脅かし甲斐がある子ね)」
 闇の中に立っていたのは蝋燭を携えたベルだった。
 大きな瞳をパチパチさせながらビビがベルに聞いた。
「ベル姐がなんでここにいるのぉ?」
「知りたい? 仕方ないわね、そこまで言うのなら教えてあげるわぁん」
 誰もそこまで言ってませんが、とりあえず聞いてあげましょう。
「カーシャちゃんに呼ばれたのよぉん」
 ――だそうです。
 ナンダカンダで人数の増えた一行は廊下を進み実験室に辿り着いた。
「遅いぞ、ノロマども」
 実験室の中ではカーシャが独りで待っていた。
 部屋は大量の蝋燭に明かりが灯され明るい。ちゃんと一酸化中毒にならないように換気扇を回してる。実験室をエスバットの会場に選んだのは室内で換気扇が付いていたからだった。
 随分と待ちくたびれたといった感じのカーシャは、この場に来た人数を指差しながら数えはじめた。
「1、2、3人しかいないではないか。エスバッドは12人の人間にプラス悪魔でやると決まっておるのだぞ(妾には12人も友達おらんがな!)」
 すっとカーシャの背後に回ったベルがボソッと聞く。
「アナタが幹事だから他の者は来たくなかったんでしょう(可哀想なカーシャちゃん)」
「なんだと、妾が幹事だとどうして来ないのだ?(あー、やっぱり友達少ないからか……ふふっ、カーシャちゃんちょっと自傷)」
「アナタが幹事をやると必ず負傷者や帰らぬ人が出るからでしょう」
 人数が揃わないと聞いてビビが顔を膨らませる。
「えぇ~っ、エスバット中止なのぉ。せっかくダーリン連れて来たのにぃ」
 ビビには残念でもルーファスにしてみれば喜ばしい限りだった。ゴタゴタに巻き込まれる前にさっさと帰りたいというのがルーファスの本音だった。
 しかし、運命はそんなに甘くないのだ!
 刀を構えた美少女がこの場に乱入して来て声を張り上げた。
「こんな夜更けに何をしておるのか聞かせてもらおう!」
 嵐の予感。

《2》

 刀を構えるブロンドの美少女。言わずと知れたエルザであった。
「私は寛大な心を持って悪魔が普通の学院生活をすることを認めたが、こんな夜更けに密会をして悪事を謀ることは認めていないぞ!」
 刀の切っ先はカーシャに向けられていた。
「悪事など企んでおらんぞ。今日はただのお茶会をするだ。お菓子でも食べながら楽しくおしゃべりして、ニワトリが鳴いたら解散予定だ」
 熱い火花が両者の間を飛び交う。誰か消火器の用意をしてください、火事になります。
 刀を握る手に力を込めたエルザが摺り足でカーシャに近づいた。
「問答無用! 可及的速やかに蝋燭を片付けて学校から出ろ。さもなくば刀の錆にしてくれる!」
「できるものならばやってみるがよい」
 なぜこの人はわざわざ相手を挑発するのか。
 てゆーか、エルザがこの場所になぜいるのかツッコミを入れないところがこの人たちらしい。
 上段の構えからエルザがカーシャに踏み込んだ。
「叩き斬ってくれる!」
「妾を甘く見るなよ小娘がっ!」
 胸の谷間に手を突っ込んだカーシャは、金属の塊を取り出してエルザの一刀を受け止めた。それを見ていたルーファスがツッコミを入れる。
「フライパンじゃん!」
 エルザの一刀を受け止めたアイテムは、パンはパンでも食べられないフライパンであった。しかも、テフロン加工でサビに強い!
 戦いをおっぱじめしまった二人を止めるべく、ルーファスは知恵をクルッと廻らすが、360度回転してスタート地点。そこで他の人たちに助けを求めるべく後ろを振り向いた。
「みんな! ……みんな?」
 テーブルに広げられたお菓子の袋とペットボトルたち。ちょうどビビがベルのコップにオレンジジュースを注いでいるところだった。すでに何かパーティーはじまってるし!
 ベルに飲み物を注ぎ終わったビビが、爽やか100パーセント柑橘果汁みたいな笑顔で尋ねる。
「ダーリンもオレンジジュースでいい?」
「う、うん」
 なぜか勧められるままにルーファスは席に着いてビビからオレンジジュースを受け取った。そして団らん……してどうする!?
「私としたことが団らんしそうになってしまった!」
 ビシッとバシッとシャキッと立ち上がったルーファスは、カーシャ&エルザを止めようとした。その手にはジュースの入ったカップをしっかり握っている。そこんところが真剣さに欠ける。
「やい、二人ともやめないか! 争いごとはよくないですよ、外でやれ……ひっく!」
 ほのかに赤い顔をするルーファスに対してエルザがカーシャとの戦いを中断して切っ先を突きつけた。
「ルーファス、おまえも悪魔となど縁を切るのだ。ローゼンクロイツ、おまえもだぞ……おまえたち顔が赤くないか?」
 顔を赤くしているルーファスとローゼンクロイツ。ちょっぴり顔の赤いベルがボソッと呟く。
「悪魔の飲み物は人間には合わないらしいわねぇん……ひっく(身体が火照る……あはぁン)」
 ちなみにベルは焼酎を飲んでいた。
 呆然とするエルザの背後に忍び寄る白い影。
「エルザも飲んで呑まれるがよい、ふふふふふっ!」
 カーシャがエルザの口を強引にこじ開けてペットボトルをググッと!
「うぐっ……止めろ……私は100パーセントしか飲まんのだ!」
「大丈夫だ、このジュースは泣き叫ぶオレンジをグチャグチャに潰して作ったものだ(生粋の100パーセントオレンジに変わりない)」
 泣き叫ぶ……オレンジが!?
 ぶはーっ!
 と、ルーファスが口の中のジュースを噴射!
「泣き叫ぶってオレンジが!? オエッ……得体の知れないものを飲んでしまった」
 目の前にいる女性の姿を見てルーファス凍りつく。水難の相のある女ベル。ルーファスの噴出したジュースによってベルの顔はベトベトだった。
 スっと無表情のまま立ち上がったベル。
 その瞳は妖々と輝き、白衣のポケットに両手を突っ込んでいた。
「お~ほほほほほっ、死に腐れゲスどもがっ!!」
 ベルが四次元ポケットから取り出したのは、2丁の機関銃だった。
 それをいきなりぶっ放した。
「死ぬし!!」
 ルーファスはあられもない声を上げて、紙一重で銃弾の雨を『つ』や『大』の字になったりして避ける。そして、『と』の字になったところで腰が抜けて動けなくなった。
 カーシャが叫ぶ。
「元祖プッツン悪魔のベルは誰にも止められん、逃げるぞ!」
 これを聞いてみんなは一目散に『逃げる』コマンド発動!
 一番早足なのがカーシャ、次が存在感の限りなくゼロにしていたローゼンクロイツ、次が足取りの可笑しいエルザ、そして最後に教室を出て行こうとするビビの背中にルーファスが悲痛の叫びを投げかける。
「待ってビビ! 僕を見捨てる気か!?」
「ダーリン……生きてたらまた会おうね……ぐすん」
 目頭に手を当てながらビビは内股で去って行った。
 ――見捨てられた!
 腰が抜けて動けなくなっているルーファスに、目じりを上げたベルがジリジリと近づいて来る。
「あぁん、覚悟はいいかしら、ボ・ウ・ヤ♪」
「……よくないです」
 すっかり酔いの醒めたルーファスの顔は死人のように蒼ざめている。
 ベルが機関銃を魔杖代わりにしてカッコよく呪文を唱える。
「ライラ、ルルララ、出でよ魔界の魔獣!」
 機関銃によって描かれ現れたゲートから禍々しい風が教室内に吹き込む。そして、そのゲートの中に光る眼、眼、眼。いくつもの眼がルーファスを狙っている。
 キシャーッ!!
 奇声をあげながら鋭い爪を持った魔獣がルーファスに襲い掛かった。
「きゃはは、やめて……くれ」
 ルーファスの身体に群がる小さなオッサンたち。オッサンはルーファスの身体を一心不乱にくすぐっていた。な、なんと怖ろしい魔獣なのだろうか。まさに生き地獄だ!
「あはは、きゃはは、やめて!(死ぬ、死ねる、絶対に死ねるし!)」
 身体を動かせないもどかしさ。抵抗できない苦しみ。しかも、オッサンは攻撃のツボを心得ていた。
「おほほほほ……どう、苦しいでしょう。このまま笑い死にさせて、ア・ゲ・ル♪(学校で笑い顔の変死体発見な~んちゃって)」
「頼む、頼むから殺すんだったら、一思いに……あっ?」
 笑いによって痛みも忘れて動いたせいか、抜けた腰が元通りに治っていた。
 一時停止する、ルーファス&ベル&オッサンたち。
 そして、ルーファス脱走!
 猛ダッシュでルーファスは教室を抜け出し廊下を駆ける。廊下は走っちゃいけません、なんてのは今は無視。
「ルーファス、待ちなさぁ~い!」
 叫ぶベルが機関銃の先端をルーファスに向けると、オッサンの大群がピョンピョン跳ねながらルーファスを追った。
 必死こいて逃げるルーファスは薄暗い廊下を走る。非常灯のお陰で前が見えるが、後ろから小さなオッサンが追ってくる光景はホラー以外のなにものでもない――マジ怖い。しかも変な奇声あげてるし。
 ルーファスは階段を駆け上がり、きっとここでオッサンたちは二手に分かれてくれるハズ。
 そのまま足を止めることなく走り続けたルーファスはふと後ろを振り向く。オッサンたちの気配はなくなっている。きっと巻けたに違いない。よかったよかった。
 と思ったのも束の間。ルーファスの前に現れた人影にルーファス絶叫。
「ぎゃ~っ!」
 ルーファスが腰を抜かすと相手も腰を抜かした。
 胸に手を当てて鼓動を沈め、ルーファスは冷静になって相手の姿を見た。
「な~んだ、脅かさないでよ鏡じゃん……」
 相手が鏡に映った自分だと知り、ほっとしたルーファスの脳裏にあることが浮かぶ。――学校七不思議。
 ルーファスの通うクラウス魔導学院には、学校お約束の七不思議が存在する。その中の一つである『死の鏡』の噂話。深夜遅く4階にある人の全身を映せる大きな鏡に自分の姿を映すと、死に際の自分の姿が映し出されると云う。
 ルーファスはブルッと身体を震わせて立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立ち上がれない。しかも、怖くて逆に鏡から目が放せない。最低最悪の状況だった。
 鏡にすっと人影が映った。もちろんルーファスではない。次の瞬間、蒼白く冷たい手がルーファスの肩に乗った。
「ぎゃ~っ!」
「叫ぶでない、私だ」
「えっ!?」
 ルーファスが自分の肩に乗った手から視線を登らせていくと、そこにいたのはエルザだった。
「脅かさないでよ(よかった人に会えて)」
「脅かすつもりなどなかった」
「手を置く前に声かけるとかしてよね」
「そ、そんなに怒らなくても……」
 突然エルザが涙を流して泣き出した。
「ど、どうしたんだよ、僕が泣かしたの!?」
「だって、だって、ルーファスが急に怒るんだもん」
 泣きながらエルザはルーファスの身体に抱きついて押し倒した。
 火照ったエルザの身体はとても温かく、ルーファスはあることに気が付いた。
「もしかして、エルザ酔ってる?」
「私酔ってないよ~ん、ひっく!」
 完全に酔っていた。
 呆れ返ったルーファスはエルザの身体を退かして起き上がろうとするが、エルザはルーファスの身体に足を絡めてきて立ち上がることを許そうとしない。
「ルーファス……もっと、こうしていたい」
「バカなこと言わないでよ!」
「ルーファスは私のこと嫌いか?」
「嫌いとかそういう問題じゃなくって、友達としてこういう行為は……!?」
 唇と唇が重なった。眼を丸くするルーファス。エルザのやわらかな唇によってルーファスの言葉は完全に塞がれていた。
 ゆっくりとルーファスから顔を離したエルザは自分の唇をいやらしくぺロッと舐めた。それを見たルーファスの体温上昇。惚けて何も言えない。
「私はルーファスのことが好きだ……そう、ずっと好きだったのだ」
「……マジで!?」
 酔いのせいか、顔を赤らめているエルザが小さく頷いた。普段凛々しい表情ばかりしている、エルザの恥じらい姿にルーファス胸キュン!
「近所のお姉さんとして、ずっとルーファスのことを見守って来たが、それがいつの間にか恋心に……」
「……マジで!?」
 ルーファスの頭にモーソー、トキメキ、ロマンスが駆け巡る。そう、一時期ルーファスはエルザに恋心を寄せていた時があったのだ。だが、相手は年上のお姉さまで、ちょっぴり大財閥のご令嬢で、出世街道爆進しちゃってるエリート中のエリート、自分には高嶺の花だと思ってあきらめた。
 エルザがルーファスの首に手を回し、耳元で何かを呟く。
「ルーファスは私のこと好きか?」
「はぶっ!?」
 耳に優しい声が吹きかけられ、ルーファスの身体はビクンと震えた。しかも、高級そうなシャンプーの匂いがルーファスの理性を崩壊させようとしていた。このままでは間違いを起こしてしまう。
 激しく揺れるルーファスの心。片思いだと思っていた人からの突然の告白。嬉しくもあり、苦しくもあった。そう、今更なのだ。
 エルザの身体を強く突き放して立ち上がったルーファスは深く頭を下げた。
「ごめん、僕も昔あなたのこと好きでした……けど、とにかく、ごめん!」
 その言葉を聞いてエルザは瞳を涙で潤ませた。
 何も言わない泣き顔のエルザの表情は今すぐ抱きしめてあげたいくらいだったが、ルーファスはその想いを振り切ってこの場から逃げた。
「ごめん!」
 走り去るルーファスの背中を見ながら、エルザは涙を腕で拭き取った。

《3》

 その場の雰囲気から逃げるために失踪したルーファスだったが――今になってショック!
 真っ暗な学院の中で独りになってしまったのは大誤算だった。
 廊下に響く自分の足音が怖いので摺り足で歩いていたルーファスの足が止まる。
「……っ!?」
 クラウス魔導学院七不思議第2弾『ひとりでに鳴るピアノ』。夜な夜な音楽室の壁に立てかけられた肖像画の霊が抜け出し、グランドピアノで『ねこふんじまった』という楽曲を奏でるのだと云う。
 微かに開かれた音楽室の扉からピアノの音が漏れてくる。それを聞いたルーファスの表情は強張り、この場から逃げようとした。だが、怖いもの見たさというかなんというか、ルーファスの足は音楽室の扉に引き寄せられていく。そして、小さく開かれた隙間から音楽室の中を覗き込んだ。
 ジャジャジャジャ~ン♪
 突然ピアノが大きな音を出して曲が変わった。
 大きな音に驚いてルーファスが腰を抜かしていると、ピアノの音がパタリと止み、音楽室の扉がギィィっとホラーチックな重々しい音を立てて開かれた。
「……カッコ悪いよ(ふあふあ)」
 そこに立っていたのはローゼンクロイツだった。
「脅かさないでよ」
「別に脅かすつもりないよ(ふにふに)。ちょっとピアノが引きたくなっただけ……ひっく!(ふに~)」
 こいつも酔っていた。
「君も酔ってるのかよ!」
「酔ってないよ……ひっく!(ふに~)」
 ほろ酔い加減なのは間違いない。こころなしか、空色ドレスまで桜色に染まっている見える。
 ローゼンクロイツの小柄な手が差し伸べられ、ルーファスはそれを掴んで立ち上がった。握ったローゼンクロイツの手は温かい、やっぱりほろ酔いのようだ。
 ルーファスがローゼンクロイツから手を離そうとすると、ローゼンクロイツはルーファスの手をぎゅっと掴んで離さず、ルーファスはそのまま音楽室の中へ引っ張り込まれてしまった。
「えっ、なに!?(拉致監禁!)」
「……ピアノ聞かせてあげるよ(ふに~)」
「はぁ?」
 意味もわからないままルーファスはグランドピアノの前に立たされ、ローゼンクロイツは椅子にちょこんと座り鍵盤に手を置いた。
 静かな夜の演奏会。
 ローゼンクロイツの繊細な指先から美しく可憐な曲が奏でられる。まさか、ローゼンクロイツがこんな特技を持ってるなんてルーファスは思いもしなかった。ちょっと意外。
 というか、ローゼンクロイツは出席日数こそ悪いものの、勉強できるし、意外なことにスポーツまで万能で、音楽までできやがった!
 優しくも力強い曲調――それはまるで薔薇のイメージを彷彿とさせた。
 穏やかな表情をしてピアノを奏でるローゼンクロイツにルーファスが語りかけた。
「なんて曲?」
「ま、まさか、この曲を知らないなんて……低脳(ふっ)」
 わざとらしく驚いて見せたローゼンクロイツは『低脳』の部分だけボソッと呟いた。完全な悪意が感じられる。てゆーか、からかわれてる。
「低脳悪かったですねぇー!」
「ルーファス学校の勉強だけが全てじゃないよ(ふにふに)。強く生きてね(ふっ)」
「わかったから……それで曲名は?」
「……お願いしますご主人様は?(ふにふに)」
「それなんか間違ってるし!(メイド系のお願いの仕方だし!)」
「……それは残念(ふぅ)」
 ボソッと呟いたローゼンクロイツは急にピアノを弾く手を止めた。
「どうしてやめるの?」
「だって、ルーファスがイジワルするからだろう(ふぅ)」
「イジワルしたのは君だろう?(完全に遊ばれてるし)」
「ま、まさか!?(ふにゅ!?)」
 わざとらしく驚いてみせるローゼンクロイツ。絶対『まさか!?』なんて思ってない。からかってるだけ。
「僕のことからかってそんなに楽しい?」
「楽しいねよ、もう病みつきだね(ふあふあ)」
 ニコッと笑ったローゼンクロイツが再び曲を奏ではじめた。先ほどと同じ曲だ。
 ため息をついて一息入れたルーファスが再び聞く。
「この曲なんていうの?」
「歌劇薔薇騎士団の〝戦場に咲く薔薇の君〟だよ(ふにふに)」
「ふ~ん、いい曲だね」
「前にもそう言ったよ(ふあふあ)」
「えっ!?」
 目を丸くしたルーファスにローゼンクロイツはもう一度同じことを言った。
「前にもそう言ったよ(ふあふあ)」
「僕が?」
「他に誰がいるんだい……ルーファスはバカだなぁ(ふにふに)」
「そーゆー意味で聞いたんじゃないし。でも、本当に僕が言ったの?(まったく記憶にございませんが)」
「覚えてないんだ……ちょっと寂しいかも(ふぅ)」
「はぁ?」
 ルーファスは全く意味がわからなかった。第一、ローゼンクロイツにそんなこと言った記憶がないし、なんで寂しがられるのか皆目検討つかなかった。
「ルーファスがこの曲いいって言ったから、一生懸命練習したのになぁ(ふぅ)」
「そうだっけ?」
 まったく記憶にございません!
 ローゼンクロイツは懐かしそうに語りはじめた。
「もともとこの曲はキミの母上がボクたちに聴かせてくれた曲だよ(ふわふわ)。キミはこの曲を聴いて、瞳を輝かせこう言ったんだ『カッコイイ!』ってね(ふにふに)」
 ため息を漏らしてローゼンクロイツは楽曲を『ねこふんじまった』に変えた。
「キミがいいと言ったから、今でもこうやってたまにここで練習していたのに(ふぅ)」
「たまにここに来て?(まさか……)」
「……学校七不思議(ふっ)」
「君の仕業立ったのか!?」
「そうかもね『ねこふんじまった』も弾いてたから(ふにふに)」
 また、急にローゼンクロイツはピアノを弾く手を止めた。そして、悲しそうな瞳でルーファスを見つめた。見つめられたルーファスはかなり焦る。
「ど、どうしたの!?」
「ボクはキミが羨ましいよ(ふあふあ)」
「どうして?」
「ボクは自分の境遇に不満があるわけでもないし、むしろ幸せに育ったと思うよ(ふにふに)。でも、キミが羨ましいんだ(ふにふに)」
「それは君が孤児だからかい?」
「いいや、言っているだろう境遇には不満なんてないってさ(ふわふわ)。ボクはキミの母上に育てられたも同じさ、だからキミのこともずっと小さなころから見てきたよ(ふにふに)。キミはボクに取っての憧れなんだよ、決して手の届かない憧れさ……だからボクはキミに捧げる曲を弾くんだ(ふにふに)」
「…………(困った、話が理解できないぞ)」
 ローゼンクロイツが急にハッとした。
「そうか、これが愛なんだね(ふにふに)」
「はい?」
「ボクはキミに恋してるんだよ(ふにふに)」
「いや、ローゼンクロイツ君、男の子の君が突然なにをおっしゃってるんだい?」
 見た目は可愛いオンナの子でも、ローゼンクロイツは正真正銘のオトコの子。今までだって格好はオンナの子だったが、そーゆーそぶりを見せたことはなかった。つまりただの女装趣味の範疇でとどまっていたのだ。
 それがついに真症に開花しちゃったんですか?
 エメラルドグリーンの瞳にルーファスが映し出される。
「ルーファスはボクのことキライなのかい?(ふにふに)」
「スキかキライかという問いに対しては、スキって答えるけれど(それが恋愛感情なのかと聞かれると……)」
「だったらボクら相思相愛じゃないか(ふあふあ)」
「それはきっとなんか意味が違う!」
 どんどんと話がトンデモない方向へと転がりはじめている。
 間近で見るローゼンクロイツはそこらの女子より、よっぽどよっぽどカワイイ。
 が、しょせんはオトコの子。
 そもそも小さいころから付き合いのあるルーファスは、もしもローゼンクロイツが生粋の女子だとしても、兄弟とか家族とかの感覚になってしまって、恋愛感情なんて銀河の彼方だった。
 ローゼンクロイツの顔がどんどん迫って来て、どんどん追い込まれていくルーファス。彼の袖口はローゼンクロイツによってぎゅっと掴まれ、逃げようにも逃げられない。しかも、袖口を掴まれる力は強くなっていた。
 ローゼンクロイツの顔がルーファスの顔に近づいた次の瞬間、危機感が頂点に達してルーファスは力いっぱいローゼンクロイツを突き飛ばした。
 悲しそうなローゼンクロイツの瞳が覗き込む。
「やっぱりボクのことキライなんだね(ふぅ)」
「キライとかじゃなくて、超えてはいけない一線というものが男同士の友情にはあると思うんだよね」
「ボクのことキライなんだね(ふにふに)」
「そうじゃなくて、僕の話聞いてないでしょ?」
「わかったよ(ふにふに)。〝愛情〟を〝愛憎〟に変えるまでさ(ふーっ!)」
 怖いほどの和やかな表情を浮かべるローゼンクロイツ。この瞬間、ルーファスはローゼンクロイツに呪い殺されるとマジで思った。
 どこからともなくカナヅチとワラ人形を取り出したローゼンクロイツは、ワラ人形に向かって杭を打ちつけはじめた。よく見るとワラ人形に『ルーファス』と書かれているのは言うまでもない。
 カーン!
 カーン!
 カーン!
 ワラ人形に軽快なリズムで杭が打ち込まれる。
 ルーファスは胸を押さえて床に膝をついた。即効性のある呪が襲い掛かったのだ。恐るべしローゼンクロイツ!
 床に寝そべり死相を浮かべるルーファスがローゼンクロイツの足首に手をかけた。
「マジで僕を殺す気か……すぐにやめて!」
「これは愛情表現の変化形だよ(ふにふに)」
「変化しなくていいから……(本当に殺される)」
「変化の乏しい人生なんてつまらないよ(ふにふに)」
「なんか議題が変わってる受け答えだし!」
「それこそが変化さ(ふにふに)」
 こんな状況でもからかわれてるのか、それとも本気の受け答えなのか。からかわれてる方に一票!
 胸の痛みが激しくなって来て、ルーファスは死に物狂いでローゼンクロイツの身体をよじ登りはじめた。
 ルーファスの手がローゼンクロイツのヒップにタッチ!
「ドコ触ッテンダ、コンチキショー!」
 ピエール呪縛クンごとグーパンチ!
「ふ、不可抗力だよ!」
 ルーファスの手はローゼンクロイツのヒップを鷲掴みしていた。しかも、苦しさのせいでかなり強く握ってる。まるでローゼンクロイツに抱きついて襲い掛かっていうような光景になってしまった。
 こんな恥ずかしい光景を目の当たりにした何者かが叫び声をあげた。
「ダーリンのえっち!」

《4》

 音楽室の扉を開けて突然入ってきたビビ。
 顔は真っ赤に染まって、ルーファスのことを軽蔑した目で見ている。軽蔑されるのも無理がない。だって、ルーファスがローゼンクロイツに襲い掛かってる構図なんだもん。
「ダーリンのえっちえっちえっち、そんなに飢えてるならアタシに言ってくれればよかったのに、クラスメートを襲うなんてヘンタイだよ!」
 慌ててローゼンクロイツから離れたルーファスはビビに駆け寄った。
「違うんだって、順番を追って説明するから……うっ!」
 急に胸を押さえて倒れこむルーファス。ビビは突然のことに目を白黒させた。そして、微笑むローゼンクロイツはワラ人形に杭を打ちつけていた。
「ルーファスはすでにボクのモノさ(ふっ)」
「ダーリンがローゼンクロイツのモノに!?」
 ビビは床でもがき苦しむルーファスの襟首を掴んで無理やり立たせると、バシーンといっぱつ平手打ち!
「ダーリンのばか! アタシという女がいながら浮気するなんて……この国の法律だと同時に複数の女性と結婚できないんだよ!」
「僕の話を聞けって言ってるでしょう……うっ!(あの杭のせいで話がぜんぜんできない)」
 再び打ち付けられる杭。そんなこととはつゆ知らずのビビ。
「そうやって病気のフリして話をはぐらかすつもりなの……ダーリン最低!」
「違うって言ってる……これは……ううっ!(ああ、もうすぐ死ねるかも)」
「ダーリンのばかぁ!」
「だからこれは呪なんだよ……うううっ!(ああ、死んだ祖父が手招きしてるよ、あはは)」
「呪?」
 きょとんとしたビビとローゼンクロイツの視線が合う。
 ローゼンクロイツの手にはカナヅチとワラ人形。そのワラ人形には杭がブッ刺さっている。ビビちゃんのシンキングタイム。そして、解答は?
「呪!?」
「だから僕がさっきからそう言ってるしょう……ううううっ!」
 ビビの肩にもたれかかるようにしたルーファスは気を失った。
「ダーリンしっかりして!」
 返事がない。人はこれを気絶と呼ぶ。
 真っ赤な顔で憤怒したビビの身体がブルブル震える。もちろん寒いからではない。怒っているのだ。
「よくもダーリンを酷い目に遭わせてくれたわね、もぉ泣いたって許さないんだから!」
「……ぅぇ~ん、ぅぇ~ん。泣いてみた(ふっ)」
 人を小ばかにしたような笑みを浮かべたローゼンクロイツに、ビビは本気と書いてマジでぶちギレた。
「あぁ~もぉ、アタシ本気で怒ったかんね! ちょープリティーなアタシが怒ると怖いんだかんね、覚悟しいや人間!」
「……怖い怖い、ぶるぶる(ふっ)」
 ローゼンクロイツの挑発は止まることを知らなかった。しかも感情ゼロで、言い方が淡々としているのが妙に腹が立つ。
 怒り頂点マックス越えちゃって120パーセントのビビは大鎌をどこからともなく取り出した。
「くたばれ人間!」
 大鎌を構えてビビが地面を蹴り上げジャンプした。
 ジャンプした時の弱点その1。飛んだら最後、通常空中では自由な身動きができず、方向転換することは難しい。
 無表情なローゼンクロイツがカナヅチを投げた。
「……喰らえ悪魔(ふあふあ)」
 ゴン!
 見事命中。ローゼンクロイツちゃんには100ポイント差し上げます。
「アイタタ……金物は反則だよぉ」
 頭を押さえながらうずくまるビビは涙目だった。カナヅチ攻撃はかなり堪えたらしい。当たり前だけど。
 かなりやられぎみのビビちゃんの報復手段。投げられたら投げ返せ!
 床に落ちてるカナヅチを拾い上げたビビは力いっぱいローゼンクロイツに投げつけた。
「えいっ!」
 クルクル回転して向かって来るカナヅチをローゼンクロイツは軽やかに避けた。何気に運動神経はいいらしい。しかも、よく見るとキャッチしてるし。
 カナヅチをキャッチしたローゼンクロイツは無言でそれを投げた。
 ゴン!
「いたーい! 弱ってる相手に追い討ちかけるなんて卑怯者!」
「……敵は起き上がれなくなるまで叩き潰せ(ふっ)」
「ただの弱い者イジメじゃん!」
「弱い者にも全力で戦わないと失礼だろう(ふにふに)」
「ぜんぜん失礼じゃありませーん!(もぉ、なんかムカツク!)」
 今までしゃべっていたビビが突然立ち上がってローゼンクロイツに攻撃を仕掛けた。
 大鎌を横に大きく振りながらビビが叫ぶ。
「油断大敵、これアタシの座右の銘……あっ!?」
 顔面直撃脳天炸裂するはずだった大鎌は、ローゼンクロイツの素早い手刀によって柄を叩き割られてしまった。ローゼンクロイツ実は肉弾戦強い?
 空かさずローゼンクロイツの無表情チョップがビビの脳天に炸裂!
「いたーい! もぉさっきからやられっぱなしだよ」
「愛のチカラは偉大だね(ふにふに)。ボクがルーファスを想うチカラは誰にも負けないよ(ふあふあ)」
「ダーリンのことを世界で1番想ってるのはアタシですぅ~!」
「ボク(ふに)」
「アタシ!」
「タワシ(ふっ)」
「ふざけてるの?」
「ぅん(ふっ)」
 最高の笑みでローゼンクロイツはうなずいた。この子の性格よくわからん。
 二人がもうすぐキスしちゃますよくらいの距離に互いの顔を近づけて対峙していると、横たわるルーファスの近くで声がした。
「大丈夫かルーファス、しっかりしろ!」
 ルーファスをしゃがみ込んで膝で抱きかかえるエルザの姿がビビとローゼンクロイツの目に入った。恋のライバル出現!
 エルザがルーファスの身体を強く揺さぶる。
「しっかりしろ、目を覚ますのだ!」
 ルーファスは返事一つせず、目を覚ますことはなかった。
 微かに鼻で笑ったエルザがルーファスを丁重に床に寝かせて立ち上がった。
「誰がルーファスをこんな目に遭わせたのだ、名乗り出るがよい!」
 ビビがローゼンクロイツを指差した。
「ローゼンクロイツが呪でやった」
 鋭い眼差しで愛はローゼンクロイツを睨み付けた。
「本当か、ローゼンクロイツ?」
「ま、まさか!?(ふにゃ!?)ボクが……やったよ(ふっ)」
 にこやかに笑うローゼンクロイツ。それを見たエルザは鞘からゆっくりと刀を抜いた。
「よくも、ローゼンクロイツとて私のルーファスをこんな目に遭わせると許してはおけぬ!」
 切っ先をローゼンクロイツに向けるエルザにビビからツッコミ。
「……私の? いつからダーリンがアンタのもんになったのよ!」
 剃刀のように鋭いツッコミにエルザはたじろぎながら顔を赤くした。
「い、いや、それはだな……そうなったらよいという過程の話であって……」
「ダーリンのこと好きってことでしょ? あーっもぉ、やっぱりエルザはダーリンのこと狙ってたんじゃん。二人揃ってダーリンのこと狙って、ダーリンはアタシだけを見てればいいの!」
 ローゼンクロイツに向けられていた刀の切っ先がビビに向けられた。
「それは自分勝手というものではないのか? ルーファスが貴様だけを見てればいいなど自分勝手極まりない。伴侶を選ぶのはルーファスだ!」
「ルーファスクンはボクの所有物(ふにふに)」
 誰もが一歩も引かない状況。女の戦いって怖いなあ……。ひとりオトコの子が混ざってるけど。
 一触即発で睨み合う3人。そのトライアングルの中心に沈んでいるのはルーファス。彼は未だに気を失ったまま。というか、今は起きない方が幸せかも?
 横たわるルーファスにビビが駆け寄る。
「こうなったらダーリンに決着つけてもらおうよ。ねえ、ダーリン起きて、起きてよ、起きてください、起きろって言ってんだろうが!」
 ビビちゃんの力強い拳がルーファスの頬を抉った。これじゃあ起きるどころかよけいに気絶。もしくはご臨終。
 乱暴なことをするビビを見かねてエルザがルーファスを奪おうとする。
「私が起こす!」
「ダーリンはアタシが起こすの!」
 だが、ビビはルーファスを渡そうとせずにぎゅっと抱きしめる。それに負けじとエルザはルーファスの腕を引っ張る。そして、気づけばローゼンクロイツがもう一方の腕を掴んでいた。
「ボクが起こすのが確実だよ(ふにふに)」
 2人の女性と1匹の両生類に奪い合いをされるんなんて、この幸せ者……でもなさそうだね。
 引っ張られるルーファスの顔が悪夢でも見てるように苦痛に歪む。そして、ゆっくりと目を覚ました。
「ダーリン!」&「ルーファス!」&「へっぽこクン(ふっ)」
 三人の声が重なり嬉しそうな顔をしているが、ルーファスの表情は微妙。この状況が把握できてないうえに、身体が引っ張られて痛い。
「痛いから離してくれないかな?(どうしてこんな状況に陥ってるわけ?)」
「ダーリンがアタシのこと好きって言ったら離してあげる」
「私のことを好きと言うのだルーファス!」
「ボクを好きって言わないと……呪うよ(ふっ)」
 3人の言葉を聞いて蒼ざめるルーファス。だんだん状況が理解できてきたが、意味不明な展開なことにはかわりなかった。
 エルザがググッとルーファスの腕を引く。
「私を好きと言えば一生遊んで暮らすことができるのだぞ!」
 この時ばかりは金に物を言わせてルーファスを誘惑。
 ローゼンクロイツがググッとルーファスの腕を引く。
「ボクを好きって言わないと……呪うよ(ふっ)」
 やっぱりそれかい!
 最後にビビが力いっぱいルーファスに抱きつく。
「アタシはダーリンに死ぬまで尽くすよ」
 愛くるしい瞳でルーファスを見つめるビビ。
 この状況を打破したいルーファスだが、3人に抱きつかれていては無理。しかも、運が悪いのか、神のイタズラか、この場に第4の女が現れた(正確には3)。
「ふむ、妾の見ていないところでウハウハだなルーファス(まさかルーファスがここまでやるとは、大人の階段の~ぼるぅ)」
「断じてウハウハじゃないし。この状況をよく見てよ!」
 泣き叫ぶルーファスに追い討ちをかけるように第5の女性現る。
 室内の気温が一気に灼熱まで急上昇した。
「おほほほほほほほっ、見つけたわよぉ~ん!!」
 目がイッちゃてるベル登場。しかも武器が機関銃から、キャノン砲に替わってるし!
 状況は最低最悪。
 ルーファスに抱きつく3人が順番に声を発する。
「ルーファス!」
「へっぽこ(ふっ)」
「ダーリン!」
 そして、その輪にベルも飛び込んだ。
「乱交パーティーならアタクシも混ぜなさぁ~い!」
 そんな光景を冷めた目で見つめる1人の女。
「ふむ、青春だな(ふふふっ)」
 最後に泣き叫ぶルーファス。
「もういい加減にして、僕が好きなのは――」
 ベルが持っていたキャノン砲が暴発した。
 天井が崩落して、窓ガラスが大音響を立てて砕け散り、音楽室は大惨事なった。
 そして、ルーファスの最後の声は完全に掻き消されたのだった。
 ぶっ壊れる音楽室から一同は一目散に逃げた。そんな中で2人を振り切ったルーファスは1人だけ振り切れなかった。
「ダーリン、さっき誰の名前言ったのぉ?」
 ビビに抱きつかれながらルーファスは走って逃げていた。
「知らないよ!」
「もぉ!」
 ビビはニッコリと笑ってルーファスとともに深夜遅くの学院から逃げ出したとさ。
 翌日、学院は大騒ぎになったことは言うまでもないが、騒ぎを起こした犯人は未だ見つかっておらず、どっかの大財閥の力でこの事件はすぐにもみ消されたらしい。

 
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