第3話_そんなこんなで休日

《1》

 仔悪魔ビビとの共同生活を営みはじめて早数日、ルーファスは毎日の生活をある意味退屈しないで過ごしていた。
 そんなルーファスにもやっと安息できる休日がやって来たのだ!
「ダーリン、あそぼ!」
 ――安息できませんでした!!
 ソファーに座っているルーファスの上にビビちゃんジャンプ。
「うっ!」
 ビビの膝がルーファスの腹にボディブロー。
「ダーリンどうしたの!?」
「腹……が……」
「空いた?」
 スパーン!
 ルーファスのチョップがビビのおでこに炸裂。その勢いでビビは床に尻餅をついてチラリン。スカートの合間から覗く水色ストライプ。今日はクマさんではないらしい。
 せっかくの休日だっていうのに、ルーファスに安息はない。しかも、ただの休日ではないのだ。
「ダーリン今日の夕飯何にするぅ?」
「ビビは作らなくていいから(……悪夢がよみがえる)」
「せっかく腕によりをかけてダーリンに美味しいもの食べてもらおうとしたのにぃ」
「腕によりをかけなくていいから、はぁ」
 ルーファスはため息をついた。
 昨日も手作りお菓子とかいう触手のついたナマモノを出されたばかりだった。
「いつもどおりデリバリーかコンビニで済ませばいいよ」
「ええ~っ、やっぱりアタシが作るぅ」
「だから作くらなくていいから」
 笑顔のルーファス。目の奥が笑ってない。
 もともとルーファスは自炊をしない。てゆか、できない。
 なのでもともとコンビニ弁当かデリバリーでいつも済ませているのだ。
 ルーファスはそれで慣れているが、同居人がたまには手料理が食べたいとダダをこねる。
 かと言ってビビの料理センスはゼロだし、ルーファスもレンジでチンとお湯を注ぐ料理しかできない。
「困ったなぁ(外食はめんどくさいしなぁ)」
 ルーファスが天井にシミを数えながら考え事をしていると、部屋の片隅から青年の声が聞こえてきた。
「で、ルーファスはなにが食べたいんだい?」
 この声を聞いてルーファスがソファーから起き上がる。
「な、なんでクラウスが僕の部屋にいるんだよ!?(ウチに来る人ってインターホンを鳴らしたためしがない)」
 部屋の片隅でクラウスが自分の部屋のように寛ぎながら雑誌を読んでいた。
 てゆか、これでもクラウスはこの国の王様だ。こんな場所で油を売っていていいんですか?
「王宮で食事会があってね、めんどうくさいから影武者を立てて抜け出して来ちゃったよ、あはは」
 さわやかにクラウスは笑った。
 食事会=社交界=外交問題。
 見事な外交無視です!
 雑誌をパタンと閉めたクラウスは身体を伸ばしてビビに視線を向けた。
「ビビちゃんはなにか食べたいものあるかい、人間の料理限定でね?」
「う~ん、ラアマレ・ア・カピス!」
「あはは、それはデザートね。もう一度聞くけどルーファスはなにが食べたい?」
「もしかしてクラウスがおごってくれるの?」
「ああ、もちろん。なんでも好きな物を食べさせてあげるよ」
「ラマカレ・ア・カピス!!」
 元気よくビビが口を挟んだ。
「あはは、だからそれはデザートね」
 クラウスは営業スマイルでビビの発言をヒラリとかわした。
 明日で世界は消滅します、最後に食べたい物はなんですか――みたいな質問をされたような顔で考え込むルーファス。
「う~ん、じゃあコンビニのデラックス肉まんを死ぬほど食べたいなぁ(いつもはお金節約してノーマル肉まんしか食べてないからなぁ)」
 スーケルが小さいです。器の小さい男です。てゆか、欲がなさ過ぎです。
 一国の王、それも魔導産業で財政ウハウハの魔導大国アステアのトップが、庶民が食ったことねぇーもんをたらふく食わせてやるよ、ぐふふ――と言っているにも関わらず(言ってないけど)、ここでデラックス肉まんを注文するのかっ!!
 はい、それがルーファスクオリティーです。
 ビビはちょっぴり不満そうな顔をしている。
「ええ~っ、肉まんより苺あんまんのほうがいいよぉ」
 包んでいる具が変わっただけだった。
 ビビとルーファスのクオリティーはほぼ一緒だった。
 そして、そんなルーファスの友達も――。
「それいいね、僕もコンビニの中華まんをお腹いっぱい食べてみたかったんだ(そんなこと王宮で言うと止められるからな)」
 みんなそろってルーファスクオリティー!
「では、こういうのではどうだ?」
 その声は4人目の声だった。
 しかも、ちょっと離れたキッチンから聞こえた。
 3人が急いでその声の主を確かめに行くと、キッチンでお出迎えしてくれたのは!?
「ルーファス、茶菓子のストックがなくなったから補充しておけ」
 なぜかキッチンでクッキーを頬張っているカーシャ。
 ルーファスはすぐさまクッキーの缶を手に取って、フタをカーシャに突き付けた。
「僕が大事に取って置いたクッキーだったのに!(せっかく夜食で食べようと思ってたのに)」
「知るか。それよりもさっさと客人に茶を入れろ」
 不法侵入者を客人とは呼べません。
 でも、カーシャがルーファス宅に不法侵入するのはいつものことだ。第2の実家と行ってもいいほどで、カーシャの食器セットまで置いてある。
 ルーファスは暗い顔をしてカーシャ専用湯のみで茶をいれた。
 クッキーはすでにカーシャの口の中。ルーファスは未練がましくクッキーの缶に残る匂いを嗅いだ。顔面がゾンビのように蕩ける甘い匂いが、春の麗らかな陽気と小川のせせらぎを誘って来て、その小川の向こうでは死んだお爺ちゃんお婆ちゃんがニコニコしながら手を振ってる。
 トレビア~ン!
 ルーファスがクッキーの余韻を楽しんでいると、突然ビビがクッキーの缶を奪い取った。
「せっかくの残り香!」
「このクッキーアタシ知らない。もしかしてダーリンひとりで食べるつもりだったのぉ?」
「ギクッ!」
 口に出してしまうなんて随分わかりやすい性格。
 ビビのクリクリした瞳がルーファスの濁った瞳を覗き込む。
「今、『ギクッ!』って思いっきり口に出して言ってたよ。白状するなら今のうちだよ、今だったらカツ丼もついちゃうよ、言いなさい、言え、言えよぉ!」
「キレれないでよ。もちろんビビと一緒に今晩の夜食にしようとしてたんだよ(本当はひとりで食べる気だったけど)
「ビビと一緒に今晩の夜食……ビビと一緒に……夜アタシのこと襲うつもりだったのね!」
「言葉の意味を履き違えないでよ!」
「そうならそうって言ってくれればよかったのに。今からアタシのこと召し上がれ」
「だから違うって言ってるでしょ!(妄想が激しすぎ)」
 2人の痴話喧嘩というか、夫婦漫才を見ながらカーシャはニヤニヤする。
「青春だな(若気に至りで過ちの愛、生きるって素晴らしいな! ふふっ)」
 3人とは空気感の違うクラウスは勝手に冷蔵庫チェックをしていた。
「ほお、これが庶民の食生活か……(質素だ)」
 冷蔵庫の中には食材が入っていなかった。
 入っているものと言えば、冷凍食品、アイス、食べかけのケーキ、プリンターのインク、湿布、目薬……そして、貯金箱!
 クラウスが貯金箱を取り出そうとすると、ルーファスが必死で止めに入った。
「だめだめ、せっかく隠してあるんだから出さないでよ!」
「こんなところに隠すなんて、これが庶民の常識なのか!!」
 クラウスカルチャーショック!
 ビビちゃんが手の甲でクラウスをビシッっとツッコミ。
「違うから」
 冷蔵庫チェックも終わったところで話を戻そう。
 そうだ、夕食の話をしていたのだ。
 時間を巻き戻して、その話の続きはたしかカーシャのセリフだった。
 ――では、こういうのではどうだ?
 と、カーシャがなにか提案しようとしていたはずだ。
 だが、その当事者のカーシャはすっかりお茶を飲んで寛いでいて、まったく話を進める気がなさそうだ!
 てゆか、話の途中だったことさえ覚えていない雰囲気をかもし出している。
 誰も話を進める気がなさそうなので、ルーファスは話をまとめることにした。
「じゃあ、コンビニの中華まんを買い占めるってことで夕飯はいいよね?」
 ビビは笑顔でうなずく。
「うん♪」
 クラウスも異存ないようだ。
「ビビちゃんがオッケーなら僕もそれでいいよ」
 そして、今まで寛ぎモードだったカーシャが椅子から、ビシッとバシッとズバッと立ち上がった。
「妾は納得しとらんぞ」
 あんたも一緒に夕飯する気ですかっ!
 カーシャはルーファスに向かって、これまたビシッとバシッとズバッと指を差した。
「お前の考える贅沢とはその程度のものなのか! 究極の食材で作った至極の料理を1度でいいから食したという志を持て。そして、今から伝説の食材を探しに異界に行くぞ!」
 ものすごいスピーディーな急展開。あまりにも突拍子もなくて誰もついて来てない。みんなポカ~ンとしてしまっている。
 時差があってルーファスが声を出した。
「はぁ?」
 なんで伝説の食材を探しに行くのかわからない。
 どー考えてもカーシャの娯楽だ。
 だが、こっちの人はなんだか目を輝かせていた。
「みんなも知ってのとおり、僕の祖父は冒険家でもあったからな。昔から僕も冒険に目がないんだ!」
 王様改め、冒険家クラウス行く気満々。
 そして、こっちも瞳を輝かせていた。
「行く行く、秘境大冒険とかおもしろそぉ♪(オバケが出てきた拍子にダーリンに抱きついちゃったりしてぇ)」
 それはオバケ屋敷です。
 ただ独り猛反対するルーファス。
「私は断じて行かないからね(カーシャのことだから、絶対にそこデッド・ゾーンだし)」
 カーシャの道楽に付き合っていては、いくつ命があっても足りない。今ここでルーファスが生存していることも奇跡だ。
 カーシャが冷血な瞳でルーファスを睨んだ。
「来い」
 長々とした脅しより、短い言葉のほうが心臓にグサッとくる。
「行きます!」
 ルーファスは作り笑顔で即オッケー。
 今ここで殺されるか、異界で危険な目に遭って死ぬか。ルーファスはちょっとでも長く生きられるほうを選んだ。
 カーシャは飲み干した湯飲みを置いた。
「では、行くとするか」
 そう言って胸の谷間からマジックアイテムを取り出した。
 その形は金庫のダイヤルのようで、冷蔵庫のドアにピタッと張り付いた。
 カーシャはダイヤルをクルクルと回し、冷蔵庫の取っ手を引っ張った。
「開けゴマ!」
 カーシャの高らかな声とともに冷蔵庫が開かれ。激しい閃光が部屋中に満たされる。
 ビビとクラウスは自ら光の中に飛び込んだ。
 逃げ出そうとしたルーファスのケツにカーシャの蹴りが入った。
「うわっ!」
 ルーファスは頭から冷蔵庫の中に突っ込んだ。
「さて、行くとするか……ふふっ」
 最後にカーシャが光の中に飛び込んだ。

《2》

 暑い、暑い、地面も熱い砂漠地帯。
 ムカつくほど照りつける太陽。
 なにもしなくても汗が滝のようにダラダラ流れ落ちる。
 もともと痩せ型のルーファスが、今はさらにゲッソリして干物になりかけている。
 炎属性の精霊サラマンダーの守護を受けているクラウスでさえ、暑さで意識を朦朧とさせている。
 もともと環境の厳しい魔界で育ちのビビは、多少の暑さは感じているようだが、なんか異常に元気だった。
「ほら、ダーリンしっかりしてよぉ!」
「み、みず……(もう喉がカラカラだよ)」
 水をくれと訴えるルーファスにビビが取り出したのは?
「はいダーリン、ミミズ♪」
 干からびたミミズだった。
 そんなギャグにもはやツっ込む体力さえルーファスにはなかった。
 クラウスが突然、遠くを指差して声をあげた。
「見ろ、オアシスだ!」
 指の先には地平線まで広がる砂漠――蜃気楼だった。
 クラウスは蜃気楼のオアシスに向かって走り出す。
「小麦色の美女たちが水浴びをしているぞ、早くナンパしなくては!」
 使命感に駆られてダッシュするクラウスの前にカーシャが立ちはだかった。
「幻だ、しっかりしろ!」
 カーシャの鉄拳がクラウスの腹に入った。
「うっ……美女が……(僕を待っているのに……)」
 バタン!
 クラウスは砂の海に沈んだ。
 砂漠の大地に凛々しく立つカーシャ。
「お前たち、この程度の暑さで音を上げていては学院を卒業できないぞ!(妾に金を積めばどうにかしてやらんこともないがな、ふふっ)」
 この暑さの中で平然としているカーシャ。
 氷の女神ウラクァと水の精霊アンダインの守護を受け、氷の魔女王の異名まで持っているカーシャが、こんな灼熱の砂漠で平然としていられるハズがない!
 干からびた手を上げるルーファス。
「はぁ~い、センセー質問でぅース」
「なんだルーファス?」
「ゼンゼーはどーじで平気なんでずが?」
「魔導具を使っているに決まっておるだろう」
 あっさり。
 最後の力を使い切ったルーファスも砂の海に沈んだ。
 カーシャは二人が溺死しそうなのもほっといて、さっさと先を急ごうとする。
 元気なビビがカーシャの袖を掴んだ。
「ダーリンたちを助けてよ、魔導具があるんでしょ?」
「ある」
「だったら早く助けてよぉ!」
「高いぞ」
「死ね♪」
 笑顔でビビちゃん臨戦態勢。いつの間にか大鎌を構えてカーシャの首に突き付けていた。
 そんな脅し程度じゃカーシャは動じない。
「ウソに決まっておろう。妾もそこまでケチじゃない、これを飲ませろ」
 カ-シャはちまたで噂の四次元胸の谷間に手を突っ込み、3本の試験管を取り出した。
 そして、コルクのフタを親指で弾き開けると、問答無用に1本目をググッとビビの口の中に――。
「うっ……うぐっ……アタシは別に平気だし!?(苦くてマズ~イ)」
「実験体は多いほうがいいだろう」
「アタシまで巻き込まないで!」
「料金の代わりだと思え」
 やっぱりケチだ!
 謎のクスリを飲まされたビビの頬が少し赤らんだ。なんだか嫌いな授業中に浴びる春のポカポカ陽気が、ビビの体を包み込んでいるように暖かい。このまま寝たらとっても気持ちよさそうだ。
 カーシャは残り2本のフタも開け、強引に干物状態の2人に飲ませた。すると、効果はすぐに現れた。
 潤いたっぷり美肌でルーファス&クラウス復活!
「……死ぬかと思った」
「美女たちが消えた……幻だったのか」
 無事生還できたようで、今回の実験は見事成功したようだ。
 暑さの問題が解決されて、4人は先を急ぐことにした。
 しばらく歩いていると、ビビが『はぁ~い』と手を上げた。
「カーシャに質問タ~イム♪」
「なんだ?(スリーサイズなら教えてやらんぞ)」
「何を探しに行くのぉ?」
「あぁ、言ってなかったな」
 言ってません。自己中心的な人はこれだから困ります。
 足を肩幅に広げて地平線の向うにそびえる影を指差したカーシャ。
「もう見えるぞ、アレだ。妾のマブダチ可学者ベルの領地。そして、その領地には世にも珍しい砂漠の氷――〝雪男の唾〟がある。その氷で作ったカキ氷は死人も生き返るほどの美味なのだ」
 なんだか不味そうです。
 砂漠のそびえ立っていたのは鋼の城だった。
 金属で作られたその城から、オイルの臭いが風に乗って運ばれてくる。耳を澄ますと、モーターや火花の散る音が聴こえる。
 ルーファスがイヤそうな顔をしている。
「砂漠に氷なんかあるわけないじゃん、帰えるよ(しかも名前が〝雪男の唾〟って)」
 背を向けて歩き出すルーファスの腕をクラウスが掴んだ。
「砂漠に氷があるなんて神秘的じゃないか。ルーファスはトレジャーハンターの血が騒がないのかい!」
「そんな血流れてないし」
「流れていないのなら、今から流すんだ。それでこそ男の中の男だ!(嗚呼、浪漫だ!)」
 もうクラウスの思いを誰も止められなかった。
 ビビちゃんは最初から行く気満々。
「ダーリンがんばって! アタシに美味しいカキ氷食べさせてくれるんでしょ!」
 そんな約束してません。
「あのねぇ、カーシャについて行くとロクなことないよ。それは私が身をもって証明してるんだから、ね?」
 どーにかしてルーファスは行かない方向に話を進めたかった。
 だが、それを許さないのがカーシャ様!
「ふふふっ、世界一美味いカキ氷が食べたくないと言うのか! 妾について来ないのなら、進級させてやらんからな!」
「……職権乱用だよ!」
「ふふふふっ、なんとでも吠えろ。だが、来なきゃ退学だからな!」
 なんか進級が退学にグレードアップしてるし!
 爆乳を揺らしながら勝ち誇って笑う魔女カーシャ。
 しょせんルーファスには形勢逆転なんか不可能だ。ルーファスがへっぽこを返上するくらい不可能だ。ルーファスは権力を前に屈するしかなかった。
 肩を落とし、ため息をつきながらルーファスはお手上げ状態。
「行くよ、行けばいいんでしょ、行ってやるよ!(要は死ななきゃいんでしょ!)」
 横暴教師カーシャの完全なる勝利。邪悪なる権力の勝利だ!
「うふふふふっ、〝雪男の唾〟を手に入れた暁には問答無用で最高の成績をつけてやるぞ!」
 負けるな学生、頑張れ学生、それゆけ学生!
 〝雪男の唾〟とやらを採りに行くのはいいとして、果たして危険はないのだろうか。そーゆー特別なアイテムには、それを守るモンスターとかがいるのがお約束で、へっぽこ魔導士ルーファスなんて軽~くあの世逝きじゃないだろうか?
 いや、大丈夫!
 こっちにはクラウスもカーシャもいる。
 あっ、もう一人いた。
「はにゃ~ん、身体ぽかぽかぁ」
 この仔悪魔はあまり役に立ちそうもなかった。
 ビビはカーシャの飲ませたクスリのせいで、未だにポカポカ気分の夢心地だった。それも時間が経つごとに夢心地指数が上がっていくらしく、酔っ払いみたいに足取りが覚束ない。
 フラフラするビビはルーファスの方へと引き寄せられて胸板に頭突き。
「うっ!(頭突き……)」
 肺の活動を一時停止させながらも、ルーファスはビビの体を抱きしめて顔色を伺った。真っ赤な顔したビビはまるで酔っ払いみたいだ。
「大丈夫ビビ?(なんで酔ってるの?)」
「はにゃ~ん、きゃはははははっ!」
 突然笑い出すビビ。本当に酔っ払ってる。完全にアブナイ人だ。
 この状況にルーファスは、元凶であると思われるカーシャに意見を仰ぐ。
「何飲ませたの!?」
「やっぱり、失敗作だったようだな。こいつらに先に飲ませて正解だった(やっぱり材料にマンドゴラを混ぜたのがまずかったな)」
 失敗作だってわかってて飲ますなよ。っていうか生徒を実験台にするなよ!
 酔っ払ってるビビはルーファスの身体にベタベタくっ付いてくる……いつもとかわないジャン!
 な~んだ。と思いきや、第三者がルーファスの腕に絡んでくる。な、なんとそれは消去法からもわかるけどクラウスだった。
「こんな砂漠でメガネッ娘に逢えるなんて感激だ!」
 なんか幻覚を見ているようだ。ルーファスをメガネを掛けた娘だと思い込んでいる。
 ヤバイ、ボーイズラブに発展してしまう!
 そんな展開ルーファスシリーズで許されるハズがない!
 2人に抱きつかれて焦るルーファス。
「ちょっと、ちょっとちょっと、二人とも離れてよ」
「ダーリン、アタシのこと嫌いなのぉ?」
「僕のことも嫌いなのかい?」
 二人の愛くるしい瞳がルーファスを離さない。
 何も言わないルーファスに対して2人の身体の密着度は上がり、ビビちゃんの小さな膨らみがググッと押し付けられ、高貴な顔立ちのクラウスの唇がすぐそこまで迫っていた。
「ダーリン大好きだよ!」
「僕も君とはじめて出逢ったときから、運命で結ばれているような気がするよ」
 ダブル告白!
 クラウスの告白がルーファスの胸を激しく突いた。
 まさか人生で男に告白されるなんて想定外の出来事だった。しかも、口説きモードに入っているクラウスの甘いマスクは、異常なまでに美しくて見とれてしまう。
 相手が男だってわかってるのにルーファスはドキドキしちゃってた。
 まさか、ルーファスもまんざらでもない!?
 そっち系も対応できるんですかルーファス!!
 なぜか無言で見詰め合ってしまうルーファスとクラウス。
 そこに嫉妬の炎を燃やすビビが乱入。
「ダーリンはアタシのものなんだからね、クラウスはどっか行って!」
「このメガネッ娘は僕と結ばれる運命にあるんだ。誰にも邪魔はさせないよ」
「ダーリンはアタシの旦那様だもん」
「ふっ、君はしょせん愛人止まりさ」
 なんか話が噛み合っているようで噛み合っていない戦い。
 ルーファス争奪戦の状況をあざ笑うカーシャ。すご~く楽しそうに笑っている。
「ふふっ、青春だ。愛する者をめぐる泥沼トライアングル。なんて昼ドラ展開なのだ!」
 男と男が女をめぐって戦うのではなく、男と女が男をめぐる特殊バトルだ。しかも、1人の男はもう1人の男をメガネッ娘だと思い込んでいる!
 睨み合い、相手を牽制する二人の間に、ルーファスを押し退けてカーシャが割って入った。
「お前ら、妾にグッドアイデアがあるぞ」
「カーシャは引っ込んでてよぉ!」
「これは僕たちの戦いですから!」
 激しい態度でカーシャを怒鳴りつける2人であったが、カーシャがこんなところで引き下がるものか!
「うっせんだよ……アタイの話を聴けって言ってんだろうがっ!」
 突然、人格が変わったカーシャがガンを飛ばした。
 小動物のように震え上がるビビとクラウス。中でも1番ビビッたのはルーファスだった。ルーファスは腰を抜かして口を半開きのまま凍っている。
 口に手を当てて咳払いをするカーシャの表情が、いつもどおりの冷めた美女に戻った。
「さて、では妾の素晴らしいアイデアを聞かせてやろう。な、なんと〝雪男の唾〟を先に手に入れた者に豪華商品としてルーファスを贈呈しよう、妾の権限だ」
「僕を勝手に商品にしないで! 認めないからね、断じて認められないね。しかもカーシャの権限ってなんだよ(いつから僕はカーシャの所有物に……って、いつものことか)」
「妾の権限は妾の権限だ、文句あるなら徹底的にヤるぞ?(あ~んな拷問やこ~んな拷問でヒィヒィ言わせてやる……ふふふ)」
 邪悪なカーシャの瞳で見つめられたルーファスはたじろぐ。冷血な瞳の奥に狂気を感じる。逆らったら死ぬよりツライことが待っているに違いない!
 脅えるルーファスは無言でコクリと頷いた。それを見たカーシャは微笑んだ。
「うむ、では華々しいレースの開幕といくぞ!」
 胸の谷間に手を突っ込んだカーシャは銃を取り出して天に向けた。
「では、位置について……ヨーイ」
 ドン!
 引き金が引かれ、銃声とともに火花が散った。でも、誰も走らない。唖然として誰も走ろうとしない。そんなビビとクラウスに銃口を向けられる。
「妾がせっかく雰囲気を出してやったのだ。早く走れ!」
 キレた眼をしているカーシャは問答無用に銃を乱射させた。銃弾がビビとクラウスの足元に放たれ、砂の中に埋もれ消える。
 この人ヤル気だ!!
 蒼ざめるビビとクラウスは互いの顔を見合わせて、『さんはい』といった感じ同時に猛ダッシュで逃げる。とんずらこいて!
 必死こいて逃げるビビとクラウスの背中に見守るカーシャ。かなり満面の笑顔。
「せいぜい頑張れ、ふふ」
「…………」
 腰を抜かしているルーファスの腰は、もっと抜けた。
 砂に尻餅を付き、腰を抜かしているルーファスにカーシャが足蹴りを食らわす。
「さっさと涼しい場所に行くぞ」

「は?」
 なんかよくわからないがルーファスはカーシャに連行されたのだった。

《3》

 燦然と輝く鋼の城――通称〈針の城〉と呼ばれている。
 金属でできたその城からは、いくつものパイプが天を突くように伸び、そこから大量の蒸気を噴出している。
 城門の前に立ったカーシャがインターホンを押す。
「居るだろベル。遊びに来てやったぞ」
 インターホン越しにカーシャが話しかけると、金属でできた城門が重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。
 城の奥からは強烈なオイルの臭いが噴出しくる。酔いそうだ。
 カーシャは躊躇することなくさっさと城の中に入り、ルーファスは躊躇しながら恐る恐る城の中に入った。
 城の廊下は足音が響く金属製で、明かりは蛍光灯が照らしている。
 カーシャは自分ちのようにドガドガ進み、とある扉の前で止まった。すると、扉は自動的に開かれた。
 部屋の中は真っ暗で何も見えない。
 臆病者のルーファスはカーシャの腕を掴もうとした。
「殺すぞルーファス。妾のケツが触りたいのならばちゃんと料金を払ってからにしろ」
「ご、誤解だし!」
「裁判をやったら妾が勝つぞ、そこに証人も居るしな」
「証人?」
 暗がりが一気にライトアップされた。
「お~ほほほほほっ、アタクシの城にようこそ!」
 白衣を着た姫カールの女が仁王立ちしていた。カーシャといい勝負の爆乳だ。
 大人の女性の色香をムンムン漂わせながら、金色の瞳がカーシャとルーファスを映した。
「カーシャちゃん、その子新しい彼氏?(いやぁん、ついにカーシャちゃんにも春が来たのね。今夜は朝まで飲むわよぉん!!)」
「こんなへっぽこが妾の彼氏だと? いつに耄碌[モウロク]したなベル」
「天才的な頭脳を持つこのアタクシが耄碌したですってぇ! そんな見るからにへっぽこなオトコの子、カーシャにはお似合いだと思ったから言っただけよ!」
「こんなへっぽこ、死んでも付き合いたくないわ!」
「そんな贅沢言ってらんないでしょアンタ。そのへっぽこで妥協しなよぉん!」
「ならばへっぽこに欲情したら、お前もへっぽこだからな!」
 へっぽこの合戦!
 間に挟まれたへっぽこはへっぽこなので、どーすることもできない。
 カーシャはルーファスのメガネを奪い取った。
 晒されちゃったルーファスの素顔。
 それを見たベルは生唾を飲み込んだ。
「び、美形だわ……アタクシの好みだわぁん!」
 いきなり欲情。
 ベルはすぐさまティータイムの準備をはじめ、ルーファスを特等席に座らせた。
 特等席とはズバリ!
 ――ベルのひざの上。
 爆乳がルーファスの背中を指圧する。
「あ、あのぉ~、胸が私の背中に当たってるんですけどぉ」
「あらぁんごめんなさぁ~い、ちょっと大きいから当たっちゃうのよねぇん」
 そーゆー問題かっ!
 二人羽織り状態でルーファスはベルに紅茶を飲まされた。
 そんな異様な光景を繰り広げられる中、淡々とカーシャは紅茶を飲み、冷たい視線をベルに送った。
「なぜ妾が来たか訊かんのか?(それどころじゃない感じだがな)」
「別に興味ないもの。アタクシが興味あるのは、ア・ナ・タ♪」
 ベルの吐息がルーファスの耳をくすぐった。
 ついに耐えられなくなったルーファスが飛び退き、ベルから離れた席まで非難した。
「あぁん、逃げないでぇん。逃げると追いたくなっちゃうじゃなぁ~い♪」
「……追わないでください」
 ルーファスはグルグル眼鏡を掛け直して、いつでも逃走準備オッケーだった。
 ベルがなにか思い出したように手を叩いた。
「そうだわ、自己紹介がまだだったわね。アタクシの名前はベルフェゴール、親しみを込めてベル姐さんとでも呼んで頂戴。で、ボウヤのお名前は?」
 熱い視線がルーファスに送られた。
「ルーファス・アルハザードです。現在恋人募集してません!」
「だったら愛人だったらいいのかしらぁん?」
 色気ムンムンで迫るベル。
 冷めた表情でカーシャが見ていた。
「子供をからかうのはその程度にしておけ。そして、妾の話を聞け!」
「んもぉ、怒らないでよ。なにしに来たんですかカーシャちゃん?」
 やっと話が本題に戻った。
「〝雪男の唾〟を取りに来たのだ」
「ふ~ん。で、もう採ってきたのぉん?」
「妾の下僕2人が命を削って採りに行っているハズだ(死んでなければの話だが、ふふふ)」
「へぇ、他力本願ねぇん(カーシャちゃんらしいわ)。けどぉん、いいことを教えてあげましょうか。次の〝雪男の唾〟の採取時期は100年後よ、今行っても何もないハズよ(ナ イス無駄足だぁん)」
 飲んでいた紅茶をカーシャは噴出した。
「なにーっ!?」
 噴出した紅茶は見事にルーファスに掛かったが、そのあたりは軽くシカト。
 カーシャは身を乗り出した。
「〝雪男の唾〟がないとはどういうことだ?」
「去年にカキ氷大会の招待状送ったでしょう?」
「去年……?」
 難しい顔でおでこに手を当てて、カーシャの内宇宙への旅がはじまる。記憶を巡り巡らせ、記憶の扉を開ける。そこにある白い封筒と1年前の消印。ハッとしたカーシャは顔を上げた。
「そー言えば届いていたな。そうそう、その日は急な用事ができて行けなかったんだな、ふふふふっ(カーシャちゃんたらおちゃめさん、ふふっ)」
 もぉ、カーシャったらうっかりさんだなぁ。
 ――なんて悠長なことを言ってどうする。何も知らずに〝雪男の唾〟を採りに行かされてる二人の運命はいかに!?
 ここに追い討ちをかけるようにベルがボソッと呟く。
「そう言えば、アタクシの領地に物騒な子たちが住み付いちゃって、困ってたのよねぇ~ん」
 絶体絶命。
 この話を聞いたルーファスがベルに激しく詰め寄る。
「マジですか!? 物騒ってどのくらい物騒なんですか!?」
「女子供がよく狙われて、あ~んなことやこ~んなことをされて、仕舞いにはそ~んなこともされるらしいわよぉん(きゃあ、お代官様ぁ)」
「マジでーっ!?」
 城の中に響き渡ちゃったルーファスの声。ちょー絶体絶命。
 ベルがニッコリ笑顔で言う。
「マジよぉん」
 ルーファスの心は不安で押し潰されそうになった。早く二人を助けに行かなきゃいけない。そんな衝動にかられて居ても立ってもいられない。――胸が熱く苦しい。
 だってベルの爆乳がルーファスの胸板をグリグリしてるんだもん。
「うわぁーっ、だから離れてってば。それよりも早く2人を……カーシャどうにかしてよ!」
「めんどくさいからイヤだ」
「めんどくさいってなにそれ! 元はと言えばカーシャが無理やり採りに行かせたんじゃないか!」
「違うぞ、ルーファスを賭けて熱い戦いをしに行ったのだ(ふふっ、青春だ!)」
 絶対にカーシャは助けに行く気ゼロだった。しかも非を絶対に認めない。さすがカーシャ。
 カーシャも話してもラチが明かないことを悟ったルーファスは、目の前にいるベルに顔を向けるが……顔じゃなくて胸しか見えないし!
「アタクシもイヤよぉん」
 爆乳に断られたし!
 ルーファスは爆乳に訴えかける。
「そんな、だってここってベル姐さんの領地でしょ?」
「関係ないわ」
 即答。
「ベル姐さん、そこをなんとか……」
「知らないわぁん」
 また即答だった。
 ベルはカーシャと同じで人の言うことを訊くのがキライなタイプだ!
 こうなったら奥の手だ。
 ルーファスは自らグルグル眼鏡を外した。
「お願いしますベル姐さん、私の友達2人を助けてください」
 シリアスモードのルーファスを見て、普段のルーファスを知ってるカーシャは紅茶を噴いた。
「(ふふっ、笑えん。腹が、腹がよじれる……ふふふふふっ)」
 大爆笑だった。
 いい男に頼まれたらしょうがない、ついにベルが動き出した。
「立ちなさいカーシャ」
 こう言われたカーシャは無言で立ち上がりベルを見据える。
 立ち上がった女同士が互いを無言のまま見据える。殺伐とした空気が場を満たし、ルーファスの息は詰まってしまいそうだった。いったいこれから何が起ころうとしているのか!?
 ベルの拳が高く上げられ、カーシャの拳も高く上げられた。そして、ベルが大きな声を出した。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
 カーシャがグー。ベルがチョキ。勝者――カーシャ!
 ジャンケンに負けたベルが床に膝をついてうなだれる。
「ま、負けた……アタクシの負けねぇん……」
 この一部始終を見ていたルーファスはポカンと口を開けた。
「はぁ?」
 呆然とするルーファスの肩に、立ち上がったベルが両手を乗せる。
「というわけよぉん。アタクシとアナタが救出大作戦に行くことになったわよぉん」
 どこからともなく大型バイクを取り出したベルは、それに跨りルーファスに顔を向ける。
「後ろに乗りなさぁい」
「はぁ?」
「後ろに乗れって言ってるのよ、聴こえてるでしょ?」
「はぁ」
 しかたなくルーファスもバイクに乗った。
「アタクシの腰にしっかりと手を回しなさぁい」
「はぁ」
 ルーファスはベルの背中に自分の身体を密着させ、腕をベルのお腹に回してしっかり掴まった。ベルの髪からシャンプーにいい香りがする。ルーファスはベルの身体からちょっぴり離れてへっぴり腰になった。
 キラリーン!
 と、ベルの瞳に光が宿る。
「行くわよぉぉぉん!!」
「ぐわぁっ!?」
 ルーファスを乗せたバイクが空に浮き、もうスピードで動き出した。しかも、ここって部屋の中。
 城の中のため低空飛行をするバイク。そんじゃそこらの絶叫マシンより、よっぽど怖い。ちなみにバイクは後ろに乗るとさらに怖い。
 ゴォォォォッ!! と、ルーファスの耳は風の音以外の一切の音を遮断され、身体に伝わる揺れは震度4くらい?
 城門を抜けたところでベルが大声を出す。
「しっかり掴まりなさぁい!」
「ぐわぁっ!?(落ちるし、死ぬし!)」
 バイクは直角90度に方向転換し、天を突く勢いで上昇した。ルーファス失神寸前。
 ジェット機並みに空を飛ぶバイクにシートベルトもなしに乗っていられるのは、きっと魔法の力。魔法って素晴らしいんだね。だが、後ろに乗っているルーファスは魔法の許容範囲外にいるらしく、空気抵抗もろ受けまくり。ルーファス失神。
 バイクのスピードが徐々に落ち着いてゆったり運転になったところでルーファス復活。
「マジ死ぬかと思った」
「それは大変だったわねぇん。けどぉ、悪い知らせがあるわ(ピンポンパンポ~ン)」
「聞きたくないです」
「燃料が切れたわ」
「はぁ?」
「すっかり燃料いれるの忘れてたのよねぇん、おほほほほ」
「つまり?」
「落ちる(ひゅ~~~べちょ!)」
「なんですとーっ!?」
 どーりでスピードが落ちてたはずだ。あはは、落下だってさ。
 笑えねぇ!!
「アタクシに考えがあるわぁん(我ながらいいアイデアが浮かんでしまったわね)」
「何デスカ?」
「アタクシ1人くらいなら城まで戻れると思うのよね(さよなら、いとしい人)」
 ドゴッ!
 ベルの肘打ち炸裂。
 思わずルーファスがベルの腰から手を離したところで、バイクは180度回転。つまり逆さま。
「うわぁ!?」
 ひゅ~~~。
 ベルの視線の中で小さくなっていくルーファスの姿。ルーファスは空飛ぶバイクから落とされたのだ。
「さ~て、城に戻って燃料補給でもしようかしらねぇん」
 たった今すごい酷いことをしたとは思えないベルは、爽やかな顔をして城に向かってバイクを旋回させた。
 ルーファスの運命はいかに!?

《4》

 一方、ビビとクラウスはどうなっていたかというと――案の定捕らえられていた。
「こんなに可愛い仔悪魔ちゃんを捕らえてどうするつもり!」
 手足を縛られ、ビビとクラウスの身体は一緒にグルグル巻きにされていた。
 ビビとクラウスの酔いはとっくに醒めている。というか、カーシャに銃で脅されて走らされるよりも前の、別人格のカーシャに怒鳴られた時点でとっくに醒めていた。
 砂漠のど真ん中にある集落……なのにここだけ冬真っ盛り!
 集落の家々は氷でできており、住んでいるのが人間じゃないことは明らかだった。
 ビビとクラウスはその集落の中央にある広場にポツンと縛られて掴まっている。見張りをしているのは2人というか、2匹というか、2個の……雪だるま。そう、ベルが言っていた、物騒な子たちとは〝雪だるま〟だったのだ。
 今更ながらなんでこんな状況になってしまったのかと、沈痛な面持ちでクラウスは頭を抱えた。
「雪だるまに拉致監禁されるなんて……(めったにできない経験だ!)」
「大丈夫だよクラウス。ダーリンがきっと助けに来てくれるもん(早く来て、ダーリン)」
 ビビの瞳はキラキラ輝いていた。ビビの頭の中ではルーファスが白馬に乗って自分たちを助けに来てくれるという妄想ビジョンができあがっていた。
 モーソー! トキメキ! ロマンス!
 そして、願いは現実のものとなる。ちょっぴり違った形で――。
 クラウスが顔を上に向けると、キラリンと空で何かが輝いた。
「ビビちゃん見て、空で何かが光ったのだけど?」
「えーっなになに?」
「ほら、あっち……!?」
「……なんじゃありゃー!?」
 空から人が降って来る。世の中にはそんな天気の日もあるんだね。
 世界ってミステリーでいっぱい♪
 ……じゃなかった。
「だ、だ、だ、ダーリン!?」
「ルーファス!?」
 急落下してきたルーファスはユキダルマンの見張りを一体大破させながら地面に激突!
 深い雪の中に埋もれたルーファスは身動き一つしなかった。
「ダーリン!?」
 近くにいたユキダルマンが雪に埋もれたルーファスのようすを見ていると、すぐに騒ぎを聞きつけたユキダルマンたちが10体、20体と氷の住居から出てきた。
 辺りは気づけばユキダルマンだらけになっていて、ユキダルマンたちは力を合わせてルーファスを雪の中から引きずり出すと、すぐにロープでグルグル巻きにしてビビの近くに放り投げた。そして、見張りをひとり残して帰っていった。
「ダーリンしっかりして!」
「ルーファス生きてるか?」
 返事がない。
 ま、まさか、本気で死んだ?
「ダーリン、死んじゃヤダよぉーっ!」
 簀巻きにされているルーファスの口元が微かに動く。
「な……な……鍋食べたい」
 ビビとクラウスはルーファスを殴り飛ばそうとしたが手足が縛れていたので断念。
「僕を勝手に殺すな……けどマジで死ぬかと思った(地面がふかふかの雪で助かった)」
「ところでルーファス、カーシャ先生はどうしたんだい?」
「カーシャなら、きっと茶でも飲んでゆっくりしてるんじゃないの」
 この瞬間、二人の心に殺意の念が湧いたのは言うまでもない。
 カーシャが助けに来る意思がないとすると、誰がいったい助けに来てくれるのか。クラウスはさらに頭を抱えた。
「こんなことが起きたなんて知られたら、僕は絶対にエルザに殺される」
「ダーリンのバカ、役立たずのおたんこなす!」
 別にルーファスがなにをしたというわけでもないのだが、ヒドイ言われようだ。それというのもビビの期待を裏切ったからなのだが、ルーファスにしてみればとんだとばっちり。
 ちょっと急用で王子様は来なかっただけだ。
「私に八つ当たりしないでよ。それにたぶんベル姐さんが助けに来てくれると……思う(あの人も当てになりそうにないけど)」
 ルーファスの言葉を聞いてビビの瞳にキラキラと希望の色が差し込んだ。昔の美少女漫画チックに。
「ベル姐ってあのベル姐? ベルフェゴール姐さん!?」
「そそっ、そのベル姐さんが私をホウキの上から蹴落としたんだよ(まだわき腹がイタイし)」
「やったね、ベル姐がここに来れば跡形もなく雪だるまたちを滅殺してくれるよ。なんたって、ベル姐が通ったあとは草一本残らない荒野に化すって云われてるんだから、アタシたち絶対助かるよ」
「やったねじゃなくて、草一本も残らないって私たちも危険ってことだよな」
「うん、そうだよ♪」
 無邪気にニコニコ笑うビビ。果たして自分で言った発言を理解しているのだろうか、疑問だ。
 二人の会話にクラウスが横から口をはさむ。
「そのベルフェゴールって人、もしかして邪神七将の邪智の女神のことかい?(だとしたら凄いことだ)」
 首を傾げるルーファス。そして、ビビはニコニコしながら言った。
「うん、神魔大戦や魔界大戦争で活躍した邪神七将だよ♪」
「魔界のトップに君臨する魔王の1人じゃないか」
 これを聞いてはじめてルーファスはビックリした。
「そうだったの!!(ただのカーシャの友達だと思ってた)」
 魔導学院で何の勉強してるんですか!
 ビビは誇らしげにベル姐のことを語りはじめた。
「ベル姐はホントすごいんだよ、敵を倒すためなら地域一帯を消し飛ばして味方も巻き込んで勝っちゃうんだから……(ってことは)」
 自分の発言をようやく理解したビビ。
 場の空気が一気に重々しいものに変わる。
 そして、みんなで『あはは~っ』と顔を見合わせながら笑う。
 『あはは~っ』と笑いながらルーファスは蒼い顔。
「どうするんだよバカ……あはは~っ」
「アタシに聞くんじゃねえよ……あはは~っ」
「僕たち苦しまずに死ねるかな……あはは~っ」
 3人が精神崩壊気味になっていると、どこからか太鼓や笛の音が聞こえてきた。
 氷の家から続々とユキダルマンたちが出てくる。もしや、カーニバルがはじまるのでは!?
 ユキダルマンたちは円陣を組んでルーファスたちの周りを取り囲み、何体かのユキダルマンたちはルーファスとクラウスを抱えて円陣の外に放り投げた。
 そうだ、たしかベルは女子供が狙われるって言ってなかったっけ?
 狙いはビビかっ!
 ユキダルマンたちが笛や太鼓のリズムに合わせて躍り出し、ビビの周りをグルグル回りはじめた。表情のないユキダルマンたちがグルグル回る様は異様で怖ろしい。しかも、無言で淡々とやっているところがよけいに怖い。
 危機を感じてルーファスはグルグル巻きのまま喚き散らした。
「ビビに何する気だ! やい、私の縄を解いてくださいお願いします。そしたら全員カキ氷にして食べてあげますから!」
 喚き散らすルーファスの近くにフライパンを持ったユキダルマンが近づいて来てゴン!
 フライパンがルーファスの頭に痛恨の一撃。
 殴られたルーファスはそのまま雪に顔を埋めながら気を失った。と思いきや、雪の中から笑い声が漏れてきた。
「はははは、あ~ははははっ!」
 雪に埋もれていたルーファスがバシッと顔を上げて高笑いをした。
「あ~ははははっ、大魔王ルーファス様登場!」
 一部始終を見ていたビビとクラウスが苦い顔をする。
 簀巻きにされているルーちゃんがムクッと立ち上がり、ピョンピョン飛び跳ねながら進む。その格好はミノムシが飛び跳ねているようでかなり滑稽だ。
 ミノムシ野郎にユキダルマンたちが襲い掛かる。だが、ルーちゃんは強い。伊達に大魔王は名乗っていない。
 秘儀、ミノムシキック!
 グルグル巻きにされているルーちゃんの必殺技はジャンプキック。
 ピョンピョン飛び跳ねながらジャンプキックをユキダルマンたちに食らわし、敵をばっさばっさと倒しいく。その姿を見てビビは幻滅。蓑虫キックはあまりカッコよくなかった。王子様には程遠い。
 ユキダルマンたちを一通り倒したところでルーちゃんは高笑い。
「ははは~っ、どうだ参ったか。これが大魔王ルーファス様の実力だ!」
 地面が微かに揺れた。
 ルーちゃんの高笑いは続く。
「あ~ははははっ、ははははっ、はははは~ん!」
 地響きがどこかから聞こえる。ルーちゃんはそれにも気づかずバカ笑いをする。
「は~ははははっ!」
 ルーちゃんの声は空気を震わせ、自然の驚異を召喚してしまった。
 クラウスがいち早く気づいて叫び声をあげる。
「あれを見ろ!」
 蒼ざめた顔をするクラウスの視線の先を見たビビの顎が外れる。
「雪崩かよ!」
 巨大な雪崩が海の高波のように山の斜面を滑り落ちてくる。
「あ~ははははっ……は?」
 ゴォォォォォォッ!
 ルーちゃんが気づいた時には彼女の視界は真っ白だった。

 ――数日後。
 高熱を出して寝込んでいるルーファスにビビは付きっきりで看病をしていた。
「ダーリン大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょう……は、は、はっくしょん!」
 ツバを飛ばして鼻水ダラダラのルーファス。
 あの雪崩が起きた時、ビビとクラウスは上空からバイクに乗って現れたベルによって間一髪のところを助けられたのだが、ルーちゃんだけは雪崩に巻き込まれてしまった。
 雪崩に埋もれたルーちゃんが発見された時には、ルーちゃんの身体は冷凍保存されていてカチカチに凍っていた。
 そんなこんな今に至る。
 ルーファスの部屋にある机が突然ガタガタと揺れ、引き出しが勢いよく開き、中から爆乳がブルルンっと出た。それを見たルーファスは思わず声をあげる。
「スライムかっ!」
 引き出しの中から白衣の美女が這い出した。
「あらぁん、こんにちわぁん♪」
 ベルだった。
「おほほほほ、お見舞いに来てあげたわよぉん(本当は嫌がらせに来たんだけど)」
 あのとき起きた雪崩の勢力は思いのほか凄まじく、なんかそれの影響で砂漠に豪雨が降ったり、タイフーンが直撃したり、砂漠が沼地になったり、生態系がぐちゃぐちゃになったり、とにかく大変だったらしい。
 しかも、ベルの居城である〈針の城〉は豪雨で錆付いて倒壊したらしい。
 爆乳を揺らしながらベルはルーファスの腹の上に座った。
「どう具合はぁん?」
「見ればわかるでしょう……はっくしょん!」
「だいぶ悪そうねぇん。そうだ、そんなことよりも、この家は客にティーも出さないの?」
 厚かましい要求を聞いてビビがしかたなくキッチンに向かう。
 部屋に二人っきりにされると、ルーファスはいろんな意味でドキドキする。
 ベルが軽く咳払いをして不適な笑みを浮かべた。
「ところでカーシャの姿を見たぁん?」
「いや、見てないけど……」
「そう、ということはまだ城の中ってことね、おほほほほほっ」
「はい?」
「実はね、あの雪崩のせいで我が城が泥と雪で埋もれたり倒壊しちゃったり、とにかく掘り起こせないのよねぇん」
 あの時、カーシャは城の中でティータイムをしていたのだ。ということは……?
「マジで!?」
 ビビがちょうどお茶を運んで来たところで、ルーファスが大きな声を出したもんだから、驚いたビビはおぼんを放り投げ、上に乗っていたコップからお茶が脱走を企てた。
 お茶は引力には逆らえず落下。バシャン!
「…………(熱い)」
 ベルにかかった。しかし、ベルの表情は少しも変わらなかった。むしろ、慌てたのはビビだった。
「ベル姐、大丈夫っ!」
 ビビは慌てて近くにあったティッシュ箱を手に取って、ティッシュをガーって何枚も取ると、ベルの顔を拭きまくった。
「はぁ……はぁ……これだけ拭けば」
 肩で息をするビビ。その近くでルーファスの顔は蒼ざめていた。
 ベルの顔からはお茶は一滴たりとも残さず消滅した。……しかし、ベルの顔はティッシュのカスですごいことになっていた。それに気付いたビビの顔を蒼ざめた。
 素早くルーファスが近くにあった布をビビに手渡すと、ビビは一心不乱にベルの顔を拭いた。
「ごめぇ~ん!」
 一生懸命誠意を尽くしてビビはベルの顔を拭いた。のだがベルは思った。
「……ぞうきん」
「僕としたことが……」
 ルーファスの顔が凍りついた。
「ぞうきんを手渡しちゃった(えへっ♪)」
 ベルはルーファスの襟首を掴んで立ち上がらせると、無言のままルーファスの腹にボディブローをくらわした。
「うっ……痛い」
 まるで鉄球を喰らったような重いパンチだった。
 ルーファスは腹を押さえながらゆっくりと床に倒れこむと、それっきり動かなくなった。
 ち~ん、御愁傷様でございます。
 何事もなかったようにベルは話題を変えた。
「そうだぁん、この子にお見舞いの品を持って来てあげたんだったわ」
 そう言ったベルは机の引き出しの中に手を入れると、両手に収まりきれほどの雪を取り出して、床で死んでるルーファスの身体にドサーッとかけた。
「それで熱も冷めるわよぉん!」
 ベルは高笑みを木霊させながら引き出しの中に帰っていった。と思いきや、顔だけを出して一言。
「カーシャが帰ってきたら、夜間のひと気のない道は背中に気をつけてねぇん♪」
 今度こそベルは帰って行った。
 夏はまだまだ遠く、ルーファスのカゼが悪化したことは言うまでもない。

 
魔導士ルーファス総合掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 飛んで火に入る夏の虫リベンジ > 第3話_そんなこんなで休日 ▲ページトップ