第2話_大魔王光臨!

《1》

 自室のベッドを同居人Bに明け渡し、ルーファスはリビングのソファで眠っていた。
 そこへ謎の物体Bが飛来。
 ルーファスの腹に厚底ブーツがめり込んだ。
「ぐあっ!」
 限界まで開けたルーファスの目に映ったのは、笑顔で自分の腹の上に乗るビビ。
 目覚めの悪い1日がはじまった。
「ダーリン早く起きて、朝食の準備できてるよ!」
「もっと優しい起こし方できないわけ?(胃酸が喉まで昇ってきた)」
 とにかく目は覚めた。眠気なんて宇宙の彼方だ。
 ソファから降りたルーファスは腹を押さえながらキッチンに向かった。
 そこでルーファスが見たものとは!
 コンビニ弁当だった。
「……朝食の準備はたしかにできてるけど(これは正しいあり方なのか?)」
「ダーリンより早く起きて買って来たんだから、褒めて褒めて!」
「うん、ありがとう……というかお金は?」
「もちろんダーリンのお財布からに決まってるじゃん!」
「ところで、そこにあるお菓子の山は?」
 ルーファスはまさに山積みにされているお菓子を見た。
 ポテチ、チョコ、なぜか酒のつまみまである。
「コンビニ行ったついでに買ってきたんだよ、ダーリンにも少しわけてあげるね♪」
「で、そのお菓子を買ったお金は?」
「ダーリンのお財布からに決まってるじゃん!」
「……そう(少しわけてくれるって、間接的に僕の物だよね?)」
 そんなやり取りがありながら、とにかく朝食を食べ終え、お茶を飲んで一息つくルーファス。だが、そんなまったりした時間も長くは続かなかった。
 壁掛け時計を見たルーファスの顔色が変わる。
「遅刻じゃん!」
 ソファでなんか眠っていたせいで、生活リズムが完全に狂ってしまっていたのだ。
 急いで学校へ行く準備をするルーファス。着替えを済ませ、ボサボサの長髪を結わき、ビビのいるリビングに戻ってきた。
「僕の財布どこ!?」
「う~ん、その辺に置いたけどぉ?」
「その辺じゃなくて、ちゃんと元の場所に戻しておいてよ!」
「(元の場所なんかあったんだ)」
 ビビの目に映ったのは腐海の森と化した汚い部屋。
 汚さの系統をいうならば散らかってる系である。
 魔導書とマンガが塔を作り、服が一か所に山積みされ、紙クズや缶やペットボトル、資源ごみなども放置されている。
 黴菌も繁殖してそうな勢いだ。
 あれでもない、これでもないと、発掘作業をしてついに財布を発見!
 しかし、中身が入っていない。
「僕のお金は、まさか全部使ったわけじゃないよね?」
「全部は使ってないよぉ、ちょっとは残したもん」
 入っていなかったのはお金だけではなく、ポイントカードや定期券、何もかも入っていなかった。
「定期がないと学校に行けないよ!」
「大丈夫だよっ、ダーリンはやればできる子だもん!」
「なにその励まし、効果ゼロだし!」
「しょーがないなぁ、アタシが学校まで送ってあげようか、チュウ1回で?」
「断ります」
 即答だった。
 ルーファスは瓦礫の山をひっくり返し、やっとの思いで定期券を発見した。
「見つけた!」
 すぐにルーファスは玄関に向かって走り出した。
「じゃ、僕行くから、留守番よろしくね!」
「ダーリンお弁当忘れてるよ!」
 そう言ってビビが差し出したのはコンビニおにぎりだった。
「そんなのいらないよ!」
 怒ってルーファスは家を飛び出した。
 ビビもほっぺたを膨らませて怒っていた。
「もぉ!(せっかく買ってきたのにぃ)」

 学院の鐘の音を聞きながらルーファスは教室に飛び込んだ。
 ギリギリ―セーフ!
 ヘトヘトの身体で椅子に座り、そのままルーファスは机に突っ伏した。酸欠でお花畑の幻想が見える。
 だいぶしてから教師に担任が入ってきた。時間通りにこの担任が教室に来たことは一度もない。
 黒髪をなびかせながら、無音で歩く女教師カーシャ。朝は低血圧で切れ長の目がさらにキレていて、今にも殺人しそうだ。
 机とキスをしているルーファスの耳には届かなかったが、クラスはいつもと違うどよめきに包まれていた。
 生徒の視線はカーシャの後に入ってきた美少女に注がれていた。
 カーシャは爆乳を揺らしながら教卓に両手をついた。
「以下略だ」
 その一言でカーシャは済ませた。
 明らかに以下略の使い方が間違っている。
 そして、カーシャはかったるそうに空いてる席を指さした。
「さっさと座れ」
 これに美少女は反発した。
「まだ自己紹介もしてないのにぃ!」
「勝手にしろ(二日酔いで頭がガンガンする)」
 今日は低血圧ではなく二日酔いらしい。
 美少女は勝手にすることにした。
「みんなよろしくね、アタシの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル。ビビって呼んでね♪ えっと好きな食べ物は……」
 まだまだ自己紹介は続きますって感じのところで、叫び声が妨害に入った。
「なんでいるの!?」
 もちろんその声をあげたのはルーファスだった。
 大声で叫んだルーファスの眉間にカーシャの投げたチョークが直撃。
「二日酔いに響くだろうが!」
 カーシャの目は完全にすわっていた。
 持っていたのがチョークでなくてナイフでも、躊躇なく投げていたに違いない。カーシャの近くにあったのがチョークで運がよかった。
 頭を押さえ痛がるルーファスの横の席で、心配そうな顔をして見守るビビ。
「大丈夫ダーリン?」
「大丈夫なわけないでしょ……ってなんでそこに座ってるの!?(ボブは? ボブがいない!?)」
 そこにいるべきクラスメイトがいなかった。変わりにいるのはビビ。クラスの仲間が1人減ってる!?
 魔導学院は落第退学が普通の学校に比べて遥かに多い。だが、あまりに唐突すぎる。
 なんだかルーファスを襲う強烈な頭痛。呪いだ、呪いに違いない。仔悪魔の呪いだ!
 依然としてかったるそうなカーシャが口を開く。
「ボブは休学になったから黙祷しろ(胃がもやもやして吐きそうだ)」
 なんで休学になったんですか?
 しかも黙祷ってなんですか?
 みたいなカーシャの手をわずらわせる質問は命取りになる。今のカーシャには触れないほうがいい。
 いったいボブになにが起こったのか!?
 よからぬ妄想をしてルーファスは蒼ざめ、その顔でビビを見つめたが、ビビはニコニコと笑うだけだった。その笑顔の奥にどんな秘密が隠されているのかっ!
 ルーファスは危機を感じていた。絶対にビビはこのクラスにトラブルを持ち込む。
 ただでさえ、このクラスにはトラブルメーカーが多いというのに(ルーファスとか)、そこにビビを投入するというのは、火にニトログリセリンを注ぐに等しい。
 そして、クラスはすでに不穏な空気に包まれていた。
 ビビに爽やか笑顔を贈るクラウス。
 ワラ人形を片手に不敵に微笑むローゼンクロイツ。
 そして、廊下から発せられる鋭いプレッシャー。
 ルーファスはすぐに廊下を見たが、ドアのはめ込みガラスの先には誰もいなかった。
 クラウス魔導学院への編入は、入学するより難しいと言われ、転校生はとても珍しい。しかも、美少女のオプションが付けば人気者にならないわけがない。
 頭が痛いルーファスをよそに、ビビはいつの間にかクラスの人気者。特に餓えた獣からの人気は絶大だ。
 恒例の質問タイムがはじまる中、獣たちの叫びに紛れてボソッと『死ね』と呟いたカーシャの眉がピクピク痙攣して、教室の気温が零下まで下がった。
 次の瞬間、カーシャの手から放たれる魔導。
「ラギ・アイスニードル!」
 巨大な氷のツララが教室を飛び、後ろの壁に突き刺さった。その近くには無数の穴が開いていた。ツララが投げられたのは今日がはじめてじゃないらしい。
 一瞬にして教室は静まり返った。
 そして、カーシャが重たい口を開く。
「……二日酔いだと言っておるだろう」
 頭を押さえてカーシャが教室を出て行く。カーシャという名の恐怖が去って行く。
 と、誰もが思ったのが、急にカーシャが振り返った。
「ルーファスちょっと顔を貸せ」
 これって死の宣告ですか!?
 言うことを聞かなければ殺されるが、聞いても殺されそうな雰囲気だ。
 クラスメイトの哀れな視線で見送られて、ルーファスは恐る恐るカーシャを追って教室を出た。
 カーシャはかったるそうに頭を押さえている。
「屋上に行くぞ」
「はい?」
「少し大事な話がある」
「大事な話?」
 屋上で大事な話といえば……もしや愛の告白!?
 教師と生徒の禁断の恋。
 愛の先にルーファスが見たものとは果たしていったい!?
 みたいな展開になってしまうのか?
 そんな展開など微塵も期待していないルーファスは、いつカーシャに殺されるかそっちが心配だった。
 屋上につくと、カーシャはいきなりルーファスの胸倉をつかんできた。
「どういうことだ?」
「なにが!?(殺される!!)」
 理由はよくわからないが、やっぱり殺されそうだ。
 しかも、近距離のためにカーシャの爆乳がルーファスのグイグイ当たる。
「聞いたぞ。あの小娘、お前の婚約者らしいな(絶対に結婚詐欺だな)」
「違うよ!」
 すぐにルーファスは否定した。
「違うから、それは向こうが一歩的に言ってるだけで、私はまだ誰とも結婚するつもりなんてないよ!」
「(ルーファスに言い寄る女がいるとは、絶対に財産目当てだ)お前にその気がなくとも、あの娘はお前のことが好きらしいぞ。しかも、あの娘……悪魔だな?」
「……カップラーメンから出て来たんだ」
 ルーファスは事のあらましを説明しようとしたが、その説明を遮るがごとく、気高い女の声が響いた。
「あの転校生、やはり悪魔だったのだな!」
 屋上に姿を見せた第三者。
 ブロンドの髪の毛を靡かせ、その女はそこに立っていた。

《2》

 陽の光を背に浴びるブロンドの美しい女。
 クラウス魔導学院生徒会長エルザ見参!
 しかも、エルザの手には鞘から抜かれた刀が握られていた。なぜか戦闘モード。
「私は悪魔を決して許さない。悪魔は父を殺し、今度はルーファスまでも誘惑するつもりなのかっ!」
 と、その前に――エルザはカーシャに向かって剣を振り下げた。
「この淫乱教師め、ルーファスから離れるのだ!」
 離れるどころかカーシャはルーファスを人質に取った。
「ルーファスと妾は一心同体じゃ、一緒にいてなにが悪いのだ!」
「一心同体だと!!」
 大声をあげてエルザは顔を真っ赤にした。
「一心同体とはどういう意味だ!」
「ふふ、肉体的にあ~んな関係という意味だ。ろくに男と付き合ったこともないお主にはわからんだろうがな!」
 モーソー爆発!
 エルザの脳では処理しきれず、体が火照ってオーバーヒートした。
 ルーファスが困った表情でカーシャを見つめる。
「誤解を招くような言い方しないでよ」
「お前が妾の大切なモノを奪ったことには変わりないだろう」
 大切なモノを奪った。
 その言葉はエルザのモーソーに拍車をかけた。
 エルザの胸の奥に木霊する呪文。
「(ロストヴァージン!)」
 ま、まさかルーファスとカーシャがそ~んな関係だったなんて……。
 ルーファスがカーシャから奪ったモノの真相は、魔導士ルーファス第5話「凍える記憶」を読んでね♪
 と、いう告知もはさみつつ、ショックを受けてエルザが動けなくなってるとこに、カーシャの必殺技が炸裂。
「ルーファスロケット発射!」
 カーシャに豪快に投げられたルーファスは直球勝負でエルザに激突。二人はすってんころりん豪快にコケた。
 地面に倒れたエルザの上に覆いかぶさるルーファス。
 手に伝わるやわらかい感触に思わずモミモミしてしまったルーファス。
 そして、状況把握でフリーズするルーファス!
「うわぁあーっごめん、ごめん、ごめんなさい!!」
「……いいから早く退いてくれ」
 お約束の行動。ルーファスはエルザのバストを鷲掴みにしていた。しかも、モミモミしちゃったし。手に残る感触が忘れられない。
 ルーファスを押し退けて立ち上がったエルザは素早く刀を構える。
 カーシャの姿はどこに!?
「ここだ(ふふ、勝った!)」
「なにっ!?」
 振り向きざまのエルザの眉間に銃口が突きつけられる。
 ファンシーなデザインのその銃はオモチャにしか見えないが、侮るなかれ!
 カーシャはなんか長生きしてるせいか、魔導具作りにかけては奇抜なほどに才能を発揮できるのだ。
 そう、これは魔導銃(マガン)なのだ!
 カーシャの早口解説がはじまる。
「この魔導銃は物体を一瞬にして〝うさぎしゃん〟にしてしまうミラクルな魔導具――その名も〝ピンクバニーちゃん(試作品)〟だ!(ふふっ、決まった)」
 カーシャはピンクが大好きです!!
 と、いうわけで、引き金にかけた指が微かに動いた瞬間、そのスピードよりも早くエルザの一刀が煌く。
 魔導銃がクルクル回転しながら放物線を描く。
「ぐっ……妾の腕が……あるな」
 斬られたと思ったカーシャの手首は袖に引っ込んでいただけだった。
 魔導銃が地面に落ちた衝撃で誤作動を起こす。
 そして暴発!
「うぎゃぁぁぁっ!」
 惑星ポポンガにいる緑色の両生類がダンプカーにひかれたような悲鳴。
 つまり得たいの知れないほどの叫び声だった。
 カーシャとエルザは一時休戦をして、その奇声がした方向を振り向いた。
 ぎゃぁぁぁぁぁっ死んでるぅぅぅぅ……かも。
 そこにはカエルのようにへばっているルーファスの姿が!?
 慌てたエルザはルーファスを抱きかかえた。
「大丈夫かルーファス!?」
 続いて平然とした顔をしたカーシャが一言。
「失敗だな(うむ、きっと配線ミスだ)」
 カーシャの理論上では、ルーファスは一瞬にしてピンクのうさしゃんになるはずだった。が、どうやら内部の配線を間違えたことに気づいたようだ。
 身動き一つしないルーファス。やっぱ逝きましたか?
 地面に膝を付き、歯を食いしばるエルザ。
「くっ、すまないルーファス、私のせいで……」
「殺人なんて大したことではない(あっはっは、見ろ人がゴミのようだ!!byメガネ)」
「もとはと言えば貴様が悪いのだろう!」
 立ち上がろうとしたエルザの手を何者かが掴んだ。
「ルーファス!? 生きていたのかっ?」
 驚くエルザの目の前でルーファスがゆっくりと身体を起こす。
 その姿、いつもルーファスの比べて凛々しいぞ!
「はははは……あ~ははははっ!」
 こんな高笑いをするルーファスなんて誰が想像しただろうか!
 へっぽこルーファスからは想定できない豪快さ!
 立ち上がったルーファスは掴んでいる腕を引っ張り、エルザの体を自分の胸に抱き寄せた。
「美しいぞエルザ」
「なにを申すか、頭でも打ったのか!?(こやつ……ルーファスではない!?)」
「いや、わたしは本気だよ、エルザちゃん」
 ルーファスが掛けていたド近眼のメガネを投げ捨てた。
 超美形のルーファスの素顔が現れた。
 しかも、なんか妖艶だ!
 悩ましいルーファスの瞳で見つめられたエルザは、普段の彼女からは想像できないほどに焦りを覚えて、生唾をゴクンと飲んだ。
 この状況を平然とした態度で見守るカーシャはメモを取りはじめた。
「なるほど、実験は失敗したが、思わぬ効果が出だな。あの魔導銃には人格を変える力があるようだ(名前も改めねばならんな)」
 当初の用途とは変わってしまったが、カーシャが大発明をしてしまったことには変わりない。さすが亀の甲より年の功!
 ルーファスとエルザの顔は、男女の距離まで迫っていた。
 本能的に危機を感じたエルザがルーファスを突き飛ばそうと……したのだが、ルーファスの胸を押した感触がマシュマロみたいだ。
 思わずエルザはモミモミしてしまった。
 ま、まさか!?
 顔を赤らめて甘い吐息を漏らすルーファス。
「あぁん、そんなに激しくしないで……」
 凍りつくエルザ。
 そして、沸点を超えたエルザ。
 ものスゴイ勢いでエルザは後ずさりをした。
「る、るる……ルーファス……女子だったのかっ!!(騙された、いつもかけてるグルグル眼鏡はカモフラージュだったのか)」
 この発言にカーシャも驚きを隠せない。
「マジかっルーファス!」
 あまりの衝撃にこの場の雰囲気が凍りつく。地域限定ピンポイント極寒。
 普段は冴えないルーファスたん。
 髪の毛はボサボサの長髪を束ねているだけで、顔の大部分を占めているのはド近眼のグルグル眼鏡。服装はファッションセンスがないから、いつも同じ魔導衣ばっかり着てるし、背が高いのに猫背だし、見るからにダサイじゃないか!
 凍りつくこの場を打ち砕く存在が現れた。盛大に開かれる屋上のドア。中から現れたのは気分上々のビビだった。
「やっほーっ、ダーリン帰ってこないから授業サボって探しに来ちゃった……えへっ♪(はぁと)」
 場の空気が掻き乱される予感。混迷を深める。カオス万歳!
 ルーファスを見るビビの表情が曇っていく。
「いつものダーリンと何か違う(あっ、メガネがないのか、納得♪)」
 そこだけかっ!?
「あ~ははははっ、当たり前だわたしは生まれ変わったのだからな、大魔王ルーファスとしてな!」
 この場にいた全員が『はぁ?』というマヌケな表情をしてしまった。
 恐る恐るカーシャが言葉を漏らす。
「それってギャグか……?(ふふ、笑えない……ふふふ、腹が……腹がよじれる)」
 思いっきり腹を抱えてうずくまるカーシャ。大爆笑だった。
 手に残る感触を感じながらエルザもショック!
「ま、まさかルーファスが女子だったとは……(風紀が乱れる)」
 イマイチ状況を理解できてない新参者。
「ダーリンが女の子ってどういうことぉ?」
「私は、私は触ってしまったのだ……私よりも豊満なルーファスの胸を……ショックだ」
「ダーリンに豊満なバストが? うっそだぁ~!」
 ビビはちょこちょこと歩き、ルーファスの前に立つと、両手でガシっ!
 手に伝わるやわらかな中に弾力性を秘めた感触。確認のためモミモミしてみると反応があった。
「あぁん、ビビったらこんなところで……」
「ダダダ、ダーリン!? 女だったの……ってことは結婚サギ!? アタシとの結婚はどうなるの!? ダーリンのばかぁん!」
 取り乱すビビは床に崩れてショック!
 思い思いに床に崩れる3人の女子たち。ひとりは笑い過ぎて瀕死だった。
 そんな女子たちを尻目に自称大魔王ルーファスは去ろうとしていた。
「じゃあな、わたしは世界征服を行って来る、あ~ははははっ!」
 立ち去ろうとした自称大魔王ルーファスの足首を、ビビがガシッと掴んで離さない。
「ちょっと待って、今思い出したんだけど。昨日ダーリンがシャワー浴びてるのコッソリ覗いたんだけど、胸なんかなかったよ?(股間のゾウさんはパオーンだったけど、きゃは♪)」
 仔悪魔ならぬ、覗き魔だ!!
 大爆笑していたハズのカーシャが何事もなかったように、すっと立ち上がった。
「ふむ、すべてを理解した。赤いコードと青いコードの配線を間違えたことにより、光線を浴びたルーファスは人格だけでなく、肉体も変化してしまったのだ(妾天才!)」
 小さくガッツポーズをしたカーシャ。
 この場にいた全員が何となく状況把握。
 落ち込んでいたハズのエルザが立ち上がる。
「なるほど……女子ということは、ちゃんだな、ルーちゃんだ」
 とりあえずちゃん付け!
 エルザは刀の切っ先をルーちゃんに向けた。
「ルーちゃん、貴様が世界制覇を目論むとあらば、今から貴様は私の敵だ!」
「ダーリンに牙を剥く人間はアタシが許さないんだから!」
 ビシッと立ち上がったビビの指先がエルザを捕らえる。
 やはり状況は混迷を深めてきた。
 女と女の戦いはカオス!
 自分の腕に絡み付こうとするビビをルーちゃんが力強く振り払った。
 コケたビビのスカートがふわりん♪
 あ、くまだ。今日もアイのパンツはクマさんだった。
「おまえみたいな幼児体系はわたしの好みじゃない!」
「がぼ~ん!」
 ビビちゃん的大ショック!
 ショックを受けたビビはすぐさまカーシャのもとに駆け寄って、彼女の裾を何度も引っ張って目に涙を浮かべる。
「あんなのダーリンじゃないよぉ、へっぽこじゃないダーリンなんてダーリンじゃないよぉ。へたれじゃないと可愛くないから、早く元に戻してよぉ!」
「妾の理論が正しければ、どんな問題も愛さえあれば解決する。つまり、たぶん、きっと、おそらく、ルーファスを想う者が接吻すれば元に戻るハズだ」
 かの有名なカエルの王子様の法則ですね!
「アタシがダーリンにキスすればいいんだよね?」
「そういうことなるな(本当に戻るかは知らんが)
 すげー無責任!
 この二人の会話を横で立ち聞きしていたエルザが胸の奥で何かを決意した。
「ルーファスに接吻すればよいのだな、わかった!」
 屋上から逃げ去るルーちゃんの後を全速力でエルザが追った。
 一足出遅れたビビもこの戦いに参戦。ルーちゃんの後を追う。
 屋上にひとり残されたカーシャは青空を眺めて一言。
「青春だな……ふふ、笑えん」
 こうして、第1回ルーファス争奪接吻大会が幕を開けたのだった!

《3》

 実は授業中だったりして!!
 そんなことお構いなしでルーちゃんが廊下を逃走。その後ろから刀を構えたブロンド美女のエルザが追い、ちょっぴり遅れて仔悪魔ビビが走る。
 その光景を幸か不幸か発見してしまった廊下側の席の生徒は目を丸くしてビックリ仰天。
 さすが頭脳明晰運動神経抜群金髪美少女生徒会長エルザだ。すでに追いつきそうだった。
「待つのだルーちゃん!」
「生憎わたしはイヌじゃないんでな、待てと言われても待たん!」
「なるほどうまいこと言うなルーちゃん」
 感心してどうするんですか生徒会長!
 あと少しエルザが手を伸ばせばルーちゃんに――というところで、後方から大鎌がブーメランみたいに飛んできた。明らかに殺人を狙った行為だ。
 紙一重でエルザは大鎌をかわした。
「殺す気かっ!(やはり悪魔だ侮れん)」
「殺す気よ! なんでアンタがダーリンのこと追ってんのよ!」
 一足遅れたビビだったかが、すでにエルザの真横を走っていた。
「ルーちゃんが世界制覇を目論むのであらば、私はそれを止めなくてはならん!」
「そんなこと言ってダーリンの唇を奪う気なのね、この女狐!」
「唇、唇、唇、私がルーファスと接吻……」
 エルザのモーソーモードが発動した。
 そして、すぐに鼻血を噴いてモーソー旅行から帰還した。
「私がルーファスと接吻したいと申すのか!(……いきなり接吻なんて、恋エルザには順序が……そう、まずは文を書き留めるところから)」
 再びモーソー。
 ブハッ、と鼻血を飛ばしてエルザは切っ先をビビに突きつけた。
「黙れ小悪魔!」
「なに、アタシとヤル気なのぉ?」
 ビビの瞳が金色から赤く変わった。きっとマジモードだ。
 エルザが大きく刀を振り上げ、ビビの脳天を狙って振り下ろした!
「成敗してくれる!」
 だが、その刃はギリギリのところで止まった。
「どうだアタシの真剣白刃取り!」
「小癪な!」
 刀を持つエルザの手が振るえ、ビビの手もブルブル震えている。二の腕ダイエットだ!
 廊下中にけたたましいエンジン音が鳴り響く。
 向かい合ったままビビとエルザはそっちを見た。
 するとそこには750ccのエンジンを搭載したジェットホウキに跨る女教師が!
「虚けらが、ルーちゃんはもうとっくに先を行っておるぞ」
 エンジンを吹かしたカーシャ先生がジェットホウキで廊下を暴走!
 すでに一色触発状態を解いた2人の横を、もの凄いスピードですり抜けていくジェットホウキ。
 校内でジェットホウキに乗るなんてアホだ。
 生徒会長エルザが注意する。
「カーシャ先生ヘルメット被ってください!」
 そこかよ!
 たしかにヘルメットは被らないと危ないです。よいこのみなさんはジェット箒に乗るときにヘルメット着用しましょう。
 完全にルーちゃんを見失った二人は顔を見合わせて睨み合う。きっと見える人には火花が見えるハズだ。
「アナタがアタシを殺そうとするからいけないのよ!」
「悪魔の言うことに耳は貸さぬ」
「そーゆー偏見やめてくれる? 悪魔が全員悪い奴みたいに言わないでよ」
「悪魔は全て悪だ」
「そりゃー悪魔の中にだって悪い子とかいるけど、特にベリアル大王様とか。でもね、グレモリー公爵様は立派なんだから!」
「みんな所詮は悪魔であろう!」
「ああ~っもぉ、アナタと話しても平行線。じゃ、お先に!」
 走り去るビビの背中にエルザが声をかける。
「おい、待て!」
 教室から覗く顔顔顔。すでに学院は大騒ぎになっていた。
 刀を鞘に収めたエルザはビビの背中を追う。
 前を走るビビにエルザが声をかける。
「おい貴様、ルーちゃんの所在がわかるのか?」
「貴様って呼び方やめてよね。アタシの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル。呼ぶ時は愛称のビビで呼んでよね!」
「ならばビビ、改めて訊くがルーちゃんの所在がわかるのか?(先ほどから迷いなき追跡、おそらくなにかを頼りに走っているに違いない)」
「もちろ~ん。ダーリンの匂いを辿ればすぐにわかるよん♪」
「貴様は犬か」
「わん!」
 エルザはビビの言葉を信じて後を追う。
 廊下を抜け階段を駆け下り下駄箱を抜け、目くるめく景色の移り変わり。
 ルーちゃんは意外に簡単に見つかった。
 魔杖を持ったルーちゃんはグランドをキャンパス代わりにお絵かきをしていた。カーシャ先生監修のもと。
 遠くからビビがルーちゃんに呼びかける。
「ダーリン何してるのぉ?(なんか物凄いマナを感じるんだけどぉ)」
「来るな、入ってくるな、魔法陣が消えるだろう!」
 グランドを上空からヘリコプターで見たらわかりやすいだろう。それはまるでミステリーサークルのようだった。もうすでに教室の窓から何人もの生徒が顔を出してその紋様を見ていた。
 果たしてルーちゃんは何をしようとしているのか?
 ルーちゃんのすぐ横でカーシャが指示を出している。その通りにルーちゃんは紋様を描いているのだ。
「そこはまっすぐ引いて、そっちと繋げて……違う、違うと言っているだろうが。そこが最初に念を送る場所なのだから、もっと丁寧に描け」
「こんなもんで本当に成功するのか?」
 ルーちゃんはカーシャの指図まま動いているが、本当にこれが効果を上げるものなのかは疑っていた。
 呆然とルーちゃんたちの行動を見てしまっていたビビとエルザだったが、ビビが先に動いて避雷針の上によじ登り、ルーちゃんがいったい何を描こうとしているのかを見定めようとした。
「なにこのラクガキ……召喚の魔法陣でもなさそうだし……それにしてもなんてマナなの!?」
 上から見た紋様は何かの配線コードのようで、紋様というよりは機械の内部のようだった。
 そして、辺りを飛び交うマナフレア。
 マナフレアとは魔法の力がいっぱいのところに集まるエネルギー結晶のことだ。
 ルーちゃんの身体が止まる。全てを描き終えたのだ。
「これでいいかカーシャ?」
「まあまあだな。だが問題はないだろう(あったらあったで知らんがな、ふふ)」
 カーシャは胸の谷間に手を突っ込むと、そんなとこに絶対入るハズがないメガホンを取り出した。あの巨大な胸の谷間は底を知らない四次元なのだ。
 魔導メガホンの魔源をオンにして、カーシャが声高らかにしゃべりだす。
「愚民ども、耳の穴をよーくかっぽじって聞くのだ。これから魔科学の実験を行う。モルモットはお前たちだ!!(よし、決まった)」
 小さくカーシャはガッツポーズした。
 学院中から地の底で悪魔が唸っているようなどよめきが巻き起こる。
 この学院の生徒ならば誰もが知っている。カーシャと黒魔導教員ファウストの実験には気を付けろ。二人とも犠牲をなんとも思っていないからだ。
 とくにカーシャの実験はヒドイ。
 ファウストの実験はあくまで魔導に対する探究心で、ちょっぴり恋は盲目になってしまうだけなのだが、カーシャは確信的に誰かを犠牲にして弄んでいる。
 校内で授業をしていた生徒たちがヨーイドンで逃げ出す。
 四角い箱に波線を描いたコイルをモチーフにした場所にルーちゃんが立つ。
「ここから念を送ればいいんだな?」
 カーシャはルーちゃんから離れた四角い模様の中から返事を返した。
「そこで念じることによって、妾を経由して力を増幅させるのだ」
 何が起ころうとしてか誰にもわからなかった。
 避雷針の上からスルスルと下に降りたビビはすぐにエルザの横に駆け寄った。
「なにやってるかわかるぅ?」
 質問されたエルザは困るかと思いきや、エルザにはこの幾何学模様が何であるかわかってきていた。
「これは装置に違いない。カーシャ先生の言葉から察して、念を増幅させる装置。つまり、サイコキネシス装置と言ったところだろう」
「もっと噛み砕いて説明してよ」
「超能力発生装置だ」
 もっと噛み砕くと、誰でもエスパーになれちゃうよ装置。
 エルザの言葉を耳にしてカーシャが笑う。
「ふふふふっ、さすがは才色兼備の令嬢様だな、正解だ。だが、この装置はお前の想像を絶するハズだ。さあ、やれ、やるのだルーファス!」
「任せておけ!」
 ルーちゃんが念じる、念じる、念じる。すると、念が地面に描かれた配線を経由してカーシャのいる場所へと送られ、カーシャが念を魔導エネルギーに変換し、魔導エネルギーは次の場所で増幅され、放たれる!
 強い念波が学院中を包み込み、気分の悪くなった者は早退へと追い込まれる。
 この装置から発せられるエネルギーは、ただの魔導エネルギーではないため、魔導に耐久力があるはずの生徒たちが次々とやられていく。
 それでも耐えれる者は魔の誘いを受けるのだ。
 気絶しないで残っている生徒たちがいきなり服を脱ぎ出した。
 服を投げ捨て、下着姿になったところで発信源のルーちゃんの念じる力と、生徒たちの下着まで脱いでたまるかという力が火花を散らす。
 生まれたときから強力な魔力に支配された魔界育ちのビビは、そんじゃそこらの人間に比べて魔導耐久力があるので、ちょっぴりテンションが上がる程度だった。
「みんなどうしたの、サバトで乱交パーティーでもする気なのぉ!?(学生の分際でえっちぃ!)」
 この仔悪魔は全く状況を理解していなかった。ちなみにサバトとは簡単に説明しちゃうと魔女の集会のことだ。
 多くの生徒たちは下着を脱ぐ前に精神が尽きて気絶してしまった。そんな中で逆に強い精神力を持っている人の方が損をする。特にエルザ。
「くっ……自分の意思に反して手が勝手に……」
 エルザは上がブラジャー姿になってしまって、今はスカートと格闘中だった。
 ジッパーを下ろしたり上げたり、まるで遊んでいるように見えるかもしれないが、エルザは真剣そのものだった。なのにビビは呑気なことを言う。
「それってノースで流行ってる遊び? アタシもやるやるぅ」
 やると言って自分のをやればいいものを、ビビはエルザのスカートのジッパーに手をかけてた。
「やめろビビ!」
「よっし、そっちが上に上げるなら、アタシは下に下げちゃう」
「違う違う、下げるな脱げるだろ!」
 学院中が大混乱の中、微かな声がポツリと漏れた。
「……ばかばっか(ふあふあ)」
 ワラ人形を持った美少女――じゃなかった、ローゼンクロイツが無表情なまま現れる。
 全く念の影響を受けていないようすのローゼンクロイツは、なんと驚くべき行動を取ったのだった!
 ――地面に描かれている回線を足で消す。
 思わずカーシャは『……あっ』という表情をする。最大の弱点を突かれた。

《4》

 ――念波が消えた。いや、逆流していく。
 蒼ざめるカーシャ。
「クリスちゃん、なんてことしてくれたのだ! 妾の偉大な実験が……うっ(か、体が火照る、ふふっ)」
 立ち眩みを起こしたカーシャはそのまま地面に倒れ込み動かなくなった。
 逆流する念波はカーシャを通して、ルーちゃんの糧となり魔力となる。
「ははははっ、あ~ははははっ、力が、力が漲ってくるぞ!」
 高笑いをするルーちゃんの身体は激しい光に包まれ、まさにそれは人間イルミネーション。
 素早く着替えを済ませたエルザが素早く刀を抜きルーちゃんに襲い掛かる。
「すまぬルーファス!」
「ふんっ、この大魔王ルーファス様に刃向かう気か!」
 風を切り裂くエルザの一刀をなんとルーちゃんはチョキで挟んで受け止めてしまった。
 残ったルーちゃんの手が素早く動く。
「くらえ秘儀スカートめくり!」
 手と風の力を利用して放たれたルーちゃんの秘儀は、エルザのスカートをふわりとめくり上げ、黒いレースの下着を召喚した。生徒会長色っぽいです!
 ――時が止まる。エルザの思考は一時停止して、その後に訪れる激しい発熱作用。そして、見る見るうちに目じりが上がり、キレる。
「スカートめくりをされるなど末代までの恥。よくも、よくも貴様、許しては置かぬぞ!」
 チョキから抜かれた刀が滅茶苦茶に振られ、ルーちゃんをみじん切りにしようとする。
 暴走エルザVS自称大魔王ルーファスの戦いを傍目から見ているこの3人。どこからか持ってきたちゃぶ台をグラウンドに置いて、ビビとローゼンクロイツとカーシャはお茶を飲みながらドラ焼きを頬張っていた。
「ダーリン頑張って!」
 『ルーちゃんラヴ』と描かれた小旗を振りながらルーちゃんを応援するビビの横でお茶を飲むローゼンクロイツ。
「……熱々青春だね(ふにふに)」
「ふふっ、愛は素晴らしいな!」
 なぜか悶えるカーシャにビビからツッコミ。
「もしかして彼氏いない暦うん千年って感じ?」
「一度も男と付き合ったことのないお子様に言われたくないな(ふふ、トラウマを思い出してまった)」
「ふん、今はダーリンがいるもん!」
「押し掛け女房だろうが?」
「うっ……」
 それを言われると返す言葉がない。
 ローゼンクロイツはドラ焼きを食べながら何食わぬ顔をして、ワラ人形をビビの眼前に突きつけた。
「るーふぁすハ迷惑シテンダロ、コンチキショー!」
「アタシがダーリンに迷惑掛けてるって言うの!? これでも頑張って尽くしてるんだよ!」
 ビビの怒りの矛先、ビビの視線はローゼンクロイツに向けられているが、ローゼンクロイツはあくまでこう言う。
「ボクじゃないよ、言ったのはこのワラ人形のピエール呪縛クンだよ(ふあふあ)」
 なんだかすごいネーミングセンスです。
 一瞬の間、ネーミングセンスに圧倒されたビビだが、すぐにローゼンクロイツに喰って掛かる。
「人形がしゃべるわけねぇだろうが!」
 言葉遣いが乱暴になっちゃったビビちゃんを、ローゼンクロイツが口元だけを動かして嘲笑う。
「……ふっ」
 立ち上がったローゼンクロイツがワラ人形を手放すと、なんとワラ人形が浮いて勝手に動き出した。
「ナンダバカヤロー、コレデ文句アルカ!」
 突然繰り広げられるイリュージョンにビビは目をキラキラと輝かせて喰いつく。時たま垣間見せる純粋で無邪気なところが素敵です。
「すごい、すご~い、魔法生物なのぉ!?」
 無邪気なガキンチョを冷めた瞳で見つめるカーシャの冷めた一言。
「透明な釣り糸が見えるだろうが。釣り糸で動かしてるのだ(やっぱりガキだな)」
「……ちっ、バレた(ふっ)」
 ローゼンクロイツはあからさまにワザと作った嫌な顔をして、すぐにもとの無表情に戻る。
 イリュージョンのネタバレをされてしまったビビはショック!
「がぼーん! だ、騙された」
 ショックを受けてドラ焼きのヤケ食いをするビビに、ピエール呪縛クンが優しく話しかかる。
「マア気ヲ落トスナヨ、人生山アリ谷アリ、ドン底アリダゼ」
「うるうる……ありがとぉピエール呪縛クン。感動したよぉ」
 芽生える固い絆。二人は互いを見つめ合い、深い恋の渦に堕ちてゆく……なんてことはない。
 いつの間にかお茶から焼酎に飲み物が替わっているベカーシャは、ドラ焼きの代わりに裂きイカを食べながら酔った手つきでルーちゃんたちを指差した。
「ビビちゃ~ん、こんなところで遊んでないで早くダーリンのとこ行ったらぁん。早くしないと、大事なダーリンをエルザちゃんに寝取られちゃうわよぉ~ん」
 なんか口調が完全に酔っ払いです。
 ビビはハっとして立ち上がった。
「そうだ、ダーリンにキスしなきゃ!」
 愛しいダーリンのもとに飛び込もうとするビビの視線に光り輝く物体が入った。
 クルクル回り放物線を描いてビビに向かって飛んでくる物体。
「わぁ、折れた刀だぁ」
 それがなんであるかビビが気づいたと同時に、折れた刀はビビの前髪を掠りながらスパーンと足元に突き刺さった。きっと、ビビの胸にもっと凹凸があったら大変なことになっていただろう。時として幼児体系も役に立つ時があるのだ。
 地面に刺さる折れた刀を見ながらビビの中でカウントダウン。
 ――3。
 ――2。
 ――1。
「おんどりゃー! アタシを殺す気か!」
 禍々しい鬼気を放ったビビはどこからともなくちょー巨大ハンマーを召喚!
 ハンマーの大きさはだいたい人間の脳天を一撃でクラッシュさせられるくらい。
 小柄なビビの身体から想像もできない力でハンマーをブンブン振り回すその姿は、悪魔というよりは鬼神。
 猪突猛進のビビちゃん。豚は猪の改良種!
 ビビの怒りの矛先はエルザだった。
「おのれぇエルザぁぁぁっ!」
「私のせいではないぞ、ルーちゃんが私の愛刀を追ったのだ!?」
「問答無用じゃ!」
 言葉遣いが明らかに変わっちゃってるビビが第一球振りかぶる!
 空振り!
「私のせいではないと言っておろう!(くそっ、二重人格かこの娘は)」
「ダーリンはアタシのもんだ!」
 第二球振りかぶる!
 空振り!
「私の話も聴け!」
「ダーリンを返せ!」
 第三球振りかぶる!
 空振り三振!
 紙一重でビビの猛攻をかわしたエルザは、ルーちゃんとの戦闘以上に体力を消耗していた。
 このままではラチが明かないと判断したビビはハンマーを投げ飛ばして、大鎌を取り出した。ちなみに投げられたハンマーはどっかの誰かさんたちが団らんしていたちゃぶ台を大破。
 大鎌を取り出したビビはなんと……ルーちゃんを人質に捕った!?
「ふふふ、ダーリンを人質に捕られたら手も足もでないでしょ。アタシ天才!」
 何か間違ってませんかビビちゃん?
 しかし、なぜかルーちゃんは人質気分。
「た、助けてくれ!」
 ついでにエルザも人質を捕られた気分。
「くっ、小癪な!」
 唾を飲む音が聞こえる。
 首にナイフを突きつけられたルーちゃんは身動き一切できず、エルザは折れた刀の柄を強く握り直しどう戦う?
 誰もがこの先の展開を見守った。しかし、誰もいつの間にかビビが悪役に転じていることにツッコミを入れる者がいない。ここにいる者たちはどちらかと言えばボケ担当だった。この事態を打開できるのはツッコミだけ……なのかっ?
 校庭に空っ風が吹き、黄土色の砂埃がローゼンクロイツに舞う。
 地面に映る青い影。その人物はビビとルーちゃんの真後ろに迫っていた。気配を忍者なみに消すことのできる者。団らんの仕返しだった。
 青い影が先端に三角の付いた棒を振り上げる。
 ゴン!
 後頭部を強打されたルーちゃんが顔面から地面に転倒気絶。
 ゴン!
 2発目の攻撃でビビが頭を押さえて地面にうずくまる。
「いたぁ~い……誰?」
 涙目でビビが後ろを振り向くと、そこにはシャベルを構えたローゼンクロイツが立っていた。
「……実力行使(ふにふに)」
 ――だそうです。
 地面で身動き一つしないルーちゃんをビビが慌てて膝枕で抱きかかえる。
「ダーリン、ダーリンしっかりして!」
「うっ……うう……」
 微かに動くルーちゃんの唇。
「ダーリン死んじゃヤダよ!」
「うっ……今日のパンツは、あっクマだ……あくまだ……悪魔だ……なんちゃって……」
「ダ……ダーリン、ダーリンのばかっ!」
 強烈なビビの平手打ちがルーちゃんの頬にクリティカルヒット!
 鼻血が噴水のように飛び出し、ルーファスは完全に目を覚ました。
「あれっ? ここどこ……学校……う~ん、記憶が曖昧だ」
「ダーリン!」
 涙をいっぱい浮かべたビビは両手をいっぱいに広げてルーファスに抱きついた。その時にあることに気づいた。
 ……胸がない。
 自分の胸じゃなくってルーファスの豊満なバストがなくなってる!?
「ダーリン、元に戻ったんだね……」
「元にって僕……があっ!?」
 ルーファスは自分の鼻を触った感触が生ぬるいことに気が付いて、真っ赤に染まった掌を見た。
「なんじゃこりゃ~っ!?」
 素っ頓狂な声を荒げたルーファスは真っ青な顔になって、ビビの膝にうなだれる。
「ダーリン、ただの鼻血」
「えっ、鼻血?」
「もぉ、ダーリンったら(そんなヘタレなとこが大好き♪)」
「あはは、な~んだ鼻血かぁ」
 いつの間にか二人の世界に入っているルーファスとビビを冷めた目で取り囲む三人。
 まず、顔を真っ赤にしている生徒会長様から一言。
「……こんな公衆の面前で恥を知れ!」
 次に一升瓶を片手のカーシャ姐さんから一言。
「あぁん、青春よねぇん!」
 最後に無表情のローゼンクロイツから一言。
「……不潔(ふっ)」
 顔を真っ赤にして状況把握をしたルーファスが慌ててビビの膝から起き上がる。
「か、勘違いしないでよ! 私は無実だ、何が無実だか自分でもなに言ってるかわからないけど無実だ。私は潔白で純粋無垢の青春真っ盛りの学生さんです!」
 言えば言うほどドツボに落ちる。
 ピエール呪縛クンがルーファスの眼前に突きつけられる。
「エッチ、痴漢、破廉恥!」
「私が何したんだよ、気づいたらグラウンドだし、何があったか誰か説明してよ!」
 一方的に全生徒から軽蔑の眼差しで見られるルーファス。
 ルーちゃんの起こしたあの一連の行為はルーファスの深層心理だったのか……?
 下駄箱から木刀を構えて猛ダッシュしてくる人影。
 怒った顔をして走って来たのはクラウスだった。
「ルーファス! さっきはよくも!」
「私はなにもしてません!(だって覚えてないもん)」
「僕の大事なレディたちに恥辱を働くとは……問答無用だ!」
 クラウスにとって世の女性はみんな大切なレイディなのだ。
 禍々しいオーラを放った木刀がルーファスの顔面に改心の一撃!
 グォン!
 勢いよくルーファスは後頭部を地面に打ち付けた。
「ダーリン!」
 すぐにビビが抱き起こそうとすると、ルーファスはビビの体を振り払って自らの力で立ち上がった。
「あ~ははははっ、大魔王ルーファス様復活!」
「…………」
 いろんな場所からため息が漏れ、メガホンを構えたカーシャが大声で話す。
「うむ、みんな授業に戻るぞ」
 いろんなところから『は~い!』という返事が返ってきて、流れ解散。
 教室に帰っていくカーシャたちの背中にルーちゃんが怒鳴り散らす。
「おい待て、わたしを無視するつもりかっ」
「ダーリン、アタシだけは無視しないよ!」
 ルーちゃんの首に腕を絡めて抱きつくビビ。
 グラウンドにぽつんと残された二人を見て誰かが呟いた。
「……ばかばっか(ふっ)」
 この後、授業はルーちゃんを完全無視して通常通り行われたとさ。

 
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