第5話_アゲクの果て

《1》

 いつもの朝、いつもの光景、いつものように学院に登校。
 遅刻しそうで走っているルーファスと、その横を魔法のホウキでラクラク快適なビビの姿。これがいつもの登校風景だった。
 ビビの存在はご近所さんでも有名で、いろんな人から可愛がられている。ご近所のアイドル的存在といった感じだ。
 今日はいつもよりも遅刻気味で、なんか間に合わない雰囲気が醸し出されている。
 必死に馬車の停留所まで向かうルーファス。
 その途中、最新型のサイボーグ馬の馬車がルーファスの横で停車した。
「乗っていくかいルーファス?」
 馬車の中から声をかけたのはクラウスだった。
「助かったよクラウス!」
「ビビちゃんも乗っていくだろう?」
「アタシは別にいいもん。自分のホウキがあるもん」
 なんだかビビはスネているようだった。
 ルーファスを乗せた馬車が走りはじめ、しばらくしてクラウスがコッソリ耳打ちをしてきた。
「ルーファス、ビビちゃんと何かあったのかい?」
「私が彼女のホウキに乗らないから怒ってるんだよ」
「乗ってあげればいいじゃないか」
「ヤダよ、女の子と二人乗りなんて恥ずかしいじゃないか」
 今日も遅刻しそうだったルーファス。ホウキに乗れば余裕で遅刻しないで済むのだが、断固拒否したルーファス。そんなこんなでビビは怒っているのだ。
 気づくとビビは馬車と並行して走り、中にいるルーファスとクラウスの様子を伺っていた。
 クラウスは小窓を開けてビビに尋ねる。
「ビビちゃんも乗るかい?」
「別に……乗りたくなんだから!」
「僕のほうからお願いしてるのさ、ビビちゃんに乗って欲しいと(こういう言い方だったら平気かな)」
「いーや、楽しそうな2人の邪魔しちゃ悪いもん!(いいもん、別にいいもんね!)」
「いや、邪魔だなんて……(ダメか、まだまだだな僕の交渉術も)」
「クラウスなんか大キライ!!」
「なっ……」
 まさかの言葉にクラウスは大ダメージを受けた。
 まさか、まさかレディに嫌われるなんて、クラウスの人生であってはならないことだった。
 真っ白に燃え尽きてクラウスは魂の抜け殻になった。
 真横にいたルーファスが焦る。
「だいじょぶクラウス!」
「…………」
 返事がない、ただの燃えカスのようだ。
 ルーファスは馬車の外にいるビビを怒鳴りつけた。
「ビビ、クラウスに謝りなよ!」
「なんでアタシが謝んなきゃいけないわけ?」
「なんでじゃないでしょ、なんでじゃ!」
「なんでデスカー?」
 あきらかな挑発でルーファスのこめかみがピキッとキタ。
「ちょっと馬車止めてもらえますか?」
 ルーファスはそう言って馬車を止めてもらい下車した。
 馬車はクラウスを乗せて走り去っていく。
 ビビもホウキを降りて地面に立って、面と向かってルーファスを睨んだ。
「なに、アタシとヤル気?(ダーリンだって容赦しないんだからね!)」
「あのさ、なんでそんなに怒ってるの?」
 ルーファスのほうがちょっと大人の対応だった。
「別に怒ってないしー」
「それあからさまに怒ってるでしょ。ねえ、ちゃんと言ってくれないとわからないでしょ。不満があるならさ、ちゃんと口に出して言ってよ」
「だって……(ダーリンとクラウスの2人で楽しそうに登校しちゃってさ、なんかアタシのこと除け者扱いだしー)」
 単純に嫉妬だった。
 ビビはクチビルを尖らせてそっぽを向いてしまった。
 その態度にルーファスは嫌気が差した。
「ビビの気持ちはよくわかった。もうビビのことなんて知らないよ!」
 ぜんぜんよくわかってません!
 ルーファスはビビを置いて歩き出してしまった。
「待ってよダーリン!」
 呼び止めてもルーファスは耳を貸さずに歩いて行ってしまった。
「ダーリンのバカ! アタシは……ダーリンと2人っきりで学校に行きたいだけなの!」
 ルーファスがピタリと足を止めて、クルッと振り返って口を開いた。
「ワガママばっかり言ってるとみんなから嫌われるよ」
 冷淡にルーファスは言い切った。
 みんな=ルーファスも含む
 ビビちゃんショック!!
 言葉の暴力でかなりの痛手を負って、ビビは胸を抑えて地面にしゃがみこんだ。
「ショック……(ダーリンに本気で嫌われちゃった)」
 でも、ちゃんとルーファスはすぐそばに居て、ビビにやさしく手を差し伸べていた。
「ほら、ちゃんと立って」
「ありがとダーリン(やっぱりダーリンはアタシのこと見捨てないんだ)」
「あとでちゃんとクラウスに謝るんだよ」
「なんでアタシが? えっ、なんかしたっけ?」
「…………(もうダメだ)」
「あれ、黙っちゃってどうしたのぉ?(アタシなんか言った?)」
「ホントどうしようもないね、もう知らない!」
 ルーファスは怒って走り出した。
 置いていかれたビビは目を白黒させてしまっている。
「え、あ、えぇ!?(どういうこと!?)」
 呆然と立ち尽くすビビを置いてルーファスは小さくなって行く。
 ビビはすぐに魔法のホウキに乗って猛スピードで追いかけた。
「待ってよダーリン!」
 あっ、走っていたルーファスがコケた。
 ビビは止まろうとしたが、全速力で飛んでいたホウキは時速300キロ。
「ダーリン……ダーッ!!」
 ルーファスを通り越して、ビビは遥か彼方へキラリーンと星になった。つまり、ブレーキが効かなかったということ。
 姿の見えなくなったビビへルーファスから一言。
「……アホだ」
 そうだ、早くしないと遅刻する!
 ルーファスが走り出そうとすると、近くの家から夫婦喧嘩をする物音が聞こえて来た。
「離婚よ離婚!」
「おう離婚でもなんでもしてやるよ!」
 喧嘩するほど仲が良いなんて言うけど、実際のところはどうなんだろうか?
 ルーファスは小さく息を吐いて今度こそ走り出そうとした。が、夫婦喧嘩をする家の中からフライパンが窓ガラスを破って飛んできた。
「あぶなっ!」
 紙一重でフライパンを避けたルーファス。次に包丁も飛んできたが、それも避ける。だが、もう一つ放物線を描いて飛んでくる物体にルーファスは気づいてない。
 ゴン!
 やかんがルーファスの脳天直撃。しかも中身が入っていたのでかなり痛い。
 しかも熱湯が入っていたりしてね!!
「イタツ!!」
 叫びながらルーファスはバタンと倒れた。
 脳天クリティカルヒットで気を失ってしまった。
 地面に倒れるルーファスの横を、鎧を着た黒髪の武人と、月の砂漠を連想させるラクダに乗った中東風の衣装を着た妖女が通りかかった。ラクダに乗った美女はあんまり見かけない光景だ。
「マルコ、歩みを止めよ」
 気高い声でラクダに乗ったが妖女が命令すると、武人が機械のようにピタッと足を止めた。
「なんでございましょうかモリー様」
「そこで行き倒れておる子供を助けてやるがよい」
「畏まりました」
 主人に頭を下げた武人は地面に倒れているルーファスの脈を取り息を確かめると、軽くルーファスの頬を叩いて目を覚まさせようとした。
「しっかりするのだ小僧」
「う……ううん……」
 ゆっくりと目を覚ましたルーファスは目の前の顔を見てビビる。
「わっ!? 誰だおまえ!」
「おまえとは失礼な、俺の名はマルコ。こちらに居られるのは我が主君グレモリー公爵様だ」
「はぁ?」
 きょとんとするルーファス。
 マルコと名乗った武人の顔は、男にしておくには持ったいないくらいの綺麗な顔立ちで、肩まで伸びた美しい黒髪が静かな風に揺られていた。
 そして、この美しい武人よりも美しいのが、ひと目で良家の娘だとわかるラクダに乗ったモリー公爵だった。
 モリー公爵の高貴な顔立ちからは少し哀しげな雰囲気が感じられ、どこか哀愁の漂う表情をしている。そんなモリーは清閑な眼差しでルーファスを見据えた。
「そち、名を何と申すのじゃ?」
「よくぞ聞いてくれた、わたしの名はルーファス。世界を統べる予定の者だ!」
 先程気を失った際にルーファスはルーちゃんになっていたのだ。
 ルーちゃんの言葉を聞いたモリーの静かな瞳に微かな火が宿る。
「ほう、人間風情が世界を統べると申すか?」
「は~ははははっ、その通りだ。わたしが世界の覇者になった暁にはあんたを愛人にしてやってもいいぞ、あ~ははははっ!」
 高笑いをするルーちゃんの襟首にマルコが掴みかかった。
「無礼であるぞ、すぐにモリー様に謝るのだ(さもなくば斬る!)」
「わたしに指図するつもりか? このルーファス様に指図するとはいい度胸だな!」
 ルーファスはルーちゃんになると態度がデカくなる。普段のルーファスであれば、猛ダッシュで逃げるか、土下座して謝っていたに違いない。マルコの気迫はそれほどのものだった。
 相手を睨み殺そうとするマルコにモリーが静かな声で命じた。
「子供の冗談に腹を立てるでない、許してやるがよい」
 震える拳を抑えながらマルコはルーちゃんを地面に下ろした。
「すまないことをした、心から詫びよう(くっ、なんでこんな奴に頭を下げねばならんのだ)」
 頭を下げるマルコに対するルーちゃんの顔はかなり優越感。自分の力で相手を負かしたわけでもないのにね!
 襟元を正したルーちゃんは華麗に入り去ろうとした。
「じゃ、わたしは世界を征服に行くから、さらば凡人ども!」
「待つのじゃルーファスとやら」
 とても静かなモリーの声。その声に反応してルーちゃんは身動きを止めた。いや、止められた。モリーの静かな声には底知れぬ力が込められていたのだ。
 背中に冷たいものを感じながらルーちゃんが首だけを動かして後ろを振り向くと、モリーは静かな声で尋ねてきた。
「ビビという悪魔の娘を探しておる。どこにおるか知らぬかえ?」
「あ~、ビビならさっきこの道をホウキに乗って爆走して行ったぞ、向こうに」
 と、遠くを指差しながらルーちゃんは疑問を感じた。
「(こいつらビビの知り合いか?)」
「モリー様のご用はお済みになられた、早々に立ち去るがよい小僧」
「あ、ああ」
 マルコの雰囲気は質問一切受け付けないといった雰囲気だった。だからルーちゃんは仕方なく華麗にこの場から立ち去った。かなりのスピードで。人はこれをとんずらと呼ぶ。
 小さくなって行くルーちゃんの背中を見ながらマルコが呟く。
「あの小僧、ビビ様のお知り合いだったのでしょうか?」
「おそらくそうであろう、微かにビビの匂いがしておった。それにあの子供、内に2つの心を持っておる。それに……」
「それに?」
 主君の顔をいぶしげな表情で見るマルコに対してモリーは微かに微笑んだ。
「今の言葉は忘れるがよい」
「……畏まりました」
 ラクダが静かに歩き出す――ビビを目指して。

《2》

 ルーちゃんは学院に行かずに、市街地を無意味に爆走していた。
 どこかでビビが待ち伏せをしている可能性は高い。そこでルーちゃんは世界征服の作戦を考えるついでに市街地を爆走しているのだが、何もいい考えが浮かばない。
 てゆーか、市街地を爆走する意味がどこにあるのか?
 そのことにやっと気づいたルーちゃんは足を止めた。
「……疲れるだけだ」
 さてとこれからどうしようかなって感じでルーちゃんが物思いに耽っていると、前方から見慣れた空色ドレスがやってきた。
 ルーちゃんの前に立った空色ドレスが突然ワラ人形を取り出す。
「ガッコーサボッテンジャネェゾ!」
 言うまでもなく、ワラ人形を持ち歩いている空色ドレスはこの近辺では1人しかいない――ローゼンクロイツだ。
「わたしは学校をサボってるんじゃなくて、大いなる野望を企てている最中なのだ、わかったか凡人。てゆーか、おまえこそ学校をサボっているではないか」
「……道に迷った(ふあふあ)」
「学校行くのにどうして迷う。400字以内に説明してみよ!」
「……ウソ(ふっ)」
「わたしをからかっているのか愚民のクセして」
「だってボク……キミ嫌い(ふっ)」
 ルーちゃん的大ショック!
 まさかローゼンクロイツに『嫌い』って言われるなんて、夢にも思ってなかったルーちゃんは、精神的に大ダメージを受けて気分ブルー。
「ま、まさか、ローゼンクロイツに嫌いと言われるとは……。まあ、わたしもオスには興味ないがな!」
「ボクもないよ(ふっ)」
「どうしてだ、おまえはわたしのこと好きだったんじゃないのか!?」
「そんな記憶ないよ(ふあふあ)」
 どうやら〝あの時〟ローゼンクロイツは悪酔いしていたようだ。彼の記憶には危険な情事など一切デリート済みだった。
 なんかショックを受けたルーちゃん。
 たとえ相手が恋愛対象でなくても、フラれるとショックだ!!
 こういう場合は愛の逃避行しかない。涙を流すルーちゃんは、乙女チックにすすり泣きながら、華麗に走り去る。追ってもムダよ!
 ルーちゃんは傷心に駆られながら市街地を疾走、爆走、激走!
 勇気を奮って、古い恋を廃棄処分して新しい恋に向かってレッツ・ゴー!
 しばらくルーちゃんが疾走していると、見覚えのあるブロンド美女が――。
 数人の男たちに腕を掴まれからまれているブロンド美女。ルーちゃんが〝女の子〟を見間違えるはずもなく、それはエルザだった。
「やめろ、放せ!(くっ、油断しなければこんなやつら)」
 エルザは掴まれた腕を振り払おうとするが、どういうわけかまったく力が入らず、男たちに羽交い絞めにされて身動きが取れなくなっていた。
「こないだの借りはたっぷり返してやるぜ、げへへ」
 普段のエルザだったら、そんじゃそこらのオトコになんか負けない。きっとなにか抵抗できないわけがあるに違いない。
 男の数は全部5人。それを見てルーちゃんの目がキラリーン♪
「マギ・クイック!」
 ルーファスは風系魔法で自らの運動スピードを上げた。
 疾風のように走ったルーファスが飛んだ。
「喰らえ、愚民ども――大魔王キーック!」
 ルーちゃんの飛び蹴りが男の顔面にめり込んだ。声をあげる間もなく男が気絶した。
 突然のルーちゃんの登場に男たちは焦った。
「誰だてめぇ!」
「胸に刻んで置け、大魔王ルーファス様だ!」
 ルーちゃんはグルグル眼鏡を外し、カッコよく素顔を晒した。
 エルザもルーちゃんの登場に驚きを隠せなかった。
「ルーちゃん、どうしてここに?」
「わたしが来たからには安心しろエルザ! こんなやつらケチョンケチョンのギッタギッタにして、生ゴミに出してやる!」
 とは言っても状況的にはエルザは人質に捕られていて最悪。
 エルザを後ろから羽交い絞めにする男が1人と、手が空いている3人が残る敵だが、誰もケンカが強そうな顔と体をしている。
 果たして痩せ型のルーちゃんに勝ち目はあるのか!!
 男Aが吠える。
「よくも俺のダチをやってくれたな。この女の彼氏だかなんだか知らねえが、ただじゃあ済ませねえ!」
 吠えた男Aをルーちゃんは鼻で笑った。
「わたしはエルザの彼氏じゃない、エルザはわたしの愛人Aだ。それに――」
 上着を脱ぎ捨てたルーちゃんの豊満な胸がボヨ~ンと弾む。
「わたしは女だ!」
 男ABCDがルーちゃんの胸を見て舌なめずりをした。
 超美人顔で巨乳ときたら喰うしかないと男たちは判断したのだ。
 先手を切って男Aがルーちゃんに飛び掛ってきた。
「俺が先に頂くぜ!」
「ふん、下賎な。この大魔王ルーファス様に敵う男がいるものかっ!」
 クイック状態のルーちゃんは軽やかにステップを踏み、呪文を唱えながら回し蹴りを放った。
「ラギ・ウインドキック!」
 風の力を宿し放たれた蹴りは……見事に外れた!
 その隙にルーちゃんは男Aにボディブローを喰らった。
 どうしたんだルーちゃん、ルーファスじゃないルーちゃんは強いんじゃないのか!?
 殴られた腹を抱えながらルーちゃんは、ビシっとバシッと指を差した。
「おのれ凡人のクセになかなかやるじゃないか!」
 威勢よく言ったルーちゃんは男Aではなく、明後日の方向を向いていた。
 ――ルーちゃんは郵便ポストに話しかけていた。
 しまった!!
 そうか、そうだったのか……グルグル眼鏡を外したから何も見えていないのだ!!
 ルーファスはルーちゃんになってもへっぽこだった。
 ――こいつになら勝てる!
 そんな空気が男どもに蔓延して、ABCが一気にルーちゃんに襲い掛かった。
 気づけばルーちゃんはボコボコにされて、なんか弱ったところを服まで脱がされそうになっていた。
「やめろ鬼畜ども、汚い手でわたしの体に……きゃっ、誰だ今ケツ触ったのは!!」
 ヤバイぞ、ルーちゃんピンチだぞ!
 ルーちゃんの弱点に気づいたエルザが叫ぶ。
「メガネをかけろルーちゃん!」
「イヤだ、こんなダサイ眼鏡かけられるか!(あぁん、こいつめ胸を触りやがって!)」
「見た目にこだわってる場合か!」
「場合だ!」
 ポリシーなんだからしょーがないジャン♪
 しかし、本格的にそんなことを言ってる場合じゃなくなってきていた。
 上着を全部脱がされそうになっているルーちゃんの下乳がっ!
 それ以上の露出は『魔導士ルーファスシリーズ』じゃ許されないぞ!
 ルーちゃんの体の周りにマナフレアが発生していた。
「(見えなくてもこの距離なら……)」
 声高らかにルーちゃんが呪文を唱える。
「ピコ・トルネード!」
 ルーちゃんを中心に強烈な竜巻が天高く吹き上がった。
 竜巻に巻き込まれたABCは空の彼方へと飛んでいったついでに、ルーちゃんも飛ばされていた♪
 ABCを飛ばすためにはルーちゃんも飛ばされる必要があった。こんなのルーちゃんは計算済みだ。
 上空でルーちゃんパンチ!
 ルーちゃんキック!
 ルーちゃんヘッドバッド!
 次々と男どもを地面に叩き落し、華麗にルーちゃんは地面に着地……グキッ!
「足……くじいた」
 見事にルーファス負傷!
 足をくじいて立ち上がれない、さすがだ!
 だが、もう敵はただ1人だ。
 あまりのルーちゃんの強さに残った男Dの顔に冷たい汗が流れる。
「こ、この女がどうなってもいいのか!?」
「ルーちゃん!」
 歯を食いしばって自分の不甲斐なさを悔やむエルザ。そんな表情のエルザを見て、ルーちゃんの闘争心がメラメラ燃え上がる。
「エルザに傷1つでもつけてみろ、おまえの(ピー)からな!」
 あまりにも過激かつ汚らしい言葉だったので自主規制が入りました。ご了承ください。
 ルーちゃんの発言に蒼い顔をするエルザ。その後ろではもっと蒼い顔をする男D。いったいどんな言葉を聞いたのだろうか、とても気になる。
 蒼ざめた男Dはエルザの体を突き飛ばし、股間を押さえながら逃走!!
 ルーちゃんはまだ足をくじいていて追えないが――。
「逃がすか外道、ラギ・エアカッター!」
 ルーちゃんの放った風の刃が男Dに切りかかる。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 悲痛な叫び声をあげた男Dは……すっぽんぽん!
 下着1枚残さずみごとに風の刃に切り刻まれた。
 股間を押さえてすっぽんぽんの男が汚いケツを見せながら逃げていった。
 完全なる勝利感に浸るルーちゃん。
「あ~ははははっ、これこそ完全な勝利だ!」
 ほっとして力の抜けたエルザが地面に尻餅を付き、ルーちゃんがすぐに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「すまない得体の知れないクスリを飲まされ力が……(力さえあれば男などに負けぬのだが)」
 悔しそうな顔をするエルザの頬に一筋の涙が零れ落ちた。
 ルーちゃんはエルザを強く抱きしめた。
「心配するな、おまえがわたしの愛人である限り、何があろうと思って見せるさ」
「アホかっ!」
 エルザのグーパンチがルーちゃんの頬を抉った。
「私はいつから貴様の愛人になったのだ!」
「この世のオンナは生まれたときからわたしの愛人だ」
 今度は無言のままグーパンチが飛んできた。
 鼻血をブーしながらルーちゃんは少し怒った表情をした。
「命の恩人を2度も殴るなんて、この心知らずめ!」
「助けてもらわなくても自分の力でどうにかできた」
「ふっ、強がるな。今のおまえの力は凡人以下だ。2度のパンチもぜんぜん痛くはなかったしな!」
 強がっても鼻血は出てるけどね!
 エルザは拗ねたようにそっぽを向いた。
「仕方ないであろう。変なクスリを飲まされて力が……」
「いったいあいつら何者なんだ?」
「前に不良行為をしているところを注意して仕置きをしてやったのだ。きっとそれを逆恨みして、私を待ち伏せしていたのであろう」
「あんなやつら束でかかって来ようとまた守ってやる」
 サッと立ち上がったルーちゃんは、地面に落ちていたエルザの刀と自分の服を拾い上げて埃を払った。
「さて、世界征服を企てるために行くぞ」
「そんなこと私が許さんぞ!」
「まあいいではないか」
 ルーちゃんはエルザを強引に背負った。
「なにをする、私は1人で歩ける!」
「ムリをするな」
「ムリをしてるのは貴様のほうだろう!」
 ルーちゃんはくじいた足を引きずっていたが、決してエルザを下ろそうとしなかった。
 もうエルザはなにも言わなかった。
 エルザはルーちゃんの温もりを感じながら目を閉じた。たとえ相手が〝ルーちゃん〟でも、エルザの心臓は激しく鼓動を打っていた。
 できれば、ずっとこのまま……。
「……重い」
 ボソッとルーちゃんが呟いた。
「そんなに重くない!」
「いや、重い」
 文句を言いながらもルーちゃんは歩き続けた。

《3》

 しばらく二人だけの時間をエルザが過ごしていると、後方から豪快なエンジン音が近づいて来た。
 見事に雰囲気ぶち壊しですね!
 エルザが後ろを振り向くと、そこにはジェットホウキに乗る爆乳の女。もちろんカーシャだった。
「そこの二人組み止まれ!(ビビつらから青春の香りがするぞ、ふふっ)」
 この声を聞いたルーちゃんも後ろを振り向く。
「なぜカーシャがここにいる。もう朝のホームルームはじまってるだろう!」
 カーシャから逃げるのは得策でないと考えてルーちゃんは足を止めた。
 すぐ横にカーシャもジェットホウキを止めた。
「ルーちゃんとエルザ、白昼堂々学校サボってデートか?(根性なしのルーファスだったら絶対にしない暴挙だな)」
「そうだ」
 ルーちゃんは否定するでもなく認めた。だが、すぐにエルザが否定する。
「ウソだ、デートはずあるか。そんなことよりも、カーシャ先生がなんでこんなところに?(校外パトロールというわけもなさそうだが)」
「よくぞ聞いてくれた。学校なんてそんなくだらない場所に行ってるヒマじゃないのだ。この街にある女が来たという情報を仕入れて探してるところなのだ」
 ある女と聞いてルーちゃんの頭にある女性の姿が浮かぶ。
「カーシャが探している女とは、鎧を着た変な男を連れたアラビアンな感じの女か?」
「それだ、なんでルーちゃんがモリーのこと知ってるのだ?」
「さっき会ったぞ。なんだかビビを探しているとかでな」
「しまった、やはりビビを探しておったのか。ルーちゃん、さっさとモリーと会った場所まで案内しろ」
「はぁ?」
 カーシャはいつも強引です。逆らってムダです。さっさと従った方が身のためです。でないと身の保証ができません。
 ルーちゃんはエルザを地面に下ろした。
「わたしはこれからベルとともに行く。おまえはもう1人でも歩けるだろう」
「最初から1人で歩けると言っただろう」
「聞いてない」
 ルーちゃんはきっぱりと言ってカーシャのジェットホウキに2人乗りした。
 エンジンを吹かせてカーシャがエルザに手を振る。
「さらばだ、ルーちゃんを借りていくぞ」
「ちょっと待てカーシャ先生!」
 エルザの言葉も空しくジェットホウキは走り出した。
 ルーちゃんもエルザに手を振る。
「さらばだエルザ!」
 背中の後ろで小さくなっていくエルザの姿を見ながら、ルーちゃんはカーシャに声をかけた。
「あのモリーとかいう女は何者なんだ?」
「妾のダチの悪魔で元は月の女神。モリーというのは愛称で、グレモリーと名前で通っておるが、本名はレヴェナと云う。争い嫌いと自分では言っているが、本当は清ました顔して性根が腐ってる女だ」
「性根が腐ってるようには見えなかったが?」
「あの女は何千年も昔のことをネチネチと掘り返すような女なのだ。された嫌がらせは絶対に忘れないし、お金を借りたが最後、酷い目に遭う(まるでファウストのような奴だな)」
 過去の回想に浸るカーシャ。モリーにだいぶ痛い目を見せられたと思われる。
 物思いに耽って若干事故りそうなカーシャにもう1つルーちゃんから質問。
「モリーの傍に仕えていた男は何者だ?」
「あれはマルコシアス侯爵、モリーの獰猛な番犬だな。近くにモリーがいる時はそうでもないが、野放しにすると手に負えん。それにマルコは――」
「前見て運転しろ!」
 何かを言おうとしていたカーシャの言葉をルーちゃんの叫びが掻き消した。
 前方にそびえ立つ時計台!
「壊すぞ」
「はぁ!?」
 カーシャに集まるマナの力。
「メギ・メテオ!」
 どっからから飛来してきた隕石が時計台を撃破!!
 舞い上がった砂煙の中をジェットホウキは抜け、咳き込みながらルーちゃんが叫んだ。「あんたアホかっ!」
「超高速で時計台に衝突したら妾たちが死ぬであろう」
「壊さずに避けろ!」
 王都アステアでテロ、時計台が何者かによって破壊される。なんてニュースがこの日のトップニュースを飾ることになりそうだ。
 そんな事件を起こしつつ、住宅街の路地にジェットホウキを止めたカーシャは、辺りの空気をクンクン犬のように嗅ぎはじめた。
「微かにモリーの香水の臭いがするな(この臭いを嗅ぐだけで腹が立つ)」
「あんたは犬か!」
「では、そういうことで案内ごくろうだった。あとは妾ひとりで行く」
「ちょっと待て、わたしも行く」
「なぜだ?」
「やつらはビビを探していたからな」
 スタスタっと歩いてきたカーシャが、ルーちゃんの両手をぎゅっと胸の前で掴んで瞳をキラキラさせた。
「青春だな!」
「意味がわからんぞ」
「よい、早くホウキの後ろに乗れ!」
「感謝するぞカーシャ、わたしが世界の覇者になった暁にはどっかの国をくれてやる。あ~ははははっ!」
「笑ってないで早く乗れ、置いていくぞ」
「あ、ああ」
 頭をポリポリと掻いたルーちゃんがジェットホウキの後ろに乗ると、カーシャが勢いよくエンジンを鳴らした。
「しっかり掴ま……れ?(なんだ、なにか来るぞ!?)」
 カーシャとルーちゃんの視線が道の向こう側からこっちにやって来る――飛んで来る少女の姿を捉えた。
 魔法のホウキに跨って道路を低空飛行していたのはビビだった。その後ろをラクダから毛並みの美しい黒狼に乗り換えたモリー公爵が追っていた。
「ダーリン!」
 キィィィィィッ!
 急ブレーキをかけた魔法のホウキは急には止まれない♪
「ダ、ダーリン、ぐわぁっ!」
 ルーちゃんたちの横を通り過ぎたビビはキラリーンと星になり、その後ろを黒狼に乗ったモリーが追って行った。
 唖然とするルーちゃんをよそに、カーシャはちまたで有名な胸の谷間から、絶対大きさ的に入るはずのないバズーカ砲を取り出して構えた。
 ズドォ~ン!
 バズーカ砲から出たのは巨大なマジックハンド。
 マジックハンドはものすっごい勢いでモリーの身体を掴み取って、そのままカーシャのもとまで引きずって来た。
 主人を奪われた黒狼は怒りに眼を紅くして、地面を激しく蹴り上げて道を引き返してくる。そして、モリーを拘束した張本人カーシャに鋭い牙を向けて飛び掛かろうとした。
 だが、それをマジックハンドに掴まれているモリーが止めた。
「止めよマルコ、カーシャに牙を剥くでないぞ!」
 カーシャの眼前に迫った黒狼は空を激しく噛み切って牙を閉じた。そして、低く喉を鳴らしながらカーシャを睨付け辺りを歩き回った。
 自分の周りを歩き回る黒狼から目を放さないようにして、カーシャはモリーをマジックハンドから解放した。
「モリー、早くこの子を大人しくさせてくれないか?(あの眼、機会があれば妾を殺す気だぞ)」
 モリーは殺気立っている黒狼の毛並みを優しく撫でた。すると、黒狼の身体に変化が起こり徐々にヒト型に変化していく。そして、そこに武人マルコの姿が現れた。
 そして、魔法のホウキを手に持ってビビが逆走してきた。
「ダーリン助けて!」
 戻ってきたビビはすぐにルーちゃんの後ろに隠れ、嫌そうな顔をしてモリーの顔を覗き見た。
 ルーちゃんはビビとモリーに挟まれて、かな~り困惑。
「おいビビ、わたしを盾にするな。それと、誰か状況説明をしろ!」
「ダーリン殺っちゃって!」
「だから状況説明をしろと言ってるだろう」
 ルーちゃんの言葉を受けてここぞとばかりにカーシャが一歩前に出た。
「ここは妾に任せろ」
 そう言ってカーシャが胸の谷間から取り出したのはちゃぶ台。カーシャは団らんするつもりだった。
 ちゃぶ台に着いたカーシャは茶菓子とお茶をみんなに勧め、勧められたみんなは何となくちゃぶ台に着いた。ちなみに人数がちょっと多いので狭い。
 お茶を一口飲んだモリーが軽く咳払いをして話しはじめる。
「……安物のお茶じゃな。もっといいお茶を出せぬのかえ?」
「おお、すまんな。モリーの上品な口には合わなかったらしいな。でもな、学校の安月給で出せるお茶はそれしかないのだ!」
 微妙にカーシャはモリーに喧嘩腰だった。だが、モリーはお清まし顔で受け流す。二人の間にはビミョーな温度差があった。
 それはさて置き、ルーちゃんが気なることはコレ。
「で、どうしてビビがどうして追われてたんだ? 一番まともな回答をしてくれそうなモリーどうぞ!」
 どうぞ、とモリーに手を向けたルーちゃんの首筋に、マルコが腰に差してあった剣を抜いて突きつけた。
「モリー公爵ないし、モリー様とお呼びしろ。次に呼び捨てにしたら容赦しないぞ!」
「……じゃ、じゃあ、モリー様どうぞ!」
 ルーちゃんが蒼い顔をして改めて手を向けると、モリーは堰を切ったように放しはじめた。
「まず、そこにおるビビは妾の養女じゃ。じゃがな、どういうわけかワガママな娘に育ってしまってな、ある日お灸を据えるつもりでカップラーメンの中に閉じ込めてやったのじゃ」
 モリーの顔が真剣そのものなので、誰も『なぜカップラーメン?』にというツッコミは入れない。代わりにルーちゃんは手を上げて別の質問をした。
「で、なんでビビを追っていたのだ?(お尻ペンペンでもするつもりだったのか?)」
「そうじゃ、カップラーメンから抜け出した罰として、地獄の業火で熱した鉄棒でお尻ペンペンしてやるつもりじゃった。それにビビは半人前ゆえノースで暮らすことを許すことはできん。すぐにでも妾とともに異界へ帰るのじゃ!」
 清まし顔のモリーの清閑な声がご近所さんに響き渡った。

《4》

 道路のど真ん中でちゃぶ台に座ってる5人。それだけでもご近所迷惑で異種異様だっていうのに、誰もが口を閉じて沈黙しているのがミョーに怖い。
 そして、ついにビビが叫んだ。
「ヤダよーっ!」
 ご近所さんに響き渡るビビの声。
 カーテンの隙間から謎のちゃぶ台集団を覗き見してる人がいたりするが、おおっぴらに見ることはない。
 ちゃぶ台の横を母親に連れられた子供が指差しながら通り過ぎるが、『お母さんあれなに?』『駄目よ、見ちゃ駄目よ』なんて会話をしながら足早に通り過ぎていく。
 そして、電柱におしっこをする野良犬。
 誰もが微妙に次の展開を見守っていた。
 一生この人から離れません、ってな感じでビビはルーちゃんの首に抱きついた。
「アタシはダーリンと一緒に暮らすんだから、ママはさっさとハーデスに帰ってよ!」
「妾が心配して迎えに来てやったというのに……」
 いかにも悲しそうな顔をするモリーの瞳にキラリと光る一滴。マルコはすぐにハンカチをモリーに手渡した。
「モリー様、これでお涙をお拭きください」
 そして、すぐにビビを見つめた。
「ご息女と言えど言葉が過ぎますぞビビ様」
「だってぇ~、アタシとダーリンはもう夫婦だしぃ」
 このビビの言葉を聞いてモリーとマルコはフリーズした。二人にとっては驚愕の新事実発覚!
 どっかに飛んでいた意識を戻したマルコがちゃぶ台返し!
 そのまま勢いよく立ち上がった。
「ど、どういうことだ小僧説明しろ!(コロス、コロス、絶対コロス!!)」
 大声を出した横でモリーがあまりのショックに意識を失ってフラフラ~っと倒れた。その倒れ方はおでこに軽く手を当てて、あくまでも可憐に倒れた。さすが貴族。
「モリー様、お気を確かに!?」
 マルコはすぐさまモリーを抱きかかえ、鋭い眼差しでルーちゃんをにらみ付けた。
「小僧!」
 怒鳴られたルーちゃんはビシッバシッシャキッと立ち上がった。ルーちゃんはルーファスと違って怯むことはないのだ……たぶんね。
「小僧小僧ってレディーに向かって失礼だぞ! わたしを呼ぶ時はちゃんと大魔王ルーファス様と呼べ。それにわたしはビビと結婚したつもりなんてないぞ!」
「ではなぜビビ様は貴様に抱きついておられるのだ!」
 マルコの指摘どおり、ルーちゃんにベタベタ抱きつくビビの姿は恋人以上の関係にしか見えない。
 そこに極めつけとしてビビがどこからともなく契約書を取り出してマルコに叩き付けた。
「これがダーリンとアタシが婚約した証!」
 叩きつけられた契約書をマルコはマジマジ読みはじめ、次第に顔つきが険しくなって、仕舞いには顔面蒼白になった。
「こ、これは正しく悪魔の契約書ではないか!? な、なんてことだ……モリー様のご息女ともあろうお方が、こんな平民と結婚など……許してはおけぬ!」
 瞬時に抜かれたマルコの刀をルーちゃんが真剣白羽鳥!
「ぐわぁっ!? わたしを殺す気かこの野蛮人が!」
「俺に向かって野蛮人とはなんだ! 俺はモリー様にお仕えする高貴なる騎士だ!」
「武器も持たん一般人に剣を振るう騎士なんて外道だ!」
「事態が事態だ、俺は貴様を必ず斬る。さすれば契約は無効となるのだ!」
 2人が死闘を繰り広げようとしている中、1人は気絶、1人はルーちゃんに抱きついたまま、そして最後の1人は!?
「ふふっ、青春だな!」
 カーシャは他人事としてお茶をすすりながら観戦していた。
 緊迫感ゼロできゃぴきゃぴする仔悪魔少女。
「ダーリン頑張って、見事のこの戦いに勝ってアタシを掻っ攫って!」
「わたしはおまえのために戦っているのではない、自己防衛として戦っているのだドアホがっ!」
 両手で挟んだ剣を力いっぱい横に押し下げ、ルーちゃんは剣を放してすぐにマルコと間合いを取った。だが、マルコの動きは早く、風を切るスピードで地面を蹴り上げルーちゃんに襲い掛かってくる。
「お命頂戴!」
「ぐわぁっ!」
 しゃがみ込んだルーちゃんの頭上を掠める研ぎ澄まされた剣技。
 紙一重で相手の攻撃を避けたルーちゃんは叫び声をあげた。
「武器をよこせ、わたしにも武器をくれ!」
 と言ったルーちゃんとカーシャの視線が合致する。そして、ニヤっと笑ったカーシャは胸の谷間から何かを取り出すとルーちゃんに向かって投げた。
「これを使え!」
「サンキュー……ってフライパンかよ!」
 カーシャの特殊武器――魔法のフライパン。テフロン加工でサビに強い!
 フライパンを否応なしに構えることになったルーちゃんにマルコの剛剣が振り下ろされる!
 カキィーン!
 ――相打ち。
 マルコの一刀はルーちゃんのフライパンによって見事防がれた。フライパンが斬られることもなく、剣が折れることもなかった。フライパン対剣の世紀の大対決は五分と五分……なのか!?
 ルーちゃんの攻撃!
 ――たたかう
 ――ぼうぎょ
 ――逃げる
 ――ひ・み・つ
 秘密ってどんなコマンドだよ!
 ってことでルーちゃんは秘密コマンドを使った。
 素早く動いたルーちゃんはビビにヘッドロックをかけて拘束し人質に取った。
「あ~ははははっ、ビビを人質に捕られては手も足も出まい!」
「きゃ~っ! ダーリンあったまE♪」
 フライパンで人質を脅す犯人と緊迫感ゼロの人質。滑稽すぎる……。でも、マルコには効果覿面で切っ先を地面に向けながら身動きを止めた。
「ビビ様を人質に捕るとは卑怯者め!」
「あ~ははははっ、なんとでも言え。戦いは最後に立っていた者が勝者なのだ!」
「きゃ~っ! ダーリンカッコE!」
「は~ははははっ、これで勝ったも同然。さっさと武器を捨てて降参しろ!」
「くっ」
 唇を噛み締めたマルコ仕方なく剣を地面に放り投げた。すると次の瞬間、ルーちゃんはビビを突き飛ばして武器を持たないマルコに対して卑劣なまでに襲い掛かった。
「は~ははははっ、覚悟!」
「甘いな小僧!」
 マルコは地面に向かってジャンプして転がり剣を拾い上げた。しかし、ルーちゃんの方が一足早く、剣を振るおうとして胸に隙のできたマルコにフライパンが炸裂!
 胸当て越しに強烈な一撃を受けたマルコは地面に転がり、苦痛に悶えながら胸を激しく押さえた。そのマルコ痛がり方が尋常でなかったためにルーちゃんは思わずフライパンを投げ捨てて駆け寄った。
「大丈夫か? そんなに強烈だったか、今の一撃?」
「うぅ……」
 苦しむマルコを見てルーちゃんは焦りに焦ってマルコの胸当てを急いで外した。血も出てないし傷も見当たらない、ただそこには〝胸〟があった。そう、結構豊満なバスト!
「おまえ女だったのか!? どーりで尋常じゃない痛がり方をするはずだ」
 なるほど納得。
 地面に横になって倒れているマルコの姿を見て、ルーちゃんの頭に名案が浮かぶ!
「そーだ、こういう時は人工呼吸だ!」
 なんのためらいもなくマルコに口付け目的で人工呼吸をしようとするルーちゃん。それに気が付いたマルコが近くに落ちていた硬い胸当てスコーン!
 胸当てで頭を強打するルーちゃんは2メールとほどぶっ飛んで地面に激突。すぐにビビが駆け寄って膝枕をする。
「しっかりしてダーリン!」
 涙を流してルーちゃんを抱きしめるビビの前にマルコが立ちはだかった。
「ビビ様、お退きください。最後の止めを刺します」
 剣を構えたマルコがルーちゃんを一思いに殺そうとした時、清閑な声が場に響いた。
「止めるのじゃマルコ! その者を殺してはならぬ」
 この声を発したのはいつの間にか意識を取り戻してカーシャと楽しく団らんしていたモリーだった。しかも手にはお茶と、口にはようかんを入れて若干モグモグしている。
 切っ先を地面に下ろしマルコはモリーに訴えた。
「どうして止めるのですか!? この者を殺さなければビビ様は……」
「事情は全てわかっておる。じゃがな、無闇な殺生は許さぬぞ」
 事情は全てわかっておる……ってことは、もしや気絶は演技だったのかっ!?
 主人が殺すなと言ったら殺すことは叶わない。主人に死ねと言われたらマルコは自ら自害する。モリーの言葉はマルコにとって絶対であるのだ。ナイス忠誠心!
 刀を鞘に納めたマルコはその場に胡坐をかいて座り込んだ。もう、何もすることはない。
 気絶するルーちゃんにカーシャがどっかから持ってきたバケツで水をぶっ掛けた。すると、ルーちゃんがゆっくりと目を覚ました。
「ううん……よく寝た。ってどこ!?」
 ルーちゃんはルーファスに戻ったらしく、状況理解ができていない。
 キョロキョロ辺りを見回して脳ミソフル稼働のルーファスにビビが力いっぱい抱きつく。
「よかったダーリン!」
「よかったじゃなくて誰か状況説明してよ(そこにいるのどこの誰!?)」
 道端にちゃぶ台で置いて団らんする2人と、地面にあぐらをかいている武人風の巨乳のお姐さん。ルーファスには理解不能なシチエーションだった。
 ようかんを食べ終えたモリーが重い腰を上げた。
「マルコ帰るぞよ、もちろんビビもじゃ」
「アタシもぉ~!」
 モリーの言葉にビビは顔を膨らませて不満満々だが、マルコは一気に元気を取り戻した。
「ビビ様、今すぐ俺たちと帰りましょう」
 差し伸べられたマルコの手をビビは引っ叩いて振り払った。
「ヤダヤダヤダ、アタシはダーリンと一緒に暮らすんだもん!」
「ビビ様! ワガママを申さずに俺たちと帰るのです」
 マルコがビビの腕を引っ張り、ビビがルーファスの身体に抱きついた。
 ルーファスは片手を上げて質問で~す。
「なんか全体的に説明してくれるかな?」
「妾が説明してやろう」
 急に立ち上がったカーシャが口をモグモグさせながらマルコに手を向けた。
「まず、この人がマルコシアス侯爵。愛称はマルコちゃんで、妾のいい実験台だ」
 つぎにカーシャはモリーに手を向けた。
「次にこのつはグレモリー。愛称モリーで、好きな物は金銀財宝。そして、驚かないで聞けよ。な、なんとこの人がビビの母上なのだ!(まあ、養女だがな)」
 説明された内容をルーファスは頭の中で整理整頓。まず、巨乳のお姐さんがマルコで、アラビアンな衣装を着てる方がビビの母親。
 そして、ルーファスは時間差で驚いた。
「ビビの母親!?」
 驚くルーファスの肩にカーシャが手をポンと置いてしみじみ語りはじめる。
「実はな、ビビは家出少女だったのだ。それで母親のモリーが遥々遠くの国からビビを迎えに来たのだ。つまりビビはモリーと一緒に帰らなきゃいけないのだ、わかるな?」
「そう……か、帰るんだ家に……」
 素っ気なく言うルーファスにビビは涙を浮かべながら抱きついた。
「アタシ帰らないよ、ダーリンと一緒にいるんだもん」
 マルコがビビを強引に引き離し、ルーファスに手を伸ばすビビの身体をちょー強引に引きずる。
「人間のことなど忘れて帰るのですビビ様!」
「ヤダよ、帰りたくないって言ってるでしょ」
 マルコに引きずられるビビの腕をモリーも掴んだ。
「帰るのじゃビビ!」
「ヤダヤダ、帰りたくない。ダーリンだってアタシが帰ってらヤダよね?」
 空を仰いだルーファスはゆっくりと顔を下ろし、泣きじゃくるビビの顔をしっかりと見て言った。
「自分の家があるならさっさと帰りなよ、私は君に付きまとわれてただけなんだから……(これで……いいんだよね)」
「…………」
 ビビの涙が急に止まり何も言わなくなった。
 モリーとマルコに連れられ小さくなって行くビビ。そして、歯を食いしばっていたビビが力いっぱい叫んだ。
「ダーリンのばかっ!」
 異界のゲートが開かれ、ビビたちの姿は完全に消えた。
「……楽しかったよ、ビビ」
 ルーファスは空を見上げて口を強く結んだ。

 
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