第6話_流れ解散……

《1》

 ビビが自分の世界に帰ってしまって数日の時が過ぎ去り、ルーファスは昔と同じ平穏で退屈……でもない日々を過ごしていた。
 いつもどおり朝を向かえ、いつも通りに学校に通い、ローゼンクロイツやエルザ、クラウスたちと楽しく会話する。
 ただ、カーシャはあの一件以来姿を消してしまって行方不明だ。それ以外はビビが現れる前の生活となんら変わらない。そう、昔とはなんら変わらない。
 昔と変わらない生活。けれど今を生きてるからって昔がなくなるわけじゃなかった。
 ルーファスはせっかくの休日を家でゴロゴロしながら過ごしていた。ちょっと前なら、部屋でゴロゴロしてるとビビが乗っかって来たものだった。けれど、ビビは帰ってしまった。
 物音を聞いたような気がしてルーファスは急に立ち上がって押し入れを開けた。けれど誰もいない。いるはずがなかった。
 窓が開く音がしてルーファスは驚いて振り向いた。
「なんだ、クラウスか」
「なんだで悪かったな、誰かと間違えたのかい?(はぁ、まだ元気ないなルーファスは)」
「いや、別に……(ビビが帰ってくるはず……ないよね)」
 ルーファスは再び床の上に寝っ転がり、クラウスがルーファスの頭の近くに座った。
「元気ないな……ビビがいなくなってから」
「そ、そんなことないよ、私は今日も元気いっぱいだよ!」
 慌てて立ち上がったルーファスを見ながらクラウスはため息を落とした。
「ビビとルーファスはいい線行ってたと思ったんだけどな(だから僕はビビに手を出さなかったのに)。君が元気ないと、周りも元気がなくなるだろう?」
「私は元気だから……」
 その声には力がなく、ルーファスはうつむいてしまった。
 二人がしんみりした雰囲気に浸っていると、タンスの引き出しがガタガタっと揺れて、中から何かが飛び出してきた。
「呼ばれて飛び出てチャチャチャチャ~ン!」
「ビビ!?」
 思わずルーファスは声をあげたが――違った。
 タンスから出てきたのはビビの形をしたパペット。それを操っているのはベル姐だった。
 ビビが最初にルーファスの前に現れた時に言ったフレーズと同じ言葉で登場したベルは明るくあいさつをした。
「あほほほほほ、ごきげんいかが?(と、悪質なイタズラで登場しちゃったり♪)」
 サイテーのイタズラだった。
 ベルはタンスの引き出しから這い出すと、ルーファスの傍にちょこんと座った。
「ビビがハーデスに帰ったって風の噂で聞いたけど、本当らしいわねぇん(フラれた男って本当に情けないわよね)」
 ベルの心の声が聞こえたのか、ルーファスの心にグサッと槍が突き刺さった。かなりの精神的ダメージ。
「わ、私はビビが、い、いなくなって清々してるんだからね!」
 動揺しすぎ。
 そこにベルが追い討ち。
「なんでもビビが帰る決め手をつくったのはアナタらしいわねぇん、風の噂で聞いたわよぉん(風の噂ってカーシャちゃんだけどぉん)」
 槍で射抜かれた傷に荒塩を練りこまれたルーファスは完全に魂を飛ばし、床に手をついて深~く項垂れた。
 ルーファスだってなんであの時にあんな言葉を言ってしまったのかわかっていない。強いて言うならばノリ。それがちょっと今回は裏目に出た。
 項垂れるルーファスの両肩にクラウスが優しく手を乗せた。
「ルーファス、顔上げろよ」
 魂喪失のルーファスはピクリとも動かない。
 クラウスの眉がピクッと動く。
「顔上げろよ、みんなルーファスのこと心配してるんだぞ!」
 無理やりルーファスの頭を持ち上げたクラウスはグーパンチ!
 根性を叩きなおす1発をルーファスの頬に入れた。
「最初から落ち込むならなんで止めなかったんだよ。僕だったら絶対に止めていたぞ!」
「クラウスはそーゆーの慣れてるだけだろ! もういいよ、寝る、寝るったら寝る。だからみんな早く部屋出てってよ!」
 自暴自棄になったルーファスに真剣な顔をしたベルが呟いた。
「アナタは本当にそれでいいの?(やっぱり人間なんてこの程度なのね)」
「みんなで僕がビビのこと好きだったみたいな言い方しないでよ!」
「自分の気持ちに嘘をつくと後で後悔するわよ」
 どこからともなく魔法のホウキを取り出したベル。彼女はそれを床の上で寝転がるルーファスの胸に突きつけた。しかもかなりの力で。ある意味グーパンチ。
「うっ……なにすんの!(いきなり胸押したら窒息するし!)」
「受け取りなさい、せんべつよぉん。きっと何かの役に立つでしょう。じゃ、アタクシは帰るわよぉん」
 ベルはルーファスに魔法のホウキを渡すとタンスの中に戻って行った。と思いきや、すぐに顔を出して一言。
「この家は客にティーも出さないのぉん?(……頑張りなさいルーファス)」
 心の中でルーファスに言葉を送ったベルは本当に帰って行った。
 ベルから託されたホウキを握り締めながらルーファスはうつむき震えていた。それを見たクラウスは感動していた。
「ルーファス……ビビを迎えに行く気になったんだな!(やっぱりルーファスもやるときはやるんだな)」
「……こんなホウキ貰っても邪魔だよ!」
 そういうオチかいっ!
 突然立ち上がって部屋を出て行こうとしたルーファスにクラウスが声をかけた。
「どこに行くんだい?(今度こそ本当にビビを迎えに行く気に?)」
「おなかが空いたから何か食べにキッチンに行こうかなぁって」
「周りの空気読めてないのか?(……見事な状況無視だな)」
「クラウスも食べる?」
「うむ、もらおう」
 笑顔で即答。この人も場の空気無視だった。クラウスも駄目ジャン!
 ちょっぴり小腹の空いた2人はキッチンへゴー。
 キッチンの段ボール箱をモソモソっとルーファスが取り出したるは、カップラーメン!
「これでいいよね?」
「まあ、それでいいのだが……なぜホウキ手放さない?」
「気にしなくていいよ、目の錯覚だから」
「目の錯覚って……」
 ベルからもらった魔法のホウキをなぜかキッチンまで持って来ているルーファス。邪魔なら自分の部屋に置いてくればいいのに、ねえ?
 ルーファスは2つのカップラーメンにお湯を入れて、それをテーブルの上に置いてクラウスと一緒に3分待つ。
 カップラーメンとにらめっこしながらルーファスがボソッと呟く。
「呼ばれて飛び出てチャチャチャチャ~ン……なんてね」
「なんだいそのフレーズ?」
「なんでもないよ、ただ言ってみただけ」
「……?」
 ――1分経過。
 ――2分経過。
 ――3分待たずにふた開ける。
 固麺好きのルーファスは3分待たずにふたを開けるのだが、3分前にフタ開けるのは他にも意味がある。
 フタを開けてカップラーメンを食べはじめたルーファスは再びボソッと呟く。
「普通のカップラーメンだよね」
「普通ってなにが?」
「いや、別に……」
「さっきから変だぞルーファス。ビビちゃんのこと考えているのだろ?」
「……クラウスには関係ないよ」
「都合の悪い時だけ関係ないなんてズルイぞ」
 煮え切らないルーファスにクラウスは、エルザのパンチを食らわしてやろうと拳を握ったとき、家のチャイムがピンポーンと鳴った。
 ルーファスは箸でエルザの顔を指して次にキッチンの出口を指して一言。
「変わりに出てよ(めんどくさいから)」
「僕を誰だと思ってるんだよ(これでもこの国の王様なんだけどな)」
「わかってるよ、クラウスはクラウスだよ」
「はぁ、わかったよ(これだからルーファスが好きなんだけどな)」
 キッチンを出て行ったと思ったクラウスがすぐに帰って来たので、ルーファスは少しきょとんとした。
「誰だったの?」
 キッチンに入って来たクラウスに続いて、ブロンド美女が入って来た。
「私だ」
 クラウスのあとに入って来たのはエルザだった。
 エルザの姿を確認したルーファスはカップラーメンを食べる手を止めた。
「なんでエルザがうちに?」
「カーシャ先生からルーファスがビビを助けに行くと聞いて駆けつけたのだ」
「はぁ? カーシャにここ数日会ってないし、ビビを助けに行くって、僕が?」
「そうだ、私はそう聞いたので駆けつけたのだ」
「だからなんで駆けつける必要があるだよ」
「これを届けに来た」
 エルザはポケットからお守りを取り出して、ルーファスの手のひらに乗せた。そのお守りをまじまじ見て考えるルーファス。
 そして、ルーファスは書いてる文字を大声で読んだ。
「恋愛成就ってなに!?」
 恋愛成就のお守り……生徒会長グッドジョブ!
 ルーファスはカップラーメンを口の中に一気に食い、スープを一滴残らず飲み干してテーブルの上にバンッと置いた。
 と、同時の勝手口のドアがバンッと蹴破られた。
 一同の視線が勝手口に向けられるのは、まあ当然。
「ふふふ、皆のもの待たせたな」
 誰も待ってなかったけどカーシャ登場。
 ドアの修理代は出してくれるのでしょうか?
 カーシャは土足のまま台所に上がり込むと、勝手に湯飲みを出して自分でお茶を入れ、寛いだようすでテーブルに着いた。あまりにも手馴れたようすなのが気になる。そう言えば、前にもルーファス宅のキッチンで寛いでいたような……常習犯!?
 お茶を一口飲んだカーシャは真剣な顔をしてルーファスを見つめた。
「行くぞ」
「はぁ!?」
 ルーファスは意味もわからずカーシャの顔を見つめるだけだった。最近ルーファスの口癖が『はぁ』になりつつある。理解の範疇を超えたことが多すぎるのだ。
 もう一度カーシャが同じ言葉を発する。
「行くぞ」
「いつ(When)?」
「今すぐにだ」
「誰が(Who)?」
「おまえだ」
「何で(What)?」
「ビビを助けにだ」
「なぜ(Why)?」
「それは自分の胸に訊きけ」
「どのようにして(How)?」
 ルーファス&カーシャのQ&A。最後の質問に答えたのはエルザだった。
「この家の上空に飛龍を待たせてあるので心配するな」
 そして、最後にルーファスが叫ぶ。
「なんてこったい!(Oh my God!)」
 キッチンに響いたルーファスの声はご近所さんまで響き渡った。
 ルーファスの頭の上に〝なんてこったい妖精〟が飛び回ってしばらく一同沈黙。
 短いようで長いような時間が流れ去った後、ルーファスがテーブルを両手で叩きながら立ち上がった。
「行けばいいんんでしょ、行くよ、行きますよ、行きゃいいんだろコンチキショー!」
 なんだか逆ギレ。
 決意を固めた……ような感じのルーファスの腕をカーシャが掴んだ。
「じゃあ、行くぞ(青春だ!)」
 魔法のホウキを手にとってカーシャと一緒に勝手口から出て行くルーファスの背中に、まずエルザが声をかけた。
「幸運を祈る」
 次にクラウス。
「パーティーの手配でもするかな」
 ルーファスはニッコリ笑って戦いに向かった。

《2》

 勝手口を出てすぐにルーファスは自宅上空で待機する飛龍を発見。住宅街には降りて来られないらしく、屋根ギリギリのところで待機している。どーやって乗るんだよ!
 ルーファスは呆然と飛龍が旋回しているのを見ていた。
「(少し目が回ってきたなぁ)」
 なんて思っていたルーファスにカーシャが背中を向けながら声をかけた。
「妾の背中に乗せてやるから乗れ」
「意味不明」
「飛ぶぞ」
「飛ぶ?(ジェットホウキもなしにですか?)」
「おまえは黙って妾の言うことだけ聞いておればよい」
「拒否権は?」
「ない」
 カーシャが〝ない〟と言ったらこの世には存在しない。国王だろうと神様だろうと、YESマンになるしかない。もちろん、ルーファスは二度三度とうなずいて否応なしにカーシャの背中に乗って担がれた。そしたら飛んだ。
 どこからか鳴るジェット音。それはカーシャのブーツの底から鳴り響いていた。そして、カーシャの靴底から火が噴出して空を飛んだ。これなら飛龍まで楽々だね……エヘッ。
「カーシャ、跳んでる、飛んでる、トンデル!?」
 最後の『トンデル』は、『この人頭イカレてる』の意味。
 ルーファスを乗せたカーシャは空をひとっ飛びして軽々と飛龍の中に乗り込んだ。
「この魔導具、ベルに試験運転を頼まれていたのだ」
 嗚咽して吐きそうになっているルーファスのスーパーの袋が手渡された。
「へっぽこクン、吐くんだったらこの中にね(ふあふあ)」
「ああ、ありがとーってローゼンクロイツ?」
「ナンダコンチキショー!」
 そこにいたのはローゼンクロイツ&ワラ人形ピエール呪縛クンペアだった。
 ルーファスがローゼンクロイツに何かを質問しようとすると、ローゼンクロイツの手がルーファスの口を塞いだ。
「なんでここにいるかなんて無粋な質問はなしだよ(ふにふに)。それと吐くんだったら、その袋か上空垂れ流しでお願い(ふにふに)。ボクのおすすめは上空垂れ流しだよ(ふあふあ)」
「垂れ流さないよ。それとどうしても質問させて、なんでいるの?」
「ボクも行くからに決まってるのに……へっぽこクンはやっぱりおばかさんだなぁ(ふっ)」
「別にバカとかじゃないと思うんだけど」
「じゃあ……アホ(ふっ)」
 小ばかにした笑いを浮かべてローゼンクロイツはすぐに無表情に戻った。
 いつもどーりのローゼンクロイツの反応。
 が、いつものローゼンクロイツと違うところがあった!
 触れないほうがいいかなと思いつつ、やっぱりルーファスは質問することにした。
「あのさぁ、ずっと気になってたんだけど……頭に生えてるのなに?」
「にゃ?(ふにゅ)」
 可愛らしい反応をしたローゼンクロイツの頭には、なんか触覚みたいのが生えていた。
 ぴょんと出た1本の触覚に、ピンポン玉くらいの黄色い球がついてる感じ。そんな物体がローゼンクロイツの頭から生えていた。
 ルーファスが触ろうとすると、ピシッと叩かれた。
「ボクの髪に触らないでよ(にゃー!)」
「いや、髪じゃなくてさ……その触覚みたいなの何?」
「触覚?(にゃ?)」
「だから、頭に生えてる触覚っていうか、アンテナみたいなの何?」
「ボクからは見えないよ?(ふにゅ)」
 それは頭の上に生えているからです。
 カガミでもあればいいのだが、誰も持ち合わせていなかった。
 結局、その話題は解決しないまま流れてしまった。
 地上を見ていたカーシャが2人に声をかける。
「もうすぐ着くぞ」
 飛龍は徐々に降下し、なんだか見覚えのある学校のグラウンドに着陸した。
 3人はすぐに飛龍から降りて、ルーファスは見覚えのある某○○学院を見回した。
「クラウス魔導学院じゃん!(って、ここに何の用なの?)」
 なぜこんな近場に飛龍で来なきゃならなかったかは、エルザが令嬢だから。ビッグな人は移動手段もビッグなのです。
 意味もわからずルーファスが立ち尽くしていると、ものの見事に置いて行かれた。
「早くしろ」
 ムスッとカーシャは呟いた。
 カーシャとローゼンクロイツは、すでにルーファスからと~く離れた場所を歩いている。ルーファスは猛ダッシュで2人を追いかけた。
「ちょっと待て、肝心の私を置いてくつもりなの、ってかどこに向かってるの?」
 カーシャがルーファスの方を振り返って不思議な顔をする。
「んっ、言ってなかったか?」
 言ってません。
 自己中心的な人はこれだから困ります。世界はカーシャで回っています。そーゆーことにしときます。
 足を肩幅に広げて前方に見えてきた池を指差すカーシャ。
「学院裏にある池が月に通じる亜空間ベクトルになっているのだ!」
 よくわからない説明だった。
 意味がわからん、と思いつつルーファスは、カーシャに連れられるままに学院裏の池に着いてしまった。
 この池は生徒の間でも有名な池で、物を落とすと女神様が出てくるとか、物を投げ込むと投げ返されるとか、珍獣アッガイたんが生息してるとか、ここで亀を助けると竜宮城に拉致されるとか、いろんなウワサのある池だ。
 で、これからどうするの?
 仕方なくルーファスが『はぁ~い』と手を挙げた。
「カーシャ先生質問で~す」
「なんだルーファス?」
「だからここに何しに来たの?(まさか僕が投げ込まれるのか……コンクリ詰めにされて)」
「妾のあの説明を聞いても理解できいのか?(相変わらず察しの悪い奴だ。だから女にもフラれるのだ)」
「あのぉ猿でもわかる説明してください」
「モリーの住まいは〈白い月〉にあるのだ。つまりこの池に映る月を通って月にワープするわけだ。わかったな?」
 意味は理解した。ただ、月って……どないやねん!
 静かに佇む水面を見つめながらローゼンクロイツがもっともな質問をカーシャにした。
「月が出てないけど?(ふにふに)」
 まだまだ日の高い日中。夜になるには随分あると思う。ま、まさかのカーシャ計算ミス。
 と思いきや、待ってましたとばかりにカーシャが低い笑いを発した。
「ふふふふっ、そんなこともあろうと準備万端だ!」
 ちまたで有名な胸の谷間からカーシャはアイテムを取り出した。
「夜騙しの香【地域限定バージョン】だ!」
 夜騙しの香【地域限定バージョン】――読んで字の如く。地域限定である範囲内を、昼を夜だと騙してしまう自然の法則を無視した魔導具だ。22世紀のネコ型ロボットよりもなんでもアリなカーシャ。
 ブラックな色をした球体をカーシャは上空高く放り投げた。すると、宙に浮かんだ球体から黒い霧がモクモクと出ててきて、あっという間に辺りは夜になってしまった。ヴァンパイアには喜ばれそうな発明だ。
 次にカーシャは胸の谷間に手を突っ込むと、見るからに怪しげな緑色の液体が入った試験管を2つ取り出してルーファスとローゼンクロイツに手渡した。
「月には空気がないから、これを飲め(モルモットども!)」
 ローゼンクロイツは手渡された液体を躊躇せずに一気飲み。けど、ルーファスは躊躇いに躊躇う。だって、緑色の液体から泡がブクブク出てるし、耳を澄ませば叫び声まで聴こえるし!!
 カーシャは試験管の中身とにらめっこして固まっているルーファスの腕を強引に掴んで謎の液体を無理やり飲ませた。
「早く飲め!」
「うう……ぐぐ……はぁはぁ、一気飲みしてしまった」
「ルーファス偉いぞ、よくあんな得たいの知れない飲み干したな。ということで、これを餞別にやろう」
 胸の谷間に手を突っ込んで出したシルクハットをルーファスに被せた。
「カーシャ……なんでシルクハット?」
「貸すだけだからな。ちゃんと返しに来い」
「返しに来い?」
「そうだ、返しに来い」
「来いってことは来ないってこと? てゆか、なんでシルクハットなの? というより、使用料とか取らないよね?」
「質問は1つにしろ」
「え~っと、じゃあ……カーシャは一緒に来てくれないの?」
「当たり前だ」
 そーですね、当たり前ですね。あなたがそう言うなら、当たり前なんでしょーね。
「妾は用事がある。今日は3丁目のスーパーでタイムセールがあるのだ(そんなものないがな、ふふっ)」
 意外に庶民的なカーシャさん――と、思ったらウソだった。
 そんなウソなどルーファスはお見通しだ。もう何も言うまいとルーファスは心に誓った。カーシャはこーゆー人だ。
 ルーファスがため息をついて肩を落としていると、池の水面からブクブクと泡が立った。
 ローゼンクロイツは呟く。
「来るよ……ここのヌシ(ふにふに)」
「はぁ?」
 ルーファスはすっ呆けた表情をしていると、それは池の底から姿を現した。
 ヘビのような長い首を伸ばして現れたのは首長竜だった。
 こんなモンスターが棲んでるなんて聞いてませんでしたよ!
 ローゼンクロイツは淡々と。
「この池のヌシのヌッシーだね(ふにふに)」
 なんですかその珍獣は!?
 あれですか、ネス湖いるネッシーとか、池田湖のイッシーとか、芦ノ湖のアッシーとかの親戚ですか?
 ヌッシーは巨大な口を開けて襲い掛かってきた。
 カーシャが叫ぶ。
「危ない2人とも!」
 なんと、まさか、びっくり、カーシャが身を挺して守った!?
 カーシャはルーファスとローゼンクロイツを池に蹴り落とした。
「うわぁ!?」
 ジャポ~ン!
 水面に映った月が揺らめいてルーファスたちを呑み込んだ。
 残されたカーシャとヌッシーが対峙する。
「人前に姿を見せるなといつも言っておるだろう」
「キューキュー♪」
 ヌッシーは甘えるようにカーシャに頭をこすり付けている。
 あれ?
 なんか様子が可笑しいようですが?
「お前を飼ってることが知れたら、責任を問われるのは妾なのだぞ」
 ……カーシャのペットらしいよ!!

《3》

 惑星ガイアには2つの月がある。1つは巨大人工衛星である〈赤い月〉、もう1つは自然衛星である〈白い月〉である。一般的には〈白い月〉は単純に月と言うことが多い。
 月というのは常にガイアに片面しか顔を見せていない。だから、ガイアからは月の裏側を見ることができない。
 そんな月の裏側の地下にあるモリー公爵の屋敷。
 昼も夜もない月の世界だが、時間の概念はあるわけで、モリーとビビは昼食をとっていた。ちなみにすぐ横ではマルコが正しい姿勢で立っている。マルコは主人と食卓を共にしないで、あとで淑やかに食事をとるのがいつもの日課だったりする。
「ビビ様、お食事の手が止まっているようですが、今日も食欲がないのですか?(ここに帰ってきてからずっとこうだ)」
「食べたくな~い、食欲な~い、マルコの顔も見たくな~い、ママと食事するのもイ~ヤ(もぉこんな生活イヤ!)」
 フォークとスプーンを持って子供のように駄々をこねるビビに対して、キラリと光るナイフを持ったモリーがあくまで静かに静かに言う。
「あの人間のことが忘れられないのかえ?」
「違うもん、ダーリンのことなんてとっくに忘れたもん。だってダーリンが悪いんだよ、ダーリンが……(帰れだなんて言うんだもん)」
 声を沈ませながらもビビはフォークをお肉にグサッと突き立てた。気持ちが不安定だった。
 ナイフをお肉の上でブルブルさせてるビビ見て、心配そうにマルコは深いため息をついた。
「ビビ様、金属のお皿が破損してしまいます、ナイフを上げてください。それと、あの小僧をダーリンと呼ぶのはお止めください、未練が乗っているように聞こえます。あと、ビビ様はレディーなのですから、足を開かずにお座りください。それから――」
「うるさい、もぉいいよ! マルコもママも嫌い」
 声を荒げて立ち上がったビビは部屋を出て行く寸前に振り返って叫んだ。
「マルコだって女っぽくないじゃん、ば~か、ば~か、ば~か!」
 マルコ的大ショック!
 精神的ダメージを受けてうずくまるマルコを尻目にビビは部屋を駆け出した。
 ビビは嫌になるくらい長い廊下を抜けて自分の部屋のドアを開けた瞬間にフリーズ!
 自分のベッドで女性が男性の上に乗っている。その光景を目の当たりにしたビビは硬直した。そして、強張った顔をした男性の方とビビの目が合って、その男性が爽やかに軽く手を振る。
「や、やあ、ビビ……久しぶり」
「ダ、ダーリンのばか!」
 ビビのベッドの上にいたのはルーファスと……女性だと思ったらローゼンクロイツでした♪
 男同士の危険な情事に鉢合わせてしまった。
 でも、ルーファスにも言い分はある。
 この状況を説明すると、亜空間ベクトルの出口がビビの部屋のベッドの上で、最初に月の道を通ったルーファスがベッドにドンと落ちて、次にルーファスの上にローゼンクロイツがドンと落ちたわけで、決して昼間から、あ~んなことやこ~んなことをしようとしていたわけでない……と思う。
 猛ダッシュしたビビはルーファスの上に乗るローゼンクロイツを強引に掴みかかって引き剥がした。
「ダーリンを誘惑するなんて悪魔!」
 悪魔に悪魔って言われるなんて……まあ言葉の綾だけどね。
 投げ飛ばされたローゼンクロイツはホコリを払いながら立ち上がって、相手をこばかにしたような笑いを浮かべる。
「……恋にライバルは付き物(ふっ)」
「ぐわっ、まだダーリンを寝取るつもりなのぉ!?」
 女(?)の熱いバトルがはじまりそうな中、ひとりだけついていけないルーファス。ルーファスはポカンと口を開けるしかなかった。しかも、次のローゼンクロイツの発言でルーファスの顎はガボ~ンって外れた。
「……嘘(ふっ)」
 嘘かよっ!
 ……てゆーか、どこが嘘だよ。どの辺りが嘘だよ。なにに対してが嘘なんだよ!
「ボクはもともと男女の色恋沙汰になんて興味ないよ(ふっ)」
 そして、最後に不適に笑うローゼンクロイツ。何を考えているかは不明。きっと、ローゼンクロイツの心の内を知っているのは、仲良しのワラ人形ピエール呪縛クンくらいだと思う――本人だしね!
 ベッドの上にちょこんと座ってアゴをガボ~ンとさせているルーファスの横にビビがちょこんと座った。ビビの丸くて愛くるしい瞳がルーファスの顔を映し出す。
「何しに来たのダーリン? もしかしてアタシを迎えに来てくれたとか?」
「そんなわけないでしょ、ちょっとコンビニ行こうとしたら道に迷ったってか、なんていうか……」
 嘘ヘタすぎ!
 普通の人間が迷って来れる距離でもないし、言葉に詰まったらすぐに嘘だってバレるジャン!
 ウキウキ気分のビビがルーファスの腕に絡み付いていると、ビビのようすを見に来たマルコが部屋に入って来た。
「ビビ様、食事を途中で抜け出すなどモリー様も……こ、小僧!?(なぜこいつらがここにいる!)」
 刹那に抜かれるマルコの剣。
 反射的にルーファスは身構えて、へっぴり腰で戦闘モード。
 だが、ルーファスの姿はシルクハットに魔法のホウキにビーチサンダル。ビーチサンダルってところがカッコ悪い。
 剣を構えたマルコから殺気がモンモンと漲っている。ルーファスが少しでも変なマネをしたら殺されるに違いない。すでに格好が変だけどな!
 あと変なところと言えば、例えばルーファスにビビが抱きついてるとかね。
 こ、殺されるぅ~!
「小僧、ビビ様をどうするつもりだ!」
「どうもなにも、私はただの通りすがりで……(死ぬのか、死ぬのか僕は)」
「嘘をつくな! ビビ様を無理やり連れ去る気なのであろう!(やはりあの場で斬っておくべきだった)」
 状況的にルーファスは殺られること確実。しかもビビから追い討ち。
「きゃ~っダーリンに連れ去られるぅ!」
 ウキウキドキドキにはしゃぐニコニコ顔の緊迫感ゼロのビビが、きゃぴきゃぴしながらルーファスの腕に抱きつく。これを見たマルコは怒り頂点マックス!
「おのれ、おのれ、おのれ! ビビ様をたぶらかすとは許せん!」
 疾風のごとく駆けるマルコの一刀がルーファスを襲い、魔法のホウキでルーファスは剣を受けた?
 木製のハズのホウキがマルコの剛剣を受け止めたのだ。さっすが魔法のホウキ……だから?
 思わぬことにマルコは目を丸くして驚いた。
「たかがホウキで我が一刀を受け止めるとは……」
「マジ死ぬかと思った。ベル姐さんありがとう!」
 あの時はマジで邪魔だと思ったホウキだったが、今は拳を握り締めてベル姐さんに感謝感激!
 柄を握り直したマルコの一刀が煌き、ルーファスは紙一重で避けた――秘儀海老反り!
 瞬時に作戦を考えるルーファス。
 そして、閃き煌き、レッツトライ!
 魔法のホウキに跨ったルーファスは逃げた。そう、彼は逃げた。敵前逃亡。逃げるが勝ち!
「ダーリン!」
 自分の背中に向かって誰かの声がしたが、ルーファスは逃げる。
 ホウキに乗って部屋を出たルーファスの後ろを黒狼に変化したマルコが口から炎を吐きながら追ってくる。――ちょっぴり逃げ切れそうもないかも。
 冷や汗タラタラのルーファスは、藁にもすがる思いでシルクハットに手を突っ込んだ。
 シルクハットと言えば、中から何かが飛び出すのお約束だ!
 まずルーファスが取り出したのは――白いハト!
 平和の象徴ですね、これでマルコと和解が……。
「できるかっ!!」
 さてさて、次に取り出したのは――万国旗!
 世界各国の国旗が結ばれたアイテムですね、この国旗のように手と手を結んで和解……。
「役に立つかっ!!」
 えーっと、次にルーファスが取り出したのは――まきびし!
 やっとそれらしいアイテムの登場です。
 忍者が追ってから逃げる時に使うというアイテムまきびし。
 ルーファスは地面にばら撒いた。
 トゲトゲの金属のまきびしを踏んだ敵が『あいたーっ!』って言ってくれるアイテムなのだが、マルコは廊下をひとっ飛び。軽々とまきびしを避けた。
 次のアイテムをルーファスが取り出そうとした時に、目の前に廊下の突き当たりが――つまり壁。
 ホウキは急には止まれない♪
 ドン!
「うがっ!」
 壁に激突したルーファスが床の上でヘバる。
 さらにそこへ牙を剥いたマルコが襲い掛かろうとしていた、その時だった!
 鼻血ブー!!
 壁に顔面を打ちつけた衝撃で、時間差でルーファスは鼻血を噴出させた。
 鼻血はマルコの顔に掛かり、運がいいことに視界を奪った。
 眼眩ましを喰らったマルコが壁に……ゴン!
 強く頭を打ったマルコは足取りをユラユラさせながら、眼はかなり真っ赤に充血して怒りを露にしていた。
「もう許さん!」
 最初から許してもらえる気がしませんでした。
 今度こそ鋭い牙をルーファスを噛み殺そうとした、その時だった!
「止めるのじゃマルコ!」
 廊下に凛と響いたモリーの声。
 マルコの牙はルーファスの服に食い込み、あと一歩のところで肉まで食い千切られるところだった。痩せてるから、肉なんてないけどね!
 ゆっくりと立ち上がるルーファスにモリーが手を差し伸べた。
「妾の宮殿ではなく、他のところでマルコと決闘するがよい」
「……へっ?」
 モリーの手を掴もうとしていたルーファスの手が思わず止まる。
「妾はそちとマルコが戦うことに同意しよう」
「……はぁ?」
 つまり、マルコがルーファスに襲い掛かろうとしたのを止めたのは、屋敷の中で暴れられるの嫌だったから。ごもっともな理由ですな……あはは。
 最初からタダでビビを取り返そうとは思ってないけど、もっと平和的に解決したいルーファス。
「ちょ、私は別に戦いたいわけではなくて、もっと話し合いとかで解決できないかなぁ。みたいな甘い考えできたんだけど……」
 が、そんな話なんて誰も聞いていなかった。
 モリーがなにやらボソボソと唱えた次の瞬間、あらビックリ、ルーファスは月の表面に立っていた。
 なんてこったい!!

《4》

 殺風景な月の上。
 あるものと言ったら大小のクレーターとか、あとは星が綺麗とか、あとは……思いつかない。
 月の上に立つルーファスと対峙する黒狼マルコ。そして、それを見守るモリー。なんだか状況がこんがらがってきちゃったよぉ~!
 ――もつれ合う運命の糸。
 なんてカッコイイ言い方で誤魔化してみる!
 とにかくヤルっきゃないと思ったルーファスは魔法のホウキを構えてみる。
 構えてみる。構えてみる。構えてみる。
「次はどうしたらいいんだよぉ!(僕はもっと平和的な解決をしたいんだけど)」
 泣き叫ぶルーファス。ルーちゃんじゃないルーファスは弱かった。ルーちゃんが攻なら、ルーファスは防。
 よっし、逃げとけ!
 魔法のホウキに跨ったルーファスは月の上を逃走。
 ルーファスの後ろを追う黒狼マルコ。黒狼の姿こそがマルコの真の姿であり、この姿の時のこそマルコは真の力を発揮する。
 マルコの前足の付け根あたりが盛り上がり、肉の中から白い翼が皮を突き破って生えたではないか。次に尾が蛇のように鱗の覆われたものに変わり、その動きはまるで鞭のようだった。
 これこそが神魔大戦のときに神々たちを大いに苦しめた魔獣マルコシアスの姿。
 天に舞い上がったマルコは降下しながらルーファスに狙いを定めて必殺技――〈炎のつらら〉を放った。
 マルコの羽根から炎の槍がルーファスを襲う。この必殺技は一撃で約4000㎡を火の海にできるというのだが、宇宙空間は空気がないから威力激減。ちなみに〈炎のつらら〉をマルコに与えたのは可学者ベルであり、ベルがマルコに不思議な薬を飲ませたことにより、能力を開花させたのだ。
 ルーファスは上空から降り注いでくる〈炎のつらら〉を魔法のホウキを右へ左へさせながら避けつつ、シルクハットの中に入っていた紙切れを取り出して音読した。
「――これを読んでる頃はきっと苦戦して死にそうになってるに違いない。そこで、そんなルーファスのために取って置きの秘密兵器を今なら特別特価の1万ラウルで売ってやろうではないか。……売るのかよ!」
 ルーファスは役立たずの紙切れを投げ捨てて、再びシルクハットの中に手を突っ込んで何かを取り出した。
「呼ばれて飛び出てチャチャチャチャ~ン!」
 ルーファスがシルクハットから取り出したのは、なんとビビだった!
 出て来るなりいきなりビビはルーファスの身体に抱きついた。
「ダーリン!」
「うわぁっ、止めろ、運転中だし!(落ちる落ちるー!)」
 酔っ払い運転とでも表現すべきか、魔法のホウキが右へ左へ動き回る。それを上から狙っているマルコにしてみれば、狙いが定まらなくていい迷惑だ。
 って、これってラッキー?
 だがしかし!
 みなさん、酔っ払い運転はよくありません――だって事故るから。
 ルーファスとビビを乗せた魔法のホウキが突然落下しはじめる。
 そして、ドーン!
 と、地面に衝突。飲酒してなかったのに事故った。原因は別にあったのだ。
 今日の格言――2人乗りは危ないからいけません!
 地面落下したルーファスの上には当然のようにビビが抱きついて乗っている。
「ダーリン大丈夫?」
「う……うう……ふっはははは、あ~ははははっ!」
 ま、まさか……?
 抱きついていたビビの身体に伝わるやわらかな膨らみ。自分より遥かに大きい胸、胸、爆乳!
「ダーリンもしかして……?」
「あ~ははははっ、大魔王準備中ルーファス様光臨!」
 グルグル眼鏡を外し、ビビを抱きかかえて立ち上がったルーちゃんは、ホウキを構えてマルコを待ち構えた。
 降下して来たマルコは地上に降り立ったところでヒト型に戻り、ビビの瞳を見据えながらゆっくりと歩み寄ってきた。
「ビビ様、その小僧からお離れください」
「ヤダよぉ~だ!」
「ビビ様!」
「アタシはやっぱりダーリンと一緒になるんだもん。ねえダーリン?」
 ビビに上目遣いで同意を求められたルーちゃんは、あっさりきっぱりさっぱり首を横に振った。
「いいや。ルーファス♂はどうか知らんが、わたしはおまえのことなど数多くいる愛人のひとりとしか見てないぞ」
「がぼ~ん!」
 ビビちゃん大ショック!
 でも、ビビちゃんは負けません。
「それでもアタシはダーリンに尽くすからいいよ」
 こんな一生懸命のビビの腕をマルコが掴んだ。
「帰りましょうビビ様」
「イヤ!」
 嫌がるビビの腕を引いたのはルーちゃんだった。
「ビビはわたしの女だ」
「……ダーリン」
 好きなひとの胸に抱かれトキメキモードでルーちゃんの横顔を見つめるビビ。でも、次の一言でゲンナリ。
「数多くのひとりのな」
「がぼ~ん!」
 ちょっぴりときめいたビビがバカだった。ルーちゃん相手じゃビビは特別な存在になり得ないのだ。ではルーファスでは?
 ビビの腕から手を放したマルコが剣を抜いた。
「やはりこの小僧を殺さねばならないようだな」
「望むところだ男女!」
 ルーちゃんはビビの身体を背中に押し込めて魔法のホウキを構えた。
 自分を賭けて戦いをはじめようとしてる二人を見て、ビビはちょっぴり胸弾ませてみたり。
「ダーリン頑張って!」
 ルーファスが防ならルーちゃんは攻!
 地面を蹴り上げたルーちゃんが普段のルーファスからは考えられないスピードでマルコに襲い掛かる!
 大剣とホウキの柄が交じり合う。そして、それを挟み睨み合う二人の視線に炎が灯る
ひとりは君主の愛娘を取り戻すため、もうひとりは売られた喧嘩を買っただけ。動機はどうあれ戦いは白熱していた。
 ルーちゃんはホウキの柄を使って相手を剣ごと押し飛ばしたところで回し蹴りを放つ。その回し蹴りを躱したマルコの顔面にすぐさまホウキのモッサモッサした部分が襲い掛かる。だが、マルコはついにホウキの柄を叩き斬ったのだ!
 ホウキを斬られたルーちゃんに剛剣が振り下ろされる。
 カーン!
 鳴り響く金属音。空気がないから音がしないなんていう無粋なことは言わないで、魔法よ魔法。
 ルーちゃんが相手の攻撃を受け止めたアイテムは魔法のフライパンだった。
「あ~ははははっ、フライパンで加熱してメインディッシュに喰ってくれる!」
「戯言を抜かすな、俺の方こそ貴様を喰らってくれるわ!」
「ピコ・ファイア!」
 フライパンに炎系魔法を宿して、次の攻撃に移ろうとしたルーちゃんの身体に突然異変が起きた。
「う、うう……」
 胸を押さえてうずくまるルーちゃんはそのまま地面に膝をついてしまった。この時こそチャンスとマルコが剣を振り下ろすと思いきや、マルコは気高い武人であった。
「大丈夫か小僧、どうしたのだ?」
「胸が……この感覚は……覚えがあるぞ……ローゼンクロイツだな!」
 ビシッとバシッとシャキッとルーちゃんが指差すと、ぜんぜん違う方向から声が帰って来た。ええ、眼が悪いですから。
「……ルーちゃんこっちだよ(ふあふあ)」
 ルーちゃんが指差した方向とは見当違いのところで、ローゼンクロイツがワラ人形に杭を打ち込んでいた。ルーちゃん古典ギャグありがとう。
 だが、どうして今更ローゼンクロイツが?
 ルーちゃんは胸を押さえながらローゼンクロイツに手を伸ばした。
「なぜローゼンクロイツが……わたしのことあきらめたのではなかったのか?」
「ブッコロスゾ、テメェ!」
 ピエール呪縛クンは今日も口が悪い。
 そして、今になってラクダに乗って追いかけて来たモリー登場。
「万が一のことも考えて、その空色は妾たちの仲間になるように術をかけておったのじゃ」
 うはっ、清ました顔してやること汚い。
 主人は汚いが、マルコは苦しむルーちゃんに付き添っている。代わりにビビが戦闘に立った!
 ビビはどこからともなく大鎌を取り出し、ブンブン振り回しながらローゼンクロイツに襲い掛かった。だが、ローゼンクロイツは意外に運動神経が良いので軽く避けて、ついでにビビのおでこにデコピン!
 パシッ!
 おでこにクリーンヒットを喰らったビビは痛みのあまり倒れこみ、地面の上をゴロゴロ転がり回った。その時ルーちゃんは見た。
「あ、くまだ!」
 揺れ動くビビのスカートの隙間から、こちらを覗いて笑っているくまさんを確認したのだ。
 身体の芯から力の湧いてきたルーちゃんは信じられないスピードで走り、ローゼンクロイツからワラ人形セット一式を奪い取ることに成功した!
 あからさまに『しまった!』という表情を作るローゼンクロイツ。
「そ、そんな!?(ふにゃ)」
 このセリフもワザとくさい。
 そして、ローゼンクロイツは再びポケットからワラ人形セット一式を取り出した。ちなみにこのワラ人形の名前はジョニー呪縛クン。
「何個持ってるんだよ!」
 ルーファスは再びワラ人形を奪い取った。
 が、ワラ人形はもう1つだったの!
 その名もワラ人形マイケル呪縛クンだ!
「だから何個持ってるんだよ!」
 ルーファスはローゼンクロイツの後頭部をド突いてワラ人形を奪った。
 すると、さらなるワラ人形がっ!!
「いい加減にしろ!」&「いい加減にして!」
 ルーファス&ビビが揃ってローゼンクロイツをド突いた。
 そして、またまたワラ人形を取り出そうとしたとき――ピタッとローゼンクロイツの動きが止まった。
 腐れ縁のルーちゃんは直感的にイヤな予感がした。
「来るぞ!」
「……はくしゅん!(にゃ!)」
 ローゼンクロイツが大きなクシャミを1発。
 ルーちゃんが叫ぶ。
「〈猫還り〉が発動した、逃げるぞ!(マズイぞ、こんなときに発動するなんて)」
 いったいルーちゃんは何をそんなに焦っているのか?
 ローゼンクロイツに変化が起こっていた。
 頭からぴょんと出るネコミミ、お尻からぴょんと生えた尻尾、それはまさに猫系獣人の姿だった。
 万物全てをあざ笑うかのごとく、ローゼンクロイツが口元を歪めた。
「にゃー!!」
 ローゼンクロイツが鳴き叫んだ瞬間、そこら中にネコの人形が溢れ返った。
 これぞトランス状態のローゼンクロイツの必殺技『ねこしゃん大行進』だ!
 実はこのねこしゃんたちは爆弾だったりする。
 縦横無尽に走り回るねこしゃん同士がぶつかって、ドーンと綺麗な花火を咲かせます!
 ぶっちゃけ、巻き込まれたらタダじゃ済みません!
 魔導バリア張ったモリーが目を剥いた。
「何事じゃ!」
 見てのとおりの大惨事です。
 次から次へと爆発が起こり、月のクレーターが増えていく。
 ビビに襲い掛かるねこしゃん!
 マルコが走る!
「ビビ様!」
 だが、間に合わない!
 ルーちゃんがビビを抱きかかえて爆発に巻き込まれた。
「ダーリン!」
 爆発に巻き込まれながらもルーちゃんは身を犠牲にしてビビを守った。
 地面に横たわったルーちゃんは身動きひとつせず、服はボロボロで、顔も煤で真っ黒だ。
 ビビは傍らに膝をついてルーちゃんの体を揺すった。
「ダーリンしっかりして、死なないでよ!」
 返事はなかった。
「ダーリン!!」
「う……ううん……ここは?」
「よかったダーリン♪」
「いったい……なにが?」
 ルーちゃんの巨乳がへっこんでる――つまり、ルーファスだ!
 グルグル眼鏡をかけたルーファスは辺りの状況を確認した。で、見なかったことにした。
 そこら中で大爆発の花火が咲き乱れていた。
「ローゼンクロイツの〈猫還り〉か……放置して逃げるのが1番だね♪」
 ニッコリ笑顔でルーファスは言った。
 モリーとマルコは魔導バリアで必死に爆発を耐えていたが、そろそろ限界に達しようとしていた。
 モリーがルーファスに顔を向けて叫ぶ。
「あの獣人をどうにかするのじゃ。さすればビビとのこと認めてやろうではないか!」
 ビビは拳を胸の前で握ってルーファスに向かって笑顔炸裂。
「ダーリンファイト♪」
「ムリだよ!」
 だが、ここでやらなきゃ男じゃない!
 足をガクガクさせながらルーファスは奮い立った。
 マルコも戦闘態勢に入っていた。
「俺がサポートする、その隙に奴を止めろ!」
「止めろって言われてもやり方が……(とりえず、あの頭から生えてるアンテナを抜いてみようかな)」
 ルーファスが悩んでいると、すでにマルコはねこしゃんに向かって走っていた。
 ねこしゃんの気が囮に取られている間にルーファスは走った。
「クイック!」
 運動能力を上げ、一気にローゼンクロイツまで駆け抜ける。
 つもりだったが、いきなり爆発に巻き込まれた。
 ドーン!
 ぶっ飛んだルーファスの眼下に見えるローゼンクロイツの後頭部。
 このまま落ちれば行ける!
 ルーファスがアンテナを掴んだ!!
「やった!」
 そのままルーファスは覆いかぶさるようにローゼンクロイツを押し倒した。
 ぶちゅ~っ♪
 全てを見ていた全員が凍りつく。
 男×男の危険な情事発動!
 ルーファスがローゼンクロイツを押し倒して、思いっきり二人は熱きキスをしていた。
「うわっ!!」
 慌ててルーファスは飛び起きて、袖で何度も口を拭く。
 何度吹いても精神的には消えません!
 キスをされたほうのローゼンクロイツは、眠り姫のように安らかに寝息を立てて眠っていた。どうやら魔力を大量に使って疲れてしまったようだ。
 でも、どうやら一件落着したようだ。
 駆け寄ってきたビビはルーファスに抱きついた。
「やったねダーリン! これでアタシたちずっと一緒にいられるよ♪」
 モリーとの約束だった。ローゼンクロイツをどうにかしたら、ビビとの仲を認めてくれると――。
 が、しかし!!
 モリーは契約書を取り出してビビに見せた。
「この契約はもうすぐに無効になる」
「えっ、そんなハズないよぉ!」
 そう言いながらビビも契約書をまじまじ見た。そして、目を丸くして口をO型に開けた。
「ダーリン大変なの、契約書見て!」
 モリーはルーちゃんの鼻先に契約書を突きつけた。けれど、書かれている文字は古代文字。
「読めないよ!」
 声を上げるルーファスの前に、勝ち誇った顔をして立ちはだかるマルコが軽く咳払いをした。
「この契約書は代償を払わねば2週間で契約解除ができると記されているのだ!」
 今日はビビとルーファスが契約を交わしてからちょうど2週間だったのだ。そして、契約を交わしたのは2週間前の午後4時ごろであり、契約条件はドラ焼き100個。
 時間もなければ、月にドラ焼き屋さんがあるとも思えない。
 ちょー絶体絶命!
 モリーがマルコの説明に補足をした。
「契約がただ解除されるだけではない。悪魔との契約を破棄したそちは代償として魔物に八つ裂きにされるのじゃ」
 状況理解をしたルーファスは地面に手をついて崩れ落ちた。
「ダーリン!」
 マルコに腕を掴まれビビはモリー伯爵とともにルーファスから離れていく。だが、もうルーファスには何もできない。歯を食いしばって俯き、時間とともに魔物に八つ裂きにされるのを待つしかなかった――。

 
魔導士ルーファス総合掲示板【別窓】
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