第1話_エクストリーム生徒会選挙!

《1》

「私がこの学園の学園長――天道舞桜だ」
 収容人数約一万五千人を誇る巨大なホールのステージ立つ美少女。
 桜色のロングヘアーを風に靡かせ(黒子たちが扇風機で風を起こしている)、端正で知的な顔立ちだが学園長と呼ぶには若く、この学園の白い制服で身を固めている。
 そう、この美少女は学園長で生徒なのだ。
 天道舞桜の個人データの入手は、簡単に情報漏洩してしまうような企業や行政に比べ、断然ガードが堅い。なぜなら、彼女は経済市場において世界を支配する超巨大グループ企業の会長の孫娘だからだ。
 トップシークレットな彼女だが、人々から投げかけられるよくある質問にはちゃんと会見を開いて答えている。
 ――桜色の髪の毛は地毛だが、何か問題でもあるのか?
 センセーショナルなこの発言は、長らく論争を続けていた〈地毛派〉と〈染め派〉の戦いに終止符を打つこととなった。しかし、ネットでは未だに〈染め派〉が活動を続けている。ちなみに〈ウィッグ派〉などの少数派は最初から相手にされなかった。
 事あるごとにマスコミにネタを提供してくれる舞桜様(信者は様付けしている)だが、もっともホットなネタは超巨大学園都市を造ってしまったことだろう。
 美しかった国――日本のアバウトに言うと相模湾ら辺に造られた人工海上都市アトランティス(一部では魔術師たちが浮上させたとも)。
 何かの圧力で治外法権のこの島の中心部に私設舞桜学園高等部がある(天道舞桜は『まお』だが、学園の名は『まおう』と読ませる)。
 そして、まことにお日柄もよい今日は舞桜学園の第一期入学式なのだ!
 新入生の数は約五〇〇〇千人で、収容人数一万五千人のホールはエキストラの皆さんで埋め尽くされている。
 熱気と歓声に包まれるホール。エキストラの皆さんが給料分働いている成果だ。
 そんな異様な空気なせいで緊張と不安を顔に浮かべる夏希。
「(新しい学校だし、制服も可愛かったから受験したけど……失敗だったかも)」
 入学式早々、心の中で後悔の言葉を呟く夏希だった。
 栗色のセミロングヘアが似合う、良くも悪くも平凡な少女――岸夏希。
 サラリーマンと専業主婦の間に生まれ、経済状況は中の下くらいだが明るく平凡な家庭で育ち、小中の学校生活もたくさんの友人に囲まれ平凡な人生であった。
 しかし、この学園に入学したことを期に、平凡な人生がチョメチョメになるとは、夏希は知るよしもなかったのだ……。
 フリーに転向した女子アナの司会で入学式は進む。
「では続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表――魅神菊乃」
 名を呼ばれた女子生徒が席から立った瞬間、異様なざわめきがさざ波となってホールに広がった。
 遠くの席から見ていた夏希も眼を丸くしている。
 その瞳に映ったのは黒衣の少女。学園指定の制服と形は同じだが、色が黒なのだ。しかも、着物の柄のような花や蝶がちりばめられている。
「(絶対に特注だ!)」
 心の中で夏希が叫んだ瞬間、壇上へ登ろうとしていた菊乃が、艶やかな黒髪を靡かせながら急に振り返った。
 夏希は思わず息を呑んで、心臓を鷲掴みに潰された。
 ――人の姿をした狐がこちらを見ている。
 それは菊乃が被る狐のお面だった。彼女はその日本人形のような出で立ちに加え、狐面で顔まで隠す変質者だったのだ。
 壇上に立った菊乃はマイクに向かって小さな声で話しはじめた。
「下賤な新入生たち、浮かれているのも今の内よ。貴様らは明るい未来など本当に信じているのかしら? うふふ、馬鹿馬鹿しい」
 一瞬にしてホールは『は?』という感情に包まれた。
 そして、菊乃はこう続けたのだ。
「早く首を吊って逝ってしまいなさい、そうすれば楽になれるわよ。ただし、首を吊った屍体を皆さんは見たことがあるかしら……鬱血により[長い自主規制]、それだけでも無惨だというのに、首を吊る前に食事を摂っていたり、用を足していなかったりすると[長い自主規制]。死して醜態を晒すのと、生きながらにして醜態を晒すのと、どちらがいいのかしらね、うふふ」
 蒼い顔をする者や席を立つ者が続出。
 何であんな[自主規制]女に代表挨拶させるんだよ――という暴動が起きる寸前だった。
 夏希も話を聞きながら口に手を当てていた。
「何あの人……どうしてあんな人が代表挨拶に選ばれたの?」
 独り言ように呟くと、隣にいた女の子が小さな声で教えてくれた。
「入試でトップの人が挨拶するらしいよ。あの子、全教科満点だったんだって」
「ホントに!?(やっぱり頭の良い人って変わってるのかな)」
 ビックリしながらも妙に納得してしまった夏希。納得できるレベルなのか?
 周りの空気など気にせず菊乃は話を続けている。
「わたしは大勢の前に立ちたくはなかった。怨み決して許さない、退学という暴力を突きつけ、わたしをこの場に立たせた――そこの女を」
 狐面が振り向いた先にいたのは桜色の髪をした舞桜だった。
「君が駄々をこねるから、仕方がなく退学という言葉を持ち出したんだ。しかし、結局のところ君は屈したのだよ、その場に立っているのだから」
「復讐は近いうちにするわ。この学園の悪しき裸の王様のあなたから、権力も財産もすべて失わせてあげる。路頭に迷ったあなたを誰も助けてはくれない。人知れず汚い路上で朽ち果て、野犬に喰われ臓物を[自主規制]て死んでいくのよ」
「身ぐるみを剥がされ、地位や名誉を奪われようとも私は構わない。もっとも大切なモノは君ですら奪うことはできない――それは勇気だよ」
 凛と言い放った舞桜は神々しいまでに輝いていた。スポットライトを当てる黒子が良い仕事をしているからだ。
 菊乃は踵を返して舞桜に背を向けた。負けを認めたわけではない。
「あなたは手強いわ。けれど、すでに弱点は見つけてあるから、楽しみにしていて頂戴」
 そのまま菊乃は壇上を降りてホールの出口へと歩き出してしまった。
 途中、菊乃は一度だけ足を止めた。
 狐面が見つめるその方向には――?
「……え?(あたし?)」
 夏希は眼を丸くした。
「そう、貴女よ」
 遠く離れた場所で、尚かつ小さな声だったため、菊乃の言葉が夏希に届くことはなかった。
 しかし、その言霊は確かに夏希の背筋をゾッとさせた。
「寒っ!」
 微妙になってしまった空気を持ち直そうと、スタッフが女子アナに司会の続行を促しているのだが――アレ、音声が入らない?
 誰だマイクの電源落としたヤツ!!
 ハッとした人々が脳裏に浮かべたのは妖狐の少女。妖術か、妖術とか駆使したのかッ!
 騒ぎを治めようと舞桜が壇上に立とうとした瞬間だった。
 頭上からライト落下!
 絶対に呪いだ!
 落ちてくるライトを悠長に見つめる舞桜はまったく動じていない。だが、逃げるそぶりも見せなかった。
 このままでは重症患者が一名緊急輸送されてしまう――と思った刹那、どこからともなく現れたピンクの影がライトに飛び蹴りを炸裂させた。
 リンゴ大好きニュートンが唱えた〈運動の三法則〉に則って、舞桜の頭上に落ちるハズだったライトは軌道を変え、強い力で蹴られたため遠くまでぶっ飛んで逝った。
 舞桜は何事もなかったようにメガホンを手に取っていた。
「このあと、ペンギン村で活躍した前総理大臣の挨拶などを予定していたが、皆もそろそろ退屈してきたころだろう」
 ひとり前のアベ・ハートではないのは、やはり人気の問題だろうか。
 というか、ハプニングが続いて退屈なんてしてられませんが?
 と言いますか、ピンクの影はノータッチ?
「予定をすべてキャンセルして、私の権限で入学式を終わりにする」
 すでに過半数が舞桜の発言についていけてない。
「それでは、これより第一回エクストリーム生徒会選挙を開催する!」
 唐突な開催宣言に一〇パーセントの生徒もついていけていないだろう。内閣だったら不信任案を出されても仕方がないパーセンテージだ。
「ルールは至って簡単だ。いち早くゴールにたどり着いた上位五名が一位から順に、会長、副会長、書記二名、会計に任命される」
 何か大事な説明が欠落してませんでしょうか?
 暴走して話し続ける舞桜を止める者はいなかった。だってここで一番偉いんだもん。
「すでにレースに参加する一〇一名は選抜されている。もちろん、それ以外の者も参加を認めよう。しかし、選抜された諸君らは強制参加である。正当な理由なくレースを辞退した場合は、学園中の便所掃除一年間というペナルティが待っているので心しろ。なお、生徒会役員になった者は三年間の学費免除、さらに会長になった者には、私の力でどんな願いも一つだけ叶えてやろう!」
 生徒会選挙ですよね?
 民主主義に則って投票方式ではないのですか?
 ここは独裁国家なのでしょうか?
 そんなわけで第一回エクストリーム生徒会選挙が幕を開けたのだった。
 てゆーか、本当にピンクの影はスルー?

《2》

 入学式のあと、生徒たちは決められた教室へと移動した。ここでクラスメートと初顔合わせだ。
 一年A組の教室に入った夏希はほっと胸をなで下ろした。
 なんだか普通だ。
 舞桜と菊乃のインパクトが強すぎて、人間不信に陥って周り全部あんな≠カゃないかと錯覚するところだった。
 ところがどっこい、すでに教室に集まっていた生徒は少なくとも見る限りは普通。交流を持ってみないと確証は得られないが、兎にも角にも一安心だ。
 夏希は中学生の入学式を思い出した。
 はじめての教室。
 市立の中学だったので、小学校からの顔ぶれも多かった。
 今は独り。
 でも、新たな環境を臆することなく、むしろ夏希は楽しみにしていた。
 とにかく誰かに話しかけてみようと試みる寸前だった。
 この教室から音が盗まれてしまった。
 華麗な盗人は生徒たちの心も奪い、その視線を一心に浴びて教室に入ってきた。
「ごきげんよう、我がクラスメートたちよ!」
 桜色の髪の毛を靡かせ颯爽と歩く舞桜。軽やかな足取りで迷うことなく、夏希の横の席に鎮座した。
「エーッ!?」
 叫ぶ夏希。
 自分の横にあの天道舞桜が座った!?
 すっかり他人だと思っていた要注意人物が、まさか今こうして横の席にいるなんて!?
 瞳をクリクリさせる夏希と向かい合った舞桜は、キラーンと輝く歯を覗かせながら神々しいまでの笑顔を浮かべた。
「はじめまして岸夏希さん」
「どうしてあたしの……」
 言いかけたそのときだった!
 ぶちゅ〜っ♪
 唇と唇が重なったのをここにいる全生徒が目撃して白く固まった。
 舞桜に抱き寄せられ、驚異の早さで夏希は唇を奪われたのだ。
 真っ昼間から接吻なんてけしからん!
 驚きのあまり抵抗も出来なかった夏希だったが、急に我に返って舞桜の肩を突き飛ばした。
「何するの!?」
 叫んだ夏希の顔は真っ赤だ。怒りではなく、恥ずかしさでいっぱいだった。
 今も唇に残る感触。
 嫌な感じはしなかった……むしろ……。
「(気持ちよかったなんてあたしどうかしてる!)」
 すでに夏希は籠絡されていた。
「(しかも同じ女の子なのに!)」
 それがショックを倍掛けにしていた。
 性犯罪者のレッテルを貼られても可笑しくない当の本人は、平然とした態度で悪びれた様子もない。
「顔を赤らめ恥ずかしがる君も実に愛らしい」
「あたしのことからかわないで!」
 涙を目頭に溜めた夏希は教室から走り去ろうとした。
 その手を舞桜が握って引き留めた。
「また逃げるのかい、君は?」
 何を言われているのかわからなかった。だが、その言葉で夏希は足を止めた。
「逃げる?」
「君はどんな中学時代を送ったから調べさせてもらったよ」
 急に夏希の顔に暗い影が差した。
「(何を知ってるの? どうして、なんで……わかんないよ)」
「君のことは私が一生守ろう。なぜなら君は私の婚約者だからね!」
「……はっ?」
 暗い気分にそのまま呑み込まれるかと思われた夏希だったが、あまりの素っ頓狂な舞桜の発言ですべて吹き飛んでしまった。
 教室中が息を吹き返したようにざわつきはじめた。
 世界的大富豪の孫娘に婚約者発覚!
 これはマスコミも食いつくスキャンダルだ。
 天道舞桜の人気は計り知れない。特にネットではカルト的な人気を持っている(一部噂では、莫大な資金を投入した自作自演とも言われている)。
 婚約者だと名指しされた夏希の人生がスッテンコロリンすることは目に見えている。
 とりあえずストーカー被害からはじまり、最悪舞桜のファンに暗い夜道で刺殺でオチがつくだろう。
 しかも、相手が女≠ネんて、男どものショックも計り知れないが、ネットで『舞桜お姉様』と萌えている腐女子どもの嫉妬も計り知れない。
 許容範囲を越えた出来事に夏希は挙動不審になるばかり。
「待って待って、あの、その、これじゃなくてそれじゃなくて、何がどうして、婚約者って結婚を前提に……前提にぃッ!? あたし女の子なのわかってですますよね、天道さんってレズなんですか!!」
 一方の舞桜は冷静そのもの。
「ビアンだとかゲイだとか、性別という概念は私にとってさほど重要なことではない。好きなモノは好き、自分の気持ちに素直なだけだよ。好きなモノには頬を重ね、キスをしてみたくならないかい?」
「なりません。普通女の子同士でキスもしません。女の子同士で婚約者になったりもしませんから!」
「それは法律上の問題を言っているのかい?」
「そういうことじゃなくて、なんでわかってくれないの!」
「理解しようとしていないのは君のほうだ。人が人を好きになることを尊重し、性別における固定概念など捨てるべきだ」
「あーもぉー聞きたくない聞きたくない」
 夏希は自分の席に逃げ帰って、耳を塞いで机に顔を向けてしまった。
 ため息をついた舞桜が教室を見渡すと、一斉に生徒たちは顔を逸らして何事もなかったように自分の席についた。きっと生徒たちの気持ちは悶々してるに違いない。
 次の展開が気になる。ここで来週に続くなんて言わせない。早く続きが見たいのだ!
 舞桜は自分の席に鎮座して、真摯な瞳で夏希を見つめた。
「そうやってまた殻に閉じこもる気かい?」
 反応はなかった。夏希は耳を塞いだまま顔を伏せたまま。それでも構わず舞桜は話し続けた。
「この学園は君の意思で来たのだろう? 新たな世界で変わろうと君は意気込んでいたはずだ。それを初日からすでに塞ぎ込んでしまっては、また同じことの繰り返しだ」
 ゆっくり夏希は耳から手を離し、うつむいたまま口を開こうとした。
「……あなたのせいでしょ」
 低く怨みのこもった声。
 確かに舞桜は怨まれても当然な性犯罪者予備軍だ。キスはするわ、夏希の地雷は踏むわ、謝る気ゼロだし、親の顔が見てみたい。
 そんでもって舞桜は甘い声でこんなことを言い出す始末。
「君にそんな声は似合わないよ。君の笑顔で明るい声が私は好きだよ」
 どう考えてもナンパだし、空気が読めないにもほどがある。
 さらに舞桜はこう続けたのだ。
「しかし私のせいにするのもどうかと思うね。世界は今日も君や私、ここにいる一人一人を中心に廻っている。世界を変えられるかどうかは君次第だよ。その手助けになるように、私はすでに君へチャンスを贈ったのだけれどね」
 ハンターチャ〜ンス!
 巡ってきたチャンスを狩ってモノにできるかは自分次第。けれど、舞桜が夏希に贈ったチャンスとは?
 ついに夏希は顔をあげた。言葉は発しない。ただ目で舞桜に訴えかけ、答えを欲している。
 舞桜は深く頷いた。
「私が君をこの学園に入学させたのだよ」
「…………(入学させたってどういうこと?)」
「残念ながら君のペーパーテストの結果は見るに堪えないモノだったからね。まさかマークシートをずらして記入するなんて、本来ならば不合格とするところをだったのだが、面接や自己アピールの資料の評価は良かった……というのは建前で、私の婚約者を不合格にするわけにはいかないからね、学園長の特別推薦枠で合格を認めたのさ」
 それって職権乱用?
 知らないうちに裏口入学?
 夏希ショック!!
 さっきまでとは違うショックで夏希は落ち込んでしまった。
「頑張ったのに……テスト勉強とか面接の練習とか頑張ったのに……実力じゃなかったなんて……(あー立ち直れない)」
「運も実力のうちさ。君は合格してここにいる。それこそが大切な事実なのだよ」
 何かもっともらしい発言で煙に巻こうとしている。
 しかもこの話題はここで打ち切りと言わんばかりに、白衣を着た爆乳教師が教室に乗り込んできた。
「ハロォ〜エブリバディ! アタクシはこの学園を影から支配する……じゃなかった。このクラスの担任の鈴鳴ベルよぉん♪」
 ブロンドの髪と日本人離れした顔とナイスバディ。爆乳もさることながら、タイトスカートから伸びる脚がエロイ。犯罪的な色香を漂わせる美人教師に男子生徒たちの眼は釘付けだ!
 生徒と女教師の禁断の愛を妄想した者も少なくないハズ。
「そこの男子、おっ立って自己紹介をしなさい」
 ビシッと人差し指を向けられた男子生徒は、[自主規制]がおっ勃ちそうになったのを抑えて、モゾモゾしながら席を立った。
 が、しかし、口を開こうとしていた生徒は放置プレイでベルは次の話題をはじめていた。
「まず生徒手帳配るわよ。明日から授業はじまるけれど、教科書はちゃんとみんなの家に郵送されてるわよね。届いてない人いたら自分でどうにかしなさい」
 男子生徒はおっ立ったまま。
 ベルは白衣のポケットから紙切れを取り出した。
「生徒会選挙は一時からよ。このクラスからも何名か選ばれているわ。自主的に参加したい人は自分でどうにかしないさい。他の者は帰宅するか、特設会場で応援もできるわ。それでは可哀想な強制参加者という生け贄の名前を読み上げるわよぁん♪」
 男子生徒の放置プレイは続く。
 全校生徒は約五〇〇〇人に中から一〇一名が選抜される。一クラスあたりの人数は約五〇名なので、一人くらいは名前が呼ばれるハズだ。
 ベルが爆乳を揺らして声を張り上げる。
「天道舞桜!」
 さらにもう一人!
「岸夏希!」
「……うっそ〜っ!」
 思わず夏希は机を叩いて立ち上がっていた。
 完全にヤラセだ、仕組まれていたワナだ、天道舞桜の陰謀に違いなかった。

《3》

 第一回エクストリーム生徒会選挙の映像は、現場の中継車からビビっと電波を飛ばして特設会場及び、海上都市アトランティス内のテレビが見られる場所で観覧可能だ。
 レースの勝敗は至って簡単。早くゴールをしたもん勝ち。上位五名が生徒会役員に任命されることとなる。
 見事、生徒会役員になれた暁には三年間の学費免除。さらに会長となった者は舞桜はどんなお願いでも叶えてくれるらしい。
 ちなみにレースには反則が設けられていないため、一部の参加者たちが卑劣な手段を行使することが予想されている。
 それではコースの説明を――と言いたいところだが、レースがはじまるまでコース内容はトップシークレット扱いなのだ。
 ただの徒競走かもしれないし、トライアスロンかもしれないし、最悪の場合は生死を賭けたサバイバルレースかもしれない。
 自主参加者はまだしも、強制参加者たちが不安を抱かないハズがない。
 何が不安を煽っちゃっているかと言うと、参加者の目の前に広がる密林……やっぱりどう考えてもサバイバルだし!
 この密林は関係者の間では、特別演習場と呼ばれる設備だ。野生の自然環境を再現し、動植物もわんさかしている。何の演習場なのかはシークレット扱いだ。
 スタート地点に集められた参加者たちはざっと一〇〇名ちょい。自主参加者はあまりいなかったようだ。
 強制連行された夏希は不安を覚えながら、なんだかんだ言いながら舞桜の傍にいた。この状況下で他に頼る者がないという理由だが、よくよく考えたらこの状況の元凶は舞桜である。
 どこからか黒い邪気がっ!
 かの有名なハウツー本にも描かれている海を割った老人パフォーマーのごとく、その黒い影は割れた人混みを通ってこちらにやってくる――魅神菊乃だ。
「天道さん、事故には気をつけることね」
 その言葉だけを残して音もなく立ち去ってしまった。
 夏希が小さく舞桜に耳打ちする。
「魅神さんだよね。あの人も選抜組なの?」
「ああ、彼女は私を抜いて学年首位の成績で入学したから当然だ。しかし、彼女が選ばれた理由はほかにある」
「(変わり者だからかな?)どうして?」
「彼女の血筋は凄まじい。代々オカルトに家系に生まれ、父はゴーストハンター、母はイタコというオカルト界のサラブレットだからな(重要な戦力となることは間違いないが……)」
 重要な戦力とはどういった意味だろうか?
 レースの開始時刻が刻々と迫る。
 スタートラインギリギリに立っている者は少ない。強制参加組のほとんどは、ちょっと下がったところに立っている。
 もちろん舞桜は先頭に立っている。道連れの夏希も同じ位置。
「天道さん会長目指してる……の?」
「何を今更、学園を支配下に置くためには当然じゃないか」
「(支配下って)学園長なんだからもう十分じゃ?」
「実力で得た地位でなければ意味がないのだよ」
「(この人が何考えてるのかわかんない)」
 生徒会役員をレースで決める時点で意味不明だ。けれど、はじめからただの生徒会役員≠選ぶためではないとしたら……。
 五〇〇〇もの生徒がいれば、中にはヤル気満々の命知らずも一人か二人はいるだろう。
 スタート地点で動作過剰で準備体操をする青年。
「ギャーッ足つった!」
 そして、地面に転がって悶える青年。
 どう見てもアホです。ごちそうさま、お腹いっぱいのアホでした。
 AHOとは空気感染を引き起こすウイルスの一種だ。耐性のない者はすぐに感染してしまう。それ故に、アホは無視するのが一番である。
 だから地面で悶えるアホに優しい言葉なんて掛けてはいけないのだ。
「大丈夫?」
 夏希が声を掛けてしまった。
 目と目が合う瞬間。
 時間が止まり、まるで世界にいるのは二人だけ。
 青年は静かに言葉を紡ぎ出す。
「家族以外の女に声を掛けられたのは一年と三ヶ月ぶりだ」
 ……キモッ!
 そうと決めつけるのはまだ早い。引きこもりだったから仕方なく……それはそれで(コメントは差し控えさせてもらいます)。
 変なヤツに関わってしまったと気付いても遅い。普通は関わる前に気付くものだ。これがアホウイルスの恐ろしいところである。
 夏希がどうやってこの青年との関わりを断つか考えていると、いきなり!
「オレ様と結婚してくれ!」
 出会って三分もしないで愛の告白!
 慌てる夏希。
「え、え、えっ、そんなこと言われても困る!」
「その通りだ、私の女に手を出さないで貰おう!」
 白い鞘から趨った輝線。
 刀の切っ先を青年の首に筋に突き付け、そこには舞桜が立っていた。華麗な銃刀法違反だ。
 殺意のこもった瞳で舞桜は青年を睨んでいた。
「邪道ハルキ……久しぶりだな」
「邪道じゃない覇道だ。会わないうちに……オレ様より身長高くなりやがって、ショックで立ち直れねぇ!」
 両手両膝を地面付けるという、ネット上で有名なポーズで落ち込む覇道ハルキ。
 どうやら二人は知り合いらしい。
 落ち込んでいたかと思うと立ち直りも早いハルキ。
「だが、身長は伸びても胸はぺったんこだな! 胸囲で勝負したらオレ様が勝てるくらいの無乳だな! 勝った、オレ様は勝ったんだ、あの大富豪の天道一族に勝ったんだ!」
 目頭から熱い心の汗を流しながら勝利を噛みしめるハルキ。
 舞桜は眼から冷凍ビームをハルキに浴びせている。
「むにゅぅとは何だ、新種の軟体動物か何かか?」
「無い乳って書いて無乳だバーカ!」
「つまり私のことを蔑む暴言と解釈するべきだな。しかし、胸がないことに私は何のコンプレックスも持ち合わせていない。さらに言えば、狩猟民族のアマゾネスは、弓を使う際に乳房が邪魔になることから切り落としていたとも伝え聞く。つまり豊満な胸とは無駄なものなのだ」
「バーカバーカ強がってんじゃねぇよ、バーカ!」
 バカって言う方がバカを体現している素晴らしい標本だ。
 ハルキの声なんか右から左に受け流す舞桜は、メガホンでしゃべる職員に耳を傾けていた。どうやらスタートまで『あと一分』というアナウンスをしているらしい。
「夏希、トップでスタートするぞ」
「あたしは別に生徒会役員にならなくても……(頼まれてもやりたくないけど)」
 すでに舞桜の視線は遠く、夏希の言葉が届いているかわからなかった。
 スタートまで一〇秒を切った。
 審判がショットガンを構えたのを見て動揺する生徒がいる間に――。
「位置について!」
 3、2、1――。
 バン!
 天空に木霊する銃声の合図と共にいち早く飛び出した舞桜が――コケたッ!?
「ッ!」
「お先に!」
 そう言ってニヤっと笑ったのはハルキ。こいつが足を引っかけたのだ。
 だが、舞桜は超絶的な運動神経を発揮して、地面に手を付いて倒立前転にひねりを加えて華麗な新体操を披露した。しかも、どの角度からもパンチらしないという神業。
 が、着地の瞬間に完璧は崩壊した。
 グキッ!
 これは実際に聞こえた音ではない。心象の音だ。まさにこの状況に相応しい擬音。
 なんと舞桜は着地に失敗して足をひねってしまったのだ。
 ズサーッ!
 しかも、勢い余って顔面から地面にダイブした。
 ありえない、あの天道舞桜がこんな痴態を晒すなんて明日は季節外れの雪が降る!
 カエルのように地面にへばる舞桜の横を静かに通り過ぎる黒い邪気。
「まだ序の口よ、天道さん」
 菊乃だった。
 この瞬間、一部始終を見ていた夏希は思ったことを口に出してしまった。
「呪っ!」
 物的証拠はない。でも、でも……詮索したら呪われそうだからやめておこう。
 恐怖のあまり誰も動けない中、長身の男子生徒が舞桜に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか天道さん」
 何故かこの場に鋭い憎悪が駆けめぐった。
 理由は顔に出やすい夏希を見ればおのずと見えてくる。
 瞳をキラキラさせながら、ちょぴり頬を赤らめる表情といったら?
「(あの人……とってもイケメン)」
 夏希はイケてると思った程度だったが、中には嫉妬を渦巻かせる女子もいる。王子様に手を差し伸べられた姫が目の敵にされたのだ。
 そよ風のような爽やかな風体と、決して暑苦しくない優しい笑顔。一部の非モテの男子からは大変嫌われそうな感じがする。
 だが、そんな王子様もフラれることもある。
 舞桜は差し伸べられた一瞥しただけで、自らの力でゆっくりと立ち上がった。
「男の手は借りない。だが、気遣いには感謝しよう――鷹山雪弥(闇の狩人と聞いていたが、実際に会ってみると印象が違うな)」
 雪弥は静かに手を下げた。
「僕の名前を知ってるなんて驚きだな」
「(僕……か)全校生徒の顔と名前くらいは覚えて――」
 舞桜の言葉が突然遮られた!
「きゃ〜っ、転んじゃったぁ〜!」
 女子生徒がコケていた。ワザとらしくというか、絶対にワザと。抜け駆けした女子生徒の末路を考えると怖くて眠れない。
 すぐに雪弥はその女子生徒に駆け寄っていた。見事にブリッコの術中にハマった形だ。
「きゃん、あたしも転んじゃったぁ!」
「あたしも〜!」
「わたしも〜!」
「おいどんも〜!」
 次から次へとあがる女子の声。
 ちょっとした特異な状況と化したこの場だが、舞桜には興味のないこと。
「出遅れたが行くぞ、夏希」
 舞桜は夏希の手首を握った。やっぱりこうなるらしい。
「あたしは……あっ、天道さん鼻血」
 舞桜の鼻から鼻血が出遅れた。転んだ衝撃が今になってやってきたのだ。
 が、次の瞬間、ピンクの影が舞桜の前を通り過ぎたかと思うと、綺麗さっぱり鼻血が消えていた。
「どうした夏希?」
 何事もなかったように尋ねる舞桜。
 夏希は動揺しながら、眼を白黒させていた。
「えっ……ううん、なんでもない。勘違いだったみたい(絶対勘違いじゃない。なんだったんだろう、今の影?)」
 結局、ピンクの影はスルーされた。

《4》

 エクストリーム迷子・イン・ジャングル!
 ジャンジャングルグル目が回るほどの密林地帯。
 まさに自然の迷宮。
 生い茂る草木が網の目のように行く手を塞ぐ。
 まさに自然の猛威。
 腕組みして立ち尽くす舞桜と、その場にしゃがみ込む夏希。
 まさに自然な迷子。
「可笑しい……景色が同じに見える」
 呟いた舞桜。
 そして、つっこむ夏希。
「それは典型的な迷子だと思うんだけど(天道さんって方向音痴なのかな、完璧そうに見えるのに)」
 方向音痴でなくとも、この密林は人を迷わす。
 ほら、耳を澄ませてごらん。今日もどこかで誰かの悲鳴が……。
「ぎやぁ〜ッ!」
 男の絶叫だ!?
 ハッとした夏希はすぐに立ち上がって辺りを見回した。
 舞桜もまた声のした方向を探して、歩き出そうとしていた。
「夏希、あっちだ!」
 踏み出そうとしていた舞桜の腕を夏希が掴んだ。
「ちょっと、そっちじゃなくてあっち」
 夏希が指さした方角は舞桜が行こうとしていた真逆だった。
「……例え夏希が言うことでも、真実を曲げることはできない。あっちだ!」
 絶対譲らない舞桜だった。
「そんなことないって、絶対あっちだし!」
 こっちも譲らない夏希。
 そーこーしているうちに、また悲鳴が!
「助けろーッ!」
 声は夏希が向いている方向から確かに聞こえ、さらに爆走してくる人影が!?
 必至の形相で駆け寄ってきたのは覇道ハルキだった。
 恐ろしいことにその後ろからは……半裸の部族チックなお兄さんたちが追ってくる。どこが一番恐ろしいって、チン子を隠す筒状のケースが異様にデカイことだ!
 舞桜は冷静に、
「ふむ、知らないうちに原住民が住み着いていたらしい」
 どこか言葉を間違っているような気がしないでもないが、ジャングルに住む原住民っぽい格好の男たちが、そこにいるという現実が大切なのだ。
 逃げてきたハルキは舞桜の背中に隠れた。
「助けろ、俺様たちマイフレンドだろ!」
「お前に友達など一人もいないだろう。まあいい、夏希に危害が及ぶ前に成敗してやろう」
 舞桜はどこからか鞘を取り出し、刀を抜いた――ハズだった。
「竹光!?」
 思わず舞桜は叫んだ。
 竹光とは貧乏侍が刀を質入れした際に、腰の寂しさと見栄から竹で作った刀身を鞘に収めた偽物の刀のこと(抜かなきゃ偽物だってバレない)。現在では銀紙などで加工して、時代劇で用いられたりする。
 が、別に生活苦でもない舞桜がこんな刀を所持している理由もない。
 気まずそうな顔をしている野郎がひとり。
 舞桜の背中に隠れていたハズのハルキは、いつの間にか夏希の背中に移動していた。
「なんつーか、俺様がすり替えて置いたというか(舞桜を困らせてやるつもりが、失敗した)」
 これこそ本当にいつの間に?
 そーこーしているうちにナントカ族(仮称)は、舞桜の目の前まで迫っていた。
 ナントカ族は手に槍(本物)を持っている。対する舞桜は刀(竹光)で応戦する。
 が、一回刃を交えただけで竹光粉砕。
 それでも華麗な動きで舞桜は敵を翻弄している――最中だった。急に舞桜が眉を寄せて体勢を崩した。
 夏希が叫ぶ。
「まだ足がっ!」
 そう、今となっては呪いか事故わからないスタートでコケちゃった事件。あれで痛めた足がまだ治っていなかったのだ。
 でもよくよく考えてみると、全部ハルキのせいだ。
 地面に手を付いた舞桜をナントカ族が取り囲み、鋭い槍の切っ先がのど元や心臓に突き付けられる。
 これってまさかの絶体絶命!?
 夏希は思った。
「(また……ピンクの影が……お願い助けて!)」
 舞桜の近辺に出没する謎のピンクシャドウ。再びあの影が姿を見せるのか!
「アーア、ア〜ッ!」
 どこからともなく発声の良い雄叫びが!?
 アレはなんだ、ターザンだッ!
 木から垂れ下がっているツル――いわゆるターザンロープを使って、木から木へと飛び移ってくるターザン。
 ターザンキーック!!
 振り子の原理で破壊力抜群の跳び蹴りがナントカ族の顔面にヒット。
「アーアー、ア〜ッ!」
 雄叫びをあげながらターザンはナントカ族をバッサバッサと倒していく。まさにジャングルの王者と呼ぶに相応しい。
 そして、ナントカ族を倒し終えたターザンは嵐のように去っていった。
「アーアー、ア〜ッ!」
 という高らかな雄叫びを残して……。
 呆気にとられる夏希。
「なに……今の?(映画の撮影所に迷い込んじゃったのかな、あはは)」
 舞桜は冷静な顔をしながら呟く。
「まだまだ修行が足りないな(足が痛むといえど、勝負にははじめから平等などありえないのだから)」
 そして、ハルキはというと、
「あーははははっ、どうだ参ったか俺様の実力にひれ伏すがいい!」
 地面で気絶するナントカ族を足で踏んづけていた。恥ずかしげもなく自分の手柄にする性格がスゴイ。
 さらにハルキは舞桜たちを置いてさっさと先を進もうとしていた。
「じゃ、お先に!」
 なんて言って走り出した矢先だった。
「ぎやぁ〜ッ!」
 デジャブーというか、聞き覚えのある叫び声というか。
 夏希が視線を向けると、なんだか知らないけど、ハルキが宙吊りになっていた。
「え……なに?(なにあの変なのっ!)」
 急に眼を丸くして夏希は現実を目の当たりにした。
 地面から伸びる縄のような触手が蠢いている。それも何本も何本も、意思を持ってハルキを拘束していた。
 夏希は恐怖心より先立って、足が前へと駆けだしていた。
「今助けるから!」
「よせ夏希!」
 舞桜が止めようとしたが、すでに遅かった。
 夏希の足首に触手が巻き付いた。
「きゃっ!」
 宙吊りにされる夏希。しかも逆さ吊り。慌ててスカートを押さえてパンツを隠す。
 触手の皮膚からは粘液が噴出し、這うようにして夏希の体を締め上げる。
 それほど夏希の胸は大きくないが、締め上げることによってバストアップ効果がもたらされた。巨乳のねーちゃんじゃないことが悔やまれる。嗚呼、本当に残念だ。
 それでも触手と美少女の取り合わせといったらエロの殿堂。
 触手は夏希のふとももを這って……。
「イヤーッ!」
 自主規制が入る寸前、槍を構えた舞桜が華麗に舞った。
 槍の残像が次々と触手を突き刺し、斬り刻み、紫色の汁を飛ばしながら暴れ回る触手は夏希を解放した。
 地面に落ちる夏希を受け止めお姫様だっこする舞桜。
「大丈夫か夏希?」
 涙目の夏希は無言のまま頷いた。
 舞桜は小さく微笑んだ。
「夏希は強いな……」
 ゆっくりと夏希の体を地面に下ろし、『後ろに下がっていろ』と目で合図してから、舞桜は再び槍を構えた。
 触手は敵を剥き出しにして舞桜に襲いかかろうと蠢いている。
 一方、ハルキはいつの間にか緊縛されて、なんだかSMで見たことありそうな縛り方で宙吊りにされていた。
「おい、俺様のことも助けろ!」
 だが無視!
 舞桜の視界にハルキは入っていない。入っていたとしても、認識していない。
「おい、俺様のこと助けろって聞いてんのかよ!」
 だがシカト!
 ついに触手が舞桜に襲いかかる。
 舞桜も地面を蹴り上げた。
 刹那、舞桜の瞳に紅い炎を飛び込んできた。
 なにが起きたのか数秒を要した。
 突如、触手が紅蓮の炎に包まれ燃え上がったのだ。
 夏希は『あっ!』と小さく声をあげた。
 一瞬、ピンクシャドウが見えたような気がしたのだ。
「あっちぃ〜!」
 触手から逃げ延びたハルキが尻に火をつけて走っていく。
 突然の出来事にも舞桜は冷静に腕組みをして結論を出した。
「うむ、自然の猛威だな。雨露がレンズ代わりになって火災が起ることなど多々ある」
 それにしては一気に燃えすぎじゃ?
 火の手が早すぎて飛び火しちゃってるようにも見えますが?
 気付けば辺り一面火の海にも見えますが?
 あれ……いつの間にか火に囲まれて逃げ場失ってない?
 ……みたいな。
 どこからともなくボソッと声が聞こえた。
「……あ、やりすぎた」
 燃えさかる音に掻き消され、さらにパニくっている夏希の耳にその呟きは届かなかった。
「天道さん! どうしよう、逃げられないよ!」
「チャンスはいつ巡ってくるかわからない。まずは冷静になることが大切だ。そうすればチャンスを逃さずに済むものなのだよ」
「そんな悠長な! あの、え〜っと、あの男子どこ行ったの!」
「ハルキならとっくに逃げたのではないか? 実に賢明な判断だ」
 炎の壁が舞桜たちに迫ってくる。
 気配はしなかった。けれど、その影はいつの間にか夏希の前に立っていた。
「女、下がっていろ。この事は他言無用だぞ」
「えっ、ウサギ!?」
 夏希の前に背を向けて立っているピンクのウサギ――のきぐるみ!?
 舞桜は驚いた様子も見せていない。それどころかピンクウサギに視線を合わせようとしていない。
 ピンクウサギはゆっくりと片手を上げ、手のひらを炎に向けた。
「トルネード!」
 高らかな声と共に突風が巻き起こり、炎の一部を掻き消し、海を割ったような一本の逃げ道を作った。
 それを見た夏希は信じられないながらも、その言葉を口にしていた。
「魔法?」
 炎の勢いはまだ治まったわけではない。
 舞桜が夏希を抱きかかえた。
「奇跡が起きたようだ。行くぞ夏希!」
 ぐずぐずしていると再び炎が勢いを増して逃げ道を塞ぐ。
 しかし、夏希はそんなことより、ピンクウサギと超自然現象の因果関係が気がかりだった。
 気付けばピンクウサギは姿を消している。
「天道さん見たよね、今見たでしょ! ピンクのウサギが炎を消したんだよね!?」
「ん……何を言っているのだ? まあいい、とにかく抜けるぞ!」
 舞桜は夏希を抱えたまま全速力で炎に左右を囲まれた道を抜けた。
 抜けてもまだ炎は後ろから追ってくる。気を抜かず舞桜は安全な場所まで夏希を抱えたまま走った。
 しばらく走り続けていると、上空からプロペラ音が聞こえた。空を見上げると木々の隙間から飛行機が見えた。
「ふむ、消火部隊が到着したようだ。時期に火災も治まるだろう」
 冷静な声音で舞桜は呟いた。さっきまで炎の中にいたとは思えない。しかも、ピンクウサギが超自然現象を起こしたというのに、まったく驚きもしていないのだ。
 夏希は不思議な顔をしながら舞桜に尋ねる。
「天道さんの知り合いなの……あのピンクのウサギ?」
「さっきもそんなこと言っていたな。ピンクのウサギとは何のことだ?」
「えっ……(あたしのことからかってる? それともとぼけてる?)」
 炎に囲まれたとき、ピンクウサギは絶対に舞桜の目にも入る場所に立っていた。そして、なんだかわかんない超自然現象を巻き起こしたのだ。
 夏希は怪訝な顔をしながらも、すぐに首を横に振って取り直した。
「ううん、なんでもないの気にしないで(触れちゃいけない話題なのかな。でもあのピンクさん何者なんだろう……すごくカッコイイ声してたような気がするけど、もしかしたらすごい美少年が入ってるのかも!)」
「……何をにやけているのだ?」
「……っ何も、別に!」
 夏希は顔の前で手をバタバタさせて真っ赤な頬とにやけた口元を隠そうとした。
 不自然な行動をする夏希に舞桜は不思議そうな視線を向けていた。
「炎の暑さで頭が可笑しくなったのか?」
「ぜんぜん平気、ぜんぜん元気。あのぉ〜、そろそろ下ろしてくれない? 自分で歩けるから」
 まだ夏希は舞桜にだっこされたままだった。
「いや、このほうが早い。ロスしてしまった時間を取り戻さなくてはならないからな」
 そういえばエクストリーム生徒会選挙の途中だった。
 舞桜の目的は一位通過で生徒会長になること。
 夏希は生徒会役員なんてやりたくもない。
 ここで夏希は考える。
「(ずっとだっこしてもらってるわけにもいかないし。別にあたしの体重が重いわけじゃなくて、天道さん足怪我してるから。ぜんぜんそんな風に見えないくらい動いてるけど。それって無理してるのかも、本当は足痛いのに、無理してそんなそぶり見せないようにしてるのかも。だっこしてもらってなくても足手まといになるし、天道さんは一番でゴールしたいわけだし、あたしのことはここに置いて……)」
「ぎやぁ〜っ!」
 どこか遠くから聞こえた悲鳴。
「…………(やっぱり天道さんについて行こう)」
 心に固く誓った夏希だった。

《5》

 すでに脱落者や病院送りになった生徒が多数。
 さすが恐怖のエクストリーム生徒会選挙!
 そんなことなどつゆ知らず、とにかくゴールを目指し突き進む舞桜&夏希ペア。
 大蛇との死闘や、底なし沼の恐怖、落とし穴や地雷トラップ、ゴリラとの花嫁争奪腕相撲大会などなど、数々な目白押しの困難を掻い潜りゴールはすぐそこだった。
 ついに舞桜たちはジャングル地帯を駆け抜け、草原地帯までやってきていた。
 巨大なゴールゲートが目でも確認できる。
 ゴールに向かう舞桜たちを中継車が追いかけ、その勇姿がアトランティス全土にライブ放送される。
 躍動する筋肉、煌めく汗、青春の輝きがそこに……あるかいッ!
 もう必至も必至も必至です。
 夏希は死相を浮かべ、スタート前に比べ一〇キロくらい痩せちゃったんじゃなかってくらいやつれている。放送ギリギリの顔だ。
 舞桜のほうはというと、制服の所々に汚れや傷があり、表情も少し疲労を感じさせるが、麗人オーラは崩れていない。さすがである。
 大勢の人々が左右に分かれてゴールに続く栄光の道を作っている。
 この道を抜ければ、この道さえ越えることができれば、ゴールの栄冠は……。
「舞桜様がんばれーっ!」
「天道様がんばってください!」
 どこまでがエキストラなのかは不明だが、その声は舞桜を勇気づけているに違いない。
 ゴールはもう目の前――だったのだが。
 急に舞桜の足が止った。
 立ちこめる黒い邪気。
 舞桜たちの進むべき前方に立っている黒い影。
「待ちくたびれたわ」
 無機質な狐面が嗤ったような気がした。
 ラスボス登場!
 その名も魅神菊乃!
 あれ……でも、だいぶ前からいるっぽいということは、すでに菊乃がゴールしちゃってるのか?
 舞桜は慌てる様子もない。
「何者かがゴールしたらアナウンスがされることになっている。さらに上位五名が決定した時点で選挙は終了、コースにいる生徒は特別班によって回収させることになっている。なぜ君はまだゴールしてないのだ?」
 そうなの?
「わたしはここに一位でたどり着いたわ。そして、まだ誰も決勝線に到達していない。いつでもあなたから生徒会長の座を奪うことができた。わたしに負ける筈だったあなたに情けをかけて機会をあげたの。でも、あなたはこれから屈辱を味わうことになるわ。わたしの目的はあなたを生徒会役員にすらさせないこと。それも途中棄権ではなく、目の前で他の生徒たちに抜かれていくのよ」
 なかなか面倒くさいことをするもんだ。さっさとゴールしちゃって、さっさと舞桜を生徒会長にさせなきゃいいのに。たぶん舞桜は生徒会長しか興味ないんだから。
 悪役ってものは回りくどい作戦を立てたり、無駄に饒舌だったりすることが多いが、まさに今の菊乃はそんな感じだ。
 そんな予定調和な悪役の敗北フラグが、多くの正義の味方を勝利に導いてきたのだ。
 ただし、この法則が当てはまるのは、本当に菊乃の側が悪役だった場合。
 舞桜と菊乃がどんなバトルを繰り広げるのか、そこんところは想像も及ばないが、とにかくイケナイことが起こると夏希は察した。
「二人ともやめてよ、仲良くして。新入生挨拶を無理矢理やらされただけで、魅神さんもそこまでして天道さんにしなくても……」
「そうね確かに……」
 菊乃は頷いたが、
「けれど、わたしが受けた屈辱はそれだけではないわ。よりによってこの女は、わたしから面を取った挙げ句、接吻までしたのよ!」
 ビシッとバシッと菊乃の指が舞桜に突き付けられた。
 舞桜は『何が?』という顔をしている。
 そんな横に立っている夏希は回想モードに突入していた。
「(あたしと同じだ。いきなりキスされて……婚約者……もしかして魅神さんも!?)」
「わたしは婚約者じゃないわよ」
 嫌そうに菊乃が囁いたのを聞いて夏希はビックリ仰天。
「えっ……!(あたし口に出してた?)」
 夏希は声に出してはいなかった。偶然だろうか?
 不思議な顔をして考え込む夏希の隣では、舞桜は不思議な顔をして考え込んでいた。
「理解できない。面を取り上げたという行為を窃盗行為として見られ、君は私に敵意を向けているのか?」
「違うわ。素顔を見られ、接吻をされたことが恥辱なのよ!」
「君の言っていることは理解に苦しむ。顔を隠す女性がいれば見たいと思うのが当然、さらに美しければ愛を表現することは当たり前の行為ではないのか?」
「わたしが美しいだなんて嘘。わたしは醜い、この世でもっとも醜いのよっ!」
 菊乃から放たれた黒い風が叫び声をあげながら舞桜を呑み込まんとした。
 それがなにか、考える間もなかった。
 黒い風は一瞬にして掻き消されてしまったのだ。
 菊乃は驚愕した。
「(気配がした……ここには三人しかいない筈。周りの人間どもの雑音で〈声〉が聴こえないの?)」
 ゴール付近に集まっている聴衆。先ほどまではレースの行方を見守っていたが、菊乃が放った超自然現象を目の当たりにしてざわついている。
 〈声〉とはなにか?
 菊乃は声を殺して静かに尋ねる。
「どうやってわたしの攻撃を防いだの?」
「さて、生まれたときから私はどうやら奇跡の力に守られているらしい。魔王としての潜在能力が覚醒したのだろう」
 おかしなキーワードが出てきて夏希は『は?』とした。
「マオウって言ったの? それともマオって言ったの?」
「魔王と言ったのだ。私は古の魔王の生まれ変わり。以前の記憶や力は失われてしまったが、心がそうだと言っている」
「(この人、変なだけじゃなくて、頭もおかしい人だ。きっと奇跡の力なんかじゃなくて、ピンクさんが守ってくれたんだと思うけど)」
 すぐに夏希は背筋をゾッとさせた。狐面が夏希を見つめるように顔を向けていたのだ。
「ピンクさん? やはりこの場に見えない誰かがいるのね」
 菊乃の発言に夏希は度肝を抜かれた。
「……ウソ!?(間違い、あたしの心の声が聞こえてる!)」
 それは確信だった。
 急に恐ろしくなった夏希は舞桜の後ろに隠れた。
 夏希の急な態度に舞桜が尋ねる。
「どうしたのだ夏希?」
「ううん、大丈夫(スパゲティスパゲティスパゲティスパゲティ……ナポリタン!)」
 大丈夫と言いつつも頭の中では意不明な呪文を唱えていた。
 いつに夏希は頭を抱えて蹲った。
「(ダメかも、ほかのこと考えちゃう。どうしよう、えっちなこととか考えたら全部知られちゃうのかな、あ、ダメ……考えないようにしてるのに[いやぁン♪]頭によぎる[いやぁン♪]。あーもぉーダメ![いやぁン♪])」
 この場から逃走しようと夏希はしたが、ガシッと舞桜に腕をつかまれてしまった。
「どうしたのだ?」
「あたしここにいられない!」
「なぜだ?」
「聞かないでお願い!(きっと言っちゃイケナイんだ。ヒミツをバラしたら魅神さんに殺され……ごめん、今の間違い! 魅神さんはそんなことしない。ごめんなさい、魅神さんはいい人です!)」
 ちょっとテンパり過ぎだった。
 急に辺りの気温が下がったような気がした。
 菊乃がゆっくりと近づいてくる。
「そうやって……みんなわたしを恐れていくの……そうやって(みんな同じ、わたしを忌み嫌い遠ざける。わたしだって聞きたくて聞いている訳ではないのに)。けれど、もう貴女は逃げられない」
 刹那、夏希は足首を掴まれた。だが、足にはなにも触れていない。掴まれているのは、夏希の影だった。平坦な黒い人影が夏希の影に手を伸ばしていたのだ。
「やだっ?!」
 驚いて〈影〉を振り払おうとしたが、〈影〉は強い力で放そうとしない。厚さもない〈影〉のどこにそんな筋力があるのか――否、物理的な力でないと考えるのが自然かもしれない。
 舞桜は刀を抜いて謎の〈影〉が映る地面に切っ先を突き刺した(刀が復活しているのは仕様です)。
「夏希を放せ!(……っ、刃が立たない!)」
 狐面は口元を手で隠し、まるで嗤っているようだった。
「無駄よ無駄よ、刀で影は切れない。さあ、こっちへおいでなさい」
 菊乃の合図で受けて、〈影〉は夏希を羽交い締めにして引きずった。まるでその光景は、夏希がパントマイムでもしているかのような、悪ふざけにしか見えない。人が動けば影が動くのではなく、完全に逆転した行動を夏希は取らされてしまった。
 そのまま夏希は菊乃の傍まで来て、菊乃の抜いた短刀を頸もと突き付けられてしまった。
「動くとこの子ののど笛が血を噴き上げることになるわよ」
「あたし人質!?」
 復唱するまでもなくそーゆーことです。
 舞桜は刀を鞘に収め、背を丸めて地面にゆっくりと置いた。
「これでいいか?」
 満足そうに菊乃は頷いた。
 本当に菊乃が夏希を殺すかどうかは別として(殺しそうだけど)、そろそろ生徒会選挙の枠を越えて、止めに入ったほうがいいんじゃないかって展開だ。
 夏希はじっとりと汗を掻いていた。
「(まさか本当に殺さないよね、魅神さん?)」
「殺すわよ」
 即答だった。
 やっぱり殺すんだ、殺しちゃうんだ。日本の刑法なんて軽くムシして、ヤっちゃうんだ!
 ただ、残念なことに海上都市アトランティスは治外法権でしたぁー。
 さらに言ってしまえば――。
「短刀は脅しよ。刃物があると恐怖心が高まって楽しいでしょう」
 と、菊乃が囁き、夏希がほっとしたのもつかの間だった。
「殺すときはわたしの家畜にやらせるわ。刃物で切られるより苦しんで死ねるから」
 家畜とは〈影〉のこと。
 日本の法律では超常現象の類は『ない』ことになっているので、もしも犯人(菊乃)を引き渡して日本で裁判をしても、おそらく殺人を立証するのは非常に困難だろう。
 菊乃は戦意を喪失させている舞桜に顔を向けた。
「あなたの弱点はこの女。大切なのでしょう、この雌豚が!」
「(あたし別に太ってない!)」」
 そこ違うし!
 別にツッコミ入れるところじゃないし!
 風に吹かれながら舞桜は、ただそこに立っていた。
「夏希を失うなら、私はほかのモノすべてを捨てることができる」
「あたしのことそこまで……」
 キス魔のナンパ師だった舞桜が、夏希の中で少しずつ変わりはじめていた。
 舞桜の瞳は穏やかに、どこまでも澄んだ色をしていた。
 が、次の瞬間、舞桜のトンデモ発言が!
「まだ結婚初夜も迎えていないというのに、ここで夏希を失える筈がないではないか!」
 下半身の問題かッ!!
 夏希は怒りよりも先に妄想が駆け抜けてしまった。
「(女の子同士の初夜って[いやぁン♪]。わーっなに考えてんだろあたし! ダメ、考えちゃダメ、頭ん中ピンク色だと思われるぅ〜……ピンク……ピンク? そうだ、ピンクさん、天道さんだけじゃなくてあたしも助けて!)」
 しかし、なにも起きなかった。
「(助けてよ!)」
 ……しかし、なにも起きなかった。
「助けてってば!」
 …………やっぱり、なにも起きなかった。
 時間だけが過ぎ去っていく。
 舞桜は微動だにしない、視線の先の狐面を見つめたまま――。
 菊乃もまた、短刀を夏希に突き付けたまま人形のように止まっている。
 いつの間にか何メートルか後ろに下がっている観客も声を押し殺している。
 耳を澄ませば夏希の激しい心臓の鼓動だけが聴こえてきそうだった。
 そう、耳を澄ませば……聞こえてきた叫び声?
「ぎやぁ〜!」
 嗚呼、デジャブー。
 その叫び声を発したのは言わずと知れた覇道ハルキ、その人だった!!
 経緯に関しては脳内補完でどうにかするとして、目で見える現実を語るならば、ウエディングドレスを着たゴリラ(♀)に追っ掛けられてるということ。
 思わず菊乃もそちらに気を取られた瞬間だった。
 気配がした!
 すぐに菊乃も勘づいた。
「そこ!」
 菊乃が投げた短刀が何かに刺さった。
「……くっ」
 歯を食い縛る音が聞こえた刹那、閃光が辺りを包んだ。
 白い世界で声だけが聞こえた。
「きゃっ、なに!?」
 夏希の声。
 やがて白い靄が晴れて視界が開かれると、なんと夏希は舞桜の腕に抱かれていた。
「天道さんが助けてくれたの!?」
「いや、夏希が私の胸に飛び込んできたのだ。そんなに私に抱かれたいなら、普段からもっと抱きついていいのだぞ」
「(……絶対この人じゃないし。もしかして、やっぱりピンクさんが……あっ、ナイフ)」
 正確にはナイフではなくて短刀だ(そんな細かい説明いりません)。
 地面に落ちた血の付いた短刀。
 確かに菊乃の投げた短刀は何者かに刺さり、その後その場に残されたのだ。
「ぎやぁ〜!」
 あ、ハルキのこと忘れてた。
 グングン後方からゴリラに追いかけられて走ってくるハルキ。気付けば舞桜たちを抜いていた。
 急に夏希の体が持ち上げられた。舞桜がだっこしたのだ。
「後れを取った、行くぞ夏希!」
 だっこしたまま舞桜が走り出した。
 それを慌てて追う菊乃。
 だが、ハルキはゴールテープ目前。
「オレ様一位?」
 必至すぎて今気付いたらしい。が、それもつかの間の夢。
 ゴリラアタック!
 上空から飛んできた巨漢のゴリラがドーンっとハルキに落ちた。
「うぇっ!」
 ご臨終ですハルキさ〜ん!
 その隙に舞桜&夏希ペアがハルキを抜いた。
 しかし、菊乃がここで黒い風を放つ。
「させるかッ!」
 菊乃の眼にも見えた――ピンクシャドウが!
 一瞬で掻き消された黒い風。
 だが、まだ菊乃はあきらめない。さらなる攻撃を仕掛けようとしたとき――。
「そのくらいでいいだろ、魅神」
 爽やかな男の声。
 ハッとして菊乃は振り返った。
「鷹山君……」
 邪気が消えた。
 急に菊乃はしおらしく体を小さくしてしまった。まるでその態度は……。
 鷹山雪弥――スタート地点でコケた舞桜に手を差し伸べた、あの全国のブサイクの敵だ。
 二人は知り合いなのか?
 そーこーしているうちに舞桜&夏希ペアがゴールテープを切ろうとしていた。
 ゴォォォォォル!!
 呆然と立ち尽くす菊乃の手を雪弥が引っ張る。
「さあ、オレたちもゴールしよう」
「わたしは……もう……(負けたのに)」
「ほら!」
 菊乃は強く逆らうこともせず、そのまま雪弥と一緒にゴールしてしまった。
 これで四人。残る生徒会役員の席に座るのは!
「うわっ放せ!」
 ゴリラと戯れるハルキ。
 まるでその光景は発情したゴリラに[いやぁン♪]されているようだ。
「口とか勘弁しろ! オレ様はまだ女ともしたことが……やめっ、誰か助けろっ……ぎゃっ!」
 ちょっとした惨劇を繰り広げながら、ハルキとゴリラはもつれ合いながら地面をゴロゴロ。
 そして、ゴォォォォル!!
 ぶちゅ〜っ♪
 初キッスはゴリラ味。
 ハルキはゴールラインを越えて真っ白に燃え尽きたのだった。
 これでついに上位五名が決まったのだった。

《6》

 ついに過酷なエクストリーム選挙は終わったのだ。これでジャングルに取り残された生徒たちも、どーにか無事に救出されるだろう。
 あとは生徒会役員の任命式を残すばかり……と、先走ってしまったのだが、なにやら大会本部がざわめいている。
 漏れてくる声を聴くに、
『ビデオ判定が』どーとか、
『天道様が一位ではなかった場合、責任を取らされるのは』どーとか、
『しかし、天道様は正々堂々を望まれているのだから、ビデオを見せないわけには』どーとか、
『ええい、とにかくビデオを破棄してしまえ!』と言った声が漏れてきた。
 なかなか順位を発表しない大会本部に、ついに舞桜本人が口を挟んだ。
「どうしたのだ、早く順位を発表して、任命式をはじめようではないか?」
 声を掛けられた本部役員Aがたじろぐ。
「そ、それがですね……微妙な判定が……その……ありまして……ビデオ判定の必要があって……ですね」
「ならば早くビデオ判定を放送すればよい」
「は、はい!」
 背筋を伸ばして元気よく!
 絶対者の命令に逆らえるはずもなく、仕方なくビデオ判定の映像が映し出されることになった。
 映像は特設会場のビッグスクリーンや、アトランティス全土のテレビ、宇宙人が受信した電波にも映し出された。
 スローモーション映像の一部始終。
 ――夏希を抱きかかえてゴールテープを切った舞桜っぽい。
 映像を見ていた舞桜の表情が曇る。
 コマ送りでもう一度見てみよう。
 ――舞桜に、抱きかかえられて、ゴールテープを、切った、夏希。
 凍り付いた舞桜の横にいた夏希がボソッと呟く。
「……あっ、あたしが先にゴールしてる」
 ガ〜ン!!
 巨大な鉄球に脳天直撃されたように舞桜が大きく足下を崩した。
 どこからか聞こえる嗤い声。
「ふふふふふっ、残念だったわね……副会長の天道さん」
 見事に嘲笑った菊乃。
 放心状態の舞桜が地に手を付く中で順位がアナウンスされた。
《一位生徒会長、岸夏希。二位副会長、天道舞桜。三位書記、鷹山雪弥。四位同じく書記、魅神菊乃。五位会計――ゴリラ!》
「ハァ〜〜〜ッ!?」
 大声をあげたのはハルキだった。
「ちょ、待てよ。五位はオレ様だろ、学費免除はオレ様だろ!」
 本部に殴り込みに行こうとしたハルキにゴリラが襲いかかる。
「やっ、やめっ、やめろーっ!」
 [自主規制]。
 ここで夏希もある重大なことに気付きハッとする。
「……っ、あたし会長なんてできない!」
 再起不能の舞桜。黒い邪気を放つ菊乃。この中では唯一のまともさんの雪弥。そして、ゴリラ。
 どーやって生徒会を運営していけばいいのかと?
 アレよアレよというウチに、記者会見らしき会場に夏希は引っ張り出され、やる気のないカメラマンと、やる気のないインタビュアーに囲まれていた。
「会長として、これからの意気込みを適当に言っちゃってください」
 マイクを向けられた夏希が口ごもる。
「ええっと……(えええ、なんて答えればいいんだろ)」
「一位には副賞としてどんな願い事でも叶えてもらえますが、金ですか?」
「えっ(決めつけ?)、あのぉ〜、そのぉ〜(いきなりそんなこと訊かれても)、願い事は……」
 誰かが夏希の耳元で美声を囁いた。
「舞桜様に会長職を譲ると願えばいい」
「そう、それにします! 天道さんに会長を譲ります、それがあたしの願いです!」
 夏希の願いは舞桜の耳に届いた。
「夏希ーっ! さすが我が伴侶となる女だ、愛しているぞ!」
 ジャンピング・キッス!
 いきなり飛びかかってきた舞桜に夏希は抱きつかれて唇を奪われた。
 カメラのフラッシュが次々と焚かれる。急にヤル気を出したカメラマンたち。
 インタビュアーの握るマイクにも力が入る。
 舞桜はテレビカメラにビシッと視線を合わせた。
「というわけで、私がこの学園の生徒会長に就任した天道舞桜だ。これから皆と共により良い学園を創っていくとここに宣言しよう。なお、横にいる夏希は繰下げで副会長とする」
「え〜っ、あたし辞任にしてよ!」
「駄目に決まっているだろう。これは生徒会長と学園長の命令だ」
「ズルイ! こんなときに特権を使うなんてズルイ!」
 カメラに次々とポーズを取る舞桜。聞こえない聞こえない、夏希の悲痛な訴えなど聞こえていない。
 真ん中に威風堂々と立つ会長天道舞桜と、傍らで肩を落として頭を抱える副会長岸夏希。
 爽やか笑顔を常に崩さないイケメン雪弥と、その影から呪いの電波を飛ばす菊乃の書記二人組。
 そして、廃人Hにぶっちゅ〜し続けている会計のゴリラ!
 こうして今日ここに、第一期舞桜学園生徒会執行部が発足したのだった。
 ……だ、大丈夫なのか、この生徒会?
 その予感は近日中に現実のモノとなるのだった!


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