第5話_エクストリーム魔王転生!

《1》

「では、今日の会議をはじめる」
 舞桜の言葉からはじまる生徒会の会議。
 メンバーは夏希、菊乃、雪弥、会計は欠員扱いのままだ。ちなみに顧問のベルは自分が話したいことがあるときだけやって来ては酒を飲む。
 そんな会議の場へ乱入してくるバカデカイ声。
「ちょっと待ったーッ!」
 それを見た夏希が声をあげる。
「ミイラ男!」
 部屋に入ってきたのは全身を包帯でグルグルしちゃって、松葉杖を付いているたぶん男。コスプレにしては痛々しいが、ケガにしてはウケ狙いとしか思えない。
 きょとんする一同に男は名乗りをあげた。
「オレ様だよ、覇道ハルキに決まってるだろ!」
 決まってるとか言われても困る。
 見た目についての話題は触れたらケガすると思う?
 しかし、ここは夏希が果敢にも質問を投げかける。
「どうしたの……そのケガ?(コス?)」
「聞いて驚くな、空から振ってきたバカに当ったんだよ、ばーか!」
「空から?」
「そうだよ悪いかよ。オレ様がバイトでケルちゃんの散歩してたら、いきなりマンションの上から男が降ってきてオレ様にぶつかったんだよ。あれは絶対にオレ様の命を狙った人間爆撃テロだ。なぜってオレ様は生死を彷徨う重傷を負ったってのによ、あいつは無傷だったんだぜ、ありえるか?」
 雪弥がポンと手を叩いた。
「そう言えばニュースでやっていたね。あれ覇道のことだったんだ。なんでも自殺しようとした男がマンションから飛び降りて、下を歩いていた学生に衝突して、男のほうは奇跡的に無傷だったんだけど、学生のほうは重体で、命が助かっても病院での生活を長らく送ることに……なるはずだったんだけど、なんでここに?」
「調理実習があるのに休むバカがどこにいんだよ」
 そんな理由で?
 まあ、ハルキにとっては死活問題なのだろう。
 しかし、もっと大事な用事がハルキにはあったのだ。
「つーか、ゴリ子がいなくなったって本当かよ? なんで教えてくれなかったんだよ!」
「教える必用もあるまい」
 と、バッサリ舞桜様。
「あるだろ! オレ様に教えないで誰に教えるんだよ。ゴリ子がいなくなったら、繰り上げでオレ様が生徒会だろうが。三年間学費タダを逃してたまるかーッ!」
 ミイラ男は見た目の割りにハイテンションだが、舞桜のほうは冷め切った態度で応じる。
「我が学園の授業料は公立より安いぞ。この場所は海に浮かんでいるため、多くの者は居住しなくては学園に通えんだろう。だから学生にいる家庭には住居手当を出しているぞ?」
「そんなこと知ってるわボケ! だからこの学園に必至で入学したんだよ。でも生活苦しいから学費タダにして欲しいだよば〜か!」
 ほかにも理由として、海に浮かぶこの場所が借金取りから逃げて隠れるにはちょうどいいというのもあった。
 菊乃がボソッと、
「こんな貧乏に会計なんて任せられないわ」
 すかさずハルキの反論。
「貧乏だから金の大切さがわかるんだろうが!」
 雪弥は首を横に振った。
「覇道には任せられないよ。きっと横領するからさ」
 再びハルキの反論。
「……ギクッ、し、しねーよ!」
 思いっきり『ギクッ』って言っちゃってるし、動揺しすぎ。
 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。ハルキが舞桜に詰め寄ろうとしたとき、どこかでケータイが鳴った。
 すばやくケータイに出た舞桜。
「私だが? ふむ……ロケット花火か……ベルには連絡したのか? そうか、ならば仕方あるまい、私が直に会って話してこよう」
 舞桜が席を立った。
「すまんが私用で席を外させてもらう。代理は夏希に任せる」
「えっ、あたし無理だし」
「ならば今日の会議は延期だ。それでよかろう?」
「だったらあたし頑張る(集まってくれたみんなに悪いし)」
 颯爽と部屋を出て行ってしまった舞桜。
 残された夏希はとりあえずジュースを一口飲んでから、
「え〜っと、なにすればいいの?」
 この生徒会は完全に舞桜主導で動いているので、舞桜がいないとぶっちゃけ何していいのかわからないのだ。
 そこへハルキが口を挟んでくる。
「おいおい、オレ様を生徒会に入れるって話はどうなんだよ?」
 夏希は菊乃と雪弥の顔を見た。
「どうしたらいいと思う?」
「岸さんが決めればいいわ」
「僕もそれでいいよ。岸が決めたなら天道も文句ないだろう?」
 なんだか責任を押し付けられた気が……。
 夏希を包帯の奥からじーっと見つめるハルキ。無言のプレッシャーがヒシヒシと伝わってくる。
 悩む夏希。
「(だってもともとゴリ子さんがいなければ入れてたわけだし。はじめっからゴリ子さんを入れるのはおかしい話だったし、ゴリ子さんが入っちゃって、覇道くんかわいそうだなぁと思ったのは事実だけど……)よし、決めた。これからよろしくね、覇道くん」
「マジかっ、やっぐわっ!」
 急に動いたもんだからケガが悪化。奇声を発した。ご臨終です覇道ハルキ。
「自業自得ね」
 と菊乃が呟いた。

《2》

 生徒会会議も特にやることがなく解散。
 夏希は下校しようと廊下を歩いていたのだが、急にトイレに行きたくなってしまった。
 放課後のトイレはシーンとしていた。
 学園のトイレは清潔感に溢れ、高級店のリッチなトイレを思わせる作りになっているが、あんまり夏希は独りで来たいとは思わなかった。
 なぜなら、まだ開校間もないというのに、学園七不思議『トイレ編』が噂になっているのだ。ちなみにまだ七つ全部があるわけではないらしい。
 とりあえず、生徒たちの間では、トイレで起る怪奇現象が噂になっているのだ。
「(こんな綺麗なトイレにオバケなんか出るわけないよね)」
 自分自身に言い聞かせる夏希だったが……。
「ううっ、ううっ……うっ……うう……」
 うめき声が聞こえてきた。
 恐怖で身を強張らせた夏希はその場から動けなくなった。
「うう……今日も……ない……」
 苦しそうな女の声だ。
 なにが『ない』のだろうか?
 ここで夏希はとある怖い話を思い出してしまった。
 それはこんな話である――。
 とある学校で、とある生徒が、とあるトイレに入った。
 ぶりぶりしてお尻を拭こうとすると、
「オーマイガット!」
 紙がない。
 すると、とある声が聞こえてきた。
「赤い紙が欲しいか? 青い紙が欲しいか?」
 なんかよくわかんないからテキトーに赤≠ニか言っちゃったのが最期。
 大量出血で生徒死亡。
 後日、ほかのとある生徒がトイレに入った。
 すると同じ声が聞こえてきた。
「赤が欲しいか? 青が欲しいか?」
 先人教訓からこの生徒は青≠ニ答えたわけだが――残念!
 次の瞬間、体から血を全部抜かれちゃって死亡。
 つまり、この話の教訓とは、うんちしてお尻拭くのは動物の中で人間くらいなもんだよ、っと。尻なんて拭かなくても生きていけるんだ。ということなのである。
 夏希が固まっていると、しばらくして『ジャ〜ッ』という水の流れる音がした。
 それを聞いた夏希はさらに凍り付いた。
 音が聞こえたトイレには『故障中』の張り紙が貼ってあったのだ。つまり開かずのトイレということになる。
 人間というのは怖いモノを目の当たりにすると、目が離せなくなったりするものだ。
「(逃げようとして後ろを向いた瞬間、殺されるってことも……怖ひぃ〜)」
 そうだ、森でクマに出遭ったときの対処法も同じで、相手から目を離さずに後退るのが正しい。基本的に猛獣と『こんにちわ♪』してしまったら、眼を離さないのが一番なのだ。
 まあ、相手が一匹じゃなくて、何匹もいたら眼なんて見てらんないからアウトだけどねっ♪
 何を思ったのか夏希は果敢にも恐怖と立ち向かった。
 そろりそろりと張り紙のある個室に近づく。
 一番目の個室、二番目の個室を通り越し、三番目の個室の前で止る。
 ノックをしようとして、やっぱり手を止めた。
「(バレたら殺されるかも)」
 なのでそーっと息を潜めながら、しゃがんでドアの下にある隙間から中を覗いた。
 ……足がない。
 しかしまだトイレのタンクに水を溜める音がしている。
 トイレは洋室である。便器に足を乗せている可能性だって捨てきれない。
 夏希は意を決してドアをノックした――瞬間!
「開いちゃった」
 ノックの反動でスーッとドアが開いてしまった。
 しかも中には誰もいない。
 謎の女のうめき声。流れたトイレの水。誰もいない個室。
 まさにイリュージョンだ!
 謎の女、トイレからの救急脱出スペシャル!
 一気に血の気の引いた夏希。
 だったら最初から見なきゃいいのに……。
 夏希はトイレから爆走しようとしたが思いとどまった。なぜならここで逃げ出したら、超常現象を認めることになってしまうからだ!
「トリックがあるに決まってる!」
 目の前でどんなモノを見ても『トリックだ!』と言い張れば心強い。精神状態も保たれてパニックにならずに済む。すばらしい魔法の言葉なのだ!
 こうなったら徹底的にやるしかない。絶対にタネと仕掛けを見つけ出さねばならない。なぜならこれはトリックなのだから、トリックでなければならいのだから。
 意地なった夏希は個室をくまなく探し回る。
 便器の中、タンクの中、女の子のトイレには必ず置いてあるブラックボックス。
 だけど何も見つからない!
 いや、そんなハズはないのだ……なぜならトリックなのだから。
 どこかに、どこかに必ずやトリックがあるのだ!
 夏希はとりあえずトイレの水を流してみた。
 大量の水が渦を巻いて便器の中に飲み込まれていく。
 やっぱりなにも起きない!
 でもここでめげる夏希ではないのだ!
 まだ万策が尽きたわけではない。今流した水は『大』だ。まだ『小』が残っているではないか!
 というわけで、水を流そうとしたのだが――水がでない。
「あれぇ?」
 不思議に思いながら、なんとな〜く便器に腰をかけた瞬間、床に穴が開いて便器ごと落ちた。
 落ちたというのは正しくない。
 それはまるでジェットコースターであった。
 真っ暗な空間を便器に乗ってレールの上を爆走する。
 右へ左へ激しく体が動く。
 シートベルトなんてありません!
 ガクン!
 急停車して夏希の体が前へ放り出された。
「いった〜いし、スカートが……(トイレの水で濡れた)」
 ヤナ感じだ。
 夏希の目の前には扉があった。プレートが付いていて『ヒミツ♪』と書かれている。いかにも怪しい。
 ほかに進む道もないのでとりあえず扉を開けてみた。
「なにここ?」
 どこにでもありそうなマンションの一室。今立っているのが玄関。廊下が奥の部屋まで伸びている。
 とりあえずクツを脱いで上がってみる。
 なにやら奥の部屋から話し声が聞こえる。
 そ〜っと部屋の中を覗いてみると――。
「あ、舞桜ちゃんと鈴鳴先生」
 だった。
 リビングで寛ぐ二人の姿。美味しそうなケーキまである。
 舞桜は特に驚いたよ様子もなく、
「どうしたのだこんなところにまで?」
「どうしたって言われても……」
 困る。
 ベルはというと、少し困った表情をしていた。
「あらぁん、バレちゃったのねぇん、アタクシのシークレットハウス。トイレのトリックのよくわかったわね」
 ということは、トイレで聞こえたあの女の声も?
「あのうめき声って鈴鳴先生だったんですか?」
「うめき声?」
「トイレの中から聞こえたんですけど」
「ああ、トゥデイも出なかったのよね、ウンチちゃん。便秘でお腹がパンパンに腫れちゃって、アタクシのナイスバディが台無しだわぁ〜ん」
「そうですか……。別にあの場所のトイレじゃなくてここですれば?(変なウワサとかにならないのに)」
「おほほほ、設計ミスでトイレ作るの忘れちゃったのよぉん♪」
 話を聞いて夏希はドッと疲れた。なんだかいろいろ怖い思いして損した気分だ。
 ソファを進められた夏希もちょことんと座る。気付けば目の前のローテーブルに紅茶とケーキが出されていた。いつも思うのだが、舞桜の刀にしても、ベルが出すアイテムしても、どうやって持ち歩いているのだろうか?
 そう言えば、舞桜はベルに用事があるとかって話だったような気がする。大切な話のようだったのだが……どう見ても団らんです。
 しかし、あえて夏希はここで尋ねてみる。
「ここでなにしてたんですか?」
 ベルは舞桜と顔を見合わせ、頷いた舞桜が口を開いた。
「私が開発を命じた月面探査用のロケットが打ち上げ直後に爆破されたのだ。実に見事なロケット花火として晴天の空に輝いたらしい。そして、乗員一名の命が失われてしまったのだ」
 事故ではなく爆破とは穏やかではない。しかも死傷者まで出てしまうとは。
 さらに舞桜が補足。
「加えて言うならば、死亡した乗員というのは夏希を人質にしたコンビニ引きこもり犯だ。遠くに逃がしてくれとの約束だったのでな、望みを叶えてやろうと思ったのだが、残念だ」
 逃がすというかスケールの大きな島流し。
 さらに夏希は質問を投げかける。
「爆破ってことは犯人がいるんだよね?(舞桜ちゃんのいつもの妄想じゃなければ)」
「うむ、私は光の勇者説を押しているのだが、ベルは違う見解を持っているらしい」
 今日はワインのベルに視線が注がれる。
「アタクシはUSAか宇宙人の仕業だと思ってるのよねぇん」
「USAってアメ――」
「それ以上言っちゃダメよぉん、ライフを狙われたくないでしょう?」
 仕切り直して夏希は尋ねる。
「どうしてUSAの仕業だと思ってるんですか?」
「だって月面にほかの国が着陸なんてされたら、チョコレート計画がウソだったってバレるじゃないの」
「宇宙人っていうのは?」
「ムーンにはウサ耳宇宙人の前線基地があるのよぉん。ロケットがよく花火になるのはほとんど彼らの仕業ねぇん」
 ふ〜ん。なんかリアクションに困る話だ。
 落ち着こうと思って夏希が紅茶を噴くんだ瞬間、けたたましいサイレンが響いた。いきなりの出来事に夏希の口からブフォーッした紅茶。
「な、なにっ!?」
 どっかに仕掛けられたスピーカーからアナウンスが流れる。
《アトランティス上空に謎の飛行物体が接近中。もう一度繰り返します、アトランティス上空に――》
 すぐにベルがリモコンでテレビの電源を入れた。
 画面に映し出されるバラエティ番組。
 それを見て大笑いするベル。
「きゃははは〜、お腹がお腹がよじれる……ウンチちゃん出るかも」
 そう言ってベルが立ち上がろうとした瞬間、建物ごと体が大きく揺れた。
《警報モード発令、警報モード発令》
 床に手をついて倒れたベルがリモコンに手を伸ばした。
「お笑い番組なんて観てる場合じゃなかったわ」
 チャンネルがすぐに切り替わった。
 真っ白な〈球体〉の形をした飛行物体が空に浮かんでいた。球の中に小さな球面のパーツがあり、それはまるで一つ目の怪物のようにも見える。
 謎の飛行物体の中心にいくつもの稲妻が走ったように見えた瞬間、テレビ画面が真っ白になった。
 遅れて建物が再び大きく揺れた。
《バリアシステムの出力を四〇パーセントまで上昇させます。アトランティス全域の電力供給が一〇パーセント低下します》
 夏希はなにがなんだかわからなかった。
「なにが起きたの!?」
「ふむ、敵襲だな」
 いつも通り淡々と冷静な舞桜様。
 テレビが光りベルが叫ぶ。
「次が来るわよ!」
 これまでより大きな揺れが襲った。
《バリアシステムの出力を五〇パーセントまで上昇させます。アトランティス全域の――》
 とりあえず夏希は舞桜の腕に抱きついた。
「ねえ、これって攻撃受けてるんだよね。大丈夫なの?(てゆか、どういう状況なの!?)」
「さてな、どう思うベル?」
 舞桜は夏希の質問をそのままベルに渡した。
「アトランティス全体はアタクシの開発した時空間弾性反射バリアで守られているわ。出力八〇パーセントを越えるとほかのシステムがダウンしてしまうのだけれど、この調子なら大丈夫じゃないかしら?(あぁー、やっぱり魔導システムの開発を急ぐべきだったわ。電気なんかじゃすぐにエネルギー不足になっちゃう)」
《敵の飛行体から超高エネルギーを検出。バリアシステムの出力を七五パーセントまで上昇させます》
「あ、やっぱりダメかもぉん♪」
 ベルがおちゃらけて言った瞬間、部屋は閃光に包まれて激しい揺れが襲った。

《3》

「それでは臨時会議をはじめる」
 舞桜の声ではじまった生徒会臨時会議。
「皆も知っての通り、謎の飛翔体によってアトランティスは攻撃を受けた。現在は敵の攻撃も収まり小康状態であるが、臨戦態勢であること変わりない。今後、夜間の敵襲に備えて防御態勢の強化をしようと思う」
 『は〜い』と夏希が手をあげた。
「これって生徒会の会議だよねえ? あたしたち学生なのに、なんで敵をどうするかみたいな話をしなきゃいけないの?」
「私がなぜこの学園を作ったと思っているのだ。世界の敵と戦うためではないか!」
「えっ?(またよくわかんないこと言い出した)」
「私は近い将来、この世界に君臨する魔王だ。それまでの間、世界の治安を守り、征服者からの侵略行為を防がねばならん。この学園はそれらの敵と戦う素質のある者を見いだし、育成し、魔王軍の戦力とするのが目的なのだ」
 へぇ、そーなんだー。
 ここは雪弥が冷静に対処する。
「天道はこの都市の実権をすべて握っているけれど、君を除いた僕らはただの学生でしかないんだよ。君は僕らとではなく、ほかのもっと適切な人たちと会議をするべきじゃないかな?」
「君は生徒会というものをわかっておらんようだな。我ら生徒会とはこの都市の最高機関であり、すべての実権を握っているのだよ。ここで決められた内容を下の機関に通達し、私営軍を動かすこともできる」
 普通では負わないような重責をこの生徒会は担われているようだ。
 つまりここにいる五人のメンバーは、この都市で五本の指に入るエライ人いうことのになる。
「(あたしいつの間にそんな立場になってたんだろ)あたしそんな仕事できないんだけどぉ」
 弱気というか、普通の反応を見せる夏希に舞桜がビシッと。
「そんなことはない。ここにいる全員はエクストリーム生徒会選挙を勝ち抜いた猛者なのだ。選ばれし戦士なのだよ! ハルキを除いてはな」
「オレ様を除くなよ!」
 ハルキは怒濤の勢いで立ち上がった。驚異の回復能力なのか、いつの間にか包帯がなくなっている。
 そんなハルキに冷たい視線を向ける舞桜。
「君は補欠だ。それにほかの者とは違い、なんの取り柄もないだろう?」
「取り柄ぐらいあるに決まってんだろ。ハングリー精神でオレ様の右に出る者はいねえ。水だけで一週間生き延びたことだってあるんだぞ!」
「そんなものただのサバイバルに過ぎん」
「じゃあ、こいつらにどんな取り柄があるっつーんだよ!」
 ハルキに視線を向けられた三人の中で、夏希だけが慌てて手をパタパタさせて否定した。
「あたし普通だからなにもないから!」
 すかさず舞桜がフォロー。
「夏希は私の婚約者だから傍にいればいいのだ」
 すかさずハルキのツッコミ。
「そんなのズルイだろ、実力もねえ奴がなんで実権なんて握ってんだよ!」
 なんだか夏希ちゃん気まず〜い感じ。
 次にハルキは矛先を菊乃に向けようと……したのをやめて、雪弥をビシッと指さした。
「こいつだたのイケメンだろ!」
「そうだね、僕は取り柄と言えるモノは持っていないかもしれないね」
 あっさりと言った雪弥に舞桜は静かに視線を向けた。
「彼は強いぞハルキ。お前が一〇〇人束になっても勝てんだろう」
 それを聞いて雪弥が笑う。
「あはは、やだなぁ、買いかぶりすぎだよ。僕はただの一般人さ」
「ふむ、能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだな」
 それ以上、舞桜はなにも言わず。それ以上、雪弥は口を開かなかった。
 微妙な空気が二人の間に流れたのを感じたのか、ハルキもブスッとしながら黙ってしまった。
 夏希がとりあえず口を開く。
「で、舞桜ちゃんは結局なにがしたいの?」
「うむ、未だ敵の正体や目的がわかっておらん。これでは詳細な作戦は立てられん。そこで敵地に潜入して情報収集をしようと思う」
「オレ様に任せろ!」
 張り切ってハルキが手をあげた。
「オレ様以外に適任はいない。なぜならオレ様は正義の味方、勇者だからな。敵地に乗り込んで一気に一網打尽してやるぜ!」
 菊乃がボソッと。
「袋叩きにされたあと、海に投げ捨てられて鮫の餌になるのが落ちね」
「オレ様じゃ不満なのかよ!」
「いいえ、不満というより無謀なことをする馬鹿だと思っているだけよ、そうね、死ねば治るかも知れないわね、馬鹿」
「ばかじゃねぇよばーか!」
 あきらかにバカです、ごちそうさま。
 舞桜はずっと雪弥に視線を向けていた。それを感じ取ったのか雪弥は、
「じゃあ、僕が行こうか? それが僕の本業のようなものだし」
 その横で少し瞳を丸くする夏希。
「(本業?)だいじょぶなの鷹山くん?」
「さあ、敵の正体がわからないからなんとも」
 言葉だけ聞けば頼りないが、その表情は不敵に笑っているようにも見えた。
 突然、菊乃が、
「わたしも行くわ」
 名乗り出た。
 しかし、雪弥は首を横に振った。
「僕一人で十分だよ。仕事は一人の方が楽なんだ」
 ますます夏希は雪弥のことがわからなかった。
「(いったい鷹山くんって何者なんだろ?)」
 本業とはいったいなにで、学生以外になにをしている人なのだろうか?
 少なくとも断片的な言葉から普通のことではないことはわかる。
 作戦や会議の最終的な決定権は舞桜にある。
「うむ、では潜入作戦は鷹山に一任しよう。残る我々は市民の安全確保、敵襲の備え、そして出撃の準備をする」
 最後の言葉に驚いた夏希が声を荒げる。
「出撃って!?」
「敵を攻撃するために出動することに決まっておろう」
 辞書的な言葉の意味を訊いているのではなくって。
「あたしも行くの?」
「案ずるな、私が守ってやる」
 守るくらいなら最初から連れてくなって話である。
 狐面の菊乃は表情が読み取れない。
 ハルキは張り切っていた。
「よっしゃーついにオレ様が英雄となる日がやってきたぜ!」
 このノリについていけない夏希はドッとため息を吐いた。
 生徒会室のドアが開いて爆乳――もとい、ベルが飛び込んできた。
「グッドイブニング、エブリバディ! そろそろアタクシの出番かと思って来てやったわよぉん!」
 とりあえず呼んではいません。
 ベルは白衣のポケットから割引券を…・・・出すのをやめて、馬券……でもなくて、
「あったわ、コレコレ」
 まずは小型通信機(発信器付き)、次に拳銃と実弾、手榴弾、プラスチック爆弾。
 最後に胸の谷間から栄養ドリンクを出した。
「敵地に殴り込みするなら全部持って行きなさぁい、頑張るのユッキー!」
 とは言われたものの、雪弥が手を伸ばしたのは通信機だけ。
「これだけで大丈夫です」
「そんなこと言わないでコレだけでも持って行きなさい」
 と、雪弥の手に握らせたのはバナナ。
「おやつですか?」
 思わず雪弥は尋ねてしまった。
「違うわよぉん、お夜食に決まってるじゃなぁ〜い♪」
 あんたがババナ握って『夜食』とかいうと別の意味に聞こえます。
 口元から垂れそうになったヨダレを拭きながら、ハルキがうらやましそうな顔をしていた。
「遠足にババナ持たせてもらえるなんててめぇ幸せもんだな!(チクショーオレ様もバナナ食いてえ)」
 遠足じゃありません。
 ベルは突然雪弥の腕に抱きついた。
「じゃ、アタクシと一緒に行きましょう♪」
 どこにですか?
 怪しい場所に連れ込まれるんですか?
 さすがに雪弥もちょっと苦笑いをしている。
「あの……」
「とっくにユッキーが乗る戦闘ヘリと護衛の戦闘機は待機済みよぉん。敵地はスカイの上だし、バレるの覚悟で近づくしかないわね。気休め程度に空間歪曲システムを搭載しといたけど」
 夏希が首を傾げた。
「空間歪曲システム?」
「まあショートに言えば、姿をルッキングできなくなるシステムね」
 敵はいきなり攻撃を仕掛けてきたような相手。多大な危険が予想される。戦闘機で護衛なんて話を聞いて夏希は不安でいっぱいだった。
「だいじょぶだよね鷹山くん?」
「心配しなくて大丈夫だよ。それじゃ、僕はいろいろ準備もあるし、またねみんな」
 爽やかな笑顔を残して雪弥はこの場を去った。ベルの爆乳を腕に押し付けられながら――。
 もうそこにはない彼の背中を見続ける狐面の少女。
 長い夜がはじまる。

《4》

 そんなわけで生徒会室にある大型ハイビジョンテレビ(地デジ対応にいつの間にか替えられた)で、雪弥のエクストリーム潜入作戦を見守ることになった。
 テーブルにはお菓子が用意され、すでに酔っぱらっているベル。この人、あきらかに空気が読めてない。
 ここぞとばかりにお菓子を口いっぱいに頬張り、ポケットにまで詰め込んでいるハルキ。こっちも空気が読めてない。
 冷静な眼差しで画面を見る舞桜の横では夏希が不安げな表情をしている。
 夏希はふと菊乃に目を配った。
 微動だにせずじっと画面を見ているようだが、狐面の上からではその表情は見て取れない。何を考えているかもわからなかった。
「(……菊乃ちゃん)」
 夏希の心配そうな心の声も、今は菊乃に届いていないのかも知れない。何の反応もせずただ菊乃は画面に顔を向けていた。
 ベルが一升瓶を掲げた。
「そろそろスタートするみたいよぉん!」
 カメラの映像が滑走路に切り替わる。
 飛び立っていく戦闘機部隊。
 すでに空間歪曲システムを作動されているヘリは画面に映らなかった。
 別の画面にカメラが切り替わる。
 空に浮かぶ〈球体〉が長い眠りから覚めたように、何かが駆動する重低音をうならせた。その音は遠くカメラに設置してあるマイクまで届いた。
 戦闘機が近づくにつれ、〈球体〉の大きさが測り知れる。その大きさは、戦闘機を指先程度とするならば、〈球体〉はバレーボールほど。あんなモノが空に浮かんでいるなど、到底信じられない巨大さであった。
 〈球体〉の正面にはあの凄まじい攻撃を放つ発射装置がある。
 戦闘機は迂回しながら〈球体〉に近づき、ミサイルを撃ち込んだ。
 爆発音と共に〈球体〉から煙が上がった。だが、それミサイルの硝煙に過ぎず、〈球体〉はまったくの無傷に見えた。
「でしょうねぇん」
 とベルが呟いた。
 アトランティス全体を揺らすほどの威力を持つ兵器を装備した飛行体が、ミサイルごときで落とせるわけがない。
 空を駆ける戦闘機からの一斉攻撃がはじまった。
 音は画面からは聞こえない。
 機関砲から乱れ撃ちされる銃弾。
 風に流れる煙。
 〈球体〉は黙したまま。
 画面を通して観た映像は音もなく淡泊で、まるでどこか遠いところで行なわれている嘘≠フようであった。
 本当に今、戦いは行なわれているのだろうか?
 あの画面の向こうに人はいるのだろうか?
 戦闘機に人は乗っているのだろうか?
 画面からキーンという耳鳴りのような音がした。
「音……頭が痛い」
 と夏希が呟いた次の瞬間だった。
 画面が眼を開けられないほどの輝きを放った。
 それはなんの前触れもなかった。
 画面が正常に戻ったとき、映し出された映像は次々と戦闘機が墜落する場面であった。それはまるで急にエンジンが停止いたかのような、煙も上げず爆発もせず、ただ海面に引きずり込まれるように墜ちていく。
 舞桜が眉をひそめる。
「なにが起きた?」
 誰も答える者はいない。
 戦闘機が墜ちた。それだけが事実だった。
 夏希が叫ぶ。
「鷹山くんは!」
 次々と夏希はここにいた全員の顔を一人一人見ていった。
 最後に見つめられたベルが口をゆっくりと開けた。
「あのヘリはレーダーでは捉えられないし、通信がない限りこちらから探し出すことは不可能よ」
 舞桜はスタンドマイクに向かって戦闘本部に命令を出す。
「すぐに救助艇を向かわせろ。乗組員の救出及び戦闘機のサルベージ、生存者の確認を急げ。ただし、危険と判断したらすぐにその場を退却することを命じる」
 それは生存者がいたとしても、危険と判断したら見捨てろということを意味していた。
 急に菊乃が立ち上がり無言で足早に部屋を出て行った。
「菊乃ちゃん!」
 夏希が手を伸ばしたときにはもういない。
 敵を侮っていたわけではないが、一瞬にして戦闘機を墜落させる理不尽とも言える謎の攻撃は想定外であった。どんな攻撃であったのかわからぬ以上、不要に近づくことさえもできない。
 開けたばかりの一升瓶をベルは一滴も残らず飲み干した。
「お〜ほほほほっ、やってくれるじゃなぁ〜い。超天才可学者のアタクシに喧嘩売ろうなんざ一〇〇万年早いってことを思い知らせてやるわ。近づけないなら遠くから撃ち落とすのみ!」
 ベルは舞桜からマイクを奪い取った。
「アンタァら聞いてるぅ? アルティメットウェポンの準備すんのよ、この豚どもがッ、あ゛ーッ!」
 結構酔ってます。
 スピーカーから慌てた声が返ってくる。
《舞桜様の許可がなければ使用不可能です!》
 舞桜はベルからマイクを奪い返した。
「許可する。最大出力で撃ち込んでやれ」
《イエッサー!》
 ハルキはちょっと眼を輝かせていた。
「アルティメットウェポンって響きがカッコイイな!」
 爆乳を揺らして仁王立ちするベルが自信満々に鼻息を荒くした。
「カッコイイだけじゃないわぉん、太くて絶倫なのよぉぉぉん……うっぷ」
 突然、背を向けたベルは白衣のポケットからバケツを取り出して、
「うげぇぇぇぇぇっ……」
 吐きやがった。
 ゆらゆらしながらベルはバケツを持って部屋の外に。バケツ持ったままコケないように気をつけてねっ♪
 芳しいかほりを残る部屋で平気でお菓子を頬張るハルキ。
「このチーズせんべえ上手いなぁ。これも妹のために持って帰るか」
 チーズ臭……。
 しばらくして何事もなかったようにベルが帰ってきた。
「お〜ほほほほっ、ビューティフルにアタクシ参上!」
 酔いも覚めたのかお目々ぱっちり、手には火のついたタバコを持っている。
 爆乳を揺らしながら歩き、マイクを手に取る。
「そろそろ準備できたわよね?」
《イエッサー!》
「カウントダウンしちゃいなさぁい!」
 スピーカーから合成音が聞こえてきた。
《主要施設の電力が予備電源に切り替わります。アトランティス全域への電力供給の一時停止まで3、2、1》
 この瞬間、アトランティス全域で大規模な停電が起きた。テレビ録画やお風呂に入っていた人は悲惨だ。
《魔電粒子包発射まで10秒前――5秒前、3、2、1、発射》
 海上都市全体が激しく揺れた。
「きゃっ!」
 夏希は舞桜にしがみついた。
 テレビ画面に映し出された映像。
 薄闇の夜を駆け抜ける巨大な光線。
 それは流星のような輝きを放ちながら〈球体〉に衝突した。
 画面は白に染まり、スピーカーから流れる耳を塞ぎたくなるほどのノイズ。
 轟々という音が部屋中に木霊した。
 突然鳴り響くサイレン。
《ザザザザ……電力不足……ザザッ…バリアシステム……10パーセント……回避不能》
 これまでにない激震がアトランティスを襲った。
 ベルがパンツ丸出しでズッコケた。
「なんなのよ!」
《敵はこちらの攻撃を反射。跳ね返された魔電粒子包発射が、開発中工事中のアトランティス南南西を掠めました》
 ベルは嬉しそうに笑った。
「掠っただけでこの威力。さすがアタクシが開発したウェポンだわぁん!」
 って、跳ね返されたら意味ないだろ。
 テレビ画面を見ていた夏希が眼を丸くしてそれ≠指さした。
「見て……あれ!」
 それはあまりにも衝撃的だった。

《5》

 〈球体〉の全身にひび割れが走り、剥がれ落ちた殻が次々と海へ落下する。中から現れた黒
い皮膚。そして、金色の眼球がぎょろっと露わになった。
「あらぁん、カワイイ! 一つ目怪獣だったのぇん♪」
 爆乳を揺らしてベルははしゃいだ。
 ついでにこいつも。
「カッケー、怪獣だぜ怪獣!? うぉ〜燃えてきたぜ!」
 勝手に闘志を燃やすハルキ。
 怪物を見ても舞桜は冷静な表情を崩さなかった。
「生物だったのか……すると今目覚めたと言うことか?」
 合成音のアナウンスが流れる。
《謎の飛行物体から生体反応を検出。生き物であることが確認されました。さらにこの生物か
ら分離する生体反応を確認。画面拡大します》
 黒いミミズが蠢くような怪物の皮膚から何かが次々と産み落とされている。
 思わず夏希は、
「グロッ!(イカスミスパゲティ食べられなくなりそう)」
 産み落とされたそれは球体で、生肉のような色をしており、中心には眼球が一つあった。ま
るで親を小さくした2Pカラーキャラだ。
 突然、舞桜がこめかみを押さえて眼を瞑った。
「(なんだこの痛みは……?)」
 頭の中でキーンと響く音。
 何者かが夏希の耳元で囁く。
「間違いない、〈マガデスタの黒い眼〉だ」
 ハルキが辺りを見渡す。
「誰かしゃべったか?」
 慌てて夏希は取り繕う。
「えっ、気のせいじゃない?(今のきっとピンクさんだ……ピンクさんは何を知ってるんだろ
う)」
 そんなことを考えていると、また声がした。
「部屋の外に出ろ」
 言われたとおり、
「ちょっとトイレ」
 夏希は部屋の外に飛び出した。すると、夏希の体がふっと持ち上げられた。
「え、ちょっと……」
「人の来ない場所まで移動する」
 夏希はピンクシャドウに抱きかかえられて廊下を走っていた。
 人気のない教室に入り、夏希は下ろされた。
 ピンクシャドウは窓辺に立ち、遠く空を眺めて重い口を静かに開いた。
「あれは〈マガデスタの黒い眼〉という怪物だ」
「なんでそんな怪物が? どうしてピンクさんがあれを知ってるんですか? わたしたち助かりますよね? ピンクさんっていったい何者なんですか?」
 怒濤の質問攻め炸裂!
「あれは暗黒集団マガデスタの魔術師たちが召喚した怪物だ。それを私が封印した」
「封印したって、だってあそこにいるのは?」
「召喚が行なわれたのも、それを封印したのも、こことは違う世界の出来事。時間も空間も違う、君たちにとって物語の中に存在するような世界」
「違う世界って?(舞桜ちゃんの近くにいるだけあって、言うことが似てる)」
《大量の敵が接近。バリアモード2に切り替えます》
 突然のアナウンス。
 アトランティスの周りを覆うバリアに群がる怪物ども。
 バリアにぶつかった怪物が次々と破裂していく。
 ピンクシャドウが呟く。
「雑魚は防ぐことはできだろう。あれでいてベルフェゴールは天才だからな」
「(ベルフェゴール?)」
「しかし、〈黒い眼〉が本気を出せば一夜でこの都市は壊滅する。〈ベルラーナの最期〉を思い出すな……」
「どうすればいいんですか? 前にも封印したんですよね?」
「まだ目覚めて間もない奴なら……舞桜様のことを頼んだぞ!」
「えっ!?」
 ピンクシャドウは窓を開け外に飛び出した。
 夏希は瞳を丸くする。
「あっ、飛んだ……」
 なんとピンクシャドウは空中を浮遊して星のように高速で飛び去ってしまった。
 なんだかよくわからなかったが、とにかく夏希は生徒会室に急いだ。
 生徒会室に戻ると、なにやら様子がおかしかった。
 畳の上で横になり苦しそうな顔をしている舞桜。
「どうしたの舞桜ちゃん!?」
 夏希はすぐに駆け寄って傍らに膝を付いた。
 大量の汗を掻きながら舞桜はうなされていた。夏希の声にも反応せず、おそらくそこに夏希がいることさえもわかっていないだろう。
 夏希はハルキ……には訊かずにベルに訊く。
「なにがあったんですか?」
「アタクシの頭脳を持ってしても不明よ(可笑しいわぇん、いなっちの匂いがしない。なっちゃんと出てってから帰ってきてない?)」
 ベルも気付いているのか――存在に?
 《緊急事態発生! バリアの一部が破壊された模様》
 ついに敵に侵入を許したか!?
 いや、違う。
《バリアは内部からの力によって破壊された模様》
 予想していなかった事態にベルは唖然とした。
「中から……そんなカバな……(敵がすでに中に侵入していて手引き……そんなわけは……まさか!?)」
《高エネルギーを感知しました。画面に映します》
 テレビ画面に謎の飛行物体が映し出された。
 まばゆく輝くそれは〈黒い眼〉に向かって飛翔する。
 夏希はすぐにわかった。
「(ピンクさんだ)」
 ベルもまた、
「(いなっち……まさか舞桜を置いていくなんて)」
 独りだけ仲間はずれ、
「なんだよアレ!? 新手の敵か味方か?」
 ハルキは画面に釘付け。
 〈黒い眼〉の眼にエネルギーが集中する。
 夜が一瞬にして昼に転じる閃光。
 〈黒い眼〉から放たれた光線を迎え撃つピンクシャドウの前に、巨大な魔法陣が盾として出現した。
 テレビ画面がストロボを焚いたように光り、何度も何度も激しく点滅した。
 あの[観覧規制]事件以降、アニメでは絶対にやってはいけない手法だ。
 今ではしっかりとしたガイドラインに基づき、しっかりとしたアニメ製作が行なわれているのだ。
 画面に釘付けだったハルキが急に吐き気と頭痛に襲われた。
「うぇえっ!」
 テレビを見るときは部屋を明るくして離れて見よう♪
《緊急事態発生! 何者かがメインコンピュータに……きゃっ、ちょっと……ザザザザザ》
 夏希は『えっ?』という表情でベルを見た。
「人がしゃべってたんですか? てっきりあたしはコンピューターの声だと」
「コンピューターの合成音よ。人工頭脳を搭載しているスーパーコンピューターだから疑似感情を持っているの――なっ!」
 突然の揺れでバルがバランスを崩して爆乳から夏希の顔にダーイブ!
 ぼよよ〜ん♪
 さらにそのまま揺れは続き、ベルは夏希の頭をぎゅっと抱きしめたもんだから、パイ圧で窒息死させられる寸前だった。
「ぐるぢ〜!」
「あらぁんごめんなさぁい♪」
 ぼよよ〜んとさせながらベルは後ろに下がった。
 今の揺れも敵の攻撃だったのだろうか?
 アナウンスが流れる。しかし、その声は今までとは似ても似つかぬ邪悪な男性ボイスだった。
《浮遊システム起動。これより学園はアトランティスから切り離され浮上する》
「はい?」
 と夏希はベルを見つめた。
「あらぁん、そのシステムはまだ開発中だったハズなのだけれど……誰かが完成させてくれたのね、ラッキー♪」
「浮遊ってどういうことですか、もしかして今空飛んでるんですかぁ〜っ!?」
「オーイエス。この都市の電力を確保するために電気だけじゃ足りないから、魔導発電を取り入れる予定だったのよね。その副産物で浮遊システムの開発をしていたのだけれど……いったい誰が動かしたのかしらね!(笑)」
「なんだか雰囲気的に乗っ取られた気がするんですけどぉ」
「この学園は最強の要塞と言ってもいいものね。目を付けて乗っ取るなんてお目が高いわぁん」
 どうやら敵はすでに内部に侵入していたらしい。
 学園の外ではピンクシャドウと〈黒い眼〉が戦い続けている。
 舞桜は未だ意識を朦朧とさせている。
 ハルキは部屋の隅で気持ち悪そうにしている。
 夏希が大声で叫ぶ。
「どうすればいいんですかぁ〜っ!」
「どうするもこうするも、誰かが学園の中枢に行って、メインコンピューターをいじってる誰かをどーにかこーにかしなきゃだわね」
「誰かって誰ですか?」
「アタクシかアナタ。最初はグー、ジャンケンポン!」
 突然のじゃんけんに思わず乗ってしまってグーを出した夏希。
 もちろんベルはパー。
「アタクシの勝ちね」
「だって最初はグーって言った!」
「つべこべ行ってないでさっさと行きなさいよ。場所はアタクシの部屋に入って、寝室のクローゼットの先に隠し通路があるから。舞桜のことならアタクシが責任を持って看ててあげるわよぉん」
 なんだか強引だが、夏希は仕方なく行くことにした。
 部屋を出る前に夏希が振り返った。
「ところで鈴鳴先生?」
「なぁに?」
「さっきから変な英語混じりのしゃべり方あんまりしてませんよね?」
「そんなことナッシングよぉん、おほほ」
「やっぱり演技なんですね。めんどくさいならやらなきゃいいのに……」
 夏希はベルに反論させる前にさっさと部屋を出た。

《6》

 ベルに言われたとおり、三番目のトイレ→ジェットコースター→ベルの隠し部屋→クローゼットの先に隠し通路があった。
「なんであたしが……(コンピューターってあたしよりも先生のほうが詳しいんじゃ?)」
 長い通路を抜けると、何もない四角い部屋に出た。部屋の先には扉。その前には一人の少女。
「ここは誰も通さないわ」
 狐面の少女はそう言った。
 舞桜はパニックに陥ってしまった。
「どうして菊乃ちゃんが!?」
「…………」
「なんで、ねえ、どうして?」
「……帰りなさい。そうすれば何も危害は加えない」
 夏希は前にも後ろにも動けなかった。
 なぜ菊乃がここにいるのか?
 メインコンピュターが乗っ取られたのではないのか?
 だとすれば……。
 菊乃は腕を薙ぎ払った。するとカマイタチが巻き起こり、夏希の袖を掠めた。
「次は皮膚を切り裂くわよ。帰りなさい、死にたくなければ」
「なんで、わからないよ!」
「人は裏切る者なのよ」
「どうして……(菊乃ちゃんがここにいるってことは)」
 思考はすべて菊乃に読まれる。
「わたしの口からはっきり言ってあげる。わたしが学園の情報処理機構を乗っ取ったのよ。これで満足かしら?」
「満足じゃない! だって、だったらどうしてそんなことしたの!?」
「どうでもいいじゃない、そんなこと……」
「よくないよ!」
 夏希の視界が涙え滲む。
 止らない涙を腕で拭いながら、夏希は一歩一歩前へ進んだ。
 菊乃が後ずさりをする。
「来ないで!」
「……前と同じだね」
「来ないでって言ってるでしょう!」
 邪悪な黒い風が吹き荒れ、夏希の制服を切り裂いた。破れていく制服。頬を掠めた風の刃が、一筋の紅い線を走らせた。
 夏希の頬を滴り落ちる血の軌跡。
 一瞬、凍り付いたように動かなくなった菊乃だったが、
「お願いだから死んで!」
 叫びながら邪悪な黒い風を巻き起こした。
 猛烈な風の中を夏希は全速力で走り菊乃に飛びかかった。
 伸ばされた夏希の手。
 傷だらけになってしまった手は狐面を掴みながら菊乃の体を押し倒した。
 狐面が虚しい音を立てて床に転がった。
 二人して床に倒れ、上に乗った夏希に見つめられた菊乃は顔を横に逸らした。
 夏希の涙が菊乃の頬に落ちた。
「泣いてるの……菊乃ちゃん?」
 菊乃もまた泣いていた。
「だってこうするしかなかったのよ……貴女と彼の間に挟まれたわたしは……道を失った」
「どうして?」
「貴女は扉の先に進みなさい。わたしはここで待つ……次に出てくる人を待って……だってわたしには選べないから」
「……わかった」
 ゆっくりと夏希は立ち上がって、扉の前まで移動した。
 そして、振り返る。
「あたしたち今でも友達だよね?」
「……貴女がそう思ってくれるなら」
「うん」
 所々傷む体で夏希は重い扉を力一杯に開いたのだった。
 部屋の中央で輝きを放つクリスタルの光。
 蒼い海の中のような光に包まれるその場所で、目元だけを隠すマスカレードマスクの男が独りで佇んでいた。
「入ってこられるとは思ってなかったよ。魅神も変ってしまったものだよ、君のせいで」
 顔は隠してもいてもその声には聞き覚えがあった。
「鷹山くん!?(どうして、どういうことなの……だって鷹山くんは……)」
「顔を隠していてもすぐにバレてしまったね。別にこれは正体を隠す物ではないからいいけどね。そう、俺は君の知っている鷹山雪弥――でも今は秘密結社C∴C∴の首領として、ホークアイと呼んで貰えると嬉しいな」
「なにがどうなってるかわからないよ!」
 ホークアイはため息をも漏らした。
「理解力のない女だなぁ。はじめからこの学園を乗っ取る気だったんだよ。活動の拠点とするために要塞も欲しかったし、なによりこれが欲しかったんだ」
 親指を立てて、自分の後ろにあるクリスタルを示した。その大きさはホークアイの身長よりもある巨大な物だった。
 クリスタルの入った透明な筒にホークアイは手を触れた。
「これはね、マナクリスタルと言って純粋なエネルギー結晶なんだ。上手く使えれば世界だって滅ぼせると思うよ」
「いったい何をしようとしてるの?」
「今言ったじゃないか、滅ぼすってさ」
 邪悪な口元。
 何を信じていいのかわからなくなる。
 何が起きているのかさえわからなくなる。
「菊乃ちゃんもあなたの仲間だったの?」
「知りたいの?」
 嫌な言い方だった。まるであざけるような物言い。
「教えて」
 凛として夏希は答えた。
「違うよ、彼女は俺の正体もずっと知らなかった。ほんの少し前に全部打ち明けた、そしたら簡単に協力してくれたんだ」
 夏希はほっとした反面、怒りがこみ上げてきた。
「酷い」
「酷い?」
 同じ言葉を雪弥は聞き返した。
 拳を強く握った夏希。
「人の心を弄ぶなんて酷いよ」
「それは酷い誤解だ。俺は魅神に優した覚えはあっても冷たくしたことはない。ましては裏切ったこともないよ。ただ彼女の力はずっと狙っていたけれどね」
「どうしてあなたみたいな人に……」
「それはきっと彼女が孤独だったから、優しさに飢えてたんだ」
「でも菊乃ちゃんは心が読めるんだから、あなたが自分を利用しようってしてるってわかってたはずなのに、どうして……」
「そこが重要なポイントだったんだ。彼女は俺の心が読めなかった。だから彼女は凄く驚いたと思うよ、もしかしたら人生ではじめての経験だったのかも知れないね。彼女は人を信用しない、きっと俺のこともそうだと思う。けど、見えないから俺だけが特別な存在になったんだろうね」
 菊乃は人の心がすべて聴えるわけではない。狐面でその力を抑制していることからもわかるように、ホークアイがどのような方法を使ったわからないが防ぐ手だてはあるのだ。
「今はあたしが菊乃ちゃんの傍にいる」
「だから彼女は弱くなってしまった。困るんだよね、そういうの。だからさ、できれば君に消えて欲しいと思ってる」
「イヤ」
「だったら俺の仲間になるかい?」
「それもイヤ」
「じゃあ、どうしたいんだい?」
「……わからない」
 自分の取るべき行動がわからない。
 できることなら――。
「すべて元通りに、全部なかったことにして欲しい。大変だったけど、この学校ちょっとおかしいけど、みんなと一緒に生徒会できて楽しかった。だからね、ウソだって言って欲しいの」
「世の中はそんな都合のいい物じゃないよ。俺は入学する前からすべてを乗っ取るつもりだったし、生徒会に入ったのも天道に近づくため。ほかにもいろんな生徒を観察しながら、そいつの持ってる能力や生まれなんかを調べて、自分の仲間にする奴とそうじゃない奴を分けてた。はじめからね、こうなる運命だったんだよ」
「今ならまだ引き返せるから」
「それは無理だね」
「どうして! 今からでも学園を返して、それから……」
「外にいる魔獣は誰にも止められないよ」
 最大の驚異はあの魔獣〈黒い眼〉である。なんとしても止めなくては、すべてが壊されてしまう。
「やっぱりあれもあなたの仕業なの?」
「まあね」
 〈黒い眼〉は首謀者であるホークアイの力を遙かに凌駕する存在だろう。
 学園のシステムを乗っ取っただけなら、まだ引き返せたかも知れない。
「あの魔獣がこれから先も暴れれば、多くの人が死んでいくだろうね。一人死に、また一人死に、そうする度に俺は滅び道を進んでいくんだ。進んでしまったが最期、引き返すことのできない一方通行の地獄道さ」
「今からでもいい、お願いだから止めて!」
「だから無理なんだよ。あれは俺の制御できる代物じゃない。本当に偶然だったんだよ、呼び出せたのは。あの魔獣がどこから来たのか、いったいどんな存在なんか、なぜ召喚できてしまったのか……もしかしたら、引き寄せられたのかもしれない――強い因果か何かに」
 強い因果?
 あの怪物を知るものはただ一人。
 ピンクシャドウ、かの者は今も戦い続けているのだろうか?
 ホークアイは一歩前へ出た。
「で、結局君は何がしたい?」
「…………」
「戻ることはできないよ。とりあえず俺を殺しておくかい?」
「殺す理由なんてない!」
「客観的に見て俺は悪役だと思うけどな。悪役には正義の鉄槌が下されるんだ。まあ、それは物語の中だけで、残念ながら現実の世界は悪のほうが強いけど」
「学校を取り戻す! それから外の怪物もどうにかする! それから鷹山くんとゆっくり話し合いたい」
「あはははは、とんだ欲張りさんだ。まあいい、運命を変えられるなら立ち向かってくればいいさ」
 夏希は一歩も踏み出さなかった。気持ちはもう決まった。けれど、どうしていいのかわからない。
 メインコンピューターはどこだろう?
 それより先にホークアイをどうにかしなければ邪魔されてしまう。
 けれど、夏希は暴力による解決を望まず、望んだとしても行使する力を持ち合わせていない。
「君から来ないなら俺から行くけど?」
 ホークアイの姿が消えたと思った瞬間、すでに夏希の首に二本の刀が突き付けられていた。
「俺はすぐにでも君を殺せるんだ」
 交差した刀はハサミの刃のように夏希の首を挟んだ位置にある。左右どちらにも動けず、上下にも体を動かせない。逃げるとしたら後ろだが、そんな猶予は与えてくれないだろう。
 ホークアイは邪悪な口元で笑った。
「死にたいかい?」
「イヤ」
 夏希の表情に怯えはなかった。
「ならどうしたい?」
「学校も取り戻すし、怪物もどうにかして、鷹山くんとも仲直りする」
「すぐに殺すにはもったないくらい強情だ。だからこうやって遊んであげてるんだけど、暇つぶしで――もう一人玩具が来た」
 息を切らして部屋に入ってきた人影。
「彼女を放せ!」
 その人物とは――。

《7》

「オレ様ただいま参上!」
 全身血みどろの覇道ハルキだった。すでに瀕死状態。
 ホークアイは刀を下ろして飛び退いた。
「すごい怪我だね、誰にやられたんだい?」
「うっせーな、なんか知らねぇーけど魅神に殺されかけたんだよ」
 夏希は心の中でそっと思った。
「(あたし以外の人には容赦ないんだ)」
 ハルキは鼻血を袖で拭きながら夏希に近づいた。
「なんかよくわかんねぇーけど、魅神とそこの変態マスクが悪ってことでいいんだろ?」
 夏希は首を横に振った。
「彼、変態マスクじゃないし、魅神さんは悪くない」
「なるほど、魅神はそこの変態マスクに洗脳されてんだな!」
「それもちょっと違うけど。魅神さんはどうしたの?」
「よくわかんねぇーけど、いきなり洗脳が解けたみたいでさ、オレ様にお前を助けてやってくれとか言われて、とりあえずその場に残してきたけど?」
「そうなんだ」
 ハルキを殺さずに通したと言うことは、なにか心境の変化でもあったのだろうか?
 変態仮面――もとい、ホークアイに向かって夏希とハルキが対峙する。
 ホークアイが一本の刀の切っ先をハルキに向けた。
「覇道ハルキ! 〈緋色の魔術師〉――その末裔の力見せてもらおう!」
「名前を知られてるなんてオレ様も有名人だな」
 心の中で夏希がコッソリ。
「(覇道くん、本当に鷹山くんだって気付いてないのかな?)」
 うん、きっと気付いてないよバカだもん。
 そして、バカが話を続ける。
「つーか〈緋色の魔術師〉ってなんだよ?」
 その言葉にホークアイは刀を下ろしてしまった。
「知らないのかい?」
「知らないから訊いてんだろ、オレ様のことバカにすんなよばーか!」
「どうやら君は何の才能も受け継がなかったと見える(やはり〈アッピンの赤い本〉を受け継いだのは本家のほうか)。まあいい、覇道の名を語るなら少しはできるだろう!」
 俊足でホークアイは駆け、二刀流を振るった。
 ガシッ!
 ハルキは紙一重で一刀を真剣白羽取りで受けた。
 しかし、刀は二振り。
 ギシッ!
 な、なんとハルキは刀を歯で挟んで受けた!?
「むうぃっふぁふぁ、ひひょふぉふぉふぁんふぁふぁひふぇふふぉひひ、ふふぁふぃふぇふぁひふぁひふぁぐーどぅ!」(日本語訳:昔、いとことチャンバラしてるときに、二人で編み出したんだ!)
 別にどーでもいいエピソードだ。
 ホークアイは足を蹴り上げた。
 キン!
 強烈な痛みでハルキは股間を押さえながら飛び上がった。
「いでーぢぬー!」
 股間を押さえて床をゴロゴロ。
 容赦ないホークアイの刀はハルキを串刺しにしようと振り下ろされる。
「覇道くん危ない!」
 夏希の叫びを聞いて我に返ったハルキは、ゴロゴロしながら刀を避ける避ける。
「ぎゃっ、うぇっ、うおっ、刺さったら死ぬだろー!」
「そのつもりでやっているよ」
「手加減しろよばーか!」
「するわけないだろ……ろっ!」
 一気に振り下ろした刀が床に刺さった。
 その隙に立ち上がったハルキに頭をもう一振りの刀が掠めた。
 よかったね、ハルキくん散髪代が浮いたよ!
「うぉ〜オレ様の髪の毛がーッ!」
 まるでカッパみたい。
 ハルキは床に落ちた髪の毛をかき集める。
「もったないもったいない!」
「君を相手にするのが馬鹿らしく思えてきたよ。バイバイ」
 髪の毛を拾っているハルキの背後からホークアイの刀が振り下ろされる。
 夏希が叫ぶ。
「やめて!」
 ホークアイの動きが急停止した。
 〈千里眼〉を持つはずの彼が今の今まで感知できなかった。
「……そこにいるのは誰だ!」
 ホークアイが叫んだ。
 長身のスラリとした影が長い髪を靡かせ入ってくる。
 その姿を確認した夏希が叫んだ。
「舞桜ちゃん!」
 そして、再度確認して呟く。
「……違う」
 紅い髪が靡く。
 舞桜と同じ顔を持つ者。しかし髪は紅に燃えている。
 金色に輝く瞳でその者はホークアイを見据えた。
「我が城の居心地はどうだったかね? そろそろ私に返してくれるとありがたい」
 その者の顔には歌舞伎の隈取りのような、目の回りや頬などに紅の線が入っていた。
 ホークアイも思わず聞いてしまった。
「誰だ?」
 ――と。
「私か? 名は無い。ただ、いつの日からか……〈魔王〉と呼ばれていた」
 その者はそう言った。
 ホークアイは笑みを口元に浮かべた。
「本当だったのか……ならばそれが君の真の姿かッ!」
 全力でホークアイは〈魔王〉に斬りかかった。
 刹那、三本の輝線が宙を趨り、氷結するかのごとく音が響き渡った。
 折れた刃が回転して天上と天下に突き刺さった。
 ホークアイは刃の折れた二振りの刀を握りしめながら愕然とした。
「恐ろしい」
 両の手から滑り落ちた二本の柄。
 未だ刀を握る〈魔王〉はその切っ先をホークアイの喉仏に突き付けた。
「殺しちゃダメ!」
 夏希の叫びが木霊した。
 眼を瞑る〈魔王〉。その手はゆっくりと下ろされ、刀の切っ先は床に向けられた。
「懐かしい声だな……貴姉が望むならばそれも良かろう。戦意を失った者はすでに戦士であらず」
 冷や汗を掻きながらホークアイは、そのまま背中から大の字になって倒れた。
「あははは、完敗だ。怖い怖い、触らぬ神に祟りなし……だね。そして、弱き者は強き者に従うのが世の常なら、僕は魔王陛下の忠実なる下僕となりましょう」
 起き上がったホークアイは膝を付いて〈魔王〉に頭を垂れた。
 そんなホークアイにハルキが食ってかかる。
「調子のいいヤツめっ!」
「固いことは言わない言わない。長いものには巻き付けさ」
 ホークアイとハルキのやり取りには目もくれず、〈魔王〉は穏やかな瞳で夏希を見つめていた。
「しかし……貴姉は誰だ?」
「(キシってあたし岸だけど)あなたこそ誰なの、天道舞桜じゃないの?」
「まだ長い夢を見ているのか……似ているが……違う。貴姉はいったい誰なのだ?」
 突然、建物全体が激しく揺れた。
 そして、爆乳も揺れた。
 慌てた様子でこの部屋に駆け込んできたベル。
「ちょっとアタクシがウンチちゃんしてる間に舞桜ちゃんがいなくなっ――げっ、まさかそれって舞桜ちゃん?」
 再び建物が激しく揺れた。
 手を付くほどの揺れの中でただひとり、〈魔王〉だけが立ったままだった。
「……感じる……記憶の片隅……」
 ハルキが〈魔王〉を指さした。
「あいつ飛んだぞ!」
 彗星のような輝きを放った〈魔王〉が何重もの天上を突き破って遙か空に消えた。
 …………。
 残された四人の思考が一時的に停止する。
 ハルキが叫ぶ。
「あいつどこに飛んでったんだよ!」
 夏希も呆然としながら言葉を漏らす。
「とにかく……探さなきゃ」
 〈魔王〉はどこに消えてしまったのだろうか?
 ベルは床に這い蹲ったまま匍匐前進で進んで、コンピューターパネルの前まで来て立ち上がった。
「(腰が抜けるほど怖かったわぁん……昔違う魔王様に仕えてたことあったけど、だってもぉ同じようなプレッシャー放つんだもん)さーてと!」
 ドゴッ!
 ベルはコンピュターに蹴りを入れた。
《ザザザ……ザザッ、お早う御座いますマイマスター。本日は晴天なり、マイクテスト良好。システムエラーなし、今日一番ツイているのは蟹座のみなさんでぇ〜す♪》
「あ……あたしだ」
 ボソッと呟いた夏希。
 普及したメインコンピューターにベルが命じる。
「ここの天上に穴開けて飛んでった生命体を探して頂戴!」
《ただいまスクリーンに映し出します》
 この部屋にあった超巨大スクリーン(映画を観るのにちょうどいい)に、星が輝く外の様子が映し出された。
 〈魔王〉とピンクシャドウが身振り手振りで、何やらコミュニケーションをしているが、音声は拾えないほど遠い。
 そして、思いっきり不意を突いた感じで〈黒い眼〉が光線を発射した。
 で、呑み込まれた二人。
 …………。
「エーッ!」(一同)
 マジでーッ?

《8》

 メインコンピューターによると、〈魔王〉とピンクシャドウの消息は不明。観測できる範囲内からは完全に消失しまったらしい。
 しかし、若者たちは希望を捨てず戦うのだ!
 ゆけ、ダイマオー発進!
「なにこの展開!」
 叫ぶ夏希を乗せて超巨大ヒト型ロボットが舞桜学園から飛び立った。
 魔界王者ダイマオーとはベルが趣味で作っていた合体ロボである(プラモ作るノリ)。まだ試作段階のため、塗装やパーツなどが付いておらず、まるでその形はデッサン人形のようである。カッコ悪ッ!
 とりあえず急遽、試作途中だった反重力ウイングを背中に装着して空だけ飛べるようにした。パラグライダーみたいな形で、やっぱりそんなにカッコ良くない。
 コックピットは五人乗りで、現在は三人が搭乗している。
 夏希、ハルキ、そして変態仮面!
 ダイマオーは〈黒い眼〉の前で止った。
 互いに上空で停止したまま睨み合う。
 魔界王者ダイマオーVSマガデスタの黒い眼
 戦いのゴングが鳴った!
 が、ダイマオーが動かない。
 その隙に〈黒い眼〉はエネルギーを充填する。
 ピカピカっと目玉が光り――眼からビーム!
 ダイマオーがエビ反った!
 〈黒い眼〉の放ったビームはダイマオーの腹を掠めていった。メタボリックだったらモロ喰らっていたところだ。
 コックピットの中は大混乱だった。
 夏希が叫ぶ。
「え、どこ、なにをどうすればいいの!?」
 変態仮面は悠長に取扱説明書を読んでいる。
「えーと、『お箸を持つ方が右レバーで、茶碗を持つ方が左レバーです』そこから説明!?」
 説明書を全部読むには時間が掛りそうだ。
 ハルキはいうと面白そうなボタンはないかと探していた。
「必殺技とか隠し武器とかないのかよ!」
 そこへ舞桜学園にあるヒミツ基地から通信が入った。
 コックピット前のモニターにデカデカと胸が映し出された。
 おっぱいがユサユサしながらしゃべりだす。
《必殺技はハルキの担当よぉん。1番から10番までスイッチがあるでしょう?》
「おっしゃ、これを押せばいいんだな?」
《とりあえず1番とかプッシュしちゃいなさぁ〜い!》
「よし、喰らえミラクルストロング!」
 勝手な必殺技名を叫んでポチっとな。
 ダイマオーの乳首からレーザーが発射され、〈黒い眼〉の一部がバーベキューになった。
 ちょっとセンスがアレな必殺技にコックピット内はドン引きした。
 気を取り直して叫ぶハルキ。
「もっとマシなのないのかよ!」
《じゃあ2番をプッシュよ!》
「よし、喰らえスーパーミサイル!」
 ミサイルという決めつけ。
 ダイマオーの乳首から機関銃が発射された。
 ダダダダダダダーン!
 〈黒い眼〉はちょっとチクチクした。
 二度目となるとコックピット内の心象風景が真っ白になった。
 再び気を取り直したハルキ。
「オレ様向きな熱いヤツないのかよ!」
《むさ苦しい感じのは……6番よ。ロケットパンチが仕様できるわ》
「よし、メガロケットパーンチ!」
 ダイマオーの腕からロケットパンチが飛んだ。
 が、その軌道は〈黒い眼〉とは見当外れの星空に消えた。
《あ、ちなみにパンチは戻ってこない仕様だから》
 先に言えよ!
 まだぜんぜん戦ってないのに、すでに片腕消失。
 再び〈黒い眼〉のターン。〈黒い眼〉は力をためている。
 夏希はもうやけっぱちで操縦桿を握った。
「なんでもいいから動いて!」
 ダイマオーが突然動き出した。
 そして、頭突きアターック!
 脳天から〈黒い眼〉の目玉に突っ込んだ。
 グヲヲヲヲヲヲヲ!
 〈黒い眼〉がなんかよくわかんない音を発した。きっとコレは痛そうだ!
 きっとクリティカルヒットだったに違いない。
 おおっと!
 〈黒い眼〉の目玉が赤に変ったぞ、きっと起っているに違いない。たぶん怒ると攻撃力アップだ!
 ピカピカっと〈黒い眼〉が稲妻を発し、メガビーム!
 モロにダイマオーの腹に直撃。トンネルが開通してしまった。しかも、下半身の重さに耐えきれず、穴が広がって下半身落下。深海までさようなら。
 上半身だけでもかろうじて動くゴキブリ並の生命力を誇るダイマオー。
 テンパる夏希。
「どうしたらいいの!?」
《こうなったら最期の手段よなっちゃん!》
「なんですか?」
《ドクロマークの付いたボタンを押すのよ!》
「(ドクロマークって)ホントに押していいんですよね?」
《女は度胸よぉん!》
「はい!」
 ポチッとな。
 ちゅど〜ん!!
 その日、ダイマオーは海の藻屑となったのだった。

《9》

 ススだらけになって生徒会室に帰ってきた二人(三人じゃないの?)。
 夏希は真っ黒な顔をしてベルに掴みかかった。
「死ぬとかだったんですよ!」
「でも、ちゃんとコックピットごと空に打ち上げられたでしょう? ここにこうしていることが脱出成功の証よぉん」
 ホークアイはマスカレードマスクを外して雪弥に戻った。眼の周りだけ黒くないのがチャームポイントだ。
「僕らは助かりましたけど、覇道は全身打撲で病院に運び込まれましたけどね」
 ハルキはそういう役回りだから仕方ない!
 ベルは胸の谷間から一升瓶を取り出した。
「まあ、目玉オバケ倒せたんだし、勝利の祝杯でパーッといくわよぉん!」
 祝杯関係なしにアンタはいつでも飲んでるがな。
 しかし、夏希はそんな気分になれなかった。
「祝杯なんて……だって舞桜ちゃんの行方も、ピンクさんも、菊乃ちゃんもどこかに消えちゃったんですよ!」
 生徒会室のドアが開き、誰かが倒れ込むように入ってきた。
「わたしならここよ」
 息を切らせながら菊乃が畳の上に倒れ、背負っていたピンクシャドウも投げ出された。
 夏希は菊乃を抱き起こして肩を貸した。
「だいじょぶ菊乃ちゃん! ピンクさんのこと背負って運んできたの!?」
「汚くて放置された可哀想な兎がいたから……」
「菊乃ちゃん!」
「大丈夫よ、少し休めば平気だ……か……」
 そのまま菊乃は気を失ってしまった。
 ベルが夏希の変わりに菊乃を抱きかかえて、部屋の奥に寝かせた。
「少し疲れて眠ってしまっただけだから大丈夫よぉん」
「よかったぁ」
 安堵のため息を漏らす夏希だが、心配なのはもう一人いる。
 ピンクシャドウは気を失っているのか、それとも死んでいるのかわからない。
 きぐるみの上からではなにもわからなかった。
 脱がせればいいのだろうが……。
 夏希は困った顔で雪弥を見つめた。
「頭取ったら怒られるかなぉ?」
「顔を見られることを嫌がっていたみたいだからね」
 二人が顔を見合わせていると、その間をベルが割って入った。
「別にいいじゃないよ、取っちゃいなさい、取っちゃいなさい♪」
 ベルは独断と偏見できぐるみの頭部を投げ取ってしまった。
 三人は言葉を失った。
 中でも一番驚いたのは……。
「あたし?」
 夏希はそれ以上の言葉を発せなかった。
 素顔を晒されたピンクシャドウ。
 そこにあったのは夏希≠フ顔であった。
 微かにピンクシャドウの瞼が動く。
 次の瞬間、勢いよく立ち上がったピンクシャドウは飛び退いた。
 自分に集まる視線に気付いたピンクシャドウは自らの頬に触れた。
「そうか……見られたのか」
 同じ顔が互いを見つめ合う。
 夏希はまだ信じられなかった。
「どうして……もしかして双子?」
「表現としては近いがそれは間違いだ」
「鏡を見てるみたいだけど今の鏡じゃないの。そう、まるで未来の鏡を見ているみたい」
 そう言われて雪弥も気付いた。
「なるほどね、それが僕の感じた違和感か。こっちのほうが大人の顔をしてるんだよ」
 こっちとはピンクシャドウのことである。
 今の夏希が何年後かしたらこうなるだろうと思わせる顔。
 でも――。
「あたしこんな声低くないし、ピンクさんのほうがいい声してる」
「声の違いは発声の違いだろう。君にも出せる、オレたちは同じ存在なのだから」
 ピンクシャドウはついに核心を述べた。
 ――同じ存在。
 ベルはピンクシャドウの顔をまじまじと見つめている。
「もしかしていなっちって女の子だったのぉん?」
「生まれたときからオレは男として振る舞ってきたからな。別にあなたのことを騙すつもりはなかった」
「オカマ当てクイズとか得意だったのに、ショックだわぁん!」
 やはりこの二人、知り合いであったらしい。
 夏希は少し頭が混乱していた。
 同じ顔がそこにあるだけでも不思議な感覚に襲われるのに、たしかに同じ存在≠ニ言ったのだ。
「あなたは何者なんですか?」
 それは自分にたいしての質問のようであった。
 今になって、自分は何者なのかという疑問が沸々と湧いてしまったのだ。
 ピンクシャドウは真摯な眼差しを夏希に向けた。
「この世界でオレは因幡兎という名前で生まれた。覇道家の隠密として育てられ、ずっと舞桜様の傍に仕えてきた。物心ついたときから自分はこの世界の住人ではないと気付いていた。前世の記憶を持ち、舞桜様が別の世界で何者であったのかも知っていた。だから決して〈魔王〉として覚醒させてはならないと注意を払ってきたのだが……」
「あたしと同じ存在≠チてどういうことですか?」
「同じ存在だが、厳密に言うと違う。平行する違う世界に存在する同じ魂を持った存在。本来は同じ世界に同じ人間は二人以上生まれないが、この世界では同じ時代にオレと君が存在してしまった。この世界の正しい住人は君で、オレはこの世界にやってきてしまったイレギュラーなんだ」
 さらに呼吸を兎は置いて続ける。
「オレは舞桜様の影として、誰にもその存在が悟られぬようにしていた。そこにいるベルフェゴールにはすぐに気付かれてしまったが。しかし、何の特殊な能力も持たない者が私の存在を感知するのは容易なことではない。それなのに君はオレの存在にすぐ気付いた。それは、君の魂とオレの魂が同調したからなのだろう」
 存在を知られないようにしている節はあった。一人だけ反応の可笑しい人物がいた。他の者の場合は兎が姿を隠していたが、あの人物は隠れてもいない兎が感知できていなかった。
 夏希はエクストリーム生徒会選挙で火に囲まれたときのことを思い出した。最初はとぼけているのかと思った。
「一つ訊いてもいいですか、舞桜ちゃんにはあなたのこと見えてませんよね?」
「オレにもよくわからないがそうらしい。もとよりオレは掟により舞桜様に存在が知られてはないとされていたが、あるとき不意に舞桜様の前に姿を見せてしまったことがあった。しかし舞桜様はオレの存在に気付かなかった。視界には入っているはずなのに感知できず、それだけではなくオレが舞桜様に触れても気付かない。オレに関わるすべてのことを舞桜様は無い≠アとにしてしまうんだ。ただ、〈魔王〉として覚醒めたときにはオレを感知できるようになっていたが……」
 なぜ舞桜は兎を感知できないのか?
 なぜ〈魔王〉ならば感知できたのか?
 夏希は少しうつむき、心を整理してから顔をあげて兎を眼を見た。
「舞桜ちゃん生きてますよね?」
 兎は頷く。
「ああ、オレにはわかる。もうすぐ帰ってくる……ただ(帰ってくるのは)。迎えに行こう、そう、広くて辺りを見渡せる場所がいい」
「あたしも行きます!」
「君にはその権利があるだろう。ただし、ほかの者は付いてこないでくれるか?」
 兎はベルと雪弥に目を配った。
 二人は何も言わなかったがそれが答えだろう。
「では、行こう」
 兎は夏希に声をかけ、二人は部屋をあとにした。

《10》

 満天の空。
 明るい月が静かに世界を照らす。
 広い草原の上に二人は立っていた。
「風が気持ちいいな。頬に風を感じたのは……もう遠い昔か」
 兎は感慨深く囁いた。
 いつも被っているウサギの頭は置いてきた。
「あ、流れ星」
 夏希が指さした方向から帚星が落ちてくる。それが星ではないと気付いたのはすぐだった。
 空を見上げながら兎が呟く。
「……帰ってきた」
 燦然と輝くそれは、神々しい光だった。
 〈魔王〉は地に降り立った。
 それを見た夏希は驚きを隠せない。
「えっ……」
 服が破れ、上半身裸になった〈魔王〉のその姿。
「ツルペタ!」
 思わず夏希は叫んでしまった。
 ツルペタというより、それはまるで……男のようだった。
 もしかして、髪の色が変わり、顔の模様が入ったことからわかるように、〈魔王〉になることによって肉体的な変化もあったのだろうか?
 夏希は兎と顔を見合わせた。
「〈魔王〉って男の人だったんですか?」
「そうだ」
「でも舞桜ちゃんは女の子ですよね?」
「いや、舞桜様も男だ」
「えーッ!」
 なんか今日はいろいろあったけど、もしかしたら一番の驚きだったかもしれない。
 男だと思っていた兎が女で、女だと思っていた舞桜が男。
 走馬燈にように駆けめぐる思い出。
 舞桜とのキッス!
 急に恥ずかしくなって夏希は顔を真っ赤にしてしまった。
 〈魔王〉は夏希たちと少し距離を開けて足を止めた。
「やはり……あのときの兎は貴姉だったのか……」
「改めて言おう、久しぶりだな〈魔王〉」
「貴姉が貴姉であるならば、そこにいる貴姉は誰なのだ?」
 〈魔王〉は夏希に視線を送った。
 同じであるが、個々に存在している二人。
 兎が答える。
「異世界の〈魔王〉だったお前なら理解できるだろう? 平行世界に存在している同じ存在だ」
「なるほど、ならば……二人とも私が愛した女ということだな。愛してるぞ二人とも!」
 いきなり〈魔王〉は軽いノリで夏希と兎に抱きついてきて、さらにいきなり夏希にキス!
 眼を丸くする夏希から口を離して兎にキスしようとしたところで、〈魔王〉は顔面にウサギパンチを食らって地面に転がった。
「私を殴るとは何事だ! 別にキスくらい減るものではなかろう!」
「相変わらずの女ったらしだな〈魔王〉! オレはお前のそういうところが嫌いなんだ!」
「ちゃんと前の世界で両思いだと確認しただろう!」
「そんなこと知るか。お前は両思いだろうとなかろうと女に手を出すだろ!」
「愛してる女に手を出して何が悪い!」
「悪いに決まってるだろ、せめて一人にしろ!」
 二人が言い争ってるのを聞いて、なんだか夏希は呆気にとられてしまった。
「(何この二人の関係……てゆか、この人ホントに〈魔王〉なの? 舞桜ちゃんが劣化したみたい)」
 今そこで兎と言い争っている〈魔王〉は、威厳も威圧感も、人に恐怖感を与える雰囲気すらも持っていなかった。世俗的で、女ったらしで、わがままなただの人=B
 急に兎が真剣な面持ちをした。
「よく聴け〈魔王〉。お前はオレと夏希のどちらを選ぶのだ?」
 夏希は少し驚いた。
 その質問の真意は?
 〈魔王〉は答える。
「両方だ」
 このとき、夏希の目からは兎が少し肩を落としたように見えた。
 静かに口を開く兎。
「そうか……どちらを選ぼうとこの先の運命は変らないが。〈魔王〉よ、そろそろ続きをしないか?」
「続き……か。虚しい運命だな」
「なにがあろうとオレは〈魔王〉を滅ぼさなければならない」
「こちらも同じだ。剣を構えろ!」
 そう叫んで〈魔王〉は刀を抜いた。
 対峙する兎もまた、光り輝く剣を構えた。
 兎は背中越しの夏希に鋭い口調で言う。
「下がっていろ。絶対に邪魔はしないでくれ、それがオレと〈魔王〉の望みなんだ」
「…………」
 夏希は何も言わずに背を走り出した。
 それを確認して兎が〈魔王〉に斬りかかった。
 刃が交わり火花が散った。
 力と力のせめぎ合い。
 互いの刃を挟んで顔を向き合わせる二人。
 兎がこんなことを言った。
「知っているか〈魔王〉?」
「戦いの最中に話すとは余裕だな」
「この国にも桜があるぞ」
「ほう、ならば桜の下で誰かと酒を酌み交わしたいものだな。で、いつ咲く?」
「来年の春。まだまだ先だ」
「ならばまだ死ねないな」
「まったくだ」
 まばゆい光が天高く舞い昇った。
 雷鳴のような轟き。
 閃光が世界を包み込み、遠くから刃を交える音が聞こえ、夏希は振り返った。
 ――まだ、未来は何も見えなかった。


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