第1話 蜘蛛男だよプリティミュー!

《1》

 なんだ、なんだ、なんだーっ?
 空の彼方に躍る影!
 白衣を着こなした眼鏡少年は高精度スコープから目を離し、背の高い草むらに潜んでいる制服姿の少女に顔を向けた。
「バイト君、さっそく仕事だよ」
「任せておいて……なんていうわけ、ないでしょ!」
「ノリツッコミができる余裕があるのなら平気さ」
 名前すら覚えられてないバイト君――ミユは雇い主の自称天才科学者アインを睨みつけた。
 自分よりも年下の少年にこき使われる原因はこれだ。
 ミユの腕にはめられたブレスレットに輝く赤い光。これが宝石だったらいいのだが、起爆装置のライトだから、どーにもこーにも雇用主に逆らえない。
 このライトが早く点滅したら危険信号。
 点滅が止まったらドーンと一発、真っ赤なお花が咲いてしまう。その後は美男美女が手招きする花畑に直行便だ。とてもじゃないけど笑えない。
 郊外に存在する草ボーボボーの池。そこに二人は潜んでいる。目的は狩りだ。
 白衣と制服の二人組みが狩るのは鳥ではない。空を見ているが鳥ではない。とにかく鶏でもない。
 再びスコープを覗いていたアインがゆっくりカウントをはじめる。
「五〇〇メートル……四〇〇……三〇〇、準備はいいかい?」
「てゆーかよくない、ダメ、むしろムリ」
 ミユが装備しているアイテムは虫取り網。ちょっぴり改造が施してあって、ボタンひとつで網に電流が流れる仕掛けになっている。
 一方、アインは白衣のポケットに手を突っ込んで突っ立てるだけ。労働する気ゼロ。そのためのミユだ。
「バイト君、出動だよ!」
 さっきまでアインがスコープで観察していた物体はすぐそこまで迫っていた。
 目で確認できるその物体はブーメランみたいに回転するカメだ。いや、カメラ?
 甲羅に一眼レフのカメラレンズを乗せたカメ。
 カメとカメラの合体生物――巨大珍獣カメラだ!
 回転しながら池に着水したカメラの全長は五メートル以上。
 ――虫取り網より大きいジャン!
 ミユの顔は痙攣していた。
「だからムリ。だってこの網でどうやって捕獲しろっていうの!」
「そこはバイト君の努力でカバーしてくれたまえ」
「努力でカバーできる問題じゃない!」
「さあさあ、早く捕獲に向かわないと起爆スイッチを手動モードで爆発させるよ」
 人を人だと思ってないアインの発言。
 爆死で儚く死ぬか、カメラと戦って戦死するか……。
 どっちも嫌だ!
 だが、ミユは虫取り網を高く構えて池に向かって走る。
「電流で気絶させれば勝てる……かも」
 ヤケクソで突っ走るミユにアインは軽く手を振り、爽やかな笑顔で勇者を見送った。結果にはそれほど興味がないので、すぐにアインの視線はミユから外される。
「さて、ワトソン君に電話でもかけるかな」
 アインが背負っていたランドセルが駆動音を響かせ、稼動したギミックからヘッドセットが飛び出してアインの頭に装着された。
 ヘッドセットに付属したマイクにアインが話しかける。
「ワトソン君、頼んで置いた例のブツは手に入ったかい?」
《それがにゃ……あれでにゃ……そうなんだにゃ〜》
 ヘッドホンの奥から聴こえてきたのは幼い少年の声だった。しかも、なにか言葉に詰まった感じだ。
「どうしたんだいワトソン君。課程はいいから、結論を話しておくれよ」
《ショップに行ったにゃ……》
「結論を言わない理由はただ一つ。キミの言わんとしていることは理解したよ……この役立たずっ!」
 アインの叱咤が飛んだのと同時に、ミユが宙を飛んでいた。
「助けてーっ!」
「電話中だからムリな相談だね」
 アインの眼鏡レンズは放物線を描くミユを捕らえている。
 ――あっ、落ちた。
 どこかで生々しい落下音が聴こえてきた。
 そんな状況でもアインは動じなかった。
「あの高さから計算して、良くて重症、悪くて即死かな」
 なんてことを呑気な口調で言い、もうかしちゃって……なミユを放置すると、池で海水浴するカメラに視線を向けた。
「バイト君も死んじゃったし、どうやって捕獲するかな?」
 まだミユは死んでない……たぶん。
《どうしたにゃ?》
 まだワトソンとの通話は通じているらしい。
「それがだねワトソン君。バイト君が高度十五メートルから落下してね、カメラの捕獲はできなないし大変なんだよ」
《ミユさんが落下にゃ!?》
「そんなことはたいした問題ではないよ。それよりもボクって肉体労働苦手だろ。だから今回の捕獲はあきらめることにするよ」
 ランドセルのサイドのフックに掛けてあった手榴弾を手に取り、ピンを抜いてカメラに向かって投げた!
 池が水しぶきを上げて大爆発。
 ついでにカメラも大爆発。
 ボルトがクルクル回って飛んできて、アインの足元に落下した。
「ふむ、捕獲には失敗したけど、破壊には成功したね。さてと、バイト君の様子でも見に行くかな」
 軽い足取りでアインが向かった草むらで、ミユがうつ伏せに倒れていた。右脚が明後日の方向に曲がっているのがチャームポイントだ。
「ワトソン君、聴いているかい?」
《にゃに?》
「緊急搬送と手術の準備を頼むよ」
《わかったにゃ》
 ――数分後、アインはこの場でヘリを出迎えたのだった。

 ネットで見つけた求人広告をプリントアウトし、それを片手にミユはビル郡が見下ろす街を散策していた。
 魔導と科学の融合で生まれた魔導炉により、膨大なエネルギーが二十四時間、止まることなくエネルギーが帝都エデンに供給される。この街に昼も夜もない。
 昼は繁華街。
 夜は暗黒街。
 陽が昇っている昼でも、帝都一の繁華街であるホウジュ区は危険に満ち溢れている。
 リニアモーターカーが停車するギガステーションがあることから、都外からの観光客の多いこの街だが、一歩裏路地に足を踏み入れれば命の保障はない。観光客の女性が行方不明になるニュースなんて珍しくもないのだ。
 ミユは裏路地の入り組んだ路を歩いていた。
 空を見上げると、ビルとビルの間を繋ぐように、右往左往に伸びるパイプ管が目に入る。都市から供給されるエネルギーを盗むためのものだ。
 細い路地を奥へ奥へと進むと、金属の扉がミユの行く手を阻んだ。
 扉にはプレートもなにもついておらず、その先になにがあるか示すものはなにもない。透視能力があればきっと中を視ることができる。が、ミユにそんなエスパー能力は当然なかった。
「本当にここかな……」
 不安を呟きながらミユは辺りを見回した。
 バイトの求人広告を見つけ、考えなしにぶっ飛んできた。
 が、今に思ってみれば怪しすぎる。
 この陰湿な空気を孕んだ裏路地。
 汚れた地面に雑菌細菌がどれほどいるか、考えただけで身体が痒くなる。こんな環境を好き好むのは昆虫戦士Gだ。
「こんな場所に月給一〇〇万のバイトなんてあるわけないじゃん」
 と言いつつも、ミユの指はインターフォンを押していた。一〇〇万円の恐ろしい魔力だ。
 小型ディスプレイにノイズが映り、スピーカから音声だけが聞こえてきた。
《訪問販売ならお断りだにゃ》
「そうじゃなくて……」
《宗教の勧誘なら、おいらの飼い主は科学狂だにゃ》
「バイトの募集してましたよね?」
《にゃんにゃん、よくきたにゃー。どうぞ中に入るにゃ》
 金属の扉が横にスライドし、開いた扉の先に立っていたのは猫だった。
「アインが待ってるにゃ」
「はぁ?」
 猫がしゃべってる。
 きっと高性能ネコ型ロボットに違いない!
 ミユはしゃがみ込み、猫のヒゲを摘んで左右に引っ張った。
「かわいいー。よくできてるロボット」
「にゃーっ、痛いにゃー、やめるにゃーっ!」
「ロボットなのに痛いの?」
「おいらは生身だにゃ!」
「はっ?」
 自分を生身だと思い込んでるロボット?
 妄想!
 幻想!
 幻聴?
「ワトソン君、ボクの眼鏡を知らないかい?」
 その声は廊下の奥から聴こえてきた。
 猫のワトソンはミユに背を向け、首だけを動かして振り返った。
「アインが呼んでるにゃ、あんたも一緒に来るにゃ」
「う、うん」
 ワトソンの足取りは速く、ミユは大股で後を追う。
 金属の壁が左右を囲み、歩くたびに足音が大きく響き渡る。
「ワトソン君ってば、早くボクの眼鏡探してよ」
 また廊下の奥から声がした。
 廊下を抜けて部屋にたどり着くと、白い物体が床で平泳ぎをしていた。
「ボクの眼鏡が迷子だよ」
 白衣を着た少年が床を這っている。どうやら眼鏡を探しているらしいが、眼鏡ならそこにあるジャン!
 思わずミユはツッコミを入れてしまった。
「頭の上に乗ってる眼鏡じゃないの?」
 眼を丸くした少年が顔を上げる。
「えっ? ホントだ、こんなところに眼鏡があるなんて計算外だったね」
 頭に乗っていた眼鏡を掛け直し、少年は立ち上がってミユに歩み寄った。
「キミ、ボクの眼鏡を探し当てるなんて只者じゃないね。ボクの名前はアイン・シュタインベルグ」
 握手を求めてきたアインの手を握ったミユ。白い手袋の下にあるアインの手が金属ように硬い。義手なのだろうか?
 と、そのとき!
 腕が伸びた、縮んだ、取れた!?
「うわっ!」
 ミユは取れたアインの手を掴んだまま後ろに尻餅をついてしまった。白いパンティがチラリン!
 尻餅を付いたミユを満足そうに笑ってアインが見下ろしている。
「本物の手はこっちだよ」
 取れたはずの手はちゃんとついていた。軽く手を振って見せている。
 すぐ横で小さなため息を聴こえた。
「アインはイタズラ好きなんだにゃ」
 それは尻餅をついたミユの傍らにいたワトソンだった。
 からかわれたことを知ったミユは怒ってマジックハンドを投げ捨てた。
 マジックハンドがクルクル回転しながら宙を飛ぶ。それを見たアインが叫んだ。
「危ない!」
 なにが!?
「ボクのフィギュアがっ!」
 えっ?
 アインがマジックハンドをダイビングキャッチ!
「危なかったぁ」
 冷や汗を額から流すアインの真後ろには、フィギュアが飾られた棚が置いてあった。そのフィギュアの数は一〇〇体を越えている。
 美少女モノのフィギュアに混じって、グロテスクなモンスターのフィギュアも多い。
 ミユがボソッと呟く。
「……オタク」
「ボクが思うに、その言いようには偏見が感じられるよ」
 すでにソファーで寛いでいたアインが人差し指を振った。
「キミが生まれるずいぶん前にね、日本には秋葉原というオタクの聖地があったんだよ。東京が死都になってしまってからは、秋葉原の文化はホウジュ区のお隣のシュウヨウ区に流れ込んできたわけさ。シュウヨウ区のオタク市場が年間何億あるか知ってるかい?」
「ごめん、歴史も経済も得意じゃない」
「キミ、学校の勉強もできないだろ。でもね、科学はちゃんと勉強しなきゃダメだよ。科学は男のロマンだからね!」
 そこにワトソンのツッコミが炸裂。
「この子メスだにゃ」
「…………」
 アイン沈黙。
 フリーズした頭脳を高速回転させアイン復活。
「つまりボクの言いたかったことは、科学は男女を問わずロマンなんだよ。そうさ、科学は宇宙と書いてソラと読むんだよ、わかるかい? それはいいとして、キミ、ボクになんの用だい?」
 切り替え早っ!
 すっかりアインの独断場で目的を忘れるとこだった。
「バイトの広告を見て来たんだけど、月収一〇〇万って本当?」
 ミユが尋ねるとアインはソファーから飛び降り、笑顔でミユの両肩に力強く手を乗せた。
「キミが一番最初に来たからキミを採用するよ。ボクはなんでも一番が好きなんだ」
「採用? 本当に? 一〇〇万円?」
「もちろん月収一〇〇万円さ」
「よしっ、あたしの名前はミユです」
「名前は名乗らなくていいよ。ボクさ、人の名前を覚えるのが苦手でね。二次元キャラなら覚えられるんだけど」
 すんなり採用になってしまった。けれど、ミユは一〇〇万円に釣られてやって来たので、バイトの内容をまだ知らなかったのだ。
「それであたしはなにをすればいいの?」
「ボクの助手に決まってるじゃないか。あとホームズの餌やりも頼むよ」
「助手に餌やり……ホームズ?」
「そこにいるだろ」
 そこ、そこ、そこ?
 フィギュアの棚?
 フラスコに挿された蒼い薔薇?
 アインの指さしているのはフラスコの中で泳いでいる赤い金魚だった。フラスコの口より金魚のほうが大きい。小さいうちから中で育てられたのだろうか?
 フラスコの金魚をぼんやり見つめるミユの腕が掴まれた。違う、ブレスレットをはめられた。
「なにこれ?」
 ブレスレットをミユにはめたアインは爽やかに笑っていた。
「ブレスレット型起爆装置に決まってるじゃないか。ボクに逆らったりするとドーンだよ」
「はっ?」
「さてと、巨大珍獣カメラを捕獲に行くよ」
「はっ?」
「ボクの作った合成生物が逃げ出しちゃってさ。大暴れなんかされたらボクが帝都警察に捕まっちゃうだろ。その前に捕獲に行かなきゃいけないんだよ」
「ちょっと待って!」
「待てない」
 即答だった。
 ミユは思わず言葉につまってしまった。自分の置かれた状況が把握できない。
 ブレスレット型起爆装置?
 逆らったらドーン?
 つまり爆発?
 すなわち爆死!?
「あたしこのバイトやめる!」
「だーめ」
 イタズラにアインは唇の前で人差し指を立て、笑いながら白衣を翻して背を向けた。そして、思い出したように急に振り返った。
「そうだ、ワトソン君。ボクの探してたあの限定フィギュアがいつもの店で緊急入荷したらしい。キミの命をかけて入手してきてくれたまえ。じゃ、バイト君、カメラの捕獲に行くよ」
 逆らったらドーン。
 ホントかウソかわからないけれど、ミユは逆らうことができなかった。
 ――そして。

《2》

「きゃーっ!」
 ミユは自分の叫び声で目を覚ました。
 ここはどこ、私はだーれ?
「あたしはミユ……だけど、ここは?」
 冷たい手術台の上に寝かされていたミユ。
 上体を起こして横を振り向くと、そこには眼鏡少年のアインが立っていた。
「やあ、おはよう」
「お、おはよう……じゃなくてここどこ?」
「手術室だよ」
 それにしては手術には無関係そうな、ボルトやらトンカチやら配線コードとか、そんなもんが台の上に置いてある。
 巨大珍獣カメラの捕獲に行ったところまで、ミユの記憶は途切れずに続いていた。しかし、カメラに破れかぶれで突っ込んだあたりから、記憶が断片的になってしまっている。
 生まれてはじめてミユは空を飛んだ。
 そして、堕ちた。
 それで、死んだ?
 意識はあるし、目の前にはアインが立っている。どうやら死んではいないらしい。
 脚も腕も、体のどこを見回しても無傷だ。奇跡だ。ミラクルだ。
 腕についていたブレスレット型起爆装置もなくなってる。
「起爆装置はずしてくれたんだ」
 これで爆死の恐怖から開放された――と思いきや。
「起爆装置は体内に埋め込んでおいたよ」
「はっ?」
「ついでにキミの身体をサイボーグ化しておいたよ」
「はっ?」
 意味不明だ。言葉の意味は理解できるが、とにかくアインの発言は意味不明だ。
「キミの命を救うにはサイボーグ化するしかなかったんだよ」
「人間に戻して!」
「それはムリな相談だね。でも平気さ、ほら」
 とアインの手がミユの胸を鷲掴みモミモミした。
 思考がうまく作動せずミユの顔が引きつったまま止まる。
「な……なにしてんの?」
「特殊樹脂を使っているから本物のさわり心地と変わらないよ。オイルを循環させているから、人肌も再現されている。つまりね、外観が人間そのものなんだよ!」
「……あっそう」
 ロケットパーンチ!
 ミユの超合金パンチがアインに炸裂。
 顔面をヒットされたアインがぶっ飛んだ。
 床に片膝を付き、頬を押さえたアインが涙目を浮かべている。
「殴ったな、ワトソン君にしか殴られたことないのに!」
 アインの鼻から鼻血がツーっと垂れた。
 傷を負ったアインに謝ることもせず、ミユは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「本当にサイボーグになっちゃったの……ありえない、ありえない……」
「ありえるさ、ボクは不可能を可能にする男だよ。サイボーグになったキミは一〇万馬力だよ、人なんて軽々しく殴るものじゃない」
「証拠は? あたしがサイボーグになった証拠」
 ビシッと立ち上がったミユがアインに詰め寄った。
 腕組みをしたアインは『う〜ん』と唸り、頭で電球をひらめかせ手を叩いた。
「そうだ、レントゲン写真を撮ろう。ここはね、もともとアングラな無免許医師の病院だったのさ。今はボクの棲み家だけどね」
 そのために、手術室のような施設があるのだ。
 アインに連れられミユは廊下を進み、手際よくレントゲンを取り終え、元待合室のリビングでミユが待っていると、レントゲン写真を片手にアインが戻ってきた。
「キミのボディが高性能すぎて上手に写らなかったよ」
「いいから早く見せて」
 受け取ったレントゲン写真を天井の蛍光灯に透かす。そこに写ったのはミユの身体の輪郭には間違いないのだが、内部がまったく写ってない。そこには『極秘』と書かれ内部が写ってないのだ。
「なにこれ?」
「キミのボディには最新技術が詰め込まれているからね、極秘なんだよ」
「はっ?」
「うちにあるレントゲン程度じゃ写らないさ」
「だってあたしの身体を改造したのあなたでしょ?」
「資本提供が帝都政府だからなぁ」
「はっ?」
 ダメだ、会話がかみ合わない。ミユのわからないことが多すぎる。
 ソファーに丸くなって座っていたワトソンはテレビを見ていた。
「アイン見てにゃ。ホウジュ区のオフィス街で怪人がだってにゃ」
「ふむ、ついにバイト君が活躍するときがきたね!」
 アインに唐突な振りをされたミユは眼を丸くする。
「意味わかんない、意味わかんない」
「バイト君、キミはね正義の味方なんだよ。悪の軍団ジョーカーと戦うヒーローなんだ。キミの名前なんだっけ?」
「ミユ」
「それじゃあ名前は鉄人μ號で決定ね」
 ネーミングセンスが微妙。
 うんともすんと言わないミユの前でアインは悩み、ポンと手を叩いた。
「科学少女プリティミューでいいよ。ボディスーツを着て、いざ出動するよ」
 展開がとんとん拍子で速すぎる。標準スペックのミユの脳ミソでは処理落ちしてしまう。
 考える隙も与えず、アインはミユをボディスーツに着替えさせてしまった。この手際の良さなら、きっと衣料関係のショップの店員になっても成功間違いなしだ!
 別室でボディスーツに着替え、姿を現したミユは不思議そうな顔をしている。
「これってボディスーツというか、ドレス……俗に言うゴスロリ」
「違うよ、白ロリだよ」
 アインや愛好者にすれば違うかもしれないが、一般人にとってはゴスロリでしかない。
 ボディスーツと言われて着替えさせられたのは、白を基調にしたロリータファッション。スカートの裾が膝から高い位置にある。
「こんなので動いたらパンツ見えるじゃん!」
 ミユのツッコミは的を射ていた。
「それはだねバイト君、動きやすさとかわいらしさを追求した結果さ。嫌ならスパッツを購入することを推奨するね。しかしながら、今はそんな時間はないから、いざ出動!」
 ピッとなにやらアインが壁に取り付けられていた赤いボタンを押すと?
「きゃっ!?」
 悲鳴をあげたミユが突然足元に開いた穴に落ちた!?
 ミユの身体がチューブ状の滑り台を降りていく。ウォータースライダーと構造はそっくりだ。
 滑り台の急斜面は90度に変わり、ストンと落ちたと思ったら、息つく暇もなくミユの身体にはシートベルトが自動装着され、気づいたときには身体が急上昇していた。
 秒読み、5秒前、4、3、2、1――ゼロ!
 開いたマンホールからミユの身体が天高く打ち上げられた。人間ロケット発射!
 ぴゅーん!
 真昼の星になったミユはビルよりも高く飛んでいた。
 そして、落ちていた。
 地面に向かって落下するミユ。
 嗚呼、ホウジュ区のオフィス街が見えてくる。てゆーか、近づいてくる。
 ここままじゃ潰れたトマトになること間違いなし。
 しかし、ミユは成す術なしでアスファルトに大激突したのだった。
 謎の物体エックスが地面に激突し、ビビって怪人は大暴れをすることをやめてしまった。
 地面にできた小さなクレーターから人影が立ち上がった。
「マジ死ぬかと思った!」
 ミユは顔面蒼白になりながら、2本足で立ち上がりイキテル実感をしていた。
 このときミユは周りの状況を把握していなかかった。もちろん目の前に怪人がいることも気づいていない。
「おい、キサマ何者だ!」
 乱暴に呼ばれ、ミユはハッとして目の前の怪人に気づいた。
 赤と青を基調にしたボディースーツに頭まですっぽりと隠す怪人。なんとその怪人には手が6本あったのだ。
 いや、そんなことよりも、ミユの視線は怪人の股間に……。
「横○ん……じゃなくって、あたしはか……科学少女……プリ……ミゥ……」
 言い返すミユの視線は怪人の股間をいったりきたり。
「よく聞こえなんな?」
「うるさい、この横ち○男!」
「よ、横○ん男だとぉぉぉ! オレは秘密結社ジョーカーの怪人――蜘蛛男だっ!」
 しかし、ミユの視線は蜘蛛男の股間に注目されてしまっていた。
 横ち○の形がぴっちりもっこりくっきり――男としては恥ずかしい形状だ。
 ち○このポジション――略してチンポジをボディスーツを着るときに確認してなかったのだろう。
 怪人にはよく、変身怪人ゼッ○ン星人や三面怪人ダ○など、名前の上に○○怪人と付くものなのだが、蜘蛛男は『横○ん怪人蜘蛛男』で決定だ!
 そう思うと、こんな怪人怖くない!
 が、ミユの脳裏に過ぎる考え。
 ――ここであたしになにをしろと?
 突然、悪の軍団ジョーカーと戦うヒーローだと言われ、女だからヒーローじゃなくてヒロインだよ……みたいなことは置いといて、気づいたら変な服を着て怪人を目の前にしてしまっている。
 しかも突然、ミユの脳内に響く声。
《聴こえるかいミユ》
 幻聴!?
 ついにミユは頭が可笑しくなってしまったのだろうか……。
 違った。
《ボクの声が聴こえてるかい?》
 それはアインの声だった。
「聴こえる……聴こえるけど、どこから?」
《そういう察しの悪い発言はやめてもらいたいね。キミの脳に通信機を埋め込んであるに決まってるじゃないか》
「決まってない!」
 叫ぶミユを周りから見たら、独り言で突然叫んだイカれた女だ。
 ミユが通信を行なっていることは周りにはわからない。
《ところでバイト君、キミは危機的な状況に追い詰められていることに気づいているのかい?》
「えっ?」
 気づいたら、ミユは蜘蛛の糸で簀巻きにされていた。つまり、身体がグルグル巻き。
 ミユ的にピンチ!
 傍から見てもピンチ!
 チンピだ!
 つまりミユはピンチだが、蜘蛛男はピンチの逆のチャンスだ。
 簀巻きにされたミユは手も足も出ない。そんなミユに蜘蛛男が詰め寄ってくる。
「ククク、手も足も出ないようだな」
「横ち○のクセに、さっさと解いてよ!」
「横○ん横ち○って言っていて恥ずかしくないのか?」
「横○んしてるあんたが恥ずかしい」
 蜘蛛男的大衝撃! とか漢文風に書いてみたりしちゃったりして。
 とにかく蜘蛛男はミユの言葉の暴力で大ダメージを受けたのだ。
 そんなショック状態の蜘蛛男から逃走を図るべく、ミユはぴょんぴょん跳ねて背を向けた。
 気づけばミユたちを取り囲んでいる人とか人とか人とか。
 うわぉ!?
 報道のカメラまであるじゃん!
 ここで冷静になってみよう。
 変な衣装を着させられ、カメラでテレビ放映されている。
「……友達とか親とかに見られたらヤバイ」
 そもそも蜘蛛男なんかと戦う理由もない。
 ――いや、とってもある。
《バイト君、遊んでいないでさっさと蜘蛛男を退治するんだ。起爆装置のスイッチ押すよ?》
 脅しだ。明らかな脅しだ。脅迫だ!
 ぴょんぴょんと跳ねながらミユは向きを変えて蜘蛛男と向き合った。
 蜘蛛男はまだショックを受けて手を地面について項垂れている。
 横ち○は直したくても直せない。こんな公衆の面前でち○こをいじるわけにもいかない。
 こうなったら吹っ切るしかない。
 蜘蛛男もミユもだ。
 向かい合う蜘蛛男とミユ。
 ――簀巻きのままで、どうやって戦えと?
 ミユは独り言のようにアインと通信をする。
「グルグル巻きにされてピンチなんだけど、どーにかならない?」
《そうだね、あと3分ほどでワトソン君が助けに行くよ》
「3分も待てない!」
 傍から見たら独り言のミユに蜘蛛男が不信感を抱く。
「おまえ、さっきから誰と話しているんだ?」
「あたしを改造したインチキ科学者」
《バイト君、起爆装置を爆発させるよ?》
 雇い主の脅しでミユは言い直す。
「今あたしが言ったことは聞かなかったことにして。あたしを科学少女プリティミューに改造したちょー天才科学者アイン様」
《そして、キミは悪の軍団ジョーカーを倒すために立ち上がったヒーローだと、その蜘蛛男君に説明してあげたまえ》
 アインの腹話術人形になってミユはしゃべる。
「そして、あたしは悪の軍団ジョーカーを倒すために立ち上がったりなんかしちゃったりして……」
「我らがジョーカーに歯向かうとは馬鹿な女だ!」
 ミユに牙を剥く蜘蛛男。
 簀巻きのミユピンチ!
 このまま横○ん蜘蛛男に襲われてしまうのかっ!?

《3》

 逃げても爆死。
 逃げなくても蜘蛛男の餌食。
 どっちもイヤだ。
 もう駄目だとミユが強く目をつぶったとき、空からは一筋の光が飛来していた。
 キラリーン♪
 マスクの奥で眼を剥いた蜘蛛男に物体エックスが激突した。
「あべばっ!」
 よくわからん奇声を聞いたミユが強くつぶっていた目をあけると、そこにはなんと泡を吹いて倒れる蜘蛛男の姿が――しかも痙攣して横○んまでピクピクしてるぞ!
 瀕死で倒れる蜘蛛男の傍らには、三毛猫のワトソン君の姿があった。蜘蛛男は飛来してきたワトソン君の石頭にKOされたのだ。てゆーか、ワトソン君は無傷だ。
「助けに来たにゃ」
 とワトソン君はネコ型ロボット的な、そんな手でどうして道具が器用に使えるの的に、スプレー缶からシュッシュとミユに霧状エックスを吹きかけたのだった。
 するとミユの身体をグルングルンと巻いていた蜘蛛糸が、ジュワジュワと溶解して消えてしまったではないか!
 わぉおミラクル!!
 説明しよう。実はこのアイテムはアインの発明した〈雲溶かスプレー〉だったのだ。本来は〈雲固めスプレー〉で固めた雲を元に戻すために使用するものだ。ダジャレかっ!
 蜘蛛の糸から開放されたミユにアインから通信が入る。
《バイト君、蜘蛛男が弱っている今がチャンスだ!》
「チャンスって武器もなにもないし」
 手ぶらのミユにワトソン君がなにかを投げ渡した。
「受け取るにゃー!」
「受け取るってなに!?」
 反射神経でミユが受け取ったのはピコピコハンマーだった。つまり玩具のハンマー。殴るとピコピコ音が鳴るハンマー。
《バイト君、それで弱っている怪人を叩くんだ》
「叩けって……えいっ!」
 ミユは弱っている蜘蛛男を非情にもピコピコハンマーでぶん殴った。
 ピュコピュコと小鳥が鳴くようにハンマーが音を立てる。蜘蛛男にはほとんどノーダメージだ。それどころか気絶していた蜘蛛男が目を覚ましてしまった。
 起き上がった蜘蛛男が6本の手を広げてミユに襲いかかってくる。変質者まがいだ。
「よくもやってくれたな!」
「あたしなにもしてないし!」
 必死で円を描きながら逃げるミユを蜘蛛男が追いかける。その場でグルグル追いかけっこしているところが緊迫感ゼロだ。アニメ以外でこんな光景なかなか見れない。
 しかし、ミユは必死だ!
「助けてぇ!」
《バイト君、マジカルハンマーを使うんだ!》
「使ったじゃん、使ったけど無意味だったじゃん!」
《それはキミの使用方法が悪かったに決まってるじゃないか》
 使用方法なんて説明うけていない。
《バイト君、今からボクが……あっ、アニメの時間だ。それではバイト君、健闘を祈る》
 ブチッと一方的に通信が切られた。
 ミユの命よりもアニメが優先されたのだ。
「ありえなーい!」
 叫ぶミユ。このときアインにたいする確実な殺意が沸いた。
 蜘蛛男との追いかけっこをいつまでも続けるわけにはいかない。手元にある武器はマジカルハンマーという役立たずのアイテム。
 どうするミユ!?
 そんなミユの視界に入る三毛猫ワトソン。
「助けて!」
 猫の手も借りたい状況。
 ワトソン君は地面に紙を広げて、そこに書かれた文字や図説を読んでいた。
「マジカルハンマーの説明書を読んでるから、ちょっと待つにゃ」
 そんな余裕ミユにない。
「ちょっとって何時何分何十秒、地球が何回回ったら!!」
 焦るミユに追い討ちをかけるように、蜘蛛男の手から糸がシュッと飛ばされた。しかも6本同時だ。
 飛んで跳ねて飛び込み前転して蜘蛛の糸を避けるミユのスカートが乱れ、チラリン、チラリン、チラリン♪
 事件を中継しているテレビカメラがパンチラを捕らえる!
 野次馬のヲタクがコスプレ美少女ミユのパンチラを激写!
 きっと今日中に科学少女プリティミューのサイトが立ち上げられるだろう。
 説明書を読み終えたワトソン君が顔をあげる。
「ミユ! おいらのいうとおりにするにゃ!」
 いうとおりもなにも、ミユが蜘蛛の糸から逃げるのに必死だった。パンチラなんて気にしない、気にしてられない。
 それに加え、改造手術の際にBカップからDカップにバストアップされたために、乳が暴れる乱れる悲鳴をあげる!
 サービスショット満載のミユが聞いてようと聞いてなかろうと、ワトソン君がマジカルハンマーの使い方の説明をはじめる。
「まずは萌えメーターをあげるにゃ。萌えメーターを上げれば上げるほど、必殺技の成功率があがるにゃ」
「萌えメーターってなにっ!」
 ミユはちゃんと説明を聞いていたらしい。
「胸についてるハートがいっぱいになればいいにゃ」
 ワトソン君に言われミユは自分の胸元を見た。するとそこにはハート型のアクセサリーがついていた。そのハートは5分の1程度がピンク色に輝いている。つまり輝きが一杯になったらメーターが満タンに貯まった証拠ということだろう。
 ワトソン君が説明を続ける。
「萌えメーターが一定量貯まったら、『マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!』って唱えながら敵をぶん殴るにゃー」
 どんな必殺技が展開されるのか、よくわからない。果たして本当にそんなので怪人を倒すことができるのか?
 しかし、ミユに得策があわるけでもなく、ワトソン君のいうとおりにするしかない。
 逃げ回っていたミユが足を止めて振り返る。
 立ち向かえミユ!
 マジカルハンマーを天高く振り上げてミユが叫ぶ。
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!」
 ミユが振り回したマジカルハンマーは見事に空振り。しかし、空振った反動で360度回転して、奇跡的にマジカルハンマーが見事に蜘蛛男のおでこにヒット!
「あべばっ!」
 奇声をあげた蜘蛛男の身体が見る見るうちに縮んでいく。いったいなにが起こっているのか?
 そして、蜘蛛男は15センチほどまで縮み、まるでそれはフィギュアのようになってしまったのだ。
 蜘蛛男フィギュアをさっさと回収するワトソン君。
「フィギュアも手に入ったし、アインのところに帰るにゃ」
 あっけない。あっけなさすぎる。途中の苦労がバカらしく思える。
 蜘蛛男を退治したミユの周りに、報道陣やカメラ小僧たちが急に集まってきた。
「あなたはいったい何者なんですかっ!」
 浴びせられる質問にミユは戸惑いながら、小声でボソリと呟く。
「科学少女……プリティミュー」
 これを合図にもっともっとと人がミユに押し寄せてきて、質問が雪崩のようにミユを襲った。
「なぜあなたは怪人と戦うのですか!」
「今日の下着は何色ぉ?」
「そのコスチュームは手作りですか!」
「初体験はいつぅ?」
「いったいあなたの正体は!」
 それに紛れてミユのお尻をタッチする痴漢まで現れた。
 怪人なんかと戦うよりも身の危険を感じたミユが逃走する。
「あたし忙しいんで、さよなら!」
 ミユ爆走逃走激走――コケた。
 スカートを巻き上げ、アスファルトに正面衝突。パンチラショットをまたカメラに撮られてしまった。
 立ち上がったミユは顔を真っ赤にしたまま逃げた。
 そして、これを気に夕方のニュースや翌日の新聞に『あの少女はいったい誰だ!』と見出しを飾ることになったのだった。掲載写真がパンチラショットなのは言うまでもない。

 アインの研究所に帰ってきたミユは速攻でアインの姿を探した。
「アインどこにいるの!」
 殺意を含んだ声音だ。
 アインは無機質なリビングでテレビを観賞していた。もちろんアニメだ。
 テレビの前に立ちはだかるミユ。
「あんたね、あたしが苦労してるときになんでアニメなんか見てるわけ!」
「ちょっと邪魔だよ、今いいところなんだから」
 首を伸ばしてミユの後ろの画面を見ようとするアイン。だが、テレビ電源はミユの手によって遮断されてしまった。
「ぐあああああああっ!」
 叫ぶアイン。
 途中でアニメを消されるなんてアニメ好きには屈辱だ。
 狂気に駆られたアインが白衣のポケットからコントローラを取り出した。
 ヤバイ、もしや起爆スイッチ!?
 ピッとアインがコントローラのスイッチを押すと、急にミユは顔を苦痛に歪めて腹を押さえて床に沈んだ。
「……っな」
 ミユの腹を襲う鈍痛。
 眼鏡の奥のでアインの瞳が輝く。
「ボクも悪魔じゃないからね、いきなり起爆スイッチを押したりはないさ。ただ、ボクに逆らうと痛い目を見るよ」
 アインの持っているスイッチを押すと、ミユは激しい腹痛に襲われてしまうのだ。
「こ、この……悪魔……」
 ミユは床に伏して上目遣いでアインを睨む。だが、もう身体も動かずアインを殴る余裕もない。
 そんなミユに救いの手が伸びる。
「ミユがかわいそうだにゃ」
 ワトソン君だった。
「アニメはどーせDVDで録画してるにゃ」
「それは違うよワトソン君。オンタイムで見ることに意味があるんだよ」
「ミユのおかげで新しいフィギュアも手に入ったし、許してあげるにゃ」
「仕方ないなぁ」
 アインはスイッチを切り、ワトソン君からフィギュアを受け取った。あの蜘蛛男フィギュアだ。
 フィギュアの並べられた棚に蜘蛛男フィギュアを加える。
「カメラの捕獲には失敗しちゃったからね」
 残念そうに呟くアイン。
 そう、実はミユが改造人間になるきっかけになったカメラ捕獲は、カメラをフィギュアにするというアインの趣味が招いた結果だったのだ。
 ミユが聞いたらまた怒り出しそうだが、ミユは激しい鈍痛に耐えかねて気を失っていた。

 ――秘密結社ジョーカーの秘密基地。
 通信装置の前に跪く人影。
「ゲル大佐、ただいま帝都支部に到着いたしました」
 威風堂々とした女性の声が基地内に響き渡った。
 それに答えるように通信装置から威厳を持った男の声が聴こえた。相手の顔はシルエットになっていてわからない。
「どこの誰ともわからぬ小娘にやれれるとは、蜘蛛男は我がジョーカーの恥である」
「アタクシが帝都支部を任されたからには、一日も早く帝都をジョーカーの手中に入れて見せましょう」
「それが言葉だけにならぬよう精進するのだな」
「まずは手始めにプリティミューの首を持ち帰ってみせましょう」
「ふははははは、任せたぞゲル大佐!」
「御意」
 通信を終えて立ち上がったゲル大佐の姿は半裸だった。黒い皮のベレー帽を被り、上半身はサスペンダーで乳首を辛うじて隠すのみ――すごいコスプレだ!
 いや、エロイ。
 成果の上がらない帝都支部に中東から派遣されてきたゲル大佐。名前はゲルだが、見た目は大人の色気がムンムンだ。
 ルージュを吊り上げながら、ゲル大佐が腰から鞭を抜いた。
「嬢王様とお呼び!」
 バシンと鞭が床の上で踊った。
 鞭を鳴らしたゲル大佐の前にはボディスーツを着た戦闘員たちが整列している。右から赤、青、黄、緑、黒の順番だ。
 ゲル大佐が鞭を鳴らした。
「貴様ら服装がたるんでいるぞ!」
 ぴっちりボディスーツのどこがたるんでいるのかひと目ではわからない。
 動揺する戦闘員にゲル大佐の鞭が炸裂した。
「キーッ!」
 奇声をあげて倒れる戦闘員の腹にゲル大佐のハイヒールの踵がねじ込まれる。
「ち○この位置がたるんでいるぞ!」
 恥ずかしげもなくち○こというゲル大佐の表情は真剣そのものだ。
 ゲル大佐が話を続ける。
「蜘蛛男は横○んだった。そういう気のたるみが敗北に繋がったのだ。以降横○んをした者は、その場でアタシが死刑を下す、いいなっ!」
 一括されて戦闘員達はひと目も気にせず、股をまさぐってチンポジを直す。
 震え上がる戦闘員達を影から笑う者がいた。
「ケケケッ、ゲル大佐殿、そんなに戦闘員達を苛めるのがお好きですか?」
 声を主を探そうとゲル大佐が辺りを見回す。
「誰だ!」
「わたくしめでございます」
 天井から羽を広げて降りてくる黒い影。
 それを見取ったゲル大佐は誰だか悟った。
「蝙蝠伯爵か」
「左様でございます、ゾル大佐殿」
 ゲル大佐の目の前に現れたのは蒼白い顔をした中腰の老人。タキシードを着こなした背中には漆黒の翼が生えている。吸血怪人――蝙蝠伯爵だ。
 蝙蝠伯爵はゲル大佐の顔を見ながら不気味な笑みを浮かべた。
「プリティミューの首を取る役目、わたくしめにお任せいただけないでしょうか?」
「首を取る自身があるのか?」
「いえいえ、若い乙女の生き血は極上の味。プリティミューの生き血を味わってみたいのです、ケケケッ」
「ふふっ、おもしろい。よかろう、プリティミューはおまえに任せたぞ――蝙蝠伯爵!」
「お任せを」
 霧にように蝙蝠伯爵は姿を消した。
 戦闘員たちも姿を消し、ゲル大佐の鞭が甲高く鳴いた。
「プリティミュー、アタシをがっかりさせるなよ……おほほほ、おーほほほほっ!」
 静まり返った基地内にゲル大佐の笑い声が木霊した。

 ついに本格的な帝都制圧に乗り出した秘密結社ジョーカー。
 帝都支部に派遣されたゲル大佐の命により、吸血怪人蝙蝠伯爵の魔の手が科学少女プリティミューに迫る。
 戦いの渦に巻き込まれたミユの運命はいかに!

 おしまい


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