第7話 ミラクルハニーだよプリティミュー!

《1》

 花の金曜日、すなわちフラワーフライデー!
 なんて英語はない。
 ちなみに海上自衛隊では金曜日はカレーと決まっているらしい。
 金曜日の夜、眠らない街ホウジュ区の輝きは、ワトソン君の瞳と同じくらいキラキラしていた。
 ワトソン君のとなりを歩いているのは、何を隠そうミユママ!!
 妖しげな街並み。
 ネオンの下を舞う夜蝶。
 男女の行く先はラブホ街!
「マジ……ありえない」
 力なくミユはつぶやいた。
 母親が若い男を連れて歩いている。しかも、その相手ってのが、あのワトソン君(青年バージョン)。
 そんなことがあっていいの!?
 いや、よくない。
 絶対によくない。
 健全じゃない!
 腕組みをしながら歩く二人の後ろ姿は、どう見ても不倫カップル。
 もしかしたらただの不倫じゃすまないかも。
 ミユはゲッソリした。
 ワトソン君をパパなんて呼ぶ日が来るかもしれないと考えるだけで、首つってご臨終したくなる。
 あんなネコ人間がパパになるくらないなら、白いイヌがお父さんのほうがまだマシだ。あっちのほうが断然カワイイ。比べものにするのもおこがましい。
 ワトソン君とミユママはとあるお店の前で立ち止まった。
 思わず息を呑むミユ。
 看板には『蜜蜂の館』と書かれていた。
 蜜という響きがエロイ。
 エロイと1度思ってしまうと、エロくてエロくてたまらなくなる。まるで催眠術。
 男女が二人で蜜と言ったら……ゲホゲホッ。
 ん〜ま〜、とにかく、ミユもそーゆー想像をした。
 ミユの妄想ビジョンは広がっていた。
「あ〜どうしよ〜。ある日突然、弟ができたの……なんてママに言われたら。妹かもしれないけど。人面犬が弟なんて絶対にイヤ! 妹かもしれないけど」
 ミユが人目もはばからず、人から白い目で悶え苦しむ見られている間にも、ワトソン君とミユママはお店の中へ消えていく。
 焦るミユ。
「早く追わなきゃ!」
 と、言ってもお店の正面から堂々と入る勇気はない。
 ミユは裏手にある従業員口に向かった。
 なんかこんなことが前にもあったような気がする。
 前と同じなら、とりあえずドアノブに手を――。
「あ、開いた」
 開いてしまった。
 店内に入った途端に鼻の奥を攻撃してくる甘ったるい匂い。甘すぎて胃もたれを起こしそうだ。
 しかも、なにこの花畑。
 店内はメルヘンでスイーツだった。
 至る所に飾ってある花。
 こんなところにいたら受粉してしまいそうだ。
 ミユはこんな店に入るのは初めての体験だったが、なんだかそーぞーと違う。
 もっとなんか、あぁんとか、いやぁんみたいなのを期待……じゃなくて、想像していたのに。
 ミユは人目のつかないようにママたちを探した。
 とりあえずなんか個室がいっぱいある。
 その一つから声が漏れてきた。
「あぁん、そこ!」
 ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!
 想像どおりの展開ぐぁッ!!
 しこも……じゃかなった、しかもを打ち間違えてしまうくらいの衝撃がミユに!
「ママ!?」
 そう、あの色っぽい声は紛れもなくミユママ!?
 母親の声を聴き間違えるハズがない。が、あんな声を聴いたのは初めてだが。子供が聞いちゃいけない声だ。
 自分の親がそんな声を出しているのを聴いたら、トラウマになる!
 どうするミユ!
 これからどうするんだミユ!
 君はこれからどうする気なんだぁぁぁっ!!
 そんなわけでミユはそーっとドアに近付いた。
 さらに大胆にもドアノブに手を掛ける。
 カチャっと開いた!
 禁断の扉が開いてしまったよママァン!
 部屋の奥から聞こえてくるあえぎ声。
「あぁん、気持ちいい!」
 ベッドの上で仰け反るミユママ。
 その傍らには女性……女性?
 レズプレイかッ!
 いや、違う。
 あれはプレイなんて生やさしいものじゃない。
 あの手さばき――プロだ!
 謎の女性が黄金のとろ〜っりとした液体を手にべっとりつけ、ミユママの柔肌に練り込む。
 練り込む、そして練り込んで、また練り込む!
 あれはまさか!?
 オイルマッサージだッ!
 ミユがさらに近付こうとしたとき、おっとどっこい、ドアが一気に開いてバランスを崩したミユが部屋の中に飛び込んだ。
 バタン!
 っと思いっきり倒れるミユ。しかも、うつぶせでパンツ丸見え。
 驚くミユママ。
「ミユ!?」
 焦るミユ。
「あ、うん……ちょー偶然だねママ!」
 どんな偶然だよ!
 そして、逃げるミユ!
 ダダダダダダッ!(走る音)
 必死こいたミユは、しばらく走ってから立ち止まった。
 おでこの冷たい汗を拭う。
「危なかったぁ」
 とっくに危ないを越えている。
 でも、まあ一難が去ったことには違いない。
 しかし、日本にはこんな言葉がある。
 一難去ってまた一難。
「ここどこ!?」
 ミユは迷子になっていた。
 あたりを見渡せば、そこは謎の工場。
 ベルトコンベアで運ばれてくる何かを全身黒タイツ……なんでこんなところにジョーカーがッ!
 なんて煽るのもアホくさくなるくらい、待ってましたの登場だ。
 読者には丸わかりの展開でも、ミユには見通せない。
 まさかこんなところでジョーカーに遭っちゃうなんて、かわいそうなことにミユにはわからないのだ。
 戦闘員たちは運ばれてくるビンの中身をチェックしていた。
 中に入っているのは黄金の液体。
 ここまでの展開からどう考えても蜂蜜なのだが、ただの蜂蜜ではない。
 ミユはこっそりビンを一個拝借した。または泥棒したともいう。
 ビンのラベルのはこう書かれていた。
 ――お肌スベスベ、これであなたも20歳くらい若返る!
 20歳とは大きく出たものだ。
 だいたいこんなものは誇大広告に決まっている。
 しかも、20歳くらいのくらい≠ェどのくらいの幅なのか。もしかしたら0歳も含まれているかもしれない。
 ミユはさっさと関わらないようにすることにした。
 ここがジョーカーと関わりがあるとわかった以上、深入りなんて好んでしたくない。
 いつもなんだか事件に巻き込まれてしまうが、ミユはジョーカーと戦いたくて戦ってるわけじゃない。
 工場から離れたミユは再び店内にやって来た。どうやらあそこは地下だったらしい。必死で逃げてとんでもない場所に迷い込んでしまったものだ。
「さ〜ってと、さっさと帰ろーっと」
 なんて呑気に帰ろうとしていたミユの目の前に全裸の少年が!?
 なぜに!?
 全裸!?
 ぞーさん、ゆーらゆら♪
 少年はミユの顔を確認するや。
「助けてにゃ!」
 その口調は紛れもないが、その少年の姿は見たことがない。
 きっぱり断言しよう――あんなぞーさんも見たことがない!
 いや、しかし、もしもってこともあったりして、驚いたミユが叫ぶ。
「ワトソン君!?」
 そんなハズがない。
 人間バージョンのワトソン君は、もっとご立派だ(なにが?)。
 ぞーさんをゆらゆらさせて駆け寄って来る少年が、見る見るうちに縮んでいく。というより、若返っているではありませんか!?
 やがて少年だったものは、ミユの足下で赤ん坊になってしまった。
「にゃーにゃー」
 しばらくミユは立ち止まって考えた。
「うん、帰ろう」
 そして、なかったことにした。
 巻き込まれていけない。絶対に巻き込まれてはイケナイ臭いがプンプンしている。
 小うるさい猫人間がにゃーにゃー鳴いているのも気にせず、ミユは足早にこの店から出ようとした。
 が、突然、個室のドアが開き、中からバスタオルを体に巻いた少女が飛び出してきた!
 少女っていうか幼女はミユの顔を確認するや。
「ミユ!」
 名前を呼ばれてしまった。
 ミユには見覚えがないが、きっと関係者に違い。
 しかも、ミユには嫌な心当たりがあった。
「もしかしてママ?」
「うん」
 幼女はかわいらしく頷いた。
 がーん!
 ミユは頭を抱えてうずくまった。
 もう見事なまでに巻き込まれしまった。さすがに家族まで見捨てることはできない。
 ミニママを追って、ハチのコスプレをした店員が部屋から飛び出してきた。
「待ちなさい!」
 と言って待つくらいなら、はじめからここまで逃げて来なかっただろう。
 ミニママは小さな体を活かして店員の腕の間をスルりと抜けて、ミユの胸の中に飛び込んだ。
「助けてミユ!」
「助けるもなにも……とりあえず逃げる!」
 ミユはミニママを丸太のように抱きかかえた逃走。後ろからはハチさんが追ってくる。しかも気づけば大群。
 まるで蜂の巣でも突いたような状況。
 こんなときは決して後ろを振り向かず、とにかく逃げる。
 ミユは店内を駆け巡り、裏口から飛び出した。
 後ろからは怒濤の気配がする。まだ追いかけてくる。どこまで追いかけてくる気なのか。
「ママ、どうしようまだ追ってくるし!」
「ハチさんは黒いものに反応するらしいよぉ」
 なんかしゃべり方まで幼い。見た目だけでなくどうやら中身は若返っているらしい。
 ミユはミニママの助言を受けて考えた。
 ハチは黒いものに反応する。これはすでに実証された科学的根拠のあることだ。みんなもハチのいそうな場所では、黒いものを身につけないようにしよう。
 って、今の状況じゃ絶対に役に立たない豆知識!
 では今の状況に対処する方法とは?
 ミユはすでにテンパっていた。
「ハチの天敵は……って、そもそも後ろのお姉さんたちはハチって前提でいいわけ? コスプレしてるだけ、それとも蜂女なの、ジョーカーの怪人ってことでオッケー!?」
 こんな調子じゃ良い考えなんて浮かびそうもない。とりあえず頭でも冷やすべきだろう。
 そんなときちょうど、空から雨が降ってきた。これで頭が冷やせるもんだぜ。なんて生やさしい雨じゃなかった。
 ど・しゃ・ぶ・り!
 Go・Go・豪雨!!
 これはピンチだ。なにがピンチって、シャツが透けてブラ見えてしまうではないか。とくに夏服の女子学生が危ない。
 しかし、ピンチとは一変してチャンスとなるものだ。
 ハチのコスプレをした女たちが逃げていく。
「大変よ、雨に濡れたら飛べなくなってしまうわ!」
 あの羽って飛べるのかっ!
 ただのコスプレじゃないっぽいぞ。
 そんなわけでハチの大群からは逃げ切ったミユだったが、改めて状況を確認してみると――。
 幼女になっちゃったママ。
 叫ぶミユ。
「あ゛〜っ、ママが、ママが子供になっちゃった!」
 大問題だ。
「もしもこのままママが元に戻らなかったら……あたしってば未婚の母!?」
 すでにミユの中では、ミニママを育てるビジョンができあがっていた。
「公園デビューもういいのか……入学、入園!? お受験させて良い学校に入れなきゃいけないの!? でもあたしも別にふつーの学校だったし、お金とかかかりそうだし。てゆか、献立とか考えられないし!」
 混乱しすぎ。
 幼女がまん丸の瞳でミユを見つめる。
「ミユ寒い」
「え?」
「寒いよぉ、お風邪ひいちゃう」
「ええええ〜っ!」
 たしかに一理ある。
 こんな土砂降りの雨の中にいたら、ミユだって風邪を引いてしまう。しかも夜。
 ミユはミニママを抱きかかえて走り出した。
 走るミユ。
 Q.どこを?
 A.繁華街を。
 バスタオル姿の幼女を抱きかかえて走る若い女の子。
 絶対に不審人物として見られてる!
 でもそんな人目なんてカマってられない。今は一刻を争う事態なのだ。しかもそれに拍車を掛けるミニママの爆弾発言。
「ミユおしっこ」
 もちろんミユ=おしっこというわけではない。
 おしっこが漏れそうだという緊急事態ってわけだ。
「えええええ〜ッ!」
 ミユパニック。
 大丈夫、慌ててはいけない。
 そうだ!
「雨の中だから漏らしてもオッケー! んなわけあるかー!」
 ミユはセルフツッコミをした。
 そんなプールの中でおしっこしてもバレない的なノリが通用するわけがない。そもそもプールでもそんなことするな。もちろんお風呂でもダメだ。
 ミニママぷるぷるっと体を震わせた。
 じょぼじょぼじょぼ〜。
 ミユの体を温めてくれる……何か。
 なんだか温かい液体が服に染みこんできているような気がするよ。
 あはは、きっと気のせいだよね。
「気のせいなんかじゃなーい! ああああっ、ダメ、漏らしちゃダメ!」
 今さらミユにダメと言われても、後の祭りだ。
 至福の表情をしているミニママ。
 凍り付くミユ。
 おしっこは温かいのに、都会の雨は冷たかった。

《2》

 どうにか自宅まで帰ってきたミユ。
 とりあえずミニママにTシャツを着せて、まるでワンピースみたいな感じにさせて、自分も着替えを済ませて今後の対策を練る。
 まずは、掃除洗濯……の前に、ミニママをどうにかしなければ。まだ主婦になると決まったわけじゃない。ミニママがミユママに戻れば万事解決だ。
 ミユひとりでは解決でない問題も、誰かに相談すればどーにかなるかもしれない。
 相談する相手と言ったら、あのメガネのフィギュアオタクしかないわけだが、本当に相談を持ちかけていいものか?
 でも、事件はジョーカーがらみなわけだし、性格に問題があってもとりあえず天才であることは間違いない。
 ミユはとりあえずケータイからアインに電話をかけてみることにした。
 プルルルルル♪
 コール音が響く。
 でも、出ない。
 しばらくすると留守番電話サービスに繋がってしまった。
「ああああーっもぉ! なんで出ないの!」
 普段から部屋に引きこもってるクセに電話に出ないなんて、きっと居留守に違いない。そう思うとミユに怒りはふつふつと沸騰する。
 こうなったら直接アインのところに行くしかない。
 と思っていた矢先、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
「こんなときに誰?」
 ミユは駆け足で玄関に向かい、ドアスコープから外を確認した。
 そこに立っていたのは、レインコートを着た見知らぬ女性の大群。
 嫌な予感がする。
 ミユがドアを開けるかどうか迷ってると、女たちは玄関を離れ庭などに散り始めた。家の周りを占拠された。
 状況から考えてジョーカーの関係者だろう。そもそも今まで来なかったことが奇跡に近い。正確にはハサミ男(仮名)が家の中まで入ってきてるけど。
 前回の戦いでは学校に教師のフリして変装名人(仮名)がやって来た。
 もうミユには私生活なんてないのだ。
 そういえば、ワトソン君か誰かだかが、ミユの家は24時間監視してるから、ジョーカーなんてぜんぜん平気的なことを言っていたような気がする。
 ぜんぜんダメだし!
 なんかもう敵の包囲網の中だし!!
 慌てるミユ。きっと間もなく敵が土足で踏み込んでくる。雨の日に土足なんて掃除が大変じゃないか!
 とりあえずこの場から逃げるのが先決だろう。
 ミユがミニママの手を引いた瞬間、家が揺れた。
 まるで地震のような揺れだ。立っているもやっとなくらい大揺れだ。
 これはただの地震なのか?
 外から雨音に混じって声が聞こえてくる。
「家が沈んでる!?」
 は?
 地盤沈下ですか?
 地盤が弱い場所に家を建てたりすると、地震の影響で家が沈んだりするアレですね。
 だが、状況はそんなもんじゃなかった。
 家中から聞こえてくる不気味な謎のモーター音。
 窓から見える景色が徐々に上がっていく。
 家は沈んでいるのではなく、自ら地中に潜っていたのだ。
 二階建ての一軒家は完全に地中に姿を消してしまった。もはやそれを追う手立てはない。ハチのコスプレ美女軍団は為す術もなくその場に立ち尽くした。
 一方、家の中に取り残されたミユは大パニック。
 気づけば窓という窓は金属っぽいもので塞がれ、外の景色すら見ることができない。ただ、なんだか家が動いているような気がする。しかもかなりのスピードで下へ。
 まるでエレベーターが目的階に到達したように、重力がうぉんとなった。胃がびっくりする。
 そして、家は再び動きはじめた。
 おそらく今度は横に移動している。
 もう意味がわからない。
 ここままどこまで行くのだろうか?
 最悪、途中で止まって地中に埋まったままなんてことはないだろうか。
 ガンッ!
 強い衝撃と共に家の動きが止まった。
 これ以上、動き出す気配はない。けど、窓はまだ塞がれたまま。そもそも、上に移動した感覚がないので、おそらくまで地の底だ。
 まさか本当に生き埋め!?
 冷蔵庫に食料はある。
 でも電気とか通っているのか?
 通ってなかったら冷凍庫は数時間で悲惨なことになる。
 水道は平気なのだろうか?
 家ごと移動したのに、水道管がくっついてきているハズがない。
 てゆーか、そのうち酸素すらなくなる。
 ものすごい緊急事態じゃないかッ!
 慌てたミユはすぐさま玄関に向かった。
 もしも地中だったらドアを開けたら悲惨なことになりそうだが、今のミユはそこまで頭が回らなかった。
「トイレの水が流れないなんて悲惨すぎる!」
 給水タンクがあるので1回分は大丈夫だが、そのあと大きい方でもしたら……。
 悲惨すぎる!
 それは一刻も早くここを脱出しなくては!!
 ミユは玄関のドアを力一杯開けた。
 そして案外あっさり開いてしまったドア。
 勢い余って外に出たミユはコケた。
 潰れたカエルのように床に倒れたミユは本日二度目のパンチラだ。
 そこは小さな個室だった。金属の天井と壁で囲まれ、もちろん床も同じ。窓はやっぱりない。あるのは次の部屋へと続くドア。
「どこここ?」
 つぶやくミユ。
 とりあえず生き埋めは免れたらしい。
 さっそくミユは次の部屋に移動しようとしたが、そのドアを開けるためには暗証番号が必要だった。
 そんな番号知るかーッ!
 やっぱり生き埋めだ。
 暗証番号は0から9までの数字の組み合わせ。何桁の組み合わせかわからない。
 こうなったら仕方ない!
 ミユはテキトーに数字を押しまくった。
 そして、決定ボタンを押す。
 ブー!
 明らかに間違えな音がした。
 再びミユは挑戦する。
 今度は自分の生年月日を入力してみた。
 ブー!
 やっぱりダメだ。
 ちょっと考えてみよう。
 家が地中を移動するなんて、一般の住宅には備わっていない機能だ。ということは、自然に考えてアインの仕業に決まっている。
 三度目の正直、ミユはアインの研究所の電話番号を入力してみた。
 ブー!
「これも違うの!?」
 次はアインのケータイ番号を入力しようとした矢先!
《パスワードの認証に3回失敗しました。このドアは一時的に閉鎖されます》
 そして、サイレンが鳴りはじめた。
 明らかにやっちゃった感じだ。
 部屋の照明も赤く点滅している。
「ええ、えええ、どうしたらいいの〜っ!?」
 どうするもなにも、どーしよーもない。
 この騒ぎを聞きつけて、ミニママもこの場にやって来た。
「どしたのミユ?」
「え〜っと、防災訓練……防災訓練に決まってる!」
 もはや現実逃避。
 しかし、サイレンが鳴り響いてからしばらく経っても、何事も起きない。
 放置プレイ!?
 これって放置プレイなの?
 サイレン鳴らしてビビらせるだけビビらせといて、放置ですか!
 どんだけSなんですか!!
 10分が過ぎ、20分が過ぎ、30分が過ぎ。
 遠くでサイレンが聞こえるのをシカトして、ミユは自宅の居間でミニママと対戦ゲームに夢中だった。
 どうやら電気は通っているらしく、任電堂Wliのゲームソフト『大乱交スマッチョブラザコンズDX』略して……ゲフンゲフン(大人の事情)で遊ぶ二人。
 このゲームは対戦アクションゲームなのだが、ミユは子供にも容赦ない。
「ふふん、またあたしの勝ち〜」
「もうこのゲームやめるー!」
「え〜、まだやろうよ〜」
 性格悪し。
 そんなことをしていたり、ミユママをお風呂に入れたり、再びゲームをしたりしているうちに、刻々と時間は過ぎていった。
 ミニママが大きなあくびをした。
「ねむい〜」
 時計を見れば、もうよい子はおねんねの時間だ。
 ミユはミニママを寝かしつけ、ほっと一息。
 今日はこんな感じで終わったが、明日から子育てが本格化するのだ。
「って、なんであたし子育てなんてしなきゃいけないの!」
 そりゃそうだ。
「そういえばパパどうしたんだろ。家に帰ったら家が無いなんて、きっと大騒ぎしてるんだろうなぁ。あ、そうだパパのケータイに――ってやっぱり圏外」
 ケータイは地下だし圏外。固定電話も確かめたが、回線が繋がっていないようだった。
 ここで地下に家ごと生き埋めにされたのだと再認識。
「どうしよう〜っ!」
 遠くではサイレンが未だに鳴っている。そろそろ誰かサイレンを聞きつけて来てもいいのに。
 っていうか、とっくに来い。
 ミユは再び玄関を出てあの個室に向かった。
 サイレンがうるさい。いつまで鳴ってる気なのだろうか。
 ここで突然だが説明しよう!
 ミユはアインに改造された改造人間である。そのパンチ力、キック力、馬鹿力は人間の比ではないのだ。
 とりあえずミユはドアを殴る蹴るの暴行。
 ドン! ガン! アダダダダダダッ!
 ビクともしなかった。
 ここでもう一度説明しよう!
 ミユはメガネのクソガキに体を弄られちゃったサイボーグである。その破壊力、殺傷力、やっぱり馬鹿力は人間なんてちょちょいのちょいなのだ。
 再びミユがドアを殴ろうとしたとき、ウィーンっとドアがスライドして開いた。
 そして、ピタッと止まったミユの拳の先にいたのはメガネ。
「もしかしたら言い忘れたかもしれないけど、ボクの心臓が停止したら、ボクの関係機関や私物を破棄するために爆発することになってるから。それ以上は言わなくてもわかるよね、バカでも?」
 アインはサラッとおどし文句を言った。
「それってアインをぶっ殺したら、あたしも爆死するってこと?」
「わざわざ聞くなんて、キミ馬鹿だろ」
 馬鹿にされたミユはアインを馬鹿力で殴ってやりたかったが、バカバカっと心の中で叫ぶに留めた。
 で、アインがこの場に現れたってことは、やっぱりここはアインの関係機関なのか?
 そういえばサイレンもいつの間にか止まっている。
 アインは嫌そうな顔をして言う。
「それで何をしに来たんだい?」
 は?
「来たくて来たわけじゃないんだど」
「じゃあさっさと帰りなよ、ボクはアニメ観賞で忙しいんだから」
「だから来たくて来たわけじゃないって言ってるでしょ。なんか家の周りをジョーカーの関係者っぽいやつらに囲まれちゃったら、なんかこんな感じで家が勝手に動いて、今に至るみたいな」
「ジョーカーならジョーカーと早く言いたまえ。ふむ、それで今度のフィギュアはどんなのだい?」
「知らないし。怪人に会ったのか会ってないのか」
 ハチのコスプレ美女軍団が、もしも全部怪人だったら……。
 とりあえず立ち話もなんだということで、アインはミユをほかの場所に案内した。
 地下からエレベーターで上がり、やって来たのが見覚えのある部屋。
 壁の棚に飾られているフィギュア。前よりも増えているような気がする。
 ここはアインの研究所、主にリビングとして使われている部屋だ。
 つまり、ミユの自宅ははるばるアキバ区にあるアインの研究所の地下までやって来たらしい。
 とりあえずミユはこれまでのことをアインに話して聞かせた。ちなみにワトソン君のことはなかったことにした。自分の母親と一緒だったなんて口が裂けても言えない。
 話を聞き終えたアインはひとつうなずき。
「ふむ、それで被験者はどこだい?」
 ミニママのことである。
「もうとっくに寝てるし。起こしたりしたら承知しないから」
 すっかり保護者のミユ。
「しかし、調べないことには対処の仕様がないね。せめてほかの手がかりがあればいいけど」
「あ、もしかしたらこのハチミツが原因かも?」
 ミユはどこからか工場でいつの間にかパクったハチミツのビンを取り出した。てゆか、今まで持っとたんかい!
 ゲームの最中とか、さぞ邪魔だっただろう。
 アインの背負っている万能ランドセルからマジックハンドが伸び、それがハチミツのビンを回収した。
 ビンはランドセルの中で解析される。
 チ〜ン♪
 まるでレンジのような音がして解析結果が出た。ランドセルから出たディプレイに謎の図形やら意味不明な記号が羅列している。
「ふむ、どうやらとても健康良いロイヤルゼリーのようだね」
「それだけ?」
「いや、通常のロイヤルゼリーの成分のほかに、脳に作用を……凡人にもわかりやすく説明してあげると、若返りの成分も含まれているというわけさ」
「凡人で悪かったですねー。でさ、ママは元に戻れるの?」
「元の年齢までちょうど戻すのはめんどくさいね」
 できないんじゃなくて、めんどくさいのかよ!
 アインは手のひらに置いた謎のスイッチボックスを押そうとしていた。
「バイト君が帰ってくるまでには余裕で逆若返り薬を作っておくよ」
 帰ってくるまでには?
 そして、アインはボタンを押した。
 ポチッとな。
「きゃっ!?」
 悲鳴をあげたミユの足下に落とし穴!?
 チューブの中をウォータースライダーみたいに滑り落ちるミユ。なんかデジャブ−。
 ストンと落ちたそこは発射台だった。
 ミユの体にシートベルト――またの名を拘束具が装着され、息つくヒマもなくミユの体は再び上昇。
 発射!
 道路の真ん中で開いたマンホールからミユの体が天高く打ち上げられた。

《3》

 嗚呼、何度目かの人間ロケット。
 そろそも飛行システムとか付けてくれればいいのに。
 羽根も翼もジェットもないミユは、自由落下にこの身を任せてフォールイン蜜蜂の館。
 天井をぶち破り、地下の工場まで落下。
 生産ラインで働いていた戦闘員たちが慌てふためく。
 瓦礫の山の中からにょきっと立ち上がるミユ。
「あはは、どーもお世話がせしてすみませ〜ん」
 笑って誤魔化すが、どう見ても笑えない状況。
 戦闘員のひとりが気づいた。
「プリティミューだ!」
 速効でバレた。
 ミユはケータイを掲げて叫ぶ。
「サイエンスパワー・メイクアップ!」
 科学少女プリティミュー見参!
 さっさと変身して、さっさと仕事を終わらせたかった。
「え〜っと、で、ジョーカーの怪人さんはどなたですか?」
 とりあえずミューは質問を投げかけた。
 が、返ってきたのは戦闘員の山。
 キーッ!
 キキーッ!
 黄色い声をあげる戦闘員たち。
 ここは猿山かッ!
 戦闘員がいくら束になってかかってきても、ミューはアッサリさっぱりした顔でぶちのめす。戦いにも慣れてきたし、戦闘員なんて目じゃない。
 猿山じゃなくて戦闘員の山の上にミューが立っていると、部屋の奥から続々とコスプレ美女軍団が現れた。
 ハチのコスプレをしているだけに8人!
「よくも工場を滅茶苦茶にしてくれたわね!」
「せっかくの大人子供作戦が台無しだわ!」
「あなたのせいで減給されたらどうしてくれるのよ!」
「次のバイト何にしよう」
「私正社員だから、クビになったら困るし!」
「いいなぁ、バイトは気が楽で」
「もう商品の一部は出荷済みだし、作戦は成功ってことでいいんじゃない?」
「ここでミューを殺しちゃって、上に報告しなきゃいい話だし」
 8人は顔を見合わせながら『うん』と力強くうなずいた。
 そして、一致団結してミューに襲い掛かってきた。
 怒濤の連続8コンボ!
 前からも横からも後ろからも、そして上からも毒針を手に持った美女が襲い掛かってくる。状況が状況じゃなければハーレム展開なのに。
 コスプレなのか未だに定かでないが、あの羽は空も飛べるらしく、足場の悪さに関係なく
襲い掛かってくる。
 一方ミューは、戦闘員の山に足を取られて、思うように動けない。
 まるでモフラ叩きというか、ワ○ワ○パニックというか、マジカルハンマーを構えたミユの前に代わる代わる現れる美女軍団。
 ミューの必殺技であるマジカルハンマー・フィギュアチェンジは、ミューの胸にあるハート形の萌えメーターが堪らないと発動できない。今回は美女軍団とのコラボということもあって、溜まりが早いには早いが、もしかして8回分溜めるハメになるのか?
 そもそも今回の怪人は本当に彼女たちなのか?
 でも、とりあえずフィギュアを持ち帰れば、あのオタクは満足するんじゃない?
 ってことで、ミユはマジカルハンマーを振り回した。
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!」
 8匹もブンブン飛んでりゃ一匹くらい当たるでしょーってわけで、見事にクリティカルヒット!
 ぽとんと床に蜂女のフィギュアが落ちた。
 それを見た美女軍団がざわめき立つ。
「もうこのバイトや〜めた!」
 一人が逃げ出した。
「私もこんな安月給じゃやってらんないわ」
 また一人が逃げ出した。
「二人がやめるなら私もー」
 3人目脱落。
「みんないっちゃうのぉ?」
 4人目脱落。
「わたしたちもやめよっか?」
「うん、そうよね」
 5人、6人と脱落。
「そういうことで」
 笑顔でお辞儀して7人目も脱落した。
 一人残されたミューはボソッとつぶやく。
「ラッキー」
 フィギュアチェンジはメーター待ちがあるので連続で使えない。あと7人も相手にしていたら、もうゲンナリだ。
 1個でもフィギュアを持ち帰ればメガネも満足するだろう。8人だったなんて言わなきゃいい話だ。
「さ〜ってと帰ろう」
 戦いも終わり、堂々と店の正面口から出たミュー。
 すっかり雨も晴れ上がり、夜空には星が輝いていた。
 が、ここで衝撃の展開が!
 眠らない大人の街がこどもの町になっていたのだ。
 明らかに体のサイズに合ってない服を着た子供たち。
「うん、見なかったことにしよう♪」
 ミューはいつも通りスルーすることにした。自分の役目はすでに終わってる。この事件はまた別の人が解決すればいいこと。
 フィギュアを大事に抱えミューはこの場をダッシュで逃げ去る予定あった。
 が、その前に立ちはだかる少女。
 2本の触覚、クルクル模様のブラに、お尻についた針付きポイズンポッド。もちろん背中には昆虫の羽だ。
 ハチだ、どうみてもハチだ、ひいき目に見てもハチだ。
 今回の怪人のミラクルハニーだ!
「あなたがミューたん?」
 クリクリした瞳でミラクルハニーは尋ねた。
「違います!」
 ミューはきっぱり断言した。
「そうなんだぁ。なら子供には興味ないからバイバ〜イ」
 ミラクルハニーはミューの前から立ち去り、近くにいた大人を襲いはじめた。
 お尻についた針でぶっ刺す!
 ぶっ刺されただけでも痛いのに、刺された大人が見る見るうちに子供になってしまった。
 あれが元凶かーッ!
 急にミューの頭の中で声がした。
《バイト君、ニュース映像に映ってるよ》
「え!?」
 辺りを見渡すと、遠くでテレビクルーがこちらを撮影してた。
 通信してきたのはアイン。ばっちりミューの姿をテレビで確認しているっぽい。
《ふむ、どうやらあのハチ少女の毒液から抽出した成分で、あの若返りの薬は作られているらしいね、ボクには興味のないことだけど。それよりも早く、あの怪人をフィギュアにして持って帰って来たまえ》
「フィギュアならちゃんとここに……」
《ボクが見てないとでも思ったのかかい。キミは24時間ボクの監視下にあるんだよ、それが親玉じゃないことくらい知ってるよ。でもコレクターとしては欠かせないアイテムだから、残りの7体もちゃんと手に入れるんだよ》
「はっ? 24時間ってお風呂やトイレまで!?」
「そんなことどうでもいいから、早くフィギュアを持ってこないとスイッチ押すよ?」
 スイッチとはつまりミューの起爆スイッチである。
「どうでもよくないし! その話は今度じっくりするから、今はとにかくフィギュア持って帰ればいいんでしょ!」
 やけくそ気味のミューの先では、ミラクルハニーが美女軍団にお説教していた。
「今度逃げたら容赦しないんだからねっ、ブンブン!」
 ほっぺたを膨らませて怒る仕草は、確実に狙ってやっているに違いない。
 上司に注意されてすんなりいくかなぁと思ったら、美女軍団のバイトともめているようだった。
「バイトの安い時給で命かけられませ〜ん」
 そして正社員まで。
「それを言うなら、私だって安月給だし。女王様、給料上げてもらえません?」
 ミラクルハニーは困った顔をした。
「アタシだって中間管理職だし、給料の相談はゲルたんにしてくれるぅ?」
「だってゲロ大佐は入院したっていうじゃないですかー」
 いつの間にかゲロ大佐の俗称で通ってしまっているらしい。
 そんな会話に割って入るミュー。
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジもどき!」
 またの名は殴打。
 ハンマーでミューは美女軍団のひとりを仕留めた。
 メーターが溜まってないからフュギュア化はできないけど、ハンマーそれそのものにも十分な攻撃力がある。
 フィギュア化は後からでもできる。今は一匹倒したから、あと7匹をどうにか片付けなければ。
 ミューが闇討ちをしたせいで、敵のヤル気に火がついたようだ。
「この卑怯者!」
 敵に言われてしまった。
 ハチのように舞い、ハチのように刺す。
 6匹のハチが次々と毒針で攻撃を仕掛けてくる。ミューから攻撃を仕掛けようものなら、その隙をい突かれて反撃されそうだ。
 そして、嬢王蜂は頑張って応援していた。
「がんばってぇ〜! そう言えばミューを仕留めたら特別ボーナスが出るらしいよぉ」
 俄然ヤル気の出た美女軍団。
 ミューは蝶のようにひらりひらりと交わすのに必死だ。
 萌えメーターもまだ貯まってくれない。
「もぉ、この萌えメーターシステムどうにかならないの!」
《萌えメーターなら簡単に貯まる方法があるよ》
 戦いの最中に突然のアインからの通信。頭の中に声が響いて集中できない。
《萌えメーターはね、キミ自身が萌えの対象である必要性はないんだよ。バイト君の周りの萌えパワーを吸収蓄積して、エネルギーに変換して出力するシステムなのさ。テレビ中継されてるからね、すぐメーターは溜まると思うよ》
 と、言っている間にもメーターは満タンになっていた。
 ミューはハンマーを構えた。
「マジカルハンマー・フィギュア――」
《そうだバイト君》
 おっとと、ミューは見事にバランスを崩してコケそうになった。
「ちょ、途中で話しかけないでよ!」
《広範囲をフィギュア化する必殺技があるの教えたことがあったかな?》
「ないし! 早く言え!」
《萌えメーターは表示が満タンになっても、エネルギーの蓄積自体は続いているんだ。きっと今ならマジカルハンマー・インパクトが使えるハズだよ》
「どうやって使うの!」
《そんなこともわからないのかい? 必殺技の名前を叫びながら地面をハンマーで叩くに決まってるじゃないか》
 わからないし!
 ミューはアインに全力でたて突きたかったが、あれこれ話している間に、六方から美女軍団が飛び掛かってきていた。
 アインが声をあげる。
《今だ、バイト君!》
 ミューがハンマーを振り上げた。
「マジカルハンマー・インパクト!」
 地面を激しく叩いたハンマーから閃光が爆発したようにドーム状に広がった。
 ミューも美女軍団も、近くで応援していたミラクルハニーまでも、光はすべてを一瞬にして呑み込んだ。
 やがて夜が再び舞い降り、次々とフィギュアが地面に転がった。
 だが、フィギュアの数は全部で7体。
 冷や汗を垂らしながらミラクルハニーが地面から立ち上がった。
「危なかったぁ〜」
 どうやらミラクルハニーだけフィギュア化し損なったらしい。
 一人残ったミラクルハニーはついに自らその毒針をミューに向けようとしていた。
 にも関わらず、ミューは地面にへばったまま動けなかった。
《そう言えば言い忘れたけど、その技を使うと全身が激しい筋肉痛になって、立ち上がることもままならなくなるから気をつけてね》
 今さら遅いし!
 てゆか、サイボークなのに筋肉痛って!
 しかも、萌えメーターの残量はゼロ――から徐々にまた上がりはじめていた。
 テレビカメラに映し出されるミューのモロパン!
 ミューが身動きできないことを良いことに、スカートの中を盗撮しまくりだった。
 ミラクルハニーがミューに飛び掛かろうとして……コケた!
「いった〜い!」
 この少女ズッコケでメーターがまた上がった。
 さらにいつの間にかギャラリーの声援が飛び交っていた。そのギャラリーというのが、この界隈で働く綺麗なお姉さん方。胸の開いたドレスでゆっさゆっさ応援してくれている。
 またメーターが上がった。
 そして、ミラクルハニーの毒針によって幼女になってしまった夜の蝶がボソッと。
「おちっこ」
 これが一部マニア層にバカウケだった!
 メーターが一気に満タンまで振り切れてしまった。
 今ならイケる、必殺技を繰り出すんだプリティミュー!
 が、しかし!
 ミューにはそんな余力は残されてしなかった。
 それでもミューは最後の力を振り絞ってた!
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ〜……」
 だが、ハンマーは持ち上がらない。
「バイバイ、ミューたん♪」
 ミラクルハニーの毒針がすぐそこまで迫ったそのときだった!
 急にミラクルハニーの体が輝きはじめ、見る見るうちに縮んでいくではないか!?
 よ〜く見ると、ミラクルハニーの羽の一部がハンマーに触れていた。
 ドジっ子!!
「いやぁーん!」
 甘えた声を出しながらミラクルハニーはフィギュアになった。
 どうにか戦いは終わった。
 でも動けないミュー。
 そのモロパンがいつまでもカメラに写された。

 ――秘密結社ジョーカー帝都支部。
 じゃなくって、都立帝都病院の個室。
 ベッドの横たわり、まるで干からびた婆さんと化したゲル大佐。
 食事ものどを通らず、点滴がポタポタと落ちる。
 部屋の片隅に置かれた通信機から声がする。
《お〜い、誰かおらんのかー?》
 返事がない、ただの屍のようだ。
 心拍計の線がまっすぐになり、医師団が動き出した。
「電気ショックの用意!」
 緊迫する病室の片隅では通信機から声がする。
《首領Xが呼びかけておるのだぞ〜、誰か返事せんか〜》
 オバチャン看護師が通信機にツカツカと近付いてきた。
「首相だかなんか知らないけど、さっきからうるさいのよ!」
《首相ではなく首――》
 看護師の手によってブチッと通信機が切られた。
 そんな間にもゲル大佐は電気ショックで息を吹き返していた。
 だが、息を吹き返したと同時に吐血。
「ゲフッ!」
「緊急手術の用意だ!」
 すぐさまゲル大佐は手術室へと運ばれた。
 誰もいなくなった病室に、食欲をそそるカレーの匂いを連れてターバンの男がやって来た。
「ゲル大佐、わしのカレーを食べて元気に……いない」
 残っているのは血痕のついたシーツ。知らない人が見たら殺人事件の現場だ。
 だが、彼もまたジョーカー怪人であった。そんなことくらいでは慌てず騒がない。
 ターバン男は部屋の片隅にあった通信機のスイッチを入れた。
「スイッチを切っては大事通信があったときに困るではないか」
 ポチッとスイッチを入れた途端、大声をスピーカーから飛び出てきた。
《電源を落とすとは何事だ! 看護婦の分際で血祭りにあげてくれ……伝説の男コブラではないか》
 通信機の小型モニターに映るシルエット。向こうが見えていると言うことは、向こうからも見えている。
 相手がコブラということに気づいて、気を取り直す首領X。
《たしか新たな味を求めて世界を旅していたのではなかったのか?》
「ついにカレーの新レシピを作りましてございます。近々帝都に店をオープンすることになりましたので、ぜひ首領X様にもおいでいただきとうございます」
《ならば行かせてもらうとしよう》
「今日中にも招待状にカレー無料券を添えてお手紙を届けますゆえ、楽しみにお待ちください」
《おお、楽しみにしておるぞ!》
 なんだか声が弾んでいる首領X。謎に包まれた存在だが、もしかしてカレー好きの一面が!?
 コブラはモニターの先にいる首領Xに会釈をした。
「それではわしは開店準備がありますゆえ、これにて失礼」
 病室を立ち去るコブラ。
 そして、スイッチを入れたまま放置された小型通信機。
《お〜い、誰かおらんのかー?》
 虚しく首領Xの声だけが響き渡った。

 ついに帝都の街に伝説の男コブラのカレー店がオープン!
 果たして首領Xは本当に来店しちゃうのか!
 そして、ゲル大佐の緊急オペの行方は!

 おしまい


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