記憶のカケラ「赤い靴の少女」
 閉ざされた暗闇。
 目を開けたその場所も、今は酷く寂しかったように思える。
 いつものように、まるで同じ日が繰り返すように、砂場だけが二人の世界。
 たしか……そうだ少女≠ヘ赤い靴≠履いていた。
 いつも足を引きずっていて、まるでその歩き方が……似ていた。
「おまえぺんぎんみたいな歩き方するんだな」
「ぺんぎん?」
 少女≠ヘ目をまん丸にしてオレに尋ねた。
「そうだよ、ぺんぎんだよ。おまえぺんぎんも知らないのか?」
「なぁにぺんぎんって?」
「ぺんぎんってカッコイイんだぞ。空を飛んだり敵と戦ったりするんだ」
「ミケちゃんはぺんぎん好きなのぉ?」
「大スキに決まってるだろ〜」
「じゃあ――もスキになる!」
 抜け落ちた夢。
「――とオレは今日からぺんぎんスキの仲間だな!」
 どうしてもそこが欠落している。
 これは過去の記憶なのか?
 それともただの夢なのか?
 あの少女≠ヘ誰なんだ?
 まどろみ。
 そして、世界を壊すように未完成の砂の城が踏みつぶされた。
「砂場から出てけよ、いつもおまえたちばっかりここで遊んでんなよ!」
 オレはガキ大将を殴っていた。
 そして、泣きながら何度も謝る少女≠フ姿。
 オレは堪らずもう一度ガキ大将に殴りかかろうとした。
 しかし少女≠ヘオレの手を引いて逃げた。
 どこまでも逃げた。
 二人の世界を探して逃げたんだ。
 すぐに息を切らせてオレは一歩も動けなくなってしまった。
 ブロック塀に寄りかかるオレに、
「ありがとう」
 と少女≠ヘ言った。
オレはなんだか照れくさくて、
「別に、オレはおまえのことキライじゃないから、守ってやったんだよ」
「――のことキライじゃないの?」
「おまえのことキライじゃないよ。スキだよ」
「――もミケちゃんのことスキになっていいの?」
「勝手にしろよ」
「うん!」
 それから、そう……たしか……
「ミケちゃんに――の大切なものあげる。あしたまた会おうね」
 少女≠フその言葉が頭から離れない。
 明日また会おうって言われたのに、オレは会わなかった。
 次の日は雨が降っていて外に出かけなかったんだ。
 その翌日も雨は降っていて、その激しさを増していた。
 その日は親父に連れられて嫌々外に出たんだった。
 この公園の横を通り過ぎようとしたとき、オレは驚いてしまった。
 雨の降る寂しい公園に少女≠ヘいたんだ。
 慌てたオレは傘を投げ捨てて、とにかく無我夢中で少女≠フもとへ駆け寄った。
 オレを出迎えた温かな少女≠フ笑顔。
 でも、微笑む唇は紫色をしていて、青白い顔で震えていた。
 この寒い雨の中、どのくらいオレのことを待っていたのだろうか?
 少女≠ヘオレにある物を手渡した。
 ――黄金に輝く大きな鈴。
「ミケちゃんにこれあげるね。これをつけたら、ミケちゃんが近くにきたとき音でわかるから」
 オレはその受け取った鈴を……投げ捨てたんだ。
「おまえもオレのこと気持ち悪いねこの耳が生えたやつだと思ったんだろ!」
 鈴は猫の耳が生えたオレへの当てつけかと思ったんだ。
 少女≠ヘ酷く悲しい顔をしながら嗚咽を漏らして、オレのことをじっとただ見つめていた。
 オレは公園を飛び出した。
 入り口には親父が立っていたが、親父の手も振り切ってオレは走った。
 あやふやな世界。
 頭に残り続ける激しい雨の音。
 雨は次の日も降り続き、やがて晴れた明くる日。
 オレは少女≠ノ謝りたくて、あの公園に行った。
 でも、そこには少女≠ヘいなかったんだ。
 砂場に行くと、そこには泥を被った薄汚れた大きな鈴が落ちていた。
 服で拭いてやると、それは黄金に輝いた。
 こんなに鈴は輝いているのに、それを見ていると心が苦しくて堪らなかった。
 それからオレは二度と少女≠ノ会うことはなかった。
 親父の都合で町を出るときも、ずっと黄金の鈴を握り締めていた。
 この鈴だけは決して手放さない。
 絶対に失ってはいけないものなんだ。


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