第3章 キリングドール
 夏凛がイーストビルを出ると空にはもう星が煌き浮かんでいた。しかし、まだ辺りは明るい、夏は日が落ちるのが遅い。
「夕飯どうしよ……?」
 イーストビルのすぐ横にあるウェストビルに戻れば、ファーストフード店から高級レストラン、少数民族料理まで、世界の古今東西の料理を食すことができる。
 夏凛はウェストビルの中に入ると一階と二階とが吹き抜けになっているホールを進み、中央円形エレベーターを使って二階へ上がった。
 二階の中央にあるエレベーターの周りは円状に下のフロアと吹き抜けになっており、エレベーターを中心に蜘蛛の巣のような道が張り巡らされている。デザイン的には美しいのだが使い勝手が悪いと利用者には不評だった。
 夏凛はエレベーターを降りると迷うことなく歩き進み、『W』と描かれた看板と柄の悪いマスコットが印象的な一件のファーストフード店の中へと入って行った。
 店内は人々で賑わっていた。しかし、夏凛が店内に入った瞬間、少しであるが沈黙が店内を包み込んだ。だが、すぐに店内はいつも通りの賑わいを取り戻した。
 夏凛は列の最後尾に並び、上に表示されているメニューを見ながら何を食べようかぼーっとしながら考えた。
「(ヴァリューセットにしようかな、それともハッピーセット)」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「えっ?」
 夏凛が視線を前に戻すと女性店員が頬を桜色に染めながらスマイルを浮かべていた。彼女の視線は泳ぎ回っている。そういえば店内にいる全員が夏凛と視線を合わせようとしない。
 夏凛は結局ハッピーセットを注文して、店内で食べることにした。
「さぁ~て、どこで食べようかなぁ~」
 店内を見渡すと、窓際のカウンター席が空いていた。夏凛は迷うことなくその席に腰を下ろした。
 窓の外には美しい夜景が広がっている。
 帝都の夜景はこの上なく美しく、まるで煌く星々を眺めているようだ。だが、遠くから見ている分には良いが、街の中に飛び込めば美しいとは言えない。いろいろな意味で汚れているのだ。
 夏凛はハッピーセットに付いてきた今女子高生の間で人気の『へにゅぅ』と呼ばれるマスコットの人形を手に取った。
「これのどこが可愛いんだか?」
へにゅぅの容姿はゾウというかミジンコというかヒヨコのような不思議な生物だった。しかも羽まで生えている。
 へにゅぅという名前は鳴き声が『へにゅぅ』であるから、そういった名前が付いたらしい。
 夏凛はフライドポテトを親指と中指つまむと口の中にポンと放り込んだ。
「揚げたてじゃないなぁ~」
 夏凛はフライドポテト好きで、このファーストフード店にちょくちょく顔を出すことは有名な話である。
 食事を終えた夏凛は自分のケータイにへにゅぅ人形を付けて、まだ中身の入っているオレンジジュースを片手に店内を後にした。
 ウェストビルの外は蒸し暑かった。今夜も熱帯夜だ。
 夏凛はストローをチュウチュウ吸いながら入っていないオレンジジュースを飲んでいた。中身のオレンジジュースはすでにない。ただ意味もなくチュウチュウ吸ってるだけだ。
 夏凛はツインタワービル近くから出ているバス停へ向かった。
 ツインタワーを出て真っ直ぐに道を進む夏凛の左右には、帝都で一番大きい公園――帝都公園が広がっている。
 今夏凛が通っている道はその帝都公園の真ん中を通る道で、道を東側へ進むとツインタワーがあり、西側へ進むと大きな道路に出ることができ、そこにバスターミナルなどがある。
 バスターミナルには大勢の人が集まっていた。
 ツインタワーに買い物に来ていた人々や帝都公園に遊びに来ていた人々などが列を為している。
 夕方のこの時間はいつも混雑していて夏凛は少し嫌気を差していた。
 近くにはタクシー乗り場もあるが、会社からはバス運賃しか支給されていないので仕方なくバスに乗っている。
 ツインタワーの売り上げに多大な貢献をしている夏凛は、会社側にタクシー料金を出すように数日前から交渉しているが、会社は首を縦には振ってくれないらしい。この頃は不況が続き、経費削減に努めているのだろう。
 ようやくバスに乗り込んだ夏凛は偶然にも座席に座ることができた。ラッシュ時のバスでは滅多に座れることなどなかったので、夏凛はすごく幸せを感じてしまった。立っている人と自分を比べてしまって優越感すら感じる程だ。

 バスを降りた夏凛は、人通りのない薄暗い道をストローをチュウチュウ吸いながら歩いていた。すると、彼の前にまるで待ち伏せをしていたかのように、道の角から黒いスーツを着こんだ一人の男が現れた。
 夏凛は無視して通り過ぎようとしたのだが、男の右手が煌き夏凛の服を掠めた瞬間、漆黒のドレスは切り裂かれ、次の瞬間には高く上げられた夏凛の左足は相手の手によって止められていた。
 夏凛は空かさず上体をひねり右足で男の頭を仕留めた。鈍い音が静かな道路になり響き、夏凛の左足は解放された。
 夏凛はアスファルトに両手を付き、そのまま飛び上がり身体を回転させ地面に着地し男と間合いを取った。
 静かな世界にまた鈍い音――〝金属音〟が鳴り響いた。男が不自然に曲がった首を両手で掴み無理やり元通りに治したのだ。
「人間じゃないのかぁ~。う~ん、あの手応えだとマシーンかな?」
 夏凛を襲った謎の男は人間ではない、マシーンだ。マシーンの見た目は人間とほとんど変わらない、だがその身体能力は人間の比ではない。
 マシーンが加速に入った。夏凛が瞬きをした刹那、マシーンはすでに夏凛に手刀で攻撃をしようと腕を振り上げている最中だった。それを見た夏凛は不適な笑みを浮かべた。
「私を倒すなら、中古のC級マシーンではなく、最上級のトリプルSのマシーンを遣して欲しいね」
夏凛の声の質が変わった。その声は冷たく鋭い。
 マシーンの首が刎ねられた。首は地面を転がり夏凛の足元まで来て止まった。
「誰だか知らないけど、私も甘く見られたものだなぁ」
 夏凛の足がマシーンの頭を粉々に砕いた。そして、彼は手に握った大鎌を強く握り直した。
 帝都の街で大鎌を武器にする有名な人物はニ人いる。その二人ともが普段は鎌をこと空間にしまって置いていつでも取り出すことが可能だった。
 マシーンは頭を刎ねられてもなお動き続けている。首その物がなくても動くことはできるらしい。
 首のないマシーンが夏凛に襲い掛かるが、その動きは先ほどに比べて遅い、いや悪い。マシーンの首を切り飛ばされた箇所から緑色の液体が噴出している。それが原因だ。
 放って置いても時間が経てば動かなくなるに違いない。だが、相手は向かって来るのだ仕様がない。
 夏凛の大鎌が大きく風を切り裂き、マシーンの身体までも真っ二つに切断した。左右に分かれたマシーンの身体は地面に金属音を立てながら崩れ落ちるようにして倒れた。手足はまだ動いている。
「しぶといなぁ~、でもそこでじっとしてるんだよ、朝になればゴミ収集車が運んでくれるからね」
 夏凛はマシーンの残骸を一瞥すると昏い夜道を歩き始めた。
「この服気にってたのにぃ~」
 そう言って夏凛はず~っと持ちっぱなしだったオレンジジュースのストローをチュウチュウと吸った。

 つづく


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