第1章 目覚めたら
 予言は外れたかに思われたが……。

 蒼穹に雲一つなかった。
「ううっ……あぅ……」
 朦朧とする意識の中で少女は瞳を開けた。
「……はぁ?」
 それは理解ができないといった、驚きのつぶやきだった。
「はぁ~~~っ!?」
 叫び声は、大地に穿たれたクレーターに響いた。
 少女がいたのは草木の一本すらない大地、そこにできた直径三〇メートルを越すクレーターの中心だった。
 立ち上がった少女は、両手を広げて仁王立ちになり、さらに驚いた。
「なんですっぽんぽんなの!」
 燦然と輝く太陽に照らされるおっぱい!
 少女は自らのFカップを越える爆乳を両手で鷲掴みにした。
「なんじゃこりゃーっ!?」
 次から次へと少女に殴りかかってくる驚きの連続。
「無乳でいつも友達にからかわれるし、クラスの男子からバカにされてたのに……」
 ここで起きている現象すべてを少女は理解していなかった。
 謎のクレーター。
 青空のもとですっぽんぽん。
 無乳から爆乳への発育。
「なにがあったの?」
 答える者はだれもない。
 生暖かい風が吹いた。
 陽光は少女の肌をジリジリと焼く。
「てゆか、あっつー」
 蒸れるショートヘアに指を入れて掻いた。
 全裸だというのに汗が滝のように流れる熱さ。汗の玉が乳房やヒップを滑り落ちて、地面で四散した。
「……アイス食べたい。コンビニどこ?」
 そんな物がこの近くにあるだろうか?
 もしコンビニがあったとしても、サイフがないどころか、服もない。
「夢……と思いたいけど、ハッキリしすぎてるし」
 この状況を少しでも理解しようと、少女は目覚める前の出来事を思い出そうとした。
 下を向いて片手で頭を抱える。
「学校の帰り道、『明日から夏休みだね』『なにする?』なんて話して……」
 目覚める前の、もっとも新しい記憶は、高校からの帰り道だった。
 終業式を終えて、明日から夏休み。
 まだ七月だというのに、八月の真夏日のような暑い日だった。
 帰り道で友達と別れたあと、コンビニでガリガリちゃんを買って、食べながら自転車に乗って……。
「あれ……あれぇ……そのあとなにがあったんだろ?」
 思い出せなかった。
 おそらく、その思い出せない記憶こそが、現状を紐解く鍵になるだろう。
「ぜんぜん思い出せない。事故にあって記憶喪失……って、コレ事故ってレベルじゃないし、名前だってちゃんと覚えてるし……あれっ、名前?」
 自分の名前がパッと頭に浮かばない。
「えっ、えっ、え~っどうしよ……名前……マル……子? じゃないし、ケイだし!」
 ほっとケイは溜め息を落とした。
「よかった思い出せた。やっぱ事故にあって記憶が……って、事故っていっても?」
 とりあえずケイは歩き出した。
 クレーターの坂道を登りながら、遠くを眺める。
 見渡す限りなにもない大地だ。
「宇宙人が攻めて来て、世界は見渡す限り死の大地、あたしは人類最後の生き残りとか……そんなのありえな……いと思うけど」
 この大地とクレーターを見ていると、その想像もあながち外れていない気がして、ケイはゾッと身震いをした。
 クレーターを登り切ったケイは、大地と空を交互に眺めた。
 人間だけではなく動物の気配すらない。
 鳥の一匹でも空を飛んでいれば、少しは気休めになるかもしれないのに。
「……だいじょぶポジティブが取り柄だから」
 独り言が多い時点で、だいぶ心細いのだろう。
「裸だって気にしない。外で全裸になれる機会なんてないし、開放的だし、えっと……変な日焼け痕とかつかなくていいし!」
 言っては見たものの、すぐにむなしさが込み上げてきた。
「とにかくひと探そ。でも裸のままじゃマズイよね。このごろ近所で痴漢出るっ……てゆか、ここってそもそも近所なの?」
 目覚める前の記憶は学校の帰り道だったとしても、この想像を超えた事態が起きていることを考えると、どこにいても不思議ではない。もしこの場所が学校の帰り道だったとしたら、それは絶望でしかない――町も人も消滅していることになるのだから。
 ケイは額の汗を拭ったあと、重力に引っ張られていた爆乳を持ち上げた。
「うう……それにしても重いし。胸ってこんなに重かったんだ。マミが肩凝るっていってた理由がわかった。これってマミより断然巨乳だし、こんどみんなに自慢しよ」
 友達のことを思い浮かべながらも、目の前に広がる現実にはなにもない。だれもいない大地だった。
 立ち止まらずに歩き続けていれば、なにか見えてくるかもしれない。
 身を焼く熱さ、素足もだんだんと痛んできた。
「アイスぅ、ガリガリちゃん食べたいよぉ。ハーゲンデッスならもっとがんばれる!」
 無い物ねだりは、するだけむなしくなるだけだ。
「家の冷蔵庫によくわかんないアイスがあったハズ。弟のだけど家帰ったら食べちゃおう。お腹すいた、のどかわいた……もうだめ……」
 ついにケイは歩くことをやめて大地に膝をついた。
 遠くの景色が色のない炎のように、ユラユラと揺れている。
 その先になにかが見えて、ケイは瞳を大きく開けた。
「馬? 馬に人が乗ってる……馬なんて生で見たのはじめて……キムタクのCMでしか……ああ……あつい」
 バタッ!
 ケイは地面に倒れ、そのまま意識は真っ白な海に沈んだ。

 顔に当たるそよ風。
 ケイはゆっくりと瞳を開けた。
 すぐ目の前には、頬の赤い娘がこちらを覗き込んでいた。手にはうちわを持っている。
「大丈夫ですか?」
 尋ねられたケイは目覚めたばかりで、すぐに返事ができなかった。
 なにが起こったのか、まだわからない。
 辺りを見回しながらケイは、ぽか~んとして、
「時代劇のセット?」
 と、つぶやいた。
 時代劇に出てくるような農民の家。
 土間があって、囲炉裏があって、現代風に言えばフローリングの床。天井は梁が見えたままだ。
 目の前の娘が着ているのも、継ぎ接ぎのある着物だ。
 クレーターの真ん中で目覚め、全裸で爆乳にまでなっていたと思ったら、次は時代劇の世界だ。
「…………」
 あまりの衝撃にケイは言葉ができなかった。
 娘はそのようすを心配したようで、もう一度尋ねてきた。
「大丈夫ですか?」
「え……だいじょぶ……だと思います」
 その受け答えは、ぜんぜん大丈夫そうではない。
「本当に大丈夫ですか? まさかあんな場所に全裸で倒れているなんて、びっくりしてしまったんですけど、野盗に襲われたんですか?」
「ヤトウ?」
「ですから、身ぐるみを剥がされて……ひどい……ことをされたんじゃないかって」
「は、はあ……」
 どう説明したらいいのかケイは困り果てた。
 せっかくひとに会えたというのに、ケイからしてみたら、相手は浮き世離れした時代劇の住人だ。日本語は通じているが、話の内容まで通じるのかとても心配になった。
「ええっと、あなたが助けてくれたんだよね、ありがとうございます」
 ケイは上半身を起こして、しっかりと頭を下げてお礼をした。そのときに、自分が娘と同じような着物を着ていることに気づいた。
「服も貸してくれたんだ、ありがとう」
「いえ、当然のことをしただけですから」
「…………」
 すぐにケイは会話に詰まった。
 お互い無言のまま時間が過ぎたが、娘はときおりチラッチラとケイの胸を見ていた。
 不思議に思いながらケイは娘の胸を見返したが、こちらも負けず劣らずの爆乳だ。
 そして、ケイのほうから口を開くことにした。
「どーかした、あたしの胸?」
「いえ……もしかして野盗ではなくて、べつの者に襲われた……」
 娘は言葉を詰まらせながら蒼い顔をしていた。
「だいじょぶですよ、だれにも襲われてませんから。たぶん」
「そうですか。ならどうしてあんなところで、なにも持たず裸で?」
「えっ……それは……」
 なによりケイが聞きたいことだ。
 言葉に詰まったケイに代わって、娘があの場所にいた理由を話しはじめる。
「昨日の夜あの辺りで大きな爆発があって、今日になってお父さんに見に行ってくれないかと頼まれたんです。そうしたらあなたがいて、ここまで運んできたんです」
「そーなんだ。爆発の原因は?」
「わかりません」
 謎の爆発。
 ケイが目覚めたのはクレーターの中心だった。
 なにか関係がありそうな気がする。そこでケイはこの質問をした。
「あの場所にクレーターって前からあったの?」
「いえ、だから見に行ってびっくりしてしまって。きっと爆発のときにできたんだと思います」
「やっぱり……」
「もしかして心当たりが?」
「えっ……その……」
 目覚めたときの状況を言っていいものなのか、ケイは戸惑って口ごもってしまった。
 自分を救ってくれた親切な人。悪い人ではないと思い、ケイは話すこと決めた。
「なんで裸であんな場所にいたのか覚えてなくて……」
「もしかして記憶喪失ですか?」
「記憶喪失ってほどなのかどーなのか……。じつは目が覚めたらあのクレーターの真ん中だったんだよね」
「まさか爆発と関係が……人間……ですよね?」
「はい? 人間だよ、もちろん」
「あの爆発で村のひとたちみんな慌ててしまって、神の怒りだとか、悪魔が来るとか、また世界が崩壊するんじゃないかって。農作業を休んで寝こんでしまったひともいるみたいですから」
 今の話の中に、怖ろしい言葉が含まれていた。
 その言葉は自然とケイの口から発せられた。
「また世界が崩壊?」
「またって言っても、みんなそんな昔から生きてるわけではありませんから、実感はないんですけどね」
「そーじゃなくて、世界が崩壊したわけ、いつ?」
「小さいころにお年寄りとか、両親とかに聞かされて育ちませんでした?」
 今の娘の会話から察するに、世界崩壊はだいぶ昔の出来事なのだろう。問題はケイの記憶では、そんな出来事などなかったということ。年寄りや両親に教わらなくても、そんなことが起きていれば歴史の授業でやっているはずだ。
「聞かされなかったみたい。それでさ、いつのことなの、それ?」
 ケイは相手の話に合わせながら尋ねた。
「だいたい三〇〇年以上前のことです」
「三〇〇年を引くと……江戸時代?」
「エド時代?」
 通じていないようだ。こんな江戸時代のような環境なのに。
 ゴォォォォォォォン!!
 突然、民家の外から爆発音が聞こえてきた!
 身構えるケイ。
 娘は青ざめてショックを受けている。昨晩の爆発を思い出したのかもしれない。
 しかし、今の爆発はもっと小規模なものだろう。音も近かった。
 さらに外からは男の大声が聞こえてきた。
「なんてことを、私たちがなにをしたというのだ! 年貢だってしっかりと治めてるじゃないか!」
 それに続いて女の声が聞こえてきたが、こちらの声はよく聞き取れなかった。
 おそらく民家の外は危険だ。それは爆発音や緊迫した男の声からもわかる。けれど、状況がわからなければ、危機に備えることもできない。
 ケイはそっと玄関から顔を出して、外の様子をうかがった。
「マジ……なにアレ?」
 驚きつぶやいたケイの瞳に映ったものは――翼の生えた女だった!?

 つづく


エデン総合掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 魔導姫譚ヴァルハラ > 第1章 目覚めたら ▲ページトップ