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旅の幕開け |
巨大国家ランバード落城の報知は瞬く間に世界中の人々へと広がって行った。 人々は恐怖した。まさかあのランバードが落城するなど夢にも思わなかった。それも一夜にして落城するなど……。 ランバードから命からがら逃げ出した者たちの情報からランバードを襲ったのが大魔王カオスの仕業だということがわかると人々はより一層の恐怖感に苛まれた。まさかあのカオスが……しかし、ランバードが落城した以上、それを信じるしかなった。 そして、また魔王軍による侵略戦争が再び……。 ランバード落城から一六年の月日が流れた――。 シモンの隠れ里。ここは七英雄のひとり傀儡子シモンとシモンによって”命を吹き込まれた”魔法生物たちが静かに暮らす隠れ里だ。 「先生ー!、話って何ですか?」 大きな声を出しながら、エノクが書斎に飛び込んで来た。 「読書中ですよ」 薄いグレーの髪を持つシモンは、その透き通るような白い人差し指を口に当てシーっというポーズを取った。 「ごめんなさい先生」 「まぁ、良いとしましょう、呼びつけたのは私ですし」 シモンは本をパンと両手で閉め微笑んだ。 「で、大事な話ってなんですか?」 「まぁ、そこにお掛けなさい」 シモンは眼鏡を外しながら本を持った手で自分の前に置いてある座椅子を指差した。エノクはシモンに進められるままに席についた。 「エノクも今日でちょうど一六歳となりました。外に世界では成人と呼ばれる年です」 「はい、知っています」 「それではエノクにこの里を出る許可を与えます」 「えっ!?」 シモンの言葉があまりにも唐突だったため、エノクは目を見開いて聞き返してしまった。 「でも先生……」 「でも何ですか? これはあなたとの約束の筈ですよ。私がエノクにランバード落城の話、あなたのお父様、お母様の話をしたときに」 「はい、先生にその話を聞いたときにぼくは誓いました。大魔王はぼくが倒すと」 「それで直ぐに旅立とうとしたあなたに私はこう言いましたよね。時が来るのを待ちなさいと」 エノクは小さく頷いた。 「でも、今がその時なんですか?」 「風がそう伝えてくれました」 シモンは軽く微笑み立ち上がるとエノクの頭にゆっくりと手を下ろした。 「本当に大きくなりましたね。この里にあなたが来た日のことは今でも昨日のことのように思い出せます。あれから一六……不死である七英雄の私にはほんのひと時の時間ですがエノクとの思い出は数え切れないほどあります」 シモンは天井を見上げゆっくり目を閉じ、回想に浸った。 「先生、回想に浸らないで下さいよ」 シモンが回想に浸っていると、部屋に犬のぬいぐるみに命を吹き込まれた魔法生物が慌てた様子で飛び込んで来た。 「シモン大変だよ! 魔物が現れたよ!」 「なんですって!?」 エノクがシモンのことを不安そうな瞳で見つめている。 「先生……」 シモンはすぐさま、部屋に置いてあった木箱を開けるとその中からオリハルコンの鞭を取り出した。 「魔物が現れた場所は何処ですか?」 シモンは魔法生物に問い掛けると魔法生物は、 「そ、それが里中に……」 と、不安を募らせながら言った。 それを聞いたシモンの顔は『しっまた』という表情をした。 「……やはりエノクがいつでも旅立てるようにと結界を解いたのまずかったですね」 シモンはそう言うと早足にこの部屋を出て行こうとした。 「先生、ぼくも戦います!」 「私はひとりで大丈夫ですから、エノクはここに残っていなさい」 シモンはエノクに優しく微笑みかけると急いで部屋を後にした。 「先生……」 里で暴れていた魔物は下級モンスターのゴブリンの群れであった。 ゴブリンたちは魔法生物たちを次々と襲い食らっている。 魔法生物たちもゴブリンに負けじと戦っているがこの里にいる魔法生物たちは今まで本物の魔物など見たことの無い平和の中で育っていたモノたちばかりで魔法生物たちの劣勢は明らかであった。 それを見たシモンはすぐさまオリハルコンの鞭を華麗に振るい、ゴブリンたちを一掃していった。 「……マナの匂いに誘われていたようですね」 シモンの言うマナの匂いに誘われたとは、ここにいる魔法生物たちはシモンによってマナ(生命の源)を結晶化して大量に注ぎ込まれて生まれたモノたちで、魔物たちはそのマナを好物としているためこの場に引き寄せられたに違いないとシモンは判断したのだ。 シモンはゴブリンを順調に倒していったのだが、いつしかゴブリンたちに囲まれてしまっていた。 「ここ数百年は戦闘とは無縁だったので腕が鈍りましたかねぇ?」 シモンの顔からは疲労の色が滲み出している。あたりまえだ、なぜならば彼は今までに魔物によって傷つけられた何十人もの魔法生物たちに自らのマナを分け与えその傷を癒やしてきたのだ。 しかし、彼はやはり伝説の七英雄と語られるだけの実力の持ち主だった。 シモンは鞭を構えると大声で叫んだ。 「肉弾戦はザッハの十八番でしょ!!」 言葉と同時に鞭を華麗にブン! と振り回すとシモンを取り囲んでいた魔物たちの身体が横に真っ二つに切断された。 「ふぅ、これで全部ですかね?」 シモンが辺りを見回すと、彼の顔つきが険しい物に変わった。 シモンの目線の先にはゴブリンの生き残りと、そのゴブリンに捕まっているエノクの姿が! 「動クナ!」 発音の悪いゴブリンのこの言葉にシモンは鞭を構えたままの格好で動きを止めた。がその瞳はからは戦意は消えることなく、ゴブリンを睨みつけている。 「先生ごめんなさい、ぼくも戦おうと思って」 「その気持ちはありがたいですけれど」 「黙レ!」 ゴブリンは手に持っている剣をエノクの首元にぐっと近づけた。 「持ッテイル武器ヲ捨テロ!」 シモンは仕方なく持っている武器を思いっきり横に放り投げた。 「これでよろしいですか?」 シモンの浮かべた微笑は何も動じない、普段のやさしい微笑だった。 「ソウダソレデイイ」 そう言ってシモンに武器を捨てさせ用済みと判断したゴブリンがエノクに手をかけようとした刹那、ゴブリンの身体に強烈な痛みが……。 「エノク、早くこっちに来なさい!」 シモンの声にエノクは彼のもとへ走り出した。それを見たゴブリンはエノクを捕まえようとするが身体が動かない。そしてゴブリンはゆっくりと地面に倒れ込んだ、その身体にはシモンのオリハルコンの鞭が身体を貫いていた! 傀儡子シモン、彼の特技は物に命を吹き込むこと。そう彼の鞭は生きていたのだ。 「さぁ、こっちにおいで」 シモンが鞭にやさしく声をかけると鞭が空を飛んでシモンの手の中に。 「さぁ、エノク、里のみんなが無事か確かめに行きますよ」 シモンは歩いて行こうとしたが、エノクが後をついてこない。 「どうしたんです?」 シモンは振り返って声をかけたが返事が無い、それどころかエノクはうつむいて顔すらシモンに向けようとしない。 シモンはエノクに近づきこう言った。 「これから外の世界に旅立とうとする者がなんですか」 「……でも先生」 エノクは顔を上げシモンの瞳をじっと見つめた。 そんなエノクにやさしく微笑みかけるシモン。 「あなたは七英雄のひとりアベルの末裔です、そしてあなたの両親は大魔王カオスによって殺されました。しかし、だからと言ってあなたが外の世界に旅立って行き大魔王カオスを倒す必要はありません。あなたが嫌ならばずっとここにいればいいのですから、それはあなたの自由ですよ」 エノクの顔つきが一瞬にして変わった。 「先生、ぼく外の世界に行きます。行って必ず大魔王を倒して見せます!」 「エノクならそう言うと思ってました。それでは里のみんなを見に行きましょうか」 「はい!」 このあと二人は里中を回って魔法生物たちの安否を確認していった――。 里中の一通り見回った二人は家に戻る事にした。 「さて、それでは家に帰りましょうかね。行きますよエノク」 シモンが少し歩き出したところで、彼の前に突如物陰から何者かが現れシモンの身体を刃物で貫いた。その瞬間その場にいた全ての魔法生物、そして、エノクは凍りついたようになってしまった。 「先生!」 エノクの叫び声も虚しくシモンの身体は地面にゆっくりと倒れた、その後ろに血の付いた剣を下卑た顔で立っていたのはゴブリンだった。 エノクは無我夢中でゴブリンに殴りかかろうとしたがシモンにそれを止められた。 「エノク止まりなさい、私なら大丈夫ですから」 「黙ッテロ!」 ゴブリンはシモンを黙らせるために彼の血の滲み出している腹をかかとで蹴りつけた。 シモンの顔が苦痛で歪む。 「仲間達ノ味ワッタ痛ミハコンナモンジャネェ!」 ゴブリンはそう言いながら、シモンの身体を何度も何度も蹴り飛ばした。 「止めろ! 先生を蹴るな!」 「何ダクソガキ俺ニ立テ付ク気カ!」 ゴブリンは顔を上げてエノクを睨みつけてやろうとしたが、その考えは一気に失せゴブリンの顔は見る見るうちに蒼ざめていった。 エノクは身体から黄金のまばゆい光を放ちながらゴブリンにゆっくりと近づいて行く。その瞳は獲物を狙う野獣の目そのものだった。 「近ヅクナ!」 ゴブリンはエノクに恐怖を覚え後づ去って行く。 エノクは獲物をジリジリと追い詰めて行く。 「ク、来ルナ!」 ゴブリンは恐怖のあまり足元が覚束なくなり地面に足を取られて転倒してしまった。 エノクは転倒したゴブリンに容赦なく何度も何度も殴りかかった。 「エノク止めなさい!(アベルの血が制御出来ていない)」 シモンの声もエノクには届かない。 エノクに殴られたゴブリンの顔は見る影もない、しかしそれでもエノクは殴り続けた。 「……エノク止めなさい」 エノクの身体をシモンが後ろから強く抱きしめた。 「もう死んでいます」 その言葉にエノクは我に返って辺りを見回すと、魔法生物達がエノクのことを恐怖の眼差しで見ている。 「先生ぼくは……」 エノクの瞳は涙で滲んでいた。 「あなたは私を守ろうとしただけですか…ら……」 エノクは自分を抱きしめていた腕から力が抜けていくのを感じた。 「先生!?」 人が倒れる音を聞いてエノクはすぐに後ろを振り返った。するとそこには顔を真っ青にして倒れているシモンの姿が! 「先生大丈夫ですか!」 エノクは魔法生物たちに手伝ってもらって急いで自宅のベッドまでシモンを運んだ……。 シモンはベッドの上に寝かされ、その近くにはエノクが心配そうな眼差しで彼を見ている。 「何ですか、そんな目で見ないで下さい。何だか私が死んでしまうみたいじゃないですか。これでも一様七英雄の片割れなんですから」 「でも先生、七英雄は歳と取らないだけで、死ぬ事だってあるんでしょ」 「こんな傷は今までの戦いで何度も負わされてきましたから」 「でも……」 シモンは当然ベッドから飛び起きてこう言った。 「ほら、もうこんなに元気に!」 「先生顔が苦しそうです」 シモンはエノクの顔をガシッと掴み熱いまなざしでエノクの瞳を見つめた。 「エノク、あなたはこれから大魔王を倒しに行くんでしょう。外の世界には辛いことや苦しいことがいっぱいあるんですよ」 「こんな身体の先生を残していけません」 「だったらここに残りなさい。でもあなたの決意はその程度のものだっだんですか?」 エノクは首を横に振った。 「なら、今すぐにでも旅立ちなさい。外の人々は今もなお大魔王に苦しめられています」 シモンはしゃがみ込みベッドの下に手を伸ばし、ベッドの下から剣と何かの入った布袋を取り出した。 「何ですかそれは?」 エノクは布袋が気になりそっちの方を指差した。 「この中には宝石が入っています。外の世界ではお金というものがあるのを昔話しましたよね」 「はい、物買ったりするときに使うんですよね」 「そうです。エノクが外の世界に行ったときにお金がなければ困るでしょう。だからこの宝石を外の世界に行ったらお金に変えて使ってください、いいですね」 「はい、わかりました」 シモンは剣と布袋をエノクに手渡した。 「ありがとうございます」 エノクは笑顔を浮かべながら深く頭を下げた。 「それでは里のみんなに挨拶をしてきなさい、私は里の出口で待っていますから」 「はい、わかりました」 そう言ってエノクは部屋を飛び出して行った。 エノクは里のみんなに挨拶を済ませ里の出口へと急いだ。 「はぁ…はぁ…」 エノクは肩で息を切らせながらシモンの前に現れた。 「先生……お待たせしました」 「ちゃんとみんなに挨拶をしてきましたか?」 「はい」 「この里に思い残すことはもうありませんか?」 「大丈夫です」 シモンは微笑を浮かべて、小さく頷いた。 「エノクが外に出たらすぐに結界を張ります。それが意味することがわかりますね?」 「外に行ってもみんなのことは忘れません」 そう言うエノクの目は少し潤んでいた。そんなエノクを優しい瞳でシモンは見続けている。 「外の世界に行ったら、七英雄を探しなさい。彼らはきっとエノクの力になってくれます」 「何処にいるんですか?」 「エノクが思うままに行きなさい、そうすればきっと出会えますから。そうだ七英雄のひとり竜王ザッハに会ったら、よろしく言っておいて下さい」 「はい、わかりました。先生、ありがとうございました!」 エノクは満面の笑みを浮かべ、そして外の世界へ走り出した。 「こちらこそありがとうエノク……」 エノクは外の世界へ、冒険の始まりの第一歩を踏み出した。 新緑の森にそよ風が吹き込みエノクの髪をふわっと巻き上げる。 「これが外の世界か……何にも変わらないや」 これが外の世界でのエノクの正直な第一声だった。 エノクは後ろを振り向いたがそこにはもう里の入り口はなかった。 シモンの言ったあの言葉の意味、それは結界を張られた里にはもう二度と入ることができないということ。 「先生、絶対にカオスを倒しますから」 エノクは里があった方向に頭を下げると、向きを一八〇度変えて走り出した。 新緑の森に光が差し込み、エノクの身体を優しく照らす、それはまるでエノクの行く末をやさしく見守るようであった――。 アルティエル戦記専用掲示板【別窓】 |
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