旅は道づれ
 シモンの隠れ里があった森を抜けると、そこには長くどこまでも続いていそうな街道があった。
 この道はこの小島唯一の港町オウミと島の中央に位置するラレイス村を行き来きするメインロードである。そして、島自体が小さいため整備された道はこれだけといってもいい。
 エノクは街道に出ると、何となく道に沿って歩き始めた。エノクの行き先は特に決まっていない。
 シモンには『外の世界に行ったら、七英雄を探しなさい』と言われただけで他に何をしていいのか、何処に行ったらいいのかまでは聞かされていない。
 シモンはこうも言っていた。『エノクが思うままに行きなさい、そうすればきっと出会えますから』。だから、エノクは何となく歩き出した。
「港に行こうと思ったんだけど、こっちでいいのかなぁ?」
エノクはこの島について、この世界についてのことを少しではあるがシモンから聞いている。だが、『百聞は一見しかず』、実際に外の世界に出てみたら右も左もわからない。それに彼は今この世界で頼れる人がひとりも居ない、しかし今の彼には外の世界への不安よりも、期待の方が大きかった。
 エノクは空を見上げた。何処までも続く青の世界を鳥達が泳いでいる。
「(これから、ぼくはどうなるんだろう?)」
などと考えていると、エノクの肩を『よっ!』と言いながら誰かが叩いた。
 エノクが肩越しに後ろを見るとそこにはひょろっとした感じの男がエノクの肩に手をかけながらにやけた顔をして立っていた。
「どうしたんだ、あんちゃん空なんて見て?」
エノクは少し困惑してしている、なぜならばエノクはシモン以外の人間に会うのはこれが初めで、その初めての出会いがこんな形で訪れるなんて不意打ちだった。
 男はエノクの腰に掛けてある剣を見てこう言った。
「あんた、旅の剣士さんか何かか? ……でもそれにしちゃあ、締まりががないなぁ」
「あの、さっき旅に出たばかりで……」
「じゃあ、ラレイスの出身か?」
「あの、それが森の……方から」
隠れ里のことは言ってはいけないとシモンから言われているので変な返事を返してしまった。
「森? ……狩人か何かか?」
「そ、そんなとこです」
エノクは初めてシモン以外の人間と話すとあってだいぶ緊張してしまっているようだ。
「おお、そうだった自己紹介がまだだったな、俺の名前はゴメインって言うんだ、あんちゃんは?」
「エノクっていいます」
「よろしくな」
男は無理やりエノクの手を掴みぎゅっと力を入れて握手をした。
「そう言やぁあ、あんちゃんはこれから何処に行くんだい?」
「港に行こうと思ったんですけど、どこだかわからなくて」
「そいつぁー奇遇だな、俺も今から港に行くとこなんだ。旅は道連れって言葉知ってるか?」
エノクは首を傾げた。
「旅って言うのは一人より二人の方がいいってことよ!」
そう言ってゴメインはエノクの肩にぐるっと手を回すと、エノクを押しながら無理やり歩き始めた。
 こうして二人は港町までの道のりを同行することになった。
 このゴメインという男は世界中をフラフラと旅をしながら、行く先々で色々な職業に付き路銀を集めて旅を続けてるらしい。この島に来たのは、この島の特産物であるソーマと呼ばれる気力と体力を高める植物を目当てに来たらしいのだが、その植物を無断で取ることは固く禁じられていた為に仕方なく他の大陸に行こうと港に向かっていた所でエノクを見かけて声を掛けてみたとのことらしい。
 一時間も歩くと、二人の目の前に港町オウミの入り口が見えてきた。
 町の中に入った途端にエノクは驚きの連続で目が回りそうになった。床に敷き詰められている石畳に感激し、建物の多さにビックリさせられ、初めて嗅ぐ海の潮風の匂い、そして一番エノクを驚かせたのは青く輝く広大な海だった。
 エノクは目を輝かせ指を海に向かって指しながら、ゴメインに聞いてみた。
「あれが海ですか?」
「なんだ? 海も見たことねぇのか」
「ずっと、森の中で育ったから」
「ホント田舎もんなんだなぁ、がははは……」
ゴメインは大笑いしてエノクの背中をバシッと叩き、その反動でエノクの身体は前にバランスを崩して倒れそうになった。
「さてなぁー、日も落ち始めたこったし、今日は宿でも取って休むとするか。おい金はどんくらい持ってんだ?」
エノクは腰に下げてある布袋を手に取り中身をゴメインに見せた。
「こりゃーすげーな!」
袋の中にはダイアやルビー、ミスリルやオリハルコンまで、在りとあらゆる宝石や貴金属が入っていた。
「お金は持ってませんが、これでもだいじょぶですか?」
「何言ってんだ、これがどの位価値のあるもんなのか知らねぇのか。まぁいい、宿探して来てやるからそれ渡してここで待ってな」
ゴメインはエノクから半ば強引に布袋を取り上げると、さっさとどこかに行ってしまった。
 残されたエノクは海を見つめながらゴメインの帰りを待っていた。しかし、彼は一向に戻っては来なかった。
「遅いなぁ……ゴメインさん」
 それから一時間ほど時間が経ったころ、海の上に一艘の船が現れた。
「あっ、あれが船なんだ」
エノクの目がまた輝き始めた。がそれも一瞬、エノクの目線はある一点に集中され、彼の顔は疑問の表情へと変わって行った。
 そして、エノクは大声で船に向かって叫んだ。
「ゴメインさん、何やってるんですか!!」
そう、船の上にいたのはあのゴメインだったのだ。しかし、なぜ彼は船の上にいるんだろう、エノクはさっぱりわからなかった。
「すまねぇな、あんちゃん。この宝石は貰っていくぜ!!」
エノクにはまだこの状況がわからないらしい、エノクはきょとんとした表情でただ海に浮かぶ船を見つめている。
「どこ行くんですか!!」
しかし、もうエノクの声は船には届かなかった。
 エノクは地面を蹴り、船を追いかけようと海の中に飛び込んだ。しかし、海も見たことのないエノクは『泳ぐ』という動作そのものも知らなかった。
 エノクは必死に手足をバタつかせたが、彼の身体は海の中に沈んで行き、息が苦しくなって、そしてエノクは意識を失った――。

 海で溺れたはずのエノクは砂浜の上で倒れていた。そんな彼に一匹ののら犬が近づいて来て、彼の顔をぺろりと舐めた。
「う、ううん……」
エノクがゆっくりと目を開けるとそこには犬の顔があり思わず声を上げてしまった。
「わぁっ!!」
犬はその声に驚き、急いで走って行ってしまった。
「(脅かすつもりはなかったんだけど……)」
エノクは身体をゆっくりと持ち上げ立ち上がり空を見上げた。
 辺りは暗闇に包まれ、夜空には星がキラキラと瞬いている。
「ちょっと身体がべた付くな……」
エノクの身体全身は塩でべた付き、砂がベットリとこびり付いていた。
「(お風呂に入りたい……)」
そんなことを思ったけれど、外にお風呂なんてないし、宝石も持っていかれてしまった、頼れる人もいない、エノクは困り果てた。
 取り合えず、寝るところだけは確保しなくてはいけない。夜の港町には冷たい風が吹き荒れる。
 エノクは寝床を探し町並みを歩き回っていると偶然井戸を見つけることができた。エノクは井戸で全身の塩や砂を落とそうと、井戸に駆け寄った。
 井戸に近づくと、そこにはすでに井戸を使って体を洗い流している人がいた。そしてその青年と目が合った時、その人物の方からエノクに声を掛けて来た。
「あっ……さっきの少年!?」
エノクの頭は混乱した。『さっきの少年』……? 明らかに自分のことを言っているのはわかるけれど、こんな人会ったことない、エノクはそう思った。
 エノクの前に立っている人物は服を摘みながらこう言った。
「君何かを助けたから、ほら見てよ、服はベタベタ、髪はバリバリ、財布は海の中に落とすし、人助けなんてするもんじゃないね」
エノクはこの言葉を聞いてすぐに思った。
「もしかして、ぼくを助けてくれたのはあなたですか!?」
「助けたくて助けた訳じゃないさ、たまたま海岸沿いを歩いてたら君が海で溺れてるのを見てさ、気付いたら自分も海の中に飛び込んでた。それだけのことだよ」
「ありがとうございます!」
偶然の出会いだった。
 エノクはうれしさのあまり彼の手を取りぎゅっと両手で握って、ぶんぶん上下に振った。
 うれしさで顔に笑顔を浮かべるエノクに対して、感謝をされてる当の本人の顔は浮かない顔をしていた。エノクは不思議の思いその人の顔を見つめた。
「感謝してくれるのはいいけど、手洗ったばっかりなんだよね……」
エノクはその時初めて気が付いた、自分の手が砂と塩でものすごく汚れていたことを……。
「ごめんなさい!!」
「まぁいいさ、ほら君も身体の汚れを落とすといいよ」
そう言って青年はバケツの中に入った水をエノクの頭からバシャンとぶっかけた。
「冷たい!」
「少しぐらい我慢したまえ」
 二人は身体の砂と塩を綺麗さっぱり洗い流したものの、服のまま水浴びをしたため全身びしょ濡れで寒さが二人を襲った。
「寒いけど、財布は君を助ける時に落としちゃって宿に泊まるお金もないよ」
と言って彼はエノクの方を見た。
「ぼくは持ってた宝石を全部騙し取られたみたいで……」
青年はエノクの顔を見つめて、
「君ならありえるね」
と言った。
 青年は少し考えて、
「仕様が無いから今日は二人で野宿でもしようかな。私の名前はアリオン、これでも一様吟遊詩人で世界中を旅して回ってるんだよ、そういうことでよろしく」
「ぼくの名前はエノク・ランバード、大魔王を倒す為に旅に出ました」
この言葉を聞いたアイオンは思わず笑ってしまった。
「君が大魔王を……まさか、本気で言ってるのかい?」
「本気です!!」
エノクの顔を見たアイオンは笑うのを止めた。エノクの瞳は真剣そのものだったからだ。
「でもなぁ……君って旅の初心者みたいで頼りがいが無くて、いかにも弱そうだけどな」
これはアイオンの正直な感想だった。
「旅を始めてまだ一日も経ってないけど、ぼくは強くなって絶対大魔王を倒してみせます!!」
「よし、じゃあ私も大魔王を倒すの手伝うよ」
「えっ!?」
「別に冗談じゃないよ、なんだか君のことが気に入っただけさ」
「でも……」
「君よりは断然旅なれていて、お役に立てると思うけどな。おぉそうだ、そんなことより野宿の場所探さなきゃね」
アイオンはさっさと歩き始めて、後ろを振り返り、
「早くしないと置いてくよ」
と言った。
「あ、はい」
エノクは別にここに残ってもいいとも思ったが、なぜだかアイオンに付いて行くべきだとそう直感が告げていた。
 二人は程なくして今は使われていない倉庫らしきものを見つけた。
 アイオンが倉庫の扉を開け中を見回していると後ろからエノクが声を掛けて来た。
「あの、ここで寝るんですか?」
「使われてないみたいだからいいんじゃないかな」
アイオンの答えは適当だった。
「でも、ここの持ち主とかが怒るんじゃ……?」
「気にしない、気にしない」
そう言ってアイオンは中にさっさと入って行ってしまった。エノクもそれに続いて中に入る。
 中は薄暗く床がはっきりと見えないため二人は慎重に歩く。
「こんな所で寝るんですか?」
というエノクの質問からは不安さが伺えたのだが、アイオンは、
「私は真っ暗じゃにと眠れないから、これでいいけど」
と言って、その言葉からは不安の欠片も感じさせなかった。がしかし、次の瞬間アイオンの身体はゾクゾクと震えて顔は真っ青に変わった。
 アイオンの様子が少し変だと思ったエノクはどうしたのかと聞こうと思ったが、そんなことをしなくても”理由”は向こうの方からやって来た。
 青白く光る炎のようなものがこちらに向かって近づいて来る。
 アイオンは思わずエノクに聞いた。
「見えるよねアレ?」
「……うん」
エノクは小さく頷いた。
 青白い炎の中に微かだが女性の姿がゆらゆらと揺らめいている。
 そして、青白い炎は二人の目の前で止まり、中にいる半透明なで憂鬱そうな顔をした女性がこう言った。
「……こんばんわ」
アイオンはこの時心の中でこう思った。
「(だから、使われてなかったのか)」
 アイオンの表情は硬く強張っている、がエノクは平気そうな表情で女性に声を掛けた。
「こんばんわ」
その言葉を聞いた女性はエノクに微笑みかけえた。
「あなた、好い人ね。だったら尚更早くここから出て行って頂戴、そうしないと……」
「「そうしないと?」」
エノクとアイオンが声を揃えたと同時に倉庫の扉が大きな音を立てて閉まり、倉庫の中に気温が一気に下がったような気がする。
 女性の顔が見る見るうちに暗く憂鬱な表情を浮かべた。
「あの人が目を覚ましたみたいだわ……」
 エノクとアイオンは背中に冷たいものを感じて身震いをした。
「……嫌な予感がする」
とアイオンは呟き直ぐ続けて、
「出口まで走るよ」
とエノクに言って猛ダッシュで出口まで走った。
 エノクはアイオンの言われるままに彼に続いて走り出したが、エノクの目の前で信じられない光景が起こった。
 アイオンが外に出ようと倉庫の扉に近づいた刹那、静電気のような火柱がたち彼の身体が五メートル後方に弾き飛ばされたのだ。
「だいじょうぶ!?」
エノクは声を掛けたが何が起こったのかは皆目見当も付かない。
 エノクは直ぐにアイオンに駆け寄り声を掛けた。
「だ、だいじょうぶ? いったい何が起きたの?」
「バリアかなんかじゃないの……でも問題はそのバリアを張った目的と人物だけど……?」
「結界を張ったのはこの私だ!」
どこからともなく聞こえて来た男の声と共に辺りは青白い光に包まれ倉庫中を照らし、暗闇だった所から人間の姿が、いや違う人間では無いらしい。
 アイオンは小さく呟いた。
「こちらさんもゴーストかぁ」
 その言葉には少しため息が混じっていた……。


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