吟遊詩人
 アイオンはため息を付きながら、男のゴーストに向かってこう言った。
「私たちはなんでここに閉じ込められたんでしょうか?」
男のゴーストの姿が半透明から不透明に変わった。そして、男のゴーストはアイオンの質問を無視して行き成りアイオンに襲い掛かって来た。高位のゴーストは物体化をして、物に直接触れることができるのだ。
 男ゴーストの爪がアイオンを切り裂こうとする。しかし、アイオンはそれを水面を移動する木の葉ように流れる動きで避けた。
 男ゴーストはもう片方の腕を振り上げ再びアイオンに攻撃を仕掛けようとした。だが、その時、それを見ていた女性のゴーストが二人の間に入って、男ゴーストの攻撃を静止させた。
「もうやめて!!」
男ゴーストの動きが止まった。そして、女性のゴーストを睨みつけた。
「なぜ止める?」
「生きた者のマナを頂くのはもうたくさんです!」
 マナとはこの世界の全てのモノに宿るエネルギー源である。
 アイオンとエノクは二人が話している隙に外に出ようとしたが建物全体に結界が張られており外に出ることができない。
 アイオンは仕方なく、といった表情を浮かべ軽く屈伸運動をすると二人のゴーストの前に行き、男のゴーストに指をバシッと突き付けこう言った。
「話はだいたいわかったよ、要するに君らは生きた者のマナを食う事によって力を蓄えて何かをしようとしているわけだね。そして、こちらの女性はもうマナ食いをするのはイヤだとそいうわけだね、うん納得だね。しかしだよ、私たちは死ぬ気なんてないし、今日は疲れたから、さっさと寝て明日に備えたい。という訳でこの倉庫で休ませてもらうよ、邪魔をしたらそのときは容赦しないからね、それだけは覚えておいて、いいね?」
アイオンが言いたいことを言い終わると周りの者たちは呆然としてしまった。
「エノク、明日は早いからもう寝よう」
そう言ったアイオンは壁にもたれながら座り込み、片膝を立て腕組みをすると、すやすやという寝息を立てて眠りに付いてしまった。
 男のゴーストこれは絶好のチャンスだとアイオンに凄い勢いで襲い掛かった。それに気付いたアイオンは素早く腰に掛けてあるハープを手に取り、しなやかな指先で弦を軽く弾いた。
 その音が辺りに響いた瞬間、男ゴーストの動きが止まった。それも不自然な――少し前までの動きそのままの格好で止まってしまっている。それはまるで金縛りのようなものにでもかかってしまったかのように――。
「邪魔したら容赦しないって言ったじゃない」
いかにもうんざりそうにアイオンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、ハープの音色に言葉を乗せた。
「真の言霊は悪しき存在を貫かん」
その言葉を聴いた男ゴーストは眩い、そして神々しい光に包まれ、天に向かって一筋に伸びる光の柱に乗って空へと昇って逝った。
 アイオンは指を組みお祈りのポーズをして、右手の人差し指にしている指輪に付いている宝石に軽くキスをした。
「天国に逝けるといいね」
 エノクは今自分の前で起きた一瞬に通り過ぎた出来事に呆気に取られてしまった。
「何が起きたの?」
口をあんぐりと開けてしまっているエノクのことなどお構いなしで、アイオンはまた眠ろうとしている。
 女性のゴーストの姿はいつの間にか消えてしまっていた、男のゴーストと一緒に天に昇ってしまったのだろうか?
 謎は幾つか残り、その謎の答えを知るものはもうここにはいない。謎は謎のまま、謎は必ず解けるとは限らない。それが現実というものであった。

 夜を司る神は仕事を終え、朝がやって来た。
 エノクが目を覚ました時にはすでにアイオンは目覚めており、ハープを磨いている最中だった。
 エノクはアイオンに聞きたいことがたくさんある、昨晩はアイオンがさっさと眠ってしまった為に何も聞けなかった。だから今日は色々と聞きたい。しかし、エノクが昨日目撃したアイオンの術? のことなどを聞こうとすると、『これから一緒の旅するんだから、そのうちわかるさ』と言って何も教えてくれなかった。
 エノクは吟遊詩人についての話を聞いたり、本を読んだことがある。しかし、あんな事が出来るなんて知らなかった。いや、普通の吟遊詩人のはあんな事出来ないのかもしれない、アイオンが特別なのに違いない。……疑問が多く残る。
 アイオンは両手をめいいっぱい上に伸ばし身体を伸ばして大きな欠伸をすると、
「そろそろ、やろうか?」 
と言った。
 エノクは一瞬考え込んでしまった。
「『やろうか?』って何を?」
「私達はお金を持っていないんだよ、これじゃあ船にも乗れないよ。そういうときはどうするか?」
「どうするの?」
「働いてお金を稼ぐに決まってるじゃない」
エノクはなるほどと思ったが、お金なんて稼いだことなんてないし、お金というもの自体もまだこの目で見たことが無い。そんなエノクに対して、アイオンは彼の背中を軽く叩いて、
「だいじょぶさ、君でもできるから」
と笑いながら言った。

 数分後二人は町の中央に位置する、噴水のある広場にいた。そこでエノクは『変な』きぐるみを着せられ、『変な』踊りを踊らされていた。
 踊りを踊っているのはエノクの意志ではない、アイオンのハープの音色を聴くと勝手に身体が動いてしまうのだ。
 人々が徐々に集まって来て、エノクの『変な』格好と『変な』踊りを見て笑っている。しかもアイオンの奏でる曲もまぬけな『変な』曲だった。
 エノクは思った。
「(……先生、ぼくはいったい何をしてるのでしょうか?)」
そんなことを考えていたら、いつの間にか演奏は終わっていて、身体の自由が利くようになっていた。
 ショータイムは終わったらしい、しかし、エノクの心には恥ずかしさが残った。
 アイオンはエノクの肩を叩き、
「ご苦労さん」
と言ったが、エノクの気持ちは晴れない。そしてエノクはアイオンに聞いた。
「他にお金を稼ぐ方法はなかったの?」
「いつもは、美しいハープ演奏でお金を貰ってるんだけどさ、こういうのやってみたかったんだよねぇ〜」
エノクの表情が一瞬にして険しくなった。
 エノクはアイオンとの出会いに運命的なものを感じた。しかし、それは間違えだったのではないだろうか?
 アイオンは稼いだお金を数えて、
「乗船代と宿代は稼げたかな」
と言って満足げな表情をしている。
 エノクは世界のことを知らない、一般的なことも話や本で読んだだけでよくは知らない。今この世界で頼れるのはアイオンだけだった。多少のことは仕方無い、そう思ってエノクはこれからもアイオンと一緒に旅をしようと心に誓った。
 アイオンは空を見上げて、風に身を任せた。
「いい天気だねぇ、いい航海になりますように」
そう言ってアイオンは指輪にキスをすると、エノクに声をかけた。
「それじゃあ、行こうか?」
エノクは頷き、二人は港へと向かった。

 港に着いたアイオンは船乗りと乗船代の交渉中だった。
「じゃあ半額で」
「バカ言っちゃいけねぇよ兄ちゃん」
「じゃあ一/四で」
「さっきより下がってんじゃねぇか」
「じゃあ一/八で」
アイオンの提示する値段は提示するたびに下がっていた。そして、船乗りはこんなアイオンを見かねてついには笑い出してしまった。
「わかった、じゃあ俺と勝負して勝ったら、一人分タダにしてやろう、ただし俺が勝ったら料金二倍だいいな」
「いいよ」
アイオンは直ぐにその条件を飲んだ。
 勝負の方法は至って簡単、コインの裏表を当てた方が勝ちというもの。
「よし、じゃあ兄ちゃんに先に選ばしてやるよ」
「それはどーも。じゃあね、『表』」
「よし、じゃあ俺は裏だな」
 エノクは心配そうな顔をしてアイオンを見つめた、するとアイオンは微笑を浮かべて指輪にキスをした。
 船乗りの指がコインを空高く弾き上げた。
 エノクはごくんと息を飲み込みコインを目で追う。
 コインは回転しながら地面に落ちていく、そのコインを船乗りは手の甲に乗せようと腕を伸ばしたのだが、コインは船乗りの手を滑り抜け地面に向かって落ちて行く。そして、驚くべきことが起こった、地面に落ちたコインは小さな溝にはまり倒れていない、つまり表も裏も示してしないということだ。
 船乗りは言葉を失い、時間だけが過ぎて行く。しかしコインは一向に倒れる気配は無い。
 エノクとアイオンは顔を見合わせたまましゃべろうとしない。
 その時、突然海風が吹き荒れた。そしてコインは溝から外れ倒れた。そして、コインは表を向いて倒れた。
 それを見たアイオンは笑みを浮かべた。
「ね、私の言った通りでしょ」
「やったー!」
エノクは思わず、アイオンを抱きしめた。
「は、離してくれるかな、私にはそーゆー趣味はないから」
「『そーゆー趣味』?」
「とにかく離してくれるかな」
 エノクは不思議そうな顔をしながら、アイオンの身体から離れた。
 船乗りの顔は浮かない、だが賭けの話を最初に持ち出したのは彼だ。
「約束は約束だからな」
そして船乗りは、しぶしぶ一人分の料金で船に乗せてくれた。船乗りは約束したことは必ず守る、それがこの世界の船乗りの暗黙のルールだった。
 船と言っても観光船では無いので船自体は小さい、そもそもこの船は本来貨物船で船の中には荷物を積んでいて甲板に数人の旅行者などがちらほらというだけだった。
 エノクは船に乗っている人たちを物色した。
 船に乗っているのは、商人らしい猫人と剣士らしいたぶん人間と旅行中だと思われる鳥人の夫婦かな? それと船乗りが数人だけで乗っている、船に乗っている人数は至って少ない。だが、アイオンに言わせると『他の大きな港から出る船には何十人、何百人の人が乗る船だってあるよ』と教えてくれた。
 そんなに人を乗せても船は浮くんだろうかとエノクが考えていると、程なくして、辺りに汽笛の音が鳴り響き船がゆっくりと動き出した。
 初めての船旅にエノクは胸をときめかせ、手を大きく広げ風を全身でめいいっぱい感じた。
 アイオンはそんなエノクを尻目に壁にもたれかかりながら座り寝ようとした。そんなアイオンを見たエノクは、
「寝ちゃうの?」
と聞いたがアイオンは、
「おやすみ」
と言ってエノクのことなど構おうとはしなかった。
「アイオンには聞きたいことがいっぱいあるのに!」
アイオンは大きな欠伸をしてエノクに聞いた。
「どんなことを?」
「え〜と、さっきのコインよく当てたなぁ、とか」
「あぁ、あれね、エノクは『真言』って知ってる?」
「なにそれ?」
「真言っていうのはね、簡単に言っちゃうとモノに何かを信じ込ませる術なんだよね」
「それって、すごい術じゃないの!?」
「でも、信じてもらえなきゃ何にもならないけどね、一種の催眠術なのかな?」
「催眠術? さっきはコインに催眠術をかけたの?」
エノクはアイオンの話に興味津々でどんどん自分の顔をアイオンの顔に近づけて行く。
「ちょっと顔を離してくれないかな、しゃべりづらいよ」
「あ、ごめん」
エノクは慌てて顔を引っ込めた。
「コインだって生きてるんだよ、この世界にあるものにはマナが必ず宿っている、そのマナに語りかけるんだ」
「先生も同じような事を言ってた」
ふとエノクはシモンの事を思い出した。
 シモンは物に命を吹き込むことができる、でも彼曰く、『全てのモノには最初から命があるんです。私はただきっかけを与えたにすぎません』と言っていた。
 「なんとなくわかった?」
アイオンはエノクの顔を覗き込んだ。
「あ、うん」
エノクは周りのことなどすっかり忘れてシモンのことを思い出していたらしい。
「じゃあ今度は私からの質問」
「あ、うん、いいよ」
「大魔王を倒すって言ってたけど、これからすぐに倒しに行くわけじゃないよね? 君にはまだそんな力があるとは思えないし、まずは経験を積んでチカラを付けるのが順序通りって感じだね、という訳でこれから行くとことか決まってるの?」
「七英雄に会いに行こうと思ってるんだけど」
「ふ〜ん、でまだ旅立ったばっかりだって言ってような気がしたけど、七英雄にはもう会えた? ってまだ会えたわけないか」
「シモン先生にはもう会ったけど……」
実際は会ったというより育てられたのだが。
「シモンって傀儡子シモンのこと? それはすごい、旅立ってすぐに会えたの?」
「たまたま、偶然というか必然というか……気付いたらいたというか」
「言ってること意味不明だよ?」
エノクはシモンに里のことを言わないようにと口止めされているために言葉がどうもしどろもどろになってしまう。
「あの、それで、シモン先生に七英雄を探しなさいって言われて……」
「君ってもしかして大物? ――英雄シモンにそんなこと言われるなんてふつーの人とは思えないね」
「あの、え〜と、それが……」
エノクは言葉を詰まらせた。
「別に言わなくてもいいよ、でもそのうち言ってよ。そしたら私の秘密も教えてア・ゲ・ル」
最後の『ア・ゲ・ル』という言葉を妙に色っぽく言ったアイオンを見てエノクは思わず笑ってしまった。
「あはは、面白いよ今の」
「よかった、今の外したらそーとーさぶいからね、あはは。じゃあ私は寝るから」
「えっ!?」
何だかアイオンには何度も驚かされているような気がする。でもエノクはそんなアイオンのことを『結構好きかも』と思った。
「ぼくも少し休もうかな」
そう言ってエノクはアイオンの横に座りゆっくりと目を閉じた。
 しばらして、暖かい日の光の差し込む甲板の上から二つの寝息が聞こえてきた――。


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