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| 孤島の教会 |
「話は済んだ?」 エノクが声のした方向を振り向くとそこには、小柄な女の子が大鎌を持って立っていた。 「この人が死神?」 「そう、あたしが死神」 死神はエノクの想像していた者とは全くと言っていいほどのギャップがあった。 エノクは自分の目線の先に立つ死神が女の子であったことにまず驚かされた。それに死神の格好も死神のイメージとはそぐわない派手なもので、髪の毛はピンク色で短めのツインテール、服装は黒を基調にしているもののゴシック様式の服装に白いひらひらのレースがふんだんに使われているもので、靴の底は異様に高かった。 そんな死神を目の前にしたエノクは思わずこう聞いてしまった。 「本当に死神なの?」 その言葉を聞いてモーリシドは笑い出した。 「ははは、わしも初めて見たときはそう聞いてしまった」 この言葉を聞いた死神は顔を赤らめ膨れっ面をした。 「これでもいちよー死神なんだけどな。まあ、あたしは死神の中でも変わり者って言われてるケド」 「『死神の中』って死神って何にもいるんですか?」 「あったりまえでしょ〜、ひとりで何人も相手にしてたら大変でしょ? それにあたしたちが魂を狩るのは、それを糧として生きてる存在だからで……」 死神は魂を糧として生きているだなんてエノクにとって初耳の話で、この話は聞いた彼は思わず椅子から飛び上がり死神に詰め寄った。 「死神が魂を糧に生きてる?」 「そ、死神は人間が植物や動物を食べて生きているように、魂を身体に取り込み生きている。死神も他の生物とさほど変わらないってことだね。でも死神は人間なんかと違って無意味な殺しはしない、でも中には欲望に駆られて人間を殺しまくる奴とかもいるんだけど、そーゆー奴は別の死神によって消滅させられるんだよね、まあ、死神の社会にもいろいろあるんだよねぇ〜」 死神とは神の眷族だとばかり思っていた。しかし、少し違ったようだ。世の中はまだまだエノクの知らない事が多い。本や文献だけでは世界はわからないものだ。そう実感するエノクであった。 「そうそうあたしの名前まだ言ってなかったよね。私の名前はB.B.シェリル、相性はビビ、よろしくねv」 「あ、ぼくは……」 「エノクって言うんでしょ、知ってる」 「な、なんでぼくの名を?」 ビビはふふんと鼻を鳴らし、口の両端を少し吊り上げた。 「死神はねぇ、少しだけど未来のことが《視える》んだよねぇ〜。すごいでしょ、ね、ね?」 頷くことを強要されたようにエノクは、うんうんと無言で頷いた。 「でしょ〜、あたしってすごいんだから」 エノクの持っていた死神のイメージがどんどん壊れていった。死神とはもっと陰気で暗いイメージだったのだが……。 「こんなにちょ〜可愛くて、ちょ〜優秀な死神なんて他を探したってあたし以外はいないんだから。あなたたちはあたしに出会えてラッキーなんだからね」 この死神ときたら、死神の面影ひとつ無い。 「本当に君は死神なの……とても信じられないんだけど?」 「えぇっ!? うっそ〜、まだ疑ってんの!?」 頷くエノクに対して真っ赤な顔をして不満の顔をするビビ。だが直ぐにビビの顔は表情を消し、その口から低い声が発せられた。 「もうすぐわかるよ、あたしが死神だって」 小柄な少女の足が一歩一歩床を踏みしめ老人に近づいていく。その手にはその少女にはアンバランスな大鎌がしっかりと握られていた。 鎌は良く磨かれランプの光を反射している。この鎌の切れ味は大したものに違いない、なんせ魂まで切り裂いてしまうのだから。 床に響いていた靴の音が鳴り止んだ。 手にした大鎌を強く握りなおす少女の顔は何を思っているのか察することのできない表情をしている。 「お爺さん、もう思い残すことないよね?」 「ああ」 老人の消えそうな低い声が部屋に響いた同時に大鎌が大きく天井へと振り上げられる。その拍子に鎌に当たった光が反射しエノクを思わず目を瞑ってしまった。 大鎌は勢いよく振り下ろされた。がその時、部屋のドアが乱暴に開かれた。 「お爺様っ!!」 ――何も起こらなかった。 大鎌を持った少女は忽然と姿を消し、老人は何事も無かったようにイリスを出迎えた。 「なんだイリス。ノックもせずに部屋に入ってくるなんて、どうかしたのか?」 「あ、あの、なんだか嫌な予感がして……それで……」 「嫌な予感? わしはこの通り元気だぞ」 「……食器を片付けますね」 無言で食器類を片付け部屋を出て行ったイリス。それと入れ替わりにまたあの死神が現れた。 「思い残すことないなんてウソばっかじゃない。今日いっぱい待ってあげるから、ちゃんとあの子と話すのよ、わかった? あたしがこんなことするなんて滅多にないんだからね。特別だよ、特別」 「ぼ、ぼくイリスさんを呼んできます」 部屋を駆け出ようとしたエノクをモーリシド老人が止めた。 「行かなくていい」 「どうしてですか?」 「いいんだ。イリスには何も言わなくて……」 その言葉聞いたビビは大鎌を床に突き刺し怒りをあらわにした。 「あんたね、あの子に何もいわない気なの! ふざけんじゃないわよ。あんたがあの子にどんだけ迷惑かけたかあたしは知ってんのよ。あの子の人生はどうなるの? まだ若いのにあんたと一緒にこんな島に追いやられて、毎日看病に追われて……あの子の人生台無しじゃない。あの子はやさし過ぎるのよ」 小さな死神の手が老人の襟首を掴んだ。 「今日いっぱいまでだからね! わかった?」 襟首を掴んでいた手を話と同時に老人を突き飛ばすと死神は消えた。 咳き込む老人を前にして自分は何をしていいのか、エノクにはわからなかった。 「ゴホッ……エノク、君も出て行ってくれ」 老人の声は聞こえているもののその場に立ち尽くしてしまった。 「出て行ってくれ。ひとりにしてくれないか……」 エノクは老人の言葉に下唇を噛み締め部屋を無言であとにした。 部屋を出ると食器を持ったままのイリスが廊下に立っていた。 「あのお爺様は?」 「ぼくは何も言えない……あなたのお爺様が変わらなきゃいけなんだ……きっと……」 エノクはそれ以上何も言わずに自室へこもってしまった。 残されたイリスは確実に祖父の死期が近いことがわかっていた。しかし、エノクの言葉の意味まではわからなかった。 しかたなくお皿を洗うために台所へ向かったイリスであったが、お皿を洗っているときも別のことを考えてしまい、手からお皿が滑り落ち床で四方に弾け飛んだ。 何も考えずに反射的に破片を拾おうと手を伸ばした。 「痛いっ!」 指を見ると紅い血が滲み出してくるのが良く見えた。 血の出た指をしゃぶり少し動かずに時間が過ぎるのを待った――。 そして無言で割れたお皿を片付け、食器を全部洗い終わると、椅子に倒れるように腰を下ろした。 天井の染みを意味も無く見つめる。 お爺様の死期が近いことはわかっている。でも、もし本当にお爺様が自分の前からいなくなってしまったら自分はどうしたらいいのか? 自分ひとりで生きていけるのだろうか? そんなことが頭を過ぎる。 不安というより空虚だった。ぽっかりと空いてしまった穴。お爺様が死んでしまったらそうなってしまうに違いない。 だから、だからお爺様が死んでしまう前に何かをしなくてはいけないという衝動に駆られる。でも何をしていいのかわからない。エノクの言っていた言葉が脳裏を過ぎる、『あなたのお爺様が変わらなきゃいけなんだ』。 イリスは立ち上がった。考えての行動ではない。そういう衝動に駆られたのだ。 立ち上がったイリスはそのままモーリシドの部屋の前まで行き足を止め、深呼吸をし、肩をゆっくりと下げるとノックをした。 「お爺様」 返事は無かった。だがイリスは再びノックをした。 「お爺様」 「……今日はもう休ませてくれないか」 ドア越しに小さな声が聞こえた。 「お爺様……あの……」 「何か急用か、しかたない入っておいで」 ドアを開け部屋に入ったイリスはその途端目に涙をため泣きそうになってしまった。ベッドに横たわる老人の姿は数時間の間に何十年もの年月を重ねたように変わり果て、衰弱が著しく身体は枯れ果ててしまっていた。 でも、ここで泣いてはいけない。イリスは必死で泣くのを堪え、拳を血が出てしまいそうなくらい強く握った。 「イリスこっちへ来なさい。おまえがここに何をしに来たのかはわかっている……今夜わしは死ぬ」 より一層こぶしを強く握った。こんなに人生で泣きたいと思ったことはない。でも、絶対に泣いてはいけない。 表情までは完全に隠すことができず悲痛な表情をするイリスはベッドの横に膝を突き、老人の細い手を取った。 「……お爺様」 名前を呼ぶ以外の言葉を発することのできない少女に老人はやさしい笑みを贈った。 「イリスは何もしゃべらなくていい……しゃべらなくてはいけないのはわしだ」 「…………」 静かな老人のささやきに耳を傾ける少女。 「すまなかった……すまなかった、おまえに迷惑ばかりかけて……こんな辺境の土地にお前を……」 「私が自ら望んだ道です。だから、だからお爺様は何も悔やむことはありません。私はお爺様の近くにいつもいることができて幸せでした」 「…………」 これ以上の言葉はこの二人には不要だった。一緒にいるだけでいいのだ。それだけで相手に気持ちが全て伝わる。 長い長い沈黙と時間のあと、窓も開けていないのに部屋に静かな風が吹いた。そして……。 「お爺様っ!!」 老人の手から力が抜けた。 別の部屋にいたエノクもこの時、老人の死を身体で感じ取った。でも、その場には駆けつけることはしなかった。ただ無力な自分を悔いてその場にいることしかできなかった。 イリスの目の奥から涙が滲み出す。声を出して泣きたいのに泣けなかった。ただ、涙がいくつもいくつも頬を滑り落ちる。 翌朝、日が東の空に昇ると同時にエノクのいる部屋のドアがノックされた。 ドアを開けるとそこにはイリスが立っていた。その目元には涙のあとが残っていた。 「お爺様が亡くなりました。エノクさんもお爺様を土に還すのを手伝ってもらえませんか?」 無言でエノクが頷いたのを見てイリスは頭を下げた。 モーリシドの亡骸は教会の裏に埋められた。 その土の上には目印となるように木を十字に縛りつけ作った十字架を立て、綺麗な花を植えた。 墓の前に膝を突くイリス。もう涙は涸れてしまったと思ったのに、また涙が止め処なく流れてきた。でも、泣いてはいられない、自分が天に贈ってあげなくてはいけない。 閉ざされていた口が言葉を紡ぎ始めた。 「肉体は土に還り、土は草木を育て、命は風に乗り大地を駆け抜け、巡り巡りて大気を満たし、世界を優しく包むでしょう。優しさは大切な生命の源となり、熱き血潮を吹き上げ、至福の時を肥やすでしょう。旅立つあなたに神の祝福があるように、ここに祈りを捧げましょう」 イリスは小さく十字を切ると自分の人差し指にしていた指輪に軽くキスをした。 ややあって、イリスが突然後ろにいたエノクの方を笑顔で振り向いた。 「エノクさん、私を島の外に連れて行ってくれませんか?」 「えっ!?」 エノクが言うまでもなかった。イリスは自ら自分の進むべき道を見つけた。 「ダメですか? あのずっと一緒に旅して欲しいって頼んでいるわけじゃなくって、とりあえず島の外まで一緒に……ダメですか?」 エノクは笑顔で答えた。 「一緒に行こう」 こうして二人は直ぐに島の外へ旅立つことになった。 荷持つをまとめ小さな教会をあとにする二人。 教会を出たエノクはふと教会の屋根を見上げた。そこには木の棒で簡単に作られた十字架が掲げられていた。光を浴びるその十字架は神々しいまでの輝き放っている。 「エノクさん、早くしないと夜の海を渡ることになっちゃいますよ」 「あ、うん」 二人は海岸沿いに放置してあった小さなヨット型のボートで海を渡り、近くの港町まで行くことにした。 ボートは長い間使われていなかったためか、だいぶ痛んでいたが海を渡ることは十分可能だ。 ボートに乗り込みこの島をあとにする。イリスに取ってもエノクに取っても、これは新たな旅立ちの瞬間だった。 エノクはここでの出来事を決して忘れない。ここで学んだことを決して忘れない。 自らの進むべき道は自分で切り開いていかなくてはいけない。そうイリスに教わったような気がした。 港はすでに見えている。そう今から自分たちはあそこに行くんだ。 大魔王カオスを倒すまではどこまでも進まなくてはいけないのだ。 アルティエル戦記専用掲示板【別窓】 |
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