光求めて
 時は流れ、夜はその色をより濃くし、日中に活動はする生物たちはとっくに寝静まっている時間だった。
 だが、この城の中ではまだ宴が華やかに行われている。
 エノクたち三人は大分前に疲れが来て、城の主であるリィ伯爵に言って各自部屋を貸してもらい深い眠りについていた。
 静かな寝息を立てて眠るアリア――。その部屋に静かな風が吹いく。
 揺らめく影が部屋を音も立てず移動し、ベッドの前で止まった。
 アリアは首筋に熱い吐息を感じ、ベッドから飛び起き剣を取り構えた。
 黒い影が大きな翼を広げるようにしてアリアに襲い掛かる。
 腰をすえたアリアから一撃が放たれ、切っ先が暗闇の中で何かを突き刺した。
「ぐはっ……」
揺らめく闇は、逃げるようにして部屋を風のように出て行った。
 ランプに火を付け、薄暗い部屋を見回す、自分以外の気配もない――敵は完全に姿を消したらしい。
「嫌な予感はしてたんだ」
髪を掻き上げ床の血痕に目をやった。
「追いかけたいところだけど、イリスが先か……」
アリアはもう一本の剣を取り、腰のホルダーに二本の剣を装着するとランプを片手に部屋を駆け出した。

 イリスに魔の手が伸びた。だがイリスは深い眠りに落ち、気付く気配も無い。
 真夜中の訪問者はイリスの服に手を掛け上着を脱がせた。
 訪問者の眼は見開かれ、狂気の形相を浮かべ、突然叫び苦しみ始めた。
「ぐあぁぁぁ……」
イリスはベッドから飛び跳ね、床でもがく人影を見た。そこへもう一つの影が上空から飛び掛かり床でもがく人影の心臓を剣で突き刺した。
 声を出す前に訪問者は息絶え、その身体は塵と化して消えた。
「イリスだいじょぶだったかい?」
「その声はアリアさんですか?」
薄くらい闇の中にいたのは確かにアリアだった。
 アリアは持ってたランプに再び火を点けるとイリスの身体を照らし言った。
「早く服を着な」
「えっ……なんで私……」
上着を脱がされていたことに始めて気付いたイリスは、顔を赤らめ服を掴み取ると直ぐに着ようとしたがアリアが、
「ちょっと待ちな」
と言ってイリスに近づき、彼女の首に輝くネックレスを手に取った。
「な、なんですか?」
「なるほどね、これかい……敵の正体がわかったよ」
「敵って、何がいったい……?」
「心臓を一突きにしたのは正解だったね。早く服着な、エノクを連れて逃げるよ」
 イリスが服を着ると二人は足早に廊下に出た。廊下には蝋燭の火が灯っているのでランプを使う必要はないので再びランプの火を消して歩き始める。
「あのアリアさん、さっき言っていた敵って?」
「恐らくここはヴァンパイアの城。あたしたち以外は全員ヴァンパイアに違いないね」
「ヴァ、ヴァンパイアですか!?」
「心臓を突き刺して塵になったことと言い、イリスのクロスのネックレスを見てもがいたことと、それに恐らくあたしたちの寝込みを襲ったのは血を求めてってところだね」
「…………」
その話を聞いたイリスの顔は瞬く間に蒼ざめ、言葉を失ってしまった。
「今はエノクを起こしてさっさと逃げるのが得策だろうねえ」
「そ、そうです。エノクさんを助けないと!」
二人は急いでエノクの眠る部屋へと向かった。エノクの眠る部屋はここからだいぶ離れた場所にある。三人の部屋の配置は遠く離されていたのだ。
「おかしいと思ったんだ。こんなに部屋があるのにわざわざ部屋を離すなんて……」
「罠だったんですか!?」
「そういうことだろうねえ」
「だ、だったら早くエノクさんの部屋に!」
「わかってるよ。あたしはあんたに合わせて走ってんの」
「え、あ、すいません、私はいいですからエノクさんの所に」
「そういうわけにもいかないでしょ?」
イリスの身体が突然持ち上げられた。痺れを切らしたアリアがこちらのほうが早いと持ち上げたのだ。
「あんたが軽くて助かったよ」
お嬢様だっこでイリスを持ち上げたアリアは地面を力いっぱい蹴り上げ、全速力でエノクの部屋へと向かった。
 前方に人影が見えた。それはこの城の主リィ伯爵だった。
「さっきはよくもやってくれましたね、もう数センチずれていたら即死でしたよ」
伯爵がマントの端を持つと、それは鋭い刃と化した。
 アリアはイリスを地面に落とすと、二本の剣を抜いて伯爵に向かって走り出した。伯爵も刃と化しているマントの裾を地面に擦り火花を散らしながらアリアに襲い掛かる。
 伯爵はマントをきびし返すようにしてアリアに攻撃を仕掛ける。アリアはその攻撃を一本目で喰い止めた。
 刃と刃が交じり合い、二人は相手のことを鋭い目つきで凝視している。どちらも一歩も引くことは無い。
 二人とも、もう片方の手が空いている。先に仕掛けたのは伯爵だ。
 伯爵の残る手が高く掲げられ、鋭い鋼鉄の爪へと変化し、アリアに襲い掛かった。彼女はすぐさま残る剣で伯爵の手首を切断して、後ろに飛び退いた。
「さすがにヴァンパイアは正面斬って戦うと辛いな。こんなのがあと何十匹と残ってるなんて考えると頭が痛くなるねえ」
「期待を裏切って悪いが、この城に残っているヴァンパイアはほんの数人。宴は終わり皆帰路に着いてしまわれた」
「それは、それは、いい情報をもらえたこと。生きる希望が少しは出てきたわ」
「私を相手にして逃げられるとでも思っているのですか?」
「あら、あたしは自信満々だけど」
ワザとらしく笑ったアリアは剣を握り直し、舞を舞うようにして剣(つるぎ)を振るい伯爵にその牙を向けた。
 伯爵もダンスを踊るような軽やかなステップでアリアのお相手をする。ここで繰り広げられている戦いは血生臭い物とは全く違う、美しく華麗な戦いだった。
 だが、ダンスの上手い者の足を下手な者が引っ張った。
 首が飛んだ。――床に膝を突くアリア。彼女の手にはしっかりと剣が握られ、その剣から紅い雫が床に零れた。
 床に膝を突き口の端を吊り上げたアリアの後方で何かが倒れる音がした、言うまでもない、リィ伯爵の首から下だ。
 立ち上がったアリアは剣の血を払い落とし鞘に納めるた。
「さあ、早くエノクのところに行くよ」
「あ、アリアさん後ろ!!」
「何!?」
後ろを振り向いたときにはすでに、首を”元に”戻した伯爵の鋭い爪が振り下ろされる寸前だった。だが奇跡は起きた。
 伯爵の心臓を後ろから何者かの手刀が貫き心臓を握りつぶした。
 口から血の玉を零しながら、狂気の形相でゆっくりと後ろを振り向いた伯爵の目に映った姿は、白蒼の髪を持つ黒衣の青年ヴァラージュだった。
「な、なぜ貴方様が私を……?」
「…………」
ヴァラージュは何も答えなかった。
 やがて、リィ伯爵は息絶え倒れ、今度こそ立ち上がることは無かった。塵と化してしまったのだから――。
「やはり我々は、人間を生かして帰すことはないのか……」
「あんたなんで仲間のヴァンパイアを殺したんだい?」
「君たちを襲ったからだ」
この返答を聞いた二人の人間は顔を見合わせ戸惑った。
「あたしたちはあんたらの食料でしかない、違うのかい?」
「そうかもしれないな……」
ヴァンパイアの青年は哀しそうな瞳をしていた。それを見たイリスは余計に戸惑ってしまった。
「わからないです。ヴァンパイアは人間の敵なんでしょう?」
「人間も他の動物を食べて生きている。ならば、その動物たちの敵は人間だ。ついて来い、城の外まで送ろう」
「エノクさんは?」
「彼ならあそこで眠っている」
ヴァラージュは向こう側で廊下の壁に寄りかかって眠っているエノクを指差した。
「彼には私の足手まといになると困るので眠ってもらっている、あと数十分もすれば目覚めるだろう。さあ、ついて来い」
「待ちな! あんたのこと信用できると思ってんのかい?」
切っ先がヴァラージュの後ろから首元に突きつけられた。だが、彼は動揺すること無くそのままの姿勢で言った。
「君たちは招かれざる客だ。それにこの城はもうすぐ別の次元に消える。そうすると君たちは本当に帰れなくなる」
ヴァラージュは歩き出し、エノクを途中で担ぎ上げまた歩き出した。
 アリアは剣を鞘に納めてヴァラージュのあとに続いた。しかし、彼女はヴァラージュのことを信用したわけではない。今のエノクは人質に獲られているようなものだ。迂闊には手を出せないのだから彼のあとを着いて行くしかあるまい。
 無言で機嫌の悪そうな顔をして歩いて行ってしまったアリアのあとをイリスも続いた。
 薄暗い廊下が何処までも続いた。
「あ、あのヴァラージュさん」
「なんだ?」
「どこかの部屋の窓から外には出られないんですか?」
「窓は全て別次元に繋がっている。帰る道は君たちが通ってきた入り口だけだ」
 廊下を歩く三人と対を成すように三人のヴァンパイアが姿を現した。女性のヴァンパイが一人と男性のヴァンパイアが二人だ。
 女性のヴァンパイアが先に口を開いた。
「人間を引き連れて、どこに行かれるつもりなのですヴァラージュ様?」
「この者たちは元の世界へ帰す」
「なんと!?」
ヴァンパイアたちは驚愕した。
「そこを退いて道を開けろ」
「人間をそのまま何もせずに帰すなどヴァンパイアに在らず行為、ヴァラージュ様血迷われたか?」
「私は正気だ、そこを退け。退かぬなら私が相手になる」
「クロノス様の息子だと思っていい気になりやがって」
「止めないかクロノス様の逆鱗に触れるぞ」
男の一人のヴァンパイアがヴァラージュに襲いかかろうとして、もうひとりの男のヴァンパイアがそれを止めようとするが、狂気に狂ったヴァンパイアは鋭い爪を光らせヴァラージュに襲い掛かった。
 ヴァラージュはエノクを背負ったまま敵を迎えた。エノクの身が自分に背負われているほうが安全だと、絶対の自信を持っているのだ。
 彼の絶対は誠のものだった。ヴァラージュの影が揺らめいたかと思うと、襲い掛かって来たヴァンパイアの心臓を抉り取っていた。
 心臓を失ったヴァンパイアは塵になり、消滅した。
 それを目撃した女ヴァンパイアは言葉を失い、もうひとりの男ヴァンパイアは激怒した。
「な、なんてことを!? ヴァラージュ様とて仲間を殺すなど許されぬことですぞ!」
「ならば私を殺せばいい」
冷ややかな瞳で見つめられた男ヴァンパイアの身体は小刻みに振るえ、ややあってヴァラージュに襲い掛かった。
「ヴァラージュ様、御免!」
「…………」
「……ぐはっ」
このヴァンパイアもまた心臓を一突きにされ、塵となり消滅した。
 一部始終を見ていた女ヴァンパイアは、大きく振るえて地面にへたり込んだ。何かを言おうとするが言葉が出ない。ヴァラージュの力は圧倒だったのだ。
 冷たい瞳のヴァンパイアは床の上で震える女ヴァンパイアを見つめたこう言った。
「私の父に今あった一部始終を伝え……私は好きなように生きる、私を殺したくばそれでもいいと伝えろ」
痛いくらいに冷たい瞳で見つめられた女ヴァンパイアは、言葉を発することもできず、ただ頷くだけだった。
 ヴァラージュはまた何事もなかったように静かな廊下を歩き始めた。後ろに続くアリアは髪を掻き上げ軽く舌打ちをした。
「全くあのヴァンパイアは何考えてんだろうねえ?」
「わかりません。けど、私、悪い人だとは思えなくて……」
「どうして?」
「一緒にダンスして、そう思ったんです」
「あたしには、いい人だろうが、悪い人だろうが、どっちでも構いやしないね。敵じゃない限りはね」
 あれ以降三人はヴァンパイアと出くわすことはなかった。そして、入り口が見えて来た。
「私はここまでだ。もうすぐ私たちの時間は終わる。宴は終わりだ。この城も消えてしまう……」
ヴァラージュはアリアに近づくと、背中に背負っていたエノクを預けた。
「あとは任せた」
「わかってるよ、そんなこと」
エノクを背中に背負ったアリアはヴァラージュに何も言わずに行こうとした。それを見てイリスは、
「アリアさん!」
「何ぃ?」
アリアは機嫌悪そうに首だけを後ろに向けて聞いた。
「ヴァラージュさんにお礼言ってください」
「何でぇ?」
「私たちを助けてくれたじゃないですか!」
「それはこいつが勝手にしたことだろ、あたしは頼んでないよ」
「そうだ彼女の言うとおりだ、全ては私が勝手にしたことだ」
そう、全てはヴァラージュが勝手にしたこと……だが、なぜ?
「でも、助けて頂いたの事実です。ありがとうございましたヴァラージュさん」
「…………」
お礼を言われたヴァラージュは無言だった。
「ほら、アリアさんも早く」
「……ありがと」
「早く行け、本当に日が昇りこの城が消えてしまう」
ヴァラージュの言葉に促され二人は世界を繋ぐゲートを潜ろうとした。だが、アリアは途中で振り返り、
「本当にありがとうございました。さようならヴァラージュさん」
そう言ってヴァラージュの見守る中、二人は外の世界へ帰って行った。
「私もいつか、陽光の下を歩ける日が……」

 外に出ると東の空が少しだけ光を発していた。
 徐々に昇る太陽――そして日の光を浴びた古城は少しずつ空間に溶けるようにして跡形も無く消えた。全ては夢の中の出来事のように……。
「また、会えるといいな」
「あんた、あのヴァンパイアに惚れたの!?」
「そんなんじゃないです!! ただ、いい人だったから」
「私はヴァンパイアなんてもう御免だね。でもダンスと料理は良かったけどね」
アリアの耳元でエノクの声が、
「う……ううん……あれ?」
「あんたホントによく寝てたよね」
アリアに地面に降ろされたエノクは、眼を大きくして辺りを見回した。
「あれっ? 城は、城はどこにいったの? ここどこ?」
「城ならとっくに消えちまったよ」
「あのお城ヴァンパイアのお城だったんですよ」
「ヴァ、ヴァンパイアーっ!!」
目と口を大きく開けて叫ぶエノクの肩に腕を回しアリアは歩き始めた。
「詳しい話は歩きながら話してあげるよ」


アルティエル戦記専用掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > アルティエル戦記 > 光求めて ▲ページトップ