庭園
 三人は次の町に行く道すがら、大きな花畑を見つけ立ち寄っていた。
「綺麗な花がいっぱい咲いてますよ。ああ、いい香りが風に運ばれてきます」
花畑の真ん中で大きく両手を広げ、回転し踊るイリスを遠くで見ながらエノクはアリアに話し掛けた。
「なんでこんなところに花畑があるんだろうね?」
「あれを見てごらん、遠くに屋敷が見えるだろ? ここは恐らくあの屋敷に庭ってとこだろうね」
「あっホントだ。じゃあ勝手に入っちゃってまずかったかな?」
二人が話していると遠くの方から馬の蹄(ひづめ)の音が聴こえて来た。それはやがて大きくなり、話をする二人の前に黒馬に乗ったスラリとした青年が現れた。
「こんにちは、お三人は旅の方ですか?」
後ろめたそうな表情のエノクの視線が黒馬に乗った青年に向けられた。
「あ、はい……あの、ここってあなたの庭ですか?」
「そうですが?」
黒馬が現れたのを見てイリスが飛んで駆け寄って来た。
 肩で上下に揺らしながら膝に手を突いたイリスは、ややあって黒馬に乗った青年に何度も頭を下げ始めた。
「ご、ごめんなさい。ここってあなたの庭だったんですか!? あ、あのそうでしたら、本当に申し訳ありませんでした。勝手に庭に入って、踏み荒らしてしまって……」
「いいんですよ。花に囲まれて踊るあなたは、とても素敵でしたよ」
この言葉を聞いたイリスは、沸騰してしまったように顔を真っ赤にして下を向いてしまった。イリスはすぐに顔に出るタイプなのだ。
 そんなイリスを見て青年は微笑むと、
「どうですか? 私の屋敷でおいしいハーブティとブランチをご馳走しますが、お出でになられますか?」
「ぜ、ぜひ!」
真っ先に答えたのはエノクだった。そんなエノクを見てアリアは呆れた顔をして髪の毛を掻き揚げた。
「どうせブランチが食べたくてしようが無かったんだろ。まったくあんたって奴は食欲が大せいだねえ」
「いいじゃないか別に」
エノクは顔を赤くしてほっぺたを膨らませるとそっぽを向いてしまった。核心を突かれての照れ隠しの行為である。
 アリアはそれを見て笑い、イリスも笑い、それにつられて青年も笑った。
「ははは、おもしろい人たちだな」
暖かな風がやさしく吹き、ここにいる者たちの心をそっと包み込んだ。
 青年は自分の屋敷を見て少し考え込んだ。
「さて、屋敷に向かいましょうか……と言いたい所ですが、屋敷まで距離がだいぶあるので、お二人のどちらか乗馬はできますか?」 
これはイリスとアリアに聞いたもので、その返事をしたのはアリアだ。
「あたしは乗馬が得意だよ」
「それはよかった」
と言って青年は馬から降りると、
「では、あなたが馬の手綱を持って、その後ろにあなたが乗ってください。男の僕たち二人は徒歩で行きましょう」
 男二人組みは徒歩で、女二人組みは馬に乗り歩き始めた。
 イリスは馬に乗ったのはこれが初めてで少しウキウキして、楽しそうな表情をしていた。
「うわ〜、すごいですね。なんだか背が高くなった気分です」
「イリスは馬に乗ったのはこれが初めてなのかい?」
「はい! だからうれしくて」
馬に乗り前を進む二人を羨ましそうに見つめるエノク。
「ぼくも馬に乗ったことないのになぁ」
「では、あとで乗せて差し上げますよ」
「え、本当ですか?」
目を爛々と輝かせ、エノクは本当にうれしそうな顔していた。
「その前に屋敷で少し休憩しましょう」
 花々に囲まれた屋敷の中は光が差し込み、色取り取りの調度品が飾られ外のように華やかだった。華やかと言っても、うるさくなく、静かな気品を思わせるデザインがされていた。
 庭に比べてさして大きな屋敷ではなかったが、一人で住むには少々大き過ぎる。壁には美しい女性の肖像画が飾られ、恐らくこの女性が青年の恋人か妻に違いない。
 イリスは美しい女性の肖像画の前に立ち、
「この人と一緒に住まわれているんですか?」
と尋ねると、青年は後ろからゆっくりとイリスの横に来て、愛しいもの見るように肖像画を見つめた。
「この女性は私の妻です。この屋敷のデザインも彼女の趣味だったのですが……今はもう亡くなってずいぶん経ちます」
亡くなっていると聞いてイリスははっとした表情をしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいですよ。妻は私と一緒にこの屋敷にまだ住んでいますから……さあ、こちらの部屋でブランチをしましょう」
 青年の案内した部屋には、白いテーブルクロスの掛けられたテーブルと椅子が六脚並べられていて、テーブルの真ん中には綺麗な花が花瓶に生けてあった。
 エノクたちが椅子に座っていると、青年はハーブティを持って現れた。
「料理はすぐにできますから、それまでこれを飲んでいて待っていてください」
そう言って再び青年は姿を消した。
 ハーブティはやさしい香りがしている。一口飲むと香りがふぁあっと鼻を抜け気持ちを幸せに満たしてくれるようだった。
 ややあって、青年が香り立つ料理を持って現れた。
「お待たせしました。昨日の夕食のパスタをスープに作り直してみたのですが、お口に合うか……?」
テーブルに料理と食器を並べ終わると青年はゆっくり席に腰を下ろした。
「さて、それでは料理を食べながら自己紹介でもしましょうか。私の名前はディートリッヒ、今はこの庭園で花を育てて生計を立てています」
「わ、私の名前はイリスです」
「あたしはアリア、見ての通りの踊り子。ほらっエノクも食ってないで挨拶しな」
アリアは横に座るエノクの背中をバシッと叩いた。
 口いっぱいに食べ物をほお張っていたエノクは一気にゴクンと飲み込み咳き込んでしまった。
「ごほっ、ごほっ……」
「まったく誰も取りやしないんだから、ゆっくり食べよ」
「だって、おいしかったから……」
ディートリッヒはそんな光景を見て微笑みを浮かべた。
「ほんとに楽しい人たちだ。数日前に来たアイオンという詩人も楽しい人でしたが、あなたたちも十分負けていませんよ」
「アイオンだって!?」
思わずエノクはテーブルに手を付け身を乗り出してしまった。
「どうかなされましたか? アイオンと言う方とお知り合いか何かで?」
「知り合いもなにも」
 エノクはオイオンとの経緯を話して聞かせた――。
「なるほど、そのようなことが……たしかあの詩人もクラーケンに襲われて友人と離れ離れになったと、言っていたような……」
「あたしもその話は初耳だったよ」
 アイオンと別れてしまって、そのことがずっと気がかりだったエノクであったが、まさかこんなところでアイオンの話が聞けるとは思ってもみなかった。
「僕がアイオンと会ったのは二日前のことです。旅のお話を聞かせていただいたり、美しい琴の演奏を聴かせていただきました」
「アイオンがどこに行くか聞いてませんか?」
「たしか……あなたを探しつつ旅を続けて、この屋敷から南西に位置する龍神湖に行くと言っていましたが……」
「龍神湖ですか?」
 龍神湖と言えばこの世界でも有名な湖であるが、エノクに取っては初耳の名前だった。そんな彼に龍神湖に一度だけ行ったことがあるアリアが説明をしてくれた。
「あたしは小さい頃だったけど、一度だけ行ったことがあってさ、大きくて綺麗な湖だったねえ。水が澄んでいるから大きな魚がいっぱい住んでるのが見えるし、湖の底まで見えるんだ。その湖の水源は遠く離れた山の上にあって、そこに七英雄の竜王ザッハと龍族たちが住んでいることから、龍神湖って名前がついたらしいね」
深く頷きながらイリスはアリアの話を関心して聞き入ってしまっていた。
「アリアさんって見た目と違って、いろいろと教養をお持ちですよね」
「見た目と違ってはよけいだよ。こんなに気品に溢れてるじゃないか」
そんなことを言うアリアをエノクは横目でチラッと見ると、本人に聴こえないようにボソッと呟いた。
「……気品より色気に溢れてると思うけど」
「エノクも言うじゃないか、なんならあたしが可愛がってあげようか?」
聴こえないように言ったつもりが、ばっちり聴こえていたらしい。
「遠慮します。それよりも、龍神湖の水源に竜王ザッハが住んでるって本当なの? だったらぼくはその山に行かなきゃいけない。七英雄に会わなきゃいけないんだ」
エノクの表情は何時に無く真剣な表情をしていた。エノクはここで旅の目的を再確認したのだ。
「エノク、あんた男らしい表情してるじゃないか。そーいやー、あんたの旅の目的って聞いたことなかったねえ」
「そうです、私も聞いたことなかったです」
「僕もそのお話には興味がありますね」
三人の視線がエノクに集中した。
「ぼくは大魔王カオスを倒すために旅をしてるんだ」
「!?」
二人はびっくりして言葉も出ないが一人だけは違った。アリアだ。
「見た目と違ってすごいこと言うんだねあんたは。男らしい子は好きだよあたしは……でもね、剣をあんたが抜いたのを見たことはないけど、あたしより弱いのは見た目でわかるよ。あたしに勝てないような男じゃ、大魔王に会う前に死んじまうのがオチさ」
「わかってるよそんなこと!! だから、ぼくはもっと、もっと強くなって……」
「エノク、剣を持って外に出な」
「えっ!?」
「聴こえなかったのかい? 剣を持って外に出るんだ、現実を教えてあげるよ」
アリアはそう言って飲みかけのスープを置いて外に出て行ってしまった。エノクはその後を追って、壁に立て掛けて置いた剣を取り出て行こうとした。
「エノクさん!?」
イリスが呼び止めたがエノクは振り向きもせず無言のまま外に出て行ってしまった。
 屋敷の外へエノクが出るとアリアは既に二本の剣を構え待っていた。
「いつでも掛かってきな」
エノクが剣を抜いた。すると、ティンカーベルがしゃべり始めた。
「エノクったら、たまには私を抜いてよねぇ〜。ヒマでヒマでしょーがなかった〜」
しゃべる剣を初めて見たアリアはビックリして構えていた剣の切っ先をゆっくりと地面に下ろした。
「しゃべる剣なんて初めてみたよ。名前もあるのかい?」
「あたしの名前はティンカーベル、傀儡子シモンによって命を吹き込まれた剣だったりしま〜す」
「!?」
アリアが驚き、その次にエノクの後を追って来たイリスは、偶然ティンカーベルが言った発言に居合わせ声を荒げてしまった。
「ほ、本当ですか!? そ、それって本当の本当でしょうか?」
「本当の本当だよ〜、あたしは七英雄の一人、傀儡子シモンの最高傑作なんですからね。あたしが付いてればエノクはどんな敵にも向かうところ敵なし!」
アリアは剣を構え直すと鼻で笑った。
「おもしろいじゃないか、大魔王を倒すってのも、あながち嘘じゃないみたいだねえ。シモンの剣を持ってるってことは、シモンに見込まれでもしたのかい?」
アリアが右手で持つの剣の切っ先がエノクの顔に向けられた。エノクに対する挑発行為だ。だがエノクは挑発には乗らなかった。乗ったのこの娘だ。
「当たったり前じゃない。このエノクは今は弱っちいけど、これでも七英雄の末裔なんだから!」
ガシャン! アリアは思わず構えていた二本の剣を落とした。イリスは放心状態に陥り、蚊帳の外にいたリードッリッヒまでもが言葉を失った。
 ――長かった。チョウチョが花畑の上を飛び交っている……とてつもなく長かった時間が過ぎ去り、イリスが叫んだ!!
「ほ、本当ですかそれは〜っ! え、えっ! どういうことですか!! 何がどうしたんでしょうか!?」
「落ち着きなよイリス。まったく……本当なのかいエノク、今の話は」
エノクは小さく無言で頷いた。
「ふふん、おもしろいじゃないか。エノクと旅に出て正解だったねえ。さあ、あんたの実力見せてみな!」
エノクは腰をしっかりと据えて剣を構えると、ティンカーベルに言った。
「今回はぼくの力だけで戦うから」
「しっかりやってね。……重いから」
「ぐっ……」
剣の重さが本来の重さに戻ってしまった。ティンカーベルが力を抜いたためだ。だが、エノクは自分の力で戦うと決めた。
 一度地面に付いてしまった切っ先をゆっくりと、ふらふらしながら持ち上げるとエノクは相手の目をしっかりと見据えた。
「二人ともう止めてください!!」
この言葉が逆に決闘の合図となってしまった。
 剣を両手で天へ掲げ太陽を背に受けて走るエノク。
「うりゃーっ!」
アリアはエノクを挑戦者を持ちうけた。格の違いがそこにはある。
 アリアはいとも簡単にエノクの剣を受け止めた。しかも機嫌の悪そうな表情をして……。
「あんた力を抜いてんだろ、そんなんじゃなくて、あたしを殺る気で掛かってきな。どうせあんたの腕じゃ、あたしを切れやしないんだから」
前方に宙を回転しながらエノクの後ろに回ったアリアは、土埃を上げながら滑るように後ろに後退し間合いを取ると、一本の剣の切っ先をエノクに向けた。もう一度掛かって来いという合図だ。
 再びアリアに挑んむエノク。剣ではなく足が見えた。――次の瞬間辺りが真っ暗に意識が途切れてしまった。
 宙を飛ばせれ地面に叩きつけられたエノクから砂煙が上がり、その傍らには回し蹴りでエノクダウン気絶させたアリアが凛とした態度で立っていた。
「まったく、これじゃあ大魔王なんて倒せないよ」
髪の毛を掻き上げうんざりしているアリアの背中を誰かが平手打ちでバシッと叩いた。アリアが後ろを振り返るとそこにいたのはほっぺを赤くしてフグのような顔をしたイリスだった。
「なんてことするんですか!!」
「ちょっと力試しただけだったんだけど、この子強くなるよきっと……。さてと、エノクの目が覚めるまでここに留まるしかないねえ。そうだ、スープ食べかけだった」
アリアは剣を鞘に戻すと屋敷の中へ戻ってしまった。
「もう、待ってくださいアリアさん!」
倒れたエノクを強引に引きずりながらイリスはアリアの後を追った。


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