第16話_目覚めろバーニングなんとか!
「本当に大丈夫だよな、ミサ先輩?(またできなかったら恥ずかしいぞ)」
 不安そうにヒイロが後ろを振り向くと、ミサはコクリと頷いた。
「大丈夫よ、心配いらないわ。丁度レベル10だもの(一週間も修行したというのに、レベル10なのね……なにをしていたのかしら、うふふ)」
 放課後ガイアストーンの元を訪れた三人。今回は難なくガイアストーンまでの道のりを進み、前の苦労なんてどこ吹く風だった。
 前にこの地下洞がある上のビルで活動していた信者たちは、あの一軒以来姿をどこかに消してしまったのだ。
 ガイアストーンを考え深げに見つめるヒイロ。
「ついに俺様も……(できるのか?)」
 不安いっぱいのやっぱり小心者のヒイロであった。
 ゆっくりと伸ばされる指先が、軽くガイアストーンに触れる。今回は前のような指に走る痛みも、衝撃もなにもなかった。
 一気に手のひらを押し付けると、その瞬間に濁流のようなエネルギーがヒイロの身体に流れ込んできた。
 押し戻されそうになるが、ヒイロは足を踏ん張ってそれを耐えた。
 地面が揺れる。それも華那汰やミサのときよりも大きい。この場所が崩れてしまうかと思うほどだ。
 エネルギーが衝撃波となって暴れまわる。
 風が吹き荒れ、ヒイロの髪は逆立ち、緋色の目が多く見開かれた。
 脳裏に飛び込んでくるイメージ。
 たった一つのイメージがヒイロに向かって飛び込んできた。
 それは重く腹にパンチを喰らわせ、思わずヒイロは地面に尻餅を付いてしまった。
 いや、それはイメージなどではなかったようだ。
 ヒイロの目の前に立ちはだかる黒い人影。
 妖しく微笑むその人影は、ミサの曾々々々……祖母の魔女カーシャだった。
「こんなところでお前たちに出会うとはな(ミサもおるのか、運が悪い……ふふ)」
 尻餅を付くヒイロに華那汰が駆け寄って肩を抱くと、華那汰は目の前のカーシャを睨んだ。
「なんてことするんですか!」
「無駄にガイアストーンの力を使われては困るのでな」
 華那汰の手を借りてヒイロがゆっくりと立ち上がる。
「……どういうことだよ?」
「昨日ふと思ったことがあってな。この力を我が物にすれば、大いなる力が手に入ることに気づいたのだ」
 この世界ではガイアストーンの第一人者とも言っていいカーシャが、かなーり今更だ。それほど世界征服に真剣ではないのかもしれない。さっすがは華那汰の家で毎日ダラダラしているだけのことはある。
 世界征服を夢見てウン千年、異世界ではあるがハルカを使って小さな島国を制圧した。今度は自らパワーを手に入れて、ハッスルしちゃう気なのだ。
「あちらの世界には強敵が多すぎた。こちらに来ても追い掛け回され、日本では変な陰陽師殺されかけて、岩に我が力を封じられてしまった。いつもいいところで邪魔が入るのだ。だがな、今回は誰にも邪魔はさせんぞ!」
 どこからか取り出した箒をカーシャが回転させると、それはプロペラのように風を発し、ヒイロと華那汰の身体を吹き飛ばしてしまった。
 足の裏を地面に引きずりながら後退するヒイロは、どーにかこーにか脚に力を込めてカーシャに向かって飛び込んだ。
「俺様のクラスチェンジはどうしてくれんだよ!(せっかく、せっかく強くなれるとこだったのに、コンチキショー!)」
「私に歯向かうなど、百万年早い!」
 再びカーシャの箒から強風が吹き荒れ、ヒイロの身体を押し戻そうとする。
 しかし、ここでミサが一言。
「カーシャお婆様、壱百萬円はいつお支払いになってくださるのかしら?」
「ドキッ(覚えておったのか)」
 つい先日の話だ。覚えていて当然。
 ミサの不意打ちを喰らったカーシャの手は止まっていた。もちろん、箒を動かす手も止まり、風は静かに止んでいた。
 今だチャーンス!
 キラリーンとヒイロの眼が光る。
『拳に込めた思いを喰らいやがれ! バーニングなんとかかんとか』ってな具合でヒイロの拳がカーシャの顔面に向かって飛んだ。
 しかし、その拳はピタリと止まってしまった。
「正義の味方が女を殴れるわけないだろーっ!」
 というのが理由らしい。しかしそんなことより、世界征服をしようとしているヒイロが正義のヒーロー気取りだったとは意外だ。昔好きだった特撮ヒーローモノの影響かもしれない。
「甘いな小僧、自分の信念を貫くには時として汚いことにも手を染める覚悟が必要だ(私の手は真っ黒けっけ……うふふ)」
 カーシャの重いパンチがヒイロの腹を抉った。さっき喰らったパンチなんて比べ物にならないほど、重くて腹にズッシリと沁みた。
 脚が崩れまたもや地面に尻餅を付いてしまったヒイロを、上からカーシャが見下ろす。
「まだやるか小僧?」
 完全にカーシャペースでヒイロに勝ち目はない。
 遠くで二人はヒイロのことを見守っているが、動こうとはしなかった。
「(助けてあげたいけど、係わり合いになりたくない)」
「(ヒイロくんはどこまで頑張れるのかしら、楽しみだわ、うふふ)」
 前者が華那汰で後者がミサだ。
 カーシャを見上げ、歯を食いしばるヒイロ。なにか起死回生の手立てはあるのか?
「俺様が悪かったです、ごめんなさい、申しません、許してください」
 土下座をして必死にヒイロは謝った。今までの人生経験のためか、この辺りのプライドはまったく持ち合わせてないのだ。
「わかればいいのだ(こうやってすぐに頭を下げる奴は信用ならんが)」
「なーんちゃって!」
 土下座の体制からヒイロが蛙ジャンプ!
 カーシャに飛び掛った。
「その程度の悪知恵が見抜けぬとでも思ったか!」
「ぐはっ!」
 箒の穂の部分がヒイロの顔面に直撃。まるでハエでも叩く勢いだ。
「小僧が一〇〇人束になったところで私には勝てん。まだやるというのなら、他の者に相手をさせよう(ふふふ……ふふふふ……)」
「望むところだ!」
 地面を蹴り上げヒイロはマジで相手を殴る気で駆けた。だが、その前に突如伏兵が現れたのだ。
 カーシャの身体から大きなシャボン玉が発生したかと思うと、それはすぐに形を変化させ、ピンクのうさぎ人形に変化したのだ。
「ふふふふふ……この術は私の知り合いが使っていた術を参考にして、改良に改良を加えた『うさぎしゃん大行進』だ!」
 その術の名のとおり、カーシャは体内エネルギーを排出し具現化し、大量のピンクのうさぎ人形を作り出す、なんとも可愛らしい術なのだ。
 作り出された人形は総勢二〇体ほど。それが横一列に並び、一糸乱れることなく敬礼のポーズをした。
 カーシャが箒を構え、柄の先をヒイロに向けてターゲッティングする。
「突撃!」
 突撃命令は発せられ、うさぎ人形がヒイロに襲い掛かる。なんとも緊迫感がかける可愛らしい光景だ。だが、襲われているほうはホラー映画のワンシーン、しかもB級ホラーの笑いなのか恐怖なのか、どっちかわかんないようなパニック状態に追いやられていた。
 ヒイロの場合は笑いだった。
「あひゃひゃひゃ、やめ、やめ……(ちぬ、死ぬぅ)」
 飴玉に群がるアリのごとく、うさぎ人形はヒイロを羽交い絞めにし、脇、腹、首筋、人間の敏感な部分を攻めていたのだ。
 なんて恐ろしい地獄絵図。
 これは拷問以外のなにものでもない。笑顔で死ねるなんて素敵ね、なんて綺麗ごと言ってる場合じゃない。ここままじゃ本当に呼吸困難で死んでしまう。
「ひゃひゃひゃ、あひゃ、あひゃ、しむぅ、しぬぅ(こ、こんな死に方イヤだーっ!)」
 ちょっと情けない感じで生死の境を彷徨ってしまっているヒイロの眼に、眩く暖かい光が飛び込んできた。
 霞の掛かった光景。
 赤い曼珠沙華の花が咲く野原。
 リラックス効果があるといわれるf分の1のゆらぎを奏でる小川。
 その川の向こう側に立つ若く逞しい男の姿。
「まだお前が来るには早すぎる。ヒイロ、先祖代々の夢はお前に託したぞ!」
 若い男性の姿は突如として老人の姿へと変わったのだった。
 現実へと引き戻されたヒイロの瞼がカッと開かれ、緋色の瞳が揺らめいた。
「祖父ちゃん、俺様は世界征服をしてみせるぜ!」
 ヒイロの身体に張り付いていたうさぎ人形たちの動きが止まった。
 力強く立つヒイロの身体からうさぎ人形たちが離れていく。
 そして、奇跡は起きたのだ。
 うさぎ人形たちがヒイロの前に横一列に整列し、カーシャに向かって敵意を示したのだ。整列状況はまだまだ一糸乱れぬとはいかないが。
 可愛らしいピンクのうさぎ人形に見つめられ、カーシャは一歩後ろの後ずさりをした。冷や汗たらりだ。
 ヒイロがニヤリを口元を歪める。
「突撃だっ!」
 イエッサーとまでは言ってくれないが、うさぎ人形たちが一斉に、ともいかないが、とにかくうさぎ人形たちがカーシャに襲い掛かったのだ。
 自分の技でやられるなんて屈辱もいいところ、笑ってる場合じゃないが笑ってしまう。
「ふふ、うふふ、やめろ……私がお前たちの……ひひひ……(笑えん、笑えんぞ……ふふ)」
 だってくすぐられてるんだもん。
 一気に形勢は逆転した。この状況に驚いているのは、カーシャだけではない。華那汰もミサも眼を丸くして驚いていた。
「覇道くんがこんなことできるんなんて」
「うふふ、クラスチェンジは終わっていたのよ。ヒイロくんのクラスは〈お人形遊び〉レベル10」
 なんとヒイロのクラスチェンジは終わっていたのだ。クラスチェンジの途中でボディブローを喰らって中断されたと思いきや、実はそれは新たなクラスのパワーがヒイロに注がれた瞬間だったのだ。
 勝ち誇ったヒイロの前で、笑いを必死に堪えながらカーシャは後退して行った。その背後に突如として人影が!?
 ガツン!
 鳴り響く金属音。
 バタン!
 後頭部を金属で殴打されたカーシャが前のめりで気を失って倒れた。
 いったいなにが起こったのか!?

 つづく


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