第17話_迫り来るゾンビ軍団!?
 倒れたカーシャの真後ろに立つ人影。
「おーほほほほっ、仕返ししてやったわよ!」
 毛皮のコートにフライパンを装備した謎の女性。謎の女性なんてもったいぶるまでもなく、そこにいたのは美獣アルドラだった。
「なんで美獣先生が!」
 ヒイロが声をあげ、華那汰も口をあんぐりさせた。驚いていないというか、サングラスのせいでよけいに表情が読めないのはミサだけだ。
「この方、先生だったの? もしかして、うちの高校の?(うちの学校も変わった方を採用するのが好きね……うふふ)」
 ミサのご自宅――月詠邸でのカーシャと美獣のバトルの際、その場にいたミサだが、まさかカーシャが戦っている相手が、自分の高校の教師だったとは知らなかったらしい。美獣が赴任して来たのも間もなければ、他学年の教師の顔など意外に知らないものだ。
 フライパンを投げ捨てた美獣は、高らかに笑った。
「おほほほ、この女にやられた傷が完治するまで時間が掛かったけれど、どうにかこうやって仕返しができたわぁん!」
 前回の戦いで美獣は重症を負わされ、そのためにひと目を忍んで傷の静養をしていたのだ。つまり、学校に顔を見せたのは一日だけだったりして、ミサが知らないのも当然だったのだ。
 すっかり腕も身体も再生しちゃっている美獣は、近くにあったガイアストーンを見上げ微笑んだ。
「これがガイアストーン。なるほどねぇ、この力を使えば魔界のゲートを拡張できるわ(それでもまだまだだけれど)」
 美獣って変な名前から普通の人とは違うなとは思っていたが、まさかこんなとこにひょっこり現れるなんて、予想外も予想外で予想のしようもない事態だった。しかも、独り言のように呟くセリフがなにを言ってるのかさっぱりだ。
 突然だが、現在のみんなの立ち位置を整理しよう。ガイアストーンの目の前に立つ美獣、その足元で伸びているカーシャ(気絶中)、そのちょっと先にヒイロ、そのもっと先にミサ、そのもっともっと先に華那汰が立っていた。
 まとまり感のないバラバラの立ち位置からわかること、それは華那汰がみんなと係わり合いになりたくないってこと!
「あのぉ、あたし、用事も済んだしそろそろ帰ろうと思うんだけど?(これ以上巻き込まれるのはごめんなんだから)」
「美獣先生がなにをしようとしてるかわかんねえけど、悪いことする気なら俺様が食い止めてやるぜ!」
 ヒイロはヤル気満々だった。この間にも華那汰は後ろへ後ろへ下がっている。
「あたしは帰らせてもらいます。じゃ、みんな明日学校でね♪(早く逃げなきゃ!)」
「駄目よ!」
 獣が吠えるように美獣の声が辺りに反響した。
「残念だけれど、ここにいる者は全員始末させてもらうわ。悪事を見られたら処分するのは当然ではなくって?」
「そんなお決まりのパターンいいから、あたしを帰してーっ!」
 叫んでみるが、効果は言葉が木霊しただけだった。
 逃げ出そうと華那汰は後ろを振り返ったが、すでに出口からは人影がゾロゾロと溢れ出ていた。姿を消していたはずの紙袋を被った信者たちだ。
 今更になって出てこられても困る。
 往年のゾンビ映画のように、肩を横に揺らしながらゆっくりと信者たちが近づいてくる。気づいたときにはヒイロ、華那汰、ミサは背中合わせに追い詰められ立っていた。
 狭まってくる円陣の中にポツン浮島のように取り残され、逃げ場もどこにもない。
 華那汰がミサの耳音で囁く。
「月詠先輩、どうにかしてくださいよ」
「無理ね、絶体絶命(クラスチェンジを誤ったわ。ゾンビ相手ならあっちにしておけばよかったわね……ふふ)」
 服装も薄汚れてて、歩き方もゾンビっぽいが、この人たちはゾンビではない――とも言い切れない。たぶん。
 頼りにしていた人に『絶体絶命』と言われ、華那汰は頼りに思ってないほうを向いた。
「覇道くん、どうにかしてよ!」
「無理に決まってんだろ!」
「さっきのうさぎはどうしたの?」
「もういねぇよ!」
 さっきのうさぎ人形たちは、カーシャが気絶したの同時に姿を消してしまっていた。
 絶体絶命だった。
 そんなこんなでピンチを迎えている三人組をほっといて、美獣はガイアストーンを別の場所に移動させる方法を考えていた。
「こんな大きな物、どうやって運び出そうかしらね(ここにいる信者たちをまた言いくるめて運ぼうかしら?)」
 モッチャラヘッポロ教の信者たちは美獣の口車に乗せられ、美獣に裏に控える〝大魔王〟を新たな神として崇拝しはじめたのだ。
 大神官ブラック・ファラオが失踪してしまい、信仰する拠り所を失ってしまっていた信者たちを言いくるめるのは簡単だったのだろう。
 ヒイロたちを取り囲む信者たちは、その距離を残すところ三メートルほどで足を止めていた。飼い犬がご飯を前にして待ったされているみたいだ。しつけのなってない信者が飛び掛ってこないとも言えない。
 信者たちは美獣の合図を待っている。それに気づいた美獣は、指を差してこう言ったのだ。
「その子供は生きたまま捕らえて頂戴、あとはあなた方の好きになさい」
 美獣の長く伸びた爪で指されたその先にいたのはなんと!?
「俺様か!?」
 ヒイロだった。
 驚くヒイロを他所に、すぐ横で華那汰は内心ほっとしていた。
「(よかった、あたしじゃなかったのか)」
 なんて安心している場合じゃないこの状況。
 ノロノロ歩きで信者たちが距離を狭めてくる!
 ミサが二人を庇うように前に出て叫ぶ。
「父と子と精霊とその他いろいろな御名において誓ってみたり、邪を砕く力を我に与えたまえ、汝の呪われた魂に救いあれ、アーメン!」
 すっごい勢いでミサが言ったためか、信者たちはビクついて動きを止めたが、効果はそれだけだった。
 ボソッとミサが呟く。
「やはりクレリックでないと邪は祓えないのね。私クレリックではなくてマジシャンだもの」
 それはミサがクラスチェンジしたときの可能性だった。
 かなり大まかで大雑把にに言うとクレリックとは神官系で、マジシャンとは魔法使い系のことだ。ミサはあのとき、マジシャンを選択していたのだ。
 ミサが再び動く。
「カーシャお叔母様には遠く及ばないけれど、風よ障壁を吹き飛ばせ!」
 圧縮された空気がミサの手から放たれ信者たちをなぎ倒した。ストライク!
 ボーリングのピンみたいに倒れていく信者たちを見て華那汰は目を真ん丸くした。よく見るとパーツも分解されて飛んでいる。首だけとか手だけとか。
「月詠先輩スゴすぎ」
「才能の違いかしらね(本当はお守りのおかげだけれど)」
 決して才能というのも間違いではないだろう。しかしそれよりも、ミサの持つガイアストーンのお守りが魔力を増幅させてくれたのだ。これは以前カーシャが美獣と戦ったときにも用いた方法だ。
「二人とも早く逃げて、風よ障壁を吹き飛ばせ!(早くこの呪文に名前をつけてあげないと使いづらいわね)」
 再び放たれる風の玉は信者たちを倒し、出口まで一直線の道を開けた。
 すぐさまヒイロが華那汰の手を引いて出口に走る。
「月詠先輩!」
 華那汰が振り返ったときには、すでにミサは信者たちに取り囲まれて見えなくなってしまっていた。
 ミサを犠牲にして、ヒイロと華那汰は出口の外へ出て行った。
「追わなくていいわ!」
 美獣の声が響いた。
「この子供を捕まえるのは次の機会でもいいわ。今はこれが先」
 美獣の目の前には、輝きを放ち回転するガイアストーンがあった。
 その輝きが微かに曇って見えるのは気のせいだろうか?

 つづく


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