第23話_発進ニャンダバーZ
 もはやここは体育館と呼べる場所ではない。異界の名に相応しい場所へと変貌していたのだ。
 まず目に飛び込んできたものは、七色に輝く大小の石だった。小さな物でも人の頭ほど、大きな物になると大人が姿を隠せるほど、そんな物が宙をふあふわと飛んでいる。
 普段のフローリングの床はどこにいったのか、幾何学模様の描かれた紅い絨毯がどこまでも続いている。あまりに鮮やかな紅い色にずっと見ていると気が狂いそうだ。
 館内の中心には分厚い金属板が円を成すように五枚並べられている。その中心に輝くガイアストーンが煌く粒子を振りまきながら回転していた。
 ヒイロと華那太は身を寄せ合いながら、辺りを見回した。
 人影はどこにもない。
 突然、灰色の蒸気が壁から噴出した。部屋の壁に血管のように張り巡らされていたパイプから出たものだ。
 ヒイロはビクッとしながらも、華那太に顔を覗き込まれたことによって、気丈な態度で振舞う。
「別に怖くないからな、俺様の母ちゃんのほうが怖い」
「言い訳が情けなさ過ぎる(なんでこんな頼りない奴と二人なんだろ)」
「うるさい!」
「はいはい」
 華那太はいつもどおりに振舞っているように見せた。けれど、先ほどから続く悪寒が治まらない。
 マイクから漏れるノイズ音が微かに響いた次の瞬間。
「おーほほほほっ、よくここまで来れたと褒めてあげるわ!」
 頭にキンキン響く笑い声――美獣に間違えない。だが、声はスピーカーからしたもので姿が見当たらない。
「どこだ!」
 ヒイロは辺りを隈なく見渡した。
「おーほほほほっ、アタクシ人よりも高いところが好きなのよ!」
 前方にある壇上の閉じていた幕が左右に開き、ゴージャスな毛皮のコートを着た美獣が姿を見せた。手にはしっかりマイクが握られている。
 すぐにヒイロと華那太は壇上に上がろうとしたのだが、巨獣の咆哮が館内に響き渡る。
 本能的に負けてしまったヒイロと華那太は、すくみ上がって足が止まってしまった。
「まるで蛇に睨まれた蛙ね。アタクシ弱いものいじめが大好きなのよ」
 完全に見下した目で美獣はヒイロと華那太を見ている。
 ここはカッコよく言い返してやりたいところだが、ヒイロにそんな勇気はない。華那太もできれば出たくない。
 相手を笑いながら美獣は一歩一歩と、ヒイロたちとの距離を詰めてくる。そして、壇上の淵に差し掛かったところで、天井を指差したのだ。
「あれを見なさい!」
 美獣がビシッとバシッと指差した先にスポットライトが当たり、天井に吊り下げられた人影が二人見えた。
「月詠先輩とカーシャさん!」
 華那太が叫んだ。その眼に飛び込んできたのは、間違いなくミサとカーシャであった。
 腕を縛られ、口を縛られ、ミサとカーシャは体育館の天井から細いロープによって吊るされていた。よくこんなシーンでは、縛られた口で『助けてー』なんて言って足をじたばたされるものだが、二人は死んだように動かない。もちろん死んでいるのでも、気を失っているのでもない、二人とも冷めた人間なのでヤル気の欠片もないのだ。
 そんなことよりも!
 今なら真下からミサとカーシャのパンツが覗けるぞ!
「(ミサ先輩のパンツ……何色なんだ)」
 マジに妄想が駆け巡ってしまったヒイロを置いておいて、華那太は真剣な顔をして美獣を睨みつけていた。
「二人を降ろして!」
「やーよ。どうにかしたいのなら、まずはアタクシを倒しなさい。アナタ方がアタクシに殺される前にね!(こんなセリフ言ってみたかったのよ!)」
 美獣の身体に突如変化が起きた。着ていた衣服が下着ごと弾け飛ぶように破れ、乳が揺れ、尻が振られる。そして、なんと裸体となった体に白銀の毛が這うように生えはじめたのだ。
 この時点でヒイロは鼻を押さえながらしゃがみ込んでしまった。鼻を押さえる指の隙間から、赤い血が滲んでいる。意外にウヴなヒイロは、美獣の悩殺変身シーンでダメージを受けてしまったのだ。
 美獣の変化は続いていた。
 身体を覆う白銀の毛がきわどい水着のようになって、肌と毛の境目を作り上げる。今まで厚着でわからなかった爆乳が激しく揺れ動いて強調されたぞ!
 肉を抉るために手の爪が鋭く伸び、髪の毛の間から尖った耳が突き出る。最後は肉付きのいいヒップから尻尾が伸びた。これこそ美獣の真の姿――獣人の姿だ。
「おーほほほっ、アタクシの真の姿を見て驚いたかしら?」
 驚く前にヒイロは鼻血が止まらなくて大変なことになっていて、華那太はヒイロにティッシュを渡すのに必死だった。誰も美獣なんか見てない。そんなヒマなかった。
「覇道くん馬鹿じゃないの。鼻血出すなんてカッコ悪すぎ(高校生にもなって女の人の裸で鼻血なんて、ダサすぎ)」
「出したくて出したんじゃねぇよ!(駄目だ……揺れる山と秘境アマゾンが頭から離れん)」
 仕方ない。美獣はそれほど前にナイスバディだったのだから。今夜のヒイロは悶々とした夜を過ごすに違いない。頑張れヒイロ、負けるなヒイロ!
「ちょっとアナタたち、アタクシのこと無視しないでよ!(一番の見せ場だったのよ!)
 毛と尻尾を立てて怒る美獣。感情が尻尾に出てくれるので一目瞭然だ。
 ようやく鼻血が止まったのか、やっとヒイロが立ち上がった。
「無視なんかしてねぇよ、今から相手になってやるぜ!」
 鼻に丸めたティッシュを突っ込みながら言っても、ぜんぜんカッコよくない。むしろカッコ悪い。
「アタクシの相手をするのは、どっち? それとも二人で掛かってくる?(こんなセリフにも憧れていたのよ。スゴク悪役っぽいわ、感動だわ!)」
 ヤル気――殺る気満々の美獣が壇上からストンと降り、爆乳が縦揺れに見舞われた。
 ブハッ!
 ヒイロの鼻からティッシュが飛ぶ。止まっていた鼻血がまた出たのだ。これじゃあ、まったく勝負にならない。
 それでもヒイロはめげずに鼻を押さえながら、どうにかこうにか持ち堪えた。
「待て、お前の相手をするのは俺様じゃない!(なんか、頭がスーッとしてきたぞ)」
 美獣の視線が華那太に向けられた。
「あたしじゃないです。あたし平和主義者なんで、ケンカ反対でーす♪(こんなところまで来ちゃったけど戦って勝てるわけないじゃん)」
 華那太苦笑い。完全に顔を引きつっている。
 では、果たして美獣の相手は誰がするのか?
 ここまで来て、新キャラ登場か!?
「はーはははっ、お前の相手はこいつがしてくれるぜ!」
 ヒイロが学ランの裏から取り出したのは、なんと工作だった!
 小学生の工作としか見えないそれは、お菓子の缶に割り箸を通して手と足にしたシンプルなもの。缶には油性マジックで顔が描かれていて、その額には『Z』の文字が。
 ま、まさか!?
「お前の相手は、この超合金ニャンダバーZがしてやるぜ!」
 はぁっ?
 思わず美獣は『はぁっ?』という顔をしてしまった。仲間の華那太ですら『はぁっ?』という顔をしている。
 それはヒイロが幼き日に憧れていたロボットヒーロー。昔はお菓子の箱と枯れ枝で作ったが、今回はお菓子の缶と割り箸にグレードアップだ。しかも、マジックで顔まで描いてある。だからどうしたって感じだ!
 とにかく、電気屋さんのテレビで見たはじめてのニャンダバーZの放映。その幼き日の思い出が、なんかそんな感じで、えっと、その、とりあえずなんかなったのだ!
 だって、工作なんかいきなり出されても言葉に困る。
 唖然とする美獣を前に、ヒイロは自信満々の笑みを浮かべていた。そんなに工作のできがよかったのだろうか?
 ヒイロはニャンダバーZ人形を床に置いた。そして、声高らかに叫んだのだ。
「弱気を守り、強気をくじく、ニャンダバーZ発進!」
 それはあっという間のできごとだった。気づいたときには美獣がおでこを抑えながら喚いていた。
「よくもやってくれたわね!(不意打ちよ、不意打ちだわ、不意打ちをしていいのは悪役だけよ!)」
 おでこを抑える美獣の足元にはニャンダバーZ人形があった。そう、ニャンダバーZが美獣へヒットを喰らわせたのだ。
 再びニャンダバーZが動き出す。
 宙に浮き、美獣の眼前で静止すると、一気に勢いをつけて缶の蓋部分で美獣の頭にアタック!
「痛っ!」
 再び美獣はおでこを抑えてよろめいた。
「こんなガラクタに二度も殴られるなんて、屈辱だわ!(仲間に知られたら笑いものよ!)」
 目を血走らせて美獣はニャンダバーZを捕まえようとするが、なかなかすばしっこくて捕まらない。必死な美獣が躍らせれ、まるで盆踊りを踊っているような手の動きをしてしまう。
「はーはははっ、ニャンダバーZの力を思い知ったか!」
「こんなガラクタすぐに破壊してやるわ!(あーっ腹立つ!)」
 子供のおもちゃに遊ばれ、美獣の怒りは頂点に達しようとしていた。
「ウザイわ、ウザイのよ! こんなガラクタに使いたくないけど、仕方ないわ」
 美獣の身体が大きく回転する。
「円舞必殺撃!」
 出たーっ!
 美獣の必殺技だ!
 足先を回転軸にして、腕を大きく広げながら鋭い爪を振り上げ、振り下げる。
 その威力もスピードも以前カーシャと戦ったときの比ではない。獣人化した美獣はその筋力や瞬発力を向上させ、一撃で像をも仕留める爪を振るった。言い過ぎた、像はたぶん無理だ。
 ――が。
 ビュン、ビュン、ビュンと風を切る音だけが虚しく響き渡る。
 ニャンダバーZに手も足も出せない美獣を見て、ヒイロの気分はすでに有頂天だった。
「手も足も出ないのか、口ほどにもない奴だな!(これなら勝てる、勝てるぞ!)」
 悪役みたいなセリフだ。
 勝つ気満々のヒイロだが、実はさっきから美獣の攻撃を避けているだけで、攻撃を繰り出していない。これでは勝つもなにもない。
 ヒイロはニャンダバーZに念を込めながら、ついに攻撃を仕掛けた。
 しかし、避けから攻撃に入ったときに隙ができてしまったのだ。
「甘いわよ!」
 グウォォォォン!
 風が唸り、美獣の鋭い爪が缶を抉り、そのまま床に叩き付けた。
 機体をへこませ、見るも無残な姿になってしまったニャンダバーZ。
「ニャンダバーZ!」
 ヒイロの悲痛な叫びが木霊した。
 ヒーローは決して負けない。
 けれど、ニャンダバーZはヒイロがいくら念を込めても立ち上がることはなかった。

 つづく


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