第22話_レッツ・校長室!
 職員室に着いたが、やはり暗く人の気配もない。だが、職員室の奥にある扉から、微かだが光が漏れている。校長室のある場所だ。
 誰かいるのかも知れない。罠かもしれない。それでも手がかりを掴むためには、自ら罠に掛かることも必要だった。
 ヒイロと華那汰は顔を見合わせ、深く頷き合った。
 このときハルカは時おり、なにかを感じて辺りを見回していた。猫の耳にしか聞こえないよう物音を感じたのだ。
 校長室のドアがそっと開かれる。
 ヒイロが先に入り、あとに華那汰が続いた。このときもハルカは辺りを見回し続けている。
 校長室に入ったのははじめてだった。
 大きなデスクに校長が座っているのもはじめて見た。
 校長が座っている?
 ヒイロが喚く。
「なーっ校長先生ごめんなさい! まさかこんな夜更けに校長がこんなところにいるなんて思ってみなかたんです!(つーか、なんでいんだよ!)」
 ヒイロの反応で華那汰もデスクに座っていた校長に気が付いた。
「ごめんなさい、忘れ物を取りに来ただけなんです!(あたしのばか、なんでもっとマシな嘘付けないかなぁ)」
 だが、校長は項垂れたまま顔を上げることもなくピクリともしない。
 華那汰の背負っているリュックから、ハルカがちょこんと顔を出して、華那汰の肩越しから校長の姿を見る。
「懐かしぃ、校長先生の姿久しぶりに見たよぉ。でもさぁ、思いついたこと言ってもいいかなぁ。校長先生寝てるんじゃないのぉ?」
 それにしても、ピクリとも動かないのはなにか変だ。
 これまで校内で起きたことを考えると、ここにいる校長にも疑惑が湧き上がってくる。
 触らぬ神に祟りなし。
 だが、好奇心も押さえられない。
 ヒイロは校長の横にそっと近づき、とりあえず肩をトントンとノックしてみる。
 ――反応ゼロ。
 続いてヒイロは校長のほっぺたを軽く突付いてみた。
 やけに冷たい。
 ヒイロの脳裏に悪い考えが過ぎる。
 冷や汗が噴出してきて、手が震えだしたが、それでもヒイロは校長の垂れた首を起こして見た。
「ぎゃーっ!」
 白目を剥く校長の顔。
 実は屍のようだ。
「死んでる、絶対死んでるぞ!」
 ヒイロが叫び、華那汰はすぐに駆け寄って校長の脈を測った。
「脈がない……え、ええーっ!?(死んでる!?)」
 夜の学校と屍体。取り合わせが非常に悪い。
 ヒイロと華那汰は驚いて、壁際まで後ろ歩きで後退した。
 顔を真っ青にして華那汰は姉に助けを求める。
「お姉ちゃんどうしよう!」
「ハルカに言われても困るよぉ。とりあえず110番じゃないのぉ?」
 そこにヒイロが静止に入った。
「駄目だ、俺様たちは学校に不法侵入してるんだぞ。それにさっきに怪物たちのこともあるし、なんて警察に説明するんだよ」
「……でも、人が死んじゃってるわけだし」
 華那汰の呟きにハルカも同意する。
「あとでバレたら、余計に面倒なことになると思うケド?」
 二人に言われてもヒイロは断固として意見を曲げなかった。
「駄目だ駄目だ、絶対駄目だ。ようはバレなきゃいんだよ!」
 閉めたはずの校長室のドアが開き、人の気配がした。
「おーほほほほっ、バレなきゃいいですって。アタクシ見ちゃったわよー」
 振り向いた先にいたのは、毛皮のコートのゴージャスビューティー美獣アルドラだった。
 殺害現場を見られた!
 じゃなくって、殺害なんてしてないけど、とにかく見られた!
 でもなくて、ヒイロが叫ぶ。
「見つけたぞ美獣!」
 学校に侵入したのも、元はといえば美獣の手がかりを得るためだった。その美獣が向こうからやって来てくれたのだ。
「おーほほほほっ、学校なんかに侵入してなにをしようとしていたのかしら?」
「お前の手がかりを見つけるためだ!」
 ヒイロが声を上げながら美獣に飛び掛った。
 だが、ヒイロの目の前に立ちはだかる木の壁――ではなくて、突然美獣の前で閉まる校長室のドア。
 ドン!
 顔面からドアに激突するヒイロ。鼻を強打して、大ダメージを受けた。かなり痛い。
 ドアが再び開き、美獣は開けたドアの前でうずくまるヒイロを見下した。
「やっぱりただの虚けだわ(探してる子供とは思えない)」
 しかし、美獣にはひとつ気になることがあった。
「ところでアナタたち、学校には結界が張ってあったのだけれど、誰が破ったのかしら?」
 美獣の目はヒイロに向けられ、華那汰に向けられ、華那汰の肩越しに顔を出した黒猫に向けられた。
「はぁい、ハルカです。ハルカが破っちゃいましたぁ」
 しゃべる黒猫を見て、美獣の脳ミソがネバーエンディングに駆け巡る。そんな猫のことを知っているような気がする。だが、度忘れで思い出せない。
 そして、ハッとした美獣が声をあげた。
「ま、まさか、アナタも魔族!」
「えっ!?」
 瞳をまん丸にして驚くハルカ。
 もう一回り美獣の脳ミソが回転した。
「あーっ、わかった偽大魔王ハルカね!(……まずいわ、仮にも大魔王を名乗る猫。戦ったらどうなるのかしら?)」
 つい数時間前、美獣は大魔王ハルカの腹心と言われている魔女カーシャを倒したには倒したが、先日に正面切って戦ったときにはコテンパンにやられてしまっている。腹心のカーシャがあの強さならば、大魔王ハルカはもっと強いかもしれない。
 美獣の脳裏に不安が過ぎる。
「(アタクシに仕返しに来たんだわ!)」
 カーシャの仇討ちに来たのだと美獣は思い込んだのだ。
 動揺している美獣の前にヒイロが立った。
「ミサ先輩はどうした!」
 そこにハルカが補足する。
「あのぉ、おまけでカーシャさんのことも教えてください」
「知りたければ、アタクシのことを倒してみなさい!(しまった、ノリで言っちゃったわ。でも、こんなセリフ言ってみたかったのよね)」
 しまったと思いながらも、美獣は顔をニヤつかせていた。
 倒してみろと言われたほうは言われたほうで、こちらは困惑顔だった。戦闘タイプの人間がいないのだ。
 とりあえず二人と一匹で輪になって作戦会議――ジャンケンポン!
 パー!
 パー!
 パー?
 ヒイロと華那汰が出したのは明らかに『パー』なのだが、ハルカが出したのが『パー』だか『グー』だか微妙だ。よーく考えたら猫のハルカにじゃんけんなんてできるわけないじゃん!
 猫の手を見ながらヒイロが頷く。
「こりゃグーだろ」
「にゃー! 違うよぉ、パーだよ!」
 ハルカは反論するが、猫の手では説得力がない。
 目の前で堂々とじゃんけんをはじめる二人と一匹に業を煮やし、美獣は不意打ちでハルカに襲い掛かった。
 鋼鉄をも切り裂く鋭い爪が、小さなハルカに的を絞った。一撃でも受ければ、その衝撃から肉が裂けれるだけではなく、身体が四散してしまう。
 巨獣が歯を食いしばるような音が響き渡った。
 振り下ろしたはずの美獣の手が、ハルカの目の前で止まってしまっている。いくら力を込めても、込めただけ跳ね返される。まるでそこに見えない壁があるように、ハルカに触れることすら叶わない。
「な、なんなの……この力は!」
 柳眉を歪めながら美獣は歯を食いしばっていた。
 鋭い爪を眼前で見ながら、ハルカは苦笑いを浮かべている。
「にゃはは、大丈夫だってわかってても怖いよぉ」
 大魔王ハルカの出現により、関東周辺を覆い隠すように張られた大結界。その力により外国との接触を制限され、日本は一部鎖国状態に置かれてしまっている。その結界からエネルギーをもらっているハルカは、結界の中にいる限り外敵からの攻撃を弾き返し、万が一攻撃を受けた場合も不死性を発揮できるのだ。
 いくら力を込めても爪が届かないことを悟り、美獣は飛び退いてハルカとの距離をとった。
「さすがは魔王を名乗るだけのことはあるわね!(攻撃が当たらないなんて、どうすればいいのよ)」
 焦る美獣だが、ハルカはハルカで焦っていた。
「(負けないけど、勝てないよぉ)」
 攻撃を喰らうことはないが、ハルカの攻撃力は猫レベルだった。
 どうするハルカ!
 どうする美獣!
 対峙したまま一歩も動かない二人と一匹。先に仕掛けたほうが勝つのか、それとも先に仕掛けたほうが負けるのか。
 仕掛けたのは、美獣の背後に近づいていた人影だった。
 ゴツン!
 硝子の灰皿が美獣の後頭部にクリーンヒット!
 頭を押さえながら振り向いた背後には、唖然と口を開けるヒイロの姿があった。
「痛いじゃないのよ!」
「……げっ(殴ったのにあんま効いてねえ)」
 殴ることをためらって力を抜いたわけではない。もうどうにもでもなれと、マジで殴ったのだ。
 眼に怒りを露にする美獣の爪が振られた。狙うはヒイロの咽喉だ!
 華那汰が叫ぶ!
「覇道くん!」
 その手にはハルカが掴まれている。
 華那汰、第一球投げた!
 もちろん投げられたのは他でもない、ハルカだ。
「にゃー!?(なんでハルカが!?)」
 剛速球でストレートにぶっ飛んだハルカに、美獣の鋭い爪が振り下ろされた。これが狙いだったのだ!
 ハルカの結界が発動し、自分の加えた力の反動により、美獣の身体は弾かれて後ろにあった戸棚の硝子を砕け飛ばした。
 校長室に獣の咆哮が木霊した。それは美獣の叫びだった。
「アナタたち許さないわよ!」
 獣ように咽喉を鳴らす美獣は、指を動かし金属音にも似た禍々しい爪音を鳴らした。獲物を定め、八つ裂きにしてやる。
 舌なめずりをして、美獣が狙ったのは一番近くいた華那汰だった――のだが、その動きが突然止まった。
 どこかから聴こえる甲高いアラーム音。
 急いでケータイを取り出す美獣。
「しまった、時間だわ!」
 ケータイでアラームをセットしていたらしい。なんの時間なのだろうか?
「勝負はお預けよ!」
 校長室を駆け出していく美獣の後姿。
 あっ、逃げた!?

 つづく


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