番外編_第1.5話メガネショッキング!
 せっかく掃除したばかりの部屋を引っ掻き回すハルカ。
「ないないないな~い!」
 なにが無いのかというと、
「わたしの眼鏡がない」
 ――だそうだ。
 そこへ髪の毛を片手でボサボサ掻きながらルーファスが現れた。
「ふぅ、やっとゴミ捨て終わったよ」
「ルーファス、わたしの眼鏡知らない?」
「知らないけど?」
「うっそーん、ないと困るー」
 異界から召喚された女子高生ハルカは、右も左もわからぬ世界で強制的に生活をしなくてはいけなくなったのだが、住居になった魔導士ルーファスの家が汚いのなんの。
 出したら出しっぱなしで、腐海の森化してしまった部屋。足の踏み場は本や服の上。小銭を落したら絶対に見つからない。そんな状況の部屋だった。
 どうにか自分の生活スペースを確保するため、ハルカは掃除に精を出したのだが、その最中に眼鏡が失踪してしまったらしい。
「わたしの眼鏡、眼鏡、眼鏡!(呼んで出てきたら苦労しないんだけど)」
「他の物と一緒に片付けたんじゃないの?」
「わたしがそんなドジなことするわけ……」
 掃除の最中を脳内リプレイ。
 いらない物といる物をわけて、洗濯物はカゴへ、種類別に分けられるものは一塊に、自分の眼鏡は適当に手の届く場所に置いた。
 それからルーファスが『ここにあるもの全部捨てて来ていいの?』と聞いた。
 そして、ハルカは顔も向けずに『うん』と言って頷いたのだ。
「あーーーーーーっ!!」
 ハルカ痛恨のミス!
 眼鏡も一緒に捨てられたっぽい!
 慌てふためいて、あっち向いて、こっち向いて、くるっと回ってハルカはルーファスの胸倉に掴みかかった。
「ゴミ捨て場に案内して!」
「えっ、どうしたの?」
「あたしの眼鏡!」
「ん?」
「間違えて捨てたの!」
「ええーっ!」
 二人は急いで家を飛び出した。
 地区ごとに分けられたゴミ捨て場はルーファス宅から眼と鼻の先だった。にも関わらずルーファスはあまり利用したことがない。
 ゴミ捨て場に着いた二人。
 ない!?
 ゴミがない!
 ルーファスが遠くを走り去る馬車を指差した。
「ゴミの回収車!」
「どこ!?」
 馬車を目視したハルカが走る!
 全速力で走る、走る、コケる!!
「ひゃっ!?」
 ドテッ。
 地面の上にへばり付くハルカ。
「いったーい!」
 地面に座り込み片膝を立てたハルカのその膝には、赤く剥けた擦り傷が痛々しくついていた。
 痛がるハルカの横で、ルーファスはいたわりの言葉をかけると思いきや、
「ハルカってドジ?」
「違うからーっ!」
 怒って立ち上がったハルカの服の裾が地面についている。
 この服はルーファスに借りた法衣だった。
 突然こっちの世界に強制召喚されたハルカは着替えを持っているはずもなく、ルーファスの服を借りているのだ。
 すでにゴミ収集馬車の陰形はない。
 さらば眼鏡、さらば青春、さらば視界。
 ハルカは辺りをグルリンと見回した。
「とーくが見えない」
 ヤベッ!?
「近くもあんま見えない」
 もっとヤベッ!
 その場に立ち尽くすこと数秒。ハルカの次の行動は!
「ルーファス! 眼鏡屋さん連れてって!」
「いいけど、一回家に帰って支度してからね」
「ルーファスがお金出してね」
「なんで?」
「あたしお金もってない」
「あー(今月の仕送りまだなんだけど)」
 そんなこんなで二人は眼鏡屋さんに行くことになったのだった。

 乗合馬車で数分。
 大聖堂の見下ろす中央広場までやって来た。
 都市でのお祭りなどの催しはここで開かれ、それ以外のときは広場にはいっぱいの露天が並んでいる。
 自分の店を持たない者の中には、ここで靴屋や理髪店を開く職人もいる。
 その広場を囲うように建てられた2階から3階建てくらいの建物。石造りのこの建物の多くは商店で、工房を備えた見せも数多くある。
 そんな中にある一軒が眼鏡屋だった。
 眼鏡っ子ではないルーファスはもちろん来店は初体験。ドキドキのワクワクだ。
 だが、たかが眼鏡屋にファンタジーでミラクルな出来事が待っているはずもない。
 店員がいらっしゃいませと声をかけて寄ってくるだけで、特別な演出はなかった。のだが、そんなことなんて吹き飛ばしてしまうほどのインパクト!
 店員の眼鏡が変だ。
 眼鏡じゃなくて、仮面舞踏会で見る鳥さんの羽がいっぱいついた目元を隠す仮面!
 よーく見ると、目の穴が開いている部分にレンズがはめ込んである……列記とした眼鏡だ!
「いらっしゃいませ、コケコッコー」
 しかもこの店員、語尾が変だ。
 ツッコミどころ満載なのに、ツッコンでいいものなのか困りものだ。愛のないツッコミは相手を傷つける結果になってしまう。
 もしかしたら、語尾に『コケコッコー』と付けるのがコンプレックスかもしれない。
 それをネタに幼い頃にイジメにあっていたかもしれない。
 てゆーか、仮面の奥の素顔が気になる。
 ルーファスは思う。
「(眼鏡屋さんってこんな場所だったのか!)」
 ルーファスの脳内に悪い固定概念がついてしまった。
 仮面店員はさすがは眼鏡屋の店員だ。ルーファスではなく、ハルカが眼鏡を必要としていることを察したようだ。さっとハルカの傍らに移動した。
「本日はどのような眼鏡をお探しでしょうか、コケコッコー?」
「あ、えーと、そのぉ(ど、どうしよ)」
 変な店員に押されてハルカは口ごもってしまった。
 詰め寄ってくる変な店員の見方を変えれば、どう見たって変質者だ。しかも、甘ったるい香水をつけているせいか、あまり近くに寄って欲しくない。てゆーか、近づかないで!
 他の従業員はいないのかと見回すが、この変質者しかいないようだ。
 ササッとハルカはルーファスの背中に隠れて、ルーファスの背中を小突く。
「ルーファスお願い」
「え、あ、そのですね(いきなりバトンタッチされても困るよ)。この子に似合う眼鏡を探してるんですけど……できれば安いやつ」
 今月の仕送りがまだなルーファスの財布は軽い。
 仮面店員は素早い身のこなしで一つ目の眼鏡を手に取った。
「これなんかどうでしょう、コケコッコー?」
 おすすめ商品その1は、外見的にふつーの眼鏡だ。黒ぶちでダサイということ以外。
 仮面店員はルーファスの後ろに隠れていたハルカの腕を引っ張り、強引に眼鏡をかけさせた。その瞬間カチッという音がハルカの耳元でした。
「な、なにしたの!?」
 慌てるハルカに仮面店員が説明する。
「それは自動ロック付き眼鏡です、コケコッコー」
 自動ロック?
 ハルカは焦って眼鏡を外そうとしたが外れない。耳ごと引っ張られてイタイ。
「早く外してよ!」
「声紋登録で外すことができる、コケコッコー。無理に外そうとすると爆発する、コケコッコー」
「……死ね」
 思わず本音を吐いてしまったハルカ。
 無理に外すと爆発する用途の意味がわからない。どんな状況でその効果が発揮されるのか未知だ。
「早く外してよ!(こんな商品、誰が買うの?)」
 ハルカに怒鳴られた仮面店員はしょんぼりと肩を落とした。
「当店売れ筋の商品なのに……コケコッコー」
 だから誰が買うんだ?
「いいから早く外してよ」
「裏庭に二羽ニワトリがいる、コケコッコー」
 早口に唱えると、ハルカに掛けられていた眼鏡はすんなり外れた。
「もっと普通の眼鏡はないの? ねぇルーファスもそう思うでしょ?」
 ハルカはルーファスを探して見回すと、ルーファスは商品の眼鏡を手にとって眺めていた。その眼鏡というのが、眼鏡というより、サイバースコープ?
 仮面店員の瞳の奥がキラリーンと輝く。
「お客様はお目が高い、それは当店売れ筋ナンバーワンの商品です、コケコッコー」
 これも売れ筋らしい。
 このサイバースコープ風眼鏡っていうか、サイバースコープにはどんなギミックがあるのだろうか?
「お客様、これはなんと水鉄砲が備え付けられた眼鏡なのです、コケコッコー」
 それを遠くで聞いていたハルカが呟く。
「……あっそ(このお店にはまともな眼鏡ないわけ?)」
 ハルカは普通の眼鏡を探すべく、陳列してある眼鏡をじっと観察した。ここにある眼鏡は見た目的にふつーの眼鏡だ。しかし、どんな不必要な機能が備わっているかはわからない。
 ハルカは眼鏡をひとつ手に取った。
「この銀色の下しかフレームのないやつ(……これは普通の眼鏡かなぁ)」
 すると仮面店員がすっ飛んできた。
「お客様はお目が高い、それは当店売れ筋ナンバーワンの商品です、コケコッコー」
 これもナンバーワンらしい。ここに突っ込むことに意味があるのだろうか?
 この店の全てが怪しい。
 仮面店員はまたもやハルカに眼鏡を強引に掛け、今度はハルカの身体をクルッと180度開回転。
 ハルカの視線の先は店の出入り口だった。
 この行動にどんな意味があるのだろうか?
 仮面店員は言う。
「向こうを向いたまま『発射!』と言って欲しい、コケコッコー」
「は、発射?」
 ズゴーン!
 ハルカの掛けていた眼鏡からレーザービームが発射され、店の外まで飛んでいった。通行人を丸焼けにしていないことを願うしかない。
「な、なにこの眼鏡!?」
「目から怪光線眼鏡です、コケコッコー」
 需要がないわけではないだろうが、誰がこんな物を買っていくのだろうか?
 ハルカは横を振り向くと、ルーファスが眼を輝かせてこっちを見ている。
「すごい、それ欲しいなぁ!」
 ここにいた。こんな物を買うやつが。
 普通の眼鏡が置いていないかもしれない。
 でも、こうなったら意地でも普通の眼鏡を見つけてみせる!
 ハルカはこれだっと思った眼鏡を手に取った。
 見た目的にはフレームがない普通の眼鏡だ。
 仮面店員の仮面がハルカの顔に近づいた。
「本当にそれで宜しいんですか、コケコッコー?」
「……な、なにかあるの?」
「本当にそれで宜しいんですね、コケコッコー?」
 思わせぶりな店員のこの態度。脅迫だ。
 ハルカはどんな恐ろしい機能がこの平凡な眼鏡にあるのか想像した。
 ――思いつかない。
 どんな機能があるのか思いつかなかった。
「この眼鏡にはどんな機能があるの?」
 恐る恐るハルカが尋ねると、仮面店員は生唾をゴクンと呑み込んで言ったのだ。
「それにはなにも特殊機能がついておりませんがいいのですか、コケコッコー!」
「これください!」
 即答でハルカは答えた。
 普通の眼鏡がこの店にもあったのだ!
 あとはレンズ度数が合えばオッケーだ。
「フレームはこれでいいので、レンズを換えて度数を合わせてもらえますか?」
 ハルカが言うと、仮面店員は『チッチッチッ』と指を横に振った。
「当店の眼鏡は全てマジカルレンズを使用しておりますので、どんな視力のお客様にも快適な2.0の視力を提供させていただいております、コケコッコー」
 あとは財布係りのルーファスが会計を済ませるだけだ。
 財布の中身と相談しながらルーファスが尋ねる。
「いくらですか?」
「5000ラウルになります、コケコッコー」
「高っ!(ピンクボムが5玉も買えるよ)」
 財布の中からお金さんさようなら。
 名残惜しそうにルーファスが財布からお金を出そうとしたとき、急に目の前の仮面店員が腹を押さえてしゃがみ込んでしまった。
「コ、コケ、コケッコ。ちょ、ちょっとお待ちください、コケコッコー」
 痛みに耐えるように仮面店員は歯を食いしばり、ヨロヨロと店の奥の扉に歩いて行ってしまった。
 いったい仮面店員の身になにが起こったのだろうか?
 仮面店員は奥の部屋に行くとき、こんなことを言ってハルカとルーファスに念を押した。
「なにがあっても覗かないで……コケコッコー」
 バタンと扉が閉められ店員は姿を消した。
 残されたハルカとルーファスはなにが起きたのかと、顔を見合わせて仮面店員のことを心配した。
 のだが、突然、扉の向こう側から奇声が!?
「コケーッ、コケーッ、コケッコー!」
 扉の向こうでヤバイことが起きてるっぽい雰囲気だ。
「コケーッ、コココココケーッ!」
 扉の向こうから聴こえてくる謎の奇声は鳴り止まない。
 いったい扉の向こうでなにが起こっているのだろうか?
 ハルカがルーファスのわき腹を肘で小突く。
「ねえ、ちょっと見てきて」
「ヤダよぉ、絶対に覗かないでくださいって言われたじゃん(そう言われると見たくなるけど)」
「いいから早く見てきて!」
 ドンとハルカに押されてルーファスは扉を押し破ってしまった。
 そこでルーファスの見たものは!?
 こっちを向いて驚いた顔をするニワトリ!
 ニワトリのお尻から生みたての卵が一個落ちた。どうやらニワトリは出産中だったらしい。
 じゃなくて、なんで店の奥にニワトリが!?
 ニワトリは世にも恐ろしい顔をしてハルカとルーファスを睨みつけた。
「み~た~な~!」
 鶏冠に来たニワトリがルーファスに襲い掛かる。
「コケーッ、コケコケコケコケ!!」
 抜け落ちる白い羽が散乱し、ニワトリに突付かれたルーファスは慌ててハルカを連れて逃げ出した。
 店の外に出てだいぶ走ったところで、後ろから追っ手が来ていないことを確認して、ハルカをルーファスは互いに顔を見合わせた。
「なんだったのあれ?」
「ニワトリ」
 当たり前のことを返すルーファスにハルカはため息をついた。
 次の日、あの眼鏡ショップが突然の店じまいしたことを、数日立ってからルーファスは噂で聞いたのだった。

 結局、眼鏡を買えないままハルカはルーファスの家に戻ってきてしまった。
「眼鏡ないと見えなーい」
「そんなこと言っても、またあの店に行くわけにはいかないでしょ?」
「他の店探してよ」
 ルーファスに文句を言うハルカは残っていた部屋の掃除を続けていた。
 こっちの世界に来てしまったときに一緒に持ってきた通学鞄を漁るハルカ。
 そんなハルカの手がふと止まる。
「……あっ(コンタクトレンズ)」
 ハルカの眼に入ったのは、コンタクトレンズのケース。洗浄液も一緒にある。
 ルーファスに見られる前にハルカは通学鞄を隠して、何事もなかったように笑ってルーファスに話しかける。
「もしかしたら眼鏡いらないかもぉ。なんだか急に視力が回復してきたかもぉ」
「そんなことあるの?」
「あはは、あるかもぉ(……ないけど)」
 こうしてハルカの眼鏡騒動はルーファスの知らないところで決着したのだった。

 メガネショック!? おしまい♪


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