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第17話_レインコートの殺人鬼 |
華艶の表情は晴れない。 喫茶モモンガの店内から外の景色を眺める。 景色を切り取る大窓の額縁に描かれた街は――雨。 「梅雨なのはわかるんだけど、多すぎだし」 怠そうに華艶はカウンター席に腕を置いて、そこに頭を乗せた。 「仕事は多いんじゃないかな? 梅雨の時期はどういうわけか妖物が増えるからね」 京吾の言うとおり、梅雨のどんよりとした空気と帝都の魔気が相乗効果を生むためか、雨の時期は人間外の事件が多くなる統計がある。 「仕事ダルイ~。仕事は趣味だし、雨降ってる日までやりたくないし~」 「そうだね、華艶ちゃんの本業は学生だからね。こういうときこそ――」 「勉強もダルイ~」 京吾が言い終わる前に華艶が制した。 まだ6月のため、進学の時期はまだまだ先だ。今年度ははじまったばかりと言ってもいい。 「華艶ちゃん、そんなこと言ってるとまだ留年するよ?」 「…………」 はじまったばかりと油断していると痛い目を見る。留年という前科があるのだ。 華艶は急に席を立った。 「うん、たまには勉強しようかな!」 今年度がはじまったばかりということは、留年のショックも遠くない過去だ。このままショックが薄れず、勉強に励んでくれればいいが……。 テレビに生放送のニュースが映った。もう華艶はそちらに気を取られている。 帝都ローカルニュース専門チャンネル。起きた事件をすぐに取材するフットワークの軽さで、臨場感が残る現場での生中継が多い事もウリとなっている。そして、もうひとつのウリは、ありのままを映すことだ。 雨で濡れた道路を朱墨が流れるような光景。 屍体はまだそこにあった。 取材クルーはパトカーや救急車よりも早く現場に駆けつけていたのだ。 死んでいるのは若い女性。取材クルーが勝手に被害者のサイフから免許を探し出し、大画面でそれを映してすぐに身元が判明した。このように現場を荒らすような真似をするため、帝都ニュース専門チャンネルと警察は犬猿の仲と云われている。 周りは住宅街だった。その場所に華艶は見覚えがあった。 「近所だ」 屍体が発見されたのは、喫茶モモンガの近所だったのだ。 「なら犯人もまだこの近くにいる可能性があるね」 と、京吾。 「ばったり鉢合わせなんて、ね」 と、華艶は冗談ぽく笑った。 ニュースは続いている。 《目撃者の証言によりますと、犯人はフロッグマンの可能性が高いと思われます。フロッグマンはみなさんもご存じのとおり、先月に入って雨の日に現れるようになった殺人鬼です。梅雨になり犯行回数も多くなり、女性を中心にこれまでのべ27人の死傷者、うち13人の方がお亡くなりになっています。フロッグマンの特徴は――》 カランコロンと店のドアが開いてベルが鳴った。 雨の音が強くなった。 そして、緑色の人影が店内に入ってきた。 《緑のレインコート》 人影は一気に店の入り口からカウンター席の上に跳躍した。 《人間とは思えないジャンプ力》 目深に被ったフードの奥で、男は不気味な笑顔を見せた。 《イボだらけの顔》 まさにこの男! すぐに華艶が間合いを取って構えた。 「フロッグマン!」 華艶の叫び声が響いたとほぼ同時だった。 銃声が店内に響いた。 コーヒーと硝煙の香り。 剃刀の眼をした京吾が44口径のコルト・パイソンを構えていた。 まず華艶は京吾に驚いた。 「えっ、銃とか使えんの!?」 「護身用程度に」 謙遜しているが、その瞳は一流の狩人を示している。 このとき、京吾と華艶はフロッグマンから目を離していなかった。 真に驚くべきはフロッグマン。 「撃たれたのに無事ってどういう仕様?」 と、華艶は眉をひそめた。 銃弾はたしかにフロッグマンに当たった。レインコートには穴が空いているのが見て取れる。ただし、空いた穴は2つだった。 穴そのものは3つ。 跳弾した弾丸は店の壁に穴を開けていたのだ。 フロッグマンが入ってきた扉から店外へ飛び出した。 そう、逃げたのだ。 呆然としてから華艶が叫ぶ。 「賞金に逃げられたーっ! 今のヤツランクいくつで賞金いくら!」 「ランクはBだけど、被害者が多いせいで1450万まで跳ね上がってるね」 「Bランクで1000万越え!?」 これは通常の10倍以上の相場だ。 目の色を変えて華艶が店を飛び出した。 ベルが虚しく響く。 「華艶ちゃん……またお金」 ぼやく京吾。 華艶は無銭飲食の常習犯だった。 ビニール傘を店に置いてきてしまった。 雨は強い。 制服のワイシャツが躰に張り付き、下着まで水が染みこんでくる。 しかし、今の華艶はそんなことお構いなしだ。 水溜まりを蹴り上げて、フロッグマンの行方を追う。 完全にフロッグマンを見失い、華艶は足を止めた。そこではじめて自分がびしょ濡れだということに気づく。 「靴下の中までグチョグチョ。パンツもヌレヌレ」 梅雨というより、夏の豪雨だ。 雨によって視界と聴覚が奪われる。 逃亡者が痕跡を消すにはもってこいの雨だ。 フロッグマンはこれまでなんども目撃されている。けれど今まで捕まらずに逃げ延びている。彼は縦横無尽に逃げ回る。 喫茶モモンガの店内で見せた跳躍はお遊び程度。目撃者によると、道路から2階建ての屋根に軽々と飛び上がったと云われている。 跳躍だけではない。ビル街でフロッグマンが逃走したとき、まるでカエルのようにビルの壁に張り付き、そのまま屋上までよじ登っていったという。 ゆえにフロッグマンと呼ばれるようになった。 道路を走り回るだけではフロッグマンは見つけられない。空にも眼を向けなくては。 駅周辺から離れ、店の影が少なくなってきたあたりで、悲鳴があがった。 血の雨。 華艶の足下で鈍い音がした。 「雨ときどき人間かぁ」 死んでいるのか気絶しているだけなのか、華艶の足下に降ってきたのは若い男だった。彼は手に火の消えた煙草を握ったままだった。 この男はどこから飛んできた? 華艶の視線の先にはアパートのベランダが並んでいた。フロッグマンの姿はない。 「ここまで来て逃がすか!」 近くで慌てている主婦に華艶は顔を向けた。 「救急車、このひと任せたから!」 警察とはあえて言わなかった。 そして、華艶はアパートに乗り込んだ。 2階建てのアパートだ。部屋数は少なく、華艶は上の階に目星をつけた。 「キャァァァッ!」 ドアの向こうから悲鳴。 華艶は歯を噛みしめてドアにタックルした。 ゴン! ゴン! ガズゥン! ビクともしない。 ドアノブを回してもカギがしまっている。 「助すけて!」 突然、ドアが開いて華艶が突き飛ばされた。悲鳴をあげながら飛び出してきた全裸の若い女。彼女の皮膚はまだ火照りを残し、大量の汗で髪が肌に張りついていた。 残された華艶はお尻を摩りながら立ち上がった。 「いた~い、お尻打ったぁ~っ」 部屋の中からプレッシャーを感じた。と、華艶が身構えたときには遅かった。舌が伸びてきた。それはまるで巨大な蛙の舌。 「きゃっ!」 短く悲鳴をあげたのは女。腹に舌が巻きつき、そのまま部屋の中引きずり込まれてしまった。 急いで華艶は部屋の中へ飛び込んだ。 女は恐怖に怯えている。目の前にはイボだらけの顔面。フロッグマンだ! その舌は蛙を人間大にしたとして、異様に長いものだった。エサを捕らえる一瞬だけ伸びるのではなく、まるで大蛇のように女の身体を締めつけ、這いながら舐め回してくる。 「いやぁっ!」 異臭のする唾液を塗りたくられる。 太股を舐めながら、舌先が秘所へと伸びてきた。 「ひゃぁン」 このままでは女がヤラれる! 室内で狭い。的と人質の距離も近い。制限の多い場所で火炎は危険だ。 肉弾戦で華艶は挑んだ。フロッグマンに飛びかかった! どうにかフロッグマンを取り押さえて、首を絞めてやるつもりだったが、急に女を盾にされてしまった。 一瞬怯んだ華艶の顔面が岩のような拳で殴られた。 モロに顔面に喰らった華艶は吹っ飛ばされ、そのままタンスに後頭部を打ちつけ、脳震盪を起こして気絶してしまった。 女のあそこはすでに濡れていた。ごみ箱には使用済みのコンドーム。ベッドには温もりが残っている。さきほど降ってきた男と情事を終えたばかりだったのだ。 股の秘裂で綱引きをされるように、太く逞しい舌が行ったり来たり。ビラビラが引っ張られる。 「ン……ンぐ」 女は眉尻を下げながら、必死に声を漏らさないように堪えている。感じてはイケナイ、犯されて感じるなんて……。なのに身体は反応してしまう。 混乱ゆえに頭が早く回転する。現実を直視しないために、彼の身を案じる。ベランダで煙草を吸っていた彼はどうなったのだろうか。彼の代わりにベランダから入ってきたのは、レインコートの怪人。 なんの落ち度もないのに。なにも悪いことしていないのに。 「イヤァァァッ!」 現実を目の当たりにして女は叫んだ。 「そんなの入らない!」 舌が熟した肉の門に這入ろうとしている。腕ほどもある。彼氏のモノなど比べものにならない大きさだ。 「避けるぅぅぅっ!」 ぬめる舌がズブズブを這入ってくる。苦悶に顔を歪ませ、涙を流す女。今までに感じたことのない、恐ろしい生き物が身体の中に侵入してくる。 肉の丘を割られ、肉口を広げられ、紅い道を踏み荒らされ、奥へ奥へと恐怖が近づいてくる。 「ああっ!」 コリッ、コリッと最奥の膨らみを舐められた。 股間から脳天を突き抜ける衝撃。 「ひゃああっ、ひっ、うううあぁぁっ!」 脳が融解される。 女はすでに多くの性交渉を重ね、奥まで開発されていた。まだ経験の浅い少女では、奥を突かれても痛いだけだが、経験が多くなってくると逆に快感を覚えるようなる。 押されたり、突かれたりするのではなく、舐められるというはじめての快感。肉棒の先端でコリコリとされるよりも、巧みで的確に刺激してくる。意思を持った生き物が中にいるようだ。 女の震える唇から涎れが流れる。上からも下からも。涎れは糸を引いていた。 岩のような手が女の乳房を鷲掴みにした。一枚岩のような大きな手だったが、それでも余りある柔肉の塊。指が肉の中に沈み、そのまま呑み込まれそうなほど柔らかい。 「ああっ、やめて、触らないで!」 水が入った革袋のように、胸が流動する。ピンと尖った乳頭を摘まれると、心臓がキュゥッと締められ、呼吸が苦しくて目の前が真っ白になった。 胸をまさぐっていないもう片手は、柔らかい腹を這いながらへその上を通り、さらに下へと伸ばされていた。 緑の茂み。毛が掻き分けられるたびに、女はゾクゾクとこそばゆさを感じた。毛根が感じている。敏感な皮膚がのだ。 ゴツゴツして不器用そうな手だったが、以外に細かく繊細な動きをする。秘裂を上手に片手で開きながら、さらに肉芽の包皮を剥く。愛液をつけた指先で、外気に晒された肉芽がグイグリと押された。 「ひぃっ、いいっ……あぅあぅあっ!」 痙攣するほど女は股と太股に力を入れた。なのにひざが笑う。ガクガクとした震えが止まらない。 女は目尻に皺ができるほど固く目を閉じた。 「イッ」 イッてはイケナイ。イカされて堪るものかと堪える。けれど意識すればするほど、感度が研ぎ澄まされてしまう。 女の全身が硬直した。 限界だった。歯を食いしばり、呼吸を止め、全身に力を入れるというか、入ってしまう。 びくぅん、びくぅん、下腹部が震え、紅い道がうねる。 充血しきった肉芽がさらに固くなった。 「ああああっ!」 ビクゥン! 大きく女の身体が弓なりになった。 焦点の合わない眼で女が小刻みに震える。 ビクッ、ビクッ…… 下腹部から広がった痺れ。 目頭から滲む涙。 「ヒイイイッ、やめて……やめて!」 巨大な舌がまだ中で蠢いている。 肉芽でイカされ、敏感になった中の快感は凄まじい。どんな動かし方をされても、ただ出し入れされるだけで電撃が奔る。 「壊れちゃう……あひっ、ひぐっひぐっ!」 奥を乱暴にされればされるほど、悶え死にそうな快感に身体と頭が壊される。 膀胱側の肉壁が大きく膨らみ、そこを押されるたびに頭が真っ白になる。 「ふぅっ、ひぐひぐひぐっ、ああああっ……イイイ、イーッ!」 中がキュッと締まり、その瞬間に舌が肉を抉るように抜かれた。 ブシューッ! ジョボジョボボボボッ! 尿道から勢いよく噴き上げた透明な液体。女は絶頂を向かえ、中が圧迫されたと同時に、堪っていた潮を噴き出してしまったのだ。 快感の余韻で身体を痙攣させながら女の頭は白濁に堕ちた。 そして、フロッグマンは、おもむろにズボンを脱ぎはじめたのだった。 フロッグマンのモノは萎れていた。 皮が剥けた先端は皺だらけで、くびれの冠だけでなく先全体がイボに覆われていた。 「舐めろ」 タンが絡んだような声を発したフロッグマンは、跪かせた女の眼前にモノを突き出した。 「いやっ!」 女は苦しそうな顔で激しく首を横に振った。 「舐めろ!」 強くフロッグマンは言った。 逆らう先にある恐怖心が女を突き動かした。 震える紫色の唇を開き、女は少しだけ舌を伸ばした。 ツンと舌先が鈴口に当たった。 フロッグマンの身体は無反応だった。 女は恐る恐る上目で怪人の表情を見た。 イボだらけの顔。眼がギョッと睨みつけている。なのに口元は酷く無表情。 背筋を寒くしながら女はモノを握り、舌にたっぷりと唾液をつけて這わせた。激しく、激しく、恐怖に駆り立てられ焦りながら。 ――勃たせないと殺される! 死の恐怖が女を駆り立てていた。 舌の腹で竿を舐め、躊躇いなど捨てて、先も口に含んだ。気持ちの悪いイボが舌に当たる。女ののどから嗚咽が漏れた。 「うっ……」 ぼとぼと堕ちる涙。 ――勃たたない。 無反応と言っていい。萎れたままピクリともしない。 「おまえも死ね」 死の宣告。 女が見開いた眼に映るギラつくナイフ。 ブシャァァァッ! 白い首から血が噴き出した。 シューシューと首から空気を漏らしながら、女は床の上でのた廻った。 「うっ……あががが……」 血のついた手で床に爪を立てる。 ギギギ……。 真っ赤な鉤爪の痕。 女の鷲のような手に力が入った。 グスッ! ブスッ! グサッグサッ! 何度も何度も振り下ろされるナイフ。女の背中にいくつもの穴を開ける。サンドバッグに恨みを込めるように、叩くようにナイフで滅多刺しにされた。 部屋中に飛び散る血痕。 床は血で染まり、女は絶命した。 「ぐぞぉっ……ぐぞぉっ!」 苦しげにフロッグマンは涙を流しながら呻いた。 ギロョッとした眼でフロッグマンは気絶している華艶を見た。 気絶したままでは抵抗もできない。 このままでは華艶が危ない! ピチャ。 微かに床で血が跳ねた。 殺気。 身構えたフロッグマン――急に腹を押さえた。 「ぐええっ!」 まるで蛙のように呻き、足下が揺れたフロッグマン。その腹には投げナイフが刺さり、血が大量に垂れていた。 「ダレだッ!」 フロッグマンは辺りを見回した。 だれもいない。 また殺気がした。 突然、空中に現れた投げナイフ。 寸前で躱したフロッグマンのレインコートの腕を切った。 攻撃位置から相手を補足。 「逃がズがッ!」 フロッグマンは舌を伸ばした。 舌先が温かいなにかに触れたが、すぐに逃げられたようだ。相手の姿は以前として見えない。 「ニンゲンダ」 すぐさまフロッグマンは玄関に向かって駆け出した。 なにも知らない華艶は、そのあとすぐに目を覚ました。 「いっ……首痛い」 捻挫だろうか、華艶は首を押さえながら立ち上がった。 そして、すぐに苦々しい顔をする。 「マジで……」 女の屍体を目の当たりにしたのだ。 「てか、なんであたし襲われてないわけ? そんなに魅力ないわけ? 貧乳だからとか言ったらブッコロス!」 華艶は女の屍体に触れ、その体温を確かめた。 「まだずいぶん温かい……近くにいるかもしれない」 急いで華艶は部屋を飛び出す。追うことに気を取られ、部屋に落ちていた投げナイフは完全に見落としていた。 アパートを飛び出し道路に出た。雨はまだ強い。 パトカーがちょうどくるところだった。救急車はまだ来ていない。 「……あの主婦め」 人だかりができていて騒ぎになっているが、逃げ惑うような騒ぎにはなっていなかった。こちら側にフロッグマンは来ていないのだ。 「逆方向? 逆方向なんてないから屋根の上から逃走?」 華艶はすぐさま空を見上げた。 見つけたのは野次馬のほうが早かった。 「あそこに人がいるぞ!」 男が指差した先に、フロッグマンがアパートの壁をよじ登っているのが見えた。 パトカーが止まった。 焦る華艶。 「獲物が横取りされる!」 華艶に壁をよじ登る芸当はできない。先回りするにも、フロッグマンの身体能力を考えれば、今の進路を変えることなど容易。無駄足を踏まされる確率が高い。 ならば! 「炎翔破!」 華艶から撃ち出された炎は、豪雨で勢いを失いながらフロッグマンに――フロッグマンが壁から飛んだ! 「やば、避けられた」 しかも、フロッグマンは華艶に向かって飛んできていた。 急いで華艶は後方に飛び退く。 蛙のように四つ足を付いて地面に着地したフロッグマンは、間を置かず続けて地面を蹴り上げ再び華艶に飛びかかった。 相手の身体能力についていけず、華艶は避けることができなかった。避けることができないなら―― 「炎翔破!」 イボだらけの顔を目と鼻の先に迫っていたところで、華艶の炎翔破がフロッグマンの胸部に直撃した。 同時に掌底を喰らっていたフロッグマンは、後ろへよろめいた。その胸部のレインコートは円を描いて穴が空き焼け焦げていた。それだけだった。 華艶は苦笑を浮かべている。 「なんで炎が効いてないわけ?」 そうなのだ、フロッグマンの皮膚はまったく焼けていないのだ。 華艶は自分の手のひらを見た。フロッグマンの皮膚に触れたときについたのだろう。まるでローションのようなジェルがベットリとついていた。 銃も炎も効かない。 華艶は背を向けて走り出した。この敵とは相性が悪い。 「うわっ!?」 何かに足を取られて華艶は水溜まりに手をついて倒れた。泥が跳ねる。 フロッグマンの舌が伸びている。 銃声が響いた。 華艶を捕らえていた舌が引く。 拳銃を構えた警官に追われフロッグマンが逃げていく。壁をよじ登り、屋根から屋根へと飛び回る。 すぐに華艶も立ち上がって追おうとしたのだが、その腕がガシッと掴まれた。 「離してよ!」 と、華艶は振り向いてから苦笑いを浮かべた。 「君、ちょっと職務質問していいかな?」 華艶の腕を掴んでいたのは制服の警官だった。警官はふたりひと組、ひとりはフロッグマンを追跡、もうひとりが現場に残っていた。 そして、華艶は気づくのだった――自分の制服が血を浴びていたことに。 「ち、違うから! あのフロッグマンが女の人を殺して、あのアパートの2階の……何号室だっけ? とにかくあたしはその……バウンティーハンターで、だから!」 「はいはい、わかったら。大人しくしないと職務執行妨害で逮捕するよ?」 ここで正規のTSだと言えれば多少は扱いも違ったが、華艶はモグリだ。しかもモグリだと口にするのもマズイので、賞金稼ぎ[バウンティーハンター]と口から出た。 めんどうを起こして本当に逮捕されたらと考えると、華艶は大人しくするしかなかった。 「……母が急病で急いで帰らないと」 「白々しいウソをつくのはやめようね」 「じゃあ弁護士。金ならうなるほど持ってるんだからね、絶対に後悔させてやる!」 「はいはい」 ガチャ。 虚しい金属音が響き、華艶の手首に手錠がかけられた。 「……え、ええーっ!」 まだ片方の手錠はどこにも掛かってない。 もう片方の手を華艶は上げた。 「あっちにフロッグマンが!」 「なにっ!」 さすがに見ないわけにもいかず警官が眼を離した隙に、華艶は相手を振り切って全速力で逃げ出した。 「とりあえずここはひとまず逃げて、一流の弁護士を立てよう」 ニヤッと華艶は笑った。 「だってあたしうなるほどお金あるもんねー!」 先日、某会長からの依頼でたんまりと報酬をもらっていた華艶だった。 フロッグマンは逃げたのではなかった。 追っているのだ。 途中、華艶の邪魔が入ってそちらを優先させたが、先の目的は謎の狙撃者を捕まえること。 「あでは女ダった……」 舌先で相手に触れたとき、味を感じ取っていた。 食欲をそそる女の味。相手の肌に直接舌は触れていたのだ。 フロッグマンはビルの側壁に張りつきながら、眼下の裏路地に目を凝らした。 雨が地面を叩いている。 その中に不自然な場所があった。 雨が地面に落ちる前に、なにかに当たっているような違和感。 フロッグマンはそれに向かって飛びかかった。 その者は気配を感じてすぐに飛び退いた。水溜まりが跳ねた。前に逃げては敵を背にしてしまう。後ろに飛ぶのは次に備えるためだ。 だが、それは華艶も同じ行動をしていた。 「くっ」 必死の中で漏れてしまった声。それは女の声だった。 フロッグマンの身体能力に負けた。 投げナイフが空に向かって飛んでいった。 バシャン! フロッグマンに押し倒され、その者は道路に背を打ちつけたのだ。 たしかにそこに感触があった。馬乗りになったフロッグマンは相手の手首を押さえ、舌で乳房を感じた。 「何者ダ?」 「…………」 相手は答えなかった。 自らは決して名乗らないが、裏社会では通った名だ。 レディ・カメレオン。いわゆる透明人間になる能力を持っている。トラブルシューターやバウンティーハンターではなく、殺し屋だった。依頼のある殺しもするが、生死を問わず[デッドオアアライブ]の賞金首も狙う。 「ぎゃっ」 フロッグマンは急に舌を引いた。 鼻で笑う音が聞こえた。 舌の先から滲んでいる血。刃物で切られたのだ。レディ・カメレオンはなにもしていない。フロッグマンが見えない投げナイフに触れてしまったのだ。 この投げナイフはレディ・カメレオンの細胞でコーティングされている。レディ・カメレオンの身体に触れている間は、彼女の能力の管轄下にあるのだ。 フロッグマンは慎重に投げナイフを探す。柄は上にあるはずだ。胸を舐め回しながら、じわじわと腹に下りていく。 投げナイフは腹に巻き付けられたフォルダーに差してあった。腹の周りをグルッと一周、何本ものナイフが装備されている。フロッグマンはそれを外して投げ捨てた。 「これでもう安心ダ」 フロッグマンはレディ・カメレオンのつま先を舐めた。ゴム製の靴を履いていた。衝撃を吸収して音を消す。 舌は脚を這う。すねやふくらはぎを丹念に舐め、太股に伸びる。 「ぐえっ!」 またフロッグマンが呻いた。 今度はサックリと舌の先が切られた。 太股にも投げナイフを装備していたのだ。 怒りを抑えながらフロッグマンは慎重に太股の投げナイフを投げ捨てた。 再び這わせる舌は焦っていた。自分の血を太股に塗りたくりながら、一直線で股間へ向かう。 そして、割れ目を確認すると、一気に舌を突き刺した! 「グギャアアアアァァァッ!」 絶叫したフロッグマンが床に倒れてのたうち回った。 女の声がする。 「おばかさん、懲りないのね」 最後の砦にも刃が仕込まれていたのだ。 フロッグマンの舌は切られたのではなく、刺されていた。中にあったのは投げナイフのようなものではなく、先だけ尖った釘のようなものだった。もしも舌ではなく男根だったら、尿道を貫かれていたところだ。 雨の風景の中にいる透明な影。レディ・カメレオンは雨の中では分が悪い。雨のせいで完全に姿を消すのがむずかしいのだ。 透明になれる能力は、慎重に行動しなければすべてが台無しになるが、優位な立場から慎重さを欠きやすい能力でもある。雨の中で活動しているレディ・カメレオンがどちらなのか、言わずともわかるだろう。 最後の隠し武器だったかんざしでレディ・カメレオンは止めを刺そうとした。 完全な判断ミスだった。 のたうち回っていたフロッグマンが動きを止めた。動きだけではなく、舌からの血も止まっていた。人間以上の治癒能力。 演技だった。 軽々とフロッグマンは飛びはね、レディ・カメレオンの身体に、脚ごと抱きついた。相手の腕を押さえながら、全身を拘束する。 思わず倒れたレディ・カメレオン。下になったのはフロッグマンだった。フロッグマンは手と脚をレディ・カメレオンの背中に絡めたまま、決して離れようとしない。 「くっ……くうっ!」 女の呻き声がする。 レディ・カメレオンに逃げ場はなかった。 雨に濡れて微かに見える尻。大きく肉づきがいい。その割れ目に舌が這った。 「ひ……」 尾てい骨から舌は菊門へ。 震える窄みが舌先で押される。 「あっ……ン」 「アソコがダメならこっちデしてヤル」 「ヒィッ、避けちゃう!」 絶叫が木霊した。 ズブ…ズブブブ…… 皺を伸ばしながら舌が菊門の中に這入ってくる。 「ヒィィッ、痛い痛い痛い!」 「オデの痛みに比べたら、たいしたことない」 地面に落ちている投げナイフが、雨によってフロッグマンの血を洗い流している。 新たな鮮血が地面に零れるが、すぐに消されてしまう。 「ヒャアアアアッ!」 なにもかも、この雨に呑み込まれてしまう。 窮屈な入り口を拡張しながら、何度も何度も挿入と排泄を隔離返す。 「やめて、恥ずかしい! ああっ、お願いだから、前でならいいから!」 前を許そうとしてしまうほど、今の状態は羞恥にかられる行為だった。 「前は危険ダ。まだ怪我さすギだな」 「武器は抜くから、だから……だから後ろはやめて……前でぇぇぇ!」 「うドゥザい!」 直腸が掻き混ざられる。 「ああああっ!」 透明だったレディ・カメレオンの肌が、じょじょにだか色を取り戻している。ほのかに紅いような気がする。 「恥ずかしい……ああっ、こんなの……あああっ!」 水の雫が飛び散る。 フロッグマンは乳房に顔を埋めて、鼻先で乳首を刺激した。荒々しい鼻息を乳首に吹きかかる。乳首が熱くなる。 「ああっ」 尖った乳首を鼻先で擦られるたびに、身体がざわざわと震えてしまう。 お尻が締まった。 「いやぁン、お尻でイッちゃうう!」 ケツでイクなど相当だ。すでにずいぶんと開発されている証拠だった。 「ああああああっ!」 ビクッと身体をさせてレディ・カメレオンが絶頂を迎えた。 「お尻気持ちいい……今度は前でして……お願いします、あなたの好きにしていいから、今すぐ武器を抜きますから……はぁはぁ」 熱い息が聞こえる。 レディ・カメレオンの身体はぐったりとしている。体力をだいぶ削られているようだ。フロッグマンは彼女の身体を放り投げた。 水溜まりが跳ねる。続けて小さく水が跳ねた。五寸釘のような金属棒が地面に落ちた。 幻影のような透明な女の影が、M字に脚を広げている。 「早く来て……お願いします」 誘われるままにフロッグマンは舌を挿し入れた。今度はなにも仕込まれていない。潤んだ穴は難なく巨大な舌を受け入れ、ヌプヌプと埋まっていく。 「ああっン、最高! こんなのはじめてぇぇっ!」 恍惚な表情が伺える歓喜の声。 「おっぱいもんで、めちゃくちゃにこねくり回して欲しいの!」 欲望のままに、フロッグマンはレディ・カメレオンの胸をもんだ。 たぷたぷと手の中で歌う。重厚感のある乳房だった。 「ごの淫乱め」 「私は淫乱です、だからもっといじめてください……あぁン!」 この女は自分に酔っている。実際は相手の行為などどうでもいいのだ。雰囲気させぶち壊されなければ、あとは自分で酔っていく燃えていく。 レディ・カメレオンは自らの秘所に手を這わせ、包皮の上から肉芽をグリグリと押して手淫をはじめた。 「ああっ、すごい……おマメがこんなに大きく……いやぁンいやン!」 白い双乳が鷲掴みにされる。円を描いたり、上下に揺らされ、ゆっさゆさとうねり狂う。指先で触れられた乳首はサワッサワッと軽く擦られ、ときおりコリッと引っかけられる。 「あン、あぅン!」 身悶えながら切なく身体を揺らすレディ・カメレオン。 「あなたすごく上手……その指使いも好き……ああっ、舌づかいもすごすぎるぅ!」 舌はもはや人間のモノではない。 肉道の細胞をひとつひとつ愛でるように、舌が中を這っている。 雨に打たれながらもレディ・カメレオンは体温を失うどころか、どんどん燃え上がらせていた。 「熱い……火傷しちゃう!」 形の良い唇が浮かび上がってきた。女の口はからは涎れが大量に垂れていた。漏れ出す息は白かった。 今にも溶けてしまいそうな呼吸。 「ああっ……ン……すご……く……」 ドロドロに溶けてしまう。 「だめ……イク……イッちゃう……ああああっ!」 レディ・カメレオンは腰を浮かせた。手は肉芽を洗うようにゴシゴシと指先で擦られている。 「あっ、あっ……あぅっ」 何度も痙攣しながらレディ・カメレオンはイッている。 「だめだめだめ、中でもイッ……イク……もっともっと激しくして……」 喜んでフロッグマンは舌を動かした。 秘奥をズンズンと突きまくる。 「どうダ、ぎもぢいいが?」 「あぁン気持ち……イイッ……イッ……あうあぁぁン!」 「ほでほで、もっとしでやるゾ」 「もっともっと!」 愛液がビチャビチャと飛び散る。 下腹部の奥がキュンキュンしてレディ・カメレオンは仰け反った。 「イッ……イクぅぅぅっ」 声が消えていき、息が止まったかと思うと、大きく身体が跳ねた。 ビグゥゥゥン! 舌が締めつけられる。 ブッシャァァァァァァァァァァッ! 豪雨に逆らって、噴水のように潮が上がった。 紅潮した裸体を晒す女。少しずつまま透明になっていく。 ヌポン! 舌が肉口から抜かれた。 「今度はオデを気持ちよくしデもらおう」 フロッグマンは萎れたモノを取り出した。 悦んで淫女は喰らいつく。 「ンぐ……ン…ンンっ」 鼻から熱い喘ぎを漏らしながら、イボだらけのモノをどっぷりと舐める。 だが、やはり勃たない。 ピクリともしないモノを見て、レディ・カメレオンは言ってしまった。 「まさかインポ?」 「……ガガガ……今…な……な……」 「舌は最高でもインポじゃ話にならないわ」 「ギギギ……ゴロぢデ……殺ぢでヤル!」 ズキューン! 急に萎れていたモノが膨張して、レディ・カメレオンののど奥を突いた。 「げほっ……うぐっ」 仰け反りながらレディ・カメレオンは倒れた。 自らの剛直と化した肉棒を見て、フロッグマンは狂喜した。 「おおっ! おおおおっ! うぉぉぉぉぉぉっ!!」 だが、すぐにまた萎んでしまった。 「なぢで……なぢでダーッ!」 「そんなの知るかーっ!」 拳に火炎をまとった華艶のパンチがフロッグマンの口腔に突っ込まれた。 「グエエエッ!」 狼狽えるフロッグマンを畳み掛ける。 「爆炎!」 炎が放たれる寸前にフロッグマンは口から拳を抜いて飛び退いた。そして、そのまま壁に飛びついて逃走を図る。 「ぎゃー、また逃げられる!」 叫ぶ華艶。 必殺技を叫ばずにいられない華艶。だが、やはり必殺技をいちいち叫ぶと、技を繰り出すまでのわずかな誤差があり、今回のように逃げられてしまう。 「炎翔破!」 それでも叫ばずにはいられなかった。 レインコートを燃やした炎。だが、やはり素肌は燃やせない。フロッグマンの身体は華艶の技を受けつけないのだ。だから華艶は中から燃やしてやろうと、口の中にパンチを喰らわしたのだ。 透明の影が立ち上がった。 「〈不死鳥〉の華艶」 「あたしのこと知ってんの?」 「よくも……私のこと助けてくれたわね!」 ちょっと嬉しそうな声だった。 透明な影がクネクネと腰をくねらせている。 「ああン、私ったら自分に快楽に溺れてしまうクセがあって、いつもターゲットといい仲になっちゃって、ああンもぉ恥ずかしい!」 「……恥ずかしいとか以前の問題としてさ、こっそり物陰から見てたんだけど、なんで全裸なの?」 「そんなの決まってるじゃない。そっちのほうが恥ずかしいからよ!」 根っからの露出狂だった。そもそも、投げナイフも見えなくできるなら、服だってどうにかなるはずだ。好きで全裸でいるのだ、この痴女は。 二人がそういうしているうちに、フロッグマンはビルをよじ登り続けていた。 レディ・カメレオンは投げナイフを投げた。空に向かって投げるのは相当な腕力がいる。レディ・カメレオンにはなかった。あまり上がらないうちに、あっさりと戻って落ちてきた。 風切り音が聞こえた。 輝く矢が地上から放たれていた。 撃ったのは――レディ・カメレオンがその名を呼ぶ。 「横取りが得意な〝アポロンの狙撃手〟!」 「うるさい、横取りのどこが悪い。そういう戦法なんだ」 遠くでピースサインを作っている男。その左手はフロッグマンに向けられていた。これが彼にとっての弓なのだ。手で作った弓にある見えない弦を弾くことによって、矢を撃ち出す。 すでに矢はフロッグマンに命中していた。 ほぼ屋上近くからフロッグマンが落下してくる。 だが、持ちこたえた! 側面に手を貼り付けてズルズルと滑ったものの、途中で止まって再び屋上へ向かって逃走をはじめた。 華艶は二人のハンターを交互に見た。 「……ちっ、簡単に稼げると思ったのに」 その考えは甘かった。 フロッグマンはランクBの賞金首だ。ランクBは、これを生業にしている者からすれば、普段の仕事程度だ。つまりどちらかと言えば低い。 その上、ランクは低くても賞金額が高いため、ハンターの数が増えるのは必然だった。 〝アポロンの狙撃手〟が豪雨のような矢を放った。 すぐに気づいたフロッグマンは向かいのビルに跳んだ。道路幅を軽々と越えるジャンプ力だ。 「俺の矢を軽々と避けるなんて傷つくな」 フロッグマンは近くにあった小窓からビルの中に入ろうとしている。 華艶はすぐさまビルの中に入ることにしたのだが、 「あれ、カメ子さんがいない!?」 すでにレディ・カメレオンは先回りをしようとビルの中に入っていたのだ。 ――しかし。 「……来ない!」 ビルの屋上からレディ・カメレオンは地上を確かめた。地上にもビルの側面にも、どこにもだれもいなかった。隣のビルにフロッグマンが飛び移る前に行動していたのだ。 そのころ華艶はエレベーターでフロッグマンが逃げ込んだ階に向かっていた。階段で上ることも考えたが早さを優先した。 追う者より追われる者のほうが、エレベーターという個室のリスクは高い。ドアが開いた途端、待ち伏せされていたら絶体絶命だ このビルのエレベーターは一つだった、華艶が今使っているということは、〝アポロンの狙撃手〟は階段を使うしかない。さらにフロッグマンが使おうとすれば華艶と鉢合わせしてしまう。 華艶は最上階までエレベーターでやって来た。フロッグマンが逃げ込んだフロアよりも上だ。この上は屋上。 一か八かの賭だった。 階段を使ってフロッグマンが下りることは考えづらい。下から追っ手がくるかもしれないからだ。かと言ってもう一度ビルの側面に出れば、3人のうちのだれかが待ち伏せしている可能性がある。アポロンの狙撃手〟だったら、狙い撃ちにされてしまう。 エレベーターを下りて華艶はすぐ横の階段を見上げた。フロッグマンの後ろ姿だ! 「あたし最高!」 華艶の読みは的中した。 しかし、ここからが問題だ。 屋上は通常なら追い詰められた者が最後に辿り着き、行き場を失う場所だが、フロッグマンなら隣のビルに軽々飛び移るだろう。そうやって街の空を自由に飛び回って逃げる。 急いで華艶は階段を駆け上った。 「逃がすかーっ!」 屋上に辿り着くと、すでにフロッグマンはフェンスの上にバランス良く立っていた。 もう逃げられる! 「このインポ野郎!」 華艶が叫んだ。 ジャンプ体勢に入っていたフロッグマンの動きが止まった。 「殺ぢでヤル!」 狙い通りフロッグマンは引き返して華艶に襲い掛かってきた。 華艶は隠し持っていたバタフライナイフを抜いた。普段ならこの剣にエンチャントして、炎の剣をつくり出すのだが、今日はそのまま使うしかない。 バタフライナイフが風を切る。 ・・・思いっきり風を切っただけだった。 攻撃を躱され懐に入られた華艶の目の前に岩のような拳が現れた。 「ぐっ!」 歯を噛みしめた華艶の顔面にフロッグマンのパンチが決まった。 大きくバウンドしながら華艶が転倒する。 「あー痛い……剣術はやっぱ向いてないかも、剣道すらやったことないし。でもカッコイイと思うんだよなぁ」 炎の剣に憧れるとか子供か。いや、厨二病か。 しかも、華艶は片眼を押さえていた。 「……眼が疼く」 殴られたからだが、セリフだけ抜き出すとギリギリだ。邪気眼と言わなくてよかった。 フロッグマンはかなり怒っていた。イボだらけの全裸を煮えたぎらせるように熱気を発し、股間の剛直を膨れ上がらせている。 「ヌヌヌ……ゴロヂデ……殺ぢで……ヤル!」 「ちょ待った、インポ疑惑かけたのはごめん! でもちゃんと勃ってるじゃん!」 「ヌ?」 自分の股間を見るフロッグマン。 「ヌワーッ! うぉぉぉん、また大きくなっでドゥ!」 と、歓喜に震えた瞬間、ふるふるとまた萎んでしまった。 「なぢで……なぢで…ヌオッ!」 矢に気づいたフロッグマンが紙一重で躱した。屋上まで〝アポロンの狙撃手〟が追いついてきたのだ。 華艶は舌打ちする。 「以外に早かった、てか早すぎ」 だが、〝アポロンの狙撃手〟は体力を使い切ったようで、ひざに両手をついてしまって肩で息を切っている。連続攻撃には入れないようだ。 フロッグマンが逃げる! フェンスを乗り越えて隣のビルまで跳躍した。 すぐに華艶はフェンスから隣のビルを見た。このビルより下に屋上があるが、だからといって道路幅は越えることはできない。 このとき、隣のビルの屋上にはふて腐れたレディ・カメレオンがいた。ちょうどそこへフロッグマンが降ってきたのだ。 「やった、私ツイてる!」 投げナイフを抜こうとしたときだった。 寒気が世界を支配した。 フロッグマンの首が血を噴き上げた。 ゴロンと転がった頭部。 血のついていない手刀を振り下ろした、男の胸には十字の刺青が刻まれていた。 隣のビルから華艶は目を凝らした。 「ぎゃーっ、なんでアイツがここにいるわけ!」 そして、その男はフロッグマンの胴を背負い、頭部を脇に抱えると、そのままビルの屋上から飛び降りた。 こんな高い場所から華艶は飛び降りことはできない。 「ムカツクーっ、またあいつにいいとこ取りされたし最悪最低!」 雨はまだ強い。 華艶は冷えた自分の身体を抱きしめた。 「泣かないもーん! 今日はさっさと家帰ってシャワー浴びて寝る!」 バウンティーハンターなんてもうこりごりだと思う華艶だった。 しかし、きっとまた賞金首を目の前にしたら……。 レインコートの殺人鬼(完) 華艶乱舞専用掲示板【別窓】 |
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