第18話_あばらの君

《1》

 その屍体はカミハラ区の森林で見つかった。
 通報者で発見者はサバイバルゲームのサークル員だ。
 現場に駆けつけたのは帝都警察の捜査一課の刑事[デカ]――河喜多[カワキタ]ケイ。新米の女刑事だが、その優秀さを買われ、女性が少なかったこの部署に配属された。
 彼女の配属されている部署から考えるに、この事件は殺人であり、被害者は猟奇的な殺され方をした可能性があるということだ。そう、彼の部署は猟奇殺人や能力者などの特殊な犯人を捜査する部署だった。
 しかし、この屍体には主立った外傷がなく、まだ完全に殺人と決まったわけではない。それでもケイが呼ばれたのは、この屍体が異様であったからだ。
 黒土の投げ捨てられたように横たわっている屍体。ケイはその亡骸に視線を向けながら、近くにいた検死官に尋ねることにした。
「死因は?」
「詳しい検査をしてみないとはっきりとしたことは言えんが、おそらく直接的な死因が餓死だろう」
「見たままね」
 屍体は異様なまでに痩せていた。まさに骨と皮。全裸の屍体は女であったが、胸もなく顔も痩せこけ、男性器がないことを見なければ、瞬時に性別が判断できないほど痩せていた。
 浮き立つ骨。
 まるでボディペイントでシャドウを入れたように、骨骨骨、あばら骨など、全身の骨が強調されている。
「おーい!」
 少し離れた場所で捜査員の声がした。
 すぐに現場に駆けつけるケイ。
 土から人間の腐った手らしきものが出ていた。掘り返してみると、やはりそこにあったのは腐乱屍体――痩せていた。
 腐敗が進んでいるが、そこの屍体は明らかに異常な痩せ方をいたのだ。けれど、前の屍体との因果関係はわからない。腐敗と時間の経過で目立った外傷がなければ、死因の特定も難しいかもしれない。
「同一犯?」
 とケイが周りの者に尋ねた。
「似てはいるが、捨て方が違う」
 捜査員のひとりが答えた。
「おい、まだほかにも埋まってるぞ!」
 その言葉にケイは息の飲んでゾッと背筋をさせた。
 屍体はその後、また一体見つかり、この森で合計四体の屍体が発見されたのだった。

 窓は段ボールで覆われ、その部屋には昼も夜もなかった。
 部屋のドアは開かれ光りが差し込むと、ベッドで微かに何かが動いた。
 大きな足音を立てて何者かが部屋に入ってくる。
 ベッドに横たわる小さな影は震えた。
「家に……かえ……して……」
 女はか細い声で訴えた。
 しかし、ここに来て何度その言葉で訴えたのか、叶うことのない願いであった。
 大きな手のひらが伸びてくる。
 女は震える。全裸の身体でうずくまりながら、心の底から震えた。これからなにをされるのか、考えたくなくても、身体に刻まれている。
 この枯れ枝のように痩せた身体を――嗚呼、また陵辱されるのだ。
 芋虫のような指が女の脇腹に触れた。
 豚のような荒い息づかいが聞こえ、それがだんだんと耳元に近づいてくる。生温かい風が耳をざわめかせ、それは身体の芯を凍えさせる。
 全裸だから寒いのではない。脂肪や筋肉がないから寒いのではない。心が凍てつく。
「ハァハァ……」
 男は荒く息をしながら、ズボンの中に手を突っ込み自らのモノをまさぐっていた。
 ぽつり。
 女の渇いた肌に汗が落ちる。
 脂ぎった豚の汗。
 それは浮き出たあばらの上に落ちた。
 脇腹を触れていた男の指先が、その大きさからは想像できないほど繊細に、枯れた肌の滑る。
 こつ、こつ、こつ……。
 浮き出たあばら骨を一本一本楽しむように、指先が段差を超えていく。
 そして、自ら落とした汗を拭った。
 やがて指はなだらかな胸に辿り着く。その膨らみは異様に思える。身体は痩せ細っているのに、胸はボコリと突き出るように膨らんでいるのだ。それはあまりに急激な痩せ方をしたからだ。
 残された胸の膨らみは見た目からも硬そうに見え、薄桃色の突起も硬く尖っている。
 男の指が動き出す。
 下へ、下へ、こつ、こつ、こつ……。
 再び来た道を引き返してあばらの段差を超える。
 そして、くびれた腹まで来ると、またのぼり、またくだる。
 まるであばらをハープの弦に見立てたように、そこにある幻想を奏でているのだ。
 じゅるりと舌と唾液の音がした。
 ぼと、ぼと、ぼと……。
 今度は汗ではない。涎れの塊が女の乾いた肌を穢す。
 そして、男は食肉するようにあばらにしゃぶりついた。
 じゅぶぶ、じゅぶぶぶぶぶっ!
 たっぷりの涎れを口から垂らしながら、舌と唇で女の浮き出たあばらを愛撫するのだ。
 牛タンのような弾力、そしてナメクジのような粘り気で、舌が暴れ狂いながらあばら一本一本を堪能している。
 女は小刻みに震えていた。
 得体の知れない怪物に襲われているような感覚が恐ろしい。
 今すぐここから逃げ出したい。
 ここに連れて来られた当初は、手錠でベットに繋がれ逃げ出すことは叶わなかった。やがて手錠が外され、今もその状態が続いている。だからといえ身体の自由が得られているわけではない。
 逃げる体力が失われているのだ。
 ここに来て何日が経ったのか?
 はじめは日にちの感覚を忘れないようにしていたが、この真っ暗で日の差し込むことのない部屋には昼も夜もない。寝たのがいつのか、起きたのがいつか、食事もろくに与えられないため、生活の時間全てが不規則だ。男が犯しにくるのだって、ヤツの欲望の赴く時間のままだ。
 肉体が弱りはじめると、次は精神が蝕まれていく。
 抵抗する気力もない。
 抵抗したところで力でねじ伏せられてしまう。
 舌はあばらを舐め続けている。片手ではもう一方のあばらを、残る手はへこんだ腹を愛撫していた。
 しかし、女は無反応だ。
 死人のような反応しかしない。男はこの痩せ細った躰を愛でているが、決して動かぬ屍体を愛好しているわけではない。
 下腹部を愛撫していた手は、突き出た腰骨を摩り、腿と股の付け根へと滑り落ちていく。
 肌は乾燥していたが、そこは濡れていた。
 乾いた大地に沸き出すオアシス。
 生い茂る隙間を指で掻き分けながら、指が割れ目の中に捻じ込まれている。
「んっ」
 躰を強ばらせて女は小さく呻いた。
 神聖なオアシスが犯される。
「んあっ!」
 大きな声が出た。
 陵辱に遭いながら、必死に耐えよとしているのに、どうしても声が出てしまうのだ。
「あああっ!」
 太い指が溢れて止まらない蜜壺の栓をした。
 太い、太くてまるでアレを挿入られているような感覚。
 くちゅ……くちゅ………
 肉が肉をこねくり回す。決して硬くはないが、太くブヨブヨとする指は、生き物が蜜壺の中で躍っているように、不規則に内壁を刺激してくる。
 躰は衰弱し、されたくもない陵辱を受けているのに、どうして感じてしまうのか?
 女は勘づいていた。食事をはじめて出されたとき、異質な味を感じて吐き出した。それからも出される食事には手をつけまいと考えたが、やはり空腹には耐えられず出される食事や水を摂取した。食わなくては餓死してしまう。
 食事を摂るたびに躰が可笑しくなっていくのを感じていた。この太った手に触れられるだけでスイッチが入り、やがては脂ぎった汗の臭いを嗅ぐだけで、全身が火照り下腹部が疼いてしまう。
「ああーーーっ!」
 躰の中を刺激されて押し出されるように腹の底から声が出た。衰弱した躰を震わせ、命を削る魂の叫び。
 生きた肉壺は蠢き、蜜を溢れさせながら、中に入っている指を絞るように絡みつく。指はザラザラ、つぶつぶとする膣壁を指の腹で愉しみながら、グッと腹を突き上げるように内側から押した。
「ン……ぐっ!」
 女は溜めた息を快感とともに吐き出した。
 下腹部からジンジンと躰を走る快感に女は口を半開きにして、背中を軽く仰け反らせて息を熱らせている。その瞳はうつろに鈍く澱み、それでいて妖しく輝く様は、まだまだ欲していることを訴えていた。
 柔らかい指だけでは満足できない。もっと硬く長い肉で突いて欲しい。この高ぶりを抑えることができない!
 女の思ったとおり媚薬の効果なのか、抗えない心と躰の疼きに苦しみ悶える様を、男は口角をあげて微笑み確認した。
 そして、その望みを叶えるために、ズボンを脱ぎはじめて下半身を露出した。
 女は男の下半身から顔を背けた。恥ずかしさや嫌悪感などからではなかった。すでに男のモノは硬く尖っていたのだが、求めていたモノとは違うのだ。
 男は短小だった。
 これでは親指と変わらない。
 女は四つん這いにさせられた。細い腕と脚で自らを支える姿は、まるで生まれたての子鹿のように弱々しい。
 その背後に男は膝を立ててバックから挿入しようとしている。
 男のモノはじゃばらのような皮を被っており、亀頭から剥いてやると乳製品が発酵したような臭いがツンと女の鼻まで届いた。
 ツルリと向けた亀頭は蜜が溢れ出す肉の割れ目にこすり合わされる。
 ぬるり、ぬるり、ぬちゃぬちゃ……卑猥な音が響き、床は背中の肉を波打つように震わせて感じている。
 豚が息をするような喘ぎ声。その声は耳障りで不快なモノであったが、女はその息づかいを聞くたびに、肉壺を収縮させながら蜜を噴き出してしまう。
 ――もっと欲しい。
 女は激しく求める感情を押し殺すように、シーツを強く握り締めた。
 ――こんな豚に犯されるなんて。
 はじめて犯されたときは、そう思って激しく抵抗した。あのときはまだ体力もあり、気力もあった。
 しかし、今はもうだめだ。
 心の片隅には抵抗や憎しみなどの感情が溜まっているが、それ以上に快感が噴き出してしまうのだ。
 皮の上から肉芽を亀頭で叩くように刺激されただけで、全身に激しい電流が駆け抜けた。
「あああああっ!」
 声を張り上げるだけで息が切れる。頭が真っ白になって、記憶が途切れてしまう。
 シーツに雫が落ちた。
 それは女の涙だった。
 もう枯れてしまったと思っていた涙。
 ――悔しい、けど……。
「いれて……ください……」
 陵辱を受け、屈辱の先に吐き出された言葉。
 パシン!
 女のケツが平手で叩かれ、大きなカエデ模様がついた。尻の肉はまったく震えない。というより、肉はなく骨に当たり、内臓に響いてくる振動は子宮まで犯した。
 振動だけではなく直接欲しい。奥の奥まで貫いて欲しい。
 ぬ、ぬぷっ。
「あぅっ」
 先っぽが滑るように挿入られ、女は甘い吐息を漏らした。
 男はさらに腰を沈める。
 ぬぷ、ぬぷ、ぬぷ……。
 少しずつゆっくりと膣[ナカ]を犯されていく。
 そして、道半ばで止まった。
 女は身悶えた。
 これでは生殺しだ!
 深いところまで届かない。あと少し、このもどかしさが、堪らなく感情を高ぶらせ、気狂いを起こしそうになる。もっと奥まで、もっと激しく、なのにこれ以上、男のモノは伸びてはくれない。
 男はゆっくりと腰を動かしはじめた。ゆるり、ゆるりと、巨体を揺らし、小さなストロークで出し入れをするのだ。
 さらなるもどかしさ。
 この男にはこの動きが限界なのだ。巨大な肉の塊である男に、激しい動きは望めなかった。しかし、女がこれで満足できるはずがなかった。
 溢れ出す肉欲が密となって、さらに噴き出してくる。もう溶けきってしまったあそこは、男のモノを咥えることもできない。短小のモノは形のないぬるま湯を、ゆるゆると泳いでいるようになってしまっている。
 男のほうはそれでもよかった。一生懸命に腰を動かし、息を切らせ脂汗をたらし、女を満足させようとがんばっている。
「気持ちいいだろ? なあ、よくなってきただろ?」
 野太い声で男が口を聞いた。自らの行為を相手に確かめる。その声は少し自身が無さげにも聞こえる。
 女は答えない。
「ン……ン、ン……ンン……」
 声を殺して、吐息を鼻先から漏らしている 
 男は口元を微笑ませた。それが女の答えだと解釈したのだ。
 しかし、女は男の見えないところで、シーツに顔を埋めて苦しげで切なげな表情をしていた。それは感じている表情ではなく、生殺しの物足りなさで身悶える顔だった。
 ズぅぅぅン、ズぅぅぅン……。
 長くゆっくりしたストロークで男は動き続けていた、その躰が静かに止まった。
 豚のような荒い息づかいが聞こえる。男の体力が尽きたのだ。
 短小なばかりだけではなく体力もない。
 そればかりか、この男にはテクニックもなかった。
 彼が愛しているのは、この痩せ細った躰だ。女に気を遣い、それなりに女を満足させようと努めはするが、彼の性癖は特殊なところにあるのだ。
 男は再び動き出す。腰をゆっくりと動かしながら、手を女の突き出た腰骨から、あばらへと這わせていく。
 男の背中や腹の肉が歓喜するように震えた。
 部屋中に脂臭い汗が霧となって拡散する。高ぶる男は急激に体温を上昇させ、両手でじゃばらのようなあばらを愛撫する。
 それと同時に女は腰をくねらせ、尻を振るように動かした。
 肌に張り付く男の手。体温が痩せた肉体の奥まで伝わってくる。短小とはいえ、ナカで動かされるたびに刺激が走り、あばらを触られているざわつく肌が連動して、さらなる快感の波が広がる。
 しかし、求めるものは違うのだ。
 乳房そのものを突き上げるように、ツンと尖った薄紅色の乳首。今、その先端に触れられたら、媚薬の効果も相まって軽く達してしまうかもしてない。けれど、男が愛でるのはあばら。
 せめて、せめて、乳房に触れて欲しい。
「ああっ……もっと……」
 もっとどうして欲しいのか、その先までは口にできなかった。
「ああっ、あああっ……」
 切なげな声で悶え続ける。
 発散できない欲望が、胸の奥でつっかえ苦しい。今にも爆発しそうで、あと少しで淫靡な火に引火するところまできている。
「もっと激しく……して……ください」
 涙声での懇願。
 男はその願いを叶えるべく、腰を激しく動かしはじめた。
 ドスン、ドスン、ドスン!
 砲撃を思わせる振動。
 骨と皮の躰が揺さぶられ、今にも折れるのではないかと心配になる。
「はぁぁン、もっと……もっと……」
 四つん這いの女の手足が関節から小刻みに震える。躰を支えていられない。けれど、尻を近く突き上げなければ、男のモノはごくごく浅い部分にしか届いてくれない。
「ンっ……くアぁン!」
 女は溜めた息を一気に吐き出しながらひじから崩れた。全身を支えきれず、両肘をベッドにつけてかろうじて崩れ落ちるのを押さえた。
 男の挿入が浅くなった。
 もっと深く、もっと激しく欲しいのに、男のモノは入り口あたりでくすぶっている。
 ――我慢できない。
 疼く下半身。出し入れされる短小のすぐ近くで、包皮に包まれながら充血して硬く尖っている肉芽。キュンキュンと肉芽が欲しがっている。
 指先で少し触られるだけでいい。皮を剥いて、撫でるように擦られた、脳天まで快感が突き抜け脳を溶かしてしまうだろう。女は想像するだけで身震いした。
 女のひじには大きな負荷かがかかっており、片腕を下腹部に伸そうものなら、完全に崩れ落ちてしまうだろう。そうなれば、男の短小など簡単に抜けてしまう。
 男はあばらを愛でることに陶酔している。撫でるだけではなく、一本一本を軽く摘むように、味わい愉しんでいる。その邪魔をすることはできなかった。
 ひじの角度をゆっくりと動かしながら、女は震える腕を下腹部に向けようとした。届かない、折り曲げたままではソコまで届かない。
 もどかしい、もどかしい、胸が張り裂けそうな激情。
 女の前身の骨が悲鳴をあげる。自らの躰を支える力も尽きそうだ。
 どうしても触りたい。
 震える指先を女は懸命に伸す。
 そのときだった。
 ぴゅっ。
 膣内になにかが噴かれた。
 とぴゅぴゅぴゅ……。
 控えめな射精。
 恍惚の表情で男は全身の肉を身震いさせた。
 ほんの数秒の放心。男の熱は急激に冷めてしまった。
 そして、抜かれた。
 モノが縮まったせいか、大泣きするように蜜が溢れているせいか、抜かれた感触すらなかった。
 女は絶望しながら身悶えた。
 男が巨体を揺らして去って行く。
 ドアが開けられ、まばゆい光りが差し込む部屋。背中を汗で光らせる男のシルエット。そして、部屋は再び闇に閉ざされた。
 女は激しく息を切らせ、ぐったりとベッドに横たわっている。骨が軋み全身が痺れたように痛い。とくに腕の過労は激しく、持ち上げることもできない。
 しかし、下腹部は物欲しそうにキュンキュンと苦しい。蜜もまだ漏れ続けている。
 女は蕩けた瞳で口を半開きにしながら、懸命に下腹部に手を伸そうとしている。
 急に部屋に光りが差し込んだ。
 女は瞳だけを動かしドアの先に立つ影を見た。そして、総毛立つほど躰を震わせたのだった。

《2》

 カミハラ女学園の昼休み風景。
 教室では女子たちがグループつくって昼食をとっていた。
 華艶は碧流とふたりだ。華艶は留年に加えて、噂では『マジちょーヤバイ仕事してるらしいよ』ってことになっている。碧流は無実は証明されたが四月の始業式の事件が尾を引いていた。
 コンビニの総菜パンを頬張る華艶の目の前で、碧流が涎れを垂らしながら、じーっと見つめている。華艶が一口食べるたびに、碧流がゴクンとのどを鳴らす。
「…………」
「…………」
 お互い見つめ合って無言。
 碧流の視線が熱く眼光鋭い。この視線に耐えきれず華艶が尋ねる。
「おべんとは?」
「ない」
「半分あげようか?」
 こう言ってくれるのを待っているような目だ。
 しかし、意外な言葉が返ってくる。
「いらない」
 少し華艶はショックだったのかもしれない。すねるように唇を尖らせた。
「だったらそんな目で見ないでよ」
「だっておなか空いてるんだもん」
「だからあげようか?」
「いらない……」
 少しその声音は弱々しかった。
 すぐに呆れたような声を華艶は出す。
「はぁ?」
 ハッキリして欲しいという感じだ。口ではいらないと言ってるが、物欲しそうに目が訴えている。
 どうしてなのか?
「ダイエット中」
 と碧流がつぶやき、華艶は納得して頷いた。
「あぁーなるぅ。でもべつに太ってなくない?」
「そんなことないよぉ。こんなんじゃ水着きれない!」
 昼食抜きの理由はダイエット。ダイエットの理由は水着。
「来月からもうプールの授業はじまるんだよ!」
 声高らかに碧流が叫んだ。
 クスクスと周りから笑い声がした。だが中にはハッとした者や重い表情をする者もいた。
 学園内には屋内プールがあり、大きな大会も開かれるための設備も完備している。水泳部はもちろんそれに見合う好成績を都大会で修めている。
 施設もしっかりとしているため、一般生徒の授業の講師も一流であるが、生徒たちにとっては授業内容うんぬんよりも、年頃の女子たちが人前で水着姿を披露しなければならないイベントだったりする。
 碧流は華艶の躰を一瞥して愚痴を吐く。
「いいよねぇ、華艶は」
「だからパンあげるって」
「違うよぉ。華艶はさぁ、なんでそんなにスタイルバツグンなの?」
「べつになにもしてないけど」
「うわぁ、すっごいイヤミぃ~。だってスゴイよく食べてるじゃん?」
「そお?」
「授業中いっつもオカシ食べてるし、放課後だってよく食べてるし、その体型はありえないよぉ」
 机に置かれている華艶のランチメニュー。今は総菜パンを食べている最中だが、空のコンビニ弁当の容器が3つ、サンドウィッチの包装が2つ、おにぎりの包装が3つ、まだ手を付けていないシュークリームがとミルフィーユがデザートとしてある。それから食事に用意された飲み物は、2リットルのお茶のペットボトルだ。
 すべてを平らげ、まだ500ミリリットルほど残っていたお茶を一気に飲み干すと、華艶は制服の裾をまくり上げてお腹を見せた。
「ほら、ちゃんと太ってる」
「食べたばっかりなんだから当たり前じゃん」
 あれだけ食べれば、おなかが出るのは当たり前。けれど、華艶の全身の体型を見るに、脂肪にはならずにすぐに燃焼されてしまうらしい。
 碧流は雑誌を机の上に広げた。
「もう水着特集やってんの。今年はボーダーが流行るって。いいなぁ、あたしもこのモデルの体型みたいになりたぁい!」
「ちょっと痩せすぎじゃない? てかフォトショップ?」
 フォトショップとはデジタル写真加工ソフトの代名詞である。華艶は揶揄する言い草で加工されすぎている写真だと言いたかったのだ。
 水着モデルを見る華艶の目が細められる。
「ん?」
「どーしたの?」
「ん~……どっかで見たことある顔だなって」
 雑誌を手に取り、水着モデルを目と鼻の先でガン見した。
 碧流は頬杖を付いた。
「最近グラビアとかでよく見るじゃん。もしかして芸能とかうとい?」
「あー、思い出した今朝のニュースで見たんだ」
「写真集発売するんでしょ。きのうからバラエティ番組とか出まくってるよ」
「違くて、じつは一週間前から行方不明なんだって。写真集発売直前だから、事件のこと事務所が伏せてたみたい」
 報道によると、事件に巻き込まれた可能性については、まだわからないとのことだ。なぜなら失踪以前から、仕事の悩みや愚痴をマネージャーや友人たちに漏らしており、『どこか遠くへ行きたい』と口癖のように言っていたそうだ。失踪前の最後に目撃されたのは、マネージャーが自宅マンションに送り届けた深夜。翌日は何ヶ月かぶりのオフだったらしく、マネージャーや事務所が彼女の失踪に気づいたのは、さらに翌日のことだった。
 同じマンションの住人が失踪直前と思われる彼女を見たと証言している。そのときの格好というのが、まるで長期の旅行に出掛けるような大きなキャリーケースを運んでいたらしい。警察もその証言から、自らの意思で失踪したとして、捜索は行われていなかった。
 だが、長く隠し通せるものではない。売れっ子のグラビアアイドルとなれば、取材記者から嗅ぎつけられるのも時間の問題だっただろう。今朝のニュースを皮切りに、大々的に報道され、ネットなどでも騒ぎになっている。
 碧流はさっそくネット掲示板で情報を仕入れた。
「えっ、マジ……屍体で発見されたって」
「なにそれ知らない」
「……あ、釣りだったゴメン。でもさぁ、こないだもアイドルが屍体で発見されたってニュースなかったっけ?」
 釣りとはデマということである。
「激ヤセ変死体事件ね。まだ未解決だったハズ」
 その事件のニュースを華艶は見た記憶があった。屍体はたしかこの学園もあるカミハラ区の森林で見つかった。
 地元の事件ということもあって、学園でもウワサが飛び交い、いろいろな憶測を呼んでいた。
「死んでもいいから、あたしも痩せたいなぁ」
 と漏らす碧流にすかさず華艶が口を挟む。
「死んだらダメでしょ」
「そのくらい痩せるのが大変って意味だよ。楽して痩せる方法ないかなぁ、薬とか」
「痩せるサプリとってヤクと売りさばいてるヤツいるから、気をつけてね。すっごい引っかかりそうな性格してるし」
「そんなの引っかかるわけないじゃん」
 と、碧流は笑って答えた。

 カミハラ区に隣接するホウジュ区は、遊び場としては最適で、近隣校の学生たちが放課後になるとやってくる。放課後でなくともサボリの学生も多く見かける。
 とくに用事もなかったが、碧流は乗換駅ということもあり、途中で駅の改札を出て、日暮れの街に繰り出した。
 目に飛び込んでくる飲食店の看板。
 碧流の腹が鳴る。
 ぶらっと繁華街の道を歩いていると、ワルドナルドの横を通るとあの特有の匂いが漂ってきた。ポテトを揚げる匂いが換気扇から外に排出されている。
 その場は足早に通り過ぎる。
 逃げるように歩いていると、細い道に入ってきてしまい、辺りを見回していると、裏路地にいたイケメンと目があった。
「ちょっとキミ、キミ」
 小声で話しかけてきた。
「ん、あたし?」
 良識ある女子学生なら、ここはシカトしたところだろう。男は背が高く、ほどよく筋肉質で、白い歯を見せながら愛想よく笑っている。これで何割かはとりあえず足くらいは止めていいかもしれないと思うかも知れない。
「キミって神女[カミジョ]の学生さんだろ?」
 碧流は躰ごと顔を向けた。もう相手の話を聞く体勢だ。
「そうだけど?」
「だと思った、キミかわいいから」
「えへへ、お世辞うまいなお兄さん」
 満更でもない。
 神原女学園は、女子校ということもあり、幻想を抱かれていることも多い。カワイイ子や美人が多いともっぱらのウワサだ。まあ、男が碧流を神女の学生だと一目でわかったのは、その制服からだろう。
「彼氏とかいるの?」
「なにそれナンパ?」
「そっか、いないんだ」
 にこやかに男は笑った。
「いないですけどー、夏くらいまでにはつくるつもり」
「ならさ、キミが可愛くなるために良いアイテムがあるんだけど?」
「マジで? なにそれ教えて」
 好奇心が旺盛なのか、警戒心がないのか、碧流がどんどん相手に詰め寄っている。
「美容とダイエットのクスリなんだけどさ。今ならキミだけに特別に譲ってあげようと思って。本当はタダじゃないんだけど、キミかわいいから特別に少しわけてあげるよ」
「ダイエット? ラッキー、タダでくれるの?」
 ダイエットと聞いて碧流の関心はさらに強まった。
 男はラベルのないサプリメントの小さな容器を碧流に手渡す。
「あんまり飲みすぎないようにね。また欲しくなったらここにテルして。次からはタダってわけにはいかないけど、安く譲ってあけるから」
 名刺には電話番号だけが記されていた。少し怪しいが碧流は疑いもせず受け取った。
「それじゃあ、またね」
 男は路地裏に消えていった。
 さっそく碧流はふたを開けて中を確認すると、錠剤が数粒ほど入っていた。

 ――数日後。
 昼休みの教室。
「またお昼抜き? ちょっと顔色もよくないし、ヤバいんじゃなの?」
 と、一つの机で向い合わせに座る碧流の顔を華艶はまじまじと見つめた。
「だいじょぶ、だいじょぶ、なんか調子イイんだよ」
「……う~ん」
 相手の言葉を信用できない。
 碧流は目の下にクマをつくり、頬は痩せこけてしまっている。どこか目もうつろだ。授業中も間違え連発、体育の授業中にはついに倒れた。
「ヤバイ薬なんてやっていよね?」
 まさか本当にやっているとは思っていない。先日だって冗談で言ったつもりなのだ。
「えっ、そ、そんな、やってるわけないじゃ~ん!」
 大きく両手を顔の前で振って碧流は否定した。だが、その慌てぶりが疑惑を強めてしまった。
 無言で華艶は碧流を見つめる。
「…………」
 じーっと微動だにせず。
 しばらく見つめられていた碧流は、我慢できずに視線を逸らせながら、慌てたように口を開く。
「疑ってんの? 碧流ちょー心外。やってないったら、やってないってば。そんなのに手出すわけないよ。薬物よくない、うん!」
 と、言い切った碧流の視線が一瞬、自分の通学バッグに向けられた。それを華艶は見逃さない。
「そこか!」
 と声をあげて華艶は碧流のバッグを取り上げた。慌てて碧流はバッグを奪い返そうとするが、華艶は押して引いての攻防を繰り返しながら、バッグの中身を隅々まで探して、怪しげなラベルのない容器を見つけ出した。
「これでしょ、白状しろ!」
「違うよ、ただのサプリ。ビタミンとかのだよ!」
「没収します」
「やだよ、高かったんだから! それなしじゃ生きていけない! せっかくここまで痩せられたのに!」
 思わず碧流は口を滑らせた。
 思い溜息を吐きながら華艶は気むずかしい顔をする。
「やっぱりヤバイ薬じゃんよ。売人のアドレスあたしに教えて、それからすぐ削除、今後一切連絡接触なし」
「えーっ!」
「ケータイ割られたいの?」
「…………」
 無言で不満そうな顔だ。
「あと放課後、病院行くから」
「……は~い」
 気のない返事をして碧流は項垂れた。
 これで安心というわけにはいかないだろう。碧流の態度を見ていればわかる。どんな薬物かわからないが、依存性が高ければそこから抜け出すのは容易ではないだろう。麻薬は再犯率が格段に高い。

《3》

 ――放課後。
 華艶は焦った表情で辺りを見渡した。
「碧流? 碧流!」
 いないのだ。
「やばい、逃げられた」
 いつからいない?
 昼休みが終わり、午後の授業がはじまるまではいた。授業中、碧流とケータイでメールのやりとりをしたが、教室に本人がいたとは限らない。
 不覚だ。
「ねぇ、木之下見なかった?」
 華艶は周りの生徒に尋ねる。木之下とは碧流の名字だ。
「今、ダッシュで教室出てったけど?」
 よかった、まだ追いつけるかもしれない。
 急いで教室を駆け出し、下駄箱に向かった。
 各下駄箱には番号のみ記されている。華艶は記憶を辿って適当に下駄箱を開けた。上履きが入っていて、外履きの靴がない。しかも、律儀に上履きには名前が記入されていた。
「もう外か!」
 声を荒げながら急いで靴を履き替え、校門まで全速力で駆けた。
 ――いない。
 すぐに碧流のケータイに通話をかける。
 2コールで切れた。相手が意図的に切ったとしか思えない。すぐにかけ直したが、お決まりの文句が聞こえてくる。
《おかけになった電話番号は――》
 碧流の行き先はどこだ?
 目的は?
 まず、華艶から逃げるためだろう。その逃げるという理由の根本にあるのは、まだ薬を断ち切れていないということだ。となると、再び薬を入手しようとするだろう。
 碧流が所持していた薬は華艶が没収して、売人のアドレスも目の前で消させた。ただし、隠し持っていた可能性や偽のアドレスを消して見せた可能性がある。
 碧流はいつかは売人と接触するはずだ。そうなると、そこで待ち伏せするしかないかもしれない。
 華艶はまず控えていた売人のアドレスを調べることにした。
 ケータイで通話する。いきなり売人に掛けたりはしない。
「もしもし京吾?」
《はーい、こちら喫茶モモンガでございまーす》
 華艶は一瞬、言葉を失った。想定していた相手ではなかったからだ。電話に出たのは京吾の妹だった。
「あ、華艶ですけど。お兄さんは?」
《こんにちは華艶さん。お兄ちゃんは今ちょっと外出中です》
「どのくらいで帰りそう?」
《う~ん、夜の開店までには》
 喫茶モモンガは夜10時からバーに早変わりする。
 そんなに待っていられなかった。
「お兄さんに伝言。『ケータイ持てよ』って伝えといて」
《は~い、ほかになにかありますか?》
「ううん、またね。今度お店行くね」
《はい、それじゃあまた》
「バイバーイ」
 と、ケータイを切ったあと、華艶はボソッとごちた。
「てか、職業柄ケータイくらい持て」
 表の顔は喫茶とバーのマスター。裏の顔はTSの仕事斡旋と情報屋をやっている。そんな人間がケータイを持っていないなんて、本当にありえない話だ。
 ケータイを握り締めながらしばし考える。
「電話番号から売人の情報をできるだけ引きだそうと思ったのに」
 おそらく契約者からは売人は辿れないだろう。名義貸しなどいくらでも本当の使用者を隠す手立てはある。GPSが機能していれば、現在位置が特定できた可能性もある。
「めんどくさい、イチかバチか」
 華艶は売人のケータイに直接掛けることにした。
 1コール、2コール、3コール、4コール、5コール目で相手は出た。
 通話は繋がったが相手はしゃべらない。周囲の音が微かに聞こえる。雑踏の音に混ざって聞こえるのは、家電量販店のテーマソングだろうか。
「もしもし、友達からこの番号教えてもらったんだけど、あってますか?」
《友達?》
 若い男の声だ。
「友達の木之下碧流って子から紹介してもらったんです。いいサプリみたいなのがあるって」
《ああ、碧流ちゃんの友達ね。君も神女の子?》
「はい、そうですぅ」
 ちょっといつもより高めの声で可愛い子ぶってみた。
《碧流ちゃんはお得意様で、友達も何人か紹介してもらってこっちも助かってるよ》
「……あいつ、別の子まで」
 思わずボロッと出てしまった。
《ん、なんか言った?》
「い、いえ、なんでもないですぅ。あのどこに行ったらサプリを分けてもらえるんですか?」
《あぁ……ンぐ!》
 男の声じゃない。女の押し殺すような喘ぎ声が突然聞こえてきて華艶は眉をひそめた。
 よくよく耳を澄ませると、家電量販店のテーマソングも微かに聞こえるのだが、水を流す音も聞こえる。その中に混ざって手を叩くようなパンパンという肉がぶつかるような音。
《はぁぁぁン!!》
 甲高い女の喘ぎ声だ。
 華艶は確信した。
 ――この男、女とヤッてやがる。
 と、思いながらも気づかないフリ。
「あのぉ、どこに行ったらぁ~」
《ああ、ごめんごめん》
《ンぐっ! はうっ!!》
 必死に声を殺そうとしているのは伺えるが、もう丸聞こえだ。
 それに比べて男の声はまったく動じていない。
《ホウジュ駅の東口を出たところの広場、1時間後でいいかな? 君の特徴教えてくれる?》
「神女の制服で、髪は結わいててちょっと赤毛入ってる感じで、ペットボトルのコーラ持っときます」
《オーケーオーケー、じゃあ1時間後。初回は代金入らないから》
 碧流の目的地が売人であるなら、もっと早く会いたい。
「あのぉ、もっと早く会えませんか?」
《いいよ、先約もないから。いつがいいの?》
「じゃあ、30分後で」
《オーケー30分後》
 先約がいないということは、碧流よりも先に辿り着けそうだ。
「はい、すぐに行きまぁす。それじゃあ」
《待ってるから、じゃあね》
《あぁぁぁぁン!!》
 通話を終えた。
 怪しまれただろうか?
 イチかバチかで電話をかけて、約束までは取り付けたが、これからどうなるかわからない。幸いだったのは、碧流が別の子を紹介していたらしく、多少は相手の警戒心を弛められたことかもしれない。が、学園にクスリを広めたのはいただけない。
 華艶は駅に向かって駆け出した。
 駅前の改札口を駆け抜け、電車に乗り込む。ホウジュ駅までは数駅だ。
 電車に揺られながら華艶は再度、碧流のケータイに通話をかけた。けれど、やはり電源が入っていないらしい。仕方なくメールを送ることにした。
 ――連絡しろ、バカ!
 とメールを送信して、すぐにメールをもう一通送った。
 ――怒ってないから、とりあえず連絡ください。
 電車は目的駅に着き、華艶は足早に改札を抜け、地下通路を通り外に出た。駅からすぐの広場は、よく待ち合わせ場所に使われ、今日も多くのひとが集まっている。煙草を吸いながら辺りを見回しているのは彼女待ちだろうか。そこに集まっている私服の若者集団は、学生らしいのでサークルかなにかだろうか。
 華艶も辺りを見回した。
 待ち合わせ時刻まではまだ少しある。
 そう言えば華艶は売人の容姿を知らない。相手はこちらの容姿を聞いただけだ。つまり、それは相手からこちらに声をかけるられることになる。
 華艶は視線だけを動かして辺りの人々を観察した。あの声の感じに該当しそうな男はいない。ぶらっとヒマを潰すように歩き、近くのカフェ店内のようすを大きなガラス窓ごしに観察したが、とくにそれらしき男はいなかった。
 時間は過ぎ、待ち合わせの時刻を15分ほど過ぎた。まあ、この程度なら遅れることもあうだろう。まだヤッてるのかもしれない。
 だが、それからさらに時間が過ぎ去り、予定の時間より30分過ぎた。
「……来ない」
 ただ遅れているだけか、まだヤッてるのか、それとも警戒されたか?
 売人のケータイにかけることにした。
 そして、聞こえてくるお決まりのフレーズ。
《お掛けになった電話番号は――》
 電波が届かない。電源が入っていない。どちらなのか?
「ヤバイなぁ、やっぱ警戒されちゃったかも」
 意図的に電源が切られているならその可能性はある。
 さらに時間が過ぎて1時間の超過。
 その間、何人かに声をかけられたが、キャッチセールスとナンパだった。
「もう知らん」
 華艶は待つことをあきらめ、場所を移動することにした。

 ――1時間ほど前に遡る。
 家電量販店のテーマソングが微かに聞こえてくる車椅子のまま入れる店内のトイレ。
 10代の若い少女が男に胸をすり寄せる距離で、上目遣いの潤んだ瞳を向けて訴えていた。
「お願い」
 蕩けるような声音。その声を発した唇も、しゃぶりついたらソフトクリームのように溶けてしまいそうだ。
 男はニヤつきながら、ビルの屋上を見るように視線を宙に向けて首を横に振った。
「ダメだ、金がないなら渡せないな」
 その声はたしか、そう華艶と話をしたヤクの売人だ。
 少女はイヤイヤと首を横に振った。
「お願い、お金はないけど、なんでもするから……」
「こっちも商売でやってるんだ。金にならなきゃ、俺が食いっぱぐれちまう」
「だったら、わたしを食べて……その代わりに」
 少女は自らシャツをめくり上げ、薄いイエローのブラを見せつけた。そのカップに包まれた胸は揉みくちゃにしたいほど豊満だ。おそらくGカップくらいだろうか。
「男は仕方ないな、今回だけだぞ」
 と、売人は口では言いながらも満更でもない。舌で唇を拭う動作をしている。
 少女も唇を濡らした。その蕩けそうな唇に売人はしゃぶりついた。
 煙草の臭いが男の口からした。
 柔らかく弾力性のある唇。唾液で妖しく光り、ぬるぬると唇と唇が擦れ合わされる。少女は自然と売人の背中に両手を回し、その指先を唇と唇が触れるたびに、電撃が走ったように小刻みに痙攣させている。
 大きく口を開けた売人は、舌を少女の閉じられた唇に割って差し込んだ。
 ぬちゃぬちゃ……。
 唇よりも弾力性の飛んだ舌と舌が、蛇がうねるように絡みつく。
 半開きになった少女の唇から涎れが垂れる。大好物を前にした犬のように――
 混じり合う涎れはどちらのものか?
 糸を引きながら妖しく輝く涎れの雫が、少女の顎を伝ってぽとりと落ちた。その先はブラジャーで寄せてあげられた胸の谷間。涎れは深い谷間に呑み込まれるようにして消えてしまった。
 売人が口を離した。互いの唇に涎れの架け橋がかけられ、売人の視線の先で少女は物乞いの瞳をしていた。
「クスリが欲しいのか? それともこっちか?」
 売人はそう言いながら、少女の髪をつむじのあたりから鷲掴みにすると、そのまま頭を押し込むようにして少女を跪かせた。
「舐めろ。そうだな、俺をイカせることができればクスリをやろう」
 少女は取り乱したように売人のベルトに手をかけ外すと、破かんばかりの勢いで下着ごとズボンを降ろした。
 脱がされたと同時にズル剥けの亀頭がバネのように跳ねた。
 艶光りする亀頭はまるで剥き立てのタマゴのようで、大きさはタマゴよりも大きく握り拳くらいある巨根だ。少女が竿を握ると人差し指と親指の先がまったく付かない。口を半開きにした少女が、ツンと臭う先端に近づくが、その口で咥えきれるだろうか?
 骨付きに肉に野人が喰い付くような光景だった。
 涎れを迸らせながら、少女が肉棒にがっつく。
 じゅぼ、じゅるるる、じゅぼぼぼ……。
 下品な涎れの音がトイレの個室を超えて響き渡る。すぐドアを隔てた先には買い物客の男がいて、ぎょっとした眼をしたが、すぐに慌てたようすでトイレを出て行った。
 少女はここが公衆のトイレ、しかも男子トイレであるいつバレてるかという恐怖と恥ずかしさに駆られながらも、欲望を抑えられなかった。
 亀頭の先っぽを口を窄めながら吸いつく。頬がくぼむほどの吸引と、涎れの潤滑剤、舌による激しい舐めで亀頭を責め立てる。
 売人は少女の髪を引っ張り頭を強引に動かした。
「舐めるだけじゃなくて咥えろよ」
「ンぐぅっ!」
 無理矢理口をこじ開けられ、握り拳ほどの亀頭を押し込まれる。
「ンンぐッ!」
 少女の小さな口には挿入らない。このままだと歯を立てられそうだ。
 仕方がなく男は断念して、ニヤつきながら少女の頭を押すように離した。
 呼吸を取り戻す少女。
「ハァハァ……」
 激しい息と共に涎れが垂れる。
 糸を引きながら垂れた涎れは胸を濡らし、ベトベトになっていく。男はそれを見て思い付いた。
「口がダメならパイズリだ。ほら、早くブラ取れ」
「は……はい……」
 息を切らせながら少女はブラを外した。
 水が詰まった袋のように揺れる胸。肌が紅潮して色づいている。乳首はツンと尖り、乳輪は薄く少し多きめだ。
 口腔に涎れを溜めた少女は、それをたらりと亀頭に垂らし、胸の潤滑剤と練り合わせるように両手で自らの胸をつかんで肉棒を挟み込んだ。
 足踏みをするように、左右の胸が順番に上下する。
 少女の柔らかい肉が詰まった肌が亀頭を擦り、さらに小さく出した舌先でチロチロとフェラチオをさせる。
 売人は少し躰を震わせた。
「その調子だ、俺がイッたら約束通りクスリをやるぞ」
 ぴちゃ、ぴちゃ……くちゅ、くちゅ……。
 舌と胸が奏でる卑猥な淫音が響く。
 売人の胸ポケットが震えた。ケータイの着信だ。
「いいとこなのにめんどくさい」
 ぼやきながら売人は胸ポケットからケータイをクレーンゲームで摘むように出した。
 知らない番号からだ。
 ケータイのディプレイを見ながら、売人は考え事をする手持ちぶさたで少女の髪を撫でた。髪がざわめき頭皮を刺激されるだけで少女は身悶えた。
「ンンっ」
 舐め続けている肉棒は硬いままだが、売人は上の空である。
 そして、5コール目でケータイに出た。けれど、声は発さず相手の出方を見た。
《もしもし、友達からこの番号教えてもらったんだけど、あってますか?》
 いつも相手にしているような若い少女の声だ。声色はいつもよりも猫をかぶっているが華艶である。
「友達?」
《友達の木之下碧流って子から紹介してもらったんです。いいサプリみたいなのがあるって》
「ああ、碧流ちゃんの友達ね。君も神女の子?」
 新しいカモだ。
《はい、そうですぅ》
「碧流ちゃんはお得意様で、友達も何人か紹介してもらってこっちも助かってるよ」
《……あいつ、別の子まで》
「ん、なんか言った?」
 男は何食わぬ顔で応対しながら、少女のケツをこっちに向かせ、スカートに手を突っ込んでブラと同じ色のショーツを剥ぎ取った。
《い、いえ、なんでもないですぅ。あのどこに行ったらサプリを分けてもらえるんですか?》
 そして、華艶の質問を適当に聞き流しながら、肉棒を一気に蜜が溢れ出す穴にぶち込んだ!
《あぁ……ンぐ!》
 少女は慌てて口に手を当てて声を押し込めようとしたが、外で用を足していた男はしょんべんを床にぶちまけてしまった。
 売人は少女をさらに辱めるために、腰を激しく動かして奥を抉るように突く。
 パンパンパン!
 売人の鍛えられた下腹部と少女の柔らかい尻がぶつかり音を立てる。
《はぁぁぁン!!》
 甲高く少女は喘いだ。
 子宮を押し上げられ躰が上下し、豊満な胸が激しく揺れ動く。
《あのぉ、どこに行ったらぁ~」》
「ああ、ごめんごめん」
 その言葉は半ば目の前のケツに向けられたような嘲笑の言葉だ。
「ンぐっ! はうっ!!」
 壁に両手をついていた少女の口腔に売人の指が突っ込まれ、そのまま顎から状態が持ち上げられた。ケツを引いたくの字の体勢にさせられた少女は、内蔵からヘソを突き破るように激しく突かれ、売人のもう片手はこねるように胸を潰し、ときおり乳首を摘んで捻られる。
 そんな行為をしながら、売人は息も切らせず何事もないようにしている。
「ホウジュ駅の東口を出たところの広場、1時間後でいいかな? 君の特徴教えてくれる?」
《神女の制服で、髪は結わいててちょっと赤毛入ってる感じで、ペットボトルのコーラ持っと
きます》
「オーケーオーケー、じゃあ1時間後。初回は代金入らないから」
《あのぉ、もっと早く会えませんか?》
「いいよ、先約もないから。いつがいいの?」
 目の前の少女は客ではなく、もはや玩具だ。
《じゃあ、30分後で》
「オーケー30分後」
《はい、すぐに行きまぁす。それじゃあ》
「待ってるから、じゃあね」
 別れの言葉と同時に膣道を抉りながら、のどから出る勢いで灼熱の剛直を突き刺した。
「あぁぁぁぁン!!」
 電話が切れると同時に少女の強ばりながら痙攣した。
 ビシャアアアアアアアッ!
 膣の収縮で圧迫された膀胱から、勢いよく潮を噴き出した。
 売人の顔は涼しげだ。
「タイムリミットを決めてなかったな。そうだな、あと15分にするか」
 イッた直後でぐったりする少女のナカを滅茶苦茶に突きまくる。
「ああっ、あああっ、あひひひぃぃぃっ!」
 クスリによって狂わされた少女は肉棒によっても狂うのだった。
「ああああああうっン!」
 男子トイレにいつまでも少女の甲高い悲鳴が木霊した。

《4》

 河喜多ケイは家電量販店で男を尾行していた。その男とは、あの売人だ。
 店を出て売人の周りから人影がなくなり、ある程度のスペースができた瞬間、ケイは一気に地面を蹴り上げ飛びかかった。
「うっ」
 腕を背中に回され押さえつけられた売人は呻いた。
「なんだよ、いてぇな!」
 相手は女だ、臆することはないと声を荒げて威嚇したが、
「警察よ」
 と名乗られ貝になったように口を閉ざした。
「大人しくしなさい、バッグの中を調べさせてもらうわね」
 この警官は明らかに目星をつけて自分を拘束したのだと売人と悟った。鞄の中には非合法な薬物が入っている。
 ケイは片腕で売人の腕をひねりつつ、もう片手で男からバッグを取り上げようとした瞬間、急に売人が暴れ出して腕を振り払ったのだ。
 鞄はケイの手に残る。が、売人はすでに1.5メートル先、手を伸したが届かなかった。すかさず駆け出したが男の足は早かった。人混みを縫うように走り抜け、ケイとの距離を離していく。
 ケイは銃を抜いた。
「止まりなさい、撃つわよ!」
 お隣の日本では警官が銃を抜くことなど滅多にないが、この街では日常茶飯事。はっきり言ってアメリカよりも銃をよく目にする。
 抜いたからと言って、この人混みでは撃つことができない。売人は脅しだとわかっているので、振り返りもせず逃げていく。
 舌打ちをするケイ。
「ちっ、逃げられると思うな」
 追跡をやめない。
 男はエレベーターに乗る人々を押し飛ばし落としながら、乱暴に駆け上がっていく。
 追おうとするケイは落ちてくる人で愛止めを喰らって前に進めない。すぐにエレベーターの手すりを飛び越えて隣の階段に移る。上を見上げると売人の姿は見えない。
 このままでは見失ってしまう!
 階段を昇りきると、遠くに売人の姿を見えた。
 駅の改札口を無賃で通り抜けようとしている最中だ。焦った売人は警告音を鳴らして閉まった改札に腹を打ちつけ、一瞬だけ立ち止まった。すぐに持ち直して閉まった改札を飛び越えようとしたが、片足をひっかけて転倒した。
 立ち上がろうと腕立て伏せの体勢になっていたところへ、ケイがのしかかる。
 ぎょっとする売人の後頭部には銃口が押しつけられていた。
「今度、変な真似したら撃つ!」
 オートマの安全装置は外されている。あとは引き金[トリガー]を引くだけだ。もちろんトリガーには指がかかっている。
 売人は唇をわなわなと震わせた。
「べ、弁護士を呼べ、その権利があるだろ!」
「公務執行妨害で現行犯よ。弁護士は呼んであげるけど、拘束は解かないから覚悟しなさい」
 周りは何事かと人だかりだ。騒ぎを聞きつけ駅員もやってきた。
 ケイは事情を説明しつつ、署に連絡を入れたのち、駅員室に売人を連行した。
 押収したバッグからは謎の錠剤が発見されたが、今のところそれがなんの薬物であるかはわからない。
 錠剤の入った容器はいくつもあった。そのひとつを摘むように取り上げて、ケイは売人の鼻先に突き付けた。
「これは?」
「知らねぇよ」
「あんたの持ち物よね?」
「違う、俺のじゃない。変な男に押しつけられたんだ」
「ふ~ん」
 ここまで来てまだシラを切るつもりか。
 ケイは続ける。
「だったらなぜ逃げたの?」
「そっちがいきなり襲い掛かってきたんだろ」
「警察だって名乗ったでしょう」
「そんなの信用できるか。警察手帳だって見せてないだろ!」
 ケイは警察手帳を見せて顔写真と名前を提示した。
「河喜多ケイ、帝都警察捜査一課の刑事」
「今ごろ見せたって遅いだろ。不当逮捕だ、今すぐ自由にしろ。でないと訴えるぞ!」
「やれるもんならやってみなさい。そっちのほうが不利に決まってるじゃない」
「ぐぬ……」
 売人は呻いて押し黙った。
 この不利な状況に陥っている売人にケイは囁きかける。
「じつは目的のホシはあなたじゃないのよ」
 売人はそっぽを向いて口を結んだ。
 その行動をケイは察したようだ。
「ヤクのルートを究明しようっていうのではないの。さっきも名乗ったけど、私は捜査一課、麻薬などは二課の仕事」
 クスリを売買している身として、売人は自分を取り締まるのが二課であると知っており、それとは別の一課がなにを扱っているかも把握していた。
「俺からなにが聞きたいんだ?」
「連続屍体遺棄事件の被害者の共通点があなたの顧客だったの」
「俺の商売相手は生きてる人間だよ」
 と言い切って、ハッとしたように売人は口を抑えた。
 ケイは被害者の写真を一枚一枚、発見された順に机へ並べていく。生前の元気だったころの写真だ。そして、一枚だけ、最後に並べた写真のみ異質で不気味だった。
 思わず売人は嗚咽を漏らす。
「うぇっ」
「ボクちゃんには刺激が強すぎたかな?」
 その写真のみが前場写真だった。
 身体は黒土で汚れ、全裸の肌は青黒く変色している。皮が捲れ肉を抉られた痕跡は、ひとによる損壊ではなく自然の摂理によるもの。腐っていた。まだ白骨には遠く、痩せ細った肉体には蛆が群がり、今が崩れ落ちそうな死骸からは、写真だというのに臭ってきそうだ。
「ひとりだけ身元不明。心当たりは?」
「ないね。会ったこともない」
「ほかの被害者はもちろん知っているでしょ?」
「さぁ。なぁ、煙草吸っていいかな?」
「今のうちに吸っておきなさい。塀の中に入る前にね」
「へっ、ムショなら前にも入ってるから大したことない。居心地よかったぜ」
「残念だけど、次はすぐには出て来られない。4件の殺人に関わってるのだから」
「俺は殺しちゃいねぇッ!」
「直接はね。この被害者の直接的な死因は餓死だけど、薬物の反応があった。痩せるクスリを売ってるんだっけ?」
「死んだのは俺のせいじゃねぇだろ」
「顧客リストを渡したら、無罪にしてあげる。ただし、監視はつくけど」
「おいおい、ルート究明しないって言っただろ。そんなことしたら、俺が殺されちまう」
「だから監視を付けて証人保護してあげるって言ってるの」
「そんなんだったら、ムショでおつとめしたほうがマシだ」
「まあ、あなたから聞けなくてもケータイを調べさせてもらうけど」
「……ちょっと待て、リストも渡すし、捜査にも協力してやるよ。ちゃんと保護してくれるんだろうな?」
「ええ、約束する」
「ほら、俺のケータイ貸せよ。ロック解除してリストを見せてやるから」
 手錠のかかっていない片手を差し出した売人に、ケイがケータイを渡した瞬間――迂闊だった。片手で受け取った折りたたみ式ケータイを開き、机に叩きつけて割ったのだ。
 ざまぁ見ろ、という表情で売人はケイを見下している。
 ケイは動じなかった。
「少し壊したくらいなら簡単復元できる、残念でした」
「けっ」
 水没させたなら、データの復旧は難しくなるだろうが、この程度なら簡単にデータ抽出ができる。売人だってそのくらのことはわかっていた。
「俺は誰も売らねぇよ」
 あくまで捜査協力するつもりはない。そのアピールだった。

 ――時間はさらに遡る。
 校門を飛び出した碧流は駅に向かって急いでいた。
 ケータイが鳴る。着メロは今週のオリコン1位の女性アーティストの曲。発信者が華艶と知ってすぐに切った。
「ヤバイ、捕まる」
 相手は探偵で人捜しを生業にはしていないが、TSというなんでもやるプロだ。まあ華艶はモグリではあるが。
 とりあえずケータイの電源を切った。電波を垂れ流すケータイは手頃な発信器だ。電波を辿られたらすぐに居場所が特定されてしまう。
 不便ではあるが今は華艶から逃げるのが最優先だ。
 目的地はホウジュ駅。移動には電車を使うしかないので、電車待ちをしている間に追いつかれたらアウトである。
 小走りで駆けるが、すぐに疲れて歩き出す。
「このままだと絶対追いつかれる」
 華艶の運動神経の良さは体育の授業で目の当たりにすることができる。後ろから走って追いかけられたら、追いつかれる気満々だった。
「だれか車とか乗せてくれないかな。ヒッチハイクでホウジュ駅まで行けたら華艶のこと巻けるのに」
 なんてつぶやきながら歩いていると、急に十字路から車が飛び出してきた。
 急ブレーキをかけて止まった車は碧流の目と鼻の先。間一髪だった。
 車が止まってから、凍っていた碧流が今さら倒れ込むように尻餅をついて車を躱した。
「死ぬかと思った」
 肺の奥から溜息が漏れた。
 車はミニバンで窓にはカーフィルムが貼られている。
 運転席から太った男が血相を変えて降りてきた。
「ご、ごめんなさい、怪我はありませんで、でしたか?」
 慌てているのかどもっている。
「へーきでーっす」
 にへらと笑いながら答え、ふと思った。
 ――この車に乗せてもらえないかな?
 相手は碧流を轢きそうになった負い目があるから、オッケーしてくれるかもしれない。
 などと考えていたときだった。
 その体格からは想像もできなかった俊敏な動きで。太った男が襲い掛かってきたのだ。
 なにが起こっているのか理解できない。
 碧流は目を丸くしたまま動けない。まず腕を掴まれ、そのまま胴体を引き寄せられ強く抱き締められたられ、口にハンカチを押しつけられた。
 エーテル臭がして、ふっと意識が遠のき、太った男に支えられた。
 もう碧流の意識はない。ハンカチにはクロロフォルムが染みこませてあったのだ。
 通りの向こうに自転車の影が見える。
 太った男は碧流の両脇に腕を差し入れて、急いでミニバンの後部座席に押し込めようとした。
 ローファーが地面に転がる。
 車に押し込めようとした際、碧流を持ち上げきれずに、かかとを引きずったために靴の片一方が脱げてしまったのだ。
 だが、太った男は気づかない。こちらに向かってくる自転車に気を取られていたからだ。
 雨のような汗を振らせながら太った男は必死だ。
 碧流を押し込めたあとも、次の行動になかなか移れずにキョロキョロとあたりを見回す。
 自転車はすぐそこだ。若い男が乗っている。
 顔を伏せながら太った男は運転席に残り込んだ。そして、やっとアクセルを踏んで車を走らせた。
 住宅街にも関わらず、猛スピードでミニバンは駆け抜けていった。
 自転車の若者はちらりと地面を見る。軽くハンドル切って地面に落ちていた靴を避けた。ただ、それだけだった。
 地面に落ちていた靴を見たにもかかわらず、若者は何事もなくその場を過ぎ去っていく。イヤホンで音楽を聴きながら、流行りのJポップを口ずさみながら――。

《5》

 モグリのTSは正規とは違ったルートを持っていることが多い。帝都におけるTS制度には資格免許があり、いくつかの免責をされる特権がある。その分、ルールに則った活動をしなくてはならず、規定や守るべき法に背けば免許の剥奪もありえる。
 そして、モグリのTSにはその縛りがない。もちろん、モグリにはモグリなりのルールもあるが、彼らは非合法なことだってやる。ただし、バレないように。そのことからも、正規のTSよりも裏社会に顔の利く者も多い。
 華艶にとってこの辺りは庭だ。ホウジュ区にいくつかのルートを持っている。とは言っても、まだまだ若い女子校生TSの彼女には、裏といえるルートはそれほどない。
 自分が直接的なルートを持っていない場合は、情報屋を介することになる。情報屋はプロから個人商店のおばちゃんまで。華艶の場合は主に京吾を介することが多いのだが、彼とは現在連絡が取れない。
「もしもし、華艶ですけどー」
《あ、お兄ちゃんならまだですけど?》
 念のため掛けてみたが、また電話に出たのは妹だ。
「京吾に役立たずって伝えといて」
 ブチッと通話を切る。すぐ次の相手にかける。
「もしもし、マンちゃん? 華艶ですけどー」
《おう、こないだはおごってもらって悪かったな。財布は前に寄った店に置き忘れてたみたいで、ちゃ~んと見つかったぞ。今度埋め合わせに一杯おごるから飲みに行こう》
 相手は三流雑誌の編集長で華艶の飲み友達である伊頭満作[いとうまんさく]だった。
「その借りを今返して欲しいんだけど」
《ん、なんだ?》
「ホウジュ区でヤクを売りさばいてるヤツを探してるんだけど」
《大雑把すぎるな、星の数ほどいるぞ。詳しい情報はないのか?》
「ケータイのアドレスならあるけど。あと相手はたぶん若い男、声の感じから20代くらいかな、ちょっとチャラい感じ。美容とかダイエットとかって言って、ヤクのサンプルをタダで配ってるかも」
《調べてとく、アドレス教えてくれ》
 華艶が電話番号を伝えると、伊頭は無言になった。空気音のノイズが聞こえるので通話は切れていない。
「どしたの?」
《おう、すまんすまん。この番号見覚えがあるぞ。つい最近の取材で……謎の不審死を遂げたグラビアアイドルの……これだ。う~ん、これはリークできないなぁ、次号のネタだ》
「そこぉなんとか、売人さえ見つかればいいから。むしろ取材協力ってことで、この件で情報仕入れたらあげるから」
 ここで華艶は自分の目的が仕事ではなく私用で、友人の行方を探してるだけだと、掻い摘んで説明した。すると伊頭はこれから華艶が手に入れる情報を買うということにした。買値は今持っている情報を話すということだ。
「売人の名前は二宮健児[にのみやけんじ]、警察が張ってるってたしかな情報があって、こっちも張ってたんだが、1時間か前に捕まったらしい」
「はぁ!? 捕まったの? どーりでいきなりケータイ通じなくなった……やば、あたしの着信あったら調べられる……マズったなぁ。ん、捕まったってことは、もうそいつに用ないじゃん、そっちの欲しい情報とかあげれないよ?」
「なにいってんだ華艶ちゃん。契約は契約、華艶ちゃんはこの事件をちゃ~んと調べてもらわないと困る」
「なーっ! タダ働きしろってこと?」
「タダじゃないだろ、今報酬払ってるじゃないか」
「このタヌキオヤジッ! もともとそっちの借りを擦ってことで情報くれって話だったじゃん。なんでこっちが借りを返すみたいな話になってるわけ?」
「まぁまぁ、そんなこというなよ」
「知るか、やっぱマンちゃんとは取り引きしない!」
 ブチッと通話を切った。
 収穫は売人の名前とその所在。欲しかった情報ではあるが、その所在が警察となれば話は別だ。無用の情報となってしまった。
 振り出しに戻る。
 碧流の居場所はどこか?
「こうなったら家か、碧流の自宅で張り込むしかないか」
 華艶を避けていても、自宅にはいつか戻るだろう。
「碧流の家……知らないや」
 まずは碧流の自宅住所を調べなくては。学生の名簿データを調べればすぐにわかりそうだ。
 個人情報の取り扱いの観点から、学生の名簿はしっかり管理されている。とは言っても、学英名簿くらいすぐに手に入る。とくに神原女学園の名簿は女子校ということもあり、男どもに人気もあるため、ネットで調べればすぐに出てくる。
 ケータイでインターネットをして、検索サイトで簡単なキーワードを入力するだけで、いきなりトップで見つかった。
「情報管理甘過ぎ」
 全学生の住所録のリストを見ることができた。2年生の中から、[組番号]を見て木之下碧流の名前を探す。すぐにケータイにメモった。
 ちなみに華艶の住所も書かれていたが、じつはダミーである。
 駅はすぐ目の前だったので、移動はスムーズだった。
 ホウジュ駅から電車で30分ほど。
 車内のドア前に立ちながら外の景色を眺め、華艶はつぶやく。
「遠いなぁ」
 神原女学園には学生寮もあり、通学に時間をかけて来る者は少ない。
 たしか碧流は蘭香の中学時代の後輩だったはず。
「ん、蘭香のウチってこのあたりじゃないのに?」
 ふとちょっとした疑問を覚えていると、真後ろのドアが開いた。下車駅だ。
 駅から出るとケータイで地図を見た。目的地の住所を入力すると、そこまでのルートが表示された。
「えっ、バスにも乗るの?」
 駅前のバスターミナルで時刻表を調べていると、ちょうどそこにバスがやってきた。
 ちょうど会社帰りのサラリーマンたちが多くいる。
 バスに揺られ停留所をいくつか過ぎ、下車してから再び地図を確認する。大通りから住宅街
に入り、少し入り組んだ道を進む。
「一軒家か」
 つぶやきながら見上げた家は2階建て、庭付きで敷地面積は斜め向いにあるアパートと同じくらいだ。
 道路に面した門の脇にあったインターフォンを押す。マイクがない。
 しばらくすると、白髪の婦人が顔を見せた。腰が曲がっておらず、清閑だが眼光が鋭い。
 ――このバアさんタダ者じゃない。
 と、華艶は密かに思った。
「どなたかね?」
 鋼のような声音だった。
「碧流のクラスメートです。碧流いますか?」
「まだ帰っておらんよ」
「そうですか」
「あの子、なにかしでかしたかい?」
「!?」
 なんでわかったのか華艶は驚いた。その表情を見て、老婦人は確信したようだ。
「この子はいつも悪さばかりして、今度はなにをやったんだい?」
「え、えーと……」
 正直に言えるような内容ではない。
 鋭い眼光は威圧感こそ放っていないが、その瞳で見つめられると、なんだか心に焦りが湧いてくる。
「あ、碧流さんが帰ってきたら、華艶が探してるとお伝えください。失礼しました!」
 背を向けて逃げるように走り出そうとすると、その背を射貫く声がした。
「お待ち!」
 心臓を矢で貫かれた気分だった。
「は、はい!」
 慌てて振り返ると、老婦人はある物を差し出した。
「碧流の居場所だったらわかるよ」
「は、は?」
「発信器をこっそり持たせててね」
 老婦人は自分のケータイのアプリを起動させた。
 すっと華艶はその操作のようすを覗き込む。
 今やケータイは小さなパソコンである。一昔前のノートパソコンくらいの機能は備えている。
 このアプリはどうやらグーグル社のグーグルマップを地図データとして使っているらしい。
「あのぉ、あいつケータイの電源切ってるんですけど?」
 と華艶は口を挟む。
 ケータイのGPS機能は電源を切られた状態では使えない。それで探せないことは、すでに試している。
「発信器は別のところにあるから心配ないよ」
「ホントだ、ちゃんと表示された。居場所さえわかれば、あとは自分で探しますんで、ありがとうございました」
「私もいっしょに行くよ」
 立ち去ろうとして背を向けた華艶だったが、その言葉にぎょっとして振り返った。
「いや、それは……」
「居場所が移動したらどうするんだい?」
 さきほど覗き込んだとき、どうやら建物内で動かずにいた。が、そこから移動する可能性は十分ある。
「そのアプリってこっちのケータイで落とせないんですか?」
「できるけど、他人に使わせるのはねぇ」
 と、渋る。
 連れて行きたくないという答えが前提にある。
 同じく華艶が渋っていると、老婦人は目を丸くして慌ただしくなった。
「ほら、居場所が動いてる! ああ、この赤い点を追わないと!」
「マジ? ちょ、見せて!」
 覗き込もうとした華艶の顔からケータイの画面を背けてから、抱え込むようにして自分だけが見えるように老婦人はした。
「まあ大変!」
「えっ、なになに?」
 右から左から、華艶は画面を覗き込もうとするが、老婦人は決して見せない。だんだんとおちょくられてる気がしてきた。
「……わかったから、わかったからお婆さん、連れてけばいいんでしょう?」
「そうと決まれば善は急げ、さっきの場所に向かうよ」
「えっ……居場所動いたんじゃ?」
 その問いに老婦人は答えなかった。
「ちょいと身支度を済ませてくるから待ってなさい」
 ピンとした背筋で家の中に戻っていく老婦人。
「待ってたほうがいいわけ?」
 溜息を吐いた華艶は疲れたようすで背中を丸め、一気に歳を取ったように老け込んでしまっていた。
 先が思いやられる。

 碧流は顔を手で覆いたくても、その手はベッドのパイプに繋がれ、両脚も手錠で拘束されていた。
「いやぁぁぁっ、あああぁぁぁっ!」
 すぐ近くで聞こえる女の悲鳴。
 いったいここがどこなのか、考える前に目の前で女がデブに犯された。
 普段は明るく、物事にあまり動じない碧流だが、その女の痛々しい姿には目を背けたかった。ただ犯されている光景を見せつけられるだけでも、胸の痛みを覚えるが、犯されている女性が今にも折れそうな痩せ細った躰で、悲鳴のような喘ぎ声をあげている光景は悲痛さがある。
 目の前の女性は自分なのだと碧流は思った。このままでは、自分が目の前の立場になる。考えただけでゾッとした。
 碧流をさらった男は、その興奮が治らないのか、スプリンクラーで放水するような汗を散らし、全身の肉を波打たせ腰を動かしていた。
 バックから犯されている女は、自らを支える力もなく、上半身をシーツにべったりとつけ、かろうじてケツを少し上げているよう状態だ。
「あああっ、ゆるしてぇぇぇ……しぬぅぅぅぅ……」
 声をあげるだけで息が切れて死にそうになる。そんな必死の懇願も男には届かず、肉を揺らし続けている。
 だが、男には体力がない。
「んごぉ、んごぉ」
 鼻が詰まったような息をしながら、男は短小を抜いて、女を投げるように仰向けにした。
 巨体が骨と皮の躰にのしかかる。
「ンンンンッグ!」
 女はその体重に耐えかね歯を食いしばった。こんな巨体に乗り続けられたら圧死する。
 男はがむしゃらに舐めた――あばらを。
 興味はあばらにしかない。
 浮き出て波打つあばら骨。舐めればその段差が舌を刺激する。多量に出た涎れが、あばらの段差に溜まる。そして、指先で涎れを伸してあばらに練り込む。
 女は弱った身体で悶える。強力な媚薬によって、脊髄反射的に悶えてしまう。電流を流され、躰が痺れたように痙攣してしまう。
 肺が圧迫され、息が絶えていく。
「クソブタ野郎ッ!」
 怒号が部屋に響き渡った。
 男が動きを止め振り向く。その目つきは狂ったようにギラついている。見つめられた碧流はまったく動じていなかった。
「ブタなのに言葉通じるんだ。ならそのひとからさっさと離れろブタ」
「ぶふぉぉぉぉっ!」
 激しい鼻息を吐きながら男が襲いかかってきた。
 波打つ津波のような男を目の前にして、罵声を吐いて自分から煽っておきながら、碧流は為す術もなく眼を見開いて動けなかった。
 家全体を揺らすような激しい振動。
 巨体によって碧流は押し倒され潰された。
 全身の骨が折れ、内蔵が口から飛び出すかと思った。肺が圧迫され息もままならない。
「降り……ろ」
 息絶え絶えでやっと吐き出した言葉。
 狂気に駆られた男は碧流の制服に手をかけた。
 ビリビリビリッ!
 毟り取るように白いブラウスが破かれ、次々とボタンが弾け飛ぶ。
「やめてっ!」
 叫び声は暗い部屋の闇に呑まれてしまう。
 碧流は脊髄反射的にブラジャーと胸を押さえたが、腕は乱暴に退かされ手の甲をカーペットに激しく打ちつけてしまった。
 胸の谷間に巨大な手が入り、ブラジャーが激しく引っ張られ、背中にあるホックが壊された。
 跳ねるように揺れて露わになった乳房。形のよいお椀型で、プリンのように震えている。
 薄いピンクの小さな乳頭に涎れが落とされた。
 今にもかぶりつきたくなる肉欲の塊。少女の胸はほどよい弾力性もあり、揉みごたえも、食べごたえもありそうだ。
 しかし、この大食漢そうなデブは、肉よりも骨に食指が働くらしい。
 グローブのような手が碧流の脇腹に乗せられ、肉を押し上げ寄せながらあばらに向かっていく。
 本来スベスベで柔らかい少女の肌は、汗でべたつき手に張り付き吸引してくる。それによって、より肉があばらへと寄せてあげられる。だが、男の目的はあばらに肉を集めることではない。そこからさらに肉を遠くに葬り去ろうと胸が寄せてあげられる。
「イタイっ」
 奥歯を噛むようにして碧流は苦痛を訴えた。揉まれるというより潰されている。気持ちよさなんて欠片もない。
 胸を押し上げられながら、乳首もいっしょに引っ張られ、感じてもないのに硬くなってしまう。
 何度も何度も脇腹から肉を持ち上げるように寄せてあげられ、胸を揉みくちゃにされながら乳首が転がされる。
 男の手のひらは大量の汗をかいており、それが潤滑剤となって、乳首が舐めるように刺激される。
「ン……っ」
 生温かい息が鼻から漏れてしまい、碧流は慌てて息を止めた。
 こんなデブにヤラれて感じてしまうなんてプライドが許さない。
 しかし、イヤだと思っても、それが逆に意識を強めてしまって乳首に意識が集中してしまう。
 神経の集中する乳首は血液が溜まることによって勃起し、快感をより強いものにして張り巡らされた乳腺から全身へ電流を流す。
「ンっ……ン」
 堪えた。
 躰を強ばらせて我慢をすることで、下半身にも力が入ってしまう。圧迫された下腹部は子宮をジンジンとさせ、太ももを擦り合わせるように内股になり、全身から汗滲み出す。
 男の手は胸から這うようにして脇へ。
 ゾクゾクッ。
 寒気か痺れかわからない曖昧な快感で、碧流の腕に鳥肌が立った。
 さらに男の手はそこから肩を撫でるようにして、二の腕の肉を削ぎ落とすように撫でる。
 二の腕の鳥肌を撫でられると、背中のほうがゾクゾクして、電流が背筋を降りて股間を突き刺す。
「ンあっ」
 仰け反って半開きにした口から吐息を漏らした。
 苦しい。
 巨大なブヨブヨした熱い肉塊に押しつぶされ、息もままならず頭が真っ白になっているとことへ、快感がさらに頭をマヒさせる。
 意識が浮遊して開いているはずの視界が真っ黒になる。
 ねっとりと熱いものが胸に乳首を舐められている。
 胸を揉みくちゃにされながら、あばらを愛でられている。
 柔らかい肉の上を男の手が這う。年頃の女の子のおなかを摩りながら、下腹部へと降りていく。
 秘所に侵入しようとしている太い指。
 おなかやヒップを締めつけるピチピチのショーツに、無理矢理太い指が捻じ込まれていく。
 碧流は視界を覆う肉塊をぼうっと見ていた。
 思考が働かない。
 男の指はすでに肉の割れ目まで到達していた。
 太い指はきつく閉じた割れ目に入ろうと、ネジを回すように捻じ込んでくる。
「ンっ、あぅ……」
 捻じ込まれる指が包皮を剥いて、小さく顔を出した肉芽を刺激した。
「ン……」
 口を噤むと吐息が無理にでも鼻から向けようとする。
 男の指はさらに奥へと捻じ込まれ、割れ目が完全に開かれた瞬間、そこに溜まっていた粘液がじゅわりと溢れ出した。
 粘液が男の指についたことにより、ぬるりと呑み込まれるように埋もれていく。
「あふぅっン!」
 太い、指にしては太い。
 ヒダの道が吸いつくように蠢き指を呑み込む。
 指先が収まりのよいくぼみにはまり、内臓から膀胱を押し上げてくる。
「ひゃっ」
 今までとは違う声を碧流はあげた。
 碧流の膀胱はパンパンだった。
 ダイエットの空腹を誤魔化すために、ミネラルウォーターで腹を膨らませていたのだ。トイレに行きたくてたまらない。ナカから膀胱を刺激されたら……。
「ンッ!」
 唇を結んで尿道を押さえる。
 だが、男の指に肉芽を刺激すると同時に、尿道口まで刺激され、尿意を促すように摩られてしまっている。
 ふっと力を抜けば漏れ出してしまう。かといって下腹部に力を入れすぎれば、ダムが決壊したように津波のように噴き出してしまいそうだ。
「ンッ……ングッ……」
 じょぼ。
 堪えられない。
 女性の尿道は男のように長くなく、ナカから押されたら堪えらるわけがない。
「漏れ……」
 言いかけて言葉を切った。訴えたらトイレに行かせてくれるだろうか?
 いや、男は口元を不気味に微笑ませ、指をより強く突き上げて膀胱を押し上げてきた。
「ふあっ……やめ……やめないと……殺して……や、ンッ!」
 ぐちゅぐちゅぐちゅ……ぐちゅ……
 愛液が掻き混ざられ、口を窄める膣口で淫音を立てる。
 快感を与えられ膣道がうねるように身悶える。
「出ちゃ……ン!」
 堪えた。
 ここで屈してはいけない。
 ――こんなデブ男に屈するなんて。
 しかし、膀胱よりもさきに肉芽がパンパンに充血して、今にも昇天しそうだった。
 きゅぅっと下腹部に淡い痺れが走る。
「だめぇぇぇぇっ!」
 きゅぅぅぅっ!
 叫びとともに子宮が力が自然と入り、快感の波が脳天を抜けた。
「ああっ、ンあっ……あっ……あああっ!」
 強い快感の波には堪えたが、男の指はナカで動き続け、さらなる波が押し寄せてくる。
「だめ、だめ、だめっン!」
 波は押し寄せるたびに大きくなり、全身がガクガクと震えてまぶたが痙攣する。
 碧流は上向いた顔で口を半開きにさせた。
 その瞬間。
 じょぼぼぼぼぼぼぼっ!
 男の指が抜かれ、薄い黄色の液体が粒を連ならせるような放物線を描いた。
 じょぼ、じょぼぼぼ、じょぼ……
 とまらない、とまらない、もう流れ出してしまったら止めることはできなかった。
 カーペットに染みていく。床などなら拭けばいいが、恥ずかしい排泄物が、たっぷりとカーペットにこびりつくのだ。ぐしょりと不快な肌触りがする尿を吸った布地を碧流は尻で感じた。
 しかし、このときすでに碧流は口から涎れを垂らして気を失っていた。

《6》


 取引にも応じなかった売人を2課に引き渡し、ケイは新たなルートから捜査を続けていた。
 被害者はそれぞれ、推定死亡日の古いほうから順に、バレリーナ、女子校生、ファッションモデル、グラビアアイドル。この中で目を引くのは女子校生だ。彼女だけが一般人であり、ネットの痕跡を辿っても、ネットアイドル的なこともしておらず、ブログには平凡な日常の愚痴が綴られていた。
 この4人の被害者の共通点はなにか?
 同じ売人から、同じクスリを買っていた。それ以外にこれと言って共通点は浮かび上がってこなかった。だが、被害者には犯人のターゲットとなりうる共通点があるはずなのだ。
 クスリは直接的な要因ではないのか?
 薬物反応はあったが、直接の死因は餓死。外傷はなかった。
 発見された死体は土や落ち葉で汚れ、時間の経過で腐乱していたが、生前は丁寧に扱われていたことがわかっている。捜査の結果から、被害者の髪は同じシャンプーで洗われ、コンディショナーもボディソープも同じ商品であり、それはおそらく犯人が用意したのだろうと推測されている。その商品は販売数も多いため、購入記録を辿るのは無理だった。
 外傷がないというのは、暴行もなかったということであり、食事が与えられなかったということ以外は、虐待といえる証拠が挙がらなかった。
 犯人の目的は?
 餓死させることが目的であった場合、性的サディストと言える。が、被害者を丁重に扱っていたようすから、それは矛盾する。
 無秩序型の犯人は生活圏内で犯行をするが、秩序型の犯人は生活圏外での犯行をする。慎重な下調べと計画を練られたであろうこの犯人は、秩序的な犯人といえる。
 被害者はホウジュ区の売人からクスリを購入していた。けれど、彼女たちの住んでいる場所、連れ去られたであろうおおよその場所は、それぞれ異なった場所だ。
 最初の被害者とされているのはバレリーナであり、死亡推定日時は4ヶ月ほど前とされている。ひとり暮らしで、レッスンの帰りから翌日の舞台稽古に来なかった間に連れ去れたと思われる。連れ去りの現場の目撃者は見つかっていない。
 2人目は女子校生で、家出の常習犯であったことから、家族などからも失踪人届けが出されず、長らく事件化されていなかったが、屍体の発見により連れ浚われていたことが発覚。点々と放浪していたため、連れ去られた場所の特定はまだできていない。
 3人目はファッションモデルであったが、痩せすぎが原因で解雇され仕事を失っていた。焼けになって遊び歩いていたらしい。ひとり暮らしで、いなくなって数日ほど気づかれなかったが、友人が連絡を取れないことを心配して警察に相談。だが、現金やケータイ、服やキャリーバッグがなくなっていたので、本人の意思による失踪だと思われていた。
 4人目は人気絶頂のグラビアアイドル。オフの日に忽然と姿を消す。やはり、自宅からは荷造りをした痕跡があった。
 自らの意思で失踪したと思わせる工作をするなど、この犯人は少しずつ学習して犯行を熟れ巧妙になっている。
 大抵の犯人は犯行の間隔が縮まる。が、この犯人にいたってはそれがない。被害者が連れ去られた日時と死亡推定日には間隔があり、すぐには殺されていない。あくまで死因は餓死だからだ。この犯人は被害者が餓死するまでは、次の犯行をしない。
「ひったくり!」
 老女の金切り声でケイは考え事を遮られ現実に引き戻された。
 ハンドバッグをかっぱらい、バイクで逃走するフルフェイスの男。
 ケイは激走してくるバイクに向かって腕を伸ばした。
 ガグッ!
 腕が男の首にはまりラリアットが決まった。男はそこから折れるように後方に倒れ、バイクから転げ落ちた。
「いった~」
 腕を摩りながらケイは痛そうにしているが、もっと痛そうなのは男のほうだ。首を両手で押さえながら、アスファルトを転げ回っている。
「窃盗の現行犯で逮捕」
 地面を転げ回る男を踏みつけて静止させながら、ケイは片手でハンドバッグを拾い上げた。中から飛び出してしまっていたケータイも同時に拾った。
 自然と目に飛び込んでくる。
 ケータイの画面にはこの周辺地図と目的地の印。疑問には思ったが、些細な疑問だ。
 近づいてきた老婆にケータイをバッグに入れて返す。
「はい、おばあさん。盗られた物はそれだけ?」
「ありがとう、婦警さん」
 バッグを受け取った老婦人は、中に入っていたケータイの安否を確かめた。
 その背後から華艶が小走りで追いついてきた。
「目の前で信号変わっちゃって、危うく見失うとこだった」
 華艶とケイの目が合う。一瞬だけだ。面識はない。
 まだ呻いている男を無理矢理立たせて、ケイは片手でケータイを出した。
「別の刑事に引き渡すから、おとなしくしてなさい。おばあさんには簡単な聴取がありますので」
 ――こいつ警官か。と華艶は思ってイヤそうな顔をした。
 職業柄、普段から関わり合いたくない相手だが、今はとくにそうだ。
 華艶は老婦人の腕に自分の腕を絡ませた。
「おばあちゃん、早く行こう。急がないと時間に遅れちゃう!」
 声のトーンをいつもより上げて、カワイイ孫を演出してみた。
「あのひとは時間に厳しいひとだからね」
 と老婦人も合わせた。
 いそいそと行こうとする二人をケイが引き止める。
「あの、お名前と電話番号を」
 にっこりと微笑んだ老婦人はケータイでアドレス交換をして、軽く会釈をしてこの馬を華艶と去る。
 その後ろ姿を見ながら、ケイは首を傾げた。
 なにか引っかかる二人だ。
 ケイは歩き出す。
 目的地は第1の被害者とされるバレリーナがひとり暮らしをしていたマンションだ。第1の被害者には多くの情報があるハズだった。犯人が事件を起こす切っ掛けがそこにあったかもしれない。

 住宅街を歩き回り、目的地に辿り着いた。
 華艶はその一軒家を眺める。周りの家と変わらない。この風景に溶け込んだ家だ。
 駐車場があり、ミニバンが停まっていた。窓にはカーフィルムが貼られている。ヘッドライト近くに擦った損傷があった。そういえば、さきほどここへ来る途中、華艶はなにかとぶつかって擦れた電柱を目にしていた。
 華艶は横を見る。
「ここで間違いないの?」
「ほら、この中で間違いない」
 木之下柏[きのしたかえ]はケータイの画面を見せた。名前はここに来る途中の雑談で聞いた。木之下の性ということは、碧流と同じなので父方である可能性高いだろう。
 点滅する目的地を示すマークは、この家の敷地内にある。
「てか、なんでここにいるの?」
 華艶たちは碧流が事件に巻き込まれていることをまだ知らない。
 だから、とりあえずインターフォンを押した。
 住宅街が閑散としている。
 いつまで経っても返事がない。
 もう一度インターフョンを押した。壊れているわけではないだろう。少なくともこちら側はちゃんと鳴っている。が、返事はいっこうになかった。
「留守? でも発信器はこの中でしょ。発信器ってどこにつけてあるわけ?」
「それは企業秘密さ」
「う~ん、でも発信器だけここにあって、本人はいないって可能性もあるわけだよね。てか、なんでこの中から反応があるわけ? 碧流の知り合い?」
 本人がいなくても、発信器がここにあるということは、行方を探る手がかりが家の中にあるかもしれない。
 しかし、問題はアレだ。
 家の外観を華艶は隅々まで調べる。目に止まったのはSECOMのマーク。セイコホームセキュリティである。つまり、この家は防犯対策が成されており、無断侵入を困難にしていた。
「あー、まずいなぁ。踏み込んだらすぐバレる」
 バレなきゃ踏み込む気であるところが、犯罪意識の低さを伺わせる。
 事件沙汰だとわかっていれば踏み込んだだろう。けれど、逃げた碧流を捜しているにすぎない。華艶と柏はそのつもりなのだ。
 まさか誘拐されているなど思ってもみない。
 困ったように二人が顔を見合わせていると、そのとき突然!
「助けてーっ!」
 屋内から女の悲鳴が聞こえた。
 首を傾げる華艶。
「孫娘だよ!」
 と、柏はすでに家の裏手に走っていた。
 叫び声はいつもの声とトーンが違うため、華艶はとっさに気づかなかったようだ。
「えっ、マジ!?」
 柏に釣られて走り出し、追いついたときにはガラスの割れる音がした。
 唖然とする華艶。
「おー、マジ?」
 感嘆が漏れた。
 老人なのにアクティブ過ぎる。割って開けた穴に、腕などが傷つかないように袖口に手を引っ込め挿し入れ、内鍵を解錠して窓を開けると、柏は振り返りもせず土足で室内に上がり込んでいった。
 ドドドドドドッ!
 家中に響き渡る物音。足音ではない。もっと大きな、まるで落石があったような音がした。
 その現場にすぐ辿り着いた。
 階段の下で全裸の碧流がブタに押しつぶされていた。もとい、ブタではなく全裸の巨漢だ。
「た~す~け~てぇぇぇ」
 消え入りそうな声で碧流が呻いた。
 ブタ男は気を失っている。おそらく落石音はこいつが階段を落ちた音だろう。
 碧流はパッと目を丸くした。
「げ……ばあちゃん」
 こんな情けない格好で祖母とご対面なんて合わせる顔がない。全裸の男女。年頃の娘なので、色事の一つや二つあるだろう。だが、相手がこんなブタなんて。
 華艶も呆れている。
「なにしてんの? 新しい彼氏?」
「ち、違うしッ! 誘拐だよ、誘拐。このデブに誘拐されたんだって、マジ事件だし!」
 碧流は苦しそうな顔をして言葉を続ける。
「あばら折れそう。このブタ早く退かして、マジヤバイ」
 ブタ男は想像どおりの重量で、華艶ひとりの力では退かせなかった。そこで老婦人も手を貸したが、二人でも本当にやっとで、どうにか転がして退かすことができた。
 落石事故から生還した碧流は思い出したように、ハッとして口を開く。
「上に、上の部屋にもうひとり!」
「ん?」
 と、華艶は首を傾げ、慌てて碧流は言葉を付け加える。
「もうひとり拉致られてるの!」
 今までは『どーしょーもない碧流』という気持ちだったが、華艶はここでやっと事件性に気づいた。事は思っていたより重大だったらしい。
 ブタ男を飛び越して華艶は階段を駆け上る。
 上と言われたが、どこのだ!?
 目に飛び込んできた最初の扉を開けた。
 真っ暗な部屋に微かな気配がする。
 思わず華艶は息を呑んだ。
 ベッドで死んだように女が横たわっている。痩せ細っているその姿は、まるでミイラのようだ。たしかめると息も脈もあった。だが、弱々しく今にも事切れてしまいそうだ。
 すぐさまケータイで救急車を呼ぶ。
「消防いらない救急早く! 監禁されてた女性を助けたんだけど衰弱が酷くて死にそうなんだってば! 住所? ちょい待ち!」
 通話を保留にして、ケータイのGPSで自分の位置を確かめる。
「カミハラ区××××丁目××-××、表札は内山田だったハズ!」
 通話の最中だった。
 1階から叫び声だ!
「逃げられた!」
 この声は碧流だ。
 女性をこの場に残しておけないが、今は下が気になる。
「とにかく救急車至急寄越して!」
 通話を切りながら華艶は階段を駆け下りると、柏が壁に寄りかかって座り込んでいた。
「男が急に暴れ出して」
 柏はゆっくりと腕を上げて玄関を指差す。
 その方向へ華艶は走った。すると玄関で立ち往生している碧流を発見した。
「あのブタ野郎ばあちゃんを突き飛ばして!」
 苛立つ碧流だが、開いた玄関から身を隠すようにドアの裏に隠れ、顔を出して外を見ていた。全裸だったので追いかけられなかったのだ。
「どっちいった?」
 華艶が尋ねると、碧流は右を指差した。
「あっち」
「オッケー、お婆ちゃんと女にひとよろしく、救急車は呼んだから!」
 言い終わる前に走り出していた。
 残された碧流が叫ぶ。
「よろしくって、あたし全裸なんだけど! 救急車来る前に服、服ーッ!!」
 叫び声を背中で聞きながら華艶は通りに出た。
 相手はブタ男だ。そう遠くヘは行けまい。
 右手を見ると、脂肪の塊を波打たせながら、ブタ男がケツを振って走っていた。走ると言うより、見た目は歩いているようにしか見えない。スライムが移動しているようだ。本物のブタのほうが断然マシな走り方をする。
 このペースなら華艶はすぐに追いつける。
「このデブ野郎!」
 華艶が叫ぶと、ブタ男はギョッとして振り返った。
 なぜか華艶も眼を剥いた。
 視界に飛び込んできた光景。
 急ブレーキの悲鳴があがった。
 焼けるタイヤ。
 閑散としていた住宅街が、その一瞬、よりいっそう音を消してしまったように、凍りついた。
 重い音が響き渡り、ブタ男が乗用車に跳ねられた。
 車のヘッドライトの一方が破損して、フロントガラスには蜘蛛の巣が走っていた。ブタ男はヘッドライトに当たり、そのまま勢いよくフロントに乗り上げフロントガラスに激突したのだ。そして、アスファルトの上で気絶していた。
 運転手の女は顔面蒼白で身動き一つできずに固まっている。
 華艶も唖然と固まっていたが、職業柄再始動は早く、ブタ男に駆け寄った。
「あー、やば……事故だよね。あたし悪くないし、過失ゼロだし」
 足下に血溜まりが広がってくる。血の流れ出す位置から、おそらく頭部のどこかを強打していたらしい。
「とりあえず、救急車をもう一台呼んでおくか」
 しばらくしてサイレンの音が聞こえた。
 先に運ばれたのはブタ男だった。車に撥ねられ頭から血を流し意識不明。犯人から事情聴取することは不可能だった。
 だが、この男があの事件に関わっていたことは、すぐに明らかになり、2人の誘拐及び拉致監禁の被告人、4人の屍体遺棄の被疑者として扱われた。これから罪状はもっと増えるだろう。
 被害者の碧流ともうひとり監禁されていた女性か聴取したが、碧流は浚われて間もなく自分を浚った犯人がブタ男だということ以外、めぼしい情報は得られなかった。もうひとりの被害者は入院を余儀なくされ、まだショックから立ち直っておらず事情聴取は先送りされた。
 犯人が意識不明であり、事件の全容はまだ解決されたとは言い難いが、拉致されていた2人の被害者は助かり、事件は一応の解決を見せたかに思われたが……。

《7》

 夜に星が輝いている。
 警察署から出てきた華艶にちょうど通話がかかってきた。
「もっしー」
《あの事件を解決したそうじゃないか》
 相手は伊頭だった。
「らしいね。今警察で聴取受けて事件のこと聞いたとこ」
 屍体遺棄及び餓死による不審死。犯人はブタ男であることが明らかになり、人気絶頂のグラビアモデルが絡んだ事件として、今後紙面を飾ることになるだろう。
《華艶ちゃんにぜひとも取材の申し込みをしたいんだ。犯人を追い詰めて美少女女子校生って触れ込みで》
「女子校生ってワードで釣ろうとするあたりが三流雑誌だよね」
《人気グラビアアイドル、奇怪な殺人事件、犯人を追い詰めた女子校生。これで売れないわけない。華艶ちゃんの取材はウチの独占ってことにしてくれよ。事件が事件だから、大手も大々的に報じるから、なかなか厳しいんだ》
 電話越しに華艶は嫌そうな顔をする。
「そーゆーの無理。匿名で受けてもすぐ身バレするし」
 一般人ですら、なにか事件を起こせばすぐにネットで身元がバレる。
《だったら美少女女子校生TSで実名取材報道させてくれ。そうすりゃ華艶ちゃんの仕事も増えるだろ》
「べつにガツガツ仕事ヤル気ないしー。本業学生ですから」
 いつもTS業を優先してるせいで、留年までしてるのはどこのだれだろうか。こういうときだけ学生を盾にする。
 華艶はTSということを秘密にしているわけではないが、だからと言っておおっぴらにしているわけでもない。けれど、そういう特殊なことをしていると、自然と周りに知られることになる。とくに学園内では大きなウワサになり、さらにはマンションの部屋も借りにくくなる。
《ちょっと待ってくれ》
 と、突然伊頭が言って、向こうから聞こえてくる背景音が遠くなった気がする。マイクに手を添えたのかもしれない。
 微かに聞こえる。
《なんだと!?》
 すごく驚いた伊頭の声だった。
 再び声が大きくなった。
《事件はまだ終わってないかもしれないぞ》
「なんの?」
《救われた被害者が病院から消えたらしい》
「自発的にじゃなくて?」
《その可能性もある。忽然と消えちまって、なんにもわからんそうだ。だが、関係者の話によると、保護されたあともひどく怯えたようすで、病院から出たがってたようだ》
「それってやっぱ自発的に逃走したんじゃないの? ほら監禁されてた後遺症で、病院に入れられるのイヤだったとか」
 しかし、華艶が被害者を見たとき、虫の息と言ってもいいほどだった。あの状態で自発的に病院から逃走できるだろうか。
「でもべつに最初から事件とは無関係だし。友達探してただけだから、いっか」
 疑問は残るが、必要以上に首は突っ込まない。職業柄、もちろんTSのほうだが――依頼以外の事件は極力避けたかった。と普段から思ってはいるのだが、どういうわけ華艶は事件やその周りは事件を引き込む。だからこそ、事件には首を突っ込みたくないという気持ちも強くなるのだが。
《今週の紙面に間に合わせたいから、明日にでも取材受けてくれよ》
「えー、だからヤダって」
《頼む、一生の頼みだ》
「一生の頼みって絶対一生じゃないし。てかさ、マンちゃんに借りつくってもちゃんと返してくれないし」
《雑誌はいつもより売れたら金一封も出す!》
 歩きながら通話をしていると、後ろから女性が颯爽と華艶を抜き去っていった。
 すれ違ったときにチラッと見た顔に見覚えがあった。あの女デカだ。とても険しい表情で足早に歩いて行ったようすから、なにか事件でも起きたのだろうか。タイミングから考えるに被害者失踪事件がらみかもしれない。
 その後ろ姿を見ていると、ケイがケータイを出してしゃべりはじめた。
「新たに発見された屍体が?」
 少し語尾は驚いたようすのニュアンスだった。言葉の順序が気になる。新たな屍体の発見に驚いているのではなく、屍体になにか気になることがあったのかもしれない。
 こっそりなにげなく華艶は何食わぬ顔で後ろを付けて歩いていた。首を突っ込まないと決めていても、実際に取る行動がそうとは限らない。

 ケイは華艶の尾行には気づいていなかった。一課の刑事にしては迂闊であるが、彼女は今、唇を噛みしめながら、先ほどまで見ていた録画映像を思い出していた。
 犯人の家から応酬した証拠品の中に、画質の悪い録画映像があった。最近はケータイの動画撮影機能でも、高画質な映像を撮ることができる。ただし、適切な明るさの場所ならば。
 その映像は全体的に暗かった。暗い部屋だった。そう、犯人の部屋だ。
 記録が残されて映像は、陵辱と日々痩せ細っていく女の記録だった。
 レイプ監禁犯の傾向として、ファンタジー[妄想]に何度も耽るために、記録を残しておくことが多い。この犯人もそうだった。
 山のような肉塊がゴゾゴゾと暗闇で動いている。
 ベッドには極限まで痩せ細った女が横たわっており、生きているのか死んでいるのかわからない。
 男は女の足先を眼前まで持ち上げた。
 鶏ガラのようになってしまった足。指の付け根から、骨が足首まで連なっているのがよく確認でき、筋や血管が浮いているのもよく見える。血管は蒼白い肌よりも蒼かった。
 男は骨を愛した。肉ではなく、皮に覆われた骨。骨、骨、骨。
 骨とは本来は肉に覆われ、躰の中に隠されている。その隠されたモノが、こうして目に見えるまで隆起することが男の悦びであった。
 足の中でとくに男が好きなのが、人差し指、中指、薬指、この3本から手首へ伸びている、鳥の足のような骨が浮き出たラインだ。
 好物を前にして男の口から自然とヨダレが垂れた。そのたらこのような唇から、ねっとりとしたを出し、足を舐めはじめる。
 まずは親指だ。舌先を親指の先に乗せ、上唇と下唇で挟むように吸引して丸っと親指の付け根まで呑み込む。チュッパチュッパと、棒付きキャンディーをしゃぶるように、頭を上下させながらしゃぶり回す。
 死んでいたかに見えた女が身悶えはじめた。弱々しく衰弱した躰で、穴の開いた袋から空気が漏れ出すように声を出す。
「ン……は……はぁ……」
 この被害者女性は何日監禁されているのだろうか。もとの姿が想像できないほどやせてしまっている。まるで即身仏としてミイラ化してしまったように見える。
 しかし、彼女は生きている。そして、こんな躰にもなっても、身悶えずにいられないのだ。
「あぁ……あ……」
 舐められているつま先に力が入り、ふるふると震えている。
 男は指と指の間を舐める。牛タンのような舌を伸し、指と指の間に捻じ込ませ、干からびた肌を濡らし、痩せてできたシワを伸していく。
 足の裏を垂れるヨダレ。それを追うように男の唇が肌を這う。
 ぞくぞくっ……。
 足の裏から背筋に駆け抜けてくる痺れに女は軽く背中を仰け反らせる。さらに浮き出るあばら。男はそれをちらりと見て、口元を嬉しそうに歪めた。
 牛タンはかさついた踵[かかと]から、撫でるようにして上に向かって足の裏を舐める。
「ああぁ………」
 すると、再び女は背中を反らせ、あばらが隆々と浮き出た。
 嬉しそうに口元を歪めた男は顔をこちら――カメラのレンズに向けた。
「うまく撮れたかな?」
 こどもがはしゃぐような弾んだ声だった。
 再び足の裏を舐め回すと、あばらが浮き出る。遊ぶように、それは何度も繰り返された。
 やがて疲れ果てた女の感度が悪くなり、男の舌は足からふくらはぎへと移動していく。
 ふくらはぎには、そのふくらとした丸みはなく、骨と筋。脚を持ち上げると、肉が下に垂れのではなく。肉を失い伸びてしまったようになっている皮が垂れた。
 脛の骨の脇にできたくぼみに舌が這う。同時にふくらはぎを、何本かの指先でくすぐられ、女は新鮮な反応で悶えた。
「ン……あぁ……」
 細くなった太ももには、太い血管が噴き出てしまっている。そこから付け根へ向かっていくと、股間と股を繋ぐ内股にある太い筋が、くぼみになって浮き出ており、舌を這わせてやるとヨダレがたっぷりと乗っかった。
 男の舌が這う。男の髪が肌に触れる。付け根に徐々に近づくにつれ、こそばゆい感覚がゾクゾクになり、手や足の先から痺れが抜けていく。
 そして、脳まで痺れてしまう。
「ン……あぁはぁぁン……」
 短調で静かな喘ぎ。ふっと吹いたら消えてしまいそうな蝋燭の火のような声。命の灯火。
 芋虫のような動きで男に顔を埋めた。
 こんなにも干からびた躰でも蜜が溢れていた。
 美味しそうな蜜を男は指で割れ目に沿ってすくった。
 痩せていてもまだ柔らかな陰唇。じゅるりと蜜がたっぷりと指先にこびりつき、弾くようにして肉芽を刺激した。
「ンはぁ」
 躰を強ばらせて女の全身の皮膚が引っ張られ、筋肉と骨が盛り上がる。微かに膨らむ乳房の頂点で乳首が勃つ。
 指につけられた蜜は太ももに塗りたくられる。浮き出た太い腿の筋を軽く掴むようにして、股間からひざ裏へ、ひざ裏から股間へと、太い筋を撫で回しながら蜜を塗る。
 そして、男は太ももに頬ずりをした。
 女特有の柔らかさなんて微塵もなかった。まるで岩に頬ずりをしている感覚。
 少し離れたカメラのマイクまで、男の荒々しい鼻息が聞こえてきた。
 堪らなく興奮した男は自ら股間に手を伸し、短小を握ってしこりはじめた。
 肉が揺れる。巨体を揺らしながら男は自慰をする。それを見た女は身悶えた。
「挿入て……くださ……い」
 自慰などせずに挿入て欲しい。
 男は両膝をつきながら、股間を前へ突き出した。
 腹の肉に埋もれ、皮にまで埋もれている短小。
 弱った躰を起こして女は短小を握った。
「舐めて……気持ちよくしたら……挿入れて……くれますか?」
 男は頷いて答えた。
 大きく口を開ける女。痩せて角張った顔。鼻の横から頬に沿う筋が浮き上がる。
 短小は簡単に呑み込まれた。
 ゆっくりと頭を動かして短小をしゃぶる。女の口の中は唾液が少なく、ねっとりと舌が蛇腹のような皮に張り付く。さらに舌は皮の中に這入っていき亀頭に触れた。
 波打つ男の躰。
 尿道口に捻じ込まれる舌先。
 チロチロと尿道口の割れ目を何度も突くように舐める。
 ブタが鼻水を噴き出すような音がした。それが男の呻きだった。
 とぴゅ。
 ちっちゃな水鉄砲のように噴き出し、女の咽頭に当たった白濁液。
 短小から顔を離した女の開けられたままの口の中で、舌の上に乗って蠢いているように見える白濁液。女は舌を巻きながら白濁液を呑み込んだ。
 ごくりと音を鳴らしながら、痩せた首でのど仏が動くのがよく見えた。
 自らはただ舐められていただけなのに、男は全身に汗をぐっしょりとかき、息を切らせてながらそのまま倒れるようにベッドに仰向けになった。
 全身の肉が重量で流れるようにベッドの上に広がり、腹の肉で隠れていた短小が微かだが顔を見せた。
 女は躰を引きずるようにして男の短小を跨いだ。
 骨と皮だけの手によって短小の皮が剥かれる。薄桃色をした亀頭が顔を出し、尿道に残っていた白濁液を滲ませた。
 女の手によって亀頭が膣口に導かれる。
「ンはぁぁぁぁ」
 息を呑みながら女は上向いて喘いだ。
 這入ってくる。
 小さくとも男のモノが体内に這入ってくる。
 すぐに短小は埋もれてしまった。
 太った男にも、痩せた女にも、どちらにも動く体力がなかった。
 女は男の腹に両手をついて、自らの躰を支えるのに精一杯だった。それでも微かにナカで短小が動いている。男の肉は水袋のようで、乗っているだけで躰が揺れ、ナカに振動が伝わってくる。小さな快感がジワジワと下腹部から広がっていく。
 それだけに、もっと欲しくて堪らなかった。
 女のケツには肉がない。尾てい骨が浮きだし、本来は尻の肉を支えるハズの腸骨が羽のように突き出している。恥骨のあたりにもほとんど肉がなく、騎乗位になっているこの体勢で、より深く肉棒をくわえ込むことができる。
 それでも長さが足りない。
 女は命を削りながら動きはじめた。
「あひぃぃぃあぁぁぁふぅぅぅ」
 腹肉の上でバウンドするように、腰を上下に揺らして奥に届かせようとする。
「はぁぁぁぁうぅぅぅ」
 激しく揺れる。
 死に物狂いで女は男の腹の上で躍った。
 白眼を剥きながら、舌を唇から垂らして、うつろな表情で女は快感を貪る。
 男もそれに応えようと、女の細い腰を両手で掴み、懸命に女の躰を持って上下させた。
 激しく交じり合うふたりに合わせ、部屋がまるで揺れているようだった。
 揺れていた。震えるようにカメラまで揺れていた。
 充満する汗の臭い。
 苦しそうな顔をして汗で目を開けられない男。
 歯ぎしりの音。
 男は両手でベッドを叩いた。
 どびゅっ!
 短小から放たれた汁。
 女は全身を痙攣させた。
「ひゃあああああぁぁぁぁっ!」
 ビグゥン! ビグゥン!
 下腹部が強ばり、膣道が短小を握り締める。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 絶叫しながら女は目を白黒させた。
 ビシャァァァァァァァッ!
 躰に残っていた水分をすべて噴き出す。
 そして、女は頭の重みで後頭部から倒れ、ぬぷりと膣から抜けた短小。
 男は息を切らせて動けない。
 女も息もせず動かない。
 だが、この中でカメラが動いていた。
 映像が上下に激しく揺れながら、ベッドへと近づいていく。
 そして、真っ暗になった。
 ――映像が途絶えたのだ。

《8》

 もう夜も更けているが、ケイは病院に来ていた。
 被害者の女性が失踪した病院ではない。
 個室のベッドで眠っていたのはブタ男だった。
「起きなさい」
 声をかけた。手は触れていない。
 被疑者とはいえ病人。ケイの行動は非常識である。が、今は一刻を争う状況だったのだ。
「起きなさい」
 襟首に手がかかった。もう始末書では済まず、懲戒処分だけでなく、訴えられる可能性もある。
「血は多く流れたけれど、軽傷だったと聞いた。もしかして、寝たふりじゃないでしょうね?」
 ブタ男のまぶたが痙攣し、額から珠の汗が流れた。
 ケイは掴んでいた胸ぐらを乱暴にグイッと持ち上げた。
「起きなさい!」
「ひぃぃっ!」
 声帯を震わせながらブタ男は眼をギョッとさせた。起きていたのだ。
 冷たい視線に射貫かれたブタ男は怯えきっている。
「な、なんなんだよぉおまえぇぇ」
「帝都警察捜査一課河喜多ケイ」
 警察手帳を見せつける。
「警官がこんなマネしていいのか!」
 唾の雨を降らせながら訴える。たしかに状況はケイのほうが不利である。が、処分覚悟であれば、臆することなどなにもなかった。
「変態殺人者に人権なんてない」
「ぼかぁ人殺しなんてしてない!」
「ふ~ん、じゃあなにをしたの?」
「理想のあばらを求めてただけだ、なにが悪いんだぁ!」
 犯人のフェティズムがあばらにあることは、あのビデオを見れば明白だった。けれど、犯人の口から直接聞くと、そのために何人もの女性が犠牲になった――4人は死に至っていると思うとやり切れない。
「あなたがどんな変態嗜好を持っていようと構わない。しかし、それによってひとを傷つけ、死に至らしめたことは許さない」
「だれも傷つけてない、大事にしてたのに、勝手に動かなくなったんだ」
 胸ぐらを掴んでいたケイの手に力が入る。
「あなたの言い分はどうでもいい。量刑は裁判が決めてくれる」
 帝都エデンは日本国同様に、法治国家である。犯罪者は法が裁く。
 日本では2004年に裁判員制度の法律が制定され、2009年から施行された。だが、帝都ではそれより早い2002年の時点で施行されていた。
 帝都における法律や条令は帝都があるもともとの領を保有していた日本に倣っているが、いくつかの箇所で違いが見られたり、ほかの国々にすら存在していない法がある。
 公職選挙法や普通選挙制度などもあり、議員が存在し、大臣がおり、内閣もある。ただ、総理大臣の仕組みと、帝都の首都であるミヤ区の区長の選ばれ方がほかの区と違う。ミヤ区の区長は総理大臣を兼任しているためだ。
 帝都の総理は都民による投票で決まる。そこが日本とは違う。アメリカの大統領選挙に近いといえば想像しやすいだろう。
 そして、日本は天皇という存在が例外的でほかの国と異なるが、総理を置いている国は総理の上に最高権力者が存在する。王国に総理職があれば、総理の上にいるのは国王。イギリスであればエリザベス女王。帝都の場合には、総理の上に9人のワルキューレがおり、これが帝都の最高機関でもある。そして、頂点にいるのが女帝だ。
 日本の警察は内閣府、つまり内閣総理大臣の所轄下に置かれる国家公安委員会が管理する警察庁だが、帝都における帝都警察が属する警察庁は内閣ではなくワルキューレの所轄下にあり、ワルキューレのひとりであるアインが長官だ。帝都の防衛省も同じくワルキューレの所轄下でアインが長官である。民主主義国家はシビリアン・コントロールの下にあるべきだが、このような点から上辺だけの民主主義だという批判が国外から特にある。
 しかし、帝都エデンはこの地球のどの国とも違う異質な都市なのだ。
 軍のあり方も、警察のあり方も、この街に合わせなくてはならない。
 ケイは投げ捨てるように胸ぐらを突き放した。
「内山田丸夫23歳。16歳のときに父親の転勤に合わせこの街に移住。18歳のとき、父親は脳卒中で死亡、母親は10ヶ月前に死亡」
「うわぁぁぁぁぁ!」
 突然叫んで暴れようとした内山田に銃口が突き付けられた。
「話はまだ終わってない。あなたが関わっていると思われる新たな被害者が発見された。これまでの被害者が遺棄されていたのとは違う場所。まだ身元は特定できていないけれど、私はこのひとが最初の被害者だと思ってる。死亡したのは7ヶ月ほど前、餓死させられるまでの期間があるから、誘拐されたのはもっと前のはず。おそらく母親の死をきっかけに、それがストレス要因となり、一連の事件を起こす切っ掛けになったと思われる」
「うるさぁぁぁい、だまれえええっ!」
「母親は熱中症で死んだそうね。生前の写真を確認したら、両親共にあなたと同じ体型。どうして被害者を餓死させたの?」
「痩せてないとダメなんだ、痩せてないと、痩せてないと死んじゃうんだぁぁあ!」
 結果として餓死させていたとしても、彼には被害者を殺す意図はなかったのだ。理解しがたいが、むしろ救っているつもりでいた。
 内山田丸夫は幼いころから太っていた。それは両親が2人とも太っているゆえの、遺伝と生活環境のせいである。彼はそれがコンプレックスだった。
 しかし、彼は痩せられなかった。
 だから好きになる女性はみんな痩せていた。自分にないものを求めたのだ。
 直接的ではないものの両親2人は肥満が原因で死んだ。その母親が死んだとき、もとより痩せている女性が好みであったが、よりいっそう女性は痩せていなくてはならないという強迫観念に駆られるようになった。そして、事件は起こった。
 一人目の被害者は近所に住む女性だった。
 ずっと気になっていた女性であった。けれど、声を掛けることもなく、ただ遠くから眺めていただけ。彼女は痩せていたが、より痩せたがっていた。と、内山田は思っている。
 なぜなら、彼女の捨てたゴミを漁ったときに、ダイエット食品を見つけたからだ。
 はじめの犯行は計画的とは言えなかったが、彼女を愛でる妄想は四六時中していた。そして、ついに彼女を衝動に駆られ拉致したのだ。
 一連の犯行の中で、彼女だけがクスリをやっていなかった。被害者たちの共通点があの売人だったのは、次のターゲットを見つけるのに適していたからだ。
 内山田は思っている。
 ――彼女たちは痩せたがっていた。
 そして、痩せさせなくてはないないという強迫観念。
 この二つが合致したとき、事件は起きたのだ。
 一人目の犯行の屍体遺棄場所は内山田の家の近くだった。ほかの被害者とは違う場所で、計画性がなくずさんだ。ほかにも違う点があり、残る被害者は衣服や所持品がまったくなかったが、この被害者は持ち物や衣服、スタンガンがいっしょに埋められていた。ただし、免許証などの身元を証明する物はなかったゆえに、被害者の特定ができなかったのだ。
 しかし、2件目以降は急に慎重になり、手口も鮮やかになっていく。
 その理由は犯行になれたからなのか?
 いや、違う。
「病院に入院していた被害者が連れ去られた。あなたの指示?」
 ケイは核心を突いた。
 犯人は1人ではない。内山田には協力者がいたとケイは疑っていた。
「ぼかぁ指示なんかしてない。ぼかぁなにもしてない。ぼかぁあばらを愛してただけなんだぁぁぁぁっ!」
 取り乱しているが、嘘をついているとは思えなかった。けれど、嘘ではないとしても、妄想に駆られていないとは限らない。
「協力者はいったいだれ? 被害者をどこに連れ去ったの?」
「知らない知らない知らないぃぃぃ!」
 白眼を向いた内山田はドッと汗を掻いて気絶した。
 ケイは冷静に脈を測る。そして、ナースコールを押して病室をあとにした。
 外で見張りをしていた男性警官は、ケイが出てくるとそっぽを向いて、あからさまに見ない振りをしていた。が、ケイが背中を見せると、その尻を見ながら鼻の下を伸すのだった。

 内山田が逮捕された明後日――。
 早朝に変死体が発見された。
 死因は餓死。
 まだ内山田は入院中であり、屍体はひと目のつかない場所ではなく、病院の前に捨てられていた。そう、内山田の入院している病院だ。
 犯行はこれまでと異なる点が多い。だが、餓死の屍体がわざわざ内山田の入院する病院の前に捨てられていたことから、事件を関連づけないほうが不自然である。そして、その疑惑を決定的にしているのは、この被害者が内山田に拉致されていた女性で、のちに病院から失踪した、あの被害者だったからだ。
 被害者の身元は公表されておらず、入院していた病院も伏せられていた。内山田の事件とは無関係を装っていたのにもかかわらず事件は起きた。
 酒と煙草の香る店内。バーモモンガでニュースを見ていた華艶のもとへ電話がかかってきた。カウンターにひじをつきながら、めんどくさそうにケータイの表示を見ると伊頭だった。
「取材なら受けないから」
 出るなりそう言い切った。
《新たな被害者が出たってニュース知ってるか?》
「もち。犯人捕まったのにね」
《なにか情報つかんでないか?》
「共犯者がいるっぽいよ。河喜多って女デカが捜査してる。いや、過去形か。強引な捜査してたから、ハズされたっぽい」
 じつは内山田の病院まで後を付けた。
《詳しいな。この借りはそのうち返す》
「代金は取材拒否で」
 と、華艶は一方的に通話を切った。
 すぐにまたケータイが鳴った。
 またか――と思いながらケータイを確認すると、見知らぬ番号からの着信だった。
 この手の電話は不用意に出ないほうがよい。この街では命取りになる。出た瞬間、いきなり呪詛をかけられる可能性もある。とくにTSなんて商売をやっているとそうだ。
 だが、TSをやっていると、重要な電話も多々あるため、出ないわけにもいかなかった。そこで、ケータイにはあらゆる呪術や魔法に対するコーティングが施されている。と、言ってもすべてを防げるわけではないが。
「…………」
 通話に出た華艶は一言もしゃべらない。しゃべった瞬間に発動する呪術やキーワードによって発動するものもあるからだ。
《華艶ちゃんかね?》
 老いているがしっかりした女性の声だ。聞き覚えがある。
「あー、碧流のお婆ちゃん」
 電話番号を教えてないのに、碧流にでも聞いたのだろうか。けれど、わざわざ掛けてくる用はなんだろうか?
《孫娘を知らんか?》
「昨日の今日でまたいなくなったの? 放課後まではいたよ?」
《発信器が途絶えて、あの子になにかあったんじゃないかって》
「トラブルメーカーだから、なにもないって言い切れない。まあ、でもへーきへーき」
 華艶は溜息を吐いた。
《それが……街の防犯カメラを調べたら、あの子らしき女子校生が何者かに浚われる映像が残っていて》
「ちょい待ち、防犯カメラ調べたって」
《もう警察には匿名でファイルを送りつけて、警察庁のホームページのトップには動画をあげて置いたから》
「ちょっ、待っ!」
 大きな疑問があり話を遮ろうとするが、柏は構わず話し続けている。
 老人はこういうところがあって嫌いだ――と、華艶は密かに思いながら相手の話が一段落するのを待つことにした。
《警察は動いてくれてるようだけど、こっちには警察からも犯人からも連絡がなくて、碧流が浚われたという確証が得られなくてねえ。もしも本当に浚われていたとしても、犯人から身代金の要求もない。その手の誘拐事件は被害者に大きな危害が及ぶ可能性が大きいんじゃないかって私は思うんだよ》
 内山田の事件も身代金目当てではなかった。そして、結果的に被害者は死に至っている。
 誘拐の被害者は36時間以内に殺されるという統計がある。
 子供だと統計が変わり、99パーセントが24時間以内、75パーセントが3時間以内、44パーセントが1時間以内に殺される。
「二日連続で誘拐されるなんてふつーないし……」
 普通はない。が、似た事件は最近起きている。内山田の事件の被害者が病院から失踪し、今朝変死体となって発見された事件。さきほどのニュースだ。保護から朝までの短い時間に殺されている。
 だんだんと華艶は不安になってきた。
「碧流っぽい子が浚われた現場は?」
《カミハラ駅に向かう途中の大通りだよ。ミニバンがやってきて、車の中に引きずり込まれたようだね。街の防犯カメラが設置してあった反対車線だったものだから、犯行の瞬間は映ってなかったんだが、車が再び走り出したら女子校生が消えていてね》
 ミニバン?
 その車はもしかして見ているかもしれない。
「それって犯人の家にあったやつ? 警官が封鎖とか押収してんじゃないの?」
《それがどうやら持ち去られたようだね》
「わかったとりあえずこれからカミハラ駅向かうから、現場教えて」
《私はもう駅ビルのカフェで待ってるから早く来なさい》
「……は? はい。カミハラ駅でしょうか?」
 なぜか敬語になってしまった。
《そこからならそんなに時間もかからないだろう?》
「あのぉ、あたしがどこにいるのか知っているのでしょうか?」
 ふふふ、と笑い声がして、
《早く来なさい》
 通話が向こうから切られた。
 ――あの婆さん何者なんだ?
 と、華艶は疑問を抱かずにいられなかった。

《9》

 あっという間に後部座席に押し込まれ、大きな人影に馬乗りにされたかと思うと、手首を縛られ、目隠しをされ、両脚も縛られた。
「縄食い込んで痛い!」
 叫んだ口に布を噛まされる。
「ふぐんぐんぐふー!」
 なにを叫んでいるかわからないが、かなり怒っていることは伺える。
 身体の自由と視界を奪われ、自分の置かれている状況がわからず、碧流は耳を覚ませてみた。
 荒っぽい息づかいが聞こえる。碧流の拉致で息を切らせたのだろうか。
 身体がガタッと揺れた。車が走り出したのだ。
「ふぐふふふふふふぐー!」
 また叫ぶが相手はなんの反応も示さない。
 いったいどこに連れて行かれるのか?
 なぜ浚われたのかも碧流にはわからない。
 きのうだってそうだ。わけもわからないうちにデブ夫に浚われた。
 ――やっぱあたしが美少女だから?
 と、考えて、ちょっとニヤッとしたが、冷静になって鼻から溜息をもらした。
 内山田が入院していた病院の前に屍体が捨てられていた事件は、朝のニュースでは情報が間に合わず少し取り上げられ、その後の時間からは大きく取り上げられたため、学校にいる碧流は事件のことなど知る由もなかった。朝から大々的に取り上げられていたとしても、碧流はニュースなんか興味ないので知らなかっただろうが。
 デブ夫は捕まったので、この犯人は別人のハズ。けれど、碧流はもしかしてと思った。まさか逃亡したのではないかと。
 自分を車に押し込んで浚った相手の顔は見ていない。いきなり背後から襲われ、焼けるような痛みが腰のあたりを襲って怯んでうずくまった。そうしているうちに、車に押し込まれ身体を高速されて目隠しをされた。
「ううっ」
 まだ腰のあたりが焼けるように痛い。やれれた瞬間に、電気がバチバチと鳴るような音がしたので、おそらくスタンガンだろう。スタンガンでは気絶に至ることまではまずないが、相手の動きは一瞬以上止められる。
 車は走り続け、信号で何度か停止しているようだが、目的地にはまだ着かないらしい。
 縄で縛られながら、碧流は下半身をモゾモゾと動かしはじめた。どうにかして逃げようとしている行動にも見えるが、そうではなかった。
 モゾモゾと動きながらも、股はかなりキュッと閉まっている。
 漏れそうなのだ。
 変な汗が体中から滲んできた。
 口に噛まされた布には唾液が染みこまれ、口の中の水分が奪われていくが、股間はそういうわけにはいかなかった。
 揺れる車内。そのたびにジュワッとしそうになる。
 ガタッ!
 車が持ち上げられて落とされたような悪い道を通った瞬間、車内では躰まで持ち上がった。
 座席に腹から叩きつけられた碧流は血の気が引いた。
 ちょっとチビった。
 腹ばいの姿勢からどうにかグルッと回転して、仰向けになって必死に叫ぶ。
「ふぐぐーッ!」
 通訳すると『漏れるーッ!』である。というか、すでに漏らした。
 しかし、まだまだ膀胱はパンパンで決壊したら大洪水になる。
「ふぐっ! ふぬっ! んぐふぐっ!」
 通訳はしないが、暴言を吐いている。
「ふぐぐぐぐっ! ふぐーっ! ふぐーっ! ふぐーっ!」
 車内にくぐもった叫びが響き渡る。
 ガタッ!
 急ブレーキが踏まれたようだ。
 またちょっとチビってしまった。
 ドアの開く音がして、すぐに閉まった音がした。さらにまた開く音がしたかと思うと、後部座席に何者かが乗り込んできた気配がした。
「んぐっ!?」
 驚いた碧流。両頬を潰すように鷲掴みにされたのだ。
 バチバチバチバチッ!
 このスパーク音は聞き覚えがある。碧流は寒気がしてブルッと身体を震わせた。
 バチバチバチバチッ!
 痛いだけではない。今それを喰らったら――。
 制服が捲られて腹が出された。そこへスタンガンが押しつけられた。
 バチバチバチバチッ!
「んぐぅぅぅぅぅっ!」
 ジョボボボボボボボボボボボ……。
 叫びながら失禁してしまった。
 止まらない。
 純白のショーツが黄ばみ、布をコポコポと内側から膨らませながら、小水を漏らし続ける。
 失禁の最中はスタンガンの痛みで頭は真っ白だったが、電流が止められると恥ずかしさが込み上げてきた。
 股間に濡れた布が張り付き温もりが残っている。
 先日の記憶が蘇ってきた――また漏らしてしまうなんて。
 やはり目隠しの先にいるのはデブ夫ではないのか?
 しかし、デブ夫はこんなことはしない。
「ぐっ」
 髪の毛が引っ張られ碧流はくぐもった声を漏らした。
「んんんんぐっ!」
 乱暴に髪を鷲掴みにされたまま頭が引きずられる。
「んぐっ」
 そして、顔面を濡れたシートに押しつけられた。
 頬が冷たい。体温と同じくらいの温かかったものが、今はシートに染み込み冷えてしまっている。
 嗚呼、自分で漏らした小水を顔になすりつけられるなんて……。
 まるで雑巾のように、何度も何度もシートに顔面を擦りつけられる。碧流を人間とは思っていない扱いだ。
 髪を引っ張られる痛み、腹の火傷も強烈に痛み、漏らしてしまった恥ずかしさ、それを顔に擦りつけられる不快感、そして顔の見えない相手への恐怖。
 感情は渦巻き混乱をもたらす。
 自分の中で処理しきれなくなった感情は自然と溢れ、涙が零れた。
 バリバリバリバリッ!
 またあの音だ。
「ふぐんんんんんんっ!」
 すべての感情が恐怖に変わった。
 また腹にスタンガンが押しつけられる。だが、まだスイッチは入っていなかった。
 ゆっくりとスタンガンは肌に押しつけられながら、下腹部から股間へと下がっていく。
 恐ろしいことが起きようとしている。
「んぐぐぐうううううっ!」
 碧流は泣き叫んだ。
 しかし、この犯人は容赦なかった。
 黄ばんで透けた割れ目にスタンガンが捻じ込まれ、布越しに肉芽を刺激される。
 気持ちよくなんかない。それでも肉芽は少し硬くなってしまった。
 そこへ――。
 バリバリバリバリッ!
「ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 股間を起点にして碧流は何度も激しく背中を反らせて全身で跳ねた。
 あまりの痛さに気が狂う。
 そして、まだ残っていた尿を膀胱から吐き出してしまった。
 シャァァァァァァァッ!
 放心しながら碧流は電流が止まっても躰をガクガクと揺らしていた。口に布を噛まされていなかったら、舌を噛んでいたかもしれない。
 目隠しに滲む涙。
 バシッ!
 いきなり碧流は頬を叩かれ意識が現実に戻された。
 恐ろしい、ただ恐ろしい。
 なぜこんな仕打ちを自分が受けなくてはならないのか?
 バリバリバリバリッ!
 またあの音だ。
 そして、碧流は考えることをやめた。
 今はただ堪えるしかなかった。

 たばこ臭い駅ビルのカフェに着き、奥の席まで首を伸して見回すと、木之下柏老婦人が優雅にコーヒーを嗜んでいた。
「ダッシュで来ました」
「早かったねえ。それでは行こうかね」
「ちょっと休ませて……いえ、いいです。行きましょう」
 肩で息を切りながら、華艶は柏と店を出た。
 柏はケータイの地図を頼りに駅前の大通りを進んでいく。華艶はケータイを覗き込んで尋ねる。
「あのぉ、どうしてあたしの居場所がわかったのでしょうか?」
「ケータイの位置を調べただけさ」
「いちようデータとか電波とかスクランブルかけてあるんですけど、あたしのケータイ。解析してハックしたってことですよね? だれが?」
「私が」
「……あー、そうですか」
 なんだか溜息が出た。この婆さんハッカーだ。しかも腕がいい。
 持っているケータイは見た目こそ、市販モデルと同じただのスマートフォンだが、おそらく中身は改造されている。
 柏が立ち止まった。
 まだ現場からは距離があるということと、その先が現場であることはおのずとわかった。なぜなら、白バイとパトカーが見え、警察が現場の取り調べをしていたからだ。
「あれじゃ近づけない」
 華艶はつぶやいて横の柏に顔を向けた。
「あなたがS級以上のTSならねえ。モグリは嫌な顔されるだけだね」
「トリプルSだろうと警察はTS嫌ってますから嫌な顔されます」
 ちょっと華艶はツンとした。
 実際にはトリプルSなんて階級など存在していない。モグリではなく正規のTSだったとして、おそらく華艶はFまであるランクの中でCといったところだろう。階級の壁は厚い。
 現場を調べることができないとなると――。華艶は自分で考えずに柏に丸投げすることにした。
「で、どうすんのお婆ちゃん?」
「今、照合中だからちょっとお待ち」
 ケータイを見ながら答えた。
 数秒後、老婦人の瞳が輝いた。
「オービスで引っかかったよ」
 自動速度違反取締り機。自動的に制限速度以上で走行する自動車のナンバーなどを撮影する。写された車は内山田のミニバンだ。
 近年、撮影の精度はどんどん高くなり、稀にいる時速300キロの改造車だろうと、運転手の顔もしっかりと撮影できる。はずなのだが――。
「こすったみたいにぼやけて、う~ん、性別もわからないねぇ」
「どれどれ? こういう嘘心霊写真あるあるぅー」
 覗き込んだ華艶は何度も頷いた。大柄な影が運転席にいるのはわかるが、黒く影になったようにぼやけて人物の特定は視認では難しそうだ。
 犯人の顔はわからないが、通った場所は特定できた。
 さらに柏はそこから街の防犯カメラなどのデータサーバーにハッキングして、車の通った道を辿った。なかなか骨の折れる作業だ。
「こっちには来てない……少し戻ってこっちの交差点の録画データを……」
 タッチパネルの液晶を撫でるように動かしていく。走行距離が長いと、さらに痕跡を辿るのは困難だ。
 ミニバンが停車している録画映像。早送りにしてみたが、いっこうに動かない。もう少し戻してみると、この場所に車がやって来て停車すると、反対側のドアから人が降りるような影が見えた。
「ラブホか」
 と、華艶はつぶやいた。
 ビルにそれっぽい装飾の看板が掲げられていた。街の中心街から外れた国道沿いにあるラブホテルだ。
 華艶は手を上げてタクシーを止めようとしたが、反対車線だったので停まってくれなかった。
「融通が利かないなぁ。とりあず駅まで戻ってタクシー拾おっか」
 誘拐現場の検証は警察に任せ、華艶たちは犯人の追跡をすることにした。

《10》

 謹慎処分を喰らって銃と警察手帳を取り上げられてもなお、ケイはこの事件を単独で捜査していた。
 警察機関で働く知り合いのIT技術分析官から情報をもらい、華艶たちと同様にオービスから犯人の追跡をしていた。
 この犯人は内山田の事件を関係がある。ケイは前日と今日の誘拐事件以前から、犯人は複数であると考えていた。誘拐した女性たちに淫らな行為を迫っていたのは、内山田であると録画映像が証明している。加えて一度目に碧流を浚ったのは内山田。
 しかし、ほかの件はだれがやったのか?
 1人目の被害者と2人目の被害者は、犯行の仕方が変わっていた。1件目は無秩序的であり、2件目は秩序的である。2件目以降、犯人が学習したとも考えられるが、犯人が2人いたのなら、違う者が実行犯であった可能性が出てくる。
 2人目がいたと確信したのは、あのホームビデオの映像だ。あの映像は第三者による撮影だった。録画が停止される寸前、カメラ自身が動いたのがその証拠だ。
 ケイはこう考えていた。1件目は内山田による発作的な犯行。2件目以降の誘拐犯は協力者による犯行。そして、内山田が捕まって以降の犯行も協力者による犯行だ。
 しかし、ここで1つ問題がある。
 2件目から4件目までの犯行は、目撃者もおらず、失踪の工作など、犯行を隠匿するようであったにもかかわらず、内山田が捕まって以降の2件は明るみになることを辞さない覚悟が見える。犯行の質が変わったのは、内山田が捕まったことに発起すると考えるのが自然であり、それはこの犯人にとって大きな出来事であったのだろう。
 内山田が捕まったことは第二の犯人にとって大きなストレス要因だ。追い詰められた犯人は自暴自棄になり、なにをするか予測もつかなくなるということはある。この犯人もそうであれば危険だ。
 現に昨日病院から消えた女性は、次の日には屍体となり病院の前に捨てられていた。いや、内山田に捧げられていた。
 内山田の目的はあくまで餓死させることではなく、痩せさせてあばらを愛でることにあった。死んでしまったのは彼にしてみれば事故だ。
 しかし、こちらの犯人も同じ性癖を共有しているとは限らず、死んでいても構わないと考えているかもしれない。
 最近、碧流が痩せてしまったとはいえ、餓死するにはまだ余裕がある。単に餓死させればいいというのではなく、あくまで骨と皮になるように痩せさせなくてならない。餓死であれば3日もあれば可能だが、痩せさせるのであれば猶予があるかもしれない。が、帝都に置いて絶対がないのはこの街の必定。
 そして、犯人はまだ特定できていない。
 オービスの写真は華艶たちが見たとおりだったが、ケイはほかの映像なども分析官に解析してもらったが、映りが悪く犯人は特定できなかった。
 内山田の自宅は家宅捜索され、死んだ両親たちの痕跡しか見つからず、もうひとりの犯人は浮かび上がっていない。犯行に使われたと思われる車両は押収前に持ち去られてしまった。
 運転していた車を止め、ケイはラブホテルの前で降りた。このホテルには駐車場がある。が、犯人の車は道路に止められていた。
 ケイは犯人のミニバンを確認した。その運転席のドアの手前になにか起きている。車のキーだ。
 鍵を拾い上げてから、ドアに手をかけてみると、ロックされていなかった。
「乗り捨てた?」
 外装も古そうだったが、内部もかなり古く壁が傷んで剥がれているところがある。部屋に直接車で乗り付けることもできず、料金も自動精算ではないようだ。フロントにはオバチャンがいた。
 ケイは警察手帳を提示する。
「話を聞かせて」
「ウチの店は違法なことはしてませんよ」
「その捜査じゃないから安心して。誘拐犯を追っているの」
 ケータイの画面に碧流の写メを表示して見せつけた。
「この子、見たことない?」
「ああ、この子なら女の人と……う~ん、そんなような気もするんだけどねぇ」
「どこの部屋か教えて!」
 オバチャンに聞いてから、すぐさま走ってその部屋に向かった。
 相手が情事の最中だろうか構わない。
 勢いよくドアを開けた!
 静まり返る室内。
 薄暗い照明の中にひとの気配はなかった。バスルームやベッドの下なども捜索したが、なにも出て来なかった。それどころかシーツにはシワひとつなく、使われた痕跡もない。
 急いで来た道を引き返してオバチャンに詰め寄る。
「もういなかった!」
「そんなハズないけど。う~ん、裏口は鍵がかかってるから出られないハズだけど」
「もうひとりの女の特徴は?」
「う~ん、なんか影の薄い……声も小さい感じで……いや、よく考えるとなにも覚えてないねえ」
 オバチャンの声が少しずつ小さくなっていった。
 ケイは見逃さなかった。オバチャンののど元が大きく動いてツバを呑み込んだのを――。なにかを隠している。注意深く見ると視線も泳いでいる。
 ケイの位置からは仕切りで阻まれ、受け付けの中まで様子が伺えない。ましてや中に乗り込むことも難しい。
「ありがとう、捜査協力に感謝します」
 軽く頭を下げて、その場を後にしてオバチャンの視線から外れた。
 足音を立てて遠ざかる。そして、足を止め、息を潜め歩いた。
 受け付けの部屋があるドアの前に立った。
 聞き耳を立てて中の様子を探る。
「も、もうあの刑事さんは行ったんだから、あんたも消えてくれ」
 オバチャンの震える声が聞こえた。
 ケイはドアノブを回した。カギがかかっている。
 隠し持っていた私用の銃を抜いて構えた。一発撃った瞬間、中の相手には気づかれる。迅速な行動が求められる。
 息を深く吐いて整えるとトリガーを引いた。
 パン!
 パン!
 ドアノブを乱暴に回す。まだ壊れてない。
 パンパンパン!
 連続で銃を撃ち、ドアノブを掻き回すよう引っ張りながら、ドアに躰ごとタックルした。
 ドアが開いて勢いよくケイは部屋に飛び込んだ。その一瞬、バランスを崩して足がもつれてしまった。
 体勢を整えて顔を上げた瞬間!
 悪鬼の形相が眼前にあった。
 牙を剥いた太った女がガラス製の灰皿で殴りかかってきたのだ。
 躱し切れない!
 ドゴッ!
 側頭部を殴打されてケイがよろめく。
 すぐに髪の間から血が滲む。
 思考が眩む。
 銃を構えようと上げた腕がグローブのような手で掴まれた。
 抵抗したがデブ女は怪力の持ち主だった。
 掴まれた腕の骨が折れそうになり、思わず銃を持つ手から力が抜けてしまった。
 なんてことだ、銃が奪われた。
 デブ女は芋虫のような指を無理矢理引き金に掛け、銃口をケイの側頭部の傷に押しつけた。
 グリグリ……。
「イッ……クううッ!」
 歯を噛みしめケイは堪えた。
 デブ女の低い笑い声が響き渡る。
「ヒヒヒヒヒッ、このクソ警官がッ!」
 ケイを羽交い締めにするような体勢のまま、銃口はオバチャンに向けられた。
「ババアは死ね!」
 パン!
 乾いた銃声。
 後頭部から脳漿を吹いてオバチャンは倒れた。
 完全に暴走している。内山田が捕まったことにより、この犯人は見境なく犯行は大胆に乱暴になっている。一度暴走してしまったら、速度を上げながらどこまで走り続ける。この犯人はそこまでキテいるように思える。
 ケイは当たりを見回した。
 床で碧流が横たわっている。目隠しをされ、口に布を噛まされ、両手首は後ろでに、足は足首から膝まで何重にも縄で結ばれていた。尺取り虫のように藻掻いている。
 ケイは無理矢理に逃げることもできなかった。今の犯人は刺激すると、なにをされるかわからない。被害が自分だけならいいが、最悪の場合、碧流まで殺されてしまう。
 まだだ、今はチャンスを伺いながら耐えるしかない。
 これからデブ子はどうするつもりなのか?
「お前も丸ちゃんの捧げ物にしてやる、ありがたく思え」
 ケイの鍛えられた肉体はスレンダーであるが、病的に痩せているにはほど遠い。餓死するには猶予がありそうだ。すぐに殺されないのなら、やはり耐えてチャンスを伺うしかない。
 それにまだこの犯人が本当の犯人であり、内山田とはどのような関係なのか、そしてほかに犯人はいないのか。ほかにも犯人がいるとしたら、碧流は視線の中に捕らえて今のところ無事だとしても、ここで時間を食っている場合ではない。
「丸ちゃんってだれのこと?」
 物静かな口調で相手を刺激しないように尋ねた。
「丸ちゃんは丸ちゃんに決まってんだろ、このアホ警官!」
 罵られながらも、ケイは冷静に対処する。
「内山田丸夫のこと?」
「ほかにだれがいるんだよ。丸ちゃんのためならなんでもしてあげるんだ」
「恋人なの?」
「キィエエエエエエエッ!」
 突然、猛鳥のように叫んだ。
 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「キィィィキィィィィィッ!」
 叫びながら銃口をケイの頭部の傷に捻り込む。
 苦虫を噛み潰したような表情で、ケイは痛みを殺しながら耐えた。
 内山田とデブ子は恋人同士ではないのか?
 付き合う相手がタイプとは限らないが、たしかにデブ子では真逆である。
 いきなり襲われたために、デブ子を大柄な女性としか認識できなかったが、よくよく観察すると、もしかしたらだいぶ若いかもれない。
 太っていると貫禄があり老けて見え、声も野太くなり若々しくなくなる。それを差し引いて見ると内山田よりも若い。若いとわかるくらい歳が離れているような気がするのだ。内山田の年齢は2×歳、この女性は中学生くらいな気もしてくる。
 ケイは捜査資料を懸命に思い出すが、この娘がなにものなのかわからない。
 恋人でないとしたら、体型だけで判断するなら妹などの親族かと思うが、家族親戚に当てはまる者はいない。
「でも内山田のことが好きなんでしょう?」
「そうだよ悪いかよ、ずっとずっと好きなんだよ。でもでも……」
「彼は振り向いてくれない。だから彼の犯行を手助けして気を惹こうとした」
「丸ちゃんが好きなひとはみんなわかる。とくに一人目は特別だった。なんどもなんども痩せようとしたのに、あああああああぁぁぁ」
 取り乱すデブ子の銃口はあさっての方向を向いたが、ここで仕掛けるのはまだリスクが高すぎた。会話を続けながら、状況が好転することに務めることにした。
「二人目以降はあなたの犯行ということ?」
「丸ちゃんは危なっかしいから目が離せない。ウチがついてないと心配で心配で、でもでもあいつらばっかり愛されて、ううううっ」
 もしやとケイは思った。
「彼女たちの死は事故だったの? もしかしてあなたが……」
 内山田が意図的に彼女たちを殺すことはないだろう。彼にとっては痩せさせすぎた結果として、相手が死んでしまった事故だ。
 しかし、デブ子にとってはどうなのだろうか?
 共犯者であったことは間違いなさそうだが、想いや性癖を共有していたとは限らない。
「そうだよ、うちが殺したんだ! 一人目はスタンガンを押しつけてたら死んだ。殺すつもりはなかった、痛い目に遭わせてやろうと思っただけ。ほかのやつらもはじめは殺すつもりなんてなかった、丸ちゃんがまた悲しむから……でも許せなかった、だから食事の量を減らしたりして死ぬのを早めた。でもあいつらが死ぬたびに丸ちゃんは悲しんで、どんどん求めるようになって、ひとりだけじゃ満足できなくなって、うちがいない間に……そのせいで、そのせいで、うちがついてなかったら、丸ちゃんは捕まって……うああああああああああっ!」
 碧流を浚った犯行だ。それが歯車を狂わせた。おそらくこのデブ子に黙っての犯行だったのだろう。
「ごめんね、ごめんね、丸ちゃん!」
 叫びながら謝るデブ子はなにを思ったのか、ケイの口腔に太い指を突っ込んできた。
「うっ」
 のどの奥を触られ、思わず吐きそうになる。
 芋虫のような指が舌の付け根やのどちんこを撫で回す。
「ううっ」
 胃の内容物が上がってきた。
 デブ子はやめない。指を突っ込み続ける。
 限界点を超えた。
「うううっ……ぷ……うぐっ!」
 どろどろどろ……
 吐きながらまだ指が突っ込まれ続ける。
「うぶっ……うううっ」
 止まらない。
 苦しくて苦しくて堪らない。息もできず、鼻水と涙が漏れてくる。
 デブ子は胃が空になるまで吐かせる気だ。
「丸ちゃん、丸ちゃん、丸ちゃーん!」
 まるで絶頂を迎えるかのようなデブ子の叫び。
 サディスティックな行為をしているが、それで快感を得ているのではなく、内山田への陶酔が快感になっている。
 吐かされたケイはぐったりとした。だが、集中は切らせるわけにはいかない。隙さえあれば事態を好転させなくては。
 デブ子は再びケイの頭の傷へ銃口を突き付けた。
「変なマネしたら撃つからな。あいつを運べ、ほかの警官が来る前に。おまえ車で来たのか?」
「タクシーで」
「クソッ」
 嘘をついた。デブ子はその嘘をすんなり信じたようだ。
 銃を背中に向けられながら、ケイは命じられたとおりに碧流を運ぶことにした。
 碧流は手足を縛られているため、背中に背負うことはできなかった。仕方が無くケイは碧流の両脇に腕を入れて、引きずって運ぶことにした。
「早くしろ!」
 苛立つデブ子が叫んだ。
 ケイはそっと碧流の耳元で囁く。
「絶対に助ける」
 今は我慢してもらうしかない。
 銃を向けられたままケイは碧流を引きずって部屋を出た。
 廊下に出ると、カップルと出くわしてしまった。銃を持ったデブ子を見た瞬間に女のほうが叫ぶ。
「キャーッ!」
 デブ子は振り返って、女の隣にいた男に銃口を向けた。
「お前の車まで案内しろ!」
 車を乗り換えて逃走するつもりだ。
 この瞬間、デブ子はケイから目を離していた。
 デブ子はカップルに気を取られて銃口を向けたまま。カップルとの距離はおよそ6メートル。拳銃の殺傷距離は理論上およそ50メートル。
 片手で銃を構えるデブ子の姿はまったく様になっていない。素人ならこの距離は当たらないとケイは賭けた。人質が増えたり、これから多くのひとと接触して、被害者を増やすリスクを避けたかった。
「このデブ!」
 ケイはわざわざ叫んだ。
 急に振り返ったデブ子の銃は狙いが定まらない。さらにケイは碧流から離れており、外れた弾が当たらない配慮をした。
 そして、全身でデブ子の巨体に飛びかかったのだ。
 パン!
 銃が火を噴いた。
 明後日の方向に弾は飛んでいった。
 さらに続けて撃つ。
 パン! パン!
 一発目を撃った反動で構えが不安定になり、二発目はさらに狙いが定まらない。だが、オートマは連続で撃つことができるために、何度も撃ちながら狙いを定めることができる。
 パン!
 4発目はケイの腕を掠めた。
 そして、2人の距離はゼロになった。
 抱きつくようにしてデブ子から銃を取り上げようと揉み合いになる。
 どうにか銃を持つデブ子の手首を両手で掴んだが、まったく歯が立たない。その身体は脂肪だけではなく、怪力を秘めているのだ。手首を掴んだままのケイの足が浮いた。
「うそ!?」
 驚きながらケイは遊園地の回転ブランコのように振り回された。
 壁が迫る!
 ドゴッ!
 鈍い音を立てながらケイは固い壁に激突させられた。
「くうっ!」
 まったく受け身が取れず、変な体勢で壁に当たってしまい、肋骨に酷い痛みが走り、その痛みで手首から手を離してしまって床に落ち、その際にも足首をひねって着地してしまった。
 床に這うように倒れながらケイは顔を上げた。
 カップルたちが逃げていく。デブ子はそれを見ようともしてない。ケイを睨んで今にも殺しそうな形相をしていた。
「クソ警官!」
 叫びながらケイの髪を鷲掴みにして引っ張る。
 頭皮を剥がれそうなほど痛かった。
 ケイは髪を引っ張られるデブ子の手を外そうと、両手で掴んでどうにかしようとしたが、ブヨブヨした肉塊のクセにビクともしないのだ。
 グローブのような手を掴んでいると、そのまま廊下を引きずられた。
 負傷してない片足をバタつかせ抵抗するが、まったく意味がない。
 ケイを引きずりながらデブ子は呪詛のようになにかをブツブツと呟いている。
「待ってて丸ちゃん、こいつをガリガリにさせてプレゼントするから」
 デブ子は部屋のドアを勢いよく開けた。
 真っ最中だった女の喘ぎ声が悲鳴に変わった。
「キャーッ!」
 全裸のまま男女が逃げていく。デブ子はそいつらが眼中にない。もはやほかの警察が来る前に逃げようという気もなかった。
 計算もなく、冷静さもない――完全にプッツンして暴走しているのだ。
 軽々とケイはベッドの上に投げ捨てられた。
 よく弾むスプリングでケイは何度かバウンドした。
 部屋で二人っきりだ。民間人に被害は及ばないと考えて、ケイは仕掛けようと顔を上げた。
 肉に埋もれた顔が醜悪な笑みを浮かべた。
 いい知れない恐怖でケイは全身が凍りついたような動かなくなってしまった。

《11》

 腕を掴まれたケイが砲丸のように投げられ、肩が脱臼しそうなりながらベッドに落ちた。
 つい今し方まで男女が激しく絡み合っていた温もりがシーツに残っていた。ちょうどケイが手をついた場所は、ぬるりとする粘液が付着していて、嫌悪感を顔で表しながらなにもついていない部分のシーツで手を拭った。
 顔を上げるとデブ子が地鳴りを起こしながらこっちにやって来るのが見え、ケイは片肩を庇いながら身構えた。
 山が飛んだ。
 デブ子が両手両脚を広げ、ケイに向かって飛んできた。
 避ける?
 その巨大な肉塊をどう避ける?
 逃げ場などなかった。
 激しい振動を起こしながらケイがデブ子とベッドの狭間で押しつぶされた。
 鍛えているケイでもこのデブは支えきれない。
 ベッドのスプリングでデブ子が弾み、ケイは何度も押しつぶされた。
 骨が軋む。圧死させられそうだった。
 さらに偶然にデブ子のひじがケイの腹にめり込んだ。
「う……ぷっ」
 ケイの目頭に涙が滲む。
 げろ……
 寸前でケイは呑み込んだ。口腔に広がる酸味。鼻からは発酵したような臭いが抜ける。口の端に少し吐瀉物がついていた。
 デブ子が邪悪な笑みを浮かべる。
「呑み込んでじゃねーよ!」
 低く叫びながらデブ子はケイの両足首を掴んで持ち上げた。
「なにをっ!?」
 目を丸くして宙吊りにされたケイが振り子のように振られる。右へ左へ、頭に血が昇り、景色も目まぐるしく回る。
「うぷっ……うっ」
 もう限界だった。
 どろどろどろ……
 振られながら吐瀉物を撒き散らす。
 胃の中が空になっても振られ続けて、込み上げてくる吐き気を治らずに嗚咽を漏らし、頭は苦しいほどに混濁した。
 そして、宙に投げ出され床に激突して意識がはっきり戻った。
 ケイは立ち上がろうとした。だが、床が回って坂道のように見える。どうにか両手をついてが、そこから躰が動いてくれない。
 床についた両手から振動が伝わる。デブ子が地響きを轟かせながら近づいてくる。
 やっと思いでケイは立ち上がったが、足下が憶突かずにふらふらと足踏みをしてしまう。
 ケイの視界を覆い尽くす巨大な肉塊。
 グローブのような張り手が飛んできた。
 バシィィィッン!
 雷が耳に直撃したのかと思った。
 激痛が走りケイが顔面から吹っ飛ばされた。
 再び床に倒れたケイの上に巨体が馬乗りになった。
「丸ちゃん! 丸ちゃん! 丸ちゃーん!」
 愛する者の名を叫びながらデブ子はケイの服を剥ぐように脱がせる。
 必死にケイは素肌を守ろうとするが、ボタンは弾け飛び、布は音を立てながら破かれた。
 白いブラジャーが見えた。ケイは両手で胸元を隠す。だが、その手は怪力で簡単に撥ね除けられ、引っ張られたブラジャーのホックが壊され剥ぎ取られてしまった。
「くっ!」
 噛み殺すような声を漏らしたケイ。露わになった乳房が弾むように揺れた。
 服の上からは隠されていたが、ブラジャーを外されるとその大きさがわかる。活動的な仕事には不向きな大きさ。デブ子のグローブのような手でも持て余してしまうほどだ。
 デブ子は目を血走らせながら目の前にある豊満な胸を鷲掴みにした。
 柔らかい。手の中で溶けてしまいそうなほど柔からかかった。
 揉んでやると指先が柔肉に吸いこまれ、まるで布肌の心地良いビーズクッションを触っているようだ。
「や、やめろ!」
 ケイは叫びながら胸を守ろうとデブ子の手を振り払おうとする。そのたびに胸が激しくタテにヨコに揺れ、乳房の上で鴇色の乳首が躍った。
 グローブのような手が振り上げられるのが、見開かれたケイの瞳に映った。
 パシンッ!
 乳房に激しい平手打ちが喰らわされた。
「くあっ!」
 苦悶を吐いたケイの胸にはモミジのような痕がくっきりと残され、その痕は次第に紅葉していった。
 相手を殺すような眼で睨むケイ。無言だった。言葉を発さず、視線を逸らさず真正面から睨む。
 デブ子にとってそれは堪らなく頭にキタようだ。
「なんだよその眼、ムカツクんだよーッ!」
 再びグローブが振り上げられた。
「このッ、このッ!」
 怒鳴りながらデブ子は何度もケイの胸を叩く。
 バシッ! バシッ!
 そのたびに胸が激しく揺れ、肌全体が燃えるように染まり広がっていく。
 ケイは暴力を受け、痛みが躰を走っていたが、それでも声殺し相手を睨み続けている。これは戦いだ。ケイは決して屈しないと心に決めていた。
 デブ子の濁った瞳。その奥はギラギラと鈍く輝き狂気を湛えている。ケイはこの眼を何度か目にしてきた。傲慢な支配欲の強いヤツの眼だ。
 相手を甚振り恐怖を与えることで支配しようとしている。だからケイは屈しないと決めた。
 こめかみに血管を浮かせ、汗を飛び散らせるデブ子。
「なんなんだよその眼はッ!」
 バシッバシッバシッ!
 胸がはたかれ続ける。
 支配することが目的なので、殺すことが目的ではない。精神的に殺すということはありえるが。だが、相手が屈しなければ屈しないほど、その暴力は激しさを増すだろう。
 巨大芋虫のような指先が乳頭に迫る。
 ギュゥイイイイッ!
 乳首がひねるように握りつぶされ、ケイの顔が苦痛を浮かべた。
 神経の多く集まる敏感な乳首は痛みも激しく、躰をよじらせ悶えたかったが、ケイは額に汗を滲ませながら必死に堪えた。
 乳首は潰されることに反発するように硬くなり、最初はただ抓[つね]られていただけだったが、指と指の間で転がされるようになり擦られる感触も加わった。
 汗ばむ指の皮膚は乳首に擦り合わされると、微妙に引っかかりを覚え、その細かな引っかかりが微振動となって乳首に刺激を与える。痛みだったものが、ほかのモノへと変わりつつあるのだ。
 ケイは唇を噛んだ。
 こんな状況にありながら思考が外れてしまう。
 ――他人に触られたのはいつぶりだっただろう?
 胸を、乳首を触られるのは久しい。
 この仕事に就いてから、言い寄ってくる男はいたが、真剣に交際を申し込んでくる男はおらず、付き合った数はゼロ。男性との交わりもそれと同じ数だった。
 彼氏が出来ない、作らないからといっても、寂しい夜はある。発散ができていないせいか、このごろは月を追うごとに、心と躰に溜まっていくモノがあった。
 ケイは自分の行為をふと思い浮かべてしまった。
「ンっ」
 そして、声が漏れてしまったのだ。
 ケイは眉をひそめて、過ちを犯したという深刻そうな目でデブ子の顔を覗き込んだ。
 笑っていた。
 恐ろしく下卑た笑みをデブ子は浮かべていた。
「感じてんじゃないだろうな? こうやられて感じてんのか?」
 笑いながら操る手つきは急に一変した。抓る力がなくなり、さわわさわわ……と柔らかに乳頭を擦ってくるのだ。それは性的な触り方だった。
 微動が乳首に伝わり、胸は水のようになだらかに流れ動き揺れ、ケイの心も揺らしつつあった。
 はじめはただの暴力だったが、今は性を意識して触ってきている。ケイもより意識せずにはいられなかった。
 他人から受ける性的快感。自分でしていたのとは違う。過去の彼との行為もフラッシュバックしてしまう。
 だめだ、だめだ、だめだ――ケイは頭を左右に振って邪な心を拭い去ろうとした。
 しかし、現実で他人から性的刺激を受けている事実は消えてくれない。
 変に意識してしまったせいで、刺激をより感じてしまい、股の間が落ち着かないケイは太ももを無意識に擦り合わせてしまった。
 その合わされた股の間を割って入ってくる不気味な肉感。
 太い芋虫のような指が肌を張って股の間に這入ってくる。
 ケイはついに我慢競べに負けて叫ぶ。
「やめて!」
 無言で相手を睨み続けていたのに、相手にやめてくれと頼むのは、相手に少なからず屈してしまったということ。強固な壁ほど、一度崩れてしまえば、その先の防御など脆いものだ。
 レーツ付きのシンプルな純白のショーツだった。秘所を守る薄い一枚の布。デブ子は掴んでヘソのほうへグググィッと引っ張った。
「あっ」
 ケイの口から熱い声が漏れた。
 ショーツがヒモのようになって、肉の割れ目に食い込んでくる。
 グッ、グッ……
 リズムをつけて引っ張られると、割れ目の境いあたりにある突出した部分が擦られる。
 グッ、グッ……
 さらに引っ張られると、布地が尻の割れ目のほうか擦られ、ひとに触られたことのない後ろの穴までムズりとする感触に襲われた。
 カーッと熱いモノが顔まで上がってきて、ケイは恥ずかしさで唇を噛みしめ上半身を身悶えさせた。
 溜まらなく恥かしい。
 今までだれにも触られたことがなく、触らせたいとも絶対に思えない穴を、今こうして性的に刺激を与えられているのだ。
 グィィッ、グィィッ……
 ショーツを引っ張る力が強くなり、より押しつけられながら割れ目が擦られる。
「ンっ」
 後ろの穴を襲う気持ち悪くも不思議な快感。皮を被った肉芽を刺激される快感。そして、薄い唇の先にある肉道から、じゅわりとなにかが溢れてしまっていた。
 強く押し当てられた布地に染みてしまう。痴態を視姦されてしまう。感じているなんて思われてしまう。
「ああ……ぅ」
 ケイは顔ごとデブ子から視線を反らせた。
 リスクを顧みない行動派のケイはこれまで危険な目に何度も遭ってきた。それに屈さず、数多くの暴力とも戦ってきた。だが、このような陵辱に遭うのは初めてだった。
 太い指がショーツごと割れ目に押し込まれ、グリグリと蜜の溢れる入り口を押してきた。
「や、やめろ……」
 身をくねらせるケイにデブ子は執拗に指を押し込んでくる。
「濡らしてなに感じてんだよ、この変態!」
 ――変態?
 その言葉がケイの胸を深く抉った。
 変態だなんてことがあるはずがない。自分で思ったこともなければ、ひとから言われたことすらない。その言葉を今ここで浴びせされた。
 意にも介さない言葉であれば、これほど胸を抉ることもないだろう。では、胸を抉られたのはなぜか?
 ケイは下腹部がむせび泣くような感覚に襲われた。蜜口からじゅわりと漏れてくる感覚。無理矢理、好きでもない相手、ましてや同性であるデブ子に陵辱され、感じてしまっているとでもいうのか?
 ケイは心のうちで否定する。
 しかし、デブ子の罵声が脳裏にリフレインしてくるのだ。
 ――この変態!
「ちがう!」
 必死に叫びながらケイはデブ子の脇腹にフックパンチを喰らわせた。だが、まるでゴムのようなその躰はびくともせず、デブ子の顔にもまったく苦痛が浮かんでいない。
 グィィッ、グググィィィン!
 ショーツを引っ張られ、肉芽を覆い守る包皮が捲られる。敏感な神経の集合体である肉芽の先っぽが、絹に擦られ電流が子宮まで突き抜ける。
「はうァッン」
 声を殺そうとしても抗えない。
「うっ……ンぐ」
 ケイは自らの腕を甘噛みして声を抑えようとした。
「ン……ンッ……」
 それでも鼻先か抜ける熱い吐息は抑えようがなかった。
「ぐっしょり濡らしてこの変態女が! おまえも丸ちゃんのこと誘惑するつもりなんだろ、ヤリマン女ァァァッ!」
 グィィィィィッ!
 絶叫しながらデブ子は怪力でショーツを引っ張り、投げ飛ばされそうになるほどケイの腰が浮いたかと思うと、
「アアアアッー!」
 ケイの叫びと同時にビリビリビリッと音を立てながらショーツが破かれた。
 そのまま投げ捨てられたショーツが、壁にぶつかりべちゃりと音を立てて床に落ちた。壁にできた小さな染み。ショーツは愛液によってたっぷりと濡れていた。
 ケイは眉尻を下げて恥ずかしげな表情で股間を手で覆い隠そうとしたが、腕ごと跳ね飛ばされるようにデブ子の怪力で退かされてしまった。
 露わにされた秘所。刈り揃えられた芝生のような恥毛は薄めで、こんもりと盛り上がった恥丘と肉の割れ目が見えてしまっている。肉厚でぴっちりと閉じられた割れ目からは、とぷとぷと愛液が溢れてしまっていた。
 上半身の服はビリビリに破られ、下半身は丸出しにされ、淫らな格好で痴態を晒してしまっている。恥ずかしさが胸の奥からのど元まで込み上げ、熱せられた躰から汗が噴き出し、頬は紅潮してしまっている。
 ケイは心で強く思った。
 ――自分は刑事!
 帝都警察の凶悪な事件とも立ち向かう一課の刑事。世界に類を見ないこの危険な街で、刑事として生き抜いてきた。こんなところで負けられない。
「ああっン!」
 しかし、刑事である前に女だった。
 デブ子の指で割れ目を下から上へと舐めるように撫でられ、すでに皮が剥けてしまっている肉芽を弾かれただけで、女として喘ぎ声をあげてしまった。
 ぬちゃ……ぬちゃ……
 卑猥な音が微かに聞こえてくる。
 ケイはそれを目の前で見た。
 デブ子の人差し指と親指が叩き相合わされ、その間で糸を引きながら淫音を立てている粘液。
「やっ……」
 小さく悲鳴をあげ、息を呑んだケイは瞳を固く閉じて、首をイヤイヤと横に振った。
 瞳を閉じても聞こえてくる淫音。
 ぬちゃ……ぬちゃ……
 それが自分が漏らした愛液が立てる音であることは間違いない。そうと知ってケイは居た堪れず身をくねらせた。堪えられない、自分の痴態で耳を犯されているのだ。
「ひどいっ」
 こんな仕打ちを受けるなんて。
 しかし、まだまだお遊びに過ぎない。
「ひどい? うちのどこがひどいっていうんだよ? この見てくれがひどいのか? このクソ女、痩せてるからって調子ノッてんじゃねーよ!」
 怒りで会話になっていない罵声を浴びせ、デブ子は中指を立ててファックポーズを決めたかと思うと、その指をケイの股に突き刺そうとした。
「やめてーっ!」
 叫んだケイは次の瞬間、時間が止まったように眼を剥いて凍りついてしまった。
 ズブブブブブッ!!
 窄まり閉じられていたピンク色の肉穴をこじ開けながらぶっ刺したデブ子の中指!
 愛液と肉襞が中指に絡みつき、さらに奥へと貫く勢いでファックされた。
「アアアアアアッ!」
 背中を仰け反らせ、腹を突き上げたケイのその下腹部から、ぼこりとファックポーズを決めた指のシルエットが浮かび出た。
 下卑た笑みを浮かべるデブ子。
「こっからが本番だ、覚悟しろよクソ女!」
 デブ子の肉が躍るように動き出す。
 その躰が2倍3倍へと膨れ上がったかと思うと、骨を失ったように崩れとけ、まるでスライムのような姿へと変貌した。
 溶けた肉塊に眼と口を備えたモンスター。
 もはやデブ子は人間ではなかった。
 スライムとなったデブ子の躰から数珠のような肉触手が何本も飛び出し、ケイの肉体に襲いかかる!
 自らを躰を両手で抱き締め眼を見開いたケイ。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 その叫び声は部屋その外まで響き割るほどだった。
 しかし、彼女を助ける者はだれもいない。

《12》

 肉団子が数珠のように連なった肉触手は、イカの足が蠢くがごとく不気味にケイに襲いかかった。
 多量の脂汗を噴き出す肉触手がケイの手首足首に絡みついた。べとべとと肌に張り付く不快な脂汗。ぬめりながら、とぐろを巻いてケイの脹ら脛から太腿へ這ってくる。
「やめ、このっ……やめなさい!」
 気丈な声を張り上げてケイは藻掻こうと暴れるが、ゴムが腕に巻き付いてしまっているように、引いても引いても肉触手に引っ張り戻されてしまう。
 巨大な舌で内腿を舐められているような感触。じわじわと這い上がってくる。溢れ出る蜜の臭いを嗅ぎつけて、太腿に巻き付いた2本の肉触手が秘所を目指している。
「こんなことしてっ……ンぐっ!?」
 言いかけたケイの口に肉触手が突っ込まれた。
 息が苦しい。じゅぼじゅぼと音を立てて口腔を肉触手が出し入れされて犯される。脂汗と涎れが混ざったものが、口の端から漏れ出す。
「ンンーッ!」
 ぐぐもった声を鼻先から出して叫んだ。
 太腿を這っていた肉触手がついに秘所に辿り着き、大陰唇を食い付くように吸引して、肉の割れ目を左右に広げた。
 肉厚な大陰唇の奥には薄い唇があり、その先では肉のすぼみがぐちゅぐちゅに涙を流しながら淫らに蠢いていた。
 漏れ続ける愛液。
 肉穴はなにかを求めるように蠢き続け、包皮から顔を出した肉芽は激しく勃起して硬くなっている。
 この穴はすでにデブ子の侵入を1度許してしまっている。もう二度と犯されたくない。ケイは上半身を左右に悶えさせながら、股間に力を入れて肉穴を締めようとした。
 そんなケイを目の前に猛々しくそそり立ったモノ。まるで鍾乳洞の石灰岩が小山を形成する様を早送りで見ているように、どろどろの肉塊がぐずぐずとそそり立ち、やがてそれはグロテスクな肉棒となった。瘤のような亀頭、カリの傘は大きく、棒にはパールを埋め込んだような膨らみがいくつもある。
 尿道こそないもの、それは男根に酷似しており、なにに使うモノなのか目にした瞬間にわかってしまった。
 ゲルのように溶けたデブ子の顔が下卑た笑みを浮かべた。
「挿入れて欲しいんだろ?」
「バカ言わないで!」
「ウソつくんじゃねーよ、おまんまんにぶっ刺して欲しいんだろ?」
 決してウソではない。
 しかし、秘裂は肉触手によって左右に引っ張り広げられて、晒された肉穴は蜜を漏らし
続け、入り口をパクパクと蠢かせてしまっている。
「死んでもイヤ!」
「じゃあシネ」
 氷のように冷たいデブ子の声が不気味に響き、槍のような肉棒が股間に迫ってくるのをケイは見た。
「いっアアアアアアアッ!」
 ぐじゅじゅずずずずっ……ッ!
 力を入れて締めていた肉穴をこじ開けられ、愛液が卑猥な音を立てながら、肉棒が膣道を抉るように犯し突き進んでいく。
 この二区棒は硬いだけではない。膣内で形を変えながら蠢き犯すのだ。
 ケイは自分のナカで膨らむモノを感じた。
「ああっ、だめぇっ……そこっ……ン」
 ナカで膨れ上がったモノからいくつもの突起が生え、柔肉を内蔵から刺激される。
「いっ、やぁぁぁっン!」
 膣内の指を埋め、ちょうど折り曲げたところあたりにあるくぼみが、肉棒から生えた突起によって強く押され刺激された。
「あうっ」
 下腹部にジンジンと軽い痺れのようなものが快感の波になってケイを襲う。
「そこ、だめ……いや、あっ、あっン……」
 自分でそこがなにかわかっている。寂しい夜に自分をを慰めるときに、指を入れてそこを刺激してしまう。
「あっ、あっ……ああン!」
 声が抑えられずに漏れてしまう。
 肉棒はさらに激しくそのスポットを責め立てる。
「よがってんじゃねーよ。オナニーばっかやってんだろ、開発されてんじゃねーか!」
「違うっ……」
 否定するも罪悪感が残る。ウソをついたつもりはないが、否定も仕切れない心のしこりがある。夜な夜な自分のしていた行為が恥ずかしく、今になって罪悪感に苛まれる。
「違う……違う……」
 言葉にして懸命に否定しようとするが、躰は事実を知っている。
「違うの……ああっ!」
「なにが違うんだよブタめっ、このメスブタめっ、おまえは淫乱なメスブタなんだよっ!」
 ブタのようなぶよぶよの肉塊のデブ子から、ブタ扱いされるケイ。なんて惨めなんだろうと思いはじめてしまった。
 陵辱を受けていることがイヤなのではなく、否定しても感じてしまっている自分がイヤなのだ。そして、否定すればするほど、惨めになっていく。それでも否定しなければ、認めてさらに落ちてしまうのではないかという恐怖感に苛まれる。
「もうやめてっ!」
「なんだ? もっとしてだって? ナカの締め付けが強くなったぞ」
 からかいながらデブ子はゲラゲラと笑った。
 逃げなくては、逃げなくては……。
 ケイは這うようにして逃げようとしたが、脹ら脛から太腿にかけて巻き付いている肉触手に引っ張られ、さらに両腕も背中のほうへ強く引っ張られることによって、うつ伏せの状態から上体を反らすキツイ体勢を取らされてしまった。
 グイグイと腕を後ろに引っ張られ、胸が突き出されて強調されてしまう。豊満な胸は横から見ると、美しい曲線を描く釣り鐘型で、腕を引っ張られ躰が揺らされるたびに、胸も柔らかに弾む。
 弾む胸の上では乳頭が躍る。
 腕は規則的に後ろへ引っ張られているが、胸の弾みは上下だけではなく、振り子のようにも半円を絵が飽き、乳頭はさらに大きく揺れ動く。
 二本の肉触手が左右の乳頭に迫りつつあった。触手は肉を蠢かせ、ブクブクと泡立つように細胞分裂を繰り返しながら変形していく。まるでその先端は亀頭。尿道口まで備えている。
 ぐばぁっ。
 尿道口が開いた。まるで口を開けたように穴が広がり、乳頭にしゃぶりついてきたのだ。
「ひゃあっン!」
 声をあげたケイ。
 生ぬるくヌルヌルした感触が乳首を丸呑みした。
 肉触手は乳首を咥えたままポンプで水を汲み上げるホースのように、波打ちながら蠢いている。
「ああつ、吸わないで……ひゃあああっ、乳首吸われてる……取れちゃう、そんなに引っ張らないでぇ!」
 両乳首をバキュームされ、釣り鐘型の胸が持ち上げられ、引っ張られた柔肉が蕩けるように伸びる。
 肉触手に吸われ続けている乳頭は、さらに硬く尖り、感度が高くなってしまう。単純に吸われているだけではなく、肉の蠢きが舐め回すような感触を伝えてくるのだ。
「乳首だめ……感じやすいの……あっ、あう」
「彼氏に開発されたのか、それとも自分で触りまくってんのか、ここといっしょに!」
 ナカで膨れ上がっていた肉触手が、ズンズンと餅をつくように動きはじめた。
「ひゃあっ、ンっ、ンぐ……激しいっ……もっとやさしく……」
「やさしくだぁ? もっと激しくして欲しいんだろメスブタめが!」
「あああああっ!」
 激しい段差を備えたカリが膣肉を抉り、ピストン運動を繰り返しながら、肉口を出し入れされる。
 じゅぼ、じゅぼ……
 カリと膣肉に絡められた愛液が淫らで下品な音を立て、泡立ちながら掻き出され肉口から溢れ出してくる。垂れた愛液は肉の割れ目から糸を引きながらシーツに落ち、大きな染みつくっていた。
 ケイは眉尻を下げ、唇を噛みしめた。
「ンンっ!」
 下腹部がビクリと痙攣する。
 このままではイカされてしまう。必死に堪えて額から大量の汗を滴らせた。
 乳首とナカを責め立てられ、限界近くまで堪えて堪えているというのに、魔の手は新たな秘所に触手を伸していた。
 肉触手の先端からさらに細い触手が何本も生えた。まるでそれはイソギンチャクのようだ。うねうねと何本もの触手を踊らせ、包皮から顔を出したピンクパールの性感帯の集合体へ。
「ひゃぁぁン、だめっ……あっ、ああああああっ!!」
 イソギンチャク状の肉触手にソコを触れられた瞬間、電流が全身を駆け巡った。叫びながらケイは下半身と唇をわなわなと震わせ、じゅるりとした涎れを垂らした。
 綿棒で突かれるようでいて、筆で撫でられるような刺激の連打で、躰の中でも有数の神経の
密集体を嬲られる。
「クリ苛めないでっ、強い、刺激が強すぎるぅっ!」
 自分でするときはもっと加減をする。それは自分でするときは、もっと快感を得ることができるとしても、その強い刺激を前にしてリミッターがかかってしまうからだ。だが、ケイを責め立てている相手にはリミットはない。
 ケイがいくら快感で狂い藻掻こうと執拗に責める。
 苦しむケイの姿こそが、デブ子にとって達成感を得る悦びなのだ。
「イキたいんだろ、こんなでっかいクリしやがって、ほらイケよ、さっさとイケっつんだよッ!!」
 肉触手が踊り、狂気の形相でデブ子が嗤う。
 ――限界だった。
 ケイの意識が一瞬途切れ、頭が白いモヤで覆われた。
 ビクゥンッ!
 下半身が震え上がり、充血して勃起していた肉芽が、キュゥゥゥゥッとさらに硬直した。
「あああああぁぁぁっ!」
 ケイは顎を突き出しながら乳を震わせ絶頂を迎えた。
 内に広がる快感の波紋。小刻みに連続した快感に全身を侵され、電流が流れるロープで躰を縛られたように身動きを封じられつつ、自分の意に反して痺れで躍らされてしまう。
「ああっ、こんなの……」
 自分ですら、男にですら、こんなに激しくイカされたことはなかった。躰はぐったりと動かず、自慰であればここでおしまいだ。
 しかし、相手に容赦という言葉はなかった。
 イッたばかりの充血してほのかに赤く染まった肉芽を執拗に嬲ってくる。
「やめてっ、もう無理……イッたばかりで苦しいの、もうイケない!」
「イクかイカないか、おまえの決めることじゃねーんだよ。おまえは家畜なんだよ!」
 イソギンチャクの肉触手で肉芽を舐められ、太い触手はピストン運動を繰り返しながらナカを蹂躙する。イッたばかりで感度がよくなったナカは、Gスポットや奥をひと突きされるだけで、悶える快感が下腹部を突き抜ける。
「ああっ、イカされちゃう、だめ……こんなの……違うのイキたくなんか」
「イケェェェェェェッ!」
 絶叫しながらデブ子は全身の肉触手を滾らせ、ケイの秘奥を力強く突き上げた。
 下っ腹に鈍痛が響き、嗚咽と喘ぎをケイは同時に漏らす。
「うっ……イグぅ……やめて、イキたく……あああン、我慢できないィィィッ!」
 目を白黒させたケイは歯を食いしばり、口の端から小さな泡を吐いた。
 びぐぅんっ、びく、びくぅぅぅン!
 昇天は一度では治らない。何度も下半身を跳ね上がらせながらイカされてしまう。
「オラオラ、イケイケイケイケーッ、グハハハハッ!」
 魔獣のような下卑た笑いを響かせながら、デブ子はケイを責め続けた。
 ケイの意識が飛ぶ、そして、戻る。さらにイカされ意識が飛ぶ。その繰り返しで天国と地獄をイキきする。
「ンあああっ、はぁっ、はぁっ、うっ、ンンンンッ、ああああああっ!」
 自分の意思とは関係なくイカされ喘ぎ声で息が詰まる。
 連続で責め続けていたデブ子は疲労感を表情に浮かべている。スライム状のその躰から、肉が溶けたような汗を垂れ流し、激しく息を切らすと、やっとその熾烈な責めをやめ、伸していた触手をズルズルと肉体に収納させた。
 その瞬間、自分の体重を支えられずにケイは上半身からベッドにドスッと崩れ落ち、豊満な胸を押しつぶして変形させながら、うつ伏せになり喘ぎか呼吸かわからぬ声を漏らした。
「ひっ……ふぅ……はぁはぁ……ひっ、うぅぅぅっ」
 瞼が重く開かず、頭が真っ白だ。
 イカされすぎて躰が重い。
 鈍痛がまだ下腹部のナカで響いている。
 そして、火照る躰、子宮はまだ疼き続けていた。
 ――躰は求め続けている。
 イッたことで発散されるどころか、快感が蓄積されて躰の中で燃えたぎっている。
 ――欲しい。
 と、思ってしまった。
 しかし、それを激しく否定する。
 ケイは理性と欲望の間で揺れていた。
 まだ警官としてのプライド、女としてのプライドが残っている。だが、それに勝って女の悦びに躰が味を占めてしまった。
 今まで感じたことのなかったほどの強烈な快感。気が狂うほどの快感に身を任せてしまいそうになる。こんなに気持ちよくなれるなんて、今まで知らなかったし、だれも教えてくれなかった。
 この躰の震えは歓喜に打ち震えているのではないかと思えるほど……。
 うっすらと瞳を開けると、脱ぎ捨てられた男女の下着が放置されていた。この部屋でヤッていた男女が残して行ったものだ。そして、ケイはハッとしてここがどこなのか思い出す。
 ――ラブホだ。
 男女が情事に溺れる場所。
 今この場所で溺れてしまっているのは自分だ。
 考えただけで顔がカーッと熱くなり、火を吹いてしまいそうになる。
 こんな場所で、警官の自分が犯人に拘束され、陵辱の挙句に感じているなんて、あってはならないことだ。同僚にも知り合いにも知られてはいけない。
 すべてを闇に葬ってしまいたい。
 現状を打破しなければ、このまま玩具としてイクところまでイカされてしまう。
 嗚呼、しかし極度の快感は躰に倦怠感として重くのし掛かり、抵抗することを困難にしていた。
 それでもケイは少しずつ冷静さを取り戻し、逃げなくてはと決意したのだった。

《13》

 ケイは両肘をベッドに立て起き上がろうとした。
 その瞬間、肉触手が躰に巻き付け、投げ飛ばすようにして、仰向けにひっくり返されてしまった。
「きゃっ」
 豊満な胸が潰れて伸びて揺れて弾む。
 肉触手が太腿と足首に巻き付き、脚が左右に広げられていく。ケイは必死に股を閉じようとしたが、筋肉が震え力負けしてしまう。そして、まるで分娩台に座らされた妊婦のように、股を大開きにされて秘所を丸見えにされてしまった。
 自分の視界の先で繰り広げれる光景。この体勢をさせられ、その光景がよく見えてしまう。顔を背けたい。だが、その反面で目を離せずにもいた。
 薄毛を掻き分け、さらに肉厚な大陰唇を広げられ、太く長い肉触手は挿入られたままだ。目の先でそれが股の間で出し入れされている。くちゅくちゅという淫音を立てながら、肉体と視界と耳を犯されている。
 ――あんなおぞましいモノが自分の躰のナカに。
 恐怖と嫌悪を感じつつも、肉体は悦楽の味を覚えてしまっている。
「あうっ……ン」
 さらに数を増やした肉触手が、脚と脚の間から蠢き迫ってくる。
 股間を襲う気か?
 違う!
 肉触手は脂汗を垂らしながらケイの腹を這い上がり、螺旋を描くように胸に巻き付き締め上げ、尿道口に似た穴を開いて再び乳頭に喰らいついた。
 ドクン! ドクン!
 まるで血管が脈打つように、乳頭と繋がれた肉触手が脈打ちはじめた。
 なにが起ころうとしているのか?
「なにっ、いやっ、やめて……こんなこと!?」
 眼を見開き叫ぶケイ。
 その瞳に映し出された光景は、自分の胸が見る見るうちに肥えていく異変。
 もともと豊満であったが、さらに肥大して顔よりも大きくなったのは手始めに過ぎず、風船にように膨らみながら片胸だけでケイの胴体を隠すほどになり、まだまだ膨らみ続けている。
 いったい胸になにを注入されているのか、考えるだけでもおぞましい。
 目の前のデブ子がひと回り、ふた回りと縮んでいくのだ。
 超乳化させられた胸は張りを失い、ゲルを垂らしたように柔肉が皮を引っ張りながら、重力に負けてベッドに広がってしまっている。
 1本の肉触手が鞭のように振るわれる。
 ビシィィィッ!
 肉触手は激しくケイの胸を打ち、紅黒い線状の痕を白い肌に残した。
 一度目は声も漏らさず歯を櫛張って堪えたが、肉触手の鞭は連続して打たれた。
 ビシッ! バシッ! ビシッ! バシィィィッ!
「あっ。ああっ、やっ。やああああァッ!」
 調乳を波打たせながら悲鳴をあげ、ケイは全身を震わせ身悶えた。
 さらに鞭で打たれ続け、白い肌は何本もの赤黒い線で染まり、二度三度と重ねて打たれた箇所からは、鮮血が滲み出してきた。
「気持ちいいか? 甚振られて感じてるんだろ? 正直になれよメス豚ッ!」
「気持ちわけなんか……ああっ、あああっ!」
 デブ子はなにを言っているのだろうか、気持ちいいなんてことがあるわけが――。
 じゅぷ、じゅぶぶぶっ……
 ケイの股から響いてくる下品で卑猥な音。
 ぶっとい肉触手が激しいピストン運動を繰り返している。大きく開かれた脚の間からよく見えてしまう。ケイは両手で顔を覆った。
 ダメだ、もう見ていることができない。
 しかし、音が聞こえてくる。
 自分が股間から垂れ流した卑猥な涎れのせいで音が鳴り響いているのだ。
「ああっ!」
 ケイは目を固く閉じ、両耳を手で覆った。
 しかし、躰が感じてしまう。
 秘所だけでなく、脂汗にまみれた肉触手は全身を舐め、ゾクゾクとした微電流のような快感が全身に広がるのだ。
 ベッドのシーツを這う肉触手。尻の割れ目へと侵入しようとしていた。
「ひゃっ!」
 可愛らしく悲鳴をあげたケイ。
 肛門に感じた不快感。
 肉触手に肛門を舐め回されている。
「そんなところ、汚いから……ひゃっ、這入ってくるの!?」
 肛門を押し広げられて、直腸を逆流してくる。押し寄せてくる排泄欲。鈍い鈍痛が下腹部に響く。
「漏れちゃうぅ!」
 しかし、出口は肉触手によってギチギチにフタをされている。
 異物を出したい。けれど、出したくても出せない。そして、こんな場所でひとに見られながら排泄行為など、恥ずかしく屈辱的なこと、できるわけがない。
 ケイにとってさらに悲惨なことが起きた。
 肉触手のほうが排泄をはじめたのだ。
 得体の知れないナニかが直腸からS字結腸に流され、さらに腸を昇って内臓を込み上げてくる。
 ただ腸が満たされていくだけではない。超乳化が起きたときと同じように肉がぶぐぶぐと膨れはじめた。腸に流されているナニカは、すぐに吸収――いや、肉体を侵蝕してケイの躰を超えさせていくのだ。
 ケイは片手で顔を覆い、指の間から薄めを開けてそれを見た。
 なんと腹が妊婦のように膨らみ、胎内に5人くらい胎児がいるにではないかと思えるほど。
 換わりにデブ子は痩せ細り、スライム状の肉体に浮かぶ顔は、げっそりと頬がくぼんだようになっていた。
 堪えかねてケイは涙ぐんだ。
「こんな姿……もういや……許してください……うううっ」
「メス豚がなに言ってんだ! この、ブタブタブタブタ、ブタのクセして、ブタのクセして……どうして……」
 狂気の形相を浮かべたデブ子は、何故か涙を流しながらケイを責め立てた。
 撓り狂う肉触手の鞭で肥大化したケイの超乳を打ち、太くて硬い肉触手で二つの肉穴をピストン責めする。
 前の穴を出入りする感覚とは違う異質な快感をケイは直腸に感じて悶えた。
 痛みというほどではない角の丸い鈍痛とでもいうのか、直腸から膀胱まで痺れ渡る快感のさざ波。薄い直腸と膣道の肉壁を隔てて二本の肉触手が擦り合わされる。
「ひぃぃぃ、お尻なんかで……やだ……こんなの……私感じてる」
「ケツ穴で感じるなんてメス豚だなッ!」
 罵声を吐かれケイは背筋をびくぅんとさせた。
 ――気持ちいい。
 自分でも信じられないことだったが、嬲られながら罵声を浴びせられて感じてしまっている。胸の高鳴りが抑えられない。
「このメス豚ッ!」
「あああっン!」
 豚と罵られるたびに胸が張り裂けそうになる。それがなぜなのかわからない。感情が混沌として、苦しいはずのことが快感に換わってしまっている。
「気が狂いそう! もうるりゅじで……」
 ろれつも回らず、緩んだ口から涎れが垂れる。緩んだのは口だけでなく、涙も溢れ、鼻水も垂れてくるため必死に啜る。
「ひっ、うっ……/あああン、ンぐ、ンずずっ」
 喘ぎは鼻や口から抜けようとして、涎れや鼻水は必死に食い止めようとする。けれど、全身の性感帯を責められ、喘ぎが抑えられない。
「ああン、めちゃくちゃになっちゅあああぅぅ、もう戻れない……いやぁぁン、私は帝都警察の……刑事なのにぃぃぃ」
 肩書きなど汚れ切ってしまった。
 世界でも群を抜いて凶悪犯罪の多いこの街で、帝都警察の中でも有数の危険度を誇る――そう、それを誇りとして日夜戦う一課の刑事、それも彼女は女だ。男女平等など言葉の上、彼女は男の社会の中で、女として戦ってきた。
 プライドとそれを裏付ける自身と実績。それらが見事に打ち砕かれたのだ。
 メス豚としてよがり狂い快楽を求めてしまう。女としての躰が与えられる快感に抗えない。
 いくら抑えても抑え切れぬ渇き。躰は満たされるどころか、まだまだ求めてしまっている。帝都の女刑[デカ]は深い泥沼に沈み行く運命にあるのだ。
「もう堪えられない、もっとおぉぉぉっ、お願い気持ちよくしてぇぇぇぇン!」
 意識が飛んでしまうほど狂ってしまいたい。この快楽を味わいたい反面、思考も働かぬところまで飛び抜けて、渦巻く負の感情もすべて忘却してしまいたい。
 ケイは快感の海に身を任せ抗うことをやめた。
「後ろだけじゃなくて前も、クリも苛めてぇっ!」
「ついに本性を現したなメス豚。おまえはやっぱりメス豚なんだよ、今のおまえが本当のおまえなんだ、この醜いメス豚めッ!」
 これが本性?
「こんなのが私の本性だなんて……ああっ、でももっと欲しい、おっぱいも、もっと全身を舐め回してくださィィィ!」
「まだ家畜の心得がわかってねーな。家畜は奴隷以下なんだよ、お願いする立場なんかじゃねーんだよ。おまえはウチに好き勝手にヤラれてればいんだよ、わかったかッ!」
「ひギィィィィィッ!」
 白眼を剥いて歯を食いしばったケイ。
 充血しきった肉芽を指で強く弾くように、肉触手の先端で叩かれたのだ。
 脳天まで電流が突き抜け、蕩けきった脳はそれが痛みなのか快感なのかわからない。躰がガクガクと震え、上からも下の口からもヨダレれが垂れてしまう。
 超乳はさらに肥大を続けており、もうそれが胸なのかなんなのかわからない。元の体重の3倍以上にはなっているだろうか、腹も大きく膨らんでおり、横たわった状態からひとりで起き上がることもままならない。
 全身を這う肉触手はとくに性感帯や皮膚の薄い部分を責めてくる。股間の肉厚な割れ目から尾てい骨まで舐め、背筋や脇腹から腋の下を睨め回す。
 感覚のマヒしたケイはくすぐったさがすべて快感になってしまい、脇を舐められると昇天しそうになる。そこに加えて臍の穴やうなじから耳の後ろに至るまで、脂ぎった肉触手に舐めて舐めて舐められるのだ。
「ひゃああああン、全身が……私の躰おかしくなってる……これがセックスなの!? すごすぎるぅぅぅ!」
 外からの刺激は肌を駆け巡るとともに内へと蓄積していく。
 ちゅぱちゅぱっン!
 口を開けた肉触手がまるで赤子が母乳を飲むように、先端を窄めながら乳首を吸い続ける。
 神経を集中した乳首から、乳房全体に張り巡らされた神経の網を快感が駆け巡る。
「ひゃあああぁっ、自分で触ってもあんまりなのに……乳首がいつもと違うの、乳首でこんなに感じたのはじめて!」
 肉穴を出し入れされる肉触手には、突起がいくつもついており、そのひとつひとつが中を押すようにして刺激してくる。
「すごい、私の中にたくさんいるの……自分の指とは違う……元彼のとも違う……ああっ、わからない、押し寄せてくるのすごすぎて……死んじゃうぅぅぅっ!」
 そして、はじめて入れられた後ろの穴も、いまではすっかり性感帯となっている。はじめは肉触手に無理矢理こじ開けられた菊門も、今ではシワひとつなく伸びきってしまい締りがない。それでも太い肉触手のせいで、入り口は輪ゴムを巻いたように肉触手にへばりつき、ピストン運動の中で、出されるときに直腸ごと持ち上がるように菊門を引っ張りあげる。
「おしりってこんなに気持ちよかったなんて、クセになりそうで恐い……あああっ、私ってこんなに変態だったのぉぉぉっ!?」
 人間にはもともと排泄行為を促すために、それを快感として認識する機能がある。今はそれがほかの快感との相乗効果で完全に可笑しくなっている。この快感は排泄時に起こるものだが、排泄前に排泄を促す鈍痛もこのピストン運動では同時に襲い来る。
 しかし、普段は不快感を伴う鈍痛が、今は下腹部からジンジンと子宮まで刺激して、感覚の誤作動によって快感になってしまっている。
 ケイの躰を包み込むぬるま湯のような快感は徐々に蓄積され、直接的に肉芽などを刺激される快感は与えら都度に軽い昇天を繰り返してしまう。体力は削られていく一方で、ここまでに何度か軽く記憶が飛んでしまった。この責め苦はデブ子が飽きるか、それとも完全に気を失うまで続くかもしれない。
 肉触手に注がれるナニかはケイの肉体を肥えさせるだけではなく、媚薬のように感度を高め精神までイカれさせる効能があるようだ。そうでなければケイがここまで、快感に狂い酔いしれることもなかっただろう。
 焦点の定まらない眼を白黒させ、飢えた犬のように舌をだらりと伸す唇は涎れでぐしゃぐしゃにヌメリ光り、堕落した女刑事は恥ずかしげもなくアヘ顔を晒していた。
「きもひぃぃぃのののぉぉぉン……ひぃぃぃぃっ、ちくびとくりを……もっとコリコリしてくだしゃあああひ!」
「家畜のメス豚がお願いなんてすんじゃねーよ!」
 そう叫びながらも、デブ子は下卑た笑みを浮かべながら、お望み通り充血したみっつの突起を、連打するようにコリコリとした。
 ケイの尻が深くベッドに沈み込んだ。
「ひぐっ……ちくびで……イッ……ひっ、ひっ。ひぐぅぅぅぅッ!」
 スポンとコルクを抜くような音を立てながら。乳頭を呑み込んでいた肉触手が抜かれた。
 その瞬間!
「ひぃぃぃぃぃぃっ、すごひぃぃぃぃぃぃっ!」
 乳腺を駆け抜けたナニか一気に噴火した。
 ビッ……シャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
 乳濁色の液体が垂れた超乳の先端から噴水のように飛び出し続ける。乳頭の先っぽは乳が垂れており、噴出の勢いが強いために乳濁色の液体はスプリンクラーのように飛び散った。
 ビシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!
「とまらなひぃぃぃ、いやぁぁぁぁン、とめてぇぇぇぇぇぇっ!」
 噴き出し続けている間、快感がふたつの乳首を責め立て、あまりの刺激は乳首をもぎたくなるっほどで、ケイは両方の乳首を摘んだ。
「ひぐっ、ひぐぅぅぅ!」
 摘んだ刺激で昇天した。
 指がとまらない。この刺激を抑えたかったハズが、さらなる刺激を発刊してしまったがために、自分で乳首をコリコリする行為が止められなかった。
「まだ出てる! とまらなひよぉぉぉぉ、おっぱいからミルクでるの……とまらなひのぉぉぉぉン!」
 床や壁や天井まで、部屋中に乳濁色の雨がこびりつき、ケイの顔もぐしゃぐしゃに汚された。
 超乳を揺らしながら悶え苦しく。
「ちくびがビンビンして……ととと、まだとまらない……ミルクいっぱい。ちくび感じちゃう、イッちゃうイッちゃうちくびでイクぅぅぅっ、ちくびでイクのぉぉぉぉぉ!」
 ビシャヤヤヤヤシャアアアアアアッ!
 レーザービームのように高圧力で一気に乳腺から乳濁色の液体が噴き出した。
 自分の出したおっぱいミルクで自らの躰を穢し、心まで穢れていく。
 知らなかった世界に足を踏み入れたケイ。
 快感を貪り食う家畜のメス豚。
「ひぃぃぃぃっ、おっぱいすごひぃぃぃぃっ!」
 貪欲にまだまだ快感を貪り食う。

《14》

 乳濁色の液体を噴き出し続ける超乳は、徐々にその大きさを元に戻しつつあった。
 縮んだ胸は大きさこそもとほどだが、皮膚が伸びてしまい、左右のあばら骨の上を流れるように肉が垂れ下がってしまった。
 胸が小さくなったことによって、五つ子を身籠もっているような腹の大きさが目立ってくる。
 皮膚がパンパンに張って膨らんだボテ腹。
 デブ子の躰からニュルニュルと無数に生える触手。その姿はまるでミミズの集合体。クトゥルフ神話にでも出てきそうな不気味な姿だ。
 その数えきれぬ肉触手は、放たれた矢のようにただ一箇所を目指した!
「うぐっ!」
 ケイは泡といっしょに涎れの塊を吐いた。
 肉触手の矢は涎れをたっぷり垂らす肉穴に次々と這入っていく。上ではなく下の口だ。
「這入らなひぃぃぃぃっ、もうやめて……でもでも……やだ、気持よくて……あああっ、あああああっ、何度もイカされちゃ……うぅぅぅぅっ!」
 ガバガバに緩みきった肉穴は何本もの肉触手を咥え込み、さらにその穴をどんどん拡張されてしまう。腕なんて簡単に這入ってしまいそうだ。さらに脚もいけそうだ。そのうちスイカでも這入るのではないだろうかと思えるほどだ。
 超乳とボテ腹、肉穴の拡張と、苛烈な肉体改造は続く。
 摘んでいた乳首は長年こねくり回し使い込んでいたように、奇形といえるほど長く伸びてしまい、まるで幼児のペニスのようになり、そこに肉触手が螺旋を描きながら巻き付き締めつけてきた。
 ビンビンに尖ってしまった乳首。乳房も螺旋状に締めつけられ、ロケットのように乳房が飛び出す。
 ぎゅぅぅぅっ、ぎゅぅぅぅぅ!
 肉触手によって胸が締めつけられる。
「ひゃああああっ、おっぱい締めつけないで……あひっ、引っ張っちゃだめぇン!」
「オラオラ、まだまだ出るだろ、おっぱい全部出しやがれよ!」
「乳首がジンジンして、痛がゆいの……もうとめてくださいィィィッ!」
「だったら全部さっさと出せよ!」
 ビシャァァァァァァ!
 まだこんなにも残っているのかと思うほど乳頭から汁が噴き出した。
 乳房はさらに縮まったが、ボテ腹はまだまだ大きく、べつの場所もパンパンになっていることにケイは気づいて顔面が蒼くなった。
 下腹部をきゅぅぅぅっとさせ、内股を擦り合わせ悶えるケイ。
 快感と昇天によって全身に凄まじい力が入ったかと思うと、弛緩して一切の力が入らない放心状態になる。その瞬間がとてもアブナイ、膀胱に溜まっていたモノを一気に放水してしまいそうだったのだ。
 ――漏らしてしまう!
 膀胱からの圧迫感。
 肉触手がナカを突いてくる。そのたびに少しずつ漏れているような気がする。痴態を晒しに晒し、ここで排泄まで――いや、まだケイに残る羞恥心が踏ん張って堪えていた。
 しかし、この責め苦でいつまで堪えられるだろうか。
 細長い肉触手がシュルルルと伸びてきて、ペロリと舌で舐めるように、あろうことか尿道口が撫でられた。
 じゅぶっ……
 尿道口が漏らした音。
 薄黄色の液体が一瞬噴き出た。
「ああっ、おしっこ漏れちゃうからだめ……もうおしまいに……漏らすなんて絶対……大人なのにィィィッ!」
 ケイは白眼を剥いて歯を食いしばった。
 今言葉に出すことがなにを意味しているのか、考える力が残っていればわかったことだろう。
「家畜なんだから好きなとこでしょんべんすればいいだろ、何度言ったらわかるんだよ、おまえはメス豚なんだよ!」
 太い肉触手がナカで鉤爪のようにカーブして、Gスポットと膀胱を膣道から激しく押し上げ突いてきた。体内から膀胱を押されては、その圧迫感は強すぎる。
「ひぃぃっぃぃぃっ、漏れちゃう……イッ……イイイッ……ヒギィィィィィィッ!」
 ダムが決壊した。
 ビャァァァァァァァァァァァッ!
 鯨が潮を噴いたように天高く放水された液体。それはほとんど無色で黄金水というよりは、女の潮吹きかもしれない。だが、そんな境などどうでもいい話だ。
 ケイは自分が漏らしてしまったという痴態に苛まれ苦しみ悶えるのだ。
「いやぁぁぁン、とまらないよぉぉぉぉぉっ!」
 止めたくても止まらない。
「とめて、おねがい、フタしてぇぇぇぇぇ、恥ずかしくて死んじゃうぅぅぅっ!」
「フタならしてやってんだろ」
 前から後ろから、肉穴を抉るように掘り続ける肉触手。
 直腸と膣道からのジンジンと響く振動で、さらに膀胱が刺激されておかしくなりそうだ。
 いったん放水がとまった。
「ングッ……また漏れちゃうぅぅぅ!」
 ビシャァァァァ、ビシャァァァ、ビシャヤヤヤヤヤァッ!
 透明な液体が何度も何度も尿道から発射された。
「ングッ、ングッ……ひっぐっン」
 頭を仰け反らせながらケイはガクッガクッと震えている。殴るような快感で頭が眩み意識が朦朧とする。
 それなのに終わらない。
 ゆるゆるになったケツ穴を掘られ続け、前の肉穴は何本もの触手を咥えて無残に拡張されてしまっている。
 膣道のナカで何本もの肉触手が一斉に暴れ出す。一本一本が生き物のように、ミミズがのたうち回るように、脂汗と愛液がぐちゃぐちゃに溶け合いながら、ケイをただひたすらに犯した。
「おいメス豚っ、おまえ人間だったころは女デカだったんだろ。こんな変態が街の治安を守ってたなんて笑えるな。汚ねえ汁垂れ流すガバガバマ○コの女デカか。銃は撃つよりぶっ込まれるほうが好きなんだろ、この汚ねぇ穴によぉッ!」
「ひひひひひぃぃぃぃっ、そうです! ぶっといマグナムで犯して欲しいの!」
「職場の男どものチンポばっかり見てたんだろ」
「そうです、同僚のチンポばっかり見てました。あああっ、だってだって欲しくて欲しくてぇぇぇぇン!」
「今まで何本咥えてきたんだ? この肉触手が1番だろ、変態メス豚はただのチンポじゃ満足できないもんな!」
「はい、肉触手サイコーです、もっともっと私のオマ○コめちゃくちゃに犯してぇぇぇぇっ、ひぐぅぅぅぅぅぅッン!」
 陸に上げられた鮮魚のように背中を仰け反らせ何度も跳ね上がる。
「イキすぐてもうわかんないよぉぉぉぉぉっ! 肉触手なしじゃもう生きられないィィィツ!」
 大小合わせるともう何度絶頂を迎えたかわからない。時間も場所も感覚があやふやになり、肉体を嬲られ貪られ、ヒトではなく玩具として扱われ、もうすでに多くのモノを失ってしまった。
 絶望的な状況だからこそ。それを忘却するために、なおさら快楽に身を委ね精神を蝕ませるのだ。
「もっと、もっと、もっと……メス豚の私を苛めてくださいィィィッ!」
「ブタが人間サマの言葉をしゃべってんじゃねえよ!」
「ぶひぃぃぃ、ひぃぃぃっ!」
 豚の声までをしてまで自分を貶めるケイ。底なしの汚泥に身を沈め堕ちていく。息もできないほど苦しく死んでしまいそうだ。
「ああああっ、このまま殺してくださぁぁぁい、気持ちよくて気持ちよくて絶頂を迎えたまま死んでしまいたいッ!」
 喘ぎ、叫び続けた声は嗄れている。
 デブ子が冷たい眼で嗤った。
「そうだな、そろそろ飽きたしおまえもコロシテヤル」
 森で見つかったこれまでの被害者。直接的な死因は餓死だった。だが、彼女たちを殺した本当のモノはなんだったのか?
 憎悪と嫉妬。
 止めと言わんばかりの大量の肉触手がデブ子の躰から蠢き伸びる。むちむちしたケイの太腿に絡みつき、乳房を逼め上げ、股間の割れ目を這う。
「ンああぁっ、全身が性感帯になってる! ンもぉっ、だめぇぇぇっン!」
 ドピュ、ドピュッ!
 乳腺に残っていた残り汁が噴かれた。
 いろんな液体が混ざり合ったもので全身をグチョグチョにされ、妖しく光る肌が一気に総毛立った。
「ああああっ、また、イクイクイクーーーッ1」
 ビシャァァァァァアアッ
 股間から噴き上がった潮。
 肉触手の束の一本一本がうめり狂いながらピストン運動を責め立てる。
 止めどなく流した愛液は枯れることを知らず、シーツにできた大きな染みがケイの尻や背中を冷やす。
 触手はその長さや太さを変え、さらなる穴を求めた。
「ンぐッ」
 半開きになっていたケイの口にふっとい肉触手が突っ込まれ、のどの奥でピストン運動をはじめた。
「ウェェェェェッ!」
 嗚咽が漏れ胃が込み上げ、のどの奥からは粘っこい唾液があふれ、肉触手と唇の隙間からどぶどぶとこぼれた。
 さらに触手は穴を求め、すでに多くの肉触手が集結する股間に迫った。
 肉触手の束から頭一つ飛び出た細い触手。爪楊枝くらいの太さのそれは、女の股間に開いている最後の穴に突き刺さった。
「ヒィィィィッ1」
 涙を目頭に滲ませケイは顎を突き上げ悲鳴をあげた。
 肉触手が侵入したのは尿道だ。
 性行為の中でもかなり難易度が高い。病院のカテーテルでも、下手な医師や看護師に管を挿入されると、血などが出ることもある。
 しかし、この肉触手は十分な潤滑剤となるヌメリ気と、肉であるという柔らかさを備え。するすると麺をすするように尿道の奥に吸いこまれていく。
「ンヒヒヒヒィィィ、ンぐ、ングググググ!」
 口を塞がれているケイがなにかを必死に訴えている。
 排泄のためにある器官は、本来であればそれ以上でもそれ以下でもない。排泄器か生殖器かという問いはペニスだけに与えられたテーマだ。アナルにはケツマ○コという言葉があり、古代から性交に用いられてきた歴史こそあり。人間以外の動物も雄同士でアナルセックスをするということが自然界にも存在するが、尿道は尿を排泄する器官でしかない。
「ングググググ、ふんぐーっ、ングンゥゥゥゥゥ!」
 顔をイヤイヤとヨコに不利ながらケイは泣き叫んだ。
 漏れ出す声、瞳から流れる涙、尻の下がった眉。
 しかし、ケイは至福の笑み浮かべていた。
 陶酔。
 嫌がっているのに無理やり責められているというシチュエーション。悲劇のヒロインに身を落とした自分に堪まらなく興奮するのだ。
「ンぐぐぐぐンンぅン!」
 心の底から嫌がり許しを請うように叫ぶ。それは嘘偽りのないことだが、両立してこの状況に陶酔するもうひとりの自分がいる。決して演技で喘ぎ叫んでいるのではなく、いわば演出なのだ。
 尿道をナニかが逆流してくる感覚。差し込まれた肉触手から、また体内に不気味なナニカが流し込まれているのだ。
 膀胱がジンジンとしてきた。
 張り詰めた膀胱を肉壁越しにナカから刺激してくる。膣道で暴れ回る肉触手の突きや振動が、パンパンの膀胱を殴るように攻撃してくるのだ。
 膀胱から鈍痛がする。痛みと痺れの混ざったような刺激が波紋のように躰の内に広がる。
 ぬぷっ、ぬぷっ。
 ミミズのような肉触手が尿道口を這入ったり出たりして躍っている。肉触手と尿道口の隙間からじゅぷっじゅぷっと黄ばんだ液体が漏れ出す。もうとっくに限界だった。膀胱は爆発しそうで、肉触手のフタがなければ噴火している。
「ンンンっ、ヌグググ、ヌグググングングーッ!」
 ケイは脂汗を垂らしながら、両手でシーツを鷲掴みにした。
 膀胱の鈍痛は差すような痛みに変わっていた。
 今は苦しく痛い。
 が、ケイの心はその先に思いを馳せてしまう。
 ――嗚呼、ここで出したらどんなに気持ちいいだろうか。
 もうすでに放尿はさせられている。だが、それはもともと溜まっていたものを膣圧で勢いよく噴き出したにすぎない。今は強制的に肉触手カテーテルで、膀胱が爆発しそうなほどの得体の知れないナニかを注入されている。
 デブ子の躰は今やケイよりも小さくなっていた。
「グゲゲゲゲッ、コロス、コロス、コロス!」
 肉触手がさらにケイの躰に這入ってくる。口だけでなく鼻の中も犯され、もう本当に息もできない。
 酸欠で頭が真っ白になってきた。
 霞む視界の中でケイはさらに自分の腹が膨れているのが見えた。
 手足の先が痺れて動かない。
 それなのに下半身は電流を流されたように跳ねてしまう。
 デブ子の躰は一本の肉触手となり、ほかの触手を掻き分け膣口にぶち込まれ、デブ子がすべてがケイの体内に這入った。
「ンぐぐぐぐンンぅン!」
 ケイの意識が一瞬鮮明になった。
 腕ほどもある肉触手が膣道を通り奥に突き進んでくる。
「ンッ!」
 子宮が激しく持ち上げられ、下腹部がぼこりと膨らんだ。
 その瞬間、膀胱がついに噴火した。
 ビッ、ジャァァァァァァァ、ビシャシャ、ビシャシャ、ビジャジャジャジャジャァァァァ!
 仰け反ったケイ。
「ングーーーーーーーッ!」
 激しく昇天しながら、口と鼻から薄ピンクのゲルを吐く。
「グェェェェッ!」
 口を解放されたケイは必死に息をしようとする。
「ヒィイイィ、ふひぃっ、ひふーっ!」
 だが、快感で声と息が吐き出されてしまい息がままならない。
「ヒィィィィィイッ、キモチヒヒヒヒヒィィィ!」
 白眼を剥きながらケイは笑っていた。
 ドブドブドブ……
 全身を震わせるケイの股から汚泥のように漏れてくるゲル。ケツ穴に溜まっていた肉触手の溶けたモノが吐き出されていた。
 さらに乳首からもビュッビュッと噴き出ている。
 穴という穴から肉汁を噴き出し快感に狂いアヘ顔を晒すケイ。
「ひぐぅ……イイイイイッ、グーーーーッ!」
 ケイの首ががくんと後ろに折れ、舌が犬のようにだらんと垂れた。
 そして、最後の穴から噴き出す。
「し、きゅううううううがぁぁぁぁぁぁ!」
 意識を失っていたケイが再び覚醒して叫んだ。
 拡張され見るも無惨だった膣口からバケツをひっくり返したように肉汁がぶちまけれる。
 ドジャブブブブブブブ、ジャジャジャジャッァァァァァァツ!!
 快感の荒波の中でケイは意識を失う瞬間に目の当たりにした。
 股間から噴き出す肉汁と共に生まれてくるナニかを……。
「ヒィィィィィィィィィッィッ!」
 快感と恐怖でケイの意識は完全に途切れた。
 それでもなお躰は快感で震え、ガグガグと全身を跳ね上がらせる。
 そして、生まれ出でようとしていた。
 ケイの股間から腕が飛び出した。
 肉汁をたっぷりと肌にこびりつかせた腕が、這うようにシーツを鷲掴みにして、さらにもう片方の腕も膣口から飛び出した。
 ゴボッ!
 さらに頭が生えた!
 顔だ。デブ子の顔が嗤っている。ケイの胎内からデブ子が出産されているのだ。
 ケイの躰から排出されたデブ子はまだスライムのような形状だったが、ベッドが沈むにつれてその形を元の太った女の姿に変えていった。
 ガンッ!
 ドアから物音が聞こえデブ子は振り返った。

《15》

 タクシーを飛ばしてラブホテルに辿り着くと、見覚えのあるミニバンがまだ停まっていた。
 カーフィルムが窓には貼られているので、華艶はフロントガラスから車内を覗き込んだ。
「やっぱいないみたい」
 と、柏に顔を向けた。するとすでに柏はホテル内に入ろうとしてる最中だった。
「ちょっ、危ないからひとりで行かないで!」
 慌てて華艶はあとを追った。
 辺りをキョロキョロと物珍しそうに華艶は首を動かしながら見た。個々の部屋の写真が一覧になって壁に飾られている。
「ラブホとかはじめて入った」
「常連そうなのにねえ」
「ひとを見た目で判断しないでください。じつはガード固いですから」
「彼氏ができないだけじゃないかい?」
「うっ……」
 碧流が浚われたかもしれないというのに、2人は緊迫感のない会話をしながら廊下を進み、フロントまでやってきた。
「自動精算とかじゃないの? ひとと会いたくないじゃん」
「古そうなホテルだからねえ」
 受付けにはひとがいなかった。呼び鈴を鳴らしても出てくるようすはない。2人はこの壁を隔てた向こうの部屋でなにが起きているのか知らない。
 廊下を歩きフロントの裏の部屋に続くドアを見つけた。ドアは開いたままだった。
 華艶はこちらに来ようとした柏を手を出して静止させた。
「オバチャンが死んでるっぽいから来ない方がいい」
 部屋の中に入って簡単に辺りを見回す。
 碧流はいない。脳漿を噴いて血を流して死んでいるオバチャン。その位置関係からは不自然な血痕があった。
「碧流がいたよ!」
 廊下から声がした。
 走って駆けつけると、地下駐車場へ続く階段の下に柏に抱きかかえられる碧流の姿があった。
「浚われるし、電気ショックで死にそうになるし、縛られたまま階段から落ちるし、おしっこ漏らすしサイテー!」
 叫んだ碧流を華艶は白い眼で見た。
「おしっこ漏らしたの?」
 カァッと碧流は顔を赤くして頬を膨らませた。
「そこ気ぃ使うとこじゃん、漏らしたくて漏らしたわけじゃないし、恥ずかしく死にそうだし、パンツぐしょぐしょでキモチ悪いし、もっと優しく接してよ!」
「はいはい、それだけ元気ならだいじょぶでしょ。で、犯人は?」
「目隠しされててよくわかんないけど、犯人はデブ女で、女デカが連れ去られたっぽい。犯人女デカから銃奪ったから気をつけて」
「どこ行ったかわかる?」
「とりあえずここには来てないよ」
「お婆ちゃん、碧流は任せたから!」
 華艶は階段を駆け上って来た道を引き返す。
 地下駐車場に来てないとしたら、別の道から外に向かったのが普通だろう。
 しかし、華艶はすでに気になるものを見つけていた。
 フロントのドアの前に血痕があった。そこから辿っていくと、廊下にも点々と血痕が残っていた。その続く道は入り口ではなくホテルの奥だ。
 血痕を辿ってドアに前まで来た。
 呼吸を整えて、心で1、2、3、数えて部屋に乗り込んだ。
「ああああああぁぁぁン!」
 甲高い女の絶叫。
 ――部屋を間違えた。
 オッサンと学生服の女がヤッている最中だった。とりあえずコスプレだということ祈ろう。
 夢中になっている2人は華艶には気づいていない。そっとドアを閉めて、何事もなかったことにした。
 気を取り直して向いの部屋のドアの前に立つ。よくよく床を見ると、小さな血痕がこちら側にあった。
「今度は正解でありますよーに」
 さきほどの反省から控えめにドアを開けた。
 中のようすを覗き見て確信を得た。
「おまえかデブ女って!」
 叫びながら華艶は部屋に乗り込む。
 このデブで間違いないだろう。ベッドにはこのデブ子と、ぐったりとするケイの姿。それを確認して、華艶はデブ子に飛びかかった。
 が、目の前に立ちはだかるグローブのような手。
「うっ!」
 なんと片手で軽々と首を鷲掴みにされてしまった。しかも、飛びかかった勢いのまま首を掴まれたため、張り手をのどに喰らったような衝撃で、息が止まって死にかけた。
 太い指が華艶の細い首にめり込む。首を絞められるというより、のどを潰されそうだ。
「ん……ううっ……」
 息ができない。
 華艶は片足を振り上げた。
 回し蹴りだ!
 思いっきりデブ子の首に入った。が、手応えがない。肉の装甲は鋼より厄介かもしれない。
 ただの人間相手には使いたくないが仕方あるまい。
 華艶は首を絞めるデブ子の手を両手で包み込み炎を生み出した。
「ぎゃああああああっ!」
 叫び声をあげながらデブ子は手を離した。
 肉の焼ける香ばしい匂い。
 焼けただれた手を見つめながらデブ子は絶叫する。
「殺すううううううううっ!!」
 デブ子の肉が波打った。揺れたなんて生やさしい動き方ではない。肉が生きているようだ。
 華艶は目を丸くした。
「もしかして……」
 嫌な予感がする。
 デブ子の姿が醜く変形していく。ブクブクと膨れ上がって、服が弾け飛ぶように破れ、まさに肉塊と化した。人間とは言えない姿。
「コロスゥゥゥゥ!」
 地獄の底か響いてくるような声。
 華艶はふっと笑った。
「憑かれてんの? それともはじめから人間じゃなかったとか? まあどっちでもいいけど。このほうがヤリやすいし」
 もはや手加減の必要なし。
 炎を宿す華艶の力。
「喰らえ、炎翔破!」
 燃えさかる業火の玉が巨大な肉塊に直撃した。
「ギゲェェェェェェェ!」
 不気味な叫び声。
 炎を受けた肉は水風船のように膨れ上がって、一気に割れて弾け飛んだ。
 脂肪が部屋中に散乱する。
「グロイ」
 呟いた華艶は選択を迫られていた。
「やっぱり逃げちゃおうかなぁ」
 チラッとケイを見る。
 そして、肉モンスターを見る。
 一発目の炎翔破はノリで撃ってしまったが、よくよく考えるとここは室内なのだ。よく燃えそうなフカフカのマットやシーツがある。
「目的の碧流は助けたわけだし……」
 が、肉モンスターは華艶を逃がす気などない。
 変形する肉塊から触手のような肉の鞭が伸びてきた。
「炎翔破[えんしょうは]!」
 炎を打ち込みながら華艶は床に飛び込むようにして肉の鞭を躱した。
 つもりだったのだが、着地した床のようすが可笑しい。ブヨブヨとしているのだ。
「ヤバッ!」
 肉の絨毯。
 部屋中に広がり続けていた肉塊は、壁や床や天井に成り代わっていたのだ。
 気がつけばここは肉の部屋。
 蠢く肉色の部屋に華艶とケイは取り込まれていた。出口はすでに肉で塞がれている。
 華艶の足下からエノキのような肉触手が次々と生えてきた。
「キモイ!」
 足をばたつかせて避けようとするが、避ける場所なんてここにはない。足場はすべて肉モンスターの身体の上だ。いや、中だ。
 華艶の両脚は肉に包まれ、さらに全身を包み込もうと這い上がってくる。
 ちゅるちゅるといやらしく伸びてくる肉触手が、華艶の太ももを這いながら股間にまで魔の手を伸す。
 ショーツの上から割れ目がなぞられた。
 舐めるように肉が華艶の身体を包んでいく。服の中に侵入して、ブラジャーの中やショーツの中にまで侵入して来ようとする。まるで濡れた舌で肌を舐められているような感触。
 しかし、華艶はまったく動じていなかった。
「なんか触手陵辱パターンになりそうだけど……残念でした!」
 炎が渦巻く。
 全身を燃え上がらせる華艶。
 香ばしい匂い。
 肉が華艶から這うように逃げていく。
「今夜は焼き肉パーティに決めた! 喰らえ爆烈火!」
 全身から炎の塊をいくつも放出させる。
 焼けただれる肉床や肉天井や肉壁。部屋を覆っていた肉が這いながら逃げていく。
「炎翔破! 炎翔破! 炎翔破!」
 右へ左へ天井へ、華艶は炎を撃ちまくった。
 けたたましい警報と共に天井のスプリンクラーが水を噴きだした。
 それでも構わず華艶は炎を撃ちまくる。
「炎翔破!」
 いつの間にか部屋を覆っていた肉が一ヶ所に集まっていた。部屋の隅で震えている。
「そこが核かっ!」
 華艶は床を蹴って駆け、肉塊に殴りかかった。
「紅蓮掌[ぐれんしょう]!」
 肉の中に華艶の手が腕ごとめり込んだ。
 そして、地獄の業火が肉を内部から焼き尽くす。
「キェェェェェェッ!!」
 スプリンクラーの雨が降る。
 全裸の肉体を濡らしながら華艶がつぶやく。
「……服」
 うっかり燃やしてしまった。

 退屈な授業が終わり、帰ろうと碧流と校門を出ると、見覚えのある女が待っていた。
 華艶はとりあえず見てないフリをして、通り過ぎようしたのだが、近づいてきながら声をかけてきた。
「待って話があるから」
 華艶はシカトした。
「ねぇ碧流ぅ、今日はどこ遊びにいこうか!」
 声のトーンがいつもと違う。ギャルっぽい。
「待ちなさいって」
 呼び止められながら服を掴まれてしまった。もう立ち止まるしかない。
「刑事さんがただの女子高生になんのようですかぁ?」
「ただのねぇ~」
 訝しげな顔をしたケイ。もういろいろと調べはついている。
「とある薬の売人のケータイから、あなた、それからあなたも、あなたたち2人のケータイアドレスおよび着信記録が出てきたのだけれど?」
 華艶と碧流を順番に見つめた。
 ドキッとした顔でたじろぐ碧流とは対照的に、華艶は素知らぬ顔をしている。
「なんのことはよくわかりませ~ん。てゆか、刑事さん一課のデカですよねぇ、麻薬の調査なんて二課の仕事じゃないんですかぁ~?」
 よくわかっている発言だ。
「犯罪には変わりないのだから、刑事が取り締まるのは当然でしょう? それともうひとつ、ラブホテルの火災の容疑者が捕まっていなくて、損害賠償も発生していてホテルのオーナーは民事で訴える気満々みたいだけれど」
「はぁ? あんなのあたしのせいじゃないじゃん。てゆかさ、刑事さん気絶してたみたいだけど、助けたのあたしなんだからね!」
「やはりそうなのね」
「……あ」
 認めてしまった。
 口をあんぐり開けたまま固まる華艶を見てケイは無邪気に笑った。
「ウソウソ、立件する気なんてないから。ラブホもこっちで賠償するから大丈夫」
「……泥棒のはじまり」
 ――嘘つきは。
 完全に信用できない奴って目つきで華艶はケイを細い眼で見た。
「で、だったらなんのよーですか?」
「助けてくれたお礼を言っておこうと思って。ありがとう、モグリのトラブルシューターさん」
「イヤミな言い方に聞こえるんですケド」
「だってTS嫌いだから。いつもあいつら現場を荒らして、捜査も混乱させられるし」
 笑いながら言った。
 そのままケイは言葉を続ける。
「でも、あなたのことは好きかな。だからお礼ついでに捜査状況を教えてあげようと思って」
 ケイはケータイで写真を見せた。
 小学生高学年くらいの少女が写っていた。夏に撮った写真だろうか、川辺でTシャツにホットパンツ姿。そこから覗く腕や足は折れてしまいそうなほどか細かった。
「だれこれ?」
 首を傾げながら華艶は尋ねた。
「名前は明かせないけれど、内山田が子供だったころの知り合い」
 次の写真を見せた。
 今度はセーラー服を着た少女だ。控えめに見ても、病的なほど太っている。そして、この顔はまさに彼女だった。
「あのデブ女じゃん」
「同一人物」
「えっ?」
「過食症で太ってしまったのですって」
「マジで、さっきのと?」
 ここ数秒、華艶は考え込んだ。
 なにかが可笑しい。
「年齢合わなくない?」
 内山田が子供のころの知り合いなら、もっと年が上のハズだ。セーラー服の姿と、実際に見たデブ子は年齢が変わっていないように見える。
「十年以上前に事故死した……事故死ということになっているけれど……」
「あぁ、事故死で処理されちゃうパターンね。自殺だったんでしょ?」
「ええ、おそらくは」
「原因は?」
「そこまではまだわかっていないけれど、事故で片付いた事件だから再調査はされないと思う」
「亡霊か怪物か、なんになったのかわからないけど、死んでもデブ夫が好きだったわけね。でもさ、なんか聞いた話だとデブ夫はデブ子のこと好きじゃなかったんでしょう?」
 ケイは写真を1枚目に戻し、
「ここ」
 と、背景を指差す。
 小さいが丸々と写っている。少女を遠くから見つめるデブの少年の姿。
「ふ~ん」
 簡単に呟いてから華艶は背を向けた。
 何事もなかったように碧流と歩き出す。
「改装中だったカフェが今日新装開店だって、行く?」
「あそこのケーキマジうまいよね!」
「ケータイクーポンで10パーセント引きだって」
「行く行く早くレッツゴー!」
 2人の女子高生の背中を見つめながらケイはつぶやく。
「火斑[ほむら]華艶か……」

 あばらの君 完


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