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■ サイトトップ > ノベル > 華艶乱舞 > 第15話_逆襲の吹雪 | ノベルトップ |
第15話_逆襲の吹雪 |
バスタオルを投げ捨てて華艶は全裸になった。 「さぶっ!」 ぶほっと出た鼻水を啜った華艶がいるのは、雪の降る野外露天風呂だった。 駆け足で華艶は風呂に飛び込んだ。 水飛沫を被った碧流が笑いながら華艶にお湯を掛けた。 「飛び込みはプールだけにしてよ」 「やったなぁ!」 華艶も笑ってお湯を掛け返した。 揺れる乳房、湯を弾く肌、うら若き乙女。 二つの巨大な眼のようなものが湯煙の中で妖しく輝いた。 「あ~な~た~た~ち~」 まるで怨念のこもった亡霊の声。 凍り付く華艶と碧流。 湯煙に浮かび上がった顔とは、眼鏡を掛けた蘭香だった。 「他人の迷惑を考えなさいよね!」 と言った蘭香は明後日の方向を向いていた。見えてないのだ――眼鏡が曇ってしまって。 不意を狙った蘭香の背後からお湯をかける碧流。 「蘭たん、こっちこっち!」 「きゃっ、なにするのよ!」 すぐに蘭香は振り返ってが、曇って見えない。タオルで眼鏡を拭き終わったころには、碧流の姿はそこにはなかった。そして、また眼鏡が曇ってしまうのだ。 華艶は呆れたように溜息を漏らした。 「蘭香ってば眼鏡置いてくればいいのに」 「眼鏡なきゃなにも見えないのよ、悪い?」 「あっても見えてないじゃん」 「華艶に眼鏡人の苦労がわかるもんですか、ふん!」 そっぽを向いた蘭香にお湯がバシャ! 「きゃはは!」 腹を抱えて笑う碧流。お湯を掛けた犯人だ。 曇った眼鏡が湯煙の中で妖しく輝いた気がした。 「あ~い~る~、もう容赦しないわよ!」 怒りを露わにした蘭香が水飛沫を上げて立ち上がった。 そこにちょうど聞こえてきた男の声。 「女の声だったよな?」 「ラッキー、さすが混浴だな」 その声を聞いて蘭香は凍り付いた。 タオルで股間を隠した男2人組と眼が合った全裸の蘭香。 「きゃっ、混浴なんて聞いてないわよ!」 自分の体を抱きしめて蘭香はうずくまった。 蘭香とは対照的に碧流は混浴大歓迎らしく、持ってるタオルで体を隠そうともしなかった。 「裸なんて見られても減るもんじゃないだからいいじゃん」 「精神的に減るのよ。あなた彼氏と別れてちょっと飢えすぎなんじゃないの?」 毒づく蘭香に碧流は嘘泣きをした。 「蘭たんヒド~イ。彼氏いないの蘭たんだって同じなのにぃ。華艶もいないけど、きゃはは」 「なんであたしまで巻き込むの。彼氏なんていつでもつくれるけど、つくらないだけだし」 「華艶ちゃんたら強がっちゃってぇ。だったらさ、3人で勝負しようよ。今入って来たの2人みたいだし。余ったひとが負けね」 ゲームを持ちかける碧流に蘭香が即答。 「イヤよ」 と短く。 そんなゲームに付き合うのもイヤだったし、露天風呂からも出たかった。蘭香は華艶の腕を揺すった。 「ちょっとさっきあなたが投げたバスタオル取ってきて頂戴」 「自分で行けば?」 「行けないから頼んでるんでしょう!」 「だいじょぶだって、タオルと手で隠せば問題ないし。男たちに見られるのイヤなら、そのまま出ちゃえばいいじゃん?」 「この薄情者!」 男たちは洗い場で体を洗っているらしい。 蘭香は今がチャンスだと思った。 湯船から上がった蘭香はタオルで股間を、手で胸を持ち上げるように隠し、早足で男たちの後ろを抜けようと試みたのだ。 素早く忍び足で敷き詰められた石の床を駆け足で抜ける。 体を隠す前に拭いた眼鏡がまた曇ってきた。 前が見えない。 でもここで立ち止まるわけにはいかない。 「きゃっ!」 露天風呂に響き渡った蘭香の悲鳴。 鼻を押さえて尻餅をついている蘭香。何かに顔から突っ込んで転んでしまったのだ。 「あっ、ごめんなさい。何かに足が取られてしまって……」 曇っている視界。蘭香の前に立つ大きな影。顔を紅くした蘭香は顔を背けて後ろを向いた。 そこにつまずいた原因がある。 蘭香は眼鏡を指で拭いた。 「きゃーーーっ!」 今度の悲鳴はただ事ではない。 すぐに華艶は露天風呂から飛び出して現場に急いだ。 遅れてやって来た碧流が華艶の腕にしがみつく。 そこにあった光景とは? 血まみれの床。 蘭香の足下に転がっていた男の生首。 「蘭香逃げて!」 華艶が叫んだ。 続けざまに碧流も叫ぶ。 「後ろ!」 蘭香の後ろ。 そこに聳え立つ大きな影。 「きゃーーーっ!」 再び蘭香の悲鳴が木霊した。 毛むくじゃらの淫獣。 その場を動けずにいる蘭香の開かれた口に、巨大な肉棒が突っ込まれた。 口や鼻に広がる異臭。 まさにそれは雄の臭い。 蘭香の口を蹂躙するそのものは! 「あのときの雪男!」 叫んだ華艶が雪男に飛び掛かった。 「火拳[ひけん]!」 華艶の拳に宿る炎。ミスが許されない蘭香救出。遠距離攻撃よりも命中率の高い己の拳。 突然、華艶の目の前に桃尻がっ! 蘭香の尻だ。まんぐり返しをされてしまった蘭香。恥辱なだけではない、盾にもされてしまった。 攻撃が鈍った華艶をあざ笑うように、蘭香の股間から顔を上げた雪男。そいつの視線は華艶だけを見てはいなかった。視線はさらに後ろ――。 「ヤダッ、離せってば!」 碧流が捕まった! 雪男は一匹だけではなかったのだ。 動けない華艶。 「碧流まで……」 自分を恨み悔やむ。蘭香に気を取られて碧流まで捕まってしまった。 こんな残酷な仕打ちがあるだろう。 友人が目の前で恥辱を受けているのに、歯を噛みしめることしかできない。 そして……。 肉棒が口から抜けた蘭香が、涙や涎れや鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を晒した。 「見ないで……見ないで……こんな姿……」 恥辱を受ける姿を友人に見られなければならない。 板挟みの中でなにもできない乙女たち。 碧流は両腕を後ろに引っ張られ、躰をフの字させられながら、立ちバックで激しく突かれていた。 「へ、減るもんじゃないし……あたしなら、だ、だいじょぶだから……蘭香先輩を先に助けてあげて華艶!」 叫び。 気丈に見せているが、その声は震えている。碧流も恐ろしいのだ、恥辱に震えているのだ。 華艶が拳と足に込めた。 碧流を襲っている雪男が体勢を変え、碧流を後ろから抱きしめ胸を揉み、か細い首に岩のような手を掛けた。いつでも碧流の首を絞められると言わんばかりの脅迫。 人質がひとりながら隙を見てどうにかなったかもしれない。 しかし、華艶は板挟み。 片一方を助けに駆ければ、もう片一方は確実に犠牲になる。 こうしている間にも蘭香と碧流は恥辱を受ける。それも人間ではない、怪物に犯されるという恐怖を味わいながら。 まるで人形のように扱われる蘭香は、やがて心も人形に。 虚ろな目をした蘭香を正面で向かい合うように抱きかかえた雪男。その直立した肉欲の先端は、肉壺の入り口に向けられていた。 繋がる? 挿[い]れる? いや、突き刺すのだ! 「ああああっ!」 蘭香が叫びをあげながら戦慄[わなな]いた。 目を背けない。華艶は目を背けない。背けてはならないのだ。 碧流は目を背けた。こんなこと耐えられない。 「早く助けてあげて華艶!」 魂の悲痛を訴えた碧流の叫びは華艶のたがを外した。 冷静に機会を窺うなんて耐えられい。 それがどんな危険な行動だろうと、友人を危険に晒す行動だろうと、もはや憤怒した華艶には考えられなかった。 「焼き殺せ双龍炎[そうりゅうえん]!」 華艶の両手から渦巻く炎の龍が尾を引きながら放たれた。 炎が生き物のように動き、蘭香を蹂躙していた雪男の顔を焼いた。 「グォォォォォォン!」 痛みに耐えかね雪男が蘭香を投げ出した。 同時に、もう一方に伸びていた炎も碧流を捕らえている雪男を焼こうとしていたが――。 「くっ!」 苦い顔をした華艶は蘭香に当たりそうになった炎を明後日の方向に飛ばした。 狙いを外れた炎が掻き消えた。 華艶はしくじったのだ。 人質を傷つけず、狙いの難しい遠距離攻撃を放った。一匹に当てるだけでも難しかった。それを華艶は見事に炎を操り当てた。しかし、2匹同時に当てなくては意味がないのだ。 碧流が連れ去られようとしている。 顔を焼かれ狂った雪男が蘭香を手に掛けようとしている。 華艶の瞳から涙が零れた。 その涙は凍らない。 華艶は選んだ。 「炎翔破!」 怒りと悲しみの業火は蘭香の横で燃え上がった。 瞬時に駆けた華艶はすぐさま蘭香を抱きかかえてその場から逃げた。 怨々と雪男の死の絶叫が鳴り響く。 もうその場に雪男は跡形もない。碧流を連れ去った雪男の姿も――。 虚ろな蘭香。その太股にどろりと白濁液が伝わった。 蘭香を強く抱きしめ華艶は嘆く。 「あああああああああああッ!!」 凍えてしまう。 心から凍えてしまいそうだった。 楽しみにしていた温泉旅行が悪夢になった。 1ヶ月以上も前から計画されていた旅行だった。 はじまりは先月の土日休みを利用して引き受けた華艶の裏家業。 報酬として、金銭の他にこの温泉宿の宿泊券を手に入れた。 解決したあの事件でも、雪男が人々を恐怖に陥れていた。 しかし、雪男の裏にいた真の敵は――。 「……止めを刺すべきだった」 躰を震わせながら華艶は奥歯を噛みしめた。 凍り付いた露天風呂。 表面だけでなく、芯からその温泉は凍っていた。 なぜそれがわかるのか? 巨大な氷に穿たれた穴。そこから覗く温泉だったものは、中まで凍り付いているのだ。 この穴こそ、あの真の敵が封じられていた場所。 「ここにいないってことは、今回の事件の主犯があの雪女ってことで確定ね」 封じられていた雪女の姿が消えた。 あの苦戦を思い出す華艶。 炎と冷気の戦い。 焼けど燃やせど執念深く復活する雪女。 華艶を勝利へと導いたのは、湯煙を発する温泉だった。 温泉とて雪女を倒すことはできない。温泉など雪女の冷気に当てられれば、すぐに凍り付いてしまう。だが、それこそが勝利の鍵だった。 華艶によって温泉に突き落とされた雪女は、自らが凍らせてしまう温泉内に閉じ込められたのだ。冷気を発し続ける限り、雪女が生きている限り、温泉は溶けることはない。その牢獄は雪女は捕らえ続けるのだ。 封印された雪女は、その手だけを氷の中から出していた。声はせずとも、その手がすべてを物語っていた。動き続ける手が訴えていたものは? 「あたしが戻ってきたこと知ってるのか、それとも偶然? ねえマネージャーさん、いつ気づいたのこれ?」 華艶は温泉宿のマネージャーに顔を向けた。 「2時間ほど前には……」 「は? あたしたちが露天風呂に入る前じゃん。なんでこんな重要なこと客に知らせないの、バカなの?」 「お客様が混乱して事故などが……」 「知らせなかった結果がコレと、あたしの友人と喰われた男客でしょ!」 コレと華艶が指差したのは、今にも動き出しそうな精巧な氷の銅像。精巧なのもそのはず、宿に泊まっていた客なのだから。 氷付けにされた客たち。その数は十数体。観光名所になっていた、〝氷付けの雪女〟を見に来た人々の末路だ。 雪女の復活。 これは果たして偶然か? 華艶がこの場所に訪れたその日に復活するとは、あまりにタイミングは良すぎるのではないだろうか? いや、しかし、このタイミングを狙って復活できるのならば、もっと早く復活していたはずだ。雪女は氷の中から一刻も早く抜け出したかったはずなのだから。 華艶は凍り付く温泉を調べた。 雪女が封じられていた氷は砕けて穴が開いている。内からか、それとも外からの衝撃なのかはわからないが、爆発的な力で氷を破壊したらしい。溶かしたり、削った痕跡はなかった。 「目撃者は?」 振り返って華艶は尋ねた。 「だれもおりません」 抵抗もせず何が起こったのかわからないまま凍らせれた者。逃げ惑う様子で躍動感溢れる姿で凍らされた者。地面で転んだ子供も凍っている。雪女は容赦なくこの場にいた人間を凍らせたらしい。 急にマネージャーが尻餅をついて、何かを指差した。 「あああ、あれ!?」 「なに?」 首を傾げた華艶は、軽い気持ちで振り返った瞬間、身が凍りそうになった。 切れ長の目の奥で光る冷たい瞳。 その肌は白装束よりも白い。視覚的な白さのことではない。ひしひしと体がその白さを感じるのだ。 「雪女!?」 華艶の叫び。 妖しく嗤う雪女。 吹雪の舞い。 雪女の起こした吹雪が華艶を呑み込もうとした。 「炎壁[えんへき]!」 炎の壁で吹雪を防ごうとしたが、気圧の対流によって正面からだけでは防ぎきれない。 全身から爆発的な炎を放射すれば吹雪から身を守れる。問題は華艶の真後ろにいるマネージャーだった。 「殺人はマズイよね、殺人は」 爆発的な炎を放射すれば、マネージャーは確実に丸焦げだ。 吹雪を防げないのなら元を断つしかない。 「炎翔破[えんしょうは]!」 炎壁を突き抜け炎玉[えんぎょく]が雪女の躰を呑み込んだ。 バニラアイスのようにどろりと溶けていく雪女。 ――嗤っていた。 その身を溶かされながら雪女は恐怖など微塵も感じていないように、嗤っていたのだ。 石床に溜まった水。 吹雪はすでに消えていた。 華艶の顔を覆っていた氷が床に落ちた。凍傷を負った皮膚は、炎を扱ったことにより活性化した治癒力によって回復していく。 焼死は免れたマネーシャーだったが、その全身は氷付けにされてしまっていた。 この場で息をしているのは――華艶のみ。 雪女の姿はもうない。 華艶の炎によって消滅したのか? 何度も何度も炎に焼かれ復活した執念深い雪女が、今の一撃で水溜まりになったというのか? 「復活したばっかで本調子じゃなかったとか?」 楽観的な答えを口にしながらも華艶の表情は晴れない。 「本物にしろ偽物にしろ、まだ終わりじゃない……待ってて碧流」 胸に誓いを立てて華艶はこの場をあとにした。 部屋の片隅で毛布にくるまっている親友の姿。 ――まだ震えている。 その姿を見て華艶は胸が締め付けられる思いだった。 「だいじょぶ……蘭香?」 「ええ……大丈夫よ」 座っている蘭香は華艶の顔を下から覗き込んだ。その唇は蒼い。 露天風呂での事件のあと、放心状態のまま宿の一室に運ばれた蘭香。一時よりはだいぶ会話もできるようになったが、良くなっているとは言いがたい。精神面の傷は自然に回復するとは限らないのだから。 蘭香は華艶から目を伏せた。 「わたしっていざというときは本当に駄目ね。それに比べて碧流は、普段はおちゃらけているのに、わたしなんかより芯がしっかりしているわ」 蘭香は自嘲気味につぶやき苦笑した。 腕組みをした華艶は首を傾げた。 「う~ん、碧流は芯があるんじゃなくて単純なだけじゃない? 行動の動機が単純で、蘭香のことが好きなんだと思うよ」 「碧流のこと絶対に助けてね。もしも碧流の身になにかあったら、負い目を感じて生きていけなくなるわ」 「あったり前じゃん。余裕で碧流のこと助けるから、ぜんぜんへーき。だからさ、蘭香は帝都に帰って待ってて」 「嫌よ、そんなの!!」 眼を剥いた蘭香が華艶の襟首に掴みかかってきた。 華艶は驚かずにはいられなかった。こんな蘭香、初めてだ。 この場所に蘭香を残していくことは不安だった。雪女の動向がわからない。もしも華艶を狙っているとしたら、雪男たちが碧流をさらったのは性的な目的以外になにかあったとしたら、蘭香は危険に晒されている。 事件はすでに警察沙汰になっているが、あくまで動いているのは地元の警察。温泉街の外に事件を出さない、漏らさないという地元民や旅館関係者からひしひしと伝わってくる。 こんな町の人々に蘭香を預けておけないというのが、華艶の正直な感想だった。かと言って、蘭香を連れ回すことは好ましくない。 「わかった、蘭香はここで待ってて。パッと行って、パッと碧流を連れて帰ってくるから。んじゃね!」 華艶は蘭香になにも言わせないまま、急いで部屋を飛び出した。 急いで事件を解決する。これを置いて最善なことはない――達成できれば。 旅館の廊下の隅で華艶はケータイを取り出した。 「もしもし京吾? あ、さくらちゃん? 華艶だけど京吾に変わってくれる?」 華艶が電話を掛けたのは帝都にある喫茶店モモンガだった。もちろん喫茶店に用があるのではなく、この店の主人[マスター]京吾の裏の顔に用がある。 「あ、京吾?」 《華艶ちゃんどうしたの、友達と旅行じゃなかった?》 「それがさぁ、こっちで事件に巻き込まれちゃって」 《それはご愁傷さま》 「連れ去られた友達を助けに行かなきゃいけないんだけど、もうひとりの友達も狙われる可能性があるんだけど、旅館に残して行かなきゃいけなくて、あたしがいない間に襲われたら大変でしょ?」 《それで僕にどうして欲しいの?》 「地元の警察とか当てになんないから、護衛寄越して欲しいんだけど大至急」 そのときだった! 「キャーッ!」 遠くから聞こえてきた悲鳴。 ケータイ片手に華艶は辺りを見回した。 「ちょごめん、あとでかけ直す!」 通話を切った華艶が走り出す。 氷付けの仲居。 開かれた部屋のドア。 部屋の奥に華艶が見たものは、蘭香に迫る白い影。 「雪ババア、一歩でも動いたらヌッコロス!」 叫んだ華艶の手に炎が宿る。 「炎翔破!」 振り返った雪女の顔に炎玉が当たろうとしていた。 しかし、このとき華艶は気づいた。 雪女の顔が今まで見たものと違う! そこにあったのは碧流の顔!? もはや華艶の手を離れた炎翔破は操ることはできない。業火がが碧流の顔を持つ者を呑み込もうとしていた。 おぞましく溶け逝く碧流の顔を持つ者。雪女と同じく、雪や氷に似た物質で躰が構成されているらしい。 「よかった偽物で」 安堵した華艶。 それも束の間だった。 溶け逝くダミー碧流は最期に猛吹雪を巻き起こしたのだ。 業火と吹雪が対流を起こし、水蒸気爆発が巻き起こった! 「ヤバッ!」 華艶は咄嗟に伏せたが、部屋の中には蘭香がいる! 伏せながら華艶は顔を上げた。 熱を帯びた蒸気の中で蠢く獣たち。 雪男どもが蘭香をさらおうとしていた。 「助けて!」 響き渡った蘭香の叫び。 畳を蹴り上げて華艶が飛翔した。 「蘭香を離せケダモノ!」 助けを求め伸びる蘭香の手を華艶は掴もうとしたが、その手は虚しく宙を掻いた。 窓から逃げていく雪男ども。 すぐに華艶も窓枠を飛び越えようとしたが、目の前に吹雪の壁が! 視界ゼロの世界。 殺気! 気づいたときには為す術がなかった。 狂気を帯びた氷の刃が華艶の腹を突いた。 「く……うっ……」 負傷した華艶。 しかし、蘭香を助けなくては! またも殺気! 「炎翔破!」 ゼロの視界を切り開く炎の道筋。 何本もの氷の刃が飛んでくるのが見えた。 「爆炎[ばくえん]!」 噴火口から飛び出す熱を帯びた岩石のように、いくつもの炎の塊が華艶の手から放たれた。 氷の刃を焼き尽くせ! 溶ける刃。 だが、加速した氷の刃は炎の中を抜け、華艶を襲う。 「つぅッ!」 眼前に迫った氷の刃を華艶は素手で受け止めた。刃といっても、炎によって先は丸くなっていた。それでも激しい打撃には変わりない。 握られた氷が華艶の指の間から蒸気として立ち昇った。 「マジ痛いし……あ~死ぬ」 腹に刺さった氷の刃が溶けない!? 手の中の氷は蒸気になったにも関わらず、腹の氷の刃は溶けずに刺さったままなのだ。さらに抜こうとしても抜けない。血と肉を凍らせ、華艶の躰と一体化したように、氷の刃は突き刺さっているのだ。 「呪い……それとも怨念?」 腹から伝わる冷たさは、背筋に蟲が這うような悪寒のするものだった。 とりあえず出血は治まっているが、気を抜けばすぐに全身が凍り付いてしまいそうだ。おそらく華艶でなければ、氷の彫刻と化していただろう。 そして、華艶の驚異的な治癒力が仇となっていた。冷やされた傷口の感覚が麻痺せず、強烈な痛みが持続したままなのだ。 華艶は辺りを見回した。 部屋は見る影も無い酷い有様だ。修繕費用がかさみそうだ。 強くうなずいた華艶。 「早く助けに行かなきゃ!」 華艶は逃げ出すように雪男どものあとを追うことにした。 硬く握られた〝拳〟を目の前にして、碧流は目を丸くした。 「動画でよく見る黒人のよりデカイ」 透明の粘液を垂らす先端は拳のごとく、首から下も腕のように太く血管も浮き出ている。 碧流に群がる雪男ども。服などはじめから着ていない。臭いからわかるように風呂にも入っていないだろう。 洞窟の外に見える世界は白銀が支配し、吹雪いている。極寒と死が隣り合わせの光景だ。だが、碧流がいる洞窟の中は熱気を帯びている。そうだ、雪男どもの欲情が熱を発しているのだ。 全裸の碧流の肌に伸びる岩のような手。その手から逃れることができたとしても、洞窟の外にあるのは死だ。全裸であの吹雪の中に飛び出すなど自殺行為。 碧流は目の前の肉棒を自らの意思で握った。 「早く助けに来てくれないかなぁ」 口調にはあまり緊迫感は感じられなかった。 群がっているのはヒトではない。肉欲にまみれた淫獣だ。そいつらを前にして、碧流はまったく怯えていない様子だった。 「テキトーに相手してれば殺されないと思うけど、身体が保ちそうにないなぁ」 秘所に迫ってきた肉棒を急いで握り締め、手を使ってしごいてご機嫌を取る。手は2本しかない。それに比べて欲まみれの肉棒は数え切れない。 涎れが垂れるのも気にしてられず、碧流は代わる代わる肉棒をしごき、しゃぶり、秘所への侵入を防ごうとした。 しかし、それで防ぎきれるものではない。 碧流の足首が掴まれ、股が開かれ足先が頭よりも高く上げられた。 露わにされた肉棒の餌食。 ふくらとした割れ目にナマコのような舌が這う。 酸味のする蜜。 いやらしい舌は尾てい骨から割れ目を沿って、窄まった菊門を舐め取り、桜色の潤んだ壺の入り口を突くように舐め、さらにそこから肉芽を摘むように啜った。 「んっ」 鼻から吐息を漏らした碧流。そして、息を吸いこむと、鼻腔に広がるツンとする雄の臭い。 愛液はすべて絡め取られ、獣の涎れでグショグショにされてしまう。 舌とは違う硬い感触が太股に当たった。 白い世界の住人でありながら、それがマグマのように熱い。 「ああっ!」 碧流の中に激しいマグマが流れ込んできた。 熱い、熱い、そして焼けるように痛い。 太く長い肉棒は根本まで収まることなく奥を突き、肉壺の入り口を輪ゴムのように伸ばしながら、何度も何度も出し入れされる。 「んっ、んっ!」 一匹目でこれだ。 このあとに続く欲情した獣どもを相手にしていたら、確実に躰を壊されてしまう。 碧流は両手に握った肉棒を激しく擦った。 竿を擦りながら、カリにも適度な刺激を与えて、絶頂を促す。 肉棒をしごかれ身悶える雪男。もっと激しく乱暴にしてやると、さらに躰を震わせて肉棒を膨張させた。 ズビュビュビュビュドビュシュッ! 散弾する白い塊。 指で弾かれたような痛みが碧流の肌や顔を襲う。 さらにもう片手に握られていた肉棒も破裂しそうだった。 ドブッ、ドジュジュビュジュビュン! まるで溶けたクリームを全身にかけられたようだ。ただし、このクリームは味も臭いも最悪だった。 こうやってイカせてやれば、挿れられる前に萎えると踏んでいた碧流だったが、現実はそう甘くなかった。 出したばかりにもかかわらず、それは青竜刀のように反り返り、まだまだ斬れると妖しい臭いを放っていた。 白濁ジェルを潤滑剤にして碧流は再び肉棒たちをしごきはじめた。 「やらないよりはマシ……かな」 それが功を奏するか、それとも裏目に出るか。 熱気がむせ返るほど充満する。 淫獣たちが妖しく咆えはじめた。 碧流に覆い被さっていた雪男が首根っこを掴まれ後ろに飛ばされた。 ――我慢できない、順番を変われ! と、言わんばかりに雪男どもが暴れはじめた。 肉棒が躍る。 獣どもの宴はこれからはじまるのだ。 今までのは、ほんのつまみ食い。 白いソースに彩られたメインディッシュを貪り食う。 全身を喰らい付かれるように舐められ、碧流は自然と悶えて躰をくねらせた。 「やっ……」 太股がぞくぞくっとした。雪男の長い毛にまで犯されている。毛が肌を擦る度に、電流が奔ってしまう。 ドプッドプッ! それは射精音ではない。出し入れするだけで、卑猥な音が洞窟に響き渡ってしまう。 紅くなるまで胸を揉まれ、紅くなるまでケツを揉まれた。 碧流のケツを這っていた岩のような手が、割れ目へと伸びてきた。 「いやっ!」 さすがの碧流も恐怖を感じ、すぐに股ぐらへ手を伸ばしたが、放り投げられるようにその手は払われてしまった。 硬い指が窄まった小さな小さな穴に押しつけられる。 身を固くすればするほど、そこは侵入を拒む。そもそも侵入などあってはならないのだ。そこは〝出口〟なのだから。 しかし、淫らな野獣には関係のないこと。 穴があれば欲を満たすために使う。 生態系にとっては子孫繁栄の行為であっても、それをする動機は快楽を得るため。 白濁ジェルを塗り込まれ、ついに菊門の中に指が侵入してきた。 「いっ」 音はせずとも菊門が悲鳴をあげている。古い扉のようにギジジジジと鳴いているように思えてならない。 痛み。 そう、それはたしかにはじめは痛みだった。 しかし、この獣どもは野獣でありながら淫獣。 これまでどれほどの人間の女が犠牲になってきたのか。その性の実験台になってきたのか。雪男たちは経験によって心得ていたのだ。 「あっ、ああっ!」 碧流は思わず淫らな声を張り上げてしまった。 菊門を貫通した指は、その中を犯しているのではなかった。指は中で曲げられ、別のモノを刺激しているのだ。 「ひっぅ……怪物に開発されちゃうなんて……アブノーマル過ぎるよ……あうン」 碧流の目の前には、硬く握られた〝拳〟がある。今は指で悲鳴をあげているが、いつかはその〝拳〟で……。 碧流は自分に覆い被さって腰を振っている雪男にしがみつき、耳元に温かい吐息を吹きかけた。 「ねぇ、あたしの言葉わかる? 君以外の雪男にヤられるなんてイヤ、君だけのモノになりたいの。君もそう思わない?」 肉棒が碧流の中で膨らんだ。 血が滾る。 順番待ちをしていた雪男が、碧流に覆い被さっていた雪男を押しのけようとした瞬間! ガゴッ! 粉砕された骨。 血の粒が碧流の顔にもかかった。 なんと碧流に覆い被さっていた雪男が仲間を殴り飛ばしたのだ。 血の臭いを嗅いだ野獣が咆える。 たった一匹の行動が、感染しはじめた。 暴れ狂う野獣は止められない。 「……ヤバイ」 青ざめた碧流はつぶやいた。 「寒っ!」 自分の体を抱きしめた華艶。 後先を考えずに室内から室外へ、蘭香を連れ去った雪男を追った。そのために厚着をせずに雪山まで足を踏み入れてしまったのだ。 「う~っ、ぜんぜんあったまらない」 炎を扱うことのできる華艶だが、寒さを感じるかは別問題。ただ、普段ならば躰を自由に発熱させることが可能だった。それが今は凍え死にそうなほど寒い。 原因はおそらく、腹に刺さったままの氷の刃。 これによって華艶は力をうまく発揮できずにいた。 吐く息が白い。 華艶の呼吸は乱れていた。 炎や熱は無から産まれるものではない。依然として寒さに耐える華艶だが、躰を発熱させようと力を使い続けている。これをやめてしまったら、死はすぐそこだ。だからと言って力を使い続ければ体力を消耗するばかりか、いつか命まで削ることになってしまう。 「ここは一度宿に戻って作戦を立て直そうかな」 来た道を引き返そうと振り返った華艶だったが、そもそも来た〝道〟なんてない。そこは白銀の世界。足音は雪によって消されてしまう。 慌てて華艶はケータイを取り出したが、電波がない。 「も、目的につけたら遭難じゃないんだから!」 しかし、雪男の姿も完全に見失っていて、進むべき方向の検討すらつかない。 ここまで華艶の足を運ばせていたモノは――勘だった。それに頼ったが為に遭難するハメになってしまった。 「向こうから出てきてくんないかな」 華艶は辺りを見回したが、気配はなく、そう都合の良いこともなさそうだ。 「雪ババア出てこい! 華艶サマ相手じゃ怖くて出て来れないわけぇ?」 挑発してみるも、まったく反応はなかった。 「独り言みたいでバカみたいじゃん」 溜息を漏らして華艶はとりあえず歩き出した。 2歩3歩と歩いて雪に埋もる足。 膝まで埋まった足を雪から抜こうとしたが――抜けない!? 「火炎蹴り!」 とっさの判断だった。 炎と共に舞った粉雪の中で、白い女が華艶の高く上がった足首を掴んでいた。 「蘭香!?」 華艶の目の前に現れた顔は蘭香!? 「って騙されるかボケッ、炎翔破!」 足首を掴まれながら華艶は手から炎を放った。 蘭香の顔を持つ者の冷たい瞳に炎が映る。 刹那、氷の彫刻と化したそれは溶けて消えた。 「友達のそっくりさん差し向けて動揺誘ってるつもり? だったら完全に裏目だかんね。マジあったまきた!」 構える華艶。 敵がまだ近くにいて、華艶を見張っている可能性は高い。 「うっ……」 腹を押さえた華艶。急に傷口が痛み出してきた。突き刺さった氷の刃が持つ魔力が、大きな魔力と共鳴している。それが華艶にはわかった。 「雪ババア、近くにいんでしょ!」 華艶の声に反応して、積もった地面の雪が噴火するように次々と雪煙を上げた。そこに現れる雪女。一人、二人、三人……。 「雪婆とは誰のことだ、炎術士の女?」 冷たい声が何重にも響き渡った。 気づけば華艶は雪女たちに囲まれていた。 幻影か、分身か、偽物か、それともすべて本物か。同じ姿、同じ顔の雪女が並んでいる。 華艶は炎舞を踊った。 「灼輪炎[しゃりんえん]!」 華艶から放たれた炎が放射状に円を描いて渦を巻く。真上から見た光景は、光り輝く真っ赤な華の輪。 炎は華艶を囲んでいた雪女たちを呑み込んだ。 たちどころに溶けていく雪女たち。その中でただひとり、炎をものともしない雪女がいた。 「この程度の炎、熱くもないわ!」 ひとり残った雪女が発した凍てつく波動。炎を呑み込み華艶をも呑み込まんとしていた。 「爆烈……うっ」 炎で身を守ろうとした華艶だが、激痛が腹を抉った。氷の刃によって力が使えない! 空気が凍るのがわかった。 もう目の前まで氷の静寂が迫っている。 ここで炎が出せなければ、一巻の終りだ。 拳に炎が宿った。 しかし間に合わない! ――もう呑み込まれる!! 華艶は強く目を閉じた。 静まり返った世界。 氷の中に閉じ込められてしまったのだと思った。 目を閉じたまま指先を動かした。動く。感覚も麻痺していない。 華艶が目を開けると、目の前に白装束の幼女がいた。 「うっ」 突然、華艶の腹に強烈な痛みが奔った。肉を根こそぎ持って行かれたような痛みだ。 幼女の手には血塗られた氷の刃。 「抜いてやったぞ、これで戦えるだろう。一気に責めるぞ!」 「は?」 急なことで意味がわからなかった。 華艶と幼女がいたのは、氷でできたドームの中。 理解できるに呆然とする華艶を構わず、幼女は氷のドームを一瞬にして散らして消した。 幼女とは思えぬ鬼気。 しかし、その鬼気もすぐに消えた。 「逃げられた」 つぶやいた幼女。 腹を押さえた華艶が幼女に近付いてきた。 「てゆか、あんただれ?」 「行くぞ」 「は?」 「ついて来い」 「子供のクセに態度でかくない?」 「…………」 無視。 幼女は構わず歩き出した。 とりあえず華艶は幼女についていくことにした。 状況から推測するに、氷付けになりそうなった華艶をあの氷のドームで救ってくれた。さらに腹に刺さっていた氷の刃を抜き、呪いを解いてくれたらしい。そして、どうやら幼女にとって雪女は敵らしいということ。 「で、あんただれ?」 「小うるさい女だ。だれでもいいだろう」 「よくないし、そっちの目的もわかんないし」 「あいつを倒す。お前と同じ目的だ、それでいいだろう」 本当に目的がそうならば、華艶にとっても好都合だ。けれど、幼女の正体がわからないのは気がかりだ。 雪女と同じような格好、氷を操って見せた技、おろらく雪女と同族だろう。問題はなぜ同族で対立しているのかということだ。 「名前は?」 「…………」 無視。 「そっちがその気なら勝手に呼ぶから。ユッキーナで決定!」 「ユキナではない、雪那[せつな]だ」 「ふ~ん、せっちゃんね」 「せっちゃんではない、せ・つ・な、だ。お前も名乗ったらどうだ」 「あたしは華艶……って聞いてないでしょ!」 華艶を置いて雪那は早足で先を歩いていた。 雪原に聳え立つ天守閣。 白銀の城は、石垣から城壁まで、なにからなにまで雪と氷でつくられていた。 「これ観光名所とかにしたらいいのに」 華艶がつぶやいた。 城に足を踏み入れようとすると、衛兵の雪男どもがわらわらと湧き出してきた。簡単には中に入れてもらえないらしい。 臆することなく雪男の群れに歩いて行く雪那。華艶は様子見をすることにした。 雪男が雪那に飛び掛かった。 「わたしが誰かもわからないのか、阿呆め!」 雪那の手から噴出した吹雪によって雪男は刹那に凍り付いた。 氷付けにされた仲間を見て、雪男どもはなにを悟ったのか。まるで凍り付いたように動きを止めてしまった。 雪那は何事もなく先を進む。もう雪男どもは襲ってこない。 少し遅れて華艶も雪那のあとを追おうとしたとき、雪男どもが急に動き出した。 束になって雪男が華艶に飛び掛かる! 「えっ、マジ!?」 雪那はよくても華艶は駄目らしい。 「灼輪炎!」 辺りを焼き尽くし雪男どもを滅する。 だが、第二陣の雪男が飛び掛かってきた! 「昇焔拳[しょうえんけん]!」 炎のアッパーカットを繰り出し、間髪入れず真後ろに蹴りを放つ。 「火炎蹴り!」 まだだ、遠くから雪男が走ってくる。 「炎翔破[えんしょうは]!」 火だるまになりながら雪男が華艶に覆い被さってきた。 「ったくもぉ! 服に引火しちゃったじゃん、こうなったら――爆烈火[ばくれっか]!」 華艶の全身から放たれた炎が小爆発を起こした。 次々と燃え上がる雪男ども。絶叫が冷たい風に乗る。 もう雪男は沸いてこない。 戦いの代償は華艶の服。 急いで後方から駆けて追ってきた華艶を見て雪那が言う。 「なんで全裸なんだ?」 「べ、べつにいいじゃん!」 大技で辺りを火の海に鎮め雪男を一掃したのはいいが、辺りは火に包まれれば当然だが、華艶の服も燃えてしまうのだ。〈不死鳥〉の華艶の大きな弱点だった。 階段を上り、天守閣最上階へと辿り着いた華艶と雪那。 そこで待ち構えていたのは白装束の蘭香!? 「騙されるな、あれは偽物だ」 と雪那がつぶやいた。 「んなこと言われなくてもわかってまーす!」 すぐに華艶が噛み付いた。 蘭香の顔が見る見るうちに溶け、その下から雪女が現れた。 「よくここまで辿り着いたわね。本物の人質はそこよ」 雨戸が開き、その先の張り出した縁側のさらに先、全裸の蘭香が宙にぶら下がっていた。 「助けて華艶!」 悲痛な叫び声。 屋根から伸びた縄で手首を縛られ、そこだけで自分の体重を支えている。食い込んだ縄の間から滲む血が痛々しい。 後先考えずに華艶が飛び出した。 「炎翔破特大!」 自分より大きな炎を両手から放った。 だがそれよりも巨大な雪玉が炎と混じり合い相殺させた。が、そこで終わりではなかった。床にできた水溜まりが瞬時に氷結し、氷の剣山となって華艶に襲い掛かったのだ! 剣山が華艶を串刺しにする寸前、急にその矛先を雪女に向けた。雪那の仕業だ。 雪女の躰を貫いた氷柱。太股や足や胴や胸から背中まで貫通した何本もの氷柱だったが、雪女の表情は涼しげだった。 「わたしの技でわたしを倒そうとは愚か。あまりおいたが過ぎると、娘がどうなっても知らないわよ?」 宙にぶら下がっている蘭香が横に大きく揺られた。恐怖、そして苦痛が蘭香の顔に滲んでいる。縄はさらに手首に食い込んだ。 雪那は華艶を見つめた。 「あいつの技を相殺することはできても、わたしにはあいつを倒せない。頼みの綱はお前だけだ、あいつの顔を……うぐっ!」 背後から忍び寄っていた雪男が雪那の口を押さえた。すぐに雪那は雪男の手を振り払おうとしたが、雪女の放った吹雪が雪那もろとも雪那を呑み込んでしまった。 雪那は無事だった。雪女の吹雪を喰らっても凍り付くことなく無事だった。問題は雪那を押さえたまま凍り付いた雪男。 雪女は冷たく笑った。 「わたしの妖力を上回らなければ、その氷は溶かすことができないわ」 凍った雪男は楔となったのだ。 口を押さえられている雪那は必死でもがき、なにかを伝えようとしている。 ――あいつの顔を。 あのとき雪那はいったい華艶になにを伝えたかったのか? 華艶は蘭香に視線を滑らせた。あまり雪女を刺激しすぎると蘭香が危険だ。 「あたしへの復讐ってわけ? だったらあたしのこと好きにしていいから、蘭香を解放して!」 「見上げた度胸と言いたいけれど、口でならなんとでも言えるわ。それに人間は信用ならない。人質はまだ解放しないわ、お前を我が物にするまでは!」 「なっ!?」 華艶の足が氷に覆われた。 氷の城。 それは雪女のテリトリーであり、手足のような物。壁も床も雪女の思うがままに変化する。華艶を捕らえるなど容易いことだった。 氷の床と融合してしまったように華艶は足が動かない。 白い顔が目の前に迫る。 氷の接吻。 雪女の唇が華艶の舌を吸う。 華艶の躰に冷たい吐息が流れ込んでくる。 ゆっくりと離された雪女の顔。 舌と舌の間を繋ぐ唾液が煌びやかに凍り付いた。 「〈氷の接吻〉を受けた炎術士はただの人間に成り果てるのよ、うふふ」 「火拳[ひけん]!」 炎が拳に宿らない!? ただの拳は雪女の手のひらに受け止められ、瞬時のうちに凍り付いてしまった。 雪女の舌が華艶の首筋を這った。冷たさが錯覚を起こし快楽へと変わる。ゾクゾクと全身が小刻みに震えてしまう。 口唇愛撫が続く。 「耳を舐められるのが好きなの?」 「あうっ」 耳の奥まで響く唾液の卑猥な音。 冷たい繊手が華艶の鎖骨を撫でて、膨らみの実る甘美な野いちごを摘もうとしていた。 鳥肌が立つように、寒気で乳首が勃ってしまう。かち割り氷で乳首を舐められているようだ。 「んっ」 恥辱を耐えようと口を閉じると、鼻から甘いと息が漏れてしまう。それが逆にいやらしさを醸し出してしまう。 雪女が白装束を脱ぎはじめた。 肩を滑り落ちる布の下から、さらに白い肌が現れる。白く柔らかい餅の肌。 豊満な胸は水が詰まっているように、激しく波打ちながら揺れた。 全裸になった雪女が、その肢体を華艶の肌に押しつける。 「どうやってあなたに復讐しようか、わたしは来る日も来る日も考え続けたわ。わたしの受けた仕打ち、そしてあの屈辱を忘れないためにも、あなたの身も心も氷付けにして、一生わたしの手元に置いておくことにしたのよ。素敵な考えでしょう?」 「心まで凍らすなんてできっこないですーだ!」 「強がっていられるのも今のうちよ。快楽の海に溺れなさい。その海はあなたを呑み込み凍り付き、心も凍らせるのよ」 雪女は華艶の上向いた張りの良い尻を鷲掴みにして、割れ目をさらに広げるようにして左右に揉んだ。 「いやっ……やめてってば……お尻の穴が……」 左右に肉が引っ張られ、穴まで広がってしまう。 ヒクヒクしていまうのはその穴だけではない。 臀部のクレバスは恥丘の底まで伸びている。 愉しそうに雪女はそこに手を忍ばせた。 〝雪渓の深い裂け目[クレバス]〟が溶ける。 溢れ出す泉。 それはまるで極寒の大地に湧き出た、命を潤す温泉。 「さすが炎術士だわ。この奥から熱を感じる、感じるわ!」 呻くように雪女は叫んだ。 雪女が華艶の耳元に息を吹きかけた。 「雪の化身たる雪女でありながら、熱に恋い焦がれてしまう。あなたに何度もこの身を焼かれながら、感じていたわ。わたしは心からあなたを愛しているのよ、わかる?」 「飛んで火にいる夏の蛾ですね、わかります」 「蛾!?」 「イヤなら虫けらで」 「虫けらに虫けら呼ばわりされるいわれはないわ!」 「うっ!」 溢れる穴に雪女の指が突き刺さった。 氷を削るような音。 雪女の手が華艶の股ぐらで激しく動かされ、ジェル状のアイスが零れ落ちる。 「あっ……あっ、あっ……んぅ……」 内臓から躰全体を犯す凍え。 震えが止まらない。 「ああっ……だめ……いやン……」 無意識のうちに華艶は雪女にしがみついていた。 凍え死にそうなほど寒く、雪女と触れあえば触れあうほど寒いのに、その躰から離れられない。 華艶の背筋が張った。 「だ……め……イっ……あああっ……あ……!」 呼吸を呑み込んだ華艶。 下腹部から全身が震えた。 ビュシャアアアァァァッ!! 間欠泉が潮を噴き出した。 瞬く間に凍る潮。 床から華艶の股間まで、見事な氷の架け橋が掛った。 肩を上下させながら華艶は忘れていた呼吸を取り戻す。 気づけば消えていた全身の凍え。 氷の架け橋が溶けて崩壊していく。 重たいまぶたを開き、華艶は遠くこちらを見ている蘭香と目が合った。 恥辱される姿を友人に見られてしまった。 顔を伏せようとした蘭香に向かって、華艶は笑って見せた。その笑みはまるで小憎たらしい子供のようだ。 次の瞬間! 華艶は雪女の顔面にヘッドバットを喰らわせた。 怯んで見せた雪女にさらなる追い打ちを掛ける! 「焼剃[しょうてい]!」 炎を宿した手のひらの付け根で雪女の顎に掌底を喰らわした! 封じられていた炎の力が戻ったのか!? 華艶はさらに畳み掛ける。 「炎翔破!」 後退った雪女を炎で丸呑みにしようした。 が、炎はでなかった。 「……ヤバイ」 顔面を押さえて俯く雪女から身の毛のよだつ鬼気が発せられた。 「怒らせちゃった?」 華艶は未だ足が氷付けにされおり身動きが取れない。 顔面を掻き毟りながら雪女が膝を付いた。 「うあぁぁぁぁぁぁっ!」 雪女の喉から絞り出された野太い声。 華艶は目を丸くした。 違う。 そこにいるのは雪女ではない。 鴉の面を被った修験者の格好した男が膝を付いていた。 「どーゆーこと?」 なにが起きたのか華艶はわからなかった。 鴉面の男が覚束ない足で立ち上がった。 「すまない、迷惑をかけたようだ」 「そうだ、全部お前のせいだぞカラステング!」 と、言ったのは氷付けの雪男から解放された雪那だった。〝雪女〟がこの場からいなくなり、妖力が薄まったことで自力で脱出したのだ。 カラステングと呼ばれた男は雪那に近づくと、いきなりげんこつを雪那の脳天に喰らわせた。 「元はと言えばお前のせいだ!」 「痛っ! 阿呆、なんでわたしを殴る!」 「お前が人間に悪さばかりしているからだぞ」 カラステングは華艶に近づき、念を込めると一瞬にして足の氷を溶かしてしまった。 唖然とする華艶。 カラステングはさらに背中の羽根を大きく羽ばたかせ、吊り下げられていた蘭香も解放してくれた。 涙ぐむ蘭香が華艶に抱きついた。 「華艶!」 「蘭香……」 抱き合う二人にカラステングは着ていた衣をそっとかけた。 華艶は疑問の上目遣いでカラステングを見つめた。 「で、説明してくんない?」 「この顔に見覚えがないか?」 と言って、カラステングは雪那の首根っこを掴んで華艶の目の前に差し出した。 華艶は首を横に振った。 「さっき会ったばっかだけど?」 「こいつはお主が温泉の中に突き落とした雪女だ」 「は?」 姿形が違う。さっきまで戦っていた雪女の姿形こそが、以前出会った雪女だった。 鴉面の中から溜息が聞こえた。 「こやつは以前から手の焼ける女でな、いつか仕置きをせねばと思っていたところ、ちょうどお主によって氷付けにされたのだ。ちょうど良い機会だと思い、反省を促すためにしばらくそのままにしておったのだが、あまり長く人目に晒すのもよくないと思ってな、氷の中から出しってやる代わりに私の力を使ってこやつの力を奪った……まではよかったのだが」 そこに雪那が口を挟んできた。 「こいつは他人の力を奪って仮面にする能力を持ってるんだ。修行中の身のくせに、私の力を奪おうとするから痛い目に遭うんだぞ」 「お前は黙っとれ!」 またカラステングは雪那にげんこつを喰らわせた。 カラステングは話を続ける。 「仮面は力を奪うだけでなく、想いも一緒に奪ってしまうのだ。こやつの怨念が宿った仮面に私は支配され、あの様だ。面目ない、まだまだ修行が足りんようだ」 華艶は雪那を見つめた。これがあの雪女? 想いも奪うと言うことは、華艶に対する恨み辛みも今はもうないということだろうか? カラステングは雪那を持ち上げて脇に抱えた。 「こやつと共に私は山神の仕置きを受けに行く。この度の借りはいつか必ず返す。さらばだ人間!」 翼を広げ縁側から飛び立つカラステング。 その姿が見えなくなってから、華艶はハッとした。 「借りなら今返してよ、町まで送ってけバカ!」 ほぼすっぽんぽんの二人。 氷の城に残されどうしろというのか? そして、問題はまだあった。 蘭香が華艶の瞳を覗き込んで囁く。 「碧流は?」 「……あっ」 どうやら完全に忘れていたようだ。 そのころ碧流は――。 血なまぐさい洞口の中で独りポツンと。 「……ちょーヒマ」 積み上げられた雪男の屍体の山。 たったひとりの女が戦争の種になることもある。 飢えた野獣よりも、女のほうがよっぽど……。 逆襲の吹雪(完) 華艶乱舞専用掲示板【別窓】 |
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