紡がれる因縁 第2章《薔薇の城》
朝が先か夜が先か?
それは夜が先だろう?
では、闇が先か光が先か?
それは闇に決まっている
光は闇の中で輝いているのだから

 第2章 薔薇の城

「ふぁ〜〜〜っよく寝た」
ベットからゆっくりと身体を起こしたジェイクは両拳に力を込め、腕を大きく上げた。そして、横をふと見たときにクィンと目が合った。
「おはようございます」
クィンは新聞を読みながら朝食をとっている最中だった。
それを見たジェイクは、
「もう朝食とってんの、まぁクィンが俺より後に起きてきたの見た事ないけど……」
クィンの朝は早い、何故かと言うとクィンの寝起きはヤバイ。機嫌は一日の中で一番悪い、人に起こされたときにはもっと悪い。そのため彼は人より早く起きることを心がけているらしい。
「朝の時間は一日の中で一番大切な時間ですから」
これは彼の口癖である。
 彼はこの時間のことを『営業スマイルの充電時間』と呼んでいる。
 普段はあまり見せないが彼は人一倍気性荒く、そして、人一倍熱血漢な所がある。そんな人物なのだ。
「俺も飯にすっか、一昨日の昼から何も食ってないからな」
一昨日二人は前の村を出発してその日の夜ごろにアニス村に到着するはずが、だいぶ予定より遅れてしまい、そのうえ疲労のため寝てしまいこの村についてからも昼と夜の食事を摂っていなかった。
「ここでジェイクに一つ、お知らせがあります」
クィンは満面の笑みを浮かべ突然話を切り出してきた。その笑みには一種の神々しささえ感じられる。
 この笑みで見つめられたら、人はこの人のためになんでもしてあげようという気になるだろう。しかし、ジェイクは違った……。
「悪い知らせか?」
「そうです」
「……(やっぱり)」
ジェイクの考えは見事的中した。あのクィンの笑顔には絶対裏がある、そうジェイクはいつでも疑っている。
「実はお金が余りありません」
「いくらぐらいあんの?」
「一日過ごすのが限界だと思います」
「で、どーすんの?」
「昨日の村長さんのこと覚えてますか?」
「……忘れた」
この言葉に呆れることもなくクィンは淡々と話を続ける。――いつものことなのだ。
「そうですか……まぁ、いいです。たぶん、その村長の家に行けば仕事が貰えると思います」
「……ふーん、じゃあ、行ってみっか」
「それでは朝食をとったら早速行ってみましょう」
 朝食を摂り終え二人は村長の家に行くことにした。
 1階に下りると直ぐに宿屋のおばさんが愛想の良い笑顔を二人に向けた。
「おはようお二人さん、昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで」
クィンのスマイルが炸裂する。この攻撃によって中年の女性は頬を桜色に染められてしまった。
 中年女性の薔薇色の時間は部屋の奥から飛び出して来たソフィアによって現実に戻された。
「あ、あの、おはようございます。あ、あの、もう、旅立ってしまうんですか?」
「いえ、これから村長さんの家に行こうと思います」
クィンのスマイルはまだ続いていた。ソフィアは照れ笑いを浮かべてはいるが若い女性には効果は薄れるらしい。
「そ、そうですか。あの、まだ当分の間、村にいるんですか?」
「そういう事になるな」
「そ、そうですか。あ、あの、用事が済んだら、いつでもまたここに来てください、いつでも歓迎します」
「それでは、用事が済んだら、また来ますね」
クィンはスマイルを炸裂させながら、背を向け片手を上げるジェイクとともに宿を後にした……。

「……何だ、この霧!」
二人が外に出ると、そこはあたり一面濃い霧に包まれていた。いったいこの村に何が起きたと言うのだろうか?
「この霧から、妖気が感じられます」
クィンの表情が何時に無く厳しい。曇ったその表情はまさに霧の中にいるようだった。
「どーゆーことだ?」
「……さぁ? でも、村長さんの家に行けば何かわかるかもしれません」
「そうだな」
二人は濃い霧の中村長の家へと足を運んだ――。
 村長の家はその名に相応しく村の他の家に比べ大きく立派な物で、鉄でできた大きな門が敷地の入り家にあった。
 二人は召使いに案内され、応接室へと案内され、そこで待っていた村長は大きく手を広げ二人を出迎えた。
「よく来てくれた。君たちを呼んだのは他でもない、もちろん仕事の依頼を頼むためだ」
「で、その仕事の内容ってのは?」
「君たちも見ただろう、外の霧を……」
「はい、見ました」
「あの霧の原因を断ち切って欲しいのだ。あの霧を操っているのは、この辺りを領地とする、妖魔貴族のゼメキスの仕業だ。奴はここ数年、人間との協定を結び人間に害を及ばす事はなかったのだが……昨日村に現われた奴の配下のモンスターのせいで村人に多くの犠牲者が出た、そして霧――」
「あ、思い出した!」
ジェイクは何かを思い出したらしく、突然声をあげた。それに驚きクィンがすぐさま振り向く。
「どうしたんですか、突然?」
「思い出したぞ、前にも同じことがあった、この村で!」
「なんと! 君はあの時もこの村にいたのかね?」
「……??? どういうことですか?」
クィンは自分ひとりだけ話についていけないと言った感じだ。
「以前にもこれと同じことがあったのだよ。そのときもハンターを雇って――」
「ハンターを雇って協定を結ばせた、命を助ける代わりに研究させろってな。以前のこの村にはこれと言った産業も何もなかったからな」
「そうだ、二人組みのハンターを雇って協定を結ばせた。あの二人の名前を辺境で知らん者はおらん、半ば伝説とさえなっている。彼らの名前はゼロ……そして」
「……ハーディック――俺の親父だ」
ジェイクが小さく呟いた。小さな呟きであったが村長とクィンには大きな衝撃を与えた。
「な、なんと!!」
「……!! 今なんて言いました!!」
クィンは驚きのあまり声を張り上げた。クィンはジェイクからなにも聞かされてなかったらしい。
「そうか、そういえばあのとき小さな子供が……一緒にあの時の子か! ――君ほど適役な者はおらん、ぜひとも依頼を受けてくれ!」
この時クィンはもう空気と化していた。そんなクィンを気にも止めず二人の会話は彼を置き去りにしてなおも進んで行く。
「いやだ」
「はっ! 今なんと!!」
村長はジェイクの返事に思わず聞き返してしまった。
 クィンは口を開けたまま閉じようとしない、こちらはもう放心状態といった感じだ。
「『いやだ』と言ったんだ」
やっと我に返ったクィンが言った。
「どうしてですか!?」
今日はジェイクに驚かせれっぱなしだ。
「親父が言ってた……いい仕事をしたって親父は決まってこう言うんだ、大変な仕事をした後は。だから、めんどくさい仕事は疲れるからいやだ」
村長は唖然とした表情を浮かべ、そして少し微笑みを浮かべた。
「君のお父上も最初は君と同じ事を言っていたが……あの時の事を忘れたのかね、この霧のことを?」
「そうか……そういえば、霧の結界の外に出れなくて親父が『この結界を張った奴をぶっ飛ばしてやる』って、わかった……しかたない依頼を受けるよ」
「そうか、受けてくれるか!」
クィンはここぞとばかりに口を挟む。
「あの、仕事の内容は?」
「以前と同じ、交渉を頼む」
「でも、相手がこちらの要望に従わない場合はどうする?」
「その時は仕方あるまい殺してくれ、村の平和のために」
「わかった」
「報酬は3万ハルクでいいかね?」
「5万だ、しかし、交渉に失敗して相手を殺した場合は報酬は1ミルもいらない、この村の産業にかかわる事だからな」
ハルクとは金でできている共通硬貨なのだが、価値が高いため流通はしていない。ミルとは世界で一番流通している価値の低い鉄製の硬貨のことを言う。
 村長は少し考えたあと、ジェイクの申し出を承諾した。
「わかった、その条件を飲もう。それで君たちは相手の妖魔貴族の事をどのくらい知っているのかね」
「詳しく頼む」
「貴族の名はゼメキス・ヴィリジィア伯爵、年は1000を優に越える大貴族だ。ゼメキスの住む屋敷は通称『薔薇の城』と呼ばれている。薔薇の城は屋敷全体を薔薇に守られていて、中に入る事が困難で、そのため屋敷の事を『薔薇の城』と呼ぶようになったのだ。屋敷の中には100人の寵姫がいる、そして、四騎士がおる、後の事はわしにはわからん」
クィンはスマイルとともに軽く会釈をした。
「ありがとうございました」
「昼間の内に仕事を片付けたいから、そろそろ行くか?」
部屋を出て行こうとした二人に村長が声を掛けた。
「奴の屋敷は森の中にある、森に入ったら北東の方角に進め」
村長の言葉に二人とも何も反応を示さなかった。二人はそれぞれ考え事をしていたのだ。
「……めんどくさい仕事になりそうだ」
二人の若者は村長の家を後にした。

 村長の家を後にした二人は森へと向かった。
 村の入り口まで来た二人は村長に言われた通りに北東に向けて森の中を歩き出した。
 森の中は木漏れ日が差し込み陰湿な感じはしない、青々と生い茂った草木は清々しさを放ち、木々の間を擦り抜ける風は新緑の匂いを運んで来てくれる。
 深い森の中で、薔薇の城に着く間にジェイクはクィンの質問攻めにあっていた。
 そういえば、この二人は知り合ってから自分のことについて話し合ったことがなかった。この二人の間には、いつの間にか、そういう暗黙のルールが出来ていたらしい。しかし、聞いてはいけない訳ではないらしい。
 ジェイク曰くクィンの『何で教えてくれなかったんですか』という問いに対して、ジェイクは『いや、聞かれなかったから』とのことだ。それを聞いたクィンは、何故かなるほど、と思ってしまった。
 森の中を歩き続けて20分くらい経っただろうか、二人の前方に薔薇の城と思われる屋敷が見えてきた。
「これが薔薇の城かぁ……」
ジェイクの言葉にはため息が混じっている。
「はぁ、困りましたねぇー」
クィンも深くため息をついた。
「……だなぁ」
村長の説明通り屋敷は薔薇の花で埋め尽くされ建物自体すら見ることが困難だった。
「どうやって入ります?」
「クィンの魔法でどうにか、なんない?」
「実は、さっきから変だなぁと思っていたんですけど……」
「もういい、それ以上言うな……」
ジェイクはこのとき本気で『使えねぇー、村に置いてくればよかった』と思った。
 ジェイクの気持ちを瞬時に読み取ったクィンは少し不満そうな顔をして言った。
「あっ! 今、村に置いてくればよかったって思ったでしょう。もういいですよ、どーせ僕は魔法が使えなきゃただの人ですから」
「……そんな事、これっぽっちも思ってない」
ジェイクの口元は少し引きつっている。
「やっぱり思ってるんだ、だって今少し間がありましたもん」
痛いところを突かれたジェイクは話をそらそうとする。
「で、どーしようか?」
「話をそらせないでください!」
それでもまだ、ジェイクは話をそらそうとした。
「薔薇を一本、一本、取ってくか?」
「何日かかると思ってるんですか?」
「屋敷ごと焼くか?」
「そんな事したら、屋敷の主が怒って協定どころじゃないですよ」
「それもそうだ」
クィンは、いつの間にかジェイクのペースに巻き込まれていた。
「じゃあ、どーする?」
「どうしますか?」
そのとき、二人の近くで何者かの声が!
「フッ……二人揃って使えんな、そこをどけ俺がやる」
二人が振り向くとそこには赤い服を纏った長身の男が立っていた。
 それを見たジェイクの口からこの名前が……。
「あっ……ゼ…ゼロ!!」
「えぇっ!!」
クィンの顔はそう言ったままで凍り付いてしまった。


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