紡がれる因縁 第3章《ハンターゼロ》
偶然?
偶然なんかじゃない
彼らは、ここで出会う運命だったの
奇跡を操ることが出来るとしたら?
それはもう奇跡じゃない
でも、誰もそんな事は思わないよ
だって、誰も気付かないから
自分たちが踊らされてるなんて……

 第3章 ハンターゼロ

 太陽はもう西の地平線に沈みかけていた。
 もうすぐ空は漆黒の闇に包まれる――夜が来る。夜の世界は妖魔たちの支配する時間となる。
 この辺りは妖魔貴族の領地内であり、夜になると強大な力を持つ妖魔が多く出没する。
 夜に外に出るなど死に行くようなものだと、人は言う。だから普通の旅人なら日が沈む前に目的地に着こうと必死になるのが普通だ。
 しかし、彼は違った。日が沈みかけているというのに急ぐ様子も見せず、森を切り開いて作られた街道をゆったりとした優美な足取りでマントの裾をはためかせながら歩いている。この男は夜が怖くないのか?
 この全身を紅いで色で包み込んだ男の背中には長剣がそれも普通の長剣ではない。その剣は優美な曲線を描き、長さが通常の物に比べ断然長いのだ。こんな物を扱える者はそうはいないだろう。
 夜は刻淡々と迫ってくる。しかし、やはりこの男は急ぐ様子もなく淡々と街道を歩き続けている。
 がしかし、この男の足が突然不意に止まった。何があったのだろうか?
 男の目線の先には一人の少女が立っていた。
 少女の腰には戦闘用万能ベルトが、そこにはハンドガンが挿してある。どうやら、単なる農夫や開拓者の娘ではないらしい。
 少女の眼光は目の前にいる旅人を鋭い目つきで睨み付けている。
 旅人は少女を一瞥すると、何事もなかったように再び歩き出した。しかし、少女は旅人の行く手を塞ぎこう言った。
「金目のものを置いてきな、そしたら命だけは助けてやる」
男は黙ったまま何も答えない。
「聞こえなかったの!」
こう言いながら少女は旅人の顔を睨み付けた。
 このとき初めて少女は旅人の顔を見た。なぜなら今まで、この目の前にいる旅人は日の光を背中に受けて逆光となり、顔をよく見ることが出来なかったからだ。
 少女の目の前にいる男は顔半分が髪で隠れていて見ることはできないが、もう片顔の血の様に赤い瞳に強い印象を受ける。
 この時初めて少女は悟った。この旅人に手を出したのはまずかったと。この目はただの旅人の眼じゃない。
 この時、初めて男は口を開いた。
「もうすぐ、日が暮れる早く帰った方がいい」
この言葉を聞いた少女は一瞬、唖然としたが、
「あんた、自分が置かれてる状況がわかってんの! 人の心配より自分の心配したらどう?」
そう言って少女は腰のハンドガンを旅人の顔に突きつけた。……はずだった。男の姿が少女の目の前から消えたのだ。
 少女は自分の目を疑った。これは夢ではないかと思うほど驚くべきことだった。
 少女が呆然と立ち尽くしていると、少女の耳元で低く重い声が聞こえた。
「……動くな」
この言葉を聞いた少女は心臓の止まる思いだった。
「わかった、もういい、私の負け」
そう言って手を上げて旅人の方を振り向くと、旅人は遥か向こうを何事もなかったように歩いていた。
「待って」
少女は旅人を呼び止めようとした。しかし、旅人は止まる様子もなく歩き続けている。
「待って、お願いだから、止まって!」
旅人は足を止めた、しかし、顔を向けようとはしなかった。
「さっきは悪かったわ、別に本当に追剥ををしようと思ったわけじゃないの、あなたの力を試したかっただけなの」
旅人は足を止め少女の方を振り向いた。すぐに少女が旅人に駆け寄る。
「よかった、止まってくれて……」
「なぜ、あんなマネをした?」
「本当に強いヤツを探してたの、もし見つける事が出来たら、あたしに協力して欲しい事があって」
「俺はハンターだ」
この言葉を聞いた少女は思わず、こう言った。
「あたし、あなたを雇います」
「高いぞ」
「いくらでも払います」
「俺の名はゼロ」
 この言葉を聞いた少女の顔は蒼ざめた。『紅い死神』と称されるゼロの名を知らぬ者はこの世界にはいない。今や半ば伝説となっているハンターの一人の名だ。
 先ほどの彼の動き、あれから考えてもこのハンターが嘘を言っていないことがわかる。第一このハンターが嘘を言うような人物には到底思えない。
 半ば伝説となったこのハンターを雇うにはそれなりの報酬が必要となる。
 通常のハンターを雇う相場は最低でも1日5,000ハルク、それに必要経費が付くことがある。しかし、このハンターを雇うにはその相場の10倍払わなくてはならないと言われている。彼を雇える者は都においても一握りほどしかいないと言うほどの凄腕のハンターなのだ。
 先ほどは大見得を切っていくらでも払うと言ったが、彼女の所有物を全て売り払っても、その金額を払うことはできないだろう。
 自分に報酬が払えぬことがわっかた少女は顔を赤らめ言った。
「やっぱり、あたしには、あなたを雇う事はできないみたい。あたしにはあなたに払うお金がないわ、本当はあたしのもの全部売ってでも雇いたいと思ったんだけど、それでも足りないわ」
少女はうつむき、とても悲しそうな表情をした。
「分割払いでもかまわん」
「それでも、払えないわ」
「……今晩あいにく俺は泊まる所がない、この先の村は小さい村なので宿があるとは到底思えん。もし、俺を君の家に泊めてくれたら、その恩は俺に出来ることなら、なんとしてでも返そう」
この言葉は不器用な彼としては上出来と言える。
 辺境で語られる彼の噂は冷酷なハンターと言われている。
「えっ、どう言う事!?」
思わず少女は聞き返した。まさか、ゼロがこんな申し出をするなんて夢にも思わなかった。
「言葉のままだ、借りた借りは必ず返す、それだけの事だ」
言葉の意味を全て悟った少女は目に涙を浮かべ、
「……ありがとう」
と今にも消えそうな声で言った。
 ゼロはやさしく少女を包み込んだ。二人は夕日にやさしく照らされ輝いていた。
 時は流れ辺りは漆黒の闇包まれた。夜が来た。
「夜が来たな……急ぐぞ」
その瞬間には、もう少女はゼロに抱きかかえられていた。
「しっかり、掴まっていろ」
少女は突然のことに驚いている。
 少女は何かを言おうと考えているうちにゼロが、
「ついたぞ」
「えっ、もう!」
あの場所から村までの距離はおよそ2キロ、その間を約1分ほどで着いてしまったのだ。
 ゼロは少女を下ろし、こう言った。
「君を落とさぬようゆっくり走った、つもりなのだが……」
この言葉を聞いた少女は魔法ならともかく走っただなんて、とても信じられないと思ったが、しかし少女の目の前には村の入り口があった。
 このとき、少女はゼロのことを本当の人間なのだろうかと思った。
 この世界には人間と共存している友好的な妖魔も多い。中には人間と区別の付かない妖魔もいて周りの人間に気付かれずに生活を送っている者もいる。ゼロもその中の一人ではないだろうか? しかし、少女は畏怖の念からゼロにその質問をすることはできなかった。
 村の入り口には大きな門がそびえ立っていた。夜になると門は閉められ一切の外部からの進入を拒む。
 門の上には監視役の若者がいて、その若者はこちらに気付いたようで声をかけてきた。
「お前たち誰だ!」
若者が目を凝らすと、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「アンネ、アンネじゃないか!」
どうやら少女の名前はアンネというらしい。
「早く門を開けなさい」
若者はアンネに言われ門を開けようとしたが思いとどまった。その訳は――。
「お前が本物のアンネという証拠はない、それにそこにいるヤツはなんだ、この村の者ではないだろう」
辺境で生き抜くためには、どんな些細な事にでも疑いをかけるのが普通だ。特に夜となれば、それが命取りになりかねない。
「あたしは正真正銘のアンネよ、それにこっちは、ハンターのゼロよ」
ゼロという名を聞いた瞬間、若者は少し戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し、
「妖魔の中には、人間に化けたり、幻影を見せることの出来る者がいると聞く、お前がアンネだって証拠を見せろ!」
「証拠……? って、どんな証拠よ!」
「そんなの知るか、自分で考えろ!」
「何それ、それが幼馴染に言うセリフ!」
この二人のセリフは側からすると莫迦らしく思えるかもしれない、しかし、二人は真剣だった。
「お前はいつもそうだ」
「何がよ、言ってみなさい!」
「いつも、いつも、逆切れして、なんだよ! こっちは迷惑してんだよ!!」
「あたしがいつ逆ギレしたって言うの!」
「今してるだろ、自覚症状ないんだもんな」
「なんですって!!」
「そういう態度だと、いつまでも、ここ、開けてやんねぇーぞ」
二人の戦いはどんどん激しくなっていく。
「もういいわ、こっちにも考えがあるわ」
「なんだ、考えって、言ってみろ」
アンネはハンドガンを腰のホルダーから抜き取り門に向かって構えた。
「門をブっ壊すだけよ」
 そのとき突然門が開いた。開いた門の先にはゼロが立っていた。
「早く入れ、すぐに閉める」
少女は言われるままに村の中へと入った。
 がゼロはどうやって門を開けたのだろうか。門が開いた時にはゼロは村の中にいた、要するにに内側から開けたことになるのだが……?
 その光景を上から見ていた若者はすぐに上から降りて来て、二人を足止めしようとしたのだが、それは失敗に終わった。なんとアンネが若者に対して、
「あんたねぇ、少し疑り深いのよ」
バシッ! なんとアンネは若者の頬を引っ叩いたのだ。
「いててて、やっぱ本物だったか……」
そう言う若者を尻目にゼロとアンネはその場を立ち去って行った。
 アンネの家は村の奥にある農園だ。ここで育てた食物を売って生計を立てているらしい。
 ゼロはアンネに案内され家の中へと入った。
 家の中には人の気配がない、一人暮らしなのか? しかし、その家には一人以上の人が住んでいる痕跡が家のあちらこちらにあった。
 ゼロは不思議に思いアンネに尋ねた。
「一人暮らしか?」
ゼロはあえて直接的な質問はしなかった。
「父と母はだいぶ前に亡くなりました、今は妹と二人で暮らしています」
「妹さんはどうした?」
この質問をされたアンネは少し暗い表情になった。
「妹は貴族にさらわれたの……」
「そうか、それで俺の力が必要な訳か」

 貴族と言うのは主に妖魔貴族のことを言い、妖魔の中でも強大な力を持った者を貴族と言う。
 妖魔を支配し、辺境においては人間をも支配する貴族もいる。
 妖魔の力は歳を老うごとに強くなると言われている。しかし、妖魔の格はそれとは関係なく、他の価値観によって定められている。
 『他を魅了する美貌』、『他を威圧する恐怖』、『他に屈しない誇り』、この三種から、妖魔の格の高位が決まり、妖魔の君、上級妖魔、中級妖魔、低級妖魔、邪妖に区分され格による上下関係は例外は除き絶対である。貴族と呼ばれるのは、妖魔の君、上級妖魔、中級妖魔である。貴族の階級は妖魔の格とは関係ないらしい。
 妖魔の君とは数千年以上の時を経ても、なおも格を保つ妖魔のことで、大規模な領地を持っている。
 領地というのは、力のある妖魔貴族が支配する土地のことであり、それとともに貴族の力の届く範囲でもある。貴族の領地内では、妖魔や人間が支配化となっている。
 邪妖とは格を落としめた者のことであり、永く生きた妖魔は徐々に格を落とし、ここのたどり着く、別名『見るにあたわぬ者たち』とされている。
 妖魔の種類は多種多様で色々な者がいる。吸血一族や人魚、翼のあるものなど、その種類は数えきれない。
 妖魔とは異なる魔物と呼ばれるモノがいる。魔物というのは、そのほとんどが貴族の創りだした生物であるが、中には天然のモノもいる。天然の魔物は力が強く、特殊能力をもっているものが多く、中には知能がすごく高いモノもいて、神と崇められ、時には恐れられるモノもいる。ドラゴンなどの伝説的な魔物は東方の国で神と崇められることが多い。
 妖魔・魔物ともに人間に恐れられる存在だが、必ずしも、それだけではない。人間に友好的なモノもいることを忘れてほしくない。
 コーヒーを出されたゼロであったがそれには口も付けず、仕事の話を始める。
「貴族について、詳しく教えてくれないか?」
「貴族の名前はイドゥン男爵、以前この辺りを領地としていました」
「以前?」
「ここ300年もの間1度も姿を現していませんでした」
「ではなぜ、イドゥン男爵だとわかる?」
「妹をさらった使い魔が言っていました」
「では、確証はないわけだな」
「ええ、まぁ」
「そうか……」
何故ゼロは相手がイドゥン男爵かどうかにこだわったのだろうか?
 ゼロは険しい表情のまま黙り込んでしまった。
「どうかしたの?」
ゼロは何も答えない、少しの間、二人を沈黙が包んだ。
 そして、ゼロが口を開いた。
「妹さんの名前は?」
「ミネア……」
「君の妹さん以外にさらわれた者はいるのか?」
「私の妹以外に3人さらわれました」
「いつの事だ?」
「全員、3日前の晩に、さらわれたわ」
「そうか……」
また、ゼロは黙り込んでしまった。アンネは何かしゃべろうと必死になった。アンネは間が持たなくなるのが好きではないらしい。
「ゆ、夕食にします?」
「いらん」
即答で返された。アンネが苦渋の末にやっと思いつた言葉だったのに、アンネは気まずい気持ちになってしまった。しかし、ゼロは何とも思っていないだろう。
 ゼロが突然、椅子から立ち上がった。
「どうしたの?」
こう聞くのは当然のことと言えよう。
「外が騒がしい」
「あたしには聞こえないけど……」
「出かけてくる」
そう言ってゼロは家の外に飛び出して行ってしまった。
 アンネは急いで追いかけようとしたが、彼は霧のように姿を忽然と消してしまった。

 ゼロが現場に駆けつけると、そこには人だかりができていた。
 その人だかりの中心には、魔物とそれに応戦している村の若者たちがいた。
 ゼロが人だかりの輪の中心へと歩き出すと、人々の目は一心にゼロへと注がれた。
「そこをどけ、後は俺がやる」
とゼロが言うと、その言葉を聞いた若者たちは、まるで催眠術にかかったかのように武器を収め、何も言わずその場を退いた。
 魔物の腕には女性が抱きかかえられている。
「気を失ってくれているのが幸いだな」
とゼロは小さく呟いた。
 ゼロが剣が煌いた刹那、その瞬間に勝負は決まっていた。まさに一瞬の出来事であった。
 そこにいる全ての者が自分の目を疑った。魔物はゼロが剣を抜いた次の瞬間には縦割りに一刀両断されいたのだ。そして、女性はゼロの腕の中に……!?
 ゼロの剣技を目の当たりにした村人たちは、言葉を失った。まるで夢か幻のようだった。
 この沈黙を破ったのは、この場に駆けつけた、男の一言だった。
「大変だ、シムじいさんの孫のドリスちゃんが魔物にさらわれた」
 そこにアンネが一足遅れ駆けつけてきた。
「どうしたの、この騒ぎは!?」
ゼロがアンネの元へ近づいてきてこう言った。
「ドリスと言う女がさらわれたらしい、ここでモンスターが暴れていたのだが囮だったらしいな」
そう言ってゼロは、この場を足早に立ち去って行った。
「ゼロっ、待って!」
アンネはゼロの後を追った……。

 夜が明け朝が来た。アンネの家の周りには人だかりができていた。
「アンネ出てきなさい、話がある」
と、人だかりの中の一人が言った。
アンネがそれに応じ家のドアを開けると、そこには人だかりが? どうしたものかとアンネは尋ねた。
「どうしたの、この人だかりは?」
白髭を蓄えた威厳のありそうな老人が人ごみを掻き分け、アンネの目の前に現れた。
「アンネ、お前の家にゼロがいるというのは本当なのか?」
「はい、本当です」
その言葉を聞いた人々どよめいた。老人は質問を続ける。
「ゼロを雇ったのか? ……いや、お前にゼロを雇う、お金なんてあるわけがない、どうしたんだ!?」
この質問をされたアンネは困ってしまった。
 1日泊めただけで仕事を受けてくれるハンターなんて聞いたことがない、まして相手はゼロだ。そんなことありえることではない、アンネ本人が一番驚いているのだから。
「そ、それは……」
アンネが言葉に詰まると、家の奥からゼロが出て来た。
「雇われたのではない、一晩泊めてもらったその借りを返すだけだ。それがたまたま妖魔退治になった、それだけの事だ……」
この言葉を聞いた人々は、そんな莫迦な話があるものかと人々は口々に言った。
「そんな話信じられん、お主、本物のゼロか?」
「村長、あんたも見ただろう、こいつの剣技をありゃー相当な剣の使い手だ、ゼロでないにしても剣の腕は超一流だよ」
と村人のひとりが言った、それに納得した白髭の老人=村長は、
「ゼロ、わしらの依頼を受けてくれんか?」
「断る」
ゼロは冷ややかな態度で言った。
「何故じゃ、わしらに依頼料が払えんと思って莫迦にしておるのか?」
「これから俺はアンネの妹を助けに行く、そうすれば、必然的に他の村人を助ける事になるだろう」
その言葉を聞いた村人達は驚きの表情を浮かべた。
 ハンターというのは依頼された仕事以外のことは一切やらないのが普通だ。だからハンターというのは冷酷なイメージをもたれることが多い。ましてゼロの強さは半端ではない、そのため噂に尾びれがいくつも付く。
「もう、用はないだろう」
そう言ってゼロは、アンネを家の中へ押し込み、玄間のドアを閉めた。
 家の中に入るとアンネがゼロのことを見ながら、ニコニコとした表情を浮かべ見つめていた。
 ゼロが、
「どうした?」
と、聞くと、
「ゼロ、あなた、噂では色々悪い噂が多いけど、本当は良い人なのね」
「結果的に他の村人も助ける事になる、それだけのことだ」
と言って、それっきり黙ってしまった。
 次にゼロが口を開いたのは村を出る時であった。
[君の妹さんは必ず助け出す、心配せずに待っていろ」
そう言って、ゼロは村を後にして行った。


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