弐之幕_鈴鹿御前編

《1》

 辺境の地を旅しながら、全国各地の怪物を退治している。と、噂される勇者さま御一行がいるらしい。
 その噂は怪物に苦しめられている民たちのみならず、今や全土の怪物どもの耳にも入っていた。魔女っ娘海賊団が壊滅させられ、大魔導士温羅がやられたらしい。それも絶世の美女とたった三人の下僕に――。
 今はそこに下僕が一人プラスされていた。
「ねぇー、なんで徒歩なわけー?」
 一行の後ろをだらだら歩く黒髪の幼女が愚痴をこぼした。顔だけ見れば類い希なる美少女なのだが、頭にはウサギのような長い耳が生えていた。明らかに人間ではない。
 桃は振り返らずに幼女を怒鳴りつける。
「うっさい、グダグダ抜かしてんじゃないよ!」
「かぐやもう歩けな〜い」
 幼女――かぐやは地面に尻をつけて座ってしまった。
 桃はすぐに引き返してきてかぐやの胸倉を掴んで持ち上げた。
「てめぇ、誰が拾ってやったと思ってんだい!」
「かぐやもっと優しい人に拾われたかったぁ」
「頭にうさ耳なんか生やした気持ち悪いガキなんか、心優しいアタイ以外の誰が拾ってくれるっていうんだよ!」
 子供にも容赦ない桃がマジギレする前に雉丸が止めに入る。
「まあまあ、桃さんムキにならないで。ポチだって同じ境遇の仲間が増えて喜んでいるんですから」
 ポチはうんうんとうなずいた。
「早くボクとかぐやたんの記憶喪失が治るといいなぁ」
 記憶喪失のガキが二人。
 ポチは温羅に拾われる以前の記憶がない。ポチという名前も温羅が勝手に名付けたものだ。
 もう一人のかぐやは昨夜以前の記憶がない。しかも、もっとも古い記憶はフルチン≠セった。
 そう、かぐやを一番はじめに見つけたのは猿助だった。あの空から降ってきた謎の乗り物に乗っていた幼女なのだ。
 かぐやについてわかっていることは名前だけ。手がかりになりそうな謎の乗り物は村に預け、自称天才発明家の亀仙人が調べている。
 空から降ってきたかぐやを見た村人たちは、その美しさを見て天女さまかもしれないと言った。真珠のように輝く白い肌で、顔立ちは子供のくせに洗練された高貴されているが、頭にウサ耳の生えた天女なんか聞いたことがない。トラ耳を生やした鬼人族と同様、異形で怪物と見る者を村の中にはいた。そして、何よりも人々を畏れさせたのは、その紅い眼だった。
 そういえば他にも手がかりがあった。なぜか大人用の十二単を着ていたかぐやを着替えさせるとき、首から〈黄金の鍵〉のついたネックレスを下げていた。ちなみにその着替えのときに、パンツにかぐや≠ニ刺繍されていたことと、自らかぐや≠ニ自称していることから名前が判明した。
 この〈黄金の鍵〉は文字通り、記憶の鍵(、)となるのだろうか?
 こうして旅は美女一人と四人の下僕となったわけだが、新メンバーのかぐやはまだまだ桃にたいして反抗期だった。他の三人は反抗期を過ぎている。
「誰かおんぶー」
 かぐやはもう一歩も歩く気ゼロ。
 ただのワガママ娘を桃がおんぶするハズがない。
 かぐやと同じくらいの背丈のポチでは荷が重いだろう。
 雉丸は誰かを背負うと武器の制限がでる。
 残る一匹に桃は目を向けた。
「サル、あんたが役に立つときがきたよ」
「なんでオレが!」
「だってあんた若い子が好きだろう?」
「こんなガキなんか好きじゃねーよ!」
 ガキと言われたかぐやも黙っちゃいない。
「かぐやガキじゃないしー、あなたのほうがガキじゃん!」
「オレのどこがガキなんだよ!」
 猿助は顔を真っ赤にしてかぐやに掴みかかった。
 二人が取っ組み合いをはじめてしまったのを見てポチがあたふたする。
「ケンカはよくないからやめようよぉ」
 三匹のガキを見ていた桃の目尻が上がる。
「てめぇら、ここは保育所じゃないんだよ!」
 桃に恫喝された三匹はすくみ上がって身を凍らせた。これ以上やってると殺される。
 まったく動じていないのは雉丸くらいだ。
「そういうことだから、サル。お前が背負ってやれよ?」
「……わ、わかったよ!」
 ちょっぴり強気に返してみたが、言葉は震えているし、絶対に桃のほうは見られない。
 猿助がかぐやをおんぶすることで決着をしたが、これから旅はまだまだ先が長いことだろう。
 雉丸は桃に視線を向けた。
「桃さん、そろそろ乗り物がないと、この先不便だと思いますが?」
「もうすぐ京の都だ。そこで何か探そうかね」
 ポチが『はぁ〜い』と手を挙げた。
「ボク、牛車がいいなぁ。まったりしてて気持ちいいと思うよぉ」
「却下」
 即答の桃。
 次に猿助が提案する。
「オレは断然早馬がいいと思うぜ。だってカッコイイじゃん?」
「あんた馬に乗れるのかい?」
 桃に突っ込まれて猿助は少し言葉を詰まらせる。
「の、乗れないけど悪いかよ。馬なら馬車だってあるだろ!」
 馬に乗れないのはきっと猿助だけじゃない。馬車というのは妥当なところかもしれない。
 雉丸もそれに同意した。
「そうだな、俺たちが手に入れられる物で考えると馬車が一番かもしれないな。鬼たちの乗り物が手に入るなら話は別だが」
 言葉のニュアンスからわかりそうなものなのに、かぐやはあっさり言い出した。
「だったら鬼とかいうのから買えばいいじゃん?」
 かぐやを背負っている猿助はどっとため息を吐いた。
「お前なぁ、簡単に言うんじゃねーよ。鬼がどんな奴らかお前だって知ってるだろ?」
「かぐや知らな〜い。鬼って何なの?」
 記憶喪失だからなのか、それとも本当に知らないのか。
 ジパングに住んでいるものなら、鬼を知らない者はしない。鬼と言えば恐ろしいものなのだ、幼いころから教え込まれて子は育つ。
 かぐやが目を丸くして周りの者を見ながらキョロキョロして、目の合った雉丸が口を開いた。
「鬼というのは古来からこの世界にいる生き物のことだ。凶暴で野蛮な怪物だと人間からは忌み嫌われている。だが、鬼の文化は人間のそれよりも遥かに高く、科学、魔導などは人間なんて遠く及ばない。オレが持っているこの銃も鬼が作ったものだ」
 そう言って雉丸はリボルバーを見せた。
 人間の技術では作れないとされている物。大きな都では鬼から盗んだ技術を模倣している物もあるが、応用するとまでは行かずに流用の域を脱し得ない。
 そう考えると……。
 桃は少し鋭い眼でかぐやを流し見た。
「あんたが乗ってたアレは誰が作ったもんなのかねぇ?」
 かぐやの謎は深まるばかりだった。
 記憶喪失相手にその話題は深く追求されることはなかった。
 先頭を歩いていた桃を抜かしてポチが前に駆けだした。
「ほら見て、おっきな都が見えるよぉ!」
 ジパング一の大都会。
 帝も住んでいるという京の都はすぐそこだった。

《2》

 京の都の入り口で、うさ耳の生えたかぐやのことで守衛と一悶着あったが、桃がアレしてコレしたおかげで無事に都入りできた。
 華の都でも桃の美しさをは目を惹く。貴族たちにはない野性的で勇ましい気高さを桃は持っている。
 うさ耳のかぐやも当然、目を惹いてしまうことになったが、そこは桃がアレしてコレして、近づいていちゃもんをつけてくる者はいなかった。
 京の都に入って一行は別行動を取ることになった。雉丸は物資の調達など、ポチはそれについて行き、猿助はたぶん美人のねーちゃんでも探しに行ったのだろう。
 かぐやは桃に引きずられて歩いていた。
 人の集まりそうな広場にやってきた桃は、かぐやの胸倉を掴んで自分の顔に引き寄せた。
「ここいらでやろうかね」
「えっ、何を?」
「とりあえずコレに着替えな」
「はっ?」
「いいからさっさと着替えればいいんだよ!」
「は、はい!」
 衣装を受け取ったかぐやは怯えながらも、ちょっとうつむいてボソッと呟く。
「いつか絶対復讐したる」
 今は怖いからできないけどな!
 ところで謎の衣装を受け取ったのはいいが、これって何の衣装?
「桃のお姉さま、あのぉ〜、これって網タイツと……」
「スク水だよ。本当は別の物が欲しかったんだけど、子供用がなくてねぇ」
 物陰で着替えさせられ、最後に桃が鎖の首輪をかぐやに巻いて完了。
 そして、桃は大声で人を集めた。
「てめぇら、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世にも珍しい天然物のバニーちゃんだよ、しかも幼女ときたもんだ!」
 横にいたかぐやが眼を剥く。
「はっ?」
 そんなかぐやのことなど構わず、桃は集まってきた聴衆に向かって話を続けた。
「今からこのバニーちゃんが火の輪をくぐってごらんに見せましょう!」
「はっ!?」
 意味がわからない。かぐやは完全に置いてけぼりだった。
 いつの間にか曲芸でよく目にする火の輪が用意されていた。
 そこをくぐれと言うのですか?
 訴えかける目でかぐやは桃を見つめるが、まったく取り合ってくれる気ゼロ。
「このバニーちゃんが見事に火の輪をくぐりましたら、おひねりを投げてくださいな。よし、そら行けバニーちゃん!」
「はぁっ!?」
「早く行きな!」
「なんでかぐやがそんなこと!」
「自分の飯代くらい自分で稼ぎなよ!」
「火の輪なんかくぐったことないし、アホでしょ!」
「さっさとくぐりゃーいんだよ!」
 桃はかぐやのケツを蹴っ飛ばした。
 燃えさかる火の輪が眼前まで迫り、かぐやは冷や汗を垂らしながらストップした。
「できるかボケ!」
「できなくてもやれ!」
 そんな無茶苦茶な。
 でも、桃はやらせる気満々。かぐやを担いで人間ロケットを発射しようとした。
「うおりゃーっ!」
 かぐやロケット発射!
「死にたくなーい!」
 かぐやは劇画な形相で自らの首から伸びていた鎖を登った。火の輪をくぐるより、こっちのほうがスゴイ曲芸だ。
 桃のところまで登ってきて力尽きたかぐやは、地面に両手両膝をついて息をゼーハーゼーハー。
 それを見た桃は態度を軟化させた。
「仕方ないねぇ。あんたの根性に免じて火の輪くぐりはなしにしてやるよ」
「最初からやらせんなよ……ボケ」
「そういうわけだから、この天然物のバニーちゃんを買いたい奴はいないかい!」
 競売だった。
 鼻の下を伸ばした男が手を挙げた。
「金一〇枚!」
「俺は金二〇枚出すぞ!」
 桃は首を横に振った。
「まだまだ安いね、もっと出す奴はいないのかい?」
 平然と人身売買をしようとする桃の胸倉に、鬼の形相でかぐやが掴みかかった。
「おんどりゃー、マジで売る気かボケナス!」
「見てのとおり口は悪いが元気の証拠。この可愛い口が言ってるんだ、多少の罵詈雑言は許してやりな。というわけで、誰か買う奴はいないかい?」
 もう売る気満々。
 いつの間にかできていた群衆の中から、烏帽子(えぼし)をかぶった眼鏡の少年が出てきて手を挙げた。
「金三〇〇枚で僕が買おう」
 人々がざわついた。
 誰かが畏怖を込めた声でこう呼んだ。
「安倍晴明(あべのせいめい)さまだ」
 名を呼ばれた少年――晴明はそちらを振り向くことなく、まっすぐかぐやに向かって歩いた。
「珍しい妖魔だ。おもしろい研究ができそうだね」
 見た目は少年だが、その顔つきは妖しく大人びている。
 が、次の瞬間!
「うわーマジで可愛いよこの妖魔。今から僕のペットになるなんて、ふふふっ」
 晴明はかぐやに抱きつこうとして、周りの白い視線を感じて咳払いを一つ。
「コホン、持ち合わせだけでは足りないので、前金で金一〇枚払おう」
 真面目な顔つきになった晴明が財布を出して、金を桃に渡そうとしたとき、誰かが叫んだのだ。
「あやかしだ!」
 光り輝く毬のような球体――オーブが宙に浮かんでいる。
 晴明が声を荒げる。
「出たな鈴鹿(すずか)御前!」
 オーブは晴明に向かって飛んできたかと思うと、急に掃除機のように周りの空気を吸い込むはじめた。
「しまった!」
 晴明が叫んだと同時、手に持っていた金がオーブに吸い込まれてしまった。
 すぐにオーブは飛んで逃げようとする。
 それを桃が逃がすわけがない!
「アタイの金!」
 だって金がかかってますから!
 オーブは風よりも早く飛ぶ。
 桃は鎖を握ったまま(、、、、、、、)都を爆走した。
 ドン、ガン、ボン、ぎゃっ!
 走る桃の真後ろから悲鳴が聞こえたが気にしな〜い♪
 足には自信のあるというか、全般的に自信のある桃だったが、オーブとの距離はどんどん開いていく。
 オーブを追う桃の目に見慣れた顔を飛び込んできた。
「邪魔だ退け!」
「姉貴、そんなに慌てて……オレの胸に飛び込んで……ぐはっ!」
 目の前に現れた猿助の顔面を踏み切り台にして桃は高く跳躍した。
 が、猿助と物体Kと鎖がこんがらがって、鎖を握ったままだった桃は大きくバランスを崩して地面に落下した。
「ぎゃっ!」
 猿助が短く呻いた。
 地面につぶれた猿助の背中には桃の尻が乗っていた。
「くそーっ、逃げられた!」
 それどころではないのが約二名。
 無罪なのに市中引き回しの刑の疑似体験したかぐやは全身ボロボロ。
 座布団にされた猿助はちょっぴり幸せそう。
 すぐに晴明がこの場に駆けつけた。
「あのオーブはどこに?」
「見失ったに決まってるだろう!」
 オーブを完全に見失ってしまった桃は爆乳を揺らしてご立腹だ。
 だが、金づるはそこにいる。
「金三〇〇枚、払ってもらおうか?」
「ふむ、いいだろう。では僕の屋敷に案内しよう」
 こうして桃たちは安倍晴明の屋敷に招かれた。

《3》

 板の間にある祭壇に飾られた鏡。
 鏡には六人が映り込んでいた。
 あぐらを掻く桃と、合流した下僕三人と売り物一匹、それと後から現れた晴明だ。
「約束の金三〇〇枚だ」
 晴明は風呂敷を解き中身を見せた。
 これで契約成立だ。
 ポチが泣きそうな顔をして声をあげる。
「姐御さんひど〜い!」
「アタイのやることに文句あるのかい。かぐやだって金持ちに貰われたら幸せだよ」
 桃はかぐやに目を向けた。
「うーうーっ!」
 かぐやは猿ぐつわを噛まされ、手足を縛られ呻いていた。イモムシのようにくにゅくにゅもがいている。
 それを見た桃がかぐやの気持ちを代弁。
「かぐやだってあんなに喜んでるじゃないか」
 絶対に違う。
 猿助と雉丸も別に止めようとしてなかった。
「オレは最初からガキと一緒に旅なんかしたくないんだ。ついでにポチもここに置いて行っちゃえよ」
「ならガキのお前も置いていこう」
 と、雉丸は猿助を睨みつけ、話を続ける。
「かぐやを置いていくのは俺も賛成だ。危険な旅に巻き込むわけにはいかないし、何より桃さんの判断が第一だ」
 この会話を聞いていた晴明の目つきが急に変わった。
「もしかして……怪物退治をしている絶世の美女とその下僕がいると噂を聞いていたが……君たちがそうなのかい?」
「アタイらも有名になったもんだね」
「噂で聞くほど美女じゃないな」
 吐き捨てた晴明に桃が殴りかかろうとしたのを雉丸が後ろから押さえ込んだ。
「桃さん、彼に喧嘩を売ったら朝廷まで敵に回すことになりますよ」
「おうおう、やってやろうじゃないか!」
「別に桃さんがやるというなら俺はどこまででもついて行きますが、朝廷を敵に回してもめんどくさいだけで、なんのメリットもありませんよ?」
 メリットがない(、、)。この言葉は桃の胸の響いた。
 すーっと力を抜いた桃は再びあぐらを掻いて座った。
 晴明はあざ笑うように桃を見下した。
「辺境じゃ美女って言われてるのかもしれないけど、僕に言わせればただの野蛮人だね」
「なにをぉ!」
 再び桃が殴りかかろうとしたとき、急に床が揺れた。
 特に祀られていた祭壇の揺れは激しく、丸い鏡が床に落ちて転がり、桃の足音で止まって真っ二つに割れた。
 あたふたする晴明が割れた鏡を拾おうと手を伸ばす。
「ああっ、大事な鏡がぁぁぁっ!」
 そのとき、鏡が急に激しい閃光を放ち一同は目を眩ました。
 鏡に映し出される黒い影。それはだんだんと形をつくり、なんとそこに小袖に鮮やかな紅の袴を着た美少女が現れた。
 鳥のくちばしのようにツンと天に伸びる黒塗りの立鳥帽子。遊女や盗賊が好んでかぶるこの帽子をトラ耳の間に乗せた黒髪の美少女。桃に負けず劣らずの美形だが、その顔は桃と違って清楚な貴族風、年の頃は一六歳くらいだろうか。
 美少女の姿を確認した晴明が息を呑んだ。
「……っ、鈴鹿御前だ!」
 桃も鏡の中をじっくり覗き込んだ。
「ほう、これがかの有名な鬼女の鈴鹿ちゃんかい。綺麗な顔してるけど、アタイの足下にも及ばないねぇ」
 その横では猿助が鼻の下を伸ばしていた。
「綺麗な娘だなぁ。マジでこの娘を退治するのかよ?」
 相手が美少女と知って猿助は乗り気じゃないようだ。
 しかし、この都に来た第一の理由は鈴鹿御前の情報を集めるためだった。
 桃と別行動をしていた雉丸はすでに多くの情報を仕入れていた。
「旅人や貨物を運ぶ大切なルートになっている山に、鈴鹿御前という盗賊が隠れ住んでいるらしい。そのため、その山では昼夜を問わず謎の光が現れ、運んでいる物資や旅人の荷物、帝への貢ぎ物までも盗まれているらしい。それがすべて鈴鹿御前の仕業だと云われている」
 謎の光とは桃たちが見たあのオーブだろう。
 晴明はうなずいた。
「君の云うとおりだ、そのことで大変困っている。そして、今まで僕が張った結界のおかげで大丈夫だったんだけど、ついに都の中にまでそのオーブが……」
 鏡の中に動きがあった。
 鈴鹿は畳の部屋で優雅にお茶とお菓子を摘みながら、自分に届いた手紙を読んでいるようだった。
 新しい手紙を手に取った鈴鹿が急に嫌そうな顔をして、鏡の向こう側から歌うように綺麗な声が聞こえてきた。
《『親愛なる鈴鹿ちゃんへ、お願いだから早くおらのところへ嫁に来てくれ。天竺第四天の魔王の娘の鈴鹿ちゃんが嫁に来てくれたら、ジパングもおらたちのもんになったも当然だべ。追伸、こないだ鈴鹿ちゃんが黙って持って行った妖刀を返してくれ、あれがねえと困っちまうべ』……キモッ!》
 手紙を読み終えて最後に感想を吐き捨てた。ついでに手紙をビリビリに破って捨てた。差出人のことをだいぶ嫌っているらしい。
 しかし、手紙の差出人はいったい誰なのだろうか?
 鏡の中の映像を見た晴明は青い顔をしていた。
「大変だ、あの噂は本当だったのか……。鈴鹿御前と大嶽丸(おおたけまる)が手を組んでジパング転覆を狙っているというのは!」
 桃が晴明に尋ねる。
「その大嶽丸って誰だい?」
「大嶽丸も知らないなんてバカだなぁ。ジパングでも三本の指に数えられる凶悪な鬼に決まってるじゃないか」
「バカとはなんだいバカとは。鬼の名前なんて知らなくても退治しちゃえばいいんだろう」
 再び桃の怒りが晴明に向かって手が出そうになる前に、雉丸は補足説明をくわえて気を引いた。
「三本の指に数えられているのは、海の魔女温羅=A北東の魔王大嶽丸=Aそして最強の鬼神と云われている酒呑童子(しゆてんどうじ)≠ナすね」
 その大嶽丸が鈴鹿と手を組もうとしているのだ。一方的な求婚だが。
 三本の指に入ろうが入るまいが桃には関係ない。
「温羅だって倒したんだ、他の二匹もそのうち倒してやるさ。鈴鹿のことも手を組まれる前に、さっさと倒しちまえばいいんだろう?」
 強気な桃のことを晴明は気にいらないようだった。
「簡単に言ってくれるじゃないか。僕だって手をこまねいてるわけじゃないんだ、それでもまだ敵の本拠地すら見つけられないんだからな。僕ができないことを君ができるわけないじゃないか」
「てめぇこそ言ってくれるじゃないか。本当は見つけられないんじゃなくて、見つけたくないんだろう?」
「どういうことだよ」
「相手が美少女じゃ鼻の下が伸びるのも無理はない。あの鏡でいつも盗撮してハァハァしてんだろう?」
 挑戦的な目で桃は背の低い晴明を完全に上から見ていた。身長差からしてすでに負けているが、晴明も言われたままでは引き下がらない。
「盗撮って失礼だな、高等な術なんだぞ。それに鈴鹿御前が映ったのはこれがはじめてだし、僕はあんな女よりも……」
 桃から視線を外し、別の場所に目をやった晴明がハッと息を呑んだ。
「いない?」
 と、呟いた晴明。
 そこにいたハズのかぐやがいない?
 しかもポチまで消えていた。
 拘束されていたハズのかぐやが自由の身になり、ポチを拉致して逃げようとしていた。
「売られてたまるかっコンチキショー! 近づいたらこのガキをケチョンケチョンにするからなボケ!」
「うわぁ〜ん、せっかく自由にしてあげたのにぃ、ひどいよぉ〜!」
 かぐやを自由にしたのはポチだったらしい。
 人質を取って部屋を出ようとするかぐや。
 床に置いてあった物干し竿を握った桃。
 物干し竿が大きく薙ぎ払われた。
 見事に足をすくわれたかぐやがコケた!
 すぐに桃は床に這い蹲るかぐやの首に物干し竿を押しつけた。
 まったく身動きできなくされたかぐやが喚く。
「バカバカバカ!」
「キーキー喚いてんじゃないよ。金持ちで仮にも都の陰陽師さまにもらわれるんだ、幸せだと思いな!」
「絶対イヤ! ロリコン趣味のガキに何されるかわかんないじゃん!」
 幼い年同士だったらロリコンではない。
 だが、ロリコンと言われては黙ってはいられない。
「僕はロリコンなんかじゃないぞ!」
「それでも絶対イヤーッ!」
 嫌がるかぐやと積まれた金。桃の眼中には金しかない。
 ここでポチがまん丸の瞳で桃に訴えかけた。
「かぐやたんのこと売らないでくださいよぉ」
「あんたかぐやに酷いことされたのに、どうしてかばうんだい?」
「だってかぐやたんが可哀想なんだもん」
 潤んだ瞳で上目遣い。精神攻撃だ。
 が、桃に人情なんてものがあるのだろうか?
 桃には効かないようすの精神攻撃も、雉丸の胸にはグサグサきたようだ。
「ポチ……大丈夫だよ、かぐやは決して売ったりしないからね。ですよね、桃さん?」
「まあ雉丸が言うなら仕方ないねぇ。その代わり、雑用から何から体を張って尽くすんだよ?」
 意外にもあっさり。
 桃の視線がかぐやに向けられた。
「そんなこと誰が……ぐあっ!」
 物干し竿がかぐやの首を絞めた。
「わかりました、ごめんなさい……絶対復讐して……ぐわっ!」
 かぐやは口から泡を吐いて気絶した。
 金三〇〇枚を積んだというのに、晴明は少しご立腹だった。
「この妖魔を売ってくれないなんてヒドイじゃないか、詐欺だよ詐欺!」
 桃がキッと晴明を睨む。
「まだ金をもらったわけじゃなんだ、グダグダ言ってんじゃないよ!」
「売れったら売れよ!」
「うるさいクソガキだねぇ」
「僕はクソでもガキでもない。こう見えても二二歳なんだぞ!」
 やっぱりロリコンだ!
 一同は唖然としたまま沈黙。そのまま桃の視線は雉丸に向けられた。
「たしかあんたも二二だったねぇ?」
 訊かれた質問を雉丸はさらりと流した。
「そんなことよりも、俺たちが鈴鹿御前を退治するということでかぐやをあきらめて欲しい」
 晴明はう〜んと唸って腕を組んだ。
 かぐやをあきらめるのは不本意だが、人々を苦しめる女盗賊を退治できるなら。それに鈴鹿御前は帝の貢ぎ物にも手を出している。京の都の陰陽師としては、帝に忠義を払わなければならないだろう。
「いいだろう。退治できるものならして来いよ」
 晴明の言いぐさに桃は自信満々の笑みで答えた。
「おう、やってやるよ」
 しかも、桃はこんな注文までつけた。
「見事退治した暁には当然、報酬をもらえるんだろうね?」
「心配しなくても鈴鹿御前は賞金首だよ。朝廷から報酬が出る」
 そうと決まれば出発だ!
「野郎ども行くよ!」
 桃は下僕を連れて行こうとしたのだが、その中の一匹が動こうとしない。猿助はずーっと今まで鏡を覗いていた。
「ちょっと待って、今いいとこなんだ」
 その場を動こうとしない猿助の首根っこを桃が掴んだ。
「さっさと行くよ!」
「今から風呂に入るとこ……ふがっ!」
 ゴン!
 猿助の顔面が鏡ごと床に強打された。もちろんやったのは桃だ。
 ゴナゴナになった鏡にはもう何も映っていない。
 桃は鼻血ブーの猿助と気絶しているかぐやを引きずって部屋を後にした。すぐに雉丸も何事もなかったように後を追う。
 最後にポチがペコリと頭を下げて部屋を後にした。

《4》

 ――桃たちが京の都を出立して三日三晩の刻が流れた。
「クソッタレ!」
 桃の罵声が山々に木霊した。
 鈴鹿のアジトがまったく見つからない。手がかりすら何もつかめない状況だった。
 舗装されている参道から外れれば、そこは険しい山道。山の中を歩き続けているメンバーも疲労の色が隠せない。
 食料も底を付きそうだった。
 猿助が腹をさすった。
「腹減ったーっ。そろそろ京の都に戻って食べもん調達しようぜー」
 ポチとかぐやも身を寄せてぐったりしている。
「ボクもおなかすいたよぉ」
「かぐや歩けなぁ〜い」
 周りの状況を見かねた雉丸が桃に取り合おうとしたが、その前に桃が先に口を開いてしまった。
「てめぇら、グダグダ言ってんじゃないよ。絶対、京には戻らないからないよ。今戻ったら安倍の野郎に笑われるだけさ!」
 プライドの問題だった。そのプライドを自ら曲げるなんてことを桃がするハズがない。
 しかし、食料が残り少ないのも事実。
 カエルの合唱のように三匹のガキが『おなかすいた』と喚き散らす。
 桃が三匹を睨みつけた。
 三匹がビクッと身をすくめて口を閉じたときは遅かった。
 桃が猿助の胸倉を掴みんだ。
「てめぇで魚でも捕ってこい!」
 投げた!
「ぎゃーっ!」
 そのまま猿助は崖の下に転落して滝壺の中に呑まれてしまった。
 惨状を目の当たりにした残り二匹、魔の手が伸びてくるのも時間の問題だった。
 桃がかぐやの胸倉を掴んだ。
「てめぇも逝って来い!」
 やっぱり投げた!
「クソババア、覚えてろよ!」
 捨て台詞を吐いて、やっぱり滝壺に呑み込まれた。
 最後に残ったポチは仔犬のように体を震わせている。
「ご、ごめんなさぁい。ボク泳げないから投げないでよぉ」
 すぐに雉丸がポチを抱き寄せた。
「ちゃんと謝れば桃さんだって許してくれますよね? だって桃さんはジパング一の美人で寛大な心の持ち主ですから、ね?」
「そうさ、アタイはジパング一の絶世の美女。心の広さだって誰にも負けやしないよ」
 どうやら難を逃れたようすのポチ。瞳をキラキラさせている。
「ありがとぉ姐御さん。ボクこれからもいい子でいるね!」
 桃はポンポンと優しくポチの頭を叩いた。
 犠牲になった二匹は未だ滝壺から上がってこない。溺れ死んだ可能性も高いが、あの二匹は結構しぶとそうな感じがある。特に猿助はゴキブリよりもしぶとい。
 桃は滝壺の下をのぞき込んで祈りを捧げた。
 その祈りは無事を祈るでもなく、黙祷するでもなかった。
「あの二匹を捧げるから、どうか鈴鹿の居場所を教えておくれ」
 生け贄だった。
 すると、地獄の神が祈りを聞き届けたのか、滝壺がピカーンと光輝いた。
 次の瞬間、水しぶきを上げて滝壺の中から珍獣がっ!
「呼ばれて飛び出てハメハメハー!」
 ビキニ姿のハゲ爺が瀕死の猿助とかぐやを抱えて地面に降り立った――亀仙人だった。
 その姿を確認した瞬間、桃は亀仙人を滝壺に蹴落としていた。
「逝って来い!」
「ひぎゃーっ!」
 さよなら亀仙人、成仏しろよ!
 滝壺に呑み込まれた亀仙人だったか、次の瞬間には滝壺の中から飛び上がってきた。なんと亀仙人の背負っている甲羅からジェット噴射しているではないか!?
 再び桃の前に降り立った亀仙人の第一声は――。
「ワシを誰だと思ってお――」
「知ってるわ、クソハゲだろがっ!」
 またハゲ仙人は滝壺に蹴落とされた。
 しかし、三度滝壺から飛び上がって、蹴落とされた。
 四度、蹴り、五度、蹴り、六度、蹴り……。
 エンドレスも数えるのめんどくさくなったころ、全身ボロボロでヨボヨボの亀仙人は陸地に上げってついに力尽きた。
「ワシは……もう駄目じゃ……最期にワシの一生の頼みを聞いて……」
 桃は亀仙人を踏んづけながら望みを訊いた。
「なんだ言ってみな?」
「最期に……おぬしと一夜を過ごし……」
「逝って来い!」
「ぎゃ!」
 再びエロ仙人は滝壺に落ちた。もう成仏してしまったのか、上がってくるようすはなかった。
 亀仙人が最期にいた場所でポチが何かを見つけた。
「姐御さん、変な物が落ちてましゅよぉ?」
 そう言いながらソレは桃に手渡された。
「なんだいこれ?」
 それはまるで羅針盤のような形をしていたが、それよりも複雑な感じがする。
 いったいこのアイテムは?
 崖の下から老人の手が現れた。
「それは……ワシが……ゲホゲホ……」
 やっとの思いで崖を登ってきた亀仙人だった。その胸倉を桃が掴み、そのまま引き上げた。
「てめぇ、まだ生きてたのかい!」
 再び亀仙人が滝壺に落とされそうになったのを雉丸が制止する。
「ちょっと待ってください桃さん、そのアイテムのことを訊いてからでも遅くないかと」
「それもそうだね。ほら、命拾いしたんだ、さっさとお言い!」
 桃に胸倉を掴まれ持ち上げられている亀仙人は、青ざめた顔で苦しそうに口を開く。
「そ……の前に、温かいお茶をくれんか?」
「てめぇぶっ殺すぞ!」
 桃が本気で怒る寸前だった。それを察知したメンバーは必死になった。
 雉丸がすばやくフォロー。
「殺すのはいつでもできますから!」
 ポチがまん丸の瞳をウルウルさせる。
「お爺たんを苛めちゃ可哀想だよぉ」
 猿助が桃を後ろから羽交い締めにする。
「姉貴! やっぱ好い体してんなぁ……ぎゃ!」
 便乗に失敗した猿助は、桃の肘打ちを喰らって地面に沈んだ。
 最後にかぐやが呟く。
「今度はちゃんと息の根を止めてから滝壺に落としたらー?」
 フォローじゃなかった。
 桃の両手が亀仙人の首を締め上げる。
「成仏しろよクソハゲ!」
「……す……すまん……ワシぐぁっ……わる、悪かった」
「今さら謝っても遅いんだよ!」
「……鈴鹿御前の……居場所を……教えてやる……」
「なに?」
 すーっと桃の手から力が抜け、解放された亀仙人は地面に両手をついて咳き込んだ。
「うげっ……げほっ……うえぇっ……ナイスバディなねーちゃんたちが、川の向こう岸で呼んどったわい」
 臨死体験だった。
 瀕死の亀仙人をいたぶるように桃はつま先で小突いた。
「生かしてやったんだ、さっさとお言いよ!」
「そうせかすな……その前にお茶を……」
 桃にギロっとした眼で睨まれ、亀仙人は言葉を呑み込んで、別の言葉を発する。
「おぬしが持っとる羅針盤はワシが発明したスーパー浦島スペシャル羅針盤(試作品)じゃ」
「で、この羅針盤と鈴鹿が何の関係があるんだい?」
「鈴鹿御前はおそらく特殊な結界の中に隠れておる。そこでそのミラクル羅針盤を使って時空の歪みを探知して、正しい道のりを教えてくれるのじゃ!」
 桃の持っていた羅針盤を猿助が奪い取った。
「そんなにスゴイ羅針盤なんかよ。つーか、まさかこれをわざわざ届けに来てくれたのか?」
「そうじゃ、京の都でおぬしらが鈴鹿御前退治に向かったと聞いて追ってきたのじゃ」
 だったらスゴイ功労者じゃないですか!
 それを殴る蹴る滝壺に落とす。恩を仇で返しまくり。
 亀仙人が京の都にやって来たのは、おそらく桃たちを追ってきてのことだろう。
 ということは――。
 少し声を弾ませながらかぐやが亀仙人に尋ねる。
「かぐやが乗ってたあれがなんだかわかったの!?」
 それはかぐやの記憶を探す大事な手がかりだった。
「あの乗り物は……わからんから村に放置してきたわ」
 あっさり答えた亀仙人にかぐやのグーパンチ!
「くたばれ!」
「ぐはっ!」
 殴られた亀仙人は後ずさりをして慌てた。
「ま、待て、今まで鬼人たちの技術も多く見てきたワシじゃが、あの乗り物に使われておる技術はワシにもよくわからんのじゃ。つまり、あの乗り物は鬼人の技術より、もーっと、もーっともっとスゴイ技術が使われておるのじゃ!」
 つまりそれはどういうことか?
 一同の視線はかぐやに集まった。
 このうさ耳の少女の正体は?
 真面目モードな空気が流れている中、桃はゾワゾワっとする悪寒を感じて振り返った。すると亀仙人に尻をなでなでされていた。
「超スゴイ羅針盤を届けてやった礼じゃ、ケツくらい触らせい」
「あの世で女のケツでも追っかけてな!」
 桃の回し蹴りが炸裂!
 今度こそさよなら亀仙人。
「あ〜れ〜!」
 グルグル渦巻く滝壺に亀仙人は消えたのだった。
 成仏しろよ!

《5》

 今は亡き亀仙人の形見(?)の羅針盤を使い、その針が指し示す方角へ歩みを進めた。
 すると、人気のない舗装された一本の道に出た。地図や人間の知らない行路だ。きっとこの先に鈴鹿のアジトがあるに違いない。
 はやる気持ちを押さえて足を進めていると、やがて柏木原の彼方に絢爛豪華な御殿が姿を現した。
 壮麗な御殿の敷地に足を踏み入れた桃たちは目を丸くした。
 あんな鬱蒼とした山にこんな御殿があったとは驚きだ。
 堀に掛かる紅い反り橋の前で、トラ耳の人影が桃たちを待ち受けていた。
 影は三人。
 赤いふんどしの鬼が声を荒げた。
「貴様、いつかの凶暴女じゃねーか!」
 凶暴女=桃
「あんた誰だい?」
 桃はすっかり忘却していた。
 雉丸が桃に耳打ちをする。
「温羅のところであった奇人変態フルチンジャーですよ」
 あれ、そんな名前だったっけ?
 ポチがすかさず訂正。
「違うよぉ、フルチン戦隊赤フンジャーだよ」
 これが正解だっただろうか?
 猿助とかぐやは初対面なので正解を知らない。二人はコソコソ話をした。
「フル○ンだってよ、変態だな変態」
「ねー、フルチ○なんて恥ずかしくないのかしら」
「つーか、今はフル○ンじゃなくて横○ンだけどな」
 避難の眼差しで見られた赤フンの鬼が暴れ出した。
「フルチンじゃねー! おらは鬼道戦隊鬼レンジャーのリーダー、赤フンの鬼レッドだ!」
 さらに横にいた青フンの鬼が一歩前に出た。
「そして、俺が鬼レンジャーのイケメン担当、青フンの鬼ブルーだ!」
 クールに鬼ブルーは前髪を掻き上げた。見るからにナルシストだ。
 続いて最後に残った黄色いふんどしの巨漢が金棒を振り回しながら前に出た。
「おいどんは力自慢の大食漢、黄フンの鬼イエローじゃ!」
 三人揃って鬼道戦隊鬼レンジャーと言いたいところだが、鬼レッドが頭を掻きながらすまなそうに口を開く。
「ちなみに鬼グリーンは家庭の事情でバイトが忙しくて、鬼ブラックは風邪で寝込んで病欠だ。メンバーが揃わんで悪いのお」
 だからどうしたって話だ。
 桃は背中に担いでいた物干し竿を抜いて、鬼レンジャーたちをタコ殴り。
 ドガ、ドガ、ドガッ!
 一瞬にして鬼レンジャーは殲滅された。
 虫の息で地面に這い蹲る鬼レッドが恨めしそうな眼で桃に手を伸ばす。
「卑怯者め……まだ我らは決めポーズもして……」
 バタッ!
 と、鬼レッドは力尽きた。
 残る鬼ブルーは虫の息にもかかわらず、猿助に顔面を殴る蹴るされて、四谷怪談のお岩さん常態。
 巨漢が自慢の鬼イエローは、桃にやられて地面に倒れたところで、かぐやに股間を蹴り連打。
 鬼ブルーと鬼イエローも無惨に力尽きた。
 猿助とかぐやは背中を合わせて息を吐いた。
「ふーっ、なかなか手強い野郎だったぜ!」
「まあかぐやの手に掛かれば雑魚だけど!」
 まるで二人で倒したみたいな言い草だった。
 そんな二人を置いて桃はさっさと歩き出していた。
「てめぇら、さっさと行くよ!」
 無駄な手間を取らせてしまったが、鬼レンジャーが守っていた反り橋を渡ることにした。
 堀池で錦鯉がぴょんと跳ねた。
 それを見た猿助が一言。
「うまそう」
 すぐに猿助の後頭部に桃の平手打ちが飛んできた。
「バカ言ってんじゃないよ!」
 反り橋を渡り切ると、そこには金銀で作られた塀と門があり、その奥に見えるは金銀七宝を散りばめた荘厳な屋敷。
 この贅沢な御殿はすべて盗んだ財宝で造られているのだろうか?
 屋敷の庭はこれまた美しい景色が広がっていた。
 東西南北に分けられた庭には、各々に春夏秋冬の花々や景色が広がっており、春の息吹が心地よい風を運び、夏の力強い陽に輝く海の匂い、秋には色鮮やかな紅葉が心落ちつかせ、冬は白銀の雪が積もり化粧をしていた。
 極楽浄土があるとすれば、まさにこんな場所なのではないだろうか?
 桃は庭から土足で縁側に上がり、襖を力強く開けた。
 青い畳が薫り立つ。その部屋の奥で机に寄りかかり、歌の本を読んでいた美少女が顔を上げた。
「……誰ですかおぬしら?」
 紅の袴のしわを払いながら美少女――鈴鹿が立ち上がった。
 鬼人族の黄色い瞳に見透かされているような気がして、猿助はドキッとした。
「こんな美少女を退治しなきゃいけないなんて、いっそ仲良くなったほうがいいんじゃね……ちょっと待てオレ」
 と、猿助は心の中で呟いたつもりだったが。
「全部、聞こえてるよ!」
 桃に殴られた。
 鈴鹿が静かに微笑んだ。
「うふふ、おもしろい方々だこと。でも妾を退治しに来たとなれば、お相手せねばなりませんわね」
 鋭い眼をした鈴鹿が妖刀大通連(だいつうれん)を抜いた刹那、その刀は宙を飛んで桃たちに襲いかかった。
 まるで自ら意志を持っているかのように飛ぶ大通連。
 飛んできた大通連に向かって桃は猿助を盾にした。
「死ぬーっ!」
 猿助の眼前まで迫る刃。
 ガシッ!
 なんと猿助が大通連を歯で受け止めた!
 目を丸くする鈴鹿。
「まあ、なんとおもしろい曲芸!」
 手を叩いて喜ぶ鈴鹿にすかさず雉丸がリボルバーを抜いた。
 放たれた銃弾。
 キンと金属音が鳴り響き銃弾が畳に落ちた。
 銃弾を防いだのは鈴鹿の周りを飛ぶ新たな妖刀小通連(しようつうれん)。
 大通連を歯で挟んだままの猿助を盾にしたまま、桃は物干し竿を――ガツン!
 天井に引っかかった。
 狭い部屋だとすげぇ役立たず!
 かぐやは机の下に隠れていた。
「お姉さま頑張って!」
 桃に向かって親指を立ててグッドラック。
 ポチは雉丸の後ろに隠れてブルブル震えている。
「みんな仲良くしようよぉ〜」
 かぐやもポチも戦力外だった。
 素早い身のこなしで鈴鹿は猿助から大通連を奪い取り、大きく後ろに飛び退いた。
「この大通連と小通連がある限り、妾を倒すことは不可能ですわよ」
 鈴鹿の周りを飛ぶ二振りの刀はまるで盾でありながら、強力な武器でもあった。
 桃の持っている盾が喚く。
「姉貴、相手も倒せないって言ってるんだから、ここは引こうぜ?」
「てめぇ、相手が美少女だからって肩入れいてんじゃないよ!」
「オレは別にそんなこと……」
「もういい、てめぇ一人で倒してきな!」
 人間ロケット発射!
 桃に投げられた猿助は鈴鹿に向かってぶっ飛ぶ。
 大通連が猿助の首を刎ねようと宙を舞う。
「ぎゃーっ死ぬ死ぬ!」
 真剣白歯取り!
 再び猿助は大通連を歯で防いだ。だが、さらに小通連までも襲ってきた。
 真剣白刃取り!
 今度こそ本当の真剣白刃取りで猿助は小通連を防いだ。
 ぶっ飛んでいた猿助はそのまま鈴鹿と正面衝突ドーン!
 鈴鹿を押し倒して上に乗った猿助。が、猿助の首元には鋭い鉄扇が突き付けられていた。
 たらりと汗を流して力の抜けた猿助の口と手から妖刀がポロッと落ちた。
 妖刀を取り返した鈴鹿は猿助の腹を蹴り上げた。
 猿助の眼が大きく見開かれた。
 紅の袴の間からトラ柄パンツが見えた!
 隣の部屋の襖が自動的に開き、バク宙しながら鈴鹿は大広間に飛び込んだ。
 幸せに浸っている猿助の後頭部に本が投げつけられた。
「さっさと追うんだよ!」
 桃の怒声で我に返った猿助だったが、鈴鹿を追わずにちょっぴり放心。
 猿助の視線の先で寛いでいる四人組。お菓子を食べながらお茶を飲んでいた。
「お前ら、オレだけに戦わせてなにやってんだよ!」
 地団駄を踏みながら怒る猿助。
 雉丸に『あ〜ん』してもらってお菓子を口に運ぶポチは満足そうな顔をしている。
「こんなに美味しお菓子はじめてぇ、サルたんも食べたらいいのにぃ」
「食べたらいいじゃねーよ、食べてーよ!」
 お菓子に飛びつこうとした猿助に桃が顔面に足蹴り。
「てめぇはあの小娘を倒してからにしろ!」
 足蹴りされた猿助はぶっ飛んで隣の大部屋に落ちた。
「いてててて、ちくしょう……ったく人使いが荒いよなぁ」
 猿助の様子を見ながら鈴鹿は口に手を当てて笑っていた。
「うふふ、本当におもしろい方。あんな凶暴な野蛮人にところにいないで、妾のところへいらっしゃいな」
 しばしのシンキングタイム。
 猿助は隣の部屋であぐらを掻いて大笑いして談笑している桃と、目の前に佇んでいる背筋をピンと伸ばした正当派美少女を見比べた。
「……ちょっと待てオレ。相手はいくら可愛いって言っても鬼だ。でも姉貴は中身が鬼だ」
 真面目に考える猿助に鈴鹿はさらっと言う。
「何を本気で考えていらっしゃるの? ウソに決まっているじゃありませんか」
 ウソかよっ!
 大通連と小通連が放たれた。
 猿助はエビ反りで大通連をかわし、ブリッジで小通連をかわした。
 しかし、宙を舞う飛刀はかわしても追撃してくる。
 大の字でジャンプした猿助の股下を大通連を抜けた。
 残る小通連がケツに刺さって猿助は痛さで跳ねたら天井に頭をぶつけた。
「いてーよチクショー、ケツに穴が開く!」
「ケツには元から穴が開いてるだろうがバーカ」
 片手間の桃がツッコミを入れた。
 向こうの部屋ではおなかいっぱいでお昼の真っ最中。中でもポチは雉丸に膝枕されて幸せそうだ。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ」
 なんとも言えない疎外感を猿助は感じて落ち込んだ。
「オレって何のために戦ってるんだ?」
 思い出せ猿助!
 お前は何のために戦っているのだ!
 正義か、名声か、それとも……?
 猿助の目に飛び込んできたふんどしTバック。
 横になった桃が無防備にも寝転がってケツをこっちに向けている。
「そうだ、オレはあれのために戦ってるんだ!」
 瞳に炎を宿した猿助は闘志を燃やして鈴鹿に飛びかかった。
「くらえ、そっちが飛び道具ならこっちは手裏剣だ!」
 振り上げられた猿助の手から手裏剣がスルッと抜けて、サクッと畳の上に刺さった。その近くにはなんと桃が寛いでいたではありませんか!
「てめぇクソザル!」
 立ち上がった桃に鬼神が宿り、怒りの鉄拳が猿助の顔面にクリティカルヒット!
 やっぱり中身が鬼神だ。
 鼻血の軌跡を描きながら猿助。
 予測不可能な出来事に鈴鹿は目を丸くしたまま動けなかった。
 ドシャン!
 鈴鹿を押し倒して四つんばいで上に乗る猿助。
 沈黙。
 猿助と鈴鹿の目はバッチリ合う。
 そして、猿助の唇に伝わるマシュマロの感触。
 キッス!
 猿助は眼を剥きながら飛び退いた。
 一方の鈴鹿は頬を桜色に染めて恥じらっている。
「これが殿方との接吻……いいかも」
 初めてのチュー!
 鈴鹿は急に改まった態度で正座して、優雅につつましやかに頭を下げた。
「ふつつか者ですが、これから誠心誠意尽くしますゆえ、妾を妻として契りを結んでくださいませ」
「はっ?」
 いきなりの求婚に戸惑う猿助。断るもなにも、首には大通連と小通連が刃を光らせ突き付けられていた。
 イエスと答えなければ首が飛ぶ。
 猿助は無言で小さくうなずいたのだった。
 それを見た鈴鹿はニッコリ笑って、天井から伸びていた紐を引っ張った。
 すると隣の部屋から悲鳴が!
 寛いでいた桃たちの足下に落とし穴が開き、見事に不意を突かれて罠にハマッた。
 落とし穴に真っ逆さま。
 残された猿助はガボーンと顎を外した。
 そして、鈴鹿はうっとりとした瞳で猿助を見つめていた。

《6》

 桃たちがどうなったのかわからない。
 ただ、今はこの状況を何とかしなければならなかった。
「待ってくださいませ猿助さま!」
 すっかり猿助にご執心の鈴鹿。
 屋敷の中をグルグルと追いかけっこしながら、早三時間の刻が流れようとしていた。
「待たねーよ、どうしてオレがお前と結婚しなきゃならねーんだよ!」
「だって貴方様は妾の唇を奪ったのですよ、ちゃんと責任取ってくださいませ!」
「なんでそのくらいで結婚しなきゃいけねーんだよ!」
「それくらいとはなんですか、妾のことは遊びだったのですかっ!」
「そーゆーことじゃないだろ!」
 ずっとこんな調子だった。
 ただ言い寄ってくるだけならいいのだが、言葉の他に刀まで飛んでくる。
 妖刀大通連と小通連が猿助を襲う。
 猿助はつ≠ナ大通連を避け、大<Wャンプで小通連をかわしたが、そこに両手を広げた鈴鹿が飛びかかってきた。
「猿助さま大好きですわ!」
 飛びつかれた猿助はそのまま卍固めで拘束された。
「あいたたたた……」
「猿助さま、一生一緒にこの屋敷で二人きりで過ごしましょうね」
「イヤだ、オレは生涯独身を貫き通すんだ。世界中のねーちゃんたちと遊んで暮らすのがオレの夢なんだーっ!」
「目の前に妾がいながら、他の女の子とを考えちゃダメですわよ。猿助さまは妾だけを見てください」
 と、猿助は強引に頭を掴まれ、首を回され目と目を合わされた。
 間近で見る鈴鹿はさらに綺麗だ。その熟れた唇を見ていると思わず奪いたくなる。
 が!
「お前は鬼でオレはお前を退治にしにきたんだぞ、わかってんのか!」
「妾の何が不満なのですか!?」
「それは……」
 よ〜く考えてみるとないかもしれない。
 こんな美少女に言い寄られるなんて初体験だ。もう一生こんな出来事ないかもしれない。
 目の前の鈴鹿を取るか、それとも高嶺の花を追い続けるか……。
 決して鈴鹿が劣っているわけではない。ただ、猿助が追われるより、若いねーちゃんおケツを追っかけるほうが好きだったのだ。
「やっぱりダメだ、結婚なんかできねーよ!」
 腹を決めた猿助だったが――気づくと手錠で拘束されていた。
「なんじゃこりゃーっ!」
 しかも、もう片一方の手錠は鈴鹿の腕に。
「ペアリングですわね!」
 嬉しそうに鈴鹿はニッコリ笑った。
 思わずのその笑顔に負けそうになる猿助。
 だが、どうにかして逃げ……るもなにも、すでに妖刀二本が猿助の首を刎ね準備オッケーだった。
 まさに絶体絶命!
 観念した猿助は全身から力が抜けて畳にぺたんと尻をつけた。
「あははー」
 もう笑うしなかった。
 結婚は人生の墓場。そんな言葉が猿助の脳裏をよぎった。
 表面上は仲むつまじい仮面夫婦。
 腹の底で猿助はここから逃げ出すことだけを考えた。
 まずはこの手錠をどうにかしなかればならない。
 でもどうにもなりません!
 鈴鹿は猿助を引きずりながら歩きはじめた。
「屋敷の中を案内いたしますわ」
「…………」
 猿助は岩のように無言のまま。そんなちっぽけな抵抗など虚しく、やっぱりズルズル引きずられる。
 鈴鹿が襖を力強く開けた。
 その先に現れたのは紅白のふとん、しかもダブルサイズ。
「さあ、お布団の用意はできておりますわよ!」
「何する気だよ!」
「何って……決まってるではありませぬか」
 顔を赤らめモジモジする鈴鹿。
 猿助が叫ぶ。
「イヤだーっ!」
「今更嫌がることなど何も!」
 畳の上で犬かきをする猿助の腕を鈴鹿がグイグイ引っ張る。
 もしもこんな展開になってることが知れたら……桃に八つ裂きにされる!
 だって相手は退治する鬼。
 でも、猿助は考えた。
「バレなきゃいいんじゃないか?」
 呟いた猿助に鈴鹿は首をかしげた。
「何をバレなければいいのです?」
「いや……それは……でも……」
 いろいろな考えが渦巻く。
 其の一、桃が怖い。
 其の二、美少女が言い寄ってくるのに逃す手はない。
 其の三、でも、一人の女に縛られるなんてまっぴらごめんだ。
「オレはどうすりゃいいんだーっ!」
「妾と結ばれればいいのです!」
「ちょ、寝るにはまだ早いだろ。その前に風呂……はヤバイから、飯だ。オレは腹が減ってるんだ、飯にしろ、飯ッ!」
「そうですわね、まずは宴にいたしましょう」
 まずはこれで一安心。

《7》

 どこからか聴えてくる笛や太鼓のメロディーを耳にして、薄暗い牢屋にいる桃の不機嫌レベルがぐ〜んと上がった。
「ったく、なんだいなんだい、どっかで宴会でもやってのかい?」
 雉丸は銃のメンテナンスしながら桃に顔を向けた。
「俺たちを捕らえた宴ですかね」
「サルはどうした、サルは!」
「もしかしたら向こうに寝返ったのかもしれませんね」
 半分冗談のつもりだったが、まさか向こうではあんな状況になってるなんて、桃たちはまったく知らなかった。
 だって、猿助と鈴鹿が戦っている最中、のんきに四人は寛いでいたから!
 猿助が鈴鹿の唇を奪ったことや、責任を取らされて求婚されたことも知らない。
 だってのんきに寛いでたから!
 そして、気づけば牢屋に落とされていた。
 雉丸は縦横に線の入った格子に銃弾を撃ち込んだ。だが、金属音が響いただけで弾丸は床に落ちた。
「武器を取られなかったのは幸いでしたが、牢屋を壊せないのなら無意味ですね」
「ったく、アタイの物干し竿でもビクともしないよ」
 というか、物干し竿で牢屋を壊そうと試したことがスゴイ。
 床に這い蹲っていたかぐやがゆっくり顔を上げた。
「おなかすいたんだけどー?」
 雉丸に寄り添っていたポチもおなかをさすった。
「ボクもおなかすいたよぉ」
 二人のガキを桃は睨みつけた。
「てめぇら、さっき菓子食ってただろう!」
 食べたには食べたが、あれからずいぶんと時間が経ったような気がする。
 かぐやは格子に掴み掛かって、激しく揺さぶった。
「ひ〜ら〜け〜っ!」
 やっぱりまったくさっぱりビクともしない。
 物干し竿がかぐやをぶん殴った。
「うっさい、兎鍋にして喰うぞ!」
「痛いし! クソババアぶっ殺すぞ!」
 かぐやの紅い眼がさらに紅く血走っている。
 あぐらを掻いて座っていた桃は爆乳を揺らしながら力強く立ち上がった。
「おう、いつでも相手になってやるよ!」
 女と女の激しい争い。血肉の雨が降りそうな予感だ。
 が、その緊迫した空気に中、撃鉄を起こしたカツッという冷たい音が響いた。
「はいはい、そこまで。ポチが寝てるんだから、静かに」
 雉丸の向けた銃口はもちろん桃じゃなくてかぐやに向けられている。
 かぐやはショックで落ち込んで、床に四つんばいになった。
「チクショー、周りは敵ばっかりだわ。でも、いつかきっと……王子様が迎えに!」
「来るわけないだろうボケッ!」
 かぐやは桃に物干し竿で頭を殴られた。
 でも、今度はグッと怒りをこらえた。
「いつか……絶対に……復讐したる……」
 頑張れかぐや、負けるかぐや!
 牢屋という閉鎖空間。
 遠くから楽しげな音が聞こえてくるし、今度は美味しそうな匂いまで漂ってきた。
 腹が立つ!
 桃は格子に回し蹴りを放った。
「飯くらい喰わせろ!」
 格子は激しく揺れるが、やっぱり壊すことは不可能だ。騒いでもおなかが空くだけだろう。
 中からの脱出は不可能に思える。やはり外からの助けが……。
 時間が流れ、桃たちがぐったりしていると、人影が壁に映るのが見えた。
 響き渡る足音。
 牢屋の前に現れたのは猿助と鈴鹿だった。しかも、鈴鹿は猿助に抱きついている。どう見てもラブラブです、ごちそうさま。
 それを見た桃は怒り狂って格子に飛びかかった。
「てめぇ貴様! 寝返ったな!!」
 激しい怒号に猿助は怯えた。
「ひぇ〜っ、ちが、違うってば……成り行きで……」
 尋常ではない怯え方をする猿助の顔を鈴鹿がのぞき込んだ。
「この女がそんなに怖いのですか? だったら今すぐ殺してしまいましょう!」
 殺すなんてとんでもない。そんなことしたら絶対に末代まで祟られる。
 慌てて猿助は大通連を飛ばそうとしていた鈴鹿を止めた。
「ちょちょちょ、オレの大事な仲間を殺さないって約束したじゃんかよ」
 格子から桃の手が伸び、猿助の頭をヘッドロックした。
「仲間じゃないだろ、てめぇは下僕だろうが!」
「姉貴……くるじ〜……そこから出すから……オレを離して!」
 そうしないと――睨みを効かせている鈴鹿の大通連と小通連が桃を殺す。
 察した雉丸は桃を羽交い締めにした。
「まあまあ、桃さん。出してくれると言っているんですから、サルを離してあげてくださいよ」
「ったく」
 舌打ちしながら桃は手から力を抜いた。
 へなへなと崩れ落ちる猿助。すぐに鈴鹿が抱きかかえた。
「なんて野蛮な人なのでしょう。大丈夫ですか猿助さま?」
「ぜんぜん平気……」
 でもなさそうな青い顔をしていた。しかし、ここで大丈夫と言っておかなければ、桃に危害が及ぶかも知れない。
 鈴鹿は牢屋の鍵を握りながら猿助に最後の確認をする。
「本当にこの方々を出してよろしいのですか?」
「オレらの婚約を一緒に祝って欲しいんだよ。だからみんなも変なマネしないでくれるよな、な!」
 お願いだから暴れないでくれ、という祈りを眼光に込めて猿助は桃たちを見た。
 鈴鹿はあまり気が進まない顔をしながらも、ゆっくりと牢屋の鍵を開けた。
 カチャッ!
 次の瞬間、桃が牢屋の扉を蹴飛ばして外に飛び出し、猿助を置いて逃げた!
「オレを置いてく気かよ!」
 叫ぶ猿助。
 雉丸のリボルバーから銃弾が放たれた。
 瞳を丸くする鈴鹿。
 銃弾は猿助と鈴鹿をつないでいた手錠の鎖を断ち切った。
「ナイス雉丸!」
 喜んで逃げる猿助に雉丸がポチを預けた。
「ポチを担いでさっさと行け!」
 ポチは幸せそうな顔をしてスヤスヤ寝ている。
 桃のあとを追ってかぐやとポチを担いだ猿助が逃げ、背後を雉丸が守りながら走った。
 まんまと婚約者に逃げられた鈴鹿はハッとし呟く。
「これが噂に聞くマリッジブルー!?」
 違います。
 桃たちは走り続け白石の敷かれた中庭に飛び出した。
 すぐあとを追って鈴鹿が現れる。
「ダーリンを返してくださいませ!」
 呼ばれたダーリンに視線が集中した。
「鬼となんか結婚したくねーよ!」
 桃の冷たい視線が猿助に向けられる。
「おいサル、いつあの小娘と婚約なんかしたんだい?」
「してないっつーの!」
 否定する猿助。すかさず鈴鹿が叫ぶ。
「嘘八百ですわ! 妾たちは愛し合っていますもの!」
 さらにすかさず猿助が反論。
「愛し合ってねーよ。そもそもオレはもう約束した人がいるんだい!」
「どこのどなたですかそれは!」
 瞳を丸くする鈴鹿に猿助が紹介した相手とは!
「ここにいる桃の姉貴だ!」
 これこそ嘘八百だった。
 桃のグーパンチが飛ぶ。
「てめぇ、そんな約束してないだろうが!」
 ぶっ飛ばされた猿助は大きく宙を舞って、池にドシャーンと落ちた。
 そんな約束なんてしてなくても、鈴鹿の敵意はすでに桃に向けられていた。
「ダーリンをその体で誘惑するなんて卑怯者! 妾が成敗してくれますわ!」
「返り討ちにしてやるよ、てめぇら手ぇ出すんじゃないよ!」
 桃は物干し竿を構えて鈴鹿に立ち向かった。
 かぐやは物陰に隠れて小声で応援。
「頑張れ鈴鹿御前さまーっ」
 雉丸は銃をしまってポチを抱きかかえた。
「桃さん、気をつけてください」
 下僕たちが見守る中、桃は物干し竿を大きく薙ぎ払った。
 それを高く飛翔してかわす鈴鹿。
「そんな乱暴な武術では妾を倒すことなど到底敵いませんわよ」
「柔は剛を制すとでもいいたいのかい!」
 豪快な桃の攻撃を風に舞う花びらのように、ひらりひらりと鈴鹿はかわし続ける。
 そして、ついに放たれた二振りの妖刀!
 烈風を起こしながら物干し竿が振り回され、左右から襲ってきた二振りの妖刀を弾いた。
 まさかという顔をする鈴鹿。
「たかが竹竿が妾の刀を!?」
「気合いが違うんだよ気合いが!」
 気合い――それはなんでも解決してくれる魔法の言葉♪
 気合いを入れれば、寒くても風邪を引かない!
 気合いを入れれば、焼け石の上を素足で歩ける!
 気合いを入れれば、物干し竿で刀を弾き返すのです!
 鉄扇を両手に構えた鈴鹿が優雅に舞いながら桃に襲いかかる。
 さらに二振りの妖刀までもが襲いかかって来るではないか!
 風を切り裂く鉄扇の舞。
 桃は紙一重で鉄扇をかわすが、背後からは小通連が心臓を狙っていた。
 すぐに桃は地面に伏せた。
 しかし、上空からは大通連が降ってくる。
 見守り続けていたかぐやがこっそりガッツポーズ。
 そして、雉丸が叫ぶ。
「桃さん!」
 リボルバーが抜かれた瞬間、桃は飛び上がりながら叫んだ。
「手ぇ出すんじゃないよ!」
 上空から降ってきた大通連は桃の真横をすり抜け、地面に深く突き刺さった。
 大通連はかわしたが、鈴鹿の追撃は怒濤のごとく続く。
「避けてばかりでは妾は倒せませんことよ!」
「うっさい!」
 威勢良く叫んだ桃の服を鉄扇が切り裂いた。
 ヤバイ、ポロリしそうだ!
 ただでさえ前全快で谷間丸見えなのに、破れた服で激しい動きをしたら……。
 構わず桃は激しい動きで猛攻撃を開始した。爆乳も大騒ぎだ。
 こっそり池の中から爆乳を見守る猿助。
 それに気づいた桃。
「どこ見てんだいサル!」
「オ、オレはどこも……」
 慌てて否定するが、鼻からはツーッと鼻血が垂れている。
 猿助に気を取られていた桃に鈴鹿が鉄扇が!
「よそ見は禁物ですわよ!」
「てめぇなんてよそ見してても倒せるよ!」
 桃は連撃された二枚の鉄扇をかわし、さらに飛んできた小通連を物干し竿ではじき返した。
 しかし……鈴鹿は静かに微笑した。
 桃は気づいた。
 地面に刺さっていた大通連が消えた!?
 刹那、桃の口から血の華が咲いた。
 白い石庭に飛び散った鮮血。
 猿助も雉丸も唖然として口から声すら出なかった。
 かぐやは両手でガッツポーズ。
「かぐやは今このとき悪魔から解放されました!」
 すぐに立ち直った雉丸が猿助に向かって叫ぶ。
「さっさと桃さんを運べ!」
 そう言って雉丸はポチを脇に抱えて、さらにかぐやも脇に抱えて走り出した。
「なんでかぐやまで!」
 かぐやは手足をばたつかせるが雉丸はまったく無視。
 猿助は自分より大きな桃を背負って雉丸の後を追った。その背中で桃は苦しそうに言葉を吐いた。
「あの野郎……まだアタイは戦え……」
 そのまま桃の声は小さく消えた。意識を失ってしまったようだ。
 まさかこんなことが起こるなんて……。
 桃も人間だ。しかし、猿助と雉丸には信じられなかった。絶対に負けないと信じていた。
 猿助は歯を食いしばりながら走り続けた。
 すぐ背後からは鈴鹿が追ってくる。
「逃がしませんわよ!」
 真横をかすめる大通連と小通連の刃。
 雉丸が前方に何かを見つけて叫ぶ。
「鬼の乗り物だ!」
 流線型のフォルムをした乗り物。座席はあるが、車輪などはない。タイヤのないオープンカーだ。
 かぐやとポチを抱えた雉丸が前の座席に飛び乗る。続いて乗った猿助は後部座席に桃を寝かせた。
 座席に流れる血の雫。
 傷は深い。一刻を争う事態だ。
 ずっと安らかに寝ていたポチが目を覚ました。
「ふわぁ〜、よく寝たぁ」
 そして、ポチの眼前をかすめた大通連。
「わっ!」
 一気に目が覚めた。
「なに、どうしたの!? うわっ、姐御さん大けがしてるよ!!」
 慌てるポチの座席を猿助が後ろから蹴っ飛ばした。
「さっさとこの乗り物動かせよ!」
「……えっ?」
 目を丸くするポチ。
 ポチが乗っていたのが運転席だったのだ。
 鈴鹿はすぐそこまで来ていた。
 焦りまくるポチ。
「ボ、ボク運転なんてできないよ!」
 弱音を吐くポチの後部座席を再び猿助が蹴っ飛ばした。
「気合いでやれ、姉貴が死んでもいいのかよっ!」
 でました気合い!
 ポチは破れかぶれでハンドルを握ってアクセルを踏んだ。
 ――何も起こらない。
「ダーリンを返して!」
 鈴鹿の投げた大通連がポチの首を刎ねんとする!
 雉丸がポチの後頭部を掴んだ。
「危ないポチ!」
 ゴツン!
 雉丸に無理矢理頭を押し込められたポチはおでこを強打した。
 その瞬間、モーターの駆動する音が響き、なんとエンジンがかかった。
 しかも、アクセル踏みっぱなしだったのでいきなりの急発進。
 レッツ激突!
 いきなり塀に大激突したが、そのまま壁を突き破って爆走。
 どうにか鈴鹿から逃げ切ったかと思ったが、なんと鈴鹿は大通連をスノーボードのように使って追って来るではないか!?
「ダーリンばかりか、妾の愛車光輪車≠ワで奪うとは許しがたき所業!」
 宙を低く浮かびながら走る光輪車。
 紅い反り橋を飛ぶように越えた。そのとき、赤青黄色のナマモノを撥ねたような気がするけど、気にしな〜い!
 てゆーか、ポチはそれどころではなかった。
「わっ、ぎゃーっ、無理だよぉ!」
 叫びながらもどうにか運転できているのでオッケーさ!
 雉丸のリボルバーが連続して火を噴いた。
 小通連がすべての銃弾をはじき返す。あの妖刀がある限り、鈴鹿は鉄壁に守られているようなものだ。
 猿助は懐から何かを取り出して投げた!
「くらえ火遁の術!」
 目が眩む閃光が辺りを包んだ。
「しまった火遁じゃなくて、閃光だった!」
 うっかりさん♪
 しかし、その間違いが功を奏した。目を眩ませた鈴鹿がバランスを崩して大通連から落ちのだ。
 地面を激しく転がる鈴鹿を尻目に光輪車は全速力で走り続けた。


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