肆之幕_スペースかぐや編

《1》

 酒呑童子がやられたという噂はジパング各地を巡り、しばらくの間は怪物も身を潜めていた。だが、今は逆に温羅や酒呑童子の二強がいなくなり、その座を巡って怪物どもは前にも増して活発に暴れている。
 そんな世の中、桃は今日ものんきに昼寝をしていた。
 猿助が桃の体を揺さぶった。
「姉貴〜、そろそろ怪物どもをドド〜ンと退治に行こうぜ、なぁ?」
「うっさいねぇ、行きたきゃあんた一人で行きゃいいだろう」
 酒呑童子を倒したあとから、桃はずっとこうな調子で宿から一歩も出ていない。簡単にいうとヒッキーだった。
 怪物退治で集めた蓄えならいくらでもある。この生活を続けようと思えばいつまでも続けられてしまう。別に遊んで暮らしても大丈夫くらい財宝を蓄え込んでいる。
 桃がいる部屋を出て猿助は隣の部屋に移動した。
 その部屋には雉丸、ポチ、かぐや、いつもの面々が揃っている。
 雉丸が猿助に尋ねる。
「桃さんの様子はどうだった?」
「いつもと同じ。あのままじゃブタになっちまうぞ」
 雉丸にハグハグされているポチが驚いた顔をした。
「人間って怠けてるとブタに変身しちゃうの!?」
 見事に全員聞き流した。
 桃に何があったのか誰にもわからない。聞いてもめんどくさそうに答えてくれない。
 ただわかるのは、酒呑童子を倒してから、ずっとあの調子ということだ。
 かぐやが何かひらめいて手を叩いた。
「きっとアレは恋だわ!」
「それはみんなで後押ししなくてはいけませんわね!」
 と、声をあげながら部屋に飛び込んできたのは鈴鹿だった。
 鈴鹿は部屋に入って来るなり猿助に抱きついて頬をスリスリ。
「ダーリンの失恋の痛手は妾が癒やして差し上げますわ」
「失恋なんかしてねーよ!」
 ムキになって猿助は怒った。
 ラブラブハートのカップルが二組。
 雉丸は酒呑童子の一軒以来、なぜかポチにたいする溺愛っぷりが目に見えて激しくなった。
 一人取り残されているかぐやはぼーっと窓の外を眺め……眺め……瞳孔を開いた。
「何アレっ!」
 窓の外に広がる火の海。
 京の都が華やかに滅亡の危機にあった。
 鈴鹿がポンと手を叩いて思い出した。
「あ、そういえば、そのことでここに駆けつけたのでしたわ。酒呑童子が倒されたことを知った父親の八面大王が、八岐大蛇に変化して京の都に攻め入ってきましたの!」
 早く言えよっ!
 すぐに立ち上がった雉丸を心配そうな瞳でポチが覗き込んだ。
「兄さま、まだ無理しちゃダメだよぉ」
「大丈夫だよ、もうだいぶ傷も癒えたから」
 酒呑童子の鋸刀でやられた傷がまだ尾を引いていたのだ。
 ショットガンを背負って準備をはじめる雉丸を鈴鹿が見つめた。
「怪我かご病気をなされておりますの? だったら妾に申しつけてくださればよかったのに、ダーリンのお友達ならいくらでも治して差し上げますのに」
「やむを得ない状況でなけらば鬼の手は借りない。俺が先に行く、サルは桃さんを呼んでこい」
 準備を整えた雉丸は駆け足で部屋を出て行った。
 すぐに猿助も隣の部屋に駆け込んだ。
「姉貴! 起きろってば、恐怖の大王が都に攻めて来たんだぜ!」
「アタイには関係ないね」
「関係なかないだろ、ここもいつぶっ潰されるかわかんねーだろ!」
「そんときゃそんとき。そのときになったら考えるとするよ。ふあぁ〜、これからまた一眠りすんだから邪魔すんじゃないよ」
「クソッ、勝手にしやがれ!」
 猿助は部屋のドアを力任せに閉めて外に出た。
 部屋の外ではポチとかぐやが待っていた。
 ポチは心配そうな瞳をしている。
「姐御さんどうだったのぉ?」
「あんなの桃の姉貴なんかじゃねーよ、付いてこられても足手まといにんるだけだ。ほらっ行くぞ!」
 猿助はポチとかぐやの袖を掴んで無理矢理歩きはじめた。
 かぐやは足を踏ん張って抵抗する。
「なんでかぐやまで行かなきゃなんないのよ!」
 でも結局、引きずられて行った。

《2》

 すでに都中から陰陽師や武士まで、戦える者なら誰でも集められ、八岐大蛇との攻防戦を繰り広げていた。
 先陣を切っているのは安倍晴明だ。
「とにかく近づいては危険だ、遠くから矢を放て!」
 整列する弓矢隊から一斉に矢が放たれた。
 しかし、矢はすべて堅い鱗に弾かれ地に落ちた。これでは爪楊枝ほどの攻撃力もない。
 晴明は使役している式神を呼び出した。
「出でよ前鬼後鬼!」
 すると頭に角を生やした二人の少女が現れた。双子のようで見分けるのは難しい。
 晴明が前鬼後鬼に命じる。
「八岐大蛇の進撃を防ぐんだ。最低でも帝様の元に近づけてはならぬ!」
 前鬼後鬼は顔を見合わせ互いに抱き合った。
「いやぁ〜ん、あんな大怪獣となんて戦えないですぅ」
「戦っても負けちゃうもんねぇ、わたしたち」
 うんうんと前鬼後鬼は示し合わせた。
 役立たずだ!
 だからと言って前鬼後鬼を責めることはできない。相手が悪すぎるのだ。
 八つの頭と尾を持ち、背中には苔や草木が生えている蛇龍。その背は都のどの建物よりも高く、尾は川のように長く先がどこにあるのかわからないほどだ。
 その巨体で歩くこと自体ですでに凶器となる。
 雉丸は鞭のように撓る尾の一本を駆け登っていた。
 木々が生えた背はまるで山そのもの。登山道に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
 一本の頭まで登り詰めた雉丸は大声をあげた。
「八面大王、俺が誰だかわかるか!」
 すると地鳴りのような声が返ってきた。
『誰が我の名を呼ぶのは?』
「貴様の不肖の息子だ。呉葉の子だと言えばわかるか!」
『ウォォォォン!』
 突然、八岐大蛇は首を大きく振り乱し、振り飛ばされまいと雉丸はしがみつく。
 遠くから誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「暴れるなよ蛇野郎!」
 八つある別の頭に乗っていた猿助だった。
 さらに別の頭にはポチが乗っていた。
「うわぁ〜ん怖いよぉ、高いの怖いぃ、揺れるの怖いぃ〜」
 さらにさらに別の首にはかぐやが必死にしがみついていた。
「てかあんたらなんで別の首に乗ってんのよ。他人の体の上ではぐれるなんて聞いたことないわボケッ!」
 さらにさらにさらに鈴鹿もいた。
「ダーリン、すぐにそちらへ参ります!」
 大通連に乗った鈴鹿は宙を飛び、もっとも移動効率がよかった。
 で、ついでにもう一人。
「ぼ、僕を人質に取ったつもりか、この卑怯者めっ!」
 晴明が巨大な歯に着物を挟まれて宙ぶらりんだった。
 嗚呼、無力だ。
 人間というのはなんてちっぽけなものなのだろう……大怪獣に勝てるかボケッ!
 もうダメだ、世界の終わり世紀末だ。
 八岐大蛇は口から炎まで吐きやがってくれてます。
 都は死の劫火に焼かれようとしていた。
 この世にも恐ろしい怪物に対抗する術はあるのか!?
 陰陽師や武士たちの間を縫って紫の着物を着た女が前に出た。
「嗚呼、なんと嘆かわしいことじゃ。それでも我が息子かえ?」
「ママ!?」
 叫んだのは晴明だった。
 樟葉は臆することなく八岐大蛇に向かい、体から金色のミサイルを発射した。
「黄金飛翔破(おうごんひしようは)!」
 九つの誘導ミサイルは次々と八岐大蛇の首を追撃して、残りの一発はカンチョーを決めた!
『ウォォォォン!』
 狂ったように暴れ狂う八岐大蛇。甚大な被害が出て状況は悪化した。
 そして、さらに状況を悪化させる出来事が起きた。
 樟葉が身をよじらせたかと思うと、いきなり金色の狐に姿を変えて巨大化しはじめたのだ。
 八岐大蛇よりは小さいが、そのサイズは見上げて首が痛くなるほど。金色の狐には尾が九尾あった。ジパングでも三本の指に数えられる妖魔――九尾の狐だ。
 しかも、その尻尾を振るもんだから建物が壊れる壊れる。
 それを見た晴明は他人の振りを決めこんでいる。
 八岐大蛇VS九尾の狐
 人智を越えた怪獣大戦争がはじまろうとしていた。
 先に仕掛けたのは八岐大蛇だ。
 燃えさかる火炎を口から吐き出した。
 すぐに九尾の狐が自慢の尻尾で応戦する。
『竜巻旋風尾殺(たつまきせんぷうびさつ)!』
 クルクル回る九尾がまるで扇風機のように風を起こし、炎を瞬く間に消し去ってしまった。と、同時に強風で建物が吹き飛ばされた。
 かぐやが晴明に向かって叫ぶ。
「あんたのママは必殺技の名前言わないと技使えないわけ! デカイ口で叫ばれると頭にガンガンくるんだけど!」
 巨大化した分、声も巨大に鳴り響く。
 怪獣同士がぶつかり合っている中でも、ちっぽけな存在たちは頑張っていた。
 大通連で空を飛ぶ鈴鹿の背中に抱きついている猿助。
「落ちる落ちる!」
「もっと体を密着させてお掴まりくださいまし!」
 ジェットコースターのように宙を飛ぶ鈴鹿の運転。それもすべて襲い来る八岐大蛇の頭をかわすため。
 巨大な存在を前にたとえ無力と思えても、何かできることが必ずある筈。
 小通連が八岐大蛇の眼を狙って飛んだ。
 しかし、巨体の割りに細やかな動きでかわされてしまう。
 猿助が懐から何かを取り出して投げた。
「くらえ、忍法コショウ爆弾!」
 投げられたコショウ爆弾は見事に八岐大蛇の眼を潰した。
 コショウの痛みで一本の首が激しく暴れ回る。そして、しがみついていたかぐやが……落ちた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 さよならかぐや!
 雉丸はショットガンを巨大な眼球に撃ち込んだ。
 再び首を激しく揺らして暴れ回る八岐大蛇。
 たとえ鱗は堅くとも、こうやって眼球を一つずつ潰せば勝機があるかもしれない。
 そして、ポチは――。
「わぁ〜ん、ここどこぉ!?」
 八岐大蛇の背中で迷子になっていた。
 さらに晴明は食道を登っている最中だった。
「このまま胃に落ちてたまるかぁ〜っ!」
 どうやらいつの間にか食われていたらしい。
 他の者は八岐大蛇と九尾の狐の戦いを白い顔しながら見守ることしかできなかった。
 ――嗚呼、都が二匹の大怪獣に壊される。

《3》

 桃が昼寝をしている部屋にかぐやが飛び込んで来た。
「起きなさいよ!」
 その声にも反応せず、寝返りを打ってかぐやに背を向けた。
「起きなさいってば!」
 かぐやは桃の上に馬乗りなって、自分のほうに無理矢理体を向かせた。
「起きろクソババア!」
 ちょっと桃の目尻がピクッと反応したが、それ以上のアクションはなかった。
「起きないと胸揉むからね!」
 そう言ってかぐやは桃の胸をグチョグチョにこねくり回しはじめた。
 さすがにこれには桃も声を荒げた。
「やめっ、やめろ!」
「やっぱり起きてるじゃないのよ!」
「人が気持ちよく寝てんのに何の真似だい!」
「外で何が起きてるか、窓の外をよーく見てみなさいよ!」
「めんどくさいねぇ」
 桃はかぐやを放り投げて再びふて寝をしてしまった。
 床に尻餅をついたかぐやは、耳の先までピンと伸ばして、紅い眼をさらに真っ赤にした。
「クソババア!」
 怒りを露わにしたかぐやは再び桃を自分に向かせ、大きく手を振り上げて強烈なビンタを放った。
 その衝撃は桃の口からツバが飛ぶほどで、唇の端から血がにじみ出していた。
 ついに桃はかぐやの胸倉を掴んで起き上がった。
「てめぇ、下僕の分際でご主人様に手ぇ上げるとは良い度胸じゃないか!」
「度胸だけならババアなんかよりありますよーだ!」
 あっかんべーをするかぐやに、さらに桃は怒りをぶつける。
「その舌引っこ抜いてやろうか!」
「何ですか弱い者イジメですか?」
「下僕に躾を教え込むだけさ!」
「もう別にかぐやは下僕でもなんでもいいけど、仲間が死にそうになりながら戦ってるのに、クソババアは呑気に昼寝だなんて良いご身分だこと。ポチなんかとっくに死んじゃってるんじゃないかなぁ」
 一瞬、胸倉を掴む桃の手が震えるほどに力を込められたが、それはすぐにスーッと抜けてしまった。
 桃はかぐやを突き放し、壁にゆっくりともたれ掛かった。
 うつむいたまま桃は静かに口を開く。
「やり合ってる相手は強いのかい?」
「都が全滅させられるくらい」
「で、アタイの力が必要ってわけかい?」
「別にぃ腑抜けババアの力は必要ないけどー」
 桃がニヤッと笑った。
「おうおう腑抜けなんてどこにいるんだい。アンタの目の前にいるのはジパング一のぜっ――」
「絶世の美女の桃ねーちゃんでしょ。はい、さっさと行くよ!」
 言葉を途中で奪われ、しかも腕をグイグイ引っ張られて桃は部屋の外に出された。
 かぐやに引きずられるまま宿屋を出て、住人たちが逃げまどい、家財道具を運び出している中、桃は怪獣大決戦の現場までやってきた。
「で、どっちを倒せばいいんだい?」
 桃は二匹の大怪獣は見比べた。
「あえて言うなら、両方?」
 かぐやの答えはきっと間違ってない!
 暴れ回った挙げ句、次々と都を破壊していく二匹。どっちも敵にしか見えない。
 大通連に乗った鈴鹿と猿助が桃の元に降りてきた。
 桃を見た猿助は大喜びだ。
「姉貴、やっぱり来てくれたんだな!」
「まあね、大取は最後に出たほうがカッコイイだろう?」
 見事、桃は華々しい大取を飾れることになるのか!
 しかし、たとえ桃といえど、人智を超えた大怪獣に打つ手はあるのか?
 さらにここで鈴鹿から残念なお知らせがあります。
「八岐大蛇は不老不死にも似た生命力を持っており、いくら傷つけても再生するばかり。先ほどからいくつか眼を潰したのですが、今ではもう回復しておりますわ」
 以上、残念なお知らせでした!
 嗚呼、こりゃダメだ。どう考えても絶望的だ。こうなったらみんなで九尾の狐を応援するしかないかもしれない。
 でも、九尾の狐が勝っても、都は廃墟になってるけどね!
 万が一、九尾の狐が負けたらもっと最悪だ。
 嗚呼、人間とはいかに無力なのだろうか。
 だがしかし!!
 桃はまったくどーして自信満々。彼女の辞書に敗北の文字はなし!
 屈伸、背伸び、準備体操を終えた桃は鈴鹿に眼を向けた。
「おい、あんたの刀を一本貸しな」
「イヤです」
 即答。
「グダグダ言ってねぇーで貸せ。何でもできるアタイだが、空だけは飛べないんでね。あんたの刀を貸せっつってんだよ」
 頼まれた鈴鹿はすぐに答えず、隣にいた猿助の顔を覗き込んだ。すると猿助がうんと頷いたので、仕方なく桃に小通連を差し出した。
「大事な刀ですので、無事に返してくださいまし」
「ありがとよ。でも、できればちゃんと鞘に入れて貸してくれないかい?」
「どうしてですの?」
「先端恐怖症だからに決まってるだろう!」
「…………。鞘は……どこにいっちゃったんでしょう、戦いの最中に落としちゃったのかしら、てへっ♪」
 軽い嫌がらせだった。勝手に恋のライバルに認定されているせいだ。
 鈴鹿から刃剥き出しの小通連を受け取った桃。若干だが、顔に汗が流れた。
「先端恐怖症なんて嘘に決まってるだろう。ちゃちゃっとやっつけて帰ってくりゃいんだよ!」
 威勢よく桃は小通連に乗って空を飛んだ。
 九尾の狐の相手に忙しい八岐大蛇は首の一本で桃の相手をしようとした。
「甘く見られたもんだねぇ……うぉりゃッ!」
 襲い来る首を容易くも物干し竿で一刀両断。
 落ちた。
 誰もがまさかと口を開けたまま固まった。
 巨大な八岐大蛇の首が、たかが竹の棒で切断されたのだ。
 おそらく誰よりも驚いたのは八岐大蛇だろう。その証拠に九尾の狐を差し置いて、残り首七つで桃に襲いかかったのだ。
 物干し竿が旋風を起こし桃が乱舞する。
 縦横無尽に暴れ狂う長い首が次々と落とされる。あまりな豪快さに桃こそ鬼神ではないかと畏れを抱いた。
 そして、ついに残る首は一つ。
 最後に残った首が天に向かって吼えた。
 雷声は空気に衝撃波を奔らせ、信じられないことが起きた。
 落としたはずの首が新たに生えて来るではないか!?
 危機と思われる状況下に置いても桃は楽しんでいた。
「なんだいなんだい、アタイと根性比べでもしようってのかい!」
 復活すれば、その度に斬る。
 どちらが先にバテるか、桃にとって根性比べに他ならないのだ。
 八岐大蛇の敵は桃だけではない。
「黄金千手観音!」
 九尾の狐が尻尾で連続ビンタ!
 なんかやってる動作が竜巻旋風尾殺≠ニ変わらない。
 八岐大蛇の頭に乗っていた雉丸が桃に向かって叫ぶ。
「首を落としたあと、傷口を焼いてしまえば再生できないはずです!」
「おうよ、首を落とすのはアタイに任せな。火は誰か任せた!」
 任されたのは九尾の狐だった。
『ならば妾の狐火で焼いて進ぜよう』
 そうと決まれば桃は斬って斬って斬りまくる。
 八岐大蛇の首が輪切りに下ろされる。あまり食べても美味しくなさそうだ。
 すぐに九尾の狐が炎を繰り出した。
「九連紅蓮華(くれんぐれんは)!」
 落とした首は八つ。飛んだ炎は九つ。
 残りの炎は八岐大蛇の背中の草木に燃え移った。山火事だ!
 山中で迷子になっているポチ。
「うわぁ〜ん、山が燃えだしたよぉ!」
 必死だった。
 全身を燃え上がらせ豪華に包まれた八岐大蛇。
 暴れ狂っていたのも一時、すぐに身動き一つせず、当たりは炎のだけが鳴り響いた。
 やったか?
 誰もそう思って歓喜の声をあげようとした瞬間、それは悲鳴へと変わった。
 それは脱皮するように、黒い燃えかすの殻を破って次々と長い首が天に昇った。
 復活した八岐大蛇は玉の肌。お肌ツヤツヤで前よりも素肌美人!
 なんてこったい!
 全身を焼かれてもなお復活する八岐大蛇。
 長く伸びた尾が鞭のように撓りながら桃に襲いかかってきた。
 それはまるで川と人間が戦うよう。
 桃は渾身の力を込めて物干し竿を振り下ろした。
「なっ!?」
 物干し竿が音を立てて折れた。
 桃が気合い≠ナ負けたのか!?
 そのまま桃は川のように長い尾に強打されて遥か後方までぶっ飛び、瓦礫の下敷きになって姿を消してしまった。
 まさか桃の物干し竿が折れる日が来ようとは、それは魂が折れたも同じ。
 万策尽きたかのように思えた。
 そのとき!
 ひときわ目立つ真っ赤なバイクで乗り付けた着物の女。
 その女はフルフェイスのマスクを脱ぎ捨て、風に艶やかな髪をなびかせながらその素顔を露わにした。
「みなさん、いつも金ちゃんがお世話になっております。母の呉葉です」
 雉丸のママだった。
 なぜか急に八岐大蛇が凍ったように動きを止めてしまった。
 呉葉は臆することなく八岐大蛇に近づいていった。
「あなたダメでしょ〜。別れた夫とはいえ、この事態は見過ごすわけにはいかないわ」
 と、妖しく光る包丁を握りしめながら言った。
 ギラリと光る包丁を見て呉葉がハッと息を呑んだ。
「あらやだ、料理の最中だったからそのまま包丁を持ってきてしまったわ」
 武器じゃないんかい!
 すでに八岐大蛇は後ずさりをはじめていた。
 呉葉が一歩進むごとに、八岐大蛇が一歩下がる。
 そして、八岐大蛇逃走!
 八岐大蛇が背を向けるために回転した瞬間、何十軒もの建物が一気に倒壊し、さらに尻尾の一本が呉葉に不可抗力で飛んできた。
「危ない母上!」
 誰が叫んだのか、刹那――桃ですら斬れなかった尾が両断されていた。
 そこに佇む呉葉の姿。その手に握るは万能包丁(ステンレス製)。
 万能だからって何でも斬れるわけがない!
 それをやってのけた呉葉……げにおそるべし。
 何事もなかったような柔和な笑みで呉葉はひとこと。
「あの人ったらシャイなんだから」
 そ、それが理由で八岐大蛇は退散したんですか!?
 マジですかっ!!

《4》

 何はともあれ、八岐大蛇はいなくなった。
 そのあとに残ったのは半壊した京の都。華々しい姿とはかけ離れた瓦礫の山だった。
 鈴鹿や陰陽師たちの喚んだ雨雲によってもたらされた雨で、都が炎の海に沈むことは免れたが、やっぱりそれでもヒドイ有様だ。
 八岐大蛇の燃えかすの中から烏帽子がぴょんと出て、晴明が飛び出した。
「ぶはーっ! 死ぬかと思った」
 うわっ、すっげー役立たず。
「ママからもらった〈火鼠の皮衣〉を下に着てなかったら燃え死んでた」
 ぶっちゃけ役に立ってないんだから死んでも……。
 雉丸は震えるポチを抱きかかえて歩いていた。
「大丈夫だったかいポチ?」
「怖かったよぉ」
「もう心配しらないよ、俺がそばにいるから」
 見つめ合う二人、妖しいムードぷんぷん。
 猿助は瓦礫の下敷きになった桃を探していた。
「姉貴どこだよ返事してくれよ!」
 瓦礫の山を掘り進み、そこから出ていた手を引っ張って、桃の体を釣り上げた。
 反動で猿助は桃の下敷きになって、爆乳に顔を埋めた。
 いつもだったらここで怒りの鉄拳とかが飛んできそうなのだが……。
 桃は酷く落ち込んでいた。
「アタイの物干し竿が……物干し竿が……これからどうやって洗濯物を干したらいんだい!」
 そこかっ!
 桃は決意を固めたようにビシッと立ち上がった。
「こうなったら!」
 こうなったら?
「喰ってやる!」
 なにを?
 桃は地面に落ちている八岐大蛇の尾に向かって行って、尾っぽの先にいきなりかぶりついた。生食!?
「物干し竿の敵だよ!」
 ガキッ!
 桃の歯が痺れた。何か堅いものを噛んでしまった。さすが物干し竿を折った尾。
 不思議な顔をしながら桃はその尾を調べはじめた。
 すると、なんと尾の中からズルズルと骨が出てきたではないか……って当たり前だろ!
 その骨の長さは物干し竿に匹敵するほどで、白く美しいそれはまるで鋭い剣のようであった。
 桃はその骨を持ってこう言った。
「よし決めた。今日からこれを物干し竿の代わりにするよ!」
 その桃の一連の行動を見ていた猿助は唖然とした。
「姉貴……骨を武器にするって、原始人じゃないんだからよぉ」
「アタイを原始人なんかと一緒にしないでおくれ。ようするにこれが骨じゃなくて、立派な武器として認められればいいんだろう、だったら相応しい名前をつければいい話じゃないか?」
「……そういう問題なんスか?」
「あんたのクナイを貸しな」
 わけもわからないまま猿助は桃にクナイを貸した。
 すると桃はクナイで骨に文字を刻みはじめた。
「今日は雨も降っていることだし……天叢雲剣(あめのむらくものけん)ってのでどうだい?」
「どうって言われても……」
「剣って名前を彫ったんだから、今からこれは剣さ。カッコイイだろう?」
 桃は天叢雲剣を構えて見せた。たしかに様になっている。
 でも、そーゆー問題なのか?
 桃の新しい武器も見つかり、こちらも一段落。
 その頃、かぐやは灰の中で光輝く宝玉を掘り起こしていた。
「これは……〈竜の頸の玉〉」
 かぐやがその宝玉を手に取った瞬間、辺りは雷光が奔ったように眩い閃光に包まれた。
 誰もが何が起こったのかとかぐやのほうを見るが、光で眼が潰されて何も見ることができない。
「ふふふふっ、おーほほほほほほっ……げほっ、久しぶりに笑ったから咳が……」
 光の中から聞こえた高らかな笑い声。
 桃にも勝るとも劣らないシルエットが描き出された。
 黒く艶やかな髪は地に着くほど長く、小さな服から張り出した爆乳、明らかに丈の合っていない着物から伸びた美脚、その付け根はパンツ丸見え状態で、小さなパンツがかなり食い込んでしまっている。
 紅い瞳が世界を見据えた。
「長かった……嗚呼、長かった……ついにかぐやは記憶を取り戻したわ!」
 そこにいたのはナイスバディの美女に姿を変えたかぐやだった。服は幼女のままだから、なんだか肌の露出がスゴイことになっていた。
 かぐやは桃に視線を向けた。
「よくも今まで雑に扱ってくれたわね。積もり積もった復讐の念を……ああっ」
 いきなりかぐやが貧血でも起こしたように地面に手をついてしまった。
「はぁはぁ……ダメだ……エネルギーが足りない」
 はっきり言って何が何だかわからない。
 いきなり美女に大変身をしたかぐや。
 そして独りで勝手に弱ってるかぐや。
 何がしたいの?
 顔を上げたかぐやの視線の先に猿助が映った。
「そうだ……サルがいたわ」
 かぐやは地面を滑るように走り瞬時に猿助を拉致した。
 そして、猿助の顔を自分の胸に押しつけた!?
 燃え上がる煩悩。
「うぉぉぉぉ最高だぜ!」
 パフパフ地獄に囚われた猿助の活力がグングン急上昇した。
 妖しく笑うかぐや。
「このエネルギーすべていただくわ」
 かぐやが猿助の唇を奪った!?
 次の瞬間、猿助の体から青い炎のようなオーラが抜け出て、それがすべてかぐやへと吸収されてしまった。
 このオーラはすべて猿助の生命の源だ。かぐやは生命体のエナジーを喰らっているのだ。
 猿助の体が指先から萎れていくのが見えた。
 しかし、ナイスバディに抱かれている猿助は新たなエナジーをどんどん生産する。枯れて咲き、枯れては咲きの繰り返し。
 かぐやのエナジーがどんどん膨れあがっていく。
 何が何だかわからないが、桃はとにかく止めなくては思い、新たな武器の試し切りを行った。
「喰らえかぐやぁッ!」
 いくつかの間接に分かれた天叢雲剣は竹のように撓った。
 突如かぐやの周りに発生したバリア。
 天叢雲剣は弾かれ、桃も大きく吹き飛ばされた。
 しかし、桃はあきらめない。
「まだまだ!」
 再び振るわれた天叢雲剣。バリアにぶつかりそこで止まった。
 震える桃の腕。力が込められているのがわかる。
「うぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!」
 バリアが硝子片のように弾け飛び、天叢雲剣がかぐやの頭上から振り下ろされる。
「くっ!」
 かぐやは片手で天叢雲剣を受けた。その手から真っ赤な血が滴り落ちた。
 だが、かぐやは月のように微笑んでいた。
 天叢雲剣を押し返すかぐや。その手に傷はもうない。抱かれた猿助の顔はゲッソリやせ細ってた。
 猿助からエナジーを吸い続けている限り、かぐやは無敵なのだ。
 だったら猿助を倒せばいいじゃん?
 迷わず桃は猿助に攻撃を仕掛けた。
 ひょいっとかぐやは猿助を抱きかかえながらその攻撃をかわした。
「見たサル? あなたのご主人様は、あなたの命なんてミジンコほどとも思ってないのよ。あんなクソババアのところにいないでかぐやと一緒に来る?」
 爆乳に顔を埋めながら猿助はうんうんとうなずいた。
 ダメだ猿助は完全に魔性の虜になっている。
 それに激怒したのは桃だけではない。嫉妬の炎を燃やす鈴鹿もだ。
「行け小通連、大通連!」
 宙を飛ぶ妖刀がかぐやを串刺しにせんとする。
 かぐやは笑いながらそれを自ら喰らった。
 小通連がかぐやの手のひらを貫通した。だが、すぐに小通連はヌルりと血ごと抜け落ち、その傷を再生してしまった、
 さらにゲッソリする猿助。そろそろひなびた仙人の域に達しはじめた。
「ダーリン!」
 悲痛な声をあげる鈴鹿。かぐやを攻撃することは猿助に危害を及ぼすことになるのだ。ただし、猿助本人は至福の顔をしているが。
 すぐにポチを抱えた雉丸もやったきた。
「なにがあったんだ?」
「あれかぐやたんじゃないのぉ、たくさん牛乳飲んで大きくなったんだねぇ!」
 牛乳の代わりに猿助のエナジーをグビグビ飲んでます。
 かぐやは首からぶら下げていた〈黄金の鍵〉を天に翳した。
「早く迎えに来いやコンチキショー!」
 すると、どこからともなく未確認飛行物体が現れた。
 円盤形のその乗り物はかぐやの上空で止まると、地面に向かって光の柱を発射した。
 桃たちが唖然とする中、光の柱に吸い上げられてかぐやが天に昇っていく。
「サルはエナジーポットとしてもらっていくから!」
 UFOに乗り込もうとするかぐやを鈴鹿が大通連に乗って追った。
「ダーリンを返して!」
 だが、UFOから発射されたビームが鈴鹿に直撃した。
 小通連でかろうじて防ぐが、鈴鹿は硝煙の中から地面に向かって落ちていった。
 かぐやと猿助を乗せたUFOが飛び去る。
 ワープ航法をしながら宙に消えたミステリー。
 超常現象スペシャル、京の都に突如現れた未確認飛行物体!
 朝廷は宇宙人の関与を否定。
 さらわれた被害者は未だ消息不明。
 そんな感じで瓦版の見出しを飾るのだろう。
 でも、ふと現実に返って辺りを見回してみると……怪獣大戦争の爪痕が。
 嗚呼、瓦礫の山。
 ぶっちゃけかぐやとか猿助のことより、目先の復興が先だった。

《5》

 漆黒の夜空に浮かぶ二つの月。
 一つは白く淡い光で地上を照らし、もう一つは紅く妖しい光で地上を恐怖で覆う。
 〈紅い月〉の名はラビットスター。宇宙海賊団スペースかぐやの巨大宇宙船だ。
 今宵も空から舞い降りたうさ耳美女軍団が、選りすぐりのイケメンばかりをさらって天に昇っていく。
 スペースかぐやの目的は私情を挟んで桃の首を取ること。ついでにジパング全土のみならず、全世界を植民地にすること。そして、奴隷のうさ耳カチューシャ着用の義務化。
 奴隷はエネルギープラントとして、かぐやたちにエナジーを供給する。スペースかぐやは生命体からエネルギーを吸って糧としているのだ。それはまさに吸血鬼のような存在。
 それゆえに、宇宙海賊団スペースかぐやの美女軍団は宇宙吸血姫と呼ばれているのだ。
 人間狩りのために地上に降り立ったときが迎え撃つチャンス。だが、ひとたび天に昇ってしまえば手が出せない。
 夜空の下、屋根の上で寝ころんでいる桃。
「あんたの妖刀であの紅い月まで行けないのかい?」
 もちろん尋ねられたのは鈴鹿だ。
「できるもなら妾がとっくにやっておりますわ。嗚呼、ダーリンが心配で今宵も眠れるか……」
 あれから猿助がどうなったのかわからない。もしかしたら干からびたカスが、宇宙空間に投げ捨てられているかも知れない。
 超科学で攻めてくるスペースかぐやの進撃はすさまじい。ジパングが乗っ取られるのは時間の問題だろう。
 でも、相手はあの星々の向こう。
 雉丸に膝枕されていたポチが星空を指差した。
「あっ流れ星!」
 キラキラと尾を引きながら消えた流れ星。願い事を唱える時間もなかった。
 雉丸が難しい顔をして、急に瞳を見開いて口を開いた。
「そうだ、かぐやが乗って来た乗り物はどうなったんだ?」
 そういえばそんなものがあったようななかったような。
 あれはたしか……どうなったんだっけか?
 急に鈴鹿がビクッと背筋を振るわせた。
「きゃっ!」
 振り向くとそこには第三のお月様……じゃなくってハゲ頭。
「ふぉふぉふぉ、ワシの出番のようじゃな」
 亀仙人が鈴鹿のケツをなでなでしながら登場。
 そして、いきなり鈴鹿にビンタされて屋根の下に転げ落ちた。
 さよならエロ仙人!
 いや……いつもどおりしぶとく生きていた。
 虫の息で屋根を這い上がってくる亀仙人。
 止めを刺そうと鈴鹿は蹴り落とそうとしたが――。
「トラ柄のパンティーが見えとるぞ」
「きゃっ!」
 鈴鹿は袴を押さえて後ろに下がった。桃だったら構わず蹴っていただろう。
 命拾いをした亀仙人は鼻血を垂らしながら、本人はカッコよく決めたつもりで地上を指差した。
「アレを見よ!」
 ここにいた全員でアレを見ると、そこにはかぐやが乗ってきた竹形飛翔体があった。
 あの村からわざわざここまで運んできたということは?
「ワシの天才的な頭脳で修理したぞい。あの〈星の船〉に乗れば〈紅い月〉まで行くことができる……ような気がする」
 自信ないんかいっ!
 桃が力強く立った。
「おもしろそうじゃないか。あのお空の向こうに行けるなんて、ジパング一の絶世の美女に相応しい人類初の偉業だねぇ」
 失敗したら行き先はあの世だが。
 桃が行くと決めたら彼らもついて行く。
「俺は桃さんの行くところならどこまでも」
「ボクも行く行くぅ。お星様がキラキラで楽しそぉ!」
 二人の他にやはり鈴鹿も決意を固めていた。
「もちろん妾も同行させていただきますわ」
 あの宙へ羽ばたく仲間が揃った。
 桃はひょいと軽い身のこなしで屋根から飛び降りた。
「てめぇら、アタイの足手まといになるんじゃないよ!」
 こうしていつに桃はジパングを飛び出し、舞台は広大な宇宙の海へ!
 が、その前に――。
「本当に動くのかいこれ!」
 ギュウギュウ詰めの〈星の船〉内部。もともと一人用だったらしく、大人三人と子供一人のアトラクションではない。かなり苦しい状態だった。
 外にいる亀仙人から無線機で指示が出される。
《そこの赤いボタンを押すんじゃ》
 赤いボタン何かどこにあるんだ?
 ギュウギュウ詰めで体を動かせる状態にない。
 桃が叫ぶ。
「誰だ今アタイのケツ触ったのは!」
 ノーリアクション。きっと不可抗力だが、誰も名乗り出る気配はない。出たからここで惨劇が起こる。
 一番小柄なポチが体の間を縫って赤いボタンを見つけた。
「あったよ、ボクが押しちゃっていい?」
 瞳をキラキラに輝かせて押す気満々。
 桃がゴーを出す。
「押せ、さっさと押せーっ!」
「はぁ〜い♪」
 ポチッとな。
 轟々と駆動音を響かせながら〈星の船〉が揺れた。
 バランスを崩した雉丸の顔面が爆乳にダイビング!
「…………」
 慌てて雉丸は顔を離した反動で後頭部を壁に強打。
 嗚呼、猿助がいないばかりに、いつの役回りが雉丸に……不幸だ。
「てめぇ、さっきケツ触ったのも雉丸だな!」
「ち、違います信じてください!」
 暴れようとする桃だが、ギュウギュウの状態では手も足も出せなかった。
 〈星の船〉がまた激しく揺れた。
 スピーカーから亀仙人の声が響く。
《おお、飛んだぞ!》
 ジェット噴射しながら〈星の船〉が天に昇っていく。
 かろうじて桃も丸い窓から外の気色が見れた。
「都がもうあんな遠くだ」
 すっかり雉丸への怒りも覚めていた。
 ポチもはしゃぎながら窓の外を眺めている。
「わぁ〜い、飛んだ飛んだぁ」
「あのぉ、妾はぜんぜん見えないのですが?」
 ギュウギュウ詰めなので仕方ありません!
 あの夜空に浮かぶ紅い満月に〈星の船〉は還っていく。
 しかし、それに乗るは桃たち一行。
 果たして桃たちはスペースかぐやに打ち勝つことができるのか!
 むしろ、無事に着くことができるのかっ!?

《6》

 桃たちを乗せた〈星の船〉は自動操縦でラビットスターに到着し、運良く味方の船と認識されて格納庫まで無事に到着した。
 ――が、〈星の船〉のハッチが開いた瞬間、バッタリ警備兵と鉢合わせ。しかも二人組。
 白いプロテクトスーツとフルフェイスヘルメット、頭からはうさ耳がぴょんと出ている。手に持っているビームライフルの銃口がこっちを向いていた。
 桃は天叢雲剣を抜こうとしたが、どっかに引っかかって抜けない。物干し竿のときと同じ弱点だ。
 いち早く外に飛び出したのは大通連と小通連だった。
 小通連がビームライフルを斬り、大通連が警備兵に峰打ちを喰らわせた。連続して倒れた二人の警備兵。
 他の警備兵がいるような物音が聞こえる。
 桃たちは急いで気を失っている警備兵を引きずり物陰に隠れた。
 桃と鈴鹿は示し合わせたように互いを見つめ頷き、男二人に『あっちを向いてろ』と明後日を指差すサインを送った。
 すぐに桃と鈴鹿は警備兵の防具を脱がして自分たちに着せた。
 着替え終わった桃は胸を押さえた。
「サイズが合ってない」
 女性のボディラインが完璧に再現されているプロテクトスーツ。堅い素材でできているために個別に寸法を測って配布されている物っぽい。
「妾もサイズが……貧乳で悪かったですわね」
 桃とは別の意味でサイズが合っていなかった。
 プロテクトスーツに着替えた二人。あとはヘルメットをかぶるだけだが、ここで重大な問題が発生。
 うさ耳がない!
 なんてことは心配ご無用。出発の際に亀仙人がうさ耳カチューシャを授けてくれていた。しかもなぜか四つ。それはつまり雉丸とポチに女装を……。
 雉丸が桃にロープを手渡す。
「これで二人を縛っておきましょう」
 下着姿の警備兵を縛り上げた。しかも亀甲縛り。
 さらに警備兵が各一個ずつ持っていた手錠で雉丸とポチを拘束した。
 これで準備は整った。
 鈴鹿は無線機を手にしてスイッチを入れた。
「緊急事態、侵入者が現れました。侵入者は桃とその下僕二名、合わせて三名と思われます。すでに下僕二名を拘束しました。……ええっと、桃は食堂のほうに逃走中――以上」
 これで警備の多くは食堂のほうに回されるハズだ。目的地が食堂近くだったら最悪だけどな!
 雉丸とポチは背中にビームライフルを突き付けられ、囚われて護送されているフリをした。
 が、ここで緊急事態が発生。道がわかんねぇ!
 ラビットスターを地上から見たとき二つ目の月に見えたとおり、その大きさは計り知れないほど大きいのだ。道に迷ったが最後だ。
 雉丸とポチを連れてウロチョロ。何人かの兵士と出会ったが、ご苦労様と軽く会釈を交わしただけ。
 だって訊けない!
 『道がわからないんですけどぉ』なんて尋ねてボロが出たら、このラビットスターにいる吸血姫美女軍団に総攻撃される。さすがの桃でも相手しきれないであろう。
 だからと言って、このまま人質を連行したままフラフラしていても疑われる。
 すでに兵士たちから少しずつ変な目で見られはじめていた。
 鈴鹿は全身から変な汗が噴き出していた。本当はこのままヘルメットを脱ぎ捨てて、新鮮な空気を思う存分吸いたかった。
 フラフラを続けていると、いつに兵士の一人に声をかけられてしまった。
「どうしたの?」
 優しい女の声だった。
 桃は『お前が言えよ』的な感じで鈴鹿の脇腹を小突いた。
「ええっと、あのぉ……恥ずかしながら道に迷ってしまって」
 正直だった。困ったときは正直に言う、大事なことです。
「あはは、さっきから人質を連れたままフラフラしてるからどうしたのかと。私も道に迷うのよねぇ」
 よかった相手が天然で!
 鈴鹿は幸運に感謝しながら、兵士に頭を下げた。
「道案内お願いします。かぐや様のところまで連れてくるように言われています」
「ええ、いいわよ。あのカートに乗って行きましょう」
 怖いくらいラッキーだ。
 広いラビットスターをカートに乗って移動することになった。
 カートは自動操縦らしく、目的地を入力すればそれでオッケーだ。これに乗れば道に迷うことなんて……。
 道に迷ったらカートで移動すればいい。それをしなかった桃たちは疑われ当然だったが、よかった疑い深い兵士じゃなくて!
 いとも簡単にかぐやのいる操舵室まで来てしまった。
 宇宙空間を見渡せる半球型の大きく透明な窓。コンピューター前に座る美人オペレーター。そして、船の舵にも似た操縦桿を握る十二単の影。
 海賊帽を被ったかぐやが振りかえった。というか十二単に海賊帽って……斬新な。しかもよく見ると着物の柄はドクロマークだ。
 ここまで案内してくれた心優しい兵士がかぐやに敬礼した。
「侵入者をここまで連行してまいりました!」
 桃と鈴鹿もマネして敬礼した。
 でも、敬礼したときにうさ耳をぴょんぴょんと曲げる動作ができない!
 大丈夫だった。そんなところなど見過ごされたようだ。
 かぐやがゆっくりと、十二単をズルズル引きずりながら、ものすっごく動きずらそうに、さらに辛そうな顔をして近づいてきた。
「ハァハァ……少し動くだけで息が切れる」
 着なきゃいいんじゃん!
 汗を拭ったかぐやは雉丸とポチに目を向けた。
「久しぶりお二人さん」
「かぐやたんお久ぁ!」
 元気に無邪気に挨拶を返すポチ。拳を握った桃の手を鈴鹿が必死になって押さえた。
 雉丸は眼鏡の奥から鋭い目つきでかぐやを睨んだ。
「俺たちをどうするつもりだ?」
「う〜ん、かぐやのペットにしちゃおうかなぁ……サルみたいに」
 物陰から黒いプロテクトスーツに全身を包み、フルフェイスの顔の部分が……猿のお面だった。どう考えてもサルだ、そうだサルだ、猿助に間違いない!
 シューゴォーという呼吸音を響かせながら、厳かな雰囲気で黒い男はマントをなびかせ近づいてくる。がに股で。しかも顔は猿面だし。
 雉丸が黒い男に問いかけた。
「猿助なのか?」
「よぉ雉丸久しぶり!」
 気軽な感じで黒い男――猿助は手をヒラヒラ振って見せた。
 ポチは瞳をキラキラさせた。
「サルたんのコスプレかっこいい!」
「そうだろ、オレも気に入ってるんだ。このマントとか悪役っぽくてカッコイイだろ?」
 猿面以外はな!
 まさに猿面以外は悪役そのもの。それも下っ端ではなく上から数えて三番目以内に入るくらい。
 雉丸は軽蔑を込めて猿助を睨んだ。
「桃さんを裏切って敵側についたか?」
「だってよぉ、ここは飯も旨いし、周りは美人のねーちゃんばっか。みんなオレに優しくしてくれるから、まるで極楽浄土みたいなんだぜ?」
 完全に陥落されていた。
 かぐやは猿助を抱き寄せて爆乳でハグハグした。
「今やサルは桃じゃなくてかぐやの下僕なの。かぐや専用のエナジーポットでもあるんだからね」
 身も心も下僕だ。
 桃はブチ切れる寸前で手に持っていた天叢雲剣を薙ぎ払う寸前だった。
 かぐやがその天叢雲剣に気づいた。
「それってたしか桃の武器じゃないの、どうしたの?」
 すかさず鈴鹿がフォロー。
「桃が落とした物を押収しました!」
「ふ〜ん、ドジね……あのクソババア」
 限界だった。
「誰がクソババアだってぇ〜、その口を針と糸で縫いつけてやろうか!」
 ヘルメットを投げ捨てた桃が周りに構わず天叢雲剣を振り回した。
 こうなってしまっては仕方ない。
 鈴鹿はすぐに雉丸とポチの手錠を外し、雉丸は鈴鹿に預けていたショットガンを受け取り、入ってきた扉に何発も撃ち込んだ。
 火花を散らしながら電子ロックの扉がショートした。これで誰も中に入って来られない。外に出る方法はあとで考えればいい。
 驚いたかぐやは動こうとするが……十二単が重すぎて動けない。
 オペレーターと数人の兵士たちがビームライフルを構えた。
 発射されたビームをすべて弾き返す天叢雲剣。
 雉丸が撃ったリボルバーも兵士たちの手にヒットして、ビームライフルを床に落とされた。
 そして、ポチは物陰に隠れながら両手で握った拳を胸の前。
「ファイト♪」
 言葉で応援。
 ついにかぐやが十二単を脱ぎ捨てた。
「こんなの着てられるかボケッ!」
 官能的なラインを描くボディスーツに身を包んだかぐや。武器は――丸腰だった。
「しまった!?」
 かぐや逃走!
 奥の部屋に逃げるかぐやを桃が追う。
「ここはてめぇらに任せたよ、アタイはかぐやを追う!」
 そう言い残して桃は姿を消した。
 一方、鈴鹿は猿助と対峙していた。
「ダーリン……その格好はダサッ!」
「どこかダサイんだよ、言ってみろよ!」
「サルのお面はダサイですわね。あとはまったく問題ないと思いますわ」
「このお面がチャームポイントで小さい子供にもウケるんだろ!」
「やめてくださいまし、最近の子供を甘く見るような発言は。最近の子供はもっと大人ですわ」
 なんだこの言い争い。どうでもいいような感じがするぞ。
 しかし、この言い争いは熾烈な戦いの序曲に過ぎなかった。
 鈴鹿VS猿助が今まさにゴングを打った!

《7》

 大通連と小通連が宙を舞う。
「桃に惚れていたと思ったら、今度はかぐやでございますか。どうして妾ではダメなのですか?」
 その眼差しはどこか哀しげ。
 お面で隠された猿助の表情を読み取ることはできない。
「別にオレの勝手だろ」
「勝手ではございません、貴方様は妾の婚約者なのですのよ」
「そんなの勝手に決めてんじゃねーよボ〜ケ!」
「妾のことは遊びだったのですわね!」
「遊びは男の甲斐性だって言うじゃねぇか。なにが悪いんだよバ〜カ!」
「ひ、ひどいですわ……」
 涙ぐみ顔を押さえる鈴鹿。
 ちょっぴり言い過ぎちゃったかなぁ、と猿助が近づこうとした瞬間、顔の横を大通連がかすめた。
 思わず凍り付く猿助。
 鈴鹿がゆっくりと顔を上げた。その表情は般若の相。
「夫を躾けるのは妻の勤めですわね」
 妖刀が鬼気を放ちながら猿助に襲いかかる。
「ぎゃっ、オレを殺す気か!」
「瀕死重傷を負っても大通連と小通連の妖力で治して差し上げますわ!」
 自在に宙を飛ぶ二振りの妖刀。
 さらに鈴鹿は二枚の鉄扇を持ち優雅に舞い踊った。
 鈴鹿の連続攻撃に尻尾を巻いて逃げまどった。
「この野郎、そっちがその気ならこっちだって容赦しねぇーぞ!」
 猿助は光の粒子で構成されたソード――ビームセイバーを抜いた。
 大通連と小通連が連続して飛んでくる。
 踊るような剣舞で猿助が妖刀の連撃を防ぐ。あり得ない……猿助が強い!?
「見たかオレの剣さばき! このビームセイバーは自動運動機能付きなのだ、ウキキキ!」
 お前の能力じゃないんかいっ!
 ビームセイバーの操り人形状態。滅茶苦茶な格好で猿助はビームセイバーを使っているが、見事に鈴鹿の攻撃を防いでいるのだからスゴイ。自動運動機能が。
 だが、所詮は一本の剣。
 大通連、小通連、鉄扇鉄扇、ついでに回し蹴りのコンボ攻撃!
 鈴鹿の蹴りがヒットして猿助がぶっ飛んだ。その隙に鈴鹿はプロテクトスーツを脱ぎ捨てた。
「動きづらくて仕方がありませんわ!」
 トラ柄の下着姿を惜しげもなく披露して、出血大サービスだ!
 猿助のお面の下からダラダラ血が流れていた。蹴られた衝撃のほうでだよ!
「そ、そんな格好をしてオレを誘惑するつもりかよ!」
「動きづらいから脱いだだけですわ!」
「水着だと思えばエロくなんかねーんだからな、お前貧乳だしな!」
「貧乳で悪うございましたわね!」
 眼を光らせた鈴鹿が踏む込もうとしたとき、その前に立ちふさがった美女三人衆。
 ハイレグ水着の網タイツ、胸は鈴鹿よりも遥かにデカイ。
「我らはかぐや様のインペリアルガード――三人官女!」
「かぐや様の命でサルをお守りいたします!」
「覚悟しなさいトラ女!」
 三人官女の攻撃フォーメーションはΔ(デルタ)アタック!
 同時多発的な三方向からの攻撃だ。
 しかも三人官女の武器は二刀流のビームセイバー。合わせて六撃の攻撃は敵の逃亡を許さない。
 二振りの妖刀、そして二枚の鉄扇を持ってしても防ぎきれない。
 鈴鹿の背と腹が焼け斬れ血が滲んだ。あと僅か躱すのが遅れていたら、重傷を負わされていたに違いない。
 額の汗を手の甲で拭う鈴鹿。その汗は冷ややかだった。
 通常であれば一対三でも鈴鹿には勝てる自信があった。だが、この戦いの相手は一なのだ。寸分狂わず攻めてくるコンビネーションは、六本の手を持った一だった。
 息の揃っていない三人など容易い、だが目の前の美女たちは……。
 再び三人官女が攻めてくる。
 先ほどよりも速い!
 ビームセイバーを受けた鉄扇が宙を舞った。
「しまった!」
 一つの防御が崩されたことによって、全ての防御が総崩れになる。
 鮮血が紅い眼の三人官女たちの白い顔に飛び散った。
 全身から血を噴きながら飛び退いた鈴鹿御前。
 斬られれば強烈な痛みが奔る。だが、二振りの妖刀がある限り負けはしない。
 鈴鹿の周りを回る妖刀が淡い光で傷を癒してくれる。
 持久戦に持ち込めば鈴鹿にも勝機がある。斬られた傷を癒しつつ、相手の体力が尽きるのを待つ。
 しかし、鈴鹿の心に闇を墜とす言いしれぬ不安。
 全てを脱ぎ払い無心の覚悟で鈴鹿はこちらから攻撃を仕掛けた。
 斬られても死さえしなければ癒やせばいい。
 二振りの妖刀と二枚の鉄扇、全てを一人に向かって振るった。他の二人に斬られる覚悟だ。
 ――速いっ!?
 鈴鹿の攻撃は一人を仕留めるどころか空振りに終わり、六撃の刃が鈴鹿の全身を切り裂いた。
 すでに床は血の海に沈んだ。
 斬られたブラジャーの肩紐を押さえながら鈴鹿は息を切らした。
「どうして……なぜ強く、より速く……」
 そして、鈴鹿の体は鉛のように重く、疲労が全身を押しつぶしそうだった。
 鈴鹿はハッとした。
「エナジードレイン!?」
 その言葉を聞いて三人官女たちは薄ら笑いを浮かべた。
「今頃気づいたようね」
「ちょっと気づくのが遅いんじゃないかしら」
「さすが辺境の惑星の住人ね」
 三人官女たちは鈴鹿に攻撃を仕掛けると同時に、エナジーを少しずつ吸い取っていたのだ。
 これでは持久戦に持ち込まれたほうが不利。
 三人官女は勝ちを確信した。
「片手でブラ押さえながらどうやって戦うのかしら?」
「きっとおっぱいポロリするのが怖いのよ」
「だって貧乳だから恥ずかしくて見せられないのよね!」
 三人官女は大きな口を開けて笑った。
 鈴鹿は唇を噛みしめながら策を練った。
「ちょっとタイム!」
 叫んだ鈴鹿が物陰に隠れた。
 すぐに三人官女が物陰に飛び込もうとした。それを防ぐ二振りの妖刀。しかし、時間稼ぎにしかならない。
 弾かれた大通連は天井に刺さり、小通連は床に突き刺さった。
「「「とどめよ!」」」」
 三人官女が声を揃えて鈴鹿の体を串刺しに!
 ――できなかった。
 ビームセイバーを受けたのはプロテクトスーツだった。物陰に隠れた鈴鹿は素早くプロテクトスーツに着替えていたのだ。しかもヘルメットまで完全装備。
「黒い三連星、破れたようですわね!」
 敵の防具を持って敵の武器を防ぐ。
 慌てた様子の三人官女がコンビネーションもバラバラで鈴鹿を叩きまくる。
 だが、ノーダメージ!
「痛くもかゆくもないですわね。これなら動きづらさを我慢して着ていればよかったですわ」
 ここかあ鈴鹿の反撃がはじまった。
 大通連小通連のコンビネーション攻撃!
 さらに鉄扇による乱舞。
 三人官女の水着を切り裂きながら、次々と見る影もなくボコボコにしていく。特に鈴鹿を笑ったこの顔を重点的に!
 最後に残った三人官女が蜂に刺されたみたいな顔面をして、尻を床につけながらズルズル後退した。
「ちょっとタイム、こっちにもタイム使わせなさいよ。私もプロテクトスーツを着るから!」
「貴女たちは妾がタイムと言ったにもかかわらず、襲いかかって来ましたが?」
 ドガッ、バキッ、グェェッ!
 見るも無惨な光景すぎて自主規制が……。
 強敵だった三人官女を倒し、鈴鹿は猿助の姿を探した。
「ダ……ダーリン!?」
 鈴鹿の目に飛び込んできた異様な光景。
 フォークを片手に握ったまま、猿助はミートソーススパゲティに顔を突っ込んでいた。しかも、死んだように微動だにしない。
「大丈夫ですございますかダーリン!」
 急いで鈴鹿は駆け寄り、ミートソースから猿助の顔を上げた。
 ……猿のお面被ったままじゃん!
 これでどうやってスパゲティを食べようとしていたのか?
 微かにシューゴォーという呼吸音が聞こえた。
 無我夢中で鈴鹿は猿助のヘルメットとお面を投げ捨てた。
「嗚呼、なんてこと……」
 静かに自分のヘルメットも脱ぎ捨てながら、鈴鹿は瞳から一筋の涙を零した。
 そこにあったのは変わり果てた猿助の姿。
 体中の水分――いや、精力を吸い尽くされて枯れ果てた猿助の姿。それはまるで干からびたワカメ、キノコ、ミミズか……とにかく、見る影もない皺だらけの顔がそこにはあった。
「す……ずか……」
 グローブを嵌めた猿助の手が伸ばされ、鈴鹿はそのグローブを取って枯れた手を握った。
 まるでその手や指は枯れ枝のようだった。温かいぬくもりもなく、ただ冷たく哀しいだけ。
「ダーリン死なないでくださいまし!」
「……最期は……桃の姉貴に……パフパフ……」
 ガクッと猿助の首から力が抜けた。
「ダーリン!」
 鈴鹿は人生ではじめて慟哭した。
 皺だらけの顔に落ちて消える大粒の涙。
 枯れてしまった猿助の口の蕾に、鈴鹿は自らの瑞々しい朱色の蕾を重ね合わせた。
 交わされた口づけ。
 緩やかに鈴鹿は顔を離した。
「妾の口づけでは目をお覚ましにならないのですね」
 再び鈴鹿の瞳から涙がこぼれ落ちた。
 短くも長い時間。
 静かな刻の中で猿助は鈴鹿の胸に抱かれ……。
「ぐぅ〜がぁ〜!!」
 いびきを掻いていた。
 さらに――。
「パフパフ……パフパフ……」
 鼻の下を伸ばしていた。
 最悪だ。
「この浮気者っ!」
 鈴鹿の強烈な怒りの鉄拳が猿助の顔面にめり込んだ。
 今度こそあの世に逝ったかな猿助♪
 死相を浮かべて気絶した猿助を鈴鹿が背負った。
「んもぉ、ジパングに帰ったら温泉に突っ込んでやりますわ!」
 乾燥椎茸扱いだった。

《8》

 雉丸は周りの敵を一掃したあと、猿助のことは鈴鹿に任せ、ポチと共に通気口に進入した。
 迷路のように入り組んだ通気口を抜け、先に廊下へ降りた雉丸がポチを抱きかかえて通気口から出した。
 けたたましいサイレンが鳴っている。今頃、血眼になって兵士たちが駆け回っているに違いない。
 雉丸とポチは先を急いだ。
 金属の廊下に響き渡る足音。二人分、三人分、四人分……雉丸とポチ以外の足音も響いてくる。
 立ち止まって身構えている暇はない。
 さっそく前方から敵の影が駆け寄ってきた。
 しかし、その姿は……?
 雉丸は首を傾げた。
「誰だったか……それよりもなぜここにいる?」
 色取り取りのふんどし姿。
 赤フンのレッド参上!
「我ら鬼道戦隊鬼レンジャー改め、かぐや護衛隊の五人囃子(ごにんばやし)だ!」
 鬼レッドの左右に並ぶ鬼ブルーと鬼イエロー。
 さらに雉丸とポチの背後には鬼グリーンと鬼ブラック。
 一本道の廊下で挟み撃ちされてしまった。
 雉丸はショットガンをバットのように握った。
「弾がもったいない」
 はい、瞬殺。
 ボコボコにされた鬼の山を踏んづけて雉丸とポチは先を急いだ。
 どうしてフンドシレンジャーがここにいたのか語られずまま。まあ、別にたいした理由なんてないだろうけど。
 雉丸とオマケのポチの目的は、脱出ルートの確保とその他重要任務。
 向かう先はエンジンルームだった。
 途中でカートを奪い大通路を爆走する。運転席に乗ってるのはポチだったりして!
「ボ、ボク運転できないよぉ〜!」
「大丈夫だよポチ、自動運転モードがあるから」
「でもそうやって自動運転に切り替えるの?」
「さぁ?」
 さわやか笑顔の雉丸。
 恐怖に顔を歪ませたポチ。
「わぁ〜ん!」
 結局ポチがハンドルを握るハメになった。
 大勢の兵士たちがビームライフルを構えて並んでいる。
 次から次へと土砂降りの雨のようにビームが飛んでくる。
「わぁ〜ん怖いよぉ!」
 ビームコーティングされたフロントガラスに弾かれるビーム。貫かないとわかっても怖い。
「わぁ〜ん!」
 叫びながらも華麗なハンドルさばき。そのまま兵士の列に突っ込んだ。ね、華麗でしょ?
 寸前で兵士たちの列は左右に分かれ、その光景はモーゼの海割り状態。壮観なまでに兵士たちがぶっ飛び退いてくれる。
 危機に迫られて道を開けてしまった兵士たちだが、すぐに体勢を立て直してカートのバックにビームを乱射する。
 再び土砂降りのようなビームが飛んでくる。
 雉丸はカートに積まれていた武器を手に取った。どうやらバズーカ砲のような形をしているが?
 スコープを覗き照準をオートセット。
 使ったことがなくったって、使ってみればわかります。
 はい、発射!
 青白い稲妻のような光線が暴れ回り、次から次へと兵士たちが感電していった。
 シュ〜っと煙を上げる黒コゲの山。
 凄まじい殲滅力だった。
 カートは兵士たちの海を越えたが、その先に待ち受けていたのは巨大ロボットだった。
 二足歩行の人型機体、紅く光る一つ眼、頭にはエネルギーを受信するウサミミ。これはまさしくスペースかぐやの主力戦闘機体ラビUだ。
 ラビUはラビバズーカを構えたが、室内で撃つと大変なことになるのでやめて、ラビマシンガンも危ないし、巨大なトマホークを構えた。
 あんなトマホークでぶっ叩かれたらカートは真っ二つだ。
 雉丸はスコープを覗き引き金を引いた。
 稲妻光線発射!
 あっさりとラビUの持っていた盾で防がれた。
 こうなったらアレしかない!
 雉丸は声を張り上げる。
「ポチ、細い路に逃げ込んで!」
 だって戦う必要なんてありません!
 別にアレがラスボスってわけでもないし、雉丸たちの目的は別にある。ここで時間を取られる必要なんてナッシング!
 ハンドルを切るポチ。カートの後ろからは巨大な足音を立ててラビUが追っかけてくる。
 ここのまま逃げ切ることはできるのか!?
 ドスン!
 隕石でも落ちたみたいな衝撃でカートが浮かび上がった。
 雉丸が後ろを確認するとラビUが倒れていた。その背中から伸びているエネルギーコード。予備バッテリーに充電中だったのだ。
 雉丸はだんだんと自分たちの心配より、宇宙海賊団スペースかぐやの心配をしはじめた。
 ――この宇宙海賊はこんなことでやって行けるのだろうか。
 持っている技術力はスゴイが、それを使っている吸血姫美女軍団のマヌケさが……。
 カートは起き上がれないザビUを尻目に、どこまでも走り続けた。
「ブレーキどこぉ!」
 だってブレーキのかけ方がわからないから。

《9》

 操舵室から隣の部屋、かぐやが逃げ込んだ先はトイレだった。
 基本女子トイレしかないラビットスター内。
 トイレは当然のように全て個室。
 桃がトイレに飛び込んだとき、とある個室に飛び込んだかぐやの横顔を見えた。
 すぐに桃はプロテクトスーツを脱いで、その個室の前に立った。
「便所になんか隠れてねぇーで、さっさと出てきな!」
 ゴンゴンゴン!
 桃はドアを殴るようにノックした。
 すると返事が返ってくる。
「入ってまーす」
「知ってるつーの!」
 ゴンゴンゴンゴンッ!
 さっきよりも激しく叩いた。
「入ってまーす」
「だから知ってるつーの!」
 ドンガンゴン!
 殴る蹴るした。
「入ってまーす」
「てめぇいい加減にしろよ!」
 ドゴォーン!
 桃は思いっきりドアを蹴破った。
「…………」
 呆然とする桃。
「逃げられた!?」
 個室の中はもぬけの殻。
 ノック音に反応する音声再生機がトイレのフタの上に置かれていた。
「どこ行った?」
 トイレには故障中≠フ張り紙。水を流すレバーには触れるな危険≠フ張り紙。
 ……怪しい。
 桃は躊躇せずに触れると危険なレバーを下げた。
 すると本来なら水が流れるハズが、代わりにトイレの脇にあった隠し扉が開いた。ここからかぐやは逃げたに違いない。
 狭い入り口から続く先も狭い路だった。人ひとりが通るのでやっとだ。天叢雲剣がちょー邪魔。
 長く続く一本道を抜けると、そこは大きな球体状の部屋だった。
 球は網柄の床で半分に仕切られ、床の一部を切り抜いた部屋の中央には、漆黒に輝く巨大な球体が自転していた。
 かぐやは部屋の向こうでドアを引いたり押したりしていた。
「マスターキーどこで落としたんだろう。お願いだから開いて、早くしないとクソババアが来ちゃう!」
 かぐやの背後に忍び寄る鬼気。
「クソババアって誰のことだい?」
 ハッとしてかぐやが振り向くと、そこにはやっぱり桃がいた。
「もう来たの早すぎっ!」
「あんたの言ってたカギってコレのことかねぇ?」
 桃は〈黄金の鍵〉を指先で摘みながら、ユラユラ揺らして見せた。
「あっ、返してかぐやのカギ!」
「そんなに大事なカギなら、どうしてさっきの隠し通路なんか落としたんだい。ドジな子だねぇ」
「かぐやドジじゃないし、不可抗力だし。そのカギがないと困るんだから返して!」
「具体的にどんな風に困るんだい?」
「たとえばここの扉が開かないとか、ラビットスターが発進できないとか……って何言わすんじゃボケッ!」
 それだけ聞けば十分。
「絶対返してやんねぇーよ」
 意地悪に桃は笑った。
 この〈黄金の鍵〉はかぐやがジパングに落ちてきたときから首に提げていた物。記憶を失っていてもずっと肌身離さずお風呂のときも持ち歩いていた。無意識にもこれが大事な物だと認識していたのだ。
 かぐやがジパングで記憶喪失になっている最中、この大事な〈黄金の鍵〉がなかったために、ラビットスターに残された部下は大変苦労したらしい。
 なんとしても〈黄金の鍵〉を取り返さなければならない!
「早く返して!」
「返して欲しけりゃ力ずくで奪ってみな!」
「……仕方ない」
 かぐやは呟いた。
 そして、かぐやは謎の小壺を取り出した。
「これが何だかわかる?」
「茶色い壺だろう?」
「中身を聞いてるに決まってるじゃん!」
「そんなの知るわけないだろう」
「この中にはラビットスターのスーパーメインコンピューター〈ウサッピー〉が弾き出した、あなたの弱点が入っているのよぉっ!」
「なにぃ!」
 桃は劇画チックな顔で驚いて見せた。かなりのオーバーリアクション。
 が、すぐに気を取り直した。
「アタイに弱点なんかあるわけないだろう。そんなもんがあるなら見せてもらいたいねぇ」
 強気な態度。本当に弱点がないのかもしれない。
 だったら小壺の中に入っているモノは?
「〈ウサッピー〉が導き出した答えに間違えないし。なんで弱点なのかまでは計算できなかったけど、使ってみればわかること!」
 かぐやが小壺のふたを開けて中から取りだしたのは――梅干し!
 これさえあれば白米何倍でも行けちゃうぜ。ジパングを代表する国民食だ。
 生唾を呑んだ桃の顔色が明らかに変わった。
 ゆっくりと桃が後ずさりをしていく。
 桃が、あの桃が怯えている!
 何の変哲もない梅干しにどんな恐怖が詰まっているというのだ!?
 さっそくかぐやは梅干しを一つ手に取り、剛速球!
「喰らえクソババア!」
「そんなもん喰えるかクソガキ!」
 桃は天叢雲剣で梅干しを打ち返した。
「クソババア、食べ物に粗末にすんなよボケッ!」
「てめぇが投げてんだろ!」
「避けるババアが悪いんだろボケッ!」
 結論、梅干しは投げても打ってもいけません。
 そんなことなどお構いなしにかぐやが梅干しを連続で投げる。
「喰らえ梅干し乱れ打ち!」
「乱れ打つのはこっちだよ!」
 投げてきた梅干しをすべて打ち返した。
 互いに息を切らせるかぐやと桃。
 かぐやは新たな梅干しを取ろうと小壺に手を突っ込むが……ない!?
 相手の反応を見て桃は凶悪な笑みを浮かべた。
「もう終わりかい? 残念だったねぇ……」
 ギロリ!
 桃の眼で睨まれかぐやはすくみ上がった。
 ここから桃の反撃がはじまる。
 と、思いきや。
 かぐやは地面に落ちている梅干しを拾って投げた!
「喰らえババア!」
「うわっ!」
 不意を突かれた桃はらしかれぬ情けない声をあげてしゃがみ込んだ。
 本気で梅干しが怖いのだ。
 チャンスを見いだしたかぐやがしゃがんだ桃に梅干しを投げつける。
「梅干しが怖いだなんて笑っちゃうんだから!」
「やめーっ!」
 顔を防いだ桃の手に梅干しが当たった。
 眼を丸くしてかぐやはその一部始終を見た。
 叫ぶ桃。
「あぁぁぁっ!」
 その手が見る見るうちに萎れていく。まるで老婆のような枯れた手。
 かぐやはピンとひらめいた。
「梅干しアレルギー!?」
「違うわっ!」
 アレルギーではないにしても、あれほどまでに桃が梅干しを畏れる理由がわかった。単純な好き嫌いではなく、何らかの理由で人体に害を及ぼすのだ。
 そうとわかればかぐやは床に落ちている梅干しを拾って投げるまで!
 梅干しを拾おうと伸ばしたかぐやの手が止まる。
「揺れた?」
 それは震度一にも満たないごく僅かな揺れ。
 しかし、巨大なラビットスターが振動したということは、どこかで大きな爆発があったのかもしれない。
 すぐにかぐやはうさ耳をそばだてた。
「……なに……もっと強く念を送って……」
 突然の独り言。
 かぐやが危ない人になってしまった!?
 一時休戦してでも桃はツッコミを入れずにはいられなかった。
「何独り言言ってるんだい、気でも狂ったかい?」
「ちょっと静かにして、仲間とテレパシーで交信してるんだから!」
「テレパシーなんか使えるのかい!?」
「かぐやの種族が体得できる高位の……って静かにしてよ!」
 かぐやは仲間との交信に集中した。
「なになに……格納庫が破壊され……脱出ポッドも全滅……って、マジでーっ!?」
 なんだか救急事態が起こっているらしかった。
 急に真剣な顔をするかぐや。
「あなたと遊んでる場合じゃないみたい。あなたの仲間のせいでスペースかぐやは滅茶苦茶よ」
「アタイの下僕たちが悪さでもしたのかい?」
「まずはご主人様から責任取ってよね!」
 かぐやの手が梅干しの伸びた!
「させるか!」
 桃が天叢雲剣を振った。
 鋭い骨の塊がかぐやに直撃する寸前、彼女は苦い顔して桃を指差した。
「ラビットビ〜ム!」
 なんとかぐやの耳からビームが出た!
 両耳から出たビームは螺旋を巻いて一本になり、天叢雲剣を弾き返した。
 驚いて口を開ける桃。
「まともに戦えるんじゃないか?」
「これもかぐやの種族が体得できる技のひとつなの。できれば使いたくなかったけど」
「他にはどんなことができるんだい?」
「喰らえ梅干し……と見せかけてエナジードレイン!」
 かぐやは桃の腕を掴んで精気を吸い取った。
 すぐに腕を振り払って桃は飛び退いた。
「それがそうかい?」
「ええ、これは初歩中の初歩。かぐやの種族なら誰でもできる技」
「とっておきはないのかい?」
 わざわざ挑発する桃。
 その挑発にかぐやは乗った。
「見せてあげるわ、究極の〈脱兎(だつと)〉をね!」
 脱兎――つまり逃げ足だった。
 かぐやの姿が残像を残して一瞬にして消えた。
 辺りを見回す桃。
 音もせず、姿も見えず。
「喰らえラビットビーム!」
 横から飛んできたビームを桃は爆乳を揺らしながらバク転しながら躱した。
 着地してすかさず天叢雲剣を薙ぎ払った。
 手応えはない。
「こっちだよクソババア!」
 振り向くと大量の梅干しが飛んできた。
 慌てて桃は高く跳躍した。
「クソッ、姿を見せやがれ!」
「ラビットジャップ!」
 背後に迫る気配。
「ラビットビーム&梅干し!」
「させるかっ!」
 大きく円を描いて横に振られた天叢雲剣。
 かぐやのバリアが発動した。それでも押さえきれない。
 空圧に押されたようにかぐやは後方の壁に激しく叩きつけられ、地面に落下してうつぶせになった。
 華麗に着地した桃の爆乳が上下した。
「もうダウンかい?」
「……梅干し」
 かぐやはうつぶせになりながら桃の胸を指差した。
「……ッ!?」
 驚いて桃は自分の胸の谷間に挟まれていた梅干しを払った。だが、すでに時遅し、胸が当事者比較一五〇パーセントくらい下に落ちていた。
 あの張りのあった美しい乳が、垂れパイになってしまったぁぁぁぁ〜。
 あまりのショックに桃は床に四つんばいになった。
「ジパング一の絶世の美女が……」
 心が折れそうだった。
 むしろこんな醜態を晒すくらいなら自分で折ってやりたかった。
 勝ち誇った高笑いをするかぐや。
「おほほほほっ、かぐやのナイスなボディにひれ伏すがいい!」
 今やナイスバディの代名詞はグラマラス美女かぐやのモノになってしまったのか!
 が、かぐやは何か違和感を感じた。
 なんだか目線が急に低くなってしまったような。
「きゃぁぁぁっ!」
 可愛らし声で叫んだかぐやの体が幼女になっていた。
「しまった、エナジーを使いすぎた!」
 だからラビットビームなどの技を出すことに渋っていたのだ。
 かぐやも桃と同じポーズで落ち込んだ。
 そのとき、隠し通路から猿助を背負った鈴鹿が現れた。
「大丈夫ですか桃!」
 ダメだった。まだ落ち込んでいる。
 さらに扉が轟音を立てながら破壊され、カートが部屋の中に突っ込んできた。
 雉丸が部屋の真ん中にある球体を指差した。
「ポチここがエンジンルームだよ……桃さん?」
 そこには落ち込んだ桃がいた。
 ちなみにポチはやっとカートが止まって放心状態。目を見開いたままブルブルしている。
 鈴鹿の背中に乗っていた猿助が自らの意志で床に降り、ヨボヨボの体を震わせながらフルフル桃に近づいていった。
「姉貴の……パフパフ……」
 夢遊病者状態だった。
 すっかり爺さんの顔になってしまった猿助が桃に手を伸ばす。
「ももぉ〜」
 まるでスローモーションのように、猿助の手が猿助の手が……。
「むねぇ〜けつぅ〜ももぉ〜」
 プルプル震える猿助の手が桃に触れようとした瞬間。
「どこ触ろうとしてんだい!」
 爆乳を激しく揺らしながら怒りの鉄拳が決まった!
 バチコーン!
 鼻血を噴きながらぶっ飛ぶ猿助。
 美脚を伸ばして仁王立ちする桃の見事な尻に食い込むフンドシTバック。
 そして、張り裂けんばかりの垂れてない爆乳!
 いつの間にか桃は精気を取り戻していた。
 ついでにぶっ飛ばされた猿助はそのまま部屋の中心にある巨大な球体と衝突。
 かぐやは連続瞬き世界記録に挑戦して、部屋中に響き渡る大声をあげた。
「なんてことしてくれたのよボケッ!!」
 刹那、球体が大爆発を起こした。
 煙が渦巻く室内にスピーカーから合成音が響いた。
「アト一〇秒デらびっとすたーノ全機能ヲ停止シマス――5、4、3……」
 煙の中から笑い声が聞こえた。
「あははは、終わった」
 それはかぐやの笑い声だった。
 さらに続けて桃の声がした。
「終わってないっつーの。これからたっぷりお尻ペンペンしてあげるよ!」
「ちょ……」
「下僕の分際でアタイに逆らうじゃないよ!」
 ドガッ、バキッ、ベギッ、ボキッ!
 そのあとに聞こえたかぐやの悲鳴にこの場にいた誰もが耳を塞いだのだった。

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