■ サイトトップ > ノベル > シャドービハンド > 第4章 夜の叛逆(2) | ノベルトップ |
Scene2 死闘 |
キッカが引き連れた仲間は十数人。対してカオルコの仲間も十数人立っている。数では五分五分だ。 壮絶な殺しがはじまった。 戒十は純を一刻も早くこの場から遠ざけたかった。 「リサ! 純を早くつれて逃げろ!」 キッカたちが勝つか、カオルコたちが勝つか、どちらにせよリサは仲間を残して行けなかった。 戒十はまだ捕まったままだ。 このまま純を守りながら戦うことは可能か? 純の犠牲にすれば……。 「リサ早く!」 再び戒十が叫んだ。 長く悩んでもいられない。リサは純を担いで走りだした。 逃げるリサを見てカオルコが命じる。 「お姉さまを早く追いなさい!」 しかし、リサのスピードに誰も追いつける者はいなかった。 この場から完全に姿を消したリサ。 すぐにカオルコが追おうとするが、その眼前に銃弾が走った。撃ったのはキッカだ。 「仲間の敵を討たせてもらうぜ」 「ふん、私に勝てるはずがないでしょう」 嘲笑したカオルコは服を脱ぎ捨て、ボンテージ姿になった。 鋭く鞭が踊りだす。 キッカは間合いを取りながら銃を撃つ。 鞭の攻撃範囲に入らなければ、銃弾の射程距離を活かして戦える。 優勢なのはキッカのはずだった。 しかし、恐ろしいスピードでカオルコが間合いを詰めてくる。 カオルコは銃弾を意図も簡単に躱しながらキッカを追い詰める。 「銃など私には通用しないわ。その身体能力こそがキャットピープルの最大の武器」 銃弾を躱す――つまり銃弾よりも早く動けるならば、肉体で戦ったほうが強い。カオルコはその域に達していた。 「修羅場を踏んだ数なら俺のほうが多いぜ」 そう言ってキッカは自ら間合いを詰めた。 スピードはカオルコのほうが速い。だが、経験でキッカは動いた。敵の次の行動を予測して仕掛ける。 キッカはカオルコの横を取ることに成功した。距離は1メートル弱。銃弾は放たれた。 なんとカオルコは躱して見せた。空しく外れた銃弾。 思わずキッカは舌打ちをしていた。 「クソッ、一発でも当てれば毒薬でどうにか……」 キッカは仲間たちに眼を配った。敵も味方も数を減らしている。早くカオルコを始末して、他の仲間を助けなくてはいけない。 鞭がキッカの躰を掠めた。 仲間の身を案じている場合ではなかった。今は目の前の敵に集中しなくて、一瞬の隙が命取りになる。 カオルコの操る鞭は攻撃であり、防御でもある。おそらく、あのスピードとパワーで振るわれる鞭は、金属を破壊することも可能だ。1発でも喰らえば致命傷になりえる。つまり、近距離で戦うとしたら、キッカは一撃でカオルコを仕留めなければ、次の瞬間には鞭で躰を割られることになる。 遠距離からの銃弾はことごとく躱される。1メートルですら外れた。もっと間合いを詰めなければいけなかった。 キッカはカオルコと距離を開けた。無闇に近づけない。近づくときは敵を仕留めるとき。 逃げるキッカをあざ笑うカオルコ。 「怖くなったのかしら、こっちへいらっしゃい坊や」 「坊やじゃねぇーよ、500年は生きてるぜ」 「あら、随分とおじいちゃんなのね。そろそろ死の恐怖に怯えるころかしら?」 「老化現象ならとっくにはじまってるぜ。でもよ、死ぬのはぜんぜん怖くないぜ!」 それはまさに決死の覚悟だった。 命を掛けてカオルコを殺せるならば、それは価値のあることだとキッカは判断した。 キッカが仲間に調べされたところ、カオルコが率いている組織は〈シャドームーン〉と呼ばれる闇組織。前々からその噂はあったが、なかなか実態の掴めない組織だった。けれど、最近になって〈シャドームーン〉の活動が活発になったため、多くの情報がキッカの元へ届けられるようになった。 〈シャドームーン〉のボスはカオルコである。その情報を知りえるキッカだからこそ、命を賭ける価値があると判断した。 カオルコが引き連れている仲間を見れてもわかる。特出してカオルコは強い。おそらくカオルコでこの組織はもっているのだ。 そして、組織をいくら調べてもカオルコと肩を並べる、もしくはそれ以上の存在が浮かび上がってこない。 ならばカオルコさえ倒せば……。 2丁拳銃を構えてキッカは正面からカオルコに挑んだ。 カオルコの間合いに入った瞬間、鞭がキッカに襲い掛かってきた。 まだここでやられるわけにはいかない。 キッカは鞭を腕で防いだ。命は守ったが、代償として片腕が斬り飛ばされた。だが、すでにキッカの銃は火を噴いていた。 銃弾はカオルコの乳房当たって弾丸が砕け、毒薬が体内へ染み出そうとしていた。 この毒は猛毒だ。すぐに毒が全身に回る――ハズだった。 なんと、カオルコは撃たれた瞬間、乳房を引きちぎってキッカに投げつけたのだ。 肉塊を躱して次の攻撃に入ろうとするキッカ。だが、やはり一撃で仕留められなかった代償が襲い掛かろうとしていた。 鞭は振られようとしていた。 そのとき、何者かがカオルコに体当たりをした。戒十だ、戒十がカオルコに全身でぶつかったのだ。 キッカに気を取られていたカオルコは不意をつかれ、地面に片手を付いて倒れてしまった。 その隙をキッカが見逃すはずがなかった。 銃口はカオルコの頭を狙った。 血が噴いた。 遅れて戒十が叫ぶ。 「キッカ後ろ!」 その叫びは虚しいだけだった。すでにキッカは撃たれていた。 よろめくキッカ。口から吐いた血がカオルコの顔を紅く染めた。 血を舐めたカオルコが妖しく嗤った。 「さようなら」 次の瞬間、キッカの首は鞭によって刎ねられた。 戒十は眼を丸くしたまま声もでなかった。 そして、もうひとり、その光景を見て言葉を失っていた者がいた――リサだった。 純に戒十を助けて欲しいと言われ、とりあえず安全場所に純を残して戻ってきたのだ。 リサとカオルコの眼が合った。 「戻って来たのね、お姉さま」 無言のままリサは走りだした。 向かってくる敵を一撃で殺しながら、一直線でリサはカオルコに向かった。 「カオルコ!!」 獣のような怒号でリサはカオルコに飛び掛った。 踊る鞭の間を抜け、リサはカオルコの手を蹴り上げた。蹴られた拍子に持っていた鞭が手から離れた。 鞭を取ろうとするカオルコ。それを許さないリサ。 リサの猛撃がカオルコに襲い掛かる。 「絶対にアタシの手でコロス!」 「どうして、どうして、まだ……」 ――勝てない? リサの攻撃はカオルコの予想を上回っていた。 可笑しい、絶対に可笑しい。カオルコは禁忌を犯してまで力を手に入れた。それも何度も何度も禁忌を犯して手に入れた力だ。 なぜ、その力をリサが上回る? カオルコの考えられる可能性はひとつ。 「もしやお姉さま、キャットピープルを喰らったわね。それも数え切れぬほど」 「残念だけど、アタシ自身はそんなことしたことない。したいとも思わない」 「そんなの嘘よ! ではどうしてそんなに強いの!」 「あなたはアタシの十分の一すら生きていない。生きてる年月が違うの」 「それもありえないわ!」 500年ほど生きたキッカは死のカウントダウンがはじまっていた。そう、キャットピープルの寿命は、早くて400年、せいぜいもって600年。カオルコの10倍以上生きているならば、リサは軽く1000年以上生きていることになる。 「ありえないわ!!」 力任せにカオルコは鞭を振るった。 さらにカオルコは小さく呟く。 「だって……〈夜の王〉ですら……死を目前にしているというのに……」 その言葉にリサは敏感に反応した。 「〈夜の王〉を知っているの!? 彼はもう死んでいるはずじゃ?」 「生きているわ、必死に延命しながら。けれど、もういつ死んでも可笑しくない。今も死の恐怖を味わっているのでしょうね」 「まさか……カオルコ……あなた、〈夜の王〉と手を組んでいるの!?」 「あんな老いぼれと誰が……利用させてもらっているだけよ。あんな老いぼれでも、多くの人を動かす力は残っているもの」 勢いで攻めていたリサは攻撃の手を休めてしまっていた。それだけ今の話がリサにとって重要だったということだ。 いつの間にか、辺りから戦いの音が消えていた。 キッカの仲間で立っている者はいなかった。カオルコ側もカオルコを含めて数人。 もうリサしか残っていなかった。 戒十はカオルコの仲間に拘束され、首にナイフを突きつけられたまま動けない。 そして、さらに状況は悪くなった。 カオルコはそれを見て笑った。 「よくやったわ」 戒十はそれを見て動揺した。 「そんな……」 戒十が見たのは純の姿だった。リサと分かれたあと、カオルコの仲間に捕まってしまったのだ。 甘かった考えをリサは悔やむほかなかった。 何が正しい判断だったのか? キッカを含めて、仲間はみんな殺されてしまった。ここにリサが戻らなければ、戒十はもうとっくに連れ去られていたはずだ。 しかし、リサが純を置いてこなければ、今のピンチが生まれることはなかった。 純は無理やり歩かされ、カオルコに身を委ねられた。 細い純の首筋に、カオルコの長く鋭い爪が突き立てられる。 「お姉さまは人間の命をどう思っているのかしら。この人間を殺してもいいかしら?」 「駄目だ!」 戒十が叫んだ。 「貴方は黙ってなさい!」 カオルコが戒十を叱咤して、気を取り直してリサに尋ねる。 「条件は同じよ、クイーンの居場所を教えて頂戴」 「…………」 なにも答えないリサを見て、カオルコは純の首を少し傷つけ、滲み出た血を舐め取った。 震える純の身体。その様子を見てカオルコは嬉しそうに艶笑している。 「お姉さま、お姉さまは人間の命など、どうでもいいと思っているのね」 「それは違う、アタシは人間もアタシたちも、どちらも同じだけ好き。罪もない命を奪うことは許さない」 「なら、早くクイーンの居場所を言いなさい」 「…………」 またリサは黙ってしまった。 しばらく誰も口を開かなかった。 そして、リサが口を開く。 「知らないものは教えられない」 「うそだ!」 すぐにそう言ったのは戒十だった。さらに戒十は続けた。 「誰だってリサのこと見てればわかるよ。居場所くらい言ったっていいじゃないか、それで純が助かるんだ!」 リサの沈黙はクイーンの居場所を隠しているように見える。 それでもリサはこう言い続けた。 「知らないったら知らない。もし知ってても教えられないよ……姫の力が悪用されれば、どれだけの命が失われると思ってるの!」 リサは〝成れの果て〟となった者に容赦ない。どれだけ親しい仲間が〝成れの果て〟となって、非情で息の根を止める。それは今の発言と同じ、多くの命が危険に晒されるからだ。 言葉を噛み締めてリサは言う。 「命は天秤で量れるの。1人の命を救うために、多くの命を危険にさらすなんてバカげてる。綺麗事や情だけで生きていたら、アタシたちの世界は大きな悲劇を生むだけなの」 たとえリサがクイーンの居場所を知っていようと、もう口を開くことは絶対にないだろう。リサの意思は固かった。 カオルコは微笑んだ。 「お姉さまのそういうところは好きよ。社会は多くの犠牲の上に立っている、キャットピープルの世界は特にそうね。そして、この小娘はその犠牲になる」 次の瞬間、カオルコは牙を剥いて純の首に噛み付いた。 遅れてリサがカオルコに飛び掛った。 支えを失った純が地面に倒れる。 さらにカオルコもリサに殴られて地面に倒れた。 カオルコの仮面が飛んだ。 醜悪な顔が露になった。骨や血管まで見ている顔。その顔はまったく治癒していなかった。 カオルコは横になりながら、蹴りでリサの腹を突き上げ、すぐさま立ち上がってリサに攻撃を仕掛けようとした。 だが、遅かった。 リサの腕はカオルコの腹を貫いていた。 カオルコは苦しみと怒りで顔を歪めながら、すぐに後退してリサの腕を抜いた。 「クッ……ゲッ……」 カオルコの口から血の塊が吐き出された。 憎しみのこもった瞳でカオルコはリサを睨み、腹を押さえながら逃げ去った。それに続いてカオルコの仲間たちも姿を消す。 リサはカオルコを追うことはしなかった。傷ついた純と拘束されている戒十を残してはいけなかった。 すぐさまリサは純の容態を調べた。 「噛まれたのは少しだけだけど……もしかしたら、純もキャットピープルに……」 「そんな! なんとかならないの!」 悲痛に戒十は訴えた。 リサは周りを見渡し、キッカの遺体を発見した。 「もしかしたらキッカがワクチンを!」 急いでリサはキッカの服を調べた。 「あった、これ!」 それは注射器だった。中には液体の薬が満たされている。 純は地面に倒れながら星を見つめていた。 「私……どうなっちゃうの?」 「大丈夫、今ワクチン打つから!」 リサは純の袖をまくって、血管に注射器を突き刺した。純が少し痛そうに眼を細める。 注射器の中に満たされていた薬がすべて純の血管に溶け出す。 戒十はほっと息を漏らした。 「これで純はキャットピープルにならずに済むんだね」 リサは首を横に振った。 「まだ、今のワクチンは進行を遅らせるだけなの。完全に治すには、今のワクチンを1時間ごとに打ちつつ、ちゃんとしたワクチンを3日以内に打たなきゃダメなの」 「そのワクチンはどこにあるんだよ?」 「ホストの血。つまりカオルコの血から生成しなきゃいけない。生成するもの時間がかかるから、48時間以内にカオルコの血を手に入れないと……」 「絶対に純は僕たちの仲間になっちゃいけないんだ」 自分と同じような目に遭わせてはいけない。もう純は巻き込まれてしまった。けれど、引き返させなければいけないのだ。 戒十の夜はさらに深さを増した。 シャドービハンド専用掲示板【別窓】 |
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