![]() |
![]() |
|
■ サイトトップ > ノベル > 魔導装甲アレン > 第3章 逆襲の紅き煌帝(2) | ノベルトップ |
鬼械兵団 |
街に向かって走りながら、ジェスリーが口を開く。 「電波信号です。翻訳します――無条件降伏を要求する。今の攻撃はこちらの力を誇示するために行ったものであり、お前たちを傷つける意図は一切ない」 「なんだよいきなり話し出して?」 「私はお前たちの味方だ。私に力を貸せ、そして地上世界を我らのものに、人間たちを家畜とするのだ」 「だからなんの話だよ?」 話についていけないアレン。 街のど真ん中で立ち止まったジェスリーが空に向かって指差した。 アレンは見た。空に浮かぶ何者かの姿を! 「隠形鬼!?」 そうだ、そこには隠形鬼がいた。 相手もアレンに気づいた。空に浮かんでいた隠形鬼が道路に降り立つ。どういう原理で空に浮いていたのかわからない。 「マサカ此処デ出会ウトハナ――あれん」 「ばーか、あんたとなんか会いたくなかったよ!」 対峙するアレンと隠形鬼。 間に入ったジェスリーがアレンに顔を向ける。 「お知り合いですか?」 「知り合いなんかじゃねーよ。あえていうなら、すっげぇムカつくやつ。敵だよ、敵」 「たしかに友好的な存在ではないようです」 破壊された街。 住宅が爆破され、ビルが傾いて今にも倒れそうだ。 隠形鬼が一歩一歩とアレンに近づいてくる。 「何故助カル事ガ出来タノダ?」 「知るか。この街の向こうを流れる川岸で見つかったんだと」 「成る程、地下水脈ヲ通ッテ此ノ機械人ノころにーニ辿リ着イタト言ウ訳カ。偶然トハ面白イ、此ノ場所ガドノヨウナ場所カ、モウ知ッテイルカ?」 「知らねぇーよ」 続けて口を開こうとした隠形鬼がジェスリーに顔を向けた。 二人は無言で見つめあう。 ジェスリーの表情がさまざまに変わる。まるで無言のまま会話をしているようだ。 そして突然、ジェスリーが隠形鬼に殴りかかった。 隠形鬼はジェスリーの拳を片手で受け止め、ひねり上げて投げ飛ばした。 「出力ハ人間以上ダガ、非戦闘たいぷデハ話ニナラン」 地面に倒れたジェスリーの腕は、ひしゃげて中身の金属の骨組みを晒していた。表面的には人間だが、やはり中身は機械だった。 すでにアレンも隠形鬼に殴りかかっていた。 ――どこかで歯車の鳴る音が聴こえた。 この拳も隠形鬼は片手で受け止めた。 「ヌッ!」 だが、ジェスリーのようにはいかなかった。 アレンは機械の拳で隠形鬼を押しながら地面を叩き割りながら走った。 押された隠形鬼は背中で住宅の壁を突き破り、家具を破壊しながら、さらに反対側の壁も突き破って家の外に出たが、まだまだ勢いは死なない。 「出力ガ上ガッタノカ? コノ街ノ住人タチノ仕業ダナ!」 「くたばりやがれッ!」 アレンは腕を大きく振り回して隠形鬼を殴り飛ばした。 10メートル以上もの距離とぶっ飛ばされ、隠形鬼はビルにぶつかった。 すでに傾いていたビルは、隠形鬼がぶつかった衝撃で、なんと倒壊してしまった! 凄まじい轟音と砂煙。 下のほうにある階層が潰れてしまい、残った上の階のほうは、隣のビルに寄りかかって止まっている。完全な倒壊は免れたが、いつまた崩壊するかわからない。 ぞくぞくと集まって来たパトカーや消防車。 倒壊したビルの中からレーザーが放たれ、1台のパトカーに切り口の鋭い大きな穴が開いた。 隠形鬼はまだ生きている。 「此処デ破壊スルニハ惜シイ。興味ノ尽キナイ存在ダ」 なんと隠形鬼は空を飛んでいるパトカーの屋根に乗っていた。いつの間にそこまで移動したのかまったくわからなかった。 「降りて来やがれ糞ったれ!」 地上からアレンが叫んだ。 「仲間ニナレ。御前ニハ其ノ資格ガ半分アル」 「前にも言ったろ、なるわけないって!」 「真ニ選ブ権利ガ自分ニアルト思ッテイルノカ?」 「力尽くならかかって来いよ!」 「真ニ選ブノハ、私デモ御前デモナイ。人間ガ御前ヲドウ見ルカ、ソシテ、機械ガ御前ヲドウ見ルカ。戦イガ激化スレバ、人間ハ御前ヲ迫害スルカモシレナイゾ、機械トシテ」 「俺は人間だっつーの!」 小石を拾い上げたアレンが隠形鬼に投げつけた。 幻に当たったように、小石は隠形鬼の躰を擦り抜けてしまった。 霞み消える。 隠形鬼がこの場から消える。 「返事ハ緩リト待トウ」 逃げられた。アレン側からすれば逃げられただが、用が済んだので帰ったに過ぎない。 ジェスリーは破壊された腕を押さえながら、アレンの横まで歩いてきた。 「彼は言い残しました。残る2つのコロニーにも同様の内容を伝えに行くと。そして、返事は1週間後に聞かせて欲しいと。自分の仲間になるか、それともデリートされるか」 「2つ?」 「じつはここは第三メカトピアなのです。第一と第二が存在しています。地球に残っている機械人のコロニーはそれですべてです」 ここ以外にもこのような街が存在しているということか? アレンはヤル気に燃えていた。 「なら第一か第二であの野郎を待ち伏せして叩きのめしてやる!」 「それは現実的ではないでしょう」 「なんでだよ?」 すぐに水を差されてしまった。 「物理的な距離があるからです。我々のコロニーは3つの大陸に存在しています。さらに都市間の通信手段がないのです。以前まではあったのですが、衛星が落ちてしまってからというもの、連絡には大変な時間を要することになってしまいました」 「よくわかんなけどさ、あの野郎より早く行けばいいんだろ?」 「ですから、彼はどうやら空間転送を自在に操れるようなのです。監視カメラの映像からもそれはわかります」 「だからどういうこと?」 「空間転送には絶対的な出口が必要なのです。座標から座標への移動は、出口となる装置が設置されていることが絶対条件で、出口を決めずに空間転送を行った場合、事故が必ず起こると思ってください。彼はそれを無視することができるようなのです。つまり出口のない残る2つのコロニーにも、突然現れることができる可能性があるということです」 「よくわかんなけどわかった。じゃあさ、これからどうするわけ?」 終わったわけではなく、これからはじまるのだ。 隠形鬼は近いうちに2つのコロニーにも現れるだろう。 そして、味方になるか、ならないか、迫るのだ。 返事の期限は1週間後。それが過ぎたらなにが起こるのか? 「もはやここは平和ではなくなりました」 ジェスリーが悲しげに囁いた。 さらに続ける。 「今、緊急協議会が開かれ、これからのことについて話し合われています」 「俺はもう決めたから、あの野郎をぶん殴りに行くって。だから出口教えろよ」 「……この街を出ることは固く禁じられています。しかし、わたくしはあなたと共に旅立ちましょう。これは人類に関わる問題なのです」 硬い表情をするジェスリーとは対照的には、アレンは息を吐いて顔を弛めていた。 「大げさだなぁ」 「しかし、彼の正体が……」 「正体?」 「いえ、今のは聞かなかったことにしてください。とにかく過去の過ちを繰り返してはならないのです」 「過去の過ちって?」 「それも機会があればお話します」 「……あっそ」 それ以上の追求はしなかった。 ジェスリーが口を閉ざす理由はなんなのか? 彼の正体とは、つまり隠形鬼の正体と言うことか? 仮面で素顔を隠す隠形鬼。 いつだったか、隠形鬼はその顔をリリスに晒したことがあった。あのときのリリスの驚きようと言ったら……。果たして隠形鬼とはいったい何者なのか? ベッドで横たわるライザ。仮設病院に並べられた大量のベッドのひとつに、ライザは絶対安静の状態で寝かされていた。 そこへ一輪の花を差したコップを持ってセレンが現れた。 「調子はどうですかライザさん?」 「病院なのに鎮痛剤もないってどういうことよ、最悪だわ」 「でもラッキーでしたね、革命軍の野営地の近くに出られて。もう絶対死ぬんだなぁって思いましたもん」 「そうね、奇跡だわ。一か八かの空間転送で、二人とも無傷で、しかも二人で同じ場所に、さらに不毛の大地のど真ん中ではなくて、野営地の近くに出られるなんて、アナタの神様もサービスしてくれたわね」 近くと言ったが、実際は2人で1日荒野を彷徨った。 溜め息を吐きながらライザはつぶやく。 「おなか空いたわ」 「わたしもペコペコです」 「なんでもいいからもらってきてちょうだい」 「無理ですよ、食糧も不足しているみたいですし」 「ならこれでパン1個と水に交換してきて」 ライザはポケットから金貨を出してセレンの手に乗せた。 古い金貨で鈍い光を放っている。 「これってロゼオン金貨じゃないですか! パン1個と水なんてとんでもない、1年分のパンと水になりますよ!」 「そんないらないわよ。今必要な分だけ水と食料が手に入ればいいわ。どうせ戦争が激化したら、価値が暴落するのだから、使えるうちに使ったほうがマシだわ」 「わたしが交換しに行くんですか? いやですよ、恐いひとたちに絶対金貨奪われます」 「仕方ないわねぇ」 ライザはベッドから起き上がって、渡した金貨を奪って取り戻した。 セレンは慌てる。 「だめですよ、安静にしてなきゃ!」 「アナタが頼りにならないからよ」 「そんな、だったらわたしがんばりますから!」 「もういいわ」 つかつかとライザが歩いて行く。 「待ってくださいライザさ~ん!」 待たなかった。振り向きもせずライザは進んでいく。 仮設病院のテントを出て、食料保管庫を探す。 病院内は重苦しい雰囲気が漂っていたが、外に出ると緊迫感が凄まじい。ここは戦地なのだ。 兵士たちの話によると、現在交戦中の相手はシュラ帝國の残党。帝國から分離した勢力のひとつ、中でも厄介とされている軍事力を受け継いだ大臣派だった。 食料庫の近くまで来ると、なにやら揉めている声が聞こえた。 兵士に取り囲まれている男が地面にあぐらを掻いている。 「あーあー、悪かったよ。腹が空いたんで、ちょっとパンをくすねただけだろ」 ライザが目を伏せた。 「なんだか嬉しくないわ」 セレンも男がだれだかわかったようだ。 「トッシュさん!?」 大声で叫んだために、周りの空気が一瞬にして変わった。 トッシュに銃を向けていた兵士も驚いて笑っている。 「まさか……あのトッシュさんなんてことは、あはははは」 「こんな浮浪者みたいな奴が英雄トッシュのはずないだろう!」 もうひとりの兵士は機関銃の銃口でトッシュを小突いた。 すぐにセレンが庇いに入ってトッシュを抱きかかえた。 「やめてください、このひと本物のトッシュさんなんですから!」 「なんだこのシスター?」 兵士はセレンにも銃口を向けた。 刹那だった。 立ち上がったトッシュが機関銃の銃身を握り上に向け、もう片手で愛銃〈レッドドラゴン〉を抜いて兵士の首に突きつけた。 「動くと撃つぞ」 脅しではない低いトッシュの声が響いた。 ライザも懐に手を突っ込んで〈ピナカ〉を抜く寸前であった。 「英雄なんて言われても、顔なんて知れ渡ってないものね。本人だと証明する術を本人がもってないなんて厄介だわ」 事態は一触即発。周りにいる兵士たちの銃口はすべてトッシュに向けられている。人質になにかあれば、一斉射撃が開始されるだろう。 騒ぎを聞きつけゴリラのような巨漢がこの場にやってきた。 兵士のひとりが声をあげる。 「大佐!」 筋骨隆々の大佐は周りを見渡した。 「なにごとだ!」 と、言ってすぐに驚いた顔をした。 「まさか〝ライオンヘア〟!?」 ライザと眼が合ったのだ。 シュラ帝國の〝ライオンヘア〟と言えば、以前のトッシュよりも比べものにならない有名人だ。この場を震撼させるにはあまりある。 トッシュもライザに顔を向けた。 「シスターだけじゃなく、なんでおまえいるんだ?」 その声に反応して大佐はトッシュに顔を向け、再び驚いた顔をした。 「おおっ、トッシュじゃないか! 久しぶりだな!」 トッシュは不思議そうな顔をして、少し黙り込んで考えたのち、パッと顔を明るくした。 「おおっ、〝キング〟か! 懐かしいな、何年ぶりだ?」 「英雄に〝キング〟なんて言われちゃこっ恥ずかしい。出世しやがったなトッシュ!」 周りを置いてけぼりで、いつの間にかトッシュと大佐は抱擁を交わしていた。 どうやら事態は収拾しそうだ。 大佐とトッシュが肩を組んで歩いて行く。 「俺のテントで酒でも飲もう!」 「いいな、上等な酒なんだろうな?」 「なに言ってんだ、酒ならなんでもいいクセして」 二人はうれしそうに顔を弾ませていた。 きょとんと立ち尽くしているセレンにライザが声をかける。 「アタクシたちも行きましょう」 「はい、はい!」 先を歩くライザの背中を慌ててセレンは追った。 大佐専用のテントに招かれた1人と2人。セレンとライザは勝手に付いてきただけだ。 トッシュは煙草を吸いながら、酒をもらって上機嫌だ。 「いつの間に革命軍の大佐になんてなったんだよ?」 「おまえこそ英雄なんて言われてるけど、あの話どこまで本当なんだ?」 滅ぼされた帝國の関係者がここにはいた。 大佐はちらりとライザに目を遣る。 「あの女とはどういう関係なんだ?」 「無関係だ。なんでここにいるのか、俺様が聞きたい。そっちの可愛い嬢ちゃんはシスター・セレンだ」 トッシュに名前を呼ばれてセレンは慌てて頭を下げた。 「はじめましてセレンです。クーロンの教会でシスターをしています」 大佐はグラスを掲げて挨拶をした。 「俺はヴィリバルトだ」 3人は同じ輪に入ったが、ライザとの間には電気が奔っていそうな溝がある。 革命軍と言えば、もともとはシュラ帝國と戦っていた集まりだ。帝國のナンバー2とまで言われていたライザがこの場にいるのだ。心が穏やかなはずがない。 「さっきから敵意を向けるのやめてくれないかしら?」 冷たく鋭くライザは吐いた。 ヴィリバルトは敵意こそ削がなかったが、今すぐにどうこうするような素振りは見せなかった。 「〝ライオンヘア〟がなぜこの駐屯地にいる?」 「それは偶然よ。アタクシはトッシュを探していたの。正確に言えば、トッシュを祭り上げて革命軍に手を貸そうとしてあげようとしていたのよ」 「おまえが手を貸すだと、信じられん」 「条件はアタクシの身の安全を保証すること。帝國が滅んでからいろんな敵に狙われて困っているのよね」 「我々が今戦っているのは帝國の残党だぞ。おまえなどに手を借りるなどありえん」 ライザが鼻で笑った。 「なにがおかしい?」 不機嫌そうにヴィリバルトは吐いた。 ライザは前髪を掻き分けて、笑みを浮かべて口を開く。 「敵を完全に見誤っているわ。そんな雑魚なんて放置なさい」 「現在交戦中の相手を放置などできるか愚か者!」 ついにヴィリバルトは腰を浮かせた。 ライザは溜め息をついた。 「クーロンがどうなったか情報がまだ届いてないのかしら?」 トッシュが口を挟む。 「滅びたそうだな。攻め込んできていた新興国軍もやられたらしいな」 「なんだと!? いったいどこの軍だ!」 ヴィリバルトは驚きを隠せなかった。情報はまだ入ってきていなかったのだ。 「俺様は知らん」 トッシュはセレンとライザに顔を向けた。 重く暗い表情をしてセレンは目を伏せてしまった。残されたライザに視線が集中する。 「帝國を実質的に滅ぼしたのもそいつらよ。信じるか信じないかはアナタ方の自由だけれど、人間の形をした機械の軍隊が存在しているのよ。真の敵は人間ではなく、鬼械兵団なのよ!」 この時代に人間の形をした機械など存在していなかった。少なくとも人々が想像もできないものだった。 ロストテクノロジーの恩恵に与れているのはごく一部だ。そして、与っていても、それがどのようなモノなのかすら知らない者が多い。 トッシュはこれまで多くのロストテクノロジーを見てきている。 「人型エネルギープラントのようなモノか?」 首を横に振るライザ。 「いいえ、あれとはまったくの別物よ。出力は比べものにならないほど弱く、アスラ城とクーロンで見たものは思考あっても感情があるかは疑問だわ。魂のない攻守ともに優れた人型をした兵器とでもいうのかしら。それでも人間よりは遥かに超える機動力を持っているわ。鬼械兵1体でシュラ帝國の兵士100人分の戦闘力はあるんじゃないかしら。そう、アタクシが鬼械兵団の存在を知ったのは、帝國が水に沈んだあのときよ」 セレンとトッシュはアスラ城からヘリコプターで脱出した。けれど、それ以外の者たちの生存確認はできていなかった。ライザも死亡していたことになっていたくらいだ。 アスラ城の地下遺跡で、隠形鬼はトッシュをわざと逃がした。つまりトッシュとセレンは道筋に沿って逃がされたのだ。それ以外の者たちを隠形鬼は逃がさなかったことになる。 テーブルに載っていた酒のボトルをライザは奪い、グラスに注がずそのまま飲んだ。 「もらうわよ、ウチの兵士たちの弔いにね」 唇から溢れた酒がのどに伝わる。 手の甲で口を拭ってライザが話しはじめた。 「遅効性の毒だったわ、食料や水に入っていたみたいね、それで城にいた兵士はほぼ全滅。アタクシを含む飛空挺の乗組員は、毒は免れたけれど、城に残っていた兵士といっしょに鬼械兵の襲撃を受けて次々と殺されたわ。水が溢れ出してきて逃げようと思ったときには、乗り物はすべて破壊されたあとだったわ。その前に逃げようとした腰抜けどもは、レーダーから消えて消息を絶ったわ。つまり一撃で乗り物事やられたのでしょうね。そして、逃げ場を求めて身を潜めていたアタクシの前に隠形鬼が現れた」 ライザは〈ピナカ〉を抜いた。 「こいつが敵だって直感したからいきなりぶっ放してやったわ。片手で防がれちゃったけどね。で、奴は言うわけよ。『此ノ時代ニハ惜シイ人間ダ』って。それで今に至るってわけよ」 「はぁ?」 と、不満そうに呟いたのはトッシュだ。話の肝心なところが抜けている。 セレンは気弱に尋ねる。 「あのぉ、どうやって逃げ延びたんでしょうか?」 「それは企業秘密よ。予期せぬ事態が起きたとでもいうのでしょうね」 妖しくライザは微笑んだ。いったいなにを隠しているのだろうか? ライザはバンと音を立ててボトルをテーブルに置き、場の空気を変えてから再び口を開く。 「とにかく、敵は鬼械兵団よ。奴らを倒すためにトッシュ、アナタにはできる限りひとを集めなさい――英雄というネームバリューを使ってね。そして、奴らと戦う術を探さなくてはいけないわ。強力なロストテクノロジー兵器を手に入れるか、なにかしらの弱点を見つけるか」 「俺様はそういうの向いてないからやりたくない」 「人類の存亡が掛かった戦いなのよ」 「おまえこそ、人類がうんぬんなんて動機で動く女じゃないだろう」 「ええ、そうよ。個人的なプライドの問題よ。でも動機なんてなんでもいいしょう、アナタたちにもメリットがあるのだから」 二人の間にヴィリバルトが割って入る。 「話はだいたいわかった。だが、鬼械兵うんぬんという話はまだ信じられない。それが本当に人類の脅威になるかも含めてだ。そんな得体の知れない脅威よりも、今は我々が交戦中の大臣派のほうが問題だ。そして、革命軍は各地で他国の軍とも戦っている。我々にとっての第一の敵は人間なのだ」 ライザは不機嫌そうにうなずいた。 「わかったわ、とりあえず目下の問題である大臣派を潰せばいいのでしょう。そうしたらアタクシの話を取り合ってもらえるかしら?」 「簡単に言ってくれるな。おまえになにができる?」 ヴィリバルトは挑発するように言った。 鼻でライザは笑う。 「大臣派なんてものは、遠征で各地に散らばっていた帝國軍の寄せ集めでしかないのよ。帝國の主戦力はアスラ城といっしょに破壊され沈められたわ。ねえ、帝國がなぜ世界最強の軍事国家と呼ばれていたかわかるかしら?」 周りは沈黙している。数秒の間を置いて、注がれた視線にライザは答える。 「――世界で唯一空軍を保有していたからよ」 小型飛空機の精鋭部隊〝黒の翼〟といえば、戦地において畏れられる存在だ。そして、もっとも畏れられていたのが、空飛ぶ要塞である巨大飛空挺キュクロプス。 「アタクシが集めた情報によると、大臣派はたったの3機しか飛空機を保有していないらしいじゃない。それでも普通の軍隊から見れば超強力な兵器でしょうけれど。もしも、アタクシが飛空機ではなくて、飛空挺を持っていると言ったらどう? それも魔導砲なんてオモチャを積んでるなんて言ったら?」 即座にヴィリバルトが否定する。 「バカなっ、飛空挺はこの世にたったの3機しかないんだぞ。そのうち1機だった世界最大級の化け物キュクロプスはもうないはずだ。残る2機はそもそも非戦闘機で、神聖クリフト皇国とロマンジア連邦が保有している」 「なぜ世界に3機しかないのか。それはロストテクノロジー頼りで、1からつくる技術がないからよね。アタクシ軍事会社の社長だったのだけれど、過去形でいうのは勝手に辞任させられたみたいで、副社長がまんまとアタクシの後釜になったらしいからなのだけれど。じつはね、極秘プロジェクトで飛空挺を造らせていたのよ。それを貸してあげるわ、いい話でしょう?」 自信満々の笑みを浮かべたライザ。 荒野を走るエアカー。 風の抵抗が少ない楕円形のフォルム。地面から少し浮きながら、ほぼ無音で走行する。 運転しているのはジェスリーだ。横の助手席にはアレンが乗っていた。 「すげえな、リリスの姐ちゃんのよりビュンビュン進むぞ」 「まさか以前にもエアカーに乗ったことがあるのですか?」 「ああ、リリスっていう得体の知れない婆みたいな姐ちゃんがもってた」 驚いた表情をしてジェスリーはアレンに顔を向ける。 「リリスというのは、まさかと思いますがリリス・イブール博士では?」 「さあ、どうだろ?」 「言われてみれば、リリス博士がこの時代まで生きているわけがありません」 「俺の知ってるリリスはそーとー長生きしてるっぽかったけど。下手したらロストテクノロジーの時代から生きてるかもな。そんな得体の知れない姐ちゃんだった」 妖婆であり、妖女である。リリスはどこか時間を超越した存在だった。 「もしかしたら、それは本当にリリス・イブール博士かもしれません。普通の人間ならば、何千年も生きられませんが、あの方であればそれが可能だったかもしれません。その方はもしやサイボーグだったのでは?」 「生身だったよ。なんとなくわかる」 「そうですか、生身ですか。しかし、それでもあの方なら可能でしょう。あの時代、3本の指に入る科学者でしたから。そして、リリス博士の姉であるレヴェナ博士もその指の中に入っていました。あの姉妹は常に100年先を歩んでいました」 ――レヴェナ。 その名を聞いたアレンはなぜか胸騒ぎがした。 「レヴェナ……どっかで聞いたような……」 「レヴェナ博士は我々の救世主でもあります。彼女がいなければ、メカトピアはなかったでしょう。しかし……彼女がいなければ、あるいは、戦争も起きなかったかもしれません」 「戦争?」 「この時代の人間たちが忘れてしまった歴史です。世界中を巻き込んだ大戦でした。かつて存在していた輝ける文明社会で、機械と人間は平和に暮らしていました。しかし、欲に駆られたものが戦争を起こし、文明は衰退し、やがて兵器汚染により世界は砂漠化の一途を辿ったのです」 荒れ果てた現在の世界は、過去の大戦によるものだとジェスリーは云うのだ。 エアカーが急停車した。 驚いて腰を浮かすアレン。 「なんだよいきなり!?」 「自動停止システムが作動しました。おそらく障害物があったのでしょう」 そう聞いてアレンはフロントガラスから外を見回した。 「んなもんないけど?」 「いいえ、地面に人間がいるようです」 「轢いたわけ?」 「いいえ、ぶつかる前に停止しました」 二人はエアカーを降りて、その人間とやらを確認した。 泥だらけの小汚い人間がうつ伏せで倒れていた。 「死んでんじゃね?」 ひと目見てアレンは決めつけた。 「いいえ、生命反応があります」 「見ただけでわかんの?」 「はい、機能として備わっています」 生きてると聞いて、アレンは地面に転がる人間を仰向けにした。 「あっ」 そして、小さく驚いた。 なんと地面に倒れていたのはワーズワースだったのだ。 「どこのどなたか存じ上げませんが……み、水を……」 「おい、吟遊詩人の兄ちゃん。俺だよアレンだよ、あんた生きてたんだな」 アスラ城の地下遺跡で別れた切りだった。あのときワーズワースは隠形鬼と入れ違いで消えた。周りの者たちは〝消された〟と感じただろう。なぜなら、未だにアレンたちはワーズワースと隠形鬼の関係を知らないからだ。 ワーズワースは瞳を丸くした。 「アレン君じゃあ~りませんか! どーもどーもお久しぶりです」 「なんだよ、すげえ元気じゃねーか。行こうぜジェスリー」 放置するつもりでアレンはエアカーに乗り込もうとした。 慌てて元気よくワーズワースが立ち上がった。 「ちょっと待ってください、乗せてってくださいよ。あと水をいただけると幸いです」 ジェスリーがワーズワースとアレンを交互に見ている。 「見たところお友だちのようですが、乗せてあげなくてもよろしいのですか?」 救世主にワーズワースは喜んで手を握って一方的に握手をした。 「ありがとう、君はいい人だ。僕の名前は愛の吟遊詩人ワーズワース。アレン君とは大の仲好しなんだ」 「ちげーよ」 すぐにアレンの突っ込みが入ったがワーズワースは構わない。 「ささっ、行きましょう行きましょう。これリリスのお婆ちゃんの車に似てますね。うん、すごくカッコイイ!」 適当に褒めながらワーズワースは勝手にエアカーに乗り込んだ。 ジェスリーがそっとアレンに耳打ちする。 「あの方もリリスさんを知っているのですか?」 「なんていうか成り行きで」 「そうですか。わたくしが人間ではないことは、どうかこれからの旅で一切だれにも言わないでください」 「わかってるよ」 ブーブーっとクラクションが鳴らされた。ワーズワースが催促している。 「ささっ、早く人里まで行きましょう。道すがら、アレン君たちと離ればなれになったあと、どんな愛と勇気の大冒険をしたか、とくと語ってあげましょう!」 「いいよしなくて」 アレンの返しが冷たい。正直、めんどくさいのだ。 ワーズワースは食い下がる。 「残念なことにアレン君は僕に興味がないようなので、ジェスリーさんに僕とアレン君の大冒険を語ってあげましょう。超古代都市アララトでの冒険、アスラ城の地下古代遺跡でのお話、そして革命家トッシュの英雄譚。どれもロマン溢れる詩[うた]ですよ」 一生懸命しゃべっているワーズワースだが、ジェスリーも聞いていなかった。彼の気は遥か空に向けられていたからだ。 ジェスリーが空を指差した。 「あれを見てください。飛空挺でしょうか?」 まぶしさに眼を細めながらアレンもその飛空挺を見た。 「いったいどこのだ?」 ワーズワースもエアカーから身を乗り出した。 「この世界に現存する飛空挺は2機です。ちょっと前までは帝國のキュクロプスも含めて3機だったんですが。あれは僕の知らない飛空挺ですよ、世界中を旅する吟遊詩人の僕が知らないんですよ。これは大事かもしれません」 それがライザの飛空挺ということをアレンたちは知らなかった。 そして今、戦地に向かおうとしていることを――。 飛空挺を手にいれたトッシュたちは、セレンを駐屯地に残し、戦場に向かっていた。 全長25メートルほどの影が紅い空を翔る。 ライザが開発した小型飛空挺〈インドラ〉の見た目は飛行船に似ているが、その動力は魔導式でありフォルムも金属できている。小型の特徴を活かし、高速での飛行も可能で、機動力も高い。 メインルームである操縦室に、トッシュ、ライザ、ヴィリバルトがいた。ほかに革命軍の兵士が数名いる。 ライザがレーダーのモニターを見つめた。 「前方から帝國のB式戦闘飛空機が3機。チームネームは〈バイブ・カハ〉。3機での戦術を得意とするわ」 敵の飛空機はプロペラ式だ。速度は〈インドラ〉が遥かに疾い。 飛空挺の操縦はライザに任されている。ほかにできるものがいないからだ。幸いこの飛空挺は元々ひとりで操縦できるようになっている。 座席に腰掛けながらライザは円形のハンドルを片手で面舵いっぱいに回した。 船首が右舷に向き、急旋回をする。 立っていたトッシュたちがバランスを崩して倒れそうになる。 次は取り舵いっぱいだ。 船内は右へ左へ傾き、悲鳴にも似た声が響く。 「もっと丁寧に操縦できないのか!」 叫んだのトッシュだった。すかさず口元を抑える。 「ううっぷ、吐きそうだ」 どうやら酔ってしまったようだ。 構わずライザは荒い操縦を続ける。 〈インドラ〉が天に昇るように、船首を上に向けながら上昇する。追尾してくる3機。 「撃ちやがったわ」 ごちたライザはモニターを見ていた。ホーミングミサイルだ。 「魔力探知式よ。つまり対魔導兵器用のミサイルね」 そして、なんとライザはエンジンを停止させたのだ。 急降下する〈インドラ〉。ぶつかりそうになった飛空機のほうが、弾けるように散らばって避けてくれた。 船内は90度に傾き、躰を固定されていない者たちが落ちていく。その悲鳴を聞きながらライザはニヤリと笑った。 地上と飛空機に挟まれた形になった〈インドラ〉。 「あぁン、イクわよ。ヴァジュラ砲弐式発射ッ!!」 あと一秒も残さず地面に衝突する寸前、〈インドラ〉の船首と船尾から魔導砲が発射された。 まるでそれは無数の稲妻だった。 稲妻の脚を地面につけ船体を支えると同時に、船首から発射した稲妻たちが飛空機たちを絡め取るように撃ち抜いた。 ゆるやかにプロペラを止まった飛空機が次々と墜落していく。 〈インドラ〉の〝足下〟で3つの爆風が起きた。 そのまま〈インドラ〉は通常の飛行に戻った。 操縦室の床に両手をつくトッシュの姿。かなり顔色が悪く蒼い。 「おまえの運転する車には絶対乗らん。乗り物全部だ……ううっぷ」 頬を膨らませてトッシュはどこかに駆け込んだ。 ヴァリバルトも疲れたように腰に手を当てて、あまり顔色がよくなかった。 「操縦はひどいが、それを可能にした凄まじい機動力だ。それに今の兵器は……神の所業」 「そのとおり、神のいかずちよ。まあアタクシにとっては、お・も・ちゃ・だけれど」 神をも畏れない艶笑。 やがて〈インドラ〉の眼下に戦場が見えてきた。 騎鳥兵が戦場を走り回り、歩兵が銃を乱射し、弾切れになった兵士同士がナイフで斬り合っている。戦車の大砲が轟音を鳴らした。 大臣陣営の仮屋に〈インドラ〉の影が差す。 ライザはコードレスマイクをトッシュに投げ渡した。 「適当に場を治めて」 「は?」 というトッシュの声が戦場に響いた。 電波ジャックがされ、すべてのマイクからトッシュの声がしたのだ。 慌ててトッシュは咳払いをする。 《んっ、んっ……あーあーマイクテスト中》 戦場に似合わない緊張感のなさだ。 《俺様の名前はトッシュだ》 その名前のインパクトは戦場の動きを一時停止させるものだった。 本物か偽物か、兵士たちにそれを判断する術はなかったが、空に浮かぶ謎の飛空挺は兵士たちの気持ちを促した。 〈インドラ〉の船首から発射された稲妻が、龍となって空で吼[ほ]えた。 ライザが放送に割り込む。 《次は地上に向けて撃つわよ。アタクシの声が誰だかわかるかしら、ビュルガー軍事大臣?》 すぐに地上から通信要請が入ってきた。 ライザは船内のスピーカーに流した。 《まさかあなたが生きていようとはライザ博士。しかし、なぜ帝國の一員であるあなたが、トッシュなどという男といるのかね?》 渋い鉄の響きを持つ声だ。 「なぜって、アナタが帝國の裏切り者だからに決まっているからでしょう。シュラ帝國の軍は煌帝のものよ。一介の大臣が私物化するなんてイイ根性してるじゃなぁい」 ライザは人差し指でスイッチを押した。 落とされたいかずち。 大臣陣営の仮屋が刹那にして黒い灰と化した。 両軍の兵士たちは震撼した。 再びトッシュがマイクを取る。 《あーあー、ってなわけで、両軍共に降伏して欲しい》 「両軍だと!?」 叫んで声を挟んだのヴィリバルトだ。 《で、俺様の指揮下に入って共に同じ敵と戦って欲しい。敵は人間じゃ――》 トッシュの声を囁いて遮るライザ。 「真下から高エネルギー反応よ」 次の瞬間、地上から放たれた魔導レーザーが〈インドラ〉を貫かんとした。 展開されていた防御フィールドで直接の損傷は免れたが、衝撃はすべて緩和できずに船体が斜めに傾いて激しく揺れた。 操縦室の前方に取り付けられた巨大モニターが地上を映し、その映像をズームアップされていく。 黒い瓦礫の中から這い出してきたのは、人型有人兵器だった。 全長は15メートル強、人型であるが寸胴で脚がない。胴の部分から円錐状に広がっており、浮遊型を採用している。右手にはバルカン、左手には魔導レーザーを搭載していた。 戦場に投入された新たな兵器を確認してライザは嫌そうな顔をした。 「見たことのない型だわ。大臣め、アタクシの知らないところで秘密裏に発掘しやがったのね」 ロストテクノロジー兵器。 秘密裏にという点では、ライザも飛空挺を独自に開発していた。二人の違いは、ライザは一からロストテクノロジーを再現できるレベルに到達しており、大臣は発掘で手に入れるしかない点だ。いや、自力開発はこの時代の科学者では、ライザ以外にできる者がいるかどうか。 有人兵器に乗っていたのは大臣だった。 《許さんぞライザ。わしが新たな煌帝だと証明してくれる!》 革命軍に向けて放たれた魔導レーザー。三日月を描きながら世界を焼き尽くす。 風と炎と煙。 そして、死の叫び。 叫び声をあげたのは革命軍だけではなかった。 大臣軍が大地に飲まれていく。 呻き声をあげた大地に走った深い亀裂。 乾いた大地が暗く染まっていく。水だ、水が滲み出している。ぬかるんだ大地に足を取られる兵士たち。 突如、地面から伸びた太い槍。兵士が軽鎧ごと腹を貫かれた。違う、槍ではない――樹木だ。 蛇のようにうねり狂う樹木が次々と大地からせり出し天に伸びる。 モニターで現状を見ていたヴィリバルトの瞳を染める絶望。 「な……なんなんだあれは?」 もはやただの植物ではない。武器だ。兵器だった。 両軍無差別に傷つき倒れていく。 ひときわ太く高く、何重にも螺旋を巻く茎が伸びた。その頂点の巨大な蕾がゆっくりと花開く。 血と汗が立ち籠める戦場を包み込む甘い香り。 生き残っていた兵士たちが敵味方関係なく殺し合いをはじめた。錯乱しているのだ。この甘い香りによって。 巨大な花の中から生まれた半裸の女。その女は服ではなく、躰に巻き付く蔓を纏っていた。 トッシュが目を丸くする。 「フローラ!?」 樹木たちと戦場に姿を見せたフローラ。彼女が引き連れてきたのは樹木だけではなかった。 地中から楕円状の金属が次々と飛び出し、それに手が生え、足が生えたかと思うと、鬼械兵へと変形したのだ。 先ほどまで乾いた大地だったこの場所は、鬱蒼とした湿地帯と化して鬼械兵団に制圧されたのだ。 有人兵器に乗っていた大臣も混乱に陥っていた。 《なぜだっ、操縦が利かん!》 勝手に動き出す有人兵器。再び魔導レーザーが〈インドラ〉に発射された。 防御フィールドが展開されレーザーを防ぐ。だが、レーザーが休まることなく放たれ、ついに〈インドラ〉の機体を掠めた。 激しく揺れる船内。 ライザがモニターに映し出された〈インドラ〉の平面画像で、損傷箇所を確認している。船尾付近が赤く点滅していた。 「問題ないわ。ただし何度も喰らうと落ちるわよ。この飛空挺は2種類のフィールドで守られているわ。1つは物理的攻撃を防ぐもの、もうひとつはエネルギー攻撃を防ぐもの。エネルギー攻撃は中和することによって相殺しているの、つまり集中攻撃をされると処理が間に合わない」 揺れる船内で床に手を付いたトッシュが叫ぶ。 「説明はいいからなんとかしろ!」 「わかったわ、最大出力で魔導砲を地面に撃つわよ。その代わり兵士も全滅するけれど」 スイッチを押そうとしたライザの腕をヴィリバルトが掴んで持ち上げた。 「やめろ!」 「止めないでよ」 「兵士たちを巻き込む必要はないだろう。まだ生きている我が軍の兵士もいるんだぞ!」 「大臣が乗ってる兵器はこっちの魔導砲を一回防いでいるのよ。加えて、地面が沸いてきた鬼械兵団も一掃しなくてはいけない。だったら最大出力で広範囲に攻撃しないと駄目でしょう。多少の犠牲は名誉の戦死よ」 さらに魔導レーザーを受けて船体が45度以上傾いた。 「早くしないとアタクシたちも死ぬわよ?」 「兵士たちを巻き込まない攻撃方法はないのか!」 「残念だけれど、この飛空挺の装備は魔導砲だけなのよね。だってまだ3割くらいしか完成してないんですもの」 「とにかく駄目だ、我が軍を犠牲にはできない!」 ヴィリバルトとライザが言い合っている中、トッシュはマイクを握っていた。 《糞大臣! こんな状況で俺様たちとやり合ってる場合か!》 するとノイズ混じりで反応が返ってきた。 《ザザ……ザザザザ……操縦ができない……》 《はぁ?》 トッシュが怒りでマイクを強く握り締める。 そこへ第3の通信が割り込んでくる。 《ビュルガーが乗っている魔導アーマーは、こちらで制御させてもらっているわ》 女の声。すぐさまトッシュが反応する。 《フローラか!》 《だったらどうする……トッシュ?》 愁いを帯びた物静かな挑発だった。 《だったらもなにもあるか、この飛空挺で両軍の戦いは治められるところだったんだ。それを掻き回しやがって、おまえの目的は……目的は……フローラ、おまえはいったいなにがしたいんだッ!》 感情高ぶる震える声音。 通信の向う側から静かな笑い声がきこえる。 《ふふ、わたくしの目的を知りたい?》 《教えろッ!》 《自然を守るためには、人間にこの星を任せてはおけない》 《なにを言ってるんだ!》 《すべての人間の命を奪うつもりはないわ。この星に生きるものとして、必要最低限の数は残すつもりよ。しかし、人間は愚かだわ……だからそれを管理するものが必要なの》 それがこの鬼械兵団――機械たちというのか! 〈インドラ〉の操縦室にいた兵士たちがざわめいた。 一人の兵士が消え、その場所に別の者が現れたのだ。 ――隠形鬼!? 「飛空挺ヲ造リ出ストハ、ヤハリ惜シイ。優秀ナ人間ニハ敬意ヲ表シタイ。らざいヨ、再ビ問オウ――此方側ニ来ルノダ」 トッシュがレッドドラゴンを抜いた。だが、操縦室で流れ弾が大事故を引き起こす可能性があるので撃つのを躊躇した。 「奴が敵の首領[ドン]だ!」 それを聞いてヴィリバルトが巨大な大剣を抜いた。 「ウォォォォォォッ!」 斬りかかった一瞬の判断。トッシュの言葉を信じ、敵と判断してためらいなく斬り込んだのだ。 隠形鬼は片手を前へ伸ばした。 その手に大剣が触れた瞬間、まるでチョコレートのように刃が溶けたのだ。 自分の常識の範疇を超えた出来事に眼を剥いたヴィリバルト。 大剣は隠形鬼を斬れなかった。 それとほぼ同時だった。 操縦室の巨大モニターに映し出されてた魔導アーマーが、一刀両断されたのだ。 隠形鬼が仮面の奥で感嘆する。 「ホウ、アレモ生キテイタカ」 魔導アーマーが爆発して辺りは煙に包まれた。 そして、その煙の中で揺れる漆黒の影。 映し出されたのは闇よりも深き大剣を構える魔獣。 ライザが妖しく微笑んだ。 足下よりも長い髪を靡かせ、体中に紋様を走らせた紅い眼の少年。身にまとった襤褸[ぼろ]切れのマントが幾人もの血で赤黒く染まっていた。 輝ける煌帝ルオ。 その一太刀で魔導アーマーを破壊したのだ。あの〈インドラ〉の魔導砲ですら倒せなかったロストテクノロジー兵器をだ。 ライザが操縦席から立ち上がり、隠形鬼に顔を向けて口を開く。 「いいわ、そっち側についてあげる」 トッシュとヴィリバルトが声を荒げる。 「ふざけんなバカ女!」 「〝ライオンヘア〟正気かッ!」 構わずライザはヒールを鳴らしながら隠形鬼に近づく。 両手を広げライザを自分の胸に包み込んだ隠形鬼。 そして、二人は消えたのだ。 操縦者を失った〈インドラ〉が急速に落下する。 憤怒しながらトッシュが操縦席に飛び乗った。 「糞ッ、はじめから信用なんてしてなかったが、マジで裏切りやがるとは!」 飛空挺の操縦などしたことがない。とにかく機器を適当に操作した。 しかし、駄目だ! 墜落する!! エアカーの助手席からワーズワースは空を指差した。その指先がだんだんと地面に向けられる。 「落ちましたよ、あの飛空挺」 それがトッシュたちの乗った〈インドラ〉とは知る由[よし]もない。 一路エアカーは飛空挺の墜落現場に向かった。 弾道のように抉られた大地。地面との衝突後、船体を引きずりながら〈インドラ〉が止まったようすが見て取れる。砂煙はすでに治まって、辺りは異様なまでに静かだった。 砂を被っている船体だが、煙などは出ていない。防御フィールドが展開され、墜落と同時に大爆発を起こすようなことは免れたようだ。 エアカーを降りた3人は飛空挺を調べた。 中でも熱心なのはワーズワーズだ。 「いったいどこの飛空挺ですかねぇ。いきなり中からワッと敵国の兵が出てきたりして」 ワーズワースは合金の船体を調べるように叩いて歩いた。 船体は横を向いて倒れていた。 アレンは人間離れした跳躍で船体の上に乗った。 「こっちに入り口があるぞ!」 本来はその入り口からタラップを下ろして出入りをする。今は天を向いてしまっている。 ワースワースは首を曲げて上向いた。 「僕はそんなところまで登れないんですけど?」 と、言ってから横のジェスリーに顔を向けて続ける。 「なにかいい方法ありません?」 「エアカーで浮上しましょう」 二人はエアカーで船体の上に向かうことにした。 アレンは二人を待たずに、ドアをこじ開けて船内に入った。 細い通路は明かりが点いたままだ。墜落しても動力が生きているためである。 船首に向かって歩いた。今は途中の閉まっているドアの部屋は無視して進んだ。 気配がない。船内は静かだ。 やがてアレンは広い操縦室まで来た。 船首のほうの壁に折り重なって倒れている人影。その中のひとりにトッシュを見つけた。 「オッサンじゃねえか。どういう状況だよ?」 とりあえず、人山の中からトッシュを引きずり出し、床に仰向けに寝かせて頬を叩いた。 「起きろよオッサン、飯だぞ」 もう一度アレンが叩こうとしたとき、トッシュが起きて目の前の手首を掴んで止めた。 「飯なんかで起きるか!」 「起きたじゃねえか」 「おまえが叩いたからだ」 足下をふらつかせながらトッシュは立ち上がり、兵士やヴァリバルトを見つけて起こそうとした。 「おまえも手を貸せ」 「はいはい」 めんどくそうに返事をしてアレンも手伝った。 一人ずつ床に寝かせて息を確かめる。 アレンは首を横に振った。 「こいつ死んでる」 兵士のひとりだった。 トッシュはヴィリバルト肩を揺さぶった。 「起きろ〝キング〟!」 「……うう……うっ……」 朦朧とした眼をしてヴィリバルトが意識を取り戻した。 ちょうどそこへワーズワースたちもやって来た。 「おおっ、英雄トッシュさんじゃありませんか!」 「詩人の兄ちゃんまでいっしょか。後ろのはだれだ?」 「ジェスリーと申します」 丁寧に頭を下げてジェスリーは挨拶をした。 残っていた2名の兵士も意識を取り戻し、死亡したのは1名だけだった。衝突のときに頭を強打して頸椎を損傷したしまったようだ。 ワーズワースはいつの間にか操縦席についていた。 「動力は生きていますね。エネルギー漏れもないようです。多少の損傷はありますが、まだ飛べますよコレ」 操縦席の小型モニターを見ながら言った。 少しトッシュは驚いたようだ。 「おまえ操縦できるのか?」 「飛空挺なんて生まれてこの方操縦したことありませんよ。ちょっとした機器くらいならいじれますけど、旅が長いので」 落胆の空気が漂った。船体が生きていても、操縦できなくては意味がない。 「わたくしが操縦しましょうか?」 と、言った者に全員の視線が向けられた。ジェスリーだった。 さっそくジェスリーが操縦席について、エンジンを再始動させた。 大きく傾く船内。横になっていた船体がゆっくりと立て直され、滑り台のようになった床をアレンたちが滑り落ちる。急激に傾いたのではないので、だれにも怪我はなかった。 ヴィリバルトは息を落とした。 「どういう知り合いなんだ?」 と、トッシュに顔を向ける。 「話せば長くなるんだが、とりあえず戦場に戻りながら話そう」 〈インドラ〉は再び戦場へ向かって飛行をはじめた。 お互いなにがあったのか、アレンやトッシュが掻い摘んで話していると、すぐに戦場まで着いた。 しかし、そこはすでに戦場ではなくなっていた。 泥と水に覆われた世界に鬱蒼と茂る森。マングローブが形成され、兵士たちは堆肥と化していた。そこに鬼械兵の姿は跡形もない。 「まだ生きている兵がいるかもしれん!」 叫んだのはヴィリバルトだ。 操縦桿を握っているジェスリーが高度を下げる。 「地上に近づきます」 〈インドラ〉がマングローブすれすれを飛行する。起こした風が木々を揺らし、水面に波紋を描く。 操縦席の小型モニターを確認しているジェスリー。 「生体反応はありません」 「着陸しろ!」 怒鳴り散らすようにヴィリバルトが操縦席に詰め寄った。 「繰り返しますが、生体反応はありません」 「降りて自分で探す! 早く着陸させろ」 「この森の中には着陸できません。それにもう一度繰り返しますが、生体反応はありません。残念ながらこの艦に備わったレーザーは超高性能です。人間程度の動物であれば、その生体反応をキャッチすることができます……ん?」 急にモニター見ていたジェスリーが鼻から声を漏らした。 すぐにヴィリバルトもモニターを見る。 「生存者か!?」 「いえ、動物ではありません。動力源が生きている機械です」 巨大モニターに地上の拡大映像が映し出された。 その場所には草木が一本も生えていなかった。あるのは円を描いている無数の機械の残骸。何百という鬼械兵が壊され、その中心にぽかんと空いた空間ができていたのだ。 鬼械兵が何者かにやられた。 トッシュは墜落前の出来事を思い出した。 「そうだ、シュラ帝國の餓鬼皇帝がいきなり現れたんだ、姿はだいぶ変わってたが、あの顔はそうだ絶対に。それで巨大な機械の兵器を一撃で倒して……あとのことは知らん」 アレンがニヤリとした。 「あいつも生きてたのか、しぶてぇ野郎だなぁ」 モニターを見つめながらワーズワースは神妙な顔をしていた。 「ならこれもルオの仕業ですかね……というより、〈黒の剣〉の成した業でしょうか」 「〈黒の剣〉が現存しているのですか!」 驚いたように声をあげたのはジェスリーだった。 アレンが尋ねる。 「〈黒の剣〉がどうしたんだよ?」 「いえ、とくにはなにもありません。危険なロストテクノロジー兵器だと聞いたことがあったもので……」 少し歯切れが悪かった。 その後、何回もマングローブ上空を旋回して生存者を捜したが、ただのひとりも確認できなかった。 肩を落としてヴィリバルトがあきらめたところで、〈インドラ〉はこの場を離れ革命軍の駐屯地に向かった。 しかし、そこで一行を待ち受けていたものは、絶望の焼け跡だった。 まだ小さな火の手が燃え揺れ、煙があちこちから昇っている。 駐屯地が全焼していた。 ただの火事ではない。灰を化している跡形もない駐屯地は、高熱で一気に焼き払われたようだった。もはや溶かされたというほうが正しいかもしれない。 「生体反応はありません」 この場所でジェスリーの言葉は同じだった。 トッシュがツバを飛ばす。 「冗談じゃないぞ、ここにはシスターの嬢ちゃんもいたんだ!」 すぐさまトッシュの胸ぐらにアレンが掴みかかる。 「おいっ、それってセレンのことか!?」 「そうだ!」 「どうして残して行ったんだよ」 「戦場のほうが危険だからに決まってるだろう! それにシスターに戦場は血なまぐさい場所だ。本人が行くのを嫌がったんだ!」 お互いを睨み、アレンはトッシュの躰を突き放した。 すぐにアレンは操縦席に駆け寄った。 「下ろせ、今すぐだ!」 「それは懸命な判断とは言えません」 「いいから早く下ろせよ!」 「10体の鬼械兵と1人の人間らしき反応を地上に確認しています」 巨大モニターに映し出された女の姿。 女はまるでこちらを見るように――いや、見ているのだろう。天に顔を向けて艶笑を浮かべていた。 機械の片眼を輝かせる火鬼が鬼械兵団を引き連れ地上にいたのだ。 アレンの大きく口を開ける。 「あの糞アマッ、ぶん殴ってやる!」 トッシュも銃を構えていた。 「俺様もやるぜ」 二人を見てジェスリーは人間のように溜め息を吐いた。 「仕方がありません。お二人がどうしても戦うというのなら、魔導砲の充填ができています。空中から敵を一掃しましょう」 「いいや、俺は直接あいつをぶん殴ってやりたいんだよ!」 「それは危険行為です」 「知るかっ、下ろしてくれないなら自分で降りてやる!」 アレンは操縦室を駆け出していってしまった。 もう一人も頭に昇っていたが、アレンほど無鉄砲ではなかった。 「よし、魔導砲をぶち込ましてやれ!」 トッシュはジェスリーにゴーサインを出した。 しかし、それは中断せざるをえなかった。 小型モニターに船尾付近の船体下につけられた、貨物用のハッチが開いたと表示が出たのだ。 「機体反応です。おそらくエアカーでしょう」 積み荷としてジェスリーのエアカーを乗せていたのだ。 すぐに状況は理解できた。アレンが勝手にハッチを開けて、さらに勝手にエアカーで地上に向かったのだ。 「アレンさんも巻き込むことになりますが、魔導砲はどうしますか?」 ジェスリーに尋ねられて、トッシュは頭を掻きながら溜め息を落とした。 「糞餓鬼が、中止だ中止に決まってるだろ。どうなっても知らんぞ」 もう天空からアレンを見守るしかなかった。 エアカーを停車させ、アレンが大地に足を着け降り立った。 鬼械兵団に向かって歩いて行く。 「あんたがやったのか?」 「そうでありんす」 どこかで叫ぶ歯車の音。 火鬼に殴りかかったアレン。 しかし、先に攻撃を仕掛けていたのは火鬼だった。 扇を構え舞い踊る火鬼が業火の渦を繰り出した。呑まれればひとたまりもない。 アレンは上空に高くジャンプした。 鬼械兵が同じように高く飛び上がり、一斉に団子となってアレンに飛びかかった。 空中で蟻の群れに襲われたようにアレンの姿がまったく見えない。 火鬼は構わず炎を放とうとした。鬼械兵ごと燃やし溶かしてしまう気だ。 空中の鬼械兵が四散した。 残骸が火鬼の足下にまで落ちてきて攻撃を中止せざるをえない。 「ちっ……」 舌打ちした火鬼の瞳が見る見るうちに剥かれていく。 「な、なんだ!?」 口調も思わず素に戻る。 このときアレンはなぜか地面に立っていた。 「あれ……なんで俺ここにいんの?」 アレンすらそれを理解していなかった。 空から降ってくる物体。 岩の塊だ。ただの岩ではない。そこには顔がついていた。不気味なのに、ゾッとするほど妖艶なだった。 火鬼は理解した。 「キェエエエエーッ! リリスーーーッ!!」 奇声を発して火鬼が般若の形相に変わった。 次の瞬間、為す術もなく岩の直撃を受けて地面に沈んだ。 岩に鬼械兵が襲い掛かる。 だが、なんとその岩から石が数珠つなぎになったような触手が伸びたのだ。 石触手が鬼械兵の躰を串刺しにする。 次々と破壊されていく鬼械兵と謎の岩を目の前にアレンは唖然とした。 「なんだよ……アレ?」 岩が持ち上がれた。 両手で岩を持ち上げて立ち上がった火鬼は血みどろだった。花魁衣装はぼろぼろに破け、片脚の肉がえぐれてしまっている。それだけではない、全身から電気を帯びた火花が散っている。 人間とは思えない怪力で火鬼は岩を投げ捨てた。 「怨み晴らさでおくべきか……わちきに殺されに舞い戻ったようでありんすな、リリスッ!」 業火を繰り出そうとした瞬間、アレンが頬を抉って殴り飛ばした。 血反吐を飛ばしながら遥か後方へ飛ばされた火鬼。そのまま地面に叩きつけられ、何度も転がったかと思うと、まったく動かなくなった。 アレンはもう火鬼のことよりも、目の前に現れた岩に興味を注がれ驚きを隠せない。 「姐ちゃん、なんだよこの格好?」 「こら触るでない。触ると脊髄反射的に此奴に攻撃されるぞ」 「はぁ?」 それは岩だった。そこに妖女リリスの顔がある。埋もれているというのだろうか。そして、これがただの岩ではないのは、先ほどの鬼械兵を破壊した攻撃を見ればわかる。 「異次元の寄生生命体じゃ。この世でいう生命の定義からは外れておるじゃろうがな」 「ぜんぜん意味わかんねーよ」 「ところでここは何時じゃ?」 「は?」 「おぬしに話しても埒が明かんの。とにかく妾を別の場所に運んでくれんか?」 「自分で動けよ」 「見ればわかるじゃろう、妾は岩じゃ。ここを一歩も動けぬ。そうじゃな、丁寧に相手を刺激せぬように、ロープでも引っかけて運べば良いじゃろう」 なにがなんだかわからなかったが、これがリリスだということはわかった。 しかし、いったいなぜこんなことに? 〈インドラ〉の操縦室まで運ばれた岩。 その姿を見たトッシュも驚きを隠せなかった。 「リリス殿……なぜこんなことに?」 ほかの者たちも驚いている。岩に埋め込まれた人間など見たことがない。それも絶世の美女の顔だ。 ジェスリーはほかの者とは違う驚きをしていた。 「リリス・イブール博士ではありませんか?」 「ほう、その名で妾を呼ぶとは……おぬし」 気づいたようだ。相手は知った顔ではない。別のことに――。 「機械人じゃな?」 刹那、トッシュとヴァリバルトが銃を構えた。 アレンがゆっくりと割ってはいる。 「悪い奴じゃねえよ。武器なんか向けんな」 すぐに武器が収められた。 哀しげな表情をジェスリーはした。 「そうです、わたくしは機械です。アンドロイドという存在です。みなさんを騙すつもりはなかったのですが、わたくしが機械と知られれば、今のような反応をさせることはわかっていましたから」 ヴィリバルトは目の前の存在が機械だと信じられないようだ。 「まるで人間だ。どうして人間の格好をしている? なにが目的だ?」 「人間の姿形を模しているのは、人間の眼を騙し社会に溶け込み、危害を加えるためでありません。人間の形をしたお人形のような物と思ってください。わたくしは人間の友となるために、ある3人の科学者につくられたのです。今お話しできることはそれだけです」 不満そうな顔をしているトッシュ。 「得体の知れない人間もどきって聞いちゃあ、それだけですじゃ納得できないだろう」 「それだけしかお話しできないのは、あなた方が本当に信頼できる〝人間〟であるか判断材料がまだ少ないからです。手の内を明かさないで都合のいい話ですが、わたくしを信じていただきたいのです。最終的な目的はこの世界の平和、そのために隠形鬼をどうにかしなければならない、それはみなさんもいっしょのはずです」 またアレンが割ってはいる。 「はいはいはいはい、隠形鬼をぶっ飛ばすって目的がいっしょならいいだろ。んなことよりさ、姐ちゃんがこんな格好になってるほうが気になるんだけど?」 「妾の話をする前に、おぬしらの話を聞きたい。妾が消えてからなにがあったのか」 リリスの要望に応じて、これまでのことを話すことになった。 アララトの遺跡でリリスが隠形鬼によって消され、水没により帝國が滅び、世界の覇権を巡って人間たちが争いを起こしていたところに、鬼械兵団が現れたこと。隠形鬼たちがなにをしたか、セレンとライザから聞いていたクーロンでの出来事、そして革命軍と大事軍との戦いまで、細かく話して聞かせたが、ジェスリーのことやメカトピアでの出来事は話されなかった。 岩に埋もれた顔を動かすことはできないが、リリスは眼で頷いて見せた。 「ふむ、隠形鬼と鬼械兵団。妾がこの世界にいない間に厄介なことになっておるようじゃの」 この世界にいなかった? リリスはこの世界でなにが起きていたのか知らなかった。だから説明させたのだ。 隠形鬼に消されたあと、リリスにいったいなにがあったのか? 「妾の感覚では、まだ数刻も経っておらぬ。隠形鬼に違う次元に飛ばされた妾は、そこでこの寄生岩と融合してしまってのお、口を利くことと思考すること以外の自由を奪われてしもうた。この生物はどうやら宿り主の思考を喰らって生きているらしいのじゃが、これまで喰らった存在の智識を蓄えているらしく、妾はそれを読み解くことに成功したのじゃ。妾の迷い込んだ空間は、あらゆる空間から存在が迷い込んでくる空間らしいことがわかっての。つまりこの岩は蜘蛛、巣に掛かった獲物を喰らうというわけじゃな」 まで説明は終わっていなかったが、アレンは耐えられなくなった。 「あーあーあー、ぜんぜん意味わかんねーよ。もういいよ、説明しなくて。とにかく岩と合体して困ってるってことだろ。で、とにかくこっちの世界に戻って来れたならいいじゃん。でもさ、なんで俺が戦ってる中に現れたわけ?」 「引力じゃな」 「はっ? 引力?」 「多くの者はそれを偶然と呼ぶじゃろうが、運命の引力じゃ。事象は互いを引き合う。おぬしと妾は運命を共にしておるというわけじゃ。恋愛と似ておる」 「なにそれキモイ」 本気でアレンは嫌そうな顔をした。 話が一段落したところで、ジェスリーが口を開く。 「リリス博士に二人でお話したいことがあります」 「ほかの者は下がってくれんか? アレンはここに残れ」 「俺残んの?」 リリスに言われアレンはここに残ることになった。ジェスリーもそれを認めた。 残るメンバーはどうするのか? ヴィリバルトは、 「俺たちはこの艦を降りて革命軍の本隊と合流することにした。この艦はおまえたちが使え。では武運を祈る」 数名の兵士たちを引き連れヴィリバルトは去った。積んでいたジープに乗って、飛空挺から離れていく。 ワーズワースは、 「僕はちょっと散歩に行って来ます」 トッシュは、 「疲れたから少し部屋で休む」 そして、3人だけが操縦室に残された。 静まり返った。リリスとジェスリーが口を開こうとしなかったからだ。 「おい、話があるならしろよ。てか、なんで俺まで居残りなわけ?」 話があると言ったのはジェスリーだ。けれど、促されても口を開かなかった。ジェスリーはアレンの瞳を見つめて、ただ見つめた。 嫌そうな顔をしてアレンが目を背ける。 「なんだよ俺の顔を見て」 そして、やっとジェスリーが口を開いた。 「アレンさんをなぜ残したのですか? 残したことについては、リリス博士のお考えに反対するつもりはありませんが、その理由は聞かせていただきたいのです」 「アレン自身も覚えていないことじゃ、今は言えぬな」 「俺が覚えてないってなんの話だよ?」 「刻が来ればわかる」 リリスはそれ以上言わない雰囲気だった。それを察してアレンは問い質さなかったが、非常に不満そうな顔をして頬を膨らませている。 ジェスリーもそれで納得するしかなかった。 「わかりました。では、わたくしのお話をしましょう。リリス博士は当然、メカトピアについてご存じでしたか?」 「まだ存在しておるのか?」 「はい、今のところは第3コロニーまですべて。しかし先日、隠形鬼の襲撃に遭いました。彼の目的は我々が彼の味方につくこと。そうでなければデリートすると」 あれから3日経っていた。返事の期限は迫っている。あと4日だ。 「リリス博士は隠形鬼の正体をご存じですか?」 「わかるようで、わからぬ」 「わたくしはすぐにわかりました。正体が彼ならば、目的は決まっています」 ジェスリーはリリスに耳打ちをしてなにかを囁いた。 難しい顔をリリスはした。 「その可能性は妾も考えた」 「まさかリリス博士は違うとおっしゃるのですか?」 「だからまだわからぬのじゃ」 ここに残されたにもかかわらず、アレンを抜いた会話だ。ちょっとアレンはイラッとした。 「なんだよ、内緒話かよ」 リリスはジェスリーに目で合図を送って制した。 「妾が説明しよう。隠形鬼の正体は機械人じゃよ、太古の昔につくられたな。かつても同じように人間に反旗を翻した。そして停止させらた……と思っておったのじゃが」 なぜかジェスリーはなにか言いたげな瞳でリリスを見つめていた。その眼は不満だ。 しかし、ジェスリーは語らなかった。別のことで口を開いた。 「わたくしがお話したかったのは、隠形鬼の正体についてだけです。もうお話はありません」 リリスはアレンに目を向ける。 「アレン、おぬしが行くべき場所は決まっておる。ある者から伝言があってな、そこに行けと言っておった」 「そこになにがあんだよ?」 「妾も知らぬ。しかし、おそらくこの戦いに関することじゃろう。どうやらおぬしは重要な役割を託されておるらしい」 「なんだよそれ、めんどくさい。で、どこだよそこ?」 リリスは口ではなく、視線でそこを示した。天井だ。おそらくもっと先、空の上だ。 どこがどこだかジェスリーは気づいたようだ。 「もしやエデン計画では!?」 「そうじゃ、目的地はエデンの園――つまり月面じゃ」 「はぁ~~~っ!?」 声を揺らしながらアレンが叫んだ。 さらにアレンはこう続けた。 「あれって空に浮かんでるちっこい石ころだろ?」 ジェスリーはリリスと顔を見合わせて笑った。 この時代に月に行くなど夢のまた夢。教養のない者は、それが衛星だということも知らない。中にはこの星が月と同じように丸いことすら知らない者もいるだろう。今はそんな時代だった。 「月はこの星の約4分の1ほどの大きさがあります。決して石ころなどではありません」 ジェスリーに説明されて、アレンは別のことで驚いた。 「昔のひとってすげえな。そんなデカイもん空に打ち上げるなんて」 魔導かなにかの力で浮いているのだとアレンは思ったらしい。 リリスは大きく息を吐いた。 「もう話はおしまいじゃ、ほかの者を呼んでおいで」 「俺が残された意味あったわけ?」 「おぬしと妾は運命を共にしておると言ったじゃろう?」 「それキモイ」 アレンは逃げるように部屋を出て行った。 残された二人。 ジェスリーの表情は神妙だった。 「なぜ話さなかったのですか?」 「なにをじゃ?」 「アダムに智慧を与えたのは、あなただということです」 いったいそれは誰の名か? その者に智慧を与えたとはどういうことか? リリスが囁く。 「知っておったか……」 「ええ。まだ名乗っていませんでしたが、わたくしの名前は、ジャン・ジャック・ジョンソン。わたくしをつくった科学者の名前をもらいました。そして、ジャンは……そう、あなたのお姉さんの婚約者の名前です」 姉の名は――レヴァナ。 黒い燃えかすの山を歩くワーズワースの前にトッシュが現れた。 「奇遇ですねトッシュさん」 訝しげな顔をするトッシュ。 「なにしてるんだ?」 「そっちこそなにしてる?」 「ちょっと探しものを……でも、たぶんここにはないような気がするんですよねぇ」 「俺様もそう思う」 そう、二人は同じものを探していた。 火鬼によって焼き払われた革命軍の駐屯地跡。 ほとんど原形を留めていない。人間の屍体すらも――。 トッシュはワーズワースの目頭が光っているのを見てしまった。 「泣いてるのか?」 「えっ?」 言われてワーズワースは驚いたようだ。指で目を拭って自分が泣いていることに気づいた。 「本当ですね、なんででしょう涙なんて……」 「なあ聞いていいか?」 「なんですか?」 「シスターに惚れてるのか?」 ワーズワースは笑った。 「ははは、まさっか~。そういうのじゃないですよ。トッシュさんこそ、セレンちゃんのことどう思ってます?」 「それって恋人にしたいかって意味か? 俺様とはちょっと年の差だろ」 「恋愛に歳なんて関係ありませんよ。僕が昔好きだったひとは、100歳以上歳が離れてましたよ?」 「は?」 「冗談ですよ、あはは。で、セレンちゃんのことどうなんです?」 「妹みたいな存在だ」 「僕も似たようなものです」 愁いを帯びた顔をワーズワースはしていた。そこから感じられるセレンへの想い。彼はいったいどんな想いをセレンに抱いているのだろうか? ワーズワースは腰を伸ばして、汚れた手をパンパンと合わせながら叩いた。 「重大発表しちゃってもいいですか?」 「なんだ?」 「じつはですね……フローラさんっているじゃないですか?」 「…………」 急にトッシュは黙り込んだ。 その反応を見取ってワーズワースは、 「やっぱりやめましょう」 「言え」 鋭く脅すような口調だった。 「言います言います。でもかる~く流してくださいね」 「早く言え」 「じつは元カノなんですよねぇ~、あはは」 「…………」 トッシュが無言で〈レッドドラゴン〉を抜いていた。 冷や汗を流すワーズワース。 「い、1ヶ月も保たずに別れたんですよ。なんていうか、どうして付き合ったのかわからない感じの自然消滅で」 トッシュは銃をしまった。そして、真剣な眼で、相手を射貫くような鋭い眼でワーズワースを見つめた。 「ひとつ聞いていいか?」 「なんですか?」 「もしかして、フローラが隠形鬼の仲間だって知ってたんじゃないだろうな?」 「あはは、まっさか~。帝國の飛空挺で会ったときはビックリしちゃいましたよ、久しぶりに会ったんで。偶然ってホント恐いですよねぇ」 おどけたように言いながら、ワーズワースを地面でなにか光るものを見つけた。 煤の中から拾い上げたそれは、十字架のペンダントだった。 ワーズワースの顔が見る見るうちに凍りつく。 「セレンちゃんのです」 「まさか……そんなネックレスしてたか?」 「普段は服の中に入れてるんですよ。たしかにこれはセレンちゃんのです」 煤を丁寧に指先で拭き取る。すると、そこに刻まれた文字が浮かび上がってきた。 刻まれていた文字は――? ワーズワースはペンダントを大事にしまった。 「トッシュさん……」 「なんだ?」 「なにがあっても、とりあえず僕のこと信じてくれませんか?」 「どういうことだ?」 「……飛空挺に戻ります」 影を背負いながらワーズワースは立ち去った。 つづく 魔導装甲アレン専用掲示板【別窓】 |
■ サイトトップ > ノベル > 魔導装甲アレン > 第3章 逆襲の紅き煌帝(2) | ▲ページトップ |