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第6章 バイブ・カハ |
決行の夜。 エクソダス――つまり大量の国外脱出をさせるため、準備や作戦は綿密にされていた。勢いさえあれば成功するものではないのだ。 人目に付きにくい深夜の闇に隠れて行動する。 大人数を一度に動かすわけにはいかず、チームに分けて順番に移動させる。まずは、その移動ルートを確保しなくてはならない。 炎麗夜から離れないようにしていたケイは、いつの間にか最前線の戦闘チームに混ざってしまっていた。 倉庫街の壁に背を付けながら、ケイは不安そうな瞳で炎麗夜を見た。 「あたし戦えないんですけど」 「おいらが守ってやるさ、絶対に離れるんじゃあないよ」 「死んでも離れません!」 「しっ、声が大きい」 「…………」 口を結んだケイはしゅんとした。 闇に中から足音もさせず、風鈴がやって来た。その身体は毛に包まれ、猫のような耳やしっぽが生えている。〈ムシャ〉化したのだ。 「見張りはみんな薬でぐっすり眠ってしまいましたわ。姉さんが〈ベヒモス〉を浮上させ次第、シキさんが連絡に来ます」 「問題は船員だね。浮上したら一気にカタを付けなきゃあ騒ぎになっちまう」 と、炎麗夜は身を引き締めた。 身を潜めながら静かに待つ。 その時間はケイの緊張を高めた。 静寂の中で、心臓の高鳴りだけでなく、もっと耳を研ぎ澄ませれば、汗の落ちる音さえも聞こえそうだった。 昼の暑さが余韻を残し、深夜になっても蒸し暑い。 緊張も相まってケイはのどがカラカラだった。口の中がどろりとしてしまう。 ――三〇分が過ぎても音沙汰がない。 後続にいる女たち不安がっているのが、ケイのところまで感じられた。 ――一時間が過ぎた。 じっと立っていたために、ケイの脚は痺れてきてしまった。 それからしばらくして、何者かの影がこちらに忍び寄ってきた。 警戒が高まる。 「おまたぁ~っ!」 大きな声を出したシキが、こちらに手を振ってきた。 炎麗夜はムッとする。 「大声出すなアホ!」 という炎麗夜も思わず大声だった。 シキはニコニコ笑顔だ。 「だいじょぶだって、もうみんな寝てるし。もちろん船員もねっ」 炎麗夜は少し不思議そうな顔をして、次の瞬間驚いた。 「船員も?」 作戦では海中にいるべヒモスを浮上させて陸付けしたあと、一気に中に乗り込んで敵を制圧するはずだった。 「船員に寝てもらうのにちょっぴり時間がかかっちゃったんだ。なんでも屋シキのサービスだよ」 シキの身体には傷一つなく、息を切らすような疲れた様子もない。炎麗夜の驚きは増した。 「たった二人で……船員は政府の精鋭が揃ってるってえ話だが?」 「大したことなかったよ、ボクひとりで十分だった。風羅ちゃんには自分の仕事だけやってもらったよ」 「信じてないわけじゃあないんだが……作戦はちょいと変わったけど、気を引き締めて行くよあんたたち」 後ろの女たちに合図を送って、炎麗夜は先頭を切って走り出した。 月光に照らされる女たち。今宵はまだ満月ではないが、女たちの胸はだれもが満月のように豊満だ。 しばらく駆けると、港湾内に埠頭が見え、それと共に巨大な怪物の姿が見えてきた。 まさにそれはシキの例えたとおり、河馬(かば)のようであり、海象(せいうち)のようであり、象のような異形の存在だった。 乗り物とは決して思えない魔獣ベヒモスは、その口を大きく開きケイたちを待ち構えている。その巨大な口は一五〇度近く開き、長く尖った歯が数本生えている。特に下顎の犬歯は軽く五メートルはありそうだ。 ケイはシキの腕をつかんで引っ張った。 「まさか口の中に入るんじゃないよね?」 「入るよ、あれ潜水艦だもん」 「…………」 ケイの動揺に構わず炎麗夜は魔獣の口腔に突撃した。 置いて行かれると思ったケイは慌ててあとを追う。 口の中に足を踏み入れた瞬間、ケイの身体を悪寒が駆け巡った。 「キモッ!」 泥沼に足を突っ込んだような感触。柔らかいだけでなく、少し粘つくのだ。 これ以上中に進むのも躊躇われるが、ここにいるのも堪らない。炎麗夜はすでに奥に入ってしまったし、ケイは勇気を振り絞ってさらに中へと進んだ。 瞳を丸くしたケイ。 そこには驚きの光景が広がっていた。 入り口は生物の口腔だったが、奥に進んでみるとそこは巨大な倉庫そのものだった。壁や床はどんな物質でできているかわからないが、無機質な印象を受け凹凸もない。かまぼこ型のワンルームが広がっていた。 電灯はあとから取り付けられたらしく、配線がこちら側に見えている。 その光が届く片隅に、鎖で縛られたプロテクターを付けた男たちが、気絶させられたいた。おそらく船員たちだろう。少し離れたところには、銃やサーベルなどの武器も山積みになっている。 この船員たちを外に放り出す作業をすると共に、待機させていた仲間を少しずつ艦内に移動させる。さらに航海に必要な物資も運び入れた。 問題も起こらず作戦は進められ、炎麗夜は少し眉をひそめた。 「まさかこんな簡単に事が運ぶなんてねえ(なにか起きなきゃあいいけど)」 あまりに事がうまく運びすぎると、逆に不安が脳裏を掠めてしまう。人間の心理だ。 艦内に設置されたスピーカーが震えた。 《総長! 全員乗り込み完了しました!》 風羅の声だ。 「聞こえるかい風羅? 長居は無用、さっさと出航するよ!」 炎麗夜は天井を見回しながら叫んだ。 《オッケーでーす。ハッチを閉めてベヒモス號(ごう)出航します、みんな準備して!》 ケイは揺れに備えたが、出航は静かなもので、本当に走り出したのかわからないほどだった。 しばらくすると女たちが歓喜しはじめた。 無事にニホンの大地を離れることができた。まだこれから航海の日々が続くというのに、すでに外国に亡命できたかの喜びようだった。 自然と宴がはじまった。 酒が酌み交わされ、歌声がそこら中から聞こえてくる。脱ぎだして踊る者まで出てきた始末だ。 開放的な雰囲気に包まれ、呑まれていく。 だれもが気を弛ませ、盛り上がりが最高潮に達したとき、それは起こった! 片隅に置かれていた木箱が内部からぶち破られ、紅い人影が飛び出してきたのだ。 叫び声が上がった。 宴の騒ぎで全員が気づくまでに時間を要し、波紋のように打ち砕かれた切望が広がっていった。 《敵襲ーッ! カラミティ・アカツキだ!》 艦内に風羅の声が響き渡った。 次の瞬間だった――ほかの木箱も次々とぶち破られ、三人の女が中から現れたのだ。 〈赤毛のマッハ〉は舌打ちをした。 「なんでアタイら以外にもいるんだ……しかも変態野郎が」 マッハと同じく翼を持ち、紫色の毛に包まれた全裸の妖女があとに続いた。 「ちょうどいいじゃな~い。あの忌々しいアカツキの坊やも殺せるのよ」 最後に言葉を発したのは、漆黒の翼で大きな風を起こし、漆黒の鎧に包まれた鴉のような女戦士だった。 「寝静まったところを一網打尽にする作戦も泡と化した」 三人の凶鳥。 《バイブ・カハ三人衆まで、戦闘に備えて!》 騒然とする艦内。 多勢に無勢と言いたいところだが、炎麗夜側はほとんど一般人だった。武力で抵抗することもできず、巨乳狩りから逃げ続けてきた女たちなのだ。 急にマッハと紫の女――ネヴァンが睨み合いをはじめた。仲間同士でなぜ? 「アカツキを殺るのはアタイだ!」 「アンタまだ怪我も治ってないでしょう。また返り討ちにされるだけよ、黙って見てればいいわ(死に損ないのクセに)」 「オマエだってアカツキにやられたクセに!」 「なによ、あのときはちょっと油断しただけよ」 睨み合いを続ける二人の間に漆黒の女戦士が割って入る。 「どちらが先に狩れるか勝負すればいい。ほかは私がひとりで始末する」 「さすがモーリアンお姉様だわぁん」 ネヴァンが感心している間にマッハはアカツキに突撃していた。 それを見たネヴァンが般若の形相をした。 「この糞尼ァ!」 「早い者勝ちだ莫迦女っ!」 マッハはネヴァンをあざ笑い、遅れてネヴァンもアカツキに仕掛けた。 この出来事は炎麗夜たちにとっては好都合だ。敵が互いに潰し合い、こちらに向く敵の数が一人になってくれたのだ。 炎麗夜が叫ぶ。 「〈ヨーニ〉召喚!」 空間が歪み、その中から黄金の猪フレイが召喚された。 フレイに乗った炎麗夜がモーリアンに向かって突進する! 「行け、行け行け、イカしちまえ!」 猪突猛進してくる炎麗夜を迎え撃つモーリアンは、漆黒の剣を抜いて切っ先を前方に向け構えた。 炎麗夜は曲がることなく一直線にモーリアンに突撃しようとした。 「爆裂撃神(バーニングゴッドアタック)!」 さらに加速したフレイが金色(こんじき)のオーラに包まれた! この衝撃を喰らえば人間など一溜まりもない。 しかし、切っ先はフレイの眉間に向けられたまま、モーリアンは微動だにしない。 衝撃は強ければ強いほど、その反動は凄まじい。 ついにフレイと漆黒の剣が激突した! 激しい衝撃波が巻き起こった。 まるで時間が止まったように、身動き一つしないフレイとモーリアン。 切っ先はフレイの眉間に当たって止まっていた。 力と力の均衡。 モーリアンは両手で柄を握り、全神経と力をそこに集中させている。 この勝負、炎麗夜に分があった。 「フレイの日緋色金(ヒヒイロカネ)は剣なんかじゃ貫けないよっ!」 自由の身であった炎麗夜がモーリアンに殴りかかった。 巨大猪に押しつぶされるか、それとも炎麗夜に殴られるか――殴られて力が弛めば同じこと。 ならば一矢報いて主人(リンガ)を伐つ! モーリアンが剣を矢のように投げた。 刹那に響く鎖の音。 眼を剥きながらモーリアンは身体を大きく吹っ飛ばされた。 炎麗夜は無傷。 モーリアンの剣は絡め取られていた鎖から解放され、音を立てて床に落ちた。 鎖を鞭のように放ったのはシキだった。 「仕事は出航までだったんだけど、降り損なっちゃって。これはビール一杯の貸しね」 まだ炎麗夜には多くの仲間がいる。 上半身は人間、下半身は馬、まさにその姿ケンタウロス。しかしその馬は翼の生えたペガサスだった。 〈ムシャ〉化した颶鳴空が槍を構えて、宙から突き刺さんと襲い掛かる。 「輝速突き(シャイニングスピードピアス)!」 だが、その槍はモーリアンを貫くことなく、床を突いた。モーリアンはその翼で宙へ舞い上がって逃げたのだ。 ここの天井は高い。空中戦を繰り広げることも可能。だが、それに参加できる者は宙を飛べる者。 「任せたよ颶鳴空!」 炎麗夜は宙にいる颶鳴空に向かって手を振った。 颶鳴空とモーリアンの一騎打ちがはじまった。 一方、戦えない者たちの安全は、風鈴が確保していた。 「みなさん大丈夫です、この半透明のドームは一切の攻撃を無効にいたします!(これだけ巨大な〈かばう〉はどれくらい保つか……)」 風鈴はその場から一歩も動いていないが、大量の汗を滲ませている。そして彼女を中心に広がる半透明のドームが、女たちを包み込んでいた。おそらくバリアかなにかの能力だろう。 しかし、一つ問題が発生していた。 ドームを外から叩くケイの姿。 「ちょっと中入れてよ、このままじゃ死んじゃう!」 外に取り残されたのだ。 その声を微かに聞いて風鈴が大声を出す。 「ごめんなさい。一度この〈ムゲン〉を解くと、次に発動するまで時間がかかるので、解けません。どうかご無事で!」 「……えっ!」 見捨てられた。 ケイは慌てて辺りを見回した。 アカツキ、マッハとネヴァン、そして炎麗夜の仲間たちが三つ巴の戦いを繰り広げている。 空中では颶鳴空とモーリアンが激突している。 最後に目に入ったのは炎麗夜とシキだ。 「炎麗夜さん守ってくださぁ~い!」 叫びながらケイは炎麗夜に駆け寄った。 しかし、同時に炎麗夜たちに向かっている者がいた。 「糞ォッ!(なにがジャンケンにしようだ毒女!)」 そう叫びながら向かってきたのはマッハだった。ネヴァンと狩りを競っていたが、その争いが互いの攻撃を邪魔して敵に押されてしまったため、やむなくジャンケンでアカツキと勝負する権利を奪い合ったのだ。 結果は憤怒しながら炎麗夜たちに襲い掛かる姿を見れば明らか。だが、マッハは自慢の音速移動ではなく、通常の速度で床を蹴り上げ走っていた。 マッハは走りながら、その翼から血を滴らせている。アカツキに斬られた傷がまだ塞がっていないのだ。 ケイのほうが先に炎麗夜の元に来たが、すぐにマッハも来そうだ。 誰かを守りながら戦うこととは困難を極める。 鎖を構えたシキがケイと炎麗夜を守るように立った。 「ケイちゃんのこと頼んだよ。〈ヨーニ〉召喚、〈ファルス〉合体!」 歪んだ空間から巨大な狼にいた魔獣が召喚され、その肉体が不気味に蠢き変化しながらシキの身体を包み込む。 その光景はおぞましく、まるで水ぶくれが全身を這っているように見える。 だが、それはやがて真の形を見せはじめる。 それはまるで毛の生えたライダスーツだった。 テンガロンハットをシキはケイに投げて預けた。 その頭には犬のような耳。尻からは蛮刀のような尻尾が生えていた。 「魔導装甲機体ダブル零式フェンリル!」 〈ムシャ〉化したシキがマッハを迎え撃つ。 「女の子にはレージングで十分さ!」 白銀の鎖がシキの手から放たれた。 同時にマッハの翼からフェザーアローが豪雨のように撃たれていた。 白銀の鎖レージングが生き物ように動き、フェザーアローを叩き落とす。 だが数が多い! 「さっきのは撤回――行けドローミ!」 黄金の鎖ドローミをもう片方の手から放ったシキ。 しかし、マッハの羽根は撃った次の瞬間から生え替わるものだった。 「死ね死ねミサイルだ、死ね死ねーッ!」 それは雨やミサイルなどという生やさしいものではない。マッハの撃った羽根は壁のごとく飛んできた。 「ごめん防ぎきれない姐さん!」 シキの叫びが木霊した。 二本の鎖の包囲網を越えた羽根が戦うことを知らないケイに! 「きゃっ!」 叫び声をあげたケイは眼を硬くつぶった。 つづく エデン総合掲示板【別窓】 |
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