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第7章 黙示の魔獣たち |
「〈ファルス〉合体!」 炎麗夜の勇ましい声が響いた。 眼をつぶっていたケイのまぶたの裏で輝く金色(こんじき)。まぶたを閉じていても、その光で目が眩んでしまった。 羽根はケイの身体をいつまで経っても貫かなかった。 眩い光の中でケイはゆっくりと眼を開けた。 そこに見えたのは超乳。ケイは炎麗夜に抱かれ、黄金の毛皮のマントで身体を包まれていたのだ。 「おいらとフレイの〈ムゲン〉は〈崇高美〉。何者もこの造形美を崩すことはできないのさ!」 崇高の域に達した美には触れることすら叶わない。抱かれているケイも、じつは数ミリほどの隙間で炎麗夜から離れていた。 しかし、じつは弱点もある。 「無闇に動いて無様な姿晒すと、この〈ムゲン〉は無効になるんだ(あと万が一だけど、この美しさに勝る技とか喰らったらね)」 炎麗夜はケイにコソッと囁いた。 犬耳をピクピクと動かしたシキが振り返った。 「今のボク耳がよくて、聞こえちゃったんだけどだいじょぶ?」 「シキとおいらは乳友だろう!」 炎麗夜は親指を立ててグッドマークを送った。 〈崇高美〉によって炎麗夜とケイの安全は確保された。 これでシキは心置きなく戦える。 「掛かっておいで小鳥ちゃん」 余裕の笑み。 その笑みはマッハの怒りを買った。 「そんなに笑いたいなら、口を耳まで引き裂いてやるよ! 死ね死ねミサイル!」 羽根のミサイルが連続して撃たれた。 二本の鎖が宙をうねり狂う。 銀色の鎖レージングは変幻自在に動き、次々と羽根を叩き落とす。そして、もう一本の鎖――金色のドローミがマッハに向かって飛んだ。 その速さと威勢は飛ぶ鳥を落とす勢い! 翼の傷口から血が滲ませたマッハだったが――。 「くっ!」 ドローミを躱すため、音速で移動した。 しかし長くは保たない! 血が床に落ちた。 その場所にシキは二本の鎖を放った。 一本目のレージングは紙一重で躱したが、二本目のドローミにマッハは捕らえられた。 「脚がッ!」 鎖によって足首を捕らえられたマッハは転倒した。 その隙を逃さず、別の鎖によってマッハの身体を巻き、動きを完全に封じた。 「カゴの鳥より酷い扱いだけど、許してね」 シキはニッコリ笑った。 「放せ、放せ放せーッ!」 喚き散らすマッハだが、鎖を引き千切る怪力は持っていなかった。 もう手も足も出ないマッハを見てケイも喜んだ。 「やったねシキさん!」 「お礼は一〇おっぱいでいいよ」 「なんですか一〇おっぱいって……(イヤな予感)」 「もちろん一〇回おっぱい揉むってことだよ。おっぱいは二つあるから、合わせると二〇回ね」 「イヤです、やったらやり返しますよ!」 「それもいいね、うふ」 逆に相手を悦ばせてしまいそうだ。 おどけていられるのも、ほんの少しの時間だった。 血塗られた二本の刃。 紅い影と漆黒の影がこちらに鬼気を放ちながらやって来る。 アカツキとモーリアン。 炎麗夜が叫ぶ。 「仲間や颶鳴空はどうしたッ!」 それは見るも無惨な光景だった。 白い月に浮かぶ紅色の蕾が花開く。 「そいつの連れはせいぜいDカップしかないから用はない。あとは全員……斬った」 アカツキの後方で、女の山が築かれていた。ネヴァンは重傷を負って、その場を動けないようだが、命はまだあるようだ。 「任務はあくまで連行だ。私は死を見ることに疲れている」 そう低く囁いたモーリアンの後方では、颶鳴空とペガサスが朱く染まって倒れていた。 炎麗夜の身体は打ち震えていた。 「……すまないケイ(みんなの仇はおいらが……)」 囁いた炎麗夜が飛び出すことを察したシキが止めた。 「待って! ケイちゃんを守って……これ以上犠牲を出さないように。二人はボクが相手するよ」 「仲間や颶鳴空がやられた相手にひとりじゃあ無茶だよ!」 「そうなったらあとはよろしく」 一歩前に出たシキ。 シキ、アカツキ、モーリアンのトライアングルが形成された。 両手に握った鎖を強く握り絞めたシキが微笑んだ。 「一対、一対、一対だね」 が、しかし! アカツキとモーリアンはシキに仕掛けてきた! 「えっ、マジ……二体一なのっ!?」 アカツキとモーリアンは商売敵だとしても、狙いは同じ――目の前の豊満な胸だ! 接近戦になる前にシキはレージングを投げ道具として、アカツキに放った。 レージングは華麗に舞うアカツキに躱された。 しかし、シキの狙いは別にあった。 「グレイプニルだよ!」 レージングを放った手には、新たに七色の鎖が握られていた。 モーリアンが目の前まで迫っている。そこは七色の鎖グレイプニルの射程距離だった。 グレイプニルがモーリアンの躰に巻き付こうとする! 「この程度で私を……なっ!」 まるで呪縛にでもかかったように、あっさりとモーリアンは捕らえられた。 簀巻きにされたモーリアンは転倒し、それに構わずシキはドローミでアカツキの刀を受けた。 「ギリギリセーフだったね」 シキは両手でドローミを引っ張りながら握り、顔の目の前で刀を受けていたのだ。あと少し遅ければ、真っ二つにされていた。 素早くシキは動き、鎖で刀を絡め取り、その勢いで刀を遠くに飛ばした。 アカツキと離れた床に落ちた刀。武器を失ってしまったが、拾いに行くことをシキが許すはずがない。 肩の力を抜いてシキは微笑んだ。 「さっき余裕なかったら説明しなかったけど、グレイプニルはどんなものでも絶対に拘束する力があるんだ。欠点は一本しかないってこと。その一本をそっちのセニョリータに使った理由は簡単だよ」 その言葉を聞いてアカツキは清ました怒りを浮かべた。 「俺様のほうが弱いと?」 「そのとおりだよ。だってキミ、ものすごく顔色悪いし、息上がってるじゃないか。大人数を相手にしたからじゃないでしょ、もしかして病気かな?」 「心は少し病んでいる……が、肉体に問題はない!」 アカツキが駆けた。 武器を拾わずシキに向かった! 「覇ッ!」 アカツキはシキからまだ遠く離れた場所で回し蹴りを放った。 高下駄だ、高下駄を飛ばしたのだ! 迎え撃つドローミ! シキはドローミで高下駄を叩き落とそうとした。 キン! 金属が打ち合う甲高い音。 ぶつかり合った高下駄と鎖――勝ったのは高下駄だった。 シキは驚きを隠せない。 「なんて重い下駄なんだ……そんなの履いて戦うなんてバカだよ」 高下駄は勢いを失わなかったが、鎖の一撃で軌道を外れ、シキとは明後日の方向に飛んでいった。 だが下駄はもう一足ある! すでにそれはシキの眼前にまで迫っていた。 ケイは息を呑んだ。 炎麗夜は言葉を失った。 グガッ! 恐ろしく鈍い音が響いた。 重い高下駄を顔面で喰らったシキが、床に吸い付けられるように倒れた。 「シキさーん!」 悲痛なケイの叫び。 あんな物を喰らったら、顔の骨は粉砕してしまったに違いない。 だが、シキは鼻を押さえながらむっくりと立ち上がったのだ。 「いたたたた……可愛い鼻が折れちゃったじゃないか、怒るよホント」 もしかして軽傷なのか? この隙にアカツキは刀を拾い上げ、ケイと炎麗夜に向かって駆けていた。 ドローミが宙を奔る。 「キミの相手はボクだって!」 ドローミが刀に絡まった。 アカツキはその場を動けない。動くためには刀を捨てなくてはならない。 「生きていたのか!」 「目の前の出来事が現実だよ」 シキは鼻を押さえたまま片手でドローミを手繰り寄せた。 抵抗するアカツキだが、その躰が少しずつ引っ張られていく。 そして、ついにシキとアカツキは一メートルのところで互いを見つめた。 アカツキは怪訝な顔をした。 「俺様は今まで負けたことはおろか、苦戦したことすらない……貴様なに者だ?」 「なんでも屋シキだよ」 「人間……ではないな?」 「さあ」 「それどころか……」 「それ以上いったら握りつぶすよ。キミだって付いてるんだろ?」 妖しく微笑みながらシキは鬼気を放った。その妖しさは、アカツキを優っている。 さらにシキは続ける。 「それにしてもなんで気づいたの?」 「…………」 「だんまりしちゃイヤだよ。キミのその着物、魔導装甲機体だよね。その〈ムゲン〉の能力が関係あったりするのかな?」 「お互いくだらない詮索だ」 アカツキは刀を捨てて蹴りを放った。 長く伸びた美脚はシキの胴を捉えていた。シキもまだ躱していない。 しかし外れた!? 狙いを誤ったわけでも、相手が避けたわけでもなかった。 轟音と共に艦内が大きく傾いたのだ。 《緊急事態ばっかりなんだけど、正体不明の物体と衝突した模様。今スクリーンの出すから見て!》 壁の一面が巨大スクリーンになり、そこに海中の様子が映し出された。 炎麗夜は首を傾げた。 「見えないぞ?」 ケイも同じような顔をした。 「魚一匹いないけど?」 だが一瞬、蛇の尾のような影が映り込んだ。 アカツキの首に鎖を巻き付けながら、シキは隠した鼻の下で苦笑いを浮かべた。 「久しぶりに見たよアレ」 再び艦内が揺れた。艦内と言うより、ベヒモス全体が揺れているのだ。 《あ……言いづらいんだけど、正体不明の生物に巻き付かれた模様》 またスクリーンに影が映った。 「きゃっ!」 叫び声をあげたケイの瞳に映った大海獣。 炎麗夜の輝きが少し弱くなった。 「な……なんだいあれ?」 その正体を知っている者がひとり。 「間違いない、リヴァイアサンだよ!」 シキが叫んだ。 艦内が一気にざわめき立ち、叫び声が次々とあがった。 恐ろしい大海獣が現れ、危機的状況なのはケイにもわかるが、その名前を聞いた途端こうなったことは理解できなかった。 「リバースさんってなんですか?」 聞かれた炎麗夜が答える。 「生きた伝説だよ。ニホン近海にいるとは聞いちゃあいたけど、この広い海で鉢合わせなんて悪夢だねえ。本気出しゃあ、ニホンを沈められるって噂の魔獣さ。〈ノアインパクト〉はこいつらのせいって噂だね」 また艦内が傾いた。傾いただけでは済まなかった。そのままゆっくりと天地がひっくり返る。 そこら中から絶叫があがった。 今まで必死に自分と戦っていた風鈴だったが、足がその場から離れてしまったと同時にバリア消滅した。 躰を振り回されるこの事態の中でも、シキはアカツキをしっかりと鎖で拘束していた。顔面に至っては超乳でクラッチしている。 「あぁン、顔動かさないで!」 「好い乳だが、俺様の求めている柔らかさではない」 「あっ……口動かすなんて……んふ……」 覆い被さって抱き合っている二人を見下ろす二人の白い視線。 「お楽しみのとこ悪いんだが」 「信じられない……まさかこんなところで?(たしかレズなんじゃなかったっけ?)」 炎麗夜とケイが続けてしゃべった。 立っていた二人がバランスを崩して床に手をついた。また激しく揺れたのだ。 《完全に操縦を奪われちゃったみたい。浮上を試みるけど、ヤバイかも夜露死苦(よろしく)!》 エレベーターのような浮遊感がした。 ギャァーーーッス! この世のもとは思えない咆吼が外から響いてきた。 《ダメっ、引きずり戻されるッ!》 ゴォン! ゴォン! 艦内に響く外からの打撃音。 《限界限界、もう限界だってば! ベヒモスも暴れ苦しそう……無理矢理〈カイジュ〉されそう……ああっ》 最悪の事態が起ころうとしていた。 騒ぎ出す女たち。 ケイはベヒモスの口の方を指差した。 「水漏れ……なわけないよね。うん、唾液唾液!」 海水が少しずつ流れ込んできていた。まだそれほどの量ではないが、あの口が一気に開いたら……。 この危機を回避する方法はないのか? 「ボクのグレイプニルなら、リヴァイアサンも捕らえることができるんだけど」 シキの視線は目の前のアカツキを見て、すぐに床を転がっていたモーリアンに向けられた。 「アカツキ姫はボクが天敵みたいだから離れられないし、肝心なグレイプニルはあっちのモーリちゃんに使っちゃってるし」 「俺様はここで死ぬわけにはいかない。抵抗しないと約束してやる」 アカツキと同じくモーリアンも誓った。 「死んだら任務も遂行できない。私も抵抗しないと誓おう」 二人の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないだろう。 シキは普通の鎖でアカツキを肉が食い込むほど縛り上げ、炎麗夜に任せた。 「ちょっと見張ってて」 次にシキはモーリアンを普通の鎖で縛り直し、炎麗夜の前まで引きずってきた。 「二人も任せて悪いけど、見張ってて。じゃ、ボクがんばってくるから」 急いでシキが駆け出した瞬間だった、示し合わせたようにアカツキとモーリアンが鎖を引き千切った。 「ここで死ぬ気はないが、俺様には使命がある」 「同じく。私もここで死ぬ気はないが、任務は最後まで遂行する」 二人は床に落ちている自分の武器に向かって走り出した。 炎麗夜は見張れとは言われたが、ケイを守っていて動けない。さらに敵は二手に分かれてしまったのだ。 急いでシキが戻ろうとしたが、それは叶わなかった。 ベヒモスの口が一気に開いたのだ。 海水の壁が襲い来る! それはあまりに無力だった。 すべては一瞬にして呑み込まれた――叫び声すらも。 つづく エデン総合掲示板【別窓】 |
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