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第9章 新たなフィールド |
――魔都エデンに行こうと思う。 その炎麗夜のひと言で新たな旅がはじまった。 黄金の猪フレイに乗って海岸線をひた走る。 まずは流れ着いた場所を知る必要がある。人里というのは、資源のある場所に自然とできる。海沿いを進んでいれば、いつかは漁村に着くというのが炎麗夜の考えだった。 「アバウトな……」 正直な感想をケイは漏らした。 「無闇に爆走するよかマシだろう?」 「そりゃそーですけど……そーゆーアバウトさが方向音痴の原因じゃ?」 「アバウトじゃあなくて自由奔放なのさ」 そんな大きな胸を張って言われると説得力が増してしまう。 魔都エデン――この世界に来て、右も左もわからなかったケイが決めた目的地。そこでめぼしい情報が得られるとは限らないが、今だってなにも手がかりがない。 ケイの目的は自分がいた世界へ還ること。 そのことを知らない炎麗夜だったが、このことは覚えていた。 「そういや、前に魔都エデンに行きたいって言ってなかったかい?」 「大都市だったら情報もいっぱい集まるんじゃないかなって」 「なにを調べたいんだい?」 前に打ち明けようとしたときは、言えずに終わってしまった。 「じつは……信じてもらえないかもしれないんですけど」 「乳友の言うことならなんでも信じるよ」 「べつの世界……もしかしたら過去から、とにかく違う世界からこの世界に来ちゃったんです」 「は?」 「やっぱり信じてもらえないですよね」 「そうじゃないよ、あまりにも突拍子もない話だったもんだから、理解するのに時間がかかっただけで、もっと詳しく教えとくれ」 ケイは炎麗夜に出会うまでのことを事細かく話して聞かせた。 加えて自分の世界のことも参考までに聞かせた。つもりだったが、こちらの話の方が炎麗夜は興味があるようで、いつの間にかこちらの話で盛り上がってしまった。 ケイの世界の話をだいぶ聞いたころ、炎麗夜はつぶやくように言ったのだ。 「良い世界じゃあないか」 それはケイにとって新鮮な響きだった。 当たり前が当たり前ではなくなった世界に来て、その言葉をケイは心から理解することができた。 「そうですね……人が死ぬの間近で見たの、この世界に来てからがはじめてです。あれからなんかずっと、心が重たくて」 「おいらは数え切れないくらい見たよ。魔都エデンで巨乳狩りがはじまって間もないころが、本当の地獄だった」 「住んでたんですか?」 「一時期ちょっと滞在してただけさ」 「街に入るのすごくチェックが厳しいとか聞きましたけど?」 ケイはあの村で出会った娘の父親を思い出した。 たしか下手をしたら、投獄や殺される可能性もあると語っていた。 炎麗夜は首を横に振った。 「簡単だったよ」 「そーなんですか?」 「なんでも屋シキに助けてもらったからね。シキと出会ったのも、それが切っ掛けさ」 あのアカツキや、モーリアンやマッハにも勝ったシキ。 砂浜での決闘で炎麗夜もアカツキを圧倒していたが、あれはアカツキが本調子ではなかったのは明らか。ベヒモス艦内でのアカツキはあんなものではなかった。 「シキさんって変な人ですよね」 「変というか、得体の知れないところがあるね。魔都エデンに入るのだって本当は簡単なことじゃあない。ベヒモスを奪ったときも、シキがほとんどひとりでやったようなもんだよ」 「すごい人なんですね。エロイですけど」 「そういうケイもシキに襲い掛かったときは激しくエロかったぞ」 言われて思い出してしまったケイは、少し顔を赤らめながら反省した。 熱くなった頬を炎麗夜の背中に押しつけ、ケイはフレイの背で揺られた。 しばらくすると、炎麗夜が遠くになにかを見つけて指差した。 「人里だ、きっとあれは漁船だ」 「えっ、よかった無事に里についたんですね。安心したらお腹すいちゃいました」 「おいらも腹ぺこさ。なんか食料分けてもらう代わりに、仕事の世話でもしてもらおうかね」 「働かざる者食うべからず……か」 ぐぅ~とケイのお腹が鳴った。 煌びやかな法衣を身に纏った少女がバルコニーに姿を見せると、熱狂的な民衆がのどが焼けんばかりの声を張り上げた。 「都智治様!」 「どうか我々をお導きください!」 「もっと俺たちの生活を豊かにしてくれ!」 飛び交う声を浴びながら、都智治は無表情のまま手を振り、しばらくすると奥の部屋へと消えた。 民衆の眼がなくなった途端、都智治は嫌そうな顔をして宝冠を投げ捨てた。 慌てて付き人が王冠を床に落ちる前に受け止める。 そんなことにも構わず、都智治はそそくさと歩いていく。 「愚民どもがっ。こんな退屈なこと、いつまで続けなきゃいけないの!」 怒りを吐く都智治の前に、車椅子に乗った紅い影が現れた。 「貴女が望んだことでしょう?」 「ヴィー!?」 「どうしたの、わたくしがいると羽根が伸ばせないかしら?」 「だってクレーターの調査に出かけてるって、三日は帰らないハズじゃなかったの?」 「出かけることを取りやめたのよ」 「なにかあったの?」 「貴女の知らなくていいことよ」 言われて都智治はマダム・ヴィーを睨みつけた。 「これじゃ私ただのマリオネットじゃない!」 「そうよ、貴女はわたくしの操り人形。はじめからわかっていたことでしょう。嫌なら幕を下ろしなさい」 「……くっ」 あれほどまで歓声を浴びていた都智治。 だが、この女を前にしては、口を噤むしかなかった。 ルージュが妖しく微笑んだ。 「貴女は望んでいた魔都エデンの権力者である都智治の地位を得た。人々は盲目に貴女を羨んで崇拝しているわ。貴女は人々の上に立ち、人々を支配している。それだけじゃ不満かしら?」 都智治はなにも言い返さなかった。 マダム・ヴィーの横を擦り抜け、自室へと向かう。 だが、その途中で急に倒れた。 慌てる付き人たち。 凜とした侍女がいち早く都智治の横に膝を付き、手を大きく振って来る者を払った。 「お下がりなさい。神託の兆候です」 都智治の瞳は開いているが、なにも映っていない。 愉しそうにマダム・ヴィーが艶笑を浮かべた。 「前回から早いわね」 淡く輝く都智治の躰がふぅっと浮いた。 瞳を閉じた都智治が、玲瓏な声音で御告げを詠みはじめる。 「歴史は繰り返す。復楽園を求め神の子は荒野を彷徨い辿り着く。あの空へと頂く塔は栄光と破滅の象徴」 都智治は輝きを失い、床に落ちた。 床に落ちた少女などマダム・ヴィーは興味を示さない。 車椅子を走らせながら、マダム・ヴィーは独り言をつぶやく。 「失楽園による喪失、復楽園による回復。楽園を喪失して、今も夢見ているのは果たして何者かしらね。〝彼ら〟の夢はいつしか、人間の夢にもなっていた。魔都エデンはまさに楽園の回復だけれど、あちら側の〝彼ら〟からすれば……まずはこの線から〈Mの神託〉にアプローチしようかしらね」 マダム・ヴィーが奥の部屋へと入ると、三つの影が現れた――バイブ・カハだ。 「あら、ご機嫌よう。生きていたのね、ベヒモスは未だ消息不明だけれど」 口元からだけではマダム・ヴィーの機嫌を伺うのは難しかった。 膝をついているモーリアンが頭を下げた。 「詳細はすでに報告書にまとめております。べビモスはリヴァイアサンと遭遇のあと、制御不能となり、海中でハッチが開いたために艦内にいた全員が海流の呑み込まれました。多くの反逆者が死んだと思われますが、私たち三人がこうして生きていることから、〈デーモン〉の強奪者たちは生存の可能性があります」 そこへネヴァンが口を挟む。 「生きているわけがありませんわ。アタシたち三人も溺れ死ぬ寸前でどうにか九死に一生を得たのよ。それはアタシたち三人が空を飛べたからほかならないわ」 それをマッハが反論する。 「あの馬女だって空飛んでただろ」 「あの女はモーリアンお姉様にやられて重傷だったじゃない!」 「オマエだってアカツキにやられてヒドイもんだっただろ」 「アンタなんか簀巻きにされて芋虫みたいに転がってただけのクセして!」 「なにィ!」 モーリアンが咳払いをした。 「マダム・ヴィーの御前で見苦しいぞ」 「わたくしは構わないわよ。女同士のいがみ合いは見ていて愉しいわ」 こちらの言葉のほうが、ネヴァンとマッハを黙らせる効果が強かった。 それをマダム・ヴィーもわかっている。わかっているからこそ、相手に畏れを抱かせるほど艶やかに妖しく嗤っているのだ。 バイブ・カハは沈黙した。 それがマダム・ヴィーは愉しくて仕方がないのだろう。ルージュの端をさらに吊り上げた。 「もういいわ下がりなさい。〈デーモン〉の整備をして、貴女たちも傷と疲れを癒やすといいわ」 バイブ・カハは頭(こうべ)を垂れて姿を消した。 床に残っていた血にマダム・ヴィーは気づいた。 「誰かが怪我を負っていたようね」 マダム・ヴィーは車椅子から降りて床に這った。 そして、涎れをたっぷり含んだ長い舌で、床ごと血を舐め取ったのだ。 ルージュが艶笑を浮かべた。 「処女ね。ここにいたの誰だったかしら?」 マダム・ヴィーが床に這ったままでいると、そこへ召使いの娘がやって来て、眼が合った。 驚いている娘が言葉も出せず戸惑っていると、マダム・ヴィーが手を差し伸べた。 「車椅子に乗せてくれるかしら」 「はい、いますぐに!」 娘が駆け寄ってマダム・ヴィーの手を握った瞬間、逆に引き寄せられて床に倒されてしまった。 倒れた娘の上に乗ったマダム・ヴィー。 その真っ赤なルージュがゆっくりと近付いてくる。 熟れた真っ赤な果実。 それは禁断の果実。 マダム・ヴィーは娘の唇を奪い、すぐに投げ捨てるように娘の頭を放った。 嗚呼、真っ赤な花が咲いた。 痙攣する娘の口から真っ赤な花びらが散った。 口元を真っ赤な手袋で拭ったマダム・ヴィーはつぶやく。 「この子も処女ね」 白いベッドに寝かされていたアカツキが目を覚ました。 「……どこだ?」 ベッドから降りたアカツキは全裸だった。 「紅華は……よかった」 すぐ横のベッドで寝ている女型〈デーモン〉。 アカツキはこの〈デーモン〉が紅華であること否定し、ルシファーと言った。 しかし、ここでまた紅華の名を呼んだのだ。 「〈ファルス〉合体!」 アカツキと女型〈デーモン〉が一つに溶け合う。 花魁姿になったアカツキが部屋を出ようとすると、天井近くに設置されていたスピーカーが響いた。 《ちょっと待ったアカツキ君》 無視して行こうとするアカツキ。 《命の恩人の話くらい聞こうよ。これからはルシファーの整備手伝ってあげないよ》 「そういう取引は貴様の命を縮めるぞ、ゼクス?」 アカツキが足を止めた。 《だいぶ顔色がよくなったみたいだね。刻印の数がだいぶ増えたみたいだケド、時間をかけて躰に馴染ませないと、君の心身が保たないよ》 「時間がない。それはそちらもだろう?」 《そうだね。この問題を解決すべく、造っている物がもうすぐ完成するよ》 「なにをつくっている?」 《保存装置だよ。それが完成すれば、君は仕入れと配達をするだけになるんだ》 「狩りの効率が上がれば俺様はそれでいい」 アカツキは部屋を出て行こうとする。 《まだ話が――行き先くらい言えバーカ!》 「ずっと空から監視しているクセに」 《完璧に監視できたら……行っちゃった》 スピーカーから別の若い娘の声が響いてきた。 《あの解析結果が出ました》 《アハトお疲れ~。長く掛かったってことは濃厚ってことだね》 《はい、シキの正体は73パーセントあの者です》 《73ってビミョー。あっ、スピーカー入れっぱなしだった》 すぐにスピーカーが切られ、部屋はしんと静まり返った。 つづく エデン総合掲示板【別窓】 |
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