第12章 希望と絶望
 東京都心の映像。
 街を行き交う人々やビル群。
 それを一瞬にして呑み込んだ謎の光。
 残されたのは焦土と化した灰と瓦礫の山。ビルすらも微かに原形を留めるだけの破壊力。それはおそらく核爆弾を凌駕するものだった。
 パソコン画面の映像を見ていたケイは息を呑んだ。
「ありえない……こんな酷いことが起こるなんて……」
《あくまでこれはイメージ映像だ。当時のニュース映像はもっと悲惨だった。この数年後にブロードバンド環境が整ってくると、ネットに当時の映像がアップされはじめて、ニュース映像なんてどれだけ規制が掛かっていたことか、本当に地獄を見ているような映像だったのを覚えている》
 ケイは自分のいた世界の未来だと思うと、身の毛がよだち躰が震えた。
《日本人の失意は相当なものだった。世界に誇る東京が一瞬にして滅びたのだからな》
「なにが原因だったんですか?」
《はじめは核爆弾が落とされたのだと誰もが思ったが、そうではない人智を越えたものだと気づきはじめると、日本人だけではなく、世界中の人々が恐怖した。果たしてなにが起きたのか?》
 ここでシキが口を挟む。
「それを知ればケイちゃんは大きな渦に呑み込まれることになるけど、いい?」
「教えてください」
「シン君続きをどうぞ」
 パソコン画面に大都市の映像が流れた。
 ケイの世界の大都市に似た景色。そこからカメラは滑るように移動して、広大な緑地と宮殿を映し出した。その建物は聖堂や寺院など、宗教色のするものだった。
《当時も今も、あの真相を知る者はごく僅かだ。ただ、あの直後に現れた女帝たちがもたらした魔道と科学、そして〝彼ら〟が築き上げた帝都エデンとの因果関係は、だれも結びつけた事柄だった。東京聖戦は〝彼ら〟の仕業ではないだろうか――と。この映像は帝都の街と、帝都政府の建物だ》
 都市の地上から見上げた場所にある高架線るリニアモーターカー。窓からは東京タワーよりも高い電波塔が見える。テロップには二〇一一年に施工された帝都タワー、高さ六六六メートルと書かれていた。
《帝都エデンは神奈川県を乗っ取る形で造られた》
 カメラのアングルが舞い上がるように、都市部から関東周辺を映し出して、帝都エデンの位置を点滅させて示した。
 その地図によると、神奈川の横浜など含む東部を中心に帝都となっており、そこに東京の町田を編入させた形になっている。ただし神奈川の南東に位置する三浦半島は、海で分断され島になっており、千葉県に編入させられていた。この時代にも地殻変動があったことを伺わせる地図だ。
《はじめのうちは混乱もあったが、〝彼ら〟の絶対的な力と、過去からある他国の文化を受け入れる日本の風土、そして、〝彼ら〟があくまで平和的だったこと、ほかにも日本政府と帝都政府でいろいろと密約があったらしく、最終的には帝都は日本の特別自治区という形で落ち着いた》
 煌びやかな法衣を身に纏った少女が、民衆の歓声を浴びている。まるで洗脳されているような、熱烈な歓喜の嵐だった。
《それからの帝都を中心とする発展は凄まじいものだった。産業革命など足下にも及ばない。あくまで産業革命は人間の手によるもの、聖戦後の発展は人間とは異なる種である〝彼ら〟のもたらしたハイテクノロジーだ。〝彼ら〟とはすなわち、東京聖戦の原因をつくり、帝都エデンを治めていた政府の中枢》
 さきほどの煌びやかな少女を中心に、九人の女性が仕えるように立っている。スーツを着た女や、西洋の甲冑を身に纏った女、背の低い白衣を着た少女など、統一感のない女性たちだ。その中の数名はシルエットになっていて、顔も姿もわからなかった。
《〝彼ら〟は元々はこの世界の住人ではないらしい。ただし、この世界に堕とされたのは人間が発生する遙か以前だ。〝彼ら〟は帝都エデン以前にも、人間に自分たち技術を教え、多くの都市を繁栄させてきた。歴史的には認められてない多くの古代文明がそれだ。アトランティスやムーという言葉くらいは聞いたことがあるだろう。しかし、それはすべて滅びた》
 帝都エデンを強烈な地震が襲い、ビルの合間を通る津波がすべてを呑み込む。そこにはベヒモスやリヴァイアサンの姿もあった。
《そして、帝都エデンも一〇〇年の繁栄ののちに滅びた》
 今の映像は〈ノアインパクト〉の映像だろう。
《〝彼ら〟が再び戦争をはじめたからだ。〝彼ら〟には大きくわけて二つの勢力がある。あの双子は太古の昔から、この世界に堕とされたときから争っている。人間は〝彼ら〟の前では無力だ。築き上げた文明も都市も一瞬にして滅びる。近年最大だった〝彼ら〟の衝突が〈ノアインパクト〉だ。〈ノアインパクト〉を最後に、〝彼ら〟は小康状態にある》
 映像はそこで終わった。
 ケイの正直な感想は唖然とする表情からも伺えた。
「話が大きすぎて、現実だとは思えませんでした。でもあたしはこの世界を少し旅したので、信じることはできます。ただ当時の人たちはあたしよりも混乱してたはずだし、そんな簡単に異星人みたいなものを受け入れるなんて。だってその人たちに日本の一部を乗っ取られたんですよね、そこにはその人たちがいっぱい住んでて、いつまた日本が攻撃に巻き込まれるかもわからないじゃないですか」
《帝都エデンを治めていたのは〝彼ら〟だが、住んでいた多くの住人は東京の生き残りと、もともとの神奈川県民たちだ。〝彼ら〟は数えられる程度しかそこにいなかった。帝都政府は都市を発展させ、人々の生活を良くしてくれた。そして、日本政府が妥協した最大の理由は、自分たちでは自国を守れなかったからだ。敵とされたのは、帝都政府とは違う〝彼ら〟のもう一つの勢力。日本政府は帝都政府と同じ敵を持つことによって、帝都政府と仲良くしなくてはいけなくなったというわけだ》
 神奈川に住んでいるケイは、自分の世界でこの世界と同じことが起きたとき、本当に〝彼ら〟を受け入れることができるのか、それが疑問として解決できずに心で渦巻いた。この世界の歴史では最終的には受け入れたとされていても、説明されなかった背景では多くの紛争や暴動があったはずだ。それに巻き込まれると思うと、ケイは恐ろしくなってしまった。
 シキがケイに顔を向けてきた。
「あの街の話は今は置いておこう。問題なのは、ケイちゃんが聖戦とまったく同じ日時から来たということだよ。因果関係はありそうだけど、気になるのはケイちゃんがいたのは神奈川ということだね。神奈川のどこにいたか覚えてる?」
「大和に住んでたんです」
「シン君、ヤマトってどこかな?」
《米軍厚木基地があった近くだな。つまり帝都政府の中枢があったヴァルハラ宮殿や〈夢殿〉ができる場所だ》
 それを聞いてシキはうなずいた。
「なるほどね。あの場所は死都東京のアレを守っていたエネルギースポットだ。政府の建物ができる前から共鳴してたんだ。その共鳴に巻き込まれた可能性が高いね」
 なにを言っているのかケイには理解できない。
「あたしにもわかるように説明してもらっていいですか?」
「ケイちゃんがこの世界に飛ばされた現象が発生した理由はわかったよ」
「じゃあ帰るんですか!」
「残念だけど、それは無理だよ」
 希望の光は一瞬にして闇に包まれた。
 ケイはシキの両肩を握った。
「どうしてですかっ!?」
「〝彼ら〟が意図したものではないからだよ。そのときに発生したエネルギーは、〝彼ら〟が衝突して生まれたもの――つまり東京を一瞬にして壊滅させた力。同じような現象を起こし、なおかつほかの繊細な条件も必要になってくるだろうね。失敗すれば、この世界にまた〈ノアインパクト〉を引き起こしかねない。引き起こしてもケイちゃんが還れれば〝大成功〟だけど、ただ世界を崩壊させて終わるのがオチさ。そういった現象を自由に操れるのなら、〝彼ら〟はそれを起こして自分の世界に還っているさ、この宇宙を崩壊させてもね」
 この世界を滅ぼす。
 還りたいという気持ちは強い。心からそれを切望している。けれど、ケイは再現とはいえ、トキオ聖戦や〈ノアインパクト〉の映像を見たあとでは――。
「この世界を滅ぼしてまで帰りたいとは思いません。でも、本当にムリなんですか?」
「別の方法を考えよう」
「そうですよね、この世界に来た要因の目星はついたんだもんね……なんとかなりますよねっ!」
 ベッドのほうから動く音が聞こえた。
 寝返りを打った炎麗夜。
「あ~っ、二日酔い……じゃないか……ここは?」
 目覚めた炎麗夜にシキはニッコリ笑顔を浮かべた。
「おはよう、目覚めが悪そうだね」
「最悪さ」
 目つきが悪く顔色も悪い炎麗夜。
 ケイは不思議に思った。
「あたしは普通に起きられましたけど?」
 なぜかこのとき、シキは難しい表情をしていた――ケイの顔を見ながら。
《興味深い情報が見つかったぞ》
 突然シンが言ってきた。
 部屋にいた三人の視線がパソコンに向けられた。
《情報開示は報酬次第だな》
 白い目でケイはパソコン画面を見た。
「このひとお金とか取るんですか?」
《悪いか、もともとは帝都一の情報屋だったんだ。今だって危ない橋を渡って、おまえらと話してやってるんだぞ。報酬くらいもらって当然だ》
 画面の中で顔を膨らませた魔法少女を炎麗夜が指差した。
「だれだいこいつ?」
「この魔都エデンを支えてる超電子頭脳だよ」
 と、シキが答えたが、炎麗夜は口をぽかんと開けてしまった。
「は? なんだいそれ?」
「電気や通信や交通システムに至るまで、この都市は彼によって制御されてるんだ。旧帝都エデンで発掘されたいわゆる〈聖遺物〉だよ。実際は元人間で電子頭脳になった、ただの変態アニメオタクだけどね」
 一部、言葉が強調されていた。
《変態アニメオタクというのは、反論の余地もない誉め言葉だ。加えて言うなら、守備範囲はアニメだけではないぞ。ただし、褒めても情報はただというわけにはいかんな》
 ケイが身を乗り出してパソコン画面に近づいた。
「あたしに関係あることですか? ならあたしがどうにかして報酬を払います!」
 そんなケイをシキは優しく押し退けた。
「なんでも屋シキのボクが払うよ。こいつが好きそうな物なら揃っているからね」
《ほほう、どんな物がある?》
「ついこないだ帝都遺跡で発見された雑誌があるんだ。保存状態はかなりよくて、欠損部分は一つもないよ。たしか雑誌の名前はファミ通だったかな」
《なにィ、あのゲーム雑誌か! だがゲーム雑誌があっても、ゲームがなくてはつまらんな》
「ならフィギュアなんてどうかな。今の時代ではとても貴重な爆乳フィギュアだよ。ちょっと待って、今出すから」
 シキは部屋の片隅に置いてあった箱の中から、そのフィギュアを出して、ウェブカメラに大きく映した。
「忍者っぽいけど、作品まではわからないんだよ」
《それは爆乳ではない、魔乳だ。確か名前はおっぱいみたいなキャラだったと思うぞ。作品名には『魔乳』の文字があったような気がするな》
「雑誌とフィギュアの二つでどうかな?」
《よし、それで手を打とうではないか。ではこれを見せよう》
 パソコン画面に映し出されたケイの顔写真。
 いつ撮られたのだろうか?
 よく見るとそれは報告書の添付写真――いや、カルテだった。
《オレの優秀なコンピューターたちが探してきた。二〇〇一年のカルテだ》
 二〇〇一年?
 空白であるはずの年。
 その可能性にケイは気がついた。
「あたし元の時代に帰れたってことですか!?」
《そういうことになるのかもしれんな。ただ詳しい書類を見ると、少し気になることが書いてある》
「なんですか? もしかして悪い病気とか?」
《発見されたのは一九九九年。所持品の生徒証から名前や住所が判明するが、そのような生徒は在籍しておらず、住所の場所にも別の家族が住んでいたとある。その後の調査で身元を探したが、名乗り出る家族も友人もおらず、身元不明のまま病院でずっと昏睡状態だったそうだ》
「えっ……えっと、え……んっ……どういう……こと?」
 元の世界に帰れたのか?
 そうだとしてもなぜ身元不明なのか?
 なぜ昏睡状態なのか?
《二〇〇一年のその年、新たにもたらされた魔導医学によって、治療の方法が見つかるまで超安静人工冬眠装置によって眠りに就かされたとあるな》
 そんな説明をされても、ケイの頭の中には入ってこない。
「わけわかんない……あたしになにが起きたの?」
《それからまだいくつか記録が残っている。そして、目覚めぬまま〈ノアインパクト〉に突入した。それ以降の記録は残っていない》
 話をされるほどケイは混乱が増すばかりだ。
 炎麗夜も首を傾げてしまっている。
 ただこの中で、シキだけが難しい顔をして、なにかにうなずいた。
「ボクらは根本的な思い違いをしていた可能性があるね」
 それは?
「空間も時間も超えてない。ケイちゃんはずっとスリープ装置で寝ていたんだよ」
 新たな可能性だった。
 過去から未来へ、そして過去ヘ帰り昏睡状態になった――と考えるより、過去に昏睡状態になり、記録の通り人工冬眠状態で現在まで生きていたと考える方が、タイムスリップなどというより、整合性があり合理的だった。
 それはケイにさらなるショックをもたらした。
「じゃあ……帰れないってこと?」
 どこからか〝来た〟のでなければ、〝帰る〟ということは存在しない。
 一瞬にしてなにもかも失った。
 ケイが生きたあの世界に置いてきたものを取り戻せないばかりか、この世界での目的も失ってしまった。
 死んだような顔をしたケイは、ふらつく足でそのままベッドに飛び込んだ。
 周りでだれかが声をかけてきているが、今のケイにはなにも届かない。
 まるで世界が黒く塗りつぶされたようだった。

 つづく


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