第17章 結ばれるリンガとヨーニ
 はじまりはこの世界から――。
「あたしの中にいる紅華は、合体したんじゃなくて、生まれる前からあたしの中にいたんです」
 すかさずアカツキが口を開く。
「紅華がああなってしまったのは二年前だぞ。貴様が生まれる前にってどういうことだ?」
 それに加えてシキと炎麗夜は、ケイがどこから来たのか、いくつかの可能性を知っている。
「過去から来た可能性が高いんじゃなかったかな?」
「違うさ、異世界から来たんだろう?」
 可能性としては過去から来た可能性が高かった。
 しかし、そうだとしても疑問は残っていたはずだ。
 生徒証から名前や住所が判明したにも関わらず、そんな人物はおらず身元不明のになってしまった。
 その答えをケイは知っていた。
「紅華さんの意識が蘇って、異世界から来たことがわかりました。あたしは違う世界の一九九九年から、平行世界であるこの世界の一九九九年にやって来ました」
 過去から未来へ、未来から過去に戻って昏睡状態になって〈ノアインパクト〉以降消息不明になったのではない。
 過去に昏睡状態になって、目覚めたのが現代だったわけでもない。
 答えは平行世界の一九九九年から一九九九年に移動した。そして昏睡状態となり、身元不明となった。これで疑問と矛盾がなくなった。
 ただ、新たな問題が出てきた。そこにどうして紅華が関わっているのか?
 アカツキは不審そうな顔でケイを睨んでいた。
「あんたの言ってることは理解に苦しむ。だが一〇〇歩譲って、貴様が過去の人間だとして、生まれる前から貴様の中にいたなら、紅華はもっと過去にいなければならない。中にいたって意味がはっきりしていないが……。そもそも貴様が異世界の住人なら、紅華はこの世界の住人だ」
 アカツキの話を聞きながら、ケイはしきりにうなずいていた。そして、最後に大きくうなずいた。
「今アカツキがいったことは正しいよ」
「俺様をからかっているのか?」
「だから、アカツキがいったことが起きたんだってば」
 だれもが首を傾げてしまっている。
 ケイは話を続ける。
「ここからはシキさんの母親の、シオンさんの知識で解決できたんですけど、この世界のあらゆるものはバランスで成り立ってるんです。あたしが先か、紅華さんが先か、どちらが先に異世界に飛ばされたのか、それはとても難しい問題です。タマゴが先かニワトリが先かってたとえがあるでしょ?」
 話を続けても首を傾げられたままだ。とくに炎麗夜は顔が青くなってきた。
「もっとおいらにもわかるように説明してくれないかい?」
「ええっと、世界と世界を支える天秤があるとします。で、あたしがこの世界に飛ばされたのが先だとします。すると、この世界があたしの分だけ重くなるので、天秤が傾いてしまいます。その天秤はバランスを取るために、この世界からあたしの世界になにかを移します。それが紅華さんだったんです」
 ここで突然アカツキがケイに掴みかかった。
「貴様せいで紅華は魂の抜け殻になったのか!」
「すぐにカッとなるのはアカツキの悪いクセよ」
 ケイだが、言い方の雰囲気が少し違った。
 すっと力を抜いたアカツキはケイを離した。
「話を続けろ」
「いわれなくても続けるし、さっきもいったけど、紅華さんが先に飛ばされて、あたしがあとだった可能性だってあるんだから。どっちにしても、どちらのせいでもない不慮の事故だったの」
 アカツキを諭したときと雰囲気が違う。こちらがもともとのケイだ。
 もうアカツキは口を挟んでこないようなので、ケイは話を続けることにした。
「その天秤は空間だけじゃなくて、時間も超越してるんです。あたしの替わりに飛ばされた紅華さんは、あたしの世界の過去に飛ばされたんです。しかも魂だけの状態で。だからこちらの世界では、魂の抜け殻になってたんです。〈デーモン〉にされた経由はわかりませんけど」
 その経由について、アカツキはなにも言わずにいる。話したくないことなのかもしれない。
 さらにケイは続ける。
「紅華さんの魂はあたしのご先祖様に生まれ変わりました。そして、あたしにもその魂の記憶が受け継がれています。紅華さんの人格が出たりしたのは、先祖返りっていうんですか、そういう感じです。つまり紅華さんが飛ばされなければ、あたしは生まれなかったことになるんです。そうすると、あたしがこっちに飛ばされないから、紅華さんは飛ばされません。ね、どっちが先か難しいでしょう?」
 話を聞き終えたアカツキは、静かな面持ちで一粒の涙を零した。
 ケイの持つ雰囲気を目の当たりにして、アカツキはすべて信じたのだ。
「俺様は紅華の魂を取り戻すだけのために、今まで生き長らえてきた。だが、もうそれは叶わないんだな」
「あたしに受け継がれてるのは、あくまで断片だから。本物の紅華さんはあたしの世界の過去に行かなきゃ。それも生まれ変わりで本物といえるかわからないけど」
「姿形が変わっても、別の世界で生きて、幸せな人生を送っていたならそれでいい。子にも恵まれ、あんたのような子孫もできたんだ。そういうことは、あんたは俺様の姪のようなものになるのか?」
 空気がガラっと変わった。
 ケイは頭を抱えた。
「いわれてみればそうだった。こんなオカマ野郎が遠いおじさんなんてぇ~」
 炎麗夜も驚いている。
「あれって恋人じゃあなかったのかい?」
 シキも同意した。
「ボクもてっきり恋人かと思ってたよ~」
 ここでアカツキが爆弾発言。
「俺様の気持ちはそうだった……紅華姉さんはそう思ってなかったみたいだが。最後まで一線は越えられなかった」
 さらにケイが頭を抱えた。
「オカマでシスコンの上イっちゃってる変態が遠いおじさんなんてぇ~」
「悪かったなシスコンで」
 アカツキはそっぽを向いた。
 ここまでの話でケイと紅華の繋がりは説明できた。
 シキは真剣な眼差しになる。
「次はボクの母さんの話をしてもらえるかな?」
 それに答えてケイも真剣な表情になった。
「シキのお母さんのシオンさんとあたしは融合しているの。順を追って説明しますね。まず、この世界に飛ばされてきた時点で、あたしは昏睡状態だったんだと思います。それからはあのシンさんが教えてくれた通りだと思います」
「スリープ状態で年を取らずに眠っていたんだったよね。〈ノアインパクト〉から先は消息不明だったはずだよ」
「飛ばされてからスリープまでに二年くらいあったから、その分は年を取ってるんですけど。えっと、〈ノアインパクト〉のときに、あることが裏で行われてたんです。そのことはシオンさんが詳しく知っていたので、シオンさんがあたしの中で覚醒したときにわかりました。それが〈方舟〉計画、もしくは火星移民計画です」
「そんな計画ボクは聞いたことがないよ。大がかりそうな計画なんだから、ボクの情報網にも引っかかりそうなのに」
 シキの反応にケイはとっても嬉しそうな顔をした。
「だって考えたのはシキのお婆さんなんだから。〈光の子〉も〈闇の子〉も出し抜かなきゃいけなかったし。それまでだってシキのお婆さんはスゴイひとだったんでしょ?」
「セーフィエルは……偉大だった。この世界で〝彼ら〟が表舞台から消えたのも彼女のおかげだよ」
 二人が話を進めていると、炎麗夜が割り込んできた。ちなみにアカツキは、もうケイの話から興味を失っているようだ。
「さっぱりわからない。二人だけに通じるような話じゃあなくて、おいらにもわかるように話してくれないかい?」
 ケイはハッとした。
「あ、ごめんなさい。ええっと、じゃあ〈方舟〉計画について話しますね」
 話を戻すことにしたケイ。
「元々火星への移民というか、巨大宇宙船である〈方舟〉は別の目的で造ってたらしいんです。でも〈ノアインパクト〉を察知したセーフィエルって人が、当時の帝都エデンにいた人たちを極秘裏に火星に逃がすことにしたそうです。その中にあたしも含まれてたんです、昏睡状態のまま。そして今では、火星で人類とソエルという方々が繁栄してるらしいです」
「ソエル?」
 炎麗夜が尋ねてきた。
「宇宙人だと思ってください。その宇宙人たちのせいで、地球でトキオ聖戦や〈ノアインパクト〉が起こったんですけど、火星では人類と共存しています。地球と月にはそれと違うソエルの勢力がいるせいで、人類はまだ迷惑してるんですけど」
「宇宙人ではないんだけどね」
 シキがつぶやいたのをケイは聞き逃さなかった。
「炎麗夜さんにわかりやすいように説明してるんだから、シキは黙ってて」
「ボクの母さんとの繋がりを話してくれてるんだよね?」
「もーすぐ出てくるから我慢して」
「ボクへの態度があからさまに変わったよね?」
「じゃあ話を続けますね」
 ケイはあからさまにシキの質問を無視して話を続ける。
「火星にいたあたしなんだけど、事故に遭って脱出ポッドで地球に帰って来ちゃったらいしんだよね。正確には墜ちたって感じなんだけど。それを知ったシオンさんはあたしを助けようとしたんだけど、もう遅くて。えっと、シオンさんはずっと地球にいたんです、地球で火星と秘密裏に連絡を取ってたらしいです。でも敵に捕まって〈デーモン〉の元にされちゃって」
「〈デーモン〉に元にされる?」
 炎麗夜が尋ねてきた。
 シキとマダム・ヴィーとの会話で過去に説明されたが、もちろん炎麗夜はその話を聞いていない。
 難しい顔をしたケイ。
「そこは置いといてもらっていいですか。とにかくあたしは地球に落ちて来ちゃって、死にそうになってたところに、シオンさんが駆けつけて、あたしを助けるために、シオンさんもだいぶ危ない状態だったんですけど、二人で合体して〈デーモン〉になることで、生き延びることができたんです」
「はぁ?」
 炎麗夜はぜんぜん理解できていないようだ。ケイも整理し切れておらず、説明が不十分でわかりにくいのも原因だろう。それでもシキは理解したようだ。
「話してくれてありがとう。母がどういう形であれ、生きていることがわかってよかったよ」
「おいらはさっぱり」
 頭痛でも起こしたように顔をしかめる炎麗夜。
 ケイはその顔を見て頭を下げた。
「ごめんなさい炎麗夜さん。また今度わかりやすいように話しますから」
「おいらは悟ったよ」
「なにをですか?」
「乳友には説明なんて不要ってことがさ。おいらは心で理解した!」
 絶対に理解してない。
 それでも炎麗夜が納得しているのならいいだろう。
 これでケイと紅華、そしてシオンとの繋がりが説明できた。
 三人の繋がりは、なんの因果かさらに広がりを見せ、シキとアカツキがこの場に集った。それはただの偶然か、魂が互いを引き寄せ合ったのかはわからない。
 それこそが運命というものだろう。
 ケイは三人の顔を順番に見た。
「これからどうする?」
 真っ先に答えたのはアカツキだった。
「動けるようになったら、借りを返しに行く」
 次に炎麗夜も、
「おいらも端っからそのつもりだよ。あんな塔なんて絶対にへし折ってやるさ!」
 最後に残ったシキはケイに見つめられて、大きくうなずいた。
「ボクの使命だからね。人間は人間による人間の道を歩むべきなんだよ」
 三人の意見を聞いてケイも同じ気持ちだった。
「もちろんあたしも戦う。前のあたしとは違うから十分戦える。でも……」
 ケイが見つめたのはアカツキだった。
「あたしはアカツキと共に戦いたい」
「俺様は貴様らと一緒に戦うつもりはない。ここに連れてきてもらった礼は言うが、ここから先は俺様ひとりで行く」
「あたしと契約して、アカツキ!」
「なに!?」
 ケイは〈デーモン〉だった。契約ができるはずだ。
 顔を逸らしたアカツキにケイが詰め寄った。
「生身でどうやって戦うの、しかも体中ボロボロなんでしょ。あたしと契約すれば、アカツキは戦える!」
「ひとりでも戦える」
「ウソばっか。だって今までずっと一緒に戦って来たんでしょ、アカツキのパートナーはあたししかいないんだから!」
「あんたは紅華じゃないんだろ」
「でも、紅華さんの魂はちゃんと受け継いでる。それはアカツキが一番わかってるはずでしょ!」
「…………」
 アカツキは押し黙った。
 そこに横からシキが口を挟んできた。
「アカツキ、どちらにせよキミはすぐには動けない。明日まで考えてみてくれないかな。ボクはキミの新しい刀を用意しよう。それとできるだけの戦いの準備をする。戦いは明日、敵は強い、できるだけの準備をしたい、だからといって悠長にも構えていられないからね。戦いは明日だ」
「明日まで考える必要はない」
 そう言ってアカツキはケイの手を握った。
 お互いの掌を溶け合うほどに合わせ、絆を確かめるように指と指を固く絡める。
 アカツキとケイは同時にうなずいた。
「「〈ファルス〉!」」
 同時に声を出した二人が閃光を放った。
 シキと炎麗夜に笑顔で見守られ、アカツキとケイは契約を果たした。
 すぐにケイはアカツキの服を捲り上げて、その背中をたしかめた。そこに浮かび上がっていた刻印。ケイと同じ場所、同じ形の模様。
 アカツキに新たなパートナーが生まれた瞬間だった。

 つづく


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