第20話_VSブラックドッグ!
 深夜の学校と言えば、怖い場所の定番だ。そこがトイレだったらなおグッド!
 残念なことにここは理科室だった。それはそれで怖いけど。
「よくそこの窓が割れてるって知ってたね」
 関心したように華那汰が言った。
 それにたいしてヒイロが『ふふーん』と自慢げに鼻を鳴らした。
「まあな、情報を征す者が世界を征すのさ!(俺様が今日の授業で割ったなんて言えん)」
 華那汰の家で相談をし、夕飯までご馳走になって、のんびりテレビを見てから、学校に侵入することになった。理由は美獣の手がかりを探すことで、教員名簿でもなんでも手がかりになる物を見つけようとなったのだ。
 そして、修理待ちでダンボールによって覆い隠された、割れた窓ガラスから理科室に進入したのだ。
 華那汰が辺りを見回していると、その背中に背負っていたリュックから猫の顔がちょこんと飛び出した。
「なんでハルカも来なくちゃいけなかったのぉ?」
 リュックの中に納まっていたのはハルカだった。
 華那汰はめんどうくさそうに答えた。
「さっきも言ったじゃん。だってお姉ちゃん〝大魔王〟なんだから、なにか役に立つでしょ?」
 疑惑の眼差しでヒイロはハルカを見ていた。
「(本当に役に立つのか?)」
 不安を抱える者がいる中、とりあえず三人は理科室を出た。
 廊下の空気は冷たく、懐中電灯の光だけでは心もとない感じだ。
 懐中電灯で遠くの方まで照らしながら、ヒイロは辺りを見回した。
「行くか(やっぱり怖いな)」
 向かうは職員室だ。
 廊下を歩き出してしばらくして、リュックの中に入っているハルカが頻繁に後ろを振り向くようになった。
「華那汰ぁ、なにかいるような気がするんだけど」
「お姉ちゃん変なこと言わないでよ(幽霊だなんてオチなしだよ)」
 華那汰はワザと気にしないように前を向いて歩き続けた。しかし、横を歩いていたはずのヒイロの姿がない。ヒイロは後ろで足を止めたままだった。
「覇道くん?」
 ヒイロは華那汰に背を向けたまま動かない。懐中電灯で遠くを照らしたまま動かない。動けないというほうが正しいかもしれない。
 懐中電灯が照らされた先にいる四つ足の影。二つある眼がギラギラと輝いている。
 四つ足の獣が廊下を蹴り上げ、引き締まった筋肉が躍動する。
 犬だ、黒い犬が廊下を駆けてくる。
 恐怖で足が竦みヒイロは動かなかった。
 一メートル以上もある巨大なブラックドッグがヒイロの喉元に飛び掛る。ここでやっとヒイロは反射的に身体を動かした。だが、もう襲い。勢いよく飛び込んできたブラックドッグに押し倒されてしまった。
 どうにか眼前でブラックドッグを押さえたヒイロの胸元に、ブラックドッグの口から垂れる唾液が落ちる。
 ガルルルルと喉を鳴らし、ブラックドッグは空を噛み切る。何度も何度も。
 なぜ校内に犬が放し飼いになってるかなんて関係ない。
 華那汰の蹴りブラックドッグの腹に炸裂した。
 蹴りとはいえ女子の力では巨躯を追い飛ばす力はない。だが、華那汰の蹴りはただの蹴りではなかった。類稀なる運動能力を持つ華那汰の蹴りは、威力も凄まじかったのだ。
 大の大人以上もあるブラックドッグがヒイロの上から飛ばされた。
 ブラックドッグは壁に叩きつけられながらも、すぐに体勢を整えて華那汰に襲い掛かる。
 風を切り、華那汰の上段蹴りがブラックドッグの首に入った。パンツがチラリン♪
 骨が折れる音が響きブラックドッグは再び壁に叩きつけられた。今度は受身もなにも取れないまま、ブラックドッグはぐったり廊下の上で動かなくなった。
 冷や汗ダラダラでヒイロがやっと立ち上がった。
「マジ殺されるかと思った」
「覇道くんしゃがんで!」
 華那汰が叫ぶ。だが、なにを言われているのかわからず、ヒイロ動かずにいる。そんなヒイロの頭を華那汰は無理やり下に押し込め、華那汰がパーンチ!
 襲い掛かってきたブラックドッグの鼻先に華那汰のパンチが入った。飛び込んできた勢いと華那汰のパンチ力がプラスされ威力倍増だ!
 再び骨の折れる音が鳴り響く。
 鼻が潰れ見た目では明らかにダメージがあるように思える。
 ブラックドッグの骨は確かに折れていた。あばら骨と鼻の骨が折れている。にも関わらず、ブラックドッグは平然としているのだ。
 ヒイロの脳裏に浮かんだ言葉。
「ゾンビドッグか!」
 かどうかはわからないが、とにかく骨が折れても平気にしているのは間違いない。
 こんな犬となんか戦っても勝ち目がない。そーなったら手段はひとつでヒイロが叫ぶ。
「逃げろ!(なんでこんな犬が学校にいんだよ!)」
 冷たい床に足音が反響する。
 とにかく当てもなく走って逃げる。後ろなんて振り向いてる暇などない。犬とかけっこをして人間が勝てるわけがないのだ。
 だが、ブラックドッグは一向に追いついてこない。それどころか、ヒイロたちの方が足が速かった。
 幸運なことに、このときブラックドッグは足の骨をやられており、うまく走れなかったのだ。たとえ痛みを感じないとしても、骨が正常な状態でなければ思うようにスピードが出せないのだ。
 事情を知らないヒイロたちは不安を覚えつつも、ブラックドッグがなかなか追ってこないことに好機を覚えていた。
 廊下を走っていたヒイロたちの足が止まった。しまった行き止まりだ。
 横の教室は理科室だった。スタート地点に戻ってきてしまった。
 逃げてきた道を戻るわけにもいかず、理科室の中に飛び込むドアを閉め、教室の内カギもかけた。
 ここで安堵からか、疲れが一気に来たヒイロは呼吸を急に荒くして膝に両手を付いた。
「なんだよあの犬」
「あたしに聞かないでよ、お姉ちゃんならわかるでしょ?」
「ハルカに聞かれても困るよぉ。ハルカだって怪物研究科でもなんでもなんいもん」
 ドン!
 理科室のドアが強く叩かれた。
 二人と一匹はビクッと身体をこわばらせ、ドアから離れる。
 ブラックドッグがドアにタックルしているのだ。
 ドン!
 揺れるドアを見ながら、ヒイロの脳裏に幼い頃の借金取りの思い出が浮かぶ。よーく考えたら、借金取りのほうがよっぽど怖かったような気がした。
 廊下には敵いる。ここから校外に逃げ出すのは簡単にできる。
 ヒイロは理科準備室のドアノブをガチャガチャと回した。
「やっぱカギかかってるな」
 そう言ってすぐにドアにタックルした。
 ドアを壊そうとするヒイロを見て華那汰が眼を丸くする。
「なにしてるの!?」
「武器になるものがあるだろ!」
 科学薬品イコール武器。考えが安直だ。
 二度三度とヒイロはドアにタックルしたが、ビクともはするが開かない。
 この間にも、理科室のドアは激しく揺さぶられ、ブラックドッグの猛タックルは続いている。ドアが壊されるなんて考えられないが、それでも突進音が聞こえる度に不安が過ぎる。
「あたしがやるから退いて!」
 ヒイロがドアの前から退き、華那汰がドアにタックルした。
 硝子が割れ飛び、立て続いてドアのカギが外れた。
 ドアを破った華那汰は後ろを振り向こうとしたが、その前にヒイロに抱きかかえられ科学準備室に押し込まれた。
 準備室のドアを閉め、ヒイロが華那汰に命じる。
「そこのドア押さえとけ!」
「えっ!?」
 ドン!
 華那汰は背中に衝撃を受けて、前のめりになり舌を噛みそうになってしまった。
 準備室のドアが何者かによって叩かれている。
 カギの壊れたドアを必死に押さえながら、華那汰は今にも押し倒されそうだった。
「な、なに!?(まざか、さっきのバケモノが?)」
 その予想は的中していた。先ほど華那汰がカギを壊したと同時に、ブラックドッグは理科室のドアに付いた覗き窓を壊して、室内に進入していたのだ。
 ブラックドッグは力任せにドアにタックルし、そのたびに華那汰の身体は強い衝撃を受けて倒されそうになる。
「覇道くん早く!」
「もうちょっと待ってろ、アルミニウムが見つかんねーんだよ!(空いてるガラス瓶もないし、プラスチックの容器で平気か?)」
 いったいヒイロはなにをやっているのだろうか?
 そんなことが気になったりもするが、華那汰はドアを押さえるので精一杯だ。こんな中、余裕があったりしちゃったりするのは、リュックの中で身を潜めているハルカだけだった。
「華那汰がんばれ!」
「お姉ちゃんも手伝ってよ!」
「ハルカ猫だから無理だも……華那汰足元!(グ、グロイよぉ)」
 床を侵食しようとしている赤い液体。それはドアの下の隙間から流れ出ている。ヌメリとした赤いそれはブラックドッグの流した血だった。
 血に気づくのに遅れた華那汰は、ヌメリに足をすくわれてバランスを崩してしまった。その隙を突いて、ブラックドッグがドアに向かって力いっぱい突進した。
「きゃっ!」
 短い悲鳴といっしょに華那汰は押し飛ばされ、ドアの外からブラックドッグが理科準備室の中に!
「華逃げるぞ!」
 ヒイロが叫んだ。その姿はすでに別の出入り口を抜けようとしていた。
「あたしのこと置いて逃げる気!(最低な男!)」
「うるさい、お前もさっさと逃げろ!」
 廊下にいち早く飛び出したヒイロのあとを追って華那汰も廊下に飛び出した。
 すぐにヒイロの横に追いついた華那汰は怒り爆発寸前だった。
「なんであたしのこと置いて逃げようとするわけ!」
「うるさい、その曲がり角を曲がって伏せろ!」
 なにを言われてるのかわからなかったが、このとき華那汰はヒイロが手に持っている容器に気が付いた。
「なにそれ?」
 答える前にヒイロは導火線にマッチで火を点け、後ろから追ってくるブラックドッグに向かって投げつけていた。
「隠れ――」
 ヒイロの声は途中で爆発音によって掻き消されてしまった。
 空気を巻くように炎が唸り、窓硝子が木っ端微塵に砕け飛ぶ。
 硝煙は曲がり角を曲がってヒイロたちのもとまで届き鼻を刺激した。
「げほっ……やべー分量多すぎた(目分量でやったのが間違えだったか)」
「な、なななんなのあれ!?」
 華那汰は眼を丸くし、ハルカは呑気にこんなことを言う。
「魔法みたいでカッコイイ!」
「俺様特製の手投げ爆弾だぜ!」
 理科準備室で華那汰が必死になっていたとき、ヒイロはなんと爆弾を作っていたのだ。
 良い子のみんなは決して真似をしてはいけません!
「なんで覇道くんがそんなのの作り方知ってるの!?(まさかテロ!?)」
 華那汰の言うことはごもっとも、一般人が爆弾の製作方法なんて知っているはずがない。というか、知ってはイケナイことだ。
「祖父ちゃんに作り方教えてもらったんだよ(実際に作ったのは今日がはじめてだったけど、材料がたまたまあってよかったぜ)」
 廊下にへたり込み、危機を乗り越えた華那汰はだんだんと冷静になってきて、顔から血の気が引いてきた。
「あーっ! 学校であんなもの爆発させてどうすんのよ、見つかったら捕まるじゃん。しかも爆弾なんて使って、重罪であたしたち牢屋に入れられちゃう!」
「仕方ないだろ、そんなこと気にしてたら俺様たち殺されてたんだぞ(俺様に感謝しろよな)」
「だって他に方法があったでしょ!」
「にゃーっ!」
 二人が求めている間に割って入ってハルカが叫んだ。
「なにお姉ちゃん!」
 と言った直後、華那汰はすでに逃げる準備をしていた。
 燃え盛る炎に包まれた四つ足の獣。
 あの爆発の中で、ブラックドックは生き残ったのだ。もともと生きてるかどうかは、わからないけど。
 今度は華那汰がヒイロを置いて先に逃げた。
 ヒイロは腰を抜かしてしまって、廊下から尻が上がらない。
 ゆっくりと歩き、ブラックドックが近づいてくる。その全身は業火に包まれ、黒い煤を舞い上げていた。
 一度は走りかけた華那汰は引き返し、ヒイロの腕を掴んで立たせようとする。
「早く立って!」
「殺される!」
 ブラックドッグがヒイロに飛び交った。
 舞い上がる黒い煤。
 足が崩れた。
 ヒイロに飛びつく寸前、ブラックドッグの身体が崩れはじめたのだ。
 飛び上がっていたブラックドッグは途中で力尽き、床に落ちてバラバラに崩れてしまった。
 身体を取り巻いていた炎はやがて治まり、そこには黒い灰だけが残ったのだった。
「あー助かったー!」
 安堵からヒイロは廊下に大の字になって倒れた。

 つづく


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