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第3話_ドカーンと一発咲かせましょう |
教壇に立ったカーシャが咳払いを一つ。 「コホン、今日はクラスの新しい仲間を紹介する」 カーシャの視線がドアに向けられ、クラスの目もそっちに向けられた。 ばーん! と勢いよくドアが開けられ、小柄な影がクラスに飛び込んだ。 「イエーイ! ビビちゃんで~す!」 仔悪魔ビビ、クラスの召喚!! それを見たルーファス驚愕!! 「な、なななななーっ!(ビビがどうして!)」 声をあげたルーファスは無視で、転校生恒例の自己紹介がはじまる。 「えっと、アタシの名前はシェリル・B(ベル)・B(バラド)・アズラエル。愛称はビビよろしくね♪ これでも魔界ではちょ~カワイイ仔悪魔でちょっとは名前が知られてます。好きな食べ物はチョコレートとラアマレ・ア・カピス。好きな音楽のジャンルはヘヴィメタルとか、あとね――」 パコン! カーシャの平手打ちがビビの脳天に炸裂! 「いった~い!」 「もういい、さっさと席に座れ」 ほっぺを膨らませ、ビビはカーシャの言うとおり席に座った。 もちろん席はルーファスの真横だ。 「ルーちゃんクピポー!」 「クピポーってなにそれ……じゃなくって、なんでビビがここにいるのさ?」 「クピポーって挨拶流行ってるらしいよん」 「そこは置いといて、なんでビビがここにいるのさ?」 「ああっと、それはねぇ」 黒板方向からマジックチョークがルーファスに飛んできた。 パチコーン! 見事ルーファスの脳天に直撃。的が描いてあれば100点満点だ。 マジックチョークを投げたのはカーシャだった。 「ルーファスうるさいぞ、赤点だ」 「はぁ!? ちょっと待ってよ、ビビだってしゃべってたじゃん!(てーゆか、回りもいつも以上にざわめいてるぞ?)」 ルーファスが辺りを見回すと、周りの生徒たちの視線が痛いほどにルーファスとビビに向けられていた。 からかうように指さす者や、ひそひそ話にピンクの花を咲かしている者もいる。みんな注目の美少女転校生と、ルーファスのカンケイが気になっているのだ。 弁解しようとルーファスが席を立って、机を両手でバンと叩く。 「ちょっとみんな勘違い――イイイッ!?」 パチコーン! カーシャのチョークがルーファスの脳天炸裂。 「うるさいぞルーファス(女のことで焦るなんて、ルーファスもまだまだだな……ふふっ)」 おでこを赤くしたルーファスは静かに着席した。 これ以上ここで話を進めるのは得策ではないと、やっと今さら気付いたのだ。 そんなこんなで朝のホームルームが過ぎ去り、ルーファスがいろんな意味で頭を痛めていると、クラスの男子たちがルーファスとビビの回りに殺到。 「ルーファス、その子おまえのなんなんだよ?(まさかルーファスの彼女!)」 「ビビちゃんっていうんだ、家どこなの?」 「俺もヘヴィメタ好きなんだ、友達になろうよ!」 「ルーファス、おまえだけは俺たちの仲間だと思ってたのに、呪い殺してやる!!」 いろんな声が飛び交う中、壮麗な服に眉目秀麗な顔が乗った男子生徒が一括する。 「君たち、ルーファスもビビも困ってるだろ!」 この者の言葉で、周りは一気に落ち着きを取り戻し、みんな不貞腐れながら席に戻っていった。 周りを一掃し、1人この場に残ったのはクラウスだった。 「してルーファス、ビビとの関係を洗いざらい吐いてもらおうか?」 「クラウスもぉぉぉっ!?」 声を張り上げてルーファスは机に突っ伏した。 周りを追い払ったのは、自分が直接聞きたかったかららしい。 「寄ってたかって質問されるのは大変だろうと思って、僕が代表として質問するべきだと考えたんだよ」 「クラウスさぁ、国王なんだからそんなマネしないでよぉ(ホント、自覚が薄いんだよねぇ)」 ルーファスが釘を刺したとおり、クラウスは現アステア王国の国王なのだ。 国王が周りを追い払って自分だけが――となると、偉さを鼻にかけて嫌なヤツを思われがちだが、クラウスはそんなを感じさせない物腰を持っている。 美麗な顔立ちに柔和な優しさが浮かび、今みたいな行為をしてもユーモラスと女子生徒に言われるだけだ。そう、人間顔が命なのだ。 ルーファスのセリフを受けて、クラウスは少しツンとした。 「国王っていうのはなしだよ。いつも言っているだろう、学院内や友達同士で集まってるときは、国王だということを忘れてくれって」 クラウスの趣味は城下をお忍びで歩くことなどで、普段から高い位置からではなく、同じ目線で国民と向き合うことをモットーにしている。そのためか、国王扱いされることが嫌いらしいのだ。 親しみを込めた笑みでクラウスはビビに握手を求めた。 「僕はクラウス・アステア。ルーファスとは魔導幼稚園から友達なんだ」 ニッコリ仔悪魔スマイルでビビはクラウスの手を握った。 「アタシはビビ、よろしくね♪(ちょーイケメンだ)」 2人が握手を交わしているとき、ちょうど授業開始のベルが鳴った。 「またあとでじっくり話そう、じゃあねビビ」 キラースマイルでクラウスは別れを告げ、自分の席に戻っていった。 授業さえはじまってしまえば、ビビと自分から注目が薄れると、ルーファスはほっと胸を撫で下ろした。 「(まだ授業はじまってないのにドット疲れた)」 ベルが鳴り終わると同時に、規則正しい時間で教室にパラケルススが入ってきた。いつも時間にきっちりしている先生だ。 1時間目の授業はマジックポーションの授業。 医学や錬金術などを得意とするパラケルススは、この授業の権威である。ちなみにルーファスは、難しい原子配列や公式を覚えるのが苦手だったりする。 授業がはじまってすぐに、ビビからルーファスに手紙が回ってきた。 女の子から手紙をもらうのは数年ぶりのルーファス。意味もなくドキドキしながら手紙を開いた。 『さっきのルーちゃんの質問なんだけど、パラケルスス先生が留学生扱いでこの学校に入れてくれたの、いいでしょー』 すぐにルーファスは手紙の返事を返した。女の子との文通(?)はこれがはじめてだ。 『この学校入るの難しいんだよ、なんでそんな簡単に入れるの?』 『えぇ~、ルーちゃんだって入れたんだからアタシだって入れるよ』 『もちろん筆記とか実技試験したんだよね?』 『するわけないじゃん』 『そんなのズルイよ。あとでパラケルスス先生に抗議する!』 丸めた紙がビビから投げられ、ルーファスは中を開いた。 『ルーちゃんのばかぁ!』 「バカってなんだよ!」 ついつい声に出してしまったルーファス。シーンとしたクラスで注目を集め、ルーファスは気まずくなって顔を真っ赤にした。 そして、パラケルススが一つ咳払いをした。 ルーファスは肩を落として俯いた。 「(なんで僕だけがまた怒られなきゃいけないの)」 静かになった教室で再び授業が再開しようとしたとき、大声をあげてカーシャが教室に飛び込んできた。 「おいパラケルスス、緊急事態だ!」 「授業中じゃぞ。おまえも授業中のはずじゃが?(カーシャが慌てるとは珍しいのぉ)」 「悠長なことを言うな、ファウストが学院地下で……なんて説明はどうでもいい。とにかくファウストがクラスを引き連れて、超古代兵器を……とにかく来い、他の教師どももファウストを追って出た」 カーシャの慌てように、パラケルススもただならぬ雰囲気を感じ取った。 「ふむ、またか(ファウストは魔導実験のことになると、たまに見境がなくなるからのぉ)。授業は自習じゃ、みな静かに各自自習をしておるように」 ざわめき立つクラス。 ビビはワクワクしていた。 「ねえルーちゃん、楽しそうじゃない?」 「……別に(なんかビビの目輝いてるよ)」 「行こ、絶対楽しいよ!」 「はぁ?」 「レッツ・ゴー!」 ルーファスが止める間もなく、ビビは教室の外に飛び出していた。 虚しく伸ばされたルーファスの手が、何者かにつかまれた。 「ルーファス、僕らも行こう!」 クラウスだった。 「クラウスまで……パラケルスス先生が自習って言っただろう」 「そう硬いこというな、行くぞルーファス」 「……はぁ(いつもこうなんだから)」 クラウスは決して模範的な優等生ではない。悪友に振り回されているのは、ルーファスのほうだった。 教室を出て校舎を飛び出す。 ビビの姿はもうない。 他の人影も……1人だけあった。 空色ドレスに乗った中性的な顔が無表情で挨拶をした。 「おはよう(ふあふあ)」 羊雲みたいな声を発したのはローゼンクロイツだ。 ローゼンクロイツは二人の顔を見つめた。 「キミたちも遅刻かい?(ふにふに)」 「君と同じにしないでくれよ」 と、クラウスは苦笑いを浮かべた。 無断欠席、大幅遅刻はローゼンクロイツの得意技だ。そんな人物と同じにされたくないのは当然だった。 無表情のままローゼンクロイツは首をかしげた。 「じゃ、サボリだね(ふにふに)」 ルーファスがすぐさま反論。 「違うから。なんかまたファウスト先生が事件を起こしたとかで自習になったんだよ。それで私たちは事件の見物に行く途中」 「それってサボリっていうんだよ(ふにふに)」 無表情のままローゼンクロイツツッコミ! 自習をサボったことはたしかで、否定の『ひ』の字も返せない。 なぜかローゼンクロイツはクルッと身体を回転させ、来た道を戻りはじめた。その背中越しに手をひらひら振っている。 「じゃ、ボクは帰るね(ふあふあ)」 ローゼンクロイツの背中にルーファスが手を伸ばす。 「ちょちょちょちょっ、今学校に来たばかりなのになんで?(また出席日数危うくなるよ)」 「自習なら行かなくていいと思うけど?(ふにふに)」 「そーゆー問題じゃないでしょ?」 「そーゆー問題だよ(ふあふあ)」 サラッと言っのけたローゼンクロイツの肩をクラウスが叩いた。 「それでは僕らと行くか?」 「……興味ない(ふあふあ)」 無表情だった顔が一瞬だけ、凄く嫌そうな顔を作って、すぐに元の無表情に戻った。 「無理やり誘うのは良くないな」 と、クラウスは諦めてルーファスに視線を向けた。 「では、僕ら二人で行くか」 「ちょっと待って、行くって言ってもどこに行くかわからないよ(カーシャもパラケルスス先生も先に行っちゃったみたいだし)」 困って腕組みをするルーファスは、視線を感じて顔を上に向けると、ローゼンクロイツがエメラルドグリーンの瞳で、じーっとなにか言いたそうに見ていた。 「魔女ならあっちの方向に箒で飛んで行ったよ(ふあふあ)。ボクが思うに、駅かな?(ふあふあ)」 その言葉を聞いてクラウスがすぐに走り出した。 「ありがとうローゼンクロイツ。行くぞルーファス!」 「うん、またねローゼンクロイツ」 「また(ふあふあ)」 機械的に手を振るローゼンクロイツを尻目に二人は駅に向かった。 正門から続く噴水広場を抜け、駅はすぐ近くにある。クラウス魔導学院が建設されたときに、同時に建設された『クラウス魔導学院前』駅だ。 駅に着くとここで問題発生。 どこまでの切符を買ったらいいかわからない。 てゆーか、本当に駅で良かったのかどうかすらわからない。 2人が路線図を睨めっこしていると、鼻を押さえた駅員がフラフラした足取りで歩いてきた。 クラウスが駅員を呼び止める。 「少し聞きたいことがあるのだが?」 「なんですか?(あれこの顔どっかで見たことあるな?)」 クラウスの顔の認知度は意外に低い。公式の行事が苦手なために、建国記念日くらいにしかクラウスは国民に顔を出さない。それに国王がこんなところにいるはずがないという先入観から、バレても勘違いにされるかソックリさんで通ってしまう。 「箒を持った長い黒髪の女性を見なかったか?」 「あーっ! おまえあの女の知り合いかッ!」 突然、駅員はクラウスの胸倉に掴みかかり、眉間に青筋を浮かせて怒り出した。 なんで起こられているのかわからないクラウスは、きょとんと目を丸くしてしまっている。 2人の間にルーファスは割って入る。 「まあまあ、ちょっと冷静に(まさかカーシャがなんかやったのかな?)」 ルーファスが2人を引き離すと、駅員は荒々しい鼻息を出しながら地団太を踏んだ。 「あの女に言っとけ、治療代出してちゃんと俺に謝れって(クソー鼻が痛ぇ)」 真っ赤に腫れた鼻にルーファスとに視線が向けられた。 「たぶんそれうちの教師です。なにされたんですか?」 「殴られたんだよ。『退けーッ!』っていきなり走ってきて、俺を殴って改札口を通って行ったんだよ」 「はぁ、そうなんですか(まったくカーシャッたら)。それでその女性がどこに行ったか知りません?」 「知るかよ!」 鼻を押さえて駅員は怒鳴った。かなりイライラしているらしい。イライラにはカルシウムがいい。この駅員には牛乳を飲むことを推奨する。 駅員が客の行き先を全部把握しているはずがない。どうやら駅に来たのは正解だったが、ここで打つ手なしなってしまった。 だが、クラウスは諦めなかった。 「では、長髪で魔導具をジャラジャラ腰から下げて歩いている黒尽くめの男性と、それに引き連れられた生徒の一団を見なかったか?」 「生徒かどうかはわからないが、そんな客がいたなぁ」 魔導学院は制服がなく私服のために、ひと目で学院生だとはわからないが、そんなような一団に駅員は見覚えがあった。 難しい顔をして考えた駅員は、パッと明るい顔になって閃いた。 「そうだ、湿地帯に行くとか……?(ミ……ミがつく場所だったような気がするな)」 クラウスも閃いた。 「この辺りで湿地帯と言えば、ミズガルワーム湿地帯か?」 「そうそう、ミズガルワーム湿地帯だよ。そこに行くとか騒いでたそうな気がするな」 「よしっ、ミズガルワーム湿地帯に行こう!」 クラウスの白い歯がキラリーン! 拳まで作って行く気満々、ヤル気満々、そんなクラウスを止める術はなかった。 重いため息がルーファスの口から漏れた。 ミズガルワーム湿地帯はアステア王国の首都から、だいぶ東方に行った場所にある。 魔導式蒸気機関車でも、長い距離があるために、どこかでワープ装置を使ったと予想される。 世界各地に点在するワープ装置は、決まった場所と場所を結ぶ瞬間移動装置で、これが量産化できれば世界に革命が起こると言われている。だが、この装置はロストテクノロジーの中でも解析不可能とされ、今までに何度も研究が行なわれてきたが、みな失敗に終わっている。 機関車とワープ装置を使い、ルーファスとクラウスはミズガルワームの湿地帯に来た。それも湿地帯のど真ん中に位置する場所だ。 古代人が作ったとされる塔の中に2人はいた。すぐ近くには今通ってきた水溜りにも似たワープ装置がある。 ここまでなんとなく来てしまったが、ルーファスはどんより暗い影を落としている。 「あ~あ、着ちゃったよ(よりによってミズガルワームなんて)」 ミズガルワーム湿地帯は湿地帯の中でもたちが悪い。巨大な樹海の中に湿地帯が点々と存在し、数多くの肉食生物が弱肉強食の戦いを繰り広げている場所なのだ。 伝説によると、この湿地帯には巨大な水蛇がいるらしく、その名前がミズガルワームというのだ。 こんな場所に来るのは自殺志願者くらいのものだ。 もちろんルーファスは自殺志願者じゃない。 ただし、今はとってもウツ状態だった。 「最悪だ、塔の外には凶悪な爬虫類とか両生類がウジャウジャいるんだよ?(弱肉強食の原理から行って僕が食われるし)」 「ルーファス、ここまで来て引き下がったら男じゃないぞ!(でも、ルーファスはへっぽこだからなぁ、心配だ)」 「この際、男じゃなくていいし。やっぱり帰ろう、それがいいよ(まだ死にたくないし)」 「そんなこと言うなよ。たぶん先に行った教師たちが一掃してると思うが?」 そういう推測も一理ある。 ぐぁっ、しかし! ネガティブキャンペーンのルーファスはそんな考え持ってない。 「あのねクラウス、例えばファウスト先生が強行突破で破壊活動して、そのあとをカーシャが大暴れしたとするでしょ、それで一掃できると思う?」 「カーシャ先生なら向かってきた敵を残らず消滅させると思うが?(外に出たら湿地帯がなくなっていたりしてな)」 「違うよ、みんなが大暴れして湿地帯の動物を煽って、今は湿地帯中ギラギラ光った眼でいっぱいだよ。きっと塔の外は殺気立ってるに違いないよ」 それもありえる。 結局のところ外に出てみないとわからない。 どーしても外に出たくないルーファスと、外に出たくてたまらないクラウス。 「ルーファス、せっかくここまで来たのだから、外の様子だけでも窺おう。危ないと思ったらすぐに引き返せばいいさ」 「ええ~っ(でもねなぁ、ビビも先行っちゃってるんだよね)」 先の飛び出していったビビの背中姿が、ルーファスの脳裏に浮かぶ。 そして、ビビの笑顔。 仔悪魔スマイルがルーファスの脳裏に炸裂。 やっぱりビビは放っておけない、ルーファスは決意した。 「よし、行こう!(僕の気が変わらないうちに)」 言葉は気合が入っているが、心はまだ弱気だった。 ついに塔の外に出ることになり、黄土色で石造りの床を踏みしめて出口に向かった。 もう出口から外の景色が見えてきたところで、塔に入ってくる人影を見つけた。 背中を丸めて人を背負ったパラケルススだった。 すぐにクラウスがパラケルススに手を貸した。 「大丈夫ですかパラケルスス先生!」 「おぬしら、自習しとれと言っただろう。じゃが、今はそれよりも手を貸してくれ」 パラケルススを手伝い、背負われていた女子生徒を床に寝かせた。 蒼ざめた顔で生徒は気を失っている。ファウストのクラスの生徒だ。 パラケルススは生徒の脈や瞳孔を調べ難しい顔をした。 「おそらく毒じゃな。わしが治療すれば命は助かるが……(外には他にも生徒が)」 パラケルススはルーファスとクラウスの顔を、真剣な眼差しで見つめていた。 「おぬしら、湿地帯にはまだ負傷した生徒がいるかもしれん。無理はせんでいいから、探してきてくれんか?」 「無理です!」 ルーファス即答。授業の答えもこのくらい即答ならいいのだが。 「僕が行きます」 クラウスヤル気満々。授業もこんな感じで成績優秀だ。 だが、ルーファスは心配でたまらなかった。 目の前には毒にやられた生徒がいる。普通に入ってこれだ。捜索なんかで入ったら、難易度アップで、ミイラ取りがミイラになること間違いなし。特にルーファス。 クラウスはすぐに外に駆け出してしまった。 仕方なくルーファスもあとを追う。 2人の背中にパラケルススが声をかける。 「決して無理はするな!(クラウスとルーファスなら平気じゃろう)」 成績優秀のクラウスならともかく、へっぽこ魔導士とあだ名されるルーファスは心配だ。 だが、パラケルススはそうは思っていなかった。 「(たしかにルーファスはおっちょこちょいじゃが、秘めている実力ならば学年で1、2を争う。それに強運の持ち主じゃ)」 不幸体質で有名なルーファスだが、パラケルススはただの不幸でないと見抜いていた。 湿地帯は深い森に潜んでいる。 木漏れ日が森に差し込んでいるにはいるが、それでもどんよりと薄暗く、遠くは密林で見渡すことができない。 前ばかりに気を取られていると、足元に突然現れた湿地に足を取られてしまう。 身体をブルブル震わせながら、ルーファスは辺りをキョロキョロした。 「なんか奇声っていうか、変な鳴き声聴こえるし」 「ルーファス、僕の近くを離れるなよ」 「死んでも離れないから平気(死んでも取り憑いちゃおうかな)」 足元の湿地帯を確かめ、慎重に前へ進む。 水の中にはどんな生物が潜んでいるかわからない。迂闊に足を踏み入れることはできない。 のに、ルーファスはまる。 「わぁっ!?」 ズボッと両足を膝まで沈め、ルーファスは両手を振って慌てた。 「たたた、助けて!(死ぬし、死ぬし、死んじゃうよ!)」 ぬかるんだ水の底に足を捕られ、ルーファス脱出不可能。 クラウスが手を伸ばす。 「今助けるから落ち着け」 「早く助け――ぎゃっ!?」 水飛沫があがる眼前で、クラウスはルーファスが水の中に引きずり込まれるのを見た。 瞬時の判断でクラウスは魔導チェーンを放ち、ルーファスの身体に巻きつけた。 「ルーファス平気か!」 「ぐわっ……平気じゃない……見て……わかるだろ(ちぬ、ちぬぅ……)」 濁った水面から顔を出したり沈んだり。必死にもがくルーファスは死相を浮かべている。 銀色に輝くチェーンを拳に巻きつけ、クラウスは渾身の力を込めて引っ張った。だが、足元がぬかるんでいて思うように力が入らない。 それだけではない。ルーファスを引きずり込もうとする何者かの力が強い。 大きな水飛沫があがった。 一瞬だけ、太いまだら紐のようなものが見えた。 近くにいたルーファス。というか、ソレに引っ張られてるルーファスは、ソレがなんだかわかってしまった。 「(巨大蛇!?)」 水の中で巨大な蛇がうねっている。その太さはルーファスの太腿より太い。 湿地帯で大蛇に襲われたルーファスはアンラッキー。けれど、いきなり丸呑みにされなかったルーファスはラッキー。まさに不幸中の幸い。 しかし、このままの状況では、ルーファス死ぬ。 クラウスはすでに膝まで水に浸かり、已然としてルーファスは水面でアップアップ。 「(やっぱり来るんじゃなかった)」 と意外に冷静なルーファス。自分の死期を悟って逆に冷静になってしまったのだ。 ネガティブ冷静化現象だ!! そんな現象名があるのかはわからない。 クラウスは両手で鎖を引っ張っているが、なんとルーファスは両手が空いている。 これって不幸中の幸い? 冷静モードのルーファスはすぐに呪文を放った。 水をも切る風の刃。 見事に風の刃は大蛇の肉を裂いた。 しかし、やはり水で勢いが弱まったのか、大蛇の皮膚が厚かったのか、切断には至らずに大蛇は暴れ狂った。 その衝撃でルーファスは遠くに投げ出された。 放物線を描いて落下してくるルーファスをクラウスが見事キャッチ。 若い国王によるお姫様抱っこだ!! んなことを言ってる場合じゃなかった。 憤怒した大蛇はその全容を現し、三メートル以上の高みからルーファスたちを見下ろし、長い舌を出し入れして風のような鳴き声を立てている。 どうやら大蛇を怒らせてしまったようだ。 が、しかし! そのとき大蛇の上空から飛来してくる物体エックス。 それは大蛇にも優るとも劣らない巨大な怪鳥の影だった。 鋭い爪を地面に向け、怪鳥は大蛇を鷲掴みにした。 そして、そのまま大蛇を上空かなたへ掻っ攫って行ってしまったのだ。 大蛇を怒らせたのはアンラッキー。 怪鳥が現れたのはラッキー。 まさに不幸中の幸い。 へっぽこ魔導士ルーファス不幸中の幸い説浮上。 不幸ゆえにへっぽこと呼ばれ、大事故にも度々巻き込まれるルーファス。しかし、先日の『ねこしゃん大行進』の爆発に巻き込まれ入院した件に代表されるように、死亡してもおかしくないような事故にあっても、生き残ってしまうある意味強運の持ち主。 そう、魔導士ルーファス、その実体は不幸中の幸い体質なのだ。 けれど、たぶんアンラッキーの割合のほうが多い。 お姫様抱っこされているルーファスが、クラウスの後ろを指差した。 「クラウス逃げて!」 「どうした?」 振り返ったクラウスの目に映ったのは、毛むくじゃらの野人だ。 あんまり友好的じゃないようで、野人は雄叫びをあげている。 たぶんルーファスたちは今夜のディナーだ。 不幸中の不幸体質。一難去ってまた一難。やっぱりルーファスはただの不幸体質かもしれない。 クラウスはお姫様抱っこをしたまま走った。 逃げた。 逃亡した。 とんずらした。 とにかくただでさえ歩きづらい湿地帯を走り、樹海の奥へ奥へと進んだのだった。 抱っこされているルーファスは耳を立てた。 「助けてーっ!」 女の子の声がした。ヒーローの登場を願う助けてコールだ。 気付けば後ろから迫っていた野人の姿も消えている。 「クラウス、今の聴こえた?」 「ああ、助けを呼ぶ声だ」 クラウスはすぐに声のした方向に足を運んだ。 「助けてーっ! あっルーちゃん!」 ビビの声だ。 名前を呼ばれたということは近くにいるはずなのだが、辺りを見回してもビビの姿が見当たらない。 「ルーちゃんってば!」 ルーファスは上を見た。 蔓に吊るされ木の上にいるビビの姿。逆さ吊りにされているために……パンツ丸見えだった。 お尻にクマさんがプリントされたパンティーだ。 「えっち、見ないで!」 ビビはえっちな視線に気付いてすぐにスカートを押さえた。 急いでルーファスとクラウスは首を横に振った。 「「見てない、見てない」」 見事なハモリだった。でも、実は2人ともバッチリ心の写真館に保存されている。 そんなことより、なんでビビが木の上に吊るされてるのだろうか? なんてことをクエスチョンタイムする前に、ビビにアクションが起きた。 突然、ビビの身体がより高く上に引っ張られたのだ。 「助けて、これ生きてるの!」 補足をすると、この蔓は知能を持ってます、ということだ。 その危険性に気付いたクラウスは両手が塞がっているので、その塞いでいるものを現場に投入した。 「行けルーファス!」 クラウス、ルーファスを全力投球。またの名を人間ミサイルという。 「ぎゃ~~~っ!(なんで投げられてるの!?)」 ルーファスは一直線にビビに向かってぶっ飛び、そのままビビの身体に抱きついた。 ビビの顔に触れるふにふに感。 顔面にルーファスの股間ぐぁっ!! 「いやぁぁぁぁん!!(ルーファスのばかぁぁぁん!!)」 思いっきり突き飛ばされてルーファス再びぶっ飛ぶ。人間ミサイル返しだ! 軌道の先にはクラウスがいるが、今回はお姫様抱っこなしだ。クラウスは空いた両手から風の刃を放っていた。 鋭い風の刃はビビを捉えていた蔦を切り、自由になって落下してくるビビの身体をクラウスは見事お姫様抱っこキャッチ! 代わりにルーファスは地面に激突つキッス! 「(なんか……そんな役回り)」 蛙のようにルーファスは地面で伸びていた。 そんなルーファスを放置プレイして、ビビとクラウスは見詰め合っていた。 お姫様抱っこされるビビは顔を桜色に染めて、突然のグーパンチ! クラウスの鼻から鼻血ブー! 「ぐはっ!(なぜに!?)」 「えっち!」 クラウスの腕から降りたビビはプンスカプンと起こっていた。 「今アタシのお尻触ってたでしょ、えっち痴漢、変態!」 ちなみにえっちの語源は『変態』の頭文字の『H』なので、えっちは重複だ。 「僕がそんなことするはずないじゃないか……」 鼻を押さえながらクラウスは弁解した。 その鼻血は本当に殴られたときに出たものかな……うふふ。 「誤解だよ、誤解!」 そうやってムキになるところが……うふふ。 木の陰から誰かがこっちを見ていた。 「うふふふ……ふふふふっ、クラウスもやはり男の子だな」 低い女性の声。 その正体はいったい!? ――カーシャだった。 物陰からひょこっと現れたカーシャを見てビビが叫ぶ。 「あ~っ、アタシを置いて行った薄情者!」 「それは誤解だぞビビ。妾はおまえを置いていったのではなく、捨てたのだ」 もっと最悪だった。 途中までビビとカーシャは共に行動していたのだが、いつの間にかカーシャが消えてビビは独りぼっちで彷徨っていたのだ。 地面で死の境を彷徨っていたルーファスがのそっと立ち上がった。 「あー、質問。じゃあなんで戻ってきたわけ?」 「そんなこと決まっておるだろう。道に迷ったのだ(景色が全部同じに見える)」 堂々と迷子です発言。 ここでカーシャ以外が冷や汗たらり。 ルーファスはクラウスに顔を見合わせた。 「クラウス……道覚えてる?」 「いや、大蛇に襲われた場所までは記憶してたんだが、そのあと必死に逃げたから……」 不安顔のルーファスは次にビビを見た。 「ビビは?」 「アタシに聞かないでよぉ」 絶望の顔で最後にルーファスはカーシャを見つめた。 「カーシャは……迷子だよね」 「あはははは」 「きゃははは」 「ふふふふっ」 「あ~ははは」 乾いた笑いが木霊した。 一同遭難。 ビバ・遭難!! 周りは危険なアニマルでいっぱい。 暗くなったらもっと絶望的だ。 いち早くクラウスが冷静さを取り戻した。 「みんな、大丈夫だ。少し冷静になろう(来た道を戻ればいいだけじゃないか)」 クラウスは辺りをゆっくりと見回した。 「みんな冷静になれば帰り道がわかるはずだ。帰り道は……あっちだ!」 一斉に4人で帰り道を指さした。それが見事にバラバラの方向。絶望色が濃くなった。 こんなことじゃへこたれない。クラウスは冷静さを保った。 「カーシャ先生、箒に乗って上空から現在地を確認してください」 「……箒か……あれならさっき野人に盗まれた(イタズラ好きな野人さん……なんて笑えんぞ……ふふっ)」 かなり絶望的な展開にルーファスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。 「どうしよう、不安でお腹が痛くなってきたぁ……」 ポンとビビが手を叩いた。 「そうだっ、まだ昼ごはん食べてないよ。お腹すいたぁ、お腹すいたぁ、お腹すいたぁ」 駄々をこねはじめたビビ。 横ではカーシャが暗い影を落として、含み笑いで肩を震わせている。 パーティーメンバーが次々と役立たずになっていく中で、さすが一国の王クラウスは希望を捨てていなかった。 「ルーファスしっかりしろ、魔導学院の遠足に比べたらミズガルワーム湿地帯で遭難なんてたいしたことない。グラーシュ山脈の登山や帰らずの樹海でのサバイバル合宿、他にもゴンゴル火山に飛び込めだなんて無理難題もあったじゃないか!」 魔導学院で初の課外授業を行なったのがグラーシュ山脈だった。温泉遠足だと騙されて連れて行かれた雪深い極寒の山脈。見事にそこでルーファスは遭難した。 そして、その遭難時にルーファスはカーシャと初めて出逢ったのだ。いや、遭っちゃったのだ。 遭難から帰ったルーファスの口から、そのときの詳細は今もなお語られていない。 たしかに今まで行なってきた魔導学院の、理不尽かつむちゃくちゃな課外授業に比べれば……いつもと同じくらいだ。ただし、いつもと同じでも、いつも同じ絶望感や恐怖などを味わっている。 今まで乗り越えてきたといえ、絶望は絶望なのだ。 まあ、しかしこんなところでじっとしていても話は進まない。 クラウスが別の場所に移動しようと提案しようとした、そのとき! ビビの身体に細い蔓が巻きついた。 先ほどの蔓がまだ近くに潜んでいたのだ。 遭難した絶望感で、そんな蔓のことなどすっかりさっぱり忘れていた。 「きゃぁ!」 蔓に捕らえられたビビの後ろには巨大な影がそびえていた。 2メートルもありそうな花弁。グロイというか、毒々しく赤い花。強烈に甘い臭いがあたりに立ち込めはじめた。 何本もの蔓を足のように使い、巨大な花がこちらに向かってやってくる。 「ルーちゃん助けて!」 ビビの叫びを聞いてルーファスが立ち上がる。 「ビビ!」 気持ちの切り替えも早く、ルーファスは風の刃を放った。 ビビを拘束していた蔓が切り裂かれる。 自由になったビビはルーファスに駆け寄り抱きかかえられた。 その間にクラウスが両手から炎の玉を放つ。 炎の玉は巨大な花に見事命中。だが、花に穴を開け焦がしただけだった。 カーシャは冷静に花を見つめていた。 「湿地帯は湿気が多い、炎は不利だ。加えて水分量の多い敵は燃やすことはできない」 「そんなこと言われなくてもわかってますよ先生。咄嗟だったので得意な炎が出ただけです」 クラウスの守護精霊は炎を司るサラマンダー。ちなみに今日の曜日はサラマンダーだ。つまりクラウスの魔力が普段よりも上昇している。 再びクラウスは構えて魔法を放った。 「喰らえ!」 また炎の塊だ。しかし、今度は違った。 炎の塊は花にぶつかった瞬間、大爆発を起こして木っ端微塵に標的を吹っ飛ばした。 爆発系の魔法を放ったのだ。 感心したようにカーシャは頷いた。 「見事だ。申し分ない破壊力だな」 巨大な花は跡形もなかった。 ビビもおおはしゃぎだ。 「クラウスかっこいい! ルーちゃんとは大違い」 と、ボソッと最後に付け加えた。 「私もいちようビビのこと助けたんだけど?」 恨めしそうにルーファスは目を細めていた。 たしかにルーファスも風の刃で蔦を切ってビビを救出した。けれど、クラウスのほうが目立っちゃったのだ。仕方ない。 とりあえず一件落着だ。 カーシャは目を細めて何かに振り向いた。 「捕まえろ!」 カーシャの声で3人はその方向を見た。 箒を持った野人が立っている。それ以上の説明はいらない。あれこそ希望の光だ。 必死こいて4人は野人に向かって飛び掛ったのだった。 カーシャがボソッと呟く。 「なぜ4人もいて見失う」 見事なまでに野人を見失ってしまった。 追跡時間は十数分だったが、ルーファスはもうすでに息を切らしてゼーハーしている。 「ムリ、あの猿自由に動きすぎだよ」 「だな、この樹海じゃあいつの方が有利だ」 と、クラウスは言いながら、前方から目を離していなかった。 カーシャもビビも、クラウスと同じモノを見上げていた。 両膝から手をあげたルーファスも顔を上げ、その巨大な塔を見上げたのだった。 「帰ってきたっていいたいところだけど、あの塔じゃないね」 ワープ装置ではじめにやってきた塔ではなかった。また別の塔がそこには立っていたのだ。 カーシャはさっさと塔に向かって歩きはじめた。 「別のワープ機関があるかもしれん」 ナイス推測。 カーシャに続いて3人も塔に向かって歩き出した。 塔の周りには草木が生い茂っていたが、何者かが強引に通ったような伐採跡がある。木の断面が新しいことから、もしかしたらファウストたちかもしれない。 塔に入ったカーシャは渋い顔をする。 そこは小さな個室だった。塔の外観から考えて、三メートル四方しかない部屋はおかしい。しかし、ここには先に続く道がないのだ。 ビビが天井を指差した。 「見て、天井に穴あいてるよ」 人為的に切り取られたであろう四角い穴。先に進む道はそこしかなさそうだ。 ビビはジャンプをして穴に手を伸ばそうとするが、到底届きそうもない距離だ。肩車をしても無理だろう。 腕組みをしてルーファスが唸った。 「う~ん、他に入り口があるのかな」 「この部屋に仕掛けがあるのかもしれないな」 そう言って、クラウスは仕掛けを探しはじめた。 それに続いてカーシャも部屋を隈なく探しはじめる。 「ファウストが先にこの塔に来ていると仮定すると、最近になってついた痕跡が残ってるやもしれんな」 塔の周りの草木が伐採されていたように、真新しい痕跡がこの部屋にも残っている可能性がある。 ビビは壁に出っ張りを見つけた。 「ここに出っ張りがあるよ」 とりあえず押してみる。 別の部屋から物音が聞こえたと思った瞬間、ルーファスの眼前を矢が横切った。 目を丸くしたままルーファスフリーズ。 満面の笑みを浮かべるビビ。 「きゃは、失敗失敗♪(危うくルーちゃん殺すとこだった)」 「私のこと殺す気?」 目を細めて自分を見るルーファスに、ビビは首を大きく横に振った。 「そんなわけないじゃん、アタシがルーちゃんの魂を貰うのは契約のときだけだよ」 「だってさっきお腹すいたって喚いてたじゃん」 「あ、そういえば……お腹空いたぁ」 ぐぅ~っと、ビビのお腹が鳴いた。 クラウスは袖をまくり、魔導式腕時計で時間を確かめようとした。外部から魔導を遮断する最新モデルだ。これで外部の魔導や磁場から狂わされることがない。 「もう2時過ぎだ」 今から学院に戻っても放課後になってることは間違いない。なんだかんだで、1日丸まるサボってしまった。ちなみにビビは初学食を食べ損ねた。 また別の部屋から物音が聞こえた。 矢が飛んでくるのかとルーファスは身構えたが、それは上から落ちてきた。 「ぎゃっ!?」 ルーファスは間一髪で飛び退いた。 上から落ちてきたのはハシゴだった。 あの四角い穴からハシゴが降りてきたのだ。 「うむ、こちらが正解だったようだな」」 出っ張った石を押し終えたカーシャが呟いた。 カーシャはじーっとルーファスとクラウスを睨んでいる。先に登れの合図だ。 そんなのヤダよぉ~っとルーファスが首を振る。 ならば僕が行こうとクラウスがハシゴを登りはじめた。 続いてビビがハシゴを登ろうとした。 「次アタシ登るねっ!」 少し登ったところでビビは下からの熱い視線を感じた。 ……パンツ見られた!? ルーファスは上を見ていた顔をすぐに下に向けた。 「見てない、見てない!(本当は見たけど)」 「ルーちゃんのエッチ!」 ビビちゃんキック炸裂! 「ぐはっ!」 顔面に蹴り喰らってルーファスは床に沈んだ。 そんなルーファスなど放置プレイで、さっさとカーシャもハシゴを登っていってしまった。 いち早くハシゴを登ったクラウスは辺りを見回した。 また同じような大きさの部屋だ。けれど、今度は出口がすぐそこにあった。出口は塔の外に続いている。 先走った気持ちを抑えられず、クラウスはすぐに出口を飛び出した。 塔の側面に沿って続く螺旋回廊。 緩やかな傾斜の廊下が、塔の周りを何周もしながら頂上まで続いている。 横幅はひと2人が通れるほどだが、壁がなく足を滑らせれば塔の下にまっ逆さまだ。 塔を登るクラウスの耳に誰かの叫び声が届いた。 「ぎゃぁぁぁ!!」 塔の下を見るとルーファスが落ちていくのが見えた。 さよならルーファス、君のことは忘れない。 クラウスは再び走りはじめた。 なぜルーファスが落ちたのか、はたしてルーファスは無事なのか、その話は完全に素通りだった。 ついでにクラウスをカーシャが素通りで通り越した。 何気にカーシャ足速い。 そのままカーシャは1位で頂上に到着。と、いきたいところだったが、頂上には先客がいた。 2人の人影を見てカーシャは呟く。 「オル&ロスか……(ファウストの犬め)」 赤い法衣と青い法衣を着た双子の兄弟。学院の強硬派ファウストのシンパだ。 「ファウスト先生の読みが当たったなロス」 「そのようだなオル」 オル&ロスは左右対称に魔力増幅器のロッドを構えた。 この場所でカーシャは待ち伏せされていたのだ。 すぐにクラウスが追いついてきた。 「おまえたちロッドを置け、無用な戦いはしたくない!」 クラウスの言葉にオル&ロスは顔を見合わせた。 「聞いたかロス?(クラウスまでいるのか)」 「いや聞こえなかった(厄介だな)」 「オレもだ(行くぞロス!)」 示し合わせたようにオル&ロスが先に仕掛けてきた。 2体2の戦いがはじまろうとしていた! が、そんな中に第三者が現れる。 「もぉー疲れたよぉ!」 やっと頂上に辿り付いたビビだった。 ビビは周りの戦いなどシカトで辺りを散策している。 「わぁ、すっごーいコレ見て見て♪」 誰も見てくれなかった。 赤い光や青い光が辺りに飛び交い、戦いの真っ最中でそれどころではないのだ。 ビビが見たものは、塔の頂上にあった円形の池のようなものだった。池に満たされているのは水ではなく、夜空色をした液体だった。液体は黒く、時おりキラメキが星のように流れる。 誰もかまってくれないので、ビビは辺りを歩き回り、階段発見! 「ねぇ、ここに階段あるよ?」 やっとここでオル&ロスがビビの存在に気付いた。 「「しまった」」 双子ならではのシンクロ発言。 階段を下りようとするビビを阻止しようとオル&ロスが動く。 しかし、その前に立ちはだかるカーシャ! 「逃がさんぞオル&ロス!」 道を阻まれたオル&ロスの後ろにはクラウスも迫っていた。 「僕のことも忘れるな!」 そして、もうひとり忘れちゃいけない人物がひとり。 「あーっ!! やっと頂上に着いたよ。ってみんななにやってんの?」 全身びしょ濡れのルーファスだった。 塔から転げ落ち、下の湿地帯に飛び込み、どうにか無事でびしょ濡れのルーファス。 やっと塔の頂上にたどり着いたときには、なぜか4人があーでもないこーでもないと戦闘を広げていた。 氷系魔導を得意とするカーシャの攻撃は、同じ氷系を得意とするロスに防御され、カーシャが苦手とする炎系魔導でオルが攻撃を繰り出し、それを同じく炎系を得意とするクラウスが防御し、クラウスは氷系を得意とするロスに攻撃すると、それをオルが防いで、オルはカーシャに……。 とにかく! 赤い光と青い光があっちに来たり、こっちに来たりを繰り返していた。 ビビの姿はない。とっくに階段を下りていってしまったらしい。 ルーファスに気付いたカーシャが声をあげる。 「ルーファス、1匹任せた!」 「はぁ?」 と、理解できないルーファスが、もっと理解できないことにカーシャに投石ならぬ投人された。 人間ミサイル発射! 投げられたルーファスはオルに向かってぶっ飛ぶ。 オルはロッドをバットのように構えて、カキーンとルーファスを打った。 さよならホームラン!! さよならルーファス。 ルーファスはお星様になったのだった……じゃなくて、またもや塔の下にまっ逆さま。今度は高さ的に危ないかもしれない。ご冥福をお祈りいたしますルーファス。 塔の上に残った4人が黙祷。 カーシャが嘘泣きで涙を拭う。 「ルーファス、お前の意思は妾が……」 「勝手に殺さないでよ!!」 塔の淵からルーファスの声が聞こえた。よく見るとかろうじてルーファスの手が見える。 井戸から這い上がってくる死者のような形相で、ルーファスは必死に塔の側面をよじ登った。 「……まだ死んでないから」 生き絶え絶えのルーファスを見ながらカーシャは舌打ち。 「チッ(香典は妾の懐に入る予定だったのに)」 ルーファスの葬儀で集めたお香典を懐に入れる気だったのか!! そんなサイドストリーが繰り広げられる中、クラウスの不意打ち攻撃発射! エナジーチェーンと呼ばれる拘束魔導。湿地帯でルーファスを引っ張ろうとしたときに放ったモノと同一だ。この魔導は世界でもポピュラーなもので、治安官などが犯人を捕らえるときにも使用される。 そんなわけで、あっさりと捕らえられたオル&ロス。 「クソっ、クラウス早く解け!」 「解かないとあとで仕返しするぞ!」 赤と青のどっちがオルでロスなのか、そんなのはどうでもいい話で、とにかく2人は喚いた。 しかし、そんな2人組みはシカトでクラウスは話を進める。 「先を急ぎましょう、カーシャ先生」 「うむ、ファウストを探すのが先決だ」 走る二人の背中に、オル&ロスが罵声を投げる。 「「チェーン解け!」」 やっぱり見事なシンクロだ。 ルーファスもこっそり2人を素通りしようとした。 が、やっぱり呼び止められる。 「「ルーファス!」」 「は、はい!(この2人苦手なんだよねぇ)」 ビクッと身体を震わせルーファスは足を止めた。 オルがまず最初に話す。 「チェーンを解けとお前に言ってもムダなのはわかってる」 エナジーチェーンは基本的に術者しか解くことができない。だが、今の言い方はルーファスが無能で役立たずのへっぽこだから解けないと言ってるようにも聞こえる。あくまで解釈の範囲で聞こえる。 次にロスが話す。 「だが、せめてこの場所から移動させてくれないか?」 「どういうこと?」 ルーファスが尋ねると、オル&ロスが同時に話しはじめた。 「「あれを見ろ」」 と、2人同時で顎をしゃくって示したのは、塔の頂上に存在する謎の池。 「「ファウスト先生の話によると、あれは砲台でいう口に位置する場所だそうだ」」 「つまり、この塔そのものが砲台ってこと?」 「「そうだ」」 通常の2倍で公定。 てゆーか、こんな場所でクズクズしてたらルーファスも危ない? ドーンと発射されたら、ルーファスたちも余波でドーンだ。 冷や汗の出たルーファスは急いで二人を移動させ――ようとしたが動かない。 身体をグルグル巻きにされた人を運ぶのは容易ではない。 1人ぐらいなら担げばいいが、相手は双子。2人が重なってグルグル巻きだった。 「……ムリ」 ルーファス断念。 「「オイ!」」 ツッコミ2倍。 赤いオルが犬のように咆える。 「ここにオレたちを置いてったら、次に会ったときにギタギタにしてやる! なあロス?」 「そうだ、半殺しじゃ済まないからな!」 2人に咆えられ、ルーファスは重いため息を付いた。 「はぁ……なんとかするよ……」 と、見せかけてルーファス逃亡。 「やっぱりごめん、運べない!」 背中を見せてルーファスは逃げた。 オルとロス兄弟の喚き声が塔の屋上に響いたのだった。 古文書を片手にファウストは扉の前に立っていた。 その耳に届く足音。 ファウストは振り向いた。 「たしか……ビビと言ったかな?」 「フルネームはシェリル・B・B・アズラエルだよぉん」 「どうしてここにいるのだ?」 「楽しそうだから決まってるジャン!」 わかりやすい行動動機だ。 いや、しかし、ファウストが聞きたかったのはそんなことではなくて。 ビビの後を追ってカーシャとクラウスも駆けつけてきた。 「やはり来ましたね……カーシャ先生、ククッ」 「当たり前だ、お前に古代兵器を渡してなるものか」 もちろん我が物とするためにだ。 でなきゃ、こんな湿地帯の奥まで来るはずがない。どこまでいってもカーシャは利己的な女だった。 いつの間にか、カーシャとファウストの間には火花が散り、バーサスの構図がわか~りやすくできてしまった。毎回毎回、こんな調子で2人とも疲れないのだろうか。 カーシャはファウストの真後ろにある扉に目をやった。 「その奥に制御室があるのだな?」 「確かめるには私を倒さねばなりませんよ?」 「望むところだファウスト!」 「ククッ、お相手いたしましょう」 魔導学院に伝わる暗黙のルール。 カーシャとファウストのケンカは犬も食わない。 つまり、2人のケンカは放置するのが一番だ。 正義感をかざして渦中に飛び込んだらケガをする。 ファウストは一枚の契約書を取り出した。そこにサインされたカーシャの印。1000ラウルの借用書だった。 しかし、これはただの借用書ではない。 悪魔の契約書レッツ封解! 契約書が風もないのに揺れ、どこからともなく餓えた野獣の呻きが聴こえた。 「出でよスライム!」 ファウストの掛け声と同時に、緑色の物体が契約書から吐き出された。 流動するネバネバの生き物がカーシャの身体に張り付いた。 「クッ……小癪な!」 しかし、振り払おうにも振り払えない。スライムはカーシャの手足を包み、身動きを封じてしまったのだ。 それを見てファウストは満足そうだった。 「今日は無駄な小競り合いなどしていられないのでな。カーシャ、そこでじっとしていたまえ(今は一刻も早く魔導実験をしなくては)」 カーシャの動きを封じ、扉の前に立ったファウストはさっそく古文書の解読をはじめた。 扉はなにかの力で封印されている。それを解くのにファウストは神経を使っていた。 いつものパターンなら、ノリノリで挑んでくるファウストに裏切られ、カーシャは思いも寄らないショックを受けていた。 「ファウスト、この卑怯者めが! 男なら正々堂々と戦え!」 「卑怯はカーシャの十八番でしょう。貴女にそんなことを言われる筋合いはありませんよ」 「自分の卑怯など知るか、今はお前の話をしておるのだ!」 「少し黙っていてくれませんか、集中できないのだよ!」 少し語尾をあげてキレ気味のファウスト。魔導のこととなると、視野が狭くなると魔導学院でも有名だ。 今回の事件もそんな感じだ。 魔導学院の地下書庫に安置されていた古文書を発見。それを持ち出して授業をほったらかし、勝手にクラスの生徒を数人引き連れてこの場所に来た。もちろん途中で脱落した生徒は放置だ。今もきっと湿地帯では救出劇が繰り広げられている。 超古代兵器があるらしいとファウストは睨んでいるが、それをどうこうして戦争をしようとか、誰かを脅そうとか、そんな考えは持っていない。 あくまでそーゆーものを実際に見て、なんとなく使ってみたいだけ。 本人を前にして誰も言わないが、ファウストは魔導学院でこう言われている――魔導具オタク。 まだファウストは扉の封印に神経を削いでいる。 カーシャはなんとか逃げ出そうと踏ん張って頑張っていた。その視線に入る2人組み。しかも、その2人ったら床に座ってトランプをしていた。 「ビビならともかく、クラウスまでなにをやっておるのだ! 遊んでないでファウストをどうにかせんか!(クラウスまで……あれも仔悪魔の魔性か?)」 クラウスは済まなそうに頭を下げた。でも手にはトランプを握ったまま。 「すまない。ビビがどうしてもババ抜きをしたいっていうから……(レディの誘いは断れないからな)」 「カーシャもやる?」 ニッコリ笑顔でババ抜きのお誘い。 「お前らアホか……2人でババ抜きをしてなにが楽しいのだ。ではなくて、手が使えないからお前らにどうにかしろといっておるのだ。トランプができるくらいの余裕があるなら、妾がファウストをとめておるわ!!」 そんなこんなをしているうちに、いざファウスト扉を開かん! 重く閉ざされていた扉が歯軋りのような音を立て、ゆっくりとその口を開きはじめた。 ファウスト拍子抜け。 カーシャ唖然。 残りはトランプに夢中。 なんと、扉の先にはまた扉があった。2重扉だったのだ。 再びファウストは黙々と扉の封印解除をはじめた。 カーシャも再びスライムから抜け出そうと頑張った。けど飽きた。 「さすがにもう疲れたし飽きたな。おいファウスト、この塔にはどんな兵器が隠されておるのだ?」 ファウストの眼がキラリーンと輝いた。 「よくぞ訊いてくれたカーシャ。まだ私もはっきりとわからんのだが、空に輝きを放つ砲台があると比喩されている。つまりだな、私が考えるにそれは魔導砲の一種ではないかと思うのだが、カーシャはどうかね?」 水を得た魚のように熱弁を振るうファウスト。魔導具の類が大好きなのだ。説明を求められたら答えずにいられない。 「ふむ、魔導砲とな? しかし、それにしては砲台など屋上にはなかったぞ?(あったのは黒い水溜りだけだ)」 「塔の頂上にあるエネルギー蓄積装置を見たかね? あれは月の光をエネルギーとして蓄積し、あの場所から放出する砲台の口なのだよ」 「天に撃っても標的には当たらんと思うが?」 「それは作動してみなくてはなんとも言えませんねぇ。搭自体が傾くのやもしれません」 「……なるほど」 搭が傾くなんて、んなアホな! なんてこともなく、カーシャの常識では納得してしまった。 そんなこんなをしているうちに2番目の扉も開いてしまった。 こんなことをしてる場合じゃないとカーシャ焦る。 「お前ら、さっさとファウストを追わんか!」 と、カーシャが向けた視線には3人の仲むつまじい人影が……ひとり増えてる!? ルーファスだった。 トランプのメンバーにルーファスが追加されていた。ちなみに今ババを持っているのはルーファスだ。 じゃなくって! 「ルーファス! さっさとファウストを追え!」 カーシャの叱咤を受けて反射的にルーファスは動いた。まさに脊髄反射の域に達している。 「は、はい!」 トランプをぶちまけてルーファス出動。勝負はおじゃんで、ババを持っていたルーファスは大助かり。将棋で大手をかけられたときに駒がぶっ飛ぶのと同じだ。 ファウストを追ってルーファスが走り、そのあとを釣られてクラウスとビビが追う。が、クラウスはカーシャに呼び止められる。 「おまえは妾からスライムを引き剥がせ!」 「はい!」 一国の国王に私情で命令できるのは、この国広しと言えどカーシャだけかもしれない。 ファウストは石碑の前で立ち止まり窪みを見た。そこに古文書と同時に見つけた〝鍵〟を差し込んだ。鍵と言っても、それは石のような形をしていた。 搭全体が動くような音がした。 天井からは何百年、何千年もの間に積もった埃が落ち、長い間、起動されることなかったロストテクノロジーが動き出す。 もし、この力が暴走したら、どこかの国が滅びるかもしれない……。 ルーファスがファウストに飛び込む。 「ダメだファウスト先生!」 ファウストの身体を押し倒し、ルーファスの手が……ポチッとな。 発射スイッチオン!! 「ルーちゃんの……ばか」 ビビの呟きを掻き消すように、唸り声をあげた搭が、その頂上から七色の輝きを放った。 その光景はルーファスたちがいる制御室でも、3Dホログラムでモニターされていた。 ドジッ子ルーファスのせいで、世界は未曾有の恐怖に……。 と、思ったら天高く昇った輝きは、パーンと弾けて辺りに綺麗な華を咲かせた。 一同沈黙。 これってまさか? ここでビビちゃんが笑顔で掛け声。 「たっまやーん!!」 綺麗な花火が昼間の空を彩った。 クラウスは俯いて肩を震わせていた。 「くくっ、はは、あははは! なんだ花火じゃないか」 横にいたカーシャも残念そうに。 「そのようだ(チッ、古代兵器ではないのか)」 そんな軽いオチで包まれるこの場で、たたひとりルーファスだけが顔面蒼白だった。 自分がスイッチを押してしまった罪悪感で、その瞬間に気を失って倒れてしまっていたのだ。 「ルーちゃん、カッコ悪」 呆れたようにビビはため息を落とした。 こうして今回の騒動は呆気なく幕を閉じたのだった。 ちなみに、この事件で大火傷を追ったオル&ロス兄弟に、ルーファスが追っかけられるのは後日談である。 おしまい 魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】 |
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