第4話_空色ドレスにご用心

《1》

 クリスチャン・ローゼンクロイツ――たぶん15歳。
 15年ほど昔のこと、雪の降る寒い晩に彼は修道院に扉の前に捨てられていた。
 それは三が日の1月3日のことであった。世間は年明けでめでたい最中のことだ。
 生まれて間もない赤子だった彼は、修道院に引き取られ、洗礼名のクリスチャン・ローゼンクロイツを授かった。
 比較的裕福な階層が多いはずの王都で、金銭的な問題で子供を捨てる者は少ない。ローゼンクロイツはそれ以外の事情で捨てられたのだと噂された。
 なにより、捨てられていた時に着ていた衣が、上等な絹織物であったことや、いくばくかの金品が一緒に置かれていたこと、それを考えると裕福な階層が捨てたという説が色濃い。
 のちの精霊検査によって、ローゼンクロイツの守護精霊は〝ガイア〟と判明し、生まれて間もないことから、おそらく誕生日は1月1日とされた。
 1月の守護神は無を司るケーオス。そして、1日は世界を意味するガイアが守護している。年のはじめという滅多にない取り合わせの日に生まれたのだ。
 このような特別な日に生まれた者は、例に漏れず特別な力を持って生まれてくる。
 ローゼンクロイツにもそれがあった。

 魔導学院の廊下を歩く空色ドレスのローゼンクロイツ。
 後姿は157センチと小柄で、水色のショートカットヘアはキューティクルが美しい。どっからどー見ても女の子そのものだった。なので町でナンパされることが多いが、彼は男だ。
 カワイイ男の子だ!!
 未だにローゼンクロイツを男だと認めない輩も多いが、幼馴染でお風呂を何回も共にしたルーファスや、学校の合宿などで風呂を共にした者たちはこう証言している。
 ――ローゼンクロイツの股間にはブツがあった。
 女の子っぽいのに男の子という、両生類的要素に萌えを感じるローゼンクロイツ信者も少なくなく、彼にはファンクラブ団体がいくつも存在していた。
 特に薔薇十字というファンクラブ団体はかなりの規模だ。そこの女性会長アインは熱烈な追っかけ魂が講じて、一般家庭に生まれながらも名門クラウス魔導学 院に入学するという快挙を成し遂げた。しかも、彼女、もともと魔導学校の出ではないので、1から魔導の勉強をしたつわものだ。
 そう、全てはローゼンクロイツへのラヴ。
 アインはピカピカの1年生、まだ今月のはじめごろに入学式があり、まだ魔導学院生活が1ヶ月も経っていない。
 部外者立ち入り禁止の魔導学院で、公然的にストーキングができる。
 一生懸命勉強した彼女へのご褒美……なのに、なのに!!
 ローゼンクロイツの背中に軽々しく声をかける男。
「おーいローゼンロイツ待ってよ!」
「なんだいルーファ……ふぁ……ふぁっ!」
 振り返ったローゼンクロイツの鼻がムズムズしている。
 クシャミをしようとするローゼンクロイツの口を、ルーファスが超慌てて塞いだ。
「ストップ!!」
 くしゃみは寸前で阻止された。
 薔薇の蕾のようなローゼンクロイツの唇。それを手で触れるなんて……。
 アインは廊下の物陰で思った。
「(許せん!!)」
 けれど、所詮アインは日陰の女。ストーカーは日の目を見ない。見るときは、ストーキングが事件沙汰になったときくらいだろう。最近はそういう事件も増えていて物騒な世の中になったものだ。
 しかし、ストーカー本人はそんなこと思っていない。
 アインに言わせれば。
「(ローゼンクロイツ様、ラヴ)」
 純愛なのだ。
 ローゼンクロイツは視線を感じ、そちらを振り向いた。
 目と目が逢う瞬間。
 ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳がアインを見つめた。あの瞳に見つめられると、かなりトキメク。
 五芒星[ペンタグラム]の浮かぶローゼンクロイツの瞳は、聖眼と言ってとても特殊でプレミアもので、かなりの魔力がこもっている瞳なのだ。
 ローゼンクロイツはスタスタと歩き出した。呼び止めたルーファスを無視である。
「ちょっと待ってよローゼンクロイツ!」
「あれ……いたのルーファス?(ふにゃ)」
 心底驚いたような顔をするローゼンクロイツ。どこか作り物っぽい表情だ。
「あれじゃないよ、さっき呼び止めたときからいるじゃん」
「……忘れた(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツの致命的な欠点の1つ、異常なまでに物忘れが激しい。ワザとかどうかの境界線の見極めが難しい。
 無表情で仕切りなおすローゼンクロイツ。
「で、ボクになんの用だい?(ふにふに)」
「教室に日傘忘れていっただろ、はいコレ」
 ルーファスは日傘をローゼンクロイツに手渡した。その日傘をまじまじと観察するローゼンクロイツ。
「これボクのだっけ?(ふにゃ)」
「そんなことも忘れたの?」
「……ウソ(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
 完全にルーファスはバカにされている。
「はぁ? ウソってなんだよウソって」
「そのくらいのことボクが忘れるはずがないだろう……心外(ふぅ)」
 ワザとかどうかの境界線の見極めが難しい。
 そんなローゼンクロイツにアインは――。
「萌え~っ!」
 思わず声を出してしまった。
 廊下を行き交う生徒たちがアインを変な目で見て、アインは恥ずかしそうに口を両手で塞いで、ササッと物陰に身を潜めた。
 それをバッチリ見ているルーファスが、ローゼンクロイツにヒソヒソ話をする。
「ローゼンクロイツ、また君の追っかけの子が来てるよ」
「……らしいね(ふにふに)。ボクを追って学院にまで入学したそうだよ(ふあふあ)。奨学生でバイトでここの授業料を払ってるらしい(ふあふあ)」
「何気にチェックしてるんだね、あの子のこと(まさかローゼンクロイツ、逆ストーカー!?)」
「彼女のブログを見た(ふあふあ)」
 最近アステア王国でも普及してきたパソコン。
 魔導師たちが使っていた通信魔法のひとつを、より使いやすく一般家庭向きに改良したネット。
 そんなネット世界でブログという日記のようなものが流行っているらしい。
 何気にそんなものをチェックしているローゼンクロイツ。
 やっぱりアインの逆ストーカー!?
 なのではなくて、最近のファンクラブはネットで活動していることが多いのだ。ローゼンクロイツのファンクラブも例外ではなかった。
 ボソッとローゼンクロイツは呟いた。
「……肖像権侵害(ふー)」
「なに?(突然?)」
 ルーファスは不思議そうな顔をローゼンクロイツを見た。
「ボクさ、夏休みに弁護士の資格を取ったんだ(ふあふあ)」
「そうなんだ(初耳だし、そんな資格取るなんて聞いてもなかった)」
「それで肖像権を侵害しているボクのファンクラブを訴えようと思うんだ(ふあふあ)」
「はぁ?」
 ファンクラブで流用されるローゼンクロイツのマジカルフォト。プライベートのローゼンクロイツが激写され、写真の多くがネットの流出してしまっている。彼が訴えたいというのももっともだ。
 と思いきや、ちょっと違った。
「散歩中のABCの写真がネットに載ってるんだ(ふあふあ)。彼たちのためにボクが立ち上がらないといけないと思うんだよ(ふあふあ)」
「はぁ?」
 ABCとはローゼンクロイツの飼っている熱帯魚の名前である。AとBとCという3匹だ。
 てゆーか、熱帯魚を散歩させるって犬じゃないんだから。
 じゃなくって!
「熱帯魚に肖像権とかないでしょう(そんな裁判聞いたことないよ)」
 ルーファスのツッコミ炸裂。
「まずはABCたちの住民票を作るところからはじめようと思うんだ(ふあふあ)」
「たぶん交付されないと思うけど」
「外国人や悪魔や亜人、その他の種族にも権利はあるよ?(ふにふに)」
「それは彼らが知性と文明を持った生物だからで、熱帯魚になんかに国で与えられる権利なんかないよ」
「……あっ!(ふにゃ)」
 天地がひっくり返るような、驚き顔をローゼンクロイツは作った。
 そして、ボソッとひと言。
「ABCに餌あげるの忘れてた(ふあふあ)」
 そんなに大事な熱帯魚なのに、なぜ餌を忘れる!!
 それはローゼンクロイツの物忘れが激しいから。
 そんなローゼンクロイツにアインは――。
「萌え~っ!」
 再び声をあげて周りの視線を集めるアイン。顔を真っ赤にして物陰に潜んだ。
 そんなアインを見ていたルーファスが、再びローゼンクロイツにヒソヒソ話をする。
「いい加減ビシッと言ったほうがいいよ。そうでないといつまでも付きまとわれるよ(なんか芸能人みたいでカッコイイけど)」
「そうだね(ふにふに)。ビシッと言って来よう(ふあふあ)」
 ツカツカと正確な歩調でローゼンクロイツは進み、アインは緊張で逃げることもできなかった。
 そして、ローゼンクロイツはビシッと指を差して言う。
「ビシッと!(ふにゃっ!)」
 文字通りビシッと言って、踵で180度回転してローゼンクロイツは去っていく。
 ビシッと指さされたアインは、キューピッドの矢に射抜かれたように、胸キュンだ。
 余計にアインはときめいてしまった。逆効果だ。
 トキメキすぎてアインはその場で気絶した。
 気絶したアインはニタニタ笑いを浮かべて幸せそうだった。
 これで死ねるなら本望だろう。

 ビシッと効果でストーカーを振り切ったローゼンクロイツ。ルーファスと魔導学院の正門を出る寸前だった。
 突然、ローゼンクロイツが足止めた。
「……そうだ(ふにゃ)」
「なに?」
「朝食食べるの忘れた(ふあふあ)」
「はぁ?」
「……そうだ(ふにゃ)」
「なに?(2回連続?)」
「昨日寝るの忘れれた(ふあふあ)」
「はぁ!?(寝るの忘れるって異常だよ)」
「……そうだ(ふにゃ)」
「また?(3回連続なんて珍しい)」
「ABCに餌あげるの忘れてた(ふあふあ)」
「それさっき言ったし(なんかいつもより重症だぞ)」
 心配そうにルーファスはローゼンクロイツを覗き込んだ。
 日ごろから物忘れの激しいローゼンクロイツだが、いつも一緒のルーファスはなにか不安を感じた。
 そういえば、最近〝発作〟もよく起こしているようだった。
 ローゼンクロイツの発作というのは――なんて言ってる先から!
「はっくしょん!(ふにゃ)」
 大きなクシャミをしたローゼンクロイツ。ルーファスが止める間もなかった。
 これはあまりよろしくない事態だ。
 周りには下校途中に生徒もたくさんいらっしゃる。
 メタモルフォーゼ!!
 つまりローゼンクロイツ変身!
 ローゼンクロイツの頭に、ひょこッとネコミミが生えた。
 ローゼンクロイツのお尻に、ぴょんとしっぽが生えた。
 ローゼンクロイツの口が、ニヤリと笑う。
「ふにふにぃ~」
 羊雲のような声を発したローゼンクロイツ。今の彼はまさしく猫人間→略して猫人。
 1月1日生まれのローゼンクロイツの特殊体質。クシャミをすると猫人になる。
 しかも、人語もまったく通じずトランス状態のローゼンクロイツは、理不尽な破壊活動を行なうのだった。
 デンパを発する人畜有害生物だ。
 そんなローゼンクロイツがルーファスの手に負えるはずもなく、ここは逃げるしかない。
 ルーファス逃亡!
 しようと思ったのに遅かった。
 電気を帯びた伸縮自在のしっぽがルーファスを襲う。『しっぽふにふに』という打撃魔法(?)だ。
 ローゼンクロイツのお尻から伸びたしっぽが、自由気ままに縦横無尽に暴れまわる。
 辺りを歩いていた生徒たちも一目散に逃げる。
 そんな中、逃げ遅れたルーファスにしっぽ直撃!
 ビリビリと肩に電気が走ったルーファスは腰痛回復。
 『しっぽふにふに』の電力は低圧から高圧。気分と運次第で違う。今のは運がよかったほうだ。
 次のしっぽがルーファスの足元に迫る!
 ルーファスジャンプ!
 しっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!
 ルーファスジャンプ!
 またしっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!
 ルーファスジャンプ!
 またまたしっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!
 ルーファスジャンプ!
 ローゼンクロイツとルーファスの奇跡のコラボレーション技、しっぽ大縄跳びが生まれた。
 自然と生徒から拍手がもらえる必殺技だ。
 なんてことをしているうちにローゼンクロイツが飽きた。
 突然、四つ足をついてローゼンクロイツが走り出した。
 通常のダッシュよりも早く、運動苦手なルーファスには到底追いつけない。
 しかし、ルーファスは行き先の検討がついていた。
 学院内で発作が起きたとき、いつもローゼンクロイツが行く場所があるのだ。
 寄り道しながら破壊活動を行なうローゼンクロイツをほっといて、ルーファスは一直線でその場所に向かった。
 寄り道のせいか、ルーファスとローゼンクロイツがその場にたどり着いたのは、ほぼ一緒。
 学院の時を司る何十メートルもある時計搭。入り口からローゼンクロイツは一気に駆け上る。すぐにルーファスもあとを追った。
 階段をゼーハーゼーハー置いてけぼりのルーファス。
 その耳に甲高い金の音が鳴り響いた。
 ゴーンと一発、ローゼンクロイツが巨大な鐘にヘッドアタック!
 そのままローゼンクロイツは気を失った。
 駆けつけたルーファスはローゼンクロイツを抱きかかえる。
「大丈夫ローゼンクロイツ?」
「……ふにゃ?(ふにゃふにゃ)」
 目をパッチリ開けたローゼンクロイツからは、耳もしっぽも消えていた。元の人間に戻ったのだ。
 なぜか近距離で見詰め合う2人。
 ここでローゼンクロイツがひと言。
「ボクの唇を奪う気?(ふあふあ)」
「違うし!」
「……知ってる(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
 いつものように、またからかわれた。

《2》

 ローゼンクロイツはルーファスト別れたあと、お世話になっている修道院には戻らず、国立図書館に足を運ばせた。
 図書館の中に入ったローゼンクロイツは、案内板も見ずにスタスタと歩いていく。まるで図書館の見取り図と、本の配置を完璧に覚えている足取りだ。
 そして、迷わず手を伸ばして一冊の本を取る。
 分厚い表紙の本だ。この本は枕になるほか、武器にもなる代物だ。実際の用途は薬草全集の第1巻だ。
 ページをパラパラと開き、中身を確認していく。パラパラ漫画を見るときのスピードだ。
 パタンと本を閉じて、本棚に戻して代わりの本を取る。薬草全集の2巻目だ。
 再びパラパラとして、パタンと閉じて、本棚に戻して代わりを取る。
 その作業を何度も何度も繰り返した。
 薬草全集は今のところ100巻以上を数え、新しい薬草が出るたびに続巻されている。
 そんな本を全部確認する勢いでローゼンクロイツはパラパラしていた。本当に確認できているのかは疑わしい。はたから見たらパラパラしてるだけだ。
 そのとき、ローゼンクロイツの手がピタリと止まった。
 指先はある項目に置かれている。
 レインボーマタタビと呼ばれる植物だった。
 そして、閉じた。
 読むの早っ!
 数秒でローゼンクロイツはページ丸ごと記憶した。文字情報としてではなく、映像情報として脳には保管されている。けれど、この人間コンピューターは不良品なので、いつ忘れるとも限らない。
「……忘れた(ふにゃ)」
 貸し出し不可、コピー厳禁、盗難はもちろんダメ。
 仕方なく再びページを開く。
「……ページ忘れた(ふにゃ)」
 いつにも増して深刻そうな表情を作るローゼンクロイツ。自分の不調に自分が一番気付いているのだ。
 あまりにも物忘れが激しすぎる。
 生活に支障が出るレベルまで達している。
 昨日の晩御飯なんて忘却の彼方だ。
 今日の朝食だって忘却の彼方だ……食べていないことすら、もう覚えていなかった。
 急にローゼンクロイツは辺りを見回した。
 そして、ボソッと。
「……ここどこだっけ?(ふにゃ)」
 重症だ。
 生活に支障が出るどころではなく、生きることすら困難になりそうな状況だ。
 しばらくローゼンクロイツは辺りを見回して、なにか納得して頷いた。
「……図書館か(ふあふあ)」
 よかった、かろうじて思い出したようだ。
 だが、今手にしている本を、なぜ手にしているのか思い出せない。
 とても重要な本だったはずなのに、なんで図書館にやって来たのか思い出せなかった。
 しかし、偶然にも今手が乗っているページこそが、レインボーマタタビのページだった。なのに、それすらローゼンクロイツは気付いていない。
 結局、ローゼンクロイツは家路に着くことにした。
 もちろん、出した本を本棚に戻すことを忘れて図書館をあとにした。
 そんな一部始終を本棚の影からウォッチングしていたのは、アインだった。
 ローゼンクロイツが机の上に残していった本を、すかさず確認するためにダッシュ。
「(ガイア出版の薬草全集?)」
 開かれたページにはレインボーマタタビのことが、ズラズラーっと書いてある。
 ポイントだけ押さえると、レインボーマタタビは猫の霊と交霊したり、猫憑きと呼ばれる猫に憑依された人物の猫の人格を呼び起こしたり、時には取り憑いた猫を惹き付けて引き剥がすことにも使えるらしい。
 猫人に変身するローゼンクロイツは、もしかして猫に憑依された猫憑きなのだろうか?
 だとしたら、このレインボーマタタビを使えば、クシャミで発作が起きることがなくなるかもしれない。それは周りの人々にとっていいことだ。
 しかし、アインにとっては違うらしい。
 猫人に変身したローゼンクロイツをモーソーするアイン。顔がニヤけている。
「萌え~」
 ローゼンクロイツのネコミミは、マニアの間では萌えなのだ。
 しかし、本人が困っていて、治したいというのならばアインも協力を惜しま……ないかもしれない。
 揺れ動くアインの心。
 ネコミミのローゼンクロイツも捨てがたいのだ。
 あんなカワイイ姿が見納めなんて、そんなこと耐えられない。
 でも、それでローゼンクロイツが喜んでくれるなら……。
 揺れる乙女心。
 急に熱が冷めてアインは視線を止めた。
「(絶滅種?)」
 そう、絶滅種。
 レインボーマタタビは絶滅種だったのだ。つまり、この世にはもうない。
 万が一、秘境や魔境の奥地には、生息している場所があるかもしれない。が、そんな場所がどこにあるかもわからない。塩に埋もれた砂糖粒を探すようなものだ。
 アインは微笑んだ。
 ネコミミローゼンクロイツ安泰♪

 激しい物忘れと格闘しながら、ローゼンクロイツは通常の2倍の時間をかけて宿舎に戻って来た。
 聖カッサンドラ修道院。この場所でローゼンクロイツは15年以上過してきた。
 あの雪の晩、ローゼンクロイツを拾ったのは、ルーファスの母だった。ルーファスが生まれる以前のことだ。
 夕食を断り、ローゼンクロイツは早い時間からベッドで横になった。
 記憶が抜けていく感覚がする。
 風が抜けるように、次々と記憶がどこかに抜けていく。
 深い闇が瞼の裏に現れる。
 そして、再び瞳を開くと光が広がる。
 見覚えのある景色。
 噴水のある広場から空を見上げると、時を奏でる時計搭が見えた。
 そこはクラウス魔導学院の中庭だった。
 中庭は昼寝をしていた〝彼〟は誰かに声をかけられた。
「――ちゃん!」
 桃髪の仔悪魔が駆け寄ってくる。
 〝彼〟は『違う』と呟いた。
 それと同時に桃髪の仔悪魔が消え去り、空色のドレスを着た人影が現れた。
 〝彼〟はその人物の名前を思い出そうとした。
 空色のドレスを着た人物は、幼馴染の――。
「やあ、ローゼンクロイツ」
 と、〝彼〟が言った瞬間、〝彼〟の身体から何かを飛び出し、空色の身体に吸い込まれていった。
「やあ、へっぽこクン(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツは意識を取り戻した。夢の中でローゼンクロイツは具現化したのだ。
 なにが起きたのかルーファスは理解できなかった。
 夢なのに意識がはっきりしている。そんな感覚をルーファスは感じていた。
「これ……夢だよね?」
 尋ねるルーファスにローゼンクロイツは頷いた。
「そうだよ(ふあふあ)」
「なんか変な感じがするんだけど?(夢なのに夢じゃないような)」
「ごめんよルーファス、キミの夢を借りたんだ(ふにふに)」
「はぁ?」
 やっぱりルーファスには理解できなかった。
 夢を夢だと理解できることは珍しいが、ルーファスはこれが夢だと理解できた。
 目の前にいるローゼンクロイツは夢の住人。ルーファスが作り出した幻想であるはずだった。
 頭の整理ができないルーファスを置いてローゼンクロイツが歩き出した。
「じゃ、ボクは先を急ぐから(ふあふあ)」
「ちょっと待ってよ、夢を借りたってどういうこと?」
「そのままの意味だよ(ふあふあ)」
 夢ならでは意味不明さだ。
 ため息をついて嫌そうにローゼンクロイツは説明をはじめた。
「ここはキミの夢で、ボクは別の場所で眠っているんだ(ふぅ)。ボクはボク自身を忘れそうになって、ボクをよく知る人物が感知する特殊な電波を出し、夢の中でボクを召喚してもらうことによって、記憶とアニマを取り戻したわけさ(ふにふに)」
「はぁ?(意味がわからない)」
「わかりやすく言うと、ここはキミの夢だけれど、ボクはボク自身の意志を持って活動しているということだよ(ふあふあ)」
「はぁ?」
「……バカ(ふー)」
 いかにも作った呆れ顔でローゼンクロイツはため息をついた。
 挨拶もなしてローゼンクロイツは踵を返して歩きはじめた。もうルーファスなんかにカマってられないといった感じだ。
 スタスタ歩くローゼンクロイツの肩をルーファスが掴んだ。
「待ってよローゼンクロイツ」
 振り返ったローゼンクロイツは、いつも以上に無表情で言う。
「私的な用事があるから、じゃ(ふにふに)」
 片手をあげてさようなら。
 再びローゼンクロイツは歩き出した。
 ルーファスは少し不満そうに頬を膨らませ、それでもローゼンクロイツの後を追った。
 今しがたまで魔導学院だったはずなのに、気付けばそこは国立図書館の中だった。
 本棚に手を伸ばすローゼンクロイツ。
 しかし、その手は本棚ではなく、自分の頭に乗せられた。
「……頭痛が痛い(ふにふに)」
 言葉の誤用だ。正確には『頭が痛い』もしくは『頭痛がする』だろう。
 頭を押さえたローゼンクロイツは動かなくなってしまった。心配するルーファスがすぐに駆け寄った。
「だいじょぶローゼンクロイツ?」
「……ムリ(ふにゃー)」
 普段、無表情のローゼンクロイツが、マジで痛そうな顔をしている。
 ローゼンクロイツはそのまま床にペコっと座り、本棚を指差してルーファスに頼みごとする。
「本を探して欲しいんだ(ふにゃー)」
「どんな本?」
「……忘れた(ふあふあ)」
「はぁ? それじゃ探せないよ(なに探すかわかってても、この図書館迷うんだから)」
 困ってしまったルーファス。
 王都にある国立図書館は世界でも有数の規模を誇る大図書館だ。この図書館に務めている司書ですら、自分が担当する区画以外の本棚になにがあるか知らない。この図書館の本を全て把握しているのはただひとり、いや1匹。館長の老ネズミだけである。
 ルーファスは何者かの視線を感じた。しかも、かなり強い視線だ。なのに姿が見えない?
「この視線って……まさか……アインさん!」
 ルーファスは本棚の影に向かって声をあげた。
「はい!」
 という声が帰ってきたのは、ルーファスが向くあさっての方向。そこからアインがひょこっと顔を出した。
 さすがローゼンクロイツのストーカー。夢の中まで追ってくる執拗さだ。だが、ここはルーファスの夢だ。
 ローエンクロイツは瞬時悟った。
「しまった、ボクの電波が彼女まで呼んでしまったらしい(ふにふに)」
 それの意味するところは、ルーファスの夢の中にあって、ルーファスから独立した固体を意味する。
 簡単にいうと、ローゼンクロイツと一緒で、人の夢に他人が土足で上がりこんだ状態だ。
 ローゼンクロイツを強く想うアインは、ローゼンクロイツの発したSOS電波をキャッチして、ルーファスの夢の中にまで追っかけてきたのだ。
 アインは背中の後ろから、一冊の本を胸の前に出した。
「これをお探しじゃありませんか?」
 ガイア出版の薬草大全集。
 それを見たローゼンクロイツの眼が、カッと見開かれて五芒星が浮かんだ。
「……それだ(ふにふに)。やっと全てを思い出したよ(ふにふに)」
 テーブルに座ったローゼンクロイツは、受け取った薬草全集のページを開いた。
「現実世界のボクは物忘れが激しくて、そのまま放置すればボクは全ての記憶を忘却して廃人になるんだ(ふにふに)。けれど、夢の世界でのボクは深層心理に近く、忘却してしまった記憶も思い出すことができる(ふにふに)」
「でも、現実の君はどうすんだよ?」
 ルーファスが尋ねると、ローゼンクロイツはページを指さした。
「だから今からそれを治すために、〈夢の国〉[ドリームランド]に向かうんだよ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツの指先はレインボーマタタビの挿絵を指していた。
 申しわけなさそうにアインがボソッと。
「あの、絶滅と書いてありますが?(いや~ん、あたしったらローゼンクロイツ様に物申しちゃった)」
「〈夢の国〉は現実世界から失われたモノがある場所(ふあふあ)」
 パタンと本を閉じて、ローゼンクロイツは席から立ち上がり、辺りをゆっくりと見回しはじめた。
 ローゼンクロイツの頭で、ぴょんのアホ毛が立った。電波を受信したのだ。
「あっちだよ(ふあふあ)」
 さっさと歩くローゼンクロイツに2人は無言でついて行った。
 ピタリと止まったローゼンクロイツ。微動だにしない、機械的な止まり方だ。
 そこには扉があった。
 ローゼンクロイツは知っていたが、残る2人はそれを知らない。この扉は現実世界の図書館にはないのだ。
 懐から銀の鍵を出したローゼンクロイツは、それを差し込み扉を開いた。
 下へ続く階段が長く伸びている。先は暗く見通すことが出来ない。いったいどこに続いているのだろうか?
 無言でローゼンクロイツは階段を下りること70段。
 大きく広がった世界に、ただひとつの神殿が存在していた。
 古代文明が栄えていた頃に良く見た、石の柱が立ち並ぶ石造りの白い神殿だ。
 神殿の中はそこら中に蝋燭が立っていた。
 無限とも思える蝋燭の山の中には、火の灯っているものとそうでないものがある。
 神殿の中をキョロキョロ見渡すルーファス。
「どこここ?(ものすごく熱いよ)」
 アインは空色ドレスの背中ばっかり追いかけている。
「(ローゼンクロイツ様、颯爽と歩く後姿も萌え~)」
 見られているローゼンクロイツは無言で歩みを続ける。
 長く続いた廊下の先には、十数メートルの高さを誇る扉が聳え立っていた。
 その前にひっそりと立つ神官。
「この神殿になんの用かね?」
 永遠に若い神官はローゼンクロイツに尋ねた。
「〈夢の国〉に行きたい(ふあふあ)」
 〈夢見る神殿〉の神官は、どこまでも澄んだ瞳でローゼンクロイツを見つめた。
 ローゼンクロイツの瞳はエメラルドグリーンに輝いていた。
「宜しいでしょう、この扉を開けられるのならば、先に進むことを許可しましょう」
 巨大な扉に鍵穴は見当たらない。力で開くとも到底思えない。
 ローゼンクロイツは扉にそっと触れた。
 片手で触れただけなのに、重く重い扉は動きはじめた。
 扉はローゼンクロイツを受け入れたのだ。
 力ではない。扉は人を見た。その者が秘めたるモノを視たのだ。
 巨大な口を開けた夜よりも深い闇。
 臆することなくローゼンクロイツは足を踏み入れた。
 続いてアインも追っかけする。
 残されたルーファスも意を決した。
「待ってよ、ひとりにしないでよ」
 深い闇は3人を跡形もなく呑み込んだ。

《3》

 目は意味を成さなかった。
 真っ暗な闇の中を、ただひたすら階段を下りる。
 ルーファスは不安そうに呟く。
「ローゼンクロイツいるよね?」
 返事は返ってこなかった。
「アインはいるよね?」
「いますよー」
「よかった(僕独りだったらどうしようかと思った)」
「ローゼンクロイツ様もちゃんといますよ、匂いでわかります(アフロディテのローゼン・サーガという香水を使ってるのチェック済みです!)」
 アフロディテとは大手香水メーカーの名前だ。
 階段は100段、200段と続き、先の見えない闇に不安は募った。
「アインいるよね?」
 またルーファスが尋ねた。
「いますよー」
「ローゼンクロイツは?」
 返事はなく代わりにアインが答える。
「ちゃんといますよ、匂いでわかります!」
 匂いでわかるわかると言われているが、別に香水の匂いがきついわけじゃない。アインが変態なのだ。
 階段はさらに続き、500段を数え、ついに700段を数えたとき、世界が光と闇に分かれた。
 左右に置かれた蝋燭台の上で炎がゆらめいている。その中心にあるのは真鍮の扉。そして、その前には門番が2人いた。
 2人の少女は同時に口を開いた。
「「私たちはナイとメア。夢幻の扉を守る者」」
 明るい顔をした少女と、陰気な顔をした少女。表情こそ違えど、二人は瓜二つの双子だった。
 ローゼンクロイツは両手をぐーにして、ナイとメアに差し出した。開かれた拳から金貨が1枚ずつ、2人の少女の小さな掌に落ちた。それは古い時代の金貨だった。
 門番は左右に分かれた。
 真鍮の扉が開かれる。
「「足元にご注意ください」」
 扉の向こうに広がる空色の光。
 ローゼンクロイツはどこかに隠し持っていた日傘を開き、後ろの2人に命令する。
「どこでもいいからボクの身体に捕まって(ふにふに)」
 言われたとおり、ルーファスとアインはローゼンクロイツの二の腕に捕まった。
「(二の腕萌え~)」
 何気にアインはローゼンクロイツの二の腕をふにふに。本当は後ろから足を絡めて抱き付きたかったが、そこは強い精神力で抑えて抑えて抑えきった。
「行くよ(ふあふあ)」
 ぴょんとローゼンクロイツは扉の中に飛び込んだ。つられて2人も青い世界へ飛び込む。
 どこまでも続く青い空と巨大な入道雲。
 今日もとってもいい天気♪
 真下を見たルーファスが叫ぶ。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「うるさいよルーファス(ふー)」
「だ、だって……」
 ガタガタ震えるルーファスの視線の下には、キラキラと輝く海が広がっていた。
 日傘をパラシュート代わりにして、ふわりふわりと綿毛が舞うように、ゆっくりと3人は落ちていった。
 海の上にはただひとつ、降りられそうな場所があった。大きな船の甲板だ。
 ふわりとふわりと風に運ばれながら、見事3人は甲板に無事着地した。
 が、ルーファスの目に飛び込んできた帆に描かれたマーク。
 蛇と髑髏のマークはどー見ても正義の味方には見えない。
 甲板に下りてきた3人組のせいで、船内は少し慌しくなり、物騒な武器を装備したガラの悪い男どもが湧いてきた。
 中でも目を引いたのは、大きなハットを被り眼帯をした男。絵に描いたような海賊の親分だ。
 とりあえずルーファスは笑っとけ。
「あはは、ちょっとお邪魔しますよー(笑えない笑えない)」
 物騒な輩を前に、アインはささっとローゼンクロイツを背に隠した。
「ローゼンクロイツ様には一歩も指を触れさせま……せん?(消えた?)」
 ローゼンクロイツの姿が消えた。
 ――いた。
「この船は只今よりルーファス海賊団が占拠するよ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツは親分の首に短剣を突きつけていた。
 海賊船ジャック!
 しかも、ルーファスの名前勝手に使ってるし!
 敵の親分を人質に取るなんて、なんて卑怯な方法だ。それを無表情でやってのけたローゼンクロイツ。
「萌えぇ~」
 そんなローゼンクロイツにアインは萌えていた。
 が、自体はそんな甘くはなく、キツネみたいな顔をした海賊がローゼンクロイツに銃を抜いた。
「そんな野郎死んだってかまわねえよ、そいつが死んだら俺がこの船の船長だ」
 こんなときに内情のゴダゴダが発生した。船長の座を狙っていたナンバー2が叛逆を起こしたのだ。
 しかし、アインは瞬時に動いていた。
 ナンバー2の首元にナイフを突きつけ、なんと人質に捕ってしまったのだ。
「これでこっちの勝ちですね!」
 が、自体はそんなに甘くなく、クマみたいな顔をした海賊がアインに銃を抜いた。
「そんな奴が死んじまっても、おらがこの船の船長だべ」
 船長の座を狙っていたナンバー3だった。
 これには船長も怒りを爆発させた。
「どいつもこいつも、この船の船長は俺様だ!!」
 何気にさっとローゼンクロイツは船長を解放すると、船長は謎の侵入者3人のことなど忘れ、叛逆を起こしたナンバー2と3に襲い掛かった。
 船上の争いはもう止められなかった。
 撃ち合い斬り合いの血で血を洗う無残な戦いがはじまった。
 その惨禍の中で、ローゼンクロイツはルーファスの腕を引く。
「ルーファスこっち(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツはルーファスを樽の陰に誘導した。
 2人はさっさと身を隠したが、アインはチャンスを逃していた。
「あっ、いっ、うっ、えっ、おーっ!」
 蛮刀をかわし、流れ弾をかわし、強烈なパンチをかわす。トリプルAクラスの運動神経の良さだ。魔導士よりも格闘家に向いていそうだ。
 樽の陰から物音が聞こえ、海賊のひとりがそれに気付いた。
「そこにいるのは誰だ!」
「は、は……はっくしょん!」
 血相を変えたルーファスが樽の陰から飛び出した。
 次に樽の後ろからネコミミがひょこっと見えた。
 そして、ワケがわからないうちに、海賊は何かに横殴りされて、樽と一緒に海へ飛ばされていた。
 まさか、巨大海蛇の襲来か!!
 と、海賊たちが間違える物体エックスが、縦横無尽に船上で暴れ回っていた。
 アインは萌えた。
「しっぽふにふに萌え~!」
 トランス状態のローゼンクロイツが発動した『しっぽふにふに』が暴れていたのだ。
 強大な敵を前に海賊たちは結束を取り戻した。
 覇権争いなんかよりも、ローゼンクロイツを倒さねばならない!
 威勢のいい海賊どもがローゼンクロイツに襲い掛か……ったにも関わらず、ひとり、またひとりと空を飛ぶ海賊。
 まるでハエでも叩くように、ローゼンクロイツのしっぽが海賊を飛ばす。
 ルーファスも必死だった。さっさと隠れて状況を見守る。
「こんな逃げ場のない船上でトランスするなんて……(でも、ねこしゃん大行進じゃなくてよかった。あんなのやられたら確実に船が沈むもんね」
 世の中、思ったり口にしたことが現実になることが多い。
 ねこしゃん大行進発動!
 ローゼンクロイツの身体から、ねこしゃんのぬいぐるみが放出。しかも、これ爆弾。
 勝手気ままに走り回るねこしゃんは、物理的衝撃などが与えられるたびに、可愛らしく鳴いて爆発を起こす。
 しかも、爆発が爆発を呼び、大爆発になるというオマケつき。
 船上の大混乱はさらに大大混乱になり、硝煙が辺りに立ちこめ、船は揺れに揺れて甲板が噴水を上げた。
 誰かが叫んだ。
「甲板に穴があいたぞ!」
 言われなくてもわかってる。もうそこら中水浸しだ。
 船が徐々に傾き、船首が空に向かってこんにちは。
 海賊船が沈むのは時間の問題だった。
 ついでに最悪なことに、電気を帯びたローゼンクロイツのしっぽが、水浸しになった甲板を叩く。
 塩分を含んだ水はとても電気を通し易い!
 ビリビリっと甲板に立っていた海賊が一気にノックダウン。痙攣している姿が診るに無残だ。みんなチリチリパーマになってしまった。
 そんなとき、ルーファスはアインと一緒にさっさと帆によじ登っていた。ローゼンクロイツとの付き合い方を心得ている。
 が、もうすでに帆の先端も海に沈もうとしていた。
 ここでルーファス衝撃の告白。
「私泳げないんだけど?」
「マジですかルーファスさん!(運動神経悪いですもんね)」
 そしてマジですかついでに、ローゼンクロイツが四つ足で帆を駆けて来ていた。
「にゃーっ!」
 猫みたいな鳴き声をあげてローゼンクロイツがルーファスに飛び掛る。
 押し倒されたルーファスは海に投げ出され、伸ばした手がアインの服を掴んで道連れに。
 3人仲良く海の中にドッボーン!
 荒波がすべてを呑み込んでしまった。

「へっくしょん!」
 ルーファスは自分のクシャミで目を覚ました。
「……ここは?」
 視線を動かすとすぐそこでアインが焚き火をくべていた。
「あ、起きましたかルーファスさん」
「うん、なんとか永眠せずに助かったみたい。君が助けてくれたの?」
「はい、死に物狂いでお2人を運びました(本当は途中で1人捨てようかと思ったんだけど)」
 もちろん捨てられるのはルーファス。そんなことも知らずにルーファスは御礼をいう。
「ありがとう、君は命の恩人だね」
「いえいえ、人道的に頑張っただけですから」
 人道的にルーファスを捨てなかった。
 辺りは砂浜のようで、少し先には森らしき緑が見えた。
 しかし、ローゼンクロイツが見当たらない。
「ローゼンクロイツは?」
「ボクならここだよ(ふあふあ)」
 ビクッとして振り向くと、ローゼンクロイツはルーファスの真後ろに立っていた。
「脅かせないでよ」
「脅かしてないよ(ふあふあ)。ちょうどコッチの方向から歩いてきただけさ(ふあふあ)」
「何してたの?」
「見ればわかるだろ?(ふー)」
 ルーファスは目を凝らしてローゼンクロイツを見た。空色ドレスの裾がひらひら揺れている。いつもと変わらない見た目だ。
「どこが違うの?(つむじの位置が1センチ移動してたり、そんなのだったらもわからないよ?)」
 そんなアホなことはない。
「服が乾いているだろ?(ふぅ)」
「あ、ホントだ……ハックション!」
 大きなクシャミをしたルーファス服はびしょびしょだ。焚き火に当たっているアインの服もびしょびしょ。海水なのでベトベトもプラスだ。不快感満点!
「どうやって乾かしたの?」
 と、ルーファスが尋ねると、
「……企業秘密(ふっ)」
 軽く鼻であざ笑われた。
「はくしゅん!」
 今度はアインのクシャミだ。
「まさか着替えとかありませんよねぇ?」
 アインは鼻をすすりながら2人に尋ねた。
 するとローゼンクロイツは砂浜に打ち上げられた貝殻を指さした。
「貝殻水着に着替えるといいよ(ふあふあ)」
「そんな恥ずかしい格好できません!(でもローゼンクロイツ様は言うなら……)」
「……ウソ(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
 そのローゼンクロイツスマイルにアインショック!
 でも、なぜか顔がニヤけてしまう。
 ぶっちゃけ、アインはローゼンクロイツになにされても『萌え』で片付くのだ。
 ルーファスはびしょ濡れの服を脱ぎはじめた。そこへローゼンクロイツがすかさずツッコミ。
「貝殻水着に着替えるの?(ふあふあ)」
「違うよ! 私の魔法で服を乾かそうと思っただけだよ」
 とりあえず分厚い上着の魔導衣を脱ぎ、砂浜の上にポイと投げた。
 そして、得意の風魔導エアプレッシャーを放った。
 圧縮された空気が魔導衣にぶつかり、舞い上がった砂と一緒に魔導衣もぶっ飛んだ。
 そして、そのまま魔導衣は強風に煽られ飛んでいく。しかも砂まみれの魔導衣。
「ま、待ってよ!」
 魔導衣を追いかけるルーファス。その姿がかなり滑稽だ。
 そんな姿を見ながらアインがボソッと。
「あの人本当にクラウス魔導学院の生徒なんですか?」
「入学に運を全部使ったんだよ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツの言うとおりのような気がする。
「そうなんですか……(あたしのほうが魔導の才能あるかも)」
 ちなみにアインは努力と根性と、ローゼンクロイツへの〝愛〟で入学した。
 ちなみにローゼンクロイツはなんとなく入学できた。
「じゃ、そろそろ行くよ(ふあふあ)」
 ルーファスが走って行った方向とは真逆にローゼンクロイツは歩き出した。アインも構わず歩き出した。もちろんカマってもらえてないのはルーファスだ。
「ま、待ってよぉ~!」
 ルーファスは海に落ちた魔導衣を拾い上げ、森に入っていった2人を追った。
 ちなみに、言うまでもないが、魔導衣はさっきよりもびしょびしょだ。
 マジ頭弱いルーファス。
 通称へっぽこ魔導師の二言なし!

《4》

 森の入る前から、島の中心に高い丘がるのが見えていた。
 そこへローゼンクロイツは向かうのだと言う。
「なんで?」
 と、ルーファスは尋ねた。
「あっちに何かあるような気がする(あふあふ)」
 漠然としない答えが帰ってきた。
 〝何か〟とはいったい何か?
 無人島の定番といえば、海賊の隠した財宝やそれを守る怪物?
 ふと、アインは昔読んだ小説を思い出した。
「昔『宝島』という小説読んだことありますよー」
 その話にルーファスは乗った。
「知ってる知ってる、洞窟に隠された財宝をドラゴン守ってる話でしょ。財宝に取り付かれた人間が欲のあまりドラゴンになったとか?」
「違いますよ」
 アイン否定。ルーファスは話に乗れなかった。
「ドラゴンなんて出てきませんし、財宝は丘の上にあるんですよ」
「そうだっけ?(あれ~、だったら欲深いドラゴンが出てくるのなんだっけ?)」
 ルーファスの悩みはローゼンクロイツが解消した。
「ルーファス、それ小説じゃなくて伝承(ふあふあ)。ファブニルという猛毒を持ったドラゴンの話だよ(ふにふに)」
「あーそれそれ、たぶんそれ(のような気がする)」
 なんて雑談に花を咲かせようとしたていとき、3人の足が急に止まった。
 ドドドドドドッと走ってくる音が後方から聞こえる。
 振り返るとノッポとチビの2人組みがこっちに近づいてきた。
 ノッポは羽こそ見えないが、どう見ても首から上がニワトリだ。もう片方のチビはシャツから飛び出た出べそを覗かせ、巨体をゆっさゆっさ揺らし、首から上は控えめに見てもブタだった。
 ルーファスたちに追いついてきたニワトリマンは、ビシッと白い羽に覆われた手で指さした。
「おまえら、オレたちの財宝を横取りする気だな!」
 ブヒブヒ息を切らせたブタマンも追いついてきた。
「アニキの言うとおりだ。おまえら、ポクたちの財宝を横取りする気だろ!」
 ルーファスは呆気に取られ口をポカーン。
「はぁ? 財宝ってなに?」
 ルーファスが不思議な顔で尋ねると、ニワトリマンがトサカを立てて詰め寄ってきた。
「財宝っていったら、丘の上にある財宝に決まってるじゃねえか!」
「アニキの言うとおりだ!」
 ブタマンが言った。
 そんなこと言われても、別に財宝を探しに来たわけでもなく、ローゼンクロイツがなんとなく歩くほうにみんなで歩いてただけだ。
 が、すでにアインの目は輝いていた。
「財宝って本当ですか? ローゼンクロイツ様財宝ですって聞きましたか!?」
「……興味ない(ふあふあ)」
 さらっとローゼンクロイツは流した。
 だが、ニワトリマンとブタマンは信用してない。
「はは~ん、オレたちをそうやって油断させる気だな?」
「だなー!」
 させる気もなにも、最初から財宝目当てではない。
 だが、ニワトリマンとブタマンは疑いを深める。
「オレたちクック&ロビンを出し抜こうなんて甘いぜ」
「甘いぜ!」
 威勢良く決めたところで、アインが質問。
「あの、お2人は何なんですか?」
 この質問にクック&ロビンはショック!
「オレたちクック&ロビンを知らないだと?」
「知らないだとー!」
「オレたちは世界を股に掛けるとトレジャーハンターだ」
「だー!」
 トレジャーハンターとは、簡単にいうと宝探しを生業にしている人たちのことだ。
 宝探し――それは男の夢とロマン!
 クック&ロビンは3人組みを追い抜いて走り出した。
「宝はオレたちがいたたくぜ、あばよ!」
「あばよー!」
 後姿がどんどん小さくなって見えなくなった。
 ルーファスがボソッと。
「なにあれ?(変な人たち)」
 トレジャーハンターだ。ニワトリ人間とブタ人間のコンビの。
 アインは目を輝かせていた。
「この島に財宝があるんですね! きっと大海賊の船長が『処刑の瞬間に、オレの財宝を見つけられるもんなら見つけてみな!』なんて遺言を残した財宝に違いありませんよ!」
 あくまでアインのモーソー。
「あたしたちも早く行きましょう!(金銀パール、もしかしたらもっとスゴイものかも!)」
 財宝を探したくてウズウズ。
 でも、ルーファスとローゼンクロイツは探す気なし。
「あの2人の言ってたこと信用できないよ(ノリからして胡散臭い)」
「……興味ない(ふぅ)」
 でも、アインはめげない子。
「宝探しは男のロマンなんじゃないんですか!」
 うぇ~ん、と大粒の涙をこぼしながらアインは走って行ってしまった。
 ルーファスはローゼンクロイツと顔を見合わせた。
「どうする?」
「なにが?(ふあふあ)」
「なにって、アイン行っちゃったよ」
「うん、知ってる(ふあふあ)」
「知ってるじゃなくて、1人で行かせていいの?」
「知らない(ふあふあ)」
「知らないとかじゃなくてさー」
「じゃ、知ってる(ふあふあ)」
 絶対考えて返答してない。
 スタスタとローゼンクロイツは歩きはじめた。アインが泣きながら走って行った方向だ。だが、アインを追うためではなく、はじめからそっちに進んでた方向だからだ。

 男のロマンを男にわかってもらえず、13歳の乙女アインは泣きながら走っていた。
 森を抜け、小高い丘を猛ダッシュで駆け上る。足腰が丈夫なアインだった。
 そうしてしばらく走るうちに、丘の頂上に到着してしまった。
 丘の上には大きな湖があり、巨大な影と2人組みがいた。
 クック&ロビンを発見!
 しかも、2人はドラゴンに襲われていた。
 トカゲを大きくしたような地竜が暴れ回っていた。
 身長の高いクックよりもドラゴンの頭は上にあり、全長はクックの3倍以上もありそうだ。
 アインは見てみないフリをした。
「あたしはなにも見てません、ごめんなさい!」
 そして、ドラゴンに襲われている2人を見捨てて逃亡。
 丘を全速力で駆け下りた。昇るときの1.5倍のスピードだ。
 3分の2くらい下ったところで、アインは2人を発見した。ルーファスとローゼンクロイツだ。
「助けてくださいピンチです!」
 大声をあげてアインは駆け寄る。
「なにかあったの?」
 首をかしげてルーファスが応じた。
「クック&ロビンさんがドラゴンに襲われてます!」
 それを聞いたルーファスは凍った。顔が青くなってしまっている。
 少しして解凍したルーファスは無言で丘を下りはじめた。のを、ローゼンクロイツが袖をグイと引っ張って止める。
「行くよ、ルーファス(ふあふあ)」
「ウソだろ、なんで行かなきゃいけないんだよ」
「用事があるからに決まってるだろう(ふあふあ)」
「じゃあ私はここで待ってるから、頑張ってよ」
 自ら危険な場所に飛び込みたくない。けれどローゼンクロイツはルーファスの裾を放さない。
「行くよ(ふあふあ)」
「ヤダ」
「行くよ(ふーっ)」
「絶対イヤだ」
「行くよ(ふーっ!)」
「絶対にヤダからね!」
 ついにルーファスは地べたに座り込んだ。
 ローゼンクロイツはそれを無言で見つめ、突然魔導を放った。
 放たれたのは白銀に輝く魔導のチェーン。拘束魔導のエナジーチェーンだ。
 エナジーチェーンはルーファスの首に巻かれた。
「行くよ、ポチ(ふあふあ)」
「ポチじゃないし!」
 ペット扱いされたルーファスは怒りを露にするが、首を引っ張られて息を詰まらせた。
「うっ!(苦しい)」
「行くよ、タロウ(ふあふあ)」
 名前変わってるし!
 ぶっちゃけ、なんでもいいのだろう。
 ローゼンクロイツに引きずられるルーファスを見ながら、アインはニヤニヤしていた。
「ご主人様とペット……萌え~」
 趣味が怪しい路線に入っている。
 抵抗しても首が絞まるだけなので、ルーファスは仕方なく鎖を引かれた。
 丘をどんどん登り、頂上がそこまで迫ってくると、不気味な悲鳴が聴こえた。
「コケコッコー!」
 かなり不気味な悲鳴だ。誰の悲鳴なのかは見なくてもわかった。
 続けて悲鳴第2弾
「ブヒーッ!」
 こっちも誰の悲鳴かすぐにわかった。
 まるで動物鳴き声当てクイズだ。
 クック&ロビンの悲鳴を聴いて、アインは内心ホッとした。
「(よかった、まだ生きてた。死んでなければ見捨てたことにならない、あたしルール)」
 頂上に3人が到着すると、クック&ロビンは湖の周りをドラゴンと追いかけっこしていた。
 ドラゴンは四つの足で走り、口からは炎を吐いていた。
 ニワトリとブタの丸焼きは目前だ!
 でも、二足歩行するニワトリとブタは食べるのに気が引ける。ニワトリは元々二足歩行だけれど。
 空に逃げれば助かるだろうに、かわいそうなことにクックはニワトリ人間だった。
 飛べない鳥の代表ニワトリ。
 ドラゴンの吐いた炎がロビンの尻を撫でた。
「ブヒーッ!」
 おいしそうな匂いが辺りに漂う。
 ジュルっとアインはヨダレを拭った。
「美味しそう(お肉最近食べてない)」
 バイトで授業費を稼ぐアインの私生活が垣間見れた。
 見ているだけで自分たちを助けようとしない3人組にクックが叫んだ。
「助けろコンチキショー!」
 いつもならここでロビンが続くのだが、鼻息ブーブー息絶え絶えでそれどこじゃなかった。
 助けろと言われた3人組は動こうとしなかった。
 ルーファスは、
「危ないし」
 ローゼンクロイツは、
「……関係ない(ふにふに)」
 アインは、
「(早く焼けないかなぁ)」
 食う気満々だった。
 クック&ロビンがルーファスに向かって来る!
 当然、ドラゴンも向かってくる!
 ルーファス逃げる!
「助けて! 助けてローゼンクロイツ!」
 助けてくれるかは別として、メンバーの中では実力ナンバーワンだ。
「仕方ないなぁ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツは日傘を剣のように構えた。
「ライララライラ、宿れ光よ!(ふにふに)」
 古代呪文ライラによって、日傘に聖なる光が宿った。
 ルーファスの真横を抜ける蒼い風。
 疾風はクック&ロビンの横も抜け、ドラゴンの真後ろに回った。
 振り下ろされる光の剣。
 閃光は連続して放たれて、輪切りにされたドラゴンの尾が山積みされた。
 華麗なる包丁さばき……じゃなかった。剣さばきだ。
 ローゼンクロイツが肉弾戦で戦う姿を見て、アインはちょー感動していた。
「萌え~っ!! ローゼンクロイツ様って足も速かったんですね!」
 まさに瞬く間に駆けたローゼンクロイツは、一瞬にしてドラゴンの尾を輪切りにした。
 ルーファスは別に驚くわけもなかった。
「そうだよ、ローゼンクロイツは私の逃げ足より早いよ」
「だってローゼンクロイツ様が徒競走で堂々と歩くのは伝説じゃないですか!(しかも聞いた話によると日傘まで差してたとか)」
 ローゼンクロイツ伝説のひとつだった。
 大地を揺らし、炎を吐くドラゴン。尾を斬られてかなり激怒している。
 が、ローゼンクロイツはそんなことなど気にせず、黙々と次の攻撃の準備をしていた。
 日傘をバットのように構え、振りかぶった!
 積み重ねられてダルマ落とし状になった輪切り肉を打つ!
 打つ!
 打つ!
 そして、また打つ!
 ぶっ飛んだ輪切り肉はドラゴンの顔面に連続ヒット。
 よろめいたドラゴンが後ろ足を引いた瞬間、ドラゴンが冷や汗たらり。後ろ足は宙に浮いていた。
 切り立った崖からドラゴン転落。
 雪が積もってたら、雪だまになっちゃうよくらいの勢いで、崖を転がって落ちていった。
 さようならドラゴンさん。ご冥福お祈りいたします。
 ドラゴン退治完了。ローゼンクロイツは強かった。
 そんなこんなでクック&ロビンは財宝を手に入れようと湖に近づいていた。
「アニキ、ついに財宝がポクたちの手に!」
 お尻が焦げているのも忘れ、ロビンは鼻息荒く気合が入っていた。
 もちろんクックも気合十分だ。
「おうよ、湖の底に沈んでる財宝を湖の精に頼んで貰おうぜ!」
 そんな話そっちのけで、ローゼンクロイツは湖の周りに生息している草木を見ていた。
「……見っけ(ふにふに)」
 七色をした小さな木の実。それはまさしく薬草全集に載っていたレインボーマタタビだった。
 アインはローゼンクロイツの後ろから、レインボーマタタビを覗き込んだ。
「それを何に使うんですか?(図鑑には猫の霊をとか書いてあったような気がするけど?)」
「この実を分析しゅて、逆の効果を得る薬を作るんだよーよーよー(ふあふあ)」
 突然、ローゼンクロイツは顔を真っ赤にしてフラフラしはじめた。
 マタタビに酔ったのだ。
「ひっく!(ふにゃ)」
 しゃっくりみたいに肩を上下させ、ローゼンクロイツは顔面から地面にダイブ!
「大丈夫ですか!!」
 慌ててアインがローゼンクロイツを抱き起こそうとしたが、その手が不意に固まる。
 ピンチなのはわかっているのに……。
「ネコミミ萌え~!」
 アインは叫んだ。
 ローゼンクロイツの頭に生えたネコミミ。
 今回はクシャミなしで、マタタビパワーによって変身。
 むくっとローゼンクロイツは立ち上がった。
 足取りが明らかに怪しく、顔は真っ赤に酔っている。耳やしっぽの先までほんのり赤い。猫返り酔拳モードだ!
 いつもよりもクネクネ動く『しっぽふにふに』と、顔を真っ赤にして千鳥足のねこのぬいぐるみよる『ねこしゃん大行進』の豪華2本立て。
 しっぽふにふにの電流を喰らって、クック&ロビンが感電しながら湖に落ちた。
 その瞬間、湖から水飛沫を上げて薄着の女性が飛び出してきた。
「ぎゃー!」
 女性は身体をビリビリさせながら、丘を駆け下りていった。
 その女性が湖に住む精霊なんて、誰も知る由もなかった。
 自由気ままに、しかも今日はいつも以上に予想できない動きをするねこしゃんとしっぽ。
 しっぽがねこしゃんを叩き、爆発を次から次へと起こしていく。
 そして、全てのねこしゃんに飛び火。
 ドーン!!
 丘の頂上が大爆発して噴火したように水飛沫が上がった。
 その水飛沫の間から、キラキラ光る黄金の輝きが?
 まさか、あれが財宝!
 それがルーファスの最後に見た映像だった。

 机の上で伏せていたルーファスがビクッと目を覚ました。
「……夢っ!?」
 追試試験の予習をしようと、机に向かっているうちに、いつの間にやら寝ていたらしい。
「なんかリアルな夢だったなぁ」
 加えて、なぜか全身が痛い。
 あれは本当にただの夢だったのだろうか?
 その頃ちょうど、魔導学院の医務室でアインは目を覚ました。
「ローゼンクロイツ様!?」
 ベッドから上半身を起こし、アインは首をかしげた。
「ローゼンクロイツ様の夢見ちゃった……えへへ」
 下校のとき、ローゼンクロイツにビシッとされて気を失ったアイン。そのまま魔導学院の医務室に運ばれ、今までずっとベッドで寝かされていたのだ。
 聖カッサンドラ修道院の宿舎では、ローゼンクロイツが頭を抱えながらベッドから起きていた。
「……気持ち悪い(ふにゃー)」
 二日目じゃないのに、二日酔いだった。
 ローゼンクロイツはしっかりと握っている拳を開いた。
 掌に乗るレインボーな木の実。それはまさしくレインボーマタタビ。ちゃ~んと夢の世界から持ち帰ったのだ。
 でも、二日酔い。
 ひどい吐き気と頭痛に襲われながら、ローゼンクロイツは再びベッドに潜った。
「……死にそう(ふぎゃー)」
 作った顔ばっかりするローゼンクロイツが、この時ばかりは本当に死にそうな顔をしていた。
 冒険を共にしたルーファスも全身の痛みで死にそうな顔をしていた。
 ニヤニヤ嬉しそうな顔をしているのはアインひとりだった。

 おしまい


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