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第5話_凍える記憶 |
――それはルーファスがクラウス魔導学院に入学して、初めての遠足のことだった。 担任のセイメイ先生の事前情報によると、山の中にある温泉に行くらしい。 「なんて、ウソじゃないか!」 ルーファスは極寒の雪山で叫んだ。 雪景色の綺麗な温泉なんて期待できない。温泉なんてあっても、絶対温泉じゃなくて氷になってる。 入学初の楽しい遠足だと、ワクワクしてた自分が悪かったと、ルーファスは反省した。 他の生徒たちもそうだ。ただの温泉ツアーだと騙されてここに連れてこられたのだ。 なのでみんな普段着。つまり防寒対策ゼロ。 暦の上では秋だが、気温的な問題をいうと秋めいてくるのは秋分を過ぎてから、なのでまだまだ薄着の者も多い。 なのに極寒! 普通に凍死する。 ルーファスはガタガタ震えながら、近くに立っている友人AとBを見た。 「なんで君たちちゃんと防寒対策してんの?」 高そうな毛皮を着込んだクラウスと、普通の毛皮を着ているローゼンクロイツ。 クラウスは後ろめたさで苦笑いを浮かべた。 「ウチの学院では恒例なんだ、入学早々の雪山登山が」 「なんで教えてくれなかったのさ?」 ルーファスは恨めしそうにクラウスを睨んでいる。 「極秘の野外実習だから」 それをなぜクラウスが知っているのか? 国王の特権だった。 しかも、ここは〝クラウス魔導学院〟だ。知っていて当然。 ではローゼンクロイツはなぜ? 「あいつがコッソリ教えてくれた(ふにふに)」 その〝あいつ〟をルーファスは察した。 「ああ、学院長ね」 学院長がローゼンクロイツを愛してるのは周知の事実だ。 ローゼンクロイツ本人はスゴク嫌がっているが、学院の学費や普段の生活費、ローゼンクロイツが世話になってる聖カッサンドラ修道院も、元を辿れば学院長が資金を出しているらしい。 白い息と一緒にローゼンクロイツはため息を吐いた。 「あいつの言うこと聞くのイヤだけど、ボク寒いの苦手だから(ふー)」 3人が雑談していると集合の笛が鳴った。 「みなさーん、早くお集まりなさぁ~い!」 少し高めの男性の声だ。どこかナヨナヨしている。 東方の烏帽子[エボシ]を被った色白の東洋人。名をセイメイと言って、東方から来た魔術士(自称陰陽師)らしい。アステア王国では珍しいタイプの魔導を使う。 ゴージャスな毛皮を首に巻いたセイメイはナヨナヨしながら、ルージュを塗った唇の前で人差し指を立てた。 「はい、みなさぁ~ん、お静かにぃ」 クラスの生徒たちが集合の合図で集まってきたが、それに伴ってザワザワしはじめた。 「みなさぁ~ん、お静かにぃ」 笑顔でセイメイは呼びかけた。 しかし、生徒たちは友達どうしで話をやめない。というか、寒いので話してないとやってられないのだ。が、そんなことセイメイの知ったこっちゃない。 セイメイの米神に青筋が浮いた。 「アタシの声は聴こえませんかぁ? 静かに……静かにして頂戴……」 それでも生徒たちは静かにならなかった。 「オマエらうっさいんじゃボケナスがっ!(死ねクソガキ!)」 人が変わったようにセイメイが咆えた。 ピタッと生徒たちが凍りついた。 セイメイ先生は2重人格のオカマで有名だった。 ボロを出してしまったセイメイは必死に作り笑いを浮かべた。 「おほほほほほ……(美しいアタシのイメージが、イメージが……)」 雅に笑って誤魔化すセイメイ。けれど、口元は痙攣して引きつっていた。 クラスが静かになったところで、今回の雪山登山の趣旨を説明する。 「はい、それでは今回の〝遠足〟の趣旨をお話しまぁ~す。クラス対抗で山頂を目指します。より多くの生徒が山頂にたどり着いたほうが勝ちよ。もちろん、負けたクラスは恐怖のバツゲームが待ってるわよぉん」 より多くの生徒というキーワードのせいで、誰もサボれない状況に陥った。サボったらクラスメートにリンチされるのは確実だ。いつの時代も裏切り者への制裁は厳しい。 加えて負けたらバツゲーム。 すでにバツゲーム的な寒さなのに、本当のバツゲームは考えただけでも恐ろしい。きっとスケールアップした地獄が待っている。 ちなみに付け加えると、未だかつで歴代の生徒たちで山頂までたどり着けたのは、ほんの一握りしかいない。 セイメイは生徒ひとり1人に黄色い卵を配りはじめた。 「棄権者や命の危険を感じた人は、この卵を割るようにしてくださいぁ~い。ただし、脱落者や棄権者には、キツーイ補習が待ってるわよ♪」 身体が凍ってないクラウスが代表で手をあげた。 「質問です。卵を割るとなにが起こるのでしょうか?」 「はい、いい質問ですねぇ。卵を割ると救助隊が現場に向かいます。それ以上は、ヒ・ミ・ツ(はぁと)」 人差し指を唇の前に立てたセイメイ。男なのに色白で美形のせいか、妙に艶っぽい。 次にセイメイはマップと整備品を配りはじめた。 「山頂までのマップと、使い捨てカイロを4枚ずつ配りまぁ~す。カイロは太陽神アウロと、炎の精霊サラマンダーの術を施した当魔導学院の特別製、身体の芯までポッカポッカよ」 マップとカイロを配り終えたところで、セイメイは重要なことをつけ加えた。 「カイロは1枚30分で切れるようにワザとしてあります」 この発言に生徒一同は、より一層凍りついた。 命を繋ぐカイロが30分で切れると? 今はまだ山脈の入り口だが、登るにつれてもっと寒さは増してくる。 死の宣告タイムリミット2時間! 「なお、山頂には2時間では決してたどり着けない予定よ。だーかーらー、他人のカイロを奪うことを前提にしています」 セイメイの眼がキラリーンと光る。 「これはサバイバルなのよ、弱肉強食なのよぉぉぉぉん!!」 こうして地獄の熱くて寒いサバイバルがはじまったのだった。 午前10時ちょうどにサバイバル開始! 1学年は15クラスあり、クラスごとにスタート地点が違う。 なるべく公平にスタート地点は設定されているが、相手は自然の山なので必ずしもというわけにはいかない。中でもセイメイクラスは、なかなかの難コース。どうやらセイメイがくじ引きで引き当てたらしい。 占術なども得意と自称するセイメイだが、自称はあくまで自称なのだ。 ぶっちゃけクジ運が悪い! セイメイクラスの中では、すでにいろいろなグループが出来ていた。基本的に仲の良い者同士が手を組み、いろいろな作戦で山頂を目指す。 まだまだ入学して間もない時期であることから、なかなかグループを組むのに時間がかかっているようだ。けれど、こんな雪山を独りで挑むのは無謀だと、誰もがわかっていることなので、なるべくみんな人とグループを組もうとしている。 しっかりと作戦を練ってから出発するグループや、とにかく特攻を決め込んだグループ。溢れたものたちを寄せ集めた、数で勝負のグループなどなど。 ルーファスはクラウスとローゼンクロイツと手を組んだ。3人とも魔導幼稚園からの腐れ縁だ。 クラウスとローゼンクロイツは昔から成績優秀で、魔導学院の1年生ではトップクラスの実力を持っている。この2人と組めば怖いものなしだ。 問題はルーファスだった。 「このカイロ市販のより暖まるねぇー」 2人の心強い仲間がいることで、かな~り余裕だった。カイロでポッカポッカなのも、気分を良くしてくれる。 クラウスは自分のカイロをルーファスに差し出した。 「僕のカイロをあげよう」 「えっ本当に、ありがとう助かるなぁ」 「冬になるとこのカイロは学院の購買で売り出されるんだ。購買で売られているのは3時間用と6時間用がある」 「全国発売すればいいのに」 「実はこのカイロ1セット売るごとに赤字なんだ。学院の生徒のために、割引して売ってるんだよ。だから商売となると難しい」 クラウスはローゼンクロイツにもカイロを手渡した。 ……あれ、2枚目? 「2人に渡したのは6時間用だから」 と、何気にクラウスは言った。 のぼせたルーファスの頭でも理解できた。 「持参したの?」 「大臣がどうしても持って行けとうるさいものだから仕方なく」 国王の特権だ。 カイロを受け取った手前、ズルイとは口が裂けてもいえない。 出発地点の山の入り口は、平坦な道で雪も数センチしか積もっていなかったが、だんだんと雪に足が埋まり、傾斜が急になりはじめていた。 このサバイバルの舞台はグラーシュ山脈。 アステア王国の北に位置する極寒の山岳地帯。この山脈の周りは比較的温暖な気候なのだが、なぜかグラーシュ山脈一帯だけが異常に寒い。その気温は平均で零下20度以下で、最低気温は零下50度~60度に達する。 ガイアの北極と南極に匹敵する寒さだ。つまりバナナで釘が打てる世界。 こんな氷の大地にも生物はちゃんと住んでいる。 どこの自然界でも同じだが、生物はその場所に適用する能力を持っている。そのわかりやすい例が擬態と言って、生物は周りの風景に溶け込む模様や形をしている。雪原などでは白い毛並みの動物が多い。 3人が歩く前方の崖をぴょんぴょん登る物体を発見。 白く長い毛と先の分かれた枝のような角。グラーシュシロシカだ。 「カメラ持ってくればよかったなぁ」 ルーファスが呟くとクラウスがカメラを取り出した。 「あるぞカメラ?」 「はぁ?」 冗談で言ったつもりなのに、本当にカメラ持参なんて思ってなかった。 「大臣が記念に残るから、どうしてもって持たせてくれたんだ(グラーシュ山脈には固有種しかいないらしいからな)」 そう、グラーシュ山脈は世界でも珍しい生物が多く生んでいる。周りの地域に比べ、この山脈一帯だけ寒い。そのためにまるで隔離された孤島のように、周りの地域と生物の進化が極端に異なっているのだ。 だからってカメラ持参なんて、野外実習を舐めきっている。 と、言いたいところだが、今回は湯めぐりの旅と騙されて連れてこられたので、ただの遠足気分でカメラ持参の生徒たちも多かった。 ただし!! クラウスの場合はグラーシュ山脈に来ることを前提で、地獄のサバイバルがあることを知っていて、それでもカメラを持ってきたのだ。 やっぱりクラウス魔導学院の野外実習を舐め腐っている。 カメラを構えたクラウスがルーファスに指示を出す。 「ルーファスそこに立て、シロシカが後ろになるように……少し右だ、いや、左」 クラウスに促されるままルーファスはカメラの前で位置を決める。 「はい、ポーズ!」 カシャッとシャッターが切られた。遥かなる山脈とシロシカをバックに、記念に残る1枚が撮られた。 クラウスはローゼンクロイツにもカメラを向けた。 「ローゼンクロイツも撮るか?」 「……ヤダ(ふにふに)」 ローゼンクロイツは片手を前に突き出し、ストップの意思表示をした。 「写真に撮られると魂が抜かれるんだよ(ふあふあ)」 仕方なくクラウスはカメラを下げた。 「そんな迷信を信じているのか?」 「……信じてない(ふにふに)」 「(信じてないのか……)だったら1枚くらいいいだろ?」 「……ヤダ(ふにふに)。写真に撮られると魂が抜かれるんだよ(ふあふあ)」 「信じてないのだろ?」 「……ヤダ(ふにふに)。写真に撮られると魂が抜かれるんだよ(ふあふあ)」 無駄な押し問答が続く気配がしたので、クラウスはため息をついてカメラをしまった。 3人は山頂に向かって歩き出した。 時おりマップを確認しながら慎重に前へ進む。コース取りを間違えれば大幅な時間ロスになるし、最悪遭難。 ぶっちゃけ、こんな雪山でマップだけ持っていても意味がない。目印も特にないので、焚き火の道具にしかならない。 だが、事前情報を得ていたクラウスはコンパスを持参していた。 「もうすぐ他のクラスと鉢合わせするかもしれないな」 コンパスでマップを確認するクラウスの横で、ローゼンクロイツがボソッと。 「コンパス持参なんて……ズルイね(ふにふに)」 「事前情報を得ていたのだから、それを最大限活用するべきだろ?」 クラウスは温泉ワクワク遠足ではなく、雪山サバイバルだと知っていた。 それでもローゼンクロイツは突っかかる。 「でもねクラウス、こういう訓練はみんな同じ条件じゃないとつまらないと思うよ(ふにふに)」 「君だって冬物のコート着ているじゃないか? そんなにいうんだったら脱げよ」 「……ヤダ(ふーっ)」 やっぱり寒いのはイヤなのだ。 クラウスは少し考え込み、手に握っていたコンパスを雪の中に投げた。 「これで文句ないだろ?」 コンパスはもうどこにあるのかわからない。 ルーファスは未練を口にする。 「あーあ、別に捨てることなかったのに……」 が、コンパスを捨てた方向から何者かの声が聞こえる。 「このコンパスはオレたち兄弟がもらったぜ!」 「悪く思うなよ!」 雪の中から突如飛び出した人影! 赤と青の魔導衣を来た二人組み――オル&ロス兄弟参上! ルーファスたちの前に立ち塞がったオル&ロス兄弟! オルはクラウスを指さした。 「オイ、おまえなんで毛皮なんて着てるんだよ!」 次にオスがローゼンクロイツを指さした。 「オイ、おまえなんで毛皮なんて着てるんだよ!」 相手の言い分はもっともだった。 何度も言うようだが、生徒たちは心温まる温泉ツアーだと騙されて連れてこられたのだ。 ローゼンクロイツが一歩前出た。 「見てわからないかい?(ふあふあ)」 なにが? そのままローゼンクロイツは言葉を続ける。 「ボクたちが着てる毛皮はこの山で手に入れたものだよ(ふあふあ)」 無表情でサラッとウソついた。 オル&ロスは顔を見合わせ、兄弟間で無言の意思疎通をした。 ローゼンクロイツは普段から無表情で、本当のことも嘘も同じ顔で言う。 だが、オル&ロスは叫んだ。 「「そんなの騙されるかっ!」」 とは威勢良く決めたものの、その言葉を返すまでには結構時間がかかった。騙されかけたのだ。 オル&ロスは左右非対称に並びロッドを構えた。 「そのコートとカイロは頂くぜ!」 「オレたち兄弟の力を見せてやるぜ!」 襲い掛かって来ようとする双子を前に、クラウスは待ったをかけた。 「待て、僕は平和主義者なんだ。ここは穏便に解決しようじゃないか」 クラウスは3枚のカイロを取り出した。最初に配られた30分で切れるカイロだ。ちなみに本当はもう1枚あるが、使っているという設定なので残り3枚。だけど、本当は6時間用をあと数枚持っていたりする。 この3枚のカイロでクラウスは示談に持ち込む気だった。 「無駄な体力の消耗はお互いに不利益だ。ここはまだ使っていない僕のカイロを3枚差し出すということで手を引いてくれないか?」 ヌケヌケと、本当はカイロいっぱい持ってるクセに。 答えは2倍で返ってきた。 「「ダメだ!」」 理由は簡単だった。 「「オレたちは双子だ、3枚じゃ余る4枚にしろ!」」 現在ルーファスグループの手持ちカイロは? ルーファスは30分用を1枚使用中、残り30分3枚、6時間1枚だ。 クラウスは6時間用を使用中、残り30分4枚、6時間用?枚だ。 ローゼンクロイツはルーファスと同じである。 あと1枚カイロを差し出せば引いてくれるかもしれない。 寒がりのローゼンクロイツはもちろん拒否。 「ボクのはあげないよ(ふあふあ)」 クラウスはたくさんカイロを持っていることを知られると不利なので、これ以上のカイロは差し出すことができない。 残るルーファスは? 「わかったよ、私のカイロを1枚あげるよ」 毛皮、毛皮、魔導衣。一番寒そうな格好をするルーファスが、最後の1枚を差し出すことにした。 が、これで万事解決ではなかった。 オル&ロスは不信感を抱いた。 「もしかしてオレたちを油断させる作戦か! どう思うロス?」 「そうだ、そうに決まってるぞオル!」 「行くぞロス!」 「おう、オル!」 困ったことにオル&ロス、ヤル気満々! が、ここでまたクラウスが待ったをかけた。 「待て、全員で戦ったら無駄に体力を消耗するだけだ。ここは代表者を立てて――」 「「ダメだ!」」 ダブルで否定。 「「オレたちは2人で1つだ!」」 コンビネーション攻撃を得意とするオル&ロス。 ロスは放水車のように手から水を出した。 さすがにすぐは凍らないが、服が濡れたら身体が凍りそうだ。 クラウスは水撃をかわし、お返しにエネルギー弾を投げた。人間のパンチほどの威力だが、スピードは遥かに速い。 エネルギー弾を頬に食らってよろめくロスに、ロッドを天に掲げたオルが回復系魔導アイラを唱えようとする。 「ヒールライト!」 声が木霊しただけだった。 もう一度トライ。 「ヒールライト!」 やはり声が木霊しただけだった。 空を見上げたオルの顔が曇る。そして、空を曇っていた。 ヒールライトは陽光をマナのソースにしている魔導だ。太陽の出ていない寒い場所では使えない。使えたとしても、効果は気持ち程度だろう。 ここでオルは焦りを覚えた。 「(まさか……オレの魔導全般が使えないんじゃ?)」 オルは炎系の魔導を得意としている。こんな場所では威力は大幅減だ。 コンビネーション崩れる。 そのことにロスも気付いたようで、なにかを示し合わせたようにオルと頷き合った。 そして、オルが代表して提案した。 「お互い無駄な体力の削り合いはやめよう。こっちはロスを代表者にするから、そっちも1人出せ」 それはクラウスがさっき提案しようとした案だった。 クラウスはすぐに提案を飲んだ。 「いいだろう、こちらも1人選出するから少し待ってくれ」 と言って、ルーファスとローゼンクロイツを呼んで円陣を作った。 コソコソと3人で話し合って、じゃんけんポン! グー。 グー。 パー。 「やったー私の勝ちだ!」 1人勝ちしたのはルーファスだった。 ポンとローゼンクロイツはルーファスの背中を押した。 「じゃ、頑張れルーファス(ふあふあ)」 「はぁ? 私勝ったんだから1抜けだろ、2人でじゃんけんしてよ!」 じゃんけんに勝って戦わずに済むと思ったのに、示し合わせたように残り2人は首を横に振った。 続けてクラウスがつけ加える。 「そのままじゃんけんに勝った勢いで行くんだルーファス!」 拳を胸の前で握って頑張れポーズ。 そんなことされてもルーファスはヤル気ナッシング。 「ムリだから、じゃんけんに勝って運使い果たしたし」 根性なしのルーファスの背中にローゼンクロイツの蹴り押し炸裂。 おっとと、と押し出されたルーファスは自分の意思に反して、ロッドを構えて準備万端のロスと向かい合ってしまった。 戦いのゴングなしてロスが攻撃を仕掛けた。 「くらえ!」 水撃が放たれた。 「ちょちょちょー待った!(うはっ、戦いたくないし!)」 こうなったら――逃げるしかない! ルーファスは背中を見せて逃げ回る。 同じような場所をクルクル回りながら、ルーファスとロスの追いかけっこがはじまった。 物凄い体力のムダだ。 1対1にした趣旨が失われている。 「待て長髪!」 外的特徴でルーファスを呼ぶロス。魔導学院に入学して1ヶ月ほど、自分のクラスメートの名前すら覚えるのが大変だというのに、違うクラスの生徒の名前まで知らない。 「長髪野郎、ちゃんと戦え!」 「戦わない!」 後ろに束ねた髪をしっぽみたいになびかせ、ルーファスは必死で逃げた。 ロスの手が伸びる! ガシッとルーファスの長髪を掴んだ。 「痛いイタタ……」 ルーファスは髪を引っ張られ、首がガクンとなって顎が前に出た。 もう逃げられない……のはルーファスだけではなかった。 クラウスの横には、エナジーチェーンでグルグル巻きにされたオルの姿が? そして、ロスの真後ろから迫るエナジーチェーン! 「……捕まえた(ふあふあ)」 ロスの身体に巻きついた鎖を握っていたのはローゼンクロイツだった。 捕まったロスは喚いた。 「1対1のはずだろ!」 見事に約束を破られた。 クラウスはとぼけ顔だった。 「日々忙しい生活をしていると、どうでもいいことは忘れてしまうんだ。1対1ってなんの話だい?」 ローゼンクロイツもそれに続いた。 「……覚えてない(ふあふあ)」 数秒の間があった。 「「てめぇら!!」」 オル&ロスは双頭犬のように吠えた。 だがもう負け犬。 グルグル巻きの双子を同じ所に運び、クラウスは2人から黄色い卵を奪った。 「悪く思わないでくれよ。政治もそうだが、勝たなければなんの意味もないんだ」 奪った卵を地面に投げつけると、中からドーム型避難所ができた。人が横になれるくらいの大きさで、双子を放り込むだけなら十分の大きさだ。 まだなんか吠えている双子を中に押し込み、ドームのドアを閉じてしまった。まだ、なんか中で吠えているが放置。 3人は山頂を目指して、再び先を急いだ。 山頂への道はまだまだ遠い。 ルーファスはカイロが切れそうだったので、新しいカイロに張り替えようとしていた。 「どうしようかなぁ、6時間用使っちゃおうかな」 横からクラウスが口を挿んだ。 「なに迷ってるんだ? 使えばいいだろ」 「だってもったいないじゃないか。こういうのはやっぱり30分のを使い切ってから使うべきだよ」 そんなルーファスの横で、ローゼンクロイツもカイロを取り替えようとしていた。もちろん6時間用だ。ルーファスみたいなケチ臭いことは言わない。 ローゼンクロイツはお腹に捲り、張ってあったカイロをポイッとして、新しいカイロをペタッとした。 雪に上に捨てられたカイロをクラウスが拾う。 「ダメだろ捨てたら。自然環境を壊す気か?」 「……持ち帰るのダルイ(ふぅ)」 ものすごく嫌そうな顔を作るローゼンクロイツ。 それを見てクラウスは、 「わかったよ、僕が持ち帰る(まったく環境問題のことなにも考えてないんだな)」 少しプンプンしているクラウスを見て、ルーファスは使い終わったカイロをポケットにしまった。 ――自分のもお願い♪ なんて気持ちが過ぎったのは言えない。 自分のゴミは自分で持ち帰りましょう! ゴミのポイ捨てはやめましょう! マナーです!! カイロを張り替えたところで再出発だ。 3人が歩き出そうとしたそのとき、ローゼンクロイツが気配を感じて振り返った。 「……なんかいる(ふあふあ)」 ルーファスとクラウスも、ローゼンクロイツを見ている場所をズームアップ。 雪に混ざってわかりづらいが、白いモッサモッサした毛が見える。 モッサモッサ毛の下から、まん丸の瞳が覗いた。 サルのような顔をしている何かがコッチを見ている。 ちっちゃくて丸っこい、絵に描いたようにカワイイサルだ。しかも白い。 ……クラウスがひらめいた。 「珍獣ホワイキーだ!(まさか本当にいるなんて!)」 感動に興奮して目を輝かせるクラウス。 だが、ルーファスにはイマイチ伝わらない。 「なにそれ?」 「グラーシュ山脈の珍獣ホワイキーだよ! 目撃情報は何度かあったけど、その詳細な情報はなにひとつわかっていない、未確認生物なんだ!」 「ただの白いサルじゃなくて?」 「なにを言ってるんだ、サルじゃなくてホワイキーだよ。目撃情報によると空も飛ぶらしい!」 「はぁ?」 もうなんだかルーファス置いてけぼり。 クラウスは先を独走しすぎ。 ローゼンクロイツは最初から興味なし。 しばらくその場をじっとしていたホワイキーが走り出した。その後姿に生えた尻尾は体長よりも長いかもしれない。 カメラを構えたクラウスも走り出した。追ってルーファスとローゼンクロイツも走る。 足場の悪い雪山をホワイキーは難なく走り抜ける。 必死になってクラウスは追った。その後に続く二人も必死……なのはルーファスだけ。 ローゼンクロイツは余裕でクラウスの横につけている。 「エナジーチェーンで捕獲すればいいのに(ふあふあ)」 「動きが早い。なにより傷つけないか心配だ」 そう言いながらクラウスはカメラのシャッターを切る。けれど、相手のスピードも速く、こっちも走っているのでどうしてもブレる。 ローゼンクロイツは大気中のマナを手に溜めた。 「なら、スパイダーネット(ふにふに)」 蜘蛛の糸のような物質がローゼンクロイツの掌から放たれた。それは飛ばされた直後は細かったが、次第に大きく広がり風呂敷を広げたように大きくなった。 物体をキャッチする面積も大きく、軽くて柔らかいので物体を傷つけることもない。ただし、軽いために広がると放たれた速度がゆっくりになる。つまりパラシュートと同じ現象になる。 遠く離れた場所や後ろからは効果が望めないのだ。 大きく広がったスパイダーネットはホワイキーを外し、風に乗ってローゼンクロイツの後ろに行ってしまった。 「ああっ!」 なにやら前を走る二人の後ろのほうで、なんか聞こえたような気がした。 後ろを向くとルーファスがスパイダーネットに捕まっていた。 だがクラウスは気付かず、ホワイキーを追って姿を消してしまった。 運良く気付いたローゼンクロイツがルーファスに駆け寄る。 「ごめん(ふあふあ)」 「ごめんはいいから早く解いて」 ネットに捕らえられた拍子に転倒し、その勢いでネットが身体と絡まってしまった。 ローゼンクロイツは指先から小さなカマイタチを出し、少しずつルーファスを傷つけないようにネットを切っていく。ものすごく地味で根気の要る作業だ。 「……飽きた(ふぅ)」 根気が持たなかったらしい。ローゼンクロイツは手を止めてしまった。 「ちょっとやめないでよ!」 「あとは自分でやるといいよ(ふあふあ)」 「腕が固定されて指先も変な方向向いてるからムリ。てゆーか、君がやったんだから、最後までちゃんとやってよ」 「でも……飽きた(ふぅ)」 「じゃあせめて私の手が自由に動くくらいでいいからさー」 「だから……飽きた(ふぅ)」 頑張ってお願いしてもムリなような気がしてきた。 ルーファスピンチ? ネットに絡まった状態でどうしろと? そんなルーファスに再び不穏なピンチが近づいていた。 ローゼンクロイツが耳をそばだてる。 「地鳴りが聴こえるよ(ふあふあ)」 ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ……。 山を見上げると、雪煙をあげて雪崩が起きているのが見えた。 困ったことにコッチに迫っている。 予想を超えた雪崩のスピードと身動きのできないルーファス。 雪崩はすぐそこまで迫っていた。 ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳が輝き、五芒星の光が宿った。 「ライララライラ、レッドフレア!(ふにふに)」 古代魔導ライラだが、詩が不完全でマナが集まらない。雪崩が早すぎて詩を詠むヒマがなかったのだ。 ローゼンクロイツの両手が放ったフレアが、雪崩を溶かしながら吹き飛ばす! だが、雪崩の勢いが強い。 ローゼンクロイツがボソッと呟く。 「……ムリ(ふー)」 ムリです宣言! 「ぎゃぁぁぁっ!!」 ルーファスの叫び声。 その直後、白い煙がルーファスたちを丸呑みにしてしまったのだった。 白い視界の中でルーファスは目覚めた。 背中からゴソっと雪を落として、ルーファスは四つん這いになりながら立った。 「……死ぬかと思ったーっ!」 まさに危機一髪ルーファスは生きていた。 多少の雪には埋もれたが、どうやら本体の雪は背中の上を通り越して、もっと下まで落ちてしまったらしい。 足元を見ると、身体に巻かれていたはずのスパイダーネットが、足だけに巻きついていた。雪の摩擦でずり落ちたのだろう。 しかも、運がいいことに、そのネットが岩に引っかかり、ルーファスとの身体を支えていた。 つまり、ネットが岩に引っかかり、雪崩の雪に巻き込まれずに、その場に留まることができたのだ。 結果、雪はルーファスの上を越えていった。 足からネットを取り、ルーファスは雪原に立った。 少しずつ雪が降りはじめていた。 辺りを見回しながらルーファスは冷や汗を凍らせた。 「……ローゼンクロイツ?」 が、いない!! 心細いなんてもんじゃない。 ルーファス独りじゃ死ぬしッ!! 「ローゼンクロイツ!!」 返事はない。ルーファスは独りぼっちのようだ。 見事に遭難? 「落ち着けルーファス」 自分の名前を呼んで客観的に自分を落ち着かせる。 「落ち着くんだルーファス、これは魔導学院の訓練なんだ。こんな状況は元々想定内で、この困難を乗り越えてゴールするのが趣旨のハズだ」 気を取り直してルーファスは拳を握った。 「(僕だって魔導学院に入学できたんだ。その学院の訓練くらいクリアしなきゃ)」 まずは状況確認だ。 Q1.ここはどこだ? 「(どこかなんてわかるわけないじゃん)」 Q2.仲間は近くにいるか? 「(ローゼンクロイツの姿も見当たらない。無事かなぁ?)」 Q3.装備は万全か? 「ぐあーっ!(カイロがない!?)」 Q4.緊急用の黄色い卵は? 「ぐわーっ!(卵がない!?」 絶望的だった。 カイロは貼ってある物のみ。卵は残りのカイロと落としたらしい。 ここでルーファスは後悔した。 「(6時間用……使っとけばよかった)」 貧乏性というかなんというか、そんなもののせいでルーファスは6時間用ではなく、30分用のカイロを使っていた。 そこそこ貼り替えてすぐのような気もするし、雪の中で長く気絶していた可能性もある。 少なくとも、まだカイロの効果は持続していた。 このカイロが切れたときは……死。 「ぎゃーっ、マジで!!」 黄色い卵もなく、助けは呼べない。 「ローゼンクロイツ!」 やっぱり返事はなかった。 ここからの行動ひとつひとつが、ルーファスの生死を左右するといっても過言ではない。 今の場所を動かずに救助を待つか? それとも自ら誰かを探すか? 探すにしても、山を登るべきか下るべきか? ――結果、ルーファスは考え込みその場に留まった。 「(カイロが切れたらどうしよう。なんとかして暖を取らなきゃ)」 今の時点でもっとも近い死因は凍死。しかし、火種を魔導で出すとしても、燃やすものがない。 次に可能性が高いのが餓死。食料なんて持ってきてない。狩りでもするか? 他の死因はどのようなものがあるだろうか? とにかく迫り来る死を1つずつ回避しなくちゃいけない。 そして、死はすぐそこまで迫っていた。 立ち止まって考え事をするルーファスの前に、四つ足の影が姿を見せて吠えた。 銀色の長い毛に覆われたイヌ科の動物。グラーシュオオカミだった。 気付いたルーファスが逃げようと振り返ると、すでにそこには他のオオカミが……。2匹だけはない。数匹のオオカミに周りを囲まれていた。 オオカミは群で行動する動物だ。 1匹いたら何匹もいると思え! まるでゴキブリかっ! 周りを囲まれたルーファスに逃げ場はない! オオカミたちが一斉に襲い掛かってきた。 焦るルーファスは手を地面に向けた。 「エアプレッシャー!」 ルーファスが放った風が雪煙を起こし、オオカミたちから視界を奪う。 それでもオオカミたちは雪煙に飛び込んだ。 しかし、ルーファスはすでに上空に舞い上がっていた。 地面に圧縮された空気を叩き付け、身体を浮き上がらせて逃げたのだ。 が、引力の法則にしたがって、そのまま下に落ちる。下にはオオカミたちがいるではないか! ドスン! ルーファスの尻がオオカミの脳天にヒット! オオカミ1匹をノックダウンさせた。 そのままルーファスは逃げる。 後ろからは怒ったオオカミが追ってくる。 雪山でのルーファスは明らかに不利だ。この山に棲んでいるグラーシュオオカミに敵うはずがない。 走って逃げるには限界が……コケたっ! ルーファスがコケた。 その上をオオカミが跳び越して行った。コケて命拾いしたようだ。 だが、コケているルーファスに2匹目が飛び掛る。 ルーファスはすぐにうつ伏せから仰向けになり、両手にマナを集中させた。 「ごめんなさいエアプレッシャー!」 と叫んでルーファスの手から空気の塊が放たれた。 腹に圧縮空気を喰らったオオカミが宙を飛ぶ。 まだオオカミいる。 「本当にごめんなさいエアナックル!」 横殴りにされたルーファスの拳から風が撃たれる。 空気のパンチはオオカミの真横を掠り、外れた。 しまった顔をするルーファスにオオカミが飛び掛る。横からも別のオオカミが襲い掛かってきていた。 他者を傷つける魔導などいくらでもある。けれどルーファスはそれを使うことに躊躇いを覚えた。 魔導師とは魔導の心理を追求するもの。 魔導士とは魔導を使い戦う者たちのこと。 ルーファスは戦うことを避けた。 「エアプレッシャー!」 地面に空気をぶつけてルーファスは宙に舞い上がった。 オオカミたちはもバカではない。落ちてくるルーファスに備え構える。 「シルフウィンド!」 だが、ルーファスは落ちなかった。 風に乗り宙を走る。まるで風でサーフィンをしているようだ。けれど、この魔導を使いこなすのは、サーフィンよりも運動神経やバランス感覚を必要とする。 もちろんルーファスは落ちる。 「ぐあーっ!」 下にはオオカミたちが待ち構えて……いない代わりにクレバスが大きな口を開けていた。 大きく開いた割れ目にルーファスはまっ逆さまに落下した。 「ぎゃーーーっ!」 ルーファスの叫びは深い割れ目の中に吸い込まれていった。 「へっくしょん!」 鼻水ブハーッでルーファスは大きなクシャミをした。 割れ目の底を歩いて数分、ついにカイロが切れた。 急激に襲ってくる寒さにルーファスは凍えた。 左右は崖に挟まれたようで、登るにしても数十メートルある。あの高さから落ちて命が助かったのは幸運だった。その代償は左足骨折だ。 足を引きずりながらルーファスは先を急いだ。 歩いている方向に助けがあるとは限らない。それでも怪我をした足では、なおさら上には登れない。そうなると前か後ろの2択しかない。 まあ、最悪どっちに進んでも助からないかもね!! 「……ねもい」 ルーファスは眠かった。 お約束の『寝たら死ぬぞ!』現象だ。 「(寝たまま死ねたら案外幸せかも……えへへ)」 もうルーファス寝る気満々。 眠い足取りでルーファスは壁に寄りかかった。その瞬間、回転扉がグルリン! たまたま寄りかかった壁が回転扉になっていたのだ。 岩壁にカモフラージュされた扉の先は……真っ暗だった。 何も見えないくらい暗い。ただ、外に比べればだいぶ温かかった。 簡略魔導でルーファスは光の玉を出した。 一気に辺りが明るくなり、そこが通路だということがわかった。 人工的に作られた長方形の通路。壁は石造りで、規則正しく石が並べられている。 いったいこの先はどこに繋がっているのか? ルーファスは先を進んだ。 しばらく進むと行き止まりに突き当たった。左右を見回すと、すぐにレバーを見つけ、ルーファスはレバーを引いた。 すると行き止まりだった壁が横に動き、眩い光が飛び込んできた。 天井で輝く煌びやかなシャンデリア。前方の床には赤絨毯の道がルーファスは出迎えた。 とてもだだっ広い部屋だ。 いったいここはどこなのか? ルーファスはその部屋に足を踏み入れ、自分が出てきた場所が、玉座を動いた裏であったことを知る。 玉座の後ろにあった隠し通路。そこからルーファスは出てきたのだ。 王の間といったところだろうか? となると、ここは城の中ということになる。 「いったい誰の城なんだろう?」 城の中はとても静かだった。 まるで誰もいないように静まり返っている。もしかしたら廃墟かもしれない。とも考えられるが、天井のシャンデリアは輝いている。少なくとも城にはエネルギーが供給されていることになる。 「すみません、誰かいませんかー!」 虚しく声が木霊しただけだった。 寂しい気分になりながらルーファスは城の散策をはじめた。 外での死に直結する寒さ問題は、どうにか城の中に入り解決されたが、次の問題は食料だった。 まだそんなにお腹はすいていないが、先のことを考えると今のうちに探したほうがいい。 それから暖を取る道具も探したほうがいいだろう。 外よりは寒くないといっても、暖房の効いてない冬場の廊下なみの寒さはある。これが夜になったら、かなりの寒さが予想される。一番寒い夜明け前は、凍死できるかもしれない。 毛布ならどこかにありそうだし、最悪布くらいならたくさんあるだろう。 そんなことよりも今は! 「誰かいませんかー!!」 かなり人恋しい。 温泉ツアーだと騙され、極寒の雪山でなにもしてないのにバツゲーム。他のクラスの生徒と争わないといけないし、雪崩には巻き込まれるし、仲間とはぐれて遭難するし、オオカミには襲われるし、右足骨折するし! 「食料あるといいなぁ」 ないと餓死するし!! 救助を呼ぶ黄色い卵も落としたので、いつになったら助けが来るのかわからない。そもそも、助けに来てくれるのか? とにかく頂上に行けってルールは聞いたが、タイムアップなんかは聞いてない。終了時間を言い忘れただけなのか、それもそんなの最初からないのか。後者だったら死ねる。 ルーファスは知らないが、怪我人は出しても死者はまだ出ていない実習らしい。てゆか、死者が出た時点で翌年から中止だろう。 そーいえば、クラウス魔導学院に入学する際、大量の契約書やらなんやらにサインしたような気がする。その中に学院内や実習中に起きた怪我に関して、一切 の責任賠償に応じないというものがあったような気がする。ただし、学院内や実習で怪我などをした場合、治療費を全額学院が出すとか、そんなのあったような ないような? つまり、それが意味することは、クラウス魔導学院には怪我が付き物ということだ。 死なない程度の怪我ならなんでもあり? 「(そういえば……センパイがこんな噂話してくれたなぁ……行方不明者は死者にカウントされないって……あはは、笑えない)」 マジ笑えない。 このままルーファスが死と知れず死んでも、死亡者にはカウントされずに翌年もこの野外自習が行なわれることになる。 「なんてことあるわけないじゃんねー、噂だよねウワサ」 なんとしても生きて帰らなくちゃいけない。こんな場所でただの行方不明者にされてたまるもんか。 「すみません誰かいませんか!!」 ルーファスの声に気合入っていた。 でも、やっぱり返事はない。 王の間から奥へ進み、階段を上ると頑丈そうな扉がすぐに現れた。 扉には可愛らしい文字で『寝室だから入っちゃダメ♪』と書かれていた。王妃か王女の寝室だろうか? どっちにしても、なんだかイタイ。 入るなと言われると、人間気になるもので、やっぱりルーファスも気になる。 入って中に誰もいなければ、女性の寝室に忍び込んだことがバレないし、中に人がいたらいたで万々歳だ。女王の寝込みを襲うとかそーゆーことでなくて、人がいたということにだ。 まあ、まだ夜でもないので寝てる可能性は低いが。 ドアノブに手をかけ、ちょっとノブを押したり引いたり捻ってみる。 「やっぱりね(鍵かかってるよね)」 でもダメ押しでガチャガチャっとノブを回すと――。 「あっ……(開いた)」 カギがぶっ壊れて扉が開いた。しかも、ノブも外れて壊れてしまった。 しまった賠償請求される!! 焦ったルーファスはノブを無理やり差し込み、それ以上ドアには触れないことにした。次に触った人が壊した人作戦だ。 たぶん誰にも見られていないので、きっとこの作戦はせいこうするハズだ。 「あーっ!!」 突然、ルーファスは声をあげた。 部屋の中心に置かれた台座に、ガラスでできた柩が置かれていた。 寝室になぜに柩? 「(そういえばヴァンパイアは柩で寝るんだっけ?)」 しかも、ヴァンパイアは昼間寝るという。 そーっとガラスのフタを覗き込むと、やっぱり誰か寝てるし! 雪のように白い肌、神々しく輝く金の髪、唇は妖しいまでに艶っぽい。 しかも全裸だ! ルーファス鼻血ブー! この手の免疫がなかったりした。 14歳にもなってたかが女性の裸にノックダウンされるなんて……。 床に膝をつけながらルーファスは迷っていた。 せっかく見つけた人間型生物。 声をかけるべきか否か。 「(ヴァンパイアだったら嫌だけど、違ったら助けてくれるかもしれない)」 ルーファスは意を決した。 目を手で隠して、指の隙間から柩を見る。そして、柩を軽くノックした。 「すみません起きてくださーい!」 返事はなかった。 もっと強くノックした。 「あの、起きてもらえませんか!」 それでも起きてもらえなかった。柩だけに、本当に死んでいるのかもしれない。だとしても、唇が生きているように艶っぽい。 もうこなったら! ルーファスは柩のフタに手を掛けた。 「……開かない……開いてよ!」 無理やり柩のフタが外され、辺りは一瞬して白い煙に包まれてしまった。 いったいこの煙は? 煙の中で焦るルーファス。 「なんか不味いことしちゃったぁ?!」 慌てて伸ばした手が、なにかに触れた。 ふにふにするゼリーのような感触。 白い煙の中でルーファスは目を凝らした。 その手が触れていたのは女性の胸――じゃなくて、もっとズボッとめり込んでいた。胸を触っていることにはかわりないが、まるでゼリーに手を突っ込んだように、手が埋没しているのだ。 「ぎゃー!(な、なんで手が!?)」 すぐに手を抜こうとしたが抜けない。それどころかルーファスの手に流れ込んで来る強烈なマナ。 女性のマナがルーファスの手を通して流れ込んでくる。 突然、女性が蒼い眼をカッと見開いた。 そして、驚いた顔をしてルーファスの襟首に掴みかかった。 「貴様、なにをしておるのだ!!」 貴方様の胸に手を突っ込んでます。 「あ、あの、その手が抜けないんですけど……?」 「妾の寝込みを襲うとは許せんぞ!」 「ご、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんだけど、そのなんていうか」 不可抗力!! 「とにかく妾の胸から手を……手を……」 急に女性の顔から生気が失われはじめた。ルーファスに体内マナを吸われ、急激に衰弱しているのだ。 慌ててルーファスは手を抜こうと頑張った。 「ごめんなさい今抜きますから!」 力を込めるとズボッと手が抜けて、ルーファスは反動で尻餅をついた。 しかし、女性の衰弱は収まらない。 柩から這い降りた女性の下半身は、ドロドロに溶けはじめていた。 「妾のマナ……返して……もらうぞ!」 ルーファスに襲い掛かる――全裸の女性! 鼻血ブー! ルーファスの鼻血が女性にかかり、ドロドロの身体に混ざり合ってしまった。 「妾の身体に……不純物が……(ダメだ……余計に力が出ん)」 女性はそのまま倒れこむようにルーファスと重なった。 そして、ブチュ~っとキッス! ルーファスと女性の唇が重なった。 急激にルーファスの身体から体内マナが吸われていく。女性は口移してマナを取り戻そうとしているのだ。 しかし、女性は途中で口を離した。 「ダメだ……接吻だけでは完全ではない」 それでも多少は取り戻したようで、ドロドロだった身体は固形化していた。しかし、鋭く力の宿っていた瞳は、蒼から黒に色あせていた。 キスをされたルーファスは放心状態。 免疫ゼロ! 放心しているルーファスの頬を女性が引っぱたいた。 「おい、目を覚まさんか!」 「うっ!(クリティカル)。覚ましましたから、もう手とか構えないでください」 女性の手は2発目を構えていた。 「うむ、目を覚ましたならよかろう。さて、妾の裸を見た代金を払ってもらおうか、接吻はサービスだ」 「はぁ?」 「ウソだ(ふふ……久しぶりに人をからかった)」 「あのぉ、とにかく服を着てもらえませんか?」 「ダメだ」 「はぁ!?」 ルーファスの目はいろんなところを行ったり来たり。目のやり場に困る。なのに相手は服を着ることを拒否。 なぜ? 「貴様が妾から奪ったマナを取り戻すため、今からセックスをする」 「はぁ?」 「聞こえんかったか? 今から妾は貴様とセックs(ry」 「あーあーあーあー!! 聞こえましたからそれ以上は言わなくていいですから!」 「なら話は早い。ヤルぞ」 「ちょ、待った!」 明らかにルーファスは腰が引けていた。 全裸の女性は巨乳を揺らしてルーファスに近づいてくる。 「なにを待てと言うのだ? 元はと言えば、貴様が妾の眠りを覚ましたのが悪いのだぞ?」 「あの、私たち知り合ったばかりですしー(そ、そんなボディで迫られても困るし)」 「妾の名前はカーシャだ。以上自己紹介終わり。これでいいな?」 「よくないし!」 声を張って抵抗。 「ならば仕方ない。妾の名前はカーシャ、この城の主だ。過去の大戦で敗北し、この柩で静養していた。おそらく100年……いや、1000年か、よくわから んが、貴様が妾の眠りを覚ますまで、妾は気持ちよく眠りに落ちていたのだ……わかる安眠を妨害された妾の気持ちが?」 「わかります、人に起こされると寝覚めが悪いですよねー」 「ならば、ヤルぞ?」 「だ、だからそれは……」 「まさか……童貞か!(童貞……ふふっ)」 「そ、そーゆーことじゃなくて、知り合ったばかりの女性とそういう関係を持つのは、従順なガイア聖教の信者としては……ダメかなぁって」 「うるさい、とにかく妾のマナを返してもらうぞ」 「ちょちょちょ、やっぱりダメですってば!」 ルーファス逃亡。 なんかこうなったら逃げるしかない。 「こら待て!(妾じゃ不満か! これでも肉体は人間でいうと20代そこらだぞ!)」 「待てません!」 必死に逃げるルーファス。なんか肉食獣に言われる草食動物。 カーシャは体内マナを服に変化させて身に纏った。マナを有形にする魔導はかなりの高等魔導だ。 逃げるルーファスは王の間改め女王の間までやって来て、赤絨毯の上をダッシュした。その先に待ち受けている巨大な扉。 押して開こうとしたが開かない。引いて開こうとしたが、やっぱり開かない。 「開けよ!」 ガン! ルーファスは扉を蹴っ飛ばした。 「イッツァーッ!」 かなりの激痛がルーファスの足に走った。 骨折していた右足だ。 ここでルーファスは気付いた。 骨折していたハズの足が治ってる? もしかしてカーシャのマナを吸ったときに治ったのか? だとすると、本当に相手のマナをもらったことになるけど、返すに返せない。 今は逃げるしかない。 すぐそこまでカーシャが迫っていた。 「待たんか泥棒!」 「待てませんってば、エアプレッシャー!」 ルーファスの手から放たれた風の塊が扉を吹き飛ばした。 吹き飛ばしたルーファスは唖然。 いつもよりも術の威力が高い。 壊したドアから逃げようとしたルーファスは悪寒を感じた。そのまま瞬時の判断で床に這いつくばった。 潰れたカエルのように地面に伏したルーファスの上を、巨大なツララが飛んでいった。 「チッ……外したか(寝ている間に腕が鈍ったか)」 カーシャの放った攻撃魔導だった。 捕まえるというか、コロス気満々? 「私のこと殺す気ですか!!」 ビシッと立ち上がったルーファスにカーシャはアッサリと。 「そうだ。貴様が逃げるなら、殺して肉と血を喰らうだけだ」 「マジですかー!」 「ウソだ。ツララが刺さればとりあえず動けなくなるだろうと、なんとなく飛ばしてみた(死んだら死んだでそのときだな……ふふ)」 殺すのメインじゃなくて、ツララを刺して相手の動きを鈍らすのがメイン。 やることが大雑把すぎ! カーシャはハッとした。 「貴様人間か! ならばあんなツララ刺さったら即死だな」 今さら気付くなよ! 「即死じゃすまないから!(絶対身体が吹っ飛ぶし)」 「ならば小さいのなら平気だな」 カーシャの手から放たれる標準サイズのツララ。 って、そーゆー問題じゃないから! 刺さり所が悪かったらやっぱり即死だし! 連続して放たれるツララを避ける。 まずは――。 「ワッ!」 の形をしてルーファスはツララをかわした。 「ワッ、イッ!」 次は『Y』の形でかわした。 「ギャ!」 この叫びじゃ避けれなかった。 見事にルーファスの魔導衣を抜けたツララ。けれど幸運なことに、ツララはわきの下の布が余った部分を抜けて行った。 「殺す気かー!!」 普段弱気のルーファスがマジでキレた。 「安心しろ、脚を狙ってる(寝起きでどこに飛ぶか知らんがな)」 安心できないし! 「脚でも当たったら痛いだろバカじゃないの!」 「妾を前にしてバカとなんだ!(親父にはバカって言われたことないのに! 妾に親父はいないがな……ふふ)」 「バカだからバカって言っただけじゃないかバカ!」 「バカバカと、貴様は知らぬようだか妾はこの辺り一帯では恐れられていた氷の魔女王なのだぞ!」 「そんなの知らないよバーカ!」 「おのれ小僧!(あ~んなことやこ~んなことをして、コテンパンにしてくれる)」 急激にカーシャの周りにマナが集まりはじめた。それは目にも見えるマナフレアと呼ばれるエネルギーだった。 通常のマナはこの世の全てに宿っていると言われるが、目で見ることはできず感じることしかできない。けれど、マナの力が多く集まることよって、目に見えるまえの大きさになったものをマナフレアというのだ。 カーシャの周りに集まっていたのは蒼いマナフレアだった。 マナフレアの色によって、だいたいのマナ属性が判別できる。蒼いマナはおそらく水か氷系のマナだ。たぶん自称氷の魔女王と言っていたので、氷のマナだと思われる。 グラーシュ山脈は極寒の雪山。氷属性の魔導を使うにはもってこいだ。 集まるマナに合わせてカーシャが詩を唱える。 「ライララライラ、神々の母にして氷の女王ウラクァよ……」 「うはっ、ライラ!?」 ライラとは古代魔導の総称だ。 今ある魔導はライラから派生し簡略したものだ。それはレイラ・アイラ・マイラと分かれ、呪文の名を唱えれば簡単に使える。もっと簡略化されたものは、なにも唱えなくても使えるものもある。 が、派生した魔導はライラに比べて質が落ちる。つまり威力が落ちる。 ライラこそ真の魔導。別名を〈神の詩〉と呼ばれている。 しかも! ライラは詩を詠めば読むほど、完全な詩を詠めばそれだけ威力が増す。 例えば『ライララライラ、(呪文の名前)!』よりも、『ライララライラ、なんたらかんたら(呪文の名前)!』のほうが強い。 でも、そんな完全な詩を詠める者は、この世界に一握りしか残っていない。 そんな1人がルーファスの目の前にした。 「……魂をも凍れる息吹……」 まだカーシャは詩を謳っていた。 魔導マニアがいたらこの瞬間に大喜びだ。 でも、ルーファスは魔導マニアじゃなかった。 滅多に見れない魔導なんかよりも、命のほうが断然大事だ。 逃げろルーファス! 逃げたルーファス! が、遅かった。 「ホワイトブレス!」 ホワイトブレスは簡略化されたレイラにもあるが、そんなもの比べもにならない威力だった。 ハリケーンのように猛烈な吹雪がカーシャの両手から放たれる。 が、ここでカーシャがボソッと。 「……しまった(力が出ないせいで操りきれん)」 自ら放った魔導の圧力に押され、カーシャはバランスを崩した。 そして、手まで滑った。 グォォォォゴゴォォゴオッゴゴゴゴゴォッ!! 吹雪は天井を吹き飛ばし、上のフロアを突き抜けて空の彼方に消えた。 この日、どっかの観測台では、地上から天に昇る☆彡が観測されたらしい。 天井から崩れ落ちた細かい破片を浴びながら、ルーファスは腰が抜けて地面に這いつくばったままだった。 服を着たまま水に飛び込んだみたいに汗がぐっしょり。 天井から吹き込む本物の吹雪が汗を掻いた身体を凍らす。 シャレにならない巨大な穴が天井には開いていた。開いていたというか、10メートル以上吹っ飛んでる。けっこう大きな部屋だが、その部屋の天井のほとんどをふっ飛ばしていた。 カーシャが完全な力だったら、もしかして城ごと吹っ飛ばせるかもしれない。 そんなカーシャはまだまだヤル気満々だった。 「次は外さんから安心しろ」 ここでなんか言い返してやりたかったが、もうルーファスは顎まで外れてチビりそうだった。 起こしてはいけない魔女を起こしてしまった。 まあ、後悔先に立たずだけどね! カーシャの周りに再びマナフレアが集まる。天井が抜けたことによって、さっきよりもマナが集まっているような気がする。 「ライララライラ……」 再び謳われる〈神の詩〉。 ルーファスは逃げたかったが、逃げようにも腰まで抜けていた。 てゆーか、なんかもう逃げても逃げ切れる自信がない。 てゆーか、捕まえる趣旨を忘れてませんかカーシャさーん!! 「ホワイトブレス!」 先ほどよりも強大な、地上にあるもの全てを凍らすような吹雪。 ここでカーシャがボソッと。 「やっぱりムリだ」 ならやるなよ! アフォかッ! 抑えきれない圧力に耐えかね、根負けしたカーシャは床に向けてホワイトブレスを放った。 グァォォォォガガッゴゴゴゴォォォォォォン!! 巨大な邪龍が吼えるような雄叫び。 床は衝撃で大爆発して、城全体が大地震に見舞われたように揺れた。 砕けた壁や床が散乱して空から降り注ぐ、そして煙が辺りから視界を奪った。 揺れている最中、ルーファスはまったく動けなかった。目すら開けれなかった。 揺れはどうにか治まったようだが、震えでルーファスの身体はまだブルブル揺れていた。 「……ワタシ生キテマスカ?」 カタコトで自問。 城が大きく揺れた。揺れは治まったハズなのに、これはヤバイ兆しかもしれない。 ルーファスは立ち上がろうとしたが、足は床についていなかった。足の先からずーっと先まで床が消失していた。 また城が大きく揺れた。その反動でルーファスは開いた床に落ちてしまった。 最初のフロアを落ち、次のフロアも落ちて、地下室のフロアから、ないはずのそのまた下に落ちそうになった。 ここでルーファスはガシッと壁を掴んだ。 どうにか踏ん張って地下室のフロアに這い上がった。そこから下を覗くと、巨大な穴がずーっと下まで、黒い口を開いているではないか。 ホワイトブレスに当たっても死んでたし、ここから落ちてても死んでたし、どーにか生き延びたようだ。 辺りを見回したがカーシャの姿はなかった。 きっと自分の放った魔導に巻き込まれて……。 そのとき、何者かがルーファスの足首を掴んだ。 「ふふふっ……捕まえたぞ」 ルーファスの足を掴んでいたのは、床で半分以上溶けてしまっているカーシャだった。 具現化していた服はなくなり、下半身はもうすでになくなっている。ルーファスの手を掴んでいる手も、すでにドロドロだった。 痛ましい姿を見てルーファスは心痛んだ。 でも、もしかして逃げるチャンス? 相手が弱っている今なら余裕に逃げられるかもしれない。 ルーファスの足首を掴んでいた手が完全に溶けた。 そんなカーシャを目の前にして、ルーファスが後ろを向いて逃げられるはずがなかった。 「ごめん……僕のせいで……」 ルーファスはカーシャの上半身を抱きかかえ、自らカーシャの唇に唇を重ねた。 濁流のように体内マナが流れ、受け取るカーシャは残った片手でルーファスの背を強く抱いた。 かなーり濃厚なキッスだった。 キスの最中でカーシャは笑いはじめた、 「ふふふっ、力が戻ってくるぞ」 ルーファスの身体を突き放し、みなぎる体内マナを解放するカーシャ。 その瞳は黒から蒼へ。 が、瞳の色は急速に色あせていった。 「やはりダメか」 カーシャは壁にもたれ掛かり座り込んだ。 口付けだけでは、やはりダメなのだ。 ルーファスは心を決めていた。 「僕で良かったら……その、あのぉ……」 「もういい」 「えっ?」 あれれ、なんだか拒否されましたよ? 「もういい、妾の気が変わる前にさっさと立ち去れ」 「でも……それじゃあなたが……」 「うるさい、テクもない童貞に妾を満足させられると思ってるのか。気が変わる前に姿を消さんと、殺すぞ」 童貞かどうかは置いといて、殺されるのは困る。 腰が引けたルーファスは一歩下がり手を小さく振った。 「それじゃあ、さよならお元気で~」 さっさと逃げようとしたルーファスの足が止まった。 このまま城の外に出たら死ぬし。 ここで死ななくても、寒くて死ぬし! 「あ、あのぉ~」 「なんだ、消えんと殺すと言っただろう?」 「こんな状況で頼むのも悪いと思うんですけど、実は私遭難しちゃって。山の頂上に行けばみんなが待ってたりするんですよねー」 「(……こいつアホだな)。城にワープ装置がある。その1つが頂上付近に繋がっている」 「あの、その装置はどこに?」 「自分で探せたわけがっ!」 カーシャの手からツララか放たれ、ルーファスは紙一重で避けた。 「ご、ごめんなさい、自分で探します。すぐに消えますから!」 猛ダッシュでルーファスは逃げたのだった。 その後、ルーファスは城の中で小1時間ほど迷い、どーにかこーにかワープ装置によって頂上付近に到着。 しかも、セイメイクラスでゴールできたのはルーファスだけという快挙。 さらに1日では絶対に頂上まで辿り着くことは正攻法では不可能。 登頂最短時間を樹立というさらなる快挙。 しばらくの間、ルーファスは持てはやされたが、そんなメッキなんてすぐに剥がれたことは言うまでもない。 そんなこんなで魔導学院入学初の〝遠足〟は幕を閉じた。 が、そんな雪山での出来事なんて無理やり忘れていた日のこと。 いつのもように魔導学院に登校して、いつものようにはじまりのベルが鳴った。 そして、何時ものように1時間目の講師が教室に入ってくるハズだった。 しかし、教室に入ってきたのは黒髪の妖艶な美女。 金髪ではなくなっているが、その顔にルーファスは見覚えがあった。 「カ、カカカカカカーシャーん!!」 「久しぶりだなお前。だかな母さんではなく、カーシャだ」 カーシャは妖しく微笑んだ。 切りたくても切れない腐れ縁がはじまった瞬間だった。 おしまい 魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】 |
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