第16話_伝説のドラゴンスレイヤー

《1》

 10月の守護神は鍛冶の神であるゾギア。
 そして、10月10日の今日は鍛冶の日である。
 王都アステアでは今日の日にちなんで、武術大会が行われる。古くからある大会で、軟派なアステア王国には珍しい血なまぐさい大会だ。
「こういう大会苦手なんだけど……もう吐きそう」
 ぼやいたルーファス。
 5万人を収容できるコロシアムは熱気で溢れている。多くは野郎客だが、女性の客も多くいる。とは言っても、万人に受けるような場所ではない。
 なぜこんな場所にルーファスが来ているかというと――。
 カーシャがめんどくさそうに、生徒たちの前に立った。
「これから1時間は自由行動だ。今になって大会にエントリーしたい者はこの間に済ませておくように、ほかの者は試合がはじまる前に席に戻ってこい。以上、解散」
 クラウス魔導学院の社会科見学で来たのだ。
「ねぇ、ルーちゃんは出場しないの?」
 と、ビビがなんの疑問もない表情でたずねてきた。
「するわけないじゃないか! これがもし魔導大会でも絶対にしないよ(痛いのイヤだし)」
「だったらアタシ出ちゃおうかなぁ」
「危ないよ絶対!」
「だいじょぶだよ、アタシどっちかっていうと魔導より武術のほうが得意だし、武器はなんでもいいんでしょ?」
「剣術、槍術、弓術、棒術、魔法を唱えたりはダメだけど、魔導技術の使われてる武器と防具とかはオッケーだったかな」
「んじゃ、アタシのはオッケーだね!」
 いきなりビビは亜空間から大鎌を取り出した。
 ビュン!
 ルーファスの眼前で刃が風を切った。
「うわっ! ひとの多いとこで危ないから!」
「あ、ごめん」
 すぐにビビは大鎌を亜空間にしまった。
 たしかにビビは大鎌使いではあるが、観客の収容規模からもわかるように、とっても大きな大会である。獅子の群れの中に子猫を放つようなもの。取って食われる程度で済めばいいほうだろう。
 二人が話していると、クラウスがやって来た。
「ビビちゃんも参加するのかな?」
「やっほークラウス。楽しそうだし、危険はないんでしょ?」
「最高峰の防御結界と、防御魔法が出場者にはかけられてるとはいえ、強い攻撃を受ければ衝撃と反動は計り知れないな。僕の代になってからは死亡者は出ていないけれど、それでも毎回重傷者は多数出ているし、ビビちゃんみたいなかわいい子には進められないね」
「えっ、そんな怖い大会だったの!? 会場の外に屋台もいっぱいあったし、お祭り感覚だと思った」
 お祭り感覚であることには違いないが、盆踊り大会の雰囲気ではない。
 ルーファスは心配そうな顔をクラウスに向けた。
「今回も出るの?」
「ああ、もちろん。王としてではなく、ひとりの剣士として。去年は1回戦からまさかヴェガ将軍と当たるなんて、しかもボロ負けで大けがまで……(あのお陰で前の大会での八百長疑惑は晴らされたけど、王としての威厳は下がったな)」
 ひとりの剣士として出場したくても、そこにはどうしても王という肩書きが付きまとってしまうのだ。
 周りにいた人々の動きと声が止まった。
 燦然と輝く白銀の鎧。太陽のように輝くブロンドヘアの女騎士。人々の視線からも今大会の注目度がわかる。
「第1予選の準備と開会宣言の準備がありますので、お戻りください」
 その女騎士が仕えるのはクラウス。魔導騎士エルザ、クラウスの側近中の側近であり、クラウス魔導学院の卒業生でもある。つまりルーファスたちの先輩だ。
 エルザが話しかけたことによって、クラウスも注目されはじめた。
「不味いな、バレたかな。それでは僕は失礼するよ。ビビちゃん、僕の応援頼むよ」
 足早にクラウスがエルザと共に去っていく。
「任せといて♪」
 ビビはクラウスの背に投げかけた。
《あと30分で当日参加の受付を終了したします》
 会場にアナウンスが流れたが、ほとんど人々の大波のような声に掻き消されてしまっている。
「ルーファス様ーっ!」
 荒波を越えて少女が駆け寄ってくる。
 嫌そうな顔をするルーファス。
「……げっ」
 それとは対照的なニコニコ笑顔のビビちゃん。
「セッたん、こんちわわー!」
「おはよう……ビビ」
 ビビの顔をあまり見ないようにセツはあいさつを返した。少し頬が桜色だ。
 二人ののようすを見てルーファスは、
「(相変わらず仲悪いみたい)」
 きのうのビビとセツの温泉秘境大冒険を知らないルーファスは、そんな風にセツの態度を見たようだ。
 気を取り直したセツが元のテンションに戻る。
「ルーファス様、大変です!」
「(セツが現れるといつも大変なんだけど)どうしたの?」
「この大会の優勝賞品は純正ホワイトムーンのトロフィーです!」
「……へぇ(まさか出場するとか、出場しろとか言わないよね?)」
「いっしょに出場しましょう!」
 予想的中!
「うん、出ないよ♪」
 ルーファス笑顔で即答。
 ビビが獅子の群れに子猫なら、ルーファスはネズミだ。
 ならばセツは?
「いいえ、絶対に出場します。予選はバトルロイヤルですから、二人で出場したほうが有利です。愛の力でがんばりましょう!」
 ヘビだ。しつこいの代名詞のヘビ。そして、ヘビに睨まれたカエルのように、ルーファスは強硬なセツに対抗できない。あ、ルーファスはネズミだった。どちらにせよ、ネズミだろうがヘビにかかれば、丸呑みだ。
「アタシも出るー!」
 ビビちゃんが挙手した。ヤル気満々だ。
 バトルロイヤルとは、3人以上が同じ舞台で戦い乱れる勝ち残り戦だ。出場者同士が強力し合うことも可能なため、セツはルーファスと出場しようとした。ここにビビが加われば、さらに強力して戦うことも可能だ。
 が、セツはほそ~い目でビビを見つめた。
「足手まといになります」
「ならないよっ!」
 すぐにビビが食い付き、ルーファスがコソッとパクッとする。
「それを言うなら僕のほうが足手まといになると思うけど」
「ルーファス様はわたくしがお守りいたしますから心配なさらずに!」
 ソレッテ足手マトイナンジャ?
 万が一、バトルロイヤルの予選を通貨できたとしても、その先には本戦がある。
 ルーファスの顔は心配一色。
「予選は毎年運良く勝ち残っちゃう人がいるみたいだけど、本戦は1対1。実力がなきゃ1回戦で負けるに決まってるよ。この大会は規模も大きくて、国内外から実力者が出場してし、当日に参加受付をした出場者は、多く戦わなきゃいけないんだ」
 勝ち残る可能性は低くなるばかり。
 なにか良い手はないものか?
 ……と考えるのはセツだけ。ルーファスは出場したくないし、ビビはノリでなにも考えていない。
「優勝候補はどなたかわかりますか?」
 と、セツ。
「前大会はだれが優勝したんだっけ?」
 と、ルーファス。
「アタシに聞かれてもわからないよぉ」
 と、最後に顔を向けられたのはビビが答えた。
 近くにいる男たちの声が漏れ聞こえてきた。
「A組予選はゼッケン86は本命だろうな」
「俺は11番の子に2000ラウル賭けたぜ」
「おまえ顔で選んだろ。これ美女大会じゃなくて武術大会だぞ」
 賭の対象になっているのだ。
 ルーファスは観客席に来る前に通った広場のことを思い出した。
「そうだ、この大会は運営本部が公式で賭をやってるんだ。優勝候補は一目でわかると思うよ」
 3人は賭けが行われている広場に向かうことにした。

 お目当ての優勝の賭は、1回目の締め切りが予選A組と同時に行われる。まだ1つも予選が行われていないため、参加者全員が賭の対象となる。ただし、最終予選は当日参加組なので、まだ参加受付の最中ということもあり、全参加者が出そろっているわけではない。当日参加組はリストに登録された者から順次、賭の対象となる。
 広場に設置された超巨大ディスプレイに、現在の人気優勝候補者とオッズが表示されている。
 ディスプレイに表示された6番目の名前をルーファスが指差した。
「エルザ先輩の名前だ(6番人気なんてさすがだなぁ)」
「知り合いですか?」
 セツが尋ねた。
「あれ……さっきエルザが来たとき、いなかったんだっけ?」
「ああ、さっきすれ違いました。前にもお会いしたことある方ですね。ルーファス様のお知り合いなら話を付けやすいですが、6番人気では心許ない。手を組なら優勝できる方がいいのですが……」
「手を組むの?」
「わたくしたちだけでは予選は通過できても優勝は不可能でしょうから(最終的には優勝者にトロフィーを譲ってくれるように頼むつもりだけれど、優勝の証を簡単に手放してくれるかどうか)」
 後ろにいた男たちの声が漏れ聞こえてきた。かなりのヒソヒソ話だ。
「なあ聞いたか、伝説の男が出場するって聞いたぞ」
「伝説の男ってだれだよ?」
「ドラゴンスレイヤーの〈地鳴りの大狼[たいろう]〉だよ、出場したら優勝間違いなしだろ」
「そりゃすげぇ、大剣[たいけん]1本で超巨大なドラゴンを殺したって男か。しかも1人で。竜塚[りゅうづか]があまりにデカイもんで、地図を書き換えた話だな」
「けどさっきっから名前探してるんだが、どこにも載ってないんだよ」
「ならガセだな。それにそんな男が出たら賭けにならないだろ」
 二人の男が話していると、知り合いらしき男がやって来た。
「おいお前ら、マジでいたぞ。今酒場に行ってきたんだが、ありゃ間違いねえよ、絶対本人だ」
「落ち着けよ、だれがいたんだ?」
「〈地鳴りの大狼〉に決まってんだろ、周りにいたヤツらも絶対そうだってコソコソ話してたぞ」
 話を聞いていたセツがルーファスの腕を引いた。
「行きましょう」
「どこへ?」
「いいから、早く。参加受付が終了してしまいます」
「げっ、やっぱり出場するんだ」
 てっきり受付まで引きずられるものだと思っていたら、ルーファスが連れて来られたのは酒場だった。
 コロシアム内にある酒場。ここにいるのは観客がその大半だが、戦闘前に酒を煽っている出場者も少なくない。
 盛り上がりを見せる店内だが、店の奥――角の席だけ空気が違った。人が寄りつかない。大剣を背負った黒髪の若い男がひとりで飲み物を飲んでいた。
「あの方だと思います」
 セツが言って、気負いすることなく男に近づいていく。
 ルーファスが前に立ちふさがる。
「まずいって、声かけない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、近づいただけで斬られそうだし」
「近づいただけで人を斬っていたら、今ごろ全世界で指名手配されていると思います。話をして、手を組んで欲しいと頼むだけですから」
「ダメだって、なんかあの人一匹狼っぽいし、手とか組んでくれないって」
 二人があれこれ言っているうちに、ビビの姿が消えていた。
「どもども~、アタシビビっていうのよろしくねっ♪」
 もう声かけとるーっ!
 すでにビビは二人を放置して男に声をかけていた。
 男は一瞬だけビビに目をやったが、すぐに視線を戻して無視を決め込んだ。話したくもないようだ。
「ねぇねぇ、その剣一本でちょ~でっかいドラゴン倒したってホント? 魔法も使わずに、生身の人間が剣一本で? アタシこう見えてもちょ~カワイイ悪魔なんだけど、人間って魔族とかに比べたらちょ~脆弱じゃん? なのにドラゴンに勝っちゃうなんてすごくない?」
 一方的にしゃべりまくったビビちゃん。
 しかし、男はシカト。
 そこへセツが遅れてきた。
「あなたが〈地鳴りの大狼〉でしょうか? そうならば、ぜひ力をお貸しいただきたいのですが?」
 男がセツに顔を向けた。
「たしかに……〈地鳴り大狼〉と人は呼ぶ。わかっているなら声をかけるな」
 鋭い眼だ。男は鋭く荒んだ眼でセツを睨んだ。
 睨むのならばセツも負けていない。
「用件だけでも聞いてくださいませんか?」
 口調は丁寧だが、声に凄みがきいている。
 男はセツから視線を外し、
「名前は?」
 と飲み物を口に運んだ。
「セツ・ヤクシニと申します」
「用件だけ聞こう。俺の名前はハガネス」
 セツは柔和な顔をして、ルーファスはほっとした。
 ビビはちょっぴり膨れ顔。
「(アタシのなにが悪かったのかなぁ?)」
 態度。
 受け付け終了まで時間がない。さっそくセツは本題から切り出すことにした。
「この大会の優勝トロフィーを必要としています。地位や名誉が欲しいと言っているのではありません、トロフィーの素材であるホワイトムーンが必要なんです」
「ホワイトムーンならべつのところで買えばいいだろ」
「街で探しましたが、ホワイトムーンが不足しているらしく、わたくしの求めている良質な物となると見つかりません。長い時間をかければ手に入るかもしれませんが、あまり時間がないもので、ぜひあのトロフィーが欲しいのです」
「それで俺に何の用だ?」
「あなたに優勝してもらってトロフィーを譲って欲しいのです。もちろんそれなりの報酬は払います」
「……大会には出ない」
「は?」
 と最後につぶやいたのはルーファスだった。
 参加名簿に名前がなかったのは、大会に出場しないからだ。
 セツも少し驚いたようだ。
「大会の出場するためにここにいるのでは?」
「その……つもりだったが、俺のレベルには合わないようだ」
 強烈な酒の臭いがした。
 酔った男がこちらに近づいてくる。腰には剣を差している。
「ひっく……おい、〈地鳴りの大狼〉さんよぉ……うっぷ。アステア武闘大会といやぁ、世界から腕自慢が集まる名高い大会だぜぇ? それをよぉ、レベルが合わないだと何様だ……ひっく、参加もしねぇで優勝気取りかぁ、おい?」
 酔って絡んできた男。ハガネスは顔すら合わせない。その態度がさらに男を怒らせた。
「おい、剣を抜け……ここでおれと勝負だ、これでもおれはちょっとは知られた剣士だ。ボンジョボン様と言えばわかるだろ、おれがそのボンジョボンだー!」
 ビビはルーファスと顔を合わせた。
「ルーちゃん知ってる?」
「さあ、聞いた事ないけど。セツは?」
「わたくしも存じ上げません。少なくともわたくしの故郷まで名前は届いていませんが」
 3人とも知らなかった。
 周りでこの騒ぎを見ている客たちも、顔を見合わせたり、ヒソヒソ話をしながら、疑問符を表情に浮かべている。
 ボンジョボンの顔が酒で染まった以上に赤く燃え上がった。
「おれを知らないだと、さては田舎もんだな! 覚えておけ、〈赤っ鼻のボンジョボン〉とはおれのことだ。おれは強い強いんだぞ、よし剣を抜け、かかってこい、〈地鳴りの大狼〉さんよぉ、おまえの背中のでっけえ剣は飾りか?」
 挑発されてもハガネスはシカトを決め込んだ。
 ついにボンジョボンが剣を抜いた。
 酒場での決闘がついにはじまるのかっ!?
「かかって来いってつってんだろ坊や!」
 叫んだボンジョボン。
 抜かれた剣が木のテーブルに叩きつけられ、真っ二つに切断された。乗っていたグラスが宙に跳ね上がり、中身がビビの顔に掛かった。
「きゃっ(……あ、アップルティー)」
 ハガネスが飲んでいたのは酒ではなく、アップルティーだったのだ!
 というのは置いといて、やむなく立ち上がったハガネスは、荒んだ鋭い眼でボンジョボンを似た見つけた。
「…………」
 だが、なにも言わない。
「なんか言ったらどうだ、やり返してこねぇのかおい!」
 ボンジョボンは切っ先をハガネスに向けながら挑発してくる。
 調子にノっているボンジョボンは、さらになにをしてくるかわからない。
「マズイよこれ、どうにかしなきゃ」
 ルーファスは不安顔でつぶやいた。
 しかし、
「ケンカを売られたのはわたくしたちではありませんし」
 と、あっさり言い放つセツ。
「(雇い主として彼の実力も見ておく必要があります)」
 セツはそういうことを考えていた。
 動向を見守る二人――を見て、ビビは前へ出た。
「よぉ~し、ここはアタシがガツンといっちゃうよぉ!」
 なんだか張り切っちゃってるビビちゃん。
「待ちなさい」
 セツが腕を伸ばしてビビの行く手を遮った。
 ボンジョボンがハガネスに斬りかかった!
 ついにハガネスが背中の大剣を抜くかッ!?
 すってんころりーん!
「ふげぼっ!」
 奇声をあげたボンジョボンが床に落ちていたグラス(テーブルを叩き割ったときに落ちた物)を踏んでコケた(自業自得)。
 うつ伏せで大の字になったボンジョボンは動かない。
 遠くから声が聞こえてくる。
「おまえたちなにをやってる! 会場でのケンカは御法度だぞ、大会出場者なら即出場停止に処分にしてやる!」
 どうやら大会関係者か警備の者だろう。
 いち早く動いたのはセツ。ルーファスの腕を引いた。
「逃げましょう!(ここで捕まったら大会に)」
 スタコラサッサと〝4人〟は逃げた。

《2》

「なんで…………俺まで」
 どうしてこうなった感をたっぷり込めてハガネスはつぶやいた。
 酒場から逃げたあと、どさくさに紛れて出場受付をさせられてしまった。まずセツが受付を済ませ、次にノリノリのビビ、ルーファスは強引に、ハガネスは3人が登録を済ませたんだから次はおまえの番だぞ的に、気づけば出場決定。
 そして、当日参加組の受付が終了した。
 すぐに予選A組のバトルロイヤルがはじまる。当日参加組は予選D組と最終組のE組だ。その後、短い休憩を挟んで本戦がはじまる。当日参加組は、ほぼ連戦となるため、過酷な戦いが強いられることになる。
 大会の流れや傾向を見つつ、今後の対策を話し合うため、4人は観客席で話し合うことにした。
 席に座らされたハガネス。
「どうして俺まで……」
 とか言いつつも、なんだかんだで一緒にいる。もしかしたら、ルーファスと同じで、押しに弱いタイプなのかもしれない。
 予選がはじまると客席のボルテージが一気に上がった。
 歓声がまるで津波のように客席を呑み込む。
 会場にはいくつかの巨大スクリーンが設置されており、注目の戦いが映し出される。巨大スクリーンには、戦いのようすがさらに分割されて表示されており、人数が減ってくると分割数が少なくなって、最終的には大画面に1つの戦いが映し出されるようになる。
 バトルロイヤルの勝敗は獲得ポイントによって決まる。参加者は体の見える場所に配布されたシールを張り、それをほかの参加者から奪うことによって枚数がそのままポイント数になる。シールは張った本人が剥がす、もしくは気絶すると剥がせるようになっている。シールを失った者はその場で退場、一度剥がれたシールは二度と張り直すことはできない。
 予選がはじまった途端、何人かの出場者が集中的に狙われはじめた。優勝候補たちだ。バトルロイヤルでは、示し合わせたように強い者が寄って集って狙われる。
 それを知ったセツはハガネスに顔を向けた。
「予選ではあなたが狙われる集中して狙われる可能性が高いですね」
「…………」
 ハガネスは固い表情をしてなにも返さない。
 予選を見ているだけで青い顔をしているルーファス。
「無名選手の僕はあんまり狙われなくて済むかな(はじまってすぐにギブアップしよう。そのためにはまずセツから必死に逃げて、見えないところでシールを投げ捨てなきゃ)」
 ルーファスの敵は味方の中にいるらしい。
 身を乗り出してビビは観戦に熱を上げている。
「ねぇねぇ、A組に前大会の優勝者がいるんだって! しかもその人、3大会連続優勝してるらしいよ! オッズ低かったけど200ラウル賭けちゃった!!」
 ここでセツは冷静にツッコミ。
「あなた優勝する気ないでしょう?」
「ん、なんで? あたしヤル気満々だよー!」
「だったらなんで他人に賭けるんですか……はぁ」
 セツは溜息を落とした。
 ハッとしたビビ。
「そっか、あとで自分にも賭けてこよう!」
 ビビちゃん優勝する気も満々。
 ちなみに予選の賭は、単勝や複勝、連勝式など、幅広く扱っている。中でも的中困難なのが、組予選通過者計10名をポイント獲得数の多い順で当てる連勝単式である。
 ちなみに大会非公認の賭け屋[ブックメーカー]では、予選通過10名の連勝単式からさらに、獲得ポイント数まで当てるという独自の賭けも行っている。
 セツは優勝者当てのオッズを思い出していた。
「1番人気はオッズが低かったですが、それ以降の人気がバラけているようだったのはそのせいですか」
 優勝者は真っ先にバトルロイヤルで狙われる。本戦に出場できても、予選の総攻撃でだいぶ体力も消耗させられ、怪我も負ってしまうかも知れない。そのハンデがある条件で3大会連続優勝というのは、不動の1番人気というのもうなずける。それ以下の者は、予選の集中攻撃によって蹴落とされ、2位以降の順位の毎回大きく変動す要因になっている。そのために賭の予想も困難になる。
 賭けの予想は難しくなるが、参加者には優勝のチャンスが与えられる。うまくつぶし合ってくれれば、予選突破も夢ではない……かもしれない。
 でもルーファスは負ける気満々!
「(セツからも逃げなきゃいけないけど、ビビにもわざと負けるとこ見せたくないなぁ。二人から逃げるとなると至難の業だし、あとでバレてもマズイからうまくやらないと)」
 ひとりで作戦会議中だった。
 全員参加の会議も同時進行だ。セツが話している。
「予選は全員通過を目指します。本戦ではわたくしたち3人は最低でも1勝を勝ち取り、優勝候補と当たってしまった場合は、全力で相手の体力を削ること。そして、ハガネスさんの優勝確率を高めます。あくまでわたくし3人は、ハガネスさんの剣となり、盾となり、そして踏み台です。それが優勝への最善の方法だと思います」
「え~、アタシ優勝する気満々なんだけどー?」
 うん、ビビちゃんはそのままがんばればいいと思う!
 さらにセツが話を続ける。
「予選ではバラけるよりも、固まった方が有利だと思います」
「……げ」
 ルーファスが漏らした。いきなりセツから逃げる作戦が困難になりそうだ。
 まだセツの話は続いている。
「問題はハガネスさんともいっしょにいるべきかということで、ハガネスさんが集中して狙われた場合、わたくしたちもそれに巻き込まれる可能性があります。しかし、ハガネスさんがそれでも余裕のようであれば、わたくしたちのこともまとめて守ってもらい、逆に安全ということになります。どうですかハガネスさん、わたくしたちも守って戦えますか?」
「…………」
 ハガネスはなにも答えなかった。
 そこへビビが身を乗り出してきた。
「ちょ~強いんだからだいじょぶだよ! ドラゴンに比べたら人間の群れなんてアリの大群みたいなものだし、ひとりでやってくれるよ生ける伝説ハガネスは!」
 他人事なのに自信満々。
 ハガネスは否定も肯定もしなかった。無言なのは自信の表れか?
 ここでルーファスがボソッと。
「キングカリフンアントっていう全長3メティート(約3.6メートル)を越える世界最大のアリがいるけどね」
 そんなアリの大群はヤバイ。ルーファスにとって、戦わなきゃいけない参加者たちは、みんなヤバイ相手だ。実力者から見れば小物、ルーファスから見ればみんな大物。
 会場のモニターの分割数が減ってきている。ルーファスたちが話している間も、1人、また1人と敗者が退場していく。
 人数が減ってきても未だ集中攻撃を受けている者がいる。画面がその戦いを大きく映し出した。優勝候補1番人気の剣士だ。
 その姿を見たビビが唖然とした。
「銀行強盗……百歩譲ってプロレスラー」
 マスクが。
 ルーファスもはじめて知ったようだ。
「あれが前大会優勝者? 覆面戦士とは聞いてたけど(あのマスクはない。しかも、僕より貧弱そうな体付きなんだけど)」
 デスマスクを被った小柄な剣士。体系もごつい感じではなくスマートだ。しかし、強い。
 まずスピードが尋常ではない。敵の攻撃をかわしながら、一瞬にして敵の懐や背後に回り込む。そして自分よりも2倍以上ありそうな巨人を一撃で仕留めるパワー。
 あれがルーファスたちが倒すべきライバルだ。優勝する気ならば勝たねばならない。
「……ムリ」
 ルーファスがつぶいた。
 予選ですら勝つ気がなかったルーファスが、覆面剣士の戦いを見て完全にあきらめた。
 隣のビビは真面目な表情になっていた。覆面剣士の戦いを見て、浮ついた気持ちが引き締まったのだろうか。
「覆面で顔を隠してるのって……やっぱりブサイクだからなのかな?」
 ということを悩んでいるだけだった。
 ハガネスは覆面剣士の戦いから目を離さない。出場すれば優勝間違いないとウワサされる伝説の男も、覆面剣士の実力を無視できないと言ったところか。
 ――そして、A組予選が戦いの幕を閉じた。長い戦いを勝ち抜いた中には、もちろん優勝候補1番人気の覆面剣士がいた。

 自分たちが出場する最終予選E組の試合が近づくにつれて、ルーファスの体調が悪化してきた。
 じっといていられずルーファスは一人で出歩くことにした。
「うう……(おなか痛い)」
 もうすでにトイレには何回か駆け込んだ。
「うう……(胃も痛い)」
 常備している胃薬も飲んだ。
「うう……(逃げたい)」
 今はひとりだ。周りにセツもビビもいない。今なら逃げられる!
 ルーファス逃亡!
 別に正面ゲートから逃げても問題ないが、小心&罪悪感でコソコソ逃走。
 窓から外に出て、会場裏にある茂みに逃げ込む。
 茂みはそのまま森に繋がり、その敷地は自然公園になっている。
 人気のない森。
「ホゲェェェェェェ~~~」
 不気味な呻き声が響いてきた。
 ビクッとルーファスは体を凍らせた。
 自然公園に管理されてはいるが、自然と名がつくだけあって、自然な状態が保たれている。カワイイ小動物から、大型の獣まで、バリエーションも豊富だ。
 なにかいる!
 ルーファスの近くになにかいる!
 謎の呻き声を発する生物がいるのだ!
 ルーファスは逃げることもできる、その場から動けなくなってしまった。
 ガサガサッ、ガサガサッ!
 茂みが揺れた。
 なにが出てきた!
 幽鬼のような影が茂みから出てきた。
 ……目が合った。獣のような鋭い眼。どこか荒んだ瞳だ。
 ルーファスは唖然としながら口を開く。
「あ、こんにちは」
「…………」
 ハガネスだった。
 向かい合ったままハガネスは動かない。
「…………」
「…………」
 二人とも無言。
 ハガネスが口に手を当てた。
「ホゲェェェェェェ~~~」
 嗚呼、大地に還元されていく。
 あの謎の呻き声は、ハガネスは内容物をリターンしている音だったらしい。
「……あの、大丈夫ですか?」
「問題……うぇぇ、うげっ、ううっぷ」
 ぜんぜんダメそうだ。
 しかし、ハガネスは平静を装うとする。
「問題ない……少し……酒を飲み過ぎただけだ」
 ここにビビがいたら疑問に思うだろう。
 ハガネスはあの酒場からずっとルーファスたちに同行させられている。ここで独りになる前に……とも考えられるが、酒の臭いがまったくしない。
 あえて臭うとしたら【自主規制】のかほり。
 同族、同じ種類の者同士は互いを嗅ぎ分けることができる。
 ルーファスは察した。
「本番前になると体調崩すタイプですか?」
「…………」
 無言になるハガネス。
 もともと無口っぽい感じだが、この無言はいつもと違う。
「…………」
「…………」
 お互い無言。
 無口なドラゴンスレイヤー。そのキャラが崩壊を迎える。
「な、ななななな、なにを言ってるんだ、まるで俺がプレッシャーに弱いみたいな……そんなことはない、おまえも俺の伝説を知っているだろう!」
「ドラゴンをその身一つと剣だけで倒したって云われてますよね」
「そうだ、俺がひとたび背中の大剣を抜けば、大地が震え上がり地震が起こると云われている。ゆえに俺は〈地鳴りの大狼〉と謳われているんだ」
「本物の〈地鳴りの大狼〉ですよね?」
「……そうだ、そう呼ばれている」
「(あやしい)」
 湿度の高い生暖かい視線でルーファスはハガネスを見つめた。
 まさか目の前にいる〈地鳴りの大狼〉は偽物か?
「本当に本当の本物の〈地鳴りの大狼〉ですよね? ドラゴン倒したんですよね?」
「そう呼ばれて、そう語られている」
 なんだか微妙な言い回し。
 さらに追求する。
「ドラゴンは倒したんですよね? 語られてるとかそういうのじゃなくて、実際に戦って止めを刺したんですよね?」
「ドラゴンは倒し……」
 そこで言葉が詰まった。代わりにルーファスが言葉を紡ぐ。
「てないんですか?」
「…………」
「質問を変えます。まさか弱いんですか?」
「ば、ばか言え! 俺は断じて弱くはない、それは本当だ、信じてくれ、俺は弱くはないんだ本当に!」
 焦りすぎ。
 湿度がさらに高くなったじと~っとした視線で、ルーファスはハガネスを見つめた。
「背中の剣も飾りですか?」
「この剣は伝説の宝剣だ。抜けば天と地を割ると云われている」
「云われている?」
「……この剣が正真正銘の本物だというのは事実だ」
 ハガネスは微妙な言い回しこそするものの、ウソは言っていないように思える。
 ではいったい、ハガネスはなにを隠しているのか?
 今までの周りの話とハガネス本人の話を要約するとこうだ。
 〈地鳴りの大狼〉と呼ばれている。
 超巨大なドラゴンを1人で肉体と大剣のみで倒したと語れている。
 断じて弱くはない。
 背中の大剣は伝説の宝剣であり、抜けば天と地を割ると云われている。
 ちなみに名前はハガネス。
 全部、言葉に過ぎない。言葉だけでは事実と認められない。剣を抜いた姿も、戦っている姿も見てない。ルーファスが見たのは【自主規制】していた姿。
「本当のこと言ってくれませんか? もうすぐ予選はじまりますし、もしもウソをついているなら、全部バレますよ、観客全員に前で(予選前に逃げれば別だけど。あ、ここにいたってことは僕と同じで逃げる気だったんじゃ?)」
「あんたに俺の気持ちがわかるか、俺の苦しみがわかるもんか……」
 ハガネスは荒んだ眼をしてルーファスから顔を背けた。
「まさか逃げる気だったんじゃないですよね?」
「逃げる気ならこんなところで吐いてない」
「(逃げる気ならプレッシャーもないから吐かないってことか。そう言えば)大会に出るの渋ってましたよね? 出る気がなかったら、なんでここに来たんですか?」
「はじめは出場するつもりだったんだ……でも、いつもこうなんだ。周りに過度な期待をされて、絶対優勝なんて言われてる。そんな俺がもしも……」
 ハガネスは頭を抱えて地面にあぐらを掻いてしまった。
「やっぱり弱いんじゃ?」
「それは違う! 本当だ、腕には自信がある。厳しい修行もしてきた……地獄のような日々だった」
 そして、過去を思い出すように遠い目をして、ハガネスが語りはじめた。
「俺の両親は親父が伝説の戦士、母は伝説の武闘家だった。生まれたときから俺は過度の期待されていた。おれは両親や周りの期待に応えようと懸命に励んだ。親父と母の修業は本当に辛かった。それでも俺は堪え、強くなった。自分でいうのもなんだが、腕には本当に自信があるんだ。それでも周りの期待ってやつは、遥か先にあったんだ。あんたにわかるか、俺の気持ちが?」
「ちょっと違うかもしれないけど、私の父はそりゃもう優秀な魔導士で、今もこの国の防衛大臣をしてたりするんだけど、生まれてきた私は落ち零れで……がんばってるつもりだったんだけど、期待に応えられないって気づいたときからはもう……。うちの一族ってみんな赤系統の髪の色をしてるんだけど、私だけこんなんだし、どうせもう期待もなにもされてないだろうし……はぁ」
 どんよりとルーファスは重い空気を背負った。
 ハガネスがつぶやく。
「……そうか」
 二人とも重い空気で押しつぶされそうな顔をしている。
 そして、しばらくしてハガネスが再び口を開く。
「俺は逃げたんだ。期待を背負って生きていくのが嫌になって、親元からとにかく逃げ出した。独りで旅に出て各地を廻った。そんな旅の途中だった、俺があのドラゴンと出会ったのは。クラスで言えばマスタードラゴン、実力から言えば〈精霊竜〉クラスだった。だが、俺が会ったときには、もうろくも酷く、ゆえに破壊者となってしまったらしい。彼は言ったんだ『自分を殺してくれと』、自分がぼけていると自分でわかるうちに、これ以上ぼけてこの地を破壊する前に(お前のように力のある者を待っていたとも言われた)」
「じゃあドラゴンを倒したって言うのは本当だったんだ」
「止めを刺したのは事実でも、戦って勝ったわけじゃない(それでも我を忘れた彼に抵抗されて重傷を負ったが)。ドラゴンを仕留めたって部分だけに尾ヒレがついて、話が膨らんで、俺が伝説の両親を持つ素性が知られ、背中の宝剣のことも知られると、さらに話は膨れ上がっていった。そうなってくると、期待されるってレベルじゃない。神のように崇拝する者まで出てきて、俺は人前で剣を抜くことすらできなくなった。これまでいくつもの大会に足を運んだが、周りの期待を裏切ってしまうと思うと出場できなかった。優勝するだけじゃ期待を裏切る、大会で伝説のひとつもつくらなきゃ、期待には応えられないんだ」
 肩を落とすハガネス。
 いつになくルーファスは真剣な眼差しをしていた。
「期待を裏切ったらいけないんですか?」
「……なに?」
「ひとの期待を裏切るのは僕だってイヤですよ。でもそれでなにもできなくなったら意味ないですよ。僕もいつか父と和解して認めてもらいたいとは思ってますけど、自分なりにやってみてその結果を受け入れて、少しでも前に進んでいくことにしたんです(……その結果、ちょっと自堕落な感じなってるところもあるけど)」
 茂みからぴょこっと桃色のツインテールが飛び出してきた。
「あたし思うんだけど、別に負けちゃってもいいんじゃない? ハガネスに勝ったひとが次に伝説になるだけの話で、世の中なにも変わんないと思うけど。てゆか、覆面被ったらいいよ、顔隠して出場したらいいじゃん?」
 いきなり出てきたビビにルーファスとハガネスは唖然。
「いつからそこにいたの?」
 と、ルーファスが口をあんぐりさせながら尋ねた。
「ハガネスがゲロったあたりから」
 ゲロって、ゲロって今まで伏せられてたのに、アッサリ言いやがった!
 とりあえず、かなりはじめのほうからビビはいたらしい。
 ハガネスは重い腰を上げた。
「もう本名で登録してしまったから、今さら顔を隠したところでどうにもならない」
「今まで身なりを変えて偽名で大会に出場とか考えなかったの?」
 ビビの質問に度肝を抜かれたハガネス。
「か、考えもしなかった……!」
 コソッとビビがルーファスに耳打ちをする。
「このひとバカなの?」
「そんな質問されても困るよ」
 二人の姿をハガネスはほそ~い目で見ている。
「聞こえてるぞ」
「「えっ!?」」
 同時に驚くビビとルーファス。
 遠くからアナウンスが聞こえてくる。
《E組予選開始まであと5分です。参加者の方は早急に第1ゲート前にお集まりください。時間内に集合場所に現れなかった場合失格になります》
 ビビがルーファスの腕を引く。
「早く早く!」
「あ、うん」
 ルーファスは返事をしながらハガネスに顔を向けた。
 うなずぐハガネス。
「もう覚悟は決めた、あとは悔いが残らぬよう戦うのみだ」
 3人は集合場所に急いだ。

《3》

 先に集合場所にいたセツが、突然頭を下げてきた。
「ルーファス様申しわけありません」
「えっ、なに!?(謝られる覚えがないんだけど……むしろ僕のほうが)」
「試合の直前になって逃げたのではないかと、疑ってしまいました。嗚呼、ルーファス様の愛を疑ってしまうなんて、夫の帰りを待つ妻として失格です」
 ルーファスはなにも言えなかった。だって逃げようとしてたから。
 とにかく4人揃って予選に出場することになった。
 巨大なゲートが開かれ、円形闘技場への道が開かれる。
 ルーファスは胸に張った赤いシールを確認した。これを奪われれば負けだ。
 このシールには番号も書かれており、それと対応したサークルが闘技場内の地面に描かれている。そのサークルがスタート位置となる。
 サークルの上に立ったルーファス。
「……マズイ」
 つぶやいた。
 サークルはランダムに割り振られている。
 ルーファスの周りは敵ばっか!
「(はじめの作戦ではセツから逃げようと思ってたけど、思ってはいたけど、はじめっから独りなんて怖すぎる!!)」
 周りの参加者たちを見回して、ルーファスはある重大なことに気づいた。
「しまった……(武器忘れた)」
 ルーファス装備なし!
 鍛冶の神ゾギアを祝した大会であり、基本的には武器を持って戦うが、中には素手の者もいる。だが、あくまで素手の者は武闘家であり、素手のプロだ。もやしっこルーファスとは体格からして違う。
「お腹痛くなってきた」
 ルーファスピンチ!
 周りの参加者達の目が『お前なんでここにいるんだよ?』的な感じだ。観客もそう思っているに違いない。そして、一番思っているのは、間違いなくルーファスだろう。
「(ギブアップする前に袋だたきに遭いそう。まずはだれかと合流したほうが痛い目に遭わなくて済むかも)」
 急いでルーファスは遠くを眺めた。
 もっとも近くにいるのはハガネスだ。15メティート(20メートル)くらい離れていそうだ。背中の大剣ではなく、長剣を構えている。
 さらに遠くにビビとセツ、二人は運良く隣同士のサークルだ。大鎌と鉄扇で戦う気だ。
 試合開始1分前。
 ルーファスの足下が汗で海になりそうだ。
「(とにかく逃げ回るしかない)」
 敵の武器を奪うなんて大冒険はルーファスにできるハズがない。
 試合開始10秒前。
 5、4、3、2、1――会場に鳴り響くラッパの音色。出陣に相応しい軽快な音色だ。
 身構えるルーファス。
 逃げる予定が足がすくんで動かない。
 頭を抱えてしゃがみ込んだルーファス。
 どこかで男の悲鳴が聞こえた。
 剣と剣が交わる甲高い音。
 渦巻く熱気。
 ルーファスは動かない。
 ドサッという音がしてルーファスは足下を見た。男が伸びている。もうすでにシールはなかった。
「……あれ?」
 だれも襲ってこない。
 見事なまでにルーファスはスルーされていた。
 逃げるなら今だ!
 ルーファスが動き出そうとした瞬間、目の前に影が立ちはだかった。
「先輩も出てたんですか(弱そうなのに)」
 魔導学院の後輩ジャドだ。ジャドは暗殺一家に生まれ、体中に武器を隠し持っている暗器の使い手でもある。
「え~と、ジャドだっけ?」
「そうです、ペット捜しから暗殺まで、幅広ぐぇっ!」
 呻いジャドが気絶して倒れた。
 目を丸くしたルーファス。2撃目が来る!
 弓矢か?
 違う、飛道具だが弓矢ではない。
 ロッドだ。魔導を帯びた宝玉を付けられた杖を振ることによって、魔弾を飛ばすことができるらしい。使っている相手は魔導衣を着た若い女だ。
 魔法を唱えたりすることは禁止されているが、武器で魔力を変換して攻撃することは許可されている。魔導士タイプの出場者もいるのだ。
 瞬時ルーファスはしゃがんだ。
 頭の上を通り過ぎる魔弾は白熱の光を帯びていた。おそらく光系の魔力が攻撃に変換されている。
 3撃目はすぐに来た。
「ぎゃ!」
 かろうじてかわすルーファス。
 4、5、6と連続して来た。
「ぎゃっ、ふんっ、どぅあ!」
 またもかろうじてかわすルーファス。逃げたり避けたりは大得意だ。
 武器も持たないもやしっこに攻撃をかわされ、女魔導士は怒りを露わにした。
「弱そうだから狙ったのに! これでも喰らえ!!」
 10発以上はありそうな魔弾が一気に飛んできた。さすがにこれでは逃げ場はない。
 ルーファスの目に飛び込んできた輝く盾。
「だれの落とし物か知らないけど借ります!」
 しゃがめば体を覆い隠せる巨大な盾だ。
 魔弾がルーファスの真横の地面を抉った。土塊が飛び散る。まるで鉄球の雨だ。
「きゃあああっ!」
 甲高い叫び声。
 魔弾の雨が止んだ。
 恐る恐る盾から顔を覗かせたルーファス。女魔導士が倒れている。周りに女魔導士を倒した人物はいない。
 ルーファスは気づいた。
「そうか、この盾はミラーシールドの類だったのか!」
 盾は物理攻撃を防ぐだけではない。中には魔力を反射する物をある。雨のような魔弾は、盾に弾かれ女魔導士に返っていったのだ。
 運良く自滅してくれた女魔導士。
 何気にルーファスはシールをゲットした!
 それも4枚だ。女魔導士が持っていた2枚、彼女本人のシール1枚、そして気絶しているジャドの1枚だ。
 シールは剥がすと赤から青へと変わる。
 ちなみにシール枚数イコールポイントのため、自分自身のシールも加算される。つまりルーファスは5ポイント持っていることになる。
 突然うつ伏せになって倒れたルーファス。攻撃を受けたのではない、狙われる前に気絶したフリをしたのだ。
 薄目で当たりを確認すると、スネ毛が見えた。男が辺りを確認しながら歩いている。気絶していないことがバレたら確実にヤラれる。
 男が剣を振り上げた。
「(やられる!)」
 と、心の中で叫んだルーファス。
 しかし、男が剣を振り下ろしたのは拳に鋭い爪を装備した別の男だ。
 爪男は剣をその爪で受けている。
 ルーファスのすぐ目の前ではじまってしまった戦い。
 二人が戦ってる隙に逃げたいところだが、そのタイミングも難しい。飛道具を使ってくる者もいることから、注意するのは目の前の二人だけとは限らない。
 薄目でルーファスは巨大スクリーンを凝視した。時間がカウントされている。本戦が控えているため、予選は時間制限がある――1時間だ。
「(ムリに逃げて痛い目に遭うより、ここでじ~っとしてるほうが安全かも)」
 ルーファスは気絶したフリをし続けることに決めた。
 が!
「ふぎゃ」
 思わず呻いたルーファス。背中を思いっきり踏まれたのだ。
「てめぇ!」
 踏んだ爪男が叫んでルーファスをガン見しながら転倒する。そこへ振り下ろされる剣。
 顔面に剣をモロに喰らった爪男が倒れた。真剣勝負だったら死亡しているところだが、防御魔法で守られているため死んではいない。ただ衝撃はあるので、鼻と口から血が出ている。
 スネ毛男がニヤリとルーファスを見下ろしながら笑っている。
 苦笑いを浮かべるルーファス。
「あはは、バレちゃいました?」
「キタねぇヤロウだ、気絶したフリしてやがったな!」
「ご、ごめんなさい、えっと、あの、そうだシールを僕のシールをお渡ししますから暴力を振るわないでぇ!」
「てめぇみてえなヤロウはただじゃおかねえ!」
 剣が振り下ろされる。
「痛いのイヤだってば!」
 咄嗟にルーファスは近くにあった棒のような物を拾って振った。
 放たれた圧縮された空気の塊。
 スネ毛男がツバを飛ばしながら後方にぶっ飛んだ。
 …………。
 しばらくルーファス休止。
 そして、気づいた。
「ご、ごめんなさい痛かったですかすみません!」
 倒れているスネ毛男に駆け寄るルーファス。その手にはあの女魔導士が使っていたロッドが握られていた。
「あれ……もしかして勝っちゃった?」
 まさかのルーファス勝利!
 スネ毛男のシールを奪い、さらにスネ毛男が倒した爪男のシールももらう。これで7ポイントだ。
「やったー!」
 子供のように飛び跳ねて大喜びするルーファス。
「生きてきて良かった、僕にもこんな輝ける瞬間があるなんて、母さん生んでくれて感謝します!」
 喜ぶあまりルーファスは周りが見ていなかった。少しでも周りが見えていれば、2メティート(2.4メートル)もある大男が斧を持って突進してきたのに気づけたはずだ。
「ルーファス様危ない!」
 セツの叫びでルーファスはやっと気づいた。
 巨大な斧が横降りにされ、ルーファスの胴体を真っ二つに割ろうとしている。実際は割れないが、喰らったらゲロくらいは吐きそうだ。
 しかし、なかなか斧は近づいてこない。まるでスローモーション。いわゆる走馬燈がルーファスの頭を駆け巡っていた。
 幼稚園の運動会で1位になった徒競走。グランドに乱入してきた野犬に追っかけられての1位だった。それ以降、ルーファスは徒競走で1位になったことはない。てゆか、一度っきりの1位以外はみんなビリだった。
 ――以下略。
 なぜなら運動会などの、運動系の舞台で輝けたメモリーがほかになかったからだ。
 ルーファスはよくがんばった。幼稚園の運動会以来の快挙だ。もう思い残すことはないだろう。
 さよならルーファス。
 空の彼方へ……彼方へ?
 斧の衝撃があまりに強すぎて空に打ち上げられたのか?
 違う。セツの鉄扇が竜巻を起こしたのだ。
 ルーファスよりも低くした舞い上がらなかった大男が地面に叩きつけられた。自分の体重が凶器になったようだ。
 次はルーファスの番だ。
「ちょ、ちょちょちょっとこれマズイよ、えっと、そうだ!」
 魔法であれば回避も可能だが、魔法は禁止。だがルーファスの手にはアイテムが握られていた。
 ロッドから空気を地面に向けた放った!
 ――止まった。
 ルーファスの鼻先に地面がある。
 その1秒後、空中で制止していたルーファスが地面に落ちた。
「うげっ!」
 鼻強打。
「ルーファス様!」
 すぐにセツが駆け寄ってきてルーファスを抱きかかえた。
 鼻血をツーッと流しているルーファス。どうやら気は失っていないらしい。
「大丈夫、ちょっと鼻打っただけ……痛いけど」
「嗚呼、ルーファス様よくぞご無事で!」
 セツがルーファスに抱きつく横で、桃色のツインテールをぴょんぴょんさせている小悪魔。
「あのぉ~、アタシもいるんですけどー? まだシール取られてないんですけどー?」
 冷たい眼をしてセツが振り向いた。
「あ、ビビもまだ生き残ってたんですか?」
「生き残ったますよーだ!」
「で、シール何枚集めましたか?」
「自分のも合わせて3枚。ちょ~がんばってるでしょでしょ!」
「わたくしは今の男を合わせると――」
 セツは伸びている大男からシールを奪った。
「5枚です」
「…………」
 口を結んだビビは頬を膨らませた。
 セツはルーファスに顔を戻した。
「ルーファス様は?」
「私は7枚……運が良かったんだよ本当に」
「…………」
 セツも口を結んでしまった。『ルーファス様、ルーファス様』と慕っていても、相手がデキると思っているかどうかは別。つまりルーファスは期待されてなかったのだ。
「ルーちゃんすご~い!」
 自分のことのように無邪気にはしゃぐビビ。それを見てセツは慌てた。
「さすがルーファス様です!!」
 取って付けたようなまさにお世辞だ。
 立っている参加者の数も減ってきている。時間の刻々と過ぎている。
 3人固まっていることで、周りも様子見ですぐに仕掛けてこないようだ。
 セツは自分の持っていたシールを1枚ルーファスに渡した。熱い、視線が熱い。
「8枚あれば予選通過は確実です」
 横からビビが出てきた。
「なんで?」
「そんなこともわからないんですか?」
 冷たい、視線が冷たい。
「なんで?」
 と、ルーファスも尋ねた。
「それはですね、ルーファス様」
 視線がまた熱くなった。
 セツが続ける。
「E組の参加者は78名で、通過者は10名となっています。つまり参加人数の10分の1のポイントを持っていれば予選通過できることになります。8枚のシールを手に入れたら防御に徹するのが生き残るコツでしょう」
 慌ててルーファスはシールを返した。4枚にして。
「だったらセツが8枚持っててよ、僕が予選通過したってなんの役にも立たないから!」
「夫を立てるのが妻の務めですから」
「まだ夫じゃないから!」
「まだそうではなくても、未来の夫ですから」
「まだって深い意味で言ったんじゃないよ、夫とかならないから」
「ならダーリンがいいですか?」
「いや、そういう問題じゃないから」
 二人の間にビビが割って入る。
「もしもーし、敵が来てますけどー」
 ビビの言うとおり、甲冑のナイトがすぐそこまで来ていた。が、かなりの重鎧らしく、機動力はあまりよくないらしい。相手は不意打ちのつもりだったらっぽいが、見事に3人に気づかれている。
 ビビが大鎌で薙いだ。
 ガツン!
 大鎌はナイトに当たったがビクともしない。逆に柄を握るビビの手が痺れ、刃こぼれしそうだった。
「ウソっ、ぜんぜん聞いてない!?」
 硬いだけではない、比重もあってビクとも動かない。
 セツが大男を飛ばした竜巻を起こした。
 浮いた!
 ナイトが浮いた!
 ――拳が入るくらい。
 ドスンと地響きを立てて甲冑剣士が地面に着地。
 ビビとセツでは歯が立たない。
 ナイトが槍で突きを打つ!
 でも早くないので避けられる。セツは軽くかわした。
 鉄壁の防御を誇るナイト。だが機動力が犠牲にしているらしく、攻撃が遅い。
 ビビがのんびり提案する。
「逃げちゃおうよ、めんどくさいし」
 すぐにナイトの仮面からくぐもった声がする。
「おまえらも逃げる気か! 戦え、俺と戦え、俺は絶対に負けないぞ!」
 ほかのやつにも逃げられたのか……かわいそうに。
 ルーファスが自信なさげに手をあげた。
「あのさぉ、ちょっと試したいことがあるんだけどいいかな?」
「なにするのルーちゃん?」
「まあ見ててよ」
 ルーファスはロッドを構えて魔弾を撃った。黄色く輝く魔弾だ。バチバチと音を鳴らしている。
 魔弾が甲冑にヒットした。
「ギャアガガガガガガガガ!」
 機械的な悲鳴を上げたナイト。
 どうやらルーファスの作戦は成功したようだ。
「よかった。魔法防御で電撃も衝撃変換されるかと思ったけど、なんか平気だったみたいだね(鎧を通した間接攻撃だからかな? それとも魔法防御は物理のみ有効?)」
 ナイトは立ったまま動かない。甲冑が重いので倒れもしないが、たぶん気絶しているだろう。
 ルーファス勝利!
 しかも今度は運ではなく、作戦よる実力での勝利だ!
 まあ、ロッドを手に入れたのは運だったけど。
 さっそくビビはナイトからシールを奪おうとした。
「あうっ!」
 甲冑に触れたビビがすぐに手を離した。
 すぐにルーファスが駆け寄る。
「ダメだよ、しばらく放電させないと」
 そう言いながらルーファスは靴を脱いで手にはめた。不導体で絶縁しながら甲冑に触れるためだ。
 顔を赤らめたセツが心をときめかせる。
「惚れ直しそう(嗚呼、やっぱりルーファス様って、やるときはやってくれる!)」
 ルーファスの横でビビがはしゃいでいた。
「ルーちゃんすご~い、頭イイんだね!」
「常識の活用だからたいしたことないよ」
 謙遜するルーファスを見て、セツの心はさらにヒートアップ!
「あぁン、好き……大好き(はぁと)」
 だが、次の瞬間にはセツは溜息をもらしていた。
 悪戦苦闘するルーファスに姿。靴では甲冑に張られたシールがうまく剥がせない。そりゃそーだ。
 それでもやっとの思いでシールを剥がし、さらに甲冑を脱がせてほかのシールもないか探した。
 トランクス1枚になった男を見てビビがクスッと笑った。
「ガリガリじゃ~ん!」
 ナイトの中身は骨皮だけしかないような痩せた男だった。こんな男じゃ重鎧で動けるわけがない。
 そして隈無く探した結果、獲得したシールは2枚だった。
 ビビちゃんはちょっとご立腹。
「ええ~っ、2枚しかないのぉ~」
 3人では割れない数字だ。1枚は功労者のルーファスがもらうとして、残り1枚が問題だ。
 力強くセツが前に出た。
「これはわたくしがもらうべきでしょう。なぜなら、ビビよりもすでに多く獲得しているということは、それだけ予選通過の可能性があるということです。もっと言わせてもらえば、ビビが持っている分もわたくしに渡すべきです」
「はぁ~~~っ、なに言っちゃってんの!? ズルイズルイーっ、これからアタシが巻き返すかもしれないじゃん!」
 こんなところで仲間同士のケンカをしている場合じゃない。
 すぐにルーファスが割って入った。
「ちょっと待った、今全員が持ってる分を均等に分けようよ。まだ時間はあるんだし、全員分が集まらなかったら、そのときに調整すればいいし、ひとりが負けて奪われたときの損失も考えてさ、ね?」
「ルーファス様がそうおっしゃるなら」
 あっさりセツが承諾。
 全部で17枚。また3で割れないが、余りはルーファスが持つと言うことで話がついた。
 ルーファス→7枚→7枚
 セツ→5枚→5枚
 ビビ→3枚→5枚
 結局、今手に入れた2枚がビビの元へ。セツは配分してから、納得してないような顔をしているが、ルーファス様の決めたことだ、口に文句は出せない。
 ここまで健闘を見せる3人。とくにルーファスは大穴だろう。
 そして、4人目がいる。

《4》

 ルーファスが辺りを見回す。
「ハガネスは?」
 いた!
 遠くで5人の敵に囲まれている。
 即席チームによる連携攻撃。腕試し、名声、予選突破、さまさまな思惑を胸に秘めながら5人が襲い掛かってくる。
 魔弾を撃つバズーカ砲での遠距離攻撃。
「あんな武器もアリなの!?」
 と、ルーファスが遠目からツッコミを入れている間に、ハガネスは砲撃をかわしていた。魔弾が地面に開けた穴は人が潜れるほどだ。1発でもくらったらアウトだろう。
 ハガネスが逃げた先には鞭使いの鞭が放たれていた。
「くっ!」
 声を漏らしたハガネス。足が鞭に取られた。転倒する!
 片手の剣は絶対に手放せない。ハガネスは地面についた片手で全体重を支えた。そこで支えて留まっただけではない、地面を押し上げてバネのようにすぐさま立ち上がった。すぐに敵が仕掛けてくる。
 背後からは短剣二刀流、左右からは棒術使いと剣士が攻めてきた。
 ハガネスの長剣が円を斬る。
 剣士が飛び退いた。
 短剣二刀流が高くジャンプした。
 最後の棒術使いがハガネスの剣を受け止めた。
 止めと言わんばかり短剣二刀流がハガネスの頭上に降りてくる。
 剣士も体勢を立て直し、鞭使いは隙を狙い、バズーカは遠くからいつでも標的を狙っている。
 発射!
 魔弾が短剣二刀流を吹っ飛ばした。
 即席チームの仲間割れか?
 違う、バスーカを放った男は地面に倒れていた。
 額の汗を拭ったルーファス。
「ふぅ、当たってよかった(しかも、ついでにもうひとりもやっつけられたミラクル)」
 今日は絶好調のルーファスがバズーカ男も狙撃したのだ。
 ビビとセツも動いていた。鞭使いをフルボッコ。二人かがりでブッ倒していた。
 バズーカ男も鞭使いもハガネスとの戦いに集中していて、隙を突いてうまく倒すことができた。かなり運がよかったと言える。
 ハガネスの相手は2人。
 棒術使いに突きをお見舞いして、剣士には長剣の柄の底で突き飛ばした。
 突きを喰らった二人はかなりの距離を飛ばされ、剣士のほうが闘技場の壁に打ち付けられた。
 棒術使いは軽装だったため、一撃でノックアウトされたが、剣士は軽鎧で守られたのか剣を構え直してハガネスに挑んできた。
「ウォォォォォォォォン!」
 まるで猛獣のような雄叫び。
 剣士は一撃を振り下ろした!
 紙一重でかわしたハガネスだったが、その顔に土塊が飛んでくる。さらに足をなにかに取られた。地面が割れている、亀裂の走った地面に足を取られたのだ。
 人間のパワーを越えている剣士の攻撃力。武器が成せる業か、それとも……。
 急に剣士がうずくまった。
「ウググ……」
 不気味な呻き声。
 様子がおかしいのは明らかだ。
 予選のようすを特別展望席から観戦していたクラウスの元へ、警備兵が飛んできた。
「大変です! 防御結界が停止しています、さらに警護に当たっていた者が数名行方不明に!」
「まずは予選の一時中断のアナウンスを! それから消えた者たちの捜索、怪しい人物も見つけ出せ!」
 クラウスはすぐさま命令を下した。
 会場に流れるアナウンス。
《防御結界に不具合が発生したため、予選を一時中断します。参加者は速やかに武器を下ろし戦闘を中止してください》
 ルーファスはほっと胸をなで下ろした。
「よかった(このまま大会そのものが中止になっちゃわないかな)」
 混乱を避けるために、観客や参加者に危機は知らせなかった。ルーファスも軽い気持ちで休憩モードに入ろうとしていた。観客たちも頭から水をかけられたようにシラけてしまった。
 しかし、それは超巨大モニターに映し出された。
 大きく宙を舞って飛ばされるハガネスの姿。金属の鎧ごとを抉った傷から血の珠が飛び散っている。
 観客席で若い女が悲鳴をあげた。
 闘技場に君臨した巨大な影。
 ルーファスは目を丸くして尻餅をついた。
「……ど、どどど、ドラゴンだ!」
 コロシアムに響き渡る地竜の咆哮!
 咆哮だけで地竜は地面に亀裂を走らせた。
 ドラゴンと一口に言っても各の違いがある。最高峰は〈精霊竜〉と呼ばれる他の生物を凌駕する力と知識を兼ね備えた神に等しきドラゴンたち。それに続くのがマスタードラゴンたち。さらにそこからA級、B級、C級と続き、ワニに毛が生えたようなドラゴンがE級にランクされる。
「ハガネス! その程度でくたばってもらっては困る。貴様はもっと苦しみながら死ななければならんのだ!」
 地竜が人語を発した。それなりの知能も持っている証拠だ。さきほど見せつけた咆哮で大地を割る力、全長は軽く12メティート(約14.4メートル)以上はありそうな巨大、それらを考慮して少なくともB級以上のドラゴンだ。
 参加者たち、観客席にいたクラウス魔導学院の教員たち、多くの者が戦闘体勢に入っていた。
 地竜は自分を狙う者たちを見回した。
「無駄な血を流すつもりはない。俺はハガネスだけに用がある。それでも俺に手を出すというのなら、俺もただでは済まんが、貴様らに出るであろう死傷者を想像してみろ!」
 たったひとりの犠牲で話は済む。下手なマネをして犠牲者を増やす必要があるだろうか?
 果たしてひとの命は計ることができないのか?
 逃げ出す観客たち。いつでも戦える構えをしていた魔導学院の教員たちも生徒の避難を優先させた。
 そんな中、残る者もいる。
 倒れているハガネスの前にビビが立って地竜と対峙した。
「友達をこれ以上傷つけたら許さないんだから!」
 その後ろから屈強な戦士たちがぞくぞくと現れた。
「こんなちっこい嬢ちゃんにカッコいいとこ持って行かせるわけにはいかんだろ」
「ドラゴンと一度戦ってみたかったんだ」
「止めを刺せば名を上げられる」
「こんなおもしろいことを前にして逃げ出せるか、ふつー」
「ドラゴンハントの基本は連携だが、これでは何人死人が出る事やら」
 総勢20名はいるだろう。参加者たちも各々の思いでドラゴンに戦いを挑む気だ。
 倒れていたハガネスがゆっくりと立ち上がった。
「俺一人でやる」
 周りがざわついた。
 伝説のドラゴンスレイヤー。話には聞いていても、すべてを鵜呑みにはしてなかったのだろう。それが『俺一人でやる』と宣言した瞬間、本物かもしれないという衝撃が走ったのだ。
「〈地鳴りの大狼〉の御手並拝見だな。その背中の大剣、抜いて見せてくれるんだろ?」
「おいおい、楽しみを独り占めなんてずるいぞ、俺にも戦わせろ」
「ドラゴンさんもハガネスをご指名してんだ。1対1の決闘に横やりなんて野暮だぜ」
 口々に戦士たちはしゃべりながら、結局はハガネスひとりに任せ見守った。
 ハガネスは重症を負っている。地竜の一撃は鋼鉄の鎧を穿つほどの威力。その攻撃もおろらくは手加減している。地竜はハガネスが苦しみながら死ぬことを望んでいるからだ。
 長剣を構えるハガネスを見て地竜はあざ笑った。
「宝剣ヴァルバッサブレードを抜かないのか? 貴様にその資格などあるはずもないがな」
 地竜はハガネスの背で沈黙を続ける大剣についてなにか知っている。
「俺になんの恨みがある?」
 ハガネスは尋ねた。だが、おそらく気づいている。
「この姿を見てもわからぬのか? ヴァルバッサの名を出してもわからぬのか? この竜殺しの略奪者めっ!」
「いや、一目でわかっていた。老竜ヴァルバッサの面影がある。ヴァルバッサを殺したのを俺だ、しかしそれには訳が……」
「聞く耳など持たぬ!」
 地竜は毒液を口からまき散らした。
 すぐに飛び退いたハガネス。その目の前で炎の柱が上がった。毒液が気化して火がついたのだ。
 気がつけば辺りは火の海だ。
 地竜の狙いはハガネスだ。だが、周りが巻き添えを食うのは時間の問題。決着を早急につけなくては!
 爆風を起こしたセツの鉄扇が炎を掻き消す。
 その風は追い風となるか?
 ハガネスは長剣で地竜に斬りかかる。巨大な地竜を前にしては、長剣など縫い針に過ぎない。さらに地竜の皮膚はまるで硬い装甲に守られるように、針の一本も通さぬのだ。
 長剣では歯が立たない!
 剣が刺さるとすれば、眼や口腔などだろうが、易々とそれを許すとは思えない。
 地竜の長い尻尾が鞭のようにしなった。
 まるでそれは自分の皮膚に止まった蚊を叩くように、長い尾はハガネスを叩きつけた。
「ぐっ!」
 金属の鎧が変形した。ハガネスは体に食い込む鎧をすぐさま脱ぎ捨てた。これで身を守る物はない。次は確実に死ぬ。
 見守る戦士たちがざわめき立つ。
 ――なぜ、背中の大剣を抜かない?
 ハガネスはルーファスに語った。抜けないのだと。
 地面に血が落ちる。
 鎧を脱ごうが脱がまいが、どちらにせよハガネスは長くない。
 セツが鉄扇を構えた。
「もう見ていられません!」
 地竜に向かっていこうとするセツをルーファスが止める。
「待って無謀だよ!」
「それはわかっています。しかし、目の前でひとが死ぬのを黙って見ていろというのですか!」
「…………(僕だって!)」
 しかし、あまりにも無謀な戦いなのだ。
 それでもセツはルーファスの制止を振り切って地竜に挑み掛かった。
「愚かな」
 地竜は蔑むような瞳でセツを見下し、鋭い爪を振り下ろした。
 眼を見開くセツ――避けられない!
 ズォォォォォン!!
 巨大な手が大地を割った。
 次の瞬間だった!
 轟音と共に爆発が巻き起こり地竜が煙の中に消えた。
 客席に並ぶ魔法連隊。王宮の魔導士たちだ。
 セツは!?
「ありがとうございました」
 無事だった。
 セツを抱きかかえているのはクラウス。
「ひとりのために、多くの者が命を賭ける……人間なんてそんなものさ。観客の避難はすでに済んだ、残った者は覚悟がある者だけだろう(王宮の兵も志願者のみだ)。思う存分、戦えばいい。僕は僕の意思で守りたいものを守る」
 戦乱が幕を開けた。
 飛び交う魔法。
 刃が風を斬る。
 人々の懸命な攻撃も地竜にはかすり傷程度だった。
 圧倒的なドラゴンの力の前に、戦士たちがひとり、またひとりと倒れていく。
 世界が揺れた。
 地竜の咆哮。
 毒液がまき散らかされ、大地に亀裂が走る。
 叫び声がそこら中からあがった。
 攻撃などしていられない。守りに徹するだけで人々は精一杯だ。
「ああっ!」
 叫んだルーファス。亀裂に落ちた!
 伸びる手。
「つかまれ!」
 男の叫び。ハガネスだ。
 がっしりとつかまれた互いの手。ハガネスがルーファスを亀裂から引き上げている最中だった。
 ――ルーファスの顔に血の珠が落ちた。
 二人の体が浮いた。地竜に噛み付かれたハガネスが持ち上げられたのだ。
 ハガネスに噛み付きながら首を振る地竜。ルーファスの体も大きく振られ、今手を離せば大きく飛ばされ地面に叩きつけられる。
「ハガネス! 離して、すぐに離すんだ!」
 振り子となったルーファスの比重が加わり、ハガネスの体に牙が食い込んでいく。じわじわと、じわじわと……。
 地竜の眼が笑った。
 あっさりと地竜はハガネスから口を離した。
 大きく放り出される二人の体は、地面に激しく叩きつけられた。
 ルーファスは無傷だった。
 だが、ハガネスは……。
「ハガネス! ハガネス! 僕のことなんかかばわなくても! 生きてるんだろ、返事してよ!」
 ぐったりとして動かないハガネス。
 ルーファスの目つきが変わった。絶望と憎しみを宿した鋭い眼。
「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 形振り構わずルーファスが地竜に飛び掛かった。
 あまりにも無力。
 あまりにも虚しい。
 あまりにも呆気なくルーファスの体を叩き飛ばした巨大な爪。
「ルーちゃん!」&「ルーファス様!」
 二人の声は絶叫だった。
 ハガネスの真横に落ちたルーファスは、眼を開けたまま動かない。傷はハガネスよりも深い。死はすぐそこに迫っていた。
「俺は……俺は……お前のことを守りたかった……なのに、なのに……うおぉぉぉぉっ!!」
 怒りに我を忘れたハガネスは無意識のうちに背中の大剣に手を伸ばしていた。
 伝説の宝剣ヴァルバッサブレードが――抜かれた。
 世界を覆い尽くす暗い雲。
 雷鳴と共に大地が泣き叫んだ。
 コロシアムの壁にも次々とひびが走る。
 高く舞い上がったハガネスが、大きく振り上げた大剣を地竜の眉間に叩き落とす刹那!
「待て!」
 覆面剣士がハガネスの地竜の間に入った。
 そして……。

 目を開けたルーファス。
 次の瞬間、セツが抱きついて来て二人はベッドの上で大きく跳ねた。
「ルーファス様!」
「いたたたた……ちょっと離れてよ」
 さらにビビまで抱きついてきた。
「ルーちゃん!」
「ビビまで……なに、どうしたの!?」
 状況が把握できなかった。
 多く並べられているベッド。病院とは少し違うらしい。横になっているのは、ほとんど屈強な男たちだ。
「コロシアムの医務室です」
 と、セツが説明した。
 ルーファスの脳裏に気を失う寸前のことが、叩きつけられるように思い出された。
「そうだ、ドラゴンは? ハガネスは大丈夫なの!」
 心配で胸がはち切れんばかりのルーファ。
 顔を向けられたビビは顔を下に向け、つぶやくように静かに言う。
「……ハガネスは……逃げた」
「は?」
 唖然とするルーファス。
「どういうこと?」
 と、ルーファスはセツにも顔を向けたが、
「わたくしはよく知らないんです」
 逃げたとはいったい?
 ビビが悪戯そうな笑みを浮かべ、ルーファスにそっと耳打ちをする。
「本人の意思に反して伝説がまた増えちゃって、居づらくなったからこの地を離れるって。ルーちゃんによろしくって言ってたよ」
「伝説って?」
 ビビはルーファスの耳から離れた。
「ついにあの大剣を抜いたんだよ。それからなにがあったのか、なんかみんなよくわからないんだけど、とにかくすごい光に包まれた、気づいたらドラゴンもいなくなってて」
「……どーゆーこと?」
「だからさっぱり」
「そういえば、僕のケガは?」
「それもさっぱりなぜだか」
 そして、全部ハガネスに押しつけられた。
 すべてハガネスのお陰だと。

 雪の積もる霊山。
 グラーシュ山脈の山頂に地竜はいた。
「なぜ邪魔をした?」
 その横には覆面剣士の姿。
「この国の守護者ですもの、当然よっ」
 女のような声。いや、女と言うより……。
 覆面剣士の体が光に包まれ、姿が徐々に変化していく。
 白銀の美しい毛に包まれた霊竜ヴァッファート。
「それに無駄な血は流すことはない……あのとき、触れてみてわかったでしょう?」
「愚かな過ちを犯した、今ではそう思っている。あの剣には祖父の魂が宿っていた、封印から解放された剣がすべてを教えてくれた」
 地竜の額には大きな傷痕があった。すでに治っているが、痕は残りそうだ。
 ヴァッファートは教師のようにうなずいた。
「わかればよろしい。ならアンタの隠してる財宝の一部を渡しなさぁい!」
「なぜだ?」
「アンタが起こした顛末の損害賠償に決まってるじゃなぁ~い!」
「人間っぱいな……あんた」
「国の守護者である前に人間が好きなの」
 2匹のドラゴンは気配を感じて振り返った。
 唖然とする男の姿。
「……貴様は!」
 叫んだのはハガネスだった。
 神々しいまでに凜としたヴァッファート。
「人間よ、慌てるな。まずは客人としてそちに茶でも振る舞おう」
「あァ?」
 あまりの事にハガネスは呆然とした。
 地竜にも今や殺気の欠片もない。ハガネスと見つめる瞳に鋭さはなく、どこか呆れているようにも見える。
「あんた方向音痴か?」
 そんな質問をされるなんてハガネスは思いもしなかった。
 雪が溶けそうなほど、なごやかな笑い声が響き渡った。
 戦いを終えた男たちは、酒を酌み交わして友となる。
 ……ヴァッファートはオカマだが。

 おしまい


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