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第14話_鉄扇公主はラブハリケーン |
ビビちゃんショック! 猛烈なキッスを道ばたで目撃してしまった。 馬乗りになっている袴姿の女の子。 乗られちゃってるのは、我らがルーファス! なにこの、ルーファスが押し倒されて襲われちゃってる構図は? 漂白された顔面で硬直しているビビ。 ようやく唇を解放されたルーファスは、目を白黒させてビビと顔が合ってしまった。 「ち、違うんだってこれは、その……事故なんだ!」 慌てるルーファス。 だが、ここで一発、女の子は破滅の呪文を唱えた。 「心からあなたのことをお慕い申しております」 「は?」 ルーファス硬直。 代わりにビビの硬直が溶けた。 「ルーちゃんの変態!」 ピンクのツインテールをふりふりさせながら、ビビは走り去ってしまった。 「ち、違うんだって!」 虚しくビビの背中に伸ばされた手。 さてルーファス、この状況をどう釈明する? まっ、釈明して誤解を解くにしても、目撃者は走り去ってしまったけど。 乱菊の着物に烏羽色の袴。黒髪は後頭部に高く束ねられ、滝のように美しく流れ、ルーファスの首元をくすぐっている。 少し切れ長の目の奥の黒瞳で見据えられ、ルーファスはドキッとした。 「あ、あの、ちょっとどいてくれるないかな?(腿に膝とか当たってるんだけど)」 「離れたくありません」 「でも、今の状況は……(野次馬がいつの間にか)」 下校途中のクラウス魔導学院の生徒たちが、いつの間にやら集まってきていた。 これだけ目撃者がいたら、大スキャンダル確定だった。 若い学生さんたちは、この手の話が大好きですですから、ルーファスも運の尽きですね。まあ元々運なんてないけど! 実力行使でルーファスは女の子の体を押して退けようとした。 が! 強く抱きつかれて状況悪化。 「なぜ拒むのですか、もしやわたくしのことが嫌いになったとか!?」 「キライとかキライじゃないとか、そういう次元の問題じゃなくて、そもそも私たちなにもないよね?」 「結婚の約束は嘘だったのですか!」 野次馬が一気にざわめいた。 さらに鈍器のような罵声がルーファスに投げつけられた。 「結婚まで約束した子を振ろうなんて最悪だな!」 「こんな綺麗な子を振るなんて男じゃねえ!」 「まさかルーファス君がこんなひとだったなんて……」 「振るんだったら俺にくれ!」 「今日のパンツ何色? げへげへ」 「ひとりだけ抜け駆けなんて許さないぞルーファス!」 「お前だけは俺たちを裏切らないと思ってたのによ、ひとりだけ彼女つくりやがって!」 さまざまな声が飛び交った。 慌ててルーファスは野次馬に視線を配った。 「誤解だってば、婚約なんてした覚えないし!」 「今さっきしたではありませんか!」 と、女の子。 すぐさまルーファス反論。 「さっき会ったばかりで、そんな約束するわけないじゃないか。だって君はいきなり空から降ってきて、私とぶつかって……ごにょごにょ」 「恥ずかしがらずにはっきりとおっしゃってください。わたくしと接吻を交わし婚約したと!」 「キスはごめん、事故だったんだよ事故。でも婚約はしてないじゃないか!」 「なにをおっしゃているのですか、その接吻こそが婚約ではありませんか。代々我が家では初めて接吻した相手と契りを交わすという掟があるではありませんか」 「知らないよそんな掟!」 だが、女の子の眼は本気と書いてマジだ。 だが、ルーファスだっていきなり結婚なんて無理な話だ。 掟だかなんだかわかないが、ここはどうにか事を治めなければ。 「出会ったばかりのひとと結婚なんて、君はそれでいいの? 私たちお互いの名前すら知らないんだよ?」 「わたくしは前々からお名前を存じ上げております、ルーファス様。わたくしはセツと申します」 「いつの間に名前を!?」 「さきほど周りの方がそう呼んでおられたので」 「ぜんぜん前々じゃないじゃないか……(この手のタイプは説得とか無理そうだ)」 ルーファスは溜息を漏らした。 周りから野次が飛んでくる。 「結婚しちゃえよルーファス! 「しないよ!」 すぐさま言い返したが、すぐさま言い返してくる。 「ここで逃したら一生結婚できないぞ!」 「好きでもないひとと結婚なんてできないよ!!」 少し怒ったルーファスの声が響き渡った。 耳にした女は固まった。ショックを受けたのかもしれない。 「ルーファス様はわたくしのこと……好きではないのですね……でもわたくしは好きなので問題ありません!」 なんというポジティブ。悪い言い方をすれば、なんて強引なんだ。 野次馬も敵と化している今、ルーファスに残された手段はこれしかあるまい! 「ごめん!」 ルーファスはセツを大きく突き飛ばし、逃走! 困ったときは逃げるに限る。 逃走を図ったルーファスだが、すぐにセツが追ってきた。 体力勝負では女子にすらルーファスは負ける。しかも悪いことに、セツは足が速かった。追いつかれるのも時間の問題だろう。 前方に空色物体発見! すぐさまルーファスは駆け寄り、ローゼンクロイツに助けを求めるべく、そっと耳打ちをした。 そして、セツがついに追いついた。 「ルーファス様、逃げるときにちょっとわたくしの胸に触れましたよね。事故など装わずに、触りたいなら触りたいとおっしゃってくれればよいのに」 「えっ、ごめん、触る気なんてなかったんだ!(じゃなくて……ここで相手のペースに呑まれたら負けだ)」 急にルーファスはキリッと真面目な表情になり、ローゼンクロイツの背中を押して紹介した。 「じつはもう結婚してるんだ、このローゼンクロイツと。だから君とは結婚できない、ごめん」 が~ん! ショックを受けたのは、木陰からローゼンクロイツをストーカーしていたユーリ。 さらに別の木陰にしたアイン。 おまけにたまたま通りかかったビビは再起不能に陥った。 衝撃の波及はこれだけでは済まなかった。このひとまでもショックを受けた。 「そうだったの!?(ふにゃ)」 瞳を丸くしたローゼンクロイツ。 ルーファスは思わず呆気にとられた。 「いやいやいや、そういうことにしてって段取り話じゃないか」 「そう言えばそんな話もあったね(ふあふあ)」 「はっ!? しまったネタバレしてしまった!」 ルーファス自爆。 まあルーファスの考える作戦なんて、所詮は浅知恵です。 ユーリが木陰から飛び出してきた。 「そんなことだろうと思いました。ローゼン様がこんなへっぽこ魔導士と結婚なんて見え透いた嘘もいいところです」 見え透いた割にはショックを受けていたが……。 さらにアインも飛び出してきた。 「そうです、ローゼンクロイツ様はみんなものなんです!」 それを聞いたセツは妄想した。 「みんなのもの……(自主規制)」 ポッとセツの頬が桜色に染まった。なにを妄想したんだ、なにを。 ここでビビも飛び出して――と行きたいところだが、未だショックから立ち直れずに白い灰と化してしまっている。 アインはササっとセツに名刺を差し出した。 「ローゼンクロイツ様のファンクラブ会長のアインです。こう見えてもローゼンクロイツ様は男の娘[こ]なんです。ローゼンクロイツ様に興味がおありでしたら、ぜひこちらのサイトにお越しください」 信者獲得に余念が無い。 セツは名刺を受け取らずにルーファスの腕に抱きついた。 「わたくしにはルーファス様がおりますから、浮気なんてとんでもありません。しかしルーファスは存分になさってもらって結構ですよ、浮気は男の甲斐性ですから」 「浮気とか以前に、私たち付き合ってもないから」 「今こうして付き合っているではありませんか」 「…………(ダメだ)」 ルーファス諦めモード。 口での説得は無駄。ちょっと逃げたくらいじゃすぐ追いつかれる。押し掛け女房の鑑だ。 ユーリはローゼンクロイツの背中を押した。 「(他人の幸せを見てると眼が腐る)ローゼンクロイツ様行きましょう、こんなへっぽこはほっといて」 強引にローゼンクロイツは連れ去れてしまった。アインはまた木陰に隠れてストーカーの続き。 二人っきりで残されたルーファスは心底困った。 「とりあえず、体から離れてくれないかな?」 「嫌ですか?」 「イヤとかイヤじゃないとかじゃなくて」 「恥じらっておられるのですね。まあ、なんと可愛らしい殿方なのでしょう。仕方ありません、ルーファス様がそうしろとおっしゃるなら」 セツはルーファスの体から離れた。でもまだ近い。隙間に手が入るかは入らないかくらいだ。 「ついでにもうひとつ、婚約破棄したいんだけど」 「それは掟ですから、いくらルーファス様の頼みでも聞くことはできません」 「ですよねー(やっぱり持久戦か、でもどうしよ。嫌われればいいのかな、なにかひどいことをして……)」 意を決したルーファス。 震える手でおっぱいタッチ! 「あぁン、ルーファス様ったらお気が早い」 紅潮させた顔でセツは色っぽい声を出した。 ルーファスの作戦では、えっちなことをして、ビンタでも一発食らって嫌われるハズだった。なんと幼稚な作戦。まあルーファスに、女の子にヒドイことしろっていうのも無理がありそうだが。 バシーン! ルーファスの頬に決まった強烈なビンタ! まさかの作戦成功かっ!? 「ルーちゃんの変態!」 ルーファスを打っ叩いたビビは、ピンクのツインテールをふりふりさせながら走り去ってしまった。 「ご、誤解だってば!」 鼻血を垂らしながら虚しく伸ばされたルーファスの片手。一方はビビの背に、一方はセツの胸に。ちなみに鼻血はおっぱいタッチの負傷だ。 ハッとルーファスは手の中の感触に気づいた。 「ご、ごめん!」 すぐさまルーファスはセツの胸から手を離した。 「謝らなくとも、セツの身も心もルーファス様のものでございます」 「クーリングオフとかないの?」 「掟ですから」 そんなに掟とやらが大切なのだろうか。 「掟じゃなくてさ、君の気持ちとかもあると思うんだけど」 「ルーファス様のことを好いておりますゆえ、なんの問題もないかと」 「(問題大アリだよ)なんども言ってるけど、会ったばっかりなんだよ私たち?」 「時間など些細な問題ですわ。好きなものは好き、それでよいではありませんか」 「(よくないよ)そもそも私のどこが好きなの?(って、聞いてて恥ずかしくなる!)」 「乙女の口からそんなことを言わそうなどと、さてはルーファス様、ドSなのですね!」 「違うよ!」 SかMかで言えば、きっとルーファスはMだろう。自称Sと言い張ろうと、周りのいじめっ子たちがそれを許さないだろう。とくに某魔女とか。 ドッとルーファスは溜息をついた。疫病神に憑かれたわけではないが、こんな押し掛け女房といたら疲れてしまう。ルーファスに気がない限りは、疫病神と同じかもしれない。 だってなんだか突き刺さる視線が痛いんだもん! 下校途中の男子学生たちが、ルーファスに鋭い視線を向けている。 「と、とにかく場所を変えよう!」 ルーファスをセツの腕を引っ張り走り出した。 学院に戻り、人気のない教室に飛び込む。 なぜか恥じらいを見せて、落ち着かない様子のセツ。 「こんなところに連れ込んで、どんなプレイをなさる気なのですか?」 「ブハッ!」 鼻血を噴き出すルーファス。 「ご、誤解だよ! ひとに見られると変なウワサが広まるから!」 「ひとに見られるか見られないか、そのドキドキがルーファス様はお好きなのですね」 「違うから!」 叫んだせいでさらに興奮して、ビュっと鼻血がさらに出た。 おっぱいタッチに続き、放課後の教室に連れ込み。裏目裏目だ。 ルーファスはセツの腕を掴んで走り出す。 人気のないところで二人っきりになるから、イケナイのだ。ひとの多い場所、多い場所――とルーファスがやって来たのは、学院近くにあるカフェだった。 軽くメニューを注文して、一息ついたルーファスは向けられているセツの視線に気づいた。なんだか嬉しそうなのだ。 「どうしたの?」 「だって初デート……人生初のデートですもの」 ドッカ~ン! ルーファスの脳ミソ爆破。 あまりにも迂闊すぎるぞルーファス。 どう見てもデートです。 しかも、ここはケーキが美味しいと女の子に人気のカフェ。その名もメルティラヴ。 甘い物好きのルーファスは、いつも周りの視線も気にせず来てるもんだから、うっかりこの店を選んでしまった。いつもは気にならない視線も、今日はちょっと刺さります。 ルーファスにその気がなくても、セツが醸し出すラヴの香りが、あれが絶対にデートだと周りに確信させてしまっている。 どこにセツを連れて行っても裏目。メニューも注文してしまったし、ルーファスはここで決着をつける決意をした。 「やっぱり結婚なんてできないよ」 ルーファスの発した言葉で店内が一気にざわめいた。そして、す~っと静まる。 次の展開に人々は耳を傾けている。 セツは真剣な顔をした。 「わたくしが間違っておりました」 「だったら婚約は破棄で」 「まずは結婚を前提にお付き合いをするのが道理。しかし、ここでこうしてデートをしたのですから、次のステップは結婚ですわ!」 「…………(もうすごすぎるよ、君)」 完全にルーファスが押されている。出会ったときからずーっと押されっぱなしだ。 だが、ここで負けちゃダメだ! ルーファスは踏ん張りを見せる。 「何度も言ってるけど、知り合ったばかりだし、お互いのことよく知らないし」 「そんなにもわたくしに興味を持ってくださるなんて、愛を再確認いたしました」 「いやいやいや、なんでそうなるのさ」 「生まれはワコク、ここよりずっと東にある小さな島国です。しかし、メイドインワコクと言えば、どの国でも知られる安心安全超高品質のブランドと言っても過言ではありません。そんな国に生まれたわたくしは、当然のように科学者としての英才教育を受けました」 「科学者って意外だなぁ。東方のワコクって言ったら、うちの学校にも学生や先生がいるよ。そうそうちょっと行ったところにあるももやさんっていう和菓子屋さんも、ワコク出身だって言ってったっけ」 「歳は15、7月2日生まれのAB型」 「って君、私の話聞いてないでしょ?」 「好きな男性のタイプはルーファス様」 「ちょ、ちょっと」 「将来の夢はルーファス様のお嫁さんになること」 「聞こうよ人の話を」 「ルーファス様のお話なら一字一句漏らさずに聞いております。『科学者って意外だなぁ。東方のワコクって言ったら、東方のワコクって言ったら、うちの学校にも学生や先生がいよ』続きも復唱しましょうか?」 「しなくていいから」 ずっとセツのペース。 流れを変えようにもルーファスのやることはこれまで裏目裏目。ここでだれかが流れを変えてくれないものか? そこへちょうどケーキと飲み物が運ばれてきた。 「ご注文はこれでいいな?」 なにこの接客する気ゼロのプレッシャーは? まったく、この店員の教育がなってないったらありゃしない。 ――と、ルーファスはメニューを運んできた女を見た。 凍り付きそうになるルーファス。 「か、かーしゃ!?」 なんとメニューを運んできたのはカーシャだった。べつにここでバイトをしているわけでもなく、普通に私服でメニューを運んできた。なんだか遠くではウェイトレスのひとりが、カーシャに異様なまで怯えている。 セツが首を傾げてカーシャを見つめた。 「こちらの方はお知り合いなのですか?」 ルーファスはあまりのプレッシャーに口を開けない。 そのプレッシャーの塊は、強引にルーファスの横に座った。 「妾はカーシャ、ルーファスの保護者のようなものだ。こいつが結婚すると聞いてな、本来ならそちらから挨拶に来るのがしかるべきだが、こうしてわざわざ妾から出向いてやったのだ」 ウワサはすでにカーシャまで届いていた。 ただでさえ手の焼ける問題だったのに、ここでカーシャの介入があったら混乱は必須。 「まあルーファス様の保護者の方ですか。ご挨拶が遅れました、わたくしはルーファス様と婚約したセツ・ヤクシニと申します」 「土産もなしに挨拶とは、いい根性をしておるな(これがドラマでよく見る嫁いびり。ふふっ、なかなかおもしろい)」 カーシャさんなら、きっと良い姑になれます。そーゆー意味で。 すぐさまセツはルーファスのケーキをカーシャの前へ。 「どうぞ、つまらないものですが」 「ふむ、本当につまらんものだな(さすがルーファス、この店で一番美味いケーキを注文しておるな)」 なんだかちょっとカーシャは嬉しそう。 なんだかちょっとルーファスは悲しそう。 「(僕のケーキが……)」 セツがケーキをカーシャに渡さなくても、きっとカーシャなら無断でルーファスのケーキに手をつけるだろう。結果は同じだ。 カーシャはケーキを頬張りながら、二人に視線を向けた。 「で、二人の馴初めを言ってみろ(美味いな、口の中で蕩ける食感が堪らん)」 食べるか聞くか、どっちかにしなさい。 「お慕いしているルーファス様から、ある日突然に唇を奪われました。我が家では初めて接吻を交わした相手と契りを結ぶと掟で決まっているので、心置きなくルーファス様と結婚できるというわけです」 嘘ではないが、説明の仕方が極端に寄っているような気がする。 すぐさまルーファスが口を挟む。 「キスは事故だったんだよ、本当だから。それに結婚なんて、いくらなんでも」 ギロっとカーシャがルーファスを睨む。 「それでも男かルーファス。男なら責任を取れ!(だがこの場合、どちらに転んだほうが面白いのか。やはり結婚には反対しておくべきか?)」 つまり面白ければいいってことですね。さすがカーシャさんです。 このやり取りを店の片隅で覗き見していたビビ。 「(……そーゆーことだったんだ。ルーちゃんがモテるわけないもんね、へっぽこだし)」 ビビはバレていないつもりだったが、カーシャはその気配に気づいていた。 「(コソコソ尾行なんぞしおって、ここは一発)二人の結婚、妾の権限で認めよう。明日はちょうど休日だ、結婚式は明日で決定でいいな!」 ブホォォォッ! ビビは思わず口からアップルティーを噴き出した。 「だ、大丈夫ですかお客さん!」 ウェイトレスが慌てたことによって、店内の視線がビビに向けられた。 ルーファスたちに気づかれまいと、ビビはササッとテーブルの下に身を隠して、鼻を摘んで口を開いた。 「だ、だいじょーぶ!」 そんな鼻声だけを遠くの先から聞いたルーファスは、 「(あのひと風邪なのかな)」 と、ぜんぜんビビに気づいていない様子。 カーシャはひとつ咳払い。 「コホン、とにかーく! 式は明日だ、会場と招待状は妾が手配してやろう(祝儀の8割は懐に入れるとして、祝儀成金も夢ではないな、ふふっ)」 お金に目が眩んでいるカーシャ。 ルーファスは席を立ってテーブルを叩いた。 「冗談じゃないよ!」 「冗談で結婚はできん、つまりこれはマジ結婚だ」 「茶化せないでカーシャ! とにかく、結婚なんて考えたこともないし、まだ僕は学生で16歳なんだよ! 結婚なんてできるわけないじゃないか!」 セツはルーファスの手を握って瞳を輝かせた。 「ご心配ありませんわ。わたくしも昨日まで結婚のケの字も考えておりませんでしたから。それに15歳のわたくしができると言っているのですから、1歳も年上のルーファス様にやってできないことはありません!」 相変わらず一歩も引かないどころか押してくる。 このままでは結婚の流れで進んでしまう。 ルーファス逃亡! 「やっぱり結婚なんてできないよ!」 店を飛び出してしまったルーファス。 すぐにカーシャが立ち上がった。 「おのれルーファスめッ! 食い逃げし追って許るさんぞ!」 いやルーファスは食ってない。ルーファスのケーキを食ったのはカーシャだ。 カーシャはセツの腕を掴んで店を飛びだそうとした。 が、ここで店員が待ったを掛ける。 「お客さんお金!」 「金ならあいつが払う!」 カーシャはビシッとバシッと、店の隅にいたビビを指差した。そして、店を出て行ったのだった。 残されたビビはショックを受ける。 「バ、バレてた(……しかもなんでアタシがみんなの分まで)」 ビビはお財布を開けて溜息を落とした。 どーにか、こーにか、セツたちを巻いたルーファスは自宅に帰ってきた。 「はぁ、疲れた(とりあえず飲み物飲み物っと)」 キッチンに向かったルーファスは、そこで半裸のリファリスに遭遇。日が昇ってるうちからビール片手に上機嫌だ。 「また姉さんお酒ばっかり飲んで(太んないのが不思議だよ)」 「よォ色男!」 「はいはい、お酒もほどほどにね」 「いいじゃないのさ、なんたってあんたの結婚祝いの酒なんだから」 ちゅど~ん! 「はぁ~~~っ!?」 思わずルーファスは大声を上げてしまった。 ウワサはすでにここまで広まっているらしい。 リファリスはルーファスの肩を抱いた。 「自分の弟にこんなこと言うのもなんだけど、世界が滅びるほうが先だと思ってたからね」 「(それはこっちのセリフだよ)」 「しかも相手が幼なじみのローゼンクロイツだなんて」 ちゅど~ん! 「はぁ~~~っ!?」 「あんたが幸せなら姉ちゃんはなに言わないよ、たとえ相手がオカマだろうとね。違うか、そういうのびーえるとかいうんだろ、ローザが前に教えてくれたよ」 「ぼ、僕がローゼンクロイツと結婚なんてするわけないだろ!(てゆーか、ローザ姉さんの口からなんでBLなんて言葉が……」 「違うのかい?」 きょとんとしたリファリスは少し考え、ポンと拳を手のひらの上に叩いた。 「ならビビちゃんか」 「違うよ!」 「カーシャと結婚したら一生尻に敷かれるぞ」 「違うってば!」 「そうかそうか、小さいころよくエルザに付きまとってたな」 「それは子供のころの話だろ!」 「ほかにだれか……」 二人の間にタケノコのように人影が生えてきた。 「わたくしですお姉様!」 不法侵入セツ登場! 驚いたルーファスは一歩後退った。 「どこから入ってきたの!?」 「もちろん玄関からに決まっているではありませんか、泥棒じゃあるまいし」 まったく悪びれていない。 リファリスはセツのつま先から頭のてっぺんまで、じっくりと舐めるように見定めた。 「ふ~ん、なかなかのべっぴんじゃないか、ルーファスにはもったいないくらいだ。見たところワコクの出身みたいだけど、クソ親父が見たら反対されるだろうね、異文化を認めない頑固親父だから」 「お姉様、つまらないものですが」 セツは隠し持っていたビール樽を出した。 それを見た途端、リファリスはセツを抱き寄せて上機嫌になった。 「今日からあんたはわっちの妹だよ、あっはは! クソ親父なんぞガツンと言って結婚に賛成させてやるさ!」 酒で落ちた。 リファリスはルーファスを置いて、セツをリビングに案内した。 「まずは妹のローザと母さんを仲間に引き入れるんだ。そうすりゃ、クソ親父もウンというだろうさ。クソ親父もあの二人だけには弱いからね」 「お二人の好きな物はなんでしょうか?」 「そうさねぇ」 答える前にルーファスが二人の間に割って入った。 「ちょっと勝手に話進めないでよ!」 「ルーファスは黙ってな!」 リファリスの手に顔をグゥ~っと押されてルーファス沈没。 ピンポ~ン♪ 家のチャイムが鳴った。 リファリスはセツと話し込んで出る気配がない。仕方なくルーファスが玄関に向かった。 「どなたですか?」 ドアを開けると、そこに立っていたのはクラウスだった。 「水くさいじゃないかルーファス」 「私は結婚――」 「するそうじゃないか!」 「しないってば!」 「そうなのか? だがもう祝いの品を持ってきてしまったぞ?」 言われてルーファスが玄関の外を見ると、道に山住にされたお宝の山と高級食材の数々。 「こ、困るよ、あんな物もらったら! そもそも結婚の話はデマなんだし!」 ウワサが広まり、騒ぎが大きくなると、誤解でしたじゃ済まされなくなる。それをルーファスは悟った。 お付きで来ていたエルザは兵士たちに撤収をかける。 「これより運んできた物を再び城に持ち帰る!」 「いや、待て」 と、リファリスはエルザの肩を叩いて続ける。 「せっかくだ、酒くらいは置いてけ」 「久しぶりだなリっちゃん。お前が帰ってきていたことは知っていたが、忙しくてな」 「再会を祝して飲むぞ!」 「いや、私は酒は……」 「そうかエルりんは下戸だったな。そんなことはいいとして、いっしょに飲むぞ!」 よくないだろ。飲めない相手を飲ますな飲ますな。 エルザがリファリスに拉致され、ルーファスが大量の祝いの品の前で頭を抱えている中、セツはクラウスにご挨拶をしていた。 「この度、ルーファス様を婚約いたしましたセツと申します」 「僕はルーファスの古くからの友人のクラウス。この国の王をやっている者だ」 「まあ王様なのですか。ルーファス様の交友関係は広いのですね」 「君のような美しいひとがルーファスと結婚してくれるなんて、僕は友人として嬉しく思うよ」 道の向こうから、なにやら大勢が押し寄せてくる。 「ルーファス結婚おめでとう!」 「ふざけんなルーファス!」 「俺より先に結婚しやがって!」 「うらやましくなんてないからな!」 「パンツ見せてくれませんか!」 「呪ってやる!」 結婚のウワサを聞きつけて、知人友人が駆けつけたらしい。しかもほとんどがお祝いじゃなくて、呪いをぶつけに来たらしい。 こんな状況なら、誤解でしたでみんな喜ぶんじゃないだろうか? ルーファスは一歩前へ出て息を大きく吸い込んだ。 「みんなよく聞いて欲しいんだけど、結婚の話は――」 「順調に進んでおります。ぜひ、みなさま明日の結婚式に来てくださいまし」 と、セツが途中で割り込んできた。 負けじとルーファスは一歩前へ。 「結婚なんて絶対に」 「します!」 またもセツが! だが、ルーファスは負けない。 「しません!」 「そう、離婚は絶対にしません、幸せになります!」 セツも譲らなかった。 このままではラチが開かない。 こういうときはお決まりの――ルーファス逃亡! だれかが叫ぶ。 「ルーファスが逃げたぞ!」 「あれがウワサのマリッジブルーかっ!」 「パンツの色教えてくれないとイタズラしちゃうぞ!」 「花嫁が花婿を追いかけはじめたぞ!」 とにかく逃げるルーファス。 しかし! 恐ろしいことに、恐ろしいことに、恐ろしいほど体力のないルーファス。 「ゼーハーゼーハー」 息切れして立ち止まっていた。 そこへちょうどやってくる暴れ馬。 「馬!?」 ど~ん! 狙っていたように馬に跳ね飛ばされたルーファス。 すぐさま犯人が馬から下りてきて倒れるルーファスに駆け寄った。 「大丈夫ルーファス!?」 どうやらルーファスの知り合いらしい。 朦朧とする意識でルーファスは顔を上げ、その人物を見た。 「ローザ……姉さん……」 「ローゼンクロイツと結婚するって本当なの!」 「は?」 「お姉ちゃん、それはそれでアリだと思うの」 瞳をキラキラ輝かせているローザ。 瀕死だったルーファスがビシッと立ち上がった。 「ローセンクロイツと結婚するわけないでしょ!」 「はい、わたくしと結婚します」 いつの間にかセツ登場。 すかさずセツはローザを連れてルーファスに背を向けると、とある本を手渡した。 「お姉さまがお好きだと聞いて、どうぞつまらない物ですが」 「まあ、すごい!」 「気に入っていただけましたか?」 「ええ、すごいモノをお持ちで」 いったい何の本をプレゼントしたんだッ!? ちょっと顔を赤らめたローザが、スタスタっとルーファスの前までやって来た。 「修道女として、なにより姉として、ルーファスの結婚を心から祝福します。この二人に幸あれ!」 ローザまでもセツの味方に! どんどんルーファスが四面楚歌(四方を敵に囲まれて孤立無援なこと)になっていく感じだ。 「だ~か~ら~、僕は結婚なんてしないって」 「で、式場はどこがいいと思うルーファス?」 「ぎゃっ、カーシャ!?(いつも神出鬼没)」 式場のパンフレットを持ってきたカーシャが突然現れた。 「妾としては学院で式を挙げるというのもいいと思うぞ(タダで使えるな)」 「だから僕は結婚なんて」 「するだろう?」 鋭い眼光でカーシャがルーファスを睨む。 ここでNOなんて言おうものなら、そりゃー大変なことになる。が、YESなんて言えばそれはそれで大変だ。 答えが出せないときは――ルーファス逃走! ドテッ! 走り出した瞬間にルーファスがコケた! 「二度も逃がすか、たわけ」 ロープを握っているカーシャ。そのロープの先はルーファスの足首に結ばれていた。 セツはカーシャの前で瞳を輝かせた。 「ありがとうございます、夫を捕まえてくださって」 「ふむ、保護者のようなものとして当然だ」 ここでボソッとルーファスが口をはさむ。 「まだ夫じゃないし」 だが、それも時間の問題に思えてくる。 逃走を封じられた今、ルーファスに残された技はあの究極奥義。 土下座! 「お願いだから婚約破棄して!」 おでこをしっかりと地面に付ける華麗なる土下座スタイル。 決死の土下座を見せつけられたセツ。 「男が土下座など、こんな無様な姿を見せられてしまっては――」 婚約破棄か? 「わたくしが結婚してあげなければ、婿のもらい手がありませんわ!」 逆効果! 冴える裏目! リバースアイ!(そんな単語ありません) うなだれるルーファス。 「本当に婚約破棄できないの?」 「掟ですから」 と、セツがキッパリ。 突然、カーシャは折りたたまれた紙を読みはじめた。 「ふむふむ、其の一、自分より強い者と結婚してはならない。其の二、婚約者が新たに他の者と接吻した場合は無効とする。其の三、同性には掟そのものが適応されない」 それを聞いていたセツがハッとした。 「婚約破棄の方法を記した秘伝書がどうして!?」 さっきまで本を読みふけっていたローサが答える。 「本の間に挟まっていたの」 ついに婚約破棄の方法が見つかった! しかし、果たしてルーファスにそれが実行できるのか!? ルーファスは真剣な顔をした。 「じつは今までみんなに黙ってた秘密があるんだ……じつは、あたし女の子なの!」 が~ん。 セツショック! 「ルーファス様がおなごだったんなんて!」 ローザショック! 「どうして今までお姉ちゃんに教えてくれなかったの!」 カーシャはルーファスの後ろに回り、パンツごとズボンを一気に下ろした! 「これのどこが女だ!」 パオ~ン♪ ポッとセツは顔を赤らめた。 「まあ可愛らしい」 続けてローザは聖母の笑みを浮かべた。 「幼いころとぜんぜん変わらないのね」 なにがデスカ? 慌ててルーファスはズボンをはき直した。 「な、なにするんだよ!」 下半身大露出で作戦失敗。てゆか、信じかけたローザっていったい。 ルーファスに残された婚約解除法はあと2つ。 構えるルーファス。 「(別の女の子とキスなんて……)」 セツとのキスが脳裏に過ぎってしまったルーファスは、あの柔らかな唇の感触を思い出して――ブフォッ! 鼻血が出た。 「(キスなんてできるわけないじゃないか。そうなるとセツに勝たなきゃいけないんだけど、女の子に手を上げるなんて)ところでなんで強い者と結婚しちゃいけないの、普通逆なんじゃ?」 「元々は男子の代に作られた掟だからです。強い嫁を貰うと、尻に敷かれるということらしいですわ」 と、セツが答えてハッとした。 「まさかわたくしを倒すおつもりじゃ!?」 「そんなつもりじゃないから安心して!」 ルーファスは否定したが、その言葉はセツの耳には華麗なるスルー。 「これが愛の試練なのですね。ルーファス様がその気なら、わたくしも本気を出させていただきます」 鉄扇を構えたセツはヤル気満々。 その姿を見てルーファスは逃げ腰。 「(ヤバイ、あの殺気……殺される)」 「ルーファス様、そちらから来ないのなら、わたくしから――旋風!」 軽くひと扇ぎされた鉄扇からつむじ風が放たれた。 ルーファスが風に飛ばされた! 「うわぁっ!」 うまい具合に地面に着地したルーファスは、飛ばされた弾みを利用してそのまま逃走! 走り去るルーファスの背中姿。 …………。 しばらくしてセツはハッとした。 「逃げられ……逃げられたやないかド阿呆!」 ゴリラのような顔をしてセツが怒鳴り散らした。 そのあまりの変わりようと気迫に唖然とするカーシャとローザ。 だがすぐにカーシャは納得した。 「(美人のクセにルーファスを追い回すくらいだ。このくらいの欠点はあって当然か)」 自分に向けられている奇異な視線に気づいて、セツはすぐさま顔を元に戻して微笑んだ。 「ど、どうかなさいました?(み、見られた。見られてはあかんものを見られてしもうた)」 ササッとそっぽを向くカーシャ。 空気を読んだローザも本に夢中になった。 「まあ、こんな立派なモノが……きゃっ♪」 だからどんな本読んでんだよ。 し~ん。 3人無言。 変な空気が流れはじめた。 堰を切ったように慌ててローザが口を開く。 「そうだ夕飯の買い物に行かなきゃ!」 カーシャも続いた。 「そうだペットにエサをやらんと」 そして、便乗してセツも。 「そうだルーファス様を追わないと」 そして3人は頭を下げて別々の方向に進みはじめたのだった。 だいぶセツを巻くことに成功したルーファスは、若者が多く集まるオサレストリート、通称にゃんこ通りに来ていた。 クラウス魔導学院は週休1日だが、多くの企業や学校は週休2日のところも多く、ハリュクの今日は休みの若者も多い。 オサレファッソンのブテックを立ち並ぶ通りは、若者でひしめき合っている。ルーファスは人混みに紛れる作戦だ。 しかし、そんなルーファスの浅はかな知恵が悲劇をもたらすことになるのだった。 片膝をついてバズーカを肩に構えたセツ。 「科学の力でルーファス様を捜して見せますわ!」 発射! 科学の力がどーとかこーとか以前に、どー見ても無差別攻撃です。 必死にミサイルを避ける若者たち。ひとの群れが左右に割れ、その先にルーファスが見えた。 ド~ン! そして、結果は大爆発。 爆発に巻き込まれたルーファスは、ボロボロになりながら立ち上がった。 「うう……死ぬかと思った」 とか弱ってる間にセツは目の前まで迫っていた。 「ルーファス様、召し上がれトリモチ!」 バズーカからミサイルではなく、今度はトリモチが発射された。 避ける避ける避ける! 運動神経のないルーファスだが、避けるのは得意だったりする。ドッジボールで最後まで残っちゃって、ボールも取れずに困るタイプだ。 ルーファスが避ければ避けるほど、周りの若者たちがベットベトのトリモチに捕らえられていく。 「うわっ、なんだこれ!」 「きゃっん、助けて!」 「取れないぞ!」 君たちの犠牲は忘れない! 逃げるルーファス。 逃がさないセツ。 「メイドインワコクは甘くありませんわよ!」 巨大な魔人の手がルーファスに襲い掛かる。違う、それは機械の手だ。セツの左腕に取り付けられたメカニカルアームが意のままに動く。 避けられたルーファスの替わりにポストがメカニカルアームが握られた! ぐちゃ。 あ、ポストが潰れた。 顔面蒼白になるルーファス。 「あんなのに握られたら死ぬし!」 一瞬で死ねればいいが、下手に死ねないと、関節が逆方向に曲がったり、内臓が××で××な状態でしばらく死ねない可能性もある。まさに生き地獄だ。 セツが鉄扇を扇ぐ。 「逆風!」 放たれた風を受けた者が、進行方向とは逆方向に飛ばされてしまうという必殺技。 ひとたびルーファスが逆風を受ければ、あっという間にセツの前に飛ばされてしまうが。 が! 風を受けた若者たちが大津波になってセツに襲い掛かる。 「きゃあっ……って、おんどりゃに用はないんじゃアホ!」 ゴリラの形相でバズーカ発射! 晴れときどき人。 驚いたルーファスは振り返ろうとした。瞬間に、セツは顔を元に戻す早業だ。ルーファスはセツの変貌に気づいていない。 セツはもう目と鼻の先。 「ルーファス様!」 「うわっ、お願いだからあきらめて!」 襲い来るメカニカルアーム! 紙一重でかわしたルーファス! だが、メカニカルアームから網が発射された。 ルーファスに避ける余力はない。 「にゃあ」 突如、セツの目の前に現れたネコ。 ゴクンとつばを飲み込み固まるセツ。 「にゃあ」 「きゃぁぁぁ~~~っ!」 血相を変えてセツは逃げ出してしまった。 尻餅をつくルーファス。 「ふぅ……助かったの?」 通称にゃんこ通りのゆえんは、野良猫が多いことからその名がついたと云われている。 「はい、お待ちどおさま」 クレープ屋台の兄ちゃんから、ストロベリーチョコ生クリームクレープを受け取り、ビビは笑顔で歩き出した。 「(仕送りがあると無駄遣いが多くなっちゃう。けど、いっか♪)」 あ~ん、と大きな口を開けてクレープを頬張ろうとしたとき。 「どいてどいて、ビビ!?」 飛び込んでたルーファス! グチョ。 「ああっ!」 ビビが叫んだ。 チョコとクリームまみれになったルーファスの顔。せっかくのクレープが台無しだ。 「ルーちゃんひど~い!」 「ご、ごめん、でも今はそれどころじゃ……」 すぐ後ろからはセツが追ってきていた。 「鬼ごっこは終わりですわよルーファス様。でもその前に一言申し上げたいことが……両目についたいちごは取った方がいいですわ」 変態イチゴ男! ルーファスは指摘されて、目についたイチゴをパクリと口に放り込んだ。 続けてビビがルーファスにハンドタオルを手渡す。 「顔も拭いたほうがいいよ」 「ありがとう」 受け取ったハンドタオルで顔をゴシゴシ。 しかし!! 水で落とさないとベトベトです。 ブーン。 虫の羽音。 ハチだ! 甘い香りに誘われてハチが現れた。狙いはもちろんルーファス。 「ぎゃ~っハチ!」 逃げるルーファス。 すぐさまセツが追いかける。 「どうして逃げるのですかルーファス様!」 ハチに追われているからです。 都会のハチは花の蜜だけではなく、人間の食べ残した甘い物、溢れたジュースなども採取してたくしく生きているそうです。 とかミニ情報をはさんでいる間に、ハチはいつの間にか大群に。ちょっと不自然に多くありませんか? ところで――。 「なんでいっしょに逃げてるの?」 と、ルーファスは並走するビビに尋ねた。 「なんとなくその場の雰囲気で……。てゆか、ルーちゃんあのハチ大変だよ、どうにかして!」 「どうにかって言われても」 「そういえばルーちゃん、今日授業で使った魔法薬[マジックポーション]ちゃんと洗い流した?」 「えっ?(今日の授業で……)あっ!」 「ハチなどの動物が寄ってくるからちゃんと落とすようにって注意されたじゃん!」 クレープの匂いではなく、授業で使った魔法薬が大群のハチを引き寄せたらしい。 前方に見えてきた噴水。 「あれだ!」 叫んだルーファスは一目散に噴水の中に飛び込んだ。なぜかビビの腕を掴んだまま。 「なんであたしもーっ!」 バシャーン! 噴水の池の中でハチをやり過ごす。 「「ブハーッ!」」 息が続かなくなって二人同時に水飛沫を上げて池から出た。 どうにかハチはやり過ごしたらしい――が。 「今度こそ、鬼ごっこは終わりですわ……ルーファス・さ・ま」 満面の笑みでセツに出迎えられた。 辺りを急いで見渡すルーファス。 噴水の周りに立てられた謎の柱たち。柱から発せられた電磁フィールドが檻を形成していた。 逃げられないと悟ったルーファスは、ビビの瞳を真っ正面から見つめて、深く頷いた。 そして、バシッとセツに顔を向けた! 「ビビと私はすでに結婚してるんだ!」 衝撃告白! でも、明らかにウソです! セツは鼻で笑った。 「ならば、今ここで二人の接吻を見せてくださいまし!」 切り返しに切られるルーファス。 「うぐっ!(ビビとキ、キスなんて……)」 横を見るとビビがこちらを潤んだ瞳で見つめていた。 ルーファスはガシッとビビの両肩を掴んだ。 頬を真っ赤にするビビ。 「ル……ルーちゃんのばか!」 グーパーンチ! 強烈なグーを頬に食らったルーファスはぶっ飛び、さらに電磁フィールドに当たって感電した。 「ギャアアアアアアアッ!」 ビッショビショだったので電気をよく通す。うん、ルーファスツイてないね♪ 可哀想なルーファス。彼に手を差し伸べたのは、セツだった。 「ルーファス様、なぜあんな嘘をおっしゃったのですか。あのおなごに嫌われているのは、明らかではありませんか」 ガーン。 「ぼ……僕ってビビに嫌われてたのか」 ルーファスショック! セツはルーファスに肩を貸して立たせた。 「さあルーファス様、あんなおなごのことは忘れ、わたくしと結婚いたしましょう」 密着するセツとルーファス。 ビビは背を向けて走り出した。 自然とルーファスの手がビビの背に伸びた。 「待ってビビ!」 「ルーちゃんなんて、ルーちゃんなんて……デデデデデッ!」 ビビちゃん感電。 「危ないって言おうとしたのに」 ボソッとルーファス。 前を見ないで走ったビビは見事に電磁フィールドに体当たりしたのだ。 ビビは気を失ってしまった。 電磁フィールドが解かれ、セツにルーファスがズルズルと引きずられていく。 「ルーファス様のお父上にもごあいさつをしないと」 「(それは絶対に困る!)だ、だったらお土産のひとつも持って行かないと」 「お父上はなにがお好きなのですか?」 「これなんだけど……」 ルーファスは懐から大量の写真を出して手渡した。 「きゃぁぁぁ~~~っ!」 叫び声をあげたセツは、ルーファスをほっぽり出して、はるか後方まで神速で後退った。 地面にバラまかれた写真。その写っていたのかわいらしいにゃんこたち。 セツの反応にルーファスは一汗拭った。 「ふぅ、生じゃなくても効果あるんだ、よかったぁ」 ここまでくればセツのネコ嫌いは確定的だろう。 震えるセツは全身の毛を逆立てていた。 「たばかりましたわね、ル~ファスさま~」 亡霊のような声を発したセツの毛はさらに逆立った。 それはまさに怒髪天。怒髪上って冠を衝く。頭髪が逆立ち、怒りに充ち満ちている。ただしゴリラ顔ではないが、頬がピクピクしているので時間の問題だろう。 今セツは壮絶な戦いを繰り広げていた。 「(ルーファス様に見られている……駄目よ、駄目よ、怒っては駄目よ)」 類人猿→ヒト→類人猿→ヒトの繰り返し。 最後に勝つのはヒトかサルか! 今、ついにヒトとサルの最終戦争がはじまろうとしていた! なんていうのはウソで、す~っとセツの毛が静まった。 が、セツの目の前にネコの写真が!? 「きゃぁぁぁ~~~っ!」 膝を付きうなだれるセツ。 写真を見せたのはカーシャだった。 「この写真を見せるとなにか起こるのか?(カーシャちゃんワクワク♪)」 さすがカーシャ。混乱を起こす行動を自らやります。 怒髪天。 「ルーファス様、お下がりになって!」 鉄扇から放たれた強烈な突風によってルーファスがぶっ飛んだ。遠く遠く空のサヨウナラ。 この日、ルーファスは夜空の星になった。 ルーファスがこの場から姿を消したことによって、セツの怒りは解放された。 「おんどれぇっ、地獄見せたる!」 髪を結わいていたヒモがブチッよ音を立ててキレた。 解放された髪が渦巻く。 美しい黒髪が根本から燃えるように紅く変わっていく。 螺旋を描き天を突く紅髪のセツ。 はだけた着物から首筋が覗く。 色気に満ちたセツの肢体――でも顔はゴリラ! カーシャは後退った。 「な、なんというブサイク!」 言っちゃった。言っちゃったよ。 魔力が多く集まる場所に現れるマナフレア。セツの周りに浮かんでいたマナフレアが、弾け飛んだ。 「ブサイク言うたな、ブサイク言うたな。わしが気にしてることをぬけぬけと!」 鉄扇――怒りの炎の舞い。 扇[あお]がれた鉄扇から炎が風に乗って放たれた。 カーシャの周りにマナフレアが集まる。 「ウォーターカーテン!」 流れる水のカーテンによって炎が防がれた。 カーシャの瞳が冷たい色を放つ。 「妾に攻撃を仕掛けるとは良い度胸だ。お前の結婚なんて手助けしてやるもんか、明日の式もやめだやめだ、や~めた!」 「こっちから願い下げじゃ! 勝手に式挙げたるわ!」 「勝手にやれるもんなやるがよい、妾がぶち壊してやるぞ!」 「ひとの幸せ壊して楽しいか、さてはモテへんな! 「絶世の美女を前にして、お前の眼は腐っとるのか?」 「腐っとるんはおんどれの頭じゃ!」 言い合いをしているだけならいいが、二人の間には熱気と冷気が渦巻き、暴風が発生していた。 怒れる風は噴水の彫刻を破壊し、近くにいた人々も吹き飛ばした。 さら噴水や池の水も暴れ回り、辺りは暴風雨に晒されたように荒れに荒れた。 もはやこの場には何人たりとも近づけまい。 ……ハズだったのだが。 空色ドレスが何食わぬ顔でふあふあっと現れた。まったく周りの惨状が見えてないご様子。 しかも、争う二人の間に割って入って、 「聖カッサンドラ修道院がどこにあるか知ってるかい?(ふあふあ)」 その場所はローゼンクロイツが下宿している場所だ。 つまり、道に迷ったんですね! ローゼンクロイツ君ったら極度の方向音痴だから! 「は、は、はっくしゅん!(にゃ)」 あっ、ローゼンクロイツがくしゃみした。 そう……ローゼンクロイツは方向音痴なだけでなく、クシャミをしちゃうと大変なことになるのだ。 「きゃぁぁぁ~~~っ!」 セツの叫びが木霊した。 ネコミミ&ねこしっぽのローゼンクロイツ見参! 「ふあふあ~」 寝惚け眼[まなこ]のローゼンクロイツから、大量のねこしゃんが噴出した。 出たッ! ねこしゃん大行進だ! 目を開けたままセツ気絶。 身動き一つしなくなってしまったセツだが、なにやら様子がおかしいぞ? セツの体からゆらゆらと煙が立ちのぼり、やがてそれはモクモクと巨大な煙の塊になった。 巨人だ。 おそらくは思念体かなにかだろう。 トラ柄のビキニを着た頭に角が生えた巨大なねーちゃんが出現したのだッ! カーシャが見上げながらボソッと。 「鬼だな」 そう言って、何食わぬ顔でこの場から立ち去ろうとしたのだが、巨大な鉄扇が地面に突き立てられ壁をつくった。 「逃がすか!」 鬼女はカーシャとやり合うつもりだ。 振り返り様にカーシャは強烈な吹雪を放つ。 「ブリザード!」 巨大な鉄扇で鬼女は吹雪を防いだ。 なぜが笑うカーシャ。 「ふむ、実態はあるようだな」 セツの体から現れた思念体は、霧のようなものではなく、形あるものということだ。その証拠にカーシャの吹雪を防いでいる。 「ならば凍らせるのみ!」 マナフレアがカーシャの周りに集まる。 だが! ド~ン! この場にはローゼンクロイツもいるのだ。 カーシャはねこしゃん爆弾の直撃を食らって、ボロボロになりながら地面でへばった。 イッちゃってるときのローゼンクロイツは無差別攻撃。むしろ攻撃っていう概念ですらないかもしれない。 そう、今のローゼンクロイツはフリーダムなのだ! 巻き起こる爆風。 鬼女もねこしゃん爆弾の総攻撃を食らっていた。 「おんどりゃ、皆殺しにしたる!」 巨大な鉄扇を振りかざす鬼女。カーシャに視線を向けた。 が、そこにいたハズのカーシャが、ピンクのウサギのぬいぐるみになっていた。 ……逃げたのだ。 「皆殺しじゃ皆殺しじゃ!」 鬼女は怒りで本当に燃え上がって炎に包まれていた。 「……付き合ってられん(が、そのうち復讐してやるから待ってろよ、ふふっ)」 ボロボロになりながらも、何食わぬ顔でスタスタと歩くカーシャ。 前方からルーファスがやって来た。 「あっ、カーシャ! どうしたのその格好?」 「クリスちゃんとお前の許嫁にやられたのだ。両方ともお前の関係者なのだから、さっさとカタをつけて来い」 「は? なんで僕が?」 「いいから逝ってこーい!」 カーシャのスクリューアッパーがルーファスに決まった。 竹とんぼのように、グルグル回転しながら遥か空にぶっ飛ばされたルーファス。 そのままルーファスは地面に激突。 「うう……(ひどいよカーシャ)」 ヒドイのはいつものことです。 床にへばりながらルーファスが顔を上げると、そこには巨大な影が2つ。 「……なにこの妖怪大戦争」 ルーファスは見なかったことにして、気絶しているフリをして顔を伏せた。 巨大な2つの影。 1つは鬼女なのだが、もうひとつは空色の影。 巨大化したローゼンクロイツ現る! おそらく本人が巨大化するわけがないので、魔力を練ってつくった氣の塊かなにかだろう。 現状を確かめようと、ルーファスがそ~っと顔を上げようとしたとき、突然目の前に飛び込んできた立て看板! ゴフッ! 工事中の看板に攻撃された。 「この変態、ローゼン様のパンツを見ようなんて1万年早いですよ!」 この声はユーリだ。 再び顔を上げようとしたルーファスだったが、後頭部を鷲掴みにされて地面に叩きつけられた。 「うぐっ……痛い」 「そんなにパンツが見たいんですか変態!」 「違うよ! 顔を上げようとしただけじゃないか、それに男のパンツなんか見て何になるんだよ!」 「女のパンツだったら見たいってことじゃないですか、この変態!」 「うぐっ!」 再びルーファスは後頭部をグッと押された。 巨大化しているローゼンクロイツ。つまり真下に潜り込めば、パンツが見放題と言うことだ。 で、ユーリちゃんはここに何しに来たの? 「ちょっと眼を離した隙にローゼン様を見失ってしまって。でもこうやってスカートの中が覗けるなんてツイてる!(嗚呼、お兄様……ユーリはしかとローゼン様のパンツを目に焼き付けると誓います、どうか見守っていてください)」 って、パンツ目当てじゃないか! ユーリは勢いよく顔を上げた。 「…………」 ユーリ硬直。 そ~っとルーファスも顔を上げた。 なんてことはない、スカートの中身はズロースだった。 ズロースとは、つまりいわゆるカボチャパンツの下着版のようなものである。 「こんな物、ぜんぜんエロくもなんともないじゃないですかーっ! ぐわーん!(ううっ、お兄様……世の中って無情なのですね。でもアタシはめげません!)」 ショックを受けたユーリは、両膝をついてその場から動こうとしない。 さっさとルーファスは逃げることにした。 サササッ、ササササッ、虫のようにルーファスは地面を這って逃げようとした。 が、途中で鬼女と目が合った。 「お主、セツの婿殿じゃな?」 「違います、違いです。こう見えても妻子持ちの、子供なんて3人いますから。長男は今年幼稚園に入学したばかりでして……」 ウソすぎる! 鬼女は憤怒した。 「おんどれ、見え透いた嘘で逃げようとしおって!」 巨大な手が伸び、ルーファスの体を軽々と掴んで持ち上げた。 すっぽりと鬼女の手に収まってしまっているルーファス。比較対象があると、いかに鬼女が巨大なのかわかる。そして、目の前のローゼンクロイツも。 ブゥゥゥンッ! ローゼンクロイツのしっぽが振られた。 電流を帯びた伸縮自在のしっぽ――しっぽふにふにが繰り出された。 ねこしゃん大行進もヒドイが、このしっぽふにふにも負けず劣らず無差別攻撃だ。 しかも、最悪なことに今のローゼンクロイツは巨大化している。 ズザザザザザザァァァッ! 近隣の建物が無残なまでに薙ぎ払われた。 このまで強大すぎる力はもはや神。今やローゼンクロイツは破壊神なのだ! ローゼンクロイツが破壊神なら、こっちは鬼神だ。 「物騒なもん振り回すなアホ!」 鬼女は巨大な鉄扇をひと扇ぎした。 ふあふあっとローゼンクロイツは竜巻をかわした。 ブォォオォォォォッッッ! 巨大竜巻は近隣の建物を巻き上げて、晴れときどき瓦礫の山を降らせた。 顔面蒼白のルーファス。 「最悪だ」 このままでが王都アステアが一夜にして滅びる。 あしたの朝には死の荒野。地図の書き換えが必用になってしまう。 近隣住民の避難、遠くから見えてくる軍隊。魔剣連隊を引き連れるエルザの姿を見えた。 「王都と脅かす化け物め、成敗してくれるわ!」 エルザが切っ先を向けたのは鬼女だけ。 「(見えない見えない、私にはローゼンクロイツなんて見えないぞ)」 現実逃避の真っ最中だった。 一斉砲撃! 飛んでくる砲弾をもろともせず、鬼女は鉄扇をひと扇ぎしてすべて送り返した。 魔剣連隊は一斉に防御魔法で壁をつくり砲弾を防いだ。 防御魔法が解かれ、エルザは冷や汗を拭った。 「危なかった……ッ!?」 砲弾を防いだのも束の間、巨大なしっぽが連隊を薙ぎ払った。 ルーファスが惨状から目を背けた。 「最悪だ」 悪夢であって欲しい。 鬼女の笑い声が木霊した。 「婿殿を奪おうとするからじゃ!」 そういう展開なの!? いつの間にかルーファスをめぐる戦いになってるの!? 人質=ルーファス=元凶。 が~ん! ルーファスショック! 「僕のせいなのこれ!?(マズイよ、絶対にマズイよ。どうにかしなきゃ)」 これがもしルーファスをめぐる戦いだったとしてら、少なくとも鬼女にとってそうなのであれば、解決方法はあれしかあるまい! お祭騒ぎに誘われて、いつの間にかカーシャが戻ってきていた。 「責任を取ってセツと結婚しろルーファス!」 でも冷静に考えて、本当にそれで事態が収拾するのか? だってローゼンクロイツはセツとルーファスの流れに関係なく、フリーダムに暴れてるだけだし! それはそうなのだが、この緊迫した流れに押されて、ルーファスの思考は80パーセント低下していた。 「やっぱり僕が結婚するしかないのか……」 妙に納得しちゃったルーファス。 空が輝いた。 半透明のドーム。 周辺一帯がいつの間にか防御結界に封じ込められていた。妖怪大戦争が手に負えないと悟った魔剣連隊が、とりあえず隔離処置をしたのだ。 エルザがボソッと。 「色恋沙汰に国は介入せず」 防御結界の中で思う存分やれということだ。 「なんで妾まで、ホワイトブレス!」 結界を壊そうと躍起になっているカーシャ。いっしょに閉じ込められたのだ。本人の口ぶりでは無関係だと思っているらしいが、原因の一端は明らかにカーシャにもある。 カーシャも巻き込まれて当然だ! 逃げ場のない結界内はサバイバルでバトルロワイアル。 ねこしゃん大行進! この状況で最悪災狂の技が発動されてしまった。 しかも、今回のねこしゃんはいつもより巨大。 爆発の連鎖。 巻き起こった爆煙が爆風に掻き消された矢先から、次の煙が辺りを覆う。 ねこしゃんの突進爆発を食らった鬼女がよろめいた。 「くっ……」 揺るんだ鬼女の手からルーファスが落ちた。 ひゅ~ん、ドスッ! 高い場所から落ちた当然の結果がルーファスを待っていた。 瀕死のルーファスは地面を這って逃げようとした。 そこに運悪く無差別攻撃の電撃しっぽ! 「ギャアアアアアッ!」 しっぽふにふに吹っ飛ばされ、再びルーファスは地面に叩きつけられた。 「死ぬ……もう死ぬ」 周りにはねこしゃんたちも自由気ままに走り回っている。 「婿殿はどこじゃ!」 鬼女の声が響き渡った。 見つかったら大変だ。 瓦礫の山に隠れながらルーファスは地面を這った。 いったいこの妖怪大戦争はどうやったら決着はつくのか? 瓦礫の頂上に立ったカーシャ。その腕には何者かが抱かれている。 「ええい、静まれ! この娘がどうなってもいいのか!」 カーシャに抱かれているのは気を失っているセツだった。 鬼女の動きが止まった。 「おのれ、人質を取るとはおんどれは鬼か!」 ここで鬼女の顔面にねこしゃん爆弾が直撃。 ド~ン! さすがローゼンクロイツ。フリーダムに流れをぶっ壊しくれる。 鬼女のこめかみに血管が浮かび、鋭い牙が剥かれた。 「おんどりゃー!」 キレた鬼女が炎を纏った扇を振り回した。 ビキニ姿の鬼女が踊り狂う。 炎舞によって辺りは刹那に火の海だ。 窮地に追いやられたカーシャはセツを放り出して構えた。とてつもない量のマナフレアが発生した。 「メギ・ホワイトブレス!」 世界を一瞬にして凍てつく死の大地に変貌させる吹雪。 魔法に冠されたメギは、最大級を意味する言葉だ。 走るルーファス。逃げているのではない。逃げるならもっとコッソリ逃げる。 放物線を描いて落下するセツ。 「セツ!」 落下地点に滑り込んだルーファス! ドスッ! 見事ルーファスは背中でセツをキャッチした。 目を覚ましたセツ。 「ルーファス様……わたくしの尻に敷かれて、さてはドMなのですわね!」 「違うよ! 落ちてきた君を助けたんだよ」 「っ!? ルーファス様……(こんなにボロボロになってまで、わたくしのことを守ってくださるなんて)」 ボロボロなのはセツを守ったせいだけじゃありませんけど。 頬を赤らめたセツはルーファスに抱きついた。 「やはりわたくしは一生ルーファス様をお慕い申します」 「ちょっとそれは……」 「2度もこうして命を救っていただき、わたくしの身も心も命さえもルーファス様のものです!」 「2度? 1度目は?」 ルーファスは首を傾げた。 そして、ハッとルーファスは気づいた。 セツはあの時のことを語り出す。 「上空でマシントラブルに見舞われたわたくしは、為す術もなく地面に叩きつけられて死ぬのだと覚悟いたしました。しかし、奇跡は起きたのです。ルーファス様がわたくしを受け止めてくださり、しかも接吻まで……思い出すだけで胸が熱くなってしまいます」 「(たまたま通りかかって、空から落ちてきた君に押し潰されただけなんだけど。キスはぶつかった弾みの事故だし)そ、それはね」 「命を張ってわたくしを助けてくださったルーファス様に、わたくしはすべてを捧げると決めたのです!」 なんという美談! ――にセツの脳内では変換されていた。 ただここで1つハッキリしたことがある。遊びや酔狂でルーファスに言い寄っていたのではなく、掟というのもたしかにあったかもしれないがそれだけではなく、マジでほの字だったということだ! モッテモテだねルーファス! 「こ、困るよやっぱり結婚なんて!」 「掟ですから」 やっぱり掟は絶対なのだ。 掟プラスほの字。最強タッグにルーファスは追い詰められているのだ。 恋心と掟、どちらが優るのか? 婚約を破棄する三箇条を思い出してみよう。 其の一、自分より強い者と結婚してはならない。 其の二、婚約者が新たに他の者と接吻した場合は無効とする。 其の三、同性には掟そのものが適応されない。 3番目は論外なので、残るは2つ。 「(セツに手を上げるなんて。かと言ってほかの女の子とキスなんてできないし)どうしたらいいんだ!」 「わたくしと結婚なさればいいのです!」 それで一件落着だ。 頭を抱えて悩むルーファス。 聞こえてくる爆発音。まるで近くで戦争をやっているようだ。でもそんな騒ぎなんて今のルーファスには関係ない。 結婚するのか、しないのか! 悩み続けるルーファスの耳に、微かな声が届いた。 女の子の声だ。 この場にいる女の子? 近隣住民は避難して、防御結界の中にいるのは……。 「助…て……だれか……」 その声を聞いてルーファスは力強く立ち上がった。 「ビビ!?」 紛れもなくビビの声だ。 よくよく思い出して見ると、騒ぎがここまで大きくなる前、たしかビビは電磁フィールドに感電して、そうだ気絶したのだ! ということは――ビビもいっしょに防御結界に閉じ込められた! しかも最悪なことに、ビビは炎の海に囲まれて身動きができなくなっていた。 「ビビ!」 ルーファスはセツの体を振り払って走り出した。 「待ってルーファス様! わたくしを置いていく気ですか!」 「ごめん!」 ルーファスはセツに顔を向けることなく走った。 燃え広がる炎の海。 「ビビ! そっち側にいるんでしょビビ!」 「ルーちゃん、ルーちゃんなの!? 炎の壁が立ちふさがって……あついっ!」 「大丈夫、今助けに行くから!」 二人を隔てる炎の壁。 ルーファスの周りにマナフレアが発生する。だが、安定感に欠け、現れては消える。 「ブリザード!」 ルーファスの放った吹雪が炎を呑み込んだ! しかし、駄目だ。炎の勢いが強すぎて、呑み込んだ矢先から呑み返される。 「マギ・ウォータービーム!」 水を出そうとしたが、安定せずに蒸気と化して消えてしまった。 焦るルーファス。 焦れば焦るほど安定した魔法は使えない。 「げほっ、げほげほっ、ルーちゃん!」 ビビの悲鳴が聞こえてくる。 ルーファスは歯を食いしばった。 マナフレアが安定する。 「マギ・ウォータービーム!」 滝のような水がルーファスの手から噴射された! これならいけるか! 愕然とするルーファス。 水は炎に触れることも叶わず、刹那にして水蒸気を化した。 膝を付いてうなだれるルーファスの傍に、セツが現れた。 「これは普通の炎ではありません。並大抵の魔法では消すことは不可能。これを消すことのできる芭蕉扇がここにあります」 それはセツが武器として使っていた鉄扇だった。 「すぐに貸して!」 ルーファスは手を伸ばしたが、セツは鉄扇をすっと引いた。 「貸して差し上げるのには条件があります」 「いいから早くかして、そうしないとビビが!」 「わたくしと結婚してください。そうすれば、この芭蕉扇を貸して差し上げます」 「…………」 ルーファスは真剣な顔をしたまま、身動きを止めた。 そして――。 「わかった、結婚するよ」 「男に二言はございませんね?」 「それでビビを助けられるなら!」 「(そこまでしてあのおなごを……)」 複雑な表情したセツ。 炎の海はビビだけでなく、ルーファスたちも呑み込もうとしている。 もう一刻の猶予も残されていない。 ルーファスはセツから芭蕉扇を奪うように取った。 「これで扇げばいいんだよね!」 体をねじり、ルーファスはフルスイングで鉄扇を振るった。 巻き起こるタイフーン! これまでセツが起こしてきた風よるも強い。 すべてを薙ぎ払う風。 炎の海が風の波に呑み込まれ消えていく。 ルーファスを中心に巻き起こった風はすべてを吹き飛ばす。 ここでひとつ問題が起きた。 風の中心にいるルーファスはいわゆる、台風の眼の中にいるようなもので安全なのだが、外にあるものはすべて暴風に見舞われる。 「きゃあああっ、助けてルーちゃん!」 空に舞い上がって竜巻に巻き込まれているビビ。炎は免れたがこのままでは! ビビが竜巻の外に放り出された。 このままでは加速するビビは地面に叩きつけられてしまう。 「ビビ!」 鉄扇を投げ捨てルーファスが走った。 「(絶対に絶対にビビを受け止めるんだ!)」 駄目だ、ルーファスの足では間に合わない。 そのときだった! 鉄扇を拾い上げたセツがルーファスに向かって風を起こす。 「追い風!」 風によって背中を押されたルーファスが加速する! ビビが地面と激突する! ――世界が静まり返った。 「ルー……ちゃん」 「ビビ……」 「ルーちゃ~ん!」 ビビは涙を流しながら自分を抱きかかえているルーファスに抱きついた。 間一髪、ルーファスはビビを受け止めたのだ。 へっぽこ魔導士と呼ばれる(主にカーシャが言い広めている)ルーファスが、ここぞという場面で決めたのだ。 でも、そんなルーファスは長続きしなかったりする。 空から空色の物体が飛来してくる。 元の大きさに戻ったローゼンクロイツだ。 ガツン! 落ちてきたローゼンクロイツがルーファスにナイス跳び蹴り! 倒れたルーファス。 そして、覆い被さったローゼンクロイツ。 一瞬して辺りの空気が凍り付いた。 接吻! 見事なまでに決まった男同士のキッス! 慌ててルーファスは気絶しているローゼンクロイツを退かして立ち上がった。 「事故だよ事故に決まってるじゃないか、みんなだって見てたでしょ!」 「ルーちゃんの変態!」 ビビのビンタがルーファスを打ちのめした。 そして、セツもショックを受けていた。 「ルーファス様との婚約が破棄……」 其の二、婚約者が新たに他の者と接吻した場合は無効とする。 ルーファスは女の子としないとイケナイと思っていたが、どうやら同性でもよかったらしい。 ローゼンクロイツの発作も治まり、鬼女の姿もいつの間にか消えていた。 これで一件落着――というわけにはいかなかった。 「ルーファス様、もう一度わたくしと接吻を!」 「えっ……もう婚約なんてこりごりだよ!」 逃げるルーファス。 追うセツ。 結局、なにも解決していなかった。 おしまい 魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】 |
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